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2025.07.30
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​​ 柴崎友香「百年と一日」(筑摩書房)
​​​​​​​​​ 本屋さんでいただける 筑摩書房 「ちくま」 という PR誌 がありますが、アレに 2017年 から 2019年 にかけて連載されていた 短編小説(?) が全部で 33篇 、今では文庫化されていて 34篇 らしいですが、ボクが読んだのは単行本だったので 33篇 の小説集でした。​​​​​​​​​
​​ ページを開いて、唖然とするのは 「目次」 です。下に貼っておきますから、興味のある方はご覧になると面白がる人もいらっしゃるかもですが、 本文(?) をお読みなるともっと面白いですよ。​​
​  〈ファミリーツリー 3〉
 祖母には弟がいて、中学をすぐに、大きな街へ出て、働いた。最初は、大工の見習いだった。親方は厳しいが面倒見のいい人で、弟も仕事覚えは早かった。ところが、乱暴な兄弟子になにかにつけて殴られた。親方の見ていないところでこっそりやるし、仕事のことで嘘をつかれて重大な失敗を繰り返し、立場が悪くなった。
 逃げ出した彼は、新聞配達、米屋の配達、運送屋の倉庫と仕事を転々とした後、大きな川の河口の街に移って再び大工の下で働き始めた。今度はいじめられることもなかったし、家がどんどん建ってとにかく人手が足りない時代だったから、賃金も右肩上がりだった。新しい親方の家族にもよくしてもらい、よく夕飯を食べさせてもらった。
 休みの日に、彼は河川敷へ行って、草野球を眺めていた。そのうち、親方の息子からもらった古いギターを持ってきて、たどたどしく弾き始めた。風と音が混じり合うのは心地よかった。しばらくして、歌を作って歌い始めた。下手だったが、誰も立ち止まらないかわりに、誰にも咎められなかった。毎週日曜、昼から夕方まで、橋の近くの土手に座って、川面に向かって歌った。それはそのとき一度きりしか歌われない歌だった。
 ある日曜日、草野球帰りの男が一人、そばで立ち止まって、歌を聴いていた。その次の週も、同じ男が来た。少し離れたところで、なにも話しかけずに立たずんでいた。それは毎週日曜日、半年間続いた。
 そのときに祖母の弟が歌っていたいくつもの歌は、弟とその人だけしか知らない。(P164)
​​ これで、全文です。この作品集の中で 一番短い作品 です。いかがですか?​
​​​​  「百年と一日」 と題されている作品集ですが、ボクが思い浮かべたのは父、 まあ、亡くなって数年経ちますが、 ゆかいな仲間と呼んでいる、ボクの子供たちにとっては祖父、オチビさんたちにとっては曾祖父、ヒーオジーちゃんのことです。
 で、思い浮かべたのは、その 彼の生年が1925年だった ということですね。今年、 2025年 「百年」 前です。​​​​

​​​​  ​作家​ が、それぞれの作品の底にあつらえた 「時間」の単位 が、例えば 「ひいおじいちゃん」 という言葉によって、 「今」の記憶 に繋がる可能性を担保しているところが、この作品集に収められた作品群に共通しているのですが、
​唸りましたね(笑)。 ​​
​​​​ ​​​​​​​  引用した作品 書き手 「歌を歌っていた男」の姉の孫 ですが、 読み手 であるボクの頭に浮かぶ、たどたどしくギターを弾く男の「 風と音が混じり合うのは心地よかった」 という 心象 天気の良い河川敷の心地よい風景 はどこから生まれてくるのでしょうかね。​​​​​​​
​​​  柴崎友香さん 、デビュー以来、 芥川賞 まで読み続けていたのですが、ここ数年忘れていました。こういうのを、まあ、ちょっと違う気はしますが、 腕をあげる というのでしょうか。​​​
​​  目次 だけ見ていてはわからない 重層する時間の感覚 が、それぞれの作品に描かれている、読み手自身にとっては縁もゆかりもないエピソードが、読み手の記憶に揺さぶりをかけ始めるという不思議な作品群でした。いかがです、ボクは唸りましたが(笑)。​​
​ というわけで、不思議な 目次 を貼っておきますね。 ​
目次
〇 一年一組一番と二組一番は、長雨の夏に渡り廊下のそばの植え込みできのこを発見し、 卒業して二年後に再会したあと、十年経って、二十年経って、まだ会えていない話
〇 角のたばこ屋は藤に覆われていて毎年見事な花が咲いたが、よく見るとそれは二本の藤が 絡まり合っていて、一つはある日家の前に置かれていたということを、今は誰も知らない
〇 逃げて入り江にたどり着いた男は少年と老人に助けられ、戦争が終わってからもその集落に住み続けたが、ほとんど少年としか話さなかった試し読みあり
〇〈娘の話 1〉
〇駅のコンコースに噴水があったころ、男は一日中そこにいて、パーカと呼ばれていて、
知らない女にいきなり怒られた
〇大根の穫れない町で暮らす大根が好きなわたしは大根の栽培を試み、近所の人たちに大根料理をふるまうようになって、大根の物語を考えた
〇たまたま降りた駅で引っ越し先を決め、商店街の酒屋で働き、配達先の女と知り合い、
女がいなくなって引っ越し、別の町に住み着いた男の話
〇小さな駅の近くの小さな家の前で、学校をさぼった中学生が三人、駅のほうを眺めていて、 十年が経った
〇〈ファミリーツリー 1〉
〇ラーメン屋「未来軒」は、長い間そこにあって、その間に周囲の店がなくなったり、
マンションが建ったりして、人が去り、人がやってきた
〇戦争が始まった報せをラジオで知った女のところに、親戚の女と子どもが避難してきて
いっしょに暮らし、戦争が終わって街へ帰っていき、内戦が始まった
埠頭からいくつも行き交っていた大型フェリーはすべて廃止になり、ターミナルは放置されて長い時間が経ったが、一人の裕福な投資家がリゾートホテルを建て、 たくさんの人たちが宇宙へ行く新型航空機を眺めた
〇銭湯を営む家の男たちは皆「正」という漢字が名前につけられていて
それを誰がいつ決めたのか誰も知らなかった
〇〈娘の話 2〉
〇二人は毎月名画座に通い、映画館に行く前には必ず近くのラーメン屋でラーメンと餃子とチャーハンを食べ、あるとき映画の中に一人とそっくりな人物が映っているのを観た
〇二階の窓から土手が眺められた川は台風の影響で増水して決壊しそうになったが、
その家ができたころにはあたりには田畑しかなく、もっと昔には人間も来なかった
〇「セカンドハンド」というストレートな名前の中古品店で、アビーは日本語の漫画と小説を見つけ、日本語が読める同級生に見せたら小説の最後のページにあるメモ書きはラブレターだと言われた
〇アパート一階の住人は暮らし始めて二年経って毎日同じ時間に路地を通る猫に気がつき、 行く先を追ってみると、猫が入っていった空き家は、住人が引っ越して来た頃にはまだ空き家ではなかった
☆その人には見えている場所を見てみたいって思うんです、一度行ったことがあるのに道がわからなくなってしまった場所とか、ある時だけ入口が開いて行くことができる場所のことを考えるのが好きで、誰かが覚えている場所にもどこかに道があるんじゃないかって、と彼は言った
〇〈ファミリーツリー 2〉
〇水島は交通事故に遭い、しばらく入院していたが後遺症もなく、事故の記憶も薄れかけてきた七年後に出張先の東京で、事故を起こした車を運転していた横田を見かけた
〇商店街のメニュー図解を並べた古びた喫茶店は、店主が学生時代に通ったジャズ喫茶を理想として開店し、三十年近く営業して閉店した
〇兄弟は仲がいいと言われて育ち、兄は勉強をするために街を出て、弟はギターを弾き始めて有名になり、兄は居酒屋のテレビで弟を見た
〇屋上にある部屋を探して住んだ山本は、また別の屋上やバルコニーの広い部屋に移り住み、また別の部屋に移り、女がいたこともあったし、隣人と話したこともあった
〇〈娘の話 3〉
〇国際空港には出発を待つ女学生たちがいて、子供を連れた夫婦がいて、父親に見送られる娘がいて、国際空港になる前にもそこから飛行機で飛び立った男がいた
〇バスに乗って砂漠に行った姉は携帯が通じたので砂漠の写真を妹に送り、妹は以前訪れた砂漠のことを考えた
〇雪が積もらない町にある日大雪が降り続き、家を抜け出した子供は公園で黒い犬を見かけ、その直後に同級生から名前を呼ばれた
〇地下街にはたいてい噴水が数多くあり、その地下の噴水広場は待ち合わせ場所で、何十年前も、数年後も、誰かが誰かを待っていた
〇〈ファミリーツリー 3〉
〇近藤はテレビばかり見ていて、テレビで宇宙飛行士を見て宇宙飛行士になることにして、月へ行った
〇初めて列車が走ったとき、祖母の祖父は羊を飼っていて、彼の妻は毛糸を紡いでいて、
ある日からようやく話をするようになった
〇雑居ビルの一階には小さな店がいくつも入っていて、いちばん奥でカフェを始めた女は占い師に輝かしい未来を予言された
〇解体する建物の奥に何十年も手つかずのままの部屋があり、
そこに残されていた誰かの原稿を売りに行ったが金にはならなかった




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最終更新日  2025.07.30 09:37:57
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Re:週刊 読書案内 柴崎友香「百年と一日」(筑摩書房)(07/30)  
ミリオン さん
おはようございます。
嬉しいです。頑張って下さい。 (2025.10.01 10:46:52)

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