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今朝は、起床予定の時間の45分前という最悪のタイミングに、 見覚えの無い携帯からの、しかも空メールが届いた。 おかげで、朝から、調子がもう一つだった。 ところが、これは、心の持ちよう。。。 何かの御告だったのかもしれないと、 思うことにした。。。 今日、休み時間に郵便局に歩いていっていたら、 何年も前に定年で退職した大好きだった同僚と出会った。 というか、向こうが気がついてくれて、 ファンを鳴らしてくれたので、目を上げると車の中の笑顔が見えた。 ファンを鳴らしてくれたことも、 大好きだった優しい笑顔が見られたことも、 偶然の産物だったけど、すごくすごく嬉しかった。 朝の空メールは、御告だったのかも・・・ そう思えた。 そして、終業時間のあと、 たまたま社内の一番端っこの部署に私用で出かけたら、 9年前に退職した支店長が訪ねて来てくれてた。 退職以来多分3度目くらい。。。 すごいレアな出会いだ。 その部署に行く途中で、数年前に転勤した元同僚にも出会っていて、 今日は、人に出会う日だ。。。 その上、元職場のじゅり友さんからも、 用事で会いたいとメールが来て、 今日は、新旧織り交ぜて、いろいろな再会があった。 今朝の空メールは、御告だったんだよねっ!!!
2011年05月31日
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心が落ち着かない。 地に足が着かない。 空転しつつ日が過ぎる。 疲れるのは、捜し物が多い一日だったからかな? スロー・スターターで、やる気が出ないと何もできない私。 同類の間では「神様が降りてこないと」って言うんだけど。 いくらなんでも、2箇月仕事を溜めてるのは、良くないなぁ・・・ 現実逃避にも限界があるしなぁ。 ちょっと置かれてる立場を認識して、 ギアをニュートラルからチェンジしなきゃ。。。 yumiさんのおかげで、藍染の大島紬の湯熨のあても出来たし。 ちょっと気力出して頑張ろう。。。
2011年05月30日
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ワカメのバター炒めなんて、 生まれて初めて食べたよ。 もちろん、カメノテのバター炒めも、 生まれて初めて食べたよ。 実は、茎ワカメのダシ醤油漬けも、 自分で作って食べたのは初めてだよ。 どれも、美味しかったです。 この間食べた、ワカメのカメノテのスープも美味しかったし、 (もちろん初めて作ったんだけど、) ワカメとカメノテって、相性のものなんじゃないでしょうかね? 多分、酢の物にしても美味しかったと思うんだけど、 それって、ありがちな取合せだから、 あえて避けてみました・・・ それにしても、今日は、強い風でした。 前に私が入院してた7年前を思い出すような風でした。 違うところは、雨もあったところ・・・ 雨と風とで、いろんな花が傷んでいますね。 なんと、兵庫県南部は、これから高潮のおそれがあるとか。 河川の増水と、海面の上昇とが一緒になると、 これは、本当に危険です。 まだ、大雨警報発令中・・・ 暴風警報と波浪刑法も出ています。 注意しなきゃですね。 風は止んだけど、雨はまだこれからも降るようです。
2011年05月29日
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同僚の白血病がまた悪くなって、「俺これから禿げる」って。 職場には、躁鬱を繰り返す同僚も居て、 躁状態への転換期がだいたい4月5月。 冬期は激鬱・・・ 四月、まだ海が冷たいうちに、ナマコからワカメから、そしてカメノテ・・・ これが毎年この時期にプレゼントされる。 今週も木曜日に急にカメノテとワカメとを貰った。 彼は、もちろん、早朝から出勤までの間に採りに行っているのだ・・・ で、カメノテは、生き物だから、早いに越したことはないので、 木曜日に全部下茹で(レンジで少量ずつ) 茹でた分ずつ剥いて、時折頬張りながら、 100個以上の亀の手を処理した。 カメノテは、なかなか不気味で、誰でもは喜ばない。 yumiさんに見せたらきっとジュリーのヒルコハンターを思い出すはず。 でも、一度味を知ったら、反応が全然違ってくるのが、 カメノテの凄さ。 且つ、調理が非常に簡単なんだから・・・ 大きな平らな丸いお皿の外周に一列にずらっと丸く並べて、 2分から2分15秒ほど、レンジの強で加熱。 それだけだ。 あとは、爪のところを押し広げてエラと貝柱を取り、 そう、カメノテには、海中を漂うエラと、 左右対照に何枚かずつの爪と、胴体を覆う鎧帷子とがあるのだが、 なんとその爪の内側に1本貝柱があるのだ。 で、次々にセットしては、茹で上がりを処理していく。 耐熱ガラスのカップにエラとミニ貝柱を放り込み、 小さなタッパーにむいた胴体の中のいわゆる身の部分を放り込んでいく。 貝と違って砂を噛んでいないし、内蔵もない。 水で茹でてないから濃厚な旨みは全部残っている。 実の部分は、熱々を頬張るのが幸せだが、 ちゃんと塩っぱいのである。 どんどん爪を押し広げて次々に処理して、 山盛りのカメノテを処理し終わると、 ホッとする間もなく、耐熱カップのエラに、 かぶる分量の水を入れて、電子レンジの弱で、煮出す。 潮汁のような香りが広がるスープの出来上がり。 熱々が美味しいとは言っても、 濃厚な美味しさは、冷たくても十分行けるので、 小さなタッパーに一杯分は取り置いて、 木曜日の夜は更けた。 金曜日は、残業で、帰宅も遅かったが、 夜の10時過ぎから台所に立って、 先にスナックエンドウの塩ゆでを作り、 それを晩ご飯がわりにポリポリ食べながら、 そら豆を茹でてから翡翠煮をつくる。 そら豆を色よく短時間で煮て、取り出し、 残った汁で餅玉蜀黍を煮つけた。 その後いよいよワカメの処理。 採りたての若い生ワカメは、さっと湯をくぐらせて ポン酢や、わさび醤油で食べたい。 育ちすぎたのは、別の用途に取り分けて、茎から離しておく。 ベルトのような太い茎や、フリルのついた根株は別に調理する。 大量のお湯を沸かして、どんどんくぐらせては水にとって切り分けていく。 13年来の同僚の、せっかくの元気を完全に無駄にしないように、 立ったままの作業が続く。。。 古すぎる部分は茹で上がりを触ってもすぐにわかるので、 さすがに廃棄するけど、 薄切りの茎をだしじょうゆで漬け込むところまで、2時間かけて仕上げた。 根株トロロ用の根株だけは残してある。 今日、土曜日、起きて最初にしたことは、中華スープ作り。 エラで取っただし汁を丼に入れてレンジにかけた。 待ってる間に、ネギとワカメと小さいカメノテを冷蔵庫から出して、 熱くなっただし汁に投入。 塩と少量の醤油、そして特製ラー油を投入して、「味を整える。。。」 聞こえはいいけど、要するにかき混ぜただけだ。 中国人の友達の作ってくれた複雑な味わいの特製ラー油から、 ゴマとニンニクの香りも加わって、 豪華な食べるワカメスープの出来上がり。 本当に温まるし、幸福を感じる。 和歌山からのお取り寄せの八朔もシーズン終了間際。 島根県の小さな島からの取り寄せのクロモジのお茶を飲んで・・・ タンパク質の追加に、鮭のとばをかじっている。 海幸&山幸。 今日は、「何もしない」を贅沢した。 いや、ひとつだけ懸案を片付けた。 Canonのプリンターをやっと接続した。 何箇月かぶりに、パソコンにプリンターを付けることが出来た。 たった30分足らずのことが面倒でできなかった自堕落な私だ。
2011年05月28日
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昼咲き月見草、こちらのものは大輪です。 大きさに2種類あると、去年気付いたんだっけね。 白も咲くし、ピンクも咲く。 そして25年以上咲き続けている花 ハコネウツギの次はベニウツギ ついでにタニウツギの斑入り 葉っぱが大事です。 今年初めて咲いた花もあります。 なんの花だかわかりますか? 最後はやっぱり紫陽花で・・・
2011年05月25日
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ウドンコは値上がりするらしい。 こちらは優曇華・・・ ほら、よく見てね! この雨では、紫燕舞飛もかわいそう 雨を喜ぶのは、紫陽花と小芋さんくらい???
2011年05月23日
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1月の8日にどうやら最後の写真を撮ったらしく、 カメラからパソコンにつないだ時に 2011-01-08 と表示されていた。 忙しすぎて、とてもカメラを持つ余裕が無かった。 時間的余裕ではない。 魂の余裕が無かった。。。 今だって、余裕があるわけじゃない。 でも、ちょっとあれこれ休んでいたので、 写真を撮っておこうと思ったのだ。 二階の寝室の窓からでないと見ることのできない景色。 洪水のようなモッコウバラを写真に収めることはできなかった。 でも、昨日から、花の終わったモッコウバラの剪定をしているし、 今朝の雨でちょっと傷んだけど、 モッコウバラの代わりに満開になっているノバラとか、 その上に咲いているスイカズラとか・・・ そんな「秘密の花園」の景色に、愛惜を覚えつつも、 どこかで、この庭を捨てる日のことを考えている。 その中途半端な状態がどこまで続くのかはわからないけど、 木曜日の午後に帰省して、金曜日の夕方には後にした実家に、 急速に年老いた父と、その1歳しか若くない母とが二人で住んでいて、 私の心を締め付ける。 元気で居てくれるうちは、働いて・・・ いや、働き続けなければならない自分の現実があって、 しかし、仮の住まいであるという自覚が一方であって、 色々な鉢植えを地植えにできないで来たのだけど・・・ 老いていく親を離れて、ここで定年を迎えるまで働くのか、 どこかで自分でも決めかねている部分があって・・・ 本当は55歳で、自分の仕事は辞めて実家に帰るつもりだった。 そのつもりで大金を積み立ててきた生命保険の会社が倒産して、 55歳でもらえるはずだった満期金が35%も減額されて、 最低でもなんとかやっていける予定が狂ったのがもうずいぶん前だ。 あらゆる人生の予定は、経済的な裏づけがあってこそだが、 それが揺るぐと、変更に次ぐ変更を余儀なくされる。 勿論それだけではないけどね。。。 妹が、仕事を辞めて家にいるのも、大きい。 実家のすぐ近くに彼女は彼女の家族と住んでいるが、 彼女が仕事を自分の体調を考えて辞めてから、 私の緊張感が大きく減退したことは事実だ。 なにかあっても、妹が居てくれる。 その上、彼女の夫は彼女よりも年下の公務員で、 彼女は、自分で年金や保険証を心配する必要が無い。 私はそうはいかない。 なんと言っても、4月から毎日が日曜日の、8学年も年上の元夫君。 なんの足しにもならないどころか足手まといだ。 ああでもない、こうでもないと思い続けて、 祖母の他界からたった1年ですっかり衰えた父を見ていると、 心が揺れる。。。 父は、すっかり年老いて、 96歳で他界した祖母と、同じくらい腰の状態が悪い。 骨粗鬆症だし、糖尿だし、白内障の手術を2週連続でしてるし、 脳梗塞の後遺症もあるし、ペースメーカーを埋め込んであるし・・・ 胃が食道の下部から無いことは本人も知ってしまったが、 まさかその時に膵臓も脾臓も一緒に取ったとまでは知らない。 知らないで、一生懸命に何とかしようとしているから、 最初に事実を隠して何も伝えなかった母を恨めしく思う。 児玉清さんやその娘さん、また逸見さんも患った進行性の胃癌。 それを思うと、この25年以上の父の努力はすごいと思う。 丸山ワクチンも10年以上打ち続けて、 その頃はすごく健康だった。 でも、胃とか、膵臓とかが無いことは、 長期的には、大きなロスが積み重なっていく・・・ わかっていて、何もしてあげられないことは、本当に苦しくつらいことだ。 心の痛みを抱えて、また日常に復帰していく。 猛烈サラリーマンな私の日々が続く。
2011年05月22日
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日本人でも、理論のわかっている人はわかっていただろう。 なんで、原発大国のアメリカやフランスが、あの時、大至急、 80キロメートル圏内の自国民に退避を勧告したか。 メルトダウンは、起きていたし、 しかも、津波以前の地震で、一号機の機能は大きく損傷して、 建屋内の放射線量は、跳ね上がっていたのだ。 東京電力をよほどのアホの集団だとは思うべきではないだろう。 おそらくは、隠すように命じられていたんだろう。 日本国民は大本営発表を聞いて、安心しているほうが、 下手に全ての真実を刻々聞いてパニック起こすよりも安全である??? だから、本当のことを隠して、2ヶ月すごして、 この間に浜岡の原発を停止させた。 浜岡の原発は、要するに立地の問題であって、 津波への備えとか、無駄なんだ。 福島第一の一号機は、津波で壊れたのではなく、 地震の時点で、下部の配管の溶接部とか 要するに接続部分の強度が不十分で、 壊れていたのだ。 そのことを、政府は極秘に抑えて、ともかく浜岡を先に止めて、 それから情報を小出しにした。 まずは、一号機の下部の損傷による漏水。 そして、一号機のメルトダウン。 ついで、全燃料の溶融。 最後に、実は津波の前から、線量は異常だったと・・・ 結果的に見て、法学部出身で無知な枝野は、役者だ。 菅は、そんな風に振舞えないくらい原子力の専門知識があるから、 質問に答える機会を減らすために姿を見せなかった。 なんと言っても、わかっている菅の答えることは、 全て「判っていてつくウソ」になるからだ。 米仏の対応は、自国民を守る上で当然のことだったのだ。 過剰反応でも何でも無い。。。 海水の投入でいくらかでも冷却できたから良かったけど、 ベントの遅れとか言ってるレベルではなく、 もっと大変な事態になっていてもおかしくなかった。 チェルノブイリとは違うとか、言ってる場合じゃなかった。 しかも、今までは国民に対して、全電源喪失は想定外だったと言ってた。 違うんだ。 津波のせいではなく、津波以前の揺れのせいで、 少なくとも一号機の原子炉は、損壊していたのだ。 大嘘つきのこんこんちきだ。 津波のせいなら、あれほど極秘に「浜岡対策」をやったりしない。 東海地震のおそれは前から指摘されていたし、 浜岡は全電源喪失にしない準備もできたはずだ。 そうじゃなくて、地震そのものが原発を壊すということが、明らかだったから、 浜岡を必死で止めたのだ。 保安院は、いい面の皮。。。あいつ等こそアホの集まりである。 浜岡を止める判断は行政指導で、自分らの関与しないところだと、 それはつまり、彼らには福島第一のもっとも危険な事実は知らされていないと、 そのことの裏返しだ。 福島第一の原子炉の設計担当技術者は、 確かアメリカ人だったが、脆弱性を指摘して会社を辞職している。 福島第一の原子炉の施工責任者の誰だったかも、 あまりのずさんな工事に危険性を指摘して辞職している。 あの日、爆発前後の2枚の写真の比較から、 水素爆発のあった可能性に気付いたNHKの解説委員は、 その原因となるメルトダウンに思い至って、 おそらく、急に話し方も話の内容も自分の判断で変えた。 非常にあわてていたし、何より、彼は真剣に心配していた。 周辺住民の被曝の可能性をいち早く察知し、 被曝を減らすための対応をすごい速さでまくし立てた。 こういうことだったのだ。。。 京都大学の小出さんは、歯がゆかっただろうけど、 ここにきてやっと、本当のことが隠し切れずに出てきた。 というか、おそらく打てるだけの布石を打ち終えた政府が、 情報のオープン化にGoサインを出したのだろう。 福島県の計画避難も始まったことだし。。。 実は3号機が結構まだまだやばいらしいし、 今、東海地震が起きたら、停止後の浜岡だって危ない。。。 どうせ、未練たっぷりに再稼動を目指して 燃料棒とかを安全に処理していないに違いない。 浜岡で何かが起きたら、この国の交通の大動脈は断たれる。 なんたって、東海地震が起きたら、 富士山だってそのままではすまないだろうし。 阿蘇山もちょっと動きを見せているようだしね。。。 無事でありますように・・・
2011年05月15日
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5月10日の火曜日は、 出張先からバイパスに乗ってJR加古川に向かって、 辛うじてトークショーの前のディナータイムに間に合った。 4月から転出した職場のじゅり友さんは、 元職場のじゅり友さんになったけど、 もともとそういう巡り会わせか、 なんと加古川駅で一緒になった。。。 私は出張だし、彼女は、午後から休むと聞いていたので、 まさか、同じ新快速電車に乗ろうとは、 思ってもみなかった・・・ 道中も盛り上がり、当然食事も楽しみ、 なんせ、初めて一緒のテーブルだから。。。 親子ほど?年の違う三十路美人のじゅり友さんと、 楽しく過ごしました・・・ トークショーの始まる前のトイレの行き方とかね・・・ 伝授したりね・・・ ジュリーの話は、震災の当日のこと、被災者の方たちのこと、 寄付のこと、ボランティアのこと、 気持ちだけですけど・・・って被災地の人たちのことを ずっと気にかけ続けること・・・ そして、日常を淡々と過ごして、 我々は、変に形だけの自粛とかしないで 最初の1時間は、本当に震災のことばっかりだった。。。 そして、ちょっとだけ、ツアーのこと、 一人、どうしても揃わなくて、 タイガース復活にできなかったこととか、 でもサリーが 「俺は沢田のツアーにゲストとして参加するんでもいいから」 とまで言ってくれて・・・ 全部の回数の、全部の曲を、 三人がゲストとして演奏して、いつもの鉄人バンドも一緒。 苦肉の策だと思うんだけど、 トッポのことを言わなかったのは、 まだ、合流の可能性があるからだと思うし、 1月24日のことも含めて、最大限の努力をすると思う。 会場は、プロモーターたちの腰が引けてしまって、 タイガースの名前とでは規模が違ってしまったみたいだけど、 プロモーターを後悔させるほどの動員力があって、 追加公演もきっとあると思う。 信じて、待つし、チケット予約するし。 今も書いてるときに元職場のじゅり友さんから、 参加の会場と回数の確認のメールが入った。 さて、そんな私的澤田研二迷的日常とは無関係に、 アホほど忙しいサラリーマンな日々が続いていて、 結構今週はテンパッてた・・・ 10日もフルに仕事してたわけだし、 12日の木曜日・13日の金曜日なんか、本当に大変だった。 そんな日常を癒すために、今日、14日の土曜日は、 久しぶりの海浜調査に出かけた。 ところが、浮世離れしている私だから、 潮干狩りシーズンとか知らなくて、 駐車料金は取られるし、砂浜には近付けないし・・・ 仕方なく、場所を変えて、明石市の二見の砂浜に出かけた。 目的は、耐塩性の高い有用植物の採集。 東日本大震災で、海水をかぶって耕作できなくなった耕作地に、 耐塩性の高い植物で食べられるものを植えて、 食糧生産と農家の現金収入の確保と、塩類の除去とを図る 今日はツルナのほか、 オカヒジキがたくさん生えていて、しかも季節柄、軟らかい。 さらに、ハマダイコンに若い莢がたくさんついていて、 これも収穫できた。 大根の若い莢は、アジアでは野菜である。 これを生でかじるとシャリシャリして、大根そのままの味がする。 おつまみに最高! ところが、これを軽くゆでると、 シャリシャリした食感だけが残って、辛味や癖はなく、お子様風。 オカヒジキも今の時期は野生でも軟らかい。 今夜は、新芽をゆでたオカヒジキをツナと混ぜマヨネーズで和えて食べた。 本当は、「アオサ」も採りたかったけど、 ちょっと我慢した。 昨夜食べたイタ飯屋のアオサ入りの揚げパン美味しかったなぁ。 今度は、アオサ採りの準備して行こう。。。 と、長閑な一日でした。
2011年05月14日
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ジュリーからのメッセージと共に、 リストバンドが届いた。 探偵の東京公演で配布されているようだったから、 楽しみにしていた。 ジュリーもトークショーで身につけていたそうだし。 明日は大阪で、この目で見て、ジュリーの声を聞いて、 今年度の後半の年間計画を立てる。。。 私は、タイガースのファンじゃなかったから、 今回の澤會からのインフォで、トッポが参加しないことを知っても、 元ファンの人ほど、ショックじゃない。 シローも参加できないんだし、 そういうもんのかなぁ、と思う。。。 でも、タイガースのトッポのファンだった方々は、 揃って立つトッポを見たかっただろうな。。。 トッポは今でも活躍してるんだし。。。 だから、この世は難しい。 いつものメンバーに、3人の超豪華ゲストが帯同する。 私も、メンバーが揃うのを楽しみにしてたけど、 そこに、柴山和彦さんが居てくれることの方に、 ほっとしています。 ベースギターが入って、ツインドラムで、 キーボードも泰輝さんが居て、 和さんと淳さんが居て、 メインボーカルが、ほぼ、ジュリー。 さて、明日は、ジュリーは何を語るのかな? 東京と違って封筒のネタバレを心配しないで、滑らかに・・・ 機嫌よくジュリーが話してくれますように。。。 そして、願わくは、ちょっとスリムで颯爽としていますように。 被災された方々へのジュリーの思いが、 被災されたファンだけでなく、 今回は被災地を支援する側に回っている全てのファンに共有されて、 長期的な支援の取組みが続きますように。 PRAY FOR EAST JAPAN
2011年05月09日
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今年の持ち回りの新人教育の2回目。 前回は、ユニバーサルデザインとか、 全ての人が、老いて次々に障碍を身にまとい続けて、死を迎えるとか、 様々な人の立場に立って物事を見る目をもつことの大切さとか、 そんな内容を、たくさんの障碍を抱える身として、 あるいは、自分の仕事の経験から得た感触とかを講話した。 今回は国際理解と言う観点からの講話。 まあ、私の職場では、中国人・韓国人・ベトナム人・ 日本人・ニュージーランド人・ブラジル人・ペルー人・・・ 色々な国籍の人がいる。 勿論圧倒的に多いのは日本人だけどね。 その日本人の中にベトナム人と中国人とが混じってる写真を見せて、 どの人がベトナム人でどの人が中国人かを当ててもらう。 この時点で、見る側の3人の新人には、 やっぱりある程度の予断と言うか思い込みとかがある。 それは、ティピカル○○○○人というやつだな。 実際、まったく当たらない。 つまり、変わらないのだ。 私の高校時代、特別仲の良かった同級生は韓国人だった。 高校の卒業アルバムを見て、 彼女が韓国人だと言い当てた人は居ない。 小学生の頃の同級生には、もっとたくさんの韓国人や朝鮮人の子が居た。 全然、今でも、多分わからないと思う。 わかろうがわかるまいが、知ろうが知るまいが、 我々の振る舞いは変わらない。 ただ、言葉が通じないことだけは、特に考慮に入れるべきだが、 それ以外は、同じ人格として尊重されるべきだからね。 でも、顔がそっくりでも、体格が同じでも、 メンタリティーが違う、背景にある文化が違う、 思考回路が違う。。。 生まれた時から育てられた宗教環境とかが、 全てに緩やかな日本人のそれとかとは違うかも知れないと、 考慮に入れて接しなければいけない。 まず、日本人を良く知り、次にアジアの国々を良く知り、 知ることで相手を尊重するように努力することとかね。 そんな話を、ウダウダと、例を挙げながらしていた。 兵庫県の瀬戸内海地方に生まれて育ってきた人間と、 島根県に生まれて育ってきて人間とでは、 たとえば、「竹島」の問題をとってみても 緊張感が違うということが、島根県出身の新人と話していて痛感。 原発のことでも、そうだった。 国内の電力会社のの中で、もっとも原発依存度が高いのは、 40%を越える関西電力で、大阪兵庫は巨大消費地。 しかも、関西には、原発は無くて、 北陸の福井県に集中している。 昔、有名ななぞなぞがあって、 「日本国内で一番県庁所在地と近い原発は?」 答えは中国電力の島根原発だった。 ところが、今は違うんだ。 変わってしまったんだよ。。。 なんと、島根原発は「島根県の県庁所在地 松江市内」にある。 平成の大合併でそうなったんだ。 で、やっぱり、朝鮮半島との緊張とかで、 テロどころか「一発打ち込まれたら壊滅的」と、 地元でも反対派は思って居るようだ。 北朝鮮は無理に核武装しなくても、 日本の原発は脆弱だし、日本海側にいっぱいあるし、 一箇所の原発でも大変なんだから、 11基ある福井県なんか本当に有事の際には大変だ。。。 福井県に原発を作っているのは関西電力だ。 つまり、私たち兵庫県民はその恩恵にあずかっている。 この現実を直視しなければいけないと、 新人研修した講師の私も深く勉強した。。。 たまたま島根県出身の新人が居たお陰で、 生の声、聞けて良かった。。。
2011年05月08日
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週末に、NHKの番組を見ていて、 福島の東京電力の原発事故についての国際的インタビューで、 普段の日本人が考えない言葉を聞いた。 それは、原発の抱えるリスクの中で、 おそらく、普段は本当に想定されていないリスクで、 しかも、想定していないこと自体が、 危険であり、大きな矛盾をはらんだことなのだ。。。 「テロの標的となるリスク」 私は、その時、たった2日前だけど、 さすが、西側諸国の人たちは様々なテロの脅威に直面してるからと、 感心しつつ納得していた。。。 とは言え、全部のやり取りが英語でのインタビューとディスカッションで、 細部まではわからないままだった。 「テロの標的となるリスク」は、 被害と加害とを繰り返すキリスト教国とイスラムとの戦い、 あるいは、イスラエルとイスラムとの戦い そういった現実に遠い我が国では 「想定外」中の「想定外」だと思われた。 その番組と前後して、ドイツでの爆弾テロの準備発覚のニュースを見た。 それはネットのニュースで見た。 パキスタン国境のアルカイダのキャンプで訓練をつんだ戦士、 ドイツ在住の外国人や二重国籍者合計3名が逮捕され、 関係者への捜査が続いているとのことだった。 旧西側諸国は、大変だと思った・・・ かつて出張でドイツに行ったときも、 物々しい警戒の中だった。 フランクフルト空港は銃を持った兵士が管理していた。 そして、イギリスのロイヤルウェディングのあとのハネムーン、 これは延期されたようだと報道された。 王子は空軍の任務に戻ったとか。 今日になって、 アメリカからオバマ大統領の発表を見聞きして、 ロイヤルウェディングに配慮して、 待ったのだろうと思った。 前だったら、祝賀パレードとかできなかっただろう。 ありえないことだって、ありえるのが、 ブッシュ後の宗教対立に持ち込まれた現状だ。 ウサマ・ビンラディン氏は、 パキスタンの首都のすぐ傍で、 のうのうと大邸宅で暮らしていたのだ。 これは、パキスタン政府の困難を現しているのだろう。 パキスタンは北朝鮮とつながり、核も保有している国だ。 その首都近郊の、軍事的に重要な地域に 2005年以来、新築の居を構えていたのだから・・・ 私は、改めて「テロの標的となるリスク」を思った。 日本は、極東にあるが、無論、旧西側諸国の一員である。 しかも政府与党は無能力で、野党は無節操で我利我利亡者。 目先の利権しか考えず、 大震災と原発事故と言う国難の最中に在っても、 足の引っ張り合いしかしていない。 この国の、旧西側諸国でもっとも脆弱なセキュリティーを衝かれたら ひとたまりも無いだろう。 もし、有事を想定するから在日米軍が居て 救助支援活動以外のための自衛隊があるのなら、 その想定され得る有事には、日本の原発は非常に危険である。 北朝鮮は、無理に核武装しなくたって済んでしまう。 米軍は、核による北朝鮮攻撃をできないだろう。 北朝鮮の国境周辺は、韓国・中国・ロシア・日本・・・ 山口県の上関町に建設が予定されている原子力発電所は、 実際にできてしまったら、非常に危険な場所であることは疑いない。 非常に近い範囲に岩国市があり、そこには米軍の基地があるのだ。 有事に備えて莫大な軍備に注力し、 また米国に資金提供しているが、 本当の意味では有事に備えていないから 「テロの標的となるリスク」や「ミサイルの標的となるリスク」 これらを杞憂であると一笑に付している。 しかし、今は違う。 当面、この国の脆弱なセキュリティーでは危険である。 テロの脅威は高まった。。。 非常に、高まった。。。
2011年05月02日
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去年、夾竹桃と一緒に切られていて、今年は咲かない。 地上から4メートルくらいに伸びて、一面につけていたピンクの花は、 もう見られない。 今年の春の金木犀と同様、まるで杭が打たれたように、 地上1メートルほどのところで、棒状に切られたままだ。 アスペルガー障害の大人と一緒に生きることは、 たやすいことではない。 先週も職場で、アスペルガーとADHDの合併障害の職員が、 大騒動を引き起こしたが、 本人には、加害の認識は実際の何百分の1も無い。 一方被害感情は、実際の被害の数十倍に感じられるらしい。 自分が消しゴムのかけらを投げられても、 大きな石を投げられたように感じるし、 逆に大きな石を投げても、砂粒を投げたようにしか 感じないそうである。。。 昨日の午後、白とピンクの二本あったハナミズキの 一本だけ残った白の花が咲くのを見ながら、 悪い予感がしていた。 29日から、元夫君は高速1000円のラストチャンスとばかり、 ゴールデンの愛犬ジルベルトを連れて旅に出た。 天気の良い2日間は広島県民の森で野営し、 天気の悪化する予報の5月1日を私の山口の実家に行くと。 そして、帰りは大山に立ち寄って何泊かして、 連休の後半に帰ってくると言って出かけた。 運悪く、実家には、同じ日に別の家族が泊りがけで来ることが、 出発後、私の両親からの電話の定期便で知らされたけど、 だからと言って今更、行かないのも大人気ない。 母からの昨夜の9時過ぎの電話で、その上追い討ちを掛けて、 妹家族とか、みんなと、お客の家族とで、 勿論、元夫君も含めて、 一緒に地元の名物瓦そばを食べに行くことになったと。 とんでもないことだと思ったけど、 とりあえず、元夫君の携帯電話にメールをSMSでメールを打った。 食事に行く時間までには着いていないといけないし、 そうじゃなきゃ、みんなを待たせてしまうし、 あるいは、鍵を締め出されてしまう。 メールを送ったのは、9時25分だけど、 いつもなら寝てる時間だし、SMSだから情報量も少なく、 最低限度のことしか伝えられない。 そもそも、別のお客と言っても昔なじみの家族だから、 それを理由に私の実家への立ち寄りをやめるなんて、 ありえないことではないか・・・ 以前から元夫君が、ワンコと一緒に寝る場所は、 ちゃんと別棟の父の書斎だった建物があるし。。。 ところが、昨夜と言うか、今日と言うか、 真夜中の1時10分に、当の元夫君から 電話がかかってきた。 しかも、非通知設定なんだから、馬鹿じゃないか? 普通、そんな時間に非通知設定でいくら元妻にでも電話する??? しかも内容が・・・鼻づまりがひどくて眠れないから、 明日は、もう、山口へは行かないで、帰る。と言うわけだ。。。 メールは見たのかと聞くと、 見方がわから見ていないという。 日ごろ散々人の携帯に、 飯はまだか?とメールをパソコンから打つくせに。。。である。 来客のあることを告げず、 とりあえず、夕食時間までに、行って、 宿泊予定の場所の前に車を止めろと伝えて、納得させた。 そしたら、ついさっき、「だましたやろ!」 と、パニック状態の電話がまたかかった。 駐車スペースを、運悪く、妹がまだ空けていなかったので、 自宅のほうに立ち寄って、来客のあることに気付いたらしい。 私の妹は、彼のアスペルガー障害を私から聞いているから、 予定外のことがおきた時にパニック起こすと知っているが、 私の両親はそこまでは知らない。 とりあえず、妹に電話して、回避策を頼んだ。 こんな時に限って、入れ違いになって、 電話が通じなかったりして、ちょっと手間取ったけど、 ともかく指示通り着いて、妹と話をして、 今は寝不足なんで寝ているらしい。 戻ってからのことを考えると、また頭が痛い。。。 憂き我に小雨しのつく五月かな
2011年05月01日
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