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2023.04.09
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カテゴリ: 気になる本
図書館で村上春樹の『蛍・納屋を焼く・その他の短編』という本を、手にしたのです。
おお 村上春樹の初期の短編集ではないか・・・ということでチョイスしたのです。





村上春樹著、新潮社、1984年刊

<出版社>より
秋が終り冷たい風が吹くようになると、彼女は時々僕の腕に体を寄せた。ダッフル・コートの厚い布地をとおして、僕は彼女の息づかいを感じとることができた。でも、それだけだった。彼女の求めているのは僕の腕ではなく、誰かの腕だった。僕の温もりではなく、誰かの温もりだった……。もう戻っては来ないあの時の、まなざし、語らい、想い、そして痛み。リリックな七つの短編。

<読む前の大使寸評>
おお 村上春樹の初期の短編集ではないか・・・ということでチョイスしたのです。

shinchosha 蛍・納屋を焼く・その他の短編


「三つのドイツ幻想」という短編の中でその一つを、見てみましょう。
p165~167
<2 ヘルマン・ゲーリング要塞 1983>
  ヘルマン・ゲーリングはベルリンの丘をくりぬいて巨大な要塞を構築しながら、いったい何を想っていたのだろう? 彼は文字どおり丘をまるごとひとつくりぬいて、その内部をコンクリートでしっかりと塗り固めてしまったのだ。

 それはあたかも不吉な白蟻の塔のごとく、夕暮の淡い闇の中にくっきりとそびえ立っていた。急な斜面をよじのぼって要塞の頂上に立つと、我々は灯のともりはじめた東ベルリンの市街を一望のもとに見下ろすことができた。八方に構えた砲台は首都に迫り来る敵軍の姿を捉え、それを撃破できるはずだった。どんな爆撃機もその要塞の厚い装甲を破壊することはできず、どんな戦車もそこをのぼりきることができないはずだった。

 要塞の中には二千人のSS戦闘部隊が何ヶ月もたてこもれるだけの食料と飲料水と弾薬が常に配備されていた。秘密の地下道が迷路のごとくめぐらされ、巨大なエア・コンディショナーが新鮮な大気を要塞の中に送り込んでいた。たとえロシア軍・英米軍が首都を包囲しようとも我々は敗れることはない、とヘルマン・ゲーリングは豪語した。我々は不落の要塞の中に生きるのだ、と。

 しかし1945年の春にロシア軍が季節の最後のブリザードのような格好でベルリンの街に突入したとき、ヘルマン・ゲーリング要塞はじっと黙したままであった。ロシア軍は地下道を火炎放射で焼き、高性能爆薬をしかけて要塞の存在そのものを消滅させてしまおうと試みた。しかし要塞は消滅しなかった。コンクリートの壁にひびが入っただけだった。

「ロシア人の爆弾でヘルマン・ゲーリング要塞を崩すことはできないよ」とその東ドイツの青年は笑いながら言った。「ロシア人が壊せるのはスターリンの銅像くらいのものさ」
 彼は東ベルリンの街を何時間もかけてぐるぐると歩きまわり、1945年のバトル・オブ・ベルリンの痕跡をいちいち僕に示してくれた。いかなる理由から僕がベルリンの戦跡に興味を持っていると彼が考えついたのか、僕にはまるでわからなかったけれど、彼はおどろくくらい熱心だったし、改めて僕の希望をせつめいするのも変な具合だったので、彼が導くままに僕は午後じゅうかけて街を歩きまわった。僕と彼はその日のランチ・タイムにテレビ塔の近くのカフェテリアで偶然知りあったのだ。

 しかしいずれにせよ、彼の案内は実に手際よく、要を得ていた。彼のあとをついて東ベルリンの戦跡をたずねて歩いていると、だんだん、まるでほんの数ヶ月前に戦争が終わったばかりと言われてもしんじられそうな気分になってくる。街じゅうに弾痕がびっしりとこびりついているのだ。

「ほら見てごらんよ」と彼は言って、そんな弾痕のひとつを僕に示す。「ロシア軍とドイツ軍の弾丸はすぐに見分けがつくんだ。まるで壁をぶち割るようにえぐりとっているのがドイツ軍の弾丸で、すぽんとのめりこんでいるのがロシア軍のなんだ。出来がちがうんだよ。実にね」

 彼はこの何日かのあいだに僕が出会った東ベルリン市民の中ではいちばんわかりやすい英語を話す。
「とても綺麗に英語を話すね」と僕はほめた。
「しばらくのあいだ船乗りをしていたからね」と彼は言った。「キューバにも行ったし、アフリカにも行った。黒海にも長くいたよ。だから英語を覚えたんだ。今は建築技師をしているんだけどね」


ところでこの作品とは関係ないが、あのプーチンがウクライナのことをネオナチと呼んだりするが・・・それは天に唾するようなもんだね。


『蛍・納屋を焼く・その他の短編』1 :めくらやなぎと眠る女





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Last updated  2023.04.09 01:51:48
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