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2013.02.13
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カテゴリ: 読書案内
【中島敦/山月記】
20130213

◆声に出して読みたい小説

声に出して読みたい小説を一冊あげろと言われたら、迷わず『山月記』をあげるだろう。

この作品は文体が漢語調で、男性的な気高さに溢れている。朗々として読み進めたら、あまりの格調高さに自ら酔い痴れること間違いなしだ。
著者の中島敦は早逝だったこともあり、作品数も少なく、ほとんどが短編小説ばかりだ。だが、中国の古典をモデルにした作品が多く、その芸術性の高さから言っても、もしも長命でもっともっと優れた作品を残していたら、あるいは芥川と互角の天才作家として君臨していたかもしれない。

中島敦の作品に『弟子』という短編がある。これは孔子と、その弟子である子路を扱った史実だ。
硬い小説だが、これがまた泣ける。もともと乱暴者で手のつけられないヤンキー少年が、夜回り先生の博愛に触れて、その門下に下るような感じ(?)だ。この師弟関係はとてもスペシャルなもので、それはもう尊い結び付きを垣間見ることができるのだ。

さて『山月記』。これは私が高校時代の現代文の教科書に掲載されていたと記憶している。
当時、先生はこの作品をよっぽど気に入っていたと見えて、目をつむって朗読した時にはあまりの陶酔ぶりに驚いてしまった。
だがその気持ちも今なら分かる。それほどまでに格調高く、一定のリズムに乗せて読みあげるには、比類なきテキストだったのだ。

内容はこうだ。

その後は、人との交友を絶って、得意とする執筆業に耽ったのだが、その努力も虚しく誰にも認められることがない。
そのうち焦燥感やら孤独感に苛まれ、貧乏のどん底を味わうこととなり、気違いになって蒸発してしまった。
一方、リチョウと唯一仲良くしていたエンサンという役人が、出張で山一つ越えることになったのだが、その山に人喰い虎が出没するという噂があった。
だがエンサンは仕事でもあり、また連れも大勢なので強行することにしたのだが、やはり噂は本当で、あわや人喰い虎と遭遇するはめになった。
しかし虎はエンサンを一目見るやいなやすぐに草むらに隠れてしまう。
よくよくエンサンが話しかけてみると、その人喰い虎こそ旧友のリチョウだったのだ。

この『山月記』も切ない話だ。自分の才能を信じ、役人の仕事を辞め、妻子を捨てて努力したにもかかわらず、それが報われない。
どうしようもない我が身を嘆いた話である。これは、作家・中島敦自身を投影させた作品であり、究極の不安と無念を表現したものだ。
自我の滅び行く瞬間と同時に、ただ単に息をするだけの動物(獣)に成り下がることへの絶望。この悲哀に、胸が押し潰されそうになる。
現代文学の名作中の名作である。声に出して読む朗読をおすすめしたい。

『山月記』中島敦・著

20130124aisatsu




~読書案内~   その他

■No. 1 取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛
■No.18 織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話
■No.19 谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。
■No.20 車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか
■No.21 松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場
■No.22 川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!
■No.23 丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの
■No.24 宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!
■No.25 岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話
■No.26 柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?
■No.27 宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし
■No.28 向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ
■No.29 樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰
■No.30 南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る
■No.31 東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説
■No.32 辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説
■No.33 田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説
■No.34 沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る
■No.35 浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー
■No.36 有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇
■No.37 田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く
■No.38 連城三紀彦/恋文 嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味
■No.39 重松清/エイジ もしもクラスメイトが通り魔だったら・・・?
■No.40 大崎善生/パイロットフィッシュ おしゃれで、どこか老成した主人公「僕」の語り口調
■No.41 小川糸/食堂かたつむり 癒しを求めて何となく手に取る小説

◆番外篇.1 新潮日本文学アルバム/太宰 治 パンドラの匣を開け走れメロスを見る!
◆番外篇.2 菊池寛、選挙に出る! 読書階級の人は菊池寛氏を選べ
◆番外篇.3 芥川龍之介と菊池寛 唯ぼんやりとした不安、ハナはこちらなり。
◆番外篇.4 菜の花忌に司馬遼太郎を偲ぶ 日本史は世界でも第一級の歴史。





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最終更新日  2013.02.13 06:23:57
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