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父は、来年4月の誕生日で80歳になる。 今だって、数え歳なら80歳だ。 だけど、父は、そんな自分の年齢を受け入れていない。 余りにも急激に「老い」がやってきたので、 父はそれを受け入れられないでいる。 私だって、父の「老い」を受け入れるのは難しい。 本人ならなおさらだろう。 しかし、現実に、父は老いている。 父は、それを受け入れられないから、 ともすれば無茶をしがちだ。 焦っている。 まだ、その時期ではないのに、 出歩こうとしたり、 会合に出席したりする。 そして、その後で、また、圧迫骨折は悪化する。 その苛立ちを母に向けている。 母が骨折する前なら、母も腹を立てるだけで済んだけど、 今は、心底母も辛いだろうと思う。 だから、昨夜の電話で、父に言った。 お母さんの言葉に「うるさい!」って言ったらダメだ。 ちゃんと謝らないと、本当に誰も心配しなくなる。・・・からって 痛みが、心を弱くしているのはわかるけど、 努力が空回りして、わがままにしか受け止められなくなると、 妹や、母が、傷つくばかりだ。。。 したいことは分かっているけど、 我慢して先送りしなきゃダメな時もある。 今の状況も、どうしてもって言い張って出席した熊本旅行の後から。 そして、退院後の小康状態を一気に悪化させたのは、 我を張って出席した老人会の挨拶のせいだ。 あの時は、本当に呆れたけど、 その後の予定にも参加を表明していたんだから。 ある意味、その時点ではそのくらいまでは回復していたのだが、 すぐに無理がたたって、また痛みがぶり返してきている。 その上、用心というものがない人だから、 痛み止めの座薬とかを残していない。 次の通院まで一週間くらいあるのに。 座薬もないから、痛がってばかりいる。 仕方ないから、塗り薬の経皮性鎮痛薬を塗るように指示した。 夏に渡して置いたものが残っているはずだから。 勝手な判断で、コルセットを外したらいけないよって言うのに、 圧迫痛が嫌で勝手に外す。 そうやって体を動かすと、またどこかが骨折する。 咳をしてもくしゃみをしても骨折するほどの骨粗鬆症への自覚が、 全然ないからだ。。。 去年、おばあちゃんが96歳で亡くなったとき、 父や母や妹は、おばあちゃんの願いを聞こうともしなかった。 個室にしてあげてっていうのも、最初は聞いてくれなかった。 勝手に動くからというのがその理由だった。 いくらでもお金はあったのに・・・ 病院での最後を当然のように迎えさせた。 今、父は、勝手に動く。 動いては悪化させて、落ち込んでいく。 父はどう思うだろう。 下の世話が大変だから病院に入って居てとは、 今の母も妹も言わないけど、 この状態では遠からずそうなるだろう。 おとなしく、上品な年寄りをして、 自分の衰えを受け止めながら生きていくことが、 どうしても求められるようになるのだなぁ。 おじいちゃんのときは、自宅で看取った。 おばあちゃんは2週間だけ、入院してもらった。 父は、今は、自宅で過ごしているけど、 一日でも長く、自宅での生活を送れるように、 ゆったりと穏やかに生きて欲しいと思う。 なんでも出来て、どこへでも行って、 自分の自由に、思い立ったら、買い物もなんでもしていた あの頃の父にはもう戻れないのだと、 父はいつわかるんだろうか・・・ 足腰が不自由な人はたくさんいる。 それをネガティブに受け止めたら不幸だ。 残存機能の中の何を活かして生きていくかを考えられないなら、 老後は果てしない苦痛の連続になる。。。 車椅子でも、なんでも、人生は送れるのに・・・ 人手を借りても、出来ることはたくさんあるのに。 父はまだその心境に達していなくて、 母を苦しめている。。。 母は、また、過剰にそのことに反応する。 それが自分の評価されるポイントででもあるように。 だからといって、私に出来ることはないから、 毎晩、両方の愚痴を聞いて、電話を切るのだ。。。 老いを生きるその術を、私はこうやって学ぶんだなぁ 幸福に人生を生きても、不幸な人生を生きても、 生きている限りは老いを迎える。 せめて、親に心配をかけないように気を付けなければね。
2011年10月30日
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10月って、本当に忙しい月だった。 そりゃぁ、ジュリーに前半2回も行った私も悪いけど、 あれは、締切から考えてしょうがなかった。 仕事はその後からどんどん入ったんだから。 そして、この28日の仕事も後から決まった。 今年の私の仕事の面倒臭さは、 自分で決めて仕事をするこれまでの30年間のスタイルと違って、 31年目にして初めて、 外部の大きな組織の動かしがたい日程に組み込まれてるのと、 自分が好むと好まざるとにかかわらず、 年間の行事予定に元々入っている行事が多過ぎる部署だと言うこと、 その上、今年からの所長が、ものすごい目立ちたがり屋の嬉しがり・・・ 振り回されっぱなしだわ・・・ コツコツと積み重ねてきた自分スタイルの仕事に、 所内の仕事、対外的な仕事、そして、全くの外部の仕事。 私は、本当に事務仕事に向いていない。 私に事務仕事をさせて、私にしかできない仕事をする時間を削ったら、 おそらく、事業所全体では、大きなマイナスだと思うけど、 どうして事務仕事を振ってくるんだろう・・・ 8月から取り掛かっていた仕事のうち、 「阿蘇の魂」は、楽勝。。。 カウンセリングに拠る論文、プレゼンテーションも完璧だった。 ヘアスタイルからアレンジしたから、 プロデュースは大成功だったと言える。 その前の「喘息少女の夢」は、今読んでも落涙数行だよ。。。 「毒きのこ女」は、大化けして、奇跡の大成功を収め、 もう一人のプロディース担当者と二人のタッグはバッチリだ。 2次突破はおろか、1次も無理と思われた中、 素材と、タイトルが良ければ、何とかできるという すごい嬉しい誤算をもたらしてくれた。 2次の突破の論文なんか、涙と信頼の物語だった。。。 で、火曜日に「毒きのこ女」のかたがついて、 ホッとしていたら、今日、その時の相方が、 また無茶な仕事を振ってきた。 私は、「極限環境菌青年」に注力したいのにだ。 今度は「ダイオキシン女」と「カルニチン・オタク」とか振ってくるんだ。 その上期間はギリギリ5日間位しかない。 適当に振ってできるってもんじゃないし。 半端にやったら、両方潰すコトになるし。 その前にもう一人「里地里山法」をやんなきゃいけないのにだ。 「カルニチン・オタク」は、「阿蘇の魂」の相方で、 双方の感情の行き違いを昨日と今日とで解消しようとコンタクトをとっていた。 だから、まあ、前もっての関係性は構築できてたけど。 ほんと、こういうのを無茶振りって言うんだろうなぁ。。。 「公共交通機関建造物の太陽光発電ホラ話」もばっちり成功。 「キメラ鶏」も追い込みに入っている。 年の近い口の悪い同士の私と相方とのやり方で、 それなりに結果を出せてるから、信頼して振ってくるんだろうが、 相方は、いつまた白血病が再発するかもわからない。 今年も5・6・7の3箇月居なかった。 その前もその前も長期に入院していたし。 私は無理が利くけど、若い相方の方はそんな病態だから、無理が利かない。 それもあって、私の負担が増えているかもなぁ。 でも、今日「喘息少女の夢」の文章を読み返してて惚れ惚れしたから、 もうしばらく、コンビを続けてもいいかと思っている。
2011年10月27日
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膝の打撲と、右胸部のおそらく亀裂骨折か?のせいで、 せっかくの休みも本当に休むだけの休みになってしまったけど。 元々したかったのは、庭のメンテナンスだったので、 それは、早々に諦めて、 一昨日の夕方、昨日の雨の降り出す前にと、少しだけ整理して、 火を点けて終わり。 前に切っておいた分が濡れないようにして、 ついでに裏庭の笹もちょっとだけ刈って、 火の勢いを調整しながら燃やした。 昨日は休日だったので、午後から職場に行って、 気になっていった仕事を片付けて・・・ 結局、今日以外毎日職場には顔を出したことになる。 行けば行ったで、仕事を言いつけられて、 明日は朝から缶詰で仕事と聞かされている。 毎晩毎晩父の愚痴にも付き合い、 あれこれ叱ったりなだめたり・・・ そうそう、ネットで、本を買ったりしていた。 元夫君のためのお茶も注文したけど、まだ届いていない。 自分用の野菜ジュースは届いた。 昨日の夜に届いたんだけど、 つい、失敗して、持ってしまったよ。 200ミリリットル24本入りの、 4セットがひと箱に入ってる箱を。。。 一瞬、理性は持つなって脳に命令したけど、 野生の本能が、持てるよ。こんなもん。 そう言ったのね。。。 後悔先に立たずだよ。 持てるし、痛みもたいしてないから。。。 でも、絶対、肋骨には響いてるわ。 この5日間というもの、夜遅くなると、 右の背中は、鉄板張り付き状態。。。 重いし、痛いし、強ばるし。 背筋が無理を引き受けてるっていうか、 痛みを感じない程度に悪い状態っていうか。 なのに、持っちゃったんだよ。 健常な時なら、左右の手に20リットル入の灯油入れを持てる。 実際持ち運んでいるんだから、 全然平気なんだけどね。。。 この自覚の乏しさが、肋骨の治りを遅くするんだよね。 毎日昼と夜の2回12時間おきにサロンパスEXを貼り直し、 おかげで、皮膚がかぶれそうなのに・・・ 全く何してるんだかだよね。 最近、そう高齢でもない人の訃報が続いてて、 昨日は、ちょっと驚くことがあったんだ。 実家の道路向かいの家のオジイサンが、 去年入所した施設で100歳で亡くなったんだって。 独身だった息子を癌で亡くして、老夫婦で住んでたんだけど、 お祖母さんが亡くなったあとも、超マイペースで元気に生きてて、 時々県内から娘さんが泊りがけで来てた。 去年、うちのおばあちゃんが96才で亡くなったときには、 そのオジイサンは98歳だったけど、まだ家にいたんだ。 ところが、うちの父親がおばあちゃんの葬儀の後に 心臓から来る浮腫で入院した時に、 なんと、向かいの家の娘さんのご主人が、 同じ病室に入院してきたんだ。 たまたま嫁さんの実家に来てくれてたときに、 脳梗塞の発作が起きて、そのまま入院。 で、二人を同時には見られないから、 オジイサンの方も、家を出て、病院に併設された高齢者施設に移った。 その後、婿さんのほうは、近所の別の病院に移ったのだけど、 脳梗塞の場所が悪くて、どうしようもないまま、 この春に亡くなっていたらしいんだ。 すごく元気な人だったのにね。 最初の発作の時には、ゴルフとか行ってた時だったようで、 親戚とかを乗せて、自分で車運転して帰ってきたらしい。 その時にも、奥さんは同乗してたんだけど、気がつかなかったんだって。 呂律が回りにくくなってて、腕もしびれてて、 なのにそのまま運転してさぁ・・・ その時に最初に治療してれば、大きな発作は無かったかもね。 結局大きな発作のあとは、日常に復帰できないまま、 1年足らずで亡くなったんだけど。。。 私は、それを、昨日100歳の方のオジイサンが亡くなった話を聞くまで、 娘婿さんのことは知らなかったよ。 人生は何があるかわからないね。 取り敢えず、未完の仕事だけは作らないようにしたいものだわ。 家の目と鼻の先にある元夫君の実家は、 ブルドーザー入って、きれいにペチャンコになった。 売るのか、立て直すのか・・・ 作りこんであった庭も石灯籠も全部無くなって、 嫁いで行ったおばさんたちは、知らないんだろうなぁ。。。 来夏のお祖母さんの33回忌を前にきれいに無くなったわ。 諸行は無常さ。。。 住んでた元夫君の死んだお母さんの死んだお兄さんの生きてた奥さん、 どこかの施設に入ったのかなぁ。 母と跡継ぎ娘の仲悪かったし、結婚には反対してたしなぁ。
2011年10月23日
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ちょっと無謀かなぁと思いつつ、 せっかくの5連休を動けなくてもできること、 導眠剤の断薬に使いたいなぁと・・・ 実は、この一月ほど、デパス1つでは足りなくて、 リーゼを足してやっと寝ることもあって、 いかんなぁ、減らしたいなぁと思っていた。 実際、両親の入院とか、思いがけないことが続いて、 脳みそがショートしそうな時に、 仕事でもいっぱいいっぱいだったからね。 いくらジュリーでカンフル打っても、 栄養剤と、安定剤とは役割が違う。 で、外の仕事のピークが1つ越えるので、 なんとか、増えた薬を減らしたいと思って、 朝、遅刻の心配をしなくていい5連休は、 そのために使おうと決めた。 で、昨日の晩、やたら眠かったのは8時ごろ。 その後、両親の電話を待って9時。 その頃には、眠気も無くなり・・・ 全然眠くならない。 いつもなら、強制終了って感じで薬を飲んでベッドだけど、 何とかしようと、薬無しでベッドにもぐりこみ、 結果的に朝まで、浅い眠りとシュールな夢に悩まされた。 朝は、友達からのメールが2本続けて入って、 結局諦めて起きた。 夢のシュールさは、群を抜いていた。 視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚のうち、 味覚以外は使って夢を見てる感じだった。 いくら食糧危機とか大洪水とかを日々勉強してるからと言って、 これでは、私の脳みそは休まる暇がないと思えた。。。 食べ物として確保してる子象!!!の乾した(夢ですよ)のが、 家の梢に吊るしてあって、 私が食材として鼻を切り取って使おうとして見ると、 小さな目から涙を流している!!! ・・・なんて夢を見るのは、 ちょっと、どうよって感じだ。 夢の中で、私は、その子象が生きてることに驚いて、 なんとか助けようとして地面に下ろして、水を汲みに行くと、 大洪水の後で、田んぼや用水路とかにいっぱい小魚が居て、 水が無いところでは、死んでいたり、 鋤き返された田んぼでは、頭が切れた小魚がいたり・・・ これは、実際に今年2回河川敷で見た景色。。。 更に海に近いところでは、 手の届く溝の中に、 大潮と共に入ってきた鯛やハマチやなんかまで居る。 鯛をつかむと左右に鯛が尻尾を振る・・・夢 振動が右の掌に残っている。 こんなシュールな夢を見るのは、 ちょっとどうかと思うんだけど、 眠りが浅かったから、次の晩つまり今夜は 早く眠くなってちゃんと眠れるかもと思ったのだが、 今の時点まで、一度も眠くならない・・・ でも、なんとか、頑張って、今夜も布団に入ろうと思う。 昨日は、朝のうち仕事を休んで心療内科にその薬をもらいに行って、 11時過ぎに出張に出かけた。 今朝も、仕事に行かないで家に居たから、 さすがに元夫君がギョッとしていて、 「どっか悪いんですか?」って聞くのだ。 「ずっと悪いよ!!!」って投げ返しておいた。 さて、難行苦行の就寝だ・・・ ちなみに、今朝の友達からのメールは・・・ 「近隣の川でカルガモの死骸を見つけた。 保健所に連絡したほうがいいか?」 って、ほら、インドネシアのこともあるし、 したほうがいいだろうって返信したの。 バリ島で続けて子ども二人と母親と死んでるしね。 まあ、インドネシアでは土着してるようだけどね。 こんなことが、また、今夜の夢をシュールにするんだろうなぁ。。。 くじけそうだよ・・・
2011年10月19日
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いつもと違う場所を打ちました。 危険な左ひざのお皿の真ん中と、 右の胸から脇にかけてです。 普通の人には、クッションがあるべきところですが、 私の場合、ほとんど無くて・・・ でも、今回は、不幸中の幸いに・・・ 左ひざを強打したのに、ど真ん中だったから、 ヒネリとかネジレとかが無く、 軟骨のロッキングが起きなくて、 そのままイテテって、立ち上がれたんです。 精神的ダメージはありましたが、 肉体的にも勿論、普通の人なら大打撃ですが、 それでも、「ラッキー」と思えてしまうほど、 会議と会議の間の短時間の出来事で、 どちらの会議でも司会をしていたので、 抜けることもできないし、 松葉杖のお世話にならずに済んで、 本当に助かりました。 明日は、大きな会議があって、兵庫県の中央近くまでドライブで、 そのための資料の作成、印刷や紙折りも済んでて、 12ページ分の折込み55冊作った後だったし、 私が行かないと、始まらない大きな会議の前日だけに、 本当にほっとしています。。。 笑うと痛いのも、くしゃみや咳が響くのもこれまでと一緒。 最初から、あ、ヒビ・・・って思いました。 経験を重ねることって、困ったもんですが、 とにかく明日の会議が終わらないとどうしようもないので、 ・・・これから少なくとも24時間は持ちこたえて欲しいです。 膝の不調は、いつ起きてもおかしくないけど、 不意に起きるとしても、今日のような日の晩は、要注意。 掛け布団の重さでもずれることがあります。 毛布は特にいけません・・・ だから、いつも軽い羽根布団。 毛布は、羽根布団の上から掛けます。 サテンのようなすべりの良いズボンに限ります。 そうかぁ。。。右を下にしては、当分眠れないだろうなぁ。。。 などと、後になって、思うことは山のように出て来ますが、 目の前の会議のことに集中してた間は、 そんなことも思わないので大丈夫でした。 問題は明日ですね。。。 今日の午前2時頃に、抱えていた宿題は提出して、 10月2日の記録係の録音の筆録も済んでいたし。。。 次のジュリーは11月の19日まで飛ぶし・・・ 今の状態では、怒りの鐘は鳴らせないし、 シーサイドでもバウンドできませんし、 L字も長い時間保てません。 どうやって右の脇を強く打ったものやら・・・ どうか、明日も無事に済みますように。 では、これから明日の出張先の道順を調べます。 兵庫県は裏・表・島嶼部とあるから不便です。 私のような方向音痴でかつ出不精な人間は、 出張に行くのも、面倒です。 ジュリーにめぐり合う以前なら、絶対出歩かない人でしたから。 junさんやyumiさんの行動力が信じられません。。。でした。 ジュリーが仕事に役立っているところです。。。
2011年10月17日
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関西は12号15号の今年は2度の台風で、 揖保川の河川敷も相当色んなものが流れてきてたと思うのに、 本当の本当に散歩したんだね。。。 40年前だったら、考えられないよね。 PEEの撮った写真は、紛れもなく、河原の漂着物と草むら。 そして、久しぶりにHPが更新してあたので、 楽しく読ませてもらいました。 ジュリーが発信しない人だから、 PEEが発信してくれて嬉しい。 楽しい写真もあって・・・ ヒガシマル醤油や、素麺「揖保の糸」のことまで書いてあったよ。。。 PEE、ありがとう!!! そして、チケット買えなかった人への配慮も書いてくれてて、 だから、また、来年も、神戸に、来てね!!! 私の神戸は、yumiさんと行った特別な場所だから、 詳しいことは「澤田研二迷的日常」に書きました。 神戸のホールは、大阪とはまた違って、いい感じだったはず。 神戸国際会館には、「立ち見席」って言うのもあるしね。 知る人ぞ知る「立ち見席」で、結構人数入れるんですよね。 90人分もあるんですよ。 私たちは、開始から終了まで、 休憩の15分間以外は立ちっぱなしなんだから、 「立見席でも上等ジャン!」って感じですかね。 ワンズとやる前の、休憩の無かった時など、 本当に立ちっぱなしだったもんね・・・ 前売り無くても入れる可能性があるので、 神戸の場合は、会場に電話入れて聞いてみる値打ちあるかもです。 さ、サロンパスEX貼りなおさなきゃ。。。 一緒に行ったじゅり友さんの関係の初参戦のお二人は、 50肩で「L」を一曲全部は辛かったらしい。 ツボと、早く治す秘訣を教えてさし上げましたよ。 また、コンサート来てね・・・
2011年10月11日
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日ごろテレビを見ない私は、昨夜、 どれ、相棒とやらの官房長はどんなもんなん? くらいの気持ちでネット検索してたら、 けっこう重要で、根本を成す役回りやねんね。 それで、たつので、サリーが「回想シーンだけ」って、 それでも回想シーンでの出演があることを言うてたんや。 熱心な相棒ファンの人らから見たら、 なんで官房長消すの??? そんなんありなん??? 的な、いきなり論外的な、 あっと驚く予想外な展開で消したんやね。。。 しかも、テレビのシーズンではのうて、 劇場公開の映画で、ポスターまで準備して、 派手に退場したわけや・・・ 揣摩臆測は、当然あったんやね。。。 前に及川君と交代した人のこととかあって。 私らみたいな、タイガース復活待望派からしたら、 日程調整だけでは済まん、当然なことやけど、 サリーが、一番、遠いところに居ったかも知れん。。。 タローは、日常の拡大。 ジュリーは、日常の延長。 ピーは、第3の人生の開始。すでに仕事を辞めた後やし。 でもサリーは、仕事しながらでは、全国ツアーは、まわれんし、 練習せな、弾けへんし、 なんぼ、息子がベースやってる言うても、 昔のように、40年前の状態に弾くのは、 無理やね。 サリーが、「澤田のツアーのゲストという形でもいい」と言ってくれたって、 ジュリーが前にトークショーで言うてたから、 その意味が、その時は判らんかったけど、 一番覚悟が必要やったんは、サリーやったんや。 CM撮りとかやったら、この間でもできるけど、 シリーズ物の撮りは無理やね。。。 ジュリーの言葉をなんも思わんと聞いとったわ。 トークショーの時は。 トッポが「うん」と言わんから、 他の三人を代表して、サリーが「ゲストでもええ」って言うたんかと その程度に思とった。 でも、これまでの色々な機会に聞いたこと、 GSパニックのPEEのインタビューとかを総合すると、 そんな甘いもんやなかったんや。 タイガース復活で行く路線で話も進んどって、 それで、「大阪城ホール」って、 ジュリーがトークショーで言うたんや。 タイガース復活やったら「大阪城ホール」を押さえられたのに、 プロモーターが、格下げして「グランキューブ」にしたんや。 せやからあのトークショーのタイトルやったんや 「ザ・タイガース君だけに愛をはとわに、 ああ、花の首飾りとは」 いろんな葛藤があっても、 本まで書いて準備してたPEEのためにも サリーは決断したんやね。。。 サリーの決断は、重い重い思いやったんやと、 それが、昨日、やっと私にわかった。 心に今までのことがすっと入ってきたわ。 でも、サリーの決断は正しかったと思うし、 それを裏切らへん結果がこうやって返ってきてると思う。 1月24日以降のことはまた、これからおいおい出てくるやろう。 タイガースの復活はまだどうか知らんけど、 PEEが言うように、ジュリーが気を遣い過ぎてるだけで、 ほんまは、シローが復帰できへんなら、 今の形態でバッキングありでもいいやん。 当時のことは知らんけど、 アイドル時代の歌を、 今でも、かはしかつみさんはちゃんと歌てご飯食べてはるんやし。 全てを否定して絶対歌わんというスタンスやないのに、 戻って一緒にしょうにならへんのやったら、 PEEの言葉通り、もともと自分から辞めて出た人やし、 解散当時のコンサートに出てたわけとちゃうから、 ジュリーは、気にせんでもええと思うなぁ。 PEEにも、却って気の毒やし。 せっかく「老虎再来」って思ってくれてるのに。 たつの市のホールで、黒い老虎再来Tシャツも買うた私としては、 PEEの思い入れを大事に、 サリーの決断をより重く受け止めて、 タイガース復活って言うて欲しい。。。 シローも、きっとスケジュール明けてるから。。。 GSパニック読んで良かったわ。 色んなこと、PEEの言葉は正鵠を射てるわ。 って、アマゾンも品切れで、じゅり友さんのを強奪して読んでんけど。
2011年10月09日
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後半の登場の時の金モールの燕尾服。 サリーの場合、舞台衣装というより、 式服に見える。 近衛文麿 が 40年前のベースギターを抱えて、 ステップ踏んだり跳んだりしながら、 ベース弾いて、コーラス入れて、 存在感抜群!!! なんだか、役者としての彼を見直したくなるような 本当に温かい低い、いい声。 スピーカーからの振動は、 ステージ ~ 最前列の床 ~ 足元 ~ 全身へと伝わって 今までなら、ドラムスの振動しか感じなかったけど、 サリーの手の動きと連動する響きに、 うっとりしました。 ジュリーを見れば必然的にサリーが目に入る席だったので、 余計に存在感があったかも。 サリーが、弾ける歌える本当のミュージシャンだったことを、 強く認識しました。 今回、バッキングの鉄人バンドを、 ジュリーが鉄腕と紹介しかけて、 あわてて言い直したけど、 スポットライトを浴びることは少ないし、 前でのプレイは勿論ないんだけど、 和さんは、例の御口をアウアウさせるノリノリの表情で、 後半のハードなギターワークを見せていました。 タローさんは、自分でもそうそう弾けないことを自覚してると思うけど、 難しい部分は、やっぱり和さんや下山さんに任せてねって そんな感じでした。。。 GSパニックを読んでて、 企画は2年前からでスタートしていたようだったので、 本当に全員そろうつもりだったんだと改めて思いました。 インタビューに対するピーの姿勢は真摯で、ストレート。 「多分ないと思います、残念ですけど・・・。 僕も彼と何回も話をしたんですけど、 まぁちょっとした行き違いなんでしょうけどね。 彼自身にも今回が最後になるって言ったんですけど、 拘りを捨ててもう一回やろうと決まったんですよ。 だからあの本『ロング・グッバイのあとで』があったわけで、 それがどんでんがえしになっちゃって、 いやー、人間ドラマって いつなにが起こるかわからないから面白いものなんですね。」 そうだったのね、話は一度できてて、それが壊れたんだね。 ピーは、かつみは解散前にやめたんだから、 無理に彼が戻らなくても、 タイガースって使っていいじゃないって思ってたんだね。 その部分は、GSパニックの中のびっくりのところでした。 これは、ピーがトッポとは仲良しだから言えるんだよね。 ジュリーが遠慮してザ・タイガースって名のっていないんだって。 ジュリーにしたら、スタート時のメンバーが元々のファンの求める姿、 でもねぇ、私の周りの古いファンの人は、 今のメンバーでテレビ撮りして欲しいんだって。 ツアーをやり上げたメンバーで、最後の武道館を撮ってほしいって。 私はタイガース時代からの行きがかりを知らないし、 その辺の心情は良くわからないけど、 ともかく、武道館では、「道」と「老虎再来」とを聞きたい。 もうNHKが撮ることは決まっているんだったら、 ピーが歌って、ジュリーにも歌ってほしい。 そしたら、武道館にいけないピーのファンも、 ピーの歌う姿を見られるし、 DVDにも残るものね。。。 ジュリーの言うように、もう席が足りないらしいから、 円形ステージになるかなぁ・・・ 行きたいなぁ、仕事、何とかならんかなぁ・・・ 米粒のようなジュリーでも、後姿でも、見たい。 40年の時を超えた喜びの空間に居合わせたい。 40年を経て、ピーの心をリセットできた友情の音楽の場に、 居合わせたいよ~~~
2011年10月07日
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全国でブナ枯れが起きてて、 カエンダケ(火炎茸)というきのこ、 仁王様の火炎見たいな色と形のやつが 発生している。 山奥でなくても発生するようになったために、 知らずに触って、手がただれる人が出るかもしれない。 口に入れたら、超危険。 しかもキノコの形をしていないから、 つい、なんだろうと触りそうだ。 色も朱色で鮮やかだし。。。 「毒きのこ」 カエンダケや、シャグマアミガサタケ・ 有名なベニテングダケとかでなく、 地味で危険なキノコもあるから、 年内はこれを頑張ろう。 もう一つの「極限環境菌」は、 難しすぎて私にはわからないけど、 これからコツコツ勉強だ。。。 「毒きのこ」は、一次は突破したけど、 私の読みでは二次は五分五分。 二次がだめな時の準備と並行して 次々と何本かの綱を編んでおかなきゃ。 明日に備えて寝なきゃだ・・・ 思いつき仕事の多い管理職が、 わけのわからん仕事を作るから、 現場はてんやわんや・・・ 数字の実績を上げたかったら、 しょうもない雑用は削減すべきやのに。 手順を踏んでよって、 今日は直属の上司に言っておいた。 手順を踏んで、準備をしっかりしてから 次に進んでください。 思いつきで仕事を作らないで下さい。 そう、管理職に伝えて置くように頼んだ。 「ムリ!!!」ってちゃんと言ってねって。
2011年10月06日
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今日、仕事の会議の終わる時間の前に、 お百姓さんで大学生の友達が訪ねてきてて、 デスクの上に、唐辛子の飾りが置いてあった。 無農薬栽培のタカノツメの20個くらいつないであるやつ。 なんでも彼のお母さんが今凝ってるらしくて、 卸し先を探しているらしい。 そりゃあ、イタ飯屋とかさ・・・ どこで売るかで、全然違うと思う。 おしゃれな店なら売れると思うけど、 普段、彼が出してる農産物の直販所では、 まあ、売れないと思うなぁ・・・ 私が、元夫君の漬物に使われた話をしたら、 大笑いだった。。。 でも、本当は、ちょっとずつ使っていくものであって、 単なる飾りじゃないのが、この唐辛子の飾りの良いところなんだよね。 私のイメージでは、麦の穂と組み合わせてブーケにしたりとか、 あれこれ想像していたのになぁ。。。 元夫君のお漬物だからなぁ。。。 可哀想過ぎるよね。 夜7時近くまで色んな人と会うことになって、 まあ、案件の処理は、3件と半分。 後は明日回しだ。 金曜日のために無理はできない。。。 ちょっとトレーニングしてた若い女の子が、 大企業に内定をもらって、大喜びして内定通知を見せに来ていた。 資本金が4800万円に対して、 近年の平均的な年商で54億円という健全経営の会社。 正社員は200人。ほとんどが大卒か大学院卒。 18歳の女の子を送り込むのは至難の業だが、 入社試験に癖のある会社で、対応ができる。 女の子は、不況で求人も無くて、すごく不安そうだったから、 相当頑張ってマンツーマンでトレーニングして送り込んだので、 私も嬉しかった。 私のトレーニングは厳しいらしくて、 結構泣かれる。 この子も直前泣かれて、一旦別のスタッフに頼んで、間を置いて、 再構築して、仕込んできた特効薬を打ち込んでから送り出した。 ・・・でも、顔の筋肉のほぐし方一つ、 笑顔の作り方、歯を見せないで口角を上げて、 笑み筋を引き上げて、とか、 賢く仕事ができるように見せるヘアスタイルとか、 着座の姿勢の作り方とか、 なんのトレーニングも受けないで就職試験の面接に行くのは、 馬鹿げている。。。 私のトレーニングを受けても直さない人も居る。 直せないのではなくて、直さないのだ。 どんな短期間でも、変わりたいと自分が思えば変えられる。 思えない人は、直さないから、時間の無駄だ。 給料分の仕事をするだけなら、泣かすほど追い込まない。 でも、本気で頑張ろうと思っている相手には、 企業毎にイメージを変えて持たせることだってできる。 自分をプロデュースしきるか、 素のままの自分で玉砕してくるかは本人次第だけど、 依頼があるときは、寝食を惜しんでトレーニングの案を作るし、 資料集めもしている。 明日は「毒きのこ女」と名づけた案件の結果第一次の結果のわかる日だ。 ダメだったら次の手を打たなきゃいけない。 8月の終りに仕込んだ「喘息少女の夢」は、大成功だった。 誰もが驚くまさかの合格をもらってきた。 で、もうすぐ「阿蘇の魂」の最終結果がわかる。 ここはすでに一次選考を通過した時点で私の責任分野は完了。 元の責任者に任務は返した。 カウンセリングは後半年残っているけど。 そう言えば、「公共交通機関建造物の太陽光発電ホラ話」もそろそろ。 今年はこのほかに「キメラ鶏」「極限環境菌」 「キメラ鶏」は越年物件で重いが、今年の仕込みは悪くない。 「極限環境菌」は、まだまだ伸びる可能性を持っているので、 これからは、目線と笑顔のトレーニングに入る。 普通の人でもできるケースは、私には回ってこないから、 楽しいといえば楽しいけど、大変だといえば大変だ。。。 去年の藻類とか、4年前の耐塩性植物とか、 あんな究極の追い込み方はちょっと今年は難しい。 「毒きのこ女」には、カエンダケの大発生が追い風かも。。。 明日がダメでも、「毒きのこ」はこのまま行く方針??? 今年の全体的な失敗に懲りて、 全職場的に制度の見直しをして欲しいと思う。 この十数年、改善は何も無く、改悪ばかりが続いている。 多分、今年はその最悪の結果を刈り取ることになる。 底を打って欲しいけど、今変えられなかったら、 弥縫策ではもうだめだ。。。 パソコンがあほで、「ビホウサク」変換しない・・・!
2011年10月05日
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青い空が砕け 大地は崩れても あなたの愛さえ あるならいいの 愛に満ちた朝に あなたの腕のなかで 愛しいあなたを ただ信じていたい あなたが望めば どこへでも行く なんでもするわ できないことなど 無いのよ 本当よ あなたが望めば 全てを捨てるわ 友も祖国も あなたが望めば 笑われてもいい 何でもできるの あなたが望むならば あなたの命が尽き 遠くへ行っても平気 愛されてるなら あたしも行くから いつまでも一緒よ 果てない青い空 憂いはもう無い 愛し合う二人に 神さまきっとあわせて ********************************* 忙しい時ほど、どうでもいいことをしたくなる 子供の頃からそうだった。。。 自分を追い込んですごい瞬発力を出すためとかではなくて、 しなきゃいけないことから逃げるために、 ほかにしたい、どうでもいいことが次々に見つかるんだ。 最後の最後に煮詰まると、神様が降りてきてくれる。 降臨する瞬間が来ると、全てが解決する。 そんな綱渡りで生きてきたので、 少しも改まらない・・・ 今日なんか、朝から入院した若い衆の代わりでバタバタしてたところに、 なんと8月末の起案書類のチェック漏れから、 外部の団体に迷惑をかけていることが、指摘により判明。 午後から電話2件かけとファックス35件送信で平謝り。 40事業所全てに連絡して・・・ 他のところならともかく、返信用の書類記載のFAX番号が違う。 なんて、愚図で大概な仕事をしてるんだ。。。 ほんと、自分に嫌気がさすわ。 その上思いがけない来客だ。。。 アポ無しでやってきて、受付から電話で呼び出される。。。 追い返せないしなぁ。。。 それで、玄関に迎えに行ったら、 玄関の内側に迷い込んだ蝶が居た。 逃がしてやろうと思ったら、 アサギマダラだった。 ドクターの写真でよく見るからすぐにわかった。 マーキングは無かったことを確認して逃がしてやった。 鱗粉がつかないところがよろしい。 それにハネも非常に強靭だ。 アゲハの類とは、ハネの丈夫さが全然違うと一目でわかる。 スマートな美しい蝶だった。 来談者はテンカンの発作を抱えながら結婚した女性で、 子どもを夫が欲しがるので困っているけど、 医師や家族など周囲はテンカンの薬とかの悪影響もあるから 妊娠は避けるべきと言っているらしい。 本人は無理だからそれを夫にわからせたいようだった。 初めてテンカンの発作が出始めた頃、この女性は荒んでいた。 10年以上経って今は、受容的で、落ち着いた感じになっていた。 このまま長閑な二人の生活を続けて欲しいものだ。。。 今でも一月に70~100回軽度発作があるらしい。 神様は三人姉妹の真ん中の彼女にだけ、 テンカンを遺伝させた・・・ それって、運命だよね。。。
2011年10月04日
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ジュテームって2,5音節くらいしかないでしょ? わ・な・こふ わなこ 我 汝 恋ふ 私 あなた 愛してる ジュテームって「私はあなたを愛している」って意味だけど、 音節が全然足りない。 大昔。 もう30年近く前、 元夫君が越路吹雪さんを大好きだからと、 LPをかけてたとき、 原曲で「ジュテーム」を連呼してるのを 「愛してる」と訳すと音節が足りないから、 何度も何度も何度も感情を込めて 「あなた」を繰り返してた。 これって、すごいって、その時に思ったの。 本来は「あなた」は、遠くをあらわす単語だったのに こなた・そなた・あなた・どなた・・・ いつの間にか二人称として定着して、 anataという母音のやわらかさ美しさから 艶っぽい感じがちゃんとでるんだ。 愛するあなた・愛しいあなたって言わなくても 「あなた」の言い方、歌い方一つで、 二人の関係性がわかる。 日本語って、面白いなぁ。 A「あなた。」or「なぁ」 B「なに?」「なに?」 A「ううん。」「ううん」 B「なんだよ。」「なんよ」 A「いいの。。。」「ええねん」 B「どうしたの。」「なんなんよ」 こうして並べて、Aが男でBが女のセリフだったら、 左は相当おかしい・・・ 右はどっちもいける? 関西弁は、両刀遣いか? 微妙な助詞使いも加わると相当面白い・・・ さて、面白くない仕事をしよう。。。 職場の若い衆が、腸閉塞で緊急入院した。 これからこっちも緊急事態・・・ 一人暮らしの男性で、入院先には実家からお母さんが来てはるらしい。 もしかして、私より若いお母さんやんな。。。 腸閉塞って、切るんかなぁ・・・ 苦労して一人暮らししてるのに、気の毒やわ。
2011年10月03日
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青い空は落ち 大地が崩れても あなたの愛さえ あるならいいの 愛に満ちた朝に その手に抱かれて 愛しいあなたを ただ信じていたい あなたが望めば どこへでも行く なんでもするわ できないことなど 無いのよ 本当よ あなたが望めば 全てを捨てるわ 友も祖国も あなたが望めば 笑われてもいい 何でもできるの あなたが望めば あなたの命が尽き 遠くへ行っても平気 愛されてるなら 私も行くから いつまでも一緒よ 果てない青い空 憂いはもう無い 愛し合う二人に 神はまた合わせてくれる ********************************* 仕事の前にyumiさんのブログをのぞいたら、 こんなことをしている暇はないはずなのに、 こんなことをしていましたとさ・・・ 愛の讃歌は大好きなんだけど、 フランス語はテンでダメなんで、 なんとか日本語で歌えるようにしたいと 歌詞を考えました。。。 超訳・・・愛の讃歌 小芋バージョンの完成を目指します。 現在、第一回推敲中。 問題は、リアリティーの無さかなぁ・・・
2011年10月02日
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母は、晩御飯の配食サービスを受けている。 自分で晩御飯をこしらえるのをやめて、朝と昼の食事だけにしている。 食器洗い機は前から使っているが、まあ、二人の食事だから、簡単に済む。 買い物は、妹にも頼むが、コープの宅配も週に一度。 ご飯は、父の玄米も母のも、自分で炊いている。 だから、配食サービスはおかずだけである。 出来上がりを届けてくれるし、 少量で多品目を食べられて満足しているようだ。 自分で買い物に行けるようになっても、続けるだろうと思う。 夫婦で晩御飯30日分で30000円は、 安くは無いが、高くも無い。 おかずが残れば、次の日の朝にするだろうし、 食後に夜の台所で片づけをしなくてすむ。 私が行った時には刺身を食べたがったりしたから、 妹にはそのことを頼もうと思う。 次に行くのは半月後だから、食材も変わっているだろうし、 母の気も変わっているかもしれない。 実家で感じたことは山のようにあるけど、 去年96歳で亡くなったおばあちゃんに、 父も母も、もっともっとして上げられることがあったのに、 それをしていなかったなぁと、つくづく思った。 おばあちゃんは、入浴にしてもすごく長いこと大変だったと思う。 今の明るく安全なお風呂にしたのは、2年前で、 その前は暗い黒いタイルの浴室、深いステンレス浴槽で、とても危なかった。 今の両親なら、入れないようなお風呂に、 80代90代のおばあちゃんが入っていたのだ。 いくら私がお風呂を明るく安全にしなきゃダメだと言っても、 父も母も聞く耳を持たなかった。 やっとお風呂が改善された頃には、 おばあちゃんは、入浴自体が週に1度くらいになっていた。 それに、父はすごく強く便秘のことを言うけど、 おばあちゃんもずっと長いこと便秘に苦しんでいた。 高齢になると便秘は生理的に仕方ないことだ。 その苦しさを訴えるでもなく、 私が帰省すると、おばあちゃんが下剤を頼むのだった。 90過ぎて、時に失敗するようになっても、 なかなか受け入れられなかった紙おむつも、 おばあちゃん自身の口から私に言われて 一番薄い使用感の少ないのを買って上げた。 人間は、自分がその立場になってみて、 初めて気づくことが多いのだと思った。 今回母が転倒して骨折して手術して、 2ヵ月半ほどか入院してリハビリしたけど、 母は、そうなってみて初めて身体に故障を抱える苦労を知った。 78歳だ。 私は、16歳の誕生日の前から、身体に故障を抱えている。 松葉杖を常備していつ何時でも自分で動けるようにしている。 おばあちゃんの遺品の中に小さな杖があった。 葬儀のあと、私がもらって帰った。 松葉杖と一緒に私の車に積んである。 母は、それを私が欲しいと言ったときに気にも留めなかった。 今回さがして、無かったから新しいのを買った。 家に帰ったら真新しい母の杖が台所にあったけど、 却って邪魔で、使っていないもので、 買い物とかで外に出るときの保険用に買ったようになった。 母は、私が高校1年生の終りからこれまで どれほど苦労して生きてきたのか知らない。 知ろうとしなかったし、 高校生時代には、私の訴えを真に受けていなかった。 今でこそ膝の半月板の損傷は一般的だけど、 レントゲンに写らないことも手伝って、 当時は私の訴え自体をきちんと信じてくれず、 私がやっと本格的な検査を受けたのは、大学3年生21歳の時だった。 大学に行くときに家を出て以来、両親とは同居していないので、 私の半月板損傷の大変さは、母にはまったくわからない。 言わないし。言っても、どうにかなるわけでもないし。 そういう距離感があって、先週帰ったときに、 私はやっと母に言った。 「私は、両足で立っているように見えるときでも、 いつも右脚に重心を置いて左ひざをかばっている。 いつ起きるかわからない半月板の不調を気にして 36年間生きてきた。 不調が長引く時は、一月以上松葉杖をつくこともある。 まだ52歳だけど、私の右脚は、88歳の右脚。 だから、私の右下半身は、ボロボロなんよ。」 健勝な人には、そうでない人生の辛さを想像することは困難だ。 父は私に言った。 「お前は52かいな。おとうちゃんが胃を切ったのも52やった。 気をつけなな。」 私は父に言った。 「私は、45で子宮も卵巣も取る手術をしたから、 おなかには大きな傷跡があるし、 内臓が減って腹圧が懸かりにくいから、 ずっと排泄には気を使ってるよ。」 一緒に住んでいたら、私はどれほど心配を掛けたことだろう。 今の距離で丁度かもしれないとつくづく思う。
2011年10月01日
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