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窓ガラスを蹴破って、憤然と自宅の建物に入る という、行為に圧倒されて、 ポカン とするばかりです。
「なんなんだ、この男は? なんなんだ、この映画は?」 で、驚くべきことに、その家の中には、ちゃんと人がいて、テレビの画像に映っている映像、 ホームパーティー(?) とか、 街路での大騒ぎ とか、街のあちこちに建てられていたらしい 銅像の破壊 とかが映っているんですが、 部屋の中の人たち はそれを見るのに夢中で、 男 がガラス窓を蹴破ったことなんかに頓着することなく、だから、何も起きていないかのように 「物語」 が始まってしまうんです。
激動のジョージアを生き抜いてきた人々 のようで、部屋の中の彼らは、みんな芸術家というか、表現者というかのようで、ボヘミアンというか、自由闊達というか、実に、
アナーキーに生きている人々の姿 を、とても面白く見ていたのですが、やがて、散り散りなっていく経緯に沿って、
ある時代が終わり、あったはずの世界が・・・、しかしながら、最初の 蹴破り 同様、それぞれの 別れ というか、 出発 というかが、 題名のことばを使えば 渡っていく蝶たち の姿を、見ているこちらは キョトン とするしかないというか、まあ、なんというか、
唐突なエピソード群の連鎖 のように映し出され、 修道院暮らしの女性ナタ と 絵描きの男コスタ だけが、今や人のいない廃墟のようになってきた 半地下の住居 に取り残されたかのように残ります。
「私はもう撮り終えた。これはあなたたちにあげるから。」 その ラスト・シーン に打ちのめされていうのですが、
凄い映画! でしたね。

これは現実のニュースか何か・・? っていう ドキュメンタリー な映像なのですが、それが、何を意味しているのか、ただ、ただ、 不可解???? だったのですが、一気に
「わかった!」 という気がしたのです。
見るべきものは、見つ! と喝破して自害して果てた 知盛 を語ったのは 「平家物語」 でしたが、この映画では、すべてを撮り終えた ナタ は修道院へ帰って行きました。
「撮るべきものは、撮りつ!」 ですね。
凄さ! の理由でした(笑)。
監督の「希望」 を感じましたが、おまけに映画の中にも、機嫌の悪い老婆として登場して見せる
ユーモアも嬉しい! 無常 ではなく、 希望 です。 拍手!
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