全20件 (20件中 1-20件目)
1
昨日の参院選は、予想通り自民党の大敗北に終わった。それもこれも、ここしばらくくすぶり続けていた、安倍政権に対する不満が一気に噴出した結果だということは、言うまでもないことだ。確かに選挙というものは、我々有権者が国政に参加できる数少ない機会だから、現政権に不満があれば、投票行動を以ってその意思を示すのは当然の行為だ。ただ候補者単位で見てみると、今回自民党から立候補した人はタイミングが悪かった。特に比例区ではなく選挙区においては、その人には充分な力量がありながらも、ただ自民党から出馬したというだけで、折からの逆風にさらされて、自分より力量の劣るかもしれない他党の候補に負けてしまう、そんな現象がきっとあちこちで見られたと思う。例えばもしこの舞台が別の年の参院選なら、結果はまったく違ったものになっていたかもしれない。こういった状況を、ただ「タイミングが悪かった」というひと言で片付けてしまっていいものだろうか?参議院の本来の姿から考えると、その構成が政党の盛衰に直結するというのは、ある意味仕方のないことではあっても、必ずしも好ましいことではないかもしれない。何のために参議院の任期が衆議院に比して長いか、何のために参議院に解散が認められてないか、それもこれも衆議院で議決された法案を、独自の視点でより綿密に審議するためではないか。そしてそういう任務を遂行するに値する人材が、参議院には必要なのだ。しかし現状の参議院には、擁立する側にも選ぶ側にも、お互いにそういう視点が欠けている。まあもっとも、これを言い出したら、比例代表制を導入して政党で選ばせる、という選挙制度自体が、間違いの根源だろうが。以上に書いたことはもちろん「理想論」であり、かつ「タテマエ論」であって、現実からはかなり遊離した話であることは、重々承知している。現状の政治に不満があれば、参院選であれ衆院選であれ、あるいは地方選挙や何かの補選であれ、とりあえず一番手近な選挙にその不満をぶつけるしかないのだ。しかしそんな投票行動が、本来選ばれて然るべき人の政治活動の芽を摘んでしまう、そういう可能性もゼロではないだろう。やっぱり現政権に不満があれば、あくまでも衆院選にぶつけたい。そういう風にうまく設えられるようなシステムは、出来ないものだろうか?そして参院選は、その時々の世相とは一線を画した立場で、じっくり腰を落ち着けて選ばれるべきだろう。参議院議員はその時々の「勢い」で、その趨勢が決まってしまっては良くない。古くは土井たか子さんの「山が動いた」の名言で知られる、1989年の社会党の「マドンナ旋風」。あの時当選した議員の多くが、次の改選時には落選の憂き目に会って、今思えば「何だったんだ、あれ?」と思わざるを得ない。参議院がいつまで経っても、「衆議院のカーボンコピー」であっていいはずはないのだ。
2007年07月30日
コメント(4)
先日来の腰痛だが、とりあえず一昨日の金曜日は出来る限り静養に努めた。現在昼間の数時間だけ来てもらっている配達のアルバイト君に無理を言ってフルタイムで出てもらい、店番の方は妻と両親が交代で補ってくれ、私は最後の2時間だけ店に出たのだが、ただ2時間だけでも非常に辛いものがあった。ともあれそうやって周りの協力で何とかしのげたことは有り難いことだ。本当に感謝、である。昨日の土曜日になると幾分ラクになり、店番はちょっと控えめにさせてもらったものの、配達はほぼ通常通りこなすことが出来た。配達の合間に時間が出来ると、チョコチョコと自宅に戻って腰を休めることが出来たのも大きい。今日になるとほとんど痛みらしい痛みは感じなくはなってきたが、とにかく静養に努めることにした。なんてったって無理は禁物だ。実は今日の日曜日は、以前から子供たちを海水浴に連れて行く約束になっていたのだが、私がこんな状態ではとてもじゃないが行くことは出来ず、せっかくの絶好の晴天の下、日がな1日家の中で過ごす羽目になってしまった(外に出たのは選挙だけだ)。家族全員の予定を勘案しても、海水浴に行くには今日だけしかチャンスは無かったのに.........子供たちには本当に悪いことをしてしまった。
2007年07月29日
コメント(4)
先日の日記に、ちょっと腰に違和感を感じているということを書いたが、昨日あたりから私の腰が悲鳴を上げ始めた。座っていても寝ていても、服を着替えるときもお辞儀をするときでさえも、腰に痛みがビンビンと響いてくるのだ。いつもは店番の時間も、何やかやとやるべきことがいろいろとあるものだが、昨日はすっかり仕事の意欲が失せてしまって、何にもする気にならなかった。もうお客さん来なくていいから、早く閉店時間になって欲しい、空ろなアタマで座りながら、真剣にそう思った。今日も朝から絶不調。しかしこんなときでも休むわけにはいかないし、しかもタイミングの悪いことに、こういう日に限ってビールその他で合計60ケースほどのまとまった配達がある。その配達をもう必至の形相で何とかこなし、午後になってから、先日の日記のコメントでyana1951さんに教えていただいた接骨院へ行ってきた。診ていただいた先生もビックリするほど、私の背中から腰にかけての筋肉は硬くなってしまっているようで、これがどうも原因らしい。それがなにかの拍子に表面化したのだろう。とにかく長い時間をかけて全身の筋肉をほぐしていかなければいけないとのことだが、「あなたの場合だと半年やそこいらではちょっと無理ですね~」だって。確かに私は自他共に認める「硬いカラダ」の持ち主だ。しかし別に自慢するわけではないが、それでも今まで何の不自由なく生活できていたし、傍目からは一見キツそうに見えるこの仕事も、何の問題も無くこなしてきた。ただそのツケがここへ来て一気に出た格好だ。これからは心を入れ替えて、カラダの手入れを念入りにしよう。昨日のように、仕事に対するモチベーションがガクンと低下する様を体感すると、健康に仕事ができるということがなんと幸せなことか、ということを否が応にも痛感するのだ。
2007年07月26日
コメント(4)
我が家のかかりつけの歯科医、ここは現在、親子2代で診療している。私が幼い頃からお世話になっている、通称「おじいさん先生」、そしてその息子さんで、歳は私より少々若いくらいの、通称「若先生」の2人だ。この2人はお互いに時間をずらして担当しているのだが、世間の評判を聞くところによると、どうも「若先生」の評判があまりよろしくないようなのだ。事実私の両親なども、わざわざ「おじいさん先生」の方を選んで通っている。まあ世代交代期には、何処ででもよくあることかもしれないし、ある程度はしょうがないことだろう。私の親にそのあたりのことを訊いてみると、「おじいさん先生」は「どこそこがちょっと虫歯になってたから、直しといたよー」と、ある意味「おまかせ状態」。ところが「若先生」の方は、「どこそこがこんな感じになってますが、今こういう治療をするととりあえず痛みは引きますが、長い目で見たらこれこれこういった処置をしておいたほうが.......で、どういたしましょう?」という具合。言ってみれば「若先生」としては「インフォームド・コンセント(説明責任)」に徹しているわけだが、それが私の親をはじめ、古くからの患者にとってはもどかしくてたまらないらしい。しかしそれこそ生命を左右しかねないような手術だったら、「インフォームド・コンセント」も必要不可欠のモノとして考えられるが、ただちょっと歯が痛いくらいのことなら、適当にやっといてもいいのかもしれない。ただ私は、この「若先生」の立場がよく解かる。この先生もマジメな感じの先生だから、おそらくは大学の歯学部あたりで、「これからの歯科医はこうあるべき」というような基本理念を叩き込まれて、それに沿った形で、如何に患者の要望に応えられるか、ということを真摯に考えた上で決めた治療方針なんだと思う。ある意味“アバウト”な父親に対する「アンチテーゼ」といったものもあるのかもしれない。とにかく彼は彼なりに、必死になって患者に対して向き合おうとしているに違いないが、今の状態はそれが空回りしている状態ともいえるだろう。しかし似たようなことは、私にも思い当たるところがある。お客さんから時々投げかけられる「何か美味しいお酒ない?」といった、それこそ“アバウト”なオーダー。それなりにお付き合いのある方であれば、さして苦労することはないが、それこそ年に1~2回くらいしか来られないような方の場合が、ちょっと微妙なのだ。「美味しい酒」といっても、嗜好品である以上そのお客さんの嗜好が分からないと、安易に勧めることには抵抗がある。というわけで私ならそのお客さんとの会話を通して、「どんなタイプが好みなのか」とか、「自家消費か、進物か」ということを探り出そうとする。それがそのお客さんにとっても、最善の方法だと信じているからだ。しかしたとえ年に1~2回の来店とはいえ、何十年もそのお客さんと接している私の両親などは、「これなんかいいんじゃない?」と、あくまで“テキトウに”勧める。そんな調子だからそのお客さんにしてみれば、私の手法が逆にまどろっこしく思えるようだ(実際にそう言われたことも何度かある)。確かに私も、そういったお客さんのタイプをすべてインプットしていれば、特に困ることはないのだが、如何せんそのあたりはまだまだ未熟だ。それと同じことが、件の歯科医にも言えるんじゃないだろうか?そういうわけで私はこの「若先生」に、思わず自分をダブらせてしまうのだ。
2007年07月24日
コメント(10)
早朝、市内某所でのイベントのための飲料の配達があり、珍しく早起きしてペットボトル50ケースほどを運ぶ(シンドかった~!)。朝食も摂らずに出たのだが、ほぼ同時刻に妻も家を出ており、帰っても朝食が無いため、近くのマクドナルドへ行き、初めて『マックグリドル』に対面する。結構ウマイ。その足で、小学校で長女が参加するドッヂボール大会を観に行こうとしたが、それには間に合わなかった。実は長女が一番くじを引いて選手宣誓をしたというのに、残念なことに妻も見られなかったそうだ。6年生が長女ひとりだけという厳しいチーム構成ながら、6年生ばかりのチームと結構いい勝負をしたみたいだが、惜しくも初戦敗退。今度は市内の球場に移動し、長男の出場する中体連の野球大会を観戦する。実は昨日の試合が中止になった順延分なのだが、昨日までの予報とうって変わって今日は天気も回復して、まずまずのコンディションでプレーできた。試合は1回戦、余裕の大勝。一旦家に帰って昼食を摂った後に、今度は散髪に行く。例によって散髪の間中、深い眠りに落ちる。その後、末娘がやっているバトントワリングクラブが、今日だけ練習を公開している(普段は非公開)ということで、見学に行く。9月に東京での大会が控えていることもあって、それに向けて練習にも熱が入っている。予想以上に結構高度な演技をやっているし、予想以上にコーチの指導も厳しい。そして夕方からはいつものように店を開けて、深夜まで仕事。とてもあわただしい1日だった。
2007年07月22日
コメント(0)
先日の記事で中日の森野選手を「森のクマさん」になぞらえて書いたが、それでちょっと思い出したことがあった。今度はうって変わって、童謡の方の「森のクマさん」の話だ。この歌はいまさら私があれこれ言わなくても、おそらく誰もがよく知っているだろう。「ある日女の子が、森の中で出会ったクマさんに、どういうわけだが『早く逃げろ!』と言われる。そうして逃げていると、後を追ってきたクマさんが、落し物のイヤリングを届けてくれ、そのお礼に女の子が歌を歌って聞かせる.......」とまあ、何とも間抜けな歌詞だ。ところでこの歌がもともと外国の歌で、原曲はメロディこそ変わらないものの、歌詞の内容がまったく異なっているということは、皆さんご存知だろうか?NHK教育テレビで今も放映されている「英語であそぼ」という番組の中で、ずいぶんと前にこの原曲が扱われ、その日本語詞とのあまりの違いにカルチャーショックを受けたことがあった。(ところで余談だが、この当時この番組で「おねえさん」を努めていた『クロイ・マリー・マクナマラ』さんという女性は、私を夢中にさせた数少ない白人女性の中のひとりで、当時まだ幼稚園にも上がってなかった私の長男をダシに、私自身が一生懸命に見ていたものだ。)原曲の歌詞というのは、「ある日女の子が森の中でクマに遭遇する。目が合うとクマが襲い掛かってきて、女の子はほうほうの体で逃げ惑い、木の枝にジャンプして危うく難を逃れた」という、なんともシリアスかつスリリングな内容なのだ。確かに外国曲が日本に入ってきて、日本語の歌詞がついた段階で、まったく違った内容の歌になるというのは、他にもいろいろと例はある。あの『蛍の光』などは確か、別れを惜しむ歌ではなく、友との再会を祝う歌だったようだしね。この「森のクマさん」も原曲の歌詞があまりに凄惨だから、メロディの軽快さも手伝って明るい歌詞にしちゃおう、という意図だったんだろうが、それでもここまで意味不明の、間抜けな歌詞に変えてしまっていいものなんだろうか?もうちょっともっともらしい歌詞には出来なかったものか?だいたいクマが人間の言葉を話すのか、というツッコミには目をつぶるとしてもだ、「早く逃げなくてはいけない」という切羽詰った状況下で、いくらクマにイヤリングを届けてもらったからといって、そんなところで悠長に歌など歌っている場合なのか。とにかく私は幼少の頃からずっと、この歌には納得いかないでいる。ただそんな私のウップンを晴らすべく、こんなどうでもいいような話をつらつらと書いて、人様に臆面も無く公表できるのもまた、ブログという表現手段のおかげだと有り難く思っているが。
2007年07月21日
コメント(0)
プロ野球オールスターが始まったが、夕方から夜にかけて忙しくなる私は、もっぱらカーラジオでの観戦となる。しかしこれがいけない。通常の試合と違ってオールスターの場合、出番を終えた選手のインタビューがどんどんと割り込んでくるのだ。これがテレビならまだ、メインのカメラがインタビュー風景を捕らえている間も、サブ映像で試合の模様を見ることが出来るが(これとて誉められたものではないが)、ラジオとなるとインタビューの間はもう完全に中継が途切れてしまう。しかも今日などは、明日先発予定で今日の出番が無かった、楽天の田中マー君のインタビューなども入れているではないか。確かに彼が人気者なのはわかるが、今日投げてない選手の話など聞いてどうするのか。案の定、彼のインタビューの真っ最中に観衆のどよめきが起こったかと思ったら、均衡を破るラミレスの2ランホームランが飛び出したのだ。だから言わんこっちゃない........どうでもいいインタビューのおかげで、肝心の瞬間を聴き逃してしまったではないか!スポーツ中継(特にラジオ)には余計な演出は要らない。ただひたすら実況に徹してもらいたいものだ。
2007年07月20日
コメント(2)
プロ野球も昨日で前半戦が終わったが、ドラゴンズは2年連続の首位ターンとなった。しかしながらあれほどひどいチーム状態にもかかわらず、この位置をキープできているというのは、なんだかよく解からないと言えばよく解からないが、きっと周りのチームも同じようにチーム状態が良くないからかもしれない。そんな中であえて前半戦のMVPを挙げよと言われれば、私は躊躇無く「森野将彦」を推す。余談だが、我が家では彼のことを「クマさん」と呼んでいる。由来はもちろん童謡の「“森の”クマさん」から来ているのだが、まるでクマのぬいぐるみのような、ちょっとタレ目の愛くるしいマスクも無関係ではない。そんなかわいい顔をしている彼も、考えてみればもう入団11年目のベテランだ。毎年毎年期待されながらも、なかなか一軍で満足な結果を残せないでいたが、昨年やっとのことでサードのレギュラーポジションを、あの立浪から奪い取ったのだ。で、今年は開幕から晴れてサードでスタートと思いきや、そこへ降って湧いたようにやって来たのが、あの中村ノリ。当然の如く彼がサードに座ることになるのだが、ここで森野が下積み時代にあらゆるポジションの練習に励んだ甲斐あって、なんとかレフトのポジションに納まることが出来た。とりあえずバッティングの方では、開幕から全試合で5番に座り、アベレージ3割1分でベストテンの8位と、なかなかいい成績を収めている。それに『ミスター・スリーラン』という異名をとるほどに、ことランナーが2人という場面では、無類の勝負強さを発揮する。「55打点」という数字の高さがそれを物語っている。ただそれにも増してチームへの貢献度が大きいのが、彼の「使い勝手の良さ」だ。せっかく掴んだポジションを中村ノリに奪われて、それだけでも内心おもしろくないに違いないのに、黙々とレフトを守り、ノリがケガで戦列を離れれば当然サードへ、荒木がファーム落ちとなれば今度はセカンドに、という具合に、とにかくチーム事情に翻弄され続けている。しかしこれまで言われ続けてきた、「控えの層が薄く、レギュラーが抜けると一気に戦力ダウン」というドラゴンズの弱点が、彼のおかげで今年はすっかり解消されているのだ。このように彼の存在は、チームに有形無形のあらゆる貢献をもたらしている。もし彼がいなかったなら、チームとしては現在のこのポジションは決して有り得なかった、と思っている。
2007年07月19日
コメント(5)
昨日来店されたあるお客さんと、ちょっとした酒談義になった。その方が言われるには、「以前はずっとイモ焼酎を飲んでいたのだが、少し前に日本酒を飲むようになったらいきなり太りだしたから、最近また焼酎に戻した」ということだ。どういう根拠なのか深くは聞かなかったが、どうもそういうことらしい。この方の話に限らず、「焼酎に比べて日本酒は悪酔いする」とか「酔い覚めが悪い」など、いろんな所で焼酎と比較された日本酒が悪者になってしまっている。確かに「蒸留酒」である焼酎は、もろみに熱を加えることでその中にある不純物などを蒸発させてしまう分、「醸造酒」である日本酒に比べると不純物は少ない。ただ「不純物」と書くとちょっと誤解を与えてしまいそうだが、日本酒にとってはこれが「旨味成分」でもあり、日本酒の味を構成する上では欠かせないものだ。で、この「旨味成分」が「酔い」に及ぼす影響というのは、以前からいろんなところで研究されてきていて、様々な人たちがこれについて発表しているが、見方を変えればそれだけいろいろな解釈が可能だということもいえる。だから、「それらが悪酔いの原因になる」と言われれば決して否定は出来ないが、じゃあ100%そうなのかというと、必ずしもそうとは言い切れまい。つまり悪酔いの原因自体はいくつもあるにもかかわらず、たまたまそのときに日本酒を飲んでいたというだけで、その原因を日本酒に求めるというような、極めて短絡的な発想になっているとも言えるかもしれない。さらに言えば、「酔い」というものは人間の「思考」と深くかかわっているので、同じ酒量でもTPOによって酔い具合が違うということは、皆さんもきっとご経験おありだと思う。気の持ち様である程度酔い具合が変わるとすれば、「日本酒は悪酔いしそうだ」などと考えながら飲んでいれば、本当に悪酔いしてしまうということがあってもおかしくはないんじゃないだろうか?実際私自身は、いつも何にも考えずに飲んでいるからか、お酒の種類によって酔い具合が変わったり、翌日の辛さに差があったり、という経験がほとんど無い。だから昨今、焼酎に比べて日本酒がそういう意味で悪く言われているのは、ある意味「風評被害」のようなものだと思っている。私の愛する日本酒が、こんなつまらない原因で日本人に見捨てられつつあるとしたら、何とも悲しい限りだし、またこんなに腹立たしいこともない。ただ残念なことに、いわゆる低価格の日本酒は造りがいい加減な上に、モノによっては各種糖類とか酸味料といった、およそ「旨味成分」とは到底いえないような“真の意味での”「不純物」が多く混ぜ込まれている。そのようなヒドイ日本酒を飲んで悪酔いして、その怒りの矛先が「すべての」日本酒に向けられているという、大変な誤解が現実にあることも、付け加えておかねばなるまい。
2007年07月17日
コメント(8)
『Watch with Me ~卒業写真~』という映画が公開されている。実はこの映画でメガホンを取った瀬木直貴監督は、私とは旧知の仲であり、これはぜひとも観に行かねばと思い、台風一過の青空の下、足を運んだ。ガンに侵され、余命半年と宣告されたある報道カメラマンが、残りの人生で何を見つめ、どのように過ごしたかを、周りの人間たちとの関わり合いの中で描いた作品だ。上映後、監督本人による簡単な舞台挨拶もあり、そこではこの映画で何を描きたかったのか、という監督自身の想いを聴くことが出来た。その中で印象に残ったのは、人の「生き様」「死に様」とは決してキレイ事ではない、ということだ。この映画の構想のキッカケは、彼がホスピスに携わるある女性との交流の中で生まれたもので、また映画の製作に当たっては彼自身、実際にホスピスの中に入って何人ものガン患者とも触れ合ってきたという。そういった中で余命いくばくもない患者たちの「生き様」、そして実際目の当たりにする「死に様」が彼自身の人生観に投影されて、それが具体化したものだと思う。派手な演出も無く、物語も淡々と進んでいくが、現実というのはいたってこのようなものであり、そのあたりを強調したかったのだとも思う。知人の作品ということでどうしても贔屓目に見てしまうが、それを差し引いても充分に見応えのある佳作だ。いい仕事をして、それが多くの人々の胸を打つことが出来る彼を、うらやましく思った。
2007年07月15日
コメント(2)
台風4号が近づいてきている。このあたりには明日の昼頃、最も接近しそうだ。すでに明日行なわれる予定だった、小学校のドッヂボール大会は延期が決定した。室内での大会なので、よもや延期などという事態は想定してなかったであろうスタッフの方々は、皆てんてこ舞いの様子だ。ウチの店でも、外に積み上げている空瓶などを中に入れたり、地べたに直に置いてある商品を上に上げたりと、台風対策に余念がない。このあたりはちょっと降るとすぐ水に浸かってしまう地帯なので、そのあたりが心配だ。大したこと無ければいいのだが.......。
2007年07月14日
コメント(0)
先日の記事で、当市の学校給食が段階的に民間委託されていくことになり、それについて反発の声が上がっているということについて書いた。で、昨日の夜、ウチの子供の通う小学校でこの件についての説明会があり、PTAの本部役員をしている私の妻も出席した。夜7時からだったのだが、さすがに関心が高いとみえ、この手の集会としては異例の出席者数だったようだ。以下、妻から聞いた話を元に、その内容を記す。市側からは6人ほどの方が来られて、ひととおりの説明が行なわれた後、保護者からの意見・質問を求めるという流れで会は進んだ。まずは「どういう形での民間委託なのか」ということについて、詳しい説明があった。一から十までまったくの民間委託ということではなく、あくまでも各学校の調理現場の方を民間の人に切り替えていくだけで、献立作成、食材調達などといった、根本的な作業は今までどおり市の職員が行なう、ということだ。学校現場の調理員さんも、現在は各校に市の正職員はおよそ1名ずつ、残りは市のパート職員だ。その調理員は新規の採用をストップして、自然減で削減していく。で、この調理員さんだが、一部の噂ではかなりの高給取りだということが知られているが、そのあたりのことについて質された市職員は、それを否定しなかった。確かに給与水準は極めて高く、中には50歳以上で年収800万円(!)という人もいるらしく、結局はそこにメスを入れたわけだ。それならいきなり民間委託についての議論を進めるよりも、彼女たちの給与体系を見直すことを先にやったほうがよかったのではないか、という気もしたが、そういうことを質問した人はいなかったそうだ。ちなみに昨日集まった人たちは、立場的には「反対」の立場が多かったようだが、「何が何でも反対」というような強硬派ではなく、「なんだかちょっと心配」という、いわば「不安視派」だ。まあこのところ、食に関するモラルの低下、特に「ミートホープ社」を引き合いに出すまでもなく、民間食品企業のいい加減さが目立つだけに、こういう「不安視派」の方が増えるのも無理も無いだろうな。ただ市側としてもそのあたりは充分に空気を読んでるようで、現場調理員の作業以外の仕事まで民間に委託することは無いと言い切っていた。そんなこんなで、2時間の予定だった会議は3時間以上も続いて、お開きになったそうだ。結局は「誰の手で作るか」という次元の話であって、学校給食の根幹を揺るがすような大それた話では無いように感じた。確かに現場のベテラン調理員さんがいなくなることで、多少現場での混乱は免れないかもしれないが、これは別に民営化云々の話がなくても、調理員さんの代替わりの折には必ず付きまとうことだろうから、民間委託の是非の議論とは必ずしもかみ合わないだろう。また他県では現実に民間委託に移行している市町村も多いそうだし、「官」から「民」へという流れは、最早必然な流れになってきていると思う。いくら市職員がしっかりしていても、食材や資材の供給は所詮民間なわけだし、それこそそういった会社で不正などがあって、尚且つそれが隠蔽されていればどうしようもない。結局、おろそかには出来ないが、かといって目くじらを立てるほどのことでもない、そういうことだというのが私の結論だ。ただとにかく誰が作るにせよ、とりあえずは現場の衛生面がずさんになることの無いようにだけは願いたいものだが。
2007年07月13日
コメント(4)
昨日行なわれたメジャーリーグのオールスター戦は、イチローの球史に残る大活躍で幕を閉じた。同じ日本人として非常に誇らしいことだが、その一方でちょっと気になることもあった。せっかく“滑り込みセーフ”で選出された岡島投手が、出場していなかったのだ。彼だけではなく、他に何人か、“選ばれたのに出られなかった”選手がいたみたいだ。これが試合の流れの中で止むを得ず出しそびれた、というのならまだ分かる。しかしたとえば岡島のいるア・リーグはピッチャーが10人以上選ばれているから、ひとり1イニングずつ投げてもまだ足りない。にもかかわらずア・リーグの監督は、先発と2番手の両投手にそれぞれ2イニングずつ投げさせている。つまりハナっから全員投げさせるつもりはなかった、ということだろう。たとえ監督が全員出そうと思っても、メジャーのように1試合しかないと、100%過不足なく選手を出場させるというのは、なかなか至難のワザだ。しかし日本のオールスターのように2試合あれば、2試合にダブって出る選手はいても、まったく出番が無いという選手はまずありえないだろう。まあ日本のオールスターも、選手会側からは「1試合にして欲しい」という要求も出てるし、メジャーリーグ通の識者あたりからもそういう指摘があるだろうが、この出場機会のことだけで考えれば、日本流に2試合行うというのは、ある意味メリットのあることかもしれない。まあメジャーのオールスターはそんなものだよ、というコンセンサスがすでにあって、選手達も納得しているのなら、別に私がとやかく言うことも無いのだが、どうも日本人ファンとしてはちょっと違和感が残る。
2007年07月12日
コメント(2)
夏場になると、我が家の昼食メニューは必然的に(?)麺類主体となる(詳しくは→こちら)。ところでこういった麺類を茹でるとき、その担当はなぜか私の役目となっている。というか、妻には任せておけないのだ。まあ妻は妻でその他の雑事に忙しいのだろうから仕方ないが、お湯を沸かして麺を放り込んだら、麺の袋に印刷されている「茹で時間」をキッチンタイマーにかけて、あとは放ったらかし。ただ今までの例からすると、印刷されている「茹で時間」通りにゆでると、必ず「茹ですぎ」になってしまう。おまけに途中で軽くほぐすことをしないから、茹で上がった面はどこかがくっついてることが多い。そんなことで私がクレームをつけると、いつも文句のひとつふたつが飛んでくる。まあ私もこと料理に関しては、まったくと言っていいほど何も出来ない人間だが、麺を茹でるくらいは出来る。私はいつも、印刷されている「茹で時間」などはほとんど無視して、自分の感覚で時間を決め、途中何度も1本ずつ麺を取り出しては自身の歯で茹で具合を確かめる。そうして茹でた麺は、妻が茹でたものよりもはるかに美味しい(と思う)。かくして我が家では、私が「麺茹で係」となっている。ただしかし私の実家でも、麺に関してはもっぱら父が茹でることが多いそうで、そうなるとこれはただの遺伝なのかとも思える。
2007年07月11日
コメント(2)
今、飲料各社から出されている500mlのペットボトルが、2種類に分かれているのをご存知だろうか?全メーカーの全アイテムが、というわけではないのだが、一部の商品については、スーパーやコンビニに並んでいるものと、われわれの店で扱っているものとでは、若干仕様が違う。具体的に言うと、スーパーやコンビニに並んでいるものの方がやや“スリム”で“背が高い”のだ。これはおそらくその方が、決められた幅の中でより多くのフェースを確保できるからだと思われる。で、このいわゆる「スーパー・コンビニ仕様」の商品は、当然ながら我々が仕入れることは出来ない。まあ別にウチで売る分には、多少太かろうが背が低かろうが、何ら問題はない。ただちょっと気になることがあるのだ。この2種類の仕様の商品は、お互い同じルートでメーカーから流れてくるので、配送現場で間違わないように外箱にキッチリと明記されている。その明記されている語句が、「スーパー・コンビニ仕様」の方は『手売り用』、その他の一般店用の方は『自販機用』となっている。その名付け方が気に食わない。もし取引の問屋に『手売り用』と『自販機用』があると聞けば、私としては『手売り用』を選択するのが自然だろう。なぜならウチの店には飲料の自販機が無いからだ。しかしウチに流れて来るべき商品は『自販機用』の方なのだ。つまりメーカーが考える「手売りチャネル」というものは、最早スーパーかコンビニしか有り得ず、また一般店で500mlペット飲料を売る手段は、自販機しか有り得ないと思われているのも同然なのだ。確かにウチの店じゃスーパーみたいにバカスカ売れるわけじゃないが、なんだかメーカーに「オマエのところなどお呼びでない」となめられてるようで、まったく面白くないのだ。
2007年07月09日
コメント(4)
今日は特別何の予定も無い、平凡な日曜日であった。朝は遅くまでベッドの中でゴロゴロし、朝食を摂った後、1週間後にドッヂボール大会を控えている真ん中のムスメの練習に付き合う。昼食後に『アタック25』を観た後、自家用車のガソリンを入れに行き、その足でバトントワリングをやってる末娘を、練習場まで送り届ける。帰宅してからはD-T戦をテレビ観戦(果たしてマサは本当に200勝出来るだろうか?)そして試合終了を見届けること無く、夕方になって店を開け、このまま深夜まで店番となる。このところ日曜日ごとに何やかやと予定があって、手元の一行日記で確認したところ、何の予定も無い日曜日というのは実に3ヶ月振りだった。しかし来週からはまた日曜日ごとに、いろいろと予定が詰まっている(いずれも大したものではないのだが)。
2007年07月08日
コメント(0)
実は昨日、ブログ用に文章をつらつらとしたためていたのだが、いざアップしようとする段になって、急遽それをやめてしまった。というのも、だいぶ以前に書いたものと内容が酷似、というか“ほとんど同じ”だったことが分かったからだ。まあ私のかなり以前の日記など、おそらくほとんどの方は覚えていないだろうからいいんじゃないか、と思ったものの、やっぱり私自身の「プライド」(そんなたいそうなものでもないが)が、それを許さなかった。実は以前にも同じようなことが何回かあった。ただそのときはいずれも書き始めた時点で、「何となく前に書いたような気がする」とイヤな予感がして、過去ログを繰っていたところ発見できたので、比較的早い段階で中止することが出来た。そういう時、「やっぱりいくら年月が経っていても、自分の書いたものくらい覚えてるもんだなー」と、自分の記憶力の確かさに自信を持ったものだった。しかし昨日のことで、すっかりその自信が怪しくなってしまった。やっぱり1000回以上の記事を書いていると、さすがに覚えていないこともあるもんだ。しかしそれにしても、気付かずにアップしなかっただけでもまだよかった。
2007年07月07日
コメント(8)
昨日からウチの長男たち中2生は、昨日から3日間の職業体験に出ている。各々バラバラに市内各所に散らばって、様々な職種で頑張っている。ウチのムスコは消防署に行っている。何をやらされるかはわからないがとりあえず、「あ~、どこかで火事でも起こらないかなー」などという不謹慎なことは絶対に言うなよ、と釘を刺しておいた(笑)。そして初日が終わり「どうだった?」と訊くと、彼は開口一番「君、お父さんやおばあさんにそっくりやね」と言われたそうだ。ちなみに「お父さん」= 私で、「おばあさん」= 私の母のことだ。そう、この消防署は、ウチのお得意先でもあるのだ(笑)。
2007年07月05日
コメント(4)
腰痛なんて、自分にはまったく無縁のものだと思っていた。よく他人から、「リカーマンさんのようなお仕事してると、腰を痛めるでしょう?」と心配していただくことが多いが、実際他人が思うほど腰を患うことなどまったく無かったし、これは同業者仲間を見ても概ねそう言える。たぶん昔からずっとやってきている「慣れ」と、体がコツを覚えているからだと思う。おそらくこういう仕事をまったくやったことの無い人がいきなり始めると、たちまち腰を痛めてしまうことだろう。しかしそれはさておき、「無かった」と過去形になっているのは、このところちょっと腰の状態がよろしくないからなのだ。今まで40年以上生きてきて、初めてのことだ。ただ日常的に常時痛んでいるというわけではない。それにたとえば荷物を持ち上げるのにグッと力を入れたときにギクッ、というのではなく、普通に長時間立っているときとか、朝目覚めて起き上がるときなどに、ドーンといった鈍重感(?)としてやってくるのだ。その程度のことなので別に仕事に差し支えるわけではなく、よって医者に診てもらうほどでは無いからまだいいのだが、今まで絶対の自信を持っていたことが、自分の中で崩れてしまうというのは、やはりちょっとショックだったりする。
2007年07月02日
コメント(8)
せっかくの「1日の日曜日=映画の日」ということで、予定はしていなかったのだが、映画を観に出かけた。今日観たのは『ラッキー・ユー』。天才的な洞察力を持つが、押しが強すぎて勝負下手なポーカープレーヤーが、1人の純真な女性との出会いを経て、何かとわだかまりのある父親(彼も高名なポーカープレーヤー)に向き合い、次第に解り合えるようになっていくというお話。「父親との確執」と「恋人とのすれ違い」、主人公をめぐるこのふたつの軸を中心に物語は進行するが、それが互いにどう影響を及ぼし合ってきたのかが今ひとつ解かりづらい。そのために、作品そのものはよく出来ているのだろうが、良い映画を見終わった後に椅子からなかなか立ち上がれない様な、ドシーンとした感触が得られなかった。ただそれはともかくとして、興味深かったのはカジノ賭博での本場のポーカーのシーン。もちろん我々が家族や友人とやってるそれとはまるで違う。ルールもずいぶんと違うので、多少予備知識も仕入れた上で観たならもっと面白かったに違いないだろうが、それでもスリリングな心理戦としての本場のポーカーというものは、充分に堪能できる。主人公と父親の他に出てくるポーカープレーヤーたちに、本物のプレーヤーを起用しているというのが、功を奏しているのだろう。
2007年07月01日
コメント(0)
全20件 (20件中 1-20件目)
1