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坂本龍馬が直筆署名し血判を押したと見られる起請文が、高知市浦戸城山の高知県立坂本龍馬記念館で2013年7月24日午後3時18分見つかりました。
高知県立坂本龍馬記念館は24日、坂本龍馬が砲術を学んだ流派の起請文に、龍馬の直筆署名と血判が見つかったと発表した。
同館によると、現存する龍馬直筆の史料としては2番目に古く、血判が確認されたのは初めて。
森健志郎館長は「龍馬の土佐での行動の一端を知る貴重な手掛かり」としている。
起請文は幅約20センチ、長さ約13.4メートルの巻物で、土佐藩で西洋砲術「高島流砲術」を教えていた徳弘孝蔵(1807~81年)が門下生に書かせたものとみられる。
流派の技術を外に漏らさないことを誓う文とともに、龍馬のほか、武市半平太、岡田以蔵、龍馬の兄権平ら216人分の署名と書き判が記され、それぞれに血判が押されている。
龍馬の名前は196人目にあり、1859(安政6)年9月20日に署名している。
龍馬は前年9月に江戸での2度目の剣術修行を終えて高知に帰っており、その後に徳弘を訪ねたとみられる。
字体や書き順が他の龍馬の署名と似ていることから、同館が「直筆の可能性が極めて高い」と判断した。
起請文は高知市内の徳弘家に保管され、龍馬研究の第一人者、平尾道雄氏の著書でも紹介された。
1981年に徳弘家が火事に遭い、行方が分からなくなっていたが、今月下旬、同館の企画展をきっかけに所有者が連絡し、確認された。
筆跡鑑定に携わった京都国立博物館の宮川禎一企画室長は「筆遣いに若い頃の龍馬のまめな性格が表れている。
龍馬は書き判もめったに書かないので貴重だ」と話している。
25日から8月31日まで坂本龍馬記念館館で展示するそうです。
ご安全に!!
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