興味がなかったわけではないけど、触れると泥沼にはまりそうな予感がして避けていた、この消滅した言葉について、十数年ぶりに話を聞くことになるのかとこっそりため息をついた。こんなことなら師匠に勧められた時にもう少し話を聞いておけばよかった。さわりだけ聞いて、こんなのはもういいと断ってしまったのだ。
七人に減った同級生達はほとんどみんな大学で語学を専攻しているから、言語学についても詳しいわけで、こういうのもある程度は勉強してきたのだろう。特にため息をついたり顔をしかめたりはしていなかった。こうなれば腹をくくるしかあるまい。とはいえ、現代のチェコ語の理解に関係する部分を集めたという先生の説明は、レジメがあったこともあってかなりわかりやすく面白かった。
一番困ったのはこれ。
Pauel dal gest ploscoucih zemu Vlah dalgest dolas zemu bogu isuiatemu scepanu se duema dusnicoma boguceu a sedlatu
チェコ語は10世紀に古代スラブ語が消滅した後に形成されたと考えられているらしいのだが、あくまでも話し言葉として使われていただけで、チェコ語で書かれたものとして最も古いのが、ここに挙げた文で13世紀のチェコ語だという。アルファベットの使い方がちょっと違い、分かち書きの仕方も微妙で、前置詞がないのでわかりにくいけれども、「パベルはどこどこの土地を寄進し、ブラフは神と聖シュテパーンにどこどこの土地と人を寄進した」とかいう意味になるらしい。「V」が「U」で書かれていたんだなあぐらいのことはわかるし、「Ch」もまだなかったんだなあというのは想像できるけど……。
これは古いチェコ語の話で、現代のチェコ語にはあまり役に立たない。大切なのはこれよりも前の古代スラブ語の二つの傾向で、一つはすべての音節が開いていた、つまり日本語と同じように音節は必ず母音で終わることになっていたというのである。その音節を作っていた母音のうちの一つが、あるルールにもとづいて欠落するようになったことで発生したのが、チェコ語の名詞の後ろのほうで出たり消えたりするいわゆる出没母音の「E」らしい。
その母音をイェルといいチェコ語にはない「ь」で書き表すと、「otec(父)」の古い形は、「otьcь」だった。このイェルは後から数えて奇数番目のものが欠落し偶数番目のものは残るという変化をしたので、「otьc」となり、イェルが「E」に変わったことで、「otec」という言葉が出来上がった。格変化も二格はもともと「otьca」で、格変化によってイェルが「A」に変わったため、後からの順番にも変化が起こり、奇数番目、つまり後から一番目のイェルが消えて「otca」、格変化が軟変化になった時に活用語尾が「E」になって、現在の二格「otce」が誕生したのだという。
それから「E」が消える女性名詞の例を挙げると、「matka」はもともとは、「matьka」だったのが、最後のつまり唯一のイェルが消えて今の形になった。複数二格は今は語末に母音がないが、昔は「matьkь」だった。これも奇数、つまり後から一番目が消えて二番目が残るという原則に基づいて「matьk」、これが今の「matek」になったのだと。要は格変化するとどこからともなく「E」が出てくるのではなく、もともと存在したものが消されなかっただけなんだということになる。これがわかったからといって格変化をさせやすくなるということはないけれども、知っているとややこしい格変化も許せるような気がしてくる。
二つ目の特徴は子音と母音の組み合わせに制約があったことで、そのために格変化の活用語尾で、所謂子音交代が起きて学習者を悩ませているのだという。これも組み合わせの関係で子音が変わるのは現代チェコ語では語末だけの話で、100パーセント適応される原則ということではないけれども、格変化を考えるときに、この組み合わせの原則がわかっていると、どこで子音が変わるかというのが見えてくる。どう変わるかについては覚えるしかないけどさ。
こういう知らなくてもチェコ語を使うだけなら何の問題もないけど、知っているとより深くチェコ語を理解した気持ちになれる知識を増やすというのも悪くないなあ。知というものはある意味無駄の集積でもある。積み重なった無駄の中から時に有用なものが発見されるのもまた楽しである。有用なものを無駄に費やしてしまうのもまた知的な人生だと付け加えておこう。
新しい先生で気になることをあげておけば、「スーペル」「ファイン」「ペルフェクトニー」の三つを連発しすぎるところかな。褒めるのが好きな先生なんだろうけど、この三つ、連発されると本当に素晴らしいのか疑問になってしまう。そのうち慣れてしまって口癖のようにしか思えなくなるかも。
2018年8月8日17時5分。
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