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久々に生物生産学科的ネタの仕込みをしている。 此処のところ、環境関係か、バイオテクノロジー関係が多くて、 生物生産関係は、久しぶり。 私の本業からは全く関係ないが、 私は、なぜかブドウと縁があって、 この果物が好きだ。(ワインも好き) (小学校の頃には、乾し葡萄の入ったパンが食べられなかった私) と言って、買って食べることはほとんどない。 ただ、あれこれと調べている。 職場には、色々な種類のブドウがあるが、 基本的に調査研究の対象としてしか見ていなくて、 お金を払ってまで買って食べない。 大好きなものが、安くいくらでも手に入るから、 昔は、じゃんじゃん買って食べていた。 そして、わかった。 果物だって、食べ過ぎれば太るのである。。。 ブドウの品種も色々あるのだが、 マスカット・オブ・アレキサンドリアとか、 一頃は、もう、ごめんなさいって言うくらい食べていた。 香りが最高で、甘味は上品だった。 甘さの点では、藤稔(フジミノリ)。 値段で考えるとベリーA。 以前世話になった、元同僚で、 年度は違うが、同じくドイツ研修に行かされた人がいて、 その人の専門はイチジクなのだが、 彼の作るブドウは美味しかった。 彼には、ブドウの皮の正しい剥き方を教えてもらった。 美しく皮付きのブドウを食べる最高の方法だった。 あの頃は、美しく剥くのが面白くて、 散々剥いて、みんなに提供していたものだ。 今は、いかにして、皮を剥かずに美味しく食べるかだ。 レディースフィンガーなどのように、 皮ごと食べるブドウが日本でも増えてきた。 高いところでは、瀬戸ジャイアント。 そのほかのも、どんどん皮ごといけるようになったが、 単に皮の薄さではなく、皮の美味しい弾ける感覚が、 瀬戸ジャイアントの素晴らしいところだと思う。 しかし、残念ながら、瀬戸ジャイアントは黄熟する緑のブドウである。 (しかも、売ってるときはマスカットのような翡翠の緑色で要追熟のアコギさ) 此処に至って、ナガノ・パープルが出現して、 私の中での評価が、ちょっとだけナガノ・パープルにも傾く。 勿論、それは、パープルだから。 このブドウは巨峰とリザマートの交配で生まれた。 一昨年までは、リザマートではなくロザリオビアンコが花粉親と思われたが、 平成22年に、正式にリザマートが花粉親であることが発表されている。 ブドウのポリフェノールは、葉にも種にも有るが、 なんと言っても、そりゃあ、紫の果皮には、たっぷりありそうだ。 で、今の私の最も注目するブドウは、ナガノパープルである。 そうそう、3年前にトンプソン・シードレスのことを調べていた。 ブドウ農家の夢は、何もしなくてもシードレスになってくれる しかも美味しくて、皮ごと食べられるブドウだろう。 私たちが買って食べている種無しブドウは、 1房ずつ2度のジベレリン処理という ブドウ農家の(アルバイトの)すごい苦労の結晶なんだ。 しかも、ナガノパープルや瀬戸ジャイアントのように皮を捨てないなら、 廃棄するのは軸だけになる。 もっとも、グレープシード・オイルは存在しなくなるか・・・ さて、タイトルのベリーAだが、紫の美しい房である。 なんで正式名称が「ゴールデン・ベリーA」なんだかわからん。 そのわけのわからなさからみんな「ベリーA」って言うんだと思う。 なんぼ関西やからって、「very ええ」ってノリじゃあないだろう。 しかも、もっとわからんことに、この主たる交配親が、マスカットなんだ。 意味不明である。 あの緑の宝石のような実と、ベリーAの色とは・・・不一致だぁ。 ま、もっとわからんのは、鳥取大学の通信販売に、 「梨」以外に、「巨峰」があったことだなぁ。。。 そんなわからないことだらけのド素人の私が、 成熟したベリーAの果皮の植物キチナーゼ活性・・・とかって、 灰色カビ病への耐病性を高めるとかって・・・ わかるはずも無い課題に立ち向かうのでした。とほほ・・・
2012年08月26日
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yumiさんからの届き物があるとわかって、 それも、休日の職場とわかって、 私はついつい、休日の職場へ行ってしまいましたよ。 とは言え、休日なのは、私であって、 職場には百人を軽く超えるスタッフが来ているので、 自分のオフィスに入るのも、普通に、 「こんちゃ~」って感じで入ります。 今日は、上司も出勤してらしたし、 私のシマは無人でしたが、当面忙しい隣のシマは3人ほど。 で、宅配の受け取りの部屋を開けてもらって、 いそいそとamazonの荷物を受け取りました。 そこからは、一目散に帰宅しました。 だって、一目見るなり、「人目を避けねば・・・」 本能が、そう命じたんでね。 そして、家に帰ってからじっくりと画集を広げて、 井上直久さんの世界にとっぷり・・・ ふと我に返って、ルネ・マグリットを検索したり、 ジブリの関連をチェックしたり。。。 で、今まで潅水以外の仕事はせずに、 どっかりとパソコンの前で、画集を広げたり、 ネット検索したり・・・ 初めて名前を見るのに、初めて見る気がしない、 既視感があるのは、まさに、自分の世界だからでしょうね。 マチュピチュの画像を写真で見たり、 ルネ・マグリットの画集を注文したり、 すごい忙しく、しかしマッタリと、仕事をせずに、 耽溺していました。 そうそう、コブシメを見て、増永元さんのHPも見ました。 増永さんは、ランプワーク以外に、コブシメとかの絵も書く人なので。 それにしても、初めて見るのに懐かしいこの感じは、 中学1年生の時の美術の教科書を見て ルネ・マグリットに驚いた12歳の自分と、 あの時は、まだ、知らなかったたくさんの世界を感じ、 見てきた53歳の自分と、その差なのでしょうか。 イバラードという言葉をはじめて見たけど、 すぐにイーハトーブが思い浮かんだのは、 感性の先にあるものが共に、賢治の世界とつながっているからかな。 直接大地に立たないで、本の少し浮いていると、 その感覚が不思議。。。 表紙のタイトルの絵を見て、なぜか死海のほとりを思っていました。 宮崎駿さんが、完全にひれ伏すくらいの イマジネーションと画力と・・・ そんなわけで、今日、私がまったく仕事をしていないのは、 井上直久氏の「世界はあなたのコレクション」の世界に、 すっかり現実逃避していたからであります。
2012年08月19日
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今日は、とっても面白いことがあった。 いつものように遅い出勤だった。 そもそも今日は本来なら勤務先の制度では私は夏季休暇だが、 クライアントの要請で、サービスの出勤だ。 でもって、居なくても良いけど、まあ、2・3件のクライアントを抱えて、 私用も挟みつつ6時まで職場に居た。 クライアントには、とやかく言っても無駄なくらい、 先方は一杯一杯だから、合わせるしかない。 サービス業の辛いところだが、楽しいところでもある。 昼食時に出たついでに、シェルターのこととか、別件の事務処理もした。 戻ってみると、来週の約束のクライアントの書類も来ていて、 判読に苦労するような字だった。 ギリギリのクライアントほど、字が読みづらいのは、いつも。 夕方、急いで帰宅して潅水をしようとしたら、 居候のアスペルガー障碍のおじいさん62歳から声がかかる。 「K子さん、お願いがあるんですけど。。。」 口調から察するに苦情だなぁ・・・? 「洗濯物を乾す時に裏向きにするのをやめてもらえませんか!」 最後は断定口調だから、やっぱりいつもの言掛かり、または苦情。。。 でも、私は無実・・・ 「はぁ??!」 「私はそんな面倒なことは一切しませんけど!」 事実だから強気だ。 そんな面倒は、天地神明に誓って、一切しない。 裏返すのは自分のタンクトップだけである。 元夫君は、一日に何度も着替えるから、洗濯物が多い。 濡れてよごれたまま洗濯機に突っ込むから、私が仕方なく洗濯して乾す。 自分の洗濯物がカビたり、臭ったりするのはごめんだから。 その夜に乾す時に、彼の山ほど出るTシャツを、 私が一々意図的に裏返して乾していると、彼は思っている。 そんな面倒は今の私がするはずが無いだろう。 彼のものだけを洗濯機に置いてはおけないから、 5分くらいの手間で余分に乾して深夜のサンルームに吊るす。 その時に、表向きのTシャツをわざわざ、6枚も8枚も裏返す??? アホじゃないか???? 嫌々やってるのにそんなことは考えない。 早くすっきり乾くことだけを考えて乾している。 いわゆるアスペルガーの彼の得意の「下衆の勘ぐり」である。 彼は、アスペルガーの自分の基準で嫌がらせだと思うことを、 アスペルガーの自分の基準で周囲に発信する。 私には、いつも「下衆の勘ぐり」にしか思えないけど、 彼にとっては、「見逃せない嫌がらせ。」 つまり同じことを彼がしたら、それは嫌がらせなんだろう。 呆れつつも、意識的な行為であることを明確に否定し、 「そんな面倒なことは一切しません」と断言したら、 「K子さんが都市伝説でも信じて・・・」と食い下がる。 本当に、AHOである。。。 私は、本当は触りたくないとさえ思って居るのに、 そんな心情など忖度しないのだ。 ただただ、「嫌がらせ」と感じるその心情。。。 呆れてしまう。 で、私は、絶対にそんな手間をかけないことを明言し、 裏向きに脱ぐのは自分の行為だと説明して、 そんなはずは無いと言い張るAHOをほうっておいた。 その後、洗濯機に広げてかけてある彼の脱いだTシャツに気付いた。 ちゃんと裏向きに脱いで、洗濯機にいつものように広げてかけてある。 自分がそうしているのだと、 自分のしたことを見直せるチャンスじゃないか。 普通に脱いだら裏向きになるだろう・・・ そんな風に、考えられないのがアスペルガー障碍である。 「激しい主観的思い込み」と「臆面の無さ」 まぁ、そういうテキストどおりの行動を今日、見たわけだ。 ついでに言えば、それを直言しても無駄である。 今度は、恥をかかされたと逆恨みするだけなんだから。 でも、我慢するばかりだと、悔しいし情けないばっかりだ。 そんなわけで、此処に、今日の出来事を書いておこうと思った。 折も折、世間ではアスペルガー障碍の中年が、 長期間の引篭りの果てに、 何十年も一番身近で面倒を見てきた姉を惨殺した事件、 量刑の20年の長さが話題になってたけど、 じゃあ、誰も身寄りの無いこの引き籠もりの中年の人殺しを、 刑務所から出てきたとき、誰が出迎えて面倒を見るのか? 血縁のある親族は殺された姉の子供たちだろう。 そんな制度も整備されずに、刑務所から出たとき、 今度逆恨みされるのは、姉の親族じゃないかと、思ってしまう。 社会は、もっとアスペルガー障碍を知るべきだ。 そして、その対応を家族に押し付けてはならない。 元夫君は、いつでも危険な領域を行き来している。 私は、注意深く「いなして」いるけど、 私が居なくなったら、一体誰が、 この「アスペルガー障碍じいさん」の世話をするのかと、 「櫂」を渡す相手を探し続けているところだ。 昨日、新幹線で私の席の前に座った中年の女性の二人連れ、 年長の方はアスペルガー障碍だったろう。 障碍のある叔母と姪か、年長の姉と歳の離れた妹か。 年少の健常な人が、年長の障碍の人の方に大きな声で叱責し続けていた。 車両に入ってくるなりそうだったから、私は苦痛だった。 でも生まれた時から、 身内に明らかにそれとわかるアスペルガーを抱えた人がいて、 その責任を一身に背負って40年以上を生きてきたとしたら、 それはそれで辛かっただろうとも思う。 本人の感じない分の辛さを、苛立ちで何倍も強く感じつつ、 自分が死ぬまで切ることのできないその血縁を、 生きていくんだと、真後ろの席で感じていた。 生きていくんだ。。。大変なんだ。。。 心底、そう感じたものだった。 その、昨日の今日だったので、血縁ではないけど、 出て行かない元夫君の言動に、情けなく、惨めだった。 私は、あなたの洗濯物を本当に仕方なく洗って乾してるんだよ。
2012年08月17日
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今朝、実家で朝御飯を食べようとして、 両肘の内側にあせもができているのに驚いた。 他に塗り薬も無いので、ムヒアルファEXを 虫刺されでもないのに塗った。 油断も隙も無いものだ・・・ すぐに退いたから良かった。 実家では、父の居室は常にエアコンで涼しく保たれていて、 病院に居た時と変わらない。 食堂もエアコンで涼しくしてある。 以前父が居室にしていた洋間には以前からエアコンがあって、 私は実家に帰るとそこで過ごす。 しかし、寝るときには、エアコンを切っていたのが悪かったのか? 母は暑さには強いほうだけど、 今は、食堂の横の和室を使っていて、 そこに食堂からの冷気を入れて、夜は寝ている。 勿論、母も寝るときは食堂のエアコンは切って寝ている。 病弱な高齢者の世帯は、電気代もかかるし、大変だ。 今日も、私が出てくる直前、母は、食堂で昼食後の居眠り中だった。 暑さで眠りが浅いのだろうか。 あれほどいくら勧めても昼寝をしなかった母だが、 79歳という年齢もあって、少し昼間もうとうとしている。 父は、暇さえあれば、ベッドで腰を休めている。 元々父は昼寝をする方だった。 母の居眠りの方が、珍しくて、年齢を痛感した。 元気になったけど、母は、自分の活動をかなり注意して制限している。 その慎重さがあるから、母は、医者も驚く回復を遂げたんだろう。 父は、毎晩骨量を増やし骨密度を上げる注射を自分で打っている。 朝は、糖尿病の注射、夜は骨粗鬆症の注射。 慣れているとは言え、大変だ。 母とは、1歳しか違わないが、とてもそうは見えない。 回復して元気になった母は、一層若々しく見える。 父は、総入れ歯が合わないので、食事以外は外してある。 それが、一層父を老けて見えるようにしている。 好んで不健康で衰え果てた老後を迎える人は居ないのだから、 父と母の現在は、小さな生活習慣の積み重ねの差だ。 父も案じてくれるけど、私は、顔以外は本当に父に似ている。 顔は母に似たけど、あの生真面目さが、まったく私の中に見当たらない。 だから、よほど注意しないと、老後は父のようになりそうだ。 糖尿病と歯周囲疾患には、くれぐれも気をつけたいと思っては、いる。 生活習慣は一向に改まらないのだけれども。。。 昨夜久しぶりに、妹の娘二人も、揃って食事をした。 私に似てキリギリス型の長女は、中学・高校・大学と私の後輩だ。 彼女には、「少年老い易く学成り難し 一寸の光陰軽んずべからず」 そう書いたお小遣いの封筒を用意した。 受験生の次女の方にはこう書いた封筒を。 「勿謂今日不學而有來日 勿謂今年不學而有來年 日月逝矣歳不我延 嗚呼老矣是誰之愆」 どちらも、私が中学高校時代、ずっと父が練習していた詩吟から。 すらすら暗唱できるほどだが、毎日聞いてもなんの効果も無かった。 そのことも敢えて、ついでに書いて、渡した。 私の妹が横領しなければ、姪達の手に渡っているはずだ。。。 私の深い深い反省と共に。。。
2012年08月16日
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今日はまた、暑さが戻った。 いつもより念入りに潅水した。 私の部屋は、東と南にしか風の出入り口が無く、 ドアは、元夫君の部屋が戸を閉めれば風が出入りしない。 開口部は、二階のトイレと洗面には北向きにも窓があり、 今日は、中の和室ではすごくいい風が、 南から入って、部屋の前の洗面の窓の北に抜けていた。 私の部屋は、南から風が入らない。北と西への通路が無いから。 30年ほど前に設計されたミサワホームのプレハブ住宅では、 「風の通り道」という概念が無い。 家には、冷暖房を完備し、その機密性を高めて保温保冷する。。。 だから、機密性が高すぎて、カビが生えるので、 一年中一階の和室は、除湿機が欠かせない。 根本理念が間違っているが、 高度成長期の日本は、こんな感じだったと思う。 まだ、専業主婦が家庭に居たころだった。 家の開け閉めを、家に主婦が居て朝晩して・・・ 暑ければ冷房を入れ、寒ければ暖房を入れる。 一階の二間続きの和室なんか、畳にカビを生やさないためには 一日中換気しておかなければいけないが、 なんたって、家に居なかったから、仕方がない。 今は、我が儘な巨人が愛犬と住んでいる上に、 愛犬のためのスペースが、更に通風も採光もできなくしている。 網戸なんか、なんの役にも立たないから、外してある。 勿論、初日に犬が引っかいて、ボロボロにしてある。 一切開けっ放しては置けない。 犬小屋は、雨の時以外は、ずっと開放だから、 虫でもなんでも入り放題なので、 家のアルミサッシを閉めておくしかないのだ。 玄関のドアが、またひどい。 真西に向いて、天井までの巨大なガラスのドアである。 真夏の午後は、それはそれはすごい温室効果。。。 ミサワホームの中でも、特別なサイズのドアだから、 リフォームでも、ドアだけ取り替えることとかできない。 通風用の夏の網戸の取り付けも一切できない。 採光だけは抜群の250センチの巨大な特殊ガラスの外側には、 だから、夏には、簾が吊るしてあるし、 日除けの特殊な布も、超巨大なサイズのものが垂らしてある。 いつもながら気の利かない元夫君が、思いつきで吊るすので、 簾も変な長さだし、 今年の巨大布は、半分以上無駄な場所を占めている。 先週、「要らんから」って言ったら、 相変わらずな狂気でわめかれたので、 本当にうんざりした。。。 日の当たらない半分の北側の幅は、本当に無意味で、 実際には、落葉樹が植えてあるから 布までは要らないのに、 わざわざ日除けに植えてある木を、意味も考えずに切っては、 不細工に布を垂らしたりする意味がわからない。 かなりの重さで、風にもあおられるから、 くくりつけている構造物にも悪いだろうに。 元夫君は、苦労して括りつけた行為が、 無駄と認めるのが腹立たしいのだろうが、 私は出入りのたびに巨大な布をくぐるのが不快で苦痛だ。 元夫君の部屋は、アホみたいな設定温度のエアコンが、 うなりをあげている・・・ 私が、日除けに植えておいた木を、この夏もまた切ってあったから、 真夏の直射日光が容赦なく壁を暖めているだろう。 暑さでぼ~っとしていると、勝手にしてって思うのだ。 深く考えたり、計画的だったりするのが、あほらしくなる日々だが、 取り敢えずは、無事に一週間が過ぎた。。。 岐阜からの来客に心和む瞬間も在ったから、 まあ、良い一週間だったとしよう。 庭では、玉段花に次いで、瓔珞玉紫陽花が次々に開いてきている。
2012年08月10日
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今までも、何度か怖い思いをしたけど、 昨日は本当にすごく怖かったです。 私の通勤路には、T字路があります。 いくつかあるんですが、 昨日の夕方、家の一番近くのT字路で、 私は、左右から来る直進車両を確めつつ、 ウインカーを出して、右折のタイミングを待っていました。 つまり、私は、一番待ちが長いわけです。 左からの車がしばらく途切れて、右からの車が2台。 県道で普段はもっと途切れないのですが、 ラッキーと思って待っていました。 よく見ると、右から来る2台の1台目は、 左折のウインカーを出している。。。 ということは、私の待っている方に入って来るってことです!! ますますラッキー、待たなくてもこちらが出られる状況です。 私は、いつもする様に、すっとアクセルを踏んで、 右折しかけました。 ところが、その左折のウインカーを出した車は、 少しもスピードを落としません。 「危ない!!」「おいおい、なんなんなん???」 心の中で、私は叫んでいました。 多分、目の前を直進していった車の運転手も、 その後ろの2台目の車の運転手も、そう思っていたでしょう。 私はぞっとしました。 通り過ぎていった車は、左折のウインカーを相変わらずつけています。 後ろの車は右にふくれて、直進でした。 ウインカーがついたままなのは、音が聞こえていない状況。 音楽を掛けているか、呆けているか。。。 どこからウインカーを付けたまま走っているのかは知りませんが、 恐らく、土手の道から下ってきて、数百メートルそのまま。 後ろの車も、迷惑でしょうが、 私は判断が悪ければ運転席に真横から突っ込まれているところでした。 軽四ですから、お陀仏でしょう・・・ 私、よく、ブレーキ踏んで留まったなぁと思いました。 色んな人がハンドルを持つし、もっともっと危険なこともありそうです。 注意するに越したことはないですね。 肝に銘じました・・・
2012年08月03日
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