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すぐる寅 大変な一年だった。 公私共に、大変。。。 今思うことは、「穏やかに」 そればかりである。 28日に帰省したが、 迎えに来てくれた妹の口から、 高校1年生の姪の成績が思いがけず悪く、 本人も暗く落ち込んでいることをはじめて聞いた。 なんで夏休みの時に教えてくれなかったんだ??? そのくらい深刻だってことかぁ・・・ ま、色々あるのが人生さ。 でも、まあ、気持ちが明るくなるように励ました。 優等生だった妹と違って、常に落第の危機にあった私は、 気持ちが良くわかるんだ。 あんまりひどくなると、何もしたくなくなる。 実際寝てばかりいるようなので、 相当重症。 で、簡単な、具体的な指示を出して、 後は、直接宿題を見てやった。 インフルエンザの情報収集も、 年明けの大ブレイクは間違いない情勢で、 今は、ジュリーとその鉄人バンドの皆さんの健康を祈るのみだよ。 私は1月8日から。。。 帰りの新幹線でインフルエンザもらわないように、 指定席も取ったし・・・ 神様、2011年が穏やかでありますように・・・ 鳥インフルエンザが収まりますように。 アジアで大流行中の口蹄疫が国内で再発しませんように。 豚インフルエンザの変異がありませんように。 お祈りが多すぎて・・・ 母が、榊を買いにいくのに車を出したら、 売り切れ店ばかりで、5軒目でやっと発見した。 そのくらい神棚の榊を真剣に探した小芋です。 去年の今頃、おばあちゃんとすごして、 神棚のこと、頼まれてたのになぁとか、 思い出しながら、送る年の瀬。。。 もう一度、「穏やかな」をお願いします。。。 どなた様も、良いお年を。
2010年12月31日
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去年から習慣になっているインフルエンザのチェック、 毎日毎日、いくつかの決まったHPをチェックさせてもらって、 貴重な情報を得ている。 勿論、インフルエンザが、今週流行期に入ったところでもあり、 全国的に、注意が必要・・・と思ったら、 違った。。。 あっと驚く違いがあった。 去年あれほどすごい数字を出し続けた沖縄ではなく、 佐賀県と長崎県とで、大ブレイクしている。 これまで、ぶっちぎっていた北海道を一気に1週間で抜き去って、 佐賀、長崎の二つの県で、一体何が起きたのか??? 厚生労働省のHPでのデータは、先週まで、 北海道、圧倒的だった。 あとは、沖縄・東京なんて、常連。 定点あたりの患者数・・・ 北海道は、毎週一人ずつ増えている感じだ。 佐賀も、先週までは、北海道と肩を並べていた。 でも、変!!! すごい変動。 北海道が、毎週一人ずつ増えて、5人目に入ったのに、 佐賀は、違う。 倍々で、増えている。1・2・4・8 一週間で、4から8は、すごいことだ。 一気にトップに出た。 そして、気になるのが、その隣の長崎の数字。 長崎は、劇的に倍々どころではなく増えている。 隣り合う県同士のこの異常な患者数の増え方は、 気にしないほうがおかしい。 去年の兵庫県や大阪のときと近い危険さがある。 A香港なのか、それとも2009豚インフルエンザなのか? そこまでのデータは画面からはわからなかったので、 今から、調査しようと思っている。 今日、島根から大学生が訪ねてきたので、 「お前、なんでも平気で触るけど、鳥には触るな。羽も拾うな」 「しばらくは野鳥観察にも行くな」と厳命しておいた。 若い子は、無邪気だから、危険だ。 感染した野鳥の排泄物中のウイルスは、 この低温化では、非常に長い期間生きている。 4度くらいの適温だったら、数十日は生きるだろう。 以前にオランダをはじめとする西欧諸国で、 弱毒性の鳥インフルエンザが大流行した。 羽や、糞などをくっつけ巻き上げて移動するトラックから、 どんどん感染が拡大した。 野鳥観察に行くのと行かないのとで、 どちらが、野鳥の排泄物を踏む確率が高いかなんて、 猿にもわかるところだ・・・ 彼も、大学などで言われているようで、 渡り鳥の移動のルートから見て、 西日本の大陸側は危険度がより高いとわかっている。 わかっていることと、実際の活動とは違うところで、 しっかりと釘を刺しておいた。。。 うちのジルベルトみたいなレトリバー犬は、 気をつけても無駄なくらい、感染の機会が多いだろう。 私は、元夫君と口を聞く機会を増やしたくないから なんの忠告もしないが、 渡り鳥のたくさん居る川の岸部で散歩させたその犬を、 軽く足を拭いたくらいで、室内に入れているのは、 どう考えても、危険な行為だといえるだろう。 ま、言っても無駄だろうから言わないでおく。 レトリバー犬は、狩りで落とした獲物の水鳥を回収してくるのが仕事。 鳥インフルエンザが加古川周辺でも見つかるようになったら、 危険な行為だから、散歩する場所を変えてもらうか、 部屋飼いにすることをやめてもらうか・・・ 飼い主ともども、立ち退いてもらうかだな・・・ さて、元に戻って、 佐賀県、長崎県の定点患者数、なんで、こんなことに? yumiさんには、何か情報があるかな???
2010年12月27日
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なんなんだ、この寒さは? 部屋に底冷えがする・・・ 明日の朝が思いやられる。 昨夜というか、26日の未明、 全然眠れなくて、 痛いのと、不快な重みとで、 自分の体重とか、自分の骨格とか、 筋肉の流れとか、そんなのを感じつつ、 ベッドの上で、辛い時間を過ごしていた。 結局、4時に、とうとう諦めて、 薬を1錠追加して、それでやっと眠れた。 人生は、険しいものだ。 滑って転んで、骨折して、 自分の愚かさに泣けてくるが、 そうこうしているうちに、また、 今度は年末年始の帰省を準備しなきゃだ。 ジュリーの若い頃のツアーのパンフレットを 写真集として落札したら、出品者の好意でおまけがあった。 色々と古いテレビの録画とかあって、 自分の知らなかった 40歳以後のまったく売れてないジュリーが、 テレビで歌っているシーンを見た。 やっぱり、なんだか、Co-coloってしっくり来ない。 ジュリーにも、もがいていた時期があるんだって、 葛藤を抱えて、矛盾を抱えて、もがいてて、 でもって、もがいていることをあからさまにしているジュリーと、 そうなるまでの、沈黙の期間と・・・ 当時をまったく知らない私は、 沈黙の期間のジュリーが整理しなきゃならなかった私生活を知らない。 でも、多分、私生活の葛藤や修羅場を、 走り続けながら持つことは無理だったから、 走るのも何もかも一旦やめて、私生活の整理に時間を掛けて、 芸能活動中のゴシップ疲れを軽減したんだろうなぁ。 そう思った。 離婚にはエネルギーが必要だ。 夫婦は元々が他人だから、離婚してしまうほどの関係なら、 それはそれで仕方ないけど、 親子は他人じゃない。 葛藤は、その辺も含むよね。 さて、今年もあと、27・28の2日間で仕事納め。 整理しきれない葛藤を山のように積み込んだまま、 我が家の年も暮れる。 昨日(25日だから一昨日?)、久しぶりに、ぶちきれて、 後でメールを送っておいた。 「アホとは口聞かん」とは思いつつも、 時にはやりきれないときもある。 アスペルガー障害の口の軽い奴は、 本当にどうしようもない。。。 3月まで待たずに、即日、飯の支度を放棄しようと思ったが、 まあ、しっかり怒鳴りつけて、 メールでも叱り付けて、 食事の支度だけは、してやることにする。 肋骨折って、重いもの持つのも大変な私が、 いつもの2倍くらいかかってヨロヨロ買い物して帰ったら、 「また、買い物か? ホンマにあんたは、買い物が好きやなぁ。 冷蔵庫の中の物、使い切って、山口に行ってよ。」 私は、誰の何を買いに行ったのか? 私の帰省中のあいつの食事の準備の買い物に行ったんじゃないのか? あいつは、 誰が、買い物に行ってくれて、 誰が、食事の支度をしてくれて、 誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ? 冷暖房設備のない台所で、 夏も冬も、誰のために食事の支度をしている??? ただの一度も、あいつに養ってもらったことはない。 私は、自分の生活費以上のものを稼ぎ、 家のローンを払い、老後に備えて蓄えもし、 タチの悪いのに寄生されているだけだ。 それなのに、あいつは、人の行動をとやかく言う。 言うに事欠いて、自分の年末年始の食事の支度の為の 重い買い物をぶら下げて、何度も車と往復してる私に、 言うこと???? 60歳過ぎても、 アスペルガー障害は、治らない障害だ。 それがわかっていても、ぶちきれる。。。 かと言って、買ってきた食材は、無駄にできないし、 やっぱりスジ肉やスネ肉は、下茹でしてしまうし、 冷凍するものは、小分けに冷凍している。 そんな自分が、たまらなく嫌になる。 ・・・傷心で小心な正真正銘の小者の小芋だ。。。はぁ。
2010年12月26日
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毎年、御節用の黒豆を炊いたのを 鰻屋の亭主から買っている。 汁も美味しく飲んでしまうほど、 あっさりと、ふっくらと、上品に炊いてある。 澄んだ煮汁は、本当に美味しい・・・ 金箔を振り掛けたいくらいの美味しさだが、 店では、振り柚がしてある。 それがまた、薫り高くて美味しい。 黒豆だけ買いに行くのも無粋なクリスマス・イブ 電話を掛けると、誰も居ないというので、 ついでに晩御飯を食べることにして、 店に着いたら、今日の最初の客だった。 「昼がゼロで、今日は坊主かぁと思ってました」と亭主。 ま、「クリスマスにはやっぱ、うなぎっしょ???」 って人はそうは居ないんでしょうね。 前に来た時に、鰊の昆布巻きとか食べてるし、 今日は、変わったものを出してくれた。 亭主はすごくご機嫌だったのだ。 まず、小鉢に黒豆 漬物代わりにポテトサラダ。 煮物には、聖護院大根の風呂吹き・・・ でっかい! 風呂吹き大根と聞いて、聖護院大根を輪切りとは、 普通思わないじゃない・・・? ついでに、23匹のキスの釣果の話を聞き、 キスの一夜干もご馳走になり、 あとは、普通の蒲焼と肝吸いとウザクと、ウ巻、 フルーツは、キンカンの蜜煮が菊花に作ってあって、3つ。 此処のところ、鮎も不漁続きだったし、 キスも釣果がなかったから、 亭主の口が今日ほど滑らかだったのは、 久しぶりだわ・・・ 面白いことに、それまで無人だったのに、 食べ初めてしばらくして、電話がかかってきて、 次の二人組みの客が来ることになり、 またしばらくして別の二人組みの客が来ることになり、 更に帰る間際にまた別の客から電話・・・ クリスマス・イブには、やっぱ、うなぎっしょ??? でもって、キスっしょ? クリスマス・イブには???
2010年12月24日
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こんな良い天気の日に、 右のわき腹の圧痛を抱えて、 何にも庭仕事をせずに過ごすのは、 涙が出るほどもったいないけど、 陛下の誕生日のお言葉にもあるように、 若い頃には、加齢のもたらす変化を考えたりできないものだ。 若い頃、定年になって時間ができたら、 あれをしよう、これもしたいと思っていた。 それが、なんということはない、 40を過ぎて、人生の折り返しの頃から、 あちこちが不調を極めている。 そうすると、楽しい空想の翼をもぎ取られている状態なんだが、 ジュリーのコンサートとか、 ジュリーのお芝居とかは、 その時の瞬発力だけでなんとかなるから、 今は、ジュリーとスタッフの健康が、 自分の親の健康に次ぐ関心事になっている。 嘘のように改善した左肩の五十肩に比べて、 亀裂骨折だか、なんだかわかんないけど、 右のわき腹は、なかなかずっしり・・・ それでも、こんなもんだわ・・・と受け入れてしまえば、 気楽なものだ。 永遠に続く不調はありえない。 なぜなら、いつか、終りが、本体の方に必ず訪れるからだ。 そう考えると、結構、気が楽になるものだ。 大阪の「よしゆきにいちゃん」が亡くなったときも、 実家のおばあちゃんが亡くなったときも、 あらゆることには、終りがあることを、 神様が教えてくださったんだとわかった。 高齢者が、介護施設で、インフルエンザで亡くなるとき、 眠ったまま、亡くなるようだ・・・ そうでなきゃ、病院に救急搬送されているから、 ある意味、介護施設でインフルエンザから肺炎を起こして亡くなるのは、 穏やかな終末なのかもしれない。 一人暮らしの自宅で、病んで亡くなるのと違って、 すぐに発見されるし、家族があれば迅速に連絡されるだろう。 あるいは、家族と同居していたとしても、 インフルエンザを持ち込んだ家族が病んでいる時に、 高齢者の方が先に肺炎を併発して亡くなることもあるだろう。 世界を見ると、イギリスでは、夏場の香港の時のように、 ICUがいっぱいで、大変な事態になっているそうだ。 去年の第1波のときよりも、はるかに深刻らしい。 まるで、去年のウクライナがそうだったように、 急速に症状が悪化し、子どもや妊婦が倒れるらしい。 日本と違って、イギリスのメインは、豚インフルエンザだ。 今のところ、日本は、A香港が主流で、 新型の豚インフルエンザもちょっとあるようだ。 そして、野生の渡り鳥の間では、 強毒性の鳥インフルエンザが、各地で見られるようになった。 これらの鳥の排泄物から、また、死骸からは、 勿論、強毒性の鳥インフルエンザウイルスが外界に向けて出てゆく。 野鳥だって外の鳥を食べて感染したはずはない。 韓国の感染ミミズクは、病気の野鳥を食べたかもだけど。 正念場となる新年か??? 去年の予想では、今年と来年が深刻な鳥インフルエンザの危機だった。 エジプトや、インドネシアではすでに日本人が思うより深刻だ。 病気の家禽から人への感染は普通に心配されている事柄。 今は、更に人・人感染が案じられているほどだ。 アウト・ブレイクになったとしても、 私の日常に変化がないのだろうか? 少なくとも、SARSのときのようなレベルの感染症だったら、 どのように行動すべきなのかの指針を、 勤務先からもらいたいものだ。。。 私の住んでいるところも、勤め先も、周り中に居るんだから、 ガンカモ科の野鳥も、その他の水鳥も、 そして、それを狙っているキツネやイタチも。。。 ま、だからって、どうしようもないんだけどね。 こう、諦めが良かったらだめなんかなぁ。。。 日産、クリッパー「RIO」(三菱自動車の車体だけど) 車検の続きを済ませに午後から電話して出かけ、 往復も入れて2時間の休日の午後・・・ 良い人をするのも疲れるわ。。。 「車検証は、1月に」って担当のおっちゃんが言うので、 「その時は?」って聞き返したら、 「担当のものが職場に持って行かせてもらいます」 って、自分が担当じゃないからね、おっちゃんはね、 さすがに悪いと思ったのか・・・言うてはりました。。。 「ありがとうございます。助かります。 よろしくお願いします。」 良い人の私が、勝手にしゃべっている。。。
2010年12月23日
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昨夜は涙とため息の日記だった・・・ 怒りと、憤懣もあったっけなぁ・・・ 一晩寝ると忘れるから、日記つけてて丁度くらいだな。 昨日、ブログをアップしてから、 私は、真剣に左肩の五十肩を治そうと思いました。 放置してても治るのは、右肩で経験済みですし、 母からもそう聞いていましたし、 動かしていることが大事と思っていたので、 安静時の痛みとかもないしなぁって、放置中でしたが、 右のわき腹の上の痛みも加わったので、 早く治さないと運動に制限が生じます。 日常生活に不便ですからね・・・ で、通常半年から数年はかかるところを、 一晩でほぼ・・・治癒の見通しが立ちました。 わかっていたけど、真剣にやると違いますね。 まず、ツボを探しました。 特効ツボで、自分でできることが条件です。 奇穴も調べました。飲み薬は、やめました。 今も色々なサプリを飲んでいるし、 葛根湯を此処で増やすのは止そうと思って。 二朮湯とかも面倒だし・・・ 直接刺激する腕や肩のツボと、 そこに刺激を送る離れたツボと、 手の平や足の指の付け根のツボと。。。 手始めに、有名な 大転子と言う骨盤の外側の下の方にあるツボを、 思い切り刺激しました。 ポイントは、左肩なら右側の大転子 右肩なら左の大転子と言うように、 対角線上の遠くのツボを押すことです。 これは、実はとても楽です。 悪くないほうの腕で刺激を与え易いからです。 ま、私は、ツボ押しの専用の棒で押しました。 強く何度も押しても大丈夫な場所です。 いつでもできます。でも、すぐ効くので、 そう何度もしなくて済みます。 一度真剣にやることでかなり劇的に好転します。 次に、離れた繊細な場所も刺激してみます。 薬指と中指の間の水かきの部分です。 此処を強くつまみます。 上腕にまで響くツボです。 実際「五十肩」と言っても、 肩と言うよりは、付け根から肘までの痛みですから、 これは、直接効くと感じる人にはわかるようです。 私は、一番辛いときでも安静時の痛みはなく、 肩から肘付近までが重く脱力した感じだったので、 この刺激も効いているかも知れないと感じました。 これは、悪いほうの手の平と足とを二箇所順番に刺激したあと、 そこに、連続して刺激があるように、ゲルマニウムの粒を、 並べて貼りました。 左足の薬指と中指の間は、なかなか痛かったです。 こうして離れたところから刺激して、 最後に肩を直接刺激しました。 左肩の裏側から、真横から、上から前から、 押せるツボは全部押してみました。 うまく押した時は、すごく楽になります。 こうして上腕と肩全体を緩めて、 最後に腕の付け根の前側にゲルマニウムを重ね貼りしました。 その上から服を着て、服の上に「貼るカイロ」を貼ります。 ゲルマニウムを貼ったところに熱をあてると、 刺激が強まります。 もうすぐ24時間近くなるのですが、 左肩の可動域がもとの状態に近くなり、 様々な動きでの痛みが軽減されました。 さっき、久しぶりに左肩がごりっと音を立てた感じです。 勿論、完全に一晩で元に戻ったのではないですが、 相当良くなったことは事実です。 夏の終りから秋にかけての発症当初、 何度も蚊を打とうと反射的に高速で両手を上げて、 激痛に気付かされていたのですが、 今は、多分その動作は大丈夫です。 ツボ刺激、すごいです・・・ タダなんですから・・・ ジュリー貧乏(ジュリ貧)でも大丈夫。 色んなコンサートの振りにも対応できるし。。。 今度は、骨折の回復を早める反射区を探そう。 直接刺激できないときは、反射区刺激ですよね。。。 忙しい中にもとりあえずの区切りが見えてきた年の瀬。 今年もあと、十日です。。。 チケットに続いて、しゃんさんのマグカップも届き、 気分はお正月コンサートに向けて・・・ その前の仕事を蹴散らしていこう!
2010年12月21日
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今日は、月曜日だというのに実家でお目覚めだ。 しばらくお寺さんと日程が合わなくて、 帰省ができていなかったので、 12月20日月曜日の朝の、8時半からの お寺さんのお参りにあわせて、昨日、 めちゃくちゃハードスケジュールを何とかあわせて、 日曜日の朝、車を車検に出しに行き、 昼前に実家に帰るために家を出て、 午後の陽射しの中を帰省した。 晩御飯では、父のとり置いてくれたタラバガニの トゲトゲの足を鋏で切って、身を出して、 いつもの殻剥き係をやって・・・ トゲの刺さったひとさし指から流血しつつ・・・ 今度からは、剥き身を注文してねって・・・ 思いつつ・・・ そんなこんなで、例によって、お風呂を焚かない日の巡り会わせで、 足温器で足を暖めて、寝た。 で、いつになく薬が効かなくて眠りに落ちにくかったら、 いきなり雨の音が激しくなって・・・ え~~~雨かぁ・・・ と思いつつ寝てしまった。 まさか、その雨のせいで、こんなことになるとは、 そのときには思っていなかった。 明けて、12月20日の朝は、快晴。 夜の雨が嘘のような良いお天気。 しかし、時間になってもお寺さんは、来ない。 待てど暮らせど・・・ ってこともないけど、平日の仕事を休めるのは、 午前中が限界。。。 新幹線の予定の便に乗れないと間に合わないぎりぎりの時間。 やっと母が電話をかけてくれた。 またしても、お寺さんは忘れていたのだ。 これで、3回目。。。 これから着替えてお参りしてもらうにしても、 妹を待たせているし、新幹線の時間が間に合わないのは明白。 すっぱり諦めて、妹の車に向かった。 そして、新下関駅から小倉駅。 やってきたひかりレールスターの降りるお客の多さに驚きつつ、 並んで待っていた先頭の客だった私が勇んで乗り込んだ。 次の瞬間、すってんころりん。 昨日の晩からの雨で、乗客の履物が濡れている。 私の急ごうとする気持ちと、新幹線のつるつるな床と、床を濡らした雨と 私は、思い切り両足を滑らせて、いつものように、 左膝をかばいながら、 今回は、リュックを背負った背中から落ちた。 まるで、バナナに滑るような滑稽な両足が上に上がる滑り方で。。。 右手には、工具箱を持っているし、 左手には、お土産が詰った重い紙袋。 工具箱を放せなかったから、 右から落ちたのか、どうひねったのか、 絶対打ってはいないのに、右の肋骨の下の方が痛い。 肋骨が痛いのは、2回目だ。。。 とっさにそう思った。 前は、職場で滑って、前のめりに倒れて、 通路の段差の角の金具で、左の肋骨をしたたかに打ち、 笑っても咳もくしゃみも咳払いも痛かった。 でも、何もしなければ痛くなかった。 今回も、何もしなければ痛くない。 だから、きっと右の肋骨にはひびくらいは、入ったかも。 で、左肩は五十肩で、左ひざは半月板の損傷で、 右膝は、半月板の磨耗で、 右肩の五十肩が早く済んでて良かったと、 思っていたのに・・・ 右上半身の小さな振動にも痛みがある。 物はもてるし、腕も上がるが、振動は痛い。 何よりも、心が痛い・・・ 傷心を抱えて、同僚にそれを話したら、 最初の一言が「また!?」だった。。。 はいはい、どうせね、小芋は、アホのドジです。 しょっちゅう滑ったり転んだりしています。 「また!?」 「はぁ~」と深い深い不快な傷心を抱えて、 現実の老いを受け入れているわけです。 正月コンサート3週連続までに治りますように! 不幸は更に続き、できているはずの車検を 乗りなれない代車で引き取りに行ったら、 目の前に、自分の見慣れた「りお」ちゃんが、 まだ確認工程の真っ最中。 デスクのおじちゃん(私よりは若いが) 何食わぬ顔で、清算して、しかもこう言う。 「今日の日付では○○○○が作れないんで、 早すぎるんで、23日か25日にちょっともう一度・・・」 この日程で大丈夫って言ったのは、誰なんだ??? 勿論、良い人の私はそんなことはおくびにも出しませんけど、 年の瀬の休日、半日潰して車検の続きを、 代車が出せないから、どうしても持って来いと、 終わるまで、待っておけと、 普通、言いますか??? 私は、結局、店内で40分待ち、 その挙句に、もう半日、休日を潰すことになり、 踏んだり蹴ったりの一日でしたよ。 あと1時間半足らずで終わる今日が、 これ以上、悲惨なことにならないように、 祈っています・・・
2010年12月20日
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来年のことを言うと鬼が笑うというが、 来年の1月と思うと、先のような気がする。 来月の8日と言うと、ちょっと近い気がする。 そして、3週間後の1月8日と言うと、 すぐ目の前のように感じられる。 もう、これがたとえば、同じ月の内とかなら、 3週間はあっという間だと思うんだけど、 年末年始を挟むと、すごく日があるような、 その上、クリスマスまであるから・・・ そんなわけで、私は、ジュリーのコンサート、 自分がいつ、ジュリーに次に会えるのかを はっきりとわかったのは、昨夜なんだけど、 1月8日は大阪のグランキューブで。 1月15日は、渋谷で。 1月23日も渋谷で・・・ 豪勢に、ジュリー三週間連続なんだ・・・ ちょっと考えてみると、すごい多忙な1月だな・・・ だって、暮れには実家のある下関に移動してるから、 正月は、実家からの移動で始まって、 第2週が、大阪グランキューブで、 第3週が、渋谷、 第4週も渋谷なんだから・・・ 休みを上手に休まないと、息切れしちゃいそうだ・・・ 新型インフルエンザがイギリスで猛威を振るい始めているし、 世界的に集団発生が言われ始めている。 日本国内では、新型インフルエンザよりも 致死率の高いA香港型が、流行している。 今週は、もう全国が流行初期に入っている。 その上、世界的にノロウイルスの感染が言われている。 2012年12月21日、来年の今頃、 人類は、鳥インフルエンザの大流行と向き合っているのか? 我が国では、鳥インフルエンザで死んだ白鳥のことが 今になって、やっと問題視され始めたが、 韓国では、口蹄疫の再流行と、鳥インフルエンザと 北朝鮮との緊張と、トリプルで来ている。 北朝鮮からは、鳥インフルエンザの情報が世界に報告されないが、 中国でも死者が出ているくらいだから、 当然死者が出ていてもおかしくない。 情報が秘匿されていると見るのが正しいのか、 秘匿するほどに捕捉されていないと見るのが正しいのか。 指導者の交代に伴う体制崩壊の危機が近いし、 国内の混乱も避けられそうにないから、 北朝鮮の庶民は本当に大変だろう。 そういえば、ベトナムの家禽の鳥インフルエンザ罹患率 去年が4%、今年は16%だそうだ。 ベトナムは、危険度が一気に高い国になってしまった。 インドネシアよりも危険だろうか? 来年も、今年のような異常気象が世界を覆っているのか? わからないけど、わからないんだけど、 私にとって絶対確実なことは、 4月以降は、「毎日が日曜日の元夫君」という、 日々が始まるということだ。。。 小人閑居して善を為さずと読むのか、 芥川龍之介流に、小人閑居して不善を為すと読むのか、 4月からの毎日を思うと、それだけで暗い気分になるが、 そんな暗い気分を吹き払うようなジュリーの活躍がある1年であって欲しい。 室温8度のこの部屋でも、 ペーパーバッグ・レイディのようにいっぱい重ね着して、 今は何とか過ごしている。 今年も灯油は買わない生活を続けそうだし、 ボルネード社の温風の出る足温器をyahooオークションでgetして、 4代目を確保したから、当分は大丈夫と思う。 私にできる温暖化対策、「化石燃料の消費を減らす」 なかなか頑張っている。。。 勉強したくないけど、色々と勉強しなきゃいけないので、 未来予想などを、景気や気象や色々な面から調べるにつけても、 暗澹たる気分になるだけである・・・ 今の光明は、ジュリーだけ・・・ あ、パスポート!
2010年12月18日
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私は、便秘体質ではない。 むしろ、クウトフンデルという体質で、 いや、フンデルクウトかなぁ・・・ 溜め込むことは嫌いなほうなんだけど、 体質的にもできないんだけど、 整理することができないADHDの特性があるから、 実際、自分でもイライラしている。 今の自分の体調が良くなったら、 一番したいことは身辺整理なんである。 そんな私に、元夫君が、「断捨離」を視ろと言うのだ。 視ましたよ。 そして、思いました。 断る・・・元夫君の申し出は全部。 捨つ・・・彼の定年を迎える来年の3月31日までにきっと。 離る・・・離婚したのに出て行かないのはどっちやねん!! 絶対に追い出したる!!! 一番簡単なのは、「断る」ですからね 本当は、「断つ」なんでしょうかね・・・ 勝手に「断る」にしておきましょう。 手始めに、さっき、 4月からの元夫君の健康保険についての相談を断りました。 自分のことは自分で考えて自分でして! 前に言ったとおり、年払いで、まとめて払って! 自分の保険なんだから自分で払って! 自分のお金から払って! つい先日、元夫君に年金証書が届いて、 来年3月末で退職したあとの年金額が書いてありました。 月額にすると、14万円をちょっと切るくらいです。 彼はやっと、現実が飲み込めてきたんですよ。 今の小遣いと変わらないくらいでは、生きていけない・・・ 毎月10万円を小遣いにして、少ないと思っている彼ですから。 ボーナスこそ、手取りの10%の小遣いですが、 そのボーナスも、この12月の、人生最後のボーナスは、 「最後やから全額頂戴。」と言うので、 こちらから「くれてやる」と言うならともかく、 それでも「ええよ。好きにして」と言いましたけどね。 ほんまに好きにしてやわ・・・ 私は、前にこの健康保険のことを彼に言ったことがあるの。 でも、将来を予見して行動することができないアスペルガーの元夫君には、 1年後を予見して備えることができませんでした。 だからその時は彼は「あんたの扶養に入れて」って言ったの。 私は、言いました。 「家族じゃないから無理です・・・」 冗談じゃないわ。なんのための離婚だか・・・ でも、彼がしつこく食い下がるから。 「あなたは、年金収入が多すぎて、扶養家族には入れません」 半分は本当で、半分は嘘ですが、絶対に扶養家族なんてお断り。 次に、晩御飯を渡すときに、私は聞きました。 「今度の車検はいつですか?」 「知らん」 「費用の準備をしておかないとその時になって困りますよ」 「僕が払うんか?」 「当然、自分で払ってください」 これまで当たり前にしてもらっていたことのありがたみを、 4月からは、全身で感じてもらおうと思います。 そのために、今、私がしなきゃいけないことは、 「捨」です。 これができていないことが、 私の人生の弱味でした。 「捨」をしようと改めて思いました。 実は、元夫君は知らないんだけど、 私は最近「捨」をはじめているんです。 この10ヶ月ほどで、かなりのものを・・・ 欲しがる人には、全部あげてしまおうと思っています。 引越しの時には、多分ほぼ捨てると思うんで、 実家に帰る日を想定して、せっせと捨てています。。。 これから、拍車がかかると思います。 目に見えて捨てると、彼が不安がるかと思ったけど、 もう、ちょっと自分でも決断しようと思いました。 決断 喜捨 離縁(馬鹿な元夫君とは2回も離婚してるので次は離縁!)
2010年12月16日
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吉田拓郎風に歌いながら、読んでください。 ♪あのとき、僕はこう思ってたんだ。 君に何かをして上げられる。 せめて、平打ちぐらいはして上げられる。 僕は、パソコンを持ってたんだし~~~いい。 終わったんだよ。 2時間掛けて、 この間ずっと、打ちっぱなしさ。 もう、いいよ。 もうなにもいらなくなった。。。 と言うわけで、junさんのために、 あんな恥ずかしいおっさん向けに 400円も払わなくても済むように、 「澤田研二迷的日常」に2回に分けて打ちました。 姿勢が悪くて、結構疲れました。 junさん、ゴチです! どうぞ、「澤田研二迷的日常」を検索して最新の2本をお読み下さい。
2010年12月14日
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同じ学生マンションに住んでいた年下の彼、 と言っても、学年が違うだけで、生まれ月は多分2ヶ月も変わらない その彼の部屋に行ったら、イマジンがかかっていた。 彼が、泣きながら「ジョン・レノンが死んだ」と言った。 私は、ビートルズ世代じゃないし、 勿論彼だって、ビートルズ世代じゃない。 でも、彼は、深くジョンに傾倒していたから、 この世から、あんな思いがけない形で ジョンが居なくなっちゃうなんて、考えられなかった。 それで、泣いていたんだ。 追悼番組が色々あったのは、なんとなく記憶してる。 ジョンが始めてヨーコに会ったときの「Yes」のこととか・・・ 私たちは一日中イマジンを繰り返して聞いた。 いつもは、オフコースとかチューリップとかだったのに。 私はもう、就職が決まっていて、 赴任先がわからないだけで、卒論に追われている時期だった。 卒論は、結局3本書いた。 自分のと、同じゼミの二人の子のと。 最初に書いた自分のは、笠女郎の大伴家持との相聞歌について。 すごくあっさり書いて、さっさと出しておいた。 私は、書き始めたら早いから、最終ページの最終行のほぼ最後まで。 計算したように書いた。 二番目に書いたのは、万葉集における「浦島子伝説考」 これは、マンションの私の部屋に泊めて、 締め切りのチャイムの幻聴が聞こえると言った子を 励ましながら原案書いて、その子に清書させた。 ゼミの締め切りの時間間際に書き上げて、 私の彼のシルビアに二人で乗り込んで出した。 その子は、それで、多分、奈良女の大学院に行ったはず。 奈良女が不合格だたら、京女の大学院だったけど、 優秀論文の発表会の時に会わなかったから、 奈良のほうに行ったと思う。 最後の1本は、文学部棟のゼミ室で、 コタツにもぐりこんで部屋の鍵掛けてた子を引きずり出して、 (鍵は、京大生の彼氏の研究室に押しかけて開けさせたらしい) やっぱり私が書いて、彼女に清書させた。 当時は、本人自書でないとダメだったのだ。 内容は、万葉集の竹取の翁伝説 どちらも、私が書けたのは、ゼミでの中間発表を聞いてたのと、 考察ではなく、文献の引用を中心にしたからだ。 私のと2本目の彼女のとは、ゼミの締め切りに間に合うように出した。 3本目の彼女は、ゼミの締め切りに来なかったから・・・ ゼミ生で相談して担当を決めて、 部屋に行く係、彼氏を探す係、 そして、中間発表のコピーを元に卒論を書く私、 私の指示で文献を探してコピーを取る係、 小さなゼミの総出の大仕事だった。 「布団を被る」って言うのは、本当なんだとあの時思った。 鼻を赤くして泣きべそかいてるのを、 叱り飛ばしてともかく枚数を書いて書き上げた。 参考文献は、中間発表の時のコピーでどうにか済ませた。 1回生の最初の頃、早稲田を落ちてこんな女子大に・・・ 都落ちだ。。。 って、言ってたその子を覚えている。 京都に来て、都落ちって言うなよと思ったもんだ。 第一、私は第一希望の京都女子大学だったんだから・・・ 30年はあっという間だ。 あの時の静岡県出身の都落ち女子大生は、 静岡県の教員採用試験に校長してた父親のコネで合格してたから、 絶対に卒業しなきゃダメなのは、みんな知ってた。 同級生の兵庫県出身の子が、 その子は補欠合格だったのに、やっぱり親が校長だったから、 早くから自分の母校の中学に採用が内定していて、 教員て、そういう世界なんだと改めて思ったものだった。 30年前、私は、もがいていた。 猛烈に苦しい1年間を過ごして、 それまでの人生の20年分のツケを払って、 22歳の誕生日が来るのを待っていた。 1年間、アルバイトも卒論が済むまではしなかったし、 真剣に、痛切に、生きて、学んだ。 そんなある日の、ジョン・レノンの死だった。 あの日泣いていた彼とは、卒業で別れた。 その後、野村證券に内定したと連絡をもらった。 他にもいっぱい内定をもらっていた彼が、 野村證券という冒険のある会社を選んだことを驚いた。 昨日、ジョン・レノンと共に彼の名前を思い出して、 ネットで検索したら、まだ、居るかどうかはわからないけど、 敵対的企業買収への対抗手段の法律的助言なんかをやってるようだった。 企業戦士として、厳しい世界で生き抜いているんだと思った。 ついでに、その前の彼の名前を検索したら、 カタカナ名になった松下の傘下の会社で取締役に名を連ねてた。 奈良県庁でのんびりやるって言ってたのに、 あの人のときも、思いがけず民間大手を選んだんだった。 どちらを選んでも、私は、仕事なんか持てない人生だったろう。 自分らしく生きて、もがいてきた30年を、 此処は肯定しておこう。 戻れるものなら、31年前の二十歳の誕生日に戻りたい・・・ 人生に正解はないのだろうが・・・
2010年12月09日
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聞くところによれば、 その上、色んな人のブログを読むと、 和さんの映りがすごく良かったらしい。 きゃあ~~~~ そうと知っていたら、なんとしても見たのに。 最近、カズラーが増えてきていて、 嬉しいような、ドキドキです。。。 だって、話題に和さんが上ることが増えたもん。 ジュリーの側にいて、本当に長く居て、 いつまでも若くて、ピチピチランランはじけてて、 和さん、本当に素敵・・・ 神戸で、初めて見たとき、 和さんのギターが壊れたんだけど、 その時の、ジュリーと和さんの息の合った様子が、 仕事の上でのパートナーとしての二人の信頼関係を すごく良くあらわしていたと思うんだ。 色んな人がジュリーのためにギターを弾いてるけど、 和さんが一等好き! みんな元気で、ジュリーと一緒に続けて欲しい。 和さんと武田真治さんと向島和詞さんと、 ほんと、雰囲気似てるよ・・・
2010年12月07日
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つい最近まで、小麦の国際市場は、 ロシアの猛暑による禁輸の影響を差し引いても、 オーストラリアの大豊作で大丈夫と思われてきた。 野生化したラクダが村の水のみ場を襲ったり、 あちこちで渇きによって死んだりしていたほどの近年の異常渇水。 その異常渇水で激減していたオーストラリア産の小麦は、 今年の順調な降雨のおかげで久しぶりに大豊作・・・ ・・・のはずだった。 ・・・のはずだったが、雨がたっぷり降って、 緑豊かな大地が広がるのを待っていたのは 人間だけじゃなかった・・・ ・・・バッタも、雨の多い豊かな緑の大地が大好きだ。 その上、さすがオーストラリアだけあって、 バッタも飛行距離が長く、平らな大地を飛びまくるから、 駆除しても駆除しても、はるか彼方に被害を広げるだけ。 イスラエルやアフリカと違って、 それじゃあ、代わりにバッタをとって食べようってことには、 オーストラリアはならないようだ。 移動するバッタの群れは、一晩で収穫間際の畑を食い尽くす。 そして、ここにきて、ついに今度は洪水の危険だ。 小麦は収穫間際のものが冠水してしまったり、 農地だけでなく住居部分も冠水の恐れで、 退避勧告が出ていたりする。 日本みたいに、隣同士が声を掛け合って避難することができない。 隣って言うのが、 車で数十キロ走った先とか、そんな地域もある。 昔、英語を教わったオーストラリア人の教員は、 日本人が信じてくれないと嘆いていた。 自分のうちの農地の広さを、話したら、ホラ話だと思われると。 ま、行ったことがある人にはわかるんだけどね。。。 そんなわけで、今年は、ラ・ニーニャのせいで 最初は順調と思われた降雨量が過多過剰となり、 とうとう此処に至って、収穫目前の大冠水で作柄の低下は不可避。 飼料用に格下げになるものが大量に出そうだということだ。 今年の日本の米もそうだった。 大豊作とかって言っておきながら、 異常な高温のせいで、白くなった米が多く出て、 作柄が悪くなって、収量も落ちたところが多い。 穀物や、飼料穀物、様々な農作物を海外に依存することは、 どれほど危険かということを、 レアアースの一件で学ばなかったとしても、 来年の上半期の小麦の価格上昇で、わかるんじゃないだろうか。 米の粉からのパンや麺やお菓子、米粒からのパン。 もっとみんなお米を食べようよ。。。 讃岐うどんは国産でも、うどんの原料の小麦は輸入品。 ラーメンもパンも、お好み焼きも、 国内で作っていても材料が外国産品だ。 ロシアの猛暑と豪州のバッタと洪水で、 讃岐うどんが値上がりするご時勢だ。 ま、蕎麦食っても、たいていは輸入品だけどね。。。
2010年12月06日
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今日は朝から、メールで起こされた。 大学に行ってる知り合いの男の子からで、 元気そうだった。 私に朝の七時前にメールや電話をよこすのは、 私の休日の過ごし方を知らないからで、 彼のような若い人には珍しく、その子は、早起きだ。 普段から大学に行く前に早起きして農業をしている。 大学生が農業をしているのではなくて、 お百姓さんが、高校に行き、大学生になった。 そのくらい、彼のお百姓さんとしてのプロ度は高い。 高校時代にも百貨店の生鮮食料品売り場に 生産者の名前入りで商品が置かれるほどだった。 今は新幹線で国立大学に通うスーパーお百姓さん大学生 で、休日だというのに、私は、7時前に起こされた。 それからまた寝たけどね。 タイトルの話は、amazonで本を注文していた深夜。 注文していたすごい冊数の書籍のことで、 ちょっとamazonに苦情のメールを送っているさなかに、 携帯がメールの着信を知らせた。 時間を見ると、間もなく零時という時間だ。 てっきり、朝のスーパーお百姓さん大学生か?って思ったら、 違うんである。 内容は、こんなの・・・ 「LOVE 愛とは不幸をおそれないこと 沢田研二リサイクル JULIE7ってCDあったのかしら?」 いや、本当に「リサイクル」って書いてあったのだ。 勿論「リサイタル」の間違いで、 これは携帯の予想機能のクリックミスだろうが、 どうせ、読むほうも「リサイタル」だと思って読むから良いんだけど・・・ 内容は、たいしたことじゃなくて、 勿論「LOVE 愛とは不幸をおそれないこと」は CD持ってるから月曜日に貸すんだけど、 ジュリーの7のリサイタルのはCD化されていないんだけど・・・ そういうのは、どうでも良いんだけど、 分別ある大人が、職場の同僚にメールをよこす時間じゃないことが、 私は余りにも愉快で、嬉しくて仕方ない。 私は、宵っ張りの朝寝坊で、普段から零時前に寝ることはない。 よほどのことでもない限り、早くても零時半以降だ。 それは、このブログの更新の時間が遅かったり、 コメントへの返信が遅かったりで明らかなんだけど、 メールをくれた同僚は違うんで在る。 彼女は、普通は、早く休んで、社会的には常識的で健全な人なんだ。 それが、こと、ジュリーに関しては、 私とどっこいどっこいの夢中さになる。 それどころか、オネエサマ世代で、 可愛いジュリー、美しいジュリー、輝くジュリーを知ってる。 彼女自身が娘時代にワープするから、 分別が、中学生や高校生の、アイドルに夢中な頃と、 ほとんど変わらないのである・・・ 私は、そういう時間を持ったことがなくて、 今夜更かしなのも、元々自堕落だからである。 しかし、昔年の乙女でジュリーファンだった人。 中でもタイガース時代からのファンだった人は、 一気に「娘還り」してしまう・・・ ヤンタン・オールナイト日本・・・私は聞いたことないけど、 昔から、深夜は若い人の時間帯だった。 こんな時間に起きてしていたことは 受験勉強か読書だった私には、想像もできないけど、 うっとりしながら、レコード聴いたり、 カセットテープに録音した番組を聴いたり、 ラジオを聴いたりしていたのだろうなぁ。 タイガースの頃って、まだカセットデッキも一般的じゃなかったし、 ビデオデッキなんて無かったんじゃないか? 少なくとも、我が家に遅いカラーテレビが届いた時、 私は、もう中学3年生くらいだったから・・・ そう思いながら、ジュリーのことを考えると、 もうすぐデビュー45年のこの人のファンだった娘達は、 即時性のある情報に飢えていて、レコードを買うしかなく、 再生可能な画像が無い中、よく頑張ったものだなぁ・・・ あの乙女達のかつてのパワーが、 今の情報化の中で再現されたら、 すごい購買力だろうし、 実際韓流への資金流入がすごいのもそういう年齢層だ。 ジュリーは、すごいなぁ。。。 生き抜いてるもんなぁ・・・ 少なくとも、半世紀現役は堅そうだ! 職場のじゅり友さんに返信を出したあとで、 いよいよ、レコードプレーヤーを開梱しようかと思った小芋です。 だって、ジュリー7のリサイタルのレコード、 7000円の中の1つにちゃんと入っていたからね。。。
2010年12月04日
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届きました。 30タイトルのLP。 合計で40枚くらいあった。 そして、CDも3枚ちゃんとついていました。 はしたなくなるのを、禁じえないってば。 上品でいるのが、不可能。 持つのも重い荷物でしたが、 さっさと梱包を解いて、引き出しに隠しました。。。 そして、一枚ずつ、点検しました。 うっとりしながら。 古いものには、シミも出てたけど、 そんなに触りたくないような汚れではないし、 ほとんどは、シミもなくて、綺麗でした。 録音してくれたCDの音質も問題なく、 美しい大型の写真集を格安で手に入れた気分です。 中でも、「架空のオペラ」のジャケットは、 額装したくなるほど綺麗。。。 丁度立てかけておいたところに夕陽が当たって、 キラキラ光るので、気がつきました。 装丁に、手が込んでいたのです。 yumiさんに書いてもらった手書きの歌詞集を並べて置きました。 やっと、なんだか、yumiさんの歌詞集との釣り合いが取れた感じです。 改めて、yumiさんへ感謝を!
2010年12月02日
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