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なんたって、顔を見せるが一番の親孝行で、 親孝行をすることが一番の先祖供養というものだろう。 おじいちゃんの17回忌とおばあちゃんの3回忌を一緒に4月1日に。 今度はお寺さんのお参りもあるので、 それなりの格好をしておかなきゃだ。 前回の帰省はお客様があるので、やっぱり気のはった格好だった。 父も母も、私の帰省の時は、気楽な感じで、 ただただ楽しみにしているっぽい。 今度の帰省では、姪っ子に特別な指導もしておきたいし、 ちょっと難しい本を持って帰ろうと思っている。 冬の間、父の入浴は、月曜と木曜だったので、 母の入浴もそれにあわせてあった。 これからしばらく温かくなっていって やがて週に2回では足りなくなるだろうと思っている。 木曜日の次が月曜日は、いかにも無理だと思うのだが・・・ 今日の電話のときに、どうせ土曜日はお風呂がないだろうと言ったら、 富山から叔母ちゃんが来てくれるからお風呂を立てるとのこと。。。 私だけなら、勿論、お風呂は立ててもらえないので、 母にしたら、私が居る時には、 お風呂の掃除とかも頼めるからいいのかな・・・ ま、4月2日からは、忙しいサラリーマン稼業だが、 珍しい年度をまたぐ週末を、実家で親孝行してこよう。。。
2012年03月30日
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4月から始まる新年度のことで頭がいっぱいだったが、 取り敢えず、今日は仕事を休んで、自分の誕生日をお祝いした。 大好きなオマール海老とローストビーフのお店にランチを食べに行き、 そのまま観梅に行った。 今年はよほど梅が遅い。 毎年なら遠の昔に終わっている時期に、 見頃を迎えてしまったから、 なんと、有料の梅林はすでに営業を終わっていた。 日曜日までだったそうだ。 仕方ないから、タダで見られる方に車を回して行った。 大正解で、実に見事な開花盛りだったし、 瀬戸内海の島々が一望される高台で、 快適な観梅を楽しめた。 これで、周りにヒサカキが満開じゃなかったら、 私は200%幸福だったと思うんだけど・・・ 満開のヒサカキの放つ強烈なにおいが、 梅の香りをマスキングしてしまって・・・ その点が唯一の残念だったよ。 あのヒサカキってやつは、なんだって、あんなにすごいんだろう。 御津の梅林は、梅だけしかない畑だから、 他の樹種のにおいはしないんだろうけどね。 その後、いつも調査に行く海岸に調査に行ったけど、 咲き始めのハマダイコンを見ただけだった。 去年、ハマダイコンの若莢を食べておいしかったから、 花までおいしそうに見える。 去年までの何十年間も、ただ綺麗な花だと思うだけだったのに・・・ 彩食兼備だったわけで・・・ で、その後、仕事場をのぞいたら、色々届いてて、 その上、前に一緒だった若い女の子が、誕生日のプレゼントを届けてくれて。 彼女の転職後、会いたいと思っていたし、会えて良かったわ。 忙しいけど、充実しているって、元気そうで良かった。。。 新年度というと、先のような気がするけど、 4月からというと、先のような気がするけど、 実は来週から・・・のための仕込をしている。 かなり強引にしている。 勉強ばかりの毎日で、余裕が無いけど、 まあ、そんな中でも来週はジュリーにも会えるし。 忙しいけど、充実していると言った若い彼女のように 心からそう思えるようになりたいと思っている。。。 歓迎会とか送別会の予定も徐々に入ってきて、 これも忙しいことだ・・・ 去年は、勤め始めて、30年分の出張を一年でしたくらい 私にしては出張の多い1年だったけど、 4月からは、ちょっと落ち着いた部署に行ける予定だ。 そして、生まれて初めて北海道に行くことになりそうだ。 まあ、先のことだから、なんとか切り抜けて行きたい。 日に新た、また日に新た、怠らず、仕事に挑み・・・ 頑張れ、私!!!
2012年03月27日
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「大ぼら先生の感動ノート」を出版された瀬口俊光さんがお住まいかしら。 聞いたような、見たような地名だわ・・・ 職場で、同僚に親業やマネージメントの基本があるからと勧めて、 取り寄せた本を午前中1時間ほどで読んだ。 実際、私の同僚もすでに職場の若い後進の指導に当たって 自分でも実践していることも多くて、 書籍の内容は、まるで私の同僚の20年後のようだった。 しかし、まったく畑違いの私にも、非常に有益な本だった。 それから、夕方から、yumiさんのご紹介の文庫本を2冊。 オルコットの 昔気質の一少女 吉田勝枝訳 さっきまで読んでいた。 気がつけば二時過ぎだ。 なるほどと、読了。。。 これは、翻訳がゴツゴツしている。 文庫本は平成2年の出版だが、日本語は古めかしい。 おそらくはるか昔の言葉だろう。。。 随所に、ジェイン・エアを思い出すし、 足ながおじさんを思い出しもした。 当時のアメリカとヨーロッパとの関係を思う。 そんなわけで、明日は、私は恐ろしく寝不足で、 仕事に行くことになるだろう。。。 ま、なんとかなるさ・・・
2012年03月22日
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土筆は、加古川の土手で摘んでいる人を見かけたし。。。 土手に群生するセイヨウカラシナの薹も立ってきた。 てっきりつぼみをマヨネーズ和えだと思っていたら、 薹をしょうゆ漬けにするらしい。 で、摘む時期が難しく、地際から30センチだと延びすぎ。 茎が硬くなるようだ。 茹でるのならそれでも大丈夫なんだけど、 カラシナを辛いまま食べるので、湯通しするだけで 茹でたりはしない。 刻んで、塩もみして、その塩を洗い流すように軽く湯を回しかけて、 それをだし醤油に漬け込む。 すると、辛子菜の辛味が生きて、 且つ、歯ごたえのあるしょうゆ漬けになる。 美味しいのは、葉ではなくて、茎なので、厄介だ。 歯ごたえと筋っぽさがバランスとして難しい。 摘んできたやわらかい20センチほどの薹の 外側の一番大きな葉は、取り除けてそのまま洗って お浸しにしたら、拍子抜けするほど辛くない。 仕方ないから、鰹節をたっぷり和えて食べた。 加熱しすぎたのは明白だけど、それにしても、 なんと癖の無いほのかに甘いお浸しだった。。。 西洋辛子菜の辛味成分は「シニグリン」という縁起の悪い名称だ。 アクの強い植物だから長期に大量に食べるものでもない。 家畜には与えない、喜ばれない成分だろう。 もう少ししたら、クコの芽も伸びるから、 それも摘みに行こう・・・ 土筆、面倒だし、私は花粉症じゃないからなぁ。。。 でも、鎌で刈るほど太くてやわらかいのが生える場所を知ってる。 昨日見た「六甲の恵み」では、土筆1パック400円だったよ!!! 土手の土筆には除草剤がかかっていないから、 あぜ道の土筆よりずっと安全だわ。。。 明日こそ、裏庭に行って、蕗の薹をさがさなきゃ。。。 故郷を離るる歌 (ドイツ民謡だって) 苑の小百合、撫子、垣根の千草 今日は汝を眺むる終りの日なり 思へば涙膝を浸す さらば故郷 さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば 土筆摘みし岡辺よ 社の森よ 小鮒釣りし小川よ 柳の土手よ 別るる我をあはれと見よ さらば故郷 さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば 此処に立ちてさらばと別れを告げん 山の陰の故郷 静かに眠れ 夕陽は落ちて黄昏たり さらば故郷 さらば故郷 さらば故郷 故郷さらば 唯一、違うのは、此処は私の故郷なんかじゃないってことだなぁ。 故郷に帰ろうと思うのだけど、 すぐには無理だしなぁ・・・ とりあえず、週末には、来客があるから実家に帰るけどね。 毎日、仕事から帰って車を降りると、沈丁花の香りが迎えてくれて、 ツバキカンザクラのほかにもサンシュユなんかも色づいてきた。 春だ。。。 今日、初めて、「GARDENさかもと」が無くなったことを知った。 優れたHPのお店だったので、ショックだった。 それも、住所を見て驚いたことに地震や津波の被害ではなく 原発の避難区域10キロメートルに入っていたからだって。 辛いだろうなぁ。荒れるに任せるしかない避難で。 レジも荒らされたいたんだって。。。 レジ荒しなんて多寡が知れてるだろうけど、 管理できずに枯れていく草木を思うと・・・ ご主人やスタッフの痛みはいかばかりかと思う。 こんな辛い、あっけない別れになるなんてなぁ。 最新の素敵な花がいつも美しく紹介されていたのに。 深い深いため息をつこう・・・そして前を向いていこう。 お気に入りの土手に、ツルボとアマナの群生を見つけた・・・
2012年03月21日
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定年退職からもうすぐ1年になるから、 予定の金額を渡そうと思っていたが、なかなか言い出せなくて、 やっと今日の昼に出会ったときに聞いたら、 退職金の中から渡したものがまだたんまり残っているらしくて、 今はいらないと言う。 じゃあ、貯金したままにしておくよと言ったら、 年金から毎月7万円ちょっとで暮らしていると言う。 それは、私が、水道光熱費・米にお茶など、 基本のものを払っているし、 固定資産税だって私が払っているからじゃないか・・・ 私が、実家で暮らすことになったら、立ち行かないよって言ったら、 「あんな地の果てには暮らせない」と言う。 馬鹿、誰もあんたを連れて行くなんていってないやん!!! と、思ったけど、それは口に出さずに、 光熱費とかも馬鹿にならないよって言ったら、 たいした金額じゃないだろうと言う。 知らないことは恐ろしい。 私はテレビを見ないけど、 NHKの受信料は毎年私が払っている。 月割りにすれば2000円ほどだ。 インターネットの回線料は私が払っている。 毎月4830円。無きゃ生きていけないだろう。 電話代が元夫君しか使わないのに月々1600円程度。 元夫君の携帯電話代も私持ち。というか、私の名義だから。 平均のプロパンガス代が5000円前後 電気代が月によって10000円から20000円 5・6月と11・12月が安い。 灯油を買わなくなって、冬の電気代が上がった。 二ヵ月後との水道代も上下水道があるから、 夏が高い。 一ヶ月にならすと2500円から4600円 これに、固定資産税を私が払っている。 定年後のボーナス収入が無い中で、 固定資産税を毎年払うのは馬鹿にならないだろう。 私が、仕事を辞めて実家に住むようになっても、 一人で今の家に住み続けて尚且つ固定資産税も何もかも、 私に払わせ続けるつもりらしい。 米もお茶も私が買っているのを使っている。 ということは、税をのぞいて考えても、 様々な支出をあわせると月に5万~6万円くらいは 私に寄りかかって生きている。 つまり寄生中である・・・ これに国民健康保険の掛け金とと固定資産税をあわせると、 彼の年金ライフは、退職金を切り崩し定期ていくことになる。 更に、車検・定期点検・買い替え・家のメンテナンスとなると、 独身の男性が一人で自分の年金で生きるのもなかなか困難。 支出が見えないのも、将来に備えては、危険な状態だと思うので、 面倒でも、水道光熱費の支出を見せるようにしなきゃだなぁ。 私は日中居ないし、光熱費のかなりの部分は一人でも必要な金額だろう。 夏の水道代は、私の紫陽花用だけどね。 なのに、馬鹿者の元夫君は、今日、私に言ったんだ。 「金を残して死んでもしょうがないから、 もっと競馬にお金を使おうと思う」・・・ ・・・絶句するわ・・・ そんなわけで、私は、おバカな彼のために うんざりしつつ、車の費用を心配してあげるのを すっかりアホらしくなったよ。 入院しても看護にも介護にもお金がかかるのに・・・
2012年03月17日
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Peeせんせのブログでは、中国語講座があったり、 中国語の詞が載っていたりと教養的だが、 トークライブでも、お勉強ができるらしい。 「あふげばたふとし」の原曲がアメリカで発見されたとの、 去年の1月のニュースを、地味なニュースだけど、 Peeせんせが紹介しているとかで、 他の文部唱歌と違って、最後まで伝来不詳だったこの曲が、 実際にアメリカの学校の卒業式用に作られたもので、 英語の歌詞も楽譜も発見されたことを、初めて知りました。 私は、この歌を高校時代に歌ったかどうか覚えていないんだけど、 フェルマータの位置まで一緒なんだって。 だから、間違いなく1800年代の後半ごろのアメリカの曲だね。 最近では、楽譜の載った出版物がアメリカやイギリスで発見されているらしい。 まだ少数なんだけど・・・ もっと研究が進んだら、アメリカじゃなくてイギリスとかかも知れない。 元の英語の詞からは、寄宿学校の歌詞かなぁと思われるところもある。 ミッション系の寄宿学校なら、考えられるかなって。 1800年代の後半のアメリカって、どんな頃だろうか。 実は、「赤毛のアン」はまだ書かれていなくて、 「アンクル・トムの小屋」とか「若草物語」とか、 「あしながおじさん」とかの書かれた頃。。。 1865年に南北戦争が終結しています。 黒船でペリーが来日したのは、1853年。 明治維新は、1867年から1868年ね。 文部省は当時としては、最新の曲を海外から採用して、 換骨奪胎して、唱歌としたのかもね。 ま、「故郷の空」みたいに、 元の歌とはてんでかけ離れた編曲と歌詞ってことも無く、 あふげばたふとし とつけられたタイトルも、 学び舎とか学友とかはでてくるから、 「先生」に当たる単語は微塵もかけらも無い原詞だけど、 寄宿学校の「絆」と言うのは、すごくぴったり。 三番の歌詞なんかもその通り。。。 私は、このメロディーも歌詞もすごく好きなんだけど、 「わが師の恩」ってところは、どうも今の世にあわないし、 せっかくの曲が、この言葉のために使われなくなるのはもったいないと思う。 他の歌詞は、古文の勉強にすごく役立ったから、 せめて、蛍の光並に歌われればいいのにと思う。 蛍の光は、全然違う曲想を、すごく上手に編曲してある。 本当は、どんどん早口で歌って、大笑いして終わる歌なんだよ。 「故旧忘れ得べき」って歌詞を延々繰り返す感じね。 この蛍の光も 「筑紫の窮み、みちの奥 海山遠く隔つとも この真心に隔て無く 偏に尽くせ国の為」 なんて古い歌詞は切り捨てて現在も歌われている。 新しい卒業の歌もいいけど、 流行に関係なく、誰の心にも流れる卒業の曲があってもいいのにって思う。 おじいちゃんやおばあちゃんが聞いてもピンと来ないのは、 寂しいかもだもん。 メロディーを聴いただけで卒業やなぁってわかるのはすごいと思うもん。 「和菓子の餡」じゃなくて、「我が師の恩」 「今こそ分かれ目」じゃなくて、「め」は意志の「む」の已然形ね。 係助詞の「こそ」の結び・・・ Peeせんせのお陰で、今日はお勉強になりました。 私のとびっきりの敬語表現は「あしながおじさん」の翻訳読んで身についた。 だから、完璧で、育ちの悪さを感じさせず、ものすごく感謝している。 私のアメリカの奴隷制度への導入は 「アンクル・トム」と「オールド・ブラック・ジョー」 若草物語や、赤毛のアンは、続編も全て読破していて、 続編には特に影響を受けた。 特に教育や児童福祉に関する分野に進む人たちには、本当にお薦めの本だ。。。 これは、あしながおじさんの続編もそうなんだけど、 教育、愛育が、不幸な環境下にある子どもをどう感化するかを すごく勉強させてくれる本だ。 そして、人は、どんなに愛し愛されていても、「死別」を避けられないと、 これらの本は教えてくれる。 私は、あしながおじさんの正続編によって、 アイルランド系の移民について勉強したこともある。 方言の翻訳で、アメリカの移民たちのなまりを強調してあったから、 南部の言葉とかが、標準語に対して東北弁にしてあったように思う。 関西弁もあったかなぁ・・・ ま、もう一度読み返すほど今は時間が無いけど、 4月のお芝居が終わる頃に、時間があったら、読み返しておきたいな。
2012年03月13日
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今日、久しぶりに同僚の息子さんたちに会った。 我が家の近所のネパール料理屋に連れてくるというので、 一緒にご飯を食べた。 もう、1年以上経つのだなぁ。。。 お兄ちゃんは今度小学校4年生に。 弟も今度新入学だ。 赤ちゃんの頃から見てて、まだこの世に存在しなかった時からの 時間の流れの速さを思うことだ。 ご飯食べて、それから一緒に本屋に行って、 欲しがっていた本を買ってやった。 お兄ちゃんは、星座とか宇宙とかに興味があるらしい。 弟は、恐竜や乗り物だ。 男の子は、わからない。 まあ、でも、小さな手をつないで、 一緒にエスカレーターに乗って、 段々、普通の感じになってきた。。。 丁度、地震が起きた時間には、本屋のあるデパートの一階のフロアだったので、 6歳の男の子と手をつないだまま黙祷した。 館内放送が流れて、みんなで黙祷できたので、良かった。 脳裏をよぎるのはもっと前のあの時だ。 17年前、阪神淡路大震災の時、 入浴もままならないままの、疲れた被災者の悲しみがあふれていた店だ。 カセットコンロとかブルーシートとかが山積みされていた。 あの時、娘の中学入試が1ヶ月延期になり、 その間に私の実家の祖父が亡くなった。 諸行は無常だ。 会者定離である。 この幼子たちも、もうしばらくすれば、大学に行き親元を離れて行く。 「しばらく」のスパンは、人によって違う。 この子達のしばらくは、私から見ればほんの一瞬のようだ。 私の「しばらく」は、この子達のこれまでの人生ほどの長さである。 久しぶりに会って、慣れた頃に、 じゃあねって言うのが毎回のパターンだな。 人生もそういうことなんだろう。 浦島太郎の伝説だって、そうかもしれないと思った。 帰宅して、それから、写真を撮った。 庭に咲く、椿を、元夫君がブログで山茶花と紹介していて、 まあ、いいけどって思いつつ。 冬のような午後の陽射しの中で、 椿を撮った。 ついでに元気印の水仙も撮った。 なかなか日が差さない中、一瞬の光の中で・・・ 写真を撮り終えてから、今度は別のお友達のところにクコや松の実を届けに。 お嬢さんが、2月いっぱいで前の職場を辞めた。 時期も悪かったし、辞め方も悪かったので心配していたが、 幸い、いくつかプランを挙げて励ましていた中の、 一番家の近くの職場に正採用の職を得て再就職できた。 それで、きっと心配していただろうからと、お祝いを届けに行ったのだ。 子を思う親の気持ちと、親を心配させまいと思う子の気持ちとを、 親戚の叔母さんのような立場で、応援していたけど、 最後は、叱ったり、励ましたりしながら、 29歳の再就職は何とかすんなりと決まって、 前よりも通勤時間が2時間以上短縮できた。 新しい職場で頑張って欲しいと心から思っている。 色んなことを欲張った日曜日は、こうやって過ぎて、 来週から、また、バタバタと忙しい日々の幕開けだ。 月曜日は6時半から勤務する予定。 頑張ろう・・・ 頑張れ、私!
2012年03月11日
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改めて、自分があの還暦ツアーからジュリーのファンになったことを思った。ジュリーはカッコよかった!最高に自立していた。大人として、独立自尊の状態だった。毅然としていた。超然としていた。大博打を打っていた。そして、その大博打に、ジュリーは勝った。望んでいた友情や輝き、遠ざかっていたファンを取り戻したし、新たな若いファンも獲得した。そして、そこには、私だけでなくジュリーの生き様に触発された男たちも居たと思う。ジュリーの脱原発の署名も自然だった。我が窮状も、怒りの鐘を鳴らせも、一つの線上にある。アイドルじゃない生き方を模索していた、アンチヒーローを演じ続けたジュリー。誰のものでもない自分の人生を自分で選んで生きているから、ジュリーは美しい。タイガース時代からジュリーたちの歌ってきた数々の政治性のある歌は、オンエアされてこなかった。だから、我が窮状をSONGSで歌ったことは、すごいことだと思う。3月11日に発売のCDに、メッセージ性が無いはずないと思ったら、やっぱりそうだった。。。3月23日の武道館コンサートの放映、是非、是非、見て欲しい。。。私も、もう一度、見たいと思っている。そこには、友情と、深い優しさと、今の日本への憤りとが色濃く流れているのだ。山本太郎は、先頭切ってやって、しんどいやろうから、一緒に仕事をしたいと思っているというジュリー。そこにまた、惚れ直した。
2012年03月08日
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昭和61年の7月1日に、 日本語の表記の大きな告知が内閣府から出されていて、 時の総理大臣は中曽根だった。 今日、仕事をしていて、 なんで融通が「ゆうづう」ではなく「ゆうずう」なのか 合理的な理由が知りたくなって、調べていたら、 行き着いたのが、これだった。。。 つまり、合理的な理由はなくて、不合理をゴリ押ししただけだ。 合理的理由ではなくて、 とにかく「ぢ」と「づ」を使わせない方向に! そんな思惑というか、意識というかが、感じられた。 しかし、合理性を欠くままだと、小学校の先生とか困らないのだろうか? 関西では「買うねん」と「買うてん」では「買う」の読み方が違う。 「かうねん」と「こうてん」である。 これは、一見同じに見える「買う」が、違う活用形だから、 こんなことになったんだろうか。 「買うねん」の「買う」は連体形だろう。 「買うてん」の「買う」は連用形のウ音便化した形である。 つまり、一方は「買ふ」で、一方は「買ひ」だったものが、 こうなったわけだ。 言うは、「iu」と発音する日本人は居ないだろうが、 「いう」と書いて「ゆー」と読むのを、なぜ「ゆう」と書かせないのか? A・いわない・いいます・ゆう・ゆうとき・いえば・いえ B・ゆわない・いいます・ゆう・ゆうとき・ゆえば・ゆえ みなさんは、上のA・Bのどちらですか? 言うは「ユー」なのが、当たり前だったから、 昭和21年の告示でも、逆に「いう」のままだったんじゃないだろうか。 当たり前すぎて手を付けなかったら、今、困る。 万葉集の時代から「ゆく」と「いく」はあったけど、 「ゆく」は雅語っぽい感じかなぁ。 そう言えば、未だに私は 地面を「じめん」とすることに納得していないし、 世界中をせかいじゅうが本則とするのが不思議・・・ 中央 ちゅうおう なんだから、 世界・中 せかいぢゅう 日本・中 にほんぢゅう だろう。。。 地面だって、本当は「ぢめん」 地獄だって、本当は「ぢごく」だろう。 硯縮涼鼓集の昔の話ではなくてだ。 この国語教育ににすんなり馴染めるのが、普通の子供なんだろうけど、 小学生の頃から、 馴染めないままだ。 小学1年生からの言葉の負担を軽くする為に決まったことかもしれないが、 中国の簡体字が自国の古典を読めない国民を増やしているように、 日本人もほんの数十年前の日本語が読めないのは、変じゃないか??? これだけ町民の識字率の高い歴史を誇る日本で、 中曽根のアホがしたことって、最低。。。 そんなアホなことを決める前に、 アルファベットのカタカナ表記を見直すとか、 しとくことはあったんじゃないか? 未だに、エービーシーでオーケーな表記が、 日本人の英語習得の妨げになってると思うけどね。。。 さて、明日は雨らしい。 今日も雨だ。 明日はかなり降るという予報・・・ はぁ。 出るのは、ため息ばっかり。。。
2012年03月04日
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