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チリの鉱山落盤事故で閉じこめられていた33人の作業員が無事に救出されてから1年。歓喜に沸いたあの鉱山の街は今、どうなっているのだろうか?
世界で最も乾燥していると言われる砂漠の中にある鉱山。
当時は、多くのメディアが詰めかけ、約2500人がキャンプをはっていたが、今や訪れる人も少なく閑散としている。
世界中が注目した"救出のための穴"はどうなっているのか?
現在、現場にあった穴は、転落防止のために分厚いコンクリートでふさがれ、当時の見る影もなくなっているそうです。
ある救出された方の話しだと「穴から救出された時に、周りにはマスコミやら大勢の人がいて、まるで有名歌手になったような気分だったよ」と、当時の様子を語っていたそうです。
しかし、事故のことを思い出すと複雑な気分だという。「この山では何百人もの鉱山作業員が働いていたんだ。
たくさん生産もしていたので、今の状態を見ていると、残念でもったいないと思う」と、心境を明かしてくれた。
鉱山の入り口の前には「立ち入り禁止」という文字が書かれ、金網が張り巡らされているそうだ。
すでに鉱山は閉山され、中には入れないが、金網の向こうからは、深く、そして静かな鉱山独特の雰囲気が伝わってくる。
300人以上が銅や金を採掘していたこの鉱山は、事故の後、売りに出され、今は操業をストップしている。
救出された作業員の多くは精神的なダメージの影響などから、いまだに定職につけていないという。
一方、救出に使われたカプセル型の「フェニックス」は、鉱山近くの町、コピアポ市内の博物館に展示されていた。
フェニックスの扉は開いていて、カプセルのキズや酸素ボンベもそのままの状態だとか。
このフェニックスを目当てに多くの観光客が訪れているという。
この日、たまたま博物館を訪れていた作業員と記念撮影する観光客の楽しそうな姿も見ることができた。
その中の1人に話を聞いてみると、「500キロ離れた所から飛行機で来ました」「展示は、素晴らしいです」と興奮気味に語ってくれた。
ラウル・セスペデス副館長によれば、フェニックスを設置した2011年8月の観光客数は、前年の4倍以上に増えたという。
博物館の中には、ほかにも様々な展示があった。鉱山の中が再現された壁や古い資料、そして、赤い文字で33人の生存を伝えたあの手紙もあった。
さらに、ガラスケースの中には日本製の電話機が...いったい何に使われたのだろうか?電気技師のペドロ・ギャロさんがこの電話の秘密を教えてくれた。
「(地上と地下が結ばれ」はじめて通信ができた時、(支援に来ていた)NASAの人たちが『アメリカ製か?』と聞いたので、『日本製です』と答えると、とても悔しがっていました」
救出までの日々、地上と700メートルの地下をつないだ"命綱"となっていたのは、10年以上前に作られた日本の電話機。博物館の目玉展示の1つとして大切に保管されている。
一方、コピアポ市内では突如、巨大な女神像が出現した。
救出から1周年の記念日に中国がプレゼントしたものだという。中国の彫刻家は「輸入、輸出とも盛んで、チリと中国の経済関係はかなり良好です」と笑顔で語る。
実は、中国はチリにとって銅の最大の輸出先。この機に関係強化をしっかりアピールする狙いだ。
事故のあった鉱山には十字架形のモニュメントを建てることが発表された。政府は、奇跡が生まれた場所として観光客の誘致にも期待を寄せているという。
しかし、モニュメントの起工式に参加した作業員は、「同じような事故が二度と起きないことが最大の願いだ」と語っていたそうだ。
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