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帰省中も、朝は、起きないと決まっているので、起こされもしないが、今朝の二度寝の夢は、またまた職場の夢で、しかも、前とおんなじ担任のクラスの子等の夢。3度目の主任をしたときの子等で、登場した女の子の騒動の時から、長く蕁麻疹に苦しんだ。今、担任4周り目の私のクラスの卒業生は、最初の一回りの時が、本当に大変だったから、その後は慣らし慣らし運転みたいな感じだ。その、最初の時の子等が、登場して、これは、もう起きるしかないと思って起きた。映画の一シーンのように、鮮明な夢で、もう、子等よりも、担任をしている自分の担任した卒業生の方がずっと心配、気がかりなんだと分かる。さて、気を取り直して起きてから、居間兼食堂に居る母のもとに行った。母は、お中元の手配をしているようだった。朝、妹がちゃんと宅配の申込書を回収しに来たらしい。その時に、昨夜、姪が作ってくれたおかずを、一緒に届けてくれた。で、母が、かかりつけの眼科に行ったら、帰りに二人で昼ごはん食べて帰ろうか?と提案する。母は、外食すると、大抵、食べ過ぎで、その後苦しくなるから嫌だなと思って、いや、一緒に家で食べる方が良いよって、言ったらまあ、そうなった。眼科は、JRの駅で4つばかり先の町にある。妹は、遠いから、近くの眼科に移ってはどうかと言うらしいが、付き添ってもらいつつも母の気持ちは、長年かかっている病院にかかりたいようで、私が帰るのを待って、一緒に行くという感じになっているようだ。逆まつげを抜くのだと、母は言うのだが、私には逆まつげの不自由さがわからない。それと、目を洗うのもしてもらうらしく、今日も2か月分のゴミが溜まっていたらしい。どんなん???2か月分の目のゴミとか???って思う。眼瞼下垂は、ずいぶんましになっている。正月の時は、左目は開きにくい状態だったことを思えば、気持ちがしゃんとすると、表情筋もしゃんとするのだろうか。年末年始の帰省の時には、姿勢も悪かったし、本当に左目は開きにくく、そのため、首をかしげるような動作が気になったものだが、大きな改善が見られている。日本中の後期高齢者が、コロナ禍の最中に、いっぱい機能が低下して、痴呆が進んだと思う。母も、デイが患者・死者を出して閉鎖されていた間とか、ずいぶんと妹の家族に支えられた。去年や一昨年の入院でも、ほとんどお見舞いにも行けないような厳しい制限があったから、母のような気力が無いと、正常であり続けることは難しいことだったと、入院中のことを思うのだ。晩御飯の時にも、母は、去年の膝のおさらを割って入院していた間のことを言っていた。小さな不注意が、大きな怪我の原因になって、2ヶ月も膝を固定していたのだから、十分に注意しても十分すぎることはない。その前後の初冬季の二度に渡る入院は、どちらも11月に発生しており、無知と油断と過信となどが原因の低体温症による消化不良だ。消化器官も、低体温で、動きが悪くなる。小腸の蠕動運動の低下が、大量の未消化物の滞留を産んだことは疑いない。今般の気温の変動の激しさは、母のような低体重の高齢者には、直接堪える。夏の熱中症には、注意喚起が盛んであるが、冬季の低体温症は、健常者には起きにくいこともあり、なかなか啓発活動がされにくい面があるように思う。しかし、30kgを切るようなペラペラの高齢者には、外気の影響は非常に大きいと思われる。暮れに見た母親と、ほんの5ヶ月後の今の母親とだったら、絶対に今の方が、若々しい。聞こえの悪さや、記憶の低下は当然90歳らしくあるものの、未だに冷凍食品の説明書を老眼鏡もかけずにすらすら読んでいるところを見ると、まあまあじゃない???なかなかやるやん???っていう評価を出せる気がする。眼科の帰りに、行く時に予定した通り、道の途中にある 「 業務スーパー 」!!に寄った。母が言うには、肉屋も魚屋も入っとるし、野菜も置いとうで。。。であった。びっくりだ。元々の地元の安売り店が、業務スーパーの傘下に入って、以前の業務形態を維持しつつってこと?私は、業務スーパーの本社のある地元中の地元に暮らしているが、元の本社のあるところも、毎日横を通ているが、入ったのは今日が初めてだから、他を知らない。母も、忙しい妹とはのんびりと店内をあるいたりしないだろうから、じっくり見たのは、多分初めて。冷凍食品の一つ一つの量の多さに驚いていた。でも、鮮魚は魅力的だったし、野菜もなるほど、地元のスーパーっぽく、ちょっとはあった。母がメモしていたのは、マッチと蚊よけと、三つ葉だったが実際に買えたのはマッチと、毎日香と、市の指定のゴミ袋で、さすがに三つ葉は無かった。蚊よけは、私が商品を提案していたので、私が買いに行くよって言って、そのまま普段買い物をするジュンテンドーに車を走らせ、そこで買った。玄関用と、お勝手用と。室内置き用もあった。驚いた。で、隣のいつも行ってるスーパーで、三つ葉と、私用の野菜ジュースを買った。 このいつもの店では、母は「車で待っておく」と言うので、そうしてもらった。かくして、午前中の用事は終わり、母は、いつもより少し遅い時間に、昼ご飯を食べた。三つ葉は、母によれば、「おつゆにつかうんや」って言うことだった。確かに、クタクタに煮られた三つ葉を、晩御飯のおつゆで、食べた。。。母は、蚊が嫌いである。蚊に刺されると大騒ぎで、私の苦手な蚊取り線香はほぼ一年中、母の手で焚かれている。蚊取り線香にいぶされるくらいなら、蚊に刺される方がましやろう???って思うけど、母は、「蚊に好かれるんや」というので、今日の蚊よけを買ってきたのだが、母は、蚊よけのことを姪に言ったら、妹の家でもぶら下げてあると聞いたらしい。「なんでそれなら、教えてくれへんかったんや???」っていうのが、母の心情だと推察する。で、昔読んだ記事で、足の裏の独特の臭気が、蚊を引き寄せると言うのを思い出して、今は、週に2度しか入浴できない母のために、晩御飯の後で、教えてあげた。アルコールで、足の裏や足の指の間を拭いておくといいらしいよってね。まあ、気休めでもおまじないでも、アルコールはあるのだし。。。二酸化炭素が引き寄せる以外の、臭気の研究は、「被害の大きな妹のために」、優しいお兄ちゃんがしたものだった気がする。子供は新陳代謝が激しいし、よく活動するから、蚊に食われやすいのだろう。他にも、血液型で、蚊に食われやすいとかなんか読んだ気がする。でも、自分のこととして深刻に捉えていなかったから、スルーしてる。今日は、車の中で、糖尿病がいかに怖い病気かを母に力説しておいた。母は、父が闘っていた糖尿病の怖さをわかっていないように思うので。糖尿病は万病のもとな上に、その合併症が出る頃にはお手上げなので、予防が大事なのに。高血圧と、糖尿病と、歯周疾患と・・・戦うべき老後の敵は多いことが良く分かる。シミやシワや白髪などは、恐るるに足らず。内臓脂肪こそが、本当に怖いのだ。今、中高年の女性の糖尿病が増えていると言われる。気を付けないと。自分を見ているのは、歯を磨くときの自分だけ・・・になってからの時間が、長すぎる。。。
2024年05月31日
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昨日バタバタと潅水用のセットをベランダに設置していたら、思いがけず、夜寝る前にふくらはぎが自己主張をする。あれぇ・・・って思ったけど、早く起きなきゃいけないことを勘案して、ここは、ふくらはぎの自己主張を聞こうを観念し、布団から出て、左右のふくらはぎに、一対の湿布を貼った。そして寝た。朝は、予定通り早く起きて、水分だけ摂って、蔵の潅水装置に水を補給しに行き、せっせと減った分の水を足して、更に潅水もして、それから家に戻って予定時間まで待機・・・・・・してたら、例によって、突然のJR神戸線の運行停止・遅延情報が確認され、あかんやん! これは、早く行かんと、影響が出てくるやん。もう出てるかも・・・ってなって、大慌てで、元夫君に予定より早いけどって加古川駅までの車での送りを依頼した。4月の時は、癌の手術の直後だった。だから、「もし、加古川駅で不通とかなってても、姫路にはよう送りません」と言われていたが、今日は、事情が違って、元夫君の方から、「加古川駅に行っていたら、10分は時間のロスが出るから、最初から姫路まで送る」と・・・前に一度、それで姫路まで送ってもらったけど、大昔だ。でも、そう言ってくれるなら、ラッキーだ!って感じで姫路まで送ってもらった。まぁ、本当に手術後の経過が良いのだろう。或いは、体調に不安を感じて気が弱くなっているのか・・・なんにしろ、姫路まで送ってもらえたので、後は新幹線を待つばかりとなった。荷物は、いつもの重いリュックと、四角い工具箱。でも、まあ、幸い自由席でも、予想通りすかすかで、座れて、のんびりと新下関へ向かった。さくら号が姫路にも新下関にも停車するのは、奇跡のような1本なのだ。乗り継ぎ無しの新幹線て、本当にありがたい。。。(3日の戻りはしっかり小倉と岡山とで乗り継ぎ。)で、新下関では、妹が待っててくれて、実家へ直行25分で、今日は、楽勝!だった・・・はずが。昼食後ちょっとしてから眠くなって、無理もない睡眠不足って思って横になったら、なんと、右のふくらはぎの外側が痙攣し始めて目が覚めた。。。え~~~~なんで~~~やばい~~~って思って、探したら最後の2包が携帯用の薬袋から出てきて、左の外側も痙攣が始まったところで、なんとか効き始めて、収まった。こわ~~~い。なんで~~~~???って思って、考えてみると、昨日から、やたら、立ったりしゃがんだりが多かった。しかも、片手に5キロの水入りの容器を持って、プランターを跨いだり、配線を跨いだりして、台所とベランダとをすごい回数往復している。5キロ入りの容器だけで7つくらいあるし、2キロのペットボトルを3本買ってきた時、さすがに重いって思ったけど、5キロだと平気だったりする?自分ではわからないけど、ふくらはぎは無理って、言ってるわけだ。その上、何十回も、立ったりしゃがんだりを繰り返している。やってる時は、夢中だし、何も感じないんだけど、65歳の運動不足の私には、荷重が・・・今朝出る前に、一応湿布薬のさらの袋を1つ、ポケットにねじ込んだのは、天啓だったかも。寝る前に貼った湿布は、24時間のものだけど、どうせ貼り直さなきゃいけないし、昨夜は1枚ずつだったけど、今夜は、3枚くらいずつ貼って寝よう。なんたって、芍薬甘草湯はもう1服も残っていないし、湿布に頼るしかない。何ともない、平気だよ~~~~って思っていたのに、繰り返ししゃがむいう動作は、なんともきつい動作だったようだ。ちょっとへこむ。へこむけど、まあ、今回は、緊急時用の備えがあったから良かった。今日の昼ご飯の用意をしながら、母は、去年の不調時は大変だったが、今はもう大丈夫だと、しっかりと言った。。。量は少ないながらも、食べるに関しては、頑張っていると思えた。とり寄せた魚をIHクッカーのグリルで、時間を計りながら焼いている。味見で食べたからと言っていたが、かぼちゃは私だけが2切れ食べた。ま、明日も食べるし、残れば、私が食べるだろう。帰省の重要な任務である「残飯を食べる」は、しっかりと遂行できている気がする。口調も良かったし、態度もしっかりしている。金曜日は眼科。土曜日はデイケア。日曜日は美容院だとの仰せである。御意。毎日新聞の記事で四方田犬彦という人の大きな記事を、私に示して、早稲田大学での内ゲバについて、知らんかったと、のたまふ。いや、個々の大学は兎も角、東京の大学であれば、内ゲバあったろう。「やめてけれゲバゲバ」って歌があったじゃんとか、思っていたけど、母の記憶には、多分そんな学生紛争の内ゲバとかって、あんまり残らないくらい、生きることに必死だった、そんな頃だったかもしれない。母方の実家の製材工場が、稼働していない夜中に火災で焼失して、私と年の離れていない母のいとこたちが二人、夜逃げで、私の住んでいた父の大学の官舎に逃げてきていた。着の身着のままの2人だったんだと、後でわかったけど、当時の私は、理解していなかった。我が家からも、出せるだけのお金を出して、母の実家の家屋敷だけは、守ったと記憶している。もう55年以上昔だなぁ。その頃に、東京で起きていたことなんか思い出せないくらい、母も必死で働いていただろう。当時官舎には電話があった。宝塚に住んでいたおばあちゃんから、電話があって、今、テレビでテロップ出てるって。多分、母にとっては、気が遠くなるような事件だと思う。工場全喪失の大火災だったから。創業者(母の祖父)の死から10年以内くらいのはずだ。私は、母の祖父という人の葬儀を記憶している。家族経営の工場だったから、現金を出せる、外で働いている家族は、母だけだった。叔母の嫁ぎ先は、裕福な家だったから、多分支援してくれているだろう。死者やケガ人が出なくて済んで良かった。勿論、その出せるお金を全部出すって言う点では、父の同意もあったわけで、父は、当然と思っていたと思う。父の実家は貧しい一族だったから、樺太引揚者として兄弟いとこみんなで支え合って生きていたから。母の祖父は、まだ学生だった父を気に入って、養子に迎えたいと言っていたくらいだ。さすがにそれは断ったんだけども。私が4歳くらいまでは、その工場の中の休憩室みたいな2階の小部屋に家族4人で住んでいた。まだ父が大学院に通っていた頃だ。母の妹に縁談があるから、「姉妹で後先が逆なのはあかん」と言われて急いで結婚したけど、当時はまだまだ父も大学院修士課程のころだと思う。まあ、なんとも、思い返せば、そんな時代だったのだ。。。遠い東京での大学生の内ゲバは、母の記憶に切片すらも残っていない。住んでいた大学の官舎、と言えば、学内には、あの独特の文字での立て看板とか有ったなぁ。。。子供時代のことって、1年がものすごく高密度で、すごく長かった。いつも思うんだけど、年を重ねるごとに1年が希薄になっていく。子供の頃、「光陰矢の如し」とかってうそぉって思っていたけど今は「月日の経つのも夢のうち」って感じだなぁ。次の25年もすぐなんだろうか、朝目が覚めたら今の母の90歳って言う年齢に。。。それは、ちょっと、待って。もうちょっと噛みしめて、じたばたしながら、生きたいなぁ。。。
2024年05月30日
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明日から帰省だ。30・31・1・2・3と4泊5日だ。これだけ暑くなってくると、帰省は灌水の準備を必要とする。大雨が降った翌日でも、今日はカラッと晴れて、ちゃんと空気は乾燥していた。yumiさんにあきれられるくらい朝寝を楽しんでいる私だが、今日は早く起きた。16時から、14カ月ぶりの歯医者の予約を入れていたからだ。その時間までに、潅水の予行演習の〆をしておかなければならない。かつ、大雨の翌日の晴天なんて、放置したら、庭は草塗れで、そのまま翌日から4泊5日の帰省なんてしようものなら、帰ってから足を向けたくなくなる。だから、今日は、ひとまず、6時間寝を寝た後、起きて、庭仕事をして、一回り草を刈った。十分、伸びてて、うんざりしたけど、雨の滴の残る庭の、イネ科の雑草を主に刈った。皆伐するなら超簡単なんだけど、そこにフキがあったり、茗荷があったり、三つ葉や水仙や、ごちゃごちゃの状態の裏庭は、生えているハーブやかつては植えてあった球根植物を避けて、間伐しないといけないから。かつて、ピラカンサスを植えてあったせいで、あちこちから鳥さんが植樹した木々も生えている。家を建てた時から植木についてきたササとも、戦わないといけないし。それで、小一時間も庭にいるわけではないけど、取り敢えず、文字通り草刈り。そこから早めの準備をして、さっさと蔵に来た。ベランダの新商品の「水やり当番」の機能を確認しないといけないので。通水がちゃんとできていないと、何にもならないので、通水を確認したうえで、3日も前から全部を水に漬けた状態で、文字通り刺せばOKにしてある。12時から試験開始で、次々と大きな容器(消毒用のアルコールを入れていた5L入る)に水を入れて、潅水チューブの一端を移し、プランターに滴下用の素焼きの部分をさしていく。問題は、どのくらいの日数の潅水が期待できるかなのだ。500ccのペットボトルなんか、一日で干上がる。だから500㏄のが何本あっても役には立たないことは実験済み。これが、12時から17時までで、結構減水していたから、ある意味ちゃんと通水できている。それは良いんだけど、今の状態だと、容器が空になるのは6月1日くらいの感じだ。プランター内と浸透圧がどうとかこうとか説明されてたけど、まあ、よくて2日の午前中かなぁ。5月から6月なんて、全然余裕なんだけど、2日くらいの潅水不良で死ぬほどの高温にはならない。問題はこれを7月も8月も9月も、使えるかってことだから、今の状態では無理な気がする。斑入り紫陽花の御殿場錦は場所を移した。もう一つの斑入り紫陽花は、全体に小さいから蒸散も少ない見込み。帰省から戻って、毎年ヤマアジサイに悲鳴を上げていたことを思うと、もう、ほんと、他の季節に親孝行するから、真夏は短期間で許して・・・って思う。明朝、早くにもう一度水を足しに来て、8時半ごろに家を出る予定だ。今朝の早起きの練習は、その明日の予行演習でもある。やればできるっていうか、3月末までは6時間どころか4時間半とかの睡眠時間でも、朝には起きて仕事に行っていたわけだから、当然なんだけど、親孝行と言うのは、子供の頃「冬の筍」かなんかの話を読んだ気がするが、時間も、お金も、気も使うものだ・・・普段離れて住んでいるから、余計にそうだなぁ。ま、私の親孝行って、母の作ったご飯を食べることなんだけど。。。段々、母の作ったご飯から、母の用意したご飯に変ってきて、最近では、母の買い置きを一緒に食べるも、増えてきた。しかし、母は、朝ごはんは今でも普通に自分で用意して食べているので、味噌汁がインスタントになろうが、ご飯が冷凍されていようが、「食べごと」と母の称する台所仕事は大切なことだ。食事の支度の算段は、頭を使う。実際の段取りは、足元がよろよろになってから時間が何倍もかかるけれども、食材を揃えるために宅配のカタログを見たり、来たら一緒にあれを食べようと考えたりすることは、先のことのために脳を使うことなのだから。今週の私の食事に豚肉が多かったり、トマトとブロッコリーが登場しなくなったりしているのは、気象変動や世界情勢の不安定化によるものではない偏に、私が経済を縮小しているからだ。目先の100円200円を節約しても、帰省の交通費は2万とか3万とかかかる。でも、母との時間を考えると、やっぱり、目先の食材をちょっと節約して、ジパング倶楽部も活用して、母とのご飯の時間を作ろうと思うのだ。妹は近くにいるけど、一緒にご飯を食べるわけではない。だから、私と一緒でなければ、母の食事はデイケアの二日間以外は孤食だ。私が、うまかっちゃんをタッパー1つ、箸一膳で食べてしまうように、母も独りだと、おそらくは簡素に過ぎると思う。意識して、たんぱく質や脂質を加えてもらうようにするには、見てその場で言うしかない。先日行った兵庫県の芦屋市には、日本一長寿の女性が居る。116歳だ。背筋も伸びて、しゃんとしていた。横に居た若い芦屋市長とか、もう赤ちゃんに見えてしまう・・・?母には、当面の目標を106歳に設定してもらっている。デイケアの介護職員さんのおばあさんが、106歳だと言うことで。あと、15年な・・・ま、私もその時は80歳だぁあ!と思いつつも、今の日本では、女性は普通に暮らせば100歳は超えてしまうので、よれよれにならないように気を付けながら、生きていかなければ。そんなわけで、今日は、自分の「明るい老後」のために歯科の定期検診に行ってきた。歯科医は、教え子で、勿論、私の歯には責任を持って見てくれている。6ヶ月のはずが14ヶ月も開けてしまってごめんよ!歯科衛生士の女性が、丁寧にクリーニングをしてくれる。28本健在だ。ま、歯磨きは、一番安上がりの健康投資だからね。今回も「歯を食いしばり過ぎ」って歯科医に言われた。無意識なんだけど、自分でも分かるくらい、口腔の緊張感があるんだよ!でも、ま歯周疾患とかも無くて、良かった。帰る前に、彼が待合室に来て、同級生の子の消息を伝えてくる。「〇〇〇って、先生覚えてはります?」ってこんな感じだな。その高校に居た頃は、1学年12クラスで、1クラスに47人居た時だよ。しかもクラス替えが毎年あったじゃん!ところが、ま、覚えていて、「ああ、○○な、元気にしとん?」って聞いたら「あいつ今床屋をやってて、店持ってるんですよ」ってな感じで、消息が知れる。でも、高校時代の顔と、53歳の今とは、わからなくない?と思いつつも、一応チェックした。そうかぁ、自分の店なぁ。。。そう言えば、歯医者君も、言わば自分の店みたいなもんやん。中学から一緒の友達で・・・って、そらぁ、悪い中学・高校時代を過ごしていたからな。でも、歯医者だろうが床屋だろうが、一本立ちして、頑張っている。多感な時期に6年間、同じ学校で、同じように悪いことをいっぱいしてきた仲間は、格別なつながりがあることだろう。。。バイク乗り回したり、他校生とのけんかをしたり。。。ヒリヒリするような青春を楽しんだことだろう。そのたびに、振り回され、ハラハラするような30代を過ごさせてもらっていた・・・店の場所とか名前とかは、ネットでサーチして知れたので、今度、小さな花カゴ持って行こう。まさか、床屋に用は無いが、挨拶だけでも。。。彼らよりも1周前の56歳の連中とかは、もっとずっと、悪かったから、結婚式にも出たりしてたなぁ。。。私はもう、あの稼業からは足を洗ったんだよ。。。「3月で仕事も終わったから、これからは時間はたっぷりあるから、ちゃんと半年ごとに来るわ」そう言ったら、「退官されたんですかぁ・・・」って言われて、その「○○〇」の話になったから、おそらくは、仕事辞めた話は、今夜中に連中の間に流れていることだろう。。。暇はあるけど、金は無ぇよぉ!一緒に飲んだりしませんから!3月には、18歳の子等にも、バイト先の店に来てよって言われたことを思い出した。。。マジで、金無ぇよぉなんだよね。さ、帰って明日に備えて寝よう!
2024年05月29日
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なんだって、こんな夢を見るんだろうって思うくらい、鮮明な夢を見た。3月で仕事辞めて地元の民間企業に転職した若手の同僚が、髭面で登場した。彼は、仕事のやりがいと、家事や育児との両立、年間休日、色々なことを考えて、本人なりに悩んだ末に、この時期に?っていう時期に退職した。私と同時に退職した5人の中で、再任用も終わって65歳でっていうのは2人。再任用の役職定年を機会に辞めて、違う系の事務所に移る63歳と、夫婦でファイアーして、一足先に60歳で夫が辞めてるから、もう辞めるって言う50代の人と、そして、衝撃の転職で辞めるとなった、この、青年と。青年とは言っても、結婚して子供も居るし、もう30歳にはなっているのだろうが、外見上は、本当に若々しくて、謙虚でさわやかな、好青年だ。その彼が、今の働き方では、子育てとの両立は無理だし、自分の伸びしろが見いだせないと悩んで、(週末にも、部活動で出勤して、朝から夕方まで駐車場係までしてることもあったけど)転職したのだから、勤務時間もきちんとしていて、週末も完全週休二日で、本人の努力次第で、昇進も昇給もある・・・と言う、良い企業に。夢の中で、彼が、自社製品をと、インスタントのおいしそうな食品を鍋で作ってふるまっている。実際の彼の転職先は、食品会社ではないのに。。。場所は、職員室で、私は、東側の隅に席があって、周囲にいるのは、主に10年前の同僚達だ。完全フルカラーの夢の夢解きをしてみると、昨日読んだヤフーの記事に、退職者を積極雇用する 「アルムナイ採用」 というのがあったから。これが、まず、第一。そして、夢の中で、その好青年は、髭を蓄えていて、それが結構、鍾馗様の髭のようだった。これは、15ヶ月坊主頭から髪を伸ばし続けたらというしょうもない写真をネットで見たせいだと思う。実際の彼は、無精ひげもはやさないような清潔感あふれる色白の美青年だったのに。何よりも、10年前の同僚達とは、私が最後に担任した学年で一緒だった。もう無いと思っていた担任業務を、思いがけずさせてもらった時だった。だから、私は、夢で出てきた彼とは逆に、途中から抜ける人の替わりに、チームに入る側だった。この時、2年生から持ったクラスは、私が卒業まで2年間持った。今回抜けた同僚は2年間持ったクラスを3年生で他の人に任せて退職した。これは、あんまり無いことなんで、彼も相当悩んだと思うんだけど。それよりも、続ける苦しみの方がまさったから、転職したと思う。今、高齢者の定義を70歳に引き上げようとする政府与党の動きが出ている。これは、年金の支給開始を55⇒60⇒65⇒70と持って行くための前振りだ。年金の支給開始は、65歳に引き上げられた時、雇用は打ち切られても仕方ない状態だった。希望すれば、働けるというものでもあまりなかった。再雇用になれば、給与体系も変るし、やりがいも損なわれるしなどと言われたものだ。しかも、希望しても、雇用者側の選別があり、気に入らなければ却下するもありだったし、働き続けられないような職場への転勤を命じられるケースも出来した。その後、65歳までは雇用することを政府が企業に求め、努力義務から、義務に変っている。定年は、60歳から61歳62歳63歳64歳65歳へと、段階的に引き上げられてきている。年金の支給開始年齢については、段階的に遅らせ、男性(と公務員の女性)の国民年金は65歳からだが、厚生年金においては、特別支給の厚生年金を挟むことで、働けない場合の経済的負担を緩和している。働いて給与があれば、給与に応じて、特別支給の厚生年金は、減額、或いは不支給である。これを、ゴールを70歳までとさらに5歳延ばすとなると、もう、職業によっては、個人の努力では、働き続けるのが無理な仕事もあると思う。18歳から働き始めて52年間、22歳からでも48年間、相当な覚悟でも、一つの仕事をやり通すのは難しいだろう。日本は、少子化が極端に進んでいる。高齢化もまた同様である。被用者の年齢を勘案し、希望に応じで職場内での職務内容を変更しつつ、雇用を延長するのか、それとも、積極的なキャリアチェンジを促し、在職中の早いうちからそれを支援するのか、国民一人一人が真剣に自分の人生を考え、かつ、自分の親や子供の人生を考えるべき時なのだ。そのことを職業人生最後の5年間、言い続けてきた。なもんで、夢の中で見た転職した元同僚の彼に、幸福であって欲しいと願っているし、キャリアチェンジの幸福な在り方について、自分がちゃんと若い人たちに向き合えたかと、今、考えている。私自身は、yumiさんとかと一緒で、大学出てから1つの仕事しかしていない。ワン・キャリアで職業人生を終えたから、ある意味では、机上の空論に過ぎないが、研究し、調べ尽くして、人生を選ぶ作業を支援してきたつもりだ。かと言って、もう一度、あの部屋に職業人として居たいかと言えば、絶対にそんなことは無い。私は、もう、金輪際、働きたくないのだ。自分の時間を、お金のために切り売りしたくない。十分、頑張った43年間だったから。新幹線での遠距離介護とか、もう、本当に、ここまでやるか?って言うくらいだった。その時のチームのメンバーこそが、10年前の子等であり、同僚なんで。膝の前十字靭帯を切って、手首を骨折した状態で、仕事を続け、運転して整形外科に通い、半月板の損傷の悪化もある中、父のために杖を突きながら週の半分以上を山口県で過ごして、兵庫県で仕事してって、続けていたじゃないか。・・・もう、ええって、仕事は要らん。金は欲しいけどよ・・・職場の夢を見て、結局7時間半で、睡眠を打ち切って起きた。でも、まあ、ザンザン降りの、土砂降りの雨のせいで、大雨洪水警報が出ていて、何かをしに外に出る気もしないし、自分への言い訳はうんとある。雨は、午後5時過ぎにやっと上がった。今からは、紀伊半島から中部東海地方に危険な時間帯が続くのか。自宅の周辺に出ていた大雨洪水警報はもういいだろう。と思ったら、洪水警報は出たままだった。加古川は、非常に上流域の広い河川なので、危険度は高いままのようだ。。。自宅の付近は、本当に危ない。水没3m地点は、伊達ではないぞ!日中、蔵に移動する車の中から、今にも切れそうな用水路の水を見たし、曇川も濁流と化していたし、家の裏の加古川線は、運休だ。。。今日は、なんの予定も無い日だったが、明日は歯医者の予定が入っている。そして、今は、16度を切って、15,9度の低い気温になっているが、明日は晴れて暑くなるらしい。まあ、今夜は、いつもより早く帰って、早く寝て、明日と、明後日以降の帰省に備えよう。
2024年05月28日
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昨日は、降り始めるかと思ったが、大して降らないまま日付が変わった。しかし、蔵を出る頃、やたら風が強かった。ところが、これが、たった車で10分足らずの我が家に着くと、風も吹いていない・・・先だっての雹が降った時も、非常に局所的な降雹被害だったが、臨海部はひどくて、蔵の所も。一方で、我が家のあたりは、無事だった。今日は、異常気象のニュースに、猛暑のメキシコで大雪のような雹が降ったのを見て、先日来のパプアニューギニアのニュースやら、いよいよ地球はおかしいぞって思う。ま、私は、日付が変わってから家で入浴して、階段の踊り場の窓とか閉めて寝た。長い入浴のお陰か、前日の怖い夢の不良睡眠のせいか、なんと、久しぶりに7時間半、ノンストップで寝ていた。そこから更にもう一眠りして、9時間寝を達成!久しぶりの充実した9時間寝を寝たなぁって感じ。以前なら、これが、正しい週末の睡眠で、3時か4時に寝付くことも有った。夜が明けかけて、白んできてから寝るなんて、夏の土曜日は、普通だった。それが、先週末はうまくいっていなかったのを、月曜日に取り戻せた。もっとも、入眠には、苦労していて、1剤ではなかなか寝入れない。でも、2剤を飲むのは、非常事態と思って、我慢した。人間って、普通、寝る前に、何を考えて寝るんだろう。今までなら、次の日の段取りとか、期限のある仕事のこととか、同僚のこととか、子等のこととか、色々と考えるべきことが思い浮かんだんだけど、昨夜は、何を考えたら眠れるのかを、結構真面目に考えてしまった。そのくらい、入眠は難しい。だからこその導眠剤なんだけど。。。昔の同僚で、横になったら瞬間寝るって言う人居たけど、それは、基本的に睡眠不足だと思うし、3月まで一緒だった同僚には、座ると寝てしまうと言う人も居た。こうなるとナルコレプシーなんじゃないかと・・・逆の睡眠障害だな。本人も苦労していた。昨日は惰眠を貪って失敗したけど、今日は、熟睡に成功し、まあまあなご機嫌だった。もっとも、庭は雨で濡れていて、草刈りはできず、少しだけ、前庭のヘクソカズラを引きちぎったくらいだ。庭の紫陽花も色を増してきている。青を買っても赤くなるので、もう諦めている。それに長く紫陽花を買っていないし。ワンコが死んで狂ったように木を切り始めた元夫君のせいで、色々切られたし、それ以前からもひどい扱いを受けているから、もう、今生きているのはそれだけで尊い。さっさと、蔵に来た。蔵では、ベランダでヤマアジサイが2種類咲いているし、他にもなんかかんかの紫陽花が居る。斑入りのヤマアジサイの御殿場錦を枯らさないために、あれこれ苦労している。ただでさえ、ヤマアジサイは弱いのに、斑入りだからもう、滅茶苦茶弱い。花の時期が終わったら、半日陰に移動させてやらないといけない。HB-101の希釈液をペットボトルに入れ、そこから3本も紐を出し、御殿場錦のために給水している。4泊5日の帰省前の調整は、500㏄のペットボトルくらいでは無理なんで、余計に大変だ。手間と暇がかかるし、お金もかかるから、これは、立派な趣味の園芸だ。放置してもしばらくは平気なニラとかとは大違い。ニラが、雑草扱いされるのは道理だ。でも、雑草だって「ルリハコベ」とか「サギゴケ・紫サギゴケ」とか、「ヒメハギ」とかあるじゃん。ニラは、花も可愛い。稲美町では、季節が来ると田んぼのあぜ道にズラリと白いニラの花が咲く。地元の人からは、顧みられないけど、韮子(キュウシ)はれっきとした漢方薬で、韮菜子(キュウサイシ)とも呼ばれて、重要な薬だ。勿論、韮も、それ自体が薬となるが、葉と種とでは、薬理効果も異なる。韮の生の葉を刻んで、素麺の薬味とするのは、広島の友人から大学時代に聞いて、驚いた。しかし、今も、調べてみると、刻んだ生葉を薬味にすることを見かけるので、刺激が強いが夏バテしなさそうだと思った。私は、薬味に刻むのは、もう茗荷と青じそとせいぜい小葱までで、ニラは無理・・・加熱して大量に食べる方が良い。「365日毎晩ニラの卵とじで佳い」と、子供のころから母には言っているくらい、好き。身体から、ニラのにおいがしても、かまわないわ~~~ってくらい好き。蔵では、プランターで育てているが、家では、ニラは、野良ニラであって、なんでそこに居るん???な感じで、見つけたら摘むなぁ・・・ニラに関しては、半日陰で水分多く柔らかく育っている方が好きなんで、野良ニラも、場所によってはちょっと日当たりすぎ・・・って思う。そんなところのニラは、本当に細かく刻まないといけないからね。まそんなわけで、私の食卓の野良ミツバはそろそろ終わりを迎え、花が咲き始めている。これからは、来る日も来る日も大葉とニラな毎日が・・・で、時折、ノゲシ達。願ふらくは、天ぷら以外の美味しいヨモギとセイタカアワダチソウとの食べ方を。また、オオマツヨイグサの食べかたを、知りたい。タンポポとノゲシ達は、最早自家薬籠中のものとなっている。目の敵にするより、仲良く、利用法を考える方が、絶対に幸せなんだから。。。セイタカアワダチソウは、アメリカインディアンの秘薬だから、有効性・無毒性は明らかで、アレルギー体質の改善に著効があることが知られている。お茶としての利用も、ヨモギ同様にわかっている。私は、食べ方を、知りたい・・・そう、美味しくて、できるだけ簡単な食べ方を知りたいと願っているのである。夜の9時前に、母から電話があって、台風を避けて、帰省を後にずらすか?って言ってきた。いや、まあ、私も、ネットでチェックはしてるから、大丈夫やでって言ったけど。「子は親を 親は子供を 心配し」って、昨日だか、母親が見つけた川柳を送ってきた。まさに、それよ!
2024年05月27日
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昨日が、睡眠不良の睡眠不足だったので、今朝は良く寝たはずだったけど、意外と浅い眠りで、細切れに目が覚めて、良い眠りを眠れてはいなかった。しかし、整形外科的には、途中でトイレにも起きないし、十分な骨休めをしたと自覚している。多分、入眠期の眠りは悪くなかった。なんで、あんなに90分足らずの小刻みに目が覚めるのかが、問題だな。最後の眠りを眠っていた時、ちょっと怖いリアリティのある夢を見た。場所は、転校した先の中学校の校区の海岸で、途中までは砂浜で、突堤があり、貯木場があって、その向こうは、岩のごつごつした変化に富んだ海岸だった。私は転校してから、その岩だらけの奥の方で、よく貝殻を拾っていた。1cm内外の可愛い、劣化していない貝殻を何十種類と集めてきては、小さな標本を作っていた。今も130くらいの種類の貝の標本を持っているのは、主に中学3年生の時のものだ。熱中し過ぎて、受験勉強をほったらかしていて、ある日、父親に、ごっそり貝を捨てられたこともある。まあ、第一希望の高校には合格したんだし、そこまでせんでもって感じだけど、そこまでされるほどの熱中具合で、毎日海に遊びに行っていたわけだ。だから、夢の中の海は、砂浜側からスタートして、非常にリアリティがあったんだけど。そこに小学校の低学年ぐらいの男の子がいて、言葉を交わしたりしていた時、ふと、自分は、今は働かなくて済んでいるけど、あと2~3カ月したら働きに行かなければならない。そんな風に感じていたのだ。なんで、2~3カ月なのかもわからないし、なんで小さな男の子とって思うけど、問題は、今の無職状態は一時的に許されているので会って、近々仕事を決めて働かなければいけないという、そのことが、怖すぎて・・・今、日本政府は、というか、政府与党は、高齢者の概念を65歳からさらに5歳引き上げて、70歳からを高齢者としようとしている。これは、かつて、65歳からに、年金支給を遅らせた時と同じ手法で、55歳から、60歳から、65歳からと、5歳刻みで、支給開始年齢が上がり、定年も延びている。祖父は55歳だった。55歳から、年金を受給していた。30年以上。父は国家公務員だったから63歳だったが、誕生日が4月の為、結局64歳間際まで働いた。母は、60歳まで働けたが、59歳8ヶ月で、1年残して辞めている。仕事の切りが良かったのだろう。母も、60歳から受給していると思うが、知らない。その頃は、まだ父も働いていたし、祖父母も健在だった。私は、まだ見ぬ、老齢基礎年金とやらを、65歳から受給できるはずだが、正規支給の老齢厚生年金とやらも65歳から受給できるはずだが、まだ見ぬ・・・状態が続いている。誕生日から2ヶ月が経つが、後、3ヶ月。手続きは続く。せめて、支給額がいくらなのか、何が天引きされるのか、幾らくらい天引きなのか、知りたい。世間では、定額減税が言われているが、6月に無職・無給与・無年金だと、どうするんだかも、不明。つつましく、倹約しても、ガッツリ持って行かれる税金や介護保険料などの社会保険料は、如何ともしがたいではないか。1円や10円と言った節約で、みんなポイ活とかしてるって言うのに。そう言えば、夢の中で、私は砂浜で拾った1円玉を、小さな男の子に渡した。そしたら、ちょっと歩いた先に、もっと金額の大きな小銭が砂に埋もれていた。多分、500円とか100円とか50円とかの、砂浜で見えにくい色の。それを見て、これはちょっと男の子に渡すレベルではない、周りの誰かが落としたのかと、現実的に交番に届けるレベルじゃないかと、思ったのだ。ちょっと前のブログで、「ウロウロしないから、お金も拾わないし」って、書いたような。。。昨夜寝る前に、新しく開設した楽天銀行の楽天デビットカードの説明の動画を見ていた。そこでは、私の見たい情報ではなくて、楽天のポイ活の解説動画が多かった。私はそんなんじゃなくて、ATMからデビットカードに入金する時の、カードの向きが、知りたかった。差し込むのが、ICキャッシュカード側なのか、キャッシュカード側なのかたったそれだけが、知りたかったのに、延々楽天デビットカードと楽天カードとの違いを・・・そもそも、私にとってのコンビニエンスストアは、深夜営業の金融窓口なのよ。その点には、本当に感謝している。だけど、年収が一番高かったときでさえ、コンビニエントであることに対して、現金を無駄にしたくはなかった。だから、セブイレ(姪っ子はセブンって言う)のATMから、三井住友銀行が使えて、店頭では遅くまで、税金も払えて、振り込みの使用もできることが、本当にありがたい。から、ちゃんと経営努力して消えないでいて欲しいと思っている。無為徒食の徒ではあるが、無給与・無年金であっても、なんか買う度にちゃんと納税している。あらゆる金融資産から、利益には20%を超える税を自動徴収されていて、意外と納税の義務は果たしている。そんな小心翼々たる、納税者の私の夢に、2~3か月後に働かなきゃなんて、あんまりじゃないか・・・2~3か月後には、ちゃんと年金の支給が始まっていてくれよ~~~~と、痛切に感じている小市民の私でした。
2024年05月26日
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yumiさんのバリカンの長い柄のついたの見て、欲しくて、探してポチってしたら、29日って書いてあったのに、思いがけず、今朝、朝一番の便で届いて。。。佐川急便の配達員さんが、配達前に確認の電話をくれたんだけど、いつものように見知らぬ電話には出ないので、ネットで検索したら、佐川急便の確認電話って1件だけヒットして、思わず、営業所に電話しました。そしたら、もう持ち出してますってことだったので、心して待ちました。問題は、いつもの土曜日なら、普通にまだ寝てる時間ってことです。でも、さすがに諦めて、待ってました。9時ちょっと過ぎに、元夫君がいつものスーパーに買い出しに行ったすぐあと、運よく、荷物が届き、あっという間に開梱し、何も無かったかのように空箱を整理したところで、元夫君が帰宅。気付かれること無く、中身は、車に積み替えました。彼は、なんでも、必ず最初に文句を言うんです。どんなものでも、どんな時でも、まず、最初は、ケチをつけるところから入るので、先に充電とか済ませて、使いこなせるようになってから見せないと、うっとおしいのです。。。でも、今日は、昔馴染みの芦屋のお店に行く予約を入れている日だったので、置いては行けないし、取り敢えず、車に積んで置けば、カルタの蔵に持ち込んでゆっくり初回充電ができると思って。芦屋でランチして戻ってから、ゆっくり目にカルタの蔵に来て、潅水とかして、充電をしておきました、3時間半、かかりました。今朝、到着までのバタバタで、睡眠不良の上に寝不足だったので、ぼんやりしていて、充電だけでまだトリセツとかは十分読めていなくて。明日使えるように、今日、また持って帰ってトリセツを読みましょう。。。芦屋はおしゃれな街で、住んでいる人もおしゃれで、かと言って観光客が居るわけでもなく、最初三宮から行きつけの生ハムのお店が移った時、大丈夫かなぁって思ったけど、ちゃんと溶け込んで、芦屋の庶民の本格的に美味しいものを日常食べる暮らしを支えているようです。今日は、芦屋の5年ぶりの昼のバルフェスタみたいな催しだったみたい。。。ああ、コロナの5年間なぁって、思いながら。その日々を乗り越えた飲食店の強さを改めて。で、yumiさんのお皿を、昨夜見てた時に、ああ、なんと、日本人の企画だったんだと、びっくり。そして、そのイタリアンパセリの水彩画の転写を幾種類か見たけど、本当に、目玉焼きだけで豪華に見えるのが、みどりの魔法ですね。私の持ってるのは、コレールのプロバンスガーデンっていうシリーズのが最後で、そこに行きつくまでにいろいろなのをネットで見ては買っていたのだけど、yumiさんの買った、日本の会社のセンスの方が、色々なものが描いてあるより好きだな。その会社の思いきりの良さも良いなと、感じました。色んなハーブの絵を、コレールは使っているけど、私は、イタリアンパセリの緑の濃淡が潔くて好き。コレールには、プロバンスガーデン以外にもヨーロピアンハーブとか、ハーブカントリーとかあるけど、食材を中心に、食卓にハッとするような色をって思うと、やっぱりイタリアンパセリ。そこに目玉焼き乗せて、プチトマト置いたら、もう最高の色彩になるもん。日本には食材の盛り付けに緑を活かす葉蘭とか、ササの葉とか あるよね。でも、食器にはあんまり緑は無い。食材そのものが豊かだからかな?今日、ランチで食べた生ハム類の7種盛り合わせやチーズの7種盛り合わせには、私の大好きなワイルドルッコラとうハーブの、ちぎっただけっていう一皿を追加で注文したけど、やっぱり、緑が、ちょっとあると嬉しいもんなって思いました。さて、今夜は、想像を絶するような晩御飯を食べたので、明日振り返るのが楽しみ。夕方、蔵のベランダの外側から、摘みにくいところのニラを摘みました。左手にがしっと1掴み分ほどを収穫してから、通路にいるおじさんに挨拶してたら、「それはニラかぁ」って聞かれたので、「ハイ、私、ニラくらいしかよう育てへんので。」って答えたら、「ニラは、ほっとっても育つもんなぁ」と、いかにも、ニラが、そこらじゅうの田んぼのあぜ道の雑草である稲美町らしいお言葉でした。そんなニラでも、HB101かけたら、「ふかふかの、刈っても刈ってもすぐ取れる優秀な野菜に!」なるんだけどな。。。一つかみで100円ほどのニラですが、貴重な緑なんで、せっせと摘んで、秋の終りまで。。。
2024年05月25日
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今日の14時前までと、今日の14時半以降と、私は別人のようだった。何が違ったかというと、「ジパング倶楽部」で、初めてのチケット購入ができたってこと。65歳になったら、ジパング倶楽部に入会して、帰省の費用を少しでも節約しなけりゃなって、思っていた。ジパング倶楽部の仕組みも、あれこれと変わって、以前とは異なっているんだけど、兎も角も、ジュリ友さんからも励まされ、かつては母も使っていたのだからと、自分を叱咤激励して、申し込みをしたのだ。あれは、わざわざ、みどりの窓口のある三宮駅で、別件の時に立ち寄って、申込用紙をもらった。今時、有人の窓口でしか申込用紙を手に入れられない上に、郵送でしか申込できないシステムって、なかなか無いよね。でも、それなの。。。申込用紙をもらって、一緒にセットされている振込用紙で平日に郵便局の窓口に振り込みに行って、それの証明書を貼って、必要事項を記入して、免許証のコピーを貼って、さすがに、65歳以上が対象って言うだけのことはあると思った。何十年もかけて構築したシステムを、今更変更できないのだろうなぁ。。。おそらくは、ジパング倶楽部の運営で生活費を得ている人も居るのだろう。免許の更新センターの安全協会みたいな感じかも。で、それが、最近、やっと会員証が届いたところ。やっと、今日、病院に行くついでに、駅の窓口に切符を買いに行った。今までは、のぞみを使って、改札を通る時に、自動読み取り機でさっと通っていたところを、これからも、繁忙期はそうやって、のぞみの指定席を取ると思うけど、あのすべてが自動化されたシステムとは正反対の、切符も、有人の窓口でしか買えない。つまり、買える窓口までは、行かなきゃ予約もできない。。。直前まで無料で予約変更できてたのを、使わずに、ジパング倶楽部にするのは、20%off 30%offが、魅力的だからだよね。。。ドキドキしながら、手書きの申込書を書いて、予定の列車も全部ネットで検索して、平日の昼間の、指定席券を取らずに乗れそうな時間帯を選んで、往復券にして、乗車券の有効期限を2倍に延ばして、そうまでして、帰省をしなきゃねって思うわけだ。入会金は、払ったけど、今回の1回分だけで、もう、元は取れました。往復の乗車券の20%offだけでも、侮れません。これが、30%offに、おそらくは、年内になるだろうし、母が健在の間、月に一度の出費になるだろうから、今日の14時頃までのドキドキは、無駄ではない。まあ、繁忙期には、使えないけど、観光に行くのではないから、繁忙期だろうが何だろうが、帰省はしなきゃなんだ。。。その時は、のぞみが自由席が無いっていう時期と重なるから、致し方無しだな。従前のやり方でチケットを押さえて、帰るしかないだろう。どれどれ、何時が繁忙期?4月27日~5月6日 8月10日~8月19日 12月28日~1月6日入会金は無料で、年会費は毎年3840円っていうのが、ミソやなぁ。勤め人だった頃には、移動できなかった平日昼間を移動にあてられるからこその、ジパング倶楽部。御達者クラブではなくて、親孝行クラブだよ~~~私の今季の有効期限は来年の5月末までらしい。う~ん、考えてチケットを取る算段をしていかなきゃ。。。取り敢えず、6月と7月とは、普通に使って、8月を半分ずらすかな。私の場合は、冬は長くても平気なんだけど、夏の潅水がネックだから。自分でも笑えたけど、駅に歩いていく道すがら、とぼとぼと歩き、ドキドキしていたのに終わって液を出る時は、颯爽と歩き、堂々としていた。なんて、わかりやすい心理状況だろう。その後、向かった心療内科、話には聞いていたけど、お医者さんビルの薬局が居抜きで違う薬局に。これは、高齢者には、なかなかしんどい変化ですね。電話番号は同じだった。名前が変わっただけなのか、それで、人員も別の支店に移ったのか?それとも本当に全く変わったのだろうか。。。見知らぬ顔ばかりの薬局は、スタッフは多く、客は妙にスカスカで、その割に時間がかかっていた。まぁ、慣れなくては、いけないのだな。。。変化に一々戸惑っていては、病気もできやしない。。。昨日、どうしても電動バリカンが欲しくなって、さらに一層の節約を心に誓いながら、注文してしまった!次は・・・HB-101の追加買いだなぁ。どうせ、必要になることはわかっているのだけれど。。。買わない宝くじは当らないし、ウロウロ歩かないから大金を拾うことも無いし、となると、節約しかないなぁ。。。するぞ節約! ガンバレ私!
2024年05月24日
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先週の後半から、あれこれあって、本調子ではない。まあ、ニュートラルに入った状態で進んでいる感じかな。。。それまでの反省に立って、昨日は早めに2剤飲んで寝たので、睡眠は足りている。寝る前に、しっかり遮光もした。今夜も気を付けよう。24時間しかない1日であるが、働いているときは、あと2時間か3時間欲しいと思っていた。今はそんな欲深いことは微塵も思わない。。。今朝も、ほととぎすの声を聞き、今日からは、楽しみ、ふと、何処で鳴いてるんかなぁと思った。日岡神社かなぁ。なんたって、元は官幣社、日本武尊の生母の祀られた神社だけあって、境内の木々は古木が多い。隣接する常楽寺というお寺も結構な古刹。江戸時代まで暴れ川だった加古川の、かつての河川敷に、我が家は建っているが神社やお寺さんは、江戸時代も水没しない場所だった。今も、神社の前の鳥居があるあたりは、江戸時代の古地図で、船着き場だったこともある。ある意味、非常変災時の避難場所で有り得る。神社の横を流れる古い用水路は、なんと我が家の二階くらいの高さ。我が家が、ハザードマップで、氾濫時、水没3m地帯なのは、ものすごく実感できる。数年に一度、その用水路を越水するような大雨の時に備えた、工事が延々何年も続いていて、いよいよ最終局面に来ているわけだ。加古川へポンプで排水できなくなると、内水氾濫が発生して、家の裏を走る加古川線の線路が冠水し、前を走る県道加古川小野線も潅水して、我が家の周辺は、ちょっとヤバい状態になっていた。水に囲まれた島みたいに。。。だから、工事の騒音も、長期的に考えたらありがたいことなんだ。とは言え、騒音は騒音。耐えるしかない。。。草を刈り、三つ葉を収穫してから、家を出た。今日は、ちょっとだけ、買い物に行く気力が出て、ドラッグストアに買い出しにも行った。平日の昼間は、本当に閑散としている。皆が働いているって実感する。働ける人は昼間はみんな働いているのだなぁ。。。そんな中、作業着姿の私は、ちょっとだけ欲しいものだけ買って、一目散に蔵を目指した。今日は、使ってしまいたい食材があったので。。。先だって見つけて下処理をしておいたハルノノゲシとアキノノゲシの、バターソテーに、玉子を乗せて、すごもり玉子にしたかったのだ。手間のかかる下処理を経て、少量のバターで風味をつけて。。。ま、そんな面倒なことをしつつも、「美味しければ、いいじゃん!」て思えるから。今日は、久しぶりに小卵を買った。10個入りで182円基本、卵は、小さいほうが栄養的には得。タンパク質以外は君のサイズがほぼ一緒だから。それにしても、卵はもう安くならないのだろうか。。。これが、下げ止まった価格なのかなぁ。。。玉子は国産でも、エサは外国産で、ヒヨコも外国産だからな。。。最近の良かったことは、ナスタチウムの花やツボミが、思った以上に美味しかったこと。思ったより、紫玉葱が採れたこと・・・グラパラリーフも以外にいけちゃうし。う~ん、逆は、蚊が出てきたことだな・・・蚊に刺されるのも嫌なんだけど、殺生するのがもっといや。かと言って、放置できないし。「世の中にかほどうるさきものは無し 文武と言ひて夜も眠れず」になるのも困るからなぁ。yumiさんちのHB‐101は、豪華大人買いだわ!でも、自分もほんとうに、バリカンとかも含めて早く買いたい。。。バリカン買ったら、玄関に充電器置くぞって、決意を固くした!さ、今日も、帰って、準備を整えて寝よう!今からすることは、炊きあがっているはずのご飯を200gずつ包むこと。三つ葉茹でておくこと。忘れずに腕時計をして帰ること!
2024年05月23日
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今朝、一旦目覚めた時点で起きれば良かったと、後からいっぱい後悔した。それは、二度寝、三度寝で、滅茶苦茶怖い夢を見たから。そもそも、睡眠時間からしたら、最初に目覚めた時点では4時間半くらいだから、二度寝は、仕方なかったと、しよう。そこで見た夢が、あまりにもリアリティがあって、実在する人物たちの再現度や、状況設定が、夢離れ(???)していて、多分、宿泊訓練かなんかの設定。有り得ないことに、私が掌握できていない集団だった。これは、その掌握できないという一点が、まさに、現実ではない、これは夢だと、分かる。怖くて、不快で、辛かったので、無理に無理を重ねて、もう一度、寝た。そしたら、更にリアリティをました状況設定で、登場する人々も含めて、胸がドキドキするような怖い夢だった。実力テストの英語の聞き取り問題の監督で、山ほどあるCDレコーダー?カセットデッキが、正常に起動しない、かつ、CDが正しくない。つまり、準備がちゃんとできていない状況・・・ま、有り得ないこと。なんだけど、もう、本当に、怖くて、不快で、声を出してしまいそうな状況だった。ま、夢だったんだけど。現場でなら、普通は、繰り返し準備するから、起きない事象なんだけど、なんせ、登場人物たちと、場面設定が、もう本当にリアリティ有りまくりで・・・そこで、諦めて、悪い寝汗出てそうな状況で起き出した。普段は、部屋を暗くしてちゃんと寝るのに、この3日間ほど、東からの光が強く入る。今夜は、確実に是正しておかなければ。また、家の数十メートル先で、大規模な用水路と河川の付け替え工事がされていて、騒音や振動が常に響いているのも、良くないかなぁ。今も、上空を飛ぶ飛行機の音が気になったが、私は、普段からテレビもつけず、音曲も流さない生活をしているので、生活の雑音や振動に敏感に反応してしまう。歌留多の蔵では、上の階の人の生活排水の音が、構造上どうしても聞こえる。元々が、分譲住宅とか賃貸用とかではなく、全棟社員社宅として作られたアパートなので、排水管が屋内を通っているのだ!昔は、お互い様な感じだったのだろうが。。。住んでいないから耐えられるけど、住んでいたら、ちょっと苦になるレベルの排水音。上の部屋にお孫さんが来てる時とかの足音もなかなか。今なら、自分のつけている除湿器の音が聞こえる。幸い、幹線道路からは、この蔵のアパートは遠いので、車の音は苦にならない。自宅だと、主要県道沿いに家が建っているので、坂道を下り降りる大型車の音と振動は、以前は辛かった。産業用のバイパスが整備されて、家の前を通る大型トラックは激減した。2階の部屋で寝ていると、猛スピードの大型トラックの振動と風圧とで、ちゃちなプレハブ住宅は揺れる。さらに、今は、yumiさんの書いてたように、朝から、ホトトギスがもう、ずっと鳴いてる。私には「特許許可局」とは聞こえなくて、「あちゃとてたか こちゃとてたか おととこいし おととこいし」(あっちへいったのか、こっちへいったのか 弟が恋しい 弟が恋しい)と泣く兄の声に聞こえる。そんな民間に伝わる話を、親が聞かせたせいである。まだホトトギスの声も知らないうちから、先に、この民間伝承を聞かされて育ったので、「特許許可局」の方が超絶ましだと思うんだけど、食べ物のことで、身体の弱い弟を疑って殺してしまって、ホトトギスに姿を変えられて、トカゲとかしか食べることを許されなくなった兄の話・・・ホトトギスのは父からか母からかは忘れたけど、父かなぁ。母の聞かせてくれた「雀と燕」が姉妹だった話とか、「親不孝なカラス」の話とか、もう、親のして聞かせる話は、幼心に棘のように突き刺さったまま。65歳になっても、ホトトギスの鳴く声を楽しめないのだ。あの声で蜥蜴喰ふか時鳥 なんか、上等な俳句じゃないか。榎本其角は、時鳥の鳴く声が好きだったからこその俳句だろうが、私は、親の教えのせいで、声を楽しめない上に、托卵なんて行為を知ってしまってからは、およそ、時鳥には、花札のイメージしかない。もっと悪いことに、詩吟で「棄児行」という長い詩があって、最後が「残月一声杜鵑啼」時鳥 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる文学ではともかくも、私の心を苦しめる、啼いて血を吐く不如帰なんだよねぇ・・・ああ、でも、感情を子供のころから並べて見て、ちょっとすっきりしたかも。明日からは、時鳥の鳴く声を美しいと愛でられるようになりたいものだ。時鳥が鳴いて、一面の大麦畑が刈られて、田に水が入って、田毎の月となっていくのが、私の好きな景色だ。平安時代に、定子様が幾度も清少納言と時鳥について言葉を交わしておいでだ。ほととぎす おれ かやつよ おれ 鳴きてこそ 我は田植うれ。清少納言は、もう、圧倒的に時鳥が好きなんだな。だから、時鳥を貶める農民たちの田植え歌にも、ケチをつける。しかし、定子様に、この農民たちの姿や、初夏の農村の風情をお知らせしたいと願ってのことだ。だから、採録してあるのだ。お陰で、私は3つしかないワ行下二段活用の動詞の「植う」の已然形を、教えることができた。「植える・飢える・据える」 は、 「植う・ 飢う・ 据う」であって、「植ゑ・飢ゑ・据ゑ」にはなるが、「る」は下接しないので、「植うる・飢うる・据うる」となる。連体形の「植うる」は「荒城の月」で出てくるので、それで教えた。はあ、今日の午前中の不調は、まあまあ、昨日よりも辛く重かったが、ちょっとだけ蔓草を中心に草は刈った。で、ノーバイデーにして、早めに蔵に逃げ込んだ。午後のしばらくの間、夢解きをしていて、自分の心理状態の整理ができて、ちょっと前向きになれた。それで大葉を摘んだり、晩御飯の支度にも、取り掛かれて、いつもの6時くらいを目途に食べられるようにした。夢解きは、自己分析の貴重な時間だが、あんだけ、有り得ない夢だと、別の意味を持ってくる。自分が抱えている問題は、直接ではなく、問題を抱えていると言う事実によって、悪い夢を見せているのだろう。で、解決策としては、早く帰って、早く寝る。。。しかないと言うことだ。他に、問題に対して自分ができることは何も無いからだ。さ、それと知れたら、善は急げである。今夜は、ちゃんと暗くして寝るべし。
2024年05月22日
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なんなんだってくらい、寒暖の差が激しく、しかも日替わりだ。昔、気圧計というものがなんのためにあるんかわからんかったが、ある時、父親が、気圧の動きがあると、自律神経に不調が起きることを教えてくれた。高気圧でもなく低気圧でもなく、それぞれへの変化がある時に、人は自律神経を失調しやすくなるらしい。働いていた時、本気で布団から出たくない日とか有っても、責任感だけで出勤できたが、(だから、インフル以外は、まあ休まず、ポカ休の無いのが美点だったのだが、)今は、責任感が要らないので、自分の中に背骨が無いような感じだ。「くらげなすただよへるとき」って感じ。何か、強制的にしないといけないことがあると、違うのだろうけれども。ぼんやりと起きて、ぼんやりと朝食を済ませて、ぼんやりと草刈り機のネジを取り換えて、ぼんやりと草を刈って、ぼんやりと買い物に出かけて、ぼんやりと買い物を済ませて・・・なんか、こう、他に表現が思いつかないくらい、ぼんやりしていた。幸いにして、過去形だ。今は肋間神経痛に落ち着いている。なんか、腑に落ちないけれども、夕方、蔵のベランダの水やりをしているときは、まだぼんやりしていた。なんたって、昨日の晩御飯を全く思い出さないくらい、ぼんやりしていたのだから。でも、なんとなく冷蔵庫を開けて、晩御飯の支度をして、オーブンにセットして、サラダ用のレタスをちぎりながら、だんだん明晰になっていって、レタスにトマトを盛り付けながら、そうだ、紫玉葱をスライスしようと思い付き、紫玉葱をスライスしたら、そうだ、パセリを刻もうと思い・・・なんとなく、レタスとトマトと紫玉葱と2種類のパセリのそれなりな1皿が出来上がった。経験値って怖いなぁ・・・頭を使い、手を動かし、ちょっとでもなんとかしようと思う気持ちが残っていたのが良かった。高齢の男性と、高齢の女性との差って、一人になった時にちょっとその辺が違うかもなぁ。昨日の夜も絶不調の中、ブロッコリーに火を通して置かないといけないと思い立ち、食べ残しの茹でたブロッコリーは糖度が高いので意外と早くいたむから、オーブンで一旦焼いてから、今夜のために冷まして冷蔵庫に入れて置いたので、昨日の食べ残りのベーコンとバターでソテーして、卵を絡めた。黄色とピンクと、緑の濃淡の4色のソテーが完成した。あとは、オーブンの中の焼き物を食べたらOKという状態まで・・・なんか、こう、大学の寮を出て、21歳から自分で食事を作るようになって、44年間、栄養のバランスや、盛り付けた時の彩りや、試行錯誤しながらでもできるようになっている。あるものでというのは大事なことだけど、無きゃ無いで、それなりに。私の一人で食べるにしては贅沢な種類を作り置きして、冷蔵や冷凍して組み合わせて、低カロリーで高タンパクで、ビタミン、ミネラルが豊富で、そして色合いが良くてって。ベランダのパセリが欠かせないのも、緑が与えてくれる幸福感があるからだと思うけど、真冬のパセリの無い時のために、私の普段使いの大皿には、ちゃんとハーブの緑の絵が描かれている。これを見つけた時、それまで使っていたお皿は、もう要らんと思った。そのくらい、緑の葉っぱの絵は、嬉しかった。若い頃から色々なハーブを育ててきたけど、結論から言って、実用性ではかなり絞られる。薬味っていうのは、ハーブの基本だし、それをさらに野菜として使えるなら野菜としても使いたい。ニラ(ガーリックチャイブ)やミツバなどは、それにあたるだろう。大葉も、薬味でもあり、大量にも投入できる。バジルでは、豆腐は食べたくないけど。。。こうしてみると、庭やベランダの植物たちは、本当のニーズを満たしている。ハーブには、食べられないけど、お茶にするものもあるし、薬草として活躍するものも多い。ただ、日常的に、ちょっと欲しくて、毎日欲しいもの、お勝手口からちょっと手が届くところのものが、私の残りの日々を潤してくれると思う。平日は毎日、生姜のしぼり汁を飲んでいるけど、兵庫県内のプロが作ってくれている商品だ。一年中、水出しの三番茶を飲んでいるけど、ずっと掛川から粉砕した緑茶を取り寄せて使っている。アルカリイオン水の作り出すマイルドな冷茶は、飽きることがないし、冷蔵庫で作るから光熱費は只。今は放置しているけれども、かつては庭のドクダミはアルコール漬けにして使っていた。そろそろ今年も花をつけ始めた。白十字の模様の庭になる。金銀花も香りを楽しませてくれている。昔はちゃんと咲き始めを摘んでこれも薬酒のつけていた。アケビは、三つ葉アケビと普通のとが両方生えているが、普通のは切れるだけ切っている。利尿剤に使う「木通」であるが、今のところ使うあても無いし。南天も、紅白で勝手にあちこち生えているが、まあ、大木にはならないから。。。そのまま邪魔でないところのは、放置されている。枯れず、切られずに、生き残っている沢山の薬木たちも、もう少ししたら、ちゃんと手入れするから、待っていて欲しい。12畳の犬小屋を建てるために、一番良かった場所にあった木々はひどい目に遭った。でも、他の木々もその後切られたりしてしまって、今はちょっとかわいそうなものが多い。メンテナンスはできなくなっていくだろうから、復旧は難しいだろうけど、小さくこんもりと咲かせてあげたい。庭を見ても、胸の痛むことが多かった昨年までと違い、今年からは、自分でもできることがある。ちょっと、ちょっとだけど、まずは茗荷だなぁ。シーズン中毎日ちょっとずつ茗荷が採れるようになってほしい。。。大葉を収穫するように、パセリを摘むように、茗荷を収穫できるようになりたいと思う。さて、あの今日の夕方までの絶不調を、もう経験したくはないので、対策を立てていこう。取り敢えず、「良かったさがし」をして、チアアップしていこう。ジパング倶楽部の手続きは完了していた。次の9月のジュリーも抽選を申し込んでもらえた。イランとイスラエルは全面戦争にはなっていかないようだ。。。山本由伸は5勝目を挙げたし、大谷君はリーディングヒッターのままだ。昨日の晩御飯が、カレーだったって、ちゃんと思い出せたじゃないか!モンゴル800の「あなたに」を聞き直したし。早めに帰宅しよう。明日の自分のために、今できることを最大限に頑張ろう。みな人を 寝よとの鐘は打つなれど 君をし思へば いねかてぬかも 笠女郎
2024年05月21日
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ありがたくも、yumiさんのご推薦をいただき、お金のかからない、歩数の稼げる場所として、100均という新たな施設が視野に入り、しかも、生活圏から大して逸脱しない場所であったので、ダイソーよりも近いセリアというところを開拓。と言っても、今日は、歩数を稼ぎに行ったわけではなく、目的があって、それも、セリアにしかない、商品を求めて、ちゃんと行ったので、午前中に、買い物を済ませてから、一旦家に帰りました。しかも、普段通らない道を通ってみたら、アキノノゲシがいっぱい生えてて、これはラッキーと、ガッツリ、収穫して帰りました。帰ったら即洗って、茹でて、刻んで、今は冷蔵庫で水に晒しています。非常に歴史のある、しかも現役の用水路の側なので、絶対に、除草剤は撒かれていない場所。来年からは、歩いて摘みに行けるように、したい。昨日、ジュリ友さんから、1年休んでからって思ってたら、筋肉が落ちるよ!って、鋭い指摘を頂戴した。そうだよね。骨は休まるけど、筋肉は、使わなきゃだな。。。昨日のトークで、ジュリーは、喉は消耗品と言っていた。だから、大事にするって。関節もそうだよ。長寿になって、危険なのは、若い頃の無理な関節の使い方なんだ。だから、気を遣う時間を遡って自分を変えることはできないから、歯もそうだし、関節もそうだし、若いうちから気を付けないと。昔は、今みたいに長命じゃなかったから、あちこち無理していても、総合的に死がやってきてたけど。今は、死なないで、部分的に衰えていく。歯が、歯周疾患で無くなったり、全身の主要な関節のどこかにガタが来たり、喫煙や、受動喫煙のせいで、肺がん、COPD、 食道がん、胃がん、日焼けのし過ぎで、皮膚がん。体育も大事だけど、保健の授業も、もっとまじめに力を入れて体育の教員には取り組んで欲しかった。彼らは、大抵は、悪い見本みたいな生活習慣の持ち主で、飲酒・大食・喫煙・無謀な運動習慣・日焼け・・・「お前らに言われたないわ!」って言うような悪い見本を山ほど見てきた。身をもって、お手本となってもらえれば、ある意味、反面教師としては見本が多いかも。それじゃ、駄目なんだよね。体育の教員から、変えていかないと、今や、小学校から体育は専科になりつつある。っていうか、体育と音楽とかって、結構、以前からかな。だからこそ、彼らの意識を変えて、小学生から変えていかないと。食育も、せっかく専門の教員を作ったのに、行政は逆行していくし。地域社会への啓発を、小学校や中学校からの発信を通してやっていけたら、居住区内のかなりの家庭に配布物が行き届くんだけどな。。。月に1度の広報に止まっているのでは、総花的で、必要な人の目に留まらない。子から親、親から、離れて住んでいても、祖父母へと、注意が向くようにしないと、悪くなってからでは時間とお金の無駄になってしまう。健康長寿で、地域社会に生きてるだけで(産業を生み出す側として)貢献している高齢者をしっかり目指さなくては。。。閑話休題セリアに買いに行ったのは、帰省中の潅水グッズで、まとめ買いして、全部、試しに、水を入れたペットボトルで、速く出過ぎたりするのをチャックするために、使ってみて、条件を整えている。「水やり当番」っていうけっこう高価な商品も使い方を試してみたし、月末から6月初めにかけての帰省に、せっせと備えている。帰省は全然いいんだけど、問題は、戻ってからの植物の悲劇なんだよね。。。それを避けるための手立ては、もう考えられることは全部やっておこうと思っている。おそらく、毎月、帰省する。帰省は往復の費用が高価だ。夏場も長く居る為には、鉢物の潅水はもう喫緊の課題だからな。。。帰省したことを後悔するのは、もう嫌だし、せっかく時間的余裕をもって帰省できるのだから。。。前回の4月の帰省でさえ、いくつかの植物は萎れかけていた。かつ、あの時もそうだったけど、気温とか、気象とか、何が異常なのかもう異常すぎて、最早日常だ。雹降ったし、いきなり夏日になったし、乾燥した大風吹いたし、植物は動けないのに。。。せめて、潅水だけでも、悔い無く、抜かり無く、やっておきたい。今日は、セリアに行って見て、駐車スペースとか確認できたし、広々した店内も感じ良かった。今は、お金を使う時ではないので、取り敢えずの潅水グッズは、高級品と超廉価版とで、揃った。・ほしいものを見つけないようにしないといけない。・今日の草刈りは、そろそろ蚊の対策が必要だと分かってきた。・フキに続いて、ツワブキも美味しそうになってきた。 今年は株を養生して、来年からは、収穫できるように頑張ろう。・今日は、ベランダのニラをちょっとだけ収穫した。 日本中で、私くらいニラの卵とじが好きな子供は居ないと、思うくらい、好きだった。 今は、卵でとじると言うよりは、一緒に炒める感じ。 ベーコンとか、豚肉とか、牛肉とか、本当に何もない時は、ニラと卵だけでも全然大好き。 今度、鮭のほぐし身と一緒に卵炒めしてみよう。・草を刈るついでの、三つ葉の収穫もまだ続ている。今夜は、お浸し用に茹でて切りそろえておこう。 花が上がる前の、三つ葉の茎の食感が、好き。・茗荷が早く収穫できますように!
2024年05月20日
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沢田研二 LIVE 2024 「甲辰 静かなる岩」ってタイトルでのコンサート、既に今年2度目なんだけど、そもそも、1月1日が、あの大地震だったので、 皮肉なタイトルになってしまった感がある。そして、これもまた、珍しいことに、昨日までに、次のコンサートの案内葉書が届いていた。そのことは、ジュリーも、口にしていたけど、まあ、遅かれ早かれ、追加コンサートの場合、告知はされるのだし、同じ会場が追加されるのは、めでたいことだしな。そう、神戸国際会館が、私の、ジュリーのコンサートデビューの会場だし、あの、日と同じストリッパー、今日も全開だし、ジュリーは、封印を解いているので、もう、誰でも知ってる曲のオンパレード。元気で、頑張るから、みんなも付き添いの人に手を引いてもらっても、来てよ!って感じだ。ジュリーは、誕生日6月25日が来たら、76歳になるんだ。今は、75歳。和さんは、71歳。8月27日に72歳になる。すわ親治さんも71歳だった。山崎イサオさんて、1943年4月16日生まれだって。シャボン玉ホリデーで、男性コーラスグループ{フォー・メイツ」の一員として、またNHKの「ステージ101」でも「ヤング101」のメンバーとしてコーラスやってたらしい。渋い声の俳優さんだとしか認識していなかったけど。。。キーボードや、ドラムス、ギターの人は若い人が入ったけど、依知川伸一さんは、63かな・・・ベースの人。ところが、客席は、ちょっと若い人も一定数居るし、男性もかつてよりは見かける。ジュリーの還暦コンサートの時、私は49歳だったのか。。。って言うか、あの時のジュリーは、まだ60歳で、それからもう15年が経つのか。。。ジュリーが白髪で白い髭を伸ばして、メガネをかけて、ぽってりお腹で。。。まぁ、悪名2の舞台の有った時は、坊主頭でステージ出てきたし、もう、何が有ってもファンは驚かないわな。。。和さんは、小柄な、綺麗な純白の白髪頭の、ちょっと猫背のおじいさんなんだけど、黒のサングラス。依知川さんの背中の半分ぐらいまである長髪も、ほぼ白い。。。なんなんだろう、この、コンサートの盛り上がりようは。。。不思議な現実逃避。雨の日曜日。 雨がしとしと日曜日・・・コンサートから帰ってから、蔵に来て、晩御飯を食べた。。。それは、現実。今日は寒い一日だった。昨日の温かさが嘘のようだ。帰って明日に備えよう。今日、外出したあとで、佐川急便が本人確認の必要な書類を持ってきた。昨日、電話で確認したけど、昨日は無かった。今日だったんだね。。。生憎だった。そんなものなんだな。だから、明日受け取らなきゃいけない。。。配達指定は、午前中にしてある。今日も、ちょっと、薬を余分目に飲んで、ちゃんと寝よう。色んな事が普段と違って一杯押し寄せてきた一日だった。。。
2024年05月20日
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昨日、自分が、国民健康保険のことを知らないなぁと実感した。扶養っていう概念が、わからなかったのだ。国民健康保険に加入するのは、2年後の4月からだがその時点で、もう少しわかっておかないといけないと思った。もう少し分かったら、その時点で、今の健保組合から、国保に切り替えるもありなのか?世帯主の口座から、合切で引き落とされる国民健康保険の保険料は、各加入者ごとの収入に応じて、各自が国保に加入してのものなのだな。ま、我が家は、どっちみち、別々だけど。。。昨日から今朝にかけて、また、今日一日、大きく変化する気温と気圧に身体が対応しきれていなくて、朝、大して寝られていないのに、目が覚めて、仕方なく起きたけど、ずっとぐたぐたしていた。こんなことなら、寝る前にちゃんと導眠剤を追いのみしておけばよかったと終日後悔。5時に、明日のコンサートのチケットを受け取りに行く予定だけがあって、それまで、本当にぐだぐだしていた。明日は、三宮まで出るから、しゃんとしなきゃいけないんだけど、今日は、本当になんか、まるで土曜日みたいだった。って土曜日なんだけど。働いてた頃の滅茶苦茶疲れ切った週末の土曜日って、こんな感じだった。休みなんだけど、神経が休まらなくて、気がかりな仕事を抱えているんだけど、やる気出なくて。我ながら、よく、働いたなぁと、老後なはずの5年間を思うわ。でも、まあ、ジュリーのコンサートに、気軽に行ける日々だったのは、それなりの収入が有ったからこそで、今は、あんなに気軽にチケット代をほいほい払えないわ・・・もう次の9月以降の案内が来ているんだけど。。。神戸行って大阪行って京都行ってって、してたなぁ。名古屋行って、東京行って、福岡行ってしてたなぁと、つくづく感心する。。。ジュリーの60歳、還暦記念コンサートからスタートして、ず~~~っとジュリーが言ってたことの意味が分かり始めた。つまり、観客が老化し、経済的に先細りになってくると、やっても客が入らなくなる。そう言うことよね。。。ジュリーの魅力が減るって言うよりも、客の経済力が減る。勿論、ファン自身も、当然、年をとって老いて病んで死んでいくんだけど。元気で生きていても、経済力は縮小していくから。ジュリーの魅力は、もう減りどまってるから、問題はファンの側にあるってことだな。コアな熱心なファンも、年は取るもんなぁ。還暦コンサートの頃に知り合った人達が、親の介護や看護の話をしていたのに、今は、配偶者や自分の身の上に起きることに、話題は変化している。。。さて、免疫力が落ちてるせいか、左の鼻腔に炎症があって違和感がある。こういうのは、ちょっと前なら放置しても治っていたけど、今は気になる。長く外耳道炎の症状に苦しんだから、悪化させたくないなぁ。昨日知ったんだけど、夫君は、便秘に苦しんでいるらしい。それは、入院中の食事と、退院後にちらし寿司を買ってきて食べているからじゃないかなと思うけど、彼の生活習慣について論じないことにしているから、昨日、取り敢えず、ビフィーナEXを渡した。今日は、朝から、もう2度ほど排便があったと、言ってきた。便臭もなくなるよって言ったら、鼻腔の焼灼で、どうせもうにおいはわからないからと言っていた。願うらくは、彼の排尿や排便の苦痛の話を聞かない日々を過ごしたい。七日分を渡した。続けて快適なら、もう少し渡す。75歳に、8月になる。排便のためにいきむのは、血圧に悪くて、脳血管障害の引き金になるから、排便はスムーズでないと。腸管は年齢で劣化する。経年劣化で弾力の失われた腸管には、憩室炎が起きる。父に於いてそうだった。だから、あの時、ビフィーナEXの著効があったことに感謝している。父の、脳が、排便に支配されていたのが、亡くなる直前には解放されていたから。人間は、食べたら、出さなければならない。もうすでに、元夫君は腎臓がんにかかって、何十年も抱えてきた排尿困難に癌までが加わった。取ったから、多分大丈夫だけど。ここに排便の困難までが加わると、終始機嫌の悪いアスペルガー障害じいさんが最凶化する。彼は若かった頃から潰瘍性大腸炎の悪化と緩解とを繰り返してきていて、暴飲暴食と、不摂生はやめたはずなのに・・・退院後、リンゴとバナナとを食事に加えるようになったし、悪化する原因は経年劣化しか考えられない。運動不足も無いと思うんだけど。人生って、面倒なものだな。本当に、「生老病死」ってお釈迦様の命題だったんだって思うわ。この四苦に比べたら、八苦の残りの四つは心の持ちようだなって思える。元夫君のお陰で、長年の間に悟りが開けてきたような気がする。愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦怨憎会苦よなぁ。。。
2024年05月18日
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貧困老人っていうのは、今後減ることは絶対に有り得ない。単身になった時点で、男性も女性も、貧困に陥るのが、大方の勤労世帯の宿命である。夫婦で合わせて月額で手取りにして34万も有れば、(34万と言うのは、元夫君の手取り額の単純な2倍だが)彼がアホほど競馬に負け続けても、犬の治療費に突っ込んでも、癌にかかっても、困窮しない。でも、我が家は単身者が二人住んでいて、夫婦なわけではないので、色々と無駄な支出もあるだろう。どっち道、お互いに年金収入が大きくて、どちらかの国民年金に入ることはできない。介護保険もそもそも個人だから関係ない。でも、元夫君の年金の手取りと、専業主婦の妻とってなったら、多分、ぎりぎりしんどいかも。そして、そのどちらかが死ぬとか、(大抵は男性が先に死んで。残った妻が70%の遺族年金。)離婚して「3号分割」(婚姻期間中の夫の厚生年金を折半する)とかそうなった時、固定費としての住居費や光熱水道代が、払えなくなるだろうと思う。女性は、意外と頑張って節約できるかもしれないけど、男性は難しそう。女性も、独居で賃貸だったら、結構固定費が大きい気がする。私の持ってるカルタの蔵、築古年の物件でも、賃貸なら3.5万~4万くらいは、しているだろう。駐車料金入れると、もっとする。人生を考える時に、夫の死後とか、妻の没後とか、離婚後の二人とか、考えないだろう・・・でも、それは、絶対にやってくる現実で、その時、今までの高齢者は、親との同居を前提に生きてるけど、今後は子との同居は現実に難しい。最初から安い公営住宅に入っていれば、別だろうけど。。。母の親戚の女性が、かつて母に何度も借金を頼んできたことがある。年金制度をわかっていなかったり、我が子の嫁ぎ先には頼めなかったりで、母をあてにしてきたのだが、何度目かに、母が、「ちゃんと娘に言わなあかんで」って諭して聞かせていた。母の上の弟も、母に金の無心をしてきたことがあったそうだ。母は出さず、父がそっと出していたと、後に聞いた。その時も、母が、弟本人に、役場で確かめさせたら、年金があるのを知らずに放置していて、まとまって請求していなかった厚生年金と国民年金が支給されて、滞納していた国保料を払えて、それで、懸案の歯医者に行くことができたのだった。その後も、年金を受けることができた。中卒で、長く、住み込みで働いていて、15歳からだから。自分の年金や社会保険料など知らないのだ。下の方の弟は、電気工事の仕事で独立もしていたので、色々と仕組みをわかっていた。どちらも、母よりも先に亡くなっている。下の弟は、たまたま仕事での出先の病院で倒れ、そのまま多臓器不全で数日で亡くなった。上の弟は、たまたま外出中に、自転車で植え込みに突っ込んで心臓発作で亡くなった。唯一の姉である母が自分の実家の助けも借りて、葬祭や没後の家の始末をすませた。戦中・敗戦の混乱期に生まれ育ち、共に父親を知らず、苦労の人生だった。独身のままの二人だった。気ままに暮らした上の弟と違い、下の弟は痴呆になった母親の傍を離れず、ずっと介護していた。私の母からしたら、異母弟だが、交流があった。母の妹は、嫁ぐにあたって、異母弟の存在を婚家に話していなかったため、一切の関係を拒否して生きていた。まあ、後妻、貧困な義理の母、中卒の異母弟、そんな存在を、明かせないような地方の名家に嫁いだから。その母の妹も、下から先に亡くなる順番に従って、亡くなった。だから、90歳の母は、もう、自分の兄弟は残っていない。父の妹が、富山でグループホームに入っているのみだ。。。この叔母は、勤勉で頑張り屋で、早くに夫を癌で見送った後も、私の祖父母が建てたという家に、気丈に一人暮らしをしていたが、とうとう、自宅で倒れ、近所の人に郵便受けから悟ってもらい、入院できた。退院後は、施設入りを余儀なくされた上に、自分で動き回るからと、個室の施設も出されて、グループホーム送りにされて、連絡が途絶えた。スマホを、取り上げられているのかもしれないと、母は心配していた。息子は、大阪に居て自由業だし、娘はアメリカ人と結婚しててアメリカだし。。。もう、これは、運命なんだ。経済的には、叔母は困窮していなかった。家も古いけど持ち家で、管理もしてた。でも、母と違って、近居で面倒を見てくれる家族は居ない。従弟は、作家という名の自由業だから、自由度は高いが、さすがに傍には居られない。勤勉でも、気丈でも、人は年を取るのだ。怠惰でも、惰弱でも、勿論、年は取るのだけれども。。。今私の住んでいる自宅の隣保では、結婚したのに出戻って、老親と暮らしているおばさんが増えている。それ以外は老人のみの世帯である。75歳になろうとする元夫君は、なんと、隣保では、若手の男性である。65歳の私は、近所の出戻って来られた方々を全く知らないのだが、元夫君は、その人たちが幼い頃からの、知人である。そもそも近所のおばあさんたちは、元夫君を「~~ちゃん」呼びする。母方の実家で生まれた可愛い「~~ちゃん」から、生母が死んで可哀そうな「~~ちゃん」になって・・・みんな色んな生き方で、生きてきて、老いていき、死んでいく。ゴールは、一つしかない。「し」で終わる。形容詞の終止形も、全て「し」で終わる。だから、いつも、形容詞は人生と同じや。「し」で終わるんやで、生きるの「い」じゃなくて、「し」で終わるんやで。って。なんて、酷い教え方。苦から苦かり死 (きかるけれかれ)印象深過ぎて、嫌になるけど、「同じ」は例外の「じ」だ!例外過ぎて、形容動詞にされてしまったんだな。。。閑話休題経済的に、自分の年金とかが安定したら、果物を買う気も起きるかも。今は、年金の手取り額がいくらなのかさえも分からない状態なのだ。年金定期便だって、特別支給の厚生年金の一部支給が始まった時点で、もう途切れたようなひどい状態だし・・・自分にもわからないのに、何処に聞いてもわからない。多分。計算中。処理中なんだよね。働いた5年間分の厚生年金が追加されることによって、逆に社会保険料がアップすることも有り得るからね。でもなぁ、だからと言って、5年間の給与所得が無かったら、無年金期間が長すぎて、結構なダメージ。今は、退職金を1円も取り崩さないように、5年間、大事に大事に守っている。令和6年に入って以降、毎月いくらかの分配金が生まれている。増やすための再投資から、使うための受け取りに変更したからだ。でも、後、25年して、今の母の年齢まで生きているとしたら、まあ、その頃には、退職金を取り崩しても良いんじゃないだろうか。インフレが進んで、貨幣価値が、今の10分の1とかになっていないように、祈りつつ。時にはトマトだけじゃなくて、イチゴや イチジクや 文旦なんかも食べたいな・・・年金、一体、月額、なんぼやろ。手取り額、元夫君より低かったら、ショックやわ。。。私の方が、勤勉に、気丈に、長く、働いてんのに。。。元夫君35年。私は、43年。。。はぁ。。。社会保険料が。。。怖い。。。
2024年05月17日
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起きて、ブランチ代わりのジュースとサプリを済ませて、ネットで大谷君を応援して、4打数2安打に安堵して、あれこれ準備してから、庭の草刈りを一巡して、そこから、今日の外出。まず、普段と違うルートで、一番近くの信用金庫に、元夫君名義の通帳入金を2本。ガス代用が1つで、その他合切が1つの二つを入金し記帳して、そこから引き返して、最近開拓した郵便局に行って、予定のお金を下ろして、昨日届いていた加古川市の住民税を納付。@17900円の4月5月分で、令和5年度の住民税は、終わり。合計35800円を納付。次は、令和6年度の、まだ年金からの引き去りが始まる前の、普通徴収になるわけね。今度は、いつかな。7月かな?年金からの天引きが始まったら、それは偶数月だけど、今回も5月だし・・・それとも、毎月かな???そもそも、令和6年度の金額もわからな~い・・・分からないことだらけの中で、連日(連夜)金払えっていう公からの文章が届いている。ま、夕方、結構、郵便配達が来るのが遅い地域で、どっちみち、即日納付が無理なんで、金曜日に通知書が来ても、早くて月曜日だからな。。。こないだ、年金の手続きで、免許証のコピー送れって通知が来た時、GWの最中で、書面には、普通郵便でも書留郵便でも可って書いてあるけど、郵便局の窓口で聞いたら、「翌日配達は廃止になったから、25日に書留で送っても、着くのは30日。」って、涼しい顔で言われた。30日に配達されたものが、庁舎内で係の手に届くのは更に数日後だよ。とすると、25日26・27・28・29・30日着・1日・2日係に届く。3・4・5・6日休み。7日から係が動くって感じね。。。そりゃあ、5ヶ月待たされるわけだわ。だから、速達で出した。普通郵便で良いなら、書留にする必要は無いけど、翌日26日には配達される速達なら、30日か1日にはかかりに届くだろうと。。。公の誠意の無さは、そこに居た者だけが知っている。公では、誰の痛みも感じないようにできている。営業成績も関係ないし、苦情が来ても、窓口の対応者にはなんの責任も無いのだし。組織全体が、不誠実で無感覚だ。「調査しておきます」「精査しております」「後日お伝えします」「公」には主語が無い。それが、「公」なのだ。ただただ、外部との窓口のものだけが苦情を聞くシステムだ。閑話休題で、ともかくも、私は、健康保険料を令和6年度の1年分払い、介護保険料の4月請求分を済ませ、固定資産税を3軒分払い終え、軽自動車税を済ませ、令和5年度分の住民税を済ませた。次に襲ってくるのは、介護保険料と令和6年度分の住民税の普通徴収分なだ・・・5月6月7月8月は、年金も給付せずに、払う分だけむしり取ると言うことを、「公」はするのだ。まあ、生き延びて、週末の19日はジュリーのコンサートだしな。。。さて、支払うのはそれだけではない。。。今日は、自分もためにブロッコリーを買いに行った。かねてより、「地上に現れたデパ地下」と私が呼んでいる高級スーパーマーケットと言っても、地元民しか知らないが、ヤマダストアーに行ったのだ。まさかのブロッコリー298円でも、ここなら買う。と思って。でも、まさかの、ラス 1 でした!ゲトしたけど。今、レシートで確認したら、ブロッコリーとは書かれていなくて、生産者の名前がフルネームで書かれている。トマトも然り、レタスも然り。イチゴは地元の農園の名前が書かれていた。普段ならイチゴ買わないけど、ちょっと奮発して。欲しいものが、いつでもなんでもあるわけではないし、商品は、本当に、高いけど、値段に相応しい品質だと思う。また、生産者の側から見ても、品質に相応しい値段を付けてくれていると思う。今日の新聞の両面カラーの折り込みチラシの裏面は、土付きらっきょうの一面広告で、今日限り「宮崎県の濱口さん達の特別栽培土付らっきょう」の「無くなり次第終了です!!」って。一人2パックまで、1パック約1kg(土付)っていう、バイヤーのこだわりが。これは、自家製のらっきょうの漬物を作るなら、絶対こっちの方が美味しいからって言うので。そういう人を対象にした商品を年一しか打たないような広告を打って、売るのだから。地元兵庫県の生産者漁業者だけでなく、全国的にバイヤーが気に入ったものを買い付けているので、本当にすごいものが置かれている。ヤマダストアーで、値段気にせずに買い物をする日は、永遠に来ないと思うけど、まあ、辛うじて、家と蔵との間の私の経済圏に存在する。このストアーの向かいのGSで1年に4回程度ガソリンのカードをチャージしている。1年で8万円が、ガソリン代ってことだな。。。ケチな私が、一日の動線を一筆書きで最短でって思うのは、このガソリン代を見るからだ。かかる時間よりも、走行距離が短い方がいい。今はね。先だって、20000円をチャージして、ガソリンも入れた。20000円をチャージすると、ガソリンの割引率が高いから。いつもチャージする時は20000円。こないだ考えたら、一番遠出をするのが、この車の定期点検だった。そのくらい、経済圏が小さく、かつ、出不精である。ジュリーのコンサート、年に何回行けるんだろう・・・これも、悩ましいところだ。働いてた時には考えることもしなかった支出への意識は、60歳以降高まったとは言え、実際に無職となると、いやが上にも高まる。そ、そんな買い物からカルタの蔵へたどり着いてみたら、強風がすっかり植物を痛めつけていて、今日は雨が無い分、乾燥が激しく、植物が傷んでいるのを強く感じられた。HB101をちょっと奮発した。先だっての雹もそうだけど、植物は身動きできないんだから、十分に対応してやんないと。。。HB101を買おうかなぁ。ちょっと手許のは残り少なくなっている。高いからなぁ。。。なんであんなにも高いかなぁ。。。帰省を計画するうえで、冬休みは全然苦痛じゃなかった。年末年始にいくら長く帰省しても、植物は傷まない。でも、温かくなると違う。今日の強風とかだけじゃなく、2~3日居ないだけでも、ベランダの植物は枯れる。母の為には、長く居てあげたいけど、それだと、潅水不良だ。山紫陽花には致命的だ。ベランダ中にペットボトルが乱立する潅水風景になりそうだなぁ。取り敢えずは、一度商品を取り寄せて、潅水状態を確かめないといけない。山紫陽花は、二日晴れたら、もうぐったりしているだろう。それが目に見えるようだから、辛くなる。それやこれやをあれやこれやと考えながら、ネットを検索する毎日なんである。
2024年05月16日
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先月も言及したが、要するに55歳以上の消費者なら、全品5%offの日である。イオングループの店舗に行けば、5%offの日は他にもあるが、55歳以上に特化しているので、目につくのは、昼間の高齢者の買い物だ。地元のスーパーには、土曜日なら高齢者と行けば割引の所もある。それだから、家族が高齢者と買い物に来るから、その日のそのスーパーはいつもより混雑する。イオンの5%offは、55歳以上単独で、55歳が高齢者かって言うと、まあ違う気がするけど、現にバックヤードも含め、イオン系列のスーパーでも60代以上の人は少なくないからな。55歳以上とする理由と、15日に限る理由は不明だ。第二日曜も、5%offだから、12日にも買い物に行った。13・14はノーバイデーにしたのは、そのためだ。で、出かける前に、運悪く、元夫君と顔を合わせたら、朝から高齢者の免許の更新講習に行ってきたということだった。道理で、朝の佐川急便の荷物を受け取りに出た時、居なかったわけだ。ぎりぎり、ドライバーさんが車に戻ったタイミングで、玄関に到達したから、受け取ったんだけど、郵便受けにはすでに不在通知が入っていたらしく、それについても言われた。高齢者の免許の更新講習は、75歳以前と75歳以降ではちょっと違うらしい。そんなもん、10年経ったらどうなっているかわからないが、取り敢えずは、神妙に拝聴した。今まで免許更新に行っていた場所よりも、近くて便利な場所ができたらしい。それは結構。ありがたい。10年経って、自分がどんな視力で、聴力で、気力なのかは、想像もできない。願わくば、元気に運転していたいものだ。父を見ていて思っていたことだが、「移動の自由」は、一度手に入れるとそれを失うことが非常に恐ろしいもののようだ。運転免許証は、だから、高齢者から巻き上げるのが難しい。理論的に、車の維持費を計算して、タクシーを使うほうが絶対に良いと頭でわかっていてさえ、運転免許証を返納するのは難しいのに、タクシーの無いド田舎で、歩行には若干の不安があるとなるとなぁ。今住んでいるところなら、いつでもタクシーを呼べるけど、実家のあたりはそうじゃない。呼んできてくれる運転手の方が、高齢だったりするぞ。。。まあ、元夫君は、ゴールドでも、今後は更新講習の感覚は短くなるのだと言っていた。で、その更新講習のお話を拝聴した後で、果物が値上がりしたことと、昨日はブロッコリーが売られていなくて買えていないので、買ってきてほしいと。かてて加えて、「一緒に茹でといてください」って言うんだよ。一度も、お金を払ったことも無いのに、忘れてんじゃないか???なんで、毎月17万円も小遣い使ってる人のためにブロッコリー買ってきて、その上、茹でるの???昨日だったら、火曜日はブロッコリーの特売で、158円だったのにと思ったけど、今日は、もう298円で、しかも、元夫君の言うように超品薄で、298円も、握りこぶし大だった。。。びっくりするわ!誰があんな貧相なブロッコリーを買うのか???彼の行きつけの店のバイヤーは、自分の判断で買わなかったのだろう。正しいと思う。かくして、私は、元夫君のために、予てから買ってみようと考えていた冷凍のブロッコリーを買った。そして、いったん家に戻り、それを大量の熱湯で1分だけ茹でて、放置してきた。余熱で火が通るだろうし、まあ、私は食べないし。アスペルガーの思い込みで、食べないといけないと思っていると、面倒だから。冷凍のブロッコリーは非加熱のものでも細胞が壊れているのですごく柔らかくなるのが早い。そんなわけで、今日明日、自分の食卓には、ブロッコリーはのらないのだ。代用に、自分ちの庭で摘んだ三つ葉や、とある野草を、食べる算段をしていて、今日は、実際にたっぷりのバターでソテーして卵でとじて食べた。明日は、多分、三つ葉の登場だな。子供の頃、ブロッコリーは無かった。周りの同年配の人に聞いても、みんなそういう。ハイカラな専業主婦のママがカリフラワーのグラタンを作ってくれいていたと言う同僚でもだ。私よりずいぶんと若いけど、「くたことなかった」らしい。我が宿のいささ群竹吹く風の音のかそけきこの夕べかも 家持我が宿の夕影草の白露の消ぬがにもとな思ほゆるかも 笠女郎我が宿の夕食用に雑草を手間暇かけて食べにけらしな 小芋今日の夕方から、パソコンは機嫌が悪く、結局再起動だのなんだのと繰り返して更新もした。でも、朝から、大谷君が12号HRを打ってリーグトップタイになったし、5打数3安打で、打率もトップになったし、まあまあ、私自身の機嫌が悪くないので、他のことをしていた。消しゴム版画第2弾に挑戦中だ。試作品1号を掘っていたので、時間がかかっても待てた。第一弾は、大昔に作った。あれは郵便番号が7桁になった時だ。バザー用の手作り封筒の表に押すために、消しゴム版画で、「7桁の郵便番号の枠」を作った。直線だから、慎重ならだれにでもできる。今なら、100均にあるかな?当時は、100均自体がなかったからこそ、バザーが成立したって感じだったな。。。で、今回は枠ではなくて、文字を作っていた。文字っていうのは、版木をちゃんと起こさないといけないから、手間がかかる。ま、パソコンの調子が悪くて、何時間かかっても苦にならないくらい、集中していた。版を起こし、転写して、削り出していく作業。小学生の頃のADHDが強かった頃の私なら、まあ、ありえないな。図画工作の中でも、図画は兎も角、道具が危険な工作は、もう手に負えなかった。中学2年生で、初めて、塑像を作るのに成功してから、ちょっと人生が変わってきた。家庭科の授業でも、ミシンでパイピングの落としミシンがかけられるようになったころだ。自転車だって、長いことかかったし、でも、乗れるようになったら、上達は速かった。・・・ギターは50年近くやってるのに、全然上達できないのは、Fや、Bmのせいだな。ま、両手使うし、ボケ防止のギターだ。。。そう言うわけで、今、完成した試作品の記念写真をスマホで撮影したところで、このブログに取り掛かった。yumiさんが、ブログの写真のアップの方法をことしも、久しぶりに教えてくれたんだけど、もう、スマホでしか写真撮らないし、写真もメモ代わりしか撮らないんで、パソコンへのつなぎ方がわからないのでした。。。すまそ!
2024年05月15日
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昨日の晩御飯で、何と言っても特筆すべきは、ツルナのお浸しです。このツルナは、その昔、御津の道の駅の下の砂浜で、発芽したとこってくらいの若苗を1つ採ってきて、植えて、太らせて、花咲かせて、種とって、種蒔いて、今年になってやっと、野菜らしい姿になったものです。ツルナ、別名ニュージーランド・スピナッチともいうくらい、生では無理なエグ味もある。ホウレンソウ代わりに食べられるはずの野草。数十年前、抗腫瘍効果が言われ、茹でて毎朝の味噌汁の具にしましょう!的な流行もあった。いかにも海浜植物らしい姿だけど、多肥料で育てると、ふわふわの新芽が長期間採れるはず。一度だけ、実際に畑で育てているのを見たことが有ったのですが、本当に大きく広がって、海辺で塩水をかぶって耐えている姿とは全く違うサイズでした。現に、今年の葉っぱは、去年までの4倍くらいのサイズ。ふかふかです。新芽を切って、脇芽を伸ばして、種を採ってと・・・皮算用しています。一度、売られている種を取り寄せて栽培に挑戦したけど、無理でした。発芽させられなかったの。多分、海浜植物だから、時間とか、条件とか、厳しいと思うので、去年はひたすら採り蒔き採り蒔き。発芽を見た時は本当に嬉しかったです。アイスプラントという野菜もあるけど、まあ、ツルナは生では食べません。。。でも、お浸しで食べてみて、十分食べられると分かったので、今後が楽しみ。大葉やパセリは、お浸しにはできないし、三つ葉のお浸しばかりでは飽きるので、間にツルナを挟もう!ブロッコリーとか、飽きへんのか?と言うくらい食べてるけど、ブロッコリーは、もうご飯みたいなもんで、飽きるって言うことはない。美味しいか美味しくないかは、自分次第だけど、まあ、蒸すことで大量調理が可能になったので、安い時に買ってきて処理しやすくなった。今日は、ノーバイデーだったのだが、固定資産税の支払いがあって、支出はあった。さすがに自宅のは一度には払いきれず、4分割の一回目。2万円也。固定資産税は自宅が一番高い。外の2つはもう終わった。軽自動車税も、終わった。次は、住民税だなぁ。。。ため息が出るわ。あちこちからちょっとずつ納付書が届くんだけど、出ていくばかりで、給与も無ければ、年金も無い5月・6月。7月になったら、満期になった生命保険の一時金の一部が振り込まれる予定。だから、その手続きの書類も昨日届いて、今日、出しに行った。同封する書類が運転免許証のコピーで、4月以来2度目のコピー機の出番だった。もう、青のインクが無くて、注文していたのが届くのとほぼ同じタイミングだったけど、なんとか、かすかすになる直前のコピーができたと思う。かつて、仕事でカラー印刷をしょっちゅうしてた頃、できてたはずのことを、落ち着いて思い出して、何年かぶりにやっている。。。使わないとインクもなくなるし、ヘッドは詰まるし、なんかテスト印刷しても最初はできなかった。テストを繰り返すと青が切れそうだし、限界だったかもしれない。兎も角も、5月6月を手元資金で乗り切って、ジュリーのコンサートにも行って、「何事も無かったように帰省して」、をあと2回繰り返す。まったく、妹に教わっておいた老後資金に助けられている。働けるうちはいいとして、働けなくなってからが、大事だと、早くに辞めた妹の教えを守って、ちびちびと、染み出してくる湧水を飲むように気長に生きていこう。今日の記事を書き始めてから、卒業生からの電話があった。28歳、二校目、あらゆることが順調に来たから、今、初めて座礁しているようだ。話し始めはいつもの軽い感じだったけど、すぐに泣き始めた。話をしているうちに、冷静さを取り戻し、座礁の原因を本人が気づけているようなので、離礁すべきか、船を棄てて退避すべきかを考えさせた。今回の岩礁は二つ、一つは生徒指導部長から昇格した教頭。もう一つは根本原因の学級崩壊。学級崩壊は、定員割れの不人気校では、もう日常茶飯事なのだが、原因を担任に求めているのは教頭がおかしいだろう。そう思って話を聞いていると、1年から2年になる春休みに、学年主任が脳梗塞で倒れたらしい。緊急事態過ぎて、管理職も対応できていなくて、イラ立ちが荒れているクラスの担任に向かっている。28歳が学年団最年長担任なんて、すでに学校として終わっている。さすがの脳天気な卒業生も、そらぁ泣くわなぁ・・・でも、まあ、私に電話してきて、電話口で泣いて、泣きながら状況分析して、自分の中で、整理されてきたと思う。同僚として、同じ景色を見ながら、泣いている若い子を励ましたりしたことはままある。けれども、おそらくはもっとずっと、荒涼とした景色の中で、孤立的になっている若手を、救うことは難しい。彼の、高校入学から今日までがあまりにも恵まれていたので、本当にしんどい状況を前に立ちすくんでいると思う。だから、現状分析をざっくりとしてやって、教頭の立場、校長の立ち位置、県教委の使い方、同僚への助言の求め方などを話してみた。28歳、春休みに、卒業10年を記念して集まって飲んでるって、気楽な電話をかけてきたのに。振り返って、28歳の自分は何をしていただろう。私も2校目だった。闘っていた。学校と闘っていた。何でもすぐに処分を振りかざす新設校の生徒指導体制と闘っていた。加古川市と闘っていた。学童保育所の作り運動を始める頃だ。私にはいつも、支えてくれる仲間がいた。生徒指導部と闘う時は生徒達が居た。「大事なことで闘っとうのに お前ら しょうもないことして 担任に恥かかすな!」と言い散らかしていた。本当に愛すべきひどい奴らやった。加古川市の教育委員会や市長室長と渡り合っていた時も、何年も続く闘いの始めの頃は、あの子等と向き合っても居た。あの子等、って、私とは9歳違い。もう50代の後半かぁ。教員集団も変化する、しかし時間がかかる。12年居て、人権意識が定着し、すっかり居心地の良い状況になってから転出した。そこで、また、転出先の雰囲気と、一から闘った。一年間に何十人もの生徒が辞めていく学校は、やっぱり変わらなければいけない。初任校で、初担任の時、1年間に各学期ごとに1人ずつ辞めて3人減った。二校目の闘いの中で、担任した12年間で3人だけ、私の手から減った。二人は辞め、一人は転学した。三校目の勤務校で、私は辞めさせたらええねんという雰囲気と闘った。3年後、40人を卒業させたとき、一人も欠けなかったのは褒められた。次に主任をした学年では、自分から辞めていく子等に手を伸ばしきれなかった。12年前に、最後の担任クラスを、望外にも持たせてもらった時、定員より二人多い42人だった。卒業時、41人だったが、一人は留年した子で、一足先に転出させて半年早く卒業させていた。そうでないと持たなさそうだったからだ。結局、41だった卒業生。そのまま次の3学年の主任をさせられた私は、もう減らさずに卒業させたかった。50人も60人も辞めたり転校したりするのは、おかしい。320人入って、255人卒業とか、1クラス以上減っている。すでに十分減って3年生になってるから、これ以上減らすなと思っていた。まあ、それでも、減るのを止められなかったけど。結構しんどいクラスの担任を支えて、40人で卒業できたのは、嬉しかった。40人のクラスが2つくらいあったと思う。そのまま、次の1年生が始まって、減るな、減らすなを目標に頑張って、3年間で減員7人に止まった。入れ替わりの学年は卒業時減員6人に止まった。学年主任としては、考えてきたあらゆることをやった。授業の工夫や、情報の共有や、支え合いや、色々なことを提案し、実現して、26年来たと思う。基本は、自尊感情の醸成に尽きる。後から後から来た人は、変わった学校しか知らない。産休後の育休から復帰した人や、出戻りや、教育実習生などが、同じ学校じゃない!!と叫ぶ。良い意味で、「こんな学校じゃなかった」と、口々に言うのを陰で聞きながら、営々たる努力も、崩れる時は一気だからなと、ずっと思ってきた。数字を残してきた。それは、目で見て分かるはっきりとした違いで、雰囲気ではない。雰囲気はもっと変わった。現場を去って、今も思うことは、土台の不易と、時代に応じた流行だ。電話をかけてきた卒業生が入ってきた頃、まだ、しんどい学校だった。またしんどい学年だった。私が入る時、学年団の9人のうち、4人が入れ替わった。担任は男性3人が抜けて、女性が3人入った。学年付きも代わった。あの子の居たクラスも、私が2年から持って、一からやり直した。流れを完全に変えた。学年主任よりも年上の担任だった。私は、「自分の人生をしっかりと考えて、なりたい自分になるための2年間を過ごせ」と言い続けた。だから、みんな何になりたいのかを、真剣に考えさせられたと思う。「なりたい自分になる自分。なりたい自分を見つけよう。」「人の人生の邪魔をするな。」これも言い続けた。それが、誰かの邪魔をする行為かどうかは、強く問うが、そうでなければ、好きにして良かった。勝手上等だった。ただし、誰かの邪魔になったら許さない。「みんな仲良く」とか、全く求めなかった。迷惑かけるな。だけだった2年間。考えてみれば、彼は、誰にも迷惑をかけず、一度も混乱を経験せずに、高校生活を過ごしたから、葛藤や苦悩が今、一気に来ているのだろう。前職の時、一度電話をかけてきたことが有った。その時は、クラスの中の、外国籍で、日本語がわからない子とちょっとだけ分かる子とについてだった。周囲の教員との考え方の差を話していた。高校時代の同級生のフィリピン国籍の子が居たし。今は、全く違う。彼がおかれている立場は、彼の想像を超えている。彼の経験を超えている。だから、電話を切ってから、ちょっとだけ助言をメールで送った。返信が来たので、もう一言送った。無理はするな。無視はOK。波風が無ければ、望んで得た職業は、快晴の大海原だが、時には、座礁もあるし、船を棄てて逃げるべき時もある。私は、座礁はいっぱいした。独力で離礁できた時ばかりではない。船を棄てて、逃げなかったのは、妹と違って、逃げる勇気がなかったからかもしれないが、運が良かったのだろうと、思うことにしている。今でも、不幸な苦い思い出が不意に蘇ることがある。しかし、もう、陸に上がってしまったのだから、こっちの勝ちである。どんな不幸な思い出も、過去のことだ。引きずらないに越したことはない。。。365連休中やから、何時電話かけてきてもええで。。。って心底思っている。最後の主任学年の時、深夜0時を過ぎてもずっと電話かけてくる担任も居た。保護者からの電話がかかるたびに相談してくるから、延々終わらなかった。親は、酔っ払ってかけてくるから、支離滅裂だし・・・だから、携帯番号教えたらあかんでって言うとうやろ!って思いながら、きっと、それしか連絡方法が無かったんやろうなと、口には出さずに話を聞き指示を出していた。丁度、こんな時間にだ。。。その時の生徒だけが、唯一、退学を、自ら選んだ。辛かった。他の子は転学しても同じ学年で卒業できていたので。訪問した時の、その子の家庭の状況を思い出す。ああ、8年経つのか。。。修羅場だったころから。
2024年05月15日
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4月から、毎日前夜の食事を思い出してコメント欄に記録している。もう40日は続いているから三日坊主ではない。問題は、思い出せない時や、後から、不意に思い出す時が、現にあることだ。でも、それに気づけているのも、ブログに上げると言う自分に課している課題があるお陰だ・・・そう思わないと、情けなくてやってられない。。。くらい、思い出すのに手間取る。朝、起きて、・・・ではないところが、そもそもの問題点だが、昼近くに、寝汚い(いぎたない)床から仕方なくはい出して、そこから膝のためのコラーゲンドリンクをまず、1パック飲む。ここから、私の胃腸が動き出す。次に、野菜ジュースでサプリメントを流し込んで、朝ごはんとする。サプリメントは、多様だが、ずいぶんと精選した。要するに、健康を維持して働き続けるために飲んでいたものから、「働き続ける為」という大義名分が外れたので、減らせるものは減らしたい。かつ、人前に立つとか、きりっとして見えるとか、そんな必要が無くなったので、自分の顔を見るのは、鏡の向こうの自分だけ、65歳相応のおばあさんらしさもOK・・・その上、近年よく言われれる、「年を取ると、ちょっと小太り(中肉中背)な方が健康長寿。」らしいから、鶴のように痩せたお婆ちゃんになる必要がないので、健康維持の面からも、ストレスの解放という点からも、色々と整理できた。本当のところはどうなんだかわからないが、まあまあ、体重は、昨夜計った時も45キロだった。身長は、この5年間で、確実に2cmは縮んだ。身長が縮むのは、恐怖でしかないが、事実、現実なので、受け入れるしかない。155cmで45キロっていうのは、まあまあな数字だろう。あれほど辛かった体重との戦いはもう無くなった。共済組合が、損保ジャパンとかと組んで、体重や腹囲をとやかく言って来るのがストレスだった。面談に来たり、電話よこしたりするのに閉口していた。体重が十分軽くても、腹囲が数値が悪いと、半年間の経過観察にされてしまう。妊娠線の何十本もある上に、癌で腹切ってから、腹筋も無いし、へこまないんだよって、いっそ廊下で面談中に腹を見せようかと思ったくらい、しつこかった。向こうも仕事だろうが、こっちは仕事中なんだよ!って感じで。しまいに電話がかかってきても一切取らなかったら、65歳になっていた。体重だけじゃなくて、仕事のストレスや、退職に向けたお片付けのストレスで、結構、動悸・不整脈・脈飛び、とかあったけど、まあ、今は無くなった。暮れから悪化してた両手の指のへバーデン結節のような痛みも、止った。違和感はまだあるけど。なんせ、もう、頑張らなくてもいいから。心と身体って、こんなにも密接なのねって、感心する。。。今は、少なくとも、望んでいた自由を手に入れている。起きなくてもいい、寝なくてもいい、食べなくてもいい、なんでもいい・・・この解放感を、お金もあって満喫出来たら良かったんだけど、然に非ず。ま、手持ちの現金で6月を乗り越えたら、7月にはちょっとお金はいるし、8月にはまとまって年金も入るだろう・・・それまでの辛抱と思って、細かい現金をかき集めて引き落とし口座に突っ込んでいる。口座が、4つに分かれているのがまた面倒だけど、自分のが2つ、元夫君名義が2つ。そもそもの、サプリや野菜ジュースやなんやかんやを減らせば、引き落とされる金額も減るのだから、当然ながら、スリムに、タイトに、厳重に、本当に必要なものに絞っていく作業中だ。昨日判明したカゴメの野菜ジュースみたいに、絞り過ぎて失敗してたりとか。。。まあ、ちょっと、減らせないのが、膝の管理用の朝晩のコラーゲンとかプロテオグリカンとか。しかた無い所もあるし、必要なものは必要だ。カルシウム、ビタミンD、鉄分、視力や聴力の管理も、父や母、祖父母などを見ていて要ると判断。骨粗鬆症は、なるだけ遠ざけていたいし、耳が遠くなるのは、少しでも後の方がいいし、目が悪くなると趣味の細かい作業に響く。あとは、認知症対策だけど、これは、祖父母も両親も大丈夫だったんで、大丈夫かと。色々なことを、身をもって示してくれながら、老いていき、先立って行ったので、自分なりに健康で長生きすることで、悔いを残さず、その恩に報いたいと思っている。老いる・悔いる・報いる、老い・悔い・報い、この三つは3つしかないヤ行上二段活用の動詞で、「老ゆ・悔ゆ・報ゆ」はセットで教えてきた。「親の恩 報いて悔い無く 我も老ゆ」いや、実際は悔いだらけだけど、もう母親しか残っていないので、頑張って親孝行しよう。昼ごはんは、基本はもち米の玄米のおむすび200gと晩御飯用の残りとか余分に前もって作ったのとか。で、晩御飯は野菜とタンパク質となっている。帰宅後、寝る前に、もう一つコラーゲンとプロテオグリカン入りの少量のドリンクを飲む。あとは熟睡を助けるテアニン入りのゼリー2口。効いていない気もするけど、今あるのは無くなるまで続ける。このゼリーはもう注文を打ち切ったものの一つだ。導眠剤を続けているので、寝ることは寝ているが、熟睡かというと、寝る時間に問題があるから、疑問だ。でも、それって、自分の問題よねって、思っている。ま、今日は、もう25時になろうとしている。帰って寝よう。往んで風呂入って寝よ。(いんでふろいってねよ)・・・
2024年05月14日
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不束者と言う言葉は、時代劇を観なくなってから聞くことが無いが、不束乍らとは、今も言うのだろうか。昔、「侍飛脚」だかなんだかいう時代劇で「卒爾乍ら申し上げます」を多用する若侍が居て、当時としては知らない言葉だったので、卒爾乍らッてどういう意味なん?って教えてもらった記憶が。昔は、家族でテレビを観ていたから、わからない言葉は即座の聞くことができたし、情報は全て共有されていた。その後、祖父母と同居するようになってから、祖父母は祖父母の部屋でテレビを観るようになり、違う番組を観ることも、或いは祖父母だけがテレビを観ていることもあった。私は「卒爾乍ら」っていう言い回しは、謙遜して言うものだと言うことは状況からわかっていたが、「卒」に、にわかにとか突然にという意味があることを知らなかったのだ。他の浪人たちは素性が侍っぽかったけど、あの若侍はどうも本当は侍ではないのではないかと、そう言う設定で観ていた気がする。だから、普通に浪人なら使わないような「卒爾乍ら申し上げる」なんて言ってたような。不束な娘ではございますが、不束者ではございますが、って今でも言うのかなぁ。不束には、「至らない・未熟だ」というニュアンスがあると思っていたがなんと、「太くてたくましい・のびやかな」って意味の使い方もあるらしい。昨日は、注文していた米が届く日だったんだけど、米と一緒に届いていたはずの野菜ジュースが届かず、今日になって気になってネットで注文状況を確認したらなんと4月以降は、毎月じゃなくて2か月に一度になるように変更していた。のを忘れていた。どうも届かないと思ったら、自分で焦って変更したものだった。愚かなり・・・カゴメの市販品の無いタイプの野菜ジュースで、毎朝、それでサプリを飲んでるんで、普通の野菜ジュースでは、サプリが飲めない。というか、無茶苦茶飲みにくい。変だなぁと思っていた。試行錯誤の末、カゴメのスムージーを買ってみて、それで飲んでいる。それだと量が多くて、粘性も高いので、まあ飲めるし、1本で二日飲めるから割安だ。取り寄せている野菜ジュースが高いので、おそらくは年金生活になったら払えないと思ったのだろう。いやいや、払うし。1本が100円くらいのカゴメの安いのを飲んでみて、全然ちがうやんって、納得している。お値段なりの価値がちゃんとあった。ベリーとザクロのスムージーもまあ、鉄分とか取れるし、悪くは無いけど、違うなって、思った。今日、例えば、朝から野菜っていうと、おむすびの中の舞茸と、ミニトマトぐらいだ。意図して、多品種を取ることはなかなかできるものではない。だから野菜ジュースなんだけど、カゴメの*「つぶより野菜」で、結構摂れてたんだって分かった。甘くもなく、別に美味しいとも思わないけど、少なくとも、市販のとは違う。*値段も2倍以上する。自分が契約内容を変更していたことをしっかり忘れて思い出さないところに、感動すら覚える。かつ、他にも、激動の4ヶ月(1・2・3・4)に、気づかずにやらかしてることが、あるやも知れぬ。ちょっと年度末の成績処理と、退職と、元夫君のガンと、無賃金&無年金生活ショックとで、テンパっていたことを自覚する。無自覚に、テンパっていたことを、今になって自覚するのだ。。。こえぇ~~~~よぉお~~~~!まだ、何か、これからも、発覚するかもしれない。取り敢えず、明日は、米代の払込に行かなきゃいけない。二か月分で19350円素浪人一年生、大丈夫か・・・さて、今日は、母の日だった。金曜日に1つ、今日1つ、カーネーションをもらった。イオンの安いカーネーションを2年連続してもらってるけど、商業倫理に悖るひどさで、生産者と、贈ってくれる卒業生に申し訳ないような状態のが届く。もう咲ききって終わった花がいっぱいあるのって、あかんよな。それを摘んだら貧相になるからって、摘まないままのを送る業者ってひどすぎるやん。貰うほうは、くれる相手にとやかく言えないと言うのを見越しているのか・・・まあ、去年も、今年もひどかった。そう言えば、小学生の頃、PTAからかなんか知らんけど、母の日に、小さなカーネーションのブローチみたいなのが配られていた。私たちは赤いのをもらうんだけど、一人白いのをもらう子が居て、その子はお母さんが亡くなられていると言うことだった。昭和40年代の初頭だ。今の人権感覚だと信じられないような行為だけど、当時は、そうだった。今日、ふっとその子の名前をフルネームで思い出した。友達でもなんでもないのに、思いがけず思い出したのは、その時のショックが、私にとってよほど大きかったからだと思われる。今、母の日を商業的にあれやこれやと言うのは、子供を持ちたいと望んでいて得られなかった、得られていない、人にとって、どうなんだろうと、ふと思った。今日、直接、私にカーネーションの鉢物をくれた卒業生の子は、乳がんのサバイバーで、35歳くらいの時に手術をした。部分切除で転移も無かったんだけど、仕事を続けられないくらい、追加治療が体質的に辛かったみたいで、一時は髪も抜け落ちて、ウイッグだった。随分と苦労していた。つらい時期が長かったけど、その間も、ずっと支えてくれてた年下の彼氏と、その後、結婚した。一度、流産もして、もう、子供は望めないのかと思っていた。それもありかなぁ、仕方ないかなぁと思っていたが、一旦復職した仕事を辞めて、不妊治療に取り組んでいたようで、41歳にして、今、妊娠中だと言う報告も、花と合わせて、してくれた。5ヶ月になると言う。年下の、中学生の時からの憧れの人との恋を実らせた一途な彼氏が、後ろで、嬉しそうにはにかんでいた。ああ、勿論、私には、不安も山ほどある。41歳の、初産の、無事に出産までたどり着いても、生まれてくる子のことも不安だらけだ。だけど、おくびにも出せない。ただただ、「大事にしてよ、油断したらあかんよ。気を付けてよ。」って言うのみだ。この娘は、中国で生まれ、日本人の孫としてさげすまれ、日本に帰れと言われ続けていた。残留婦人だったおばあちゃんの帰国に付き添って、一家で来日したけど、言葉もしゃべれないまま父親は、心を病んでいった。帰国後、祖母は、たったの一言も、中国語をしゃべらなくなったそうだ。一方で、中国語しか話せない息子夫婦とその子供たちは、大変な苦労を強いられた。上の子が、日本の中学を経て、高校に入学した時、もう18歳、卒業した時は21歳になっていた。ただ、彼は中国でも優秀な生徒で、英語が堪能だったから、高校では苦労せず、大学にやった。そして、下の娘も、17歳で高校に入ってきた。学年が違い、担任とも合わなかった。苦労した。中国に帰れと言われると、お兄ちゃんも、言っていたくらいだから。一年後に、後に結婚する相手が、後輩として入学してきた。彼は、フィリピンから来ていた。日本は、第二次世界大戦に負けた時、アジアのあちこちに国民を棄ててきた。私は、たまたま両親が共に引揚者の子だからそれを知っている。年配でも、知らない人が多い。けれど、事実は事実で、私も、フィリピン残留婦人の孫を担任したことがある。私の祖父は、ソ連人に樺太で抑留されていたので、強い憎しみと苦しみの記憶を持っていた。私の母は、台湾から戦況の悪化する前に引き揚げてきて、無事だった。無事ではなかった人たちも沢山いた事実を、忘れたがりの日本人は、無かったことにしたがる。しかし、残留婦人たちには、現実に日本の記憶や戸籍もあるので、無視しきれない。今日、私が、祝福した夫婦は、決して若いカップルではないので、まだまだ予断を許さない。無事に、出産を迎えられるよう、祈る日々が始まる。今からでも入院して欲しいくらいだ。経産婦でも41歳は、大変な高齢だから。。。
2024年05月13日
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散歩って、言うのは、目的があってどこかに行くのではなくて、歩くことを目的とした行為である???私は、高校生の頃から膝が悪いせいで、無駄に歩くことはしたくない。途中で、動けなくなることが、怖いからだ。実際、今でも、夜に帰ろうとして蔵の椅子から立ち上がる時、両方の膝が痛かったりする。今日は、たった2000歩を歩くだけなのに、最初の100歩くらいから、左膝が痛かった。関節は、無限の資源ではない。だましだまし、ちょっとだけ、膝関節の寿命を延ばすために、使うべき。そう思わせる痛み出しだったが、歩き方を変えて、よぼよぼ歩いたら、なんとか2000歩は歩けた。靭帯を切る前は、もう少し颯爽と歩けるようになっていたのだが、靭帯を切ってからは、もうどうしようもない。なんであんな馬鹿なことをして、靭帯切るかなって思っても、どうしようもない。時間は戻せないからね。もし、ジュリーの追っかけしてなかったら、靭帯切った時点で、歩けてないかもしれない。装具を付けてまで、リハビリをし、杖を突き、仕事を続けていたのは、ジュリーのコンサートに行きたいからだ。目標が有れば、結構、できない努力もできるものなのだ。今も、あの時の装具は、ベッドの足元の横に置いてある。あの時、私に、リハビリを紹介してくれた同僚にも感謝だ。控えめに、「こんなんもありますよ」って言ってくれた若いバスケットボールの選手。きっと、彼も、競技生活の中で、何度か膝をやっているのだ。磁気加圧トレーニングを選択して、靭帯の再建手術は回避した。回避しても、なんとか歩けるようになったから、10年以上勤め続けた。チャンスが有ったらお礼を言いたいが、阪神間の人だから、会う機会が無いままだ。その後知り合いになったサッカーの選手は、3回靭帯切って再建したから、もう切れたら終わりと言っていた。それでも人生は続いていくのだから、終わりじゃなくて、路線変更ってことだが。若い人は、歩けない怖さを本当の意味では知らない。失敗は、経験値になる。ただ、何処までは取り戻せるけど、何処からは致命的かとかは、若い人ほど知らないものだ。失敗経験は肋骨折りまくって、山ほど積んだ。最後に肋骨を折ったのは、意外と最近だ。愚かにも家の階段の手すりに強くぶつけた。高齢者らしい、自宅での骨折だ。まったく、情けない。でも、肋骨の亀裂骨折くらい、湿布も貼らなくていいくらい、他の痛みがいっぱいあるから・・・って、もっと情けないか・・・散歩には、条件がある。無事に歩いて帰れる範囲と言うことだ。だから、途中まで車で行って、駐車場があって、散歩して来れるところと言うことだ。と言うことは、私の買い物は、散歩にも近いものだと言える。家からだと、地元の人たちの散策するコースがすぐそこにある。しかし、そのコースのスタート地点に立つまでが、大変で、万一を考えたら、億劫になる。この、とことん面倒くさいと思ってしまう性格を、まずは矯正しなければ、散歩にはたどり着けない。ノーバイデーの健康対策に、散歩だ。逆に言えば、天気の悪い日は、買い物に行けばいいのだ。最近、やっと、買わない買い物ができるようになった。「今日じゃない。今じゃない。」そう言い聞かせながら、歩けるのだ。怪しくて、迷惑なおばあさんだな・・・私って。明日は、買い物に行く。大したものを買わないけど、健康のために歩数を稼ぎに買い物に行く。日曜日の昼間、堅気な皆さんの邪魔にならないように気を付けながら歩こう。。。だいたい、精々歩いても2000歩なんだけどね。今日は2888くらいで、歩数計は終わっている。健康長寿には、11000歩 / 毎日、目標らしい。だから、あんなに歩くために歩いている人が多いのか。。。いつも、地元民の散歩コースを横目に見ていて、最近やっと理由がわかってきた。あれは、「趣味の健康」なんだなぁ。そして、時間的経済的余裕が無いと、できないことなんだな。歩いている人たちが、暇な小金持ちに思えてきた・・・
2024年05月11日
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今日は、花金ではないか・・・もしかして。。。3月までなら、あれほど嬉しかった金曜日の晩だ。待ち遠しかった金曜日の晩だ。ま、365連休の素浪人一年生の今となっては、何が違うんじゃぁあ!?って感じですが。そもそも、昨晩が、異常に寒くて、深夜から明け方まで10度ほどしか気温が無くて、寝る前の段階で、結構覚悟して、久しぶりにベッドのマットを加温したくらい。昨夜の今頃なら、上着を一枚足してたね。それで、覚悟して寝たから、途中で目覚めても、いやいや9時間は寝るぞ!ってかつての土曜日や日曜日の朝のように、9時間は布団で過ごす!と決めて寝たので、今日は、別に寝足りないってことがない。金曜日って言っても、別段のことは、無いのだ。強いて言えば、そうだなぁ、明日と明後日は、そこらの郵便局は閉まってる。他には・・・第二日曜日はイオン系列に行くぞ!・・・なあんも思いつかん。この、ワクワク感の無さは、私がテレビを観ないからかなぁ・・・一週間に一度を待つっていうのが、連続物のテレビを観る楽しみなのかもしれないけど、もともと観ないし。野球観戦とか、日本球界にはもうあんまり興味ないし。サッカーも、プレミアリーグとかブンデスリーグとか・・・そもそもテレビが地上波デジタルかなんかなった時から、あの砂嵐の晩から、意地でも観んぞ!と思って、今に至るので、どうしても見たい番組の時は、Tverとか使うけど、それも、最近は無いな。ネットで、観られるものを、観たければ観るけどって感じだ。そうそう、今日、自分の記憶のあやふやさを思ったんだけど清兵衛と瓢箪という志賀直哉の作品と、笑われた子っていう横光利一の作品とが、頭の中で混戦していて、清兵衛が、下駄屋にされたって思いこんでた。横光の作品を読んだのは、中学の頃だからもう50年以上前だ。「蠅」という作品が教科書に載っていて、それで続きで読んだと思う。家にあった全集かなんかで。清兵衛と瓢箪は、母の持っていた教科書に載っていたものか、習った記憶は無いから。志賀直哉は、「城崎にて」くらいを教科書で読んだはずだ。あるいは、小僧の神様とかいうの?どちらにしろ、横光も志賀直哉も、湿気た作家としてしか認識されておらず、全集を夢中で読んだ芥川とか森鴎外の前には、影が薄い。私の読書傾向は結構はっきりしていて、子供のころから日常を描いた作品には興味が沸かない。職業的には困ったもんだが、夏目漱石でさえ、坊ちゃんと我が猫くらいで、後は読んでいない。「高等遊民」などが出てくる時代背景も無理で、「こころ」を読んだのは職業上の必要からだ。それも、60歳近くなって、渋々読んだ。読み返しもしたくない作品だ。だから、横光の作品なんか、読んだことさえ忘れていて、湿気た内容だったから志賀直哉かなくらいに。私は、「仮面」とか「面」とかが、苦手なんである。昔読んだ漫画で、トラウマになった作品があって、余計に無理だ。だから、「笑われた子」の作品中に出てくる面の顔も、勝手に想像して気味悪がっている。読書傾向の主たる原因は、思うに、早い時期に外国文学に触れたせいだ。父が読み貸せてくれた作品は、小学校の1年生にして、「ああ無情」だったり「クオレ」だったり、「ドン・キホーテ」だったりした。自分で読めるようにルビがふってあるわけだから、小学生にしてはもう「三銃士」とか、お子ちゃま向けにリライトしてあるとは言え、読んでいる。平家物語とか、義経記とか読んでいる日常で、清兵衛と瓢箪とか、面白いはずがない。。。そんなものよりは、中学生なら、プルターク英雄伝とか、ギリシャ・ローマ神話とか、北欧神話とか三国志・水滸伝とか、読みふけっていた。生まれて初めて徹夜して読んだ本は、中学2年生の時の「大地」だった。長編小説って、巻置く能わずってなるから。。。一方で、英雄伝から入って、世界の歴史とか日本の歴史とかも耽読していて、父の書斎にある本は、全部自分のものと思っていた。乱読で、多読で、速読だ。もう一生分くらいの本は、大学に入るまでに読んだ気がする。一方で、赤毛のアンシリーズとか、大人になるまで読んでいなかった。アンがギルバートの頭で石板を割った時点で、先に進めなくなったことを覚えている。読み始めたのは、20代の半ばから。若草物語のシリーズとかも。勿論、全巻フルで読破し、作者の伝記も読んで、今も捨てずに廊下のブックマンに位置を占めている。赤毛のアンの邦訳を村岡花子さんから入るのは普通だが、松本侑子さんでも読み直したのは、ハーブの勉強をしたからだ。あの手の本で子供の頃に読んでいたのは「あしながおじさん」だけだ。あしながおじさんは、私の敬語の先生でもある。淀みなく、全く困らない美しい敬語を使いこなせるようになったのは、手紙の、話しかけるような、まるでブログのように日常を綴った文章を繰り返し読んだおかげだろう。だって、子供の頃、そんな敬語を使う機会なんて無かったし、大学で、授業を受けるようになって初めて、自分の敬語はすごいんだって、わかった。なんせ、私の人格や中身と関係なく、自動変換されて敬語が出てくるのだから、「どこのお嬢様???」と、その外見とのギャップに驚かれていた。誰からも教わらない。読書で身についたものだ。しかもその頃、高校2年生のある日までは、文字はかなくぎ流で、ほぼ漢字を書けないまま、インプットだけが延々と続いていたのだから。。。今日の気づきその一、私は、志賀直哉と横光利一とどちらもろくに読んでいない。川端康成に至っては、全く、読んでいない。今日の気づきその二、私は、二宮金次郎は評価しないが、二宮尊徳は評価するのは、井上ひさしが書いた文章のせいだ。その文章は、中学時代に、父の書斎で読んだ。そこは、今、私が帰省するたびに寝泊まりしている部屋だ。農村経済学者としての二宮尊徳を知らないまま、二宮金次郎の像を鋳つぶすのは勿体ないなぁ。二宮金次郎のしていたことは、実は入会地の使い方としてはoutなんだけど、当時は、ある意味気の毒がられていて、大目に見てもらっていたのだと思う。入会地や入会権は、非常に重要な語である。
2024年05月11日
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全くの無反省の上に立って、昨日と同様に朝起きず、しかも、ドジャーズ戦は既に終わっていて、勝っていて、かつ大谷君は無安打だった。ここだけ情報確認して、もう一度寝た。なんたって、最低でも7時間半寝る覚悟だから。昨日もだけど、今朝も、仕事してた時の重苦しい夢を見た。朝の二度寝の夢って、なんでこんなに生々しく自分の抱えてた問題とかを見せるんだろう。働いてた頃も、休日の二度寝の夢って、自分の心理的な課題を問うてくる夢が多かった。そうじゃない夢の時は、子供時代からの人生で、出会った人が出てくる。夢で出会った人とは、そのすぐ後に出会うか、何らかの情報が伝わってくる。予知夢だったり、虫の知らせって感じの夢がある。うたたねに恋しき人を見てしより夢てふものは頼み初めてき・・・小野小町?だっけまあ、私の場合は、恋しい人は出てきた例は無いので、残念だなぁ。ジュリーとか夢に見放題だったらいいのに。ジュリーと言えば、今日、ふいに、ジュリーのACTシリーズのボリス・ヴィアンを思い出した。「俺、スノッブ」ってジュリーが歌うシーンとか。「日々の泡」・・・「うたかたの記」だっけか。フランス語の「泡」のニュアンスには、「うたかた」という邦訳がすごく良く会う。子供の頃、父がお風呂場に手書きの歌詞を貼り出して歌を教えてくれたことがあって、「ヴェニスの舟唄」だったと思うんだけど「さざれの真珠となぞらふ泡沫の哀しき舟出を慕ふらん」・・・今、youtubeで倍賞千恵子さんが歌うのを聞きながら歌詞を見たら、私が覚えてる4番までの歌詞は結構順序が入れ替わってた。私はこの父の貼り出したカレンダーの裏の文字を今でも覚えていて、「辿る」が読めなかったのを教わった。耳と目から覚えたので、私の古典の基礎的な素養は、父が五右衛門風呂の横の壁に貼り出した文字とか、一緒に晩御飯の後の茶椀洗いとかをしながら覚えた歌の歌詞によるものが半分で、後は、百人一首とか万葉集の手作り歌留多とかによるものだと思いつく。父はよくドイツ歌曲をドイツ語でも歌っていたが、日本語の歌詞も教えて切れた。「菩提樹」とか「さらば故郷」とか「野ばら」とか・・・ドイツ語はカタカナでしかないので、記憶にとどまっていなくて、断片的だ。「野ばら」はウェルナーの方が好きだったので、その後、一生懸命覚えた。邦訳はどれも古語なので、美しい日本語だった。当時は意味は分かっていないのだが、後から、高校生以降に、文法的にも分かるようになった。例文の蓄積という点では、音楽と古文とか、音楽と英文とかはとっても有効だと思う。私は中学の音楽の教科書で「平城山」という歌曲が好きだった。その後、大学で卒論でもこの平城山の元になった笠女郎の歌を取り上げた。平城山以前にも家にあった「万葉集」の本で、笠女郎の歌を知っていたし、好きだったから、余計に音楽の教科書の歌が好きだったのかもしれない。今でも、帰宅する車の中で平城山を歌う時は、1番と2番の歌詞の続きに笠女郎の歌を歌う。君に恋ひ いたもすべ無み 平城山の 小松(おまつ)が元に 立ち嘆くかも人恋ふは 悲しきものと 平城山に もとほり来つつ 耐へがたかりきいにしへも 夫(つま)に恋ひつつ 越え慕ふ 平城山の道に 涙落としぬ笠女郎の歌に先立つ磐之媛后の歌は、平城山の所縁の歌ではあるけれども、よほど激烈。さすがに、別の皇女を留守中に後宮に入れた仁徳天皇を許さず、そのまま都に戻らずに没した人。君が行き日長くなりぬ 山たづね迎へか行かむ 待ちにか待たむかくばかり恋ひつゝあらずは 高山の磐根し枕(ま)きて 死なましものを強烈な歌だわ。我が家の万葉集の歌留多60首中には、「かくばかり」の方が採られていた。「磐媛后」と書かれていたと思う。選んだのは、多分父だったはずだから、父は茂吉の万葉秀歌の中でもこの歌が好きだったのかもしれない。死んだ祖母は、気の強い人だったと聞いているから、その影響かも。笠女郎の歌の方が、磐之媛后の歌よりも平城山の歌に近い気がする。私は、大伴家持と笠女郎とは結婚してるはずと思っていて、卒論でも彼女の影響力に言及してるから、余計に。。。あ、思いがけず笠女郎のことなんか書いてて、脱線に脱線を重ねている。閑話休題で、今日も遅い時間に起き出して、昨日と同じルートをたどって、今日は前庭から一周ぐるりと草を刈り、と言っても立ったままザクザク切っただけだけど。それから軽自動車税を納入にまた昨日と同じルートで同じ郵便局に行き、多分、郵便局の人にあきれられて、「いっぺんに来んかい!」と思われているかも。今日は、ブロッコリーが158円だから、それを買いに行って、そのまま蔵に。今日は九日で、明日は十日。十日は、ポイントが5倍の日であるので、今日は最低限の買い物。残りは明日。そして、12日の日曜日。なんだか、第二日曜日は5%offの日らしい。しかもスマホで決済なら、ポイントは5倍(2.5%)付くから、どうでもいいものは12日に買おう。今まで、新聞の折り込みチラシを見たことが無かった私は、全くそんな情報とは無縁だった。まあ、イオンでスマホで決済なんてことも、最近まで仕方も知らんかったくらいやからな。しかし、知ってしまった以上は、使わない手はない。毎月15日はGGワオンの日とか言って、イオンの年寄優待の5%offポイント5倍なんだけど、知ってても、仕事で疲れ果ててたら、忘れてるじゃないか・・・まして、折り込みチラシなんて、本当にこの4月まで数十年、見てない日々だった。キリン堂の1品限定15%オフクーポンとか、全くの無駄にしてきたことを考える。ま、考えるだけだけど。もしかしたら、思いついた時に使うかもしれないから、切り取ってキーケースに入れてある。湿布以外に、思いつかないけども。。。さて、大谷君が活躍しない日は、一日が長い。困ったもんだ。帰って、ブロッコリーを調理しなきゃだな。今日も、ただただ、何もしない一日を満喫している。元夫君は、こんな暮らしをワンコと過ごすことで乗り切ってきたんだな。。。私は、起きて、ネットでスポーツ観戦して、草刈りをして、買い物に行って、ギター弾いて、調理して。ボケ防止にネットにブログ書いて・・・ああ、無為に過ごしている。無為っていいなぁ。無為に飽きたら、片付けようと思うんだけど、意外と、無為に飽きないから、全然片付かない。合間に、月に一度実家に帰ってたりしたら、永遠に無為に飽きる暇がないんじゃないだろうか。今日の気づきその一、郵便局で、納税のために、名前と電話番号を書かされる。それ以外に文字を書くことすらしていなかった。大脳生理学的には?、それはあかんと思った。文字も書かないと。ブログは文字を書かないから。その二、いつの間にか、郵便局の小銭の預け入れの手数料無料が100枚までになっていたが、これは、あくまでも窓口での話なので、ATMでは通用しません。どんだけAHOな人たちが考えるんやろう。ATMこそ、別に50枚が100枚になったって、裏で人間が数えるわけじゃないのに。多分、設定を変更できないんだろうな。手数料の。窓口は、4月1日から変更なんだけど、それは、人間だからできるんだな。。。愚かなり。今日の知見その一、歯磨きをしっかりして、歯周疾患を予防しないと、口腔から糖尿病になるらしい。父を見ていて、口腔衛生は重要と思っていたが、歯磨きだけでは、歯周病菌は死なないらしい。こわ~~~~明日の予定その一、明日は、明日の風が吹く。けど、明日は十日やから、マックスバリュにちょっと買い物に。もしかしたら、加古川市の固定資産税を払いに行く羽目になるかも・・・もう毎晩10回は、プレビューに失敗するんだけど。忍耐力を試されているね!今夜は20回、失敗中。
2024年05月09日
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昨日帰宅したら、そろそろ来ると思っていた固定資産税の振込用紙の第二弾、蔵のが届いていた。それと、イオンの配当金の受け取り用紙。イオンの配当金は、すずめの涙ほどしかないんだけど、買い物の3%分が現金で戻るから、生まれて初めて投資と言うものをしてみた時に、妹に頼んで買わせてもらって以来だ。本当にすずめの涙なんだけど、苦にならない。当時、25年かけていた生命保険が満期になって、その一部で、口座を開いたのだった。協栄生命の倒産を経て、紆余曲折有りまくりの生命保険だったが、ともかくも、25年。色々なローンを払ったりしたら、残らないので、ちょっと記念に作った口座だった。そこで、生まれて初めて自分の名義で株式と言うものを買って、それが、イオンだった。日常使っている唯一のスーパーがイオン系列だから、3%offでも嬉しいと思って。買ってから、すぐに2倍くらいになったあと、もう、増えない。かと言って、買い足すこともしないので、3%offに留まっている。いいんだよ。3%って、金利から考えたらすごいことだからって、自分に言い聞かせて10年。急ぎはしないけど、取り敢えず、納税と配当金の引き出しとに、郵便局に行くと決め、昨日は、「ハルメク」が届いていたのを読んでから、寝た。寝る前に、炊き込みご飯を仕込み、ブロッコリー2つを蒸して・・・で、なんか、寝るのが遅いと、途中で一度朝が来て目が覚めてしまう。これは、中途覚醒とは言わないだろう。正常な覚醒だ。一応トイレに降りる。でも、そこは、素浪人一年生だから、無理してでも、意地になって、もう一度寝る。9時間は無理でも、7時間半は寝たいから。炊き込みご飯は11時に炊き上がるようにセットしてあるので、10時半ごろに匂いがしてきて、さすがに起きた。この時点で、マエケンは、衝撃の2回7失点でKO!!今永は、無失点記録を更新中だったのに、次に見たら、今永も8回にツーランを喰らって、降板していた。なんで8回まで引っ張ったの!?って。オイオイだぜ。18番トリオ、ヤバいじゃんって、まるでおっさんのように、真昼間から、これから始まるドジャーズの山本由伸を心配していた。朝のジュースとサプリを済ませて、炊きあがった炊き込みご飯を200gずつ計量して、ラップで結び、一つを持って2階に上がってネットをつないで見たら、もう、いきなりソロホームランを初回初球で喰らっていた。でも、そこはそれ、後続を断って、1回の裏の攻撃で、大谷君とかが出塁して、満塁で、5番のマンシーが満塁HR打ってって・・・まるで漫画。いや、漫画以上の展開で、見る間にHR攻勢で、山本由伸は、8回終りまで投げて、ソロ2本打たれたけど、勝ち投手になって。。。懸案だった正捕手とのコンビも、まあまあ、今までよりは、改善されたとみるべきだろう。由伸が投げるたびに、正捕手(四番バッター)のスミスが出られないのは、ちょっとありえないから。しかも、DHには、大谷君が座っている以上、4番のスミスをDHでっていう使い方は、できない。前回は、大谷君休養で、そうなったけど、毎度ってわけにはいかない。由伸登板の度に、大谷休養っていうのは、嫌だもん。去年まで、大谷が投げる時に、トラウトがよく休養だったのが、結構嫌だった。。。終わってみれば、今永の逆転負けも、カブスのみんなの頑張りで消えて、カブスはサヨナラ勝ち。7回までにしとけば良かったとほんと、悔やまれる。タイガースも、結果的に11点とって、勝って、マエケンの黒星は消えたけど。ドジャーズは、安定の首位。。。そりゃあ、日本のエースが投げて、銀河系軍団が打って、勝てないはずがない。今日の問題点は、大谷君が2四球で2打数無安打だったくらいかな。。。でも、メジャーで今日も、打率1位をキープしていた。HRキングの争いは、意外と、マンシーとのチーム内競争かも。打率は、ムーキーとのチーム内競争で、打点は、スミスか、フリーマン?とのチーム内競争???この時点で、昼ご飯用のおむすびは食べ終わっている。そこで、蔵行きの支度をしてから、庭に出た。今日は裏庭ではなくて、表側の南面するフェンス際を中心に除草。若い竹の新芽を切り、ススキを切り、セイタカアワダチソウを抜き、通路を塞ぐヤツデの葉を切った。毎日、ちょっとでも、する。その気持ちをちゃんと維持したいと思って。今日は、そんなわけで、途中までは滅茶苦茶充実したオッサンなメジャーリーグ観戦。そこからは、一筆書きの最短ルートで、郵便局に行き、スーパーへ行った。昨日はノーバイデイだったが、今日はちゃんと買い物をしないといけなくて、ミルミルが切れているので買って、本当なら、鯛の刺身の切り落としを買うはずが、野球観戦で出遅れて売り切れていたので、代わりに、ノルウェー産のサーモンのお造りを買った。昨日の脳内では、鯛のカルパッチョのはずだったが、無いものはしょうがない。ベランダの紫玉葱はもう収穫適期を迎えており、パセリも使わなきゃいけない。この際、カルパッチョは、サーモンで行こう!というわけで、30%offのサーモンのお造りをさらに半分にスライスして、紫玉葱のスライスとてんこ盛りのパセリのみじん切りも乗せて、トマトのスライスを飾って、上からドレッシングをたっぷり振りかけて、冷蔵庫へ。その勢いで、今日使う玉葱の葉も収穫した。麻婆豆腐のネギの替わり。昨日収穫した大葉は、明日使おう。茗荷も買ってあるから。。。ベランダのミョウガも早く収穫できるようになってほしいところだ。長いこと色んなハーブを勉強したり栽培したり、実際ドイツのクラインガルテン見たりしたけど、普通に日本人が必要なハーブって、ネギと大葉と、パセリ。これにニラと、バジルと有れば、日々は満足な気がする。三つ葉は、まあ、私みたいにお浸しにする人あんまり居ないと思うけど。ニラは、広島の友達が素麺の薬味に使うって言って、驚いたのを思い出す。絶対にニラは素麺に使わない派。毎日でも、卵とじで食べたい。あ、忘れてたのを思い出した。昨日の5月7日の晩御飯、細ネギの卵とじも作ったのを、忘れてた。ボケボケやぁ。細ネギを買ったのは、他でもない。冷や奴と合わせる薬味を育てる為。だから、上の葉を、使わないとねって思って、買ったんだった。豆苗と違って、ちょっと勝算がある。HB101を使って、丈夫に外で育てる算段。。。ベランダでは、ナスタチウムも花をつけてきている。そのうち、葉っぱを刻んで食べよう。自宅の前庭で、元夫君に切られた紫燕飛舞という薔薇が花をつけている。生きてたんだね。というわけで、前半はオッサン、後半はオバサンな、皐月八日。。。今夜は、今から、ポーチドサーモンを準備するところ。アスタキサンチンは、目の健康を維持するのに大切な赤い色素。そう思って食べると、サーモンもありがたいもののはず・・・
2024年05月08日
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365連休中の身の上では、曜日の感覚はゴミ出し日の感覚だ。我が家では捨てに行くのは元夫君。捨てに行くって言っても、門出て20歩くらい。ただ、私は仕事をしていた時は朝がギリギリの時間で、今は、起きるのが面倒で、相変わらず、元夫君が捨てに行く。9時に寝て、5時や4時半に起きている人は、朝起きるのは平気らしい。でも、ゴミを市の指定の袋にまとめて、新しい袋をセットしてっていうのは、私がしている。無職の素浪人になってから、心掛けていることは、ゴミの容積を減らして、絶対に1袋に収めること。まあ、週に2回も収集日はあるんだし、1袋に納まるのは当然なんだけども。今までしてなかったのは、例えば、毎日の自分の飲んでる野菜ジュースのカートンを切開する。玉子のパッケージも、完全に平たくなるまで重ねて切開する。元夫君の納豆のパックも、重ねて隙間を減らす。生活の中では、無駄に見えても減らせないものがある。例えば、除湿器。今は、日中もずっと開放できない状態なので、閉め切った室内には、除湿器が必要。電気代を食うから、他の電気を節約する。元夫君の老眼は進行するだけしているし、白内障も2度目の手術が必要だ。そんな状態では、カビとか、見えないし、埃も、犬の毛も、自分のカットした髪の毛も、なんにも気にならない、苦にならないと豪語していた。私も職場と蔵とだけならそれで我慢してたけど、今はもう我慢は不可能なんで、エアコンがかけられない間は、除湿器をかける。エアコンを使える状態にワンコの御殿が整理されて、エアコンも買い替えて、って来年か再来年だ。だから、毎日恐ろしい量の水を溜まったタンクから捨てている。花粉症の元夫君は、家の通風が晴天の日にはできない。有ろうことか、雨の日になると、階段の踊り場の窓を開けて、空気を入れてくる。彼の部屋は、快適なエアコンが稼働してるからそれでいいけど、一階の3室は、湿気が溜まって大変だ。犬のせいで、網戸がズタズタのままだから。どこのサッシも締め切りだった。今、一部屋だけ、やっと網戸が使えるようになった。一か所だけでは、風は通らないんだけど、雨の日だけもう一か所を開けられるのもちょっと・・・我が物顔の居候のせいで、メンテナンスもなにもあったものではない。屋根の吹き替えも、犬小屋のせいで、足場が組めないからできなかった。だから、建ててから一度も吹き替えていない。ボロボロのスレート瓦。。。まあ脱皮する以上は、どうでもいいんだけど、我慢比べだな。今日も、庭の草刈りはちょっとだけできた。毎日ちょっとだけでもやるのとやらないのとでは違う。三つ葉を収穫しがてら、ちょっとだけ草を刈る。今日も、蚊が寄ってきていた。蚊のシーズンになると、気が重いよなぁ。。。三つ葉の次は、茗荷、そう思って、頑張ろう。今日は、ノーバイデーだった。その代わり、ジパング倶楽部の入会金を払った。窓口しかダメな入会金の振込用紙で、手数料も払った。親孝行に帰省するのには、毎回新幹線代が発生するので、たとえ20%でも30%でも、ジパング倶楽部とやらで安くなってくれるなら、それに越したことはない。毎回、送迎してくれる妹には1万円を帰り際に渡している。こちらは、ディスカウントはされる見込みがないので、減らせるのはJRだけだ。手続きに2週間以上かかるらしい。果たして30日に間に合うのか???
2024年05月07日
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4月末に4泊5日で、帰省したが、5月もそうするつもりで、24からの帰省を想定していた。ところが、行きも帰りも、妹の行事予定とまるかぶりで、二進も三進も行かなくなって、帰省の予定を一旦キャンセルして、5月30日から6月3日と月を跨ぐことにした。24・25・26・27・28と帰る予定だったから、30・31・01・02・03となった。今のところ、30と03とも妹の予定は空いているらしい。たった20分や25分の送り迎えだけど、往復する妹には1時間仕事になる。これをしてもらえないなら帰省できないくらい、情けないほど、自分の足腰と心が衰えている。なんか、日程を調整しながら、なんでかなぁと思っていたら、それは、自分がもう65歳だったからだ。以前なら、在来線の乗り継ぎをしていた。今だって、自宅から姫路までは在来線を乗り継ぐし、大雨でもなければ、大丈夫なのだ。でも、実家の最寄り駅はいきなりの歩道橋からスタートする。これが、本当に苦痛。かつ、そこを避けて、前後のどちらかに行くにしても、送ってもらうことになる。戻ってくる時もそうだ。下関の駅のホーム、小倉駅の在来線と新幹線との乗り継ぎ。少ない本数の山陰線。あらゆる点で、昔とは違う。地域は衰えて、山陰本線なのに、去年から2駅奥以降は不通区間。私の足腰も、衰えて、無理をすることを恐れている。後から、酷い後悔をすることがわかっているからだ。リュックで重い荷物を背負えば、翌日から肩こりがひどい。手持ちの荷物が重ければ、ぎっくり腰や股関節痛につながる。何より、元々、膝が悪い。あれやこれやで、妹の送迎がどうしても必要になってしまうのだ。さらに、妹の言によれば、姪は怖くて送迎させられないと言うのだ。それって、どうなん?????私の中では、そんな30過ぎの娘を怖くて運転させられないっていうのは、信じがたい。また、なんか、妹は、姪の事で隠していることが有るのかもしれない。丁度15年前、まだ姪が高校1年生の時、山ほどの欠点を抱えて引きこもりかけてから、妹の中で、過剰な不安と、無謀な放置とが交錯している気がする。あの時も、しばらくは言わなかった。どうしようもなくなってから、やっと私に言った。そこから、宿題を見たりして、糸口を見つけ、なんとか高校を卒業させ、大学にも進学させた。その、大学時代も、色々あったのに、妹は、放置していたので、とことんこじれて、卒業が危うくなってしまっていた。私が、大学院に進んで資格を取るように言わなかったら、そもそも、単位の事さえ話し合ってなかった。大学との直接のやり取りで、卒業も危ぶまれると分かったのだった。だから、大学院どころではなくなって、やっと卒業単位を満たしてから、4月以降に専門学校に入り直した。2年後の専門学校卒業時にも、グダグダグルグルあって、なんとか、家の近くに仕事が見つかったけど、怖いから放置っていうのは、一番あかんと思うんよ。。。結局、その職場もコロナ禍で退職を余儀なくされたんだけど、そのことも、私はおろか、妹は、自分の上の娘にも隠していた。。。隠すってことは、まずいって思ってるってことよね。確かに、そうなんだけど、もう一度仕事を探すにも、事務的な仕事ってそんなにあるわけじゃない田舎で、せっかく取った医療事務系の資格とかを、活かすことをしたがらない。これまでに女性ばかりの環境では人間関係をこじらせ続けてきているので、医療事務なんて、まさにそういう職場だから嫌なんだと。。。その上、今の妹の姿勢のように、車の運転が不安だからさせたくないって言い始めたら、通勤自体ができなくなる。前は、通勤に車使っていたのに。実際、送迎を姪にしてもらっていたのに。それもできないと、妹は言う。。。妹自身が、人間関係をもつらせて25年で仕事を辞めているので、危惧があるのかもしれないけど。だからと言って、車の運転をしないで居たら、余計に恐怖心が強くなる気がするんだけど。仕事って、人間関係のもつれとかあるもので、付き物だと思うんだけど、私が子供時代に辛い思いを乗り越えた後は、もう失敗も怖くない、誰かが何とかしてくれるから。。。って、開き直って生きてきたのに比べて、妹は、そういうのが無かったから、強烈に辛い経験を就職後にしたと思う。私は、妬みや嫉み、やっかみの対象ではなかったけど、妹は対象になるような存在だった。なあんにも持たないで、その時その時の運と勘だけに頼って生きている私は、妬まれる余地が無い。妹は、色々とできて、色んなことで秀でているせいで、「出る杭は打たれる」状態だった。私は「出過ぎる杭は打たれない」って避けて通ってもらう方だったから、妹とは対人関係の距離感が違う。今は、仕事を辞めて、自分のしたいことだけをして、会いたい人にだけ会って生きている妹には、姪の痛みをブーストしてしまっているような感じを受けてしまう。兎も角も、私は、実家に帰省するし、日程を一週間ずらせば可能なようなので、そうする。気持ちを立て直して、今日を終えよう。
2024年05月07日
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昨日の晩から、気の重い案件が降って湧いた。母からの電話で、いつもより早い時間に、かかってきた。なんなん?と思ったら、中学の2年の時の担任の先生の名前を出してくるから、てっきり、亡くなられたのかと思ったら、さにあらず、その先生が、私の電話番号を、当時の同級生に聞かれたんだけど、知らないし、あなた良かったら教えてあげてってことで、母に依頼の電話だったらしい。それで、母が、私に、その同級生の名前を出して、私の連絡先を教えてもいいかってことだった。嫌に決まってるやん。私は、昔から、人付き合いは苦手なんだよ。職業柄、毎年何百人もの人と新たに会うから、特に、近年は、そういう部署にも居たから、人と会って話すことや電話で応対することは、仕事だけにしたいタイプ。なんで、そんな、小学校中学校の頃の、暗黒時代の私を知ってる人と話をしたい???母は、私がどんな辛い子供時代を転校した先の小学校や中学校で送ってきたか、知らないのか???ADHDの子にとって、転校がどれほど強いストレスか、小学校2年生になる時、兵庫県宝塚市から山口県下関市の寒村へやっと人に馴染んだ中学校2年生の3学期、更に田舎の中学へ迷惑でしかないやんか!それは、中学2年の時の担任は、その後母の同僚にもなったし、年齢も近くて親しいだろうけど、しかも、その時の担任の音楽の先生は、優秀な息子さんがいて、学校は違うものの、私と同じ学年の受験生だったから、折に触れて、母から話は聞いていた。互いは、気安い元同僚だろうが、私は、もう何十年も会っていない大昔の担任。50年くらい前に会ったのが最後???ってくらいだよ。中学2年生と言えば、途中での転校も決まっていたし、小学校時代の辛い人間関係も吹っ切れて、担任の中では、私は成績も優秀で、運動もできて、生徒会活動とかして、友達も多くてって、プラスのイメージしかないだろうけど、私は7歳から地獄のような転校生暮らしを送って、6年生でやっとまともな人間関係を形成できた人。小学生時代からの私を知っている人とか、向こうは忘れていても、私は忘れないから。・・・・・私は母に言った。電話番号は伝えないで。先方から携帯番号を聞いて。それに私がかけるから。で、今日の昼間の10時、母が担任に伝えた約束の時間に先方から電話がかかってきて、母が私の言葉を伝えて、電話番号を聞いてくれたらしい。できれば、電話ではなく、SMSで済ませたいと思ったので、携帯番号を聞いてもらうことにしていた。結果的に、私は、母の今夜の電話を聞いて、その相手に折り返し電話をかけた。神戸に来る用事があるので会えたら会って話もしたいけどと言うことだったが、その予定の日程は、丁度私が実家に次に帰る予定と重なっている。そう伝えたら、もう一件、8月の16日に、同窓会をする予定だから、と言われた。場所は、家の近所だ。それには、出られるだろう。まだ先だし。それで、担任も名前が出てきたのだと分かった。90歳近い老婆が、2人、電話で話をした内容には、同窓会の事も上がっていただろう。母も、昨日はしきりにクラス会をしているところの話をしていたから。65歳で、もう一度集まろうってことね。。。前回、60歳の案内が来た時は、多分、ブッチしている。。。だから、わざわざ、下準備に電話をかけて来たのかもしれない。なぜなら、私は、卒業生ではないからだ。卒業生名簿には、私の名前は無くて、私に声がかかるのは、卒業した方の中学校だったりする。この20年、同窓会と名のつくものには、大学でも高校でも中学でも、一切行っていない。無理だったから。時間と空間と、精神状態と、あらゆる点で。。。大学のは、卒業後一度も行っていない。高校のは1度きり。中学のが、結構行ってて2回くらい。まあ、今日の電話は、昨日からの24時間、私を辛く重苦しくさせた割に、その後は大丈夫だった。今の私は、一日一件が限界なんだ。同時にいくつかのことをこなす能力が無い。気力も無い。なのに、急に割り込んできたから。2024年5月5日は、以前から食事に行く予定が入っていた日。そこに全力を傾注していかないといけない日だったのに、案件が割り込んできて、辛い一日だった。食事してる間は、忘れられていたんだけれど。せっかく、美味しいスペイン料理を楽しむ日だったのに。な。。。昼食は、ワインを楽しみながら、スペイン料理をフルコースで。料理に合わせてスペイン産のワインを出してもらって、ロゼ2杯・白・赤と。前菜も4品、いつものハモンイベリコ、オリーブ、シェフの手作りのクロケットとソーセイジパン・コン・トマテも、普通のバゲットも。5月のお楽しみの白いアスパラガスも手長海老と手作りベーコンと一緒に、美味しかった。めっちゃ太いと思ったら、国内産ではなくて、フランスからの取り寄せだった。ガスパチョ、野菜の滋味、美味しゅうございました。青森県産の肉牛の4ヶ月熟成のステーキ、めっちゃやわらかくて、美味しかった。イカ墨を使ったパエリアに、最後はチーズケーキとエスプレッソ。スペインの田舎料理っていうけど、まあ、イニエスタがヴィッセル神戸の仲間やスペインからの友達を連れてきていただけのことはある。そうそうたびたびは行けないけど、今度は、またクリスマス前の時期を楽しみに。一緒に行く仲間と次回のための貯金を始めなければ。そんな豪勢な昼ご飯を食べた後の晩御飯は、当然・・・です!
2024年05月05日
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私の実家の台所は、IHクッカーになっている。父が、オール電化を目指した時に、一番重視したのが、安全性だった。皮肉なことに、父はこの導入直後に心臓にペースメーカーを入れたので、台所には立ち寄れなくなった。妹の主人は、IHクッカーとか、反対派だった。電磁波の危険性を強く危惧する人だから。父は、「うらべくめこさん」が、台所で着衣に引火して死んだことを非常に痛ましく思うと共に、やがては、母にもそんな日が来るかもしれないと考えて、母を説得してIHクッカーに替えた。オール電化のことは、良く分からないうちに帰省すると実家が太陽光発電とオール電化となっていた。父は、他にも、将来の衰えを考えて、二階への階段に、電動昇降椅子を設置した。母には不評だったが、一時期、母は、これを使って二階との昇降を余儀なくされていた。今は、もう、一人で二階に上がることはしなくなった。今の母には、一人でできることは、平行移動と玄関の昇降だ。勿論、台所にも立てるが、最小限のことを時間をかけてこなしている。しないと、できることは減る一方だと言うのは、私のパソコン関係がそうだったから間違いない。かつては一人でした居たこととかも、今は、必要が無くなったので、しない。しなくなると、次はできなくなる。忘れるとか、面倒になるとか、しまいに、できていた事実も忘れる。時間がかかってもやっていたことを、「あ、やっときました。」「それ、やっときます。」と悪魔のささやきが聞こえてくると、ああ、私がすると、邪魔で面倒なんだろうな・・・してもらったら、分秒。私がやろうとすると何時間も潰すから。でも、私は、母の台所仕事をしてほしいのだ。。。予定を考えて、買い物をして、コープの宅配だけども。自分でカタログから選んで印をつけて。妹が取りに来た時にそれを渡し、商品が届いたら、妹が届けてくれる。姪かもしれないけど。私が来たら、一緒にこれを食べようとか、美味しかったから、食べさせようとか、段取りを考えて買い物をして、楽しみにしながら待っていてくれる。ただ、袋から出してフライパンで温めるだけでも、そこには、母の選択がある。冷凍庫から、順を追って冷蔵庫に移されるものたちは、時には順番待ちがあっても、やがては消費されていく。朝から晩までの食器は、台所のボールで水につけられて、夕食の後で母が食洗器にセットする。朝になれば、乾いていて、順番に使われていくし、私が居なければ本当に決まった食器だけが、使われているのだ。母が「食べごと」と呼ぶ食事の支度は、母の機能面での作業療法であるから、大事なのだ。先だって、「すき焼き」と母が呼んだ牛肉と白ネギの甘辛炒めは、仕上げの味見を母に任せた。それだけでも、大満足の母の味なのだ。今、実家のあちこちには、可動式の手すりが床から天井までついている。ネジで固定してあって、空間の中心部に置かれて、手すりは輪っか状になっている。食堂と、廊下にあるから、これらで母は、伝い歩きをできる。最初に我が家に手すりが設置されたときは、食堂への出入りと、お勝手口の昇降用に、父が祖父母のためにつけたものだった。手すりがあることで、危険が減り、トイレに行くのもしばらく自力での期間が延びていた気がする。やがて、増築して、祖父母の部屋自体にトイレが設置された。実家には、母しか住んでいないけれど、トイレは2つもあるのだ。冷蔵庫も、スカスカのまま2つある。昔日の名残である。そろそろ、エアコンを取り換えるべき部屋が二つあるが、母の居室と食堂と台所は、大丈夫なので、様子を見ることになるだろう。私が帰省中に使っている部屋のは、優先度が高い。次が、使っていない祖父母の居た、その後、父が使っていた部屋のエアコンだ。もう少ししてから、考えよう。今は、先立つものが無い。
2024年05月04日
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こないだ、yumiさんのブログで、お昼にお刺身を買ってきてっていうのがあって、その後、歯の冠が取れちゃってという展開だったんだけど、私も、昼にお造りっていいなぁと思って、3種類試してみた。それぞれの個性があって、一舟ずつだったけど、昼間っから贅沢した。最初に、カツオのたたきの切り落としを食べた。198円次に、鯛のお造りの切り落としを食べた。398円最後にぶりのお造りの切り落としを食べた。398円都合、994円だな。究極何もしないために、今日は、薬味も何も準備せず、店頭に一緒においてあった、カツオのたたき用の酢醤油と、それぞれにお造り用のわさびと、刺身醤油。で、さすがに、これだけでは、ちょっとと思って、ワインを開けた。昼間から、ワインと魚って取り合わせだから、ワインは、白なんだけど、たまたま前から気になってた面白い形のボトルのワインが、白は白なんだけど、飲み始めてからあれぇと思ってラベルを見たら、ドイツのアイスワインだった。。。しまった。これは、甘過ぎた。けど、もう開けちゃったし、もう一本って言うのも、なかなかだ。仕方なく、アイスワインで、お刺身を真昼間から。うーん、辛口の白なら良かったのに。よりによってデザートワインだ。2007年のだった。長く家飲みしてなかったから、ラベルもろくに確かめずに、どうせ白やし、ドイツやし。。。って雑に飲み始めて、後悔した。もう10時間は経つから大丈夫だろう。せっかくのお刺身も、アイスワインも、勿体無かったな。まぁ、何もしないでぐうたらりんと過ごすという目標は達成されたんだけど。昼にそんなものを食べてしまうと、夜は、普通昼に食べるもち米の玄米のお握りを食べるしかないじゃん。食物繊維を労せずして摂取できる、究極の手抜き炊き込みご飯が、晩御飯になってしまった。その上、最近新たに炊いた奴じゃなくて、冷凍庫から掘り出した前の奴だったから、チリメンジャコが入っていた。ちょっと反省。炊き込みご飯も、完全に植物系だけの具材にしたかった。あの時は、冷凍庫の隅に眠っていたチリメンジャコが「つこて」って目で訴えてきたから、入れたけど、基本は、具材は山菜と舞茸に限定したい。味が、動物性たんぱく質を入れると、質が変わる。…気がする。ちょっと朝、長く眠れて、頑張らなくても睡眠が足りた感で起きられた。そこから、いつもの朝のコースで食事を済ませて、庭に出て、草を刈って、ちょっとだけだけど。無理しない範囲で草も刈れて、買い物に出て、ちょっとだけ歩いて、2000歩くらいで、買い物を済ませた。買い物に出てから、5%offクーポンが届いたので、ついつい塩麹の素やら、塩やら砂糖やら買った。塩と砂糖とは、ブライン液を作るためで、砂糖を買うのは何十年ぶりだろう。30年以上ぶり。さとうとしおって、佐藤敏夫だっけ???ソルティシュガーってあったよな・・・とか、独り言を脳内で展開しながら。。。昼前に起きて、それから誰ともしゃべらず、レジのお姉さんに、「お願いします」「ありがとうございました」と言ったきりだ。母が、独り言を言うんやって言ってたのは、こう言うことなんだな。思ったことが、口をついて出れば独り言ちた(ひとりごちた)と言うこと。誰かと話をする、テーマを持って会話をすると言うのは、実は、痴呆防止に重要らしい。相手が居なかったら、作らなければいけないらしい。そのために、地域の無料の交流できる教室などに参加しましょうと言うことらしい。。。ECCというのは、今年、大谷君とアンバサダー契約を結んでいたが、ぐうたらしながら、何気なく見ていた「ハルメク」という雑誌に、ECCシニアっていう教室の広告があった。( ECCジュニアじゃなくて、だ!)月謝を払って、人と会話する提供された場所に行くのだ。わくわく英会話コースが、週一回で月謝が6600円、と教材費年間11000円。いきいき脳活コースとやらも、週一で6600円だと教材費は、ちょっと安かった。ジュニアを対象とした産業は、先細りだ。シニアを対象とすることで、ECCは、先細りを回避できるのだろうか。友人の子息が、4回生でECCからも内定をもらっていると言っていたが、これは先見性???とかなんとか考えている。と言うことは、私のブログは、私の独り言のただの録音テープみたいなものなんだ。先だっての帰省の折に、母に、直接して見せた、カレンダーに、毎日斜線を入れる習慣。母が、デイケアに行く曜日を間違えないようにするためだが、母は、取り入れてくれているだろうか。私は、忘れがちながらも、一応斜線は入れるようにしている。4月から、前日の晩御飯を思い出してコメント欄に書くと言うのもそうなんだ。独り言をその時に垂れ流しても、忘れるが、翌日に書き起こすことで思い出せる。時間を間に挟んで、独り言を昨日の自分と今日の自分とがやり取りしているわけだ。買い物のレシートさえも、自分の行動の記録になる。レシートの残らないネット上の買い物は、要注意だ。昨日、私は、夜中に、amazonで買い物をした。クックパーのフォイル、30cm幅の20m巻の商品を3点注文した。こんなのって、忘れる。7mのを買いに行ったのに、3mのしかなかったから、amazonで注文したわけだけど、睡眠薬を飲んでから、あとの事って、覚えてないことが多いから。あれもしよう、これもしたいと、思っているうちに、あっという間に人生は過ぎてゆく。兼好法師が徒然草に書いているとおりだとしみじみ思う。「一期は過ぐめる」なんだよねぇ・・・今までは、母の一人暮らしを姪や妹が支えてくれているのをなんも思わんと来たけど、本当にありがたいことなんだとしみじみ、自分が一人暮らしに近い(残念ながらそうじゃないんだけど)状態に、65歳の4月からなってみて、感謝をしてもしきれないくらいだと思えるようになった。では、今夜は、早めに撤収しよう。買い物に出る道すがら、前から場所を特定していて、野良韮を摘んだので、処理をしたいし、それなら、家の方が、水道とか便利だから。野良韮は、この辺りでは田んぼの畔という畔に生えていて、花の時期には自己主張してくる。稲美町ではまったく珍しくないが、それは全て、私有地だから。摘めない。かつ、あぜ道のニラには除草剤はかかっていないけど、そうじゃないところに逸出してるニラだと、幾らでも除草剤がかけられている恐れがある。除草剤の心配のない、私有地で無い場所(農業用水路脇の)野良韮は、だから、貴重なんである。もうすぐ地元の草刈りサンデーで、全部駆られてしまうからね。。。さ、撤収だぁ。
2024年05月03日
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なんにもしないを本当に贅沢するのは、難しい。起きたら、ご飯が炊けていて、炊き込みご飯の200gのおむすびを作るところから、スタートするはずだったけど、9時間を寝てられなくて、予定より早く布団を出る羽目になり、それじゃあ、髪を洗っておこうと思って、ご飯が炊けるまでに髪を洗って、朝ごはん代わりの野菜ジュースとサプリを済ませて、もう一度二階に上がってネットで今日のドジャーズ戦を確認して、それから炊きあがった炊き込みご飯を計量しながらラップでおむすびを作った。微妙にコメの量が前回より少なかったのかも。もち米の玄米は、4合を3合分の水で固めに炊く。多分、三合五勺分の水でも大丈夫かと思うけど、4合に4合分水入れると、柔らかすぎる。それから、蔵に行く準備を済ませて、やっと庭に出る。庭で三つ葉の新芽だけを摘みながら、草を刈っていたら、安物の草刈り機のネジ受けが落ちて無くなっている。有ろうことか、いや、もう探す気力もなくなって、安物買いの銭失いやなと思って、諦めて、別の腰に悪い方のハサミで、怒りに任せて草を切っていった。とは言え、三つ葉は十分に採れたし、ミョウガの新芽も有らぬところから出ていたのを植え直したし、午前中に仕事をしてしまった。で、今日は、行きつけのドラッグストアの1品だけ好きなものを15%offのクーポンがある日なので、なんかあったら買おうと思っていたんだけど、その前に、隣のホームセンターでネジ受けを買う羽目に。店員さんに、商品を示して、この商品のここのネジ受けが取れたから、同じものを買いに来たと説明。一緒に探してもらった。忙しい中、ごめんねぇ。ま、安いものだから、安いものなりの作りなんだろう。それから、先にスーパーに行って、食料品を見て回り、最後にドラッグストアに行った。スーパーでは、迷惑にならない時間帯に歩き回ることが大事なんで、あれこれ見て回り、ちょっとだけ買い物をして、レジを済ませた。最近、新しいことに挑戦していて、スマホで、AEONPayと言うのをやってみている。1日~6日は、そのスマホ決済だと、ポイントが余分につくらしい。今までなら、面倒くさすぎて、気にもしなかったが、昨日と今日とはやってみた。買い物200円ごとに1ポイントつくところ、5倍ポイントつくと言うことなので、道端で100円玉を拾うよりは、多少ともましかと思って。今の預金の金利から考えると、途方もないことだからね。で、さっき確かめたら、2705円の買い物に対して、65ポイントが付与されていた。2.5%だね。と言っても、普段から、イオンのカード会員は1%のポイントが付与されているし、株主優待があって、3%分は、後で返金されるから、それほどでもないかぁ???低金利が続きすぎていて、感覚がマヒしている。65ポイントは、支払いにおいては65円分なんで、預貯金の金利から考えたらすごいことなんだけど。こうやって私はイオンに囲い込まれているわけで、たとえ別にもっと安い店が有っても、わざわざガソリン代を出してまでそこに行ったりしない。蔵と家との10分の間にあるスーパー&ホームセンター&ドラッグストア&郵便局&セブンイレブンこれらがすべてなんである。今日も、実は、家から、このルート上の郵便局に行ってお金を下ろし、、ちょっとだけ寄り道してセブンイレブンに行って、ATMから三井住友の口座に入金し、それからホームセンターに行って、スーパー行って、ドラッグストアに行った。ドラッグストアに行ったのは、どうしても買わなきゃいけないものが、そこにしかないからで、それは、30cm幅のあるフライパン用のアルミフォイル。なんで他では売っていないのかわかんないんだけど、近辺ではここしか無くて、フライパンのサイズとしてはどうしても必要なんで、買いに来たのだった。25cmのだったら、何処にでもあって、かつ、安いのに。まあ、そんなこんなで、買い物を済ませて、蔵に辿り着いて、潅水をして・・・連休中は、365連休の私でも、気持ちがウキウキするのは、ねばならないが減るからだな。株価も次の火曜日までは気にならないし、してもしょうがないし、投資信託も、以下同文だ。本当の意味で、何もしないを贅沢するって感じで、のびのびしている。修理用のネジ受けを買ったけど、草を刈るのも刈らないのも、自分の気分次第だ。一番素敵なことは、なんだろう。考えてもしようが無いことを考えないで過ごせることかなぁ。5月5日には、昔馴染みのスペイン料理の店に予約を入れてある。本当は、予約とか入れるのも、嫌いなんだけど、この店だけは、完全予約制だから、予約入れないとどうしようもなくて。。。ちょっと早めに出て、ちょっと時間に余裕を持って、お腹すかせて行きたいなぁ。その予定だけが、連休の予定。その次が19日のジュリーのコンサートだから、5月はいつ、実家に帰ろうかなぁ。4週目から5週目にかけてになるかなぁ。。。予定を入れると、「ねばならない」が発動するから、心がしんどくなる。だから、なるたけ、入れたくないんだよなぁ。で、取り敢えず、しなきゃいけないことは、ジパング倶楽部の申し込み方法を調べるかな。。。ゆる~~~く、生きていきたいわぁ。そうそう、勤めていた頃によく使っていた職場の隣の郵便局は、ルートを外れたので、今は、家に近い別の郵便局を使っている。セブンイレブンも、微妙に違う2軒を使い分けている感じだ。ガソリン代を考えると、最短ルートを通りたくなるからな。。。しみったれている。
2024年05月02日
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白猫の髭は左右に二本ずつ 皐 白 二 二 十 皐の元の字は 白に夲(トウ)逆の月 朔(サク) 屰(ゲキ) 逆(ぎゃく) 「それ天地は万物の逆旅(ゲキリョ)にして・・・」この一節のお陰で、「ゲキ」の音に辿り着けた。晦(韜晦トウカイ)晦朔(カイサク)朝菌は晦朔を知らず。いつもの日常に戻った。つまり、起きなくても良くて、何時昼寝しても良くて・・・今日は、肌寒さが戻ってきた。雨の一日だったので、庭仕事は無し。蔵のベランダの紫玉葱の葉や、イタリアンパセリや、パセリーモスカールを収穫した。そろそろ大葉が本気のサイズになってきた。これからは、大葉を買わなくて済みそう。それと、ツルナがおいしそうな葉をのばしている。海辺で見かけるのとは、別人のようにみずみずしい。ナスタチウムも葉や蔓をのばしている。順序としては、次は、ニラかなぁ。。。5月からは、緑の野菜は買わないと思ったが、玉葱収穫後に備えて、細ネギを買うことにした。yumiさんの豆苗のように、収穫したいので、ちょっと準備をしている。一杯ニンニクを植えたプランターの中央から、先住のオシロイバナが芽をのばして領有権を主張する。分かってるけど、もうちょっとだけ待っていて欲しい。。。我が蔵のベランダのオシロイバナは、黄色で、結構珍しい。。。今日あたり、帰宅したら、納税通知書が届いている予感がする。。。気を取り直して、5月を健やかに過ごそう。。。
2024年05月01日
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