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子供心に染み付いた吟詠は、 菅原道真公の「九月十日」 大宰府に左遷された道真公が、 栄華の盛りに在った前年の同日を思って詠んだ七言絶句。 去年の今夜清涼に侍す 秋思の詩篇独り断腸 恩賜の御衣今此に在り 捧持して毎日余香を拝す 肝心の「秋思の詩」を習うのはずっと後で、 それもそのはず、七言律詩で、すごく難しい吟詠。 私がブログを面倒ながらやめないのは、 飛ぶ様に過ぎて行く一年一年が、 此処にちゃんと残っているからだなあと、 さっき去年の自分の過去ログを読み返していて思った。 両親の入院、父の落ち込み、自分の多忙、 そして百人一首展など、去年は結構一杯一杯の深刻な書き込みが多い。 今年も、もう7ヶ月が過ぎようとしている。 両親は自宅でなんとか過ごしていて、 大騒ぎした台所の改造とかは、結局まだ不要だった。 母は、保守的な見解で、妹の提案を却下して、 父のトイレの改造とかの最小限にとどめておいたので、 今もそんなに違和感無く家が使えている。 十年の計は無かったが、当面の用は成しているようで、 まあ、床の張替えなんて大事にならなくて済んだわけだ。 そんなことを思い返していた。。。 去年、百人一首展をしようと言ってた同僚は、 今年は、4月から一転して激務に。 去年、私がハード過ぎてバタバタしていた中 涼しい顔をしていたのがウソのように彼女が忙しい。 私は、今のところ、去年とは打って変わって楽しい多忙の中に居る。 空しい多忙と、楽しい多忙とだったら、 断然、今の方が充実だ。。。 毎日の愚痴を聞くのも、去年の父と今年の父とでは大違い。 今年は、何とか無事に夏を自宅で過ごせている。 2年ぶりの、自宅の夏・・・ 去年の今夜も、一昨年の今夜も、父は病院のベッドに居た。 そんなことを、忘れて、日々、過ごしている私の、 このブログは、大切な備忘録、記憶の押入れだ。 道真公は、左遷されて空しく大宰府で死に、 祟りを為す雷神となって、次いで昇格して天神となった。 京都でのんびりして人間として生きたほうが良かったに決まっている。 命あっての物種である・・・ うだうだ言っていても、父の存命が嬉しい。
2012年07月29日
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週末だが、仕事。 昼前から、4時前まで。 休日でも、クライアントに合わせてお仕事。 明日も、同じだが、明日最後が6時ごろになる。 色々な初見のクライアントとのカウンセリングは疲れる。 夕方、仕事を終えてから、神戸の三宮に買い物に。 有名なワインショップが三宮そごうの地下に今日からオープンで、 今日はイタリアからの醸造元を招いてのフェスタ・・・ 500円で、6種類を飲み比べての試し飲み。 美味しかった。。。 最後の貴腐わインを買って帰った。 ついでスペイン料理のバールにでもと思ったが、 6時でも満員でカウンターの空きが無くて断念。 仕方なく、いつも行くイタリアの生ハムとチーズの店に行った。 5種類のチーズと、5種類の生ハムの盛り合わせを食べて、 入荷したばかりのモッツァレラチーズに舌鼓を打ち、 一番美味しかったウォッシュタイプの、 ウォッシュタイプとは思えないほどあっさりした 「ロッソ ディ ランガ」を買ってきた。 帰ってから、冷蔵庫から無農薬有機栽培のトマトを探し、 チルドルームの隅においてあった青かびのバサヨというチーズを スライスしたトマトに振りかけて、 昨夜開けたばかりの、しかし今夜中には飲みきりたい泡にあわせて、 さらに、件のロッソディランガも切りながら、 ちょっとだけ、お一人様の週末を楽しんでいる。 買ってきたイタリア産の貴腐ワインを開けるのは、 ずっと先になりそうだ・・・ ワインの試飲会は、猛烈にチーズがほしくなることがわかった。 ワインばっかりっていうのは、実際ありえないしなぁ。。。 チーズとあわせると、ワインはまるで生き物のように味が変わる。 yumiさんとも、また、飲みたくなったよ。 junさんには、貴腐ワインを送ろうかしら・・・ junさんて、飲める口だったっけ?
2012年07月28日
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10箇所以上の事業所から数百名が集まる夏の恒例行事。 今年は、うちの事業所が幹事なんで、大きな行事となった。 うちはなんといっても最大の規模の事業所だし、 支店長は、大きいことが好きだから。 10年前にもやったけど、その時は小さなホールを借りた。 今回は、借りられる最大のホールを借りてやった。 人手の案分とかも大変だったけど、 まあ、規模が大きいこともあって、なんとかなったようだ。 私は受付とお弁当の準備と・・・裏方の雑用も手伝った。 今の事業所に来てから今年は15年目。 よその事業所に転出して行った昔の仲間とも会えるし、 何年もかけて、一から仕込んだ若い子が、 よそで頑張ってる姿も見られる。 明日まで続きがあるけど、私は無役なんで、 普通に自分の仕事をできそうだ。 今日も、面倒を見てる若い子らが頑張っているのを見て、 ちょっと嬉しかったし、担当者として緊張もあった。 一番嬉しかったのは、県下でも最高の仕事をしている以前の同僚が、 声をかけてくれたことかなぁ。。。 15年前に一緒に仕事をしていたころ、 私は今より若くて、力もあったから、少しは役に立っていたかも・・・ その頃のことを覚えていてくれたなら嬉しい。 偉くなっても、ああやって、丁寧に、きちんと言葉を出せる人は、 やっぱり違うものだなぁと、感心した。。。 2年ほど前から力を入れてサポートしていたADDの若いクライアント、 大きく自分の力を発揮できるようになってきて、 二十歳を前にして、飛躍しようとしている。 それが、嬉しくて、日々、元気をもらっている。 サポートできて、成果が上がった時は、本当に嬉しい。 いつもいつも、サポート対象のクライアントに感謝したくなる。 出会えて良かった、信頼してくれて良かった。。。 この心地良さがあるから、次のサポートにも頑張れるようだ。 不幸な生い立ちのクライアントほど、幸福になってほしいと強く思う。
2012年07月24日
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実家に帰っていました。 お寺さんがお参りしてくださる日で。 土曜日は神戸の湊川神社で若い友人の結婚式と二次会に。 そこですごくエネルギーをもらって、 頑張って日曜の朝から帰省してました。 父の老いを見、母の老いを見、 受け入れなきゃいけない自分の退職後の暮しを考え、 今朝、祭日の月曜日、お寺さんにお参りしていただいて、 それからちょっと親孝行をしていました。 レースのカーテンのサイズを測って、 ホームセンターに母と買い物に行って、 サイズを見て1セット買って、もう1セットを注文して。 215センチ丈の135センチ幅の・・・ 変形の高い値段のものなので、母としては大満足の安価さだったようす。 帰ってから、それを現在のカーテンと付け替えました。 高さが高さですから、脚立ですが、私が登って、 古いのを外して、新しいのを母から渡されて・・・ 母がとっても喜んでくれました。 父のパソコンはたくさんあるし、 それにプリンターも新旧たくさんあるのですが、 2年続いた入院とかで、使わないうちにプリンターのインクが詰って、 ヘッドクリーニングをしたり、インクを付け替えたり、 無くなったのを買いに行ったり、 そんなことをしていました。 父は、何十年も取り組んでいた「パリ大学史」の翻訳の仕上げで、 出版目前の去年、2度目の入院だったので、 ずいぶんと焦って、1年遅れた出版を急いでいます。 あんまり長くラテン語の翻訳を抱えてきたから、 初稿の手書きから、パソコンの一太郎、さらにワードへと変わりました。 そのせいで今は、文字化けやらなんやらがあって、校正にてこずって、 その間にも、腰の骨折のせいで痛みが出るので、 起きたり座ったり立ったり、悲鳴を上げながら仕事してました。 ちょっとまたやつれていました。。。 母は、元気そうだけど、79歳・・・それなりに耳も遠いし。 1年前の骨折の心理的影響は、やはり大きいようです。 当初、山陰線から乗り継いで帰ろうと思っていたら、 雨が降ってきて、妹に新幹線の駅までの車での送りを頼みました。 降ったり止んだりだったのが、私が車に乗ろうとした時、 ものすごい降り方に変わって、 それから妹の家に妹を乗せに行って、 私が運転したまま豪雨の中を山間の農免道路を走ったのですが、 土砂降りで、水路は一気に奔流となり、 道路は冠水し・・・ それはそれはすごいゲリラ豪雨でした。 今年も、この降り方であちこち降ったのですね。 駅までは30分ほどですが、 駅についたら、ほとんど降っていなくて、 妹は予想通りと言っていました。 私は運転を妹に交替して、荷物をまとめて降りたのでした。 駅に着くまでの間は、妹の娘の進学の話をしていました。 高校3年生、花の受験生です。 すごくのんびりしているようで、 実は忸怩たる思いを抱えて、 劣等生暮しをしている模様。。。 我が事のように思います。 優等生だった妹とその主人には、 鬱々たる劣等生の欠点その日暮らしの辛さは、 わかるはずもありませんからね。 自宅に着く直前に、電車を降りたら、元夫君から携帯にメールが。 庭の木を切れとのことでした・・・ 帰ってから潅水をして、それから薄暮の中、木を切りました。 涙も出ないくらい、切りましたよ。 大好きだった斑入り柾。。。ごめんね。。。不甲斐ない私で。 で、取り敢えず、この3連休は終りです。。。 家ごと捨てる決意は固い私です。。。
2012年07月16日
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元夫君のやりたい放題し放題が続き、 見たくない状態に拍車がかかる庭だけど、 実際、雨が続いて、そう出られるわけでもなく、 ちょっと辛いけど諦めモードに入っている。 そのうち、屋内にも色々と手が入ることだろう。 なんせ、元夫君は24時間、暇な肥満人だ。 趣味の競馬のほか、美術館や博物館めぐり、 ワンコの朝夕の散歩、 週替わりの趣味の病院通い。。。 その時々に写真を撮って、パソコンをいじって、 ほかにはすることが無い。 友達も居ないし、数少ない友達は20歳近く年上。 一人は早くに脳梗塞で不自由な身体になりはったし、 もうお一人も、若い頃からあちこち、不具合だった。 年齢の近い人は、一緒に不健康な現役時代を過ごした病人。。。 唯一まともなお友達は、東京にお住まいだ。 一緒の職場で長く過ごした人は、みんな彼を嫌うし、 彼は、もっと、みんなが、嫌いだ。。。 生まれてこの方、父親と住んだことも無く、 自分を産んだために、母親は産後の肥立ちが悪く他界し、 母方の祖父母を両親と思って育ち、 跡継ぎの叔父に疎まれ、嫁に来た叔母と折り合い悪く、 同居していた従姉妹二人からは、嫌われ、 どの親戚とも喧嘩別れしていて、交流が無い。 不幸なアスペルガー障害を生きている。 一緒に居る時間が長ければ長いほど、嫌いになれる。 余りにも自己中心的で幼稚だから。。。 せめて仕事で評価されていたとか、そんなことも無い。 彼が退職の前年に、不適応が窮まって早期退職を言い出した時、 散々迷惑を掛けた同僚にも、まったく恥ずかしげも無く、 収入が途切れたら、復職した。 不適応による心身症で、精神科の診断書をもらったことなど、 忘れ果てたかのようだった。。。 勿論、同業者の私に掛けた迷惑など、 「忖度」「忸怩」という日本語も知らないようだ。 そんなわけで、あれもこれもと、持っては生きられない人生を、 いっそ、仕事辞めたら、 家ごと「あいつ」を捨ててやろうと思って、 庭への執着を捨てることにした。 もともと公共料金の支払いなどは、彼の名義の通帳だし、 出て行くときは、そのまま渡してやればいいわけだ。 癪に障るから、私のを渡している携帯電話は、 解約して使えないようにしてやろうと思っている。 もっとも、定年退職まであと6年半、 定年が延びて65歳になってしまえばもう気力が続かない。 どっち道遅くとも60歳、早ければ56歳くらいで、 こことは、おさらばすることにしよう。 じっくり、片付けていこうと思っている。 26年も住んだのは、最長記録。 27歳までに10回以上引っ越していて、 一番長いところでも7歳から14歳までだったし。 捨てられなかったものを、キッパリ捨てなきゃである。。。
2012年07月07日
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