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クラプトンが、ほんとうにすぐ目の前にいたのです!武道館、アリーナ席の前から4列目でほぼ中央だったんですよ。ラッキー♪ 最初にアコースティックギター1本でクラプトンが登場!シンプルな白いシャツにジーンズ。ちょっと太ったかな。若い奥さんもらって子どももできて、幸せ太りでしょうね。脂肪のおかげでシワがのびて(?)良かったかも。ギターで隠されているけれど、ちょっとお腹が出てきたみたい。ふふ。曲はWhen you’ve got a good friend♪ 4列目だと、ステージを見上げる感じになります。ギターを弾く指使いもよおーく見える。クラプトンの指って、細くて長くてス・テ・キ。あと、あの口を丸くあけた恍惚の表情!ま、お仕事ですが、ホントにギターがすきなんだなあという感じがよく伝わってきます。 1曲目の途中からバックバンドのメンバーが登場。そのまま続けてCrossroadsになって、このアレンジがカッコよくて、ブルース・バージョンなんだけど、例の間奏の2小節だけ、クリーム時代のアップテンポのロック・バージョンなんですね。よくカウントとれるなあと聞き惚れました。 4曲目で、早くも「ベルボトム・ブルース」!いい曲ですね。I don’t wanna fade away.... そしてまたアコースティックギター(セミアコってやつかな)に持ち替えると……まさか!と思わず口走ってしまいました。待ちに待ったあのフレーズ。私のだーーーーいすきな、♪Can’t find my way homeじゃありませんか!ネイザン・イーストが裏声でヴォーカルをとりました。うーん、懐かしい。歌詞を全部覚えているので、思わず一緒に歌ってしまったぁ。 あと、懐かしかったのは、♪Lay down Sally ライヴでやるのは久々なんじゃないかしら。軽快で、ちょっとアメリカ南部モノっぽくて、好きな曲です。 以下、セットリストです。01.When you’ve got a good friend>> directly going into >>02.Crossroads 03.I shot the sheriff 04.Bell bottom blues 05.Reconsider Baby06.Can’t find my way home 07.White room 08.I want a little girl 09.Got my mojo working 10.Hoochie coochie man 11.Change the world 12Before you accuse me13.Kind hearted woman14.Badge 15.Holy mother16.Lay down Sally17.Wonderful tonight18.Cocaine19.Layla Encore 20.Sunshine of your love 21.Somewhere over the rainbow セットリストは↓このHPからいただきました。すごいなあこの人。全部、観戦!するらしい。他の会場では、♪Knocking on heaven’s doorもやったらしい。いいなあー。ぐやじー。http://www.clapton.ne.jp/japantour03/clp_03jj.htm #3 まだまだ武道館公演は続くようです。チケットに余りがあるようだから、もう1回行っちゃいたいなあ。今度は上のほうの席でもいいから。 相棒は、高2のときに見た来日2回目のライヴのときから、「クラプトン詣で」にお付き合いいただいている、マキちゃん。楽しかったねー。 自由が丘でご飯食べて、某バーで3時まで、マスタと話しこみながらE.C.の余韻に浸ったのでした。
2003年11月30日
これからエリック・クラプトンの武道館ライヴへ行ってきます!アリーナの前から4列目で、多分真ん中!やったぁ!高2のときから通い続け(休んだのは1回だけ)、やっとゲットした最高の席です。前から2列目のことも1回だけあったけど、いちばん左端だった(^^;) うーれしいな、うれしいな。でも、治りかけだった風邪がぶり返して体調サイアク。うーむ。バーボンでも引っ掛けて、元気出すか。
2003年11月29日
日本でもキャリアという言葉が浸透してきましたが、まだまだ誤解があるようです。「会社でバリバリ働いている女性ならともかく、長く主婦をしていた私たちには、キャリアなんて敷居の高い言葉だ」 という声を耳にしました。なるほど、そう思うのも無理はないでしょう。日本で「キャリア」という言葉が使われ始めたのは、官庁の「キャリア組」や「キャリア・ウーマン」が最初ではないでしょうか。この2つの用語からは「エリート」や「フツーの人とは違う優秀な人」というイメージが浮かんできますね。 しかし、「キャリア」は決して一部のエリートだけのものではありません。この世界に生きている全ての人が「キャリア」を持っているのです。 ではまず、語源を調べてみましょう。「キャリア」(career)は中世ラテン語の「車道」を起源とし、英語で、競馬場や競技場におけるコースやそのトラック(行路、足跡)を意味するものであった。そこから、人がたどる行路やその足跡、経歴、遍歴なども意味するようになり、このほか、特別な訓練を要する職業や生涯の仕事、職業上の出世や成功をも表すようになった。(厚生労働省「キャリア形成を支援する労働市場政策研究会」報告書2002年7月31日発表より) つまり、キャリアというのは、私たちが人生を歩んできた「足跡のひとつながり」のことを指す言葉です。現在では、職業上の経歴や実績のみならず、人生全体を丸ごと「ライフ・キャリア」としてトータルに捉えるようになっています。 広義のキャリア、狭義のキャリアというように、2つに分ける考え方もあります。大きな円と、その中に含まれる小さな円(大小2つの同心円)をイメージしてみてください。外側の大きい円が広義のキャリア=人生(life)です。内側の小さな円が狭義のキャリア=職業人生(working life)です。 全人生を仕事に捧げてしまったような「仕事人間」「会社人間」は、この2つの円の大きさがほとんど同じになっているでしょう。一方、仕事以外のプライベートライフが充実していて、趣味、スポーツ、地域との交流、さまざまな友人との交流、そして豊かな家庭生活を楽しんでいる人は、外側の円がとても大きくて、職業人生を表す円はそれほど大きくないでしょう。また、専業主婦の女性も同様に外側の円のほうがとても大きくなるでしょうね。「キャリアとは単に職業・職務を意味するだけのものではなく、人生と深くかかわる“人の生き方そのもの”である」(宮城まり子『キャリアカウンセリング』駿河台出版社) これがいま、「キャリア」の意味を最も的確に示す定義と言えると思います。 さて、キャリアとは、私たちの生き方そのものですから、「リセット」して帳消しにすることは決してできません。方向転換は何度でも好きなようにできますが、消すことはできないのです。 また、キャリアにはアップもダウンもありません。転職によって給料がアップ、ダウンすることはありますが、キャリアそのものは点数をつけられるものではないのです。キャリアとは生き方そのものですから、どのような生き方が優れていて、どのような生き方が劣っているということはないのです。 でも、「キャリア・リセット」や「キャリア・アップ」という言葉は、人材派遣会社や就職情報誌の広告でよく見かけますね。広告ですから、お客さんをドッキリさせたり、ワクワクさせたりしなければならないので、こんな「誤用」を半分、確信犯的にしているのですね。 キャリアを視覚的なイメージとして捉えてみれば、白地図の上の曲線のようなものではないでしょうか。いわゆるエリートコースを歩んできた人の場合は、単調な直線を描くかもしれませんが、そうではない圧倒的多数の人々の足跡が描く軌跡は、あっちへ曲がり、こっちへ曲がり、立ち止まり、行っては戻り、戻っては行き、同じところをぐるぐる回ったり、途中で休んだり……そんな調子でしょう。 でも、その人も「岐路」を経験しているはずです。四つ角だったり、三叉路だったり、もっと複雑だったりするかもしれません。とにかく、その「岐路」でどれかの道を選んで前へ進んだことだけは確かでしょう。重要なのは、そのときに何を考え、その道を選択したかということです。 人生には意味があります。その意味をじっくり考えるよいチャンスになるのが「岐路」に立った時ではないでしょうか。 進学(どの学校を選ぶか)、就職(どの会社を選ぶか)、恋愛(だれを選ぶか)、結婚(だれを捨てるか!)、出産(産むか産まないか)……。 人生には、何かを選び、何かを捨てなければならない決断のときが何度も訪れます。そのときに、その後の道筋を自分なりにプランできるかどうかで、その後のキャリアが違ってきます。 自分で満足のできるキャリアを残すには、人生の大きな節目にしっかりとプランを立てることが重要です。 キャリアプランを立てるとき、人は高い高い塔のてっぺんに立っているようなものです。そこから後ろを振り返ると、いままでに歩いてきた道筋を一望できて、また、前を見渡せば、これから歩いていく「未踏の大地」が果てしなく広がっています。山あり谷ありぬかるみあり、ひょっとすると道なき道を切りひらいて行くことを選ぶかもしれません。何を選ぶかは全く自由ですが、選ぶ根拠は、自分自身の価値観=モノサシであり、結果については自分で責任を引き受けることになります。 どのような考えをもっていままでのキャリアを描いてきたのか。そこにはどんな意味があったのか。 どのような考えをもって今後のキャリアを描こうとするのか。そこにはどんな夢があるのか。 そんなキャリアストーリーを自分なりに語れるようになったとき、「自分らしさ」「生きがい」「私の幸せ」等々の輪郭が見えてくるのではないでしょうか。
2003年11月28日
就職や入試の面接のとき、相手の質問に答えるだけでなく、自分から相手に質問することも重要です。ストレートに言うと、「ポイントを稼げる」のです。「好印象を与える」「自己アピールにつながる」と言ってもいいでしょう。その理由は……。 質問する人は、「自分の知りたいこと」が明確であるからです。 面接を受ける人にとって一番「知りたいこと」は、その会社や学校が自分と「合う」かどうかでしょう。「合う」かどうかを判断するには、お互いの情報を伝え合わなければなりません。 だから、会社や学校側は応募者に対して「志望動機」「あなたの長所」「入った後に何をやりたいか」といった質問を投げかけます。 一方、応募者の側は、会社の場合だったら「入社後に与えられる仕事の内容」「職場の雰囲気、人間関係」「教育制度や、育ててくれる環境があるかどうか」そして一番気になるのが、「勤務時間、休暇、給与などの条件」でしょうね。 知りたいことは、質問しなくちゃ、分かりません。就職体験談を読むと、「入社後の仕事についての具体的な説明がなかった」とか、文句を言っている人もいますが、説明がなければ、求めればいいでしょうに。 つまり、質問しない人は、「知らなくてもべつにいいよー」といういい加減な人であるとか、その気が全然ないのにただ漫然と面接を受けている人であるとか、そういった印象を相手に与えてしまうでしょう。 でも、「何もかも分からないから、教えてください」という態度では、バカかと思われます。だって、求人広告にある程度の情報が出ているし、新聞や雑誌で調べれば、その業界の最近の動向が分かり、そこから類推して、そこでの仕事の輪郭も見えてきますよね。 だから、質問するときには、「私はここまで調べているので、ここまでは分かっていますが、その先は分からないので教えてください」という聞き方か、「私はこういう仕事をしたいし、将来はこういうキャリアアップをしたいのですが、御社では可能でしょうか。何かバックアップしていただける研修制度や、教育の環境があるのでしょうか。また、先輩でそういったキャリアアップの方向へ進んだ人はいますか」といった聞き方をするのがいいでしょうね。 結局、面接における質問とは、自分が調べてきたことや、想像してきたことと実態がマッチしているかどうか、あるいは欠けている情報がないかどうかを「確認する」作業なんですね。 そして、質問力とは、事前の情報収集力+自己アピール力(その前の段階として自分のキャリアを自分でプランニングし、組み立てる力)と言えると思います。 以上、某就職情報サイトの記事を書くにあたって、複数の会社の人事担当者から聞いた話をもとにまとめてみました。 忙しいので、走り書きになりました。ゴメン。あとでまた時間に余裕のあるときに推敲しつつ、掘り下げていきますね。
2003年11月27日
大学生のころ、自己流の読書ノートをつけていた。これが、私の語彙と論理的思考の源泉であり、「書く力」と「考える力」のトレーニング帳だったように思う。 ノートには2種類あった。ひとつは語彙のノート。いまは懐かしい縦書きの国語ノートを使い、上から7センチぐらいのところに定規で横棒を1本引き、その枠の中に意味の分からなかった言葉を書き、下に辞書で調べた意味を書き写す。これは高校時代からの「良き習慣」として根付いたものだった。 もう1冊は、本を読んでいるときに感動した部分、忘れたくない部分を抜き書きし、それに短い感想文を添えたもの。いつも身近に持って何度も何度も繰り返し読んだので、やがて血肉化していったんじゃないだろうか。社会評論やルポルタージュが多かった。後で卒論を書くときに大いに重宝したものだった。ちなみに卒論のタイトルは、「個人と社会」。 どちらのノートも消えないように、細字のサインペンを使って書いたものだ。 編集プロダクションの社員になってからも、しばらくこの2冊の読書ノートを肌身離さず持っていたけれど、やがて読書の時間も少なくなり、いまでは家の本棚のどこか奥深くに押し込んである。 抜き書き&感想コメントのノートのほうは、表紙が国防色って感じの地味なコクヨのルーズリーフのノートを使い、赤マジックペンで好きなロックの曲の歌詞を書いたりしていた。“Comfortably Numb”とかね。あたかも、私の宝物のありかを示す印のように(^^;) ワープロやパソコンを使うようになってから、「書き写す」という行為をほとんどしなくなった。 この「書き写す」という行為は、自分のオリジナルの文章を書くための基礎的な訓練になる。身体と頭脳を同時に使い、その過程で目の前に成果物である「文章」がどんどんたまっていく。この感じがとってもステキだ。単に読んでいるのと違って、まさに「血肉化」する感じがある。辞書を食べて覚える人がいるそうだが、まさにそんなイメージに近い。 いつもいつも書き写しているんじゃ能がないし、そんな時間もなくなるので、やがて読むだけでも「血肉化」させる技術ができてくる。「暗記」とは違う。自分の中に取り込んで、消化して、化学反応を起こさせて、栄養素だけ残すという比喩がまさにピッタリの感じ。時々未消化のものが残ったり、消化不良や便秘になることもあるけれどね。 記憶(保存)するより、消化し、そのときに得られたエネルギーでまた新たなものを再生産したほうが効率がいいし、単に本を読むだけよりもお金になるし……ということが後年分かったわけで。 まあ、そんなふうにして、私は書く技術=生活費を稼ぐ技術を身に付けてきたのでした。もちろん、これ以外にも先輩からダメ出しを食らい、何度も何度も書き直すという鍛錬も山ほど経験したけれどね。 なーんて思い出話をしたいわけじゃなくて。 前々から気になっていた『救急精神科病棟』(野村進著、講談社)を遂に読んだ。読み応えのあるルポルタージュだった。ずしりと重量級。 忘れないうちに、印象に残った箇所を「読書ノート」ふうに抜き書きしておこうと思って。>「近代>会の成立・完成、それと精神分裂病という疾患形態の成立・完成は同時であり、表裏の関係にある」(149頁)>分裂病者は、まさしく社会から死へと追いやられる人々の一群かもしれませんね。実は、『病むこと』で、なんとか死に至ることを回避しようとしている姿が分裂病なんじゃないかな。分裂病は多くの自殺者を出すけれど、自殺が分裂病からの回復過程でよく起こることは、このことを暗示しているような気がします。病いから治っていくときに、社会からの排除の力、つまり死のシグナルを再び受けやすくなるからかもしれないですね。(173頁)>現代の生命倫理学を語る上で必須の言葉は、「オートノミー」である。「自律性」という日本語があてられているこの「オートノミー」をクーゼは、「自分自身について考える能力であり、人生の自分自身による計画を設計し、修正し、追求する能力」と定義している。(194頁)>「分裂病は不治の病い」とする昔ながらの業病観は、治療の現場では確実に過去のものになろうとしている。(202頁)>強迫性障害の専門家である精神科医の成田善弘は、強迫性障害者の内的世界を、「やさしさもふれあいもない、競争と弱肉強食原理の支配する荒涼とした世界、その中の孤独で無力な自己」(『強迫症の臨床研究』)と描き出す。(209頁)>「高度経済成長政策で、一次産業から三次産業へと巨大な人口の流動があったわけだよね。それで、住んでいるところも変わった。家族のあり方も変わった。曖昧なものを曖昧なまま包み込んでくれる村の人間関係から、急に丸裸にされて、街の中で労働者として生きていかなきゃならないということになった。ようするに、個人の契約関係が強く問われる社会になってきた結果が、精神障害の増加という現実だよ」(352頁) いま、働く人たちは「高い賃金がほしければ成果を出せ」「能力を示せ」「どの職場で通用する能力を身に付けろ」というシビアな要求を突きつけられ、サバイバル競争に勝ち残るのに躍起になっている。 自立と自己責任、自己決定……なんてことを言い過ぎると、病人を増やす結果になるよなあ。 そこが実は「優秀な」キャリアカウンセラーのねらいかもしれない。病人とその手前の混乱しきった人が増えれば、商売になるものね。 カウンセリングは、ソフトな心の管理技術であると、オザケンのお母様である小沢牧子氏が批判しているのも、当たっているかもしれないね。
2003年11月26日

まだ完全に治っていないのですが、諸般の事情で朝まで仕事してしまいました。これから少し寝ます。そしてまたがんばる!幸い、日の出が遅いのでまだ暗く、寝付けそうです。ではまた。 どうにか最悪の峠を越え、風邪は快方へ向かっています。ひと安心。「よくなる」という希望が、回復の力になるのかもしれませんね。逆にいえば、「もう治らないんじゃないだろうか」という不安感や悲観は、病状を悪くこそすれ、良くはしない。今回の私の体験でいえば、喉の痛みがあまりにもひどいので、ネットで検索してみたら、「扁桃腺の腫れ」「化膿」「手術」といった恐ろしい情報に行き当たり、思い悩んで余計に具合が悪くなったものです。 しかしまあ、こんな程度でビクついているうちはまだまだ幸せで、高齢者、他に病気や障害を抱えている人、一人暮らしの人、経済的・社会的不安を抱えている人は、一度、心の中に入り込んだ悲観は、ずんずん大きくなり、病状をひどく悪化さえてしまうのではないでしょうか。 忙しい医療従事者には、とてもそんなヒマはないでしょうけれど、だからこそ、ケアワーカーやボランティアの人たちが、「恵まれない患者」の方々に対して「悲観のケア」を行う必要があるのではないかと思い至りました。しかし、「どうせ私は長くないのだから」「どうせ助からないのだから」 と、悲観する人たちに対して、どのような言葉をかければいいのでしょうか。「いまという瞬間を、もっと楽しみましょうよ」 と、言いたいところですが、悲観している人たちは、とてもそんな気持ちになれないのかもしれません。うつ病の人に対するケアも、同じような袋小路に入り込みがちですね。 音楽、小動物とのふれあい、朗読、マッサージ……そうした魂の「浄化」につながるものはどうかしら。この連休中、ひとりぼっちで寝ていたあいだ、わが愛猫「あいちゃん」が時々布団のそばにやってきて、顔を寄せてくれたのが、なんとも嬉しかったよなあ。 心を通いあわすことのできる友達や家族とのふれあいがあれば、もっと救われるでしょうけれども、そういう人たちが身近にいない場合もあるでしょう。 私もこのまま独り身で年を取ったら、最期のほうはどうなることやら。 昨夜、徹夜仕事の気分転換にネットの中をうろついていたら、こんなニュースを発見しました。長くなるけど、ちょっと引用します。 <最期はどこで?>自宅希望は2割だけ 厚労省調査「住み慣れた自宅で最期を迎えたい」と望む国民は約2割しかいないことが、厚生労働省が実施した「終末期医療に関する調査」で明らかになった。介護する家族の負担や経済的な負担を懸念しているためで、6割以上は一般の病院や老人ホームなどでの最期を希望していた。幸せな死を迎える理想の場所として自宅が挙げられることが多いが、今回の調査は理想と現実のギャップを浮かび上がらせた。 同調査は、望ましい終末期医療(ターミナルケア)のあり方を探るのが目的で、対象は全国の20歳以上の国民5000人と医師2000人、看護師、介護職員各3000人(回収率50.7%)。92、97年に次いで3回目の調査だが、今回初めて、「自分が最期まで療養したい場所」などについて尋ねた。 その結果、国民が望む最期の場所としては「病院」が38.2%で一番多く、次いで「老人ホーム」が24.8%。「自宅」は22.7%に過ぎなかった。「自分の家族が療養してほしい場所」でも、最も多かったのは「病院」の41.2%で、「自宅」は26.7%だった。 自宅以外を望む理由には「家族の看護などの負担が大きい」「緊急時に迷惑をかける」「経済的負担」「最期に痛みで苦しむかもしれないから」などが挙げられた。 一方、医師の49%、看護師の41%、介護職員の38%は「自宅」での最期を希望し、一般の国民との違いが際立った。「住み慣れた場所で最期を」「家族との時間を多く」などが主な理由だった。 この結果について、厚労省の終末期医療検討会委員の鎌田實さん(諏訪中央病院管理者)は「介護負担を懸念する国民と、病院では必ずしも幸せな最期を迎えられないことを知っている医療関係者の現実を、よく反映した調査結果だ。在宅医療の阻害要因を取り除くなど、終末期医療のあり方を国全体で考える時期に来ている」と話す。毎日新聞)http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031123-00000015-mai-soci「一般の人々」がいかに家族を気遣っているかが分かり、ちょっと胸が痛みます。介護労働は、確かに大変だと思います。介護保険制度ができたとはいえ、お金もかかるしね。よく言われるように、障害を抱えた高齢者介護の場合は、育児と違って何年かかるか先が見通せない難しさもあります。 でもね、人間らしい生き方というものを突き詰めて考えると、もっともっと介護技術のハード、ソフト、両面についての向上があってもいいんじゃないか。 戦争や軍備に費やすお金と知恵はもっと節約して、こうした「不自由さを抱えて生きる」「不安を抱えて生きる」ことを援助するテクノロジーの進化のために振り向けてほしいものです。 テクノロジーだけではもちろん、解決できない問題です。家族、介護のプロ、福祉のプロ、ボランティア、地域、友人関係等々、多くの人で負担感なくストレスなく支え合うことはできないものでしょうか。 先の調査では、医師や看護師といった、医療のプロのほうが、一般の人々よりも、病院より自宅で最期のときを迎えたいと答えた割合が多かったというのが印象的でした。 そうなんだろうなあ。 どちらが人間的かというと、やっぱりね。
2003年11月25日

早く治すには静養が一番と腹をくくって(?)、昨日は丸一日寝て過ごしました。今日は午後から仕事をしようと思いつつも、頭が重くて夕方になったいまもうつらうつら……。鎮痛剤が効きすぎのようです。 病床から、ヨイショっと起きて枕元の風景を眺めると……懐かしいやらなにやら。子どものころとあまり変わらないんだもの。 子どものころも、風邪でよく高熱を出し、学校を休んで寝込んだものでした。とはいえ、どんなに熱が高くても食欲は衰えず、元気いっぱいだったので、眠るどころではなく、枕元に本を並べてあれこれ読みふけったものでした。当時はマンガ本のほうが多かったけれどね。 というわけで、関川夏央さんの本やら、野田正彰さんの本やらをあちこちツマミ食いしながら、鎮痛剤のおかげで寝たり覚めたりの繰り返しのうち、たちまち1日半が過ぎたのでした。 お陰様で喉の痛みは大分引いてきましたが、もともと弱い鼻の粘膜が一手に風邪のダメージを引き受けて、いまは鼻づまりがひどいことになっています。あともう少し……
2003年11月24日
かなり重症です。相変わらず喉の痛みがとれず、唾液を飲み込むのも困難なほど。分かります?この辛さ。 食欲はあっても、味噌汁などの汁物しか食べられません。 鼻が詰まって苦しい……。 風呂にも入れないから、髪の毛ボサボサで、もう最悪! たかが風邪と侮れませんね。若いからまだいいものの、年取ったらもっとダメージが大きいでしょう。かかってからじゃ遅い!日ごろから抵抗力をつけ、しっかり予防しなくちゃと反省するのでした。 しかし、この喉の痛みは耐えがたい。トローチなめても効かない。毎食後の薬を飲めば多少の鎮痛効果があるのですが、意識がもうろうとしてすぐ眠りに落ちてしまって何もできない……。 グチばっかりでスミマセン。ひとりで寝ているだけなので、うっぷんが溜まってしまいました。書かねばならない原稿もあるのですが、仏さまのような編集者様におすがりして1日のばしてもらいました……ありがたや。 なんとか今日1日安静にして、復活します!
2003年11月23日
かなり重症です。喉が腫れて、唾液すら飲み込めない状態になってしまいました。食べ物も喉を通らない……。夜は2、3時間おきに、あまりの喉の痛さに目が覚めてしまいました。 お医者さんいわく、「ご飯が食べられなければ、アンパンやチョコレートでもいいから、とにかく栄養のあるものを摂って、テレビでも見ながら横になって休養することだね」 でも、先生。私は甘いものが苦手なんです。「辛いものはダメだよ。ビールやお酒もダメ。コカコーラぐらいでガマンしなさい」 えーん。 でも、酒は百薬の長と申します。なーんて勝手な判断は通らないでしょうね。 せっかくいいお天気ですが、この連休中は諦めて、せいぜい本をたくさん読みましょうか。後で感想文でもアップしますね。 タチの悪い風邪が流行っています。皆さん、どうぞお気をつけて。うがいと手洗い、洗顔をセットでするといいみたいです。
2003年11月22日
といっても、がんの激しい痛みに対して使うモルヒネなどの麻薬のお話なので、誤解のないように。昨夜、がん疼痛(=激しい痛み)の治療薬をつくっている某製薬会社が報道関係者向けに開いたセミナーに参加してきました。以下、そこで聞いてきたことをご報告しますね。 患者(patient)の語源は「耐える人」「辛抱強い人」という意味だそうですが、欧米ではいまや「苦しまない医療」「痛くない医療」が当たり前で、治療中の患者のQOL(生活の質)向上について最大限の配慮がなされています。それに比べるとわがニッポンでは……。「以前は夜中に辛さのあまり“ころしてくれー”という叫び声が病棟のあちこちで聞こえたものだけれども、最近はないからだいぶマシになったんじゃない?」と、がん治療のドクターは言っているそうですが、マシどころか、疼痛治療では先進国中最低レベルにあるのだそうです。 がん治療には熱心に取り組むけれども、痛みの緩和については、「おまけのサービス」ぐらいにしか考えていない医師が多いのが現状で、知識もなければ、やる気もないと。これじゃ、患者はたまりません。 痛いのはだれだって嫌ですよね。いまは健康でピンピンしているからといって、他人事じゃありません。 身内にがん患者がいない人はご存知ないかもしれませんが、がんの末期には激しい痛みが伴います。「痛みに苦しむがん患者の69%が自殺を考えたことがある」というほどの痛みで、「痛みを訴えるがん患者のうち20%の患者の痛みは1カ所で、80%の患者では2カ所かそれ以上。そのうち30%の患者では痛みは4カ所またはそれ以上」であるというから凄絶です。 痛みによって、動けない、食欲がない、不安やイライラに苦しめられる、眠れないといった影響が出てきて、人間らしい日常生活が破壊されてしまう。そこで、モルヒネなどの麻薬を利用した痛みの緩和が必要になってきます。 身体的な痛みばかりではありません。精神的苦痛、ひとり暮らしであるとか経済的事情があるといった問題からくる社会的苦痛、どうして私はこんな痛い思いまでして生きねばならないのかと、私の人生に何の意味があるのかと疑い出すような霊的苦痛(spiritual pain)もあいまって、がんの痛みは全人的苦痛であると言われます。 1986年にWHO方式がん疼痛治療法という世界標準が発表され、これを採り入れた先進諸国では疼痛コントロールで80%以上の成績を上げています。イギリスは100%という報告です。しかし、日本の現状ではがんセンターですら約60%、大学病院では50%未満という数字で、先進国の中では最低となっています。 なぜ、こういう「救われない」数字になっているのか。 がん患者が痛みを訴えるとき、がん疼痛治療の知識のない医師(=非常に多い)は、だいたい2とおりの対処法をとろうとするそうです。1)患者の意識がハッキリしていると痛むので、麻薬以外の薬剤を使ってもうろう状態にして痛みを感じないようにさせてしまう。2)「最後は麻薬を使うしかありませんが、そうすると、麻薬中毒になり、多くの量を使ってもだんだん効かなくなり、そのうちに意識がなくなり、結果として命を縮めてしまいます。それでも、痛みが取れるならいいですか?」と前置きして、緩和ケアに詳しい麻酔医に引き継ぐ。 後者のカッコの中に書かれていることは、全て誤解であるといいます。患者や家族はもちろん、医師などの医療従事者までもがこの誤解を持っていることが、「先進国中最低」という結果をもたらした最大の原因と言えるようです。WHO方式がん疼痛治療を正しく行えば、麻薬中毒になることもなければ、一定の使用量で痛みを抑えることができ、意識を喪うこともないと。しかし、そのことを熟知している医師があまりにも少ないのだそうです。 薬剤のプロである薬剤師や、患者のベッドサイドで常に痛みの訴えに耳を傾けている看護師のほうが、むしろがん疼痛治療についての知識や向学心がまさっているため、痛みの治療チームには薬剤師の参加が不可欠であり、彼らの薬剤に対する専門的でニュートラルな意見がぜひとも必要とのこと。医師は自分の好みや先輩からの受け売りで、薬に対する恣意的なイメージをもって対処しているという恐ろしい話も出ました。薬は薬のプロに聞けと。 しかし、「麻薬」というレッテルを貼られて行政から厳しく使用を制限されているモルヒネなどの薬剤は、管理および取り扱いが非常に煩雑であり、「金庫番」の薬剤部からも、実際に点滴や注射を行う看護師からも、抵抗を受けることが少なくないそうです。 実際に麻薬で緩和ケアを行う際は、朝と夜に何十㎎ずつというように、規則的に一定量を投与して長時間ゆっくりと痛みの緩和効果が持続することをねらいつつ、それでも起きてくる激痛を抑えるのに「レスキュー」といって、「頓服」的に使用することもあります。 夜間、痛みをこらえかねた患者さんがナースコールをして、「レスキューをください」と訴えた場合、レスキューは病棟内の鍵つきの引き出し金庫に厳重に保存され、その鍵はリーダーナースだけが所持しているため、院内放送でリーダーナースを呼び出して鍵を開けてもらわなければなりません。もしも病棟内の金庫に「レスキュー」がなかった場合は、印鑑と医師の処方箋をもって薬剤部に行き、薬剤部の金庫を開けてもらうことになります。 そうやってようやく手に入れた「レスキュー」を使うときは、看護師2人1組のペアで行うルールで、指示書と照らし合わせながら、「はい、5㎎確認しました」などと言いながら量を測って使用します。 しかし、夜勤のナースは多忙をきわめ、1人あたり30人ぐらいの患者さんを担当していますから、こういった煩雑な作業を冷静に落ち着いて行う余裕はほとんどありません。あわてて麻薬のアンプルを割ってしまうということもよくあるそうです。 万一、アンプルを破損したりは事故報告書・始末書を書かねばなりませんし、薬剤をこぼしてしまったら看護師長にすぐ報告しなければなりません。また、麻薬を準備し終えた段階で、患者さんが「もう痛みが引いたから要らない」と言ったら、使用変更届をつくって麻薬を元に戻しておかねばならないのです。 このような厳重な管理は、麻薬が病院から流出し、中毒患者や犯罪者の手に渡ることを当局が恐れているからだそうです。しかし、覚せい剤がらみの犯罪件数は増えているのに比べ、それ以外の麻薬がらみの犯罪件数は、がん疼痛治療のために麻薬の輸入量・使用量が増えているにもかかわらず、ほとんど増えていないという現実があります。それは、「管理がうまくいっているから」と当局は考えるのでしょうが、そう言い切ってしまうとき、疼痛を一刻も早く解決してほしいと願うがん患者は置き去りにされています。「当局」という書き方をしましたが、管轄省庁が一元的に行っているわけではなく、各都道府県や市町村がバラバラに対処しているのが実態で、「もっと手続きを厳重にして、麻薬を使いにくくしろ」という指導を行うところすらあるそうです。 もうひとつ、新薬の認可制度も悪影響をもたらしています。保険が適用される麻薬の種類は限られており、他の先進国に比べて少なくなっています。たとえば、「フェンタニル」という先進国では幅広く使われている薬剤はモルヒネに比べて副作用が少なく、とくに腎臓の機能障害を起こしている人は、モルヒネを多く使うと意識が落ちてしまうケースが多いのでモルヒネの代わりにフェンタニルで疼痛を和らげることが必要であるのに、日本においてはフェンタニルはゆっくり効くタイプの貼り薬しか認可されていません。レスキューとして使うにはフェンタニルの注射薬が適切なのですが、認可されていないため、もしも使った場合は「自由診療」扱いになります。 自由診療になるということはどういうことかというと、使用したフェンタニル注射薬の薬剤の代金だけが保険の適用外になるばかりでなく、入院時まで遡ってすべての医療費が保険の適用外となるため、それまでの3.3倍のお金……数百万円という膨大な金額になってしまうこともあるのです。 自由診療の「自由」には国による保険制度という管理システムに対する「オキテ破り」の懲罰として膨大な請求書が届く……という図式が見えてきてしまいますね。 ……というような実態を、病院外の人に幅広く知ってもらいたいということが今回のセミナーの趣旨で、私は忠実にそのメッセンジャーの役割を果たしているのかな?ちなみにレクチャーしてくれたのは、某大学病院で緩和ケアを実践している麻酔医と看護師でした。 ま、単なるメッセンジャーでは能がないので、そのうち、また別の病院関係者などに直接インタビューしたりして、多方面からの情報も集めつつ、某看護医療系の専門誌にレポート記事を書くつもりです。 がんで亡くなる人は3人に1人。生還した人も含めれば、日本人の2人に1人はがんにかかっているわけですから、がん疼痛治療の問題は、まさに他人事じゃないのです。 ちなみに、過去にはこんな記事も書きました。読んでみてね。
2003年11月21日
「顧客満足」が盛んに叫ばれ、大手企業のトップの年頭挨拶などには必ず登場します。いわく、「わが社は顧客満足を最優先し、お客様からこれまで以上のご支持を得るために……」 でも、本気でそう思っているのでしょうか? 企業のトップが工場や営業店などへ「わざわざ」出向いて従業員を叱咤激励することはあっても、顧客満足を獲得するための最前線とも言えるお客様相談窓口いわゆるコールセンターへ出向くトップは滅多にいない。 お客様相談窓口なんて、裏方も裏方、付け足し程度にしか思っていない大企業が多いんですね。その決定的証拠(!)がコレです。なんかヘンだと思いませんか。以下、某自動車メーカーのHPからカット&ペーストしました。社名と電話番号のみ伏字にしています。○○○自動車株式会社お客様相談センター「よくいただくお問い合わせ」にない情報の問い合わせや○○○車に対するご意見・ご要望を受け付けております。【フリーコール】××××-×××-××××受付時間:月曜~金曜(祝日・年始年末を除く)9:00~12:00、13:00~17:00 公平?を期してもう1社引用しますね。お客様相談室クルマに関するお問合せは、最寄りの△△のお店もしくは 下記フリーコールまでご連絡くださいますようお願いいたします。 フリーコール:××××‐×××‐×××月~金曜日(祝日除く)9:00~12:00、13:00~17:00 お気づきになりました? 受付時間に昼休みがすっぽり抜けていることを。そして、夕方は5時で終わり。カーユーザーからすれば、これは不便極まりないでしょう。「先日買った×ローラのことなんですけど……」だなんて、就業時間中に電話で聞きにくいじゃないですか。ねえ。 これって、お客さまより自社の都合を最優先していることの表れではないでしょうか。「ヘンだと思わないの?」 と、某コンサルタント氏がお客様相談室担当の社員に尋ねたそうです。すると、「?」。まったく反応がない。さらに待つと、「前からそうでしたから」の返答。 大きな声じゃ言えませんけどね、アイツら、何も自分のアタマじゃ考えなくなっているんです。「なぜ、そうなるんだろう?」とね。日本人は、みんなそうですよ。だれもが思考停止して現状にただ依存している。 ……ちょいと脚色しましたが、その某コンサルタント氏が取材中に明かしてくれました。 でも、ようやく変わり始めました。来年から、その自動車会社では昼休みもコールセンターを開くことにしたそうです。すると、業界大手全部横並びでそうすることになった。いやはや……ですね。 トップが本気で顧客満足を考えないから、「末端」なんていわれていますが実は「最前線」で顧客と向き合っている部門がダメになっているんですね。 私も最近、こんな体験をしました。今日みたいに寒くて雨のそぼ降る日のこと。新しくできた天然温泉へジム仲間と遊びに行くことになり、下調べのために電話をしてみたんです。「あのう、こんな雨でも露天風呂に入れますか」 すると、返ってきた答えが、「こちらではとくに規制はいたしませんので、お客様のご判断でどうぞ」「屋根はついていないんですか?」「屋根つきの部分もありますが、全てではありません」 お前ら、本気で商売しとんのか!と、怒鳴りたくなりましたね。何が「規制」じゃい!こんなふうに言われたら、せっかくの気持ちがそがれてしまいます。 まあ、ひつこい私はめげずに行きましたが。 お客っていうのは、「カモ」じゃないんです。あなたが収入を得るための「手段」じゃないんです。 心と心を通じ合わせ、お互いのためを思う気持ちで動いていくような世の中にしませんか? 蛇足ですが、経済という言葉の語源である「経世済民」の意味は、「世の中を治め、人民の苦しみを救うこと」や「世の中を平和にして、人びとを幸せにすること」なんだそうです。
2003年11月20日
本日は中身の濃い取材が2件。 六本木ヒルズにある某ベンチャー企業の社長へ、「ダイバーシティ」に関するインタビュー。同氏は福祉、とくに障害者雇用に熱心に取り組んでいらっしゃる。大学時代に留学したスウェーデンでの体験が、「原点」になったようだ。 スエウェーデンは税金が高いので有名で、年収の50%にも及ぶ。そんなに高くて不満はないのかと思うが、スウェーデンの人は、「税金は、デポジットしているんだ」 と言うそうだ。以下、同社HPにあるインタビュー記事より引用します。>デポジットというのは、自分が働いて稼いだお金を政府に預けて、それをサービスという対価でいただいているのだという認識です。日本はどうでしょう、「税金をとられている」という言い方をします。また、取った方は取った方で勝手な使い方をしているという構造があります。>スウェーデンでは、税金の使い方について国民全部が見ています。オンブズマンという市民の活動がありますが、あおの元祖もスウェーデンです。自分が預けたお金を行政がきちんと管理し、運用して、それをサービスとしていただいているということを、市民一人一人が見ているのです。>私は、まずそこに日本との大きな違いを感じます。これが「市民参加」という1つの形であり、選挙の時の投票率、平均85%という非常に高い数字が出てくるのです。日本の現状とは大違いですね。http://www.proseed.co.jp/jp/profile/press.html「人間一人一人が主人公となって生きていく」「難病と在宅ケア」vol.5 №12 なるほどね。日本人はまだまだ「お上」意識が強いし、官僚や政治家は「よらしむべし、知らしむべからず」と市民を侮っている。「悪いようにはしない。黙ってオレについて来い」とね。これほど「成功」している管理社会は、世界に例がないんじゃないかな。管理を嫌う自律的な人間には、どうにも息苦しいけれどね。 そして、もう1件は四谷で座談会の立会いと記録。後日、10頁ぐらいの特集記事にまとめる仕事でして。 がんばって稼がないと、税金も年金保険料も払えません(^^;)。宵越しの金を持たねえ江戸っ子気質の自由人は、どうにもお金が残らなくて苦労します。へい。いってきます。続きはまた夜にでも。 おまけ。銀座の老舗バー「クール」が本日をもって閉店するらしい。寂しいですね。 帰ってきました。取材の途中で咳が止まらなくなり、ヤバイと思ってジムをあきらめ、まっすぐ家に帰り、ホームドクターから薬をいただいてきたところです。 今年の風邪は、咳がひどいみたい。。皆様、ご自愛ください。今夜はもう寝ます。おやすみー。
2003年11月19日
HPのタイトルを変えました。夕刊「ほっと」です。読んでほっとする「ほっと」と、ほぼ毎日更新する「HOT」を掛けています。よろしくね。 ミニコミ誌を作りたかった学生時代を思い出し、「ひとり夕刊紙」の記者兼編集長のノリで書いていきますね。総合雑誌というと大げさですが、専門のキャリア論を看板に、料理、スローライフ、音楽、医療福祉、社会時評、書評等々を盛りだくさんに。 時には「おもしろうてやがてかなしき」世界を描きつつも、「人生、まだまだ捨てたもんじゃないよ」と、やさしく肩を叩くようなスタンスで。 いまはなき「話の特集」みたいに飄々としていて洒脱でピリ辛で、もうじき消えてしまう「噂の真相」のゲリラ性とアナーキーな精神を踏襲したい。尊敬する植草甚一さんみたいに、年を取ってもカッコよくオシャレなものをキャッチするアンテナを張っていたい。 お日様ギラギラの真昼間よりも、ものの輪郭があやしくなってくる黄昏時がいい。正面切った正論じゃなくて、オルターナティブな視点から、ちょっとズラして書いていきたいナと。オモテ情報よりも、ウラ情報。エッチな情報っていう意味じゃないけどね。ま、たまにはそれもあり?いえいえ、そっち方面は疎うございます。 ふー。昨夜というかなんというか、朝4時まで仕事していたので、さすがに疲れています。8時に起きて朝ご飯食べたものの、1時間くらい「社長椅子」で居眠りしてしまった。 キモチのいい音楽を聴きながら、お茶で心とカラダを温めて、そろそろまた仕事を始めましょうか。今日は面接ノウハウに関する記事を企業事例3社をもとに執筆します。テーマは、どこかのベストセラーじゃないけれど、「質問力」です。
2003年11月18日
「そんなの個人の自由でしょ」と、グリーン・アスな若者に言われてムカついている大人も多いことでしょう。 それだけ世の中に個人主義の考え方が浸透したというわけで。 個人主義って良い面ばかりじゃありませんよね。個人間の競争がエスカレートすれば「万人の万人に対する争い」になってしまい、相互信頼、友愛の情といったものが失われてしまう。 年功序列型賃金制度が崩壊した企業ではいま、能力主義や成果主義の導入が盛んに進んでいますが、それによって人間関係がギクシャクし、新たな問題を生み出しているという実態があります。 治安が悪くなり、万引きから性犯罪、尊属殺人に至るまで少年犯罪が増えている背景にも、個人主義のダークサイドの暴走があるのではないでしょうか。 例の万引き少年が踏み切りに逃げ込んで轢死した事件について、「いまどきのコドモは誰だって万引きぐらいする。いちいち目くじら立てるほうがおかしい」というオバちゃんのコメントがワイドショーで紹介されたのを見たとき、私は唖然としちゃいました。こういった不信感、疑心暗鬼、モラルハザードが社会のあちこちで見られるようになってしまいましたね。 家族の崩壊、地域社会の崩壊も、同じ根っこから起きている問題でしょうね。 そこで最近、「ソーシャル・キャピタル」ということが言われるようになってきました。ロバート・パットナムという人が、80年代の後半から90年代にかけて、北イタリアにおける地方自治体の研究を行ったことに始まるそうです。「その研究によると、非常にすぐれた機能的なコミュニティを生み出している住民は、第1に地域に積極的にかかわっている、第2に住民相互の信頼関係が強く築かれている、第3に社会の倫理・規律を自発的に遵守する姿勢をもっていた。そうした住民の間では、非常に強い連帯感が生まれている。パットナムはこうした人間関係や連帯感を指してソーシャル・キャピタルと呼んだ。ここでの意味は、地方自治体の機能を促進する資本という考え方である。ここから、ソーシャル・キャピタルはネットワークや信頼など、いろいろなものを含めて人々の間の協働や協力を促す社会構造であると考えたのである」(『非正社員を生かす人材マネジメント』ギャップジャパン人事部長・中島豊著、日本経団連出版) この中にある「協働」という言葉も、最近になってよく使われるようになりましたね。協働の結実が、NPOだったり、経営・労働・出資の三位一体であるワーカーズ・コレクティブで、若い人たちの人気を集めているのはご存知のとおり。 自分勝手だといわれる若者たちも、実は「つながり志向」が強く、ネットワークや自分の心地よい居場所となるコミュニティを強く希求しているのだという指摘もあります。 人間は、孤立と協調・連帯の間でいつも揺れている存在と言えるのではないでしょうか。その振り子がどちらか一方のレッドゾーンへ入ったきり動かないと問題が起きるのであって、両極端の間でうまくバランスが取れている状態が健全なのでしょうね。 自分を大切にしたいけれど、友達ともつながっていたい。その友達の向こう側に、地域、社会といった、より大きなつながりが、自分の身体の延長として自然に感じ取れるかどうかなんでしょうね。 かなり抽象的ですが、今日はそんなことを考えながら、某流通大手の企業レポートを書いたりしています。テーマは、「ダイバーシティ」ね。ダイバーがいっぱい住んでいる町じゃありませんよ。多様性を認め合い、そこから新しい価値を生み出そうというものです。 日本人は昔から同質化によって協調し、連帯するのは得意でしたが、お互いの異質な部分を認め合いつつ協調し、連帯するということは全く不慣れで、下手っぴーですよね。歴史的な流れで見れば、この下手っぴーなところを克服しないと、もう先へ進めない時代になってきているのではないでしょうか。 障害者も健常者も、老いも若きも、男も女も、ガイジンも日本人も、容姿の美しい人もそうでない人も、心の美しい人もそうでない人も、正社員もパートタイマーも、金持ちも貧乏人も、経営者も雇われ人も、異教徒も正教徒も、アラブも非アラブも、それぞれの個性を認め合って、それぞれの花を百花繚乱に咲かせることができる世の中になればいいですね。
2003年11月17日
「いまのニョーボと結婚したのは、交通事故に遭ったみたいなもの」 なーんて言う人がいるけれども、この言葉に隠されている深い意味(というほどのものでもないが)について、しみじみ考える今日このごろ。 未だに私が独身なのは、「恋愛・結婚市場」とでも言うべきものに積極的に参加しなかったからだろう。 短大・大学のサークル活動やコンパ、会社の新入社員同士あるいは数年上の先輩とのお付き合いなんていうのが、「恋愛・結婚市場」に当たるんじゃないか。 最近ではもっと参加者が低年齢化して、携帯電話やインターネットが市場を形成している。出会い系サイトなんて、モロ商業的に仕掛けられた恋愛市場だ。「スーフリ」なんかもそうね。コチラは犯罪的に仕掛けられた恋愛市場もしくは恋愛市場のカモフラージュをされたレイプ市場(!) おお、怖い、怖い。クサイものにフタをするのではなく、世の中にはこういう危なっかしい市場があちこちにあって魔の手を伸ばしており、そのリスクがわかっていないと、身も心もボロボロにされてしまうのだということを、子どもたちにきちんと教えないといけないでしょうね。 私の体験談に戻すと…… 大学時代の親友3人のうち2人は、サークルで知り合った男性と結婚しました。就職した会社では同期入社の3人の女性が全員、先輩社員とのお付き合いがあったようで、うち1人は見事にゴールインしたもの。私はなーんにも色っぽい話はなかったなあ。 なーんて書くとひがんでいるようにしか聞こえないかも(ライター志望の皆様、身辺雑記的エッセイを書く場合、こうした「自分をわらう」スタイルが一種の定番ですね)。 おっと、言いたいのは交通事故であった。 よく結婚や出会いは「運命だ」と言う人が言うけれども、交通事故のことは「運命だ」なんて言う人は滅多にいなくて、せいぜい「天罰」でしょうね。まあ、忌まわしいものですから。「この結婚は交通事故に遭ったようなものだ」と言えば相手は怒るだろうけれども、「忌まわしい」というニュアンスを取り除けば、この広い世界で本来、出会うはずのなかった二人が「運命のいたずら」で出会ったのだという、ありきたりでないドラマ性を描写する言葉とも言えるんじゃないかしらん。 それに比べると、恋愛・結婚市場は、そこにたどり着くまでのルートには本人の意志が反映されているし、ただ偶然放り込まれたにせよ、積極的参加の意志があるか否かで結果が違ってきますね。私にはそういう意志は全くなかったし、むしろ拒否のサインを発していたのだと思います。 回りくどくなりましたが、要は交通事故に遭ったみたいな体験(ケガしたり命を失うのは嫌だけれど)をしてみたいなと思う今日このごろでした。人生に二度はないかな(ナンチャッテ)。
2003年11月16日
やはり、わが家かなあ。 うっぷん晴らしには、ジムで汗を流すのが一番。でもその後に、ぷふぁーっとビールを喉に流し込む毎晩恒例の「儀式」も欠かせない。「ところで、グチを言うお相手は見つかった?」といううれしいメールが友だちから届いた。ゴメン。ジムを出るのは10時過ぎ。それからじゃ遅いね。 仕方なく、独りでサイコーの隠れ家にしけこんだ次第で。 ビールでイワシのつみれ鍋をつついた後、自室に籠もって私専用のちっちゃいワインセラーからイスラエルの赤ワインを取り出して来たところ。 開けたてはやや渋いけれど、まあ、「すぐ美味しい、すごく美味しい」の部類ですね。コストパフォーマンスのよい赤ワイン。3,000円ぐらいだったかな。こうやって食後に独りで飲むなら2日はもつな。 さてさて、何か軽い読み物でも引っ張り出して、もう少し夜更かししてから床につくことにしましょうか。 トシなのか、なんだか最近は、独りでも寂しさをあまり感じなくなりました。覚悟ができちゃったというか、生きていくだけで精一杯……なーんて書いちゃうと悲し過ぎるので、厳しすぎる現実からは時々目をそらしたほうがいいでしょうね。都合のいい記憶喪失。自覚的なまだらボケ。 まあ、いままでこうして独りでやってこれたのは、運が良かったからだろうな。実力があるから仕事をいただけたという見方もできるけれど、それはあまりにも楽天家過ぎて、受注生産のいままでのやり方には、いずれ限界が見えるはず。いや、もう既に限界が見え始めている。 企図して業を起こさねば。 起業の旬は、40代と言いますから、ちょうどいい頃合いかもしれません。といっても、これから会社を作る度量はないし、昔からの夢だったミニコミ編集長の夢を追ってみましょうか。ヘンシューチョー!いい響きだなあ。雑誌って大好き!本棚にしまわれる立派な本でなく、すぐに捨てられる運命の雑誌のほうがいい。メルマガ創刊という手もあるし、いまお付き合いのある医療関係の会社で雑誌かタブロイド版の新聞を出そうという企画もチラホラ。 私の夢は、夕刊紙なんだよなあ。1日の仕事を終え、社会的義務の時間を終え、やれやれ、これからが自分の時間だ。自分を取り戻そう!というときに、やさしく心を慰撫する読み物満載の夕刊紙。でも、ニーズはどうだろう。マーケットが熟していないだろうなあ。過去には「レディスコング」だっけ?あっという間にコケた女性専用夕刊紙の例もあった。 グルメ情報とか、映画や音楽のエンターテイメント情報だけじゃなく、しみじみ、ほのぼのさせてくれるエッセイがあり、連載小説があり、目からウロコがポロポロ落ちるような社会時評あり……。 みんな頑張ってるよなあ。私も頑張ろう。 世の中、捨てたもんじゃないなあ。私だって、まだまだできるさ。 あったかい心を持った人が大勢いるんだなあ。時には、その優しさにどっぷりつかって甘えさせてもらおう。思えば、これまでよくやってきたほうだよ。 自分ひとりじゃない。つないでくれる手はあるし、響きあう心だってあるんだ。 そんなメッセージを送れる媒体を作れたらいいなあと思うのでした。おっと、酔っ払ったかな。明日もまた取材があるので、テキトーに切り上げて寝なくちゃね。 ……なーんて書きつつ、深夜になぜか思いついて、タイのレッドカレーを作ってしまうのでした。私ってやっぱり何か作るのが大好きなんですね。明日の夕飯が楽しみだなあ♪
2003年11月15日
,今日は朝から既に5通もウイルスメールとおぼしきものが届きました。マイクロソフトの名前を騙っているのとStorage Systemという名前でした。 皆さんのところは大丈夫ですか。添付ファイルつきで怪しいと思ったら、絶対に開かないで削除してくださいね! その後も続々とウイルスメールが届き、削除に追われてとっぴんしゃ(?)抜けたーらどんどこしょ。 どうやら、digipa ユーザーに送られるメーリングリストが感染源ではないかと、ご親切に教えてくれるメールが届きました。さっそくdigipaサイトでリスト解除の手続きを取ろうとしたら……アクセスできなかった! 私は電子書籍かなんかでdigipaを一度利用したことがあるのですが、その後のメールは無視して届くや否や削除していたので、すっかり忘れていました。 digipaって、カワイ子ちゃんの写真集やアダルトものも扱っている(というかそっちがメインみたい)なので、心当たりのある殿方は、ぜひ、用心されたし! さて、本日は1日自宅缶詰執筆デーなので、一段落したら本題の日記をぼちぼち書きますね。ではまた。 ふう。疲れる日です。 不可抗力って言葉があるけれど、自分に非はないのに、周囲に振り回されてハラハラドキドキ、嫌な思いをさせられることってありますよね。 ついさっきそんなことがありまして。 誰かに愚痴をこぼしたい。泣きつきたい。くそー!バカヤロー! というわけで、こうして日記に書いています。まあ、詳細は省きますね。誰かわかってくれる人が周囲に1人でも居ればなあ。でも、言葉にするとまた引きずりそうで。 こんな日は、激しいエクセサイズで思いっきり発散させるのがよいでしょう。ある免疫学の権威によると、全ての病気の原因はストレスだそうで。 とくに、うじうじと溜め込んでしまい、悲嘆傾向の強い人はがんになりやすく、すぐカーッとなるタイプの人は心臓病が危ない。 以前の私は心臓病リスキーなタイプでしたが、カウンセリングを勉強して受容のキャパシティが広がるにつれて性格が変わりました。感受性が強過ぎるので、がんタイプにならないように気をつけなくてはね。 というわけで、パーッと気持ちの切り替えが必要な夜でした。
2003年11月14日
私が住んでいるところは、渋谷と下北沢の間に挟まれて人の流れの通過点になってしまい、商店街が閑散としている。父はふざけて「閑静な商店街」とよく言っている。うちの家業は魚屋である。老人ホーム、障害者施設、高校の調理科が常時大口の注文をしてくれるのでかろうじて成り立っているが、青息吐息の状態だ。 廃業する魚屋は多い。後継者問題が理由の第一。若い人にはもはや発展性がなく、魅力の薄い仕事だからだろう。近隣に大規模店舗ができてしまい、競争に負けてしまうという時代の流れもある。 スーパーなら品揃えが豊富、肉も野菜も日用品も一度に買い物が済む、対面販売の煩わしさがない、安売りセールなどの活気がある等々が人気の秘密だろう。 かく言う私もデパ地下やスーパーを時々利用する。レジに並んでいるとき、さりげなく前後のカゴの中身を盗み見させていただくのも楽しみのうちだ。どうも腑に落ちないというか、これでいいのだろうかと思うことがしばしばある。年配の女性ですら、いや、年配の女性のほうにむしろ多いような気がするが、肉や野菜、魚といった素材ではなく、出来合いの惣菜や、ハム・ソーセージ、レトルト食品といった、調理の手間が全く要らないかほとんどかからない食品がカゴの大半を埋めている。 料理マニアの私は、滅多に惣菜は買わない。出汁昆布、乾燥の豆、生湯葉、生麩、手羽先、牛テイル、豚の舌、ミミガーといった、完成品にするまで手間のかかる「スローな素材」が大好きだ。野菜なんてまさにその典型。皮むいて、モノによってはアクを抜くなどの下ごしらえをして、いろんな切り方の中から一番いいものを選んで実行し、火を通して、味加減をして……。 家事労働の効率化が進み、女性は時間的拘束を解かれ、自由になり、社会参加が進んだと言われる。だが、「自由な時間」が増えた分だけ、本当に幸せが増えたのだろうか。 ゆっくり時間をかけ、手間をかけ、愛情を込めて料理をつくる喜び……まあ、毎日続けばさすがにウンザリするかもしれないが、それを放棄して安易に加工食品やインスタント食品に走ることによってもたらされる弊害は大きい。 自分で選び、自分で決定し、自分でつくり、自分で紺とロースする。このプロセスを省略することは、人生を省略し、幸福も省略することにつながるような気がしてならない。 そんなに生き急いでどうするの? 日本全国、住宅街の風景が変わり映えしなくなっている。どこも同じようなコンビニ、スーパーの看板が並んでいる。商品を扱っている店員は、ズブの素人だ。いつでも誰とでも交代可能な労働力。あんまり楽しそうに働いていない。 食べ物を扱う個人商店には、緊張感とプライドと豊かな専門性があった。食中毒を起こせば廃業の危機にさらされる。多くは家族経営であるから、働くこと=生きることの切実さがにじんでいた。そして、扱う商品にかけては誰よりも詳しいというプライドがあり、上手な調理法といった付加価値情報を豊かに提供できた。 便利な生活は、誰からも諸手を挙げて歓迎される崇高な価値のように思われてきたが、本当にそうだろうか。 便利さの代わりに失ったものは大きかった。 オートメーション化が極限まで進んだ結果、工場もオフィスも、多くの労働力を必要としなくなり、職を失う人が増えた。 再就職志望の主婦は、「求人といっても、スーパーのレジ係くらいしかない」などとボヤくが、レジ係だって、POSシステムの進化によって必要最小限の人数に抑えられているのだ。つまらない単純作業に見えるかもしれないが、それは、オートメーション化によって単純作業に「進化」した姿である。 便利さを追究した結果、誰にでもでき、すぐに交代のきく不安定な単純労働と、高度な専門性が要求される専門職、一部の選ばれたエリートにのみイスが与えられる経営職の3種類だけになってしまった。 もちろん、起業という一番リスキーだけれども、一番自由な生き方の選択肢も残っているけれどね。 自由というと、すぐに「自由気まま」というイメージが思い浮かぶだろうが、自由はキビシイのである。飢える自由もあれば、飽食する自由もある。思いのままに周囲の環境と自分自身をコントロールする緻密さや技術も必要なのだ。 むしろ管理されるほうが楽チンだ。 便利と管理は似ている。 便利さを選ぶとき、そこには自分以外の人やモノ、情報に依存するリスクが含まれている。便利さを選ぶと、100%自分でコントロールできなくなる。 便利さを至上の価値観とする世の中は、適応力にすぐれ、依存を依存と思わない人を多く生み出してきた。 でも、人にはどうにも適応を拒否する生身のカラダというものがある。 適応しようとしすぎるとストレスがたまる。ストレスがたまれば病気になる。長生きできません。幸せになれません。 マイペースで、スローに生きていきたい。
2003年11月13日

以下、読売新聞「ぴーぷる」首都圏版2003年11月11日号に掲載された、私のエッセイを転載します。 夢へのヒント 現実見てこそ カフェを経営したいという女性が増えている。どんな店にしたいのかと尋ねると、帰ってくる答えは大抵同じ。「あんまり混んでいなくて、何時間でものんびりできる気持ちのいい場所がいい」 自分がお客なら、それでもよいだろう。だが、経営となると話は別。いつも閑散としているような店では経営が成り立たない。多くの客から支持され、長続きする店にするにはどうすればいいかという戦略的な発想が経営には必要だ。「夢見る夢子さんのままでは、いつまでたっても現実の仕事でやりがいを得ることはできません」という趣旨の文章をあるカフェビジネス専門学校の入学案内用に書いたところ、「女の子の夢を壊すようなことは書かないで」とボツにされてしまった。 だが、仕事の現実の厳しさ(リアリティ・ショックという)を知るのは早ければ早いほど傷が浅くて済む。後から「こんなはずじゃなかった」と悔やんでも手遅れになるかもしれない。あこがれのカフェを作ってみたものの、客が入らなくてつぶれれば、借金返済のために他の好きでもない仕事をしなければならない。 資格取得についても同じようなことが言える。「資格を取っても役に立たなかった」という声を聞くが、これってヘン。なぜ、役に立たない資格をわざわざ選び、時間とお金をムダにするのだろう。自分に役立つものを厳選し、何が何でも役に立たせようと工夫すればいい。 それとも、役に立たない資格を取らされたのは、誰かの陰謀とでも言いたいのだろうか。そのような発想をする人のことを「リスクを取らない」というのである。自分で決断したら、自分で結果に責任を持たなくて、どうする?「あなた任せの人生」で終わってしまいますよと言いたい。 周囲の雑音に負けてしまう人も多い。「資格なんて取ってもどうせムダよ」などと言われても、自分が信じる道であれば迷わず突き進めばいい。 自信が持てないなら、「これなら大丈夫」と言い切れるまで証拠集めをすればいい。資格取得のためにスクールを選ぶときには、「私のような未経験者でも資格を取れば就職できますか」「どんな就職先がありますか」などと納得がいくまで質問をぶつけてみたい。きびしい現実をしっかり見つめれば、夢を実現させるヒントがだんだんと見えてくる。
2003年11月11日
日記の予告が不正確でごめんなさい。読売新聞首都圏版「ぴーぷる」は選挙の関係で配布が火曜日になるそうです。よろしくお願いします。 雨ですね。今日はジムが月に一度の休館日なので、夜、お友だちと某温泉へ行く予定でしたが、雨じゃ露天風呂も台無しだしね。どうなるかなあ。 午前中は好きな音楽を聴きながらお部屋を掃除して、一週間の仕事の段取りをすることにしましょうか。 あとはチタンを利用した最新技術のリサーチと、アルバイトやパートといった「非正規雇用者」の活用について、某大手小売業の人事部長が書いた本を読んで、インタビュー記事の準備をする……といった仕事が残っています。テーマは「ダイバーシティ」つまり、多様性です。 多様性があるからこそ、人類はさまざまな自然環境の激変にもかかわらず、種として生き延びることができたのですが、多様性は一方で、お互いを滅ぼしかねない激しい対立を招きます。アラブ急進派対アメリカ+イスラエルの戦いのようにね。 このような対立を超えて、お互いの違いを認め合い、平和共存する道はないのか……。 プロセス指向心理学の創始者であるアーノルド・ミンデルは、あらゆるレベルの人間関係の対立や紛争を解決するために「ワールド・ワーク」を各地で実践しています。その内容について書かれた『紛争の心理学』(講談社現代新書)も読んでおいたほうがいいなあ。 というわけで、お金儲けは下手だけれども、亀の歩みでもいいから地道に勉強を続け、いい原稿を書きたいなあと思う今日このごろでした。
2003年11月10日
選挙に実は出ていました……というのは真っ赤なウソで、首都圏版の求人特集ですが、また私のエッセイが顔写真つきで出ますので、よろしければ読んでね! 写真といえば、掲示板に書込みをしていただくと、怪しく微笑むビジョ?が出てきますよん。
2003年11月08日
例によってチビ猫が枕元でドスンバタンたてる音で目覚める。6時半。松戸の女性センターでの講師の仕事があるので早起きだ。 鶏つくね入りそばがき食べて身支度……おっと、その前に昨夜書いた原稿の冒頭が気になって書きなおし。 岸本葉子さんのエッセイ『がんから始まる』(晶文社)に出ていた、「日本人の3分の1はがんで死ぬ」という部分をそのままアレンジして使ったが、「本当かなあ?」と気になり、厚生労働省のHPで人口動態統計を調べてウラをとる。 2002年の死亡者数は約98万人、そのうち悪性新生物(がん)で亡くなった人の数は約30万人。なるほど、3分の1である。 約100万人の人が、この世から出て、あの世へ旅立って行ったのか……。人生には、入り口があり、出口がある。誰にでも、出口をくぐらねばならない順番が回ってくるのだなあ。 電車の中では岩波新書『当事者主権』(中西正司、上野千鶴子共著)を読んだ。ううむと唸ってしまう。自立や自己決定権についての深い思索が展開されている。私の細い目が見開かされる感じ。>私たちは当事者を「ニーズを持った人々」と定義し、「問題をかかえた人々」とは呼ばなかった。というのも何が「問題」になるかは、社会のあり方によって変わるからである。(9ページ) この定義がすばらしい。古いカウンセリングの考え方では、不適応者を適応させることを目的としていたが、それでは、適応すべき対象に問題があった場合や対象との間でミスマッチがある場合は、適応は必ずしも本人のためにはならないのではないかと思い、私はずっと反発を感じてきた。「適応、不適応モデル」の考え方では、なにも解決しないと。 そうなのだ!「ニーズを持った人々」のニーズを明確化してお互いに確認を取った上で、そのニーズを満たせるように支援することがカウンセラーの役割だ。ニーズのないものについて教えたり、指導したり、導こうとしたり、アドバイスするのは間違いである。 しかし、人間って教えたがりなんだよなあ。 さて、本日のセミナーは10時から15時まで。午前中は、再就職志望の主婦に対するキャリアカウンセリングの際に使用する各種のチェックシート(キャリアの棚卸、ライフプラン、日常生活の点検等々)について、どのようなニーズをもった人を対象に、どのようなタイミングで行うか、使うときの注意点は何か、使う意義やねらいは何かについてディスカッションを行い、プレゼンして、成果を分かち合うというもの。 午後はキャリアカウンセリングのロールプレイを試みた。キャリアカウンセリングといっても、今回はごく初歩的なもので、同じ立場の主婦が行うピアカウンセラーとしてのそれである。①再就職したいが、自分には何が向いているか分からない人②働くことについて夫の理解が得られなくて悩んでいる人③履歴書や面接でどのように自己PRすればよいか分からない人④子どものことが心配で、働く踏ん切りがつかない人 以上の4つの事例を想定して、ロールプレイをしてもらった。 どのカウンセラーもしゃべりすぎ、教えすぎ。これではカウンセラーではなく、セールスウーマンである。 相手が何を求めているのか、まず、相手の話をじっくり聞いて、相手のニーズを明確化しましょうねと助け船を出すのだけれども、次のグループも同じ失敗を繰り返す。 人間って、教えたがりなんだなあ。 カウンセラーは沈黙を恐れちゃいけない。導くのでなく、寄り添う。教えるのではなく、ともに考え、引き出す。してあげるのではなく、本人がその気になるまで待つ。変えるのではなく、変わろうとするのを支援し、行動の障壁を取り除く手伝いをする。「でも先生、私が相談者の立場だったら、できるだけ多くのことを教わって、答えをもらいたい」という質問が出た。 相談者の立場に立って考えたところまではいいが、もう一歩だ。教えることは、結局は本人のためにはならない。本人が求めていないことを教えても、結局は役に立たない。 キャリアカウンセラーの目的は、相談に来た人が自己決定できるように支援することであって、本人に代わって決定してあげることではないのだ。 受講生自身が自己決定の意味をよく分かっていないから、こういう質問が出るのだろうなあ。 自己決定については、もうひとつ大きな問題に突き当たった。午前中に検討したチェックシートの中には、今後のライフキャリアプランについて記入させるものがある。こんな意見が出た。「5年先、10年先なんて、遠すぎてどうなるのかわからない。それよりも、1年後、2年後といった近い未来のことを考えてはどうでしょうか」 ううむ。女性からよく出る意見だ。若い女性に対してキャリアプラン研修を行うと必ず出る意見が、「女の人生なんて、誰と結婚するかでどうにでも変わってしまう。結婚する前にその後のことを考えても無意味だ」。 そんな「あなた任せ」の人生でいいのだろうか。 自己決定と自立の意味についての自覚がなければ、ライフキャリアプランを組み立てろといわれても、ピンとこないのは当たり前だろうなあ。 さてもうひとつ別の見地から吟味する必要がある。 35歳のある女性からこんなことを言われた。「専門職としての仕事もひと通り覚えたし、人生のパートナーも見つかった。やるべきオプションはみなやり終えたけれども、次の目標が見えてこないんです」 分かるなあ、その気持ち。私も9年前、自分の家を建てたときに同じような気持ちを味わった。家があれば結婚しなくても、まあ、なんとかなるだろうという安心感はあったものの、なぜか心のすき間に風が吹き込んできたのだった。 次のステージに上がる前の戸惑いというか、心の風邪みたいなものだったと、いまの私なら整理づけられるけれども、当時の私はかなり悩んだものだった。 ライフキャリアプランを立てるというのは、そのあと、どうやって生きようかという自分の意志を確認するために必要な作業だ。変わりたい、もっと成長したい、もっとよりよく生きたいという気持ちが根底にあるはずだ。 しかし、変わりたくてもどう変わればいいのかがハッキリ見えてこないということがある。それはなぜだろう。そんなときには、どのような支援が必要とされているのだろうか。『当事者主権』の続きを読みながら、この週末、じっくり考えてみたい。
2003年11月07日
モーレツな勢いで本を読んでいる今日このごろ。エッセイ集、評論集といったノンフィクションばかりで、ものごとを根源から見つめるいい機会になる。 情報ばかり吸収しても、全てが「栄養」になるとは限らない。咀嚼の仕方、味わい方に左右される。 その点、本を通じて他の人の思考様式や人生に対する態度に触れると、大いに刺激になる。情報の味わい方が変わってくる感じ。 仕事の帰り道、足が自然と本屋さんに向かい、あれもこれも抱きしめてしまった。『家計当座帳』(婦人之友社) うーん、これなら私でも続きそう。シンプルな毎日記録用家計簿。費目を自由に書き込めるのでちょうどいい。『心理学化する社会 なぜ、トラウマと癒しが求められるのか』(斎藤環著、PHP研究所) 昨今の「癒しブーム」「カウンセリング・ブーム」に対する批判の書。私もかなり批判的スタンスでこれらの現象を眺めているつもりだけど、精神科ドクター・斎藤氏はどんなふうに斬るのか興味深深。『森田療法』(岩井寛著、講談社現代新書) がんに全身を蝕まれ、死に直面した著者の「白鳥の歌」。「ではなぜ、これほど辛い思いをしても本を書くのか、と問われれば、それは“最後まで人間として意味を求めながら生きたい”からである。何もしないで、ただ苦しさと闘いながら生きていることもできる。一方、痛みや苦しさと闘いながら口述筆記をすることもできる。つまり、その両者のどちらかを選ぶことができるのは筆者自身なのであり、それを決定するのも筆者なのである」(あとがきより)。 この文章に魂を引き寄せられた。『なぜアメリカはこんなに戦争をするのか』(C・ダグラス・ラミス著、晶文社) 学生時代から大好きだったラミスさんのご本は、絶対に読むつもりだったので。この方も、ラディカルな意志のスタイルを持った方で尊敬しています。『おいしいフランス 極上の素材を訪ねる』(相原由美子著、岩波アクティブ新書) 登場する素材は、アスパラガス、モリーユ、ロックフォール、テリーヌ(パテ状のテリーヌじゃなくて、南仏の珍味貝)、オマール、ベロンのかき……。うー、垂涎モノ。グルメ本に目のない私は、思わず手が伸びるのでした。『無痛文明論』(森岡正博著、トランスビュー) これも前から買おうと思っていた一冊。それにしても重い。全451ページ3,800円也。『夢さがしエトセトラ ひと足先に道を選んだ30人からのメッセージ』(菅原亜樹子、真船貴代子共著、紀伊国屋書店) 40代の主婦2人た各界のスペシャリスト30人に、仕事に就くまでのプロセスや仕事の内容、やりがいについて聞いて書いたインタビュー集。子どもに「なぜ、働くの?」と尋ねられて答えられなかった体験が執筆の動機だとか。『免疫革命』(安保徹著、講談社インターナショナル) 免疫学の世界的権威の最新著作。「現代医学はなぜ病気を治せないのか」「病気のほんとうの原因」「もうガンも怖くない」「薬に頼らずアトピーを治す」等々のチャレンジングな見出しに吸い寄せられた。いかにも売れセンを狙ったつくりだけれども、乗せられてみようかな、と。 さて、どれから読もうかな。その前に、昨日買った岩波新書の2冊も片付けなくちゃね。
2003年11月06日
朝のワイドショーで年金問題について取り上げていました。女性にインタビューした結果……大半の女性が「将来、自分が年金を受け取れるか不安に思っている」とのこと。私は、なんだかヘンだなあと感ずるのです。私が街頭インタビューされたら、こう答えますね。1)私はしっかり毎月の口座引き落としで年金保険料を支払っているのに、支払っていない人が30%以上いるというのが腹立たしい。この不公正が是正されないことについて、不安を感じます。だいたい、年金保険料っていうのは、将来受け取るために払うというよりも、いまのお年寄りを支えるために払うものでしょう。それが回りまわっていずれは自分の番が来ると。「してもらう」ことばかり考えて、「してあげる」ことを考えない日本人が増えているのが不安でたまりません。2)第3号被保険者制度というのは、もはや時代にそぐわないと思います。こんな制度を残しておいたら、年金の公正な支給がなされないのではないかと不安でたまりません。企業は配偶者手当を廃止し、国は配偶者控除をなくし、一見「保護」の心地よさを伴ってみえる「差別」の膜をはがし、正規雇用(正社員)と非正規雇用(パートタイマーその他)の差別をなくし、中断再就職の主婦にはその能力を最大限に生かしてやりがいのある仕事ができるチャンスを与え、「稼いで社会参加して自己実現を図る」機会の平等化を図ると同時に、「納税および相互扶助の義務を果たす」ことの平等化も図ってほしいものです。3)年金保険料を将来、受け取れないのではないかというバクゼンとした不安はありません。私の不安は1)2)のように明確なものです。年金制度を破綻させるような輩には政権を任せられない。だから私は常に自分なりにいまの政治をウオッチングし、支持できない政党・個人には絶対に投票しないし、絶対に棄権もしない。微力ではあっても、自分の意見や姿勢を表明するために、必ず投票します。「自分は年金を受け取れないんじゃないかしら」と不安に思って保険料を払わなかったり、参政権を行使しない日本人が増えていることに不安を感じます。 というわけで、酔って年金の話をすると、どうにも説教くさくなり、嫌われるんだよなー。でもさー、テレビは絶対に「この番組を見ているあなた自身が悪いのです。自分の胸に聞いてみなさい」とは言わなくて、政府や正体不明な「私たちの社会」「私たちの時代」に責任があるとか言う。でも、「私たち」っていうのは、ハッキリ言えば、「私とアナタ」なんだよねー。「私たち」と言った瞬間、「この番組を見ている自分は免罪され、その他大勢の“まだ問題意識を持っていない人たち”に責任があるのだ」というように思考停止しているような気がしてなりませんね。 それはともかく、今日の日記でいちばん書きたかったのは、経済協力開発機構(OECD)の提言です。以下、毎日新聞の記事およびOECD東京センターのHPからのクリッピングです。<OECD>女性の再就職に不利 日本に支援強化促す【パリ福島良典】経済協力開発機構(OECD、本部・パリ)は4日、「働く女性が男性と同じ割合になれば日本の労働力不足は起こらない」として、日本の政府・企業に対して働く女性への支援強化を促す報告書を発表した。 報告書の題は「赤ちゃんと上司―オーストリア、アイルランド、日本における仕事と家庭の両立」。3国の税制、社会保障、雇用政策が労働と家庭生活にどのような影響を及ぼしているかをOECDが調査し、まとめた。 報告書は日本の働く女性のうち70%が出産を機に退職し、子どもが成長した後に再就職しても低賃金で不安定な「自分の能力以下」の仕事に就く場合が多いと指摘。大卒男性の95%が仕事をしているのに対して、大卒女性では65%であることから「その差は人的資産の浪費」と結論づけている。 女性が再就職に不利な就労条件を強いられている遠因として、報告書は日本の健康保険や年金の制度、夫の子育て不参加などを挙げ(1)健保・年金面での正社員とパート労働者の処遇平等(2)男女平等の強化と女性の再就職の障害除去(3)仕事と家庭の両立が可能な職場環境の整備――などを勧告している。(毎日新聞) [11月4日20時58分更新]家庭にやさしい政策に関するレポート、発表日本の将来の労働力不足を回避するには、働く母親への一層の支援が必要 仕事と家庭政策のバランスに関するOECDの新報告書「Babies and Bosses: reconciling work and family life in Austria, Ireland and Japan」によると、日本で今後生じると見られている労働力不足を回避するには、男性の労働者数と同数の女性が労働市場に参加することが必要です。しかし、現行の国の政策や雇用慣行の一部には、女性が出産後に働くことを妨げているものもあります。女性を労働市場に呼び戻すのに必要なフレックスタイム制度、魅力的な仕事、適正な賃金、キャリア・アップの見通しを提供できるよう、労働市場は変革が求められています。 上記は本書の結論の一部です。本書は、オーストラリア、アイルランド、日本において税制、社会給付、育児及び雇用政策が子供を持つ人の仕事や家庭の形成にどのような影響を与えているかを検証するものです。 今日、日本女性の約70%は出産後離職しています。子供の成長後に再び職に就いても、それは多くの場合低賃金で不安定な仕事です。企業が提供する配偶者手当と同様、国の保険・年金制度は、女性が一定の金額以上稼ぐことを妨げています。その結果、再就職した母親はその能力を下回る職に就くことが多くなっています。高学歴の日本女性でさえ、キャリアと母親業を両立させるのは困難です。大卒男性の95%が職を得ているのに対し、大卒女性の場合その割合は65%です。この大きなギャップは人的資本への投資が無駄になっていることを示しています。 日本の父親は週60時間以上働くことが多く、育児休暇をとることや有給休暇を消化することは殆どありません。これは二つの作用をもたらします。父親は子供の世話を直接することは殆ど無く、母親に育児を任せきりになります。第二に、母親は育児をしながらそれと同じレベルのコミットメントを仕事に向けることが不可能になります。このため、母親は雇用主に父親ほど仕事への責任感が強くないと見なされ、職場からはじき出されています。 日本政府は、夫婦が希望する数の子供を持てるようにするためには新しい政策が必要であることを認識しています。同様に、職場や社会は、家族のために時間を割くとキャリアに支障が出るという男性間に根強い考えを変える必要があります。企業は、企業のニーズにあわせたフレックスタイム制といった家庭にやさしい就労慣行を特定するために「職業家庭両立推進者」を選任し始めています。しかし、結局のところ、女性が日本の労働市場で公平な待遇を受ける以前に、給与に能力が明確にリンクされるよう、日本企業の年功序列賃金制度を改革する必要があります。 日本における仕事と家庭生活とのバランスを改善するために、本書は以下の政策提言を行っています。・正規雇用の労働者と同じ保険年金制度を非正規労働者にも拡大して、両者の格差を是正する。 ・男女間の平等と同一労働同一賃金に関する法律を、一層積極的に施行する。 ・(正規雇用であるかどうかに関係なく)全労働者の賃金や昇進の決定において業績評価の割合を高めることによって、「出産後仕事に復帰する女性」の復帰に際しての障害を少なくする。 ・母親の労働市場復帰に対して、もう1つ障害となっているのは、求人における年齢制限である。そのような制限を設けることに対する姿勢の変化が求められる。 ・保険年金制度の規定が、配偶者が仕事をする意欲を金銭的理由で削ぐようなことになってはならない。配偶者が仕事をすることで金銭的に不利になるような状況を改善する策を考慮すべきである。 ・使用者や労働組合に対し、使用者が提供している配偶者手当制度の改革を働きかける。 ・使用者や労働組合に対し、就業時間を労働者の家庭の状況に合わせやすいようにするなど、家庭にやさしい職場の確立を働きかける。また、政府も、家庭にやさしい措置が職場に定着するよう、職場での「職業家庭両立推進者」という役割を積極的に広めるべきである。職場における家庭にやさしい措置の実践を推進するには、「育児・介護休業法」にあるように、時間外労働の制限や柔軟な労働時間規定の適用を厳しく順守させることが必要である。・保育政策は、児童の福祉を重視して、質の高い保育施設を十分に供給することを目的としている。公的資源を効率よく活用し、また、親たちの間の公平化を図ることによって、この目的は達成できる。最近では、認可を受けた民間のサービス提供者の市場参入を許可し、親には選択の幅を広げ、無認可の施設には質の改善を指導するなど、市場志向のアプローチを取る改革が進められているが、これは更に拡充されるべきである。効率化の方法の1つとしては、質の高い認可施設を利用する場合に限り、親に育児手当を支給するという方法も考えられる。~引用はここまで~ この提言は、専業主婦志向の女性には「やさしい」とばかりは言えない内容ではないかと思います。自由と平等には「痛み」を伴う責任もあるということでしょうね。
2003年11月05日

みなさまは、どのように三連休を過ごされたでしょうか。私は運動しては酒を飲み、友と語らい……の繰り返しで。とても幸せでした。昨夜は自由が丘の酒場で知り合ったバンド仲間のライヴで、ノリノリ~♪だったし。 これから、がんの早期発見早期治療に役立つPET(陽電子放出断層撮像装置)についてのエッセイを書かねばならないのですが、連休ボケした脳味噌がどうにも資料を受け付けなくて……。 新陳代謝をよくするために、まずは運動してからと思い、いま、ジムから帰ってきたところです。お昼ごはんを食べながら読んだ本が、『スロー・イズ・ビューティフル』(辻 信一著、平凡社)。 最近、私が悩んでいたことについてのヒントや答えを見出したような思いがしました。 辻氏は、私たちの社会が「準備社会」であるとの説を紹介します。いい学校に入るため、いい会社に入るため、いい家庭を築くためというように、私たちの人生は、常に勝ち組としての未来を獲得するための準備に追われています。>社会はこれまで子どもたちに目標を押しつけて、そのために今を犠牲にすることを強いてきた。そのことが多くの不幸せな若者たちをつくり出したのだと、ぼくには思えるのだが。(前掲書27ページ) 私たちの時代は、崇高な目標を掲げ、その達成のために日々の努力を怠らない生き方が素晴らしいという価値観に支配されています。でも、目標って、そんなに大切なことかしら。先の目標ばかりを見て、足元がおぼつかなくなっているんじゃないだろうか。将来の幸福のために、今を犠牲にしているのではないだろうか。そんな生き方で、本当にいいのだろうかと辻氏は問いかけています。>我々の時代は、人々が必死に生きがいを求め、存在理由を探し、役割を模索し、それが思うようにうまくいかない時には生きる気力を失ってしまうという時代だ。では、以前はどこが違っていたのか。「生きる」のに理由など要らなかった。「生きる」といういことに過不足はなかったのだ。そう感じられたのはなぜだろう。多分、いのちというものが、自分にはおさまりきらない、自分を越えた、自分以上の存在だと感じていたからではないか。そこでは現代の我々が思うようにいのちは自分の所有物ではない。それは神秘であり、奇蹟。それは聖なるものと感受されていたのではないか。「今」はいのちの表現であり、「答え」。その「今」を、その「答え」を人間はひたすら生きてきた。(前掲書31ページ) もっとスロー・ダウンして生きようよ。いまのプロセスを楽しもうよ。そんなメッセージを私はしっかりと胸に刻むのでした。 日々の忙しさにかまけていると、どうも大切なものを見落としがちです。 私は、「根源的」という言葉が大好きで、この言葉を使う人には親近感を覚え、「同志だなあ」と勝手に決め付けたりしています。英語で言えば、「ラディカル」ね。「過激」という訳も当てられますが、語源はラテン語のradix(根、大根の一種、底部・山麓、発端・起源)ですね。 ものごとの根源をしっかりと見つめるまなざしを持って、スローに着実に一歩ずつ踏みしめて生きていこうと思うのでした。 というわけで、PETに関するお仕事は、①がんとは何か、②人はなぜがんになるのか、③なぜ、早期発見早期治療が有効なのか……といった根源的な問いから始めてみようと思い、拙宅の本棚からある医師のがん闘病記(『わたし、ガンです―ある精神科医の耐病記』頼藤和寛著)を引っ張り出してみたところです。 頼藤氏の本を読了。一気に読んでしまった。本に呼ばれ、招じ入れられたという感じで。恐ろしいことに、本は「呼ぶ」のである。 著者ががんらしき自覚症状をおぼえ、しかし、日々の忙しさに紛れ、また、現実を楽観視したい気持ちが手伝って、検査を先延ばしする心理は、とても医者のものとは思えないぐらい素人の一般人と同じであるのに驚かされた。 最悪の検査結果が出て、手術、そして再発の可能性がかなり高いという現実を直視し、「自分の死因がわかってしまった男は、それまでのようには生きられない。また、それまでのように生きる必要もなくなった」と見定めてから筆を置くまでの日々……。 初版第1刷発行日は、2001年4月20日とある。一方、裏表紙にある著者プロフィールによると、2001年4月8日逝去。間に合わなかったらしい。 6章だての構成のうち、5章までが時系列のレポートであり、体験した事実を通じてぶちまけるホンネがすごい。歯に衣着せぬ鋭さ……というか、口の悪さには苦笑させられるほどだ。また、自然科学に携わる者ならではの非情なまでのクールさに舌を巻く。まさに紙の裏まで見えてしまう視線の鋭さ。 著者の俎上に載せられたテーマは、「病院は医者のためにある、手術は必要悪、インフォームド・コンセントの功罪、民間療法や健康法の意味」等々。 そして最終章に描かれた「近づく死を覚悟したときの精神世界」が凄まじい。凄みがある。 とくに心を打たれた部分をいくつか書いてみると……>無駄を覚悟でもなお将来を目指し、さりとて現在を犠牲にするでもない営みこそが、最後までわれわれに残される最良の選択肢なのだ。(176ページ) 最後まで夢や希望を捨てずに、しかし、夢ばかりを追って現在を犠牲にすることなく……昼間、思索したスローライフにつながった!>だいたいわれわれは、幼少時より日常茶飯のことを自動的に処理して効率よく生きていくように発達してきた。「自動的に処理して効率よく生き」ることと、一刻一刻を大切に味わい尽くして生きることとは両立しない。(中略)だから、「あと一ト月は生きるだろう」ぐらいにせっぱつまった感覚を保つことで、なんとか一日一日を濃縮するしかない(186ページ)。 死を目前にしてはじめて、私たちは一刻一刻を大切に生きることがようやくできるようになるのだろうか。>気になるのは、なにかの練習に通ったり学習塾に向かったりしている子どもたちである。彼らは未来のために現在の辛苦を感受してるのだろうか。それとも、練習や勉強は彼らにとってさしたる苦労ではないのか。わたしにもかつて、彼らのように修業時代があった。あの日々は今日のわたしや明日の死を準備するためにあったのか。それとも、あの日々は将来のためなどではなく、その一日一日のためにあったのだろうか。(186ページ) 準備に追われた生き方に対する悔悟か。>「なにもない」過去の百億年と「なにもない」未来の百億年に挟まれた一瞬がわれわれの生涯なのであって、これなら子ども時代に死のうがギネスに載るほど長生きしようが五十歩百歩で大した違いはないことになる。ふたつの「なにもない」永遠に挟まれた「なにか」の一瞬という意味では誰しも似たような境涯である。(193ページ) 私たちは生まれてからものごころがつく以前の百億年の記憶は全くないし、死後の百億年の記憶を持つこともできない。その間に挟まれた人生は、まったく一瞬のようなものだ。>百億年のスケールから見れば「どれだけ生きたか」はたいした問題ではなく、「どう生きたか」がいくぶん問題なだけである。(同上)「いくぶん」という表現の仕方が私の心に刺さる。 早期発見、早期治療については、この二つがイコールでつながるがんもあれば、イコールでつながらない、1㎜の小ささでも転移する(そのサイズは現代の技術では発見不能)悪性の攻撃的ながんもあるとのことだった。 うーむ。PETは5㎜サイズ以上のがんでないと発見できないのだった。
2003年11月04日
若いころは、居酒屋の常連なんて、キモチ悪い世界だなあと思っていた。ベタベタした人間関係が不潔というか不純というか。「やあ、いらっしゃい!」 あんな笑顔で迎えられたら、ああ、来てよかった。ここに私の居場所がある。また来ようという気持ちになっちゃうじゃない。 いまは素直に店の常連というあたたかい場所に身を落ち着けられるようになった。 迎えてくれたお父さんは、飲み物とらっきょのようにすぐに出せる料理が専門。皮肉っぽいしゃべりが、なんともいえない、いい味を出しているんだなあ。 火の前でせっせと働いているのは、お母さん。彼女が一番の働き者で、全てを包み込んでしまうような笑顔がいい。 まるでコピーしたみたいにそっくりな息子さんは、イタリアンで修行したとのこと。刺身やマリネなどの生ものといった包丁仕事を両親の真ん中で担当している。 恐ろしくメニューが豊富。魚料理が「看板」で、奥様のルーツである静岡直送のネタを中心に、刺身、焼き物、揚げ物、煮物、干物の全てがそれぞれ5種類の中から選べる。 初めて聞くような名前の魚が出ることも。「へえー、これはどんな魚なの?」とたずねると、釣り好きのお父さんがニコニコしながら魚図鑑を見せて解説してくれるんだ。店で扱ったことのある魚には、マークが付けてあるのがカワイイ。 セリのおひたし、いんげんの胡麻和えといった、野菜のお惣菜も豊富。いかにも家庭料理の和みはあるが、しっかりとしたプロの輪郭がついている味だ。 肉は、砂肝や手羽先の塩焼きといった、思わず「ムヒヒ」と微笑んでしまう、酒飲み殺しのメニューが並ぶ。牛肉のしぐれ煮が絶品! 和風濃度の高い店なのだが、パスタも10種類ぐらいある。塩味さっぱり系のパスタが好きな私は、涙が出るくらいうれしい。昨夜はまいたけとベーコンのパスタを注文した。まいたけの香りが素晴らしい!この前食べた、ソーセージとルコラのパスタも、ソーセージのハーブが効いていて、うっとりさせられた。 ご飯ものや汁ものも数種類ある。カレーライスやフライ定食もあり、定食屋的な楽しみ方だってできるのだ。 数えたことはないけど、メニューの数は百種類近いのでは?と思わせる。まあ、50か60ぐらいだろうけど。それにしてもすごいでしょう。で、品書きは一品ずつ「経木」に太マジックで書いてある。いいなあ、このセンス。 誰も「やらされ感」を持っていない家族経営だからこそ、こんな仕事ができるんだろう。全員が仕事を楽しんでいる様子が肌に伝わってくる感じ。 料理が美味しすぎるので、つい、酒を飲み過ぎてしまうじゃないか。昨夜は生ビール1、デキャンタの白ワイン1、日本酒1合で抑えたけれど、前はデキャンタ赤白だから1人で1リットルも飲んでしまった。ふー。 昨夜の鰯のマリネ、絶品だったなあ。白ワインでは生臭さを洗いきれず、つい日本酒を頼んでしまって……こんな調子だから、食べるごとに飲み、飲むほどに食べ……。 他の常連さんとの出会いもステキ。某酒造メーカーで管理職をされている50デコボコとおぼしきキャリアウーマンがとってもカッコいいの。昨夜は、「私は1人で1本飲みきれないから」と赤ワインをグラス2杯ご馳走になってしまった。こんど、じっくりお話しをしてみたい。あんな先輩が身近にいたら、私の人生の土台ももう少し揺れなくなるんじゃないかなあと思えたりする。
2003年11月03日
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