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皆さんおはようございます。
今朝の体調は如何でしょうか?
今朝は5時に起床してとりあえず、燃えるごみの袋を整理し3つにして先程集積場に
運んだところです。
自宅から200メートルぐらいあるのでたいがいは車で運ぶんです。
今朝は早く持って行ったのでまだ少なかったのですが、7時過ぎると中に入らず、集積場の外にも積み上げてあるときがあります。
昨日はシルバー大学院OB会の歴史文化現地研修会があり高知県の安芸市に行ってまいりました。
徳島道の吉野川SAで休息してから池田ジャンクション経由で高知道に入り、南国インターから一般道に入り11時過ぎには安芸市に入り、廓中(かちゅう)ふるさと館から安芸市歴史民俗資料館 土居廓中武家屋敷を見学しました。案内は地元のボランティアの皆さんが詳しく説明して下さいました。
延慶元年1308年安芸地方を統治していた安芸近氏が築いたとみられる安芸城跡が小高い丘の上にあります。
近氏の後、国虎の代に入り永禄12年に長宗我部元親と戦って大敗、国虎は自刃して安芸氏は滅びた。
城は長宗我部元親の領有となった。
城跡のぐるりには家臣が住んでいた武家屋敷があり、土居廓中と呼ばれたようです。
基盤上の細い街路の両側に土用竹・ウバメガシ。瓦積みなどの垣根や塀が続いていました。
土用竹は横に伸びずまっすぐに上に伸びる性質から、弓矢の矢として利用したようです。
それから、安芸城跡の北西約2キロのところに三菱財閥の基盤を築ずいた岩崎弥太郎の生家がありました。
当時は中農の標準的な家だったようです。
土蔵の鬼瓦には三菱のマークの原型と言われる「三階菱」があり、表座敷の中庭に残る石組みは弥太郎が少年時代、天下雄飛の夢を託し、日本列島を模して作ったものだと伝えられています。
長くなるのでまた次回にでも詳しくお話ししますが。その他の見学として、中岡新太郎とか、高知県立歴史民俗資料館そして高知市の西部で海抜97メートルの岡豊山に当時勢力を誇った長宗我部氏の居城である岡豊城跡があります。
岡豊城は長宗我部氏の土佐経営の拠点とされたが、元親は天正16年の冬に大高坂山「高知市」に居城を移し岡豊城は廃止され鎌倉時代以来の長い歴史を閉じました。
現在城跡は歴史公園として整備され多くの見学者が県内外からこられるようです。
高知県立歴史民俗資料館が最後の見学場所だったのですが、入館直後から雨がパラパラしてきました。
見学を終えたころから土砂降りの雨に変わり走ってバスに駆け込みました。
その後、南国インターから高知道、徳島道に入り帰宅したのは7時前でした。
昨日は随分と勉強出来ました。
やはり書物で見るのと現場に行って目で確かめるのとは大きな違いがあります。
これも元気だからこそ行けると感謝しています。
そんなこんなで今日も1日健康に感謝しながら元気で明るく楽しく過ごしましょう。
ご安全に!!
皆さんおはようございます。 2014.12.06 コメント(1)
皆さんおはようございます。 2014.12.05
皆さんおはようございます。 2014.12.04