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瀬戸内寂聴氏と京セラ名誉会長の稲盛和夫氏の対談をまとめた書物が話題となっています。
この書物は「自分のため」ではなく「誰かのため」に生きようと云うメッセージが込められた本で今話題となっているようです。
「自分が楽しむ『利己的』消費から、節電や社会貢献に繋がる『利他的』消費への関心が高まっています」。
電通総研が11月下旬に発表した今年の注目商品ランキングは、日本人の“心の変化”を端的に表わすものとなりました。
LED電球(2位)、ハイブリッドカー(7位)、扇風機(9位)……新たに上位にランクされたこれらの商品は、節電や社会貢献に繋がる一方で、既存品より価格が高かったり、ユーザーに我慢を強いる商品だ。
こうした「利他」的な消費行動には、「自ら進んで『日本の未来像』に関与していこうとする当事者意識の強まり」があると同総研のレポートは指摘しています。
そもそも「利他」という考え方自体は古く、仏教の教えの一つとして浸透したものだそうです。
( 1)他人に利益となるように図ること。自分のことよりも他人の幸福を願うこと。
(2)仏語。人々に功徳・利益を施して救済すること。特に阿弥陀仏の救いの働きをいう」
「利他」の精神は、瀬戸内氏が帰依した天台宗では「忘己利他」とされ、出家者に求められる義務の一つとされているようです。
又、天台宗では「忘己利他」という言葉は「忘れる己」と書いて、それは普通に読んだら「ぼうこ」だけれども、天台宗では「もうこ」と読むそうです。それに「利他」が付いています。
日本天台宗の宗祖、伝教大師最澄の「山家学生式」という論文の中に「 好事は他に与え、悪事は己に迎え、己を忘れ他を利するは慈悲の極みなり」
という教えがあるようですが、自分のことは置いておいて、とにかく人のためになるようなことをしましょうっていうことのようです。
長引く不況の中、営利よりボランティアや介護といった社会貢献活動への関心が高まっていましたが、今年になって、「利他」という考え方が急速に注目されるようになったきっかけは、やはり3月11日の東日本大震災だろうと思います。
本の中で、稲盛氏が震災の印象をこう語っています。
震災直後の被災地で最も印象的だったのは、被災者の皆さんの姿です。
食料やガソリンなどの物資が不足して、日々困窮していたにもかかわらず、略奪や暴動が起こることもなく、秩序を守って忍耐強く行動しておられました。あれやこれやと不平・不満を言う前に、助けに来てくれたボランティアや自衛隊、警察、消防の隊員たちに感謝の言葉を伝え、地獄のような現実を前にしても、人間性と礼節を失わなかった。
阪神・淡路大震災の時もそうでしたが、今回の震災でも、毅然と行動する日本人の姿が世界中から称賛されました。
これは、日本人の一人として、ほんとうに誇らしいことでした。
瀬戸内氏は、今度の震災で亡くなった犠牲者たちこそ、仏教的な愛「慈悲」の典型だとして、います。
又仏教の言葉に 「代受苦」というのがあります。「獄苦代受」とか「大悲代受苦」とも言いますけれども、ほかの人に代わってその苦しみを全部自分が引き受ける 、という意味です。
菩薩様やお地蔵様の慈悲を指しますけれども、そういう(今度の震災で亡くなった) 犠牲者たちは、ほかの人に代わって死んでくれた、私たちの苦しみを引き受けて死んでくれたんですよ。
だから、ほんとうに貴い人たちなんです。ですから、生き残った私たちは、亡くなった方たちへの感謝を絶対に忘れちゃいけないんです。
被災者が身をもって示してくれた「利他」の精神。それは、大震災や今なお続く余震、原発事故の余波の中で、不安と鬱屈を抱える多くの日本人にとっても新たな指針となるでしょう。
実は地獄と極楽は、見た目だけからしたらそれほど違いはないそうなんです。
どちらにも大きな釜に美味しそうな「うどん」が煮えている。
そして、みんなが1メートルもある長い箸を持っている。
地獄の住人は、われ先にと箸を突っ込んで食べようとするんですが、箸が長すぎて自分の口にうまく運べず、そのうちに、他人の箸の先のうどんの奪い合いを始めてしまう。結局、ちゃんと食べられなくて、うどんを目の前にしながら、誰もが飢えて痩せ衰えている。
ところが極楽では、誰もが箸で掴んだうどんを、向かい側の人に先に食べさせてあげている。
だから全員がうどんを食べられて、満ち足りているというんです。
このたとえ話というのは、実に含蓄のある面白い教えだと思います。
他を利する」には己の欲を抑えなければならない。
2人は今こそ、「足るを知る」思想が必要だと説いています。
お釈迦様が言われた、「ほどほどにしなさいよ」という精神、すなわち「足るを知る」ということをもう一度、みんなで考えたほうがいいんじゃないかと思うんです。
仏教の「六波羅蜜」という六種の修行の方法の一つに、「忍辱」というのがあります。
苦しみや侮辱にも耐え忍んで我慢する、ということですね。
こういった耐えるということによって、もう少し心安らかな、穏やかな社会に変えていけないものかと思うんですね。
今の人たちは、楽をしたいということばっかり言う。
ほとんどの不平不満は、楽じゃないから怒っているんですよ。
その楽っていうのは、 自分の欲望が肥大していて、その欲望を全部満たそうとするから、腹が立つんですよね。
だけど、欲望が小さかったら、ああ、これで十分、ここで幸せと思うじゃないですか。
だから、仏教は欲望を抑えなさい、ということを教えているんですね。
震災を機に広がる「利他」の思想は、これからの日本人の生き方を変える潜在力を持っている。
だが、「利他」の成就は思いの外、難しい。「利他」と「利己」は紙一重という。
世の中はもっと複雑で、いくら善いことをしても、生きているうちにその報いなんて返ってこないんですよ。
そういうものを期待しないで、善いことをしなさいと。
それが、無償の行為なんですよね。
とにかく、「他人に善いことをしたら、自分にも善いことが返ってくる」なんて思うのは、もうすでに、善い報いを期待している、利己的な考えでしょう?
そうじゃない。自分のために何かを期待したって駄目なんです。
日々「利他」を実践し続けているからこそ響いてくるんですね~いい書物は色々と教えてくれます。
特に仏教的なお話はとても興味があります。
生きる事って本当に難しいですね~他人の為にとなると益々難しくなりますね~
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