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とんと昔（むかし）、あったと。

鳴門（なると）の堀江（ほりえ）に姫田山（ひめだやま）ちゅうとこがある。ほこにこんまいお城（しろ）があった。殿（との）さんは姫田佐渡守（ひめださどのかみ）ちゅう情（なさ）け深（ぶこ）うてやさしい侍（さむらい）じゃったと。

ある日（ひ）のこと。領内（りょうない）を馬（うま）に乗（の）って見回（みまわ）んりょると、こんまい白蛇（はくじゃ）の子（こ）が青石（あおいし）の上（うえ）で遊（あそ）んどったそうな。

あんまりかわいらしいんで家来（けらい）に持（も）って帰（かえ）らせ、お城（しろ）で育（そだ）てることにしたそうな。

ほの蛇（へび）は、ちょっとの間（あいだ）に太（ふと）さが一（いっ）尺（しゃく）、長（なが）さ三間（さんげん）もある大蛇（だいじゃ）になり、殿（との）さんや家来（けらい）にようなついたそうな。

だんだんと白蛇（はくじゃ）の名（な）が知（し）れわたると、白蛇（はくじゃ）は姫田城（ひめだじょう）の名物（めいぶつ）になり、阿波（あわ）の殿（との）さんもわざわざ見物（けんぶつ）にきたそうな。

ある年（とし）の春（はる）のこっちゃ。お城（しろ）は夜桜（よざくら）の宴会（えんかい）で大（おお）にぎわいじゃったそうな。歌（うた）う者（もの）、踊（おど）る者（もの）、三味線（しゃみせん）、太鼓（たいこ）の音（おと）が入（い）り交（ま）じって夜（よ）の更（ふ）けるんをわっせて浮（う）かれとったそうな。

城内（じょうない）の者（もの）が花見疲（はなみづか）れでぐっすり寝静（ねしず）まったころ、突然（とつぜん）、奥（おく）の方（ほう）から「キャー、助（たす）けて」ちゅう女（おんな）の悲鳴（ひめい）が聞（き）こえてきたそうな。
寝（ね）ずの番（ばん）が「曲者（くせもの）じゃ。皆（みな）みな出（で）あえ」ちゅうて、わめきながら奥（おく）の方（ほう）へかけ込（こ）んだそうな。悲鳴（ひめい）がしたんはお姫（ひめ）さんの部屋（へや）からじゃった。

あわてて家来（けらい）たちが、お姫（ひめ）さんの部屋（へや）に飛（と）び込（こ）んだが、お姫（ひめ）さんの姿（すがた）が見（み）えん。部屋（へや）ん中（なか）はひどう荒（あ）らされとった。
突然（とつぜん）、「ありゃりゃ、蛇（へび）のうろこがあるぞ」ちゅうて、大（おお）けな声（こえ）で叫（さけ）ぶ者（もの）がおったそうな。

部屋（へや）から天井（てんじょう）にかけて、白蛇（はくじゃ）のうろこがいっぱいついとった。
「うん、白蛇（はくじゃ）の奴（やつ）の仕業（しわざ）に違（ちが）いない。早（はよ）う探（さが）し出（だ）せ」ちゅうて、白蛇（はくじゃ）の部屋（へや）へ押（お）しかけた。がんじょうな鉄（てつ）の錠前（じょうまえ）は切（き）りちぎられとったが、白蛇（はくじゃ）の姿（すがた）はどこにも見（み）えなんだ。

城内（じょうない）の隅々（すみずみ）まで探（さが）したが、白蛇（はくじゃ）とお姫（ひめ）さんの姿（すがた）は見（み）つからなんだ。

　殿（との）さんが、

「白蛇（はくじゃ）の奴（やつ）め、わしがかわいがってやったのに、姫（ひめ）を盗（ぬす）み出（だ）すとは許（ゆる）せん」ちゅうて、カンカンに怒（おこ）り、見（み）つけしだいに討（う）ち取（と）るよう命（めい）じたそうな。

ほないしよると、広間（ひろま）の天井（てんじょう）で突然（とつぜん）、ザザザザちゅう重（おも）いもんを引（ひ）こずるような音（おと）がしたそうな。みなが音（おと）のする方（ほう）をじっと見（み）ると、天（てん）井板（じょういた）を破（やぶ）って白蛇（はくじゃ）の頭（あたま）が現（あらわ）れたそうな。

殿（との）さんが、弓（ゆみ）に矢（や）をつがえて、力（ちから）いっぱいひいたそうな。ほしたら矢（や）は見事（みごと）白蛇（はくじゃ）の頭（あたま）をつらぬいたそうな。

「むむ、むむ、むむ」ちゅうて、白蛇（はくじゃ）はうめき声（ごえ）をあげたかと思（おも）うと、ガクリと首（くび）を折（お）ったそうな。

家来（けらい）が手（て）に手（て）にえものを持（も）って、白蛇（はくじゃ）をめった打（う）ちにし、天井（てんじょう）から引（ひ）きずり下（お）ろして、とうとう殺（ころ）してしもうた。

白蛇（はくじゃ）を退治（たいじ）したんで、殿（との）さんが家来（けらい）に天井裏（てんじょううら）を調（しら）べてみいと命（めい）じられたそうな。家来（けらい）の一人（ひとり）が天井裏（てんじょううら）へ入（はい）り込（こ）むと、おぶけたことに左手（ひだりて）でお姫（ひめ）さんを抱（だ）きすくめ、右手（みぎて）で刀（かたな）をつかんだまま白蛇（はくじゃ）に顔（かお）から頭（あたま）、体全体（からだぜんたい）をかみ砕（くだ）かれて死（し）んどる黒装束（くろしょうぞく）の男（おとこ）がおったそうな。
殿（との）さんはじめ家来（けらい）たちはおぶけてしもうた。

白蛇（はくじゃ）は、日（ひ）ごろ殿（との）さんからの恩（おん）を感（かん）じ、曲者（くせもの）からお姫（ひめ）さんを守（まも）ったんじゃ。
殿（との）さんは「ああ、悪（わる）いことをしてしもうた。白蛇（はくじゃ）よ許（ゆる）してくれ」
ちゅうて、オンオン泣（な）いた。家来（けらい）もかわいそうなこっちゃと一緒（いっしょ）に泣（な）いたそうな。

白蛇（はくじゃ）への恩返（おんがえ）しと、ほの霊（れい）を慰（なぐさ）めるために建（た）てた石碑（せきひ）が、白蛇（はくじゃ）の塚（つか）といわれとるもんじゃ。

ほれから蛇（へび）を大事（だいじ）にせないかんちゅうようになったそうな。おーしまい。

◇阿波徳島の方言

【ほないしよると】そうしていると
【えもの】得意（とくい）の武器（ぶき）
【こんまい】小（ちい）さい
【一尺（いっしゃく）】約（やく）三十（さんじゅう）センチ
【三間（さんげん）】約（やく）五（ご）・四（よん）メートル
【わっせて】忘（わす）れて

【おぶけた】驚（おどろ）いた