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生きている。生きていられることは、そうでない人にとって何よりも素晴らしいことに思えることだろう。そういう話は嫌というほど聞いたし、読んでもいる。宗教を信じる人など毎日感じるだろうし、イスラム教徒なら少なくとも一日に五度は感謝している。ポアンカレ予想も宇宙の中にあって宇宙をしろというのであり、外から見るのではない。ビッグバンも宇宙は、突然生まれた。それ以前になにがあったかを問わない。神は神であって人間ではない。人間はこっち側に存在し、あっちには行けないそれが何かを知ることなどできるはずがない。生命体は ひとつの A でしかない。 ・ひとつの Aとしての個体であり、それ以外は 非A でしかない。目に見え、聴き、匂い、触り、五感を通して知るだけでなく、目の奥でも考えている能力を持つ人間であるが、それはそれだけでしかないとも言える。それこそありふれた化学反応でしかないともいえる。不遜な人間だけが自分を膨らましているだけだ。人間は何物かであることを知ろうとすればその気になれば知ることができる時代であり、それをしない人間もいるだけだろう。 ・へ2・・・私たちは、自分だけのためにだけ生きているのではない。それはこれだけ苦しんでいるひとびとをみればわかる。ひとは強いものが弱い者を助けなければ成立しない世界のことだろう。相手を殺していれば、いずれは自分も殺される。それでも人間が生き延びてこれたのはそうしてばかりはいられないと知ったからだ。それが現在71億人を超える世界人口が証明してもいる。私たちは利己的な遺伝子ばかりで生きているのではない。守るものがある。 ・私は、おそらく1日に一度以上は自分はこれでいいのかと問うている。それほど傲慢な男ではないつもりだ。悩み続けてもいる。これもあるいは無駄な泡沫かも知れない。無駄なことで一生を終るものはそう見ようとするからかもしれない。何か裏に大切なことが隠されているかもしれない。何故ならこっち側から見えるだけだからだ。決してあっちからではない。全能でもないのだから、自分の目で見ているだけだし、目の奥にあるもので感じているのは偽装を見ているだけかもしれない。
2021.11.30
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暴力に暴力で対抗するしかないという考えがいまだにある。「目には目を」だ。勿論そのままではないが、内容は変わらないことが為される。暗殺者を暗殺するようなことがことが起きる。「殺してしまえ」、「消してしまえ」「片づけてしまえ」は、暴力時代の常套手段だった。大衆は震え上がりそれをほくそ笑んでいる連中さえいるのだ。暴力を許してはならない。暴力で何かを得ようとするのは民主主義の本義に反する行為でしかない。 ・日本もついに暴力の連鎖が始まるのではないだろうか。日本も世界の紛争に巻き込まれるのか。血生臭い事件が心を荒廃させていきはしないか。そんな悪い予感さえ覚えてならない。 ・へ2・・・寒気団が張り出してきた。今日は寒い。冬の訪れが何を意味しているのだろうか。じっと身をかがめてしまうしかないのか。世の中には色んなことが起きるが、必ず原因になるものがある。陰謀もある。日本の民主主義が本物かどうか、問われてもいる。
2021.11.30
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宮古島土産。それこそかなわぬ夢だとしてもそれは持ち続けたい。何故ならこの悲しい世界に祖先が生きてきた世界を汚したくはない。自分が野生の人間だとしても、それでも健気に生きている人たちが奥ゆかしい人生をまっとうしているひともいる。そういうひともいるのだからわがままな私は、少しはそのことをわかっていたい。いつも狼ではいたくはないから。いつもとおい夢を見る。もしかしたら、もうなにか小さな昆虫に変態し、荒漠と広がる原野をとんでいるのだろうか。ひねた目をして月の砂漠から地球をみているかもしれない。やがてさけようもなく「ヘイフリックの限界」が待っている。 ・よくしたもので、寒くなると人間は消費エネルギーの消費を防ぐためによく眠るらしい。眠りが深くなる。それとも遠い空がよんでいる。だんだん起きるのが遅くなる。早く眠くもなる。もうそれほどながくもない人生だろうに・・・。よく眠るようになって。ことこと音が。どうやら白猫。もう10年近くこの家の住人である。妻子は自分たちが飼っていると思っているが、猫はこの家が棲家でしかない。私は猫から見れば厄介な敵かも知れない。近付くと蹴飛ばされるから、その猫も起きたらしい。 ・へ2・・・寒気がするとどこかの神経が震え出すらしい。そいつがかすかな信号を出して、暗闇に誘うのだろうか。こわがるような年齢ではない。
2021.11.30
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イムギャーマリンガーデン。「ブレイブ・ハート」という映画を観たことがある。戦場で闘うには勇気がいる。ブラッド・ピットの「トロイ」のアキレスも勇者の物語だ。それは人間の憧れなのだろうか。幻想に過ぎないだろうか。女が男に求める強さも同じだろう。何でもないものを膨らませてしまう。ふと気付くことがある。何をしているだろうかと・・・。同じことを繰り返しているだけで、何の工夫もせずに生きているのではないだろうか。酸素の多そうな場所を探しながら生きているだけではないか。下らないことに感けて遂に取り返しのつかないことになる。技術を持たない者は、強者の餌食になるだけだ。知識を持たないものは全てを失うだろう。学ぶべきを知らざる者は、この社会で、追われし者の如くなり。ヒーローの如くあらざるも、人は、少しの勇気を人生の友とすべきだろう。昆虫ですら、潔く生きているし、全ての生物は、生命の限界を実践する。へイフリックの限界は、寧ろ、有限の中で生きる意味を問うていると思う。
2021.11.30
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・ニュースで再生医療について、新しい発見があったらしい。ヒトの皮膚のES細胞をつかった研究のようだ。どんどん研究が進んで、再生医療が実現すれば臓器移植の問題は劇的に変わるだろう。というより、医療そのものが変化するに違いない。新しい世界がこの私たちの社会の背後にじわりと近付きつつあるだろう。 ・へ2・・・あの酷暑もいつか話題にも上らなくなってきた。だってもう東北では雪がつもっている。当たり前だが素直になれないねじれたこころがある。素直になれないのは、自分ばかりを責めるのは酷だが、やはり知らないうちに根性も曲がってくるのだろう。そういうえば体がいつのまにか硬くなっているのに驚く。ラジオ体操が思うようにできなくなっている。そういえば、走らなくなってもいる。やがて硬い石になるのだろうか。血が通っている間に、もっと、この奇跡の宇宙を感じていたいと思う。
2021.11.30
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才能があっても徳がなければ世の中のためにならない人は昔からいたようだ。文春の「昭和天皇」の文中で片岡直温蔵相に失言に端を発した恐慌により、莫大な不良債権を抱えた台湾銀行は破綻の危機に瀕していた。若槻内閣は日銀から無担保の二億円を緊急勅令で実行しようとするが、枢密院の反対を受けて否決される。その時枢密院の最古参の伊東巳代治がながながと反対演説をした。この男が所謂「才あって徳なし」だったという。しかしこのタイプは珍しくはない、日本の政治史によく出てくるからだ。原稿ばかり読む理由を訊かれて「…後日、その発言がもんだいになっても、原稿であれば、云いもしなかった言葉で責められることはない」と答えたそうだ。 ・ギリシャ哲学から始まる西欧の歴史にもいわば、徳のない人間は多いから、才能はあっても、徳を理解しない人間はどこにでもいることになる。理解しても実行することが難しいのかもしれない。だからこその英雄伝が多いのだろう。なにが徳なのかを知っているものが、それをしようとしないのはそれが自分の利益にならないと考えて沈黙してしまうのだろう。 ・へ2・・・環境破壊も才あるものが造った世界であり、今なくなりつつあるのは「徳」なのではないか。人間らしくあることがいかに大切かであり、本来あるべき「徳」なのではないだろうか。
2021.11.30
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・道元ほど名利や愛欲を唾棄した人間はいない。一つの宗教を広めるために権力者に近づいた宗教家は多い。最澄、空海、法然しかり、日蓮も鎌倉幕府の権力者に近づこうとした。しかし道元は、彼の創始した曹洞宗本山を京都高聖寺から越前志比庄の永平寺に移した。それも名利を深く憎む心が強く、中国の禅者のように人里離れた深山に居をおこうとしたからだと言われる。 へ2・・・当時時頼は、蘭渓道隆などの宋からきた禅僧を重んじて、道元をあまり顧みらなかった。彼は、一度執権時頼に会いに行ったが屈辱の心を抱いて帰山している。 「猶ほ孤輪の太虚に処るが如し」といった。 ・山は、彼を温かく迎え、道元もまた山を愛する心がいっそう強くなった。日本の仏教が島国であり、容易に権力から逃れることができなかったことがある。「政経分離」は難しい土地柄もある。坐禅だけして、悠々と死んでいったひとがどれだけいるのだろうか。そういう人が尊敬できるかは別として、中々そうはいかなかった。
2021.11.30
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スピノザは、ひとりアムステルダムの屋根裏にとじこもり、生計をたてるに足るだけのレンズみがきと個人教授のアルバイトをして、あとは全然世事に関係しなかったという。しかし思索と著述にあらんかぎりの力と時をそそぎこんだ彼の胸には人類全体のものの考え方を根本的に変革しようという大それた野心があったといわれる。彼の場合、現世よりも、後世が人生のテーマなのだ。これを、ひとはどう考えるだろうか。そのひとの世界観で違ってみえてくるだろう。キリスト教は、現世に対して謂わば正攻法であり、仏教は、現世に対して消極的な姿勢を示す。法然は、社会的地位を得て、戒律と世俗に対して特権と責任を担おうとし、親鸞は、人間的な煩悩の矛盾をもちながら宗教的境地をひらき、一遍上人は、何もかも捨てて、一生を遍路の旅を続けた「捨聖」である。人間の積み上げてきたものは何だろうか。今日も、誰の上にも、温かい陽射しと柔らかな空気の朝がくるだろう。
2021.11.30
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人が肩を寄せ合って生きていた時代から、私たちは勝手にひとりで生きている気がする。そういうことのできる社会になったからでもあるだろう。誰の世話にならなくても何でも側にあるように見える。それは自分の思い違いなのだろうが、他人と関係なく生きているような錯覚さえ持っているひともいるだろう。だからそれが子供のころからそれがライフスタイルになれば、何も知らない人間ができてもしまう。本当に何も知らないのだ。おかしいくらいだ。笑いごとではないが、私もその一人かもしれない。呑気なのと、周囲に無関心でもあったからでもある。 ・自分のことを書くつもりではなかったが、どうも私自身もその一員でもあることに気がついた。世間のことでどこで何がおきているのか意外と知らない。博多の天神にも最近ほとんど行かなくなったし、博多駅の建て替え工事も最近の進捗状況を知らない。それよりも、常識をどれだけ習得しているだろうか、それからその問題意識を客観的に把握できていると言えるだろうか。触れたもの読んだものしか見えないとしたら、たいした知識ではない。それは一部でしかない。殆ど知らないことばかりではないだろうか。 ・へ2・・・現代社会は、ひとの評価は商品価値があるかどうかであるといわれる。価値のないものは無視される。放置され捨てられる。しかし商品価値があるというものが本当の価値があるのではない。ただ時勢の問題であるに過ぎない。利用価値でもあるだろう。そしてそれでひとびとはスポイルされるのだ。他人を利用していると思っているものが実は他人に利用されている。誰かの餌に慣れている。人は人に対して狼でしかないだろうか。言えることはひとは社会の歯車であって、いつか摩耗してしまうことだろう。風景の一部であろうとするものには、全体を見ることはできないのだろう。
2021.11.30
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イムギャーマリンガーデン。自分のからだの異変さえ解らない。自己管理を数値で見るようにしているが、やはり専門家ではないとその異常が解からない部分がある。それが素人の弱さでもある。玄人も間違う。それはまだ科学は解明された訳ではないからだろう。戦争さえ止めることはできないし、病気もある。飢餓もあれば、格差社会も、高齢化社会、地球温暖化、人口問題。それこそ絶望しかないだろうか。 ・偶然の偶然で暮らしているようなものだが、それでも生甲斐を求めてもいる。見出す事が出来なければ、この世は苦厄でしかない。自分が楽しくても相手がそうとは限らない。していることは正しいだろうか、それも絶対的ではない。相対化された社会があり、利害は必ずしも一致しない。調和はあるのか。宗教対立に結論はない。愛国心で造られた核兵器は誰のためになるのだろうか。 ・へ2・・・私たちは何を目指しているのだろうか。本当に考えているだろうか。ただ流れに乗ろうとしているだけではないだろうか。それはいつか滝になって落ちてしまうだけだ。
2021.11.30
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アフタヌーンティー。ウインザー城の近く。オリジナルを書こうとするが中々、容易ではない。他人の考え歩いた道を模倣している。それに気付かないうちはオリジナルではない。自分は他人とは違うが、それを発見することは困難ではないが難しい。自分で気づいたことだけではない。普遍的でなければならないからだ。果たして自分の悩みは客観的であろうか。自己本位なものでしかないかもしれない。自分だけで活きているのではない。ことばも自分が創作したのではない。自分が他人とどう違うのか、それを証明できるだろうか。人には個性があると言うが、その個性を見出してこそだ。この世界は温暖化があり、しかし地球には寒冷期になっていくかもしれない。なにが事実かは微妙な偶然でも決まる。妻が玉名の幼馴染と久しぶりの電話で長話をしていた。台湾に女性4人と一緒に行きレンタカーを借りて台北周辺を周ったそうだが、初めてのことで宿泊などで怖い目に遭って二度と行きたくないと言っていたという。ツアーで行けばいいのにと言ってやったとか。国内と同じような気持ちで出掛けたのだろう。何とかなることもあれば、ならないこともある。自分たちが他所者でしかない。 ・こちらは遊びでも、相手が許してくれるとは限らない。高齢者が気楽に海外に出掛けて事故に遭うことが増えたようだ。何とかなると、いつも安楽に考える癖ができてしまう。たった一度の事故でも命にかかわることもある。山登りも同じだ。街歩きだって、いつもと同じでないこともある。妻の友人もあちこち夫婦で旅行を愉しんでいるらしい。 ・へ2・・・樹木は黄葉し、そして枯れてもいく。結婚して以来一度も逢っていないらしい。毎月のように玉名に義母の見舞いに行くが、妻の友人の家は見ざる言わざる聞かざるの「木葉サル」の里のちかくにあり、いつも近くを通過している。何度か、どうしているだろうかとひとりごとをいったりしている。中々女同士も気楽には逢えないらしい。
2021.11.30
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チャーチル像。ある大学で、講座の最終回に現地学習がある。現地学習の希望が受講者に多かったようだ。今回は「大交流時代の到来」について学んだが、博多港、下関港、北九州空港と周り現場の責任者たちの解説を聴いたりした。バスの中で、講師が、どこが見どころか資料や解説をしてくれるので、聴くだけではなく自分の目で確かめることができる。 ・ツアーで、世界遺産を見る機会があるが、ガイドはいるが、大学の講師のようには行かない。表面的な説明だけではなく、もっと深く知りたいことは多い。ハイデルベルク城で、ゲーテの記念碑や、マリアンネとゲーテがキスをした銀杏のある場所を探したがガイドは知らなかった。折角だから、それくらい見たかった。 ・へ2・・・大学の現地学習では、講師たちが詳しく話してくれるので勉強にもなるし、興味も深まっていく感じがする。海外ツアーのチャンスは増えているが、ただ物見遊山だけの時代ではあるまい。未だ日本は文化の質量の蓄積が足りないと思う。そのためには人材の育成こそ生き残る有効な手段だ。市民レベルの交流が本格しようとしている中で、私たちはどうあるべきなのだろうか。押し寄せてくる中国人やその他の外国人たちの考えをどれだけ理解しているだろうか。相手を知らなければこちらがどう動くべきかが解からない。自生する植物が外来種に淘汰されようとしている。強いものが生き残る。人間社会にもそれがある。自衛隊は、軍隊であっても「戦力」ではないという説明はうそである。つまりは、違憲を合憲だと言いくるめることであって、違憲が合憲になるのではない。それは自民党の政府だから通用する話でしかない。だからこそ憲法改正をしようと必死に足掻いているのだ。国民には、わかっている。危険な選択が始まっているということだ。二度と戦争の惨禍が起きないために国民は日頃の努力が求められている。
2021.11.30
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イムギャーマリンガーデン。大気汚染の発生源・・・アメリカでは、テレビで汚染の状況を知らせてもいるらしい。問題は、極小粒子の人体への影響だ。人の肺の奥まで入り込んでくる。肺胞に極小粒子が付着する。・炎症-肺胞損傷-慢性呼吸器症-喘息。・毛細血管-毒性物質の流入-血液粘度増-血管収縮・人の肺は、酸素を吸い炭酸ガスを出す。・地上のオゾンによる影響。胡瓜の葉が汚染で白くなる。写真添付あり。主要な大気汚染事例 ・1930 Muse事件 ・1946 LA Smog事件 ・1946 横浜喘息 ・1948 Dorona事件 ・1970 東京 Smog事件 <自然発生源> 火山爆発、大規模山火事、黄砂、植物による炭化水素の発生源、花粉。アレルギー発症。 春に木、秋に草による花粉<人工発生源> 家庭の暖房、製造による汚染、自動車の排気ガス、ゴミ焼却、火力・ガス発電による汚染。 ダイオキシンの問題。 生活の中で発生している極小粒子が人の肺の中に入り込んでいる。 殊に、Road Particles が問題。 ・排ガスだけでなく、道路のアスファルがタイヤによって削り取られ空中にまき散らされる。 ・タイヤの摩耗。 ・排ガスが太陽の熱で変化する。 自然から発生する土地や海などの極小物質は無害だが、人工的なものは有害になる。<室内空気汚染物質> バイオエアゾル 粒子上物質、ガス上物質、微生物、その他騒音、放射線。コピー機や事務用品などによるオゾンが人体にどのような影響を及ぼすか?
2021.11.29
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他の動物に比べて、ヒトの脳は巨大化した。普通の動物で、体重60kgで、200gというのが平均値らしいが、重量は1400gくらいある。7倍はある。それは単なる倍数でしかない。実際はそれ以上に、ヒトの進化は、私たちのイメージの想定外だ。いまや70億人に大繁栄した生物といえども末路がないわけではない。「その成功ゆえに没落もする」。 ・潤沢で有利なものがあったとしても、それを利用できなければ意味がない。人の行動はアイロニカルなものになりがちだ。都合のいいように物事は運ばないが、自分のもつ有利な形質を活かすことは大切なことだろう。日本人の胃の消化酵素の中には欧米人には無い消化酵素があるそうだ。それは海藻類を先祖が良く食べていたからである。海苔の消化酵素がそれらしい。人間のからだは、長い歴史で作られた組織でもある。その地に適応できたから生き延びて来られた。 ・へ2・・・本気で探そうとするかだろう。日本人は世界から誤解し続けれれている。それは、自分たちが何者かを知らないから、自己主張もできないからだ。中国やアメリカを懼れることは何もない。新しい発想を以って新しい時代を切り開きさえすればいいのだ。日本人にとて、自分たちの生きるためのスペースくらいはこの宇宙にはあるからだ。
2021.11.29
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「倫敦塔」「カーライル博物館」・ロンドン留学の時。・家の内と外の世界。世界が違う。・20世紀に対して批判的。・昔の人への共感。・漱石は、ロンドンの現実世界に嫌悪感を持つ。・文化批判。・「草枕」では「鉄道」を嫌う。「倫敦塔」では、西欧の文化を嫌う。・漱石「学友」・・・カーライルが出てくる。幻想。カーライルの真似をしたくなるようなひとだった。真似をするのを嫌っていた漱石らしくない。それだけ尊敬していた。・漱石の後年は真似ることを嫌った。対照的な人物として登場している。そういう時代があったという意味。稀有なところ。それだけカーライルに感じていた。・変人でも生きていける。・変人カーライルの外の世界・・・に共鳴した漱石と同じ。外には出てこない。・漱石は、狂人扱いされたことがあった。・漱石は模倣嫌い。病的なくらい。・コピーを戒める。自分に警鐘を鳴らしている。・新版の全集にしかない。「学友」はない。・ドラロッシュの絵。・「倫敦塔」 最後のシーン。対照コントラストを使う。戯けたことをいう。ぞっとする恐怖を狙っている。・マクベスの「門を叩く」シーン。小説の技法として漱石は使う。惨たらしい場面。・漱石の書き込みがある。・「人間と悪魔」。突然のノックで立ち直る。悪魔の心になっているのがノックの音で人間の心に戻る。「趣味の遺伝」。効果を狙っている。このときには、漱石は作家の目が育っている。・「戯けた歌」によって効果を狙っている。文学理論に通じている。手の内を証している。・太宰の作品にもある。・創作技法「恐怖」を際立たせる効果を狙っている。・「肝心要」になることは作家は言わない。・「マクベスの幽霊」に触れている。
2021.11.29
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和白干潟のクロツラヘラサギとヘラサギ。競争社会で、勝ち残った人たちが贅沢な暮しをして大衆を見下げているような思想が、サクセススートーリーではない。お伽噺さえ、その意味を取り違える人がいる。成功ゆえに没落もする。栄枯盛衰もある。現代で、普遍的なものは、見せかけの暮らしではない。俯瞰的に物事を視なければならない。 ・貧しい日本ではそれに相応しい謙虚さが必要でもある。傲慢な人間はそれを必要とする国に暮らして貰いたい。心が豊かでないと自分の暮らしも悦んで受け入れられないのだろう。暗いからこそ明かりが必要だ。洞窟から外に出て人類が暮らし始めて、自分に相応しい人生を求めている。 ・へ2・・・何が自分にとって質の高いものだろうか。できないこともあるができることはして見たい。それを探しているが、とても届きそうにはない。
2021.11.29
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イムギャーマリンガーデン。私たちは身体をもち、巨大な複雑系としての生命圏のひとつであり、生物進化から見れば、そこには必ず非連続が存在している。もしかしたら人間が自らに課してきたすべての制約から解放されるだけの力を手にいれ、大いなる非連続へと向かっており、あの秋空をめざして人間の再生を夢みながら、ゆっくりと上昇しているかもしれない。晴天になり暖かい一日だった。必ずしもスマートではない現実が、社会にも個人にも存在している。諸々の非連続性がある。断絶もある。生きる目的を見失えば、絶望するしかないかも知れない。そうならないようにどれだけ自己の内面にエネルギーを蓄えているかだろう。消耗するだけでは枯渇してしまうだろう。誰かの木偶人形でしかなのかも知れない自分を取り戻さねばならない。見せかけの社会にどれだけ真剣で生きていけるか。それが問題だ。輪廻を断つのが、悟りであるという。漱石は、引き返した。
2021.11.29
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カワセミ。人間社会も、総論でデモクラシーを宣言しながら、各論で戦争をしている。平和を説きながら、国民を抑圧した政策を遂行する。矛盾に満ちた世界が人間の現実社会にはある。一方で理想を掲げながら、他方で殺戮を止めようとはしない。理想と現実が交錯して混在する。 ・今更始まったのではない。そういう経過をたどってきた人間の歴史なのだ。未だに理不尽な殺人が実行される。無益なことがまかり通り、その中に投げ込まれてもしまう犠牲者が後を絶たない。安全地帯はこの世にはないのだ。いつでも奈落の底が待ってもいる。歪めてしまったのは無知と貧困が為せることだろうか。罪悪感がないものはいない。 ・へ2・・・脳の芯まで冷たくなるようなことが起こり始めてはいないか。スノーボール・アースがじわりと近づいてはいないか。人間の心は凍りつこうとしていないか。目の当たりにしたら震えが止まらない哀しい事実だけが繰り返されている。物質と暗黒物質や暗黒エネルギーの違いは、地球上のあらゆる物質とは違うものが、あと残りの96%宇宙にはあるというだ。
2021.11.29
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イムギャーマリンガーデン。芸術家も作家もその多くが、創造的な仕事をするためには思考が制約を受けていないことが重要だと訴えてきた。モーツアルトは、曲の一部が浮かんだ時のことを書いている。「私が私であるとき、というのはつまり、完全に自分自身であるとき、まったくの一人で、元気いっぱいであるとき・・・馬車に乗って旅をしているときやおいしい食事のあとで散歩をしているとき、そうでなければ夜寝付けないでいるとき、そういうときにアイデアがもっともよく、豊かに流れ込んでくる。それがどこからどのようにしてやってくるのかはわからないし、強引に引き寄せることは出来ない」注釈によると、モーツアルトの手紙かどうか、疑問視されている。少し凡庸な気もしないではない。意識しているものは、氷山の一角に過ぎないことはよく分かるが、無意識のエリアが、まだよく分からない。分からないのに能力があるかどうかなど分かるはずはない。
2021.11.29
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アブダビ。ジェイク・ザイ―ド・モスク。祖先の一種が突然に絶滅した理由が分らないのは読み解くべき化石の少なさである。原因が私たちの祖先が熱帯雨林を中心に生活していたため高温多湿の熱帯のため、死体がすぐに分解され、化石として残る可能性が少なかった。乏しい化石を求めて、多くの研究者が灼熱のアフリカで懸命の発掘をしている。相手は茫漠たる熱砂の砂丘である。見つかる保証はどこにもないが、彼らは見つかるまで続けるだろう。一片の化石を探求し続づけている。それが彼らの仕事だから。 ・暴力を肯定することは決着については近道かも知れないが科学的な答えを得ることはできない。膨大な砂丘で探さねばならないのは、祖先の一片の化石なのではないだろうか。そこで探してもすぐに原油は出てくるかも知れないが、それは科学的真実ではない。 ・へ2・・・それぞれの探し物はあるだろう。そのダイヤモンドのような化石の一片を探す価値はあるに違いない。なぜなら、私たちは「40数億年にわたる命のリレーによって支えられた存在」の一つでもあるからだ。
2021.11.29
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イムギャーマリンガーデン。<作品>「ある心の風景」(青空 8 大正15.7.21稿)、「Kの昇天」(青空 10 大正15.9.18稿)・「対談 書くこと・見つけること」吉行淳之介と川村二郎(リーフレット)・「瀬山の話」編集者がつけた名前。重要性あり。・「銀の鈴」のことを書こうとした。梶井が、タイトルをあとで抹消した。・「檸檬」・・・梶井は、自分で心のこもった作品ではないと書いている。・三好達治は、「檸檬」を評価しない。「城のある町にて」「交尾」を評価し認めている。・「レモン」・「銀の鈴」・・・梶井のこころの象徴。「ある心の風景」・銀の鈴の音。 「ある心の風景」(青空 8 大正15.7.21稿)、・たかしモノ。・女を買うはなし。教科書にはできない。・「街では、自分は苦しい」と思う。・「街をほっつき歩くことがあった」・・・「町歩き」のジャンル。・「銀の鈴」というテーマで書こうとした。性病・病を癒す音で調和する。・「窓」という文字が繰り返される。ひとの目や心の「窓」のこと。他の作家にも「飾り窓の女」などでシンボライズされる。主人公の存在が部屋の中を憂鬱にする。こころの内面のこと。陰鬱。・「一~六」で構成している。・外の風景は、色々に見える。闇の中の夾竹桃。影が立体化する。ものと自分の心と一体化する。比喩的表現であること。文学の傾向としてある。・梶井は晩年鴎外を読んでいる。当初は鴎外を酷評していた。鴎外の「金貨」を読んで面白いと言っている。・・「景色」は、こころの比喩になる。・「物心つく」の意味。「もの」と「こころ」、ものは風景。こころは心象風景。・小説では、「比喩」が多用されている。「聖書」も同じ。・古今集・・・三島の指摘。比喩の問題。虚構の読み方。託す。日本の歌は比喩であった。それが教養。和歌の価値高い。・人が見る。・・・~を見る。選択している。そこにも(対象)心が投影される。・凝視(みい)る。・・・重要なポイント。・町歩き・・・苦しい場所。でも歩かないわけにはいかない。・<五>・・・「銀の鈴」は、調和されていくことをさしている。「瀬山の話」にも「鈴の音」がある。・「・・・人びとのなかでは聞こえなくなり、夜更けの道では鳴り出すそれは、彼のこころの象徴のやうに思へる」。・清浄に思える。「伊豆の踊り子」少女が全裸になるシーン。「まだこどもなのだ」。・「性病」を浄化するものとして「鈴の音」が使われている。・<六>・・・「窓」夾竹桃の白い花。そして「虫」・・・病気。・病んでいる・・・肺病と性病。「城のある町にて」の虫と同じ。・虫・・・病原菌のこと。血痰。・癒される場所。換喩・・・隠喩ではない。 「Kの昇天」(青空 10 大正15.9.18稿)・ドッペルゲンゲルのこと。・自殺者のはなし。自殺への関心の高さがある。・「昇天」することへの「K」の憧れ。溺死して昇天することの意味。・「影」に対する執着。・書簡体で書かれている。・作品としては評価が高くない。・空々しい感じがする。・評論では「蒼穹」の方がいいという意見が多い。・友人の死。相手は出てこない。・「瀬山の話」では、私・瀬山。の二面性。・「檸檬」モノローグとの違い。・遠藤誠冶「基次郎の周辺」・・・独歩の「運命論者」の例を引いている。・「Kの昇天」では、妹と違い、想像して書いている。・「日月両世界旅行」のはなし。シラノ・ベジュルラックは実在の人物。・溺死・・・海。梶井は海と空を同じにみる。月へ昇る。同じ青。・イカルスの話がでてくる。・Kは、どのように死んだか、を描く。・地にいる自分は抜け殻。魂は昇天する。月の傍に自分がいる。ファンタステックなもの。・「私」の想像を書いている。・「影はアヘンの如きもの」
2021.11.29
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イムギャーマリンガーデン。どこにいても、自分が変わるわけではない。ツアーしていても、日本人だ。龍馬のような気概をもつひとは、そうは多かったのではなく、ぼつぼつやっていたのだろう。確かに、明治のアジアの中にあって、形振り構わず、富国強兵を実行したのだろう。その成功がゆえに没落もしたと言えなくもない。何が良くて何が悪いのか。一概には言えない。アクションがあれば必ずリアクションもある。西南の役では九州の武士3万人が蜂起して、武士の時代は終わった。不労所得の人たちは路頭に放り出された。 ・低所得で、過当労働が待っていた。淘汰される人たちは、悲惨な運命が待っていたが、その大量の労働力は、それも小企業の多い日本の下部構造を支えたのだ。従順な形質は、圧倒的な主従関係にあったのだろう。「お上」、には逆らえないという固定観念を払しょくできないまま政治構造や経済社会が先に動いたのだ。封建社会の、ひとの生命の儚い軽さもある。幼稚な人権意識が支配したのだろう。戦前の軍国主義ほど非人間的なものはない。戦後その反動が、おバカな流行を招いたのだろう。 ・へ2・・・他人の尻馬に乗り易いという国民の体質は、民族の習性であり、伝統でもあるが、その針が時には、経済発展に寄与したに過ぎない。平時と、戦時では違いもする。それこそ、麻痺した頭は何をするか解かったものではない。現在の中国でさえ、その麻痺があるのではないだろうか。麻痺した頭が、原爆も投下する。北朝鮮の核も、使われない武器だとは、誰にも言えないだろう。突然、地上から消えた恐竜時代があるが、種としてのヒトにもあるだろう。どこにいても私は、私でしかない。
2021.11.29
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イムギャーマリンガーデン。もう今年もあと1月あまり。襟裳岬の春。とてもそれほどの人物とも思われないが、殿様も皆が鄭重に扱うからそれらしいことをしたのだろう。美化されて英雄にもなるのは、戦争の時ばかりではないようだ。その逆もあるのだろう。当り前のことをしても、それと評価されない人もいる。不公平だと言っても、そうした社会が現実にはある。だから天邪鬼も生まれるし、アイロニカルな人生もあると思う。三角関係に為って、ひとりが弾き出されるが、それが不幸とばかりは言えない。結婚して好かったばかりの夫婦ではない。 ・しなければ良かった結婚もある。人の人生は、それほど甘くはない。子どもは愛の結晶でもない。仕組まれた性の結果であり、それを育てるという厄介な仕事がある。赤子を育てるには、それこそ夜も寝れない日が数年続くのを我慢しなければならないし、したいことできない。自分が考えたことが、自分だけのものだと思うのは、幼稚の極みでもある。それこそ有難いことに、宇宙は広い。広過ぎるくらい広い。何をして、自分の手には届かないものばかりだ。 ・へ2・・・英雄にされたものが、好い気持になるのは13分間よりも長いとは限らないだろう。法治国家の、法相が放言して辞職したらしい。社会的ステータスは、腰掛でしかない。仕事はあるが。栄誉ではない。誉はその仕事をしてからのことだ。しないまえから思い上がるから失敗をする。幼稚な人間ほど、自分を英雄にしたがる。
2021.11.29
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ライアル・ワトソン著「潮流のながめ」の話は作り話らしい。「一つの群れの若いニホンザルのメスが、餌のサツマイモを海で洗って食べた。海水で洗って食べてみると美味しいじゃないか。そこで他の若いメスが真似をしだした、若いオスも続いてだんだん皆真似を始めた。そして、「101匹目のサル」は、臨界点を超え常識化することをいう。其の時点で各地の海岸線に棲むサルが、海水でイモを洗い出したという話。「閾値を超えさえすれば、世界が変わる」ということらしい。ひとは信じたいものを信じる動物だから面白いテーマだろう。ひとの遺伝子に情報として入っていく機序が解明できないでいる。
2021.11.29
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百年に一度の大きな曲がり角もそのなかにいると先が見えず、意外と間の抜けた思いがしているのではないか。その全貌がみえるのはまだ数年か、先ではないだろうか、そのハンドルを切った男が小泉政権だったのだろうか。もっと先にあっただろうか。ただ言えるのは、確かに胎動しているように思えるだけかも知れない。鳴動だろうか、出てきたのは鼠一匹ということもある。国家の根本的なシステムが大変革しているようにみえるのは、それこそ掛け声で終わるだろうか。 ・それこそ1.2億人の迷走になることだけはしたくない。いわゆる小泉改革のやらかしたことが、ろくなことにはならないのではないかと不安に感じている人も多いのではないか。言えることは当たり前とされていた原則が、いろいろな局面でつぎつぎに原則でなくなっているということだろう。それが一時的であれ、そうでないかもしれないが浮足立った目にはそう見えてならない。 ・へ2・・・たとえば先日の小沢の、自民と民主の「大連立」もあり、だという現実だろう。それだけ政治家たちが生き残りをかけて右往左往している。それこそ窮したネズミたちが国民を海の中に飛び込むような自殺行為をやらないと誰がいえようか。幕末から維新、満州事変から5.15にかけての激変期と比較すべき事態がどうかだろう。どうもリスクに対して臭気機能が失われた神経が国民の側にあるのではないだろうか。 ・これまで国民に大切に思われてきた「平和」や「平等」が、弱肉強食の競争原理に取って代わられようとしている。要するに強いものが生き残り、弱者が切り捨てられ格差社会が当然と考えられ始めている。それでいいのだろうか。そういう既成事実が積み上げられている。それはだれが決めたのか。そのツケがまわってくる。あれだけ戦争は嫌だ、海外派兵はしないと言っていた国が、政府によるイラク派兵をによって軽々と踏みにじられた。政府がしたことは、世界では日本人がしたことになるのだ。 ・へ2・・・それこそ、私は知らないとは言えない。その責任は国民が責任を負わねばならない。この曲がり角は、おそらくまだ誰にも見えてはいない。それだけに不気味だ。根こそぎ生活の本拠を奪われかねない。最悪のシナリオをこころに描いてみるべきかも知れない。日本沈没がちゃちな映画で終わるのではあるまい。舞台のうえで何が起きるのか、ショーなら観客でいられるが、現実の社会ではそうはいかない。いえることは多くの「原則」がいまや「原則」でも何でもなくなってきた。
2021.11.28
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本来は、ゲーテとシラーらが興した個人と民族の覚醒を目指した文学運動である「シュトルム・ウント・ドラング」(嵐と緊張)は、ドイツ人の内部にひそむ激痛の詩的な表現であり、ヨーロッパの真中にあって、合い競う文化と敵対する武力とに挟まれたドイツ人の、二つの方向に引っ張られた姿でも在る。その激しさは、時に暴走しユダヤ人を根絶しようとした。ひとりヒトラーだけの狂気ではない。それを支持したものは誰でもなかったドイツの血だ。その非情さは余りある。にも拘わらず、それは日本人の歴史の中にも存在する。島原城で数万の普通の農民たちを飢えさせ皆殺しで虐殺した。日本軍による南京大虐殺もある。数えればいくつもある。物知り顔に語る気持ちはない。狂気に追い込むものは恐怖でしかない。「シュトルム・ウント・ドラング」は、和訳では、「疾風怒涛」として知られている。世界の隅で、萎縮しているのではなく、この恐怖に耐えて抜き、生き抜いてこその日本の未来だ。ひとりドイツだけの「シュトルム・ウント・ドラング」ではなく、世界はどこも、紛れもなく血塗られた歴史だ。温暖な気候に恵まれた国家だけが世界にあるのではない。厳しい環境の中で生きている人間の痛みを知り、それに学ばなければならない
2021.11.28
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イムギャーマリンガーデン。それは基礎的なところでデータの偏りがある。のではないかではない。確実にある。すなわち国民のコンセンサスを邪魔しているのはその情報でもある。詰まる所どれだけ努力しても限界がある。地方が中央に敵わないのはその情報の質と量が原因でもある。それと人材もある。権力の側にまわろうとする人間が多すぎるのは、そういうシステムができているからでもある。仕組まれた社会でしかない。無気力感が国民のやる気を喪失させてもいる。 ・これからデータの管理が問題であり、送り手と受け手も権利としての自由の確保でもあるだろう。すくなくともこれから公正な社会を造るためのデータの収集と公開が必要だろう。まだ偏頗でしかなく、歪なデータしか公開されていない。それは集計表でしかないでは役に立たない。この複雑な社会を正しく把握するためにその基礎となるデータは常に最新でなければならない。 ・へ2・・・「喜捨」という概念は、日本人には理解し難いが、やはり理解するように努力する必要があるのではないだろうか。なぜならそれがイスラム教を理解することにつながるからだ。敵対するだけでは共存はできない。理解しようとしない態度ではいつまで紛争を止めることができない。彼らだけが努力すべきことではないからだ。私たちも分らないことに取り組まねばならないのではないか。キリスト教もよくわからないが、知ろうとする努力はしなければならない。どうやらすることは一杯ある。手に余るが仕方がない。誰にも手に余る問題を抱えているのが現代のすがたでもある。 ・何だか、本当に私たちは間違いのない選択をしているだろうか。しかもその情報が正しいのだろうか。基礎的なデータが歪んでいれば判断も間違うだろう。そのことを常に見直すべきだろう。固定観念や環境は悪ければ変えねばならない。
2021.11.28
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「中国の暮らしから見た文化」で中国に留学と研修した日本人の准教授の講義だった。二度中国に長期滞在されたが1989年6月4日の天安門事件直後と、2005年4月で上海事件のころでタイミングが悪かったといわれた。然しそれも考えようだろう。貴重な体験ではなかっただろうか。ここの大学で中国からの留学生が400人といわれた。中国からの学生が目立つ。 ・まだ若い講師で、新しい目で中国を見ようとしている。日中文化が「食」から始まったのであり、美味しければ国境がないというのは面白かった。そば、うどん、そうめん、ようかん、まんじゅう、ういろう、けんちん汁(建長(寺)汁、とうふなど、すでに日本文化に馴染んでいるものもある。なかでも、シュウマイ、ラーメン、ギョウザの経由が面白い。中国がルーツのものが如何に多いかでもある。 ・へ2・・・「餃子」について、大正時代山東省の青島租借地があったが、その後敗戦後満州からの引揚者たちが焼き餃子を日本でひろめた。中国では餃子は水ギョウザが一般的で、中国では食べ残しで余ったものを焼いて食べる。食べ残しの餃子が日本では一般的になった。中国語で「じゃおず」ではなく「ギョウザ」なのは、山東方言のためらしい。 ・情緒型文化社会の日本と権力型社会の中国の相互理解はそれこそ「一衣帯水」というほど単純ではないが、知的トレーニングを重ねる必要があるだろう。両国は既に全く違う文化圏である。その違いを知っての相互理解が必要であり、多くの課題が山積している。
2021.11.28
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イムギャーマリンガーデン。私たちの活きている環境は、視るものの心で違う。汚濁というひともいる。現実はそうかも知れない。美しいというのは甘いだけだろうか。それは、表面的で皮相でしかないかも知れない。風景は一瞬で変化して行く。その時で一変してしまう。だからこそ、価値もある。太陽の光の中・・・考えて欲しい、あまたのひとたちが、栄光を求めてこのちっぽけな点のそのまた一部でほんの束の間の支配者となるために流された血の海を、その残虐な殺戮は、如何に激しい憎悪であるかを、いまも人びとを苛み、宿命であるかのように殺し合っている。私たちの正義とは、相手を捻じ伏せ、人びとに恥を掻かせ、晒し者にして、子から親を奪うことか。もう何も知らないと言訳はできない。私たちの歴史は、そうして今も維持されているのだから・・・。地球は、広大な宇宙にあって、微かな「点」である。私たちヒトが重要であると思い込みを始めて、どれだけの時間が過ぎたのか。宇宙の中でヒトは特別の存在であるという錯覚は、幻想でしかなく、陳腐な考えでしかない。素直なこどもたちが、恐怖に震えていないだろうか。若者が明日への夢を見失っていないか。その存在の微かさと、余りに広大な宇宙を考えれば、当然の帰結だろう。ひとは絶望の淵で、暗闇の中で佇まざるを得ないのだ。然も、地上では、世界は殺し合いを止めようとさえしない。負のスパイラル。宇宙の最期のシナリオは絶対零度へのプロセスだと予想されている。それでも私たちは現在を生きて活動している。どんな未来が待つとしても、この与えられて時間を生きていく。
2021.11.28
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グランドキャニオン。利巧な振りをすると碌なことはない。能ある鷹は爪を隠しましょう。と言っても私がそうという訳ではない。腹立つけど横井小楠では、世の役には立たない。こんなこといったらまた怒られるが、ジョーク。くだらないことで暗殺されたくはない。利巧に振舞おうとするとストレスで癌にもなるというのは証明されている。そろそろ右脳が活躍するようになるのではないか。従来の右脳は感情脳と言われたが、どうもそれだけではない。ある研究者は、「先祖脳」とも説明されている。左脳と右脳とふたつあることは、男と女のように機能分担だけではないかも知れない。片方だけで世界は偏頗だろう。惚けてばかりではいられないだろうが、分からない奴に話すことはない。他人の言うことを聞かないで、角が立つ時は「惚ける」に限る。例えば一葉の「経つくえ」のように評価されない作品の方が作家の意識がみえるだろう。世間が評価しない物の方が、実はそうではないかも知れぬ。これから、本当の価値を見出すのは、左脳ではないだろう。
2021.11.28
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イムギャーマリンガーデン。形が似ている物と結合してしまうという性質を防ぐ仕組みがないというジレンマはいわば生命の仕組みの落し穴だという。このことが、 外因性の内分泌攪乱化学物質(現時点で認められているもの) ・ノニルフェノール ・オクチルフェノール エストロゲンと構造が似ていることでエストロゲン受容体にくっつくことで、ホルモン(エストロゲン)と同様の作用をもたらされる。体内の内分泌系が撹乱されることで発育異常。疾患が起きる機序になる。エストロゲンとテストステロンが正常に働かなければ、生殖は困難になるというリスクをはらんでいるという。つまり内分泌かく乱物質の介在で動物への影響が発見されているということは、やがて人間への影響が考えられる。 ・ヒトの精子が減少していることと係わりがある。地球上に増えすぎた人口爆発による影響なのか。いずれにしても環境ホルモンの問題は深刻である。 ・へ2・・・科学の進化ばかりを盛んに宣伝してきた人が、いま眼前にとらえ出したのは不気味な暗闇だ。それはどこから始まるのか。必ずしも外からばかりではない、その序曲は、人間の体内からかも知れない。しかしそれはそうではあるまい。もうそれは始まっており、人体に及ぶ時はその終わりではなかろうか。形が似ていれば結合してしまう受容体である生物の仕組みは変えられないという落し穴をどう解決するか。それが問題だ。他人の真似をしてそれは自分でもできると思い込んでしまいがちだ。サクセスストーリーもその時そのひとがもつ前提条件や措かれた環境でも違う。外見に惑わされてしまう。
2021.11.28
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イムギャーマリンガーデン。連想することが読書のコツと文学講座で石井教授が言っていた。朝のドラマ「純愛」で、ザ・リッツ・カールトンの宿泊客に対する従業員のサービスの話を思い出して妻に話したら、鳥渡似ている話ねと言っていた。それは、美しい写真集だった。ある男の客からプロポーズするので、何もない砂浜にテーブルと椅子を準備してくれるように頼まれた従業員は、客のために素晴らしいセットをしたという。有名な話だ。それでホテルの評判が高まったからだ。 ・バラバラのように思える自分の暮らしにも、自分の意識という脳のネットワークで繋がっている。朝から美しいものをみて、大学で色々の知識を蓄えている。それをブログで書いてもいるが、それをどこまで活用しているだろうか。識見を高めることのむずかしさがある。そして洞察力もある。東区に暮らして30年以上になるが、郷土史をどれだけ知っていただろうか。歴史の跡をたどっていくと行きつくルーツがすぐにわかるものと、わかり難いものも多いものだ。ドイツとフランスの比較される文化もルーツとされるものは一つだろう。キリスト教の世界観があるだろう。ただ成長する過程はその環境や状況によって変わってくる。際立った違いが強調されて、伝統を重んじる傾向とか、「フランス的例外」があったりもする。 ヨーロッパ的な合理主義が喧伝されるがそれも、時がする気紛れかもしれない。下克上がないとも限らない。かって、寒さや飢えと闘かい、厳しい環境で生き残ったヨーロッパ人が、その知恵で席捲したが、帝国主義や植民地主義では人類は破滅するだろう。何故ルーツなのだろうか。生命の起源を探究するのも種としてのヒトのルーツへの旅でもある。 ひとは必要以上に知りたがるだろうか。間違ったことをするかもしれない。それは生物の好奇心がさせるものだろう。生命に根ざしているものを止めることはできないが、コントロールすることはできる。そのためにルーツが解明されねばならない。 必ずしも長く経験した者が本質を理解するとは限らない。何も知らない子供が見抜くかもしれない。通りすがりの旅人が見抜くこともある。ドイツのクリマルが長い歴史を続けているのを見て、私は、子供のころの田舎のかき氷や、金魚売りをしていた夜店を思い出していた。熊本の本妙寺の頓写会というのある。 ・天才たちを生んだ土壌はどこにあるだろうか。それは完璧な環境で創られてはいないことだ。つまり創造性は、むしろ未成熟な環境とひとによって発揮されやすいのではないだろうか。
2021.11.28
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イムギャーマリンガーデン。健康ということについて一般国民に非科学的な常識がいまだに流布している。過剰な商業的宣伝がされ、健康に有害なものまでまちがった売り込みがされている。医療関係者は知っているのに沈黙しているのは、そのことで職を追われるかも知れないというプレッシャーを感じている。何しろ産学協同なのだ。商売には逆らえないという意識が強過ぎてもいる。コークの色が砂糖の酸化した色だと最近知ったくらいだ。 ・マーガリンや各種のお菓子、ドーナッツがトランス脂肪酸が先進国では抑制され始めているようだが、日本では放置されている。酸化油で超悪玉だとの昨日の講演で指摘があっていた。何しろ都合の悪いことは黙っていようという連中が多い国である。公徳心が薄いのではないだろうか。 ・へ2・・・確りとした気概をもった人間を育てるにはどうしたらいいのだろうか。正しいことを正しいという人間がいなければならない。子は親を見て育つ。そういう環境をつくって行かないと、付和雷同の人間ばかり増えて、世の中が良くならない。
2021.11.28
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イムギャーマリンガーデン。 異文化の交流という言葉をよく聴くようになった。しかしこれは最近になって初めて聴くようなはなしではない。おそらく戦前からあった言葉であり、そのための努力もされてきたに違いない。ところがスムーズではなかった。それが、今なお叫ばれている所以ではないのか。「キング自伝」でキング牧師がガンディの非暴力思想に共鳴して、彼の公民権運動の非暴力運動に見られる運動に消化されたように、西欧と東洋にはまだ相互に補うべき余地があるのではないかという思いを強くした。 ・へ2・・・単なる異文化として捉えるのではなく、それこそ本音の感情で交流しなければならない。「異文化」とは、異教徒、異民族の捉え方であり、それでは同化ではない。むしろ感情の移入がなければ本当の交流ではない。相手を知ってなるほどと思うようなものだろう。それは西洋と東洋の間にはまだ目に見えない「万里の長城」があることではないだろうか。「バベルの塔」が人間に異なる言葉にしてから、人々はそれぞれの歴史を重ね、理解し合うという基本的なことを忘れていた。妬み合い、殺しあって、相手を敵とし、戦争してきた歴史しか知らず、大きな城壁を造ってしまった。然し、それぞれの歴史のなかで共通しているのは暖かい血の温もりではないだろうか。 ・人間の生きざまには東洋も、西洋もない欲望や、愚かさや、尊いものへの憧れや、愛情があるのだ。それは同じ人類だからでもある。住む場所が違っていただけだが、違う文化も作り上げた時の流れがある。敵を作ることで競い合い、時には殺しあっても来たが、もうそれをやるにはあまりにも究極の破壊兵器を手に入れてしまったのだ。人類に必要なのは共存であり、理解しあう精神であろう。それを殺されたリーダーたちは叫んでいた。それを抹殺したパワーもあるということだろう。それは私たちの身近にいて、じっと監視しているのではないだろうか。 ・へ2・・・かって、イエス・キリストの教えを喜ばなかったし、他の優れた平和主義者を喜ばなかったのだ。彼らにも彼らの論理があるだろう。すべてが同じなのではない。然しすみ分けることができないのではないだろうか。やはり異文化の交流では解決できないのではないだろうか。触れ合い確かめ合う感情の交流抜きには世界の統合はないのではないだろうか。やはり、頭ではなくハートなのだろう。
2021.11.28
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イムギャーマリンガーデン。宮古島。人間は、欲張りだから、生きている間は、また先を目指したくなるらしい。やはり人間は、歩かないと体が壊れるようにできているようだ。肛門でさえ締まりがなくなってくる。競争社会では、無理をしないと負ける。自分より優れた人間の多い社会に生きているから当り前にしていたら何時も負ける。自分でこれが一番良い勉強法だと思っても、大抵世間には負ける。高いハードルを造ったのは私ではないが、自分の生まれる前から棲み分けられた社会システムが出来上がっている。「無理をしろ」と言われてもきた。無理をしなければ、「他人には勝てない」とも。ストレス圧のない社会はない。それが「生きる」ことを全面的に美化し肯定してきた所以でもある。こっちとあっちの間に流れている川は誰にも越せない。 ・然し、それも思い過ごしかも知れないし、ウソかも知れない。騙しはよくある話である。誰も自分がこの社会から裏切られたりするとは、それまで思いつかないものらしい。大抵気付いた時には遅い。「ストレスと闘え」、とよく言われてきた。「ストレスとは?」「個人差がある?」「自分にとって何がストレッサーになるか?」その時々でも違う。そしてそれは「重力」のようになくてはならないものでもある。ストレスのない生き方はできないからだ。 ・へ2・・・人間は生物であり、自然の摂理に従っているが、社会的動物でもある。環境はいくつかの条件の中で複雑化している。生物としての自然環境と社会的環境もある。その両方の中で生きてもいる。ごみごみした汚れた都会の中で暮らしたら病気にもなる。身体のためには空気の澄んだ田舎で暮らしたい。然しそうはいかない。仕事がない。あったとしても自分のの望むようなものではないだろう。例外はあるとしても。大抵の人は、止むを得ずだろう。無理をしている。それがじわりと年を取ってダメージになる。自分は「何をしたいのだろう」といつも思っていた。したいことを忘れてしまっていた。それをいま探している。
2021.11.28
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急いで一生は終わろうとしている。老化は誰にでも日々進行して走り過ぎようとする。じっとしていれば早く過ぎてしまう命がある。からだを動かさなければ、それは大事にすることではなく、崖の上に向かって走っていることにもなる。死と反対に向かって歩くことはできないが、たちどまっていようとするその努力がなければならないのだろう。元々人生はゆっくりできていないのだ。 ・できないからゆっくりしたいと思う。その努力を如何に効果的にするかだが、大抵負けてしまう。不可能ではなく、困難なだけだと思うがどうだろうか。昨日は、「レッツ・エクササイズ」の講座があり、体育館でマットを敷いて、色々ストレッチを教えて貰った。参加者は40人くらいのシルバーたちだった。元気な人たちばかりだが、やはりみんなからだが硬い。若いうちは簡単にできることもできなくなる。だからこうしてエクササイズが必要だ。 ・へ2・・・QOLをいうけれど、自分の健康と反対のことばかりある。本当は何をしなければならないかの知識を教えない社会でもある。早く死ねばいい。そうではないのだろうが、真実はどこにあるだろうか。騙されてはならない。騙されたふりをしているとゆっくり死ねなくなる。
2021.11.28
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イムギャーマリンガーデン。夢のように日々が過ぎていくが、不安がないわけでもない。然し、その時になってみないと心配しても大抵杞憂に為る事が多いのも事実だ。突然予想もしないことだってある。まだ体が自由に動くうちに、海外ツアーをしようというのが妻との約束事でもある。外国に行って、楽しいと思わないようでは意味がない。関心がないことをしても面白くはない。 ・へ2・・・少しはましなことをして死にたいが、どこまでできるのだろうか。太平楽もいつまでやれるか、解かったものではないが、黙っていても、措かれた環境次第でもある。その時に為って見ないと解からないものはある。ジタバタするかもしれないが、それもありだろう。イスラムの社会を殆んど知らないが、トルコツアーで少しは、感じることが出来るだろうか。いくつかの偶然の所産として、今体験している日常は悪くはない。野良猫たちとこの小春日をのんびり愉しんでいる。ルノーが、カルロス・ゴーン容疑者の職を解かずに暫定トップを決定するというニュースは、そこに日本文化との違いがある。フランスと日本は、同じではない。フランスのプライドとは何だろうか。50億円も所得を隠していたということは、日本では、とんでもないことだが、欧米では、見解が違うらしい。黒人を奴隷にしたり、非白人に対する差別意識は、それは単純な問題ではない。原爆もドイツには投下したかわからない。文明の衝突も何れ現実になるかもしれない。白人ファ―ストは根強い。
2021.11.27
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イムギャーマリンガーデン。この社会が、どんなものであるか、僅かな自分の人生の体験から云えば、健やかに完璧な人間はいない。利巧よりも愚かであり、美しいより汚い。香りの好いの一時であり、すぐに腐敗もする。上澄みの水をすくって飲んでもいる。肺の中に溜まっている有害な微粒子が、まだ肺を破壊してはいないが、何れは<真っ黒クロスケ>にしてしまうだろう。それまで活きていはいないだけだ。コレマデ、ノンビリ シテ コレタカラ トイッテ コレカラモ デモ アルマイ。 人生は、喜劇であって悲劇で終わるか? その逆バージョンもあるだけで。愉しく生きられたとしたら、途方もなくラッキーなひとでしかない。自己満足するには気が早いだけ。いまのそらがあおいからといって、いつまでも続かないし、雨も降り続かないだけ。熱くなったり、それが冷えても来る。私が幸運だからと言って、皆がそうでもない。私は分母ではない。勝手に自分のための記録を採っているだけ。人生は塞翁が馬という。好いことも悪いこともある。一昨日出雲大社へ行き、徒歩で稲佐の浜まで歩きました。最近は妻のほうが歩くのが早い。
2021.11.27
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凡人であるのは小さなことの積み重ねでしかない。ドリトル先生も、「小さなことをする」人である。元々人間には小さなことしかできないのかもしれない。そう思えば少しは気が楽にもなる。何もないのが、平穏で、平常であり、平時でもある。決められた日常を、いつもと同じようにやれるということを、莫迦にしてはならない。何時ものように目が覚めて体を動くということは、有難いことでもある。何か悩みごとでもあると、ついそのことを忘れがちになる。何でもできることが当然なのではない。 ・自然に体が動けるというのは、手足の筋肉や神経や、脳のニューロンネットワークなど様々な化学反応の結果できることで、何かが欠けるとできなくなる。猫は猫の世界で生きているし、人間も同じだ。自分の見える世界がすべてだと思うのは狭い考えでしかない。いつも、自分の立てたスケジュールで、食事をし、運動をし、講座を聴きにいったりしている。それでも社会生活をしていない訳ではない。ちゃんと経済活動もさせられている。
2021.11.27
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自分を知りたいと思うとき、周辺の環境がどうなっているのか知ろうとする。それは他の動物も常に自分が安全かどうか、確認しようとするのと同じだ。植物も何らかの能力を持っていて、自分の存在を確認しているに違いない。そういう意味で、生物は、広く自分の世界を知ろうとする。ただ自覚するという面で「種としてのヒト」は、格段に更に広い知識を手に入れている。 ・そしてより精確な視野を持つためには、精度の高い情報を得なければならないが、その情報が社会的歪曲をされがちでもある。知らせたくないという意図が働くからでもある。故にシンプルではない社会だろう。そういう複雑な社会であるのに「シンプル・ライフ」というのも如何にもアイロニカルなフレーズであるだろうか。時々、こういうとぼけたものが出てくる。それは、いささか、屈折したものでもあるだろう。 ・へ2・・・どうやら、裏取引のある社会であって、仕組まれた世界の中で暮らしているのが人間社会でもあるようだ。ただシンプルではない。人間の存在自体が複雑系であり、シンプルではありえないのだろう。隣人を愛するだけでは生きていけない環境になってしまった。それは、人間社会が競争原理という世界を形成し、近代文明を発展させてもきたのであり、少なくともそれを止めることができないでいる。何かと闘い続けねばならないらしい。しかし、物事を明らかにするには明解でなければならない。そして「無知と貧困」がベースとなっている世界が存在し、その現実を背にするか、前面に据えるのか常に試されてもいる。私たちは、Aは非Aではない、を問い続けている。
2021.11.27
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自分を知りたいと思うとき、周辺の環境がどうなっているのか知ろうとする。それは他の動物も常に自分が安全かどうか、確認しようとするのと同じだ。植物も何らかの能力を持っていて、自分の存在を確認しているに違いない。そういう意味で、生物は、広く自分の世界を知ろうとする。ただ自覚するという面で「種としてのヒト」は、格段に更に広い知識を手に入れている。 ・そしてより精確な視野を持つためには、精度の高い情報を得なければならないが、その情報が社会的歪曲をされがちでもある。知らせたくないという意図が働くからでもある。故にシンプルではない社会だろう。そういう複雑な社会であるのに「シンプル・ライフ」というのも如何にもアイロニカルなフレーズであるだろうか。時々、こういうとぼけたものが出てくる。それは、いささか、屈折したものでもあるだろう。 ・へ2・・・どうやら、裏取引のある社会であって、仕組まれた世界の中で暮らしているのが人間社会でもあるようだ。ただシンプルではない。人間の存在自体が複雑系であり、シンプルではありえないのだろう。隣人を愛するだけでは生きていけない環境になってしまった。それは、人間社会が競争原理という世界を形成し、近代文明を発展させてもきたのであり、少なくともそれを止めることができないでいる。何かと闘い続けねばならないらしい。しかし、物事を明らかにするには明解でなければならない。そして「無知と貧困」がベースとなっている世界が存在し、その現実を背にするか、前面に据えるのか常に試されてもいる。私たちは、Aは非Aではない、を問い続けている。
2021.11.27
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イムギャーマリンガーデン。・誰も私たちが最良の選択をして、ここにいるとは思ってはいないだろう。しかしいくつかの選択肢の中から選んだ結果であることは間違いではない。少なくとも存在理由なるものはあるに違いない。君主国であるが国民主権でもある。天皇はシンボルである。それにしても内閣総理大臣とは古めかしい言いようであるし、政治体制も古い。古いから悪いのではないが、そこに媚びついている因習は少なくてもあらゆる弊害の元ではある。 ・へ2・・・いつになったら、現代社会にマッチした政府になるのだろうか。効率のよい政治がおこなわれ借金だけを増やすような政治ではなくなるだろうか。子孫にツケを回すだけの政策はやめるべきだろう。建設的な見解が見られないのは歪んだシステムが原因であることは言えるのではないだろうか。どうもウジウジと進まないのは、無責任政治の所以ではないだろうか。若者たちが未来に対する希望を失いつつあるのは、そういう不透明な未来しか描けないからではないだろうか。それこそ、真面目さがない社会の姿勢が人々のあり様をもくるわせ始めている。 ・これまでの日本人は、30年もすれば壊れてしまうようなものを建設してきた。それだけあれば、子供育て、やがて家屋は朽廃しても、時代は変わり新しい家を建てればいいと思ってきた。木造建設で、人の平均寿命は50年だった。しかしいまや長寿国である。ものの考え方を変えなければ人とモノの関係はバランスを失いつつある。困るのは高齢者たちだろう。壊れた家屋に住むわけにはいかない。少なくとも100年間くらい持つ家屋を建てるべきだろう。 ・へ2・・・これから未知の社会になるに違いない。予想もしなかった事態が起きるだろう。もうそれが見え始めてもいる。それに有効な手を打てないような政府はいらない。固定観念しか持たないような政治家が役に立つはずがない。新しい袋を用意しなければならないだろう。それだけは言えるのではないだろうか。
2021.11.27
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生命は、自己と他者と別れることに因って成立する。人間はよく建物に喩えられえる。手入れをしない建物は、どんなに立派な御殿でもゴミの山だ。身の程知らないひとは、大きな建物に住みたがるが、そのスケールにいつか潰されもする。自分のサイズに視合うものにすべきだ。住まいに拘っても寿命は一秒も延びはしない。 ・日本の家が「うさぎ小屋」と、よく嘲笑されるが、狭い島国だから仕方がない。世界のどこも貧困はあり清潔さがなければ同じようなものだ。寧ろ、不相応なことを欲して自滅もする。贅沢をすればそのために没落することになる。最期の行き先は同じだ。 ・へ2・・・愛し過ぎれば腐敗してしまう。水も遣り過ぎれば花は枯れてしまう。節度のない活き方は、息が切れてしまう。食べねば死んでしまう。食べるから脳が活動もする。そして食べ過ぎれば、病気の原因になる。数億人と言われる飢餓をなくすことが平和への近道でもある。普遍的論理のない議論は無意味だ。
2021.11.27
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人びとは真面目に生きていると思う。それでも何故思うような世の中に為らないのだろうか。自分の理想とするものは自分に都合のいいものでしかないだろうか。普遍的妥当性のあるものを見つけることは出来ないだろうか。尖閣諸島の問題にしろ、50年もすれば、事態は変わっているかも知れない。国境問題は解決しているかも知れない。そうならないとは言えない。国と国との問題も、国家意識が強いからに他ならない。世界はひとつというスローガンを、万里の長城で見たことが在る。 ・世界戦争が、人類の破滅に為ることは誰でも予想することでもある。地球を知るための講座が、繰り返し大学で開催されている。みなそれほど違う思想を持っているわけではない。自然がなければ生物は生きてはいけない。予見することが、人間の優れた能力でもある。このままでは、自然破壊が進み、地球は住めなくなるかもしれないのだ。 ・へ2・・・自滅するだけの力を人類は持ったことが不幸の始まりかも知れない。ヒトは、数千万ある種の一つでしかないが、すべてを破滅させるかもしれない。
2021.11.27
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イムギャーマリンガーデン。歴史は客観的な事実で綴られるべき学問である。然し米国の歴史では、この世界の民主主義の盟主のような国が、ハワイのハメハメハ王朝をクーデターで転覆させ強引に米国領にしたことや、フィリッピン人による共和国を倒して自国の植民地にした事実を抹消しようとしている。米国史では触れられることの少ない部分でもある。日本も同じ歴史の教科書がある。 ・へ2・・・「硫黄島からの手紙」もアメリカ人の監督だという意味で話題になったが、そういう西欧型のリーダーもいたという視点でしかない。それでアメリカ人の意識が変わったというのでもないが、ただそういうことがされたという意味はあるのだろう。すべてはまずおずおずと処女の如く、始まるのだろう。誤魔化しが罷り通り、真珠湾攻撃についても、当時の米国の創作された「リメンバー・パールハーバー」だったかもしれない。米国の判断が常に正義に振れているのでもない。 ・抹消される事実のなかに重要なものが多いのもまた確かなことだろう。そのことが禍根をのこすこともまた事実だ。 ・へ2・・・時には写真さえ訂正し、映っている人物を抹消したりもしている。それこそ沖縄戦での集団自決の真偽を論じるのはおよそ無意味な議論でしかない。沖縄の人々にとって、それは集団自決は厳然たる「歴史的事実」なのだからだ。・それは、御用歴史家の歴史だけが唯一の歴史ではないということだ。・へ2・・・残念ながら、著名な歴史家が権力の側に属してきたことがいえるだろう。国民が信頼するに足る歴史家を持たないからだろう。ソーシャル・ステータスをもつものが品格を持ちえないことは日本人にとって悲しい現実だろう。歪められた歴史を学んで何の意味があるだろうか。真実ことそ歴史の意味がある。
2021.11.27
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イムギャーマリンガーデン。ノーマルな時代があったのだろうか。そして、現在少し、テレビドラマが変わってきたように思える。変化する異質なものは感覚でしかわからない。説明できないが、或るものだろう。不安な時代に長く浸かっているといつか異常なものが発生してくる。それは異質なものとしかいえない。あとで気付くが、その時は凡人には解からない。何かの匂いがする。否臭いのだろう。悪臭だろうか?決して心地いいものではない。先端の芸術とはそうした何かの兆しだろう。 ・頽廃した社会が、醸しているものは腐った魚のような。無為なことを始める若者たちが増えている。帰りのない戦闘機に乗った若者たち。絶望の美学が美学などではない。美化されているものが果たしてノーマルなのだろうか。流行りのものが廃れるように、価値あるものは、そのときアブノーマルなのだ。 ・へ2・・・大胆なものが、生き残って来た。臆病なものは廃れてしまう。アブノーマルであることを懼れては何もできない。つねに事態は変化しており、この社会は、いまの常識が明日にも非常識にもなるのがふつうのことでしかないのだ。何が価値があるか分かったものではない。すべてこの世になるものは動いている。
2021.11.27
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イムギャーマリンガーデン。広い識見と深い洞察は、或る意味矛盾しているようにも思えるが、それをしないと対応できなくなるという難しさでもある。矛盾は付き纏う進歩の前提条件だ。これだけ国際社会でトップが集まって議論しなければならないのは、認識の違いがあるかであり、コンセンサスがないからでもある。会議の多い会社は潰れるという。国際社会もその危険があるだろう。これだけ科学が進んでも、出掛けて行かなければ解決できないのは情けない話だ。 ・先進国と途上国の認識のズレも、国益優先の結果でしかない。訳の分からない論理が未だに人類を苦しめてもいる。新興国とは何をしようとしているだろうか。中国の論理は未だに理解できない処がある。国民の言論の自由が守れないでは、どんなものも砂上の楼閣でしかない。人間の心をスポイルさせるものが、やがては大きなキズにもなる。 ・へ2・・・他国を批判するだけでは何時までも問題は解決しない。何がそうさせているかを見極めるべきだろう。そのための情報を把握して措かなければならない。世界で、情報の公開はそのために必要なことだ。国の農業の健全化とはどういうことをいうのだろうか。人間は自然人としての側面をもっているのであり、そのために豊かな自然環境はなくてはならないものだ。有機農業に必要な整備を充実させるべきだろう。
2021.11.26
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予見して行動することが人間の特質でもある、俗説に惑わされるのは中途半端な知識で行動するからでもある。常に時代の最先端に目を向けねばならない。科学的認識に遅れないように社会政策にも盛り込んで考えるべきだろう。国益ばかりを強調して行動するばかりでは国際社会の信用をなくすことに為るだろう。国境問題にしろ、それはいま現実の問題であるが、将来は、解消しているかも知れない。その他の問題にしろ、時間が解決してくれるものがある。何を急がねばならないかは科学的認識に拠るべきだ。そのことをない。 ・今ある現実と、明日の現実とは同じとは限らない。癌も近い将来克服されるだろうし、医学の知識も劇的進化を遂げるだろう。権威や権力もいつまで続くか分からないし、一年では、長過ぎるサイクルになっているものが増加している。まだ十分とは言えないが、手軽に知ることのできるものもドラマチチックに増えている。ついていけないのは自分の認識だということでもある。 ・へ2・・・つねに日進月歩している科学があり、日々常識は進化しておりいつも同じ常識ではない。身に迫るリスクを無視すべきではない。世の動きを観察していかなければ適応できなくなる。強さは弱さにもなる。権威や権力に目を奪われていると措いていかれるだろう。
2021.11.26
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ルソーの言葉「社会の基礎を検討した哲学者たちはみな自然状態にまでさかのぼる必要を感じた。しかしだれひとりとして、そこに到達した者はいなかった」(『人間不平等起源論』)「虚栄心を生む者は理性であり、それを強めるのは反省である。-人間が苦しんでいる人を見て、「おまえは滅びてしまえ、私は安全だ」と密かに教えるのは学問である」「ある土地に囲いをして、「これは俺のものだ」と宣言することを思いつき、それを信じるおめでたい者たちを見つけた最初の人間が政治社会の真の創立者であった」「各構成員の身体と財産を共同の力すべてによって保護する結合の一形式を見出すこと、それにより各人が全員と結びつきながら自分自身にしか服従せず、以前と同じく自由であること、これこそ根本問題であり、社会契約がそれを解決する」(『社会契約論』)「人民が十分に情報を持って審議するとき、市民が相互の意志を伝達しなければ、わずかの相違が多く集まってつねに一般意志が生まれる」「民主制という言葉の意味を厳密に解釈すれば、真の民主制はこれまで存在しなかったし、これからも決して存在しないだろう。多数者が統治して少数者が統治されるということは自然の秩序に反する」「統治者が市民に向かって「おまえの死ぬことが国家に役立つのだ」というとき、市民は死なねばならない。
2021.11.26
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宮古島。「声なき声」という表現をされる。市井の声は、政治には反映され難いのは、それが邪魔であると思う人がいるからでもある。武士社会では、武士たちには都合のいい社会であったのだろう。300年間も続いたのはそのためだし、貴族社会もどんなに庶民が苦しんでいたとしても、自分たちの都合のいい社会システムであったから続いたのだ。現代にも上流社会という階層が存在している。昔のような特権階級にあるわけではないが様々の有形無形の待遇を受けている。それは彼らを甘やかし、腐敗させもする。 ・人間は堕落し易い生き物でもなる、畜生とは言いえて妙だろう。飴とムチの政策はローマ時代からある。人間は随分狡猾になり、ずる賢くもなっているから、そう視えないようにしているだけだ。ひとは他人のためだけに生きている人間はいないだろうが、他人にも影響を与えている。だから「人間」なのだろう。ひとりでは「人間」にはなれない。脳を持ったのは、その必要があったからであり、社会はそのために存在している。 ・へ2・・・「声」は、ときに歓声に為り、歓喜に為り、ときには、悲鳴に為り、絶叫にもなるが、聴こうとしなければ何も聴こえないし、声のない声でもある。日本の歴史の中で「鎖国」が存在した事実は、その世界史の中で特異な位置を占めているに違いない。何故なら、極東の小さな島国に過ぎなかったからだろう。それが偶然という幸か不幸か知らないが独自の道を歩いてきた。まさに塞翁が馬でもある。日本経済は、いまや厳しい国際社会の荒波に晒され始めた。それこそ、子ども料金で大人と同じバスには乗れない大人子どもである。見せかけの民主主義の社会体制に過ぎない。まだまだ遅れているし、市民レベルは低いという認識が必要だろう。
2021.11.26
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