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2022.03.13
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カテゴリ: 気になる本
図書館で『鳴かずのカッコウ』という本を、手にしたのです。
神戸を舞台にして国際諜報戦が繰り広げられる小説のようで・・・神戸市民としても興味深いのです。




手嶋龍一著、小学館、2021年刊

<「BOOK」データベース>より
最小で最弱の情報機関(ヒトなし、カネなし、武器もなし!)公安調査庁に迷いこんだマンガ大好きオタク青年、国際諜報戦争で大金星!?諜報後進国に現れた突然変異種のインテリジェンス・オフィサー。本邦初の脱力系インテリジェンス小説。

<読む前の大使寸評>
神戸を舞台にして国際諜報戦が繰り広げられる小説のようで・・・神戸市民としても興味深いのです。

rakuten 鳴かずのカッコウ


第2章の冒頭あたりを見てみましょう。
p52~55
<第2章 蜘蛛の巣>
 遡る事6年前――。
 はるか彼方に臨む六甲山系が浅黄色にかわり、港町神戸はまばゆいばかりの春の陽光に包まれていた。柏倉頼之は、公安調査庁で最も北東に位置する釧路事務所から、ここ神戸に異動になった。

 粉雪舞う釧路空港を後にしたのはつい2週間前。真夏でも海霧に覆われる北の港町、釧路で4年を過ごし、海を隔ててロシアや中国の動きを探ってきた。ともに苦労した同僚たちが、肌を刺すような寒さのなか空港まで見送ってくれた。

「海霧の町から帰ってきた男」は、北朝鮮情勢を追う班の首席調査官として久々に神戸に舞い戻ってきた。引越しの荷をほどいて春物を取り出す暇もなく、さあ仕事をと思っていたまさにその時、凶報が飛び込んできた。太平洋上にいた海上保安庁の巡視船から打電された緊急通報が発端だった。公安調査庁の本庁を経由し、各地の出先に送達された文書には「厳秘」と刻印されていた。

 4月17日、北朝鮮船籍の貨物船『清川江号』(Chong Chon Gang)九千トンが日本海より太平洋に入ったことが確認された。本線は4月上旬、北朝鮮の興南港を出港し、清津港を経由して、ロシアのヴォストーチヌイ港に寄港した模様。現在、東に進路を取っているが目的地は不明。当船は累次にわたって禁制品の密輸等に関与した前歴があり、関係方面に於かれては厳重な監視にあたられたし。

 柏倉は急いでパソコンを開き、「ロイズリスト・インテリジェンス」のウェブサイトにアクセスした。「シーサーチャー」をクリックし、船舶名の欄にChong Chon Gangと入力する。この検索サイトは海上を航行する船舶の位置を瞬時に割り出してくれる。地上の船舶自動識別装置(AIS)と情報衛星を組み合わせて船の航路をトラッキングできる優れものだ。

 柏倉は「Chong Chon Gang」号の現在位置を追った。この札付きの貨物船は、釧路に在勤した「北オブザーバー」の柏倉にはお馴染みの相手だった。スリ専門のベテラン刑事と年季の入った巾着切りのような間柄なのである。ウラジオストク港から露朝国境のザルビノ港へ、さらに清津港へと多くの禁制品を運んできた密輸船だった。

 神戸へ異動となって、この悪名高い運び屋とやっと手が切れたと思っていた矢先、俺を追いかけて日本海から太平洋に抜け出してくるとは。これじゃまるで幣舞橋にほど近い末広町のナイトクラブ「シェリー」のホステスと同じじゃないか。白系ロシアの血を八分の一引くという女は、一緒に内地に渡りたいとせがんだ。国後島の沖合で密猟したブツをさばく仲買人の「中尾」と名乗っていた俺を恰好の金づるとみて、離れようとしなかった。白系ロシア女との腐れ縁を思い出してため息が出た。

 清川江号は、日本の巡視船に追跡されていると気づいたのだろう。まもなくAISの送信スイッチを切って姿をくらましてしまった。
 柏倉は「ロイズリスト・インテリジェンス」に続いて「マリン・トラフィック」や「ヴェッセル・ファインダー」といった船舶検索のデータベースを次々にあたり、不審船の現在位置を割り出していった。

 航跡から推測すると、どうやらアメリカ大陸を目指しているらしい。この日から、出勤するとまず船舶の検索サイトを開いて、彼女の居場所を確かめるのが柏倉のルーティーンとなった。
 清川江号は、太平洋をひたすら東南東に航行していった。かつて択捉島の単冠湾から真珠湾を目指した南雲忠一提督率いる空母機動部隊を思わせる航路だった。

 じつに1ヶ月半の時間をかけて中米のパナマに到着したことが確認されたのは6月1日のことだ。神戸は例年になく早い梅雨入りを迎えていた。トアロード沿いの菩提樹は小さな白い花を咲かせ、足元からはローズマリーのほのかな香りが漂ってくる。あの船の影さえなければ、さわやかな気分で久々の神戸を満喫できるものを――柏倉は性悪女が恨めしかった。
「おい梶。きょうからお前がこの女の担当や。いいか、毎日、こいつの動静を見張るんや。日報をつくって報告してくれ」

 柏倉頼之が神戸に転勤してきた1ヶ月後に、梶壮太が新人研修を終えて配属されてきた。中堅の公安調査官は緊迫する尖閣問題の応援要員に貸し出している。やむなく清川江号の追跡調査をこの新人に任せることになった。

 それにしても、なんとも頼りなげなひよっこだ。アオキのスーツにポリエステルの縞のネクタイを締めて立つ姿からは、覇気のかけらも伝わってこない。
「ええな、梶。自前の情報源を持たない調査官なんて、この世界に存在する価値がないと思っとけ。独自の情報源から引き出したヒューミントが入っていない報告書は、そうや、クリープを入れないコーヒーなんて――いうCMがあったやろ。あれや、ええな」
「はぁ」

 眼前の新人は、俺のいうことが分かっているのか、いないのか。それすら定かでない。よその惑星から来たような若者だ。こんな連中とこれからどうやってコミュニケーションをとったらいいものか。さしもの「密漁品の仲買人」も不安を覚えてしまった。


『鳴かずのカッコウ』1





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Last updated  2022.03.13 02:00:20
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