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4月から、ご夫婦で仲間になってくれたMさんはじめ、9人でポスター貼り。 5・13県政報告会を開くが、その宣伝のためのポスターである。 まだ、仲間になって1ヶ月しないのに、奥さんが信州新町の町議選で、アナウンサーで初デビュー。 そして、今日はご主人がポスター貼りで初デビュー。 ポスター貼りには絶好のいい天気。 芽吹きもいい、のどかな農村地域へ行った。 先輩が知り合いの家にお願いに行く間に、両面テープをはいで直ぐ貼る体制作り。 ポスター貼りで初めての党活動の感想は?「共産党や党員の仲間が地域でこんなに信頼あるとは驚いた。すごいですね。」だ、そうだ。 先輩党員も、うれしくなり元気をもらった一日。 かつての同僚議員が叙勲で新聞に名前が。 叙勲の発表があり、名前が新聞に載っていた、 かつての同僚議員の名前もあった。 20代から8期という超長期間、住民の暮らし第一の立場で、共産党員として議員活動をしてきた。 よく調査をし、質問原稿を書きがんばっていたことを思い出す。 教えられること多であった。 ある会議で保守系の県議と市議から、「共産党さんも天皇陛下の叙勲受けるのか」と聞かれ、「それは自由で本人の意思しだい。」と応じた。「共産も丸くなったなー。角が取れていいことだ」と、ほめたのか、皮肉られたのか。(こっちかな)・・・日の丸・君が代もどうってことないんじゃない。掲げたりうったったりしても・・・(保守議員の言い分) 天皇が叙勲を贈ったり、オリンピックや国体などに出て挨拶や観戦は、政治的行為ではないので、憲法からは逸脱していないからそれはそれとしてよし。 この席上、一言、叙勲の対象にならないから気を使うことないが、「私は遠慮する」といっておいた。 保守の議員さんたちよ、そこまで気遣いしてくれなくても結構。 伊那市議選 伊那市区では、定数18人で共産党3人全員当選。応援にいった甲斐があった。 おめでとう。
2006年04月30日
恒例の消防団の歓送迎会に、議員として招かれ代表して挨拶をした。 全消防団11班、68名中退団は団長含めて12名、初々しい新人入団者も12名。 中には、剃刀で頭をきれいすった坊さんもいる。 気をつけも、敬礼も自己紹介も、まだまだぎこちなくきりっとしていない。 無理もない、今日が初めてだから。 「・・・日ごろ常備消防を支え、その隙間を埋める大事な任務に当たっていただいているが、住民の生命や財産を守り安全、安心に日々を送ることができるのも消防団のおかげ、敬意をしたい。 若槻も住民自治協議会が・「コミニテイ若槻」が出来た。 消防団も一員となっている。 いよいよ、各地区では住民とともに、防災訓練などを行うが、消防活動とあわせて防災訓練の指導援助なども必要となる。ご尽力をお願いしたい。・・・」などなど。
2006年04月29日
1年半ほどの準備期間を要した、長野市の都市内分権政策に基づく、長野市最初の「住民自治協議会」結成総会が今日開かれた。 呼称は『コミニテイわかつき』 来賓として出席。 若槻地域は17自治区、7600戸、20000人超える人口で市内でも急速に大きくなった地域である。 明治の終わり当時は800戸、昭和41年頃には1400戸、そして現在は7600戸と新興住宅地が出来急増した。 この地域に、長野市では先駆けて、住民自治協議会が立ち上がることはすごいこと。 ある集落では、住民の15%ほどの役員を募り、多くの農家から農作物を提出してもらい、自ら団地などに案内ビラを配り、産直運動をはじめた。また、老人会有志が子どもたちの通学時間帯にたすきをかけてパトロールをする計画を持つ。さらに、小学校の児童が山に登り、城郭を発見する。 福祉自動車の運行を始める。 宅・幼老所を開設する。など、福祉や教育など行政の出来ない隙間を埋める諸活動が活発である。 人口3000人中、住民2割に及ぶ600人も参加で、2時間かけた防災訓練。 自治会(区)が特別養護老人ホームや病院と協働し、車椅子で避難訓練など防災訓練をやっているところも。 文化活動もすごい。太鼓にうたごえに、文化・芸術サークルも盛んである。 また、この住民自治協議会立ち上げるために、公募の委員を募り10人の方が応募している。 地域のコミニテイ組織の活動は既に始まっているのである。これらが生かされれば本格的な住民自治活動が出来ると確信する。○本日の主な資料を掲載する。 若槻地区住民自治協議会「コミュニティわかつき」設立総会平成18年4月28日 午後2時若槻コミュニティセンター大会議室わ私たちが、 Community(コミュニティ)地域か変えます。 Change(チェンジ) 改革つ創ります。 Creativity(クリエイティビティ) 創造き協働参画社会。 Collaboration(コラボレィション) 協働★わがふるさと若槻 (プロフィール) 2006.1.1 青空と輝く太陽・・・東は、志賀高原の山並み、西は、たおやかな飯綱山を眺望し、北には、三登山(みとやま)・髻山(もとどりやま)を頂き、南には、善光寺平が拡がる、長野市の北限の奥座敷に若槻地区はあります。 若槻地区は、善光寺の北東4キロの南北に走る旧北国街道(県道牟礼長野線)に沿って、南から稲田・徳間・若槻東条・上野・田中・田子・吉、県道の西側に檀田(まゆみだ)・若槻団地、東側に東徳間・上野ヶ丘市住・公務員宿舎・東長野病院官舎の各区があり、合わせて17区で若槻地区を構成しています。 若槻地区は、明治の終わりころ、戸数およそ800であり、昭和5年940戸、昭和30年1034戸、昭和41年1416戸、近年は、若槻団地をはじめ、稲田・徳間・檀田などで区画整理事業が行われ、現在、7600戸を優に越えています。かつての桑畑・りんご畑は宅地となり、水田は減反の一途を辿り、のどかな農山村風景は、急速に住宅地域・商業地域に変貌しています。 地区内を走る都市計画道路もほとんど完成し、南北に走る『若槻大通り(主要地方道長野荒瀬原線)』や『東豊線』、東西を走る『サンロード(北部幹線)』などの幹線沿いには、レストランやスーパーなどの商業施設が集積し、地域の発展ぶりを象徴しています。 善光寺平を見下ろす三登山、髻山は、戦国時代は北国街道沿いの要衝でした。最近「三登山トレッキングコース」が整備され、春はカタクリの群生、シダレ桜、夏はツツジ、山ぼうし、秋は紅葉や山麓のリンゴなどを、史跡ウォッチング(山城跡・山千寺・吉古墳群など)しながら、四季折々の表情を楽しむことができ、市民に大変親しまれています。【若槻地区ミニデータ】▼ 人 口 2万678人(平成18年1月1日:長野市統計))▼ 世帯数 7716世帯( 同 上 )▼ 区(自治会)の数 17区▼ 総面積 13.22平方キロ東西3.7キロ南北5.8キロ▼ 最高地 923m(三登山山頂) ▼ 最低地 361m(徳間東端)▼ 高齢化率 20.0%(平成17年10月1日/長野市 21.2%)▼ 主な文化財 稲積一里塚(市文化財) 稲田のエノキ(市天然記念物)銅造観音菩薩立像(国重文:山千寺)木造観音菩薩立像(市文化財:地蔵院) 若槻山城本郭跡(市文化財)山千寺観音堂及び境内一帯(市文化財)▼ 主な施設 三登山トレッキングコース、昭和の森公園、徳間博物館、蚊里田八幡宮(5月5日例大祭)、老人憩いの家 若槻地区住民自治協議会「コミュニティわかつき」会則(案)第1章 総則(名称)第1条 本会は、若槻地区住民自治協議会「コミュニティわかつき」(以下「本会」という。)と称します。(目的)第2条 本会は、若槻地区の住民相互の交流と活動を通じて連帯感を高め、明るく豊かな環境と地域福祉・文化の向上をめざし“ふるさと若槻”のまちづくりを進めることを主な目的とします。(事業)第3条 本会は、前条の目的を達成するために、次の事業を行います。 (1) 若槻地区全域にわたるコミュニティ活動に関すること。 (2) その他目的達成のために必要な事業に関すること。(構成員)第4条 本会は、若槻地区に居住する住民及び地区内を範囲とする各種団体等をもって構成員とします。別 表 (会則第7条関係) 若槻地区住民自治協議会「コミュニティわかつき」評議委員代表者・団体名等 委員定数 代表者・団体名等 委員定数区(各区より代表者3名。うち区長1、副区長1、女性1) 51 身体障害者福祉協会若槻支部 1若槻地区区長会 (1) 区長OB若槻会 1若槻地区環境美化連合会 (1) 若槻地区女性団体連絡協議会 (1)若槻地区社会福祉協議会 1 三登山トレッキングコース愛護会 1若槻公民館協議会 1 若槻地区城跡保存顕彰会 1自主防災会 (1) 山千寺史跡保存会 1若槻地区防犯協会 1 若槻地区人権同和教育促進協議会 1消防団若槻分団 1 青少年育成若槻地区会議 1若槻地域日赤奉仕団 1 若槻地区子ども会連絡協議会 1若槻防災無線クラブ 1 若槻地区少年育成委員会 1若槻地区交通安全推進委員会 1 若槻地区少年友の会 1若槻地区交通安全母の会 1 若槻白バラ友の会 1交通安全協会若槻支部 1 若槻文化芸術協議会 1交通安全協会若槻支部女性部 1 若槻音頭・新町甚句保存会 1若槻地区民生児童委員協議会 1 若槻小学校PTA 1若槻地区福祉推進委員会 1 徳間小学校PTA 1若槻老人クラブ連合会 1 北部中学校PTA 1若槻地区保健補導員会 1 公募委員・その他 10若槻食生活改善推進協議会 1 92合 計 会則一部割愛。住民自治協議会「コミュニティわかつき」スタート宣言 本日、わたしたちは、若槻地区住民自治協議会「コミュニティわかつき」をスタートし、住民が主役となって“ふるさと若槻”のまちづくりを進めることを宣言する。平成18年4月28日若槻地区住民自治協議会「コミュニティわかつき」会長 檀ノ原 潔事業内容「安全・防災部会」では、安全で安心して暮らせる災害に強いまちづくりを進めます。その目的のために、各種団体の取り組みをうまく連携させて『子供を護る通学路パトロール』に取り組んでまいります。早速、ボランティアを募集して「わかつきみまもり隊」を組織化してまいります。応募いただいた方にはリストバンドを差し上げて、まちを歩くときにはつけていただくようにお願いしていきます。「ウチから一歩でてみよう」をキーワードに、これをつけて歩いていただくことでご自身の安全のためにもなります。また、子供やお年寄りを見守ってくれる優しい人が増え、やさしいまちになっていくことを期待します。 本日お集まりのみなさまも、お手元にお配りしましたので、「みまもり隊」になっていただき、まちを歩いていただきたいと思います。 それでは、みなさん一斉に腕にまきつけてみたいと思います。 「自然環境部会」では、恵み豊かな自然と環境にやさしいまちづくりのために、『ホタルの舞う川』を目指した河川の浄化、『昭和の森公園の活用』のためのイベント企画、地域の環境問題の起こっている場所を調査して解決への道を探る『環境パトロール』を実施いたします。 「福祉健康部会」では、安心して健やかに生き生きと暮らせるまちづくりのために、『ボランティア活動によるスノーバスターズの組織化検討』、『健康食と運動』をテーマにしたイベント企画、『チャリティーバザーの考察』に取り組んでまいります。 「教育文化部会」では、心豊かな人を育み若槻文化を創造するまちづくりのために『子供たちが参加するイベント』を企画して、子供たちの明るい声が響くように取り組んでまいります。以上、
2006年04月28日
合併後初の伊那市議選がはじまった。 旧伊那市区は定数18人に21人が立候補で、3人落ちの激戦区である。 共産党は3人立候補している。 そのうちの一人、柳川ひろみ前市議は、伊那市時代2期と任期半ばで合併選挙となり、合併後初挑戦だ。 阿部、小林、原田の3市議は柳川さん応援に。 街頭宣伝とピンポン対話を行う。 彼女はなかなか、がんばっていることが伺えた。 知れ渡っている。 小坂市政は「学校給食費の滞納者が多いので、子どもに保証人つけろ」「お産の費用は前払い」 濃く保税が高く滞納者が500世帯、保険証なしが200世帯で、命が心配など冷たい市政である。3人必勝で暮らし優先の市政目指して奮闘してほしい。
2006年04月27日
今から450年前の1650年中頃の城郭が三登山山中にある。 上杉謙信と武田信玄の戦いを前後しての郭跡である。 山城といわれ、界隈では1・2を競うほど、原形をとどめて居る数少ない郭という。 この郭から数キロ離れている平地に若槻団地という1200戸ほどの新興住宅地があり、この一角に里城跡がある。 いずれも関連している城跡で、これらのほかに髻城跡もあり、この保存のための会が設立され保存活動が活発に行われている。 この遺跡を後世に継承することはきわめて大切なこと。 予算の関係もあり、保存活動には制約があるが、貴重な文化財を保存継承することの重要性を認識され、高齢にもかかわらず意気に燃えてがんばっている。 総会で挨拶を指名され、一言、先のようなことを申し上げ、保存活動が十分に出来るような予算の獲得のため、議員として力を尽くすことを約束した。 この団体は、長野市が今進めている、都市内分権に関わる「コミニテイ若槻」仮称・住民自治協議会に参加し、史跡保存など文化活動の分野で活動することも決めた。 一層の活躍を期待したい。
2006年04月26日
『一人の不幸も見逃さない福祉の地域づくり』『高齢者や孤独になりがちな人々のために』など、誰もが安心して心豊かに過ごせる住みよい地域創りをめざしている「社協」の総会が開かれた。 昨年から、住民の強い要望が実り、福祉自動車が運行した。 利用者と運転など協力者が協働ではじまった。 利用者が多く、近い将来増車しないと利用者の要望に応えられないのではと、大変な評判である。 「社協」の事業は、高齢者への配食サービス、福祉自動車、民生委員の生活保護対応、児童館、児童センター、児童クラブの管理運営など、高齢者から子ども、障害者まで多岐にわたっている。 行政の隙間を埋める事業で、地域の福祉に係わるすべての事業をやっているといっても過言ではない。 ボランテヤ団体を含めて30数団体が協働で活動をしている地域最大の組織。 会計の決算報告や新年度の事業計画に伴う予算も報告されたが、楽ではないはず。 この総会の最後に、来賓挨拶の場があり、二人の市議会議員が紹介され挨拶した。 私は「・・・お年寄りや障害者、子どもたちも含めた広範囲な福祉の活動をされ『一人の不幸も見逃さない福祉の地域づくり』をめざしてご尽力されていることに敬意を表したい。 いま、社会的格差の広がりが問題となっているが、長野市も同様である。生活保護の申請者は急増、就学援助を受けている児童・生徒3800人で11%、地域によっては1クラス25%、4人に一人というところもある。 実に深刻な事態。また、児童館も飽和状態であり、こどもたちの安心・安全な日々の生活を考えれば深刻である。 皆さんと一緒に安心して暮らすことの出来る地域を目指してがんばる所存である。 特に、コミニテイ若槻と銘打ち、住民自治協議会が立ち上がるが、その中心に「社協」が大きな役割を負うことになるはず。 全力を尽くしてほしい。私ども議員も予算の獲得はじめ可能な限り力を尽くす決意である」と話した。 懇親の場で、「生活保護の実態や就学援助の実態を知り驚いた。」「初めて格差のひどさを知った」など感想を述べてくれた。 原田のぶゆきの市議会報告「ながの東北部新聞」を発行しているが、もっと、地域住民に長野市の実態を知らせることが重要と痛感した。
2006年04月25日
福祉環境委員会で新たな斎場建設計画について報告を受けた。 平成23年度までに当面3万1千ヘクタールの面積で火葬施設9基で、43億円をかけて建設を予定しているという。 現在ある二つの施設は、耐用年数や手狭など、人生の終焉を迎えるにはふさわしくない施設であり、一箇所に統合して効率よいものを作りたいとしている。 建設場所については、地元の関係者にも打診し具体的につめていきたいという。 地元では、受け入れる代わりに『迷惑施設』にふさわしい対価を要望している。 新たな道路や橋、児童館、小学校建設、公園や福祉施設などとあわせて、膨大な農地の買収を求めている。 大型店のイオンが、19ヘクタールの農地をつぶすことで長野市のまちづくりに合致しないとして、市長は出店を拒否した。 今回の斎場については、それ以上の農地を公共施設として買ってくれが地元の要望。 膨大な資金を投資して建設するだけでなく、斎場建設に伴う地域からの要望を受け入れれば、何百億円になるかも。 財政厳しいとき、そんなことは無理だ。 議論が百出。 長野市の財政状況を考慮し、行政側の毅然とした対応が求まられることを指摘。 場合によれば、現在の2箇所の斎場に建設してもいいのではないか、など問題提起もしておいた。 最近、長野市の大型公共事業は軒並みとなっている。 銀座A-1「トイーゴ」、銀座D-1市街地再開発、ぬる湯温泉「湯~ぱれあ」などなど。 さらに、必要不可欠として、斎場建設計画である。 今後、保育園や学校、公園、さつき高校、学校の耐震強化策など、それこそ必要不可欠の公共事業が山積している。 市の側の建設に対する明確な、確固たる姿勢と慎重さが求められている。 市長の政治姿勢が問われているわけだ。 市財政や効率、市民の使い勝手など、議員・議会の高いチェック機能が要求されてもいる。
2006年04月24日
わが実家の菩提寺であるお寺さんの法要に出席。 毎月恒例の法要を行っており、地元の議員として案内をいただいている。 今回は時間が取れて出席した。 法要と講話があり、その後お斉(食事会)があり、その席で来賓で挨拶をさせてもらった。 10時40分ごろ、信州新町の選挙の結果についての情報がファックスで入った。 町長選では中村和正さんが1、558票、得票率37、68%で善戦健闘。 町議選は、宮尾光子さんが252票で10位、酒井隆一さんは239票で11位で2議席確保した。 連日応援に行ったが、勝ててよかった。 公約実現めざし、二人の町議の議会活動での健闘を期待したい。
2006年04月23日
昨日とはうって変わり、絶好の選挙日より。 信州新町町長選と町議選は最終日である。 地元のKさんとハンドマイク持参で、小集落で街頭宣伝。 遠くの庭先で、おじちゃん、おばちゃんたちが聞いている。 ゆっくり丁寧に訴えるよう努力する。 雪降る昨日とはうって変わり、ようやく、暖かい春の陽射しとなり、しぼみかかったつぼみも一気に芽吹いてきた。 のどかなどといっていられない。 時間の許す限り精一杯、最終日の街頭宣伝をした。 あと一日、『投票箱のふたの閉まるまで』気を緩めずに全力投球あるのみ。 午後は、地元のトレッキングコース「愛護会」の総会に出席した。 昨日、区長さんの新旧交代と支所職員や消防署職員の転出・入により、歓送迎会が開かれた。 百人ほどの参加者で会場は一杯。 議員を代表してあいさつをした。 この会場である前区長さんが、「『ホームページ』見たよ。よく更新しているねー。」といってくれた。 身近で見てくれる人がいて少し感激。 継続は力なり、か。?
2006年04月22日
今日の天気は異常だ。 生まれてこれまで65回も年を重ねてきたが、4月の20日過ぎにこれだけの雪に見舞われたのは初めてだ。 桜や梅は満開。水仙も穏やかに咲いていたのに。 花冷えとはいっても、まさか雪降る陽気になるとは夢々思ってもいないはず。 さぞかしびっくり仰天。 「農作物に悪影響が無ければいいが」と、選挙事務所にいたお百姓風の地元のおじさんたちが心配していた。 選挙は、雪が降ろうが雨が降ろうが、それこそ槍が降ろうがより頑張った方が勝ちである。 昨日に続き、今日も地元のおばちゃんと、この冷たい雪を突いて山また山の細い道路を走りながら小集落を訪ね歩いた。 おばちゃんは75歳を過ぎた温厚な人。 訪ねれば知らない人はいない。「よくきたない。足痛くてなあ」と、おばちゃん達が足を引きずりながらゆっくり玄関に来てくれる。 高齢のお年よりには、足の悪い一人暮らしのおばちゃんが多い。 険しい傾斜地の畑で、苦労してきたことがわかる。 「年寄りが多いで、箱物などに税金使って欲しくないなあ。わしらのようなものがここで安心して暮らせるようにしてもらいたい」と痛切だ。 前の長町さん(今回も町長候補なり出ている)は、この町に相応しくない体育館を作ってくれた。エレベーターも無く、この足では楽しみにしている運動をしたいのに2階へは上がれない。 わしらから楽しみを取ってしまった。 「困ったもんだ」と、しみじみと思いの丈を吐露した。 いよいよ、無所属新人町長候補とまっとうな町議候補の押上が決めてだ。 子供たちやお年寄り、障害者などが安心してくらせる町をつくらねばと改めて痛感した。
2006年04月21日
「のぶちゃん」のチョット一言。 朝から、どしゃ降りの冷たい雨が降り続く。 わが家からは、数分でいける昭和の森公園の桜は、八分咲きで見事な光景となっている。 でも、雨にもめげず、花びらは散らずにしっかりとしている。 党後援会事務所前は公園。 午後からはすっかり晴れ、桜を見ながら散策する人が増えてきた。 満開に近い桜の花で、気持ちもうきうき。 お花見には絶好の日和。 わが家の花々も、色とりどりに咲いてきた。 特に一昨年、ほしくてたまらずもらってきた数種類の水仙が見事。 ホームページへのアクセスが5万人を超え、励ましのエールをくれる人もいて、うれしい限り。 これからも、がんばりたい。
2006年04月20日
議員定数等調査研究特別委員会で、諏訪市と大町市へ調査に行ってきた。 諏訪市は23名から、次の選挙では議員定数は8名減員で15名。人口は5万人で15名は全国でも最低クラス。 国が地方交付税や補助金を大幅に削減する中、財政が厳しく、国が言う「小さな政府」の地方版を強行している。 職員も5年間で10%減とするという。 議員の定数減の根拠はどこでも乏しい。 財政が厳しいのでが主な理由だが。 定数減による、財政効果はどうか。 また、議会は執行機関のチェック機能を十分に果たすのが役割である。 大勢居る理事者や職員を相手に、大幅に減員した議員でしっかりチェックできるのか。 議員の能力を高め、少数精鋭の議員で対応したい、出来るといっていたが果たして本当に出来るのか。 1期か2期の持ち回り議員、地元推薦候補の多い中、精鋭なる議員が出てくるのか。 いささか、心配だ。そのようなニュアンスの質問をしたが、勉強会を開いたりするなど特別の手立ても考えているとの答えであった。 住民の素朴な気持ちは、定数を減らせ。無駄遣いはするな。もっと議員は庶民の立場で活動せよ。である。 市民の声を尊重しつつ、議会がチェック機能の果たせること。すべての地域の住民の声をくみ上げる体制を作ること。 地元がよければすべてよしの議会構成でなく、福祉や教育、農業や商業など全市民的立場に立った市政運営にどのように対応するか。ここが今、市政に求められているはずだ。 いよいよ、本格的な議員定数等調査研究特別委員会の議論の白熱を帯びることになる。 全力を尽くしたい。
2006年04月19日
昨日のこと。 「生活と健康を守る会」事務所から議員控え室に電話があった。 腰痛と糖尿病で働けず、生命保険を解約した。 残りは2万円。 先の見通しもない。 「助けて」とのこと。 早速、控え室に来てもらった。 医者に行き、腰痛と糖尿の診断書を持ってきた。 厚生課へ行き、生活保護の申請で相談する。 実質的に仕事ができないので、ケースワーカーも了解し、その場で申請することになり書類に書き込んだ。 「共産党さんは、弱い立場の味方と聞いていたが、うれしかった。」 「政治にはまったく関心なかったが、力になってくれて感謝している。」 「政治への無関心はいけないと今日はじめて気づいた。これまで選挙にいったことがなかったが、今日限り、考えを改めたい」とまじめに話してくれた。
2006年04月18日
若槻支部の仲間と、信州新町へ選挙応援で行った。 野を超え、山超え、数軒しかない集落訪ね歩いた。 街頭宣伝と対話である。
2006年04月17日
花冷えも厳しい今日、恒例となっているお花見会を開いた。 いつもなら、桜の花の下で行っていたが、寒いことを見通して事務所となった。 座る場所のないほどに、部屋いっぱいのむんむんする中の花見会である。 先日、日本共産党の仲間になってくれた、Mさん夫妻も来てくれた。 後援会長、事務局長など後援会の役員の面々も勢ぞろい。 久しぶりに、交流できた。 石坂県議の県政報告。原田のぶゆきの市政報告、中野早苗さんの国政報告など行った後、乾杯で懇親会となる。 全員の自己紹介と新入党員の決意と挨拶は、みんなを励ました。
2006年04月16日
病気、就職、農業不振、生活保護、住宅など、さまざまな暮らしの相談が飛び込んでくる。 どんな相談でも、付きまとうのはサラ金問題。 ○大きな手術をし医療費が不足したため、娘に借りたが返せずに法定制限利息最大の29%でサラ金から借りてしまった。 ○家族の食事代は妻の責任と夫に言われ、不足分をサラ金でまかなったという妻。 ○農家収入が赤字で、生活費をサラ金でまかなった主婦。 ○障害者年金で暮らしている知的障害者であることを承知で、金を貸し付けるサラ金業者。 あくどい限りの実態について、私自身も体験してきた。 今日付けの、しんぶん「赤旗」の一面トップの、サラ金大手の「アイフル」が違法・悪質取立てで全1700店舗が業務停止命令。と報道した。 債務者の母親の住む実家に督促のはがきを送り、数回電話し返済させようと母親の不安をあおり困惑させる。 債務者から勤務策への電話をやめてほしいとの申し出にも係わらず、執拗に電話を継続。 さらに、第三者から返済資金を調達することを執拗に求めたこと。 このような行為は、「私生活、業務の平穏を害する言動で人を困惑」させる取立てなどを禁じた貸金業規則法に違反すると判断。業務停止命令となったわけだ。 弱者に金を貸せ、強引に取り立てる行為は絶対に許されない。 先の、知的障害者と知りながら貸し付けたあるサラ金業者については、直接会社に行き、担当のものと直談判をした。 「制度何もわからず、また、年金から差し引かれる額もわからないまま貸し付けたあなたの責任は大きい。承知で貸せたなら大問題。世論の訴え、社会問題にするしかない。人権侵害で裁判に訴える」と質した。 相手は、「申し訳ない」と言い、100%要望に答え解約した。 相談がなければ、この障害者はどうなっていたか、身震いがしてくる。
2006年04月15日
地元の8集落、40人ほどの農家組合長さんなど役員さんと農協幹部の合同の会議が開かれ来賓として出席した。 突然あいさつの指名があり、一言挨拶をした。 「・・・日ごろ、厳しい農業環境の中、地元でがんばっている皆さんに敬意を表します。今年は大雪で市内での被害も甚大であった。ご当地でも、北部地域で何十本もりんごの木が割れる被害がありました。お見舞いを申し上げます。小泉内閣は、農業を大規模農家へ集約する方針で予算化しているが、家族中心の小規模経営で農業をやっている皆さんにこそ政治は応援しないといけない。 市政のばで大いにがんばりたい。・・・」などと話した。 参加している面々は、総じて70歳から80歳の農業では往年のベテランぞろい。 聞けば、高齢にもかかわらず軽トラ、スピードスプレヤーなど農機具を上手に操りがんばっているといっていた。 しかし、後何年出来るかそれが心配。 元気だが、若い者が家に居ない。「息子が定年退職して帰ってくるまでがんばるんさ」。 元気でがんばってほしいもの。
2006年04月14日
「なんでも生活相談会」のチラシを見てきてくれた、Hさん。 今日、厚生課と生活保護の申請でお願いをした。 厚生年金が年間、約80万円。 とても足りないので、不足分を生活保護で補いたいとのこと。 Hさんが市のケースワーカーと話し中、利息制限法いっぱいいっぱいの29%の借り入れが25万円。そのほかに、年金担保で約100万円を借り入れしていたことが分かった。 職員に、「Hさんはどうすればうまくいくのか」と聞いた。 サラ金を返すこと。車を処分すること。など解決すれば約6万円ほどの生活保護は申請できると。 厚生課の対応には、不満もあるが、生活保護が受けられれば、今回は「よし」としたい。
2006年04月13日
1ヘクタール(1町歩)ほどのりんご作りが専業のHさんから営農が大変でやっていけない。と相談があった。 夫婦で事務所に来た。 平成17年度の納税申告所の控えを見せてもらった。 りんごの総売り上げが600万円余。つまり年間総収入がこれだ。 肥料代、消毒代、農機具の修理代、集荷と出荷の屋内施設の返済費など諸経費に360万円。 手が足りないので、繁忙期のパート賃金が約200万円、贈答品が多いので郵送代が100万円、収入と支出の合計では60万円の赤字。申告書には△印の隣に60万円と明記されている。 このような事態が、数年続いているというからなおのこと深刻だ。 この埋め合わせに、借金をしてきたがその累積も数百万円となっている。 そこで、このまま農業を続けるか、縮小するか、現金収入を得るために農業をやめて働きに行くかということになる。 20年ほど前は、奥さんが元気で農業を取り仕切り、1ヘクタールで1、500箱ほどの贈答用のりんご生産をしてがんばっていた。 ところが、働きすぎて体をすり減らし内臓疾患がひどくほとんど仕事が出来ない体になってしまった。 その結果、人手不足で人を頼む羽目になり、人件費がかさみ赤字経営に落ち込んだと言うわけである。 ただ、贈答用が240人も居るとなると、捨てがたい顧客である。 大事にしたい。
2006年04月12日
4月も半ばだというのに、肌寒い。 コートを着こんでの街頭宣伝となる。 市議団が持ち回りで、毎週火曜日にスーパーメガホンで音を出している。 通常は県会議員や国会議員予定候補者が一緒だ。 今朝も、そのつもりで駅頭で準備をし、7時40分になったのでマイクを持ち演説を始めた。 それぞれ所要でどなたも見えず、結局8時まで一人でやってしまった。 上田市議選の勝利。小泉内閣の規制緩和や国民負担など悪政による格差の広がり。長野市での影響。米軍の再編強化と沖縄など国内への悪影響。それにこうした地域住民の闘い。 などを話した。
2006年04月11日
上田市、真田町、丸子町、武石村の合併後初の市議選挙は、昨夜投・開票が行われ、日本共産党の新人ふるいち順子さん始め、4人が上位で当選を果たした。 残念ながら、武石選挙区で定数2名で3名立候補し共産党は24票差で惜敗した。 上田選挙区では、定数32名で11名オーバーの大激戦だったが、日本共産党は4人立候補で、見事全員当選となった。 若槻支部からも連日応援に行った。 電話がけ、街頭宣伝、ビラ撒きなど多岐にわたっての応援であった。 厳しいといわれていたが、日本共産党上田市議団の日常の活動が、市民の心を捉えたわけだ。 頭の下がる思いだ。 この活動に謙虚に学び、来る1年後の県議選、1年半後の長野市議選に生かしたい。 「のぶちゃん」のチョットう一言。 今年初めて、二株しかないカタクリがともにつぼみを持った。 10年ぶりかもしれない。 カタクリの背丈は15センチから20センチほど。 ところが、根っこは背丈の倍以上、30センチも深いところまで根を伸ばしていく。 水分を求めているのか、地上に激しい動きがあっても生存出来ると思っているのか。 とにかく大地にしっかり根を張っている。 強力な生命力を持っている。 水仙は、明日明日咲くのではと思うくらいつぼみが膨らんでいる。 赤旗しんぶん配達途中で、知人宅の庭で見かけた水仙。 ほんのチョット黄色が混ざる、クリーム色の見事な水仙。 「欲しい」と言うと、20株ほど秋にもってきてくれた。 それが2年前。 昨年は咲かなかったが、今年は、ほとんどの水仙がつぼみをもった。 おそらく、見事な花を咲かしてくれるはずだ。 心配は、冷たい雨。 霙(みぞれ)になるのではと気をもむほどに、今日の雨は冷気を運んできた。 自然の営みは、ままならない。 自然に任せるしかないが、早く、欲しくてたまらなかった、水仙の花の咲くのが待ち遠しい。
2006年04月10日
生健会員の仲間や協力者が、500枚の案内ビラを撒き「相談会」を準備してきた。 多くは障害者だが、一生懸命頑張った。 当日は、部屋を暖め、お茶を用意しお菓子まで出てきた。 長野生健会事務局長の水野さんが、気を利かし用意してくれた。 さすが、弱者に思いを寄せる、ご苦労してきた立派な局長さんだ。 午後2時から4時までの2時間の設定となっており、開始当初、私と事務局長のほかに地元の役員は2人。 案内ビラを見てきれくれた人は4人。 全部で8人が一堂に。 さっそく、プライベートに関わることもあり、「秘密保持に心配あるが、相談はどうしますか」と聞いた。 それぞれが、「みんなの前でもいいよ」ということになった。 水野事務局長が開会の挨拶。 相談を受け持つ原田が一言挨拶した。 元生健会のKさん「扶助費が下がるという書類が入った」という。 この3月まで、家賃も入れて96、000円の生活保護費であった。 それが、家賃の10、100円を入れて、78、100円だという。 17、900円も下がることになる。 実質生活費は68、000円。光熱費は夜6時30分に寝て、朝は出来るだけ遅くまでと8時に起きるなど、消費を出来るだけ避ける努力している。 こうしてガス、電気料を節約しても11、000円はかかる。 食事などに使うことの出来るお金は、56、000円で1日約1、900円。 新聞は読めない。香典、交流など世間との人間らしい生活、交際は出来ない。 寂しいです。 食べることで、精一杯です。 小泉内閣の政治が悪いと、怒りをあらわにしていた。 病気がちのHさん 厚生年金を7万円もらっているが、とても足りない。 生活保護申請は無理か、との要望があった。 家賃と医療費もかかるので、保護申請をしようと、福祉事務所と折衝することにして、日程を決めた。 生健会会員Mさん 要介護1で、電動車椅子を使っているが、介護保険法が変わって助成がないのではと心配だ。 調べてほしい。 など要望が出された。 さらに、この団地は、2階建てとなっているが、高齢者は2階は使えない。 手すりをつけてほしい。庭の空き地にプレハブでもいいから一部屋を作ってほしい。 一階は6畳間まで、炊事場と居間と一緒で、ここに布団を敷いて寝ることになるが人の寝るところではない。 かつて、『この団地を、姨捨山にするな』と運動したことがある。 お年よりも昔は、家族のため、みんなのためにと苦労してきた。 邪魔者扱いはやめてほしい。厳しい言葉が出た。 それぞれが、自らの要望や思いを率直に語ってくれた。 お茶飲みながら、互いの交流も深まった。 事務局長さんは、せっかくなので皆さんから出された要望や意見は「生健会」としてまとめて、県や市に要望したい。 また、生健会に入って一緒に地域の人たちの要望などつかみ、頑張りたい。仲間になってほしいと訴えた。 二人の人が会員になってくれた。また、月に1回程度はここにいる人たちと、さらに輪を広げ交流会を開こう、と約束。 今日の結果をニュースにして、全戸へ配布しようと確認した。 先の展望が開ける楽しい「相談会」となった。
2006年04月09日
仲間5人で、午前9時に上野事務所を出発。 1時間30分かかって、上田の高村京子事務所に到着。 雨どころか、雹がバラバラと降ってきた。 電話をかける組2人と、宣伝カーで音出しとビラ配り組み3人で張り切って出かけた。 200世帯といわれてやってきた。 街頭宣伝4回、167枚のビラ配りをした。 いよいよ、明日は投票日。 5人が出てがんばってきたが、最後まで気を抜かずに全力投球以外にない。
2006年04月08日
原田のぶゆき 生活相談日記 弁護士事務所のS職員から「議員さんの出番」ということで電話があった。 「Mさんのことで相談に乗って欲しい」とのこと。 Mさんは知り合いで、選挙の時、いつもポスターを貼らしてくれる気のいいご夫婦で、二人で暮らしている。 平穏に暮らしていると思っていたのに、Sの話を聞けば深刻そのものである。Mさんの父親が数十年前に、ご近所の農家から土地を借り小さな家を建て地代を払ってきた。ところが、最近になって地代を数ヶ月間払わずに滞ってしまった。 当然ながら地主から立ち退きを迫られ、弁護士に助けを求めて飛び込んでいったという訳だ。 そこで、Sの私への相談は二つ。まず、住宅が見つかるまで、立ち退きの延長を地主にお願いして欲しいこと。 次は、出来るだけ早く公営住宅に入れるようにして欲しいこと、であった。公営住宅の入居は議員の力では無理で、県住・市住どちらでも公募し、当たる以外にないと伝えた。 何はともあれ、Mさんに会おうと彼の家の30メートルほど手前まで行った。玄関先に、黒いスーツの若い者が二人、戸をたたいて開けようとしている。 サラ金業の取り立てと直感。留守なのか、家の周りをうろうろしながら、帰っていった。 様子をうかがいながら、玄関先に行く。 苦手な犬に吠えられながら、チャイムを押した。応答は無い。「Mさん、Mさん」と声をかけ「原田です」と言った。 しばらくして、奥の障子が開き、Mさんがおそるおそる出てきて戸をあけてくれた。 急いで中に入ったが、天井は低く家の中は薄暗い。 紫色の風呂敷が下がり、電灯の灯りを遮りテーブルの一部を照らしている。 「どうしたんだね」と聞いた。 サラ金業者が朝、晩取り立てに来て「怖くて、怖くて、生きた心地がしない」と声を殺して言った。 「やっぱりか」サラ金の取立てについては、S職員に話して直ぐに手を打ち来なくなった。 難問は立ち退き問題である。 早速、延期の理由とお願いをしたためた文章を持って地主さん宅を訪ねた。誠実な地主さんでよかった。 数日が経ち地主さんから呼び出しがあった。 弁護士さんと相談したようで、延期は認めてくれたが、地代の滞納分と整地をして立ち退くことが明記されていた。 お金がなく、とても不可能なことである。ない袖は振れないのでじっとしていた。 公営住宅が当たり、なべ、釜、茶碗など最小限の生活必需品を持って、身を引くように、引っ越していった。私はまったく知らなかったが、後日、A団地に越したことを知らせてきた。 数百万円を投資して、残物を片付け整地したことを地主さんから聞いた。滞っている地代のことは言わなかった。ただただ頭を下げるしかなかった。 サラ金から解放され、二人で明るい電灯の下で日々を送っていたが、先日、Mさんが急病で亡くなってしまった。 ダンボールを重ねた小さな仏壇には、位牌が置かれ、菊花と好きだったコップ酒が供えられていた。 奥さんは70歳そこそこ、元気で夫の分まで長生きしてほしい。 ・・・人の良いMさんご夫婦によせて・・・ 「助けて」の電話の奥くの小さき声 いのち縮むと老夫婦泣く 布切れで明かり遮り昼夜も サラ金帰るを息殺し待つ 堂々と党のポスター板壁に「貼っていいよ」と夫婦揃いて9日の日曜日は、500戸の県営団地で「何でも生活相談日」。生活と健康を守る会の会員さんと仲間が全戸に案内のチラシを入れてくれた。相談に乗るのは私と生健会の事務局長。
2006年04月07日
午前中、中学の入学式に出席。 北部中学校の新入生は6クラス219人。 いささか緊張気味だが、1週間前まで小学生とはとても思えない。 『新ピカ』の学生服で凛とした姿は、立派は中学生となっている。 体も心も成長期の中学の3年間、運動に、勉強に大いに励んでもらいたい。 希望に満ち溢れた、充実の時を存分に発揮することを期待したい。 いつもながら、起立して「開式の辞」に連続して国歌斉唱となる。 両隣さんは大きな声で、一生懸命『君が代は・・・』とやっていた。 19年間、起立もせず、声も出さず「侵略戦争に駆り立てた責任ある人物、天皇」をたたえる歌としてごく当たり前の行動をしてきた。 今回も同じ思いで、聞いていた。 午後は上田の市議選に行く。 上田市では高遠和秋前市議の後継者。 合併にともない真田町のベテラン中沢町議に代わって、「ふるいち順子」さん、明るく元気なニューフェイス。 高村京子県議が連日候補者カーに乗り、必死の支援。 先日は散らし配りだが、今日は電話がけ。 福祉や・暮らしや教育優先でがんばることを訴える。 地元があるからとなかなか厳しい情勢だ。 地元も大事だが、定率減税や、年金切り下げ、介護保険の値上げなど、国の悪政はひどい。またまた、消費税も上げようとしている。 こういうときこそ、市政が市民の暮らし第一でがんばるとき。 国保税下げて、子供の医療費無料にしてなど要望が寄せられている。 「ふるいち順子」は、この立場でがんばるぜひご支持をという。 「そうですね。」と言葉が返るときも。 要望を聞いたり、とにかく相手のひとの話を聞くことに徹した。 時間のかかる対話であった。
2006年04月06日
案内をいただき、母校である小学校の入学式に出席した。 議員になって以来19年間この式に出てきた。 いつもの事ながら、思い出多い懐かしいところ。 来賓がゆえに控え室の校長室に案内され、式を前にして校長先生と懇談した。 「30人規模学級でクラスが増え、余裕の教室がないので苦労している。」といっていた。 教務主任が来て、「原田議員さん、お祝いの挨拶お願いします」とお願いされた。 地元の県議も同席していたので、顔をうかがうと少し怪訝な顔をしていた。 昨年も私がやったので、遠慮をし「県議さんお願いします」と言うと、顔をこわばらせ校長室から出て行った。 「まづいなー」と内心思いながら、小生の責任ではないので、その場は受け流しておいた。 どういう話になったかは定かではないが、結果は県議も納得し、私が挨拶することになった。 ・・・いろいろあるもんだ。・・・ 新1年生は119人。 昨年より1人多いそうだ。 「君が代」は受け流し、その直後に校長先生、次に来賓挨拶で私の番となった。 一言挨拶させてもらった。・・・続きは後で。
2006年04月05日
「公務員削減先にありきで、最低限の国の役割さえ放棄するのか」と、日本共産党の塩川議員が、衆院行政改革特別委員会で問題点を明らかにした。 保育の配置基準の後退○1歳・2歳児は子ども6人に保育士一人以上が基準。ゼロ歳児は、子ども 3人に保育士一人以上が基準が改悪に。 ○35人が学級も計画見直し、後退とした。○消防も25%の人員削減。 各国の学級編成基準は、 小1 中学2 日本 40人 40人イギリス 30人 なしカリフォルニア 32人 28人ケンタッキー 24人 31人ドイツ 24人 24人ロシア 25人 25人人口千人あたりの公的部門における職員数の国際比較日本 35,1人イギリス 73、0人フランス 96,3人アメリカ 80,6人ドイツ 58,4人日本は公務員が少ないこと良くわかる。 赤旗しんぶん報道の一部。 「小さな政府」を言う小泉首相は、公務員を減らし「民間で出来ることは民間で」と、民活導入を強行している。 このことを理由にして、福祉や教育、農業の政策を後退させている。 赤旗しんぶんは、国民の方に顔を向け事実を報道している。 多くの国民に読んでほしい新聞である。
2006年04月04日
新年度区長会総会に来賓で案内があり出席した。 この会議では、区長会の会長と環美連の会長など一連の役員を決めることになっている。 なんと、幾人もの同級生が区長として出席しており、その中の一人、私の生まれふるさと『田子』の同級生が区長会長に選出された。 7千戸、2万人超える人口急増地域で市内30行政区中でも大きい方だ。 しかも、都市内分権で住民自治協議会「コミニテイ若槻」を市内で最初に立ち上げようと、着々準備が進んでいるモデル地域である。 聞けば、前の区長会長さんは年に500回、1日に6~7回も会議があったというから超忙しい役職である。 議員を代表して挨拶をした。 いろいろ言ったが、「・・・体が資本、健康には十分に留意して住民のために頑張っていただきたい。・・・」とお願いをした。
2006年04月03日
上田市は、合併後最初の選挙が今日告示。 前々回、上田の市議選応援で国道18号を走行中、居眠り運転で2台もの車と衝突し、わが車は大破で廃車、相手の運転手にも怪我をさせ、車も大破させるなど大失態をした。 傍で、上田市以外ならいいが絶対だめと強硬の弁いうものあり。 それでもなお、小生は行くと強弁。 二人で行くことに。 雨雲が心配であったが、出かけた。 指定された地域のチラシを撒き終る頃、強い雨が降ってきた。 幾台もの候補者カーとぶつかった。 共産党の候補者は5人。 12人落ちの多数激戦だという。 負けられない選挙。
2006年04月02日
昨日は弥生で最後の日、雪降りとなったが今日は花々たちが驚くほどの好天。 昨日とは打って変わって『嘘のような春日和』 めまぐるしい気候の変化である。 午後1時30分から公民館協議会総会で、来賓でよばれた。 今回は、順番で来賓挨拶をすることになった。 ・・・1年間で10回ほどの行事を行い、延べ3000人を超える地区民が参加した。芸術祭、運動会、与謝野晶子の講演会、子育てや福祉など、文化・スポーツ・旅行・文学・福祉・教育にと多彩な取り組みで、住民の交流と親睦を深める中心を担い活動してきたことに敬意を表したい。 今若槻では、長野市で最初のモデル的存在の、都市内分権で住民自治協議会を立ち上げ、「コミニテイ若槻」と銘打ち、自分たちのまちは自分たちで守り育てようと、まちづくりを進める準備をしている。公民館協議会は、是非その一翼を担って活躍を期待したい。・・・と挨拶した。 長野市はこの地域に、住民自治協議会立ち上げで、特別地域振興のために専門職員を配置した。 議員として積極的に協力したい。
2006年04月01日
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