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2018年06月15日

『物語を忘れた外国語』後2(六月十四日)









 それはともかく、星新一のチェコ語訳の短編集が出ているのは知っていた。知ってはいたが、わざわざチェコ語で日本の作品を読むのもなあと手を出しかねていたのである。でも星新一のショートショートなら、ちょっとした新聞雑誌の記事と大差のない長さで、一篇ごとに読んでいけば、通読できるかもしれない。夏休みにちょっと試してみようかな。
 星新一と言えば、ショートショートしか書いていないイメージがあるが、父親の星製薬の創業者星一の人生を描いた『人民は弱し官吏は強し』も感動的だった。日本の官僚と政治家の腐り具合というのは、今も昔も大差ないのである。共産党の時代から官僚の横暴に悩まされ続けているチェコ人には受けるかもしれない。自分がチェコ語に訳せる自信も、チェコ語訳を読めるという自信もないので、手は出さないけど。



 第四章は大谷崎の『細雪』である。チェコ語で『セストリ・マキヨコビ』という翻訳の題名を聞いてもどの本なのかわからなかった。発音上の要請なのだろうけど、日本語の「マキオカ」が「マキヨコ」になるのがよくわからなかったし、最初聞いたときは女性の名前かと思ったぐらいである。
 この章で、師は『細雪』の中にウクライナを発見する。こういう本の読みかた大好きである。チェコ語を勉強し始めて以来、何でもかんでもチェコに結びつけてしまうのだけど、こんなことをやっているのが自分だけではないことを知って嬉しく思ってしまう。独立前のチェコ、ボヘミアやモラビアの痕跡を探して、青空文庫の古い小説を読んでみようかしらん。ヨーロッパに留学した鴎外や漱石の作品に出ているかもしれない。

 それから、三島由紀夫を読んで、日本語がまだまだとのたまうロシアの人と、三島の日本語は美しいという大学生が登場する。前者はチャペクが読めなければチェコ語ができるとは言えないと言っているようなものだろうか。いやフラバルのほうがいいだろうか。チャペクはチェコ語の教科書で意味不明のエッセイを読まされて以来、手を付けていないし、フラバルに至ってはチェコ語の師匠に脅されたので、本は読まずに専らフラバル原作の映画を楽しむにとどめている。
 三島の日本語が美しいというのはどうなのだろう。心情左翼だった我が読書における純文学の時代には、忌避すべき存在として読むのを避けていたのだけど、心情左翼の呪縛を逃れてから、何作か読んだ。『潮騒』とか『豊饒の海』とか、過去の名作に想を得て現代の物語を作り出した奴は、結構好きだったなあ。発想のもとになった作品があるだなんて、言われなきゃ気づかなかったし、そういう作品があるといわれれば、読みたくなるのが活字中毒人間の性というものである。かくして読書の幅が広がっていく。日本語については、読みやすい文章であったとは思うけれども、美しかったかどうかは何ともいえない。そもそも、自分に、好き嫌いならともかく、日本語の美醜を評価できるのかというのも怪しいのだけどさ。
 以前、知り合いのチェコ人が三島の短編を訳していたときに、会話の発話者がわからないといって相談されたことがある。その場面には登場人物が数人いて、三つ、四つ、誰が言ったという説明もなしに鉤括弧に入った会話文が並んでいた。日本語の小説ではいちいち誰の発言かを書く必要がないのは素晴らしいのだけど、ときどき、作家によってはひんぱんに、よく考えないと、場合によってはよく考えても、誰の発言かわからないことがある。翻訳者泣かせと言ってもいいのかな。

 この本についての話はもう少し続きそうである。本について書かれているから、どうしても書きたいことが出てきてしまうのである。

2018年6月14日23時50分。













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