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「いまの自分にとってのリアルな感情」 を載っけて何かを書く方が、最後にふさわしいような気がしてきたのです。
「意識の流れの文字化」 が先鋭化してきていて、途中で主語が変わったり、読点を打たないまま話がどんどん逸れていったりすることがふつうになってきているのです。はっきり言えば、少々読みにくい。それでも 保坂和志 の小説が好きでいられるのは、彼の考え方やものの見方が好きだからで、 「作家であること」 にとってそれはとっても大切な部分だろうと思えるからです。
「昨日の写真は撮れなくても昨日がなくなるわけじゃない」 という一文が、なんとなく心に残りました。当たり前のことを言っているようですが、そうでもないのです。
「人が死んでも世界が終わるわけではない」 ということが、ぼんやりと、ですがあまりにもタイムリーにリンクして、大げさに言うと、私は 「外濠公園」 で生まれ変わったのではないかと思うほどでした。 「10月の外濠公園」 と分かちがたくなることで、小説を読むと、父の死や、そのときの自分の感情を追体験できる。それは、 主人公 が 尾崎 のお別れの会で体験したことと、とても似ているようにも思えるのです。
「世界が終わらなければ死んでも命は生き続ける」
「この感じ!」 を言葉にしようとすると実感を裏切る。じゃあなんで書くの?ということをずっと書き続けているのが、 保坂和志 なのかもしれない、と感じています。
「リアルな感情」 とともにある小説なんだと、あらためて感じています。
追記
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