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「読書案内」復刻版
です。 2018年ころ
の記事です。今の楽天ブログの前に利用していたブログサイトに載せた記事が出てきたので載せなおしです。毎日出勤する仕事がなくなったころの記事です。文中にある 「~年前」
とかいうのは、その時点からで、今からだとプラス8年ということになって、自分で読みなおしながらやたら感慨深いです。
映画になった 「寝ても覚めても」
を観て、 「きょうのできごと、十年後」(河出文庫)
が気になり始めて、買ったはずなのか、買ったつもりなだけなのか、どこを探してもなかったので新刊を買ってきて、まず、読んだ。すると、 2000年
に出て、映画も、たしか見た 「きょうのできごと」(河出文庫)
が気になってしまって、探すと、これは書棚にあって、もう一度読んだ。
《未来はもうかつて信じられたみたいな“特別な”ものではない。それを私たちはよく知っている。だから、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」を境にしてフィクションの時間はもう未来に向かってまっすぐ進まなくなってしまった。それはフィクションの構造にも、展開にも、両方にあてはまる。未来に希望も絶望もないけれど、今はある。見たり聞いたり感じたりすることが、今この時に起こっているんだから、フィクションだけでなく、生きることそのものも、過去にも横にも想像力を広げていくことが出来るのではないか。もしそれが未来に向かったとしても、過去やいま横にあることと等価なものとしての未来だろう。》
「今日の出来事」 の一節ですが、続けて 「十年後」 の一節。こたつの部屋の隅っこで、けいととかわちくんが並んで座ってお酒を飲んでいた。(略)思った通り、けいとはかわちくんに一生懸命話しかけていた。「あんなあ、酔うてるときって、卵の中におるみたいな気がせえへん?せえへん?」「卵ですか?」(略)「そう、卵の中。でも、卵っていうても鳥の卵じゃないねんで。あんな固い殻じゃないねん。殻のない卵。」「気にせんでもいいで、かわちくん。それはけいとの酔うたときのねたやから」「そうなんですか」(略)
けいとはわたしのほうをちょっと睨んでから話し続けた。かわちくんに話しかけるたびに短い外はねの髪の毛が揺れて、しっぽを振る犬みたいだと思った。「ええやろ、べつに。ほんまにそう思うんやから。卵やの、卵。柔らかい、水みたいのに包まれる感じせえへん?声とかも水の中でしゃべってるみたいにこもって聞こえるし、感覚とかも鈍くなるやん。触っても、あんまり感じへんくって。きっと卵の中におるのって、こんな感じなんやろうなあって思うねん。鳥の卵じゃなくて、おたまじゃくしの卵とか、そういうのやで」「おたまじゃくしの卵ですか」かわちくんは素直に聞いて、考え込んでいる様子を見せた。けいとはかわちくんの反応を、期待を込めた目をきらきらさせて待っていた。わたしは目の前にあった、袋の底に少しだけ残っていたポテトチップスを食べながら、けいとってかわいいなと思った。「なあ、かわちくん、そんな感じせえへん?おたまじゃくしの卵の中みたいやって。おたまじゃくし。どう?」かわちくんはまじめな顔をして、テーブルの上の氷だけになったコップの底にたまった水を少し飲んでから言った。「おたまじゃくしの卵って、変じゃないですか?かえるの卵でしょう?」「えっ?」けいとは予想外の答えに戸惑って、何を聞かれたか理解するのに少し時間がかかっているみたいだった。わたしは、固まっているけいとの顔がおかしくて笑ってしまった。
( 「きょうのできごと」真紀のモノローグ )
「もおーっ、暗いなあ!あかんあかん、せっかくの男前がもったいない」けいとさんは、今度はぼくの肩をゆすった。今、ぼくが考えていることは、この人にはわからない。ぼくが何をしてきたのか、この人は知らない。十年ぶりに会った、他人のこの人には、ぼくは実際よりも少しましに見えているのだろう。「別に、こんな顔、役に立てへんし・・・・・・」「立つよ!今も、目の保養させてもらってるし。癒されてるよ」真剣な口調が、うれしかった。「やさしいですね、けいとさん」「ほんま?やさしい?」けいとさんの二つの目は、潤んで、そばにある変わった形のライトを反射していた。鳥の羽みたいな不思議な服。どっどっどっ、と音楽の一部が響いてきた。誰かの声も聞こえる気がする。「けいとさんは、素敵な女性やと思います。あの・・・・、かわいいし」
けいとさんは、こっちに手を伸ばした。そして、ぼくの顔を触った。頭から顎に向かって、そっと撫でた。細い指で、温かい手だった。だけど、感じたのはそれだけだった。「あー、なんでやろなあ」けいとさんは、ぼくから離れ、赤い椅子にどさっと持たれた。「それ十年前に言うてくれたらよかったのに。そしたらわたし、素直によろこんで、っていうかぎゃーぎゃーうるさかったと思うけど、かわちくんになんでもしてあげたのになー」けいとさんは笑っていた。懐かしい友だちみたいな笑いかただった。「けいとさんは、イマイチ男性の趣味が悪いのかもしれませんね。見る目がないというか」「ええっ?」「ほら、ぼくとか、もしつき合っても、全然おもしろくなかったと思いますよ」「せやなあ。恋愛に関してはろくなことなかったし、確かに、そうなんかも。かわちくんも、こんなぐだぐだやしなあ」「すいません」「謝らんでいいって。謝りすぎ」「それもよく言われます」あはは、と声を上げて笑ったけいとさんは、眠そうに見えた。
(「きょうのできごと、十年後」かわちのモノローグ)
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