全20件 (20件中 1-20件目)
1
不正をしても国にゆるしてもらうという東電のような、この国にアホバカの特権階級みたいなもんができたのは、ニセモノユダヤの世界戦略に唆されたということが、師の想いとは裏腹にアホバカな弟子ばかりが生まれてアホバカして、この国を売国し、滅亡にまで追い込んでいるという話を、前回、アホバカ総理の話から紹介した。 そこで現在のアホバカの元凶が明治のアホバカにあることがわかる話を紹介する。 ★ ★ ★ ■組織盛衰の原理 ○明治・大正・昭和三代の盛衰 http://www1.bbiq.jp/chikoshima.com/log/somo-somo-ningen-gaku-toha-nani-ka-nippon-no-haji.html <「人間教育」を忘れた明治の失敗> 明治の時代を考えますると、なるほど形の上においては(表面上)、表現の世界においては、たいへんな成功をいたしました。これを試みに現代に徴しまして、スターリンやフルシチョフが叫びましたような「追いつけ追い越せ」、「ヨーロッパ、アメリカ文明に対して追いつけ追い越せ」も、中共の毛沢東らが呼号いたしました。 「大躍進」の号令も、これは皆さんご承知のとおり、とんと成功はいたしておりません。先方の宣伝文書はえらいことを書いておりますけれども、冷静な観察者はよく知っていることで、ほとんど成功しておりません。これに対し、ひとり、それこそ嘘も偽りもない大成功をやってみせたのが明治の歴史であります。 (大成功という意味は、表面上、身分差別が撤廃されたということ。源平藤橘の四民平等のこと。しかし現代でもわかるが、隠れただけで残っている。) これはもう西洋の冷静な観察者が、世界の奇跡とまで手放しに褒めただけのことがあります。 (というのも、明治の革命にはメーソンが関わっているため) ところが、この大成功の陰に一つの大きな錯誤がありました。それは学校教育であります。教育の失敗であります。 それはどういうものかと申しますと、つまり幕末にペルリの来航を始めといたしまして、日本は西洋近代の科学技術文明に驚嘆した。その驚嘆は恐怖になり、恐怖はまた一面において畏敬になり、一面において反省になり、あるいは負け惜しみとか、今日申しますインフォリオリティ・コンプレックスというものの最も深刻な、最も大規模なものを明治の人物が体験したわけであります。 (白人コンプレックスのこと。江戸幕末までは、南蛮人と呼んでいたから、180度変わった。) そこで何はともあれ西洋に負けない近代文明を日本が作り上げなければならぬ。それこそスターリン、フルシチョフのように、追いつけ追い越せです。なんとかして一刻も早く追いつき追い越さなければならぬ。大躍進をしなければならぬ。それには人材が要る。 けれども、そんな有能・有用な人物をいっぺんにつくるわけにはいかない。 これは大学でしかつくれない。そこで急いで大学の予備校をつくった。これがいわゆる高等学校。その予備教育を中学においてやる。その基礎教育、初歩教育を小学校でやる。つまり、 上は大学から下は小学校まで、明治教育は、学校教育を主眼として、その学校教育においては、西洋近代文明の模倣・再現に役立つ知識・技術を早く修得させる。こういうことになったわけです。 そこで、学課から目的から皆そういうことになりまして、人間を養う、徳性を磨くというようなことは付け足しになってしまいました。 まあ一週間に一回、月曜の朝くらいに、校長先生が修身教科書をぼそぼそと話をするだけというようなことになったわけです。およそ、これは面白くないものでありました。我々もそういう教育を受けた。 そして修身の時間というと、たいてい、あくびばかりしておったものです。 人間には、これは人間学というものの根本問題の一つでありますが、要素ともいうべきものが、大きく分けると二つになるわけです。 第一は、これがなければ、人間の格好をしておっても人間ではない、これあるによって人が人であるという、いわば本質的要素であります。 (徳性がなければ、単なる奴隷や獣と同じ) それからもう一つは、あればあるに越したことはないが、ある、ない、というのは多少の程度の差で、しかし非常に大事なもの、これを前の本質的要素に対していうならば付属的要素というべきもの。それともう一つ付け加えれば、これは徳性という本質的要素に関連するもので、習性、習い性となる習性というものがあります。 この本質的要素が、即ち人間の道徳性、徳性であります。それから付属的要素の代表的な二つが知能と技能であります。知識・技術であります。 それから第三の、どちらかといえば徳性に準ずべきものが習性、すなわち躾(しつけ)というものです。ところが明治教育というものは、学校教育一本ということになりまして、昔、徳川時代のような各藩における学校、郷学、そういう多様性、diversity、variety というものがなくなってしまって、非常に単一になって、そして大事な本質的要素を、人物・徳性というものを養うことは修身教育ぐらいになって、これがほとんど話しにならんことになってしまった。 (徳川時代の方が権威に対してまだ反発心があった。各大名には徳川幕府に対する不正を正そうとする勇気があった。) まだいくらか躾というものが残りましたが、全力を挙げて知能教育、技能教育、すなわち知識・技術の修得になったわけです。私自身よくわかるのであります。私は田舎の学校で、幼少の頃から四書だの、『日本外史』だの、『太平記』、『源平盛衰記』、『平家物語』といったようなもので育ったのでありますが、中学を終えて一高に入りまして、つくづく感じましたが、もっぱらここでは知識・技術教育でありました。 ほとんど人間教育というものはありません。それでも高等学校時代は、ちょうど中学と大学の中間で割合に自由でありまして、いろいろな教養の書物を勝手にむさぼり読んで、道徳がどうだ、文化がどうだ、宗教・信仰がどうだというようなことを自分で考えたり、友だちと話し合ったりする余裕がありました。 これがたいへん人間をつくりました。ところが戦後は、そういうものをなくしてしまいました。 非常に簡易速成式になりました。それで、つまり明治・大正・昭和にかけての学校教育というものが、残念ながら人間教育をお留守にしてしまった。もっぱら知識教育、技術教育になったのであります。 (現代のあんな教養も品格もないアホバカが総理になる位劣化している。) そこで、明治時代はまだ旧幕府以来の余徳で、いわば先祖の財産で暮らせたように、それほど弱点を出さなかった。 馬脚を現さなかったのでありまするが、しかしその間に、残念ながら昔と違って、できた人物というようなものが非常に乏しくなりました。 もっぱら功利的・知識的な機械的人物、才人、理論家などが輩出したわけであります。 その弊害が、つまり人間的な深さとか、あるいは躾とか修練というもののできていない、いわゆる人物・器量というもののできていない秀才、あるいはタレント、そういうものができてきまして、それが第一次世界大戦を転機といたしまして、明治は四十五年でありまするが、時代の流動的な本質内容から言いますと、第一次世界大戦が一つの転機、ターニング・ポイントです。大正の中期です。 それから今度の敗戦後のアメリカ軍の進駐管理に至るまでが一連の時期です。 <人間学の欠如が招いた満州事変> 大正時代、第一次大戦が始まりますまでは、割合にその先祖の遺産でなんとかできたのであります。 この第一次大戦が日本の非常な反省、試練になれば、日本はあそこで大きく自己を取り返せたのですが、この世界的大戦で日本は、ほとんど犠牲らしい犠牲を払わずに、戦争に便乗して大もうけをした。 (これでアホバカが増殖した。) このときに日本に初めて成金というようなものができて、札びらが全国に舞ったわけであります。そこで昭和の初めになって、俄然として「昭和維新」ということが叫ばれるようになりました。 ところが、理論闘争は非常に盛んでありましたが、明治維新と違ったことは、その中心人物たちがそういう伝統的な教学と修養というものをしていないので、(これは右派も左派も同様)、理論は達者で意気は盛んであるけれども、人間は練れておらぬ。したがって見識とか器量とかいうものはできておらぬ。 この短所が第一次大戦後の日本で言いますると、大正・昭和の初期の革新運動、あるいは国家社会を混乱に落とし入れた。まだ国内は秩序を割合に維持しておりましたから、それが転じて満州に反映いたしました。 ここに満州事変の勃発となったわけであります。今、ああいう歴史的記録はたくさん本になって出ておりますが、こういう根本的、人間学的な観察といったようなものが案外に少ないのは非常に残念な、かつまた非常に惜しい、かつ危険なことであります。 この満州事変で、日本人は優れた天分や能力を発揮いたしまして、一応大成功をおさめたことは皆さんご承知のとおり。あざやかに張作霖政権を打倒して、関東軍およびこれに参加した志士たちによって、見事な満州革命ができたわけです。 (ニセモノユダヤに乗せられていた面も否定できない。) しかし、このときに根本的教養の欠如というものが大きな災いをいたしました。というのは、これだけ深い関係にありながら、日本人がいっこうに本質的、深い意味におけるシナを知らなかったということであります。 (徳がないので、中国人と仲良くできなかった。) これは大いに惜しむべきことであります。率直に申しまするならば、今日なお日本人はシナを知らぬ、これは実に残念なことであります。 私ども幼少のみぎりから漢学で育ち、ずっとシナの興亡の歴史を学んで、多くの中国人と何十年も付き合って往来してまいりました者から言いますると、今日の日本の指導階級、あるいは友好評論家階級ぐらいシナ中国を知らざること甚だしいものはない。知るといえども浅薄であります。これは残念というよりも危険なことでさえあります。 しかしこれはもう、つとに明治時代に始まっておることで、ヨーロッパやアメリカには現(うつつ)を抜かしてこれを尊敬し、これに模倣追随してまいりましたが、その反面に、衰えてついに滅びました清朝を代表として、シナへの軽蔑がシナの一切をも軽蔑することになりました。 したがって日本人はヨーロッパやアメリカのことはよく知っているけれども、シナのことは何も知らぬ。こういうことになったのであります。その弱点と言いますか、その欠点が満州事変を失敗せしめ、ついにシナ事変を惹起し、大東亜戦争の惨敗を招くということになったわけであります。 (ヨーロッパやアメリカについても知っているとはいえない。) そんなお話しをしておりますと、この問題だけでも長時間にわたりますので簡単に申しますると、我々は中国、中国と大正時代から言っておるのですけれども、中国という本来の名前は、黄河から揚子江までを言ったのであります。黄河以北少なくとも長城以北は、これは中国ではありませんでした。 これは中国漢民族から申しますると夷狄(いてき:中国の黄河中流域に住む漢民族が外辺の異民族に対してつけた蔑称)の地であります。 ご承知の東夷・西戎(せいじゅう)・南蛮・北狄(ほくてき)と申しまして、特に漢、中国の歴史は、たえずこの北狄、すなわち満州民族、あるいは蒙古族・トルコ族・チベット族といったような塞外民族の侵略と闘ってきた歴史です。 これはシナの歴史をずっとお調べになるとわかることであります。万里の長城というものは、その塞外民族が入ってこられないようにしたものでありまして、秦の始皇帝より前からのことです。塞外民族を征服しようとしたようなことはほとんどない。 やむをえず、防衛上征伐したのであります。あの民族を追い払うだけのことが精いっぱいの歴史です。彼らから言いますならば、長城以北は夷狄(いてき)の地、蛮族の地で、中国でないのです。 今日のベトナムなどもやはり南蛮の地でありまして、これは、もともと中国でなかった。漢の武帝の頃から征討しましたけれども、中国扱いはしませんでした。 それで、たとえば張作霖が満州に立て籠もって、満州に彼らの理想とする王土を造って、王道政治を布いて、中原征服ということを考えなければ、満州に立派な王国ができて、彼は帝王の位にもつけたのであります。それならば漢民族、中華民国は敢えてこれと事を構えなかったのです。 張作霖があんなに成功したのは、一に満州の諸葛孔明と言われた哲人政治家がおりまして、これは王永江(おうえいこう)という人であります。この人はシナの興亡哲学を十分に学んでおった人で、さすが諸葛孔明と言われただけの人であります。この人の努力によって満州が立派に治まって、張作霖があの大勢力をつくり上げることができたのであります。 この王永江(おうえいこう)は、張作霖に説いて、絶対に中原を侵してはならぬ、兵を挙げて関内に進めてはいかん、東三省に理想の王道国家を造らなければならぬ、ということを力説いたしました。これは、私もふとした縁から親しくいたしました。敬服しておった人でありますが、本人から直接その理論も聞きました。 この人と、秋田の人で岩間徳也という人が義兄弟の契りを結びまして、シナでは義兄弟の道が肉親の兄弟以上に発達しております。 そういう縁で私も親しくいたしましたけれども、この人が張作霖をあそこまで立派にしたのでありまするが、だんだん力がつくに従って、張作霖はどうしても北京に出たい。 これは日本の田舎者が江戸に出たい、東京に出たいというのと同じことであります。あるいは田舎の議員でもしておると、衆議院議員になったり、内閣の大臣になったりしたいというのと同じことでありまして、どうしてもいわゆる中原を征するという。 そして、ついに王永江(おうえいこう)と別れて、王永江(おうえいこう)はあきらめて隠遁してしまいました。怖いものがなくなったものですから、張作霖はますます横暴になって、そして兵を関内に進め、馮玉祥(ふうぎょくしょう)に反撃をくらって敗退して、帰り道に関東軍の謀略にかかって、ご承知のとおりの悲劇的最期を遂げたのであります。 そして、ついに満洲は、わが関東軍によって制圧せられ、日本は満洲国というものを擁立したわけであります。そこで日本がいわゆる王道政治、理想の政治を実現して、中原、すなわち中国に野心を持たぬということを堂々と声明して、漢民族を安心させれば、歴史は違ってきたのでありますが、その関東軍や、満洲の建国に非常な野心を深めた連中、あるいはそれに参加できなかった野心家、事を好む連中が、満洲をしてやったから、今度は北京を取ろう、上海を取ろう、ベトナムに行こう、どこにも縁のない者は豪州を征服しようなんていう、当時日本に建国病というものがはやりました。 これが、国内革命をはかばかしくやることのできないテロリストをしてこのほうへ血道を上げさせることになりまして、とうとうこれがシナ事変となり大東亜戦争となって、ああいう悲劇的結末をつけたのであります。孫文などは、満洲は日本にまかせてもよい、ということを言っておった。 (テロリストを育てたのは西欧のメーソンでもあるが。) よく歴史の真理と政治学・哲学がわかっておれば、東洋の局面はすっかり変わっておったのでありますが、まことに千載の恨事というのは、こういうものだろうと思うのです。 それは一に、ほんとうの意味の学問がなかったということです。いわゆる知識・技術というものはあったが、「人間学」というものがなかったということが一番の原因であります。 (東洋哲学がなかった。仏教は弾圧が怖くて、堕落して明治政府とつるんで金儲けに走った。そして出来上がったのが、現代のカルト教の日本会議という妖怪である。) ★ ★ ★ というように、明治よりも、江戸時代の教育の方が良かったと述べているのである。あの法螺吹きの勝海舟でさえ、教育は江戸時代の方が断然良かったと本で言っているほどで、江戸時代は他人の失敗も自分の責任にしたが、明治になると、自分の失敗も他人の責任になすりつける小人が多くなったと嘆いている。 要するに人間=人格ができていないと、何をやっても破壊行為につながり、無駄ということなんである。 人間ができていないと、人体の免疫に喩えるなら、免疫ができていないので、ウイルスの西洋の悪魔崇拝主義にやられてしまうのであるという話をお馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ ご用心。 お読みください。 http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/ 国際秘密力研究 より 上記文抜粋 ・・・・・・・・・ 国際秘密力(ニセモノユダヤ)の二大戦術=「革命型戦術」と「憑依型戦術」 吾人は国際秘密力が使う戦術を二つに分類している。 「革命型戦術」と「憑依型戦術」である。 フリーメイソン結社で言うと、仏蘭西系が革命型戦術を使い、英国系が憑依型戦術を使う。 だが、必ずしも「左翼」「右翼」に対応している訳ではない。これは後述する革命型戦術とは、フランス革命に代表される正面切っての革命工作のことである。 革命型戦術では、具体的には、 1)革命思想の普及 2)革命組織の構築 3)打倒対象とする体制や国の悪宣伝 という手段を使う。 フランス革命の前には、ルソーの社会契約論や一般意思説、アダム・ヴァイスハウプトのイルミナティ思想が広まっていた。これらの影響が広がる事で、英国系と同じく元来神秘主義の傾向が強かった仏蘭西のフリーメイソン組織が政治的傾向を強めていった。 そこから多数の革命実行者を輩出していった。だが、フランス革命の背後には英国のシェルバーン伯爵などがいたと言われており、結局英仏メーソンは両建で同根だということが分かる。 これらの思想の中で特に一般意思説はその後の独裁政治において悪用された思想である。 一般意思説については以下のように書いた。〇ルソー流の「一般意思」という思想は「民衆の意志の体現」を標榜する独裁支配を招きやすい、というのが歴史の教訓である。国家が巨大になる程、直接民主制は難しくなり、実際には「一般意思の体現者」を偽装する独裁集団の支配に帰する。スターリンも毛沢東もヒトラーも「一般意思」の体現者を演じた。〇「生産手段の共有」を標榜する社会主義では、労働者大衆が生産手段を共有するという建前だが、現実には社会主義政府が所有する事になる。「労働者人民の一般意思を体現する人民政府」を標榜する独裁統治である。一般意思説は少数の野心家が民衆を扇動して権力を奪取する為の格好の思想的道具となった。〇大東社・イルミナティの系譜の政治勢力=所謂「左翼」は、政治的正当性を調達するのに「民衆の意志を体現する」とするルソー流の一般意思説を使い、現実には、己の理性能力を過信しつつ「知的能力を保証された少数集団が統治をする」というエリート支配を行なう。社会主義国家がまさにそれであった。 https://twitter.com/kikuchi_8/status/700808863512002560 エドマンド・バークの「フランス革命についての省察」における記述によると、フランス革命は主に「不遇の大貴族」「金融業者」「不満を持つ知識人」の三者の結合によって起こされたという事である。 その中でも思想面を担当したと思われる不満を持つ知識人グループにより、啓蒙思想やそれが先鋭化した理性崇拝教、革命思想が広められたのであろう。 ここで言う理性崇拝教とは、人間の持つ理性能力を過信し、社会的制度を一から構築可能だとし、さらに「理性」を実体視することでキリスト教の「神」のように崇拝する思想のことである。 要するに「内在化されたキリスト教」ということである。 内在化されたといっても、結局は実体としての理性を対象化して崇拝しているので結局はキリスト教の「神」を「理性」と言い換えただけの代物だと言える。 この「理性崇拝教」については以前考察した。以下の過去記事をご覧頂きたい。 http://kokuhiken.exblog.jp/24683736/ 次に、革命組織の構築についてだが、これは上意下達の厳格な軍隊的組織である。 アダム・ヴァイスハウプトが作ったイルミナティは、まさにそのような組織構成をしている。 上級者の命令は絶対であり、下級者は厳格な規律の下命令に従わなければならない。 ヴァイスハウプト自身が書いたイルミナティの案内書によると、イルミナティ結社員は直接の上司以外のメンバーのことは知らず、階級が上がるにつれ徐々に開示される情報が増えていくが、組織の全貌を知る者はトップのみとなっているようだ。 規律と機密保持を厳格にする組織構成であることが分かる。 ※参考文献 秘密結社イルミナティ入会講座 ヴァイスハウプトの著作の日本語訳である。この書でイルミナティの組織形態がよく分かる。 このイルミナティ結社の組織構成の原型はイエズス会である。 (イエズス会を唯物論化して乗っ取った) そもそもヴァイスハウプトは元々はイエズス会士であり、イルミナティの組織形態は厳格な軍隊的組織であるイエズス会に学んだものの様である。 ある学者によると、フリーメイソンなどの西洋の秘密結社のあり方自体が中世のカトリック修道院の影響を受けているとのことである。 メーソン組織の原型そのものがバチカンなのかもしれない。 「カトリック」は「普遍」を意味する様に、カトリック教会も根本的にワンワールドを志向している。メーソンやイルミナティもこの方向性を踏襲し、多少プロットを変えただけのものだと言える。 戦国期に我が国に侵襲してきた西洋勢力の先兵もイエズス会であった。 次は打倒対象とした体制や国の悪宣伝だが、これはフランス革命時にばら撒かれたさまざまなビラが残されている。かなり、下品下劣で卑俗な内容のものが多い。 http://media-cache-ec3.pinimg.com/originals/e4/8a/87/e48a873c04c98cfd3bf57c4aaa616341.jpg ↑フランス革命時にばら撒かれたビラ こういうものをばらまくことで王室の権威を貶め、民衆に体制への憎しみを植えつけたわけである。 これは当時は紙のビラだったが、現代においては、テレビや映画などの映像メディア、インターネットを使った組織的な対象貶め工作=ネット工作員の「主要業務」と思われる、などが該当するだろう。 ネオコン勢力がある国に秘密工作を仕掛けたり、軍事侵攻して体制転覆を図る場合、その国の体制に対してメディアを動員した悪宣伝を大々的に行うのが常套手段である。 イラクのサダム・フセインも、リビアのカダフィ大佐も、そのやり方で「悪魔化」され、軍事侵攻を正当化していった。 また目下進行中の欧米によるシリア侵略において、権力犯罪者集団はメディアを使ってシリアのアサド政権への悪宣伝工作を続けている。だが、ロシアによる暴露等を通じ、トルコとISの関係が広く知れ渡ったりして、真に受ける人は世界的にどんどん減少している。 「革命型戦術」では以上のような主な手段を用いて、「革命」(という名の権力奪取)へと誘導していくのである。 次に革命型戦術と対になる「憑依型戦術」について述べる。 憑依型戦術とは、正面からある国なり、体制なりを打倒しようとする革命型戦術とは違い、対象となる国の内部に密かに浸透して、最終的に乗っ取る、という手口である。 これは単に対象国の政府や政治組織を乗っ取るということだけにとどまらず、対象国の言語、宗教や思想、習慣や風習を換骨奪胎して別のものに変貌させるという文化破壊工作をも意味する。 東亜で言うと、支那は古来より易姓革命の土壌がある国柄なので、大東社系の革命型戦術である共産革命にやられてしまったが、我が国では「孟子を乗せた船は日本に着く前に沈む」と古来言われたほど「革命」に対して強く警戒してきた国柄である。 蘇我、藤原、平氏、源氏、北条、足利、織田、豊臣、徳川と政権は転変したが、どの政権も一部の例外を除き敢えて朝廷を打倒しようとはせず、朝廷から摂政・関白、太政大臣、征夷大将軍等の正式な官職を与えられて政権の正統性を確保する、という道を選んだ。 足利義満は自ら天皇になろうとし、織田信長は朝廷を廃止し、自らが日本の王になろうとしたと言われている。また明治帝=大室寅之祐という「すり替え説」にしろ、表立っての「革命」が難しいという日本の歴史的土壌を反映した説と言える。 このような長い歴史を持つ日本は革命型戦術には非常に強靭な抵抗力を持っている。 であるから大正時代から流入したマルクス主義も所詮は知識人のお遊びに止まった。 だが、日本は元々文化的に寛容なので、憑依型戦術にはかなり無防備な面があった。当初キリシタンすら受け入れようとした。これは先方が奴隷貿易やあからさまな神社仏閣破壊を仕掛けてきたので断固排除した。 我が国は幕末維新期以降、主にこの憑依型戦術で侵攻を受けてきたのである。 このあたりについて以下のように書いた。〇百科全書学派など仏蘭西の啓蒙主義者は儒学など支那思想に影響を受けたと言われている。確かに「怪力乱神を語らず」という儒学は、当時のキリスト教文化とは対照的な合理性を持っていた。加えて気になるのが、易姓革命思想の影響で大東社的革命思想が形成されたのか?である。支那大陸共産化は逆輸入?〇只の思いつきの仮説→儒学の合理思想がキリスト教文化圏において変貌した姿が啓蒙主義、さらに一神教化したのが理性崇拝教であり、政治的に先鋭化したのが革命思想、その延長にある共産主義。「共産主義」=怪物化した儒学の合理思想が「逆輸入」という形で襲い掛かってきたのが大陸の共産革命だった。〇そう言えば我が国では古来より「孟子を積んでくる船は日本に着く前に沈む」と言われていた。実際には孟子も輸入されたが、儒学を受け入れた我が国が易姓革命思想だけは警戒して受け入れなかった事を示している。論語と違って孟子の方ははっきりと易姓革命を肯定しているから危険な書とされた訳である。〇易姓革命の伝統がある支那は大東社系の共産革命にやられたが、我が国では共産主義はインテリのお遊びに過ぎなかった。これは「易姓革命」の土壌のあるなしによると思う。日本は大東社系の革命戦術ではなく、英国系の憑依戦術つまり伝統を改変・改竄する事で文化を破壊し、乗っ取る戦術を仕掛けられた。https://twitter.com/kikuchi_8/status/700450170941538304〇日本は正面から来る仏蘭西メーソン(大東社)系の「革命型戦術」には強靭な抵抗力を持つが、内側から侵食し、乗っ取りに来る英国メーソン系の「憑依型戦術」には無防備な所がある。明治以後はこれで散々やられてきた。共産革命は防止したが、今やネオコン・偽愛国者・朝鮮カルト一味の天下ではないか。〇「憑依型戦術」の実例。明治以後の歴代天皇陛下はガーター騎士団に入られ、宮中周辺はキリスト教徒だらけ、重臣・高官メーソン多し、皇室と伝統仏教のご関係断絶、キリシタン神学を密輸入の平田派の系譜を引く在野神道カルトの跋扈、仏教と耶蘇・神智学の混合、クェーカー教徒が初代宮内庁長官等々。〇憑依型戦術は右派だけではなく、ソ連崩壊後は左派も「反戦平和」「環境」「人権」等の誰も反対できない人道的看板を掲げるやり方で使っている。今時マルクス革命を唱えても誰も真に受けないからだ。左翼過激派ですら偽装政治団体を作る。伝統とか人道を標榜する憑依型戦術を十二分に警戒すべきである。 https://twitter.com/kikuchi_8/status/702163379771699200 日本で最初にキリシタン追放令を出されたのは朝廷である。 正親町天皇の綸旨「大うすはらい(デウスはらい)」(永禄8年、西暦1565年)である。 これは豊臣秀吉の伴天連追放令が出される20年以上前のことである。 だからこそ、この段階で西洋勢力は日本をキリスト教化する為には朝廷に狙いを定める必要がある と考えたのではないか。 ※参考 イエズス会宣教師の日本布教史 そのためであろうか、幕末維新期以後、朝廷に西洋のキリスト教勢力が侵入してくるのである。 それに加えて、明治以後宮中に英国系勢力が浸透し、歴代天皇陛下はガーター騎士団に 入団されてしまっている。これは日英同盟締結を機としたものだが、日英同盟締結の立役者が フリーメイソンに加入した外交官の林薫である。 ※ウィキペディアの林薫の項に以下のような記述がある。 「明治34年(1901年)、ドイツ代理大使から日独英三国同盟の提案が行われ、これをきっかけにして日英間の交渉が始まった。林は本国の指示でイギリス外務大臣の第5代ランズダウン侯爵ヘンリー・ペティ=フィッツモーリスと交渉を重ね、明治35年(1902年)1月30日、ロンドンで第一次日英同盟を調印した。この功績で2月に子爵に昇叙された。また明治36年(1903年)5月、イギリスのエンパイア・ロッジ・ナンバー2108にてフリーメイソンに入会[2]。翌37年(1904年)には同ロッジのマスター(総責任者)に就任。日本人初のロッジ・マスターとされる。」なんと林薫はロッジのグランドマスターにまでなっていた。 ※参考 戦前の国際秘密力研究家・愛宕北山氏は次のように記述している。 「フリイ・メイスン結社そのものは日本にはない。あつてもそれは外國人のみが出入するに過ぎない。日本政府とフリイ・メイスン結社との間の紳士協定によつて、日本人は國内に於ては入會し得ず、またその會合に出席し得ないことになつてゐるからである。しかしフリイ・メイスン結社の祖國である英國は、皇室を始め有力者の殆どすべてが結社員であるので、英國に駐在する帝國使臣は、儀禮的又は便宜的にそれに加入することがあり、日英同盟の立役者であつた林子爵の如きは、相當の高級結社員にまで昇給してゐたことは外國のフリイ・メイスン結社に關する書物にはしばしば記されてゐる。我々は、この外交上の習慣乃至傳統が現在どうなつてゐるかは知らないか、フリイ・メイスン結社に於ては、脱會後さへも結社の祕密を守ることを生命をかけて誓約するのであるから、この點に關しては可成りの注意を要するであらう。 」 さらに、バチカンの濱尾文郎枢機卿の兄・濱尾実東宮侍従=熱心なカトリック信徒や東宮御教育係を務めた英国聖公会信徒の小泉信三、入江相政侍従長などなど宮中関係者にはキリスト教徒が非常に多い。 これは「偶然」か? 美智子様のご実家である正田家はカトリックの家柄である。 正田家をカトリックに導いたのはフランス人のヨゼフ・フロジャックという神父である。 フロジャック神父は宮中にも出入りして、なんと「御進講」まで申し上げていたようである。 明治以後、伝統仏教と皇室のご関係が断ち切られる一方、キリスト教が侵入し、宮中に神父が出入りして、「御進講」申し上げるまでになっていたのである。 ※参考 『隠された皇室人脈』エピソードI弁慶神父の縁結び また、皇族方のご進学先に何故か国際基督教大学が加わる。 この大学はロックフェラー四世も留学していたロックフェラー系の大学だと聞いている。 よりにもよって、キリスト教系の、しかもロックフェラーと関係が深い大学に何故皇族方が? と疑問に思う。 第二次大戦後、日本に進駐してきた連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサーは宮中のキリスト教化を策した。 皇太子殿下の家庭教師にはクェーカー教徒のアメリカ人、エリザベス・ヴァイニング夫人が配置される。 初代宮内庁長官にはクェーカー教徒の田島道治が就任した。 田島は、支那事変を企画したと言われる太平洋問題調査会(IPR)の日本支部の理事長も務めたフリーメイソンでクェーカー教徒の新渡戸稲造の弟子である。 また侍従長には田島と同門の三谷隆信が就任。 戦後の宮内庁関係者には意図的にクェーカー教徒などクリスチャンが配置されているように思う。 田島道治は宮内庁次長に同じくクリスチャンの宇佐美毅を据える。この宇佐美が二代目宮内庁長官になった。戦後の「宮中改革」を実行した宮内庁はクリスチャン人脈が運営したと言っても過言ではない。 ウィキペディアの「田島道治」の項には以下のような記述があった。 「新渡戸内村門下生の三谷隆信と、田島(宮内庁長官)三谷(侍従長、1965年(昭和40年)まで)の「宮中クリスチャンコンビ」として、戦後の宮中改革に尽力した。このコンビは、田島が宮内庁長官の後任にクリスチャンの宇佐美毅を指名し、「田島-三谷」から「宇佐美-三谷」にリレーされた。そして宮中の民主主義教育の促進や美智子皇太子妃の実現などの功績を残すことになった。」 https://ja.wikipedia.org/wiki/田島道治 キリスト教徒によって中枢を固められた宮内庁によって、戦後の「宮中改革」から、キリスト教徒の家柄からの皇太子妃選出に至るまで、「皇室キリスト教化」工作が行われた事が伺える。 偶然ではありえない程の宮中周辺のキリスト教徒の人口密度である。 日本全体でのキリスト教徒人口は1%に満たない。それを考えると宮中周辺のキリスト教徒の多さが尋常ではない事が分かるであろう。 このように、明治以後の国際秘密力の対皇室・宮中征略の骨子は「皇室のキリスト教化」にあると見る。 そして、国際秘密力の対日征略の究極目標こそが「皇室キリスト教化」だと見ている。 宮中をキリスト教化すれば、日本全体をキリスト教化する事も容易い、という狙いだろうか。 これが日本に仕掛けられた憑依型戦術の中枢であると分析する。 つまり、彼らが狙うのは、日本の完全なる変質とそれによる占領である。 2016年のエコノミスト誌の表紙には五重塔の上にスペインの征服者=コンキスタドールが描かれていたが、「日本征服を完了する」という国際秘密力の意思表示ではないかと言われる。 本当に由々しきことである。「破国際秘密力」に待ったなしである! また憑依型戦術は思想方面にも仕掛けられる。 それは「神」という概念を本来のアニミズム的なものから一神教の造物主=ゴッド的なものに改竄する。 この影響で日本人は「神」と言えばキリスト教的なものを連想する様になった傾向あり、「日本人の祖先は実は猶太人だった」という日猶同祖論の普及。 キリシタン神学を密輸して神道をキリスト教化させた平田神道の神学の系譜を引く在野神道カルトの跋扈。 仏教と、キリスト教や神智学との混合=仏耶一元論を唱えた神智学徒のゴルドン夫人は真言密教と景教は同じものだとして高野山に景教の碑を建てた。 日猶同祖論とともに景教渡来説、秦氏=景教徒説を広めた佐伯好郎。のちに日猶同祖論を唱えたのは北海道に猶太資本を呼び込む為だったと服部之総に告白。 など数限りない憑依型思想工作がある。 つまり、日本の伝統思想を換骨奪胎しつつ西洋的なものに改変して、日本人を精神的に変質させて屈服させる思想工作である。 「愛国保守」政治勢力への憑依や利用も顕著である。 我が国の保守勢力は親米と反米に分けられる。 まず親米の方であるがこれは正確に言うと「従米」である。 グローバリストやネオコン、新自由主義者が保守層の支持を得て動員するために「愛国保守」を偽装するという手口を使って「保守」と名乗ったものである。米国で言うとトロツキー主義から転向したネオコンが「保守」を偽装してキリスト教原理主義者を手足として動員するのに似ている。 今の政権与党として力を握っている安倍以下の清和会一味がそれである。 これは以前述べた「統一協会系VS大本教系」という両建構造で言うともちろん前者である。 ※参考 過去記事 大本教と戦前右翼勢力の関係から見るNWO勢力の両建構造 この勢力の本質については以下のように書いた。〇自民党議員の失言から見る「日本が米国の51番目の州になれば、日本人の大統領が誕生するかもしれず、世界の中心で行動できる日本になる」との発想。愛国とNWO思想の奇妙なセット売りの行き着く所を分かりやすく表現した「失言」である。「日本の為に」という名目で日本消滅に誘導するのである。〇この手の発想の極端に奇怪な形が酒井勝軍などが唱えた「世界天皇論」「天孫民族日本人と神選民族猶太人による神州天子国」などというオカルト思想である。NWO思想と合体したナショナリズムは「愛国」という名目で無国境化を推進し、国家を破壊する。愛国主義者を誘導してNWO推進の道具と化す。〇NWO的ワンワールド的な要素を混入した「愛国思想」が危険なのは最終的に国家解体に誘導するからである。自分を熱心な愛国者だと思っている者達が熱心に無国境化を推進する。「日本が51番目の州になる事が(日本が消滅する事が)日本の為だ」なる倒錯した発想は非常に分かり易い形でそれを示した。〇「失言」があからさまに示した「日本を米国の51番目の州にすることが日本のため」という清和会一味・従米保守の「論理」。似非保守の連中に感じる違和感の正体はまさにこれである。「日本の為にと言いつつ日本を破壊する」これこそが安倍一味以下のネオコン、朝鮮系「愛国保守」のエッセンスである。〇正面から日本を破壊しようとする「反日左翼」より、「愛国」「日本の為に」という名目で日本破壊にまい進する「反日右翼」の方が厄介である。警戒色の「反日左翼」があからさまな反日行動を取る。「反日右翼」はそれを糾弾する姿勢で支持を集めつつ国家破壊に推進する、という毎度の両建的構図である。〇「黒人奴隷」発言を巡り、安倍信者は追及する野党とプロレス中だが、「アメリカの51番目の州になれば」発言は全く気にならないらしい。「愛国保守」なら普通は怒る所であるが。これぞ「反日左翼」と対になる「反日右翼」の真骨頂。彼らは「保守」でも「愛国」でもなく「右からの売国奴」に過ぎない。〇丸山議員が言いたかったのは黒人差別というより「アメリカは奴隷の子孫でも大統領になれる、ダイナミックに変化するチャンスに溢れた素晴らしい国だ。日本もアメリカの51番目の州になれば、大統領も輩出でき、世界で行動できる日本になる」という事だろう。要するに「従米保守」の究極的理想だ(笑)〇清和会一味以下の従米保守のエッセンスを身も蓋も無い形で示した丸山発言を「黒人差別」発言としてのみ(もちろんこれも人道的に問題なのは確かである)追及している野党は自民党をある意味助けている。これほど自民党清和会朝鮮カルト売国一味(言い過ぎか笑)の本質を表した迷言も無いのであるが。〇従米派は「俺たちは日本をアメリカの51番目の州にしたいのだ。それこそが日本が世界の中心で活躍できる為に必要な事なのだ」と正直に言えばよい。妙に「保守派」とか「愛国者」を偽装するからややこしくなる。グローバリストである事をさらけ出して丸山議員のようにストレートに言えばよいのである。〇丸山議員は妙に「愛国保守」ぶらずにストレートに本音を言っているだけ正直者である。安倍一味以下も、このくらい堂々と言えばよいのである。「愛国保守」を偽装せず、ストレートにやるべきだ。「反日左翼」が堂々と日本への敵意をむき出しにするように、「反日右翼」も堂々と本音をさらしたらよい。〇大東社系の革命型戦術に対する英国石屋系の憑依型戦術。本音では「日本をアメリカの51番目の州にしたい」のに「伝統を守る」だの「日本の心」だの、色々偽装、粉飾をやる。日本人は革命型戦術への抵抗力は強靭だが、この手の憑依型戦術に付け込まれてきた。だからこそ堂々ときやがれと言いたいのだ。 「従米保守勢力」について言いたいことは以上で大体尽きている。 要するに彼らは「反日左翼」と対になる「反日右翼」に過ぎないという事である。 「親米=従米」派と対になるのが反米派である。 反米保守は「真正保守」とも言われ、「本物の保守」とされている。 だがこの反米派にも問題がある。 「米国のグローバリズムに反対する反米派だったらいいではないか?」と思われれるかもしれないが、以前言及したように反米派にも憑依型戦術の魔の手が忍び寄っている。 つまり、反米と見せて実は親欧州であり、米国系のグローバリズムと対になる、 もう一つのNWO征略である欧州系の世界連邦運動を推進している場合が多いのである。 「東アジア共同体」構想を掲げる鳩山由紀夫氏が代表例であろう。 鳩山由紀夫氏の祖父である鳩山一郎も反米的ではあったが、同時に、フリーメイソンである欧州貴族のクーデン・ホーフ・カレルギー伯爵と繋がっており、カレルギーの「汎ヨーロッパ構想」=のちのEUに繋がる、の影響を受けて、その東亜版である「汎アジア」構想を持っていた。 鳩山一郎はカレルギーの影響下にフリーメイソンに加入し、そのメーソン「友愛」思想は汎アジア構想とともに孫の由紀夫氏に引き継がれている。「由紀夫氏が誰か(笹川良一)に似ている」とも言われるが取りあえず今はおいておく。 戦後の親米右翼の巨頭である児玉誉志夫と対になる反米右翼の巨頭だった田中清玄はEU運動を推進したハプスブルク家のオットー大公と昵懇であり、トウ小平とも近く、鳩山一郎と同じように東亜連邦構想を持っていた。 田中はオーストリア出身の経済学者フリードリヒ・フォン・ハイエクとも交流があり、ハイエクがノーベル経済学賞を受賞した時のパーティにただ一人の日本人として招待されている。 またハイエクが作った結社である「モンペルラン協会」の会員である。 そして、ロンドンのロイズ保険の会員でもある。 このように反米右翼の巨頭・田中清玄は「反米」ではあるものの、何かと欧州の影がちらつくのである。 ※ちなみに田中は「論争ジャーナル」という右派の雑誌に資金提供をしており、この雑誌を運営していた青年達が三島由紀夫の盾の会に参加する事になる。 反米派と言えば、陰謀論界についても憑依型戦術が行なわれている。 というより、陰謀論界はもっともコアな思想工作が行われている領域だと言える。 陰謀論界は大本教系人脈の影響力が非常に強いと思われる。 有名な陰謀論者の中で出口王仁三郎の影響を受けている者達が多いからだ。この代表例が故・船井幸雄氏だろう。船井氏は大本教系陰謀論界の重鎮だった。 大本教関連団体である世界紅卍会の会長を務め、世界連邦推進者であった堀川辰吉郎を持ち上げる論者もいる。堀川天皇を「裏天皇」と持ち上げる一派もいる。 陰謀論界の重鎮である中丸薫氏は堀川の娘を名乗っている。 プロ筋の陰謀論界では、何故か陰謀論が日猶同祖論、終末思想や救世主思想、オカルトなどとセットになっていたりする。何故、「陰謀論」単体ではないのか? このため、NWO勢力を批判するという態で、いつの間にかNWOに誘導している、という場合が非常に多い。こういうのを「紐付き陰謀論」と呼んでいる。 「国際秘密力の思想工作の一環」という意味での「陰謀論」という意味である。 確かに彼らは正しい事、役に立つ情報も言う。しかし、正しい事の中に嘘やNWO思想を潜ませるのである。 そして、彼らが一部正しい事を言うがために彼らを信じた人たちを、明後日の方向へ誘導していくのである。 具体的に言うと、日猶同祖論や、国際秘密力側の思想である終末思想や救世主思想、カバラなどの西洋のオカルト思想を陰謀論とセットにすることで、陰謀追及者を逆にNWOに誘導するのである。 陰謀論に様々な思想的仕掛けを施すことで、陰謀追及者を逆にNWO推進の為の援兵と為すわけである。陰謀追及者たるもの「陰謀論の目利き」(重要!)ができなければ、当初のNWO批判の意図に反して、NWO推進の片棒を担がされる羽目になる危険性があるのだ。 しっかり注意して、騙され誘導される事が無いようにするべきである。 以上、従米派と反米派の双方を見てきたが、どちらもワンワールド勢力の影が見えるのである。 憑依型戦術の根深さを痛感する。 国際秘密力はこのような様々な思想工作を仕掛けて、対象国の伝統的な思想や習慣を改竄して別のものに変えてしまったり、対象国の国民を精神的に屈服させたりすることで、侵略を遂行するのである。これは一見して危険だと分かる警戒色の革命型戦術と違い、一見は善意や無害に見えるので意識されない間に進行していき、気づいたときには精神的文化的に占領されてしまっている、という恐ろしい戦術である。 十二分に警戒をするべきである。 以上のような国際秘密力の二大戦術=革命型戦術と憑依型戦術について以前以下のようにまとまった文章を書いたので掲載する。1)国際秘密力が侵略戦争以外の方法である国家を攻略する場合、二つの方法があると思う。「革命型」と「憑依型」である。まず「革命型」であるが、これは標的とした国の内部に反体制分子を育成して、正面から国家を破壊する場合である。仏蘭西革命や社会・共産主義革命がその典型である。2)おそらく原型は、バチカン・イエズス会が行った、キリスト教宣教師を送り込み改宗者を増やして軍隊を組織し現地政府を転覆させる、というやり方であろう。これは戦国期に我が国も仕掛けられた。3)アダム・ヴァイスハウプトはイエズス会の出身者で、イルミナティの組織構成はイエズス会の軍隊組織(創設者のイグナチウス・デ・ロヨラは元々軍人)を模したようなのでイルミナティやそれが浸透した大東社の革命戦術路線はイエズス会に原型があるように思う。4)しかしこの「革命型」は標的になった国家が脆弱であるとか、多様な勢力に分散して相互に争っているとか、為政者の悪政によって民衆の不満が極度に鬱積しているとか、そういう諸条件が無い、もしくは作り出さないと成功しにくいであろう。5)しかも革命理論の製造及びプロパガンダ、暴力を集約的に行使するための反体制分子の組織化等々、大きな手間がかかる。もともと正面から、ある一つの文化共同体の成員の思想を改変し国体(伝来の国家社会の形態)を破壊することは難しいことなのだ。6)だからもう一つの「憑依型」戦術が出てくる。これは、現地国家に元からある伝統や文化に憑りついて別の物に変貌させる、という形で行われる。これは、革命のようにあからさまには行われず、徐々に進行されるため気付かれにくく、現地人からの警戒や反発を最小限に回避しつつ、7)いつの間にか占領された状態が現出している、という恐るべきものである。歴史を観察すると日猶同祖論のように「お前達のルーツは我々だよ」と精神的に屈服させるやり方(○猶同祖論は世界各地にある)や伝統的思想を換骨奪胎して別のものに変えてしまうやり方などがあることがわかる。8)特に後者についてであるが、文化を構成する主な因子は言語だと思うが、その言語で表されるさまざまな文化的概念を改変することで、現地の文化を別のものに変えてしまうわけである。「神」という表記、「カミ」という音声、が示す概念内容をキリスト教的な造物主概念で置き換えるようなことである。9)文化はそれを構成する重要な要素である言語の概念内容が変われば変貌してしまう。自生的に生成してきた伝来の文化が外国勢力によって変改されることは、外国勢力による人為的な文化支配が完成することを意味する。10)そして文化のあり方と密接不可分な思考言動の習慣が変えられ、それによって形成される国家社会の構造が変貌し、いつの間にかもとからあった独自の文化・国体は消滅している。11)日本が中国や印度の文物・思想を移入しながら、独自性を失わなかったのは、もともと日中印の文化に汎神論の伝統という共通した大枠がありそれによってスムーズな文化移入が行われたからだと考えている。平田派のキリシタン神学密輸はその大枠そのものから逸脱した。がこれはまた別の話である12)正面から向ってくる「革命型」の場合は、その国家や文化共同体がある程度安定していれば、防ぐことはたやすい。今やマルクス・レーニン主義者、左翼過激派の言い分をまともに受け取るのは少数派の中の少数派である。13)だから左翼は偽装転向したり、エコロジーや人権運動、「歴史認識問題」の形を取らざるを得ないのである。(とり憑く対象が伝統ではないとはいえ、一般的に受け入れられているエコや人権擁護を利用するという点で「憑依型」と言える。人間の「良心」を利用するわけである。)14)しかし、ステルス戦術で徐々に内部破壊を遂行する「憑依型」戦術は、伝統を重んじる心や愛国心すら利用するので、きわめて巧妙である。本来は伝統を護持し愛国心を持って国を守ろうと志すはずの保守愛国勢力は親米派と反米派に分かれつつ統一・大本というカルトの影響下に組み込まれている。15)統一、大本というのは一神教がベースのカルトであり、日本の伝統思想とは絶対に相容れないはずなのに、一神教カルトのお先棒を担ぎつつ日本主義を呼号するという矛盾である。そして戦前から意図的に流布されたおかしな日猶同祖論が罷り通っている。保守層を標的にした一連の思想ギミックである。16)保守陣営の一部には熱烈な親イスラエル一派がいる。渡部悌治先生の御著書によると日猶同祖論の資金源の一つが大本教だそうである。そのような工作の結果、共産中国に長年武器援助してきたイスラエルを翼賛しつつ反中国の主張をする、という両建マッチポンプが実際に起こっている。17)このように、自分は愛国者のつもりでいるのに、いつの間にか国家を破壊することに手を貸していた、そんなことが起こるのである。左翼の国家破壊行動を批判するのは大事だが、伝統保守の側にも魔の手が浸食していることを自覚しないと危ない。18)正面から来る「革命型」戦術は見えやすいので反左翼は多い。しかしステルスに遂行される「憑依型」戦術は見えにくい。だから偽装保守・カルト保守の批判はあまり多くないのが現状である。その結果が安倍極悪犯罪者仁風林ニセ内閣の横暴である。愛国心を利用した誘導の結果である。19)己の意思を強制し人間や自然を操作する技術体系が魔術だと思うが、愛国心をも利用して国家を破壊する戦術というのはまさに魔術以外の何物でもない。かかる発想は西洋の底知れない闇の中枢からしか出てこない発想である。まさに悪知恵も極まれりである。(了) 上にも書いたように、革命型戦術を使うのは左翼、憑依型戦術を使うのは右翼、とは限らない。 今や左翼もこの憑依型戦術を使っている。 今時、マルクス・レーニン主義を正面から掲げて革命を鼓吹しても、誰もまともに受け取らないからである。 時々、過激派がテロ・ゲリラ事件で検挙される程度である。 だからこそ、「反戦平和」「人権」「環境」等々の誰も反対できないような人道的な表看板を掲げるというやり方をしているのである。 左翼過激派が表向き市民団体(「プロ市民」などと呼ばれる)として活動していることは広く知られている。うっかりデモ団体に参加すると過激派に「オルグ」されたなんてことがありうるのである。基本的にカルトがダミー団体を作るのと同じである。 現在では左翼も大東社系の革命型戦術一本やりではどうにもならない訳である。だが、拳マークの横文字左翼人工芝一味はソロス財団の傘下にあるアヴァースと連携していたり、周辺の著名人の支持者が「フランス革命」を口にするなど、日本のウクライナ化も危惧され油断はならない。 ※逆に右翼が「革命型戦術」を使う場合もある。玄洋社・黒龍会などが辛亥革命に関与した事例がある。 また背後に「右派」勢力の影が見え隠れする湯川陽菜氏はシリアの反政府軍に関与していた。 湯川氏の背後関係はいまだに解明されず放置されたままである。背後者は湯川氏を使って何を企んでいたのか? 右派であれば、伝統や愛国心に憑依する訳であるが、左派の場合はこれらの人道主義的な名目に憑依する訳である。 前者が保守層向けの憑依型戦術であり、後者がリベラル層向けの憑依型戦術 である。今や右も左も「憑依型戦術」、であり、全方位的に迫ってくる。 十二分に気を付けるべきである。 以上で、国際秘密力の二大戦術、「革命型戦術」と「憑依型戦術」についての分析を終わる。 (了)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 抜粋終わり>正親町天皇の綸旨「大うすはらい(デウスはらい)」(永禄8年、西暦1565年)である。>これは豊臣秀吉の伴天連追放令が出される20年以上前のことである。 これにはびっくりした。 もう少しは天皇の政治的識見を評価しないとな・・・ また細かいことを後刻にでも追記。 お読みくださりありがとうございます。 ★ ★ ★ 日本列島は大陸の権力闘争で敗れた民族が辿りつく亡命の地で、そのような民族に虐げられてきたのが、日本先住民の部落と呼ばれて差別を受けてきた原住民なんである。 戦国時代のイエズス会は、この原住民出の新興勢力大名の信長に目をつけて、中国大陸の橋頭堡にしようとしたが、朝廷の抵抗と信長の思い上がりに失敗し、メーソンは幕末期に、この原住民に目をつけて、明治革命の裏方役になった。 やがてロシア帝が西欧で台頭すると、悪魔王室の英国は、ロシア帝を倒すために、明治政府の棄民政策とも相通じ、主に差別された部落原住民が、日清、日露戦争に駆り出される羽目になる。だから明治以来、天皇がガータ騎士であることからわかるが、この国は悪魔崇拝の配下にある。 というわけで、闇の悪魔の勢力から、自らのなかに眠るキリスト意識を目覚めせ、自らを解放するために、シュタイナーの話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ トンデモ話は奥で繋がる 「第149夜」 -弟子のクッテネルがお送りします。 http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-864.html ≪キリスト意識(3)≫ ★古代の秘儀 古代アトランティスの大多数の人々の見霊能力が衰える中、秘儀によって霊界との繋がりを維持することが出来た者も少数いましたが、しかし彼らは、現代人が努力して後に手に入れるであろう霊界との繋がりとは違っていたのです。 「今日の魂が、再び霊能力を獲得したなら、自分の肉体の内にいながら、自分自身という基準に従って、全く自由に、霊感を持てるのですが、キリスト以前の古代人の魂は、その本質から自分という意識をもてなかったので、秘儀の聖域で(民族霊を通して)受け取った基準に従わなければなりませんでした。 (民族霊が霊界とのつながり、つまり善の意識と、霊能力を与えたのが、後に形骸化して文化になった。) (…中略…) 秘儀参入を志す者の魂は、祭祀達による修行等の外(肉体)的な手段によって、肉体から解放されました。その時、秘儀参入を志す者は、一定の時間、眠りに似た状態に置かれたのです。 (覚醒意識を失う状態のこと。スポーツ選手や格闘技の選手が激しい激突などで競技中に「おちる」といわれる意識がなくなる状態と似ている。) しかし、その状態は睡眠状態ではありません。霊視すると、睡眠中の人間の肉体はベッドに横たわり、本来の霊魂は肉体から離れています。 しかし、この秘儀参入の状態では、霊魂の(与えられたばかりの)自我のみが、集中力を失って、無意識になっています。ですから自我の周りには、闇が拡がっているのです。 (無我の境地のこと) 古代の秘儀の場で、人間の魂に対して行うこのような秘儀は、既に秘儀に参入したことのある導師達によって、参入者の自我を一種の睡眠状態に置くことにあったのですが、同時に、導師が、参入者の自我の内力や働きを研ぎ澄まし、強化するように支援していました。 肉体は死に似た睡眠状態に置かれましたが、魂は霊界を観ていたのです。 そして意識的に睡眠生活を営む中で、自分は霊界の市民である、と確信できたのです。 (この秘儀参入法は、スウェデンボルグなどの自伝からある程度わかる。霊界の一市民という意味で、洗礼名や戒名が導師により名づけられた。ネットでいうログイン名=ハンドルネームみたいなもの。 つまり姓名は、本来は霊界、つまり天界の名と、地の姓(地名)からなることがわかる。西欧が名に天使名をつけるのは、この名残りと思われる。要するに氏名は、あの世とこの世からなり、仏陀が天上天下唯我独尊といったのは、氏名を名乗ったということ。) こうして、しばらくしてから再び通常の覚醒状態に戻されますと、その魂は、肉体の外で知覚した霊界のことを思い出します。この魂は預言する霊となって、民衆の前に立ち、霊界の存在と、人間の永遠の存続とを証言するのです。 この魂は、こうして霊界での生活に関与することが出来たのです。 秘儀の中では、長い人生において(悪魔に憑依された権威者たちに迫害されないために、一般人に知られないように)遵守すべき規則が与えられましたが、このことが古代の秘儀の場での導師達による最後の行為だったのです。」 ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』pp354-355《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載 つまり現代人がもし霊能力を再び獲得したら、自我を体内にとどめたまま、覚醒した状態で見霊能力を働かせることが出来るのに対して、古代の人類は《死に似た睡眠状態》、魂と肉体が離れた状態でしか、その能力を得られなかったということです。 (キリストが降臨し、イエスという肉体に宿り、自我を霊的に覚醒させたからで、だから人智学では、キリスト降臨以降の自我を、霊我=マナスの萌芽と呼ぶ。つまりこれが神の子の意味である。 人の子の自我と、神の子の霊我が、キリスト降臨により統合されたのである。これがゴルゴダの秘儀である。) そして、後に詳しく述べることになりますが、冒頭の文が示しているとおり、《キリストの秘儀》こそ、その分岐点となった出来事ということになります。 秘儀がどのように行われたのかは示されていませんが、古代文明、とりわけ魂の不滅の思想を色濃く残しているエジプト文明では、実際そのような秘儀が日常的に行われ、数々の預言がなされていたのでしょう。 古代人のこのような交霊について、《睡眠生活》という、矛盾をはらんだような言葉も出てきますが、これ等はエドガー・ケイシーの交霊法を思い出させます。彼こそ、古代的な見霊能力をそのまま得ていたのでは無いでしょうか。 ★ヨーガこそ太陽生命の知覚 時代が後期に進むに連れ、太陽からのエーテルを知覚する能力は、特定の秘儀参入者しか維持できなくなっていきます。 しかし同時に、我々が個人の自由な精神文化を発達させるためには、この霊能力の死の過程が必要でもあったのです。この民族霊に従う古い霊能力=精神と、人間独自の悪を行える自由な新しい霊能力=精神の2つの矛盾した叡智は、それぞれ別の担い手達によって、代々伝承されてゆくことになります。 (カインとアベルのこと。カインがアベルを殺したというのは、霊界をみる霊能力を失ったという意味。) 「古い見霊能力の喪失とともに、この=太陽からの宇宙ハーモニーと生命エーテルの知覚への門は閉じられました。そして、それと共に、次第に別の能力が生じました。 それは《知力(論理的な分別知)》であり、《認識力(道徳から外れる犯罪行為)》です。この力によって、人々は内省し、思索にふけることを学びました。 (この分別知と善悪の認識力は、聖書では、「禁断の果実を食べた」として記述されている。神がこの果実を食べるのを禁じたのは、宇宙の全体の流れである神に背き、道徳から外れる行為をもできるようになるからで、実際に、人類は悪を行う自由を得た。) 現代人が、覚醒時の生活の中で、物質界の諸事情について考えを巡らし、精神生活を発達できるのは、古い見霊能力を喪失した結果なのです。 (金儲けや裏切りなどの悪いことを行えるのは、霊界=天国から離れ、悪魔に唆されたからこそできるのである。) 現代人の精神生活は、感情、感覚、思考、想像力によって、独自の文化を創造できましたが、そのような創造力は、古代アトランティス時代初期にはまだ無かったのです。 (日本が悪魔崇拝と化した偽キリスト教から鎖国したからこそ、日本独自の精神文化が生まれた。しかし、この江戸時代にはまだ個人主義が芽生えていなかったので、現代の日本人はいまだに時代遅れの集団洗脳状態に罹りやすい。 アホバカが総理をやっていることからもわかる。西欧ではありえないが、トランプをみると、米国が西欧の悪を引き継ぎ、アホバカになっていることがわかる。) (…中略…) 人が自分を、自我=神であると感じるようになるに連れて、宇宙を貫き流れる神的な生命エーテル(主なる神)を知覚することが出来なくなりました。 地上の存在となった人間は、直接太陽から射してくる《生命》をもはや知覚出来ず、生命を自分の中にしか生き生きと感じられなくなりました。 (…中略…) 太陽の霊的な作用が、人間の中に働きかけられなくなると、その代わりに人間の精神生活が独自に、ますます花を開かせました。 (人間は神と離れたので、神に憧れ、恋するようになった。) ………………………………………………………………………………… 秘儀参入法の《ヨーガ》によって、太陽の作用を直接知覚出来るまでに、いわば通常の生活様式に反して、霊的な能力を発達させることが出来たのは、聖なる秘儀の参入者だけでした。 古代アトランティス時代の後半期になると、《神託地》にふさわしい場所が、古代アトランティス大陸内の各地に現れました。 (ピラミッドをつくった) 音響エーテルと生命エーテルの直接の作用を、もはや知覚出来なくなっていた人々の中から、聖なる叡智を学ぶ者達が選ばれ、単なる感覚、知覚を制禦することによって、音響エーテルと生命エーテルの啓示を知ることを学びました。 そして、この能力は、ポストアトランティス時代にも維持され続けました。」 ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』pp72-75 《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載 《ヨーガ》と言えば、スピリチュアリズムを白眼視する人でさえ、健康法の一つと見做すほど、すっかり市民権を得た感じがありますが、驚くことに本来は、《オカルト的能力》を後世に伝える手段として始まったものなのです。 ★アフラ・マズダーとは その後の古代アトランティスの叡智のゆくえについては、以前にもバーバラのリーディングの内容として、第八十五夜以降でお話ししましたが、シュタイナーも同じような伝承について口述しています。 もっともシュタイナーの場合は、現代に繋がる見霊能力が、どのような経緯で受け継がれて来たかに視点があり、その意味では、第130夜でお話しした、ミトラ神学とほぼ一致した経緯を示しています。 ただし、シュタイナーの場合は、単なる古代宗教の伝承話としてではなく、今までにお話しして来た人間の4つの体―肉体、エーテル体、アストラル体そして自我との関わり方が常に論じられています。 …………………………………………………………………………………………… 古代アトランティス人の見霊能力―太陽からの霊的な作用である音響エーテルと生命エーテルの啓示を知覚する力は、まずイラン民族の祭司ゾロアスターに受け継がれます。 ちなみに《ゾロアスター》については、私達が歴史の授業で教えられているゾロアスター教の創始者―ダレイオス王の時代のゾロアスターとは全く違う存在であり、古代ギリシア人がトロイア戦争の5千年前に想定していた人物とされます。 (古代では名前を一世、二世、三世と受け継いだので、有名なゾロアスターは、その末裔らしい。) 「ゾロアスターは太古の時代(アトランティス大陸の没落直後)に、秘儀の聖域から持ち出してきた財宝(マナス)でイラン民族を育てました。 外界を人間の精神力(善の意識)によって、(霊界と同じように)つくりかえようとする意識を持った民族に育てたのです。 (…中略…) ゾロアスターは、外にある太陽が、高次の霊の外なる可視体(肉体)であることを、人々が洞察できる道(教え)を開いた(説いた)のです。 彼はこの高次の霊を、人間の小さなオーラとは反対の、《大きなオーラ(=アフラ・マズダー)》と呼びました。 ゾロアスターがこの言葉で示唆しようとしたのは、 《今はまだ遥か遠く(太陽)に存在するこのアフラ・マズダーが、いつかは地上に降臨して、人類の進化のために自分の実体を大地と結びつけ、人類に作用を及ぼし続けるであろう》 という預言でした。こうしてゾロアスターは、後にイエス=キリストとなって地上に生きた人間の《正体》を、当時の人々に示したのです。 ゾロアスターは、この預言によって非常に重大な行為を達成しました。ポストアトランティス時代の新しい《神(霊能力)を失った人類》が死後も霊界(天国)に昇っていけるようにしたのです。 物質界に降りてきた人間が、精神力で霊界に到達できるようにしたのです。 古代インド人はヨーガを修行することで《古い霊能力》を再び獲得しました。しかし《新しい霊能力》の獲得方法はゾロアスターによって、人々に示されたのです。」 ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』pp32-33 《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載 アフラ・マズダーと言えば、小生も昔、高校の倫理社会の時間にアーリマンと対抗するものとして、漠然と教えられた記憶がありますが、実は《キリストの正体》なのです。 今ではゾロアスター教と言えば、(アーリマンによる人類の奴隷化のために)一般には《特異な神を持つ拝火教》のように思われていますが、これも歴史上のゾロアスターによって、歪められた歴史の一つであり、そもそもキリスト霊を示す教えだったのです。 (今の仏教が仏陀の教えを歪め、正反対のことをしているのと同じ。今の仏教徒のほとんどが地獄に堕ちるだろう。) そして我々は、《ヨーガ》を極めることによって霊性に到る《古い道(古い霊能力獲得方法)》の他に、キリストがイエス=キリストとして3年間にわたって示した人道行為全てによる精神力によって到る《新しい道(新しい霊能力獲得方法)》があることを知ることになるのです。 (ちなみにシュタイナーは古い方法は薦めていない。というのは、当時とは肉体を含む4つの体の状態が異なっているので、特に自我の状態が異なるので、下手すると、現状の物質界に適応できなくなる恐れがあるから。精神病になってしまう。) しかし、そのキリストがイエスの《肉体》に受肉することは、それ程たやすいことではなかったのだと、シュタイナーの話は続いてゆきます。 (以前紹介したが、キリスト霊を降臨させるために、2人のイエスが聖杯となったという話。この話からイエスの双子説が噂されるが、双子でなく、一人はキリスト霊のために犠牲になった。) 次回第150夜からはそこに到るまでについてお話しします。 ★ ★ ★ アーリマンが、人類を地上に閉じ込め、奴隷化したいために、ほとんどの国家と教会は悪魔に乗っ取られている状況にある。キリストに背いて金融業や金儲けをして差別や貧困を拡大していることで明らかである。 人類の1人1人がキリスト意識を目覚めさせないと、人類は悪魔の奴隷となって滅んでしまうだろう。既にほとんどの国が悪魔の唯物化地獄の階層奴隷化社会をつくりあげていることで明らかである。
2016年02月26日
コメント(0)
アホ下痢ゾ~は人類至上究極のアホバカで、あのオバカブッシュのアホバカぶりを上回り、米国の巷を席巻しているオバカ発言爆発のトランプの知能指数を遥かに下回るほどの人類が即駄目出しすべきアホバカである。 「賢者は歴史に学び、愚か者は経験に学ぶ」という格言があるが、アホバカは歴史を学べないくらいアホバカなんで、経験しか学べないのに、何度も同じ過ちを繰り返し全く学ぶ姿勢が皆無である。 愚か者は自分の経験の範囲、しかも失敗から学ぶならまだしも、その経験内で考えるから、自分の経験の範囲を越えられないどころか、同じ過ちを何度も繰り返す。 巷ではなんでもアホバカは自画自賛本に大金を投じている愚かぶりだという、悪い評判が巷を席巻しないように、悪く書いた本を買い占めるという話はよく聞くが、インチキ自己宣伝本をインチキぶりがばれないために自分で大量に買うのはアホバカだけのなせる業だろう。ゲスノートに記載され、出版赤字になればいいのにね。 まさにクズとクズ本という話をお馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ カネを出さなきゃ誰も褒めない http://my.shadowcity.jp/ アベシンゾーが自分を褒め称える本を爆買いというんだが、さすが自画自賛内閣w 自分で褒めなきゃ、誰も誉めてくれないしw 自分が本を書いてそれを支持者に配るというのは、まぁ、判る。政治家の事務所に遊びに行くと、本、くれるよねw 他人に書かせるところが大物? そういや、自民党の大物政治家の自叙伝をゴーストラターしたヤツ知ってますw いい小遣い稼ぎになるらしいw 安倍総理が爆買いした本というのが、文藝評論家・小川榮太郎氏が書いた「約束の日」(幻冬舎)だ。 安倍総理は一人、自身を絶賛する本を読んで悦に入っていたのだろうか。 この本を総理は、12年9~11月に2380冊購入。 さらに同時期に、大手書店のべ8店舗で書名の明らかでない149万6250円分の書籍を購入。 この額は『約束の日』の定価(1575円)のちょうど950倍、つまり950冊分だ。 なぜ複数の書店に分けて買ったのか、答えは新聞広告にあった。 同年11年末の新聞広告において、各書店の週間ベストセラーランキングで1位を獲得したと大々的に喧伝さえしていた。 今は出版不況で、ハードカバーの単行本だったら3000冊とかしか売れない。それが、最初からアベシンゾーが3000冊買ってくれるんだったら、みんな、喜んで書きますねw おいらはヤダけどw おいら、馬鹿を持ち上げるような文章は書けない。馬鹿を馬鹿にする文章だったら書けるw 年金もうないだろな・・・ http://my.shadowcity.jp/ 年金の株買いが止まず、毎日1000億円ずつぶっ込んでるらしいw 3月末にGPIFの〆が来るので、その時点で抱えた膨大な株の評価額が参院選に影響するというので、必死ですw 逆に言えば、そこまで「読まれてる」わけで、海千山千の投資ファンドにしてみりゃ、赤ん坊の手を捻って泣かせるようなもんだw 大変だ、ベビーシッター甲斐犬るんみぃ連れて来なきゃw 大和証券チーフグローバルストラテジストの壁谷洋和氏は「週間の日経平均の値動きと信託銀行の売買の傾向をみると、見事に逆相関となっている。国内年金が信託銀行を通じて機動的に動き、下値を買い支えたのだろう」という。 市場では、前週に続いて今週も「1日当たり1000億円規模で年金買いが観測されている」(外資系証券トレーダー)との見方が出ている。年金資金は基本的に下値を支える傾向があるため、日経平均1万6000円割れの水準は買いとの見方が市場では強まっている。 タマはいくらでもある、って、それ、国民が預けたカネだから。使い込んで減ったら、誰が責任取るんだよw 塩漬け株抱えて「負けてないもーん」で通すつもりかよw ★ ★ ★ 愚か者はインチキの経験しかないのでインチキしかできません。 アホバカジミンを政治から追放するために、とりあえず日本の野党は左も右も皆共同で有権者の受け皿になり、ジコウを葬り去って与党になってから、議席を安定確保して、政策論を国会で戦わせ、中道の妥協案を通せばいいだけの話である。 あまり褒められたもんではないが、まだマシという意味で、かつてのジミンがそうだった。派閥ごとに左右の意見が違うが、選挙では協力し、与党になってから、経世会と清和会が犬猿のなかで、政策では喧々諤々と議論を競い、中道の妥協案を通した。独裁を許さない気風があったが、小渕以降アホバカばかりで、政治が混乱、迷走している。 大体、議論を国会で闘わせずに、官僚にシナリオを書かせ、料亭などで古株古狸の地獄行きたちが利権確保と癒着を拡大するために勝手に決めてしまう江戸時代の大奥のようなことをするから、財政赤字が拡大し、庶民の生活が犠牲になるのである。 制度がかわっても、精神が中世で、知能がアホバカでは、底辺の生活がますます悪くなるだけである。 政治とは公正と公平な分配による統治である。特に弱者救済や貧困解決にあるのだから、あらゆる差別をなくさないといけない。 ジミンのアホバカのせいでどれだけ国益を損失したか、正確に計算すべきであるという話をお馴染みのサイトから紹介する。悪いのは全てミンスのせいなら、政権与党の自覚なしで、意味がないから退場させろ! 国家を自分の玩具かなんかと勘違いしているあんなアホバカを早く退場させられずに、ダマスゴミの地獄行きの腰巾着とつるんで国家財政を破綻に招いて、国民の暮らしを地獄化させているこの国は北そのものといってよいだろう。 米国のトランプのようなアホバカは政権批判として本来はマスコミから出てくるべきものである。 権力に立ち向かえる勇者が出ずに、権力の犬の奴隷ばかりじゃ、この国はいつまでも大国の属国のままであるという話を、お馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ お花畑の言いたい放題爺 http://my.shadowcity.jp/ トランプの勢いが止まらないw やっぱり副大統領はペイリンかね? で、トランプが暗殺されて、ペイリン大統領が恐竜に乗ったヒトラーを地底国から呼び出すんだろ、知ってるぞw 相手がトランプじゃ、ヒラリーがマトモな人間に見えちゃって、勝てない、サンダースを出せ、という話も出ていて、混沌ですw ドナルド・トランプがサウスカロライナ州の共和党予備選で圧勝した一因には、彼の極端な反自由貿易、反TPPの言辞が、同州に多い白人の低所得労働者層に大受けした事実があることを、日本のメディアはほとんど伝えていない。 「老いぼれ政治家や外交官どもが通商交渉で大負けしたせいで何百万もの雇用が失われた」 「私は、ビル・クリントン大統領がやった北米自由貿易協定を廃止し、いま提案されているTPPはゴミ箱に放り込むことを、皆さんに誓約する」 「メキシコや日本や中国(など米国に輸出している国々)には貿易で制裁を科す。 メキシコからの自動車輸入には35%の関税をかける。中国からの輸入はすべて45%の関税だ!」と、まあ、すさまじい。 トランプは、右とか左を越えた、お花畑の言いたい放題爺いです。居酒屋でオダあげてる酔っぱらいレベル。こんなのの相手が出来るのは、シラフでもアタマのオカシイ社会主義者しかいないw 日本も、社会主義者のスターを作らなきゃw 野党が合併するらしいから、党名を「山本太郎とその他一同」にしろw ★ ★ ★ この国の現状が、GHQ統治下と益々似てきたという話を、如何わしいサイトにみつけたので、内容はいいので、紹介する。 ★ ★ ★ 賢者は歴史に学び、愚か者は経験に学ぶ http://www1.bbiq.jp/chikoshima.com/log/kenjya-wa-rekishi-ni-manabu.html 「賢者は歴史に学び、愚か者は経験に学ぶ」という言葉があります。 愚か者は自分の経験の範囲からしか学びが得られないから自分の経験の範囲を越えられません。 従って、経験のないことには全く無力になるのです。 特に自分の腕一本で会社を経営してきたオーナー社長あたりがこの類であります。 言葉は悪いのですが、いわゆる専門馬鹿。 過去の成功体験が忘れられない。 たとえば、インターネット一つ使えず、ローカルの客しか眼中にない場合などがそうです。 経験のある商売のやり方から脱皮できないのです。 新たなやり方とか新たな活路を開くという発想が出てきません。 この、新しい発想が出せれば良いのですが、現実にはほとんど不可能です。 それでも、処方がないわけではありませんが、頑固さや臆病さが仇となって、極めて困難です。 こういう人のことを「古い教えに素直な人」と表現した若い先生がおりますが、ものも言いようであります。 よくもまあ、そんな上手な表現があったものだと感心してしまいます。 人を傷つけないためには、どんな言い回しでもできるものです。 (日本会議のアホバカたちがこの類。) --- 一方、賢者は歴史に学ぶ。 偉大な先人たちの知恵の遺産に学ぶ訳です。 しかも、ここからがもっとも大切なところなのですが、学んだことを、現実の目の前の問題解決のために活かすことです。 人類の歴史の遺産ともいえる膨大な知識・情報を集め、整理されたデータベースの中から最適な解を検索することが可能となります。 全く未経験のことであっても、似たような先例に学んだり全く別の分野で使われた方法であっても意外なものを組み合わせる知恵を出すことによって目前の自分の問題や与えられた課題の解決に挑戦することができるのです。 どんなに異なる分野であっても原理原則というものは根本的には不変であります。 たとえ目まぐるしく変化する目前の現実に対応するにしても目先のことだけに捕らわれず、高邁な理念を実現するために気が遠くなるほどの長期にわたる大局観に基づいた、ステップを踏んだ適切な対処の仕方ができるというものです。 --- この力は、逆境にあるときこそ底力を発揮するものです。 少々業績が低迷したとしても、一時しのぎに打つ手もあればその一方で長期的な戦略に基づく基礎体力を養う手立ても必要なことが分かっているからです。 どんな環境も必ず変化するのですから、その変化のうねりが読めなければ適切な対策は打てません。 起こる変化は誰もが未経験のことばかりです。 歴史に学ぶほかには手立てはない。 --- すでに来年の干支が話題になっていますが、十干十二支が一巡するのは60年です。 ですから満60歳は還暦と申します。 60年周期でものごとが大きく巡ってくるという古代からの教えです。 今から60年前といえば終戦直後の混乱期です。 周囲は焼け野原で家を失い、 食べるものもなければ、着る物もないという難民みたいな状況の中で、なりふり構わず、生きるためにはどんなことだってやって生き残ってきた先輩たちのご苦労がどれほどのものであったかは、想像もできません。 戦後の混乱の中で、この国がどうなるかもわからない状況です。 この国が連合国軍に占領されてしまったし、それまで国家の指導的立場にあった人たちは、GHQの手によって、公職から追放されてしまったのです。 もう、政府がどうのとか、国家がどうのなんて言ってられない時代です。 自分が生き残るのが最優先。家族を守るのが最優先。他人の目なんか気にしている場合じゃなかったのです。 振り返って今の時代を見渡せば、まさに当時と同じような状況にあります。 国の打ち出す政策なんて、まるで当てにできません。 財源もないのに、まるで社会主義の国かと思うような、ばらまき政策が横行しています。 しかも、国会が機能不全に陥っているのですから、お話しになりません。 すでに、一国の政治体制が崩壊したも同然の状況です。 この国は、経済的にはとっくの昔に破綻している国です。 お札を大量に印刷してごまかしているだけなのです。 悪魔のような人間とはいるもので、超インフレを起こしておいて、挙句の果てにはデノミの実施で国家の借金はチャラにしてしまおうなんて考えている人間さえいるのです。 もう、国の政策なんて待ってはいられません。 今後はもっともっと過酷な社会になるのは見えています。 この国は、もう国民を助けてはくれません。 (というか、国民を助けたことなど一度もなく、官僚とそれと癒着する悪人を助け、国民から搾取してきただけだが) 今からは、国に助けてもらおうなんて考えるほうが間違いです。 (国に助けてもらおうなんていうのは銀行や大企業の経営者以外にはいません。) 今までが過保護といってもいいくらい、もっと言えば、世界中でもっとも社会主義国家らしい過保護の国だったのです。 (とっくに潰れているはずの銀行や東電のような大災害を撒き散らした大企業が公的資金で助けられている過保護の国で、議員も汚職がバレてもやめずに、雲隠れで国民を騙している指導者に過保護な国がこの国の実体です。敗戦で天皇が命乞いの国ですからね。) おそらく、今の政権が倒れるのは時間の問題です。 そして、必ず言われるようになるのは「自助努力」です。 自分の身は自分で守りなさいというのです。 そうなるのは、もう目前に迫っています。 やり方に制限なんてありません。 考えさえすれば手段や方法はいくらでもあるはずです。 社長の場合、取りあえずは社員や家族にご飯を食べさせなくてはならないのです。 世間の眼を気にしているような状況ではありません。 なりふり構わず、稼げることなら何でもやることです。 兵器や戦闘機を作っていた工場だって、鍋や釜を作っては売って食いつないできたのです。 作ることができない人は、他人が捨てたものや落ちているものを拾ってでもそれを売ってお金を稼いだものです。 最近は、不要になった家電製品を無料で回収している業者さんがいますが、これはほんの一例に過ぎません。 その中には、中国人留学生がいたりします。 彼らの方が、よっぽど現実的で具体的な儲け商売の達人であります。 (安岡氏は貧困の境遇こそ学問をするのに相応しい、なりふり構わないときこそ、節度を求めるのが学問と孟子の理想主義を説いていたのだがね。そもそも商売は俗世の考えかたである。) --- (宣伝なので省略) --- で、その後に、ある講演会に行ってきましたが、これの主催者もまた、ほかの団体と同様で、「アリバイづくりの消化行事」をやっているに過ぎないのです。 あれでは、お金と時間の無駄遣いとのそしりを免れない。 講演会をやることが目的になってしまっているのです。 「技術革新」を唱える組織と言うか、団体にしてこれですから、目も当てられません。 手段が目的になってしまっている好例でした。 それでも、その後の交流会では、まだ若くて将来の可能性に満ちた学生さんとお話しができたので、私も救われました。 若いというだけで、それは宝のようなものです。 ★ ★ ★ 師がよくても、弟子が出来損ないなら、学問はかえって破壊につながるという教訓である。学問は信者を養成する宗教ではなく、師の教えを盲信することではない。師の教えを乗り越えることである。それには歴史の裏を知らないといけない。 そういう意味でいまのアホバカたちを育ててしまった安岡氏はニセモノユダヤに誑かされ、師を超えるものが出なかったという意味で罪深い。私見だが、安岡氏の陽明学は、共産革命理論とよく似ている。藤田東湖の討幕革命論とも似ている。 しかし、敵は米軍だったのに、その教え子は親米売国派に成り下がったわけだから、ニセモノユダヤの詐術が一枚上手で妖怪ナカソネのような信者の出来損ないの弟子ばかりで、細木のような金儲けしかアタマにない占い毒女を生み出したりして、師の顔に泥を塗りまくっているので、師も地獄でのたうちまわり、もはや浮かばれないだろう。
2016年02月26日
コメント(0)
八切史観からわかるが、日本は多民族国家である。しかし、明治以来のメーソンによる西欧化奴隷教育が功を奏したのか、唯物論が明治神道に文明開化としてピッタリきたのか、ほとんどの人が単一民族かのように洗脳されている。 そもそも姓の多さからして、単一民族と考えるのは無理がある。不勉強な歴史家は、姓が地名に由来することしか言及できないが、ではその地名は何に由来するのか、どうして地名を姓にしたのかなどの疑問を説明できない。 その点、八切氏の姓の法則をみれば明らかだが、アイウエオのカタカナ表記から、民族別の姓=地名で、多民族ということを説明している。また唯物論の現代科学のY染色体アダム説からも明らかである。 だからして、日本人といっても、現在でも、大体3つに大別できるように思える。 中世の貴族かのような、自分たちを上級国民に位置付ける選民主義の、主にキャリア官僚や政治家などの人。そして、その連中に洗脳され、奴隷のように飼い馴らされている庶民といわれる人。そして、官僚や政治家に媚を売って金儲けや身の安泰を図ろうとするノンキャリア官僚や、財界人。の大体3つである。 勿論、この分類は民族というものではないが、八切史観から日本史を遡れば、唐を源流とする藤原氏ら貴族の大陸系、藤原氏に討伐され、その支配下の軍隊となった武士の百済や朝鮮系、そしてそれ以外の庶民とされ差別された日本原住民という大体3つの民族に大別できる。 さて、民族の民(たみ)の意味は、八切史観の忍者の話の以下の紹介からわかるように、明治以前までは、日本原住民のことを意味した。 ★ ★ ★ 明治五年に施行された、いわゆる壬申戸籍が手掛かりとなる。 従来から「たみ・百姓」と言われはするが、これは決して「たみ=百姓」ではない。 百姓と併称される「たみ」なるものは、「非農業人口の原住系」を指すものであることが、その新しい戸籍では明確にされた。 つまり明治五年に、これまでの百姓はその檀那寺の人別帖にて人口を把握されていたが、「たみ」の方は皆目不明なので、これも一斉に戸籍を作ったのがそれであるから、これによって従来の仏教人口二千万が一躍四千万に増加したという事実。ここに問題がある。 百姓の人口に等しい原住系が幕末まで竹を切り茶筅造りぐらいの無職渡世や博奕打ちで、農家の収穫に寄食していたのではたまらない。 (吉宗の享保の改革により、警察組織を民営化したため、原住民系に赤鞘を渡し、急造の警察組織がつくられたが、これがいい加減なもので差別的だったから、かえって百姓の怒りを買って、後の幕末の討幕運動につながったから、幕府を滅ぼしたのは吉宗ともいえる。吉宗は暴れん坊ではなく、アホバカ将軍である。) そこでまず、土佐の百姓から蹶起した吉村寅太郎の天誅組が口火を切って、これが明治革命になってゆくのだが、それ以前においても、原住系へ天孫系(農耕民族)の白眼視は相当にひどかった。 ★ ★ ★ 明治政府の棄民政策により、「たみ」=原住民は、海外や戦地に送られ、使い捨てにされるかわりに、長州靖国神社に奉納されるわけである。遺族は差別から逃れられた。だから日清、日露戦争の日本側の戦傷者数が莫大なのである。 尤も、ロシア側も、コサック兵のように、モンゴル遊牧民が多かったそうだから、戦争というのは貴族は戦地にいかずに、弱者ばかりが殺される。貴族は戦地といっても乃木愚将のように前線から遥かに遠い後方に控えるだけである。 現代で言えば、ネトウヨのようなアホバカが、日雇いの給料で、嘘やデマを書き込み情報奴隷テロ活動をさせられるように、最前線で使い捨てにされることにあたるだろう。 つまり、明治以前は「たみ」と「百姓」は別だったが、明治以降「たみ=百姓」となり、鬼族以外は庶民とされたわけである。鬼族により庶民は碌な兵器ももたされずに戦場に送られて殺されるか、自爆させられるかして、鬼族だけ生き残り、肝心の天皇も命乞いで米軍に降り、太平洋戦争で負けて、貴族も平民の国民とされたのだが、明治長州の連中は、特に日本会議のような輩は、負けたとも思ってなく、アホバカのくせして、いまだに選民意識、というか選族意識が強いのは、アホバカ総理の誤った歴史認識から明らかである。 つまり、古代から現代まで、この国の人々は単純にいって、大凡、時代遅れの懐古主義の自惚れアホバカと、その権威にすがりつき国民を見下すお調子者と、常に虐められても抵抗もする気がない洗脳された弱者の奴隷と3つにわけられるのである。 いまも続く、日本人のこの3大区別を的確にイメージできるアニメが「ドラえもん」である。権威主義で自分が一番と自惚れの強い藤原氏系のキャリア官僚が、ジャイアンで、権威に阿るのが朝鮮系の財界人が、スネ夫で、ジャイアンをお上と怖れる庶民が、のび太である。 以前、ドラえもんでこの国の現状を譬えて紹介したが、聖書に喩えるなら、ジャイアンがパリサイ派、スネ夫がサドカイ派、のび太がエッセネ派といえるか。歴史的経緯によると、サドカイ派は滅亡し、パリサイ派が牛耳るが、エッセネ派から洗礼者ヨハネとイエスら救世主が出て、人類の過ちを戒める。 いまこの国はパリサイのジャイアン派に乗っ取られているといえる。ジミンの連中は皆ジャイアンである。ジャイアンは嘘と暴力だけが取り柄のアホバカである。多民族の日本を無理矢理単一にするのは大間違いである。 エッセネののび太の庶民からドラえもんのような救世主が出なければ未来はない。ジミンのような悪党を誰かが倒さなければこの国は終わりである。 ともかくも日本人は皆同じではなく、日本人を皆同じにみる輩に注意すべきである。それは明治以来の明治政府のジャイアン的な人たちの遣り口でしかなく、自分たちのために他の日本人を犠牲にしようという、地獄行きの連中たちの策略なんである。 そういうアホバカたちが終わりを遂げつつあるという話をお馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ 安倍晋三の耳はロバの耳 http://my.shadowcity.jp/ 3月期末のカタストロフィに向けて、安倍晋三追い落としが活発になって来た。アベノミクスを支持してきた連中が、毎日のように転向w アベノミクスは失敗だったと語るw これで3月末には、GPIFの20兆だか30兆だかの赤字が公表される。アメリカではシェールバブルが崩壊し、空前絶後、前代未聞の大恐慌が世界を覆いますw バズーカはやっぱり空砲だった――。日銀の黒田東彦総裁がついに"ギブアップ宣言"だ。 23日の衆院財務金融委員会に出席した黒田総裁は、マネタリーベース(資金供給量)の増加と物価上昇率の相関関係についてあらためて問われた際、「マネタリーベースそのもので直ちに物価、あるいは予想物価上昇率が上がっていくということではない」と言い放ったのだ。 黒田総裁が白旗を揚げるのも当然だ。マネタリーベースは12年末の138兆円から昨年末は365兆円と2.6倍に膨らんだものの、15年平均の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く)は2%目標には程遠い前年比0.5%増。誰が見ても「黒田バズーカ」は失敗だ。さすがに「相関関係がある」とは言えないだろうが、シレッと手のひら返しの発言が許されるのか。「トリクルダウンは起きない」(竹中平蔵・慶大教授)と同様、アベノミクスの旗振り役は"泥舟"からの逃げ足だけは速い。 もうね、「億」の単位ですらピンと来ない貧乏人としては、だ、「兆」とか言われても困るw おいらに実感のあるのは、せいぜい数百万単位までですw おいらのウエストポーチには、500万以上のカネは入らないしw 百万遍ご唱和願います「アベノミクスは失敗」 http://my.shadowcity.jp/ アベシンゾーが負けを認めないで困ったね、という話なんだが、大日本帝国軍人並みの往生際の悪さですw ファンダメンタルズが~とか言ってますが、それを判断する基準がGDPでしょうがw 「アベノミクスが失敗した、などという言説は全く根拠がない」だそうで、嘘でも100万遍繰り返せばほんとになるという、ナチス方式w だったらこっちも対抗して、「アベノミクスは失敗」と繰り返し訴えるだけですw さぁ、皆さん、声を揃えて! アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、 安倍晋三首相は25日午前、東京都内で講演し、最近の株価急落や円高に関し 「日本経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)はしっかりしており、経済の好循環は確実に生まれている。『アベノミクスが失敗した』などという言説は全く根拠がない」と述べ、経済政策への批判に反論した。 アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、アベノミクスは失敗、 ★ ★ ★ 遡れば、小渕内閣以降、この国の政治は嘘やインチキや出鱈目ばかりである。このような惨状から目を覚まし、この国のいじめられっ子の1人1人の、のび太がドラえもんとともに救世主となるために、シュタイナーの話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ トンデモ話は奥で繋がる 「第148夜」 -弟子のクッテネルがお送りします。 http://kumaneru.blog100.fc2.com/blog-entry-857.html ≪キリスト意識(2)(改変)≫ ★古代アトランティス時代の見霊能力 さて、《キリストの出現とそのゴルゴダの秘蹟》が特別な意味を持つのは、裏を返せば、霊的な意味で、それ以前の時代には無かったことを実現させた、ということになります。 それにはまず、キリストの出現以前の人類が、どのような形で霊界と関わっていたのかを知る必要があり、シュタイナーは、その歴史を既知の古代文明以前の太古まで遡らせています。 その内容は神智学の説く独特の歴史観から出発していますが、古代アトランティス時代以降の人類については、第八十夜以降で紹介したバ-バラやドランブァロのチャネリングの内容の補足となっています。 「ポストアトランティス時代初期の頃の魂は、現代とは異なり、当時の民族全般において、周囲の環境を見霊的に知覚する能力が備わっていました。 当時の人々は、霊界の事象をまだ見ることができました。現代人が、物質として見ているモノを、より霊的な形で見ていたのです。 ですから当時は、霊能力をもつのが当たり前で、見霊的な態度で生活していたのです。とは言え、ポストアトランティス時代初期のこの《見霊能力》は、例えば古代アトランティス時代の最盛期の見霊能力とは異なっていました。 ………………………………………………………………………… 古代アトランティス最盛期の見霊能力は、霊界を直接見れたので、霊界の啓示そのものが、人間の魂の中で《善の意識》となっていました。 更に言えば、霊界を隅々まで見れた人は、善の意識を多分に持ち、それほど見えずに、見霊能力が劣っていた人は、善の意識をあまり持っていませんでした。 ………………………………………………………………………… そして、古代アトランティス時代の3分の2ほど進んだ頃になってから、古代の見霊能力による善の意識が次第に消えていきました。秘儀の場で特別の修行を積んだ人だけが、善の意識を保持し続けました。 対照的に、特別な修行もせずに、善の意識を高めることなく、自然に消えていくままにしていた場所では、時の経過と共に、悪しき傾向が現れて来ました。悪に誘う力を見るようになったのです。 次第に人間の見霊能力は、善の意識を見るのに十分な力を持つことが出来なくなりました。しかもその一方で、悪の意識を見る力が宿ってきたので、その悪しき意識が人々を誘惑したのです。 ………………………………………………………………………… こうして、古代の見霊能力が衰えるのと並行して、今日の人類にとっては正常な、外への感覚、知覚が発達していきました。 ポストアトランティス時代初期の人々が肉眼で見た事物―現代人も見ている事物―は、当時はまだ、全く誘惑的ではありませんでした。 (現代人のモノをみればみるほど欲しくなるのは、悪の意識が誘惑的だからである。) 当時、物質は人の心を惑わす力をまだ持っていませんでした。 対照的に、古代の見霊能力の名残りは、当時の人々の心のなかを掻き乱したのです。霊界の善の意識は、ほとんど見えなくなり、ルツィフェル的、アーリマン的な悪の意識が強力に働きかけたからです。 遺伝を通じて伝えられた見霊能力から、誘惑者であり、幻惑者であるルツィフェルとアーリマンの力が見えたのです。 従って、秘儀によって人類を導く使命を授けられていた、人類の進化の指導者達は、このような状態から将来人々を救い出すために、人々が善なる心、透明な心を保ち得るように、準備を始めたのです。」 ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』pp23-24 《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載 これらは第八十五夜で述べたバーバラのチャネリングによるツォルキンの語っている内容を、霊視から捉え直したものと言えるでしょう。 古代アトランティス時代最盛期の頃の人類は、霊界の事象を、物質界の事象と同じように見えていたわけです。 そして、現代科学が霊界を幻想(マーヤー)として捉えるのとは真逆に、物質界を常態のない幻想であると認識できていたわけです。幻想であるが故に、それに執着するということも起こりませんでした。 (モノが欲しいとも思わなかった。) また、自らが与えたものを自らが受け取るという、カルマの法則がわかっているとすれば、あえて悪を為そうという意志が湧き起こらないのも、もっともな話です。 しかし、外的な感覚や知覚が発達するのと引き換えに、見霊能力は次第に弱まっていき、意識的な《秘儀》を行う者でなければ、それを保つことができなくなっていったのです。 そこにつけ込んで来たのが、ルツィフェルとアーリマンであり、彼等は物質を現実的に見て、それをより多く支配し、他のものより優位に立つことに価値観を持つような意識を植え付けていったのです。 (悪魔教の誕生) ★太古の見霊能力 さらにシュタイナーは、ポストアトランティス時代初期の人々は、霊界の事象を見る際、今とは違った形で見ていたといいます。そして、この霊視力にも人間の4つの体が関わってきます。 「ポストアトランティス時代に至る前まで、人間は霊界を直接みれる見霊能力を持っていました。 人間は、この力から今日のような知覚能力で感覚(物質)界を見るだけでなく、感覚能力で、霊界も見ることができました。 それでは当時の人間がそのような能力をどのように身に着けたのでしょうか。それは当時の人々が、中間状態を保持できたからです。 それは今日の昼の覚醒意識と夜の睡眠状態の中間状態でした。 覚醒時の人間は、物質界、感覚界の事物を知覚します。今日の睡眠時の人間―現代人は、何も知覚できずに生きているだけです。 睡眠時の人間に、見霊能力を与えたら、全てが不可思議にみえるでしょう。しかし《不可思議》と思うのは、霊界を外から(外界の観点で)見ようとするからです。 ご存知のように、睡眠時のアストラル体と自我は、肉体とエーテル体の外にいます(第134夜参照)。 とは言え、夜間、肉体とエーテル体の外に居るアストラル体と自我は、ただ雲のように肉体の周りを漂っているわけではありません。 低次のアストラル体がもつ見霊能力で見ることの出来るオーラのようなものを、アストラル体と呼んでおりますが、これは睡眠中の人間には、最も低次な末端に過ぎません。 (…中略…) 睡眠中の人間のアストラル体は、もっと遥かに拡がっています。眠りに入る瞬間、アストラル体と自我の内力は、太陽にまで拡がり始めます。 そして、太陽系全体に拡がります。睡眠中の人間は、太陽系の到る所から、自分のアストラル体と自我の中に、力を吸収しています。 そして目覚めると、この力を再び自分の体内に取り入れて、この世を生きる力にしますが、この力は太陽系内の全ての所から吸収してきた力なのです。 ですから、中世の秘教学者は、人間のこの霊体をアストラル体(星の体)と呼びました。つまり、星の世界と結びついており、星の世界から力を吸収していることを示唆したのです。 (ちなみに、ゾロアスターは、ゾロ=光り輝く、アスター=アストラル=星の意味である。) (…中略…) 睡眠中の肉体の外に居るアストラル体は、宇宙が奏でるハーモニー(天空の音楽)に浸透されているのです。…宇宙のハーモニーは夜間のアストラル体に調和的な振動と脈動を生じさせて、昼間、外界を感じ、知覚する際に乱れたアストラル体を、再び秩序づけるのです。 生命エーテル(宇宙を司る生命力)の働きも、睡眠中のアストラル体に浸透しているのですが、肉体とエーテル体から分離している時は、アストラル体のこの内的な活動を知覚していません。 (…中略…) 古代アトランティス時代では、覚醒と睡眠の中間状態で働く、この内的な活動を、正常な形で知覚できました。当時の人は、この状態で、宇宙のハーモニーと生命エーテルの営みを、共に体験できました。」 (ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』pp70-72 《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載) まさにシュタイナーの、秘教的な論説全開といった感じですが、そもそもアストラル体という名称は、我々がそれを通じて星々と繋がっていることを意味したものなのです。 それ故、スピリチュアリズムに多用される瞑想もグラウンディングも、形式的なイメージトレーニング等では無く、全てこの力を目覚めさせることを目的としているものなのです。 そしてポストアトランティス時代までの人類は、心眼をもっていたので、覚醒と睡眠の中間状態に、その意識に入りこむことが出来たとシュタイナーは述べています。 ちなみに「宇宙ハーモニー」は、「音響=熱エーテル」とも呼ばれており、「生命エーテル」と共に、太陽から発せられる、通常では知覚できない、霊元素の一つとされています。 地上には、他にもう一つの「光エーテル」を加えた、3つのエーテル元素があると述べています。これ以上の説明はないのですが、恐らく《気》のようなものではないかと、小生は思っています。 (まだ化学エーテルというのもあるし、別の講演や本でも説明している。) 無論、現在の科学で実証できるものではありません。しかし、考えてみてください。電波や放射線も、太古から存在していたにも関わらず、つい最近までは、そんなものは「非科学的」な空想だったのです。 さらに地上には、この他に「熱」「空気=気体」「水=液体」「土=固体」の4つの霊的元素を加えた、7つの霊的元素があるといいます。物理学的な元素では無く、《状態》によって区別されています。 ただし、ポストアトランティス時代初期の人々は、このような見霊能力を持つ一方で、通常の知覚の感度では、現代人よりも低いレベルにあり、そのため計算力や論理力などの知力を増進することは出来なかったのです。 「当時の人間は、目覚めと眠りの中間状態の中で、霊界に依存して生き、そして感覚界を、霧の中に居る時の様に、ぼんやりと知覚しました。 いずれにせよ、感覚界は理解の対象外であり、(現代のような)外界での生活を心の中に映し出すことはできませんでした。」 ルドルフ・シュタイナー『シュタイナーコレクション5(イエスを語る)』pp73 《筑摩書房(高橋巌訳)》より抜粋転載 つまり、見霊能力をこのままの形で維持することは困難だったのです。そして、我々は、この能力を捨て、別の方向へ進むことになります。 続きは次回第149夜でお話しします。 ★ ★ ★ 悪徳政治家たちに辞職勧告を! アホ下痢ゾ~はゲスウンコとともに去れ! ゲスノートに記述しましょう!
2016年02月25日
コメント(0)

現在巷では、人身売買は表向き禁止されているが、人材派遣という名のアタマがパーそなのやっていることは、いわば経済奴隷の人身売買であることは、現在の経済事情から明らかなんである。 正社員と派遣社員にわけることが、経営者の資本家鬼族が目論む分断統治のカースト制度、いわゆる階級差別主義で、階級闘争をつくり、この世を地獄化しているからである。それはまるで悪魔が自分に従う者と従わない者を選別しているのと同じである。 神は、選別せずに、全てを救うからである。従って、人を選別する宗教は悪魔崇拝である。 つまり労働法に従わないブラック企業は現代の奴隷船のようなもんであり、戦争屋に誑かされた官僚というアホバカ海賊が船を乗っ取り、アホノミクズで、日本全体を、常に溺れそうな奴隷船にしてしまったという話を、お馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ アベノミクスで日本滅亡 http://my.shadowcity.jp/2016/02/post-8868.html なんで日本はこんなに貧しくなったのか? って、そりゃ、中国から「貧乏」を輸入したからです。同じモノ食っても、買っても、半額しか払わなくなったので、カネが回らない。水位が違えば、高い方から低い方へと水は流れて移る。中国が金持ちになり、日本は貧乏になる。でもね、中国を恨んでも始まらない。インド、ベトナム、タイ、アフリカ、世界に貧乏は満遍なく存在するw バンコクでは出稼ぎアフリカ人が肉体労働やってますw なぜ、日本はこんなに貧しくなったのか? 戸室准教授はその根本的な原因として、日本全体の労働環境の悪化に目を向ける。 「生きていく上での基本は働いて賃金を得ることですが、現在労働者の約4割が非正規労働者です。 (一方で、米国の1%のような不労所得者がいるのが大問題。主に金融業。現代の奴隷商人である。) 子育て世帯は就労世帯でもあるため、賃金の低下が子どもの貧困に直接関係します」。 つまり、「子どもの貧困」の増加は、子育て世代での非正規労働者の割合が増えたことが原因だと指摘する。 戸室准教授は、子供の貧困をこのまま放置すれば「地域経済が悪化し、負のスパイラルに陥る」と警鐘を鳴らす。 「(子供の貧困の原因となる親世代の)低賃金の非正規労働者が多く存在すれば、待遇のいい正社員の賃金もワーキングプアにひきずられて低下します。企業は、同じ仕事をしてくれるのなら、賃金2分の1や3分の1で済む非正社員を選ぶからです」 (人間を奴隷化していることに気づいていない。同じ人類を裏切っている背徳者たちである。) その結果、地域経済に何が起きるか。「今いる正社員に対してサービス残業を強いたり、賃金カット、非正社員に置き換えるなど労働条件が悪化します。すると地域がワーキングプアだらけになり、賃金低下で消費意欲も低下し、物が売れなくなり、ますます人件費がカットされ、さらに消費が低下し・・・ グローバリズムというのは、そういうもんだ。世界中が均一化されて、あまねく貧乏人と金持ちが散らばる。一億総中流なんて幻になる。 (日本が貧しくなったのは、バブルで心が貧しくなったせいである。グローバリズムはカニバリズムである。) あーあ安倍のせいで日本終わったわ http://my.shadowcity.jp/index_2.html 3月は期末なので、株にブッコンだ年金とか、とりあえず「成績」を出さなきゃならないw 今のところ、株価16000円を切ると30兆の赤字の予定w 先物は16000円割れているので、厳しいですねw 投資ファンドは円高に誘導したいようで、そこでも日銀が必死に介入しているんだが、あまり派手にやり過ぎてアメリカ様から怒られたし、TPPが始まると為替いじれなくなるので、ヤバいですw 東京市場 ドル円一時112円割り込む 2月12日以来安値水準 株安とともに円高圧力が継続。ドル円は一時111.97レベルに下値を広げた。2月12日以来の安値水準 日経平均は一時下げ幅を100円に拡大、16006.40円と大台割れ寸前まで下げた。 3月には、アベシンゾーは30兆の損失とともに退陣ですw 高くついたねw 知恵遅れを首相にするからw 資本主義は死んだ http://my.shadowcity.jp/index_2.html アメリカがドラスティックに変わりつつある。世界の富を手に入れたものの、それでシアワセになれたわけじゃない。マイダス王の神話ですね。触れるモノ全てを黄金に変える能力を身につけたマイダス王は、自分の娘までも黄金に変えてしまい、後悔する。 ディオニューソスは、ミダースに対して彼が望むどんな報酬でも選択するよう言い、ミダースは、彼が触れるものすべてが黄金に変わるよう頼んだ。ミダースは彼の新しい力を喜び、それを急いで試した。彼がオークの小枝と石に触れると、両方とも金に変わった。狂喜して、彼は家に帰るとすぐに、使用人に豪華な食事をテーブルに用意するよう命じた。 「そのようにリューディアの王ミダースは、触れるものすべてを黄金に変えられることを知ったとき、最初は誇らしさに得意がった。しかし、食べ物が硬くなり、飲み物が黄金の氷に固まるのを見たそのとき、ミダースはこの贈り物が破滅のもとであることを悟り、黄金を強く嫌悪しながら彼の願い事を呪った」 ところで、この神話には続編があって、マイダス王はその後、富と贅沢を憎み、田舎に引っ越して、田園の神パーンの崇拝者となるんだが、「王さまの耳はロバの耳」にも登場しますw 米大統領選の民主党候補者選びは、「民主社会主義者」を自認するバーニー・サンダース上院議員(74)が、知名度も経験も抜群のヒラリー・クリントン前国務長官(68)とつばぜり合いを演じるという展開になった。 高齢のサンダース氏を強く支持するのが若者たちであり、18歳から29歳の49%が社会主義に肯定的という調査結果が波紋を広げている。米国でタブー視されてきた社会主義に傾倒する若者たち。何が起きているのか。 新自由主義のユダ金に対する反発というのは、サンダースだけじゃない、トランプ候補にも共通している。トランプの本質は、モンロー主義であり、リバタリアンです。サンダースが勝っても、トランプが勝っても、ユダ金は追いつめられる。まぁ、ユダ金が安心できる候補者は、ルビオかヒラリーだろう。 (ニセモノユダヤのインチキ悪ぶりがバレ始めた。しかしトランプはどうみてもこの国のアホと瓜二つ。) アベノミクスを絶対に許すな http://my.shadowcity.jp/index_2.html ジワジワと円高進行中。ネットの総意では、今年いっぱいかけて100円くらいまで上がるだろうと言われているんだが、FXやりたくなっちゃうねw バクチのつもりで少しずつ、ハイレバで賭けてやれば、何度か損しても、そのうちドカッと稼げるかも知れないw おいらは税金高いのでやらないがw ことし11月に行われる大統領選挙に向けて与党・民主党から立候補しているヒラリー・クリントン前国務長官はアメリカの地方紙に寄稿しました。 この中で、TPPについて、クリントン氏は「いかなる貿易協定にも高い水準を設けなければならない。 雇用を創出し、賃金を上げ、安全保障を促進するなら賛成するが、TPPはそれらを満たさなかったため反対だ」と明言しました。 また、「中国や日本、それにほかのアジアの国々は通貨の価値を下げることで意図的に商品を安くしてきた」として日本が輸出を有利にするため円安を誘導しているなどと批判しました。 アベノミクスで円安政策、完全に崩壊です。だからアベシンゾーはロシアに逃げようとしている。でも、北の帝王プーチンと、満州の低脳アベシンゾーでは勝負にならないw やはり3月決算で30兆の赤字とともに去りぬかw ★ ★ ★ ウルグアイのムヒカ元大統領が演説で言った「貧乏な人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ」という言葉のように「本当の貧困とは、人を人とも思わない」貧弱な考えにある。 この世に生まれてくるどんな人にも幸福に生きる権利があり、その権利を認めなければならないが、それを認めようとせず、自分だけが幸福であればいい、と考える貧弱なアタマに問題がある。 自分だけが得をしたい。儲けたい。この世で楽をしたい、と思うアタマの持ち主こそ、実は最もアホバカで貧弱なんである。その裏で、誰かが損をし、苦労や苦痛を味わっているのに気づいていない。 米国の1%の不労所得者たちや、中世からの王族たち、いまだ自分は特別と思っているオツムの足りないアホバカたち。このような連中は皆悪魔の崇拝者たちで、地獄に堕ちるだろう。 このようなアホバカたちは神でもないのに、人の上に居座ろうとするからである。人の上にたつのなら、人について全てを知らなければいけない。人について無知なくせに人の上に立つことはできない。 十戒にも、キリストも言った、「主なる神を信じよ」を忘れている。 神でないものを崇めるな。人なのに神になるな。 神の名を語る者は覚悟するがいい。 結局、人類は一部の権力志向のアホバカにより蹂躙されている、という話をお馴染みのサイトから抜粋紹介する。 ★ ★ ★ 深慮を忘れるな。 裏を見ろ・・。 http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%90%91%E3%81%91/%E6%B7%B1%E6%85%AE%E3%82%92%E5%BF%98%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%AA%E3%80%82%E3%80%80%E8%A3%8F%E3%82%92%E8%A6%8B%E3%82%8D%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%80%82 国際秘密力研究 より 上記文抜粋 ・・・・・・・・ ツイートまとめ テーマ:アメリカ大統領候補からNWO征略を分析する〇ドナルド・トランプとバーニー・サンダース、随分両極端な米大統領候補が支持を集めている様だ。サンダースはイスラエルのキブツで過ごしたことがあるそうだ。生粋の「社会主義者」だと言える。サンダースが大統領になったらTPPをぶち壊すかもしれないが、別ルートのNWO化が加速するだろう両建。〇誰が米国大統領になっても、背後に控える連中は同じなのであるが、どうせなら、とりあえずTPPをぶち壊す流れになるのが望ましい。仮にTPPがぶち壊されても、その後に別ルートのNWO征略が始まると思うが、それはその時日本として対処すればよい。とにかく今はTPPぶち壊しの流れを期待する。〇「別ルートのNWO征略」と書いたが、例えばフェビアン主義流の「米国の社会主義化」から始まる「世界統合」への誘導工作等を想定した。これはゲイリー・アレンが冷戦時代に指摘していた。国際金融資本家が樹立を目指す「世界政府」とは「世界社会主義政府」の事である。NWO=全世界社会主義化。〇新自由主義で格差社会を作り出しておき、その「解決」という名目で「世界社会主義体制」に誘導する弁証法戦略。前にも書いたが、新自由主義と社会主義は「富と権力の集中化」という点で現実の帰結が同じである。前者は多国籍企業に、後者は政府に富と権力が集中。背後で支配するのは同じく国際金融閥。〇取りあえずTPPぶち壊しの流れを期待するが、国際秘密力は両建なので、常に全方位に注意を配っておく必要がある。エコノミスト誌の表紙にマルクスが描かれていたが、バーニー・サンダースの「躍進」に見るように、社会主義を何らかの形で伸張させるという暗示の可能性もあるので、その方面も注意。 https://twitter.com/kikuchi_8/statuses/697460556077248512 (了)・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 抜粋終わり 社会民主主義って悪くはない。 でも、それを形にして画一化すると・・・ぞっとする・・・。 世界に広める?まずは自分の識見を心を、世界に広めろ!頭のハエをまず追えや! 同じく より 上記文抜粋・・・・・・・・・・ ツイートまとめ テーマ:リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーについてと破フリーメイソン思想〇EU運動はハプスブルク家のオットー大公やハプスブルク家の家臣の貴族・クーデンホーフ・カレルギー家のリヒャルト・C・Kが主導した。オットー大公は田中清玄と昵懇で、リヒャルト・C・Kは母親が日本人で、鹿島守之助や鳩山一郎に影響を与えた。親欧州派の東亜共同体思想の出所は欧州貴族である。〇鹿島守之助や鳩山一郎の東亜共同体思想はオットー大公やリヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーの汎欧州主義の東亜版である。「世界連邦」の欧州支部と東亜支部としてのEUや東亜共同体構想だと分析する。米国のグローバリズムと両建的に対をなすのが欧州派の「世界連邦」誘導である。両方破すべき。〇鹿島守之助は日本への原発導入に主導的役割を果たした。福島原発の事故の前までは鳩山由紀夫氏も原発推進派だった。この両者の共通点は「リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギー」との関係である。このハプスブルク家の家臣の貴族を介し、欧州ロスチャイルドの原発利権に連なっていた事が窺い知れる。〇リヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーは「友愛革命」を主張した。これが鳩山一郎に影響を与え、孫の鳩山由紀夫に伝わる。「全ての人が神の子となって個人が確立する」社会という事らしいが、「神の子」等の特定理念の押しつけと「個人の尊重」は両立しないと思うのだが。メーソンは矛盾している。〇「神の子」だろうと「仏の子」だろうと「人の子」だろうと「鳶の子」だろうと「鷹の子」だろうと、それぞれ違ってよいものを、特定の理念の下に均一化させようとし、世界政府のような全世界的な画一的制度を押し付けた上で「個人の確立」「個人の尊重」などと言うのがメーソン思想の胡散臭い所である。〇メーソン思想の根源的な誤謬は、現象そのものに「理」を見いだせないことである。プラトンのイデア説を原型とし、現象から隔絶され所に理念を設定し、その理念でもってこの現象世界を画一化させようと志向する。雑多に見える現象世界そのものに「理」を見出さないから理念を無理に押し付けようとする。〇「個人の尊重」「文化の尊重」と言いつつ、結局は特定理念と画一的制度を全世界的に押し付けるメーソンの偽善。そこにあるのは、自分達こそが世界を導けるとする傲り昂ぶった選民意識と、粗雑な形而上学である。特定理念で世界統一できるという傲慢な思い込みこそが個人の尊厳や固有の文化を破壊する。〇メーソン的「多文化主義」の目的は多文化の共存ではなく多様な文化や民族を一か所に集めて其々の固有性を希薄化し画一化する事だと分析する。実際には一か所に多様な民族が集まると争いが頻発する。其々が父祖の地で生きられる事こそ幸せと思う。自然界では場所を棲み分けて無用な争いを回避している。〇シリア人がシリアで生きられる事こそ幸福である。シリア難民が父祖の地を離れざるを得なくなったのは、欧米の権力犯罪者が傲慢にも人様の国・地域に介入したからである。難民とどう共存するか以前に、難民を生み出さず、其々の民族が父祖の地で平和に暮らせるようにする事が最も重要な事である。〇世界権力による「上からのNWO」に対抗するのに、我々民衆による「下からのNWO」が必要、などという主張があるが、これは国際資本主義に対して国際共産主義を持ってくるのと同じ発想である。「いいNWOと悪いNWOがあるのだ」という前提で結局NWOに誘導する手口である。両建誘導戦術。 https://twitter.com/kikuchi_8/statuses/698548359888384000 (了) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 抜粋終わり>其々が父祖の地で生きられる事こそ幸せと思う。自然界では場所を棲み分けて無用な争いを回避している。>〇シリア人がシリアで生きられる事こそ幸福である。シリア難民が父祖の地を離れざるを得なくなったのは、欧米の権力犯罪者が傲慢にも人様の国・地域に介入したからである。難民とどう共存するか以前に、難民を生み出さず、其々の民族が父祖の地で平和に暮らせるようにする事が最も重要な事である。 行きたいときに、いける。のは素晴らしいが・・・ 老子80章 より 小国寡民、什伯の器あるも用いざらしむ。民をして死を重んじて遠く徙らざらしむ。舟轝ありといえども、これに乗るところなく、甲兵ありといえども、これを陳るところなし。人をしてまた縄を結びてこれを用い、その食を甘しとし、その服を美とし、その居に安んじ、その俗を楽しましむ。隣国相望み、雞犬の声相聞こゆるも、民は老死に至るまで相往来せず。 下手に行き来するのを常態化するのは、不幸の一因に思える。>「個人の尊重」「文化の尊重」と言いつつ、結局は特定理念と画一的制度を全世界的に押し付けるメーソンの偽善。そこにあるのは、自分達こそが世界を導けるとする傲り昂ぶった選民意識と、粗雑な形而上学である。特定理念で世界統一できるという傲慢な思い込みこそが個人の尊厳や固有の文化を破壊する。 その通り!! 同じく より 上記文抜粋・・・・・・・・・ ツイートまとめ テーマ:世界銀行傘下の投資紛争解決国際センター事務局長のISD条項に関する火消し発言〇ISD条項による紛争を裁く世界銀行傘下の投資紛争解決国際センターのメグ・キニアという事務局長がお馴染みCSISのお仲間・日経新聞の取材に応じ、「ISDSで日本が投資家から訴えられることは考えにくい」と言ったそうだ。ISDがTPPの急所であり、現実に訴え可能だからこその火消し発言。〇「投資紛争を解決する」公平中立であるべきいわば「裁判所」を預かる責任者が「ISDSで日本が投資家から訴えられることは考えにくい」などと予断めいた事をCSISの仲間の新聞に語る(「だから安心してTPPに入れ」か?)この時点でこの「投資紛争解決制度」のいかがわしさが分かるというもの。〇日本国民がISDSの危険性を本格的に広く認識してきたからこそ、CSISのお仲間新聞がわざわざ「投資紛争解決国際センター事務局長」に質問して「ISDSで日本が投資家から訴えられることは考えにくい」と火消し発言する機会を作ったとしか思えない。彼らの危機感の表れでは。情報拡散あるのみ!※ TPP紛争仲裁「日本は標的にならず」 国際機関の事務局長 https://twitter.com/kikuchi_8/statuses/698556693169381377(了) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 抜粋終わり 同じく より 上記文抜粋・・・・・・・・・ ツイートまとめ テーマ:「麻薬」と国際秘密力と偽攘夷派の関係について〇有名人が麻薬事件で逮捕された場合、センセーショナルに報道されるものの、肝心の「薬物の入手ルート」を警察が解明し、マスコミが追跡報道した試しがあるだろうか。末端の売人や購入者は逮捕されても麻薬の元締めは常に放置されたまま。「麻薬」が金融や軍需と並ぶ国際秘密力の一大産業だからだろう。〇いつまでも麻薬が撲滅できないのは権力が関わっているからではないだろうか。麻薬を撲滅するには「破国際秘密力」しなければならない。麻薬は昔から国際秘密力の莫大な収入源であり、人類を堕落させる必殺兵器でもある。「攘夷」とは麻薬との戦いをも意味した。満洲阿片人脈が戦後日本を牛耳っている。〇ジャーディン・マセソン商会は麻薬業者であった。その日本における代理人がグラバーであり、その支援を受けたのが坂本龍馬であり薩長であった。「攘夷」が麻薬との戦いなのであれば、これは完全に本末転倒である。この流れから満洲阿片人脈が出てきた。今も昔も偽攘夷派=欧化主義派は麻薬絡みである。〇今も昔も似非攘夷派=欧化主義派は非日本的妖気が漂い、薬物臭い。「攘夷」とは西洋の侵襲を打ち払う事。西洋支配中枢の枢要な産業は麻薬ビジネスであり、麻薬は侵略対象国を堕落させる必殺の兵器であるから、攘夷=麻薬を打ち払う事でもある。だが麻薬漬けの連中が「攘夷派≒愛国派」を偽装している。〇似非保守政治屋周辺に覚せい剤絡みの人脈が見え隠れするのは、ジャーディン・マセソンと偽攘夷派の関係、その後の満洲阿片人脈の流れを見れば、さほど不思議な事ではないと思われる。似非愛国保守屋とは、麻薬業者とつるんだ偽攘夷派=欧化主義派の流れを汲んでいると言える。薬物の影が見えて当然だ。〇司馬史観とは、ジャーディン・マセソンの代理人トーマス・グラバーと繋がっていた坂本龍馬などを英雄として描き、近代日本については明治維新から日露戦争までを評価し、それ以後を否定する、というもの。英米勢力の利益に沿う日本は評価し、そうでない日本は否定するという「分かりやすい」歴史観だ。〇TPPを「第三の開国」だの言っていた輩がいたが、売国政治屋は司馬遼太郎の小説の坂本龍馬のノリで売国をやる傾向がある。「維新」という言葉が乱用されるのも同じだろう。グローバリストは司馬遼太郎の幕末維新史観を自己の「改革者」「開国論者」イメージ付けに利用している。底が浅く陳腐だ。 https://twitter.com/kikuchi_8/statuses/698706265891958786・・・・・・・・・・・・・・・・ 抜粋終わり よくよく考えると、維新志士たちは、「麻薬商人」の手先だったてことだ。 そりゃ、大東亜戦争で日本を焦土と化し、山河を福一の放射能だらけにして、一応の主君の天皇の宗旨を強制改宗させよな・・・。 鬼畜こそセレブだった、近現代日本・・・・ 人間は減って、畜生と鬼畜だらけ・・・人間はホでやつらが死ぬまで、穴熊です・・ 居飛車穴熊とはいかないが・・・ お読みくださりありがとうございます。 ★ ★ ★ ゲスナカ奴隷商人のようなゲスをみていると、ニセモノユダヤの非人間のえげつない選民意識が洩ろバレになる。このような悪人をなんとかしないと、人類の平和志向が危険に曝されていく。 米国も、トランプのようなアホと瓜二つの輩を大統領なんかにしたら、日本みたいになにもかもが機能麻痺に陥って出鱈目になるだろう。かといって他の候補もマトモとはいえないから、米国は終わったも同然である。 このような口から出まかせの輩に洗脳されないように、シュタイナーの話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ さて、人体内の、化学力と親和性を持つ肝臓に結びつく過程を更に内側に探すなら、別の器官に到達するでしょう。 その別の器官はまさに肺に他なりません。 しかも肺は、人体の中では二重の意味で観察しなければならないのです。第一に肺は、呼吸のための器官です。ところが、奇妙に聞こえるかもしれませんが、肺はいわば表向き、呼吸のための器官なのです。肺は同時に、人体内の深くで、土の固体化を調整する器官なのです。 外から内へと人体に入っていくと、具体的に、栄養摂取=消化過程からはじまり、腎臓=肝臓過程を経て、肺過程まで追求し、肺の呼吸機能を度外視しすれば、その過程全般が、牡蠣殻過程、つまり鉱物化の対極となるのがわかります。 つまり、人体は、肺のなかに、化学層の外側にある生命層をもっているのです。 炭酸カルシウムの影響から発生する鉱物化の病像を観察すれば、肺が人体から独立しようとしているのがわかるでしょう(肺ガンのことらしい)。しかし、この肺の鉱物化の調整過程を、呼吸機能の影響から、切り離すのは困難です。 肺は二つの側面に向かって人体に奉仕しているので、肺は外に向かっては呼吸機能の任務をもち、他方で内に向かっては鉱物化の調整的な任務をもつ、というのを考慮に入れなければならないのです。 肺の退縮なども、牡蠣殻過程、もしくは同類の巻き貝類の殻つくり過程などに現われてくる同様の現象のなかに探究していかなければなりません。 以上のように、人間は、外界の気体(大気)層、液体(水)層、固体(土)層のそれぞれの働きに対応する器官をもち、それぞれ、腎臓、肝臓、肺の活動として観察できるという基本認識に到達します。 外界の気体(大気)の働きは、広義の意味で、人体の腎臓、特に泌尿の機能全般に対応しています。また、更に腎臓の内の最重要なエーテル体は、状況によっては呼吸困難や呼吸の欲求(過呼吸)を引き起こす可能性もあり、この症状は、植物炭の多量服用により誘発し、治癒後も最後まで残る病状とみなされるでしょう。 従って、呼吸の障害、呼吸困難の深い原因を、腎臓のなかに探究しなければなりません。 次に、外界の水、液体の働きと関係する人体の働きを肝臓のなかに探さなければなりません。呼吸困難や呼吸調整、呼吸の要求など気体の働きが腎臓と関係しているように、(水への)渇きは肝臓と関係しています。 渇きは肝臓と関係するのです。渇きの際に生じる様々な人体の特性との相互関係を肝機能において研究してみるのもよいかもしれません。 更に、肺の内にある性質、いわば肺内の新陳代謝と密接に関わるのが、(食物への)飢えという現象と関係するのです。 呼吸、渇き、飢えへの欲求は、実際、外界の目にみえる空気、水、土の働きと関係しています。 ですから、外界や宇宙の働きは人体のなかの欲求と関係しています。例えば、生命の活力への欲求は、人体内のオリジナルの光(自我)の生成力が弱まっているせいで、それには自身で、光をつくりだすのが一番良いのですが、光を浴びることで、人体内の光の生成力の刺激にはなります。 この刺激という点で、光による治療法の正当性が認められるのです。しかし、実は日光浴が必ずしも人体に光をもたらすとは限らないのです。この光の違いに注目することが大切です。 つまり、人体に光をもたらす日光浴とは、地上で日常生活を送りながら、日光に浴びるよりも、もっと化学層からくる化学力を浴びることなのです。外界から、光とともにやってくる化学力こそが、日光浴において本質的に人体に治癒力をもたらすのです。 また、化学層の背後の上空、上図(図参照)からわかるでしょうが、この背後の層にあるのがまさに生命力の層であり、光をこの上位の層にまで高めるか、もしくは化学力をこの上位の層にまで高めれば、人体内では生命力として、つまり治癒力を発揮するようになるのです。 ですから、人体内の光が弱く、外界への光への欲求があまりに強すぎる場合、化学力や生命力をともなう光によって、その欲求を抑えることができれば、治癒力が発揮できるのです。 最後につけ加えておきたいことは、今日の自然科学が、生命の起源をほとんど理解していなくても、もう不思議に思う必要はない、ということです。というのも、今日の自然科学が探究している物質界には、水銀(水星)の力による、生命とは反対の、死だけしかないからです。 生命の起源(宇宙人ではない)は、地球の外にこそ探究すべきなのに、今日の自然科学は向かおうともしないのです。 (宇宙人探索という間違った意味で地球外に向かっているが) 自然科学は、地球の外へと向かって、生命について何も知ろうとしないで、過去には数人ほどいましたが、地球外に向かうしかないとしても、何もかもを物質に変換してしまうのです。 地球外の生命力の地球への働きを、物質に置き換えて、別の天体から生命の起源がやってきた、とする仮説を見事につくりあげてしまったのです。 つまりこの仮説は、生命の起源が、DNA(もしくはRNA)という物質的な形で、別の天体(彗星とされる)から、宇宙のあらゆる障害を乗り越えて、地球にもたらされたというわけです。 そして、その生命の起源を運んできたのは彗星からきた隕石と想像する人さえいるのです。 現代では、唯物主義の理論により全てが説明可能とする前提すら現実化されてしまいました。肉眼で見える物質のなかに観察される微粒子に全てを還元し、それらを日常生活のスケールまでに引き戻せば、神羅万象全ての説明がつくとまで思いこみ、生命も、この微粒子と同じように、遺伝子や細胞に還元し、それらを引き延ばせば、説明がつく、と思いこんでいるのです。 ★ ★ ★ 日本が貧しくなったのは、バブルで心が貧しくなったせいであり、こころが未来の社会をつくるのがわかっていながら、こころを豊かにしようとはせずに、ますます貧弱なものにする。 救世主を求めても悪魔がくるだけである。キリストという救世主がきてもユダヤ人は耳を傾けようとはせずに、追い出してしまう始末だからである。 ユダヤ人の選民意識がニセモノで、悪魔崇拝であるとキリストが核心をついたからである。悪魔は神を遠ざけるからである。真実を信じる者が真実により救われるのである。真実は永遠の法則だからである。
2016年02月23日
コメント(0)

巷では、いつから決まったのか定かでないが、2月22日はニンニンニンで忍者の日となっているそうである。 海外では、日本文化?として、忍者は有名だが、忍者とは何かと聞かれても、せいぜいアニメの忍者ハットリくんぐらいしか一般の日本人は思い浮かばないだろう。 「YOUは何しにニッポンへ」という番組で、海外に人気の戸隠流の道場が紹介されていたのを知っている日本人もいるかもしれない。 日本よりも海外で有名な「忍者」はある意味不思議な存在でもある。 そこで、歴史的に、忍者を調べてみたいと思い、お馴染みの八切史観に頼ることにし、以下の話をみつけたので紹介する。ちなみに毎度のことながら、読みにくい文章なんで、読みやすく改変した。 ★ ★ ★ 忍術論 http://www.rekishi.info/library/yagiri/scrn2.cgi?n=1100 忍術の本家は 「尊卑分脈」(書籍)では、山科家は天皇家と同じ藤原氏で、四条家の分派で中御門家成の六男実教を祖とし、その子教成は、母の二位丹後の局が夫の業房の他に後白河法皇の寵をも忝うし、よって法皇の別業山科の地を賜り、もってそれを氏となすとある。そして、実教より十四代目が言経となっている。 ところが、山科という土地は、この伝承とは相違して、建長五年(1252)の、「近衛家所領目録」に、その山科が含まれていて、「散所」だから年貢もなく、雑色の行事というものが係りとなっている。 この「散所」というのは、長和二年(1013)の「小右記」正月四日の条に初めて、「中将朝臣云、白馬朧近衛、称散所随身、前例不然也」と書かれてある。 この文面の意味は、「白色の馬をひっぱってくるとは何事か。公家が白を忌むのを散所から随身した輩は知らぬのか。これは前例もないことだ」 (大陸出の藤原氏の朝廷は黒を基調としていたから。白は、原住民の色。) つまり、「散所」とは「山所・産所」の当て字をするが、桓武帝が京へ都を定めた時、天孫系[この頃の八切氏は外来系・体制側といった意味合で天孫という言葉を使っているようです]に刃向かった原住民を捕まえ、収容した捕虜地域の別所(院内・院地)の分散収容所の事であり、彼等は白山信仰で白旗を立てていた連中ゆえ、馬を探してこいといわれて白馬をもっていって叱られた、というのが、この記事である。 前述の江戸時代の延宝二年の坂内直頼の、「山城四季物語」の<七月二十四日六地蔵参りのこと>にも、「山科」の地名ははっきりあるし、「山科名跡志備要」には、「山科は、鉢叩き、ささらと呼ぶ竹伐りの者住み、茶筅売り、唱門師支配」と明記されている。 また、この傍証となるものは、天正十三年正月十三日の言経卿の日記にも、「山科在所より細竹二百八十本持来」の一行が残されている。 「尊卑分脈」というものは重要史料のごとく扱われているが、あまりにも作りものすぎて、その記載では、「山科に領地を賜った。そこの百姓が耕した米を年貢として受領していた」と間違えやすいが、散所系の原住民というのは元々が遊牧民族系で、一切農耕はしていない。 初めは近衛家管轄で、後に山科家に渡ったとはいえ、そこからは細竹や燈芯の物納があって、それで換銭はできたが、飯米の年貢はなかったという事実が、この証明にもなる。 「では、山科家の食糧はどうしていたか?」といえば、天正十一年八月二十一日、当時の京町奉行前田玄以に、山科家の執事である大沢右兵衛大夫が、「西梅津新地で賜っていた飯米三十石は、先代山科言継宛名義になっていたので、天正七年三月二日の死亡の節、御朱印の伺いを出したところ、上様(信長)は山科家でその侭に致すよう言われて、当主言経が相続していました。 なのに、本能寺の変から五ヶ月目に筑前守殿(秀吉)に押さえられて一粒の米も入ってこないのです。食糧に事欠きますゆえよろしく、この段頼み奉ります」という抗議を出しているように、飯米は山科以外の農耕地から収納していたのである。 もし「尊卑分脈」で説くように、山科家が天孫系(農耕)であったならば、月二斗五升の飯米さえ他から納入せねばならぬような土地を、なぜ押しつけられていたという事になる。 それに散所系の原住民は同族以外とは、「通婚同火の禁」を明治まで固守してきたという歴史がある。また大江匡房の記録にもあるように、同族以外の者の支配はこれを絶対に受けていない。 (原住民は同族以外とは結婚しなかった。) 「大乗院文書」によると、筒井順慶の五代前の筒井順永というのが大和の国の大半をうち従えて勢威があがったとき、散所である五ヵ所の者に軍夫に出るよう命令したところ、「長禄三年(1459)六月十六日付」五ヵ所の者から、先例もない事であると訴えてこられた。 そこで、室町奉行御所申次衆が、「筒井方へ従い申さずともよい」の採決をした旨の案文が今もある。[『柳生石舟斎』にも同じ記事があります] つまり、これまでの日本史では、「戦国時代というのは弱肉強食の世の中で、右に強力な戦国大名が現れれば弱小豪族は右傾し、左に出てくれば左傾し、たえず反復これを繰り返していたものである」とされているが、これは虚構であって、散所系の者はたかだか軍夫供出ぐらいの事でも敢然としてこれを拒んでいる。 だから、もしも山科家が土地の者と同族でなかったら、竹を切り揃えて年貢代りにもって行くこともなかったろうと思える。 さて、この時点より二十一年後の「親長卿記文明十二年九月」の条には、十一日 夜に入り所々物騒。土一揆蜂起。十二日 土一揆蜂起、方々鬨の声聞ゆ。十五日 伏見殿御門に一揆押寄せ門前放火し浄花院焼く。禁裏騒動す。とある。 この土一揆に「蜂起」という文字があるのは、散所別所の原住民には「蜂屋」「鉢屋」の他に色々の文字をあてるHACHI(八の原住民)の蔑称があったからで、 なお、これに関しては、「夜は京都の内外から大坂辺にまで彼等は横行して、押込み、辻斬、追い剥ぎといった忍びの夜討ちをして万民を苦しめ、富裕な者の財宝を片っ端から奪って分け合った。 なにしろ官がこれを取り締まって警戒しても、元来、忍びに馴れた連中で、ここと思えば又あちら、燕のような早業で飛鳥の如く立回り、明るい時は岩屋の洞穴などに隠れて寝ているから捕えようもない。 そこで毒をもって毒を制せよと、鉢屋支配という制度を作って同族の頭を定め郡郷を分配したところ効果あり、日本全国がその方式になった」という古記録さえある。 つまり、山科も鉢屋支配の土地で、言経も権中納言の官位ではあるが、実は頭目の素性だったと推理してゆくと、彼が書上げた「喋書」なる系図が「忍法相伝」と伝わるのも、また無理からぬ事になる。 また言経の父言継の日記には、「江州八田別所織田の庄出身」の肩書きのある信長の父織田信秀の許へゆき、勝幡城で蹴鞠興行をなし、盆の料として銭の配分をし合ったという記載もあるのは前に書いたが、こういう事は普通の公卿はやっていない事である。 さて、忍者も山科家が家元として伝えるだけのものだったら、当時の蹴鞠や香道なみに優雅なものとして今も受け継がれてきただろう。ところがこれを一変させられる時代がきた。 (忍者は原住民出の反体制で、大陸出の外来体制側に対して窃盗などを行って生活していたようである。) 忍術の系譜 だが、今日では忍術というとこれは、「甲賀」「伊賀」の二つに分けられて、「山科」などという分類は見つからない。 なぜかというと、言経の書いたという忍法相伝は、皆目その片鱗も残っていないが、「甲賀は、その藤林保武の<万川集海>」「伊賀は、服部半蔵口伝の<忍秘伝>」の二つが今も伝わっているせいだろう。 だが、この二つの忍術書が、いかに荒唐無稽な物であるか。 それが別に指南書や解説書ではなく、虚妄の一語につきることは、平凡社刊、足立巻一著の「忍術」に詳述され、彼と尾崎秀樹、山田宗睦の三人の共著である三一書房刊の「忍法」では、二つの秘伝書たるや、「天下泰平になって形式化された具象」として「徳川家の権力機構に組み込まれた伊賀者、甲賀者が生活保持のために家系強調、祖先及び忍術そのものを伝説化した」と説明されている。 そして、「万川集海」と双璧をなすものとして、「名取青竜軒」の「正忍記」も、挙げられている。 それらの忍術書なるものは、入れ歯や含み綿による「変顔」および「変装」をまず説いて、これで「変幻化姿ノ始計ナリ」と強調している。 つまり府中の三億円強奪事件のようにオートバイを白く塗り替え、白バイのごとく見せかけ自分自身も警官に変装し、車の下から白煙をふかせドロンドロンと消えるような詐術が、それらのモチーフとなっている。 これは亨保十八年(1733)奥付の、「加藤作左衛門筆の忍秘伝」巻一の、「伊賀甲賀伝記」の導入部分に、「ソレ窃盗ノ始メハ漢高祖ノトキ軍法ト忍ト一度ニ始マリ、ソノ後ハ忍窃盗ヲ間トイウフノナリ」とあるように、「間者」つまりスパイは忍者であるし、「窃盗術こそ、これ忍術の精華なり」、つまり泥棒の石川五衛門が忍術使いであってもおかしくはないというような説明になる。 そして、この伊賀流の「忍秘伝」巻ニは、「忍道具秘法」で「まき菱」「結び梯子」「水中下駄の浮踏」と、今も映画などでもっともらしく出てくるもので、トリック撮影で下駄で濠を渡る場景まで見せられている。 巻三は、三十八項目からなる火器火薬。ノーベルが黒色火薬とニトログリセリンを結合させてダイナマイトを作った時より一世紀も前に、既に風爆火などもあったというが、「これは大秘事ゆえ、ここに書かず口伝」と、製法や内容は何も書いていない。 巻四は、忍び込む潜入方法で、猿の皮をぬいぐるみになし、これを着ていくこと。もし田畑で通行人に出会ったら、両手を平行にのばし、案山子の真似をする秘伝などもある。 「万川集海」の方は朝鮮の兵書「間林精要」と、中国明の兵法書「武備志」そのままの内容であり、そして、それらの原典は何かというと、「列子」の黄帝篇、周王篇であるらしい。 「穆王の時、西から化人がきて水中火中をものともせず、金石の間をくぐり抜け山川をひっくり返し、町や村を動かし空を飛行した‥‥」といったものや、「方仙の道をなし(仙人の修行をし)、形をなくし消失させうるのは、これ鬼神のこと(業)による」とある「史記」の「封禅書」や、 「文選」の「西京賦」に、「奇幻たちまちに起れば、万物その姿を異物に変え、刀を口中へ呑み代りに火をはく。雲霧が沓冥して辺りが暗くなれば、大地は割れて川となり、また一瞬にして水をなくして平坦な道となる魔可不思議‥‥」などと出ている「方術」「神仙術」が、 鬼面、人を驚かす作用があるのをもって、それを空想戦術として兵書に執り入れて孫引きし、「万川集海」は、さももっともらしく形を整え、これを権威づけたのではあるまいか。 さて、こうなると伝承される忍術または忍法には、形而上学的なものと、まるっきりその反対のものと、二つがあることがわかる。 そして、「児雷也」のガマの妖術のごとく、天竺徳兵衛の大蛇のような妖怪ブームの先鞭をつけたものから、仁木弾正の鼠の忍術が芝居として当たり、尾上松之助の活動写真から立川文庫の猿飛佐助、霧隠才蔵にまで伝わり、戦後も五味[康祐]の「柳生武芸帖」、柴田[練三郎]の「赤い影法師」、司馬の「梟の城」とつながる忍術の系譜となるものは、どうしてもこれは外来系となる。 忍術小説「飛び加藤」にしても、抜刀して花を切り落とすと樹の上に登っていた男の首が切り落とされて転がってくるのは、中国の「平妖伝」そっくりそのままであると、新人物往来社刊の本で水野美知が指摘しているのも、その裏付けであり、また、「猿飛佐助」が孫悟空の翻案なる事も周知されている。つまり、「万川集海」や「忍秘伝」に基盤をおく忍術というものは、印度波羅門から中国へ入ってきたものの換骨奪胎となる。 とはいえ、人間誰しも何か事があった時、他人の物を盗もうといった受益目的でなく、自己嫌悪にかられて己れの存在を他から隠してしまいたい、消えてしまいたいといった願望を持つ。そうした時に、「手足を屈め、近所へより、うつむきに伏し、隠形(おんぎょう)の呪文を口中で唱えれば、これ観音隠れ又は鶉隠れといい瞬時にその身を消す」といった忍法蒸発の術を知っていたら、暮しよいというか、少しは生きていく事の助けにもなろう。 なのに、そんな便利なものが、江戸初期から実存していたと研究家は云うが、その後は技術が開発されずに消滅してしまい、今では小説やテレビの中だけの虚像になってしまったというのは何故だろうかということになる。不思議な話しだが、これに関して本当の事は誰も言わない。何か秘密があるらしい。 なぜ忍術は消えたか これまでの説では滅亡した第一の理由を、「江戸期に入って天下泰平になると、需要がなくなったからである」としている。 しかし、戦国期で彼等は、それ程強力な戦闘部隊だったかというと、そうでもないようだ。 伊賀出身の菊岡如幻の「伊乱記」によれば、「天正九年、織田信長の長子信忠の伊賀攻めにあって、僅か二十日にて伊賀の者は僧侶男女の別なく殺戮されつくした」とある。 甲賀の方も慶長五年、関ヶ原合戦の始まる前、百九十名の者が伏見城へ立てこもったが、火遁水遁の術もだめだったのか、伏見は落城し彼等の大半も戦死してしまっている。 しかし、これではまずいからと、甲賀者が裏切ったゆえの落城ともいう。だが、殆どが死んだのは事実である。つまり彼等が強かったとか、戦いに役立ったという例証はあまりないのである。 「永禄五年に家康が今川方の蒲郡城を攻めた時、甲賀の伴太郎左ら八十名の忍びの者を呼び、これらを城内へ潜入させたところ、城櫓に放火し城将鵜殿長持の首を太郎左の弟である伴与七郎がとり、鵜殿の二人の伜は、太郎左の伜の伴資継が生け捕りにした」という勇ましい武勇談が一つだけはある。 しかし、これは、「改正三河後風土記」所載のものなのである。ところが、この本は元禄時代の、沢田源内とよばれた近江の百姓上がりで筆のたった男の贋本で、史料でも何でもない事は、既に江戸時代から「大系図中断抄」などで暴露されている。 ただ、「淡海故縁」に長享元年(1487)足利九代将軍足利義尚と戦った六角高頼の先陣に加わった甲賀者五十三名が、夜襲をかけて足利勢を追い払った手柄話が出ているが、「重篇応仁記」には、これとは全く反対で、甲賀者が先に逃げたと出ている。 そして、四年後の延徳三年には、甲賀の連中が命からがら逃げて、六角方は完敗している。とても忍びの者の連中が戦に強かったとは義理にもいえない。 だから、家康が後に伊賀者を召し抱えた時も安直で、二百人が込みで千貫だった。一貫を一石に換算すると、平均一人五石、というのが伊賀同心の給与体刑で、一升の米を二百円とすれば年俸十万円。月にすれば八千五百円。いくら官舎があって食するだけにしても、これでは生活難だったろう。 しかし総評も官公労組もなかった当時なので、やむなく彼等伊賀者が値上げ要求のデモとしてプラカード代りに書かれたものが、今も伝わる宣伝の忍術書ではなかろうか。 また甲賀者にしても初めから最低の伊賀者以下の扱いだった。 だから江戸期になって戦争がなくなり、需要が跡絶えたから、忍術そのものがドロンドロンと消えていったというもっともらしい説は、初期の彼等甲賀伊賀の者らの人足以下の待遇をみても、どうも単なるこじつけ以外のなにものでもないことになる。 「戦国の忍者は戦乱がなくなると失業同然、殆どが帰農、あるいは神札配りや薬売りとなり、忍術も無用となって秘密が不用となり、その秘密社会も崩壊。その時期が『万川集海』の書かれた時点にあたり、それまで秘事口伝によった忍術が集大成され著述化されたのも、また秘密の消滅を意味する」と足立巻一はこう結論をつける。 しかし、農耕民族とは「天孫系と、それに融和した民族」の事で、「神札配りや薬売りは非農耕の原住民系のもの」という区別が明治六年まで厳然としていたのだから、誰もが勝手に帰農できたり、薬屋になれるわけのものではなく、これを同一視するのはまずいような気がする。 それに忍術が消えた最大の理由は、全然また違うのである。 「万川集海」の末尾二巻にも、「火器は忍術の根元である」と書かれ、のろし火薬(狼糞、もぐさ、硝石、硫黄)卯花月夜(肥松硝石等による黄色照明剤)義経炬火(水銀を利用した不滅たいまつ)をはじめ四十種の火薬を用いたものが、「これが忍術だ」といわんばかりに、いろんな製法や使用法が列記されている。 「天文十二年種子島に鉄砲伝来」とは周知の事実だが、鉄砲を用いるには火薬がいる。そして当時の九州南部で採れても、主成分の硝石は日本列島では全く産出しない。つまり鉄砲の国産は国友鍛冶や根来の雑賀鍛冶が大量生産したが、用いる火薬はすべて輸入依存だったのである。 信長時代はポルトガル船をマカオ経由、秀吉時代はイスパニア品をマニラ経由で輸入した。だから戦国時代というのは、武将や武者故人のバイタリティーで覇を競ったように今ではいわれるが、どうもそうではなく、良質な火薬エージェントをつかんだ戦国大名が、勝利を勝ち取ったもののようである。 ところが、日本史というのは、鉄砲は火薬なしで使用できるもの、と誤認したのか、これまでそこを誰一人として解明していない。軍需用硝石欲しさに、言葉もわからぬまま宣教師と仲良くしたり洗礼したりした連中までが、「信仰篤き切支丹大名」にしてしまう。 秀吉の時代には印刷機が持ち込まれ辞書も作られたが、信長が殺されるまでは、代用に採用したイルマン(イエズス会の修道者のうち,司祭職にある者をパードレpadre といい,パードレを補佐する者をイルマンといった)でさえも「ドチリナ・キリシタン(近世初期にイエズス会によって作成されたカトリック教会の教理本である。当時のポルトガル語でDoctrina Christã)」の一言しか知ったいなかったのはフロイス日本史にも明記されているし、この間の事情は私(八切氏)の「魔女」に当時のイエズス派の内幕が詳細に出ている。 さて、徳川家は寛永十四年の島原の乱に懲りて、長崎に出島を築き、渡航許可をオランダ船のみに限定した。ということは、硝石の独占輸入法案で、他への横流しを一切認めぬ禁制をとったことになる。こうなると他の大名やその他にしても、硝石が入手不能では火薬ができぬ。それがなくては鉄砲も大砲も使えない。 だから幕末になって、長州が上海へ硝石の買付けにいって叛乱するまでは、なんとか天下泰平が続いたのである。 「鎖国」というのはつまり、なにもキリスト教に怯えたためでも何でもなく、硝石を独り占めにして治安維持を図った巧妙な徳川家の政治目的による偽装だったにすぎない。 (奴隷を売って武器を手に入れる奴隷貿易を禁じる意味もあった。) 金の切れ目が縁の切れ目というが、治安上硝石の一般の売買を禁じてしまったから、鉄砲や大砲と同様に、忍術も火薬が入手できなくては、もはや策の施しようもなく、「ありし日の思い出」に訣別の形見として各忍術書を残してドロドロ消え去ったのが真相らしい。 (忍者は軍事専門家だったようである。) 悲しき忍術 さて、故子母沢寛の随筆に、ある高名な親分が、「かたぎの百姓衆に迷惑をかけてはいかぬ」と口癖に子分共をいましめ、村の百姓家のある所を通るときは、羽織を脱いで履物も手にとって腰を屈めて通り抜けた‥‥「実るほど頭の下がる稲穂かな」というが、やくざでも昔は、えらい親分にはこういう謙虚さがあったものである。といったような話しがある。 勿論、現在でもやくざはいるが、人口比例からゆくと、やはりどうしても非やくざの方が圧倒的に多い。だから案外やくざを怖れる心理的傾向もまだ一般にあるからして、そこで、そうか、昔のやくざはそんなにエチケットを守っていたのか。なら恐くはなかったなと、こういうものを読んだ人はすこぶる優越感を抱き満足もしたらしい。 しかし、なぜその親分がそうした態度をとったかという理由は、「その親分の人間形成の慎み深さ」程度の浅い読みでしか見ていては判るものではない。 まるで、普段いかさま賭博ばかりして百姓を苛めているから、その罪滅ぼしに頭を下げ気兼ねしているようにも、これではみられてしまう。 そして、徳川政権が農業国家の方針をたて、士農工商の順位を作ったから、百姓はえらかったのかとも誤解される。 しかし、それだからといって商工業者が、裸足で村内を通行したとはきかない。すると、何故「やくざ」だけが遠慮しなければならなかったのか。彼等が賭博行為に劣等感や羞恥をもっていたものとみるべきか。といった命題に突き当たらざるをえない。 さて、話しは戻るが、火薬が一般に入手困難になった時点において、ほろびゆく技術の種明しに書かれた「万川集海」や紀州新楠流の「正忍記」が、ただ文字を羅列したに過ぎない荒唐無稽にしろ、その根底において中国・朝鮮の兵書や烈士の孫引きであるのとが一目瞭然とすると、 「単にデフォルメされた話しであったにせよ、忍術とは外来した舶来のものであったか」の疑問がはっきりしてきて、それでは、「山科言経の書いたような原住系の忍術とは、そもそも何か」ということになる。この疑問は押えようもない。 が、それを解明するためには、明治五年に施行された、いわゆる壬申戸籍が手掛かりとなる。 従来から「たみ・百姓」と言われはするが、これは決して「たみ=百姓」ではない。 併称される「たみ」なるものは、「非農業人口の原住系」を指すものであることが、その新しい戸籍では明確にされた。 つまり明治五年に、これまでの百姓はその檀那寺の人別帖にて人口を把握されていたが、「たみ」の方は皆目不明なので、これも一斉に戸籍を作ったのがそれであるから、これによって従来の仏教人口二千万が一躍四千万に増加したという事実。ここに問題がある。 百姓の人口に等しい原住系が幕末まで竹を切り茶筅造りぐらいの無職渡世や博奕打ちで、農家の収穫に寄食していたのではたまらない。 そこでまず、土佐の百姓から蹶起した吉村寅太郎の天誅組が口火を切って、これが明治革命になってゆくのだが、それ以前においても、原住系へ天孫系(農耕民族)の白眼視は相当にひどかった。 関白一条兼良の「尺素(いきそ)往来」にも、「白河の鉾が洛中に入ると山科ら六地蔵の党との印地打ちが、例年のごとく起るかも知れぬから、侍所の者達が警戒に河原へ繰り出した」とあるし、また「平家物語」巻十五にも、「堀川の商人や町冠者ばらの向かえつぶて勇し、乞食法師と合戦のさまをいつか習うべきか」 また、「古今夷曲集」ニ夏の部には、「印地にし、深入りしつつ深手すは、負うは不覚な深草の者 久清」の詠草もある。 印地とは院地の事で、京周辺の原住系の捕虜収容所の名残り。地方の別所・散所と同じだが、ここへ天孫系の者が投石してゆくのが「印地打ち」という石合戦。 原住系もやられてばかりはいられぬからと、山科やその他の院地の連中は、石ころの多い河原を、御所の機動隊の来る前に占領し迎え打つようになった。 が、天孫系も勇ましく堀川の商人までが突撃し、御所の深草少将の家来も深入りしすぎて逆にやられた‥‥といったところが、この詠草の訴える意味であろう。 さて、今日でも伊賀上野の百々地砦は、上野市から向かって南西と、その反対の北西から入る道しかないが、「界外(かいげ)」という部落が双方に残っている。 ということは、つまり講談の忍術名人百々地三太夫のいた地帯は、一般の土地とは違い、そこはかつて「界外」とばれていた別天地の場所であり、印地であり別所の原住系の民の収容隔離所だったとわかる。 そこで彼等は羽を持っていない限り、橋のない川を渡って他へ出かける時は、百姓から投石され撲殺される危険を覚悟で、界外から外へ出なければならない。 だから百姓の目をかすめるために獣の皮を着てゆけとか、見つかりかけたら案山子に化けろなどという悲しい技術がそこに生れ、これが忍法の極意ともされるのである。 だが、「印地打ち」として外部から天孫系の百姓に狙われる事は江戸期にはなくなった。なぜかというと生活の知恵で、要領のよい者は代官所役人の下働きとなって御用風をふかせたり、牢役人となって、これまでとは逆に百姓を苛め返したからである。 しかし、大多数の者はやはり百姓に見つかったら苛められ半殺しにされる弱い立場にあったのであろう。 つまり、その伝統から[原住系俘囚の伝統といった意味で、八切説ではやくざ(本可打ち)も、その出自は原住系とみる]無職渡世のやくざというのは百姓に遠慮しきっていたのである。親分が羽織をとり尻ばしょりし、裸足で村を通るのは謙虚でも礼儀でもなく、「長年迫害されてきた原住民系の劣等感」による悲しき習性ではなかったろうか。 [いわゆる武士階級も、元来が懐柔された夷、俘囚が出身であり、当初は公家には頭が上がらなかったものですが] つまりテレビや小説の攻撃的忍術は、中国や朝鮮の兵書からの借り物で荒唐無稽だが、日本の本当の忍術というのは自己防衛のため、殺されまいと必死にあえぎながら考えだされた原住系の民の知恵ではなかったろうかといえる。 占領アメリカ兵に数奇屋橋から川へ放りこまれて溺死した人間の出た頃、我々はどう振舞っていたか‥‥満州で日本女性は引上げまで、なぜ皆坊主頭になり、顔に墨をつけていたか‥‥あれこそ日本人の忍術であり、おそらく山科言経がしたためた「忍法相伝」も、そうした自己韜晦の自嘲というか、自虐めいたものではなかったろうか。 淋しくなったついでに書くが、「続応仁私記」に「堀を深く掘り直して、その前面にひしをまく」という個所がある。湖や沼に生える黒い菱の実の事である。これは四方に棘が出ているのが一番固く、それは山梨県によく生えていたから、これを攻撃よう武器として甲斐から武威を振るった武田信玄は「四つ目菱」の旗を陣頭に立てた。 昔は馬も藁沓、人間も素足か草履ゆえ、そうしたものをまかれては踏み抜きし足裏を痛めるから近寄れなかったからである。 さて、「記録御用所古文書」に入っている和田八郎定教の事を書いた「和田兵談」に、「甲賀に住いしとき郷人の襲撃をおそれ、こがの実をまく定めありしとか、今も邸囲りにこがの生垣を二重にもうく」とある。 こがとはからたち、くこの実のことをいう。これが語源で「こがもの」「甲賀者」となるのであり、伊賀の方はというと、「丹波は山栗の産多し、いがを集め俵に入れて運ぶ」と、丹波亀山内藤党の古文書にあるように、武田勢と同じで、伊勢加太山の山栗の毬(いが)を今の界外あたりにまき、苛めに来る百姓の来襲を防いで、界外の中でひっそり世を忍んできたのが、家康に拾われるまでの、まことの伊賀者の歴史ということになるだろう。 そして、それが、「忍んで生きてゆく技術」つまり「忍術の本質」ではなかったろうか‥‥ これまでの面白い幻想を破ってしまった事をお詫びする。 ★ ★ ★ 以上の話から、忍術は、原住民の暮らしの知恵とでもいうべきものだったことがわかる。世を忍ぶ生き方、というか、本音は決して表に出さないし、表には出ずに黒子役に徹するというのが、忍術であることがわかる。 これとは対照的に、架空の忍術はどことなく魔術を思わせるから、海外では人気なんだろう。忍術とは一見異なるが、同じようでもあるシュタイナーの話を続けて紹介する。 ★ ★ ★ これまで述べてきたことから、すなわち、人体内や自然界での対極性からわかりますが、植物炭の反対に位置するのは光の生成なのです。この事実を、以下の人体=地球の図で示してみます。 鉱物化=硬化、または土形成=固体化の先に、地球があり(図参照)、地球は大気(気体)に囲まれ、大気の上方には熱の覆いとでもみなせる熱の層があり、つまり、地球から離れていく進路をとるなら、地上の鉱物とは全く別の熱の状態に到達することがわかるでしょうが、この熱の状態は、地上の熱の状態とは異なるので、そこに達すれば驚愕するでしょう。 地球から少し離れた熱層の下の大気層では、地上で気体が果たす役割と似た役割を果たしているのですが、この大気層と反対側の熱層の上空には、大気層の対極があり、大気の役割とは逆の役割を果たしています。 この層では、気体が消滅させられ、気体の状態が破棄され、この層から地上に光が送られてくるのです(図参照)。 この地上の光が太陽からやってくると唯物的に考えるのは全くの間違いです。この見方は物理学者と天文学者のかなり厄介な幻想にすぎません。 地上の光は上述の熱層の上からやってきます。光は、地上で植物が生長するように、この層で生まれ成長するのです(図参照)。 ですから、結論として次のように言ってよいでしょう。人間が体内でオリジナルの光を生み出せる根拠は、地球の上空の、この光を生成する層を起源とし、その層を人体にもつことにあるのです。 この地球外の起源が全植物に作用し、人間にも作用しますが、ただ、植物には、外から作用しますが、人間には、人体からも、つまり内からも作用するのです。 さて、大気層よりも少し地球に接近すると、どのような状態になるのか、また、人体の気体層よりも、表面に接近するとどうなるのでしょうか。 気体から出て、地上の固体に接近すると、液体、水状に至ります。 ですから、大気(気体)層の下に液体層を想定できます。この液体層も対極の対を外側に持つのですが、それは気体層の上の熱層の上の光生成層の更に上位にあります。 そして、そこでは、液体層で起こることとは対極的に、反対のことが起こっています。その場所では、先の光生成層で、光が成長するのと同じように、ある意味、何かが成長しています。 この場所で成長するのは、いわゆる化学力であり、化学力が、地球へと作用を及ぼしてくるのです(図参照)。ですから、地上の物質の変化といった化学力の働きを、顕微鏡などで、物質のなかに探究することは全く無意味なのです。化学力は、この層から地球に向かってやってくるからです。 勿論、人体内にも、この層をもつのです。人体は1つの化学装置をもっているのです。 人体は、上空の化学力の起源となる層をいくらか持っています。そして、この化学層は、非常に強力に制限されています。つまり、この化学力は肝臓にのみ制限されているのです。 肝臓が展開する独特の働き、つまり化学力を研究してみてください。 肝臓が、血液の性質を吸収する一方で、胆汁の分泌を通じて、他方で、血液の調合のために、調整的な働きを及ぼしていることを包括的に研究してみてください。 この肝臓の全体に渡る活動を眺め、肝臓の内部まで、究極的に研究したなら、真の化学が認められるでしょう。 いま現在の唯物的な化学では、何と言っても、地球上では、その真実の姿をみつけるのは全く不可能だからです。唯物的な化学は実際、人間の外にある上空の化学層の鏡像と見なさなければなりません。肝臓の驚くべき働き全てを研究することで、地上を越えた化学層も研究できるのです。 植物炭をアルカリの、例えばカリウムなどで、炭化カリウムとするなら、植物炭の特性を外界から、人体内へと持ち込ませることができ、その結果として生じる作用を人体内に引き起こすこともできるのです。 アルカリ化により、人体内の奥深く、肝臓にまで影響を及ぼせるのに対し、植物炭のみに関わる作用は、腎臓から排泄経路を辿ります。だから、植物炭をアルカリ化することで、アルカリ性と、肝臓との間に、明白な相互作用を認めることができるでしょう。 アルカリ性全般を研究するなら、炭化が動物化と関係するのと同様、アルカリ化、アルカリの傾向が、人体の植物化と、植物を外に出すのと関係するのに気づくでしょう。 さて以前、硬化の過程を指摘しましたが、この過程は、人体内の働きを、外界の自然の働きから探り出そうとするときに重要な経過でした。 この指摘した過程は、牡蠣が殻をつくる過程で、短縮すると、牡蠣殻過程と呼べます。 そこで、炭素とカリウムの化合から更に前進して、カルシウムとの化合に到達できます。ただし、炭素とカルシウムとが同時に働くだけでは、牡蠣の殻に、燐の力を同時に働かせるのと、変わりないでしょう。 牡蠣殻過程では、炭素とカルシウムの働きだけではない、更に別の海の力とも呼べる環境に働く力が隠されているのです。 さて、この牡蠣殻過程を観察すると、実際、また人間と外界の自然との間の関係のなかに入っていくことになります。液体の層から、更に下の地上へと向かうと(図参照)、土の固体化、つまり硬化、鉱物化とでも呼べる層に到達します。 「土」、つまり、「火」、「空気(風)」、「水」というような表現が、今日、本当の意味を隠されて、別の意味で使用されていなければ、このような表現が、愚かな古代人たちが、土や火や、空気や水について語っていた表現である、という風にみなされなければ、土、水、空気、火という表現で述べるのにそんなに物怖じする必要はないでしょう。 このような表現の本当の意味を少なくとも暗示できるでしょう。 さて、地面の固体の土の生成も、これまでの層と同じく、外の遥かな宇宙に他方の極となる対をもっています。そして、この他方の極こそが、生命をつくる層であり、実際に地上に生命を与えている根源なのです。 この層には事実、生命力があるのです。この生命力は、化学力より更に遠くから地上にやってきて、外界の自然では地球の内部の、つまり土の固体内部で、完全に殺され、死滅させられているのです。 次のような話に関心があるかもしれないので、付け加えておきます。もし、地中で生命力が殺されなければ、この地球は、生命の活発な活動の影響下で、絶え間なく腫瘍化し、膨張してしまうでしょう。 もしも、この腫瘍化による膨張に、地球外から、それを抑制する経過が、つまり水星から地球に向かって行使される水銀過程という経過が対置されなければ、そうなってしまうでしょう。 このような事実を少し考えてみるだけでも重要です。 膨張を固体化することで抑制する元素とも呼べる、土の固体生成を、牡蠣の殻のなかに、牡蠣の膨張の抑制として見ることができます。牡蠣の殻が、固体生成を超えて膨張してしまうのを妨げているのは、牡蠣の殻が海、つまり水となおも関係し、土の固体生成として、膨張を抑制し、その前段階に自らを固定していることによるのです。 (人体の腫瘍の周囲が石灰化するのもこれと同じ。) ミミズにはこれができません。ミミズは殻を持たないからです。けれどもミミズも同じ力をもっています。従って、ミミズがいなければ、地中には固体が生成しなかっただろう、というのは全く正しいのです。 ミミズは、本質的に、土の固体生成の進行に関与しています。ミミズたちの世界が、牡蠣の殻つくりの過程と同様に、地球の膨張を抑制し、地球の固体の土を生成しているのです。ミミズは、牡蠣と同じ力で、牡蠣の殻をつくるのではなく、耕土他などの土の固体をつくるのです。 ★ ★ ★ 腫瘍化、膨張しないように、忍法、ミミズヘンゲ、牡蠣ヘンゲでござい。
2016年02月22日
コメント(0)
巷では国民を騙しているアホバカアホラートウジョウヒドイ内閣が、騙す方が悪いと自己否定に走っているというから、支離滅裂のアホノミクズの屑ぶりである。 あまりに酷くてお話にならないという話をお馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ 自民党に破防法適用せよ http://my.shadowcity.jp/2016/02/post-8845.html 甘利が「嵌められた」説というのは当初からあったんだが、どうやら自民党はそれで押し通すつもりらしいw お抱え新聞の産経動員して、「中国黒幕説」を広めてますw 昔はお抱えヤクザ使って、デマ広げてたんだけどねw コンプライアンスの煩い時代なので、最近はヤクザ系総会屋は使ってないのか? 甘利明前経済再生相の事務所不正疑惑に関し、政府機関が環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の妨害工作として海外諜報組織の関与がなかったどうか極秘に調査を開始した。 TPPが動き出すと不利益を被る中国の関与が黒幕として疑われていて、"スパイ天国"と呼ばれる日本の問題が思わぬところに波及している。 世界が政治、経済、安全保障で各国と密接につながる中、日本国内での諜報員による妨害工作への懸念も高まっている。 政府関係者は「千葉県の建設会社が道路新設工事をめぐる補償交渉で、甘利氏側に金銭提供などの動きを強めてきた時期がTPP交渉の大詰めを迎え、2月の協定署名に向けた時期と重なる」と指摘する。 「ネトウヨ100匹いたら1匹しかいないと思え」という名言があるんだが、 以前、ブログで靖国問題のことを書いたら炎上してしまいました。3日間くらい放置していると、700以上のコメントが付いていたので、IPアドレスをチェックしてみた。すると、コメントしているのはたったの4人 司令塔は一つしかないw そこから総会屋だったり、フリージャーナリストだったり、ネトウヨだったり、ネトサポだったり、あちこちに同じ指令が流れる。最近は工作費が底をついたので、手抜き気味ですw 安倍内閣は、工作費が尽きるとテキメンにボロが続出しますw いつか見た景色ですw ファシストの最終手段は、嘘の報告 http://my.shadowcity.jp/ 中国の構造改革、というんだが、ちゃんと自浄能力があって、ユダ金とつるんでカネ盗んだ連中を捕まえているから、凄いですw 日本みたいに、自浄能力皆無の自民党が政治を腐らせてる国とは違う。ネトウヨはチベットやウイグル独立と騒ぐんだが、あの地域は歴史上、ちゃんと独立国家を作った経験がないんだから、独立はムズカシイだろw 中国の習近平指導部が国内外の経済情勢に危機感を募らせ、構造改革加速に向けた具体策を直ちに取りまとめるよう、関係官庁などに厳命したことが20日、複数の関係筋の話で明らかになった。 既に鉄鋼など重厚長大産業の整理で数値目標が示されており、これまで「スローガン倒れ」とも言われていた改革に、本腰を入れ始めたもようだ。 自浄能力のない組織は腐る。今の日本がそれ。端から端まで、腐りきっている。ヤクザとコラボして税金盗むようなヤツが閣僚です。 アベノミクスは死屍累々 http://my.shadowcity.jp/ 国会の質問で、共産党が「実質賃金」との話をしているのに、アベシンゾーが「総雇用者報酬」というコトバで反論してるんだが、Wikipediaを見ても、そんなコトバは出て来ないw つうか、アベシンゾーが国会でのイイワケにしか使ってないコトバで、どこにもそんな定義はない。 真島氏は、GDPの6割を占める個人消費が安倍政権の3年間で4兆円も減額したことを示し、「内需が冷え、実体経済は『悪循環』になっている。大企業を優遇し支援すれば日本経済がよくなるという路線は破綻している」と強調。 「個人消費が4兆円も減ったのは実質賃金が下がっているからではないか」と追及しました。 首相は、「(会社役員の報酬も含んでいる)『総雇用者報酬』は増加している」とごまかしました。 ここにこんな記事があるんだが、 さらに安倍総理の答弁で気に懸かったのは、国民の所得に関しては「総雇用者所得」という指標で見て行くことが肝心だと主張していたことです。筆者は25年以上金融関係業務に携わっていますが、恥ずかしながら「総雇用者所得」という経済指標は初めて聞きました。念のためにGoogleで検索してみましたが全くヒットしませんでした。こうした耳慣れない経済指標を使いがちな月例経済報告の資料も確認してみましたが「総雇用者所得」という統計は存在しません。 2014年10月の記事ですw まったく同じような答弁なんだが、前原相手の答弁w いつも、誰も知らない定義の、ありもしない数字を持ちだして「景気が良い」と主張するw 共産党は「会社役員の報酬も含んでいる」と解説するんだが、そもそも定義もなけりゃ、公表もされてない数字なので、役員報酬を含んでいるかどうかも定かではないですw アベうんこ http://my.shadowcity.jp/ アベうんこという話なんだが、第一次安倍内閣と同じ途をたどってますw 相次ぐ閣僚の不祥事やら不審死やらw 挙句、アベシンゾーの顔色が悪くなり、やたら便所に通って場を外す。追いつめられると下痢で逃げるんだから、それって過敏性大腸炎だろw 正確には「過敏性腸症候群の慢性下痢型」というヤツです。精神的なモノで、難病でも何でもない。むしろ精神疾患。 安倍首相「トイレに行かせる時間を与えないのは前代未聞」 野党に恨み節漏らす 安倍晋三首相は19日の衆院予算委員会で、トイレに行くために席から離れようをしたところ、野党側に阻止されたことから「トイレの時間も与えないのは前代未聞だ」と恨み節を漏らした。 騒動が起きたのは、維新の柿沢未途氏が日本版「最低生活保障」(ベーシックインカム)について提案した場面。首相はトイレのために席を立ったが、柿沢氏が「行ってもいいけれど(質問時間を計測する)時計を止めてください」と竹下亘委員長(自民党)に要求し、首相はいったん席に戻った。 アベノミクスの完全失敗が露呈して来たので、追い詰められてますw GDPも株価も実質賃金も出生率も下がりっぱなしw もはや大本営発表で誤魔化せなくなって来た。口では失敗を認められなくても、ホラホラ、身体は正直だぜ、こんなにビチビチうんこ垂れ流しじゃねーかw パタカパカタ http://my.shadowcity.jp/ 「パタカパカタ」と発音して、舌がもつれたら脳梗塞の疑い、というんだが、やってみたらおいらは大丈夫でしたw アベシンゾーは滑舌悪いので言えないんじゃないかな? トイレに行き過ぎというのでいじめられてるらしいw まぁ、会社員だって、そんなに頻繁にトイレに立っていたら怒られるw 病気だから仕方ない、なんてイイワケできないよ、会社員は。だったら辞めろ、でオシマイですw 「ろれつが回らない場合、大脳の梗塞だと『ラ行』、小脳の梗塞だと『タ行』が発音しにくいといわれている。ラ行やタ行、あるいは『パタカパタカ』と繰り返しいってみて、滑舌やリズムが悪いと脳梗塞が疑われます。麻痺は手足の片側に起きて力が入らないのが特徴です。『最近よく物を落とす』といった時、すぐに拾えるなら通常の老化現象ですが、脳梗塞なら拾えません」 フクシマボカンで、首都圏では心不全、脳梗塞が急増してます。気をつけましょう。といっても、どうしたらいいのか判らないけどw 産地の不明なジャンクフード食べないとか、部屋では空気清浄機まわすとか、その程度か。 ★ ★ ★ 最後の「パタカパカタ」は、以前紹介したドリールの第10番惑星爬虫類人には、「キニニゲン」が発音できないというのとよく似ている。その話によると、かつて、この地球が爬虫類人に侵略を受けたときの教訓で、政治家には「キニニゲン」を発音できるかどうかテストしてできなかったら、即座に死刑にしたというのである。 是非、アホ下痢ゾ~に「パタカパカタ」をテストしてほしいもんである。 鳩山宇宙人は良い宇宙人で、アホ下痢ゾ~は悪い宇宙人といえる。 アホ下痢ゾ~と不愉快な悪のジミンたちは、インチキと出鱈目の屑ばかりです。アタマがイカレテしまっているので、こんな連中の言うことはスルーするに限ります。オカルト以上にカルトです。カルトの日本会議に洗脳されているせいでしょうね。 このようなニセモノのカルトではなく、ホンモノの自然のなかに隠されている(オカルト)叡智を探すために、シュタイナーの話を続けます。 ★ ★ ★ さて、人類が進化の過程で動物性を外に出したということは、衝撃的に思われるでしょうが、人体内で、実際に光を発生させる能力と関係しています。実際に、人体下部での光の消費とは反対に、人体上部では光を生産しているのです。 光の発生能力を身につけるために、人体上部は、完全に動物化するのを防ぐために必要な器官を備えているのです。この器官が、人間を動物から区別できる根本的な違いの1つです。動物も人間と同じく他のアストラル体、エーテル体などの高次の構成体を備えていますが、体内で十分な光を作り出す能力は動物にはないのです。 近代の自然科学の、まさしく汚点ともいえるべき問題を挙げることになりますが、それは人間と外界の自然との関係を洞察するなら、この問題を避けて通るわけにはいかないからです。 人体内の物質全般、特に薬の効能を把握するのに大きな障害となっているのが、いわゆる、力、ないしエネルギー保存の法則、更には、質量保存の法則です。 これらの法則は、普遍的な自然の法則と定められているわけですが、人類の進化過程とは完全に矛盾します。栄養の摂取=消化系全体は、唯物主義的な観点からは捉えられないからです。唯物主義的な見解から、栄養摂取=消化系全体内の物質が、外界と同じ状態にあるかのように考えております。 炭素を例にとるなら、外界にある炭素が人体に摂取され、むろん摂取しやすいように、なんらかの食品として調理され、人体のなかで消化され、栄養として吸収されても、外界とほぼ同じ状態のままで、人体内に保持され、物質のままで消費されていくという風に考えられているのです。 このような考え方においては、外界の炭素と、人体内の炭素との間には、本質的な違いはありません。 ところがこの唯物論的捉え方は間違っています。というのも、実際には、外界の炭素は、人体下部で完全に破壊され、物質界の空間から消滅させられ、物質界とは反対の力から、全くオリジナルに、再び炭素を作り出す能力が人体に与えられているからです。 つまり、人体のなかには外界の物質を破壊し、作り出す溶鉱炉があるのです。この事実が今日の自然科学では承認され得ないのはいうまでもないのですが、今日の自然科学は、そもそも物質力を、アハスヴェール(永遠にさすらうユダヤ人)かのように、微粒子が空間を彷徨い歩くかのようにしか想定できないからです。 (永遠に彷徨うユダヤ人とは、キリストを自分の家に招き入れずに、その教えを乞わなかったために、永遠に輪廻転生を続ける運命にある憐れで、悟れないユダヤ人のこと。 ユダヤ人には選民意識があるために、その自負心のために、他の人類を見下し、人類の進化段階を克服することができない。キリストを十字架に架けたのもユダヤ人である。) 自然科学は、物質の生命について、物質の発生と物質の死については何もわかっておりません、 人体のなかで物質の死と再生(蘇生、復活)が起こっている事実には無関心なのです。 この人体下部での炭素の再生と関連するのが、人体上部に光の生成として備わる器官です。また人体内の光生成過程が外からの光の作用に対抗しています。人体上部では、外からの光と、内で生成される光が互いに対抗的な作用をし、互いに共同して働くように調整されているのです。 そして人体の本質とは、この外からの光と、内でつくられる光が相互作用する場において、これら両方の光が互いに混じりあわずに、それぞれが秩序を保つように、交互に作用して、それぞれの特性を保ち、一緒にならないようにすることにあるのです。 外界の光と接する人体の目や皮膚などの領域の至る所に、内の光と、外からの光との間の隔壁が設けられているのです。外から侵入する光は本質的には、それに対抗する内の光の発生を刺激し、促進するという意味をもつだけにすぎません。 つまり光を外から人体に流入させることで、人体は内の光の発生を促進するわけです。 さて、重要なのは、この人体の働きをもう少し先まで見通すことです。この炭=実質の分解に関与する人体下部の働きに注目するなら、尿器官の上部の腎臓と関係する、腎=泌尿器官全般の働きに到達できます。 従って、腎=泌尿器官全般にアプローチするには、外界の炭に関わる過程に注目する必要があります。この過程から、植物炭を人体に適用する方法が得られるのです。 植物炭を人体に巧く調合したなら、人間の動物化、つまり吐き気等に通じる悪性疾患に対して、治癒的に働く可能性、つまり治療法が得られます。 外界の植物炭を、調合せずに、人体内にそのまま採り入れると、吐き気などの動物性の病像を生じさせます。だから、植物炭に対抗する人体内の有効な対極は、その吸収とは反対の、排泄(除去)過程を示しています。この過程は、腎=泌尿の機能に関わる全般です。 ですから、多量の植物炭を人体に与えたことにより生じる病像が認められたなら、腎=泌尿器官を促進すれば、例えば、植物炭を人体内で薄めることで、腎=泌尿の機能を促進するような方法で、排泄機能全体を高められれば、この植物炭の人体への作用と似た病気に対する治癒の働きかけが可能となるわけです。 ですから、このような病気の薬を研究する際に本質的な問題とは、この植物炭といった薬を人体内で希釈するのに、腎=泌尿の機能全体が、どのくらい働けばよいのか、という評価(見積り)に到達することにあるでしょう。 その際、人体の腎泌尿の排泄過程は、腸の消化過程に対して、対極として効力を発揮するように作用します。 つまり、多量の植物炭の消化により、結果として現われてくる消化過程の障害などの病像の回復のために、腎泌尿の排泄機能全体が、その反対の対極として効力を発揮するように、つまり、腸での病的な消化の対極である腎泌尿の排泄過程が効力を発揮するようになるのです。 ★ ★ ★ 連中は金儲けや自己保身で地を這うことばかりに夢中なんで、自分が益々動物化=獣化していることに気づいていない。しゃべる言葉はもはや人間の言葉に非ず意味不明で、消化機能が障害に陥っているから、世の中で起こる出来事や物事を消化できずに、逆に硬化してしまい、鉱物を分解できずに、下痢ばかりするアホバカになり、終いには糖尿病などになってしまうのである。
2016年02月19日
コメント(0)

巷ではまたまたアホバカ議員、それも大臣の1mSvには科学的根拠はないというアホバカ発言に続き、以下のように1%金持ち支配の鬼畜米国のオバカ大統領を「黒人の血を引く奴隷」とアホバカ差別発言したそうである。 ★ ★ ★ これにはニガーも苦笑い http://my.shadowcity.jp/2016/02/post-8832.html オバマがクロンボの奴隷とかで大騒ぎなんだが、そもそもオバマは「アメリカ黒人」じゃないから。アフリカ黒人とアメリカ白人のハーフです。アフリカ黒人は凄いよ。漆黒だからw マックロケw アメリカの黒人なんて白く見える程w じゃあ、奴隷の子孫じゃないからいいのか、というので、それはそれでまた問題ではある。そもそも奴隷制そのものが間違っているわけで、こういうデリケートな問題に、事情を知らない日本人が口を挟んじゃいかんw 憲法審査会で問題発言です。自民党の丸山和也議員は、参議院の憲法審査会で、アメリカのオバマ大統領について「黒人の血を引く奴隷」と発言しました。丸山議員のこの発言は、人権意識のない発言として、今後、批判を浴びそうです。 あの時代、帝国主義諸国列強は、世界中から奴隷を狩り集めていた。日本は鎖国していたのでその対象から免れたが、戦乱の中国からは大量の奴隷がマレー半島に送られ、インドからスリランカにも大量の奴隷が送られた。スリランカの紅茶栽培には、今でも地元のシンハリ人は携わっていない。インド系タミル人の仕事です。そういう奴隷制を世界中に強いたイギリスはじめ列強を非難するならともかく、事実関係すら理解してないアホが、口を挟むな。 ★ ★ ★ どちらの丸もTVでお馴染みのアホバカタレント議員の典型である。このようなアホバカ発言をするのが議員なのだから、この国の議員の低レベルさには呆れてしまう。国家公務員の国家試験を早急に課すべきである。 一般庶民(実は「庶民」も妾の子孫という差別用語なのだが)が言論の自由で雑談などでいうのならまだしも公僕の議員が公務の答弁でいうことではない。と書くと、議員には言論の自由はないのか、というアホバカ反論が出てくると予想されるが、そういうアホバカ反論こそ一般庶民と議員という公僕の立場の違いがわかってない。 憲法には国民主権の原則で、一般庶民の言論の自由が保障されているが、議員や国家公務員は国民全体の奉仕者なんで、全体の利益とならない発言や不利益、ましてや特定の差別発言をするのは、国民全体に不利益をもたらし、その議員は国民の代表たる資格を失って当然だろう。 それに公的な場での差別発言は言論の自由ではなく、言論の横暴で、暴力なんである。アホバカ総理はよく、私が最高責任者の総理ですから、と権力の横暴発言をするが、このアホバカ発言も先の大戦の東条英機らA級戦犯の発言を彷彿とさせて、国民を不快にさせるものがある。一般庶民がこれら横暴発言をよくする右翼をヤクザと同等とみなしていることに気づいていない。 こういうアホバカ大臣や議員が出てくるのもインチキ選挙や、米国戦争屋が内政干渉し、アホバカを総理にしたツケである。早急に、差別発言チェックテストを議員全員に課し、少しでも差別発言する可能性があったら、公僕に相応しくないので即辞職させるべきであろう。 このような一件からも、TVとアホバカら売国勢力の癒着が垣間見れる。連中のほとんどが鬼畜米国の犬であり、ニセモノユダヤの走狗である。黒人奴隷発言も、米国ニセモノユダヤの白人に自分を投影しての発言にも思えてくる。 このようなTVで活動していた議員が、差別発言をするのは、ダマスゴミの政権との癒着にあり、マスコミの言論統制の不健全さを現わしている。これら売国勢力は差別発言をしても許され、現場の記者や評論家は少しでも政権批判をすると、締め出される。この状況は北や中共と瓜二つである。 この売国勢力は西洋文化の悪しき選民意識をもち、自分たちを上級国民と思っているようであるが、それこそにニセモノユダヤがつくりだした階級闘争のための共産主義なんである。 共産主義とそっくりというのが、ダマスゴミと政権の癒着ぶりに現れている話を少し古いが以下に紹介する。 ★ ★ ★ マスコミ報道と「安倍政権」の癒着 http://blog.zaq.ne.jp/yutan0619/article/124/ 《「安倍政権」とマスコミ各社幹部の会食お友達》 メディア論では、権力の権力介入・操縦は第3段階で進むといわれている。 第一段階;圧力で政権に不利な報道を規制する⇒第二段階;メディアトップを懐柔し組織として政権批判を自主規制させる⇒第三段階;現場記者達が権力チェック意識を骨抜きにされ麻痺させる。 今は第二段階と第三段階の両刀使いかなと思う。 「ちちんぷいぷい」では公然と「安倍総理は第一次安倍内閣が崩壊したのはマスコミ批判のせいだと被害者意識を持っている。そのためマスコミ各社幹部と会食を重ねて懐柔している」と言っていた。その会食は今も続いているようで(下記一覧)、その一方、マスコミ現場には厳しく、昨年総選挙前、TBS「NEWS23」が「景気が良くなったとは思わない」と素朴実感を語る街頭インタビューを放送したことに、生出演した安倍総理が「おかしいんじゃないですか!?」と短気に食ってかかった。そして自分にお気に召さない街頭インタビューに「イチャモン」を付けるだけならまだしも、それに加え自民党が民放5社に文書(注1)を出す等、一連のテレビ介入・弾圧の契機となった。そういえば最近のテレビニュース、「政権批判」のコメントが、メッキリ減ったと思いませんか? (注1)自民党による民放5社への文書-昨年11月20日、安倍総理側近;荻生田総裁特別補佐官が在京民放キー局に対して選挙報道に関して「公平・中立」を名目に事細かに対応(出演者の発言回数、ゲスト等出演者の選定、特定政党出演者への意見集中)を求める文書を配布。また同月26日「テレビ朝日『報道ステーション』」で「アベノミックス評価について偏向報道があった」という「警告」を発した。 <自民党こそ「放送法」違反> そもそも監督官庁でもない一介の自民党が、偉そうに放送編集内容を、とやかく文句を言ったり「警告」を発したりする権限があるのか。答えは「NO」である。それどころか「放送法第3条」では「番組は、法律に定める権限に基く場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」と規定されており、実際の裁判では「実質的に干渉され、又は規律されたかどうか」が争点になり、それだけに自民党の「放送編集内容介入文書」や放送局呼出し・事情聴取は「放送法第3条違反」となる恐れが大きく、菅官房長官自身が「放送法違反だ!」という「真実報道義務」は、先ず評価に関る点は関係なく、また明確な虚偽事実であっても放送局が自ら律すべきことと解されている。従って自民党が配布した「文書」なるものは、自らメディア不当介入の動かぬ証拠をメディア各社にプレゼントしたようなもので、そんな憲法の「表現(報道)の自由」と「放送法」との関係法理は法学の基本中の基本で、とても法政大学卒と思えない。 (ダマスゴミのトップたちが政権と癒着しているから、放送法が守られないのである。政権と癒着し税金を無駄使いし、赤字財政にするから、国民の福祉や生活が苦しくなる。こいつらはクズである。) 《何故、メディア各社は結束して「報道の自由」を守らないのか》 メディアにとって「報道の自由」「権力チェック機能」はメディアで有り続けるための「生命線」である。その為には日常的には競争関係にあっても、こと「生命線」に関る介入・圧力に対しては、一致結束して政権に対して「袋叩き非難報道」で跳ね返す気概と行動が重要だ。それを何故しないのかと言うと何の事はない。 もうマスコミ各社幹部は、既に安倍政権(官邸)の独饅頭(夜食)を食って飼い慣らされてしまったのだ。 ここに安倍総理とマスコミ各社幹部との「夜の会食」リストがあるが、あまりにも長きに渡っているので、昨年からで絞り提示したい。(週刊ポスト5.8/15転載) [安倍総理とマスコミ関係者の「夜の会食」リスト](売国勢力リストといえる) 2014年1月17日;渡辺恒雄(読売新聞会長)(=諸悪の根源) ;白石興二郎(読売新聞社長) 1月29日;日枝久(フジテレビ会長)(=ウジTV低迷の元凶) 2月3日 ;朝比奈豊(毎日新聞社社長) 2月18日;清原武彦(産経新聞会長);海老沢勝二(NHK元会長);広瀬道貞(テレビ朝日元会長) 3月27日;福山正喜(共同通信社長)(=米国戦争屋の犬) 4月17日;山本治郎(中国新聞社社主兼会長);川崎隆生(西日本新聞社長) 4月28日;日枝久(フジテレビ会長) 5月8日;永原伸(読売新聞政治部長) 5月13日;大久保好男(日本テレビ社長) 5月15日;田崎史郎(時事通信解説委員);山田孝男(毎日新聞特別編集委員);曽我豪(朝日新聞編集委員) 6月18日;西沢豊(時事通信社長);田崎史郎(時事通信解説委員);渡辺祐司(時事通信社長室長) 6月20日;橋本五郎(読売新聞特別編集委員);山田孝男(毎日新聞特別編集委員) 7月4日 ;早河洋(テレビ朝日会長兼最高経営責任者);吉田慎一(テレビ朝日社長) 7月19日;熊坂隆光(産経新聞社長) 8月11日;加藤清隆(時事通信解説委員) 8月17日;日枝久(フジテレビ会長) 8月19日;日枝久(フジテレビ会長) 10月31日;福山正喜(共同通信社長);小田尚(読売新聞専務・論説担当);樫山幸夫(産経新聞論説委員長);諸星衛(NHKインターナショナル特別主幹) 12月16日;田崎史郎(時事通信解説委員);山田孝男(毎日新聞特別編集委員);曽我豪(朝日新聞編集委員);小田尚(読売新聞論説主幹);石川一郎(日本経済新聞常務);島田敏男(NHK解説委員);粕谷賢之(日本テレビ解説委員長) 2015年2月5日;渡辺恒雄(読売新聞会長) 3月19日;田中隆之(読売新聞政治部長) 4月6日 ;朝比奈豊(毎日新聞社長) (まるで共産主義国家ですな。ナチスともいえるが。) 《これも安倍総理(官邸)とのデキレースか》 上記のように「夜の会食リスト」を見てみると、テレビ朝日;早河会長が、今も古賀元コメンテーターが「官邸からの圧力があった」と言っているのに、勝手に官邸に対して「『報道ステーション』で官邸からの圧力はなく謝罪する」という謝罪コメントを出して、こと終わりとしたことだ。つまり、これ以上、古賀さんを追い詰めても、逆に決定的な「官邸圧力証拠」が出る可能性もあり「夜の会食お友達同士」で官邸の顔が立つように「終わりのシナリオ」を考えたということではないのか。 もう一つの疑惑に思うのは、本月26日に行ったFNNと「産経」との合同世論調査だ。元々、「フジ・サンケイグループ」が財界の支援でできたマスコミグループであること。特に「産経」が「朝日バッシング」を嬉しそうに行っているが、私自身が1970年頃からの「産経」記事を遡って調べると「出るわ、出るわ」の捏造・誤謬等の記事。 (ウジは統一教会がバックにあるのはネットでは定説で、恐らくカルトの日本会議の一派でインチキ選挙の実行部隊とも思われる) 「朝日」の比の類ではなく、しかも「朝日」のような謝罪記事も殆どない。そんな二社合同の世論調査と言うと、最初から胡散臭く見るのも解って頂きたい。それはそれとして世論調査内容を見ると、「『大阪都構想』が住民投票で『反対多数-否決』となったことを『評価しない』とする回答 が46・4%となり『評価する』の39・6%を上回り、住民投票結果と逆の評価となった」ことを報じている。 何で今更、本番住民投票結果が出て間もないのに、このような設問設定したのか、その意図が解らない。実際、設問内容も誘導的だったのか公表していないので確認しようがないが少なくとも安倍総理(官邸)が「大阪都構想-橋下」勝利を願っていただけに「本当は勝っていたのですよ」とゴマをすっているようにも思える。 それと安倍内閣の支持率。他の新聞系世論調査では軒並み、支持率が低下しているのに、この「FNN『産経』合同世論調査」では支持率は53・6%で4カ月連続の上昇となっている。 この内閣支持率は、他の世論調査の全体的傾向と逆行しているだけに不自然さは否めないがこれも「夜の会食」の「つまみ]として見逃しておく。 《これからのニュースの見方》 先ず、テレビニュースに関して、もはやテレビ報道と安倍政権(官邸)とは一体的と見て、大枠の事実関係は間違いないとしても、細部部分や今後を予想させる部分は、すぐさまWEBニュースでワードコピーしておいた方がよい。 特に政権の都合の悪いWEBニュースは、即に消去し後で官邸が平気でウソをつくので要注意だ(イスラム国人質事件等)。 ただテレビ系列的に評価すると、最近は皆「夜の会食友達」だが、特に酷いのは「サンケイ」「読売」で「政府広報番組」と思っておいた方が良い。 新聞については[自由・闊達な議論]がテレビより法的にも規制がないため「これは!」と思う記事を切り抜くことで十分だ。 ただ、これも新聞系列的に評価すると、最も客観事実報道と的確評価しているのが「朝日」。「産経」「読売」等が「『朝日』バッシング」を行っているが、私に言わせれば「吉田証言」は口述で最も「権力チェックしている『朝日』をヘコましたい」という政権意向が策略的に行われているだけだと思う。その対極的に問題ある新聞が「読売」「産経」。特に「産経」は「政府広報紙」と言っても過言ではない。 いずれにしても政府とマスコミが、これだけ癒着が進んでおるなら、我々も我々なりにWEBニュースも活用する等、テレビ・新聞だけに頼らない対抗マスコミ対策を講じなくてはならないときのようだ。 (消費税の軽減税率に新聞が入っているのが癒着の何よりの証拠。このようなダマスゴミのインチキをのさばらしておくと生活が困窮する。生活が困窮するので、税金で政権と癒着し飲み食いしている不埒な連中の新聞社を潰すべき。)(民守 正義) ★ ★ ★ こういう売国勢力をのさばらしているところにダマスゴミの自浄能力の欠如がみられる。ジミンと同じ地獄行きの面々ということである。とにかくダマスゴミの利益につながることは拒否すべきである。 こんなやつらが社会正義を振り翳しているのだから、北と同じである。北と同じ共産体制なのを見透かされたくないために、北が悪い、中共が悪い、ミンスが悪いと、中身は同じかそれ以下なのにバッシングして誤魔化す。 自分がドロボーなのに、あいつがドロボーですよと正義者面する正義の振り込め詐欺なんである。 この売国勢力らが国民の税金で政権と癒着し、国民を騙し、自らの行いの反省もなく、堕落腐敗の地獄行きにせっせと邁進しているのである。権力チェック機構どころか、権力の犬以下なんであるから、国民には不要で癒着で税金を無駄使いされてはたまらないので潰すべきである。 いい加減、このようなダマスゴミの洗脳から自らを解放しよう、という話を以下に紹介する。 ★ ★ ★ 経済学のウソ 金融=養分吸い取り装置の説明 http://golden-tamatama.com/blog-entry-2264.html さて、先ほどみたら日経は15600円まで戻してるようです。 明日は2/16。運命の日。。 どうなるんでしょうか。股間の引き締まる思いです。 とかなんとか。 それにしてもちょっと前の記事で経済学など存在しませんよ。 だって金融や通貨って養分吸い取り装置なだけなんだもの。 そう、元も子もないことを書いたら、お前が経済学を知らないだけだろ! と突っ込みが来ました。 おいおい。 あんたね。。 まだ騙されてるんでしょうか。 以下、ワタスが思い描く現代人のイメージ図。 奴隷さん同士結束すれば良いのにお互いに仲悪しにさせられている。 わたしは悪くない!そう叫ぶベッキーさんを奴隷仲間で集団で叩いたりしてます。 そのせいで支配者に目もくれず、反乱も起きず、まんまとうまく支配されてしまっているのでした。 ったく。この馬鹿共どもが。。。 一生、このまま5000年間ピラミッド作ってろ!このスカポンピン! ったく。もう。何度言ったら分かるのか。 分割統治。 いい加減、ピラミッド作りやめたら? 弱いもの同士団結したら? 99%が団結して1%の奴らをやっつけましょう!! と言ってもワタスが攻撃されるんですから。 毎日、ふてくされて股間をかきあげるしかないというものです。 なぜ1%が99%を支配できるのか。 普通に考えれば人口で圧倒的多数の99%が反乱を起こせば1%なんてひとたまりもないですよね。 例えばなんで若者が体力のない爺どもの奴隷になってるのでしょうか。 昔の農村なら、老人などこの死にぞこない!と山に捨てらてた時代もあったのです。 完全に洗脳されている人々。 おいおい。あんたんとこの教祖は信者に一生懸命修行しろなどと言いつつ裏で女性信者と乱交パーティやってますよ。 そう親切心で真実を教えてあげても逆にぶちぎれて、逆にワタスをポアしようとしてくるんですからふてくされて遠くのアルプスを眺めるしかなくなるというものです。 経済学がちゃんとした学問だと言う人。 では、経済学で以下の事実を理論的に説明して下さい。 中央銀行制度がない国がなぜか戦争になって、政権が転覆させられてしまう不思議。 これを経済学でどう説明するんでしょう 911以前、中央銀行制度(BIS配下)がなかった国は以下の7カ国でした。 アフガニスタン、イラク、スーダン、リビア、キューバ、北朝鮮、イラン ↓ 2001年の9.11に世界同時多発テロが起きました。 イラクとアフガニスタンが攻撃され中央銀行が設立されました。 ↓ その後、2011年にリビアとス-ダンに中央銀行が設立されました。リビアはカダフィ大佐が死亡。 ↓ 残りはキューバ、北朝鮮、イランになりました。 世界中のモルガンやロスチャイルド配下の中央銀行がない国は、なぜか戦争になってしまい政権を転覆させられてしまう。 リビアのカダフィさんなんかは悲惨ですよね。 民衆にリンチされて殺されてしまいました。 日本も同じですよね。江戸幕府が浪人達に倒されてその後、三井の番頭の渋沢栄一さんが日銀を作りました。 渋沢栄一さんと言えばフランスロスチャイルド家の弟子ではないですか。 これを経済学ではどう説明するんでしょうか?? 納得できる説明があればワタスは経済学がちゃんとした学問だと認めますが。 いまや、中央銀行がない国はキューバ、北朝鮮、イランの三ヶ国になってしまいました。 ちなみに北朝鮮などはこれから攻められそうなので、しきりに核を持ってますアピールをしてます。 以下はBIS配下の中央銀行リストです。 ほとんどすべての国の中央銀行がBIS配下(モルガンやロスチャイルド配下)なのです。 http://www.bibliotecapleyades.net/sociopolitica/esp_sociopol_rothschild40.htm つまり 通貨=養分吸い取り装置を取り付けてない国は占領されて、無理やり取り付けられてしまうのです。 前に通貨は全部、不換紙幣だと書きました。つまり日本もアメリカもEUもインチキ通貨なのです。好きなだけ刷りまくれる。 個人に置き換えて見れば、ワタスが金玉通貨を刷りまくって、いろんな人の土地とか家とか車とか食べ物とか。はたまたキャバクラのお姉さんのサービスとか。そういうものを自分の刷ったお金で買いまくる。これは人の養分を吸ってるのと同じですよね。 くほほほ 楽しいですねぇ。楽ですねぇ。 ワタスは何にも働いてないのに、他人の養分をチューチュー吸いまくれる。 あまり派手にやり過ぎて罪に問われそうになったら検察を買収してしまえば良い。 いや国会議員を買収して、法律を変えてしまえば良いので楽ちんです。 これが兌換紙幣なら、そんな極悪非道なことはできません。 当たり前ですよね。 通貨を発行するためには、ワタスは何らかの価値があるものを提供してそれと通貨を交換しなければいけないのですから。 現物との交換を保障する=ワタスはせっせとお米を作って交換を保障しなければならない。=真面目に働かないといけない。 という訳で 現在の通貨(不換紙幣)制度=養分吸い取り装置 この基本が分かってない人が多すぎる。 以下は、とてつもない特権という本です。 とてつもない特権 [ ベリー・アイケングリーン ] 価格:3,024円(税込、送料込) この本は現在の基軸通貨となっている米ドルの法外な特権について書かれています。 例えばです。 あなたのお隣に通貨をバカスカ刷る国があったらどうでしょうか。 この野郎。 そんなに通貨を刷りやがって。 これ以上、我々の養分を吸い取るのか? それで、怒って皆さんその国の通貨を相手にしなくなりますよね。 そんな国の通貨なんて使わない。 そうやって完全スルーするようになります。 通貨を発行し過ぎると価値が薄まってしまいます。(通貨の希釈化) 養分吸い取り装置は希釈化するとうまく作動しなくなるのです。 金玉通貨だって、ワタスが調子に乗って刷りまくるとうまく作動しなくなる。 これ以上養分を吸い取れなくなるのです。 そうすると、その薄まった価値を元に戻すためにどこかの国の誰かが一生懸命働いて価値を維持しなければいけません。 よく外貨準備高と言いますが、例えば東南アジアなどでその昔、通貨危機がありましたよね。 タイバーツとか。 ヘッジファンドがタイバーツの空売りして暴落させた。 固定相場にしてると攻撃されてIMF管理下になる仕組み。 それで東南アジア諸国は自国の通貨を防衛するために外貨準備として米ドルを蓄えなければならなくなりますた。 これは、希釈してしまった米ドルを日本や中国、東南アジア諸国が働いて買い支えたということです。 それが最近、あーやめやめ。 ドルなんて使うのやめやめ。 自分達で刷ろう。 それが今、中国がやってることですよね。 米国債を売っぱらって、ドルをスルーする経済圏を作ろうとしています。 (奴隷になるのは真っ平御免!) もう一つはサウジアラビア。 よく米ドルのことをペトロダラーと呼びます。 石油のpetroleum(ペトロリアム)と、米ドルdollar(ダラー)を合わせてペトロダラーです。 今まで世界一の産油国のサウジアラビアが自分とこの石油は米ドルじゃなきゃ売らないよと言ってました。 これがどういうことかというと、例えば日本がサウジアラビアの石油を買うのに日本円じゃ買えなかったのです。 それで、わざわざ日本円で米ドルを買って、それからサウジの石油を買ってました。 そのために米ドルというのは何もしてなくても需要があったのです。 それが最近、あーやめやめ。 バカバカしい。 ドルで石油売るのやめやめ。 サウジアラビアもそう言い始めたのです。 とにかく誰もが価値の希釈化した米ドルをもう使わない。 (鬼畜米国の悪巧みがバレてきた。) スルーし始めたということです。 養分吸い取り装置がだんだん作動しなくなっているという話なのです。 (世界は鬼畜米国に騙されていたと気づきはじめた!) ということで、以上。 本当の敵は誰なんだ? 最近、奴隷たちもようやく気づき始めた。 ハンガリーやアイスランドは民衆が早々に気づいて養分吸い取り装置を取っ払った。 これは、未だにどこのマスコミも報道してません。 (金融麻薬から足を洗った。) 遅れてる日本は未だに養分吸い取り装置をつけられて苦しんでる。 (ダマスゴミのような金融麻薬の売人がヤクザ政府とつるんでウロウロしているから。) 庶民は未だ敵が分からずにベッキーや清原叩きをしている。 なんで派遣社員がここまで増えるのか。 8%に飽き足らず、消費税が10%導入などと言ってるのか。 どっかに自分達の養分が吸い取られてるからに決まってるでしょう。 それが、さっぱり理解できず養分吸い取り装置の現場操作員。 パソナ会長のとぼけた経済理論を信じたりしている。 (現代の奴隷商人で地獄化の先鋒畜ナカ) 本当にありがとうございますた。 ★ ★ ★ 人類の寄生生物のニセモノユダヤが貴族面して人類を奴隷として養分を吸い取っているのである。養分吸い取り装置が金融なんである。 だから十戒とキリストは、人類に金融を行ってはいけないと警告したのである。
2016年02月18日
コメント(0)
番組「TVタックル」はほとんどみないのだが、先日、ふとTVをつけていたら、寿司職人になるのに、調理師学校か、寿司屋で師匠について修行するのか、の比較をしていた。 この比較は西洋と東洋の違いを現わしていて面白かった。一向に結論に辿り着かない堂々巡りの議論なんで呆れたが、結論をいえば、職人の技術を学びに行くのなら学校でもいいが、職人の人生を学びに行くのなら、実際の寿司屋で体験しないと駄目である。 というのも、学校では定型のトラブルしか想定されず解決法も基本的なものしかないが、寿司屋では想定外のトラブルが起こるからで、解決法もみつからない場合もある。それに、東洋文化には、後世に人を残して一人前という道理がある。いずれ自分が死んでも大丈夫なように、師を超える弟子を育てるのが本分という利他主義のところがある。 死んでカネを残すのは下等、仕事を残すのは中等、人を残すのが上等という人生訓がある。 海外で日本文化が称賛されているのは西洋文化が唯物論に染まりすぎて、堕落腐敗したせいである。アホバカ政権や西洋カブレした売国奴たちをみれば一目瞭然である。 確かに、西洋文化は高度な技術を生み出してきたが、人生がそのものが技術により高度にならなければ全く意味がないばかりか、堕落腐敗に陥るだけである。実際に西洋文化は高度な軍事兵器を生み出して大量殺戮を行ってきた。これでは西洋文化は人類を堕落腐敗させるだけであろう。 結局、西洋文化は貴族主義で、後は使い捨ての唯物文化なんである。技術だけ残ればよく、それが物質的であればなおさらよいという悪魔主義である。 十戒やキリストが禁じた金融業をキリスト教徒が行っていることからも明らかである。金融業は悪魔的技術の代表である。錬金術もいまでは金儲けと勘違いされている。全てがニセモノユダヤのなせる業である。 米国人なんか、得意気にいまでも植民地語の英語をしゃべるわけだから、アホバカもいいとこである。米国文化なんていわれてるが、植民地語の英語から全てが皆モノマネでしかない。それもいまだに貴族主義が抜けきっていない。21世紀というのに、精神は中世のままなんである。文化に精神がないから、植民地語の英語でしゃべるしかないのである。 文化そのものが物質的になり、使い捨てになってしまうのである。 だから、東洋文化は、技術をひけらかさない。人生がよくならなければ意味がないので、人生よりも技術が目立ってはいけないからである。しかし明治以来、西洋文化の進出により、「武士は食わねど高楊枝」じゃないが、東洋の技術を隠す文化が依怙地になり、シミッタレタ感じで、自虐的になっているのは非常に残念で、逆に昨今の軽薄な風潮を象徴化している。 文化というのは世代を超えた伝達言語でもあるから、軽薄ではインスタントの使い捨てで消滅してしまうのである。 軽薄な西洋文化では、人間は機械になってしまう。 人類がどんどんアホバカになっているから、ブラック企業でもあきらかだが、機械になるのは簡単で快適で、奴隷になるのがどんどん楽になってきている。思考力や知性を磨くことくらい大変なことはない。その証拠に機械ではできない。AIなんていわれているが、所詮奴隷で、ニセモノの知性でしかない。 現代人は実際に電子マネーの奴隷で、電光掲示板の株価に一喜一憂し、デスクにつけばパソコンのオペレイターという奴隷と化している。 西洋文化は奴隷文化といえる。東洋文化は、奴隷文化ではないが、昨今の米国のニセモノユダヤ文化の影響で、似非日本文化なる奴隷文化、家畜文化がGHQの3S政策によるダマスゴミの洗脳でかなり浸透してきている。 意味不明な横文字などが横行するのが最たる典型である。明治以来の欧化政策による勘違い日本文化などは和魂洋才と美辞麗句で語られるが、カルトの日本会議をみればわかるが、軽薄そのもので、西洋の貴族文化、選民主義が根底にある。 伝統の日本文化といえば、わびさびの文化で、部落民の先祖が虐待を受けたことを忘れないという奥ゆかしさにある。怨念を晴らすというのではなく、いま生きられるのは先祖の苦悩の御蔭だという感謝の気持ちである。苦悩が創造を生むという、創造、創作の文化で、どんなものも粗末にしないという、利他主義である。 利他主義といっても、情けは他人のためならず、という諺のように、人間は一人では生きられないし、皆で協力して天国をつくろうという発想が根底にある。つまり、それだけ虐げられてきた歴史がある。日本史を真剣に学べば大陸からの侵攻を受けて、虐げられてきた奴隷史ともいえる。 勘違いカルトの日本会議がジミンのような売国党でGHQの占領政策を継承しているから、日本文化がもはや絵にかいた餅で、技術ばかりを前面に押し出す米国の西洋猿真似使い捨て文化に堕落腐敗退化する、という話を、お馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ 戦後最大の売国奴 http://my.shadowcity.jp/2016/02/post-8829.html 日本が51番目の「州」になって、日本人がアメリカの大統領になる、という話なんだが、昔からあるんだが、人口比から考えて笑い話にもならないネタなので、今更です。日本の人口は1億3千万人。アメリカの半分近い。白人を追い抜いて最大勢力になってしまう。日本人以外大統領になれないし、アメリカが日本に乗っ取られてしまう。なので、アメリカが絶対にそれは許さない。永遠に植民地のままですw 「米国の51番目の州になれば日本人が大統領に」 自民・丸山氏が"珍説"披露、参院憲法審査会 自民党の丸山和也法務部会長は17日の参院憲法審査会で、「日本が米国の51番目の州になれば、『日本州』出身者が大統領になる可能性が出てくる。世界の中心で行動できる日本になりうる」と"珍説"を披露し、日本が米国の州になることも1つの選択肢だとの考えを示した。 植民地がイヤだったら、晴海埠頭にiPhone投げ捨てて、独立戦争始めるしかないですねw ★ ★ ★ あまりにアホバカすぎて話にならないが、こんなアホバカ売国奴が議員だから、議員に国家試験を課すべきといわれてしまうわけで、それに元々日本人だからといって日本人を大統領にするとは限らないし、洗脳工作が成功し、白人にカブレている日本人も多いしね。 結局、鬼畜米国というのは1%の金持ち主義で、他の人々が貧困に塗れようがどうでもよく、奨学金を餌に戦場送りにして、貧困層を殺して、新たに移民者を集うようなことをやる貴族以外使い捨ての国ということなんだろう。 米国人は選ばれた人間と錯覚しているようだが、それは所詮、使い捨てに選ばれた人間でしかないのである。もはや西洋文化からもわかるが、それは人間ではなく、選ばれたという時点で奴隷である。 正直、米国人のイメージは近年著しく悪い。それはアホ呈示やしょーもない、のように、高圧的態度で恐喝をするか、陰険なブラッフで、終いには暴力に訴えて殺すような野蛮で獰猛な獣というイメージが定着化しつつある。 このような金儲けしか頭になく、野蛮で獰猛な獣たちこそ檻に入れて監視すべきではなかろうか? こういう連中をなんとか改心させないと人類はどんどんアホバカになり、滅亡の道へと進むだろう。 だから、西洋文化を唯物論から解放し、悪魔主義を叩きのめして、獣から人間の心を取り戻さないと、人類は滅亡の道をまっしぐらというシュタイナーの話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ ホメオパシー療法を行うには、人智学的知見(霊的認識)が不可欠ですが、そのために偏見も多く、数十年来、次のような偏見と取り組んできました。ホメオパシーの医師は、神秘主義者と噂されるのに怯えている、神秘主義者というレッテルを貼られるのを嫌がる、というような偏見です。 さて、このような偏見に取り組んできた根拠は、ホメオパシー療法を現代でも解釈できるような見解を獲得するためです。 ホメオパシー療法の本質とは、実際、その性質を正しく描写するとなると、いささか怪しい表現にならざるを得ないのですが、ホメオパシーとは、用いる物質に効力を求めるのではなく、人体に調合するやり方に効力を求め、例えば、珪酸でも、植物の炭でも、調合のやり方によっては、似たような効力が得られる、ということにあるのです。 ホメオパシーとは、人体への調合のやり方、つまり人体が潜在的にもつ治癒力の引き出し方に本質があるのです。 ホメオパシーの薬の調合を求められたとき、どうやって人体に適応すべきか、様々に研究してきましたが、例えばリッターの光線力学的療法も、ホメオパシーに含めたいと思います。 問題は、ホメオパシーの薬を人体にどのように調合して、人体に潜在する治癒力(自然への抵抗力)を引き出すか、ということにあるのです。 (西洋文化が唯物論になってしまったので、アロパシーになってしまった。) 結局、ホメオパシーでは、調合法が求められることになります。人体から、治癒力を引き出すように、薬を調合するやり方が求められます。 例えば、外界の珪酸の希釈度を高くするには、珪酸をどう調合すればよいでしょうか? 外界の珪酸を薄め、溶解していけば、ゼロ点を目指すことになります。外界の自然では、万有万物が、基本的な法則に従い、規則的な経過に基づいて、変化しています。 珪酸を薄めていけば、珪酸が前面に出している性質が抑制されていき、その性質のゼロ点に向かいます。 例えば、私が、財産をどんどん使い果たし、ゼロになっても、更に財産を使おうとして、ゼロ点を超えていくと、財産が無くなるのを超えて、つまり財産という性質を超えて、それとは逆の負債に移行することになりますが、外界の物質の性質も、同じようなことが当てはまるのです。 この物質の性質に拘り、この物質を減じていくことで、もはやその性質がみつからない、その物質が消えてしまったゼロ点に到達します。それでも更に、その性質を減じて先に進むと、今度は、その性質をもつ物質が消え去るだけでなく、反対の性質が現われてきて、この反対の性質が、更に周囲の媒質に混入するという事態になるのです。 従って、珪酸を薄めていくと、珪酸の性質とは逆の性質をもつ媒質が得られるので、ホメオパシー療法では、常に、媒質のなかに当の物質の反対の効力を見ていく必要があり、ホメオパシーの薬を用いるには、その物質を混入するために希釈する媒質の選定が特に重要となります。 この媒質は、物質とは別の構造を獲得します。財産から借金をつくると、社会生活では、金持ちから貧乏になるように、物質も、その反対の状態に移行して、以前の状態とは反対の状態を周囲に付与するのです。 (このことを素粒子物理学では、ボソンがフェルミオンになるので、対称性の自発的破れ、と呼ぶ。) すなわち、ある物質の量をどんどん減らしていくことで、ある物質のある特性が、ゼロ点に近づくことで、反対の特性になり、つまり以前もっていた特性を、周囲に放射するので、その周囲に放射した特性を促進することで、今度は、その物質の特性を獲得できるのです。 この促進は、いま描写した物質とは反対の特性を、直接引き起こす媒質の選定にあるのですが、それを可能にするには、当の物質にゼロ点をもたらした後、光の影響下で、例えば蛍光を発したり、燐光を発したりして、当の物質の性質を再現できるような、反対の性質を促進できる媒質を探すことにあると言えます。 物質を希釈することで、周囲に反対の性質を放射する媒質を獲得できるのです。実際、重要なのは、神秘主義に陥るのではなく、結局、自然の背後にある真の活動を観察してみること、つまり、実際に、物質の特性がもつ対極的な進行を洞察できるように自然を観察することなのです。 霊的な自然観察眼こそが、様々な自然治癒力がどこに眠っているのかを認識するための教科書とでもいえるものなのです。希釈していくと、物質はゼロ点に達します。このゼロ点の向こうには反対の力(マイナスの光)があるのです。 しかし、反対の力に達して全てではなく、今度は、ゼロ点の向こう側のなかで、この反対の力がまたゼロ点になるような第2のゼロ点に達します。この点を超えていくと、更にもっと高次な力(アストラル)に到達するのです。 当初の物質界における方向性とは一致しますが、物質とは全く反対の性質を持った(反物質)、もっと高次の力に到達できるのです。 ですから、物質を希釈し続けることで明らかになる様々な力を、ある種の曲線で描ければ実際に素晴らしいでしょう。ただし、この曲線は独特の表現で記述しなければならないことに気づくでしょう。 物質界では、次第に減少する曲線ですが、ゼロ点に近づき、それを超えると今度は、エーテル界になり、高次の希釈で(エーテルを減じると)、反対の力がゼロ点となる第2のゼロ点に近づき、それを超えると、もはや平面で表記できず、直角に回転して、三次元的に、空間へと曲線を引かなくてはならないからです。 (数学的には複素多様体になる。アストラル界は、物質界と直角の関係にあるようだ。物質界とは正反対の陰の世界なんである。) これらのことは、この講演のなかで更に述べていきますが、これは人間と外界の全自然との親和性全体と密接に関わっていることです。 さて、いま植物の炭を人体に調合する場合を観察してみます。 第一に気づくことは、多量に服用すると、特定の疾患を生じますが、ホメオパシー療法で、この同じ物質を、人体で希釈するように調合すれば、この特定の疾患の治療薬となることがわかります。 (いきなり熱湯を浴びると火傷するが、徐々に温度を高めてゆっくりと浴びることで熱湯に慣れ、抵抗力がつけば、火傷にならないのと同じ。) いま植物炭を取り上げましたが、人智学では、植物炭はどう位置付けされているのでしょうか。人智学では、外界の自然の象徴として、鉱物化の代名詞の炭や、地中の炭の状態を調べるように教えています。 炭を調べることでわかるのは、炭とは本質的に、酸素と共に地球という生命体に関与していることです。地球という生命体のなかでは、地中の炭の含有量が地球の周囲の酸素の含有量を調整するものとなっています。 この事実からわかるのは、地球が単なる物質体ではなく、活力ある生命体であり、地球の呼吸に、地中の炭の含有量が関わっているということです。 本当の生きた化学は、炭の存在を、人間の呼吸、もしくは動物の呼吸との関わりにおいて、観察するときにはじめて成立するでしょう。 というのも、地中の炭化と、地球の周囲の酸素、すなわち大気との間で起こるいわば地球の呼吸の基礎をなすのは、人智学的な観察から、地球の動物化の傾向、実際の動物の存在数として明らかになるからです。 この地球の動物化の傾向は、衝撃的な表現となりますが、地中の炭化と、地球の周囲の酸素を巡って生じる地球の呼吸のなかで生じる地球外の霊的経過のなかに、非物質な存在たち、エーテルの存在のままでいたいので、動物化とは反対に絶えず地球から遠ざかり、地球から絶えず立ち去り、離れていこうとする存在たちを、地上に出現させる機会を生じさせるからです。 地球の動物化は、この脱動物化に対抗する経過で、地球という生命体の、前面に出てくる生命の営みとして把握しなければ理解できないものなのです。 従って、植物炭を人体のなかに摂取すると、人体を動物化に導くことに他なりません。だから、植物炭を摂りすぎると、発生してくるゲップから腸内ガスに至るまでの、腐敗性の下痢他などの症状や、痔疾等、もしくは焼けるような痛みに至るまで、人間が霊的に進化するために、その過程で、人間から分離した動物性を、再びまた人体に招き入れたということに起因するのです。 この事実から、多量の植物炭を人体に与えると、誘導される動物化から身を守るように促されることがわかります。つまり、人間性を保つために、身を守るには、地球の環境と同化するように、自らの人体を調整すること、つまり人間がこれまで進化してきたように、動物性を自分の外に出すことによってなされるのです。 ★ ★ ★ 文化の唯物化とは動物化である。西洋文化をみると、現代人がいかに動物化しているかがわかる。確かに動物は物質的には進化しているが、地上の奴隷である。
2016年02月18日
コメント(0)
この国の政治は不倫議員をみるまでもなく、アホバカ政権をみれば劣化が激しいことは誰でもわかる。 自浄能力の欠如は勿論のこと、一般人よりもどちらかというと犯罪者に近い人物ばかりが、それも漢字は読めない、文章読解力はない、空気も読めない、我儘ばかりの、社会では通用しそうもないのが政治家になって威張り腐っているのはどういうことなのだろうか。 いっそのこと官僚の国家公務員試験を政治家にも受けさせて基準を満たさないアホバカは落第でもしてもらうのがよいのではないかと思うぐらいにレベルが低すぎる。政治家になりたい奴は全て、この国家公務員試験を受けて、合格ラインを超えなければ、落選させるのが、インチキ選挙よりも遥かにマシなのではないか? 財政赤字が増大するのは、このようなアホバカ政治家の数が多すぎるのに問題がある。 定期的に試験を受けさせて合格しないのは、停職とすべきである。それぐらいしないと、この国は終わりである。 似たような話をタレントの武井氏がしているというので、以下に紹介する。 ★ ★ ★ 武井壮が国会議員の在り方に持論 司法試験以上の試験が必要 http://togetter.com/li/816359 ざっくり言うと 武井壮が3日放送の番組に出演し、国会議員のあり方に警告した 武井は「司法試験以上の難しい試験を受けさせることが必要」と持論を展開 憲法を変えられる立場の人が、投票だけで決まることに疑問を感じているとも ★ ★ ★ 大体、法律を知らないアホバカが、立法の議論に参加する自体がおかしいから、漢字も読めない、税金の無駄使いの知名度だけが取り柄のタレントアホバカ議員が出来てしまうのである。 アホバカ総理などはおそらく司法試験を厳密に受けさせたら、ゼロ点に近いのではないかと思える。司法でなくとも、経済でも、社会常識でも、日本史でもゼロ点に近いのではないかと思える話を以下に紹介する。 ★ ★ ★ 安倍晋三は貧乏神 http://my.shadowcity.jp/2016/02/post-8825.html 世帯あたりの消費支出が減ってるというんだが、実質賃金が減り、手元にカネがないから使えない。それだけです。それで景気が良くなって、売上げ急増とか、そんな手品が出来るわけがない。とにかく底辺の賃金を上げない限り、景気は回復しない。 総務省が16日発表した2015年の家計調査によると、2人以上の世帯の消費支出は月平均28万7373円となり、物価変動の影響を除いた実質で前年に比べて2.3%減少した。マイナスは2年連続で、名目でも1.3%減少した。15年は1~3月に耐久消費財などで消費増税前の駆け込み需要の反動減がみられたほか、11月以降の気温が平年より高めに推移した影響で冬物衣類の購買も鈍かった。 アベシンゾーには上級国民しか見えていない。お友だち内閣なので、貧乏人は飢えて死ね、の世界です。 ★ ★ ★ 続けて、この国のダマスゴミの洗脳麻薬のせいで、反体制が骨抜きにされたという話を、お馴染みのサイトより紹介する。 ★ ★ ★ 反体制派がなくなると、体制は崩壊する・・・。 http://tyuubukou.blog.shinobi.jp/%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%90%91%E3%81%91/%E5%8F%8D%E4%BD%93%E5%88%B6%E6%B4%BE%E3%81%8C%E3%81%AA%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%80%81%E4%BD%93%E5%88%B6%E3%81%AF%E5%B4%A9%E5%A3%8A%E3%81%99%E3%82%8B%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%83%BB%E3%80%82%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%8B ていうか「違う意見をちゃんと聞けよ!」て話。「偏信は兼聴に及ばない」 産めよ増やせよ大和撫子 より 上記文抜粋 ・・・・・・・・・ 大愚も殺されそう? まあ読者が2000人くらいなので社会の息抜きに置いてあるのでしょう。 現代版道化師でしょうか。 ツッコミ漫才と一緒です。 これが10万人を超すと命が危ないらしい。 そこまでいかなくとも一旦停止か何かで捕まって「偶然」足元に落ちていた麻薬が出たりして。 即医者生命終わりですネ。 開始> 2016.02.16 麻薬を社会に蔓延させてきたのは米英の支配層であり、麻薬漬けになるスターの背後には情報機関 かつてスポーツ界でスターと言われた人物が覚醒剤を所持、使用していたとして逮捕されたという。麻薬類の使用は勿論良くないが、ある種の世界では蔓延しているようだ。使用していることが知られていても摘発されない人たちがいるともいう。今回のケースも、なぜ今なのかは考えてみる必要がある。 日本では覚醒剤が蔓延しているようだが、世界を見渡すとケシ系のヘロイン、コカ系のコカイン、合成麻薬のLSDやMDMAが広く使われ、こうした麻薬に溺れたスターも少なくない。 例えば、1950年代に登場、黒人音楽を白人の若者へ広めたエルビス・プレスリーは徴兵で入隊、1958年から60年にかけて西ドイツで過ごしているが、退役後のプレスリーは麻薬漬け。ジョン・レノンに言わせると、退役後のプレスリーは生きる屍だった。その当時、CIAは秘密裏に心理操作プロジェクトMKULTRAを進めていたのだが、西ドイツは拠点のひとつ。このプロジェクトでは幻覚剤のLSDが使われていた。 (元MI6のジョンコールマンによると、これらはタヴィストック洗脳研究所でつくられたものらしい。) 1970年代にアメリカ議会ではCIAの秘密工作が問題になる。フランク・チャーチ上院議員を委員長とする議会の委員会で1975年にMKULTRAの問題が浮上、プレスリーも証言を求められる可能性があったのだが、77年にバスルームで急死してしまった。 ローリング・ストーンズも麻薬を使っていたことで知られ、日本への入国が拒否されていた時期がある。1967年から69年にかけて警察は頻繁にローリング・ストーンズのメンバーを家宅捜索しているが、そうした際、警官が麻薬を持ち込み、それを「発見」するという形で逮捕したことが明らかになっている。 このバンドのメンバーが始めてLSDを使ったのは1967年2月にキース・リチャードが開いたパーティでのことだとされている。その際、LSDを持ち込んだデイビッド・シュナイダーマンがイギリスの情報機関やFBIの仕事をしていたのは後に判明する。 このバンドが情報機関や治安機関から狙われた大きな理由はミック・ジャガーやブライアン・ジョーンズが戦争に反対する意思を明確に示していたからだ。1968年にミック・ジャガーはベトナム戦争反対のデモに参加している。後に当局が最も警戒するようになったメンバーはブライアン・ジョーンズ。彼は同じように平和を訴えいてたジョン・レノンやジミー・ヘンドリックスにグループ結成を持ちかけていたという。 ブライアンは1969年7月3日にプールで死亡した。ギネス・ビールの一族で、彼の親友だったニコラス・フィッツジェラルドによると、プールの中にいる誰かの頭が押さえつけられ、別の人物が頭を押さえつけられた人物の背中に飛び乗っていたという。その飛び乗った人物は別の男に水の中へ沈めるのを助けるように命じ、その様子を男と女が見ていたという。頭を押さえつけられていたのはジョーンズだった。 フィッツジェラルドは友人とある人物を自動車で迎えに行っていたのだが、相手を見つけられずに戻ったところだった。そうした光景を目撃した直後、藪の中から見知らぬ男が現れ、「ここから立ち去れ、フィッツジェラルド、さもないと次はおまえだぞ。」と言われたという。フィッツジェラルドによると、一緒に目撃した友人は行方不明になったという。 ジミー・ヘンドリックスが「反体制派」と呼ばれる人びとに接近する切っ掛けは1968年4月4日のマーティン・ルーサー・キング牧師暗殺。その後、ブラックパンサーなどを支援するようになり、FBIからの監視が強化されることになった。 このロック・スターも麻薬との関係が有名だが、彼を麻薬漬けにしたのはマネージャーだったマイク・ジェフリー。この人物は「元MI6(イギリスの対外情報機関)」で、CIAとも緊密な関係にあった。ジミーはジェフリーを解雇しようとしていたが、そうした最中にマフィアがジミーを誘拐するという事件が起こった。この事件はジェフリーが彼のマフィア人脈を使って救出したことになっている。 しかし、それでもジミーは1971年9月16日にジェフリーを解雇するのだが、その翌日にジミーはロンドンのアパートで昏睡状態になっているところを恋人に発見された。すぐに救急車で病院へ運ばれ、病院へ到着したのは午前11時45分、死亡が発表されたのは12時45分。ロンドン警視庁は診断したジョン・バニスター医師の証言として、ジミーは病院へ到着した段階で死亡していたと主張しているが、救急隊はそれを否定している。彼女によると、発見時にジミーはまだ生きていた。 ブライアン・ジョーンズが新しいバンドのメンバーとして考えていたひとり、ジョン・レノンは1980年12月8日、ニューヨークで射殺された。レノンが反戦平和を訴えていたことは有名だが、その彼は1968年にマリファナの不法所持で逮捕されている。実は、この時、事前に警告を受けていたので友人たちと家中を調べ、麻薬類が何もないことを確認していた。この時も家宅捜索に入った警官が薬物を持ち込み、それを理由に摘発している。 1975年から80年にかけてレノンは育児を理由にして活動を休止するが、80年10月にシングル曲「スターティング・オーバー」を発表して表舞台に復帰する。それと同時に政治活動も再開しようとしていた。殺されなければ、人種による賃金差別に抗議する日系アメリカ人のストライキに参加、集会で歌っていたはずだ。 1979年12月にNATO理事会は83年にパーシング2ミサイルを配備することを決定、核戦争を懸念する声が世界的に高まり、反戦/反核運動が盛り上がった。そうした動きにレノンが参加する可能性は高かった。本ブログでは何度も書いたことだが、1980年代にはアメリカ憲法の機能を停止させるCOGプロジェクトが始まる。好戦派にとってレノンが目障りだったことは間違いない。 ジョン・レノンも不可解な形で麻薬の洗礼を受けた。1965年2月、ジョージ・ハリソンの歯医者がハリソンとレノンを自宅に招待、ハリソンの恋人とレノンの妻と一緒に食事をしたのだが、その際、歯医者のジョン・ライリーはコーヒーにLSDを入れて4人に飲ませたのだ。その時、ハリソンはLSDのことを知らなかったという。 このほかにも変死したスターは少なくないが、中でも奇怪なのは1994年4月8日に死亡したニルバーナのカート・コバーン。ショットガンで自殺したことになっているのだが、致死量の70倍以上のモルヒネが検出されている。即死していたはずで、ショットガンの引き金を引くことはできなかっただろう。ちなみに、コバーンを含むニルバーナのメンバーはWTO(世界貿易機関)を強く批判していた。つまり、新自由主義に反対していた。 麻薬の歴史は米英の支配層と深く結びついている。19世紀にイギリスは深刻な貿易赤字に苦しんでいたのだが、その解決策としてイギリスの支配層が目をつけた商品がケシ系の麻薬であるアヘン。それを中国(清)へ売りつけるために始めたのがアヘン戦争やアロー戦争。 現在、イギリスやアメリカに君臨している富豪の少なからぬ人たちはアヘン貿易で富を築いている。 麻薬取引で大儲けした富豪の中にはラッセル家やキャボット家も含まれているが、ラッセル家はエール大学でスカル・アンド・ボーンズを、またキャボット家はハーバード大学でポーセリアン・クラブを組織し、政治、官僚、経済、情報などの分野にネットワークを張り巡らす拠点にした。 その後、ベトナム戦争では黄金の三角地帯で栽培されたケシで製造したヘロイン、ニカラグアの革命政権を倒す秘密工作ではコカイン、アフガン戦争ではヘロインがCIAの資金源になっている可能性が高い。 (ジョンFケネディの暗殺はMI6を中心に行われたとジョンコールマンは書いている。) LSDは不安定な物質で、街のチンピラが扱える麻薬ではない。MDMAはアパルトヘイト時代の南アフリカで大量に製造されていたが、最近はオランダが拠点になっているようで、流通量の約7割はイスラエル人が押さえているとも言われている。 タリバン政権が倒されて以降、アフガニスタンのケシ畑の周辺をアメリカ兵がパトロールしている光景が撮影されている。 終わり> ・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ 抜粋終わり アヘン戦争・第二次アヘン戦争。このような下衆な戦争をしたイギリスは、大日本帝国よろしく、中国にも、もっと大きく人類にも「謝罪」してない。 そういうやつらが、「王様」「セレブ」なのであるから、まあ人類が塗炭の苦しみに会う。 米英・欧州の下種からの脱出。まさに「脱欧入亜」しないと、ホ中毒で日本人は絶滅です。 お読みくださりありがとうございます。 ★ ★ ★ 本来、政治家は国民のなかでも最も優秀な人格者がなるべき聖職であるが、プラトンも哲人政治を説いているほどだが、この国の実際は、全く逆のどちらかというと一般市民よりも欲深で愚劣な人物がなるようである。世襲をみてもわかるが、権力基盤を相続させるためであることがわかる。 だから相続人は単なる名義でできるだけアホバカなほうが洗脳するには都合がいいのである。そのことは、上述の米英の麻薬支配で明らかである。植民地の傀儡政権にアホバカな奴をもってくるのは、連中の使い捨てに都合がいいからであろう。使い捨てが自分よりアホバカな使い捨てを求めるから、使い捨ての使い捨てで、不倫議員のようなアホバカが議員になってしまうのである。 これでは合コンに自分より見劣る人物を引き連れて、自分を目立たせにいくような中身空っぽのハッタリかましたもんの勝ちで、騙され損である。下に下をつくってレベルの低い争いをするわけだからどんどんアホバカがアホバカになっていく。 この裏読みをすれば、賢くて謙虚な人を政治家にしないために、連中は共産主義と民主主義を発明したのである。 共産主義は階級闘争をさせてアホバカにするためで、民主主義はどんなアホバカにも意見させるアホバカさを優先し、アホバカを拡げるためである。 人類が賢くて謙虚であれば、既にこの世は平和で暮らしやすい天国のような世界になっていたはずであるが、残念ながら、人類は益々アホバカになり、傲慢になっているから、地獄化していくのである。 地獄化を少しでも食い止めるために、シュタイナーの話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ さて、植物のなかで、各器官が他よりも優位になろうとする事実から明らかになってくることは、このような植物の生長の大きく3つに大別できる傾向と、外界での鉱物の働きとして挙げた3つに大別できる類型とが、ある意味、対応している、ということです。 特に植物が生殖腺として、自らを解放しようとする働きのなかに、寄生植物の活動として、最高潮に達する生長に目を向けるなら、鉱物の燐と同じく、マイナスの光を蓄積する傾向を持つのがわかります。宇宙から地球へと流れ込むマイナスの光は、花や果実をつくる生殖器が優勢な植物では、燐と同じように、保存されるのです。 ですから、花、種子が優性、そしてヤドリギなどの生殖器が優勢の傾向をもつ植物は、ある意味、鉱物の燐であると言えるのです。そして逆に、根が優勢な植物を研究すればわかることですが、地球を母なる基盤とみなすことから生長する植物は、鉱物の塩と密接に関わっているのです。 このように植物のなかにも、両極があるのです。そして両者を仲介する働きを、つまり、上方を目指す花や果実と、下方に降りていく根との間に働くのが、鉱物では水銀などで、それと同じ平衡をもたらす植物の生長があるのです。 従って、植物の生長が人間の成長と逆転している事実を考慮すれば、次のようになるでしょう。 花-果実の生殖の性質を優先的に生長させた植物は、人体の下腹部の生殖器などの器官に対して、鉱物の燐などと同じく、非常に強い親和性をもつ。 対照的に、根の性質を優先的に生長させた植物は、人体の頭部の器官に対して特別親和性を持つ。 しかし注意すべきことは、3つに区別できるからといって、唯物論の図式に則り、人体を三つに分けてしまうことで、例えば、下位に位置する消化器系統にしても、上位を目指して頭までその働きが継続しているのです。 例えば、脳の灰白質のなかに基本的に思考物質があるという唯物論の見解は、全く馬鹿げたものといってよいのではないかと思います。この見解は間違っているからです。脳の灰白質は、基本的に、脳に栄養を与えるためにあり、いわば、下部の消化器官の植民地だからです。 一方、脳の白質こそが、思考物質として大きな意味を持っているのです。従って、脳の灰白質の解剖学的な所見から、灰白質には、その部位に独特な物質よりも、全体的な活動に関係する物質が多いのがわかるでしょう。 (このシュタイナーの脳の見解は、現代の唯物論的な医学の見解とは真逆である。現代医学では、灰白質に神経細胞体があり、白質に有髄神経線維があるとしている。シュタイナーは灰白質には栄養を与える物質があり、白質には思考物質があるといっているので、神経細胞体が、栄養を与える物質で、有髄神経線維が思考物質ということになる。) ですから、消化を語るには、下腹部の器官だけでは駄目なことがわかるでしょう。肝要なのは、植物の根と親和性をもつ部位を人体に探すとき、上部だけでなく、他の部位も関わり合っているという事実に目を向けることです。 植物では、花、果実をつくる器官と、根などをつくる器官との間を調停するのが、葉をつくる器官で、植物から葉を抽出し、薬として服用すれば、人体の循環障害や、更には上部と下部の間の律動的な調和の失調に対して、治癒的な働きかけができるでしょう。 はじめに、鉱物薬をみつける基礎知識として、マイナスの光を内在化する燐などの鉱物と、マイナスの光を自分から遠ざける塩などの鉱物、そしてこの両者の間にある水銀のような鉱物を示しましたが、植物の生長と対比できるのがわかります。 植物が花や果実、またその反対の根、もしくは中間の葉のいずれかの器官を発達させる度合いに応じて、人体との親密な関係を確立するための目安を、植物から獲得できるのです。この親密な関係をどのように個別的疾患に適応していくかは、後に述べていくつもりです。 さてこれまで指摘してきた事実は、鉱物や植物と、人体との間に、親密な相互関係が成立している、ということでした。近代では更に、動物と人体との間に、親密な相互関係があり、それが何か非常に希望に満ちたものかのように語られてきたわけです。 とは言え、この動物薬の1つの血清療法(ワクチン療法)が奇妙な方法で発見されたのを度外視しても、いまでは一般的に行われている血清療法に対して、通用している原理をみつけなければなりません。 血清療法は、実際、奇妙な方法で、ベーリングにより行われていたのです。血清が何の役に立つか、についての発表論文を調べると、医学の革命とでもいうべき印象を与えるのですが、実際の実験方法を調べると、奇妙にも、人体に用いる前の動物実験、つまり、イルカでの臨床実験において、「奇妙にも多くの」数のイルカの病気が、改善しなかったことが判明したのです。 つまり、血清で処置した多数のイルカのうち、有望な成果を示したのはたった一頭だったのです。 動物実験ではたった一頭のイルカしか改善しなかったのに、血清療法を大々的に宣伝し、太鼓を打ち鳴らし始めたのです。このことを一つの事実として挙げておきたいのです。 唯物論を土台とした科学的発見の法外ないい加減さ、というか、このようなインチキこそ、本当は、科学史のなかで厳密に追及すべきことなのです。 人体に直接、治癒をもたらす経過は、人間以外の生命体、それも、直接外見上に現れているような経過ではなく、生命体のより深い本質から取り出してこなくてはならないような経過ということです。 さて、人体は、ある意味、進化過程で、自らから外に出した、つまり、鉱物の燐、塩、植物の花、果実、根、葉などと親和性を持つのですが、総じていうなら、人体は、外界に抵抗し、実際に自然の経過を全く逆転させ、生きています。 人間は、人体内で、外界の自然のなかに現れる生命(エーテル)力を止揚し、反対に逆転させようとする傾向をもっています。 動物については同じではありません。というのは、動物の体内では、途中まで、自然の経過を経ているからです。だから、人体は、動物とは反対に位置していません。人間は動物に対してはいわば九〇度の位置にいて、植物に対しては一八〇度の位置にいるのです。 そして、この位置関係は、血清などのような動物薬の使用についての治癒力に問いが生ずる際に、最も考慮すべき基礎知識なのです。 ★ ★ ★ 政府と国民は相反する関係にあり、その両者を調停するのが、賢者の役目、つまり人類で最も賢く謙虚であるべき政治家の役割である。
2016年02月16日
コメント(0)
マイナス金利によって株価が乱高下のシーソーゲームをはじめるようになったが、このシーソー、つまり梃子の原理を用いて、自然界からエーテルを取り出そうとしたのが、マッド博士のブログでお馴染みの電磁波の縦波成分の発見で有名な二コラテスラである。 ニコラテスラはエーテルを電磁波に変換して取り出そうとしたようだが、エネルギーを取り出しても、それを保管する媒体が必要になるので、どうしても安定した静的状態、もしくは平衡状態に保たなくてはいけなくなるが、それには巨大な物質的装置、もしくは構造を必要とするので、非現実的で、結局、コストがかかるので実用的でないはずである。 第一、もし自然界からエーテルを取り出せたとしても、奪われた自然界が、逆にエーテルを奪い返しに来るはずで、下手すると、そのことで自然界の安定したバランスを失うことになりかねない。 株価が乱高下することで、いまは実体経済とは乖離しているので、悪影響は表沙汰になっていないが、年金を30兆円ほど損失したという噂もあるが、その規模が大きくなることで、いずれ実体経済を巻き込んでいかざるをえなくなるだろう。 いずれにしろ、人類の金儲け主義の経済は終局を迎えている。やはり足りないものを補い合う経済の本分に回帰すべきである。 さて、ここ最近のアホバカ政権については語るのもアホバカなので、完全スルーしてきたが、このようなアホバカ政権を続かせた責任は野党ではなく、ダマスゴミにある。ダマスゴミの小沢潰しはやりすぎだったし、米国の干渉を招いた点で、売国的だった。遡れば、小渕政権以降、ダマスゴミが政治に関与しはじめた罪悪が大きい。 例えば、鳩山政権の東アジア連合体を支持していたら、ロシアと中国との関係も良好で、日本経済もこれほど酷い惨状にはならずに、崩壊もしていなかったものと思われる。米国の戦争屋の誘惑に負けて、売国してしまったというわけなんである。 一体、米国の戦争屋に何人の日本人が殺され、地獄行きにされたのか、考えてみるべきである。先の大戦でダマスゴミは日本人大量虐殺の片棒を担ぎ、その反省もないまま、米国の悪魔の手下となって金儲けに邁進してきた。米国の戦争屋は二発の原爆を落とし、福島をあのような惨状にした元凶なんである。まさに悪魔というべき存在である。 自分達さえよければいい、という腐った米国奴連中のせいで、この国の混迷が深まっている。特にその元凶はダマスゴミに巣食った戦争屋の犬のCIAにある。 こういう連中をのさばらしといてはこの国の運命は終わってしまう。本当の愛国心が芽生えてこないといけない。不正に対して怒りをもち、自浄能力を発揮させ、改めさせないと駄目である。 アホバカについて語るのもアホバカなんで、この国の異常なアホバカぶりのアホバカの話をお馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ 安倍を降ろさないと日本は終わる http://my.shadowcity.jp/2016/02/post-8813.html アベシンゾーがイイワケ三昧で、「結果は出てないが、頑張れば伸びる土俵は出来た」とか、ワケわかりませんw つまり、「結果はゼロ」という意味じゃんw 土俵なんてどこにあるんだよw ありもしない土俵が出来たとか出来ないとか、どうでもいいw 安倍晋三首相は15日の衆院予算委員会で、政権の成長戦略について、農協改革や再生医療の規制緩和などに触れ「まだ結果は出ていないが、民間企業が頑張れば伸びていける土俵をつくることができた」と強調した。 来年4月の消費税率10%への引き上げは「前回の8%への引き上げでは予想よりもはるかに消費の落ち込みが大きく長く続いた。国民に納得していただき、消費への影響にも配慮しなければならない」と述べた。 意地でも負けを認めない。秘書を何人、車の中で蒸し焼きにしてでも、ネトウヨ政治家は生き残る。国民のカネを全額、ユダ金に献上するまでが仕事ですw 歴史に名を残す最悪政権 21兆5千億円の損失らしい。どこから出て来た数字か知らんけど、Twitterではそういう話になってますw 第二次安倍内閣では、第二次「消えた年金」ですw 今度は年金受給者全員の問題なので大変だw 民主党はココを選挙の争点にすべき。モナ男はずいぶん前から言ってたけどね。株価が高い頃から。儲かったとか損したとか、そういう事を言ってるんじゃない。国民の汗と涙の結晶を、バクチで使うな、と言ってるのだ。 年金給付減額あり得る=GPIF運用悪化なら―衆院予算委・安倍首相 衆院予算委員会は15日午後、安倍晋三首相と関係閣僚が出席して経済などに関する集中審議を続けた。 最近の株価下落で年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の運用損拡大が指摘されていることに関連し、首相は「想定の利益が出ないなら当然支払いに影響する。給付に耐える状況にない場合は、給付で調整するしかない」と述べ、運用状況次第では、年金支給額の減額もあり得るとの認識を明らかにした。 いずれ、認めざるを得なくなって来る。それに向けて、株価を底上げしないと、損失が増える。永遠にカネを注ぎ込んで株価を維持しないと、自民党政権が保たないw おいらの名言「バクチ打ちはスッカラカンになるまで止まらない」 ★ ★ ★ 国民のカネをユダ金に貢ぎ地獄をつくりだす連中は、つくりだした地獄以下の地獄に行くことが、人智学から明らかになっている。地獄をつくり出した者は地獄に行くからである。 人間は、天国をつくりだすために生まれてくる。地獄を天国に変える能力を獲得するために、この世で切磋琢磨する。それが修行である。 他の生命体のために働かない者は自らの生命を奪われる、というのを以前、紹介したが、この国の財政赤字が惨憺たる惨状なのは、官僚が国民のために働いていないことの反映である。つまり官僚が税金を私物化し、着服するから、赤字になる。 その裏金を使って、ダマスゴミを買収するから、権力を監視するどころか、権力の犬に成り下がるダマスゴミなる地獄を創出するアホバカが増殖するのである。 「文春」はマスコミとしてマトモなことをしているのに、目立つというのは、他がマトモでないということの裏返しなんである。「文春」以外は権力の犬となって腐敗に塗れ、売国する連中なので潰れるべきである。 「文春」がマトモなだけで、他がサボっているだけである。 「文春」、「日刊ゲンダイ」以外はマトモな権力批判をしていないのでゴミなので潰して焼却すべきである。 そのようなダマスゴミの腐敗ぶりの話を紹介する。 ★ ★ ★ テレビや新聞には、なぜ「文春砲」のようなスクープがないのか http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160216-00000022-zdn_mkt-bus_all ITmedia ビジネスオンライン 「文春砲」の勢いがとまらない。 年明け早々にベッキーとゲス川谷氏の「不倫疑惑」をスッパ抜いたのを皮切りに、甘利明経済再生担当相の「口利き疑惑」、清原和博容疑者にいたっては1年半前にシャブ疑惑を報じていた。著名人を奈落の底へと叩き落す特大スクープの連発に、「デスノートか」なんてネットで話題になっていたところへ、「イクメン」アピールをしていた宮崎謙介議員の不倫を暴いたことがダメ押しとなって、「スゲー」を通り越して、「センテンススプリング、怖すぎ」という声すらもあがっている。 【週刊誌のスクープによって、政治家が辞任。そんなケースが増えてきた】 個人的には、また近く大物のクビをとるような「文春砲」が炸裂する日も近いとみている。 週刊誌記者をしていた当時は、「文春」のスクープに「こりゃ完敗だ」と感じたことは一度や二度ではない。取材が長期に及ぶ大事件の場合、現場に文春の記者が来ていると、いつ抜かれるのではないかとビクビクしながら取材していた。 なかでも特に警戒したのは、今のように特大スクープが続いている時だ。 勢いのある週刊誌には「あそこにもっていけばきっちり取り上げてくれる」とタレコミや内部告発が多く寄せられるという「好循環」が生まれる。つまり、今の文春はスクープのフィーバー状態に入っており、まだまだ大ネタが控えている可能性が高いのだ。 それは楽しみだと期待する方も多いだろう。週刊誌記者という立場を離れて一読者となっている自分としてもまったく同じ気持ちだが、その一方で今の状況はあまりいいことではないという気もしている。 ●文春のスクープを紹介することが「報道」 「文春砲」自体が「ニュース」という社会的評価を得てしまうと、それを2次使用、3次使用する「コピペ報道」が当たり前になってしまうからだ。 ただでさえ、新聞やテレビは「記者クラブ」という便利なシステムの弊害で、官僚が配るペーパーをなんの疑いもなく右から左へコピペしていくことに慣れ切ってしまっている。そこへ「文春の早刷り」が新たに加わってしまう恐れがあるのだ。 そんな大げさなと思うかもしれないが、すでに兆候は現われている。甘利大臣のスキャンダルが掲載された『週刊文春』の発売前日、『報道ステーション』がしれっとした顔で、「TPP立役者に重大疑惑 甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した」と報道した。まともな報道機関なら、よそが膨大な時間と労力をかけた取材成果をパクり、自分の手柄のように触れ回ることなどしない。これはもはやテレビや新聞にとって、「文春の早刷り」は記者クラブのペーパーと同じ扱いになりつつあるということだろう。 事実、今回の文春スクープをコピペした新聞やテレビの報道は700件以上。共同通信のような記事配信事業をやっていればボロ儲(もう)けだが、文藝春秋や文春記者には1円も入らない。 つまり、タダでいただける記者クラブのペーパーのように文春の記事のコピーを片手に、甘利氏を追いかけまわすことが「取材」となっているわけだ。 百歩譲って、ベッキーやら芸能人のスキャンダルはまだいいとしても、政治報道でこういう「コピペ報道」が常習化するというのはかなり問題だと思っている。 ご存じのように、テレビや新聞というのは「報道機関の本分は、権力の監視」なんてもっともらしいことをいって、記者クラブ、許認可の電波事業などさまざまな特権を得ている。新聞などは「自分たちが弱体化すると権力が暴走するから軽減税率を適用せよ」なんてことまで主張されている。それが自前では、ろくに権力の不正を暴くことができず、「週刊文春によると」ばかりになってしまうと、国民としては「あんたら、いったい何してんの?」という疑問が当然浮かぶ。 ●「日本特有」の事情 いやいや、今回はたまたまでしょと思うかもしれないが、このような傾向は昨日今日始まったわけではない。 例えば、2000年代になってから閣僚の辞任を数えるとざっと30件。そのなかで明らかな健康上の理由、および政局や政府の方針に逆らっての罷免などを除く「不祥事」による辞任は18件。その半数となる9件は『週刊文春』『週刊新潮』などの週刊誌のスクープが引き金になったものなのだ。 これは「日本特有」の事情で、「権力の監視」が重要な役割となっている海外の報道機関には奇異に映る。だから、米国のOpen Source Centerというメディア研究機関は、「政治や企業などほとんどのスキャンダルは新聞ではなく、週刊誌や月刊誌から公表されている」と驚きを交えてレポートしている。 (政権と新聞社のトップが癒着しているから。CIAのスパイだった正力でわかる。勿論、こいつらは多くの日本人を殺したので地獄行きである。) この傾向は近年にさらに顕著となっている。2010年代に入ると、民主政権、自民政権通算で不祥事辞任閣僚は7人だが、そのうちの5人は「文春」「新潮」「ポスト」の報道で窮地に立たされている。 もちろん、スキャンダルだけが政治報道ではなく、政策やらの問題点を指摘するのも立派な役割なのだが、そちらも正直、パッとしない。例えば、報道機関の間では「新聞(通信・放送を含む)全体の信用と権威を高めるような活動」に贈られる「新聞協会賞」というのがあるが、そこには政治のスクープは極端に少ない。 これがスタートした1957年から見ても、目立つのは、2014年の朝日新聞社特別報道部の「『徳洲会から猪瀬直樹・前東京都知事への5000万円提供をめぐる一連のスクープ』と関連報道」、1993年のやはり朝日新聞社会部の「『金丸氏側に5億円』と供述/東京佐川急便の渡辺元社長」をはじめとする金丸信自民党副総裁(当時)らの政界捜査をめぐる一連のスクープ、さらに1989年の毎日新聞政治部による連載企画「政治とカネ」くらいだ。 ●報道機関は「週刊誌の後追い機関」 先日、国会で民主党が安倍首相に「報道機関が萎縮している」と迫った。確かに正しいことを言っているが、ひとつだけ大きな間違いがある。 民主党政権時代はもちろん、それ以前からずっと報道機関は萎縮しているのだ。 (委縮ではなく買収されているだけ。昔からCIAの犬。清和会からカネが流れている。ロッキード事件や小沢バッシングなどで明らかである。あれよりも酷い甘利の追求は甘く、アホバカ政権には買収されているのか、味方しているのがバレバレ。親米売国政権を樹立するためのダマスゴミ) では、報道機関が「文春砲」のような「朝日砲」「読売砲」を炸裂するためにはどうすればいいのか。まず、記者クラブ制度を廃止することが望ましいが、これはGHQがつくった「日本型民主主義」の根幹をなす制度でもある以上、憲法改正並にハードルが高い。そうなると、残るは新聞社やテレビ局の「記者」たちのマインドセットを変えるしかない。 (機密費用途公開と、官邸と新聞社の癒着を厳禁にすべき。ドラマ水戸黄門の悪代官と越後屋の関係になっている。) 「文春砲」を支えているのは文藝春秋の社員ではなく、フリーランスの記者だ。彼らの姿を見て感じるのは、取材力もさることながら、社員記者のように安定していない分、ネタ1本でいくらという個人事業主的な意識が強いのだ。この「サラリーマン記者ではない」という猟犬的なマインドが文春クオリティをつくっているといっても過言ではない。 そこで提案だが、新聞もテレビもここらで思い切って、記者の非正規化に踏み切ったらどうだろう。 広告収入が激減している新聞やテレビでは数年前から、記者のリストラがすすめられているのは周知の事実だ。どうせクビを切るのなら、発想を転換して、記者はすべて非正規で歩合制すればいい。 ネタをとってきたら、年齢もキャリアも関係もなく評価され、報酬にもはねかえる。優秀な記者たちのモチベーションはあがる。みな生活がかかっているので、しょうもないコピペもやらないし、官僚の情報も鵜呑みにしない。社内政治や派閥にとらわれず、ガンガン活躍するフリー記者のなかから、本当の意味での「ジャーナリスト」も生まれる 一方、「最近の新聞はダメだ」とふんぞりかえっている「元記者」の方たちは年収1500万とかではなくなるので、経営もスリム化される。報道機関としてまわすべきところにカネがまわる。 いいことづくしのような気がするのだが、ダメでしょうか。まあダメでしょうねえ。 (窪田順生) ★ ★ ★ 文春以外はゴミである。文春の記事をパクッテ報道なんか、そんなダマスゴミはゴミなんで廃棄すべきである。下衆なんで、ゲスノートに記述して消滅してもらおう。 もし、週刊誌や新聞にインパクトファクターのような学術論文の参照による格付けみたいなのがあれば、文春がダントツで、他はクズみたいなもんだろう。ゴミウリやウソヒなどは、政府宣伝のパクリや他紙のパクリの無駄な攪乱情報、洗脳情報ばかりなんで北や中国共産党並といえる。 というわけで、あまりにゲスばかりだと格調が失われるので、シュタイナーの話を続けて紹介する。 ★ ★ ★ さて以上、鉱物のなかの、特に明らかな(エーテルの)3つのタイプを、燐、水銀、塩で提示いたしました。また、塩は、牡蠣が殻をつくるなかにあり、その背後に潜む働きついても言及しなければならないのです。 この塩の背後の働きは、ある意味、マイナスの光が、燐のなかに濃縮される際の働きでもあるのです。けれども、燐の場合は、内に向かうので、塩のように外に向かってあからさまに現われるわけではないのです。 さて、外界の観察を続けることで、今度はかつて遥か昔に人間が自分のなかから分離した植物へと進んでいくことになります。 植物は、既に見てきたように、人体の働きとは、いわば相反しています。植物も、鉱物と同じく、三つに区別できます。この三つの区別は、地中に向かって拡がっていく根と、種子、果実、花として上方へ向かい、互いに上下相反して生長していく姿をイメージすることで、心に浮かんでくると思います。 上述の植物のイメージから、外界へと生命力=エーテルが向かう働きの上で、植物と人間では、真逆であることが、いまは動物は度外視しますが、わかります。 実際、人間と植物が相反する関係にあることは、極めて重要で意味深いのです。植物は根を地中に沈め、花、つまり生殖器官を上に伸ばしています。人間はこの植物の生長とは完全に反対になっています。 つまり、人間は、頭を上に向け、髪の毛を植物の根のように根付かせ、生殖器を下方に向けているので、植物とは全く逆なのです。 したがって、人間と植物を比べて、上に向かって根を張り、下に向かって花という生殖器を開花させている、逆向きの植物をイメージするのは意味があるのです。 植物は、このような逆向きの形で、人体に組み込まれているのです。 更に今度は、人間と動物の違いを示す重要な指標を述べます。 動物に食べられることで、動物の生体内に組み込まれた植物は、動物が地上と水平に活動するので、大抵は水平に横たわることになり、植物が地上で生長するのと方向性を比べますと、直角となります。 人間は、宇宙に頭を向ける姿勢から、人間に食べられた植物は、植物の生長に対しては完全に逆転することになります。 この関係は、人間と外界との関係を観察すれば発見できる叡智の1つです。医学研究者が、このようなマクロコスモスに関わる事実にもっと深く立ち入るなら、例えば細胞に作用している生命力=エーテルの力についても、顕微鏡で観察するよりは遥かに多くの真実が発見できるのです。 というのも、細胞に作用している生命力は、植物の細胞なのか、動物なのか、人間なのかによっても異なりますが、それらは種の進化の違い、つまりマクロコスモスに対しての関係から観察できるので、顕微鏡で観察しても実際ほとんど得られる知見はないからです。 (生命力は、天の配剤による。木を見ずに森を見よ。) 人間の細胞を詳しく研究するには、上下垂直に移動する植物の細胞や、左右の釣り合いを保ち横に移動する動物の細胞との間の違い、すなわちエーテルの相互作用を研究する必要があります。マクロコスモスに対して研究すべき、このような生命力=エーテル体の流れは、基本的には、マクロコスモスの働きの複製(写像)に他なりません。 さて、地球の植物を観察するのに、従来の方法に従う必要はありません。 従来のように、地球上の目新しい植物を次から次にみつけては、観察し、詳細に調べ、植物という一つの枠内に組み込むべく、その分類に適した名称を考え出すのではなく、地球全体が1つの生命体であり、髪の毛が人体の一部なのと同じように、確かに髪の毛はどれも似たもので、植物はどれも異なっているので、全く同じとはいえませんが、植物界も、やはり地球の一部である、という事実を考慮に入れておかなくてはならないのです。 髪の毛一本一本が1つの生命体としては観察できないように、地上に生えている個々の植物も、1つの独立した生命体としては観察できません。植物が様々に異なるのは、地球が他の天体と相互作用しながら、様々な方向に(エーテル)力を展開させることで、植物が生えることに基づいています。 地上には様々に異なる植物が生えていますが、その成長、つまり生命の根底には、それらを統一する地球という生命体の活動があるのです。 従って、例えば、次のような事柄に注意を向けるのは特別重要なことです。キノコを観察する場合、最初に気づくのは、このキノコにとって、地球が一種の生息地、一種の母体である、という事実でしょう。 更にそれよりも高度な、一年草の植物に目を移すと、地球は一種の母体ではあるけれど、地球外の、宇宙から降り注ぐ力にも影響を受けていること、つまり、光などが、花や葉などへの生長に影響を与えていることがわかるでしょう。 けれども特に興味深いのは、樹に注意を向けると気づくはずです。樹は、樹幹をつくることで樹齢何十年もの植物になるわけですが、この幹のなかに、地上に直接生える植物にとっては、母体となる地球が、継続して存在しているのです。 次のようなイメージを思い浮かべるとよいでしょう。つまり、いま地球から植物が生えています。そして、地球のなかに、植物の生長の基礎となり、宇宙から流れ込んでくる光などの力と、相互作用しながら現れてくる力を探究できます。 けれども樹が生長するとき、次の表現は事実なので、ショックを受けないようお願いします、幹の上に育つ樹のような植物は、幹を地球のような母体とするために、これまで流れ込んでいた力の上にある意味新しく覆いかぶさって、生長していくのです。 新しい力が、層のように、幹のなかに入り込みます。つまるところ樹の幹は、地球の瘤なのです。 一般的に、以上のように考察できないのは、ひとえに今日の実に忌まわしい唯物主義に起因しています、地球を単なる鉱物の複合体のように考え、鉱物の地球などというのは本質的には生命体として全くあり得ないのに、疑う気配もないのです。 地球という生命体は、鉱物を自らのなかから分離することの他に、植物の幹のなかへ瘤となるように突き進む力を有しています。この瘤が、地上から捲りあげられて幹となるのです。 幹の上で更に生長する草や花、果実などは、幹を母体の地面として、地面に直接生える1年草の下等植物に比較できます。1年草のような下等植物にとっての地球が、花や種子が幹に生える樹などの植物には、幹であり、自分に特別の地球を作り出しているのです。 このような事実から、樹から花を摘むか、1年草のような植物から花を摘んで薬にするかでは、人体での(エーテルの供給の違いからくる)治癒の働きの違いがあるのがわかるでしょう。 更に、このような観点から、ヤドリギのような寄生植物の生長に注目するとよいでしょう。ヤドリギは、外見は、通常の樹のような植物とほとんど変わりないようにみえますが、花や種子を担ういわば生殖器が、外界への分泌腺のように、いわば独立した生命体として、他の植物の幹に付く植物なのです。 (ヤドリギは植物のガン細胞みたいなもの) 従って、通常の植物での花や種子の生殖器が、地球の力から分離し、上昇していく生長力を、ヤドリギという植物の生命力のなかに見なければならないのです。 いわば植物のなかの、地球にはない生命力が、ヤドリギにより解放されるわけです。 ですから、地球から上昇しようとする生命力=エーテルの流れが、地球外の宇宙からくる光などと相互作用し、花や種子をつくる生殖器として、徐々に地球から自らを分離し、独立していく働きを、ヤドリギのなかに、特に強力に自らの個性の解放へと到達するのを読み取れるのです。 さて、以上の事実を、植物の生長として一般的に知られている事実と結びつけるなら、次のように植物を分類できるでしょう。 つまり根をつくる傾向に比べて、すなわち、根を優先的に生長させる反面、花をつくる傾向が少なく、小さく未発達な花しかもたない植物など、その生長度合いに応じて、かなりの違いが植物に現れるという事実に気づくでしょう。 根を優先的に生長させる植物は、地球に向かう(エーテルの流れの)傾向をもちます。逆に、地球から自らを解放しようとする植物は、種子や花を優先的に生長させ、上昇する植物であり、特に、植物界では寄生植物として知られている植物です。 植物には、自らがもつ各器官のいずれかを、最も優先的に生長させ、突出させたいとする傾向があり、例えば、パイナップルなどの植物は、幹を優先的に生長させ、突出させたいとするのが観察できますが、植物のもつ、根、茎、葉、花、実のどれもが、植物のなかで主要で優先的な器官になろうと努力している、と言えるのです。 例えば、トクサのような植物を考えてみてください。 トクサは茎を優先的に生長させ上昇しようとしているのがわかるでしょう。また葉を優先的に生長させ上昇しようとする植物や、茎と葉の生長を委縮させて、花を優先的に生長させ、上昇しようとする植物もあるのです。 ★ ★ ★ 単独では生きてゆけない。足りないものを補い合って生きなければ生きれない。次回に続く。
2016年02月15日
コメント(0)
巷の重力子騒動、ダマスゴミらは故意に重力波と呼んでいるようだが、ダマスゴミの騒動をみていると、なにやらSTAP細胞の騒動を彷彿とさせなくもない。 STAP細胞は物質界ではありえない絵空事だが、物質と霊魂の糊となるそれに相応しいエーテルが有り得たなら、十分にあり得る代物なのは、トカゲの尻尾の再生などから明らかなんである。ただし、下等生物だけに限る。 だからSTAP細胞というのは、人体のような分化が進んだ複雑な細胞ではありえず、というのは、エーテルの生命力を奪われているので、下等生物のように、まだ生命力が思考に奪われていない細胞では十分にあり得る話である。 だからエーテルはあります、というのなら十分あり得る話なんである。 なにしろ自然界は常に満ち満ちたエーテルにより再生されているからである。 しかし、人体の各器官に組み込まれるには、分化が進む必要があるので、分化を無視して、再生能をもつ細胞を器官組織に移植すると、免疫細胞によって忽ち除去されるか、ガン化してしまうかのどちらかであろう。 人間は自然の働きに抵抗することで生きているからである。 というのも、前世がカルマとして細胞のなかにインプットされている、とも思われるので、それらを消去してしまうのは物質的にはほぼ不可能だからでもある。 さて、何度となく未来から過去に向かう時間というのを、人智学から紹介してきたが、唯物論では時間が過去から未来にしか流れないと考えているために、エーテルは発見できないことを紹介もしてきた。 エーテルは未来から過去にも流れるからである。唯物論では、この時間の対称性は、せいぜい超対称性といわれ、群論という数式で定義するしかできない。素粒子論では、未来から過去に向かう時間だとボソンがフェルミオンになるので、〇〇ティーノと名付けて、例えば、光子=フォトンはフォティーノと名付けられて予想されている。 以下にウイキの説明のリンクを貼っておく。 ★ ★ ★ 超対称性 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E5%AF%BE%E7%A7%B0%E6%80%A7 ★ ★ ★ 唯物論から生まれた超対称性だが、それはもはや唯物論ではなくなっている。というのは、三次元空間プラス時間軸を超えてしまっているからである。それでもどうにか唯物論者は、「物質界が全て」ということで治めようとして、超弦を駆使して、6次元がコンパクトに時空間に張り付くモデルなどを考えているが、それではもはや物質の意味をなさないことに気づいていないから不思議でもある。物質論ではなく、SF論、宇宙論になってしまっている。 一般相対論の時空の歪みの話だって、歪まない前の世界を人間はみていないのだから、つまり歪んだ後の事後検証しかできないのだから、物質論ではなく、空間論であり、宇宙論なんである。それでは後付けであり、結果論でしかない。 暮らせもしない宇宙の話をしても、SFと同じである。オカルトの方が唯物論では幻想とされるが、幻想をみることもあるから、まだ現実的である。 そもそも物質界では物質になってはじめて観測できるわけで、だからして物質にならない前の世界を観測することは不可能なんである。幽霊の話と同じレベル。 だから、歪みのない世界は人間の頭のなかにしかないのである。頭のなかの脳細胞が、単なる測定誤差を重力波にしている可能性だってある。 これでは、STAP細胞はありますと、重力波はあります、は同じである。 夢のなかでみているのと同じである。最低20回に比べれば、たった1回では再現性に乏しい。夢のなかでなら、なおさらである。 さて、ここからは総て単なる推測にすぎないが、巷で話題の時空の歪みだが、それは、未来から過去に向かうエーテルと過去から未来に向かうエーテルが重なり合うから、と考えられる。 重力波ではなくエーテルの流れ(重ね合い)をみているのではないのか。 それが人体の細胞レベルになると、未来から過去に再生する逆分化細胞、つまりSTAP細胞となるが、それもこれも、超対称性が破れて、未来から過去のエーテルが、過去から未来のエーテルと重なり合う条件でのみ有効といえる。 そのエーテルの観測については、マッド博士がまたまた面白い話を述べているので、以下に抜粋紹介する。 ★ ★ ★ LIGO=巨大なマイケルソン・モーリー実験:相対論信者の最後の砦!? http://quasimoto2.exblog.jp/ (以下の、エーテルの観測の話だけを抜粋) (え)「エーテルドリフト検出」の代わりに「重力波検出」を行う というわけで、LIGOやかぐらは、かつてマイケルソンとモーリーが地球のまわりの「エーテルドリフト」の検出を目指して行った実験を今度は重力波の検出に使えるのではないかという目論見で計画されたものらしい。 もちろん、マイケルソンとモーリーのたった数時間に及ぶエーテルドリフトの実験は失敗し、それがすぐに流布してエーテルは存在しないことになった。が、実はデイトン・ミラーがその後生涯に渡って実験を繰り返し、エーテルドリフトが存在することを証明したことは知られていない。 ところで、マイケルソン・モーリーの実験は「エーテルドリフトの非存在」を証明するためのものであって、「エーテルそのものを否定したものではない」ということはあまり知られていない。 (この事実に驚く、流石マッド博士である。というのもこの実験に如何わしさを感じてはいても、その原因までつきとめようとはしないほど定説化していて、学生実験のレベルで学生は再現させられるからである。要するに、エーテルは存在しないと記憶するための通過儀式と化している。) エーテルドリフトとはエーテルの流れのことであって、自転する地球の前後でエーテル流があれば、その差を検知できるという発想の実験である。 ところが、それが検出できなかったという結果から、流れそのものではなく、エーテル自体が存在しないということにしたのが、アインシュタインだった。 一方、ニコラ・テスラは高周波高電圧実験からエーテルは高周波高電圧に立派に感応し反応することを突き止めていた。が、しかしこれが流布されると非常に困ったことになると考えたワールドエリート層はそれを隠蔽したのである。 今回のLIGOのマイケルソン・モーレー型実験は、せいぜい100ヘルツの周波数の重力波の検出であるらしい。 「何もないものが密に詰まった剛体のような空間の歪みがまるで音波のようにして伝播する」というのがアインシュタイン型の重力波であるが、それに対して、ニコラ・テスラ型テスラ波は「気体のように希薄なものが空間や物質内の至る所に充満して縦波が伝播する」というものである。 (重力波=エーテルの流れ) (お)マイケルソン・モーリー実験は定在波を見る ところで、マイケルソン・モーリーの実験は光の往復があるために、実は1個の光子の運動を見るのではなく、往復で定在波になってしまった定常波の位相の差を見ているに過ぎない。 だから、マイケルソン・モーリー型の実験で見ている最終的な位相差は、上下の光路と左右の光路の定在波同士の位相差を見ているに過ぎない。 それゆえ、それでは本来の光子1個の粒子としての光路差を見ることにはならない。 (か)ステファン・マリノフのワンウェー実験 だからそれは問題だ。できれば、ワンウェー実験(片道実験)が必要だ。そう考えたのが、悲劇的な自殺(多分自殺に見える他殺)で死んだステファン・マリノフ博士だった。それがこの論文。 Rotating disk experiments (図についてはリンク先を参照のこと) この方法によれば、光子の光路往復による重ねあわせがないために正しく本来の趣旨通りの実験ができる。ディスクの回転のあるなしによって、光の速度に影響が起こるかどうかが直に分かるのである。 もちろん、マリノフ博士はこの実験でエーテルの有無を証明することができなかった。装置が小さすぎたことや研究資金の打ち切り、そしてその後の博士の突然死によって研究が終了したからである。 というわけで、LIGOクラスの実験をするのであれば、円形の線路を作り、その上に超電導によるリニアモーターを乗せ、その中にワンウェーの光路を乗せて走れれば、マリノフ実験をできるのではなかろうか? (き)エーテルには電荷がある 実はその後の研究により、エーテルは中性ではなく、容易に電気分極するのではないかという説もある。そのため、もしエーテル自体が周りの物質(電子や陽子)の電荷によって分極しているという場合には、エーテル自体は物質中を自由自在に動けるほど小さいとしても電気的にトラップされるという可能性がある。 こうなると、いわゆる最初の「エーテルドリフト」は存在できない。電気的な物質によって簡単にエーテルは影響を受けるからである。そして、物質といっしょに運動してしまうのである。 こういう場合には、エーテルは物質の回転運動であろうが、あるいは並進運動であろうが、常に物質内や物質周囲のエーテルは物質に随伴してしまうのである。 したがって、いくらマイケルソン・モーリー型の実験を行ったとしても検出できないことになるわけである。 つまり、ニコラ・テスラ型の電気的な方法を用いた実験をしないかぎりエーテルの検出はできないのである。 せいぜい100ヘルツの弱電磁波ではエーテルはまったく反応しないが、数百万ボルト数百万ヘルツの高圧高周波の電圧変動であれば、エーテルがそれに感応するのである。光は周波数は高いが電圧は微弱である。 というわけで、現代の20世紀以降の物理学がエジソンの直流電流電圧の世界で動いてきた以上、エーテルはまったく感知しないのである。 まあ、いずれにせよ、アインシュタイン理論誕生100周年を何とかして栄光で飾りたいという宇宙物理学者と素粒子物理学者の世界は彼ら独自のカルト世界観で埋め尽くしたいのだろうナア。 これでは、重力波の前に経済波によって世界がぶっ潰れる方が先なのだろう。 いやはや、世も末ですナ。 ★ ★ ★ エーテルの存在を隠したいための重力波騒動という感じがしなくもない。
2016年02月15日
コメント(0)
重力子の話題で巷は経済破綻を誤魔化そうというのか、たとえ重力子が発見されたとしても、アホバカの脳はアホノミクズのマイナス金利のように、あまりに軽すぎて、マイナスであり、かえってアホバカの脳の重力波は、時空を歪ませるどころか、日本経済を歪まして破壊してしまうほどのアホバカぶりなので、アホバカ波が市場を混乱に陥れているほうが人類にとっては救いがたいリスクなんである。 重力子よりもアホノミクズのマイナス金利の市場破綻波の発見が先決である。なにしろあまりにアホバカすぎて検出不可能なのだからね。 経済の話の紹介を続けているが、経済とは「足りないものを補いあうこと」で有ると何度も紹介しているが、それはモノだけではなく、能力や才能なども助け合うことである。 あまりにアホバカなのは足りな過ぎてもはや補いあうことも不可能である。まさにアホバカのミニブラックホールである。連日連夜、アホバカ政権のアホバカ議員がダマスゴミの洗脳で巷を賑わせている。 ネットを徘徊していると、オカルトを真面目に勉強せずに、唯物論で馬鹿にして拝借するので曲解する者が多いのは非常に残念である。特に唯物論者が口にする優生学なんぞは単なる出鱈目である。それこそ唯物論に染まっている証拠である。 例えば、優生学を厳密に適用するなら、物質界で長い間進化を遂げた生物ほど優秀ということになるので、ゴキブリなどの下等生物が優秀となり、高等生物となるはずである。 人間が思考している間に、下等生物は思考する代わりに生体の機能を現環境に適用できるように進化しているのだから、下等生物は愚か、ウイルスや細菌の方が人類なんかよりも遥かに優秀ということになるはずである。 またダーウィンの進化論によれば、人類の祖先はサルなんで、サルがいなかったら、人類もいないことになり、先祖崇拝の立場から、サル以下にならざるを得なくなるから、優生学を厳密に適用するなら、人類は存在においてサル以下か、もしくは進化においては、ゴキブリやウイルス、細菌などの下等生物以下になる。 というわけで、優生学なんぞは出鱈目の悪魔論なんである。 たまに人智学ではないブラバツキーの神智学を誤解して、唯物論で人類優生学を論じて、神智学を知ったかぶりしている輩をみかけるが、人智学でないんで、スルーしているがあまりに酷いので、少し警告の意味で苦言しておく。 物質界においては、動物の方が人類よりも遥かに進んでいるんですよ。その証拠に、動物は、人類のできないことをすでに技術的に実現しているからである。車や飛行機をつくらなければ、馬やチーターは、人類よりも遥かに速く走れるわけである。 考えて考えて、ようやく車や飛行機をつくれるようになり、馬やチーターよりも速く走れるようになったとはいえ、そのエネルギーをどこからか貰わないといけないわけである。馬やチーターは遺伝的に速く走れるが、人類はそのような乗り物をつくらないと駄目である。だから、走ることにはいまだ劣等である。 だから物質界では人類は常に劣等なんである。物質的には下等生物といってよい。第一、日々の食物を動物に依存しないと生きられないのがその証拠である。 もし優生学があるとしたら、人類は一番最低の生物で一番劣等である。 では、一番劣等なのが、神智学では、なぜ優等なのか、である。 物質界と霊界はプラスとマイナスの関係にあるからである。この世の物質界では劣等だが、あの世の霊界では優等なんである。物質的進化においては劣等だが、霊的進化においては優等というわけなんである。 しかし霊的進化において優等とはいっても、個人的に自由な意味でのもので、動物は集合自我をもち、その集合自我のレベルでは、人間より上位に位置するというから、いずれにしろ、優生学は成り立たない。 だから、人間は、物質界で生きるために他の生物を食糧とする代わりに、霊界では、物質界の生物を生かすために働かなければならないというのである。 だから、物質界の動物は、死者により生かされているのである。物質界に動物崇拝が残るのは、動物たちを死んで行った祖先=死者が生かしているからである。 宇宙においては万有万物は公平公正なんである。そのためのカルマの法則なんである。 カルマの法則により、経済の足りないものを補いあうことが保証される。 働かざる者食うべからずは、他の生物のために働かざる者生きるべからずとなるのである。 弱肉強食というのは唯物論の一面的な見方であって、本来は生物は皆助け合って命を削りながら生きているのである。食物連鎖がその証で、下等生物が多産なのは、自分の子孫を生かすほかにも他の生物を生かすために、食物となるために多産なんである。 だから自分たちが生きるだけでなく他の生物を生かすことも考えている。だからその集合魂=集合自我は、人間の自我=霊魂よりも遥かに高次なんである。 自己の利を貪るのは人間だけなんである。だから弱肉強食なんていう唯物論を信仰してしまうアホバカなんである。 だから、利を貪る者は自分の生命を奪われるというわけなんである。 そもそも株価を吊り上げたりするカネを法人税で確保していれば財政赤字などにならなく、高い法人税払うのが嫌だから、企業買収などされなくて済んだはずなのである。早い話、法人税が社会貢献料なんである。 法人税低くして投機などという遊ぶカネを増やすから、一人で遊んで暮らそうと堕落した生活や精神に埋没してしまうわけなんである。 そういう連中は経済を混乱させて遊んだツケを払わなければならないという自業自得の話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ トランプ氏へのメッセージ4:M・ハドソンの「日本はなぜ借金大国になったか?」4 http://quasimoto2.exblog.jp/ 【まとめ】 日本の財政問題や国債残高の問題を語るとき、日本政府は国民への課税が少なすぎる、あるいは歳出が多すぎる、という言い方をする。 《これは金融、保険、不動産部門の税負担が低すぎるという事実から焦点をそらして、日本国民全体がもっと税金を支払うべきだということをほのめかすためである》。 (金融、保険、不動産部門らは神殿を穢すニセモノユダヤ人で、神殿で商売する人類の裏切者たちである。ヤクザが多いことでもわかる。) 日本の財政問題を国際的な場面に置いて検討することが重要である。日本の国債を単に日本国内の問題であると捉えてしまうと、米国政府が米国民や企業に対する課税を避けるためにおこなわれている悪循環を断ち切ることはできない。 《これでは、大蔵官僚が米国のやり方こそ正しいと洗脳されてしまうことと同じである》。 (実際洗脳されて財務省になったアホバカ地獄行きたちである。) 《日本が抱えている問題と全く同じ問題に米国が苦しんでいることを忘れてはならない》。 (ニセモノユダヤにより米国国民も家畜=ゴイムとされたが、今度は日本国民も同じである。) 事実、日本が財務省証券を購入して直接的に援助しなければ、また米国の外交政策や海外の軍事費を資金援助することで間接的に米国経済を救済しなければ、米国の財政問題はさらに深刻さを増すのである。 今、《日本国民にとって最悪なことは、不労所得に税金を課すのではなく、消費税を5%、ひいては15%にまで引き上げることを大蔵省が主張している点である》。 (大蔵省からニセモノユダヤ配下の財務省になったのだが) 《この政策をとると、消費財や賃金に 課税することによって輸出品に組み込まれる労働コストが上昇し、国内の生活水準が低下してしまう》。 《そしてその一方で、不動産や金融投資家は、生産的なサービスを積極的に提供しなくとも、資産価値が上がるのをただ待っているだけで裕福になっていくという、とんでもない構図ができあがる》。 これはまさに米国式のやり方である。先に述べたように、 《米国の全資産の約3分の2が不動産であるにも拘らず、不動産業界に支持された政治家が税法に書き入れた税制の優遇措置や抜け穴のお陰で、不動産業者は所得税を事実上、全く支払っていない》。 (サブプライムローン破綻で明らかになった。) これが本当に日本が目指したい方向なのであろうか。この道を辿れば、日本の企業家は、日本国民の幸福や経済的なバランスにつながる財やサービスを生産するよりも、バブル経済を復活させた方が儲かるようになってしまう。 《不労所得(地代、賃貸料、金利、キャピタル・ゲイン)にはできるだけ高い税金を課し、資本投資や就労所得からの収益に対してはできるだけ低い税金を課すべきだと経済学者は認めている》。 固定資産税を引き上げても土地の供給は減らないが、賃金に対して増税すれば、労働力の供給や、純粋な経済的収益、さらに購買力は減少する。 《消費税を値上げすれば、日本経済を動かす収入と支出の循環は徐々に蝕まれていく。資金は市場から引き上げられ、もっぱら土地や株式市場の投機に回されることになるであろう》。 もちろん問題は政府の負債にとどまらない。日本の民間企業も不動産抵当など、大きな負債を抱えている。《民間の資産の負債が増えれば増える程、企業収入の中で、金利の支払いや債務の返済に向けられる金額が増える。その結果、設備投資やR&D、開発関連向け新規投資のための資金が減少することになるのだ》。 《日本は、健全な成長と不健全なバブルの膨張を区別する新しい会計様式を導入すべきである》。 《GDPの成長の中で、金利の増加や、賃貸料の増加といった偽りの成長がどれ程、占めるのかを表す必要がある》のだ。 残念ながら、 《今日の日本の会計様式は価値の影響を受けない新しい経済理論を反映している》。 《古典経済学が特定の雇用と融資は生産的ではないとして区別していたものを、この新しい理論では区別してはいない》。 重農主義者の時代には、経済は余剰物を生産するものと捉えられていた。金利と 賃貸料(さらに戦争費用)は、この余剰物から支払われる支出であった。 《このような古典的な考え方では、FIRE部門全体が悪性腫瘍として生産的経済基盤の上に異常成長したものと考えられていた》 。 (実際、FIRE部門全体が悪性腫瘍で、連中が儲ければ儲けるほど、社会全体が貧困に陥っていく。) 日本が米国を手本にしようというのなら、 《1929年以降に米国で増えた労働力が、古典派経済学者が 「非生産的な雇用」と呼んだものであることに気づかなければいけない》。 (FIRE部門全体の仕事は仕事とはいえない。というのは、社会全体を幸福にしないからである。社会全体を富ませるのではなく、社会から収奪し、自分達だけに富を集める悪政腫瘍だからである。) 増加のすべてがサービス 分野からで、工業分野の労働力は全く増えていないのだ。楽観的に見れば、このような状況も工業や 農業、運搬などに携わる生産的な労働者が、急増する非生産的な労働者の上部構造を支えてきたでは ないか、と言うかも知れない。しかし実際には、 《このFIRE部門の労働者こそ米国経済が直面する問題の本質なのであり、不労所得社会を形成している》 (FIRE部門は米国ではニセモノユダヤの代名詞であり、この国ではヤクザ、金融マフィアの代名詞となっている。) のである。現在米国の財政問題の原因として、 高齢者、障害者、そして社会保障や医療保険の受領者などが「権利ばかりを要求する」社会の依存者 として非難されている。 《しかし彼らが財政難の原因として非難されるのも、政府が政治的権力を持つFIRE部門における不労所得者への利子支払いを削減しないがため》 なのである。 (苦肉の策がマイナス金利である。) この点に関する日本の状況が表8-bに示されている。日本が高齢化し、多くの階層が貧しくなっている という事実があるにも拘らず、日本の社会保障費は、他の諸国と異なり政府支出の20%で一定している。 (1975年 4,136/21,473=ほぼ20% 1995年 13,924/70,987=ほぼ20%) 急増しているのは国債費(政府の公債処理コスト)であり、社会保障費と同じ規模にまで膨らんでいる。金利が上昇し始めれば、国債費はさらに急激に増えるであろう。その結果、他の支出項目にしわ寄せが行くか、あるいは財政赤字を賄うためにさらに借金を増やすか、紙幣を発券するかのいずれかになるであろう。 表 8-a.一般会計の内訳:歳入(単位:10億円) 1975 1980 1985 1990 1995* 所得税 5,482 10,800 15,435 25,996 21,350 法人税 4,128 8,923 12,021 18,384 13,726 相続税 310 441 1,061 1,918 2,684 地価税 434 消費税 4,623 5,980 酒税 914 1,424 1,932 1,935 2,172 たばこ税 884 996 1,038 総額 21,473 44,041 53,993 71,703 70,987 *1995年度当初予算 表 8-b.一般会計の内訳:歳出(単位:10億円) 1975 1980 1985 1990 1995 社会保障関係費 4,136 8,170 9,902 11,481 13,924 文教・科学振興費 2,707 4,606 4,883 5,410 6,076 国債費 1,102 5,492 10,181 14,314 13,221 恩給関係費 759 1,653 1,868 1,832 1,727 地方財政関係費 3,351 7,829 9,690 15,931 13,215 防衛関係費 1,386 2,250 3,179 4,253 4,724 公共事業関係費 3,487 6,896 6,891 6,956 9,240 経済協力費 168 368 572 819 1,035 中小企業対策費 125 240 210 240 186 エネルギー対策費 424 601 547 682 食糧管理費 915 1,030 694 404 272 産業投資特別会計へ 65 2.7 1,283 1,281 その他の事項経費 2,660 4,448 4,335 5,800 5,053 予備費 350 総額 20,861 43,405 53,005 69,269 70,987 * 1995年度当初予算 バブル期における日本の成長はほとんどが癌細胞のようなものであった。それにも拘らず、日本は不動産のキャピタル・ゲインや賃貸収入や金利への課税を最低に抑える財政政策をとり、この傾向を阻止するどころか、むしろ状況を悪化させてきた。 この経済上の間接費を表す国民所得のデータが、すぐに使える形で提供されていない。このような会計様式が、政府の政策的な失敗に対する前向きな対処を遅らせているのだ。 日本が今日の米国式の財政哲学を手本に増税を行えば、人間の身体でいうと「脂肪」に当たる地価の上昇や株式市場の収益といった「不労増価」ではなく、国家の活力に当たる賃金や企業の利益といった「骨」の部分に増税してしまう恐れがある。 《日本は間接費と富とを区別する包括的な会計様式が必要》 なのである。不労増価を明確にし、優遇するのではなくそこに課税するために、 《日本は、金融上の資金の流れを表す統計と、新規投資や有益な財やサービスの生産に関する統計を結び付ける必要がある》。 《このような会計様式で表されれば、財テクではなく企業本来の活動が促進されるようになる》。 さらに 《この統計によって、FIRE部門の負担を軽くするために大蔵省が消費税増税を行おうとしていることがはっきりとわかる》 であろう。 (インチキが明らかになる。) さらに、 《このような統計があれば、企業の政治献金や官僚の天下りにかかるコストと、そうした政治的影響力の強い部門に対する課税控除額とを比較することも容易になる》 (連中のインチキが明らかになるから、不正会計をしているわけである。明治以来だから悪徳である。) であろう。万が一、こうした比較が可能であれば、経済活動に資金を投じるよりも、同じ金額を政治家に支払った方が見返りが高いことが浮き彫りになるであろう。 そして 《大蔵官僚は、その統計を使って日本の国益ではなく米国の外交、経済上の目的を満たすために日本の税金や借金がどれ程増加したのか、国民に示すことができる》 であろう。 [更新日時:2008/10/25 18:07 ] この記事のURL: http://www.doblog.com/weblog/myblog/19256/2621428#2621428 というわけで、ミスター・トランプ、アメリカ経済の低迷は、あなた方大富豪たちが一切税金を払わないで私腹を肥やしていた事が原因だったのだが、そんなアメリカ経済を根本から多額の米国債を買って支えてきた国家が我が国日本だったのである。 日本に足向けて寝るなよ、トランプ! ★ ★ ★ アホバカ総理の脳をその足で踏みつけるのは赦すぞ、トランプ! 北もミサイル飛ばすなら、いっそのこと、お仲間の首相官邸でも吹っ飛ばしてほしいな。
2016年02月12日
コメント(0)
この東朝鮮閉鎖国は、アホバカのアホノミクズのせいでどんどん北の惨状に近づいている。何度も言ってきたがあんなアホバカが総理でいるのが問題なんである。もっとマトモな人物を最高責任者にしない限り、この国の未来は果てしなく暗い。 失敗すると、中国のせい、ミンスのせいと、なんでも他人のせいにしたがるが、そういう全てを見通した上での政策立案であり、予め想定して実行するのが当たり前で、予めそんなことも予測できなかったオツムの悪さの問題なんである。 だから、どうして予測できなかったのか、と問い詰めればいいんである。最高責任者なんだから、そういうのを見通して政策を実行しないと失格なんである。「想定外」という言葉を出した時点でその任務につかせる能力のなさを露呈しているのである という話をお馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ 安倍晋三という名の大災害 http://my.shadowcity.jp/ GDPがマイナスというんだが、やっぱりね、としか言いようがない。負けを絶対に認めない馬鹿司令管のせいで、事態は悪くなるばかり。首相が「景気は良い」と言い張って聞かないので、対策が取れないんですw 早く、どっかの地下室でピストル自殺しねーかなw GDP年率予想、10~12月0.76%減に下方修正 日本経済研究センターが10日発表した2月の民間エコノミストの経済見通し「ESPフォーキャスト調査」によると、2015年10~12月期の実質国内総生産(GDP)増減率の予測平均は前期比年率で0.76%減と、2期ぶりのマイナス予測になった。 暖冬による個人消費の低迷が響き、前回(1月)の0.63%増から下方修正された。 予測平均の内訳は個人消費の伸び率が0.36%減と前回から0.56ポイント下がった。 設備投資は0.50ポイント低い0.11%増、輸出は0.30ポイント低い1.12%増だった。 16年度の実質GDPの予測平均も前年度比1.31%増と前回の1.44%増から下方修正された。 ちなみにコレ、去年の数字だから。今年に入ってからは、もっと酷い。寒波と株の暴落とw 壊滅状態ですw 日本経済は終了しました 急激な円高で、凄いことになっちゃってますw こりゃ、明日は株価は大暴落、金地金は高騰だなw 金地金はg5000円近くまで騰がるだろう。現在、111円215です。安値で先っぽだけ110円台突入w アベノミクス完全崩壊w コレでもぬけぬけと首相で居続けるのか、あの知恵遅れはw 為替 http://www.gaitame.com/market/chart.html SGX日経先物 http://n225cme.com/sgxnk.html アベシンゾーもアベノミクスも、「見限られた」という事だ。誰に? さぁw とにかく、見限られた。死に体のまま、どれだけ粘れるかw これから阿鼻叫喚の自民党の断末魔です。タップリ楽しませていただきましょうw ★ ★ ★ 大体、公的資金使って銀行を助けてやるからおかしくなるわけで、ニセモノユダヤの餌食になるわけである。連中は日本経済をターゲットにし、特に大蔵省と通産省を洗脳することに成功し、財務省や経産省のユダヤの申し子みたいな名になり、今度は韓国みたいに、日本の大企業を乗っ取ることに成功しつつあるというわけだが、そんなことすれば、大恐慌が起こるので、戦争を起こして有耶無耶にしようと画策しているが、それこそ人類滅亡の道まっしぐらである。 巷は経済崩壊で、生活崩壊だというのに、重力子発見で浮かれている場合ではないと思うのだが、これまで何度となく重力子発見のニュースが乱れ飛んだがあとでデマだということがわかった。 今回もそうとはいわないが、実験をみると、マイケルソンモーレーの実験をパクッて拡大したものなので、本当に重力子がみつかったのか疑問であるが、いずれにしろ、そんな浮かれ気分に警鐘を鳴らすのによい話を、お馴染みのマッド博士のブログでみつけたので以下に紹介する。 ★ ★ ★ ハドソンの「日本はなぜ借金大国になったか?」1 http://quasimoto2.exblog.jp/page/2/ 最近”謎の”経済アナリスト、マイケル・ハドソン氏の6年前の2002年の経済解説記事「日本は なぜ借金大国になったか (1) (OUR WORLD)」を偶然見つけて読んだのだが、これほど 現在を見事にかつ完璧に分析したものは見たことがない。(後に調べたところでは、「超帝国主義国家アメリカの内幕」の著者らしい。) この記事は、2001年の「9・11」以後のものであるが、これとは独立に長い間、日本の太田龍、イギリスのジョン・コールマン博士やデーヴィッド・アイク、さらにはタープレイ、ウィリング、マニング、アンドリュー・C・ヒッチコック、テックス・マーズ、スプリングマイヤーなどの、俗にいう「陰暴露論者」の人々によって「300人委員会」、「イルミナティー」、「国際金融寡占勢力」、「王家」、「黒い貴族」、「サタニスト」、「ルシファー信仰」などというキーワードによって表現されてきた人々が、「この現実社会でいかなることを行って来たか?」ということを実に見事に”普通の経済学の見方で表現したもの”である。 それゆえ、マイケル・ハドソン氏の記事には、そういったいかなる「陰謀論」もいかなる危ないキーワードも出てこないが、確かにかなり大きな権力が関わって、この日本社会やアメリカ社会、さらには全世界を「国際金融寡占勢力」が実に見事な経済的政治的手法に基づいて、「借金財政」の形にもっていったかが、詳細なデータを基にして語られている。 そして、この「国際金融寡占勢力」とは、かつてアメリカの20世紀最大の建築家の1人であったバックミンスター・フラーがその大著「クリティカル・パス」で「法律家資本主義」あるいは「軍産複合体」と呼んだものと同一のものなのである。 そしてそれは、ここ10年ほどで日本やアメリカ、そして『この世界がいかに急速に「格差社会」へと変貌を遂げたか』の経済学的な理由付けとなっている。 一言で言えば、「不労所得(地代、賃貸料、金利、キャピタル・ゲイン)」を得る、Finance(金融) 、Insurance(保険)、Real Estate(不動産)産業など一般に《FIRE分野》と呼ばれる分野への”課 税”を怠ったことが原因である。 (《FIRE分野》は十戒の掟を破る悪魔の連中である。キリストも警告している。) その昔、堤一族の西部系列に「コクド」という会社があったが、超巨大企業であったにも関わらず、 不動産投資で”赤字会社”であるので税金は支払はなくてよい、という法律で大成長したということ を思い起こさせてくれる。 もう一度、経済学や経済の原点に戻り、《FIRE分野》といえども、赤字会社であろうが、それなりの経済を担っているものにはそれなりの課税をすればいい、というのがマイ ケル・ハドソンの解決策である。実にもっともな話である。 これさえすれば、年金問題であろうが、何であろうが、すべてがうまく行くのである。もっとも「国際金融寡占勢力」に洗脳された経済学者や経済アナリストは真っ向から猛反対するだろうがナ。 そういうわけで、ここに章別に分けて紹介させてもらおう。 【】《》などの記号は、私(マッド博士)が”自分のために”加えたものである。 日本はなぜ借金大国になったか (1) (OUR WORLD) 1965年から30年の間に、日本は国家債務ゼロから世界最大の負債国へと転落した。《日本の負債が他の国に見られない特性を持つのは、それが必然的なものではなく、純粋に政治的な理由から生まれた点にある》。 政府が借金をする伝統的な理由は戦争である。生死を賭けた戦いは、通常の税収入では賄えないため 、借金で対処する。220年前、イギリスが米国植民地を相手に戦争をしていた時、アダム・スミスは 、戦争のために増税すると有権者が戦争に反対するため、政府は借金を行い国民の負担を軽減したか のように見せかけるが、長期的にはより高くつく、と語っている。 日本の場合、過去半世紀の間、戦争を行っていない。米国の軍事プログラムへの援助以外は、日本の軍事予算はほぼゼロに近かった。 (日本の高度成長は平和憲法の御蔭) 【I.金融および不動産部門への課税を怠ったことに起因する財政赤字】 《平和時に政府が借金を増やす理由は、主に国内の政治的失敗、つまり富に対する課税を怠ったことに起因する》。 すなわち、《平和時の国家債務は海外との戦争ではなく、国内の階級闘争の結果、生まれたものである》。 冷戦が事実上終結した今日、国内に階級闘争が舞い戻ってきたようだ。 階級闘争の本質は経済力を政治権力に転換することである。ほぼ決まって勝者となる富裕階級にとって、階級闘争の目的は自分達の所得や富に対する税金を削減することにある。その結果、税制は富裕者への累進制を弱めるよう改正され、賃金労働者や消費者の税負担が高くなる。 《日本の場合も、今日の財政赤字と国家債務は、最も裕福な階級に対する課税を怠ったことが原因となっている》。 (早い話、金持ちを政治家にしたのが大間違い。アホ下痢ゾ~や阿呆をみれば自明である。下働きで苦労したことのないアホバカボンボンである。こんなアホバカが社会や社会の底辺がわかるはずがない。) しかし、現在の財政政策の悲劇は、生産的な産業投資よりも、非生産的で寄生的な富の方が簡単に税金逃れができる点にある。不正な富の方が税金を削減しやすいのは、それがより多くの経済価値をもたらすからではなく、ただ単に最も収益性が高く、強い影響力を持つためである。 過剰の富や、不労所得者の所得へ課税する代わりに、必需品や生産的な直接投資、労働者階級への課税を増加すれば、産業の発展や繁栄は抑制されてしまう。 (マネーゲームが横行する。マイナス金利になってしまう理由。理論的にも儲けすぎになるのでマイナスにならざるを得ない。) 税制の改正は、金融および不動産投資家に、寄生的かつ投機的な収益を求めることを奨励する。新しい税制は、製品やサービスの生産を促進するのではなく、負債を増やした銀行や賃貸料を上昇させた投機家たちに資金援助をしているのだ。この新しい財政哲学は、世界競争に向けた生産性や生産高拡大のための再投資に必要な収益を産業界から奪いかねない。 (マイナス金利がそれを示している。) 日本の大蔵官僚が新しい税制哲学を異口同音に支持しているという現実は、戦後形成された金融、不動産分野がいかに政治的に攻勢に転じてきたか端的に表している。金融、不動産分野は、米国製の「無価値」経済学を利用して、大々的な広報活動を繰り広げ、金利や賃貸料の上昇で経済のコスト構造を押し上げること以上に生産的な方法は、従来の金儲けの手法(例えば工場の建設)にはないと主張している。 この「無価値」の富は、主にFinance(金融)、Insurance(保険)、Real Estate(不動産)産業とその不労所得者の収入であり、それらの頭文字を取って一般に《FIRE分野》と呼ばれている。 (こういう儲けを続ければ続けるほどいずれマイナスの領域に入っていく。実体経済と乖離するからである。要するに儲けすぎ。) 不労所得者の収入は、貸し手と地主が事前に規定する固定利用料(家賃と利子など)から成る。 《企業の成功如何で増減する収益とは対照的に、これらの固定料金は、経済の成長や支払い能力とは無関係に、いやおうなしに要求されるものである》。 (不労所得者にヤクザが多いことでわかる。) ある人の収入が他の人の支出になる「ゼロサム・ゲーム」がそうであるように、不労所得者が要求する料金は、債務者の基本資産を削るところまで利益を食いつぶしてくる。 この結果、《貯蓄は直接投資にではなく、融資や不動産投機に回される》。 (生理的には、狂牛病の発症と同じなんである。儲けすぎの利益が余計なので、その余計な利益で更に儲けようとすると、社会全体に悪影響を及ぼす。) こうして、《経済の生産的資源は増えずに、金融や不動産投機による不労所得者の収入が増加する》。 国民はこの「新しい」税制政策がいかに深刻な影響を与えるか理解していない。 事実、バブル以降の日本は、金融および不動産分野で膨張する富に対する課税を躊躇してきた。このことは、日本を含む世界の国々が歴史的に税制の基盤を地租に置いてきたという事実とは極めて対照的である。 (儲けすぎをなくすのが社会安定につながるのである。だから儲けすぎを無くさないと駄目。江戸幕府の参勤交代制度などを実施しないと駄目。) 国王や天皇は、土地の支配権および所有権を官僚に移管した。もともと地主は、宮殿を守ったり、兵力などを含む軍事的ニーズをカバーするために、その土地から生まれる余剰農産物(および作物の用益権や農民の労働力)の大半を国に提供することになっていた。 しかし、地主は次第に、そのような土地からの収益を社会のために使用するという義務を果たさなくなった。実際、地主にそのような「自由」を与えたことが、自由企業制や真の私有財産の基盤となったのである。 過去1世紀の間に、課税対象に最も適しているのは「不労増価分」、すなわち、社会の繁栄(あるいは 単に通貨インフレ)に起因する土地や資産価値の増加分であるという考えが広まった。例えば、公共の交通機関や道路、電気、その他税金で実施される基盤整備によって、土地の不動産価値は一般に上昇する。 《税金を使ったおかげで値上がりした分の賃貸料を取り戻すには、通常固定資産税を徴収することによって、その増加分が国民に還元される》。 しかし《税金が徴収されなければ、税金を使ったことによって生まれた利益は不労所得投資家の手元に残る》。 そして《不労所得者階級が強力になればなる程、政治家をうまく操って自分達の税金を削減させようとする》。 《その結果、財政赤字と国家債務が増加するのである》。 (要するに、金持ちに重税を課さないと社会は安定しない。その真実に気づかせないために、金持ちは度々戦争や競争を演出して、国民を殺してきた。) 今回日本が他国と異なる点は、バブル経済のさなかに負債が増大した点にある。そしてこのバブルこそ、先例のない程の巨額な不労増価を意味している。 バブル経済の真っただ中に国債残高が増加した原因を見つけるのはそれ程困難ではない。バブル経済は、不動産価格を一般家庭の手の届かないところまで押し上げたのに加え、不動産億万長者を生み出し、不労所得者の地位を不動のものにした。 《FIRE分野の力が強力になると、その分野が1つの階級を形成し、自分達の利益が課税対象とならないようにするために、公共利益に反する活動をする》。 (連中の天文学的な高額な資産をみれば明らかである。) その一方で自分達の目的を支持させるよう政府の政策に影響を与える。その結果、不動産分野が従来支払っていた税金は他の分野に振り替えられる 。 こうなると、《借金をしてでもさらに不動産を購入した方が儲かるようになり、不動産分野は借金だらけになっていくのである》。 そして不動産の所有者はこの借金状態を強調して、金融機関と共に、業界は多額の借金を抱えているので、もっと減税すべきだと主張するのである。さらに、《不動産投機家はローンの利子分を課税所得から控除することが認められていたために、このプロセスにはさらに拍車がかかった》。 このような厄介な行動形式は、日本に限ったことではない。過去4,000年の文明化の歴史を通じて一貫して描かれてきた変遷の型である。 しかし、日本の場合興味深いのは、《バブルが繰り返されることがないよう増税を呼びかけるのではなく、逆にバブル崩壊を口実に、不動産や銀行の富に対して減税が叫ばれている点である》。 最も裕福な不労所得者層が税金を逃れようとした結果、日本にほぼ慢性的な財政危機が生まれた。 さらに、他の諸国の場合と同様に、既存の負債に対する金利も公的債務を増加させている。過去の負債に対する利払いが負担となって、結局毎年、財政赤字を生むことになる。 国家が税収入、厳密には不労所得の富に課税をして歳出を賄わない限り、今回の累積債務から逃れることは難しい。 (法人税増税するしかない。特に金融機関には大増税するしかない。江戸時代の徳川幕府は儲けすぎの大名を取り潰していたから、江戸時代にはできていた。) 《問題は、税金を逃れようとするFIRE分野の既得権益の経済力に対抗するだけの政治権力を結集させる能力が一般国民にない点にある》。 その結果、政府は借金で金利を賄い、毎年国家債務を増加させていく。つまり、このことは、公債が指数関数的に複利で増加することを意味する。 【米国の財政赤字を資金援助するために、日本がいかに借金を増加させたか】 日本の国債残高増加にはもう1つの要因がある。国内の富裕者に対する減税や金融部門(最も顕著なのが住専)の救済、税金逃れに忙しい富裕階級への利払いといった負担の他に、 《米国の財務省にも資金援助している点である》。 金や円、その他の通貨ではなく米ドルで外貨準備高を保有することで、 日本の中央銀行は結局、1996年4月時点で、財務省に2,045億ドル(20兆円)を融資している。 (米国債を買ったり、米国戦争屋のガラクタ兵器を高額で買ったりしていることなど。) 1996年7月のSurvey of Current Businessによれば、日本の民間部門の財務省証券の保有高を含める と、日本は米国財務省に対して昨年末時点で、2,230億ドルをも貸し付けている。これは、1994年末 の数字、1,690億ドルに比べると31%の伸びになる。それに加えて、日本の公的機関および民間部門 は米国の銀行に880億ドルも預金をしており、1995年末時点において日本から米国への融資総額は3, 100億ドルにものぼった。 これだけの金額を日本は米国に融資していながら、日本政府は財政赤字を増やし、その結果、日本国民に対する負債を増加させているのである。 [更新日時:2008/07/30 16:17] この記事のURL: http://www.doblog.com/weblog/myblog/19256/2621424#2621424 ★ ★ ★ このような連中は皆地獄行きなので覚悟すべきである。神は総てをお見通しである。ニセモノユダヤが悪魔に唆されて人類を滅ぼしかねないことは聖書にも警告しているところである。どうせ悔い改めできないだろうから、地獄にいってから苦しむしかないだろうね。次回に続く。
2016年02月12日
コメント(0)
この東朝鮮アホバカ閉鎖国の巷はアホバカのアホノミクズのインチキカツラがハゲノミクズのせいで、マッド相場に突入している。 インチキした時点で、いつかはバレルのである。 前回少し紹介したが、「その話…諸説アリ」という番組はなかなか面白い。前回も書いたが、本能寺の変と坂本龍馬暗殺を是非やってほしいものである。 ちなみに私の仮説は、マッドヒストリアンとでも呼ばれる八切止夫氏の説をほとんど受け売りしたもので、黒幕は徳川家康で、実行者は斎藤利三である。 というのは、家康は桶狭間の後で松平元康を殺して成り代わり、それが露見するのを怖れ、信長が可愛がっていた信康と、元康の正室築山を謀反の疑いで信長のせいにして殺したのを、信長が耳に入れ、家康の生命を狙っていたからである。 信長が家康の命を狙っていたのは当時の公家の日記にもあり、特にイエズス会の記録にも、「近々、信長が三河の王を成敗する」という風評があったそうで、本能寺を襲った兵たちは、「家康を殺しに行く」と思っていたという。 信長は家康に安土まで挨拶に乞いと度々催促したが、家康は貢物をしてなんとか誤魔化していたが、信長が、政権を信忠に譲り、武田家を穴山梅雪に相続させ、旧武田家の領地を信忠の領地とし、忠臣の光秀に家康を討伐させて、徳川の領地を光秀に与える腹積もりだったのを見抜いて、先手を打って、織田家の美濃派軍事筆頭の斎藤利三に裏切りの白羽を立てたという 斎藤利三の裏切りの動機は、妹が四国の長曾我部に嫁いでいて、信長の四国討伐をやめさせたかったことである。また四国を拠点に長曾我部と関係が深い吉田神道は銀流通による国内金融を築いていたので、信長の金流通による海外貿易が新興勢力として目障りだったこともある。 当時巨大勢力となった織田家は後継者を巡って尾張派と美濃派の派閥争いがあったという。佐久間信盛と安藤伊賀は、その争いで破門された。だから、本能寺の変後の風評では、首謀者は、美濃派によるもので、その筆頭の正室の奇蝶と考えられていたという。 だから、信雄は奇蝶を安土城とともに焼き払って謀反人討伐を果たしたが、秀吉が中国の毛利を後ろ盾にして、どさくさに紛れて、事後収拾を図っていた光秀を山崎で謀反人と決めつけて殺し、後継者を信孝にしようと画策するが、清州会議で謀反人は奇蝶とされ、信雄が後継と決まりかかるが、秀吉が三法師を挙げて反発し、物別れに終わる。 秀吉は光秀を殺した手前、謀反人を光秀にするために、秀吉政権下で奇蝶の記録を焼いたので、残っていない。家康も黒幕なので、謀反人は光秀としたが、光秀の子光慶が天海となって、徳川政権に就いたので、光秀生存説を流布し、光秀謀反説への抵抗を示した。 光秀謀反説の動機はどれも動機とはいえないもので、少し考えれば、怨嗟で、謀反など起こすのは、ドラマでしかありえない非現実的な話である。 坂本龍馬暗殺については、薩摩の西郷が濃厚であろう。土佐を討幕藩にするためである。大政奉還で、薩摩の討幕が封じられたための打開策であろう。といっても坂本龍馬の人物像は岩崎弥太郎が三菱を宣伝するためのほとんどが後の創作である。土佐藩の密偵の1人だったようである。 マッドヒストリアンの次は、マッドサイエンティストで有名な井口博士のブログから面白い話を紹介する。 ★ ★ ★ 「20世紀最大の謎」オカルト・エーテル物理学:「テスラの電磁推進力」の原理 http://quasimoto2.exblog.jp/22357357/ (以下抜粋) さて、昨日やっと私は ウィリアム・ライン博士(あるいは、リン博士) の本の日本語訳を完成した。まだドラフトの段階で校正はまったくしていないが、日本語訳にしながら細かいところまできちんと読んだのである。以下の本である。 (以下の本の画像はリンク先を参照してください) William Lyne, Occult ether physics 最新版 OCCULT ETHER PHYSICS: Tesla's "Ideal Flying Machine" and the Conspiracy to Conceal It (English Edition)2012/4/9 このウィリアム・ライン博士は、陰謀論分野では著名な話、すなわち「ナチスの空飛ぶ円盤」技術はニコラ・テスラの研究成果を基にしていると主張する最初の一人である。たとえば、YouTube番組にこんなものがある。 (この番組もリンク先を参照してください。) The German Tesla Anti Gravity and Free Energy Program - an interview with William Lyne (2004) ライン博士は、ロズウェル事件の会場となったニューメキシコ州のアズテックに生まれた。かつて、そこに第二次世界大戦前に若きウェルナー・フォン・ブラウン博士が来ていたといい、その下で米独共同研究が行われたというのである。 その研究テーマこそ「電気推進力」ないしは「電磁推進飛行体」ないしは「電磁推進発光円盤」であったという。 その時フォン・ブラウンの下で研究支援した米人の元作業員がライン博士の住んでいた近所に住んでいた。そこで幼少の頃から空飛ぶ円盤を頻繁に目撃していたライン博士はその人物に会いに行った。そして見どころのある少年としてその人と知己となり、親しくいろんな話を聞いて知ったのである。 そういう話の中に、実はナチスのヒトラーが戦前フォン・ブラウンを渡米させ、ニコラ・テスラの研究を内密に調査せよと命じたのであるという話を知ったのである。フォン・ブラウンは全米の研究所にスパイを送り込んで、ニコラ・テスラの科学技術がどこまで進んでいたのか、本物か偽物かを調査したのである。 その結果、テスラの電気推進力は本物であり、ニューメキシコ州のアズテックで円盤のエンジンの研究を米独軍合作で秘密裏に研究したのだという。その時の米軍の研究者の下っ端にゴダードがいたというのだ。もちろん、これが後にアメリカのゴダード宇宙センターの名のつくゴダードとなった。 フォン・ブラウンはドイツ帰国後当時すでに支配下となっていたノルウェーのバルチック海のドイツ側の海底基地(当時ドイツは山麓の洞窟や地下基地、北欧の山麓の洞窟や海底に基地を作っていた)でテスラ電気推進技術を用いた無翼飛翔体の研究を行ったというのである。 それが「p2計画」であった。今陰謀論分野ではちょっと知られるようになった、現在の「p2ロッジ」というフリーメーソンがあるが、その先祖、その走りが実はナチスドイツの空飛ぶ円盤研究計画だったわけである。 面白いことに、最初の研究段階で作った空飛ぶ円盤は何機もが失敗して海底に沈んだという。 これと最近の「バルチック海の海底の円盤」の発見 ・A Happy New Treasure ! : スウェーデン人探索家がバルト海の海底にUFOを発見か!? ・バルト海UFO探査に進展か!?:すでに謎の組織による妨害があるとか? があったが、あれはエイリアンの作成のものではなく、旧ナチスドイツのマンメイドである可能性が高いのである。だから、それを知られたくない欧米のナチス的組織が妨害するわけである。 もっともその円盤はナチスの円盤であったとしてもごく最初期のものだからかなり原始的なモデルであるらしい。だから、引っ張りあげてもあまり役には立たないかもしれない。 さて、ニコラ・テスラの電気推進力の原理の最も面白いところは何か? 俺もついにこの原理を理解してしまったが、このブログには余白がないため、ここに書くには狭すぎる。 というわけで、またいつかにしておこう。もっともライン博士の英語本を読めばそれですむわけだがナ。 いずれにせよ、この宇宙はエーテルで満ち満ちている。そして電子や陽子やいわゆる素粒子よりずっと微細な世界が待っている。 エネルギーというものはその超絶な微細構造の世界の住人がどれほど詰まったかによってストアされるものである。簡単にいえば、エーテルは物質であろうが空間そのものであろうがなんであろうがそういうものの中を浸透し行き来できる。 (物質界から換算すると、負の数値のエネルギーになる。) ある物質がエネルギーを持って運動するということは、その物質の中にどれだけエーテルが捕獲されたかで決まる。電子の波動関数とは、電子の運動によって捕獲されたエーテルの領域そのものである。 (捕獲というか、捕獲とすると、マイナスの負の数値となるので、物質界を基準にすると、放出というべき。マッド博士は物性脳なので、エーテル領域を負の領域と捉えているようである。) とまあ、こんな感じの新しい視点で空間や宇宙や物質や魂を理解する道がいまやすぐそこに来ているのだ。 ところで、やっぱりこのライン博士の説に既存の表の主流派物理学者の説の中で一番近いのは、Volovik博士の超流動・超電導の宇宙観であった。かなりライン博士の説と絶妙に符合するところが散見された。 ビッグバンの背景輻射は、単にエーテルとゼロ点振動である。ライン博士のいうところのエーテル=オムニオン+オムニトロンは、ヴォロヴィック博士のいうところの超流動の基底状態である。 素粒子とは、真空である基底状態から励起された素励起、物性物理学者の言うところの「準粒子」のことなのである。 ついでにこの際付け加えておけば、このライン博士の説明は、あくまでリアルのこの世界の話である。エーテルといえどもこの実空間内にある。これに宇宙人ユミットやロシアのサハロフ博士の「双子の宇宙論」と結びつければ、波動関数の実空間がこの世界を表し、波動関数の複素共役が虚の(あっちがわの)世界を表し、現実はそのクロスセクションであるという、シュレーディンガー−エディントン流の確率解釈も成り立つ。 こっちの世界とあっちの世界とがそれぞれ時間が逆向きに同時進行し、並行宇宙となっているが、実現する(観察される)現実とはその重なりである。とまあ、こういう解釈が晩年のシュレーディンガー流の思想である。 仮にこの解釈とライン博士のエーテルを無理やりくっつけると、ひょっとしたらエーテルとは「あっちの世界にある素粒子」=「だから見えない素粒子だが、相互作用だけする」というようなことかもしれない。 とまあ、いわゆる「ウィッテン(超弦)病」にかかった素粒子論や宇宙論の他にももっともっと興味深い論点があり得るのである。 まあ、一気にそこまで宇宙を理解できなくとも、少なくとも空気抵抗だけで空を飛ぶ機械やロケットの作用反作用だけで宇宙へ出るという原始的なエンジン原理の他に、電磁推進力を使って宙を舞うタイプのエンジンがもうそろそろ出来ても良い頃であろう。 エーテルは高周波数高電圧の電圧振動(電流振動ではない!)があると、固くなる!逆に直流高電圧があるとエーテルは柔らかくなる。なぜならエーテルは電気力線に沿って流れるからである。 したがって、周波数の異なりを使った電圧双極子を作ると、その物体は空を飛ぶ。しかもそれに接する周りの空気はイオン化して白色に発光する。 ちなみに、いわゆるフリーエネルギー原理もライン博士流エーテル理論で合理的科学的論理的に理解できるのである。 (以上抜粋終わり) ★ ★ ★ 物理学ででてくるエーテルは、アインシュタインの特殊相対論に関わるマイケルソンモーレーの実験から否定されたとされているが、唯物論では、地球の軌道を太陽系までしか想定していないのと、物質界を基準にすればマイナスの世界なんで、そのまま物質として検出されるわけがない。 というのも、唯物論の測定は、時間が過去から未来に流れることしか想定していないので、検出不可能なんである。そもそもエーテルは時間に束縛されず、未来から過去にも流れるから、物質としては捉えられないのである。 つまり端的にいえば、アインシュタインも、マイケルソンとモーレーも古典的オツムしかなく、量子論を想定できなかったから、エーテルを否定せざるをえなかったのである。だから、速度というのは初速があってはじめて意味をもつが、光の速度などという変な定義が生まれるのである。この変な定義により時空間を解釈するから、歪んだりするのである。それも一種の曲率という量子論なのだがね。 エーテルがあるというのは、マイナスの世界があることで、霊界のことなんである。 さて、そのエーテルの実体に迫るために、続けて、シュタイナーのエーテルの話を紹介する。 ★ ★ ★ さて、地球の生成過程に抵抗する人体内の働きとは、一体どういうものなのでしょうか。 その働きとは、根本的に、人体下部を、霊魂から自由にし、霊魂の働きを、人体下部から、とりあえず例えば、人体上部に押し戻すことに他なりません。 つまり、塩への渇望がある場合には必ず、人体下部が何らかの形で、霊魂の強すぎる働きから自由になろうとし、この霊魂の働きを、上部に押し戻そうとしている、のです。 下部に、それとわかる変調がある場合、この変調を知る手段や、この変調に起因する個々の症状については後に述べます。 では、この変調に対して何をすべきでしょうか。 さて、いま考察をさしはさみます。薬の使用に一面的な見方をしがちな人には、この考察は、警鐘となるかもしれません。鉱物薬に嫌悪感をもつ人がいますが、嫌悪感は取り除くべきです。 というのも、これから述べていきますように、植物薬は、何と言ってもやはり、ある特定の範囲(エーテル)内に限って効力を発揮できるので、更にもっと器官深部にまで効力を拡げるには、鉱物薬が大きな意味を持ってくるからです。 そこで、いま鉱物薬から考察を始めても嫌悪感をもたないでほしいのです。鉱物薬といっても、この鉱物薬の効力を、器官のなかの生命力にまで拡げるだけです。 特に、人体の下腹部の、上部との関係から生じるある疾患の治療法を確立するにあたって、非常によい啓発となるのは、なんといっても牡蠣の研究でしょう。牡蠣という生物の殻の作り方は極めて興味深いものです。 というのも、牡蠣は、その外殻の炭酸石灰を、(地球のように)内から外へと放出しながら生きているからです。人智学から、牡蠣を探究すると、なるほど動物の進化系統のなかでは下等に属するけれども、宇宙全体から考えると、比較的高次の進化段階に位置するのがわかるでしょう。 人間が自らの腸内フローラから思考として奪取し、担う生命力=エーテルを、牡蠣は、内から外へと分離し、殻をつくることで、他の生物のために役立てるので、高次の進化段階に位置するのです。 牡蠣が、殻をつくるために内から外へと導いていく生命力から示されるのは、もし、それが器官の発達と結びついたままなら、牡蠣を非常に賢くする思考器官などに進化したはすで、高等にしたはずのこの生命力を、牡蠣は放棄し、どのように内から外へと物質として導いたのか、を示す道筋が明らかになるのです。 このような考察から、この牡蠣の殻の生成を手掛かりに、炭酸石灰、いわゆるカルカリア・カーボニカの働きが読み取れるのです。つまり、霊魂の強すぎる活動を、物質体から奪取して、外へと導いていく働きを、具体的に手に取るように読み取れるのです。 さて、霊魂の過剰な活動が下腹部に影響を与える場合の病気について、これから見ていきますが、そのような特定の形で現れてくるのがわかったときに、内から外へと鉱物化を導く炭酸石灰の秘密に満ちた働きを通じて、牡蠣の殻などから、鉱物薬を獲得できるのです。 つまり鉱物薬による治療の本質として、この内から外への物質化のなかに治癒力が隠されているという事実を明確に知っておくべきです。カルカリア・カーボニカのような鉱物薬に結びついた人体防御力=治癒力や、それに類する鉱物薬全般の具体的な研究は、以上のような関係を探求してはじめて可能なのです。 さて、炭酸石灰の鉱物化に対して、その対極として相対するのは、例えば、燐の力と呼ばれている生命(エーテル)力です。 「炭酸石灰」や「燐」というような表現は、真の意味で、今日の唯物科学で通用している表現よりも非科学に聞こえますが、決してそんなことはなくむしろその逆です。 塩を代表とする鉱物全般が、溶解するのは、塩のような鉱物が、内から外へと不可視の光、いわゆるエネルギーなどを解放する際に、そのエネルギーに対応する物質として放出され、生ずるからなのです。 (負のエネルギー=エーテルが解放されると、物質が生じる。量子力学では基本事項。量子力学を知らないと、表現の理解は非常に難しい。) いわば塩のような鉱物全ては、その生成において、不可視の、マイナスのエネルギーを内にもたないように、自らから放出するわけです。 燐では事情は全く逆となります。ですから古代、先祖伝来の霊視の認識が、燐を光の担い手とみなしたのは、実際に正しいのです。なぜなら、燐が、不可視の、マイナスの光を実際に担っている事実を、古代の霊視力は正確に見抜いていたからです。 塩が自らから遠ざけたものを、この燐は自らのなかに担っているのです。 つまり塩の対極として相対する物質は、いわばマイナスの光、更には他のマイナスの、つまり熱などを、内面化して、自らの内の特性にするような物質なのです。 燐のなかにある、もしくは治癒に関し燐に類似する物質全ては、上述の事実に基づいています。従って、負のエネルギーを内に担う燐は、特にアストラル体と自我が、物質体に正しい形でアプローチできないときに、正しく調整するのに適しているのです。 ですから、ある患者が、個別の病気については更に後で述べますが、頻繁にみる夢に悩まされる場合、アストラル体が物質体から離れ、独自の活動をする傾向をもち、また更に、例えば、その患者の器官の周辺部に炎症があるなら、これもまたアストラル体と自我が正しく物質体のなかに位置していないことを示すものですが、そのような症状が明らかになったら、アストラル体と自我を物質体に正しく関わるように、燐のもつ負のエネルギーの力を使用できるのです。 不眠症に悩む人の、様々な症状に対しても、この燐を適応できるでしょう。というのも、燐は、自我とアストラル体を正しい形で物質体とエーテル体のなかに引き戻すからです。 このように、燐と塩は、ある意味、互いに対極的に相対しているのです。 そして注意していただきたいのは、古代の医学者や錬金術書にある「燐」「塩」などの言葉が、現代では、個々の物質の名称、つまり現代の化学によって個々の物質名に置き換えられているので、混同せずに、これらの鉱物が、宇宙全体の配剤のなかで、どのような位置を占めるのか、という真相に迫ることです。 更にこれから見ていきますが、燐に似た作用をする物質も鉱物薬として使用できるのです。 以上の考察から、外界の自然における塩と燐という二つの互いに相対する状態を定義できたわけです。そして、この両者の中間に位置するのが水銀です。 人体を、神経=感覚系、循環系、新陳代謝系という3つに大別でき、循環系が新陳代謝系と神経=感覚系の間にあって両者を仲介するのと同じように、外界の自然では、塩ほど強く自らの生命力を放棄せず、かといって、生命力を強く自らのなかに保持するわけでもなく、いわばこの両者の働きの間で釣り合いを保つために、自らを液状に生成し、両者を仲介しているのが水銀です。 というのも根本的に、水銀は、内力の均衡を常に保つ性質から、水滴状になる傾向を持っているからです。 この「水銀」という言葉は、今日の水銀と呼ばれる物質ではなく、鉱物として負のエネルギーを放出する傾向をもつ「塩」と、負のエネルギーを自らのなかに蓄積し、保持する「燐」の間で、釣り合いをとる力の総称なのです。 つまり、水銀のなかに明らかに含まれている均衡力を研究することが肝要なのです。 従って、以上の考察からわかるでしょうが、この水銀は、燐の働きが治癒に適する病気と、塩の働きが治癒に適する病気との間に、平衡を与える働きが治癒に適する病気に、本質的に関わるのです。 上述した水銀のなかの働きが、人体に平衡を与えることは、梅毒やそれに類する疾病に、この水銀(現代の意味での「水銀」ではなく、「液状の鉱物のこと」)を適用することで治癒をもたらすことで、後に述べますが、明らかになるでしょう。 ★ ★ ★ アクエリアス時代とは水、つまりエーテル流の時代のことかもしれない。
2016年02月09日
コメント(0)

この国はアホバカが政権をとってから、ネットでは東朝鮮と呼ばれてもいるのだが、北朝鮮と似たり寄ったりの格差社会が到来している。 全く血は争えないというものだが、アホバカの特徴を一言でいうなら、自分がしでかした失敗を、他人のせいにするところにある。アホバカは最高責任者なのにも関わらず、口先だけで、責任を丸投げしている。 日本経済をてめえの腹痛のようにしてしまった最高無責任者なんであるという話を、お馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ ゲリノミクスで日本経済が危篤状態 http://my.shadowcity.jp/2016/02/post-8778.html 現職の総務大臣が、「自民党マンセーしないと停波」と脅すというんだから、もう末期症状ですw なんでそんな無茶を言い出したのかというと、追い詰められているから。ホントの事を報道されたら、選挙で負けてしまう。アベシンゾーは悪い調査数字を持って行くと怒るので、捏造した数字しか見せられない。その場は誤魔化せるが、インチキが積もり積もって、いつか、騙しきれない時が来る。で、いよいよ企業の業績も悪化ですw 中国経済の減速や商品市況下落の影響などから、日本の企業業績の落ち込みが急だ。四半期ベースでみると、およそ3年前に安倍政権が再始動して以来、初めて事前予想を下振れる企業の割合が上振れる企業に勝る見通し。グローバル投資家から得ていたファンダメンタルズに対する信頼感が揺らげば、日本株の先高観に黄信号がともる。 ブルームバーグ・データによれば、1月1日から2月5日までに四半期決算を発表した東証1部企業のうち、純利益がアナリスト予想に比べ下振れた企業の割合は52%、上振れた割合は48%となった。下振れ企業が多くなるのは、アベノミクス相場が本格始動する直前の12年10-12月発表時(下振れ57%、上振れ43%)以来だ。 粉飾決算はオシマイです。現実と向き合う時期です。シャープや東芝は「潰れました」で済むが、人間はそうも行かない。景気が良かろうが悪かろうが、メシを食うし、うんこも垂れる。 ★ ★ ★ インチキと出鱈目しかできない裏口入学だけが取り柄のボンボンの出来損ないがこの国を破滅に追い込んでいる。似たような境遇で育ったオバカブッシュが米国を破壊したのと同じ構図で、雇い主が米国戦争屋なんである意味わかりやすさはある。こいつらはユダというべき人類の裏切者たちである。 この国では若者は定職につけないので、安定した人生計画が立てられず、業界の浮き沈みで職を転々とするしかなく、老人は物価上昇とは逆に次第に減らされる年金じゃ暮らせずに、若いときに組んだ住宅ローンも返せずに、借金地獄に陥っているという話を巷のTVでよくみる昨今である。 要するに、インチキと出鱈目しかないほど悪くてアホバカということである。 インチキと出鱈目は続ければ続けるほど麻薬患者のように社会を駄目にし、地獄化していく。 さて、先日、「その話…諸説あり」という面白い番組をみた。この番組は、伝説の諸説の出所などを調査し、ただ調査結果のみを披露するもので、第一回は桃太郎で、第二回は忠犬ハチ公、秋田美人、ガガーリンの言葉などであった。 桃太郎は、伝説の伝わり方と地方の観光事業との絡みで、諸説が生まれたというのが、ある程度わかったが、八切史観のように民族差別までは言及していなかった。 八切氏によると、桃太郎は、唐=桃=トウの用心棒が、日本原住民=オニを討伐しにいく話だという。恐らく原住民の反乱をおさめに行く話に思える。 しかし、第二回の調査で、ハチ公の美談やガガーリンの言葉のインチキさがわかって面白かった。番組によると、ハチ公は美談となっている「飼い主を待っていた」のではなく、当時渋谷には屋台が多く、屋台のおこぼれを拝借しに行っていたというのである。 その説を補強する証拠と証言もあり、ハチ公は死後解剖され、胃のなかから焼き鳥の串らしきものが発見され、また飼い主は東大の研究者なので、帰宅時間は不定期で、いつも五時に待っていたというのがおかしいこと、また当時、ハチ公は、頭はあまりよくなかったらしく、馬鹿犬、恥公などと渋谷界隈では面白おかしく茶化して呼ばれていた、という風評もあったそうである。 また、ガガーリンの言葉「地球は青かった」は明らかな捏造ということがわかった。ガガーリンはもっと長い文を発言していたそうである。それでは恰好がつかないので、いつのまにか、「地球は青かった」というようなキャッチコピーのようになってしまったようで、それを聞いたら、本人も驚き仰天で、青ざめだろう。 この番組からもわかるように、諸説を調べてみると、通説となっている話がいかにもインチキ塗れで出鱈目に近い、ということがわかる。 是非、本能寺の変や坂本龍馬暗殺などもやってもらいたい。八切史観では、通説は嘘とわかっているからである。 本能寺の変の首謀者は光秀でなく、龍馬という人物もほとんどが虚構であるからだ。 このような嘘やインチキ、出鱈目がどのようにつくられるかといえば、現代からもわかるが、政権に不都合な話などを闇に葬るためであることがわかる。 以下のように支持率を改竄する連中は皆消滅して地獄に行ってください! インチキと出鱈目を続けられるほど世の中は甘くないと思います。むしろそのようなアホバカこそ恐ろしい天罰が下されることでしょう。なにしろ仲間や人類同胞を裏切ってきたのですからね。 ★ ★ ★ ★ ★ ★ このダマスゴミの嘘の支持率は、アホバカ政権とどれだけ癒着しているかの目安にはなるが、インチキと出鱈目の共犯者であるダマスゴミはウイルスなので、すみやかに駆除され、消滅しないと、日本社会がインチキと出鱈目により破壊され、国民の生活が次第に困難になっていくだろう。 正直者は日刊ゲンダイ位なもんである。 ダマスゴミのこのようなインチキに騙されないようにシュタイナーの話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ ご存知のように、この医学分野では論争が絶えず、これから先、詳しく説いていく治療法も、激しい論争の渦中にあります。これらの論争のなかで、特によく知られているのが、ホメオパシー(同症療法)志向の医師たちと、アロパシー(逆症療法)志向の医師たちとの間の論争です。 さて、人智学では、どのようにこの論争に介入するのか、について大変興味を引くことかもしれません。この論争への介入については、さしあたり一般論を述べ、個別の病気を扱う際に更に詳しく立ち入っていきたいと思いますが、本質的に、この論争はかなり偏見に満ちていて特異で、介入するにはかなり困難です。 というのも、人智学では既に判明している事実から、根本的に、アロパシーは存在しないからです。なぜなら、アロパシーを意図して薬を処方しても、人体内では、最終的にホメオパシーの経緯を辿ることで、治癒するからです。 したがって表向きはアロパシーでも、その裏の人体がもつホメオパシーの原理の本質により、治癒に至っているので、表向きアロパシーでも、裏ではホメオパシー(防御反応)の原理が働いているからです。 (解熱剤を投与して熱を下げようとするほど、人体は、解熱を無効にし、熱を上げようと抵抗する、ということ。) 人体は、アロパシーで意図されない防御反応、つまり薬の個々の成分の止揚(中和作用)を実行しているのです。 ですからやはり、人体から、このような類の防御反応=ホメオパシーを取り除くか否かについて、かなりの差異が生じます。人体の治癒が、投薬に対する防御反応=ホメオパシー化される際に、徐々に現れてくる症状と関係しているため、アロパシーは結局、ホメオパシー化される(防御反応を誘発させてしまう)のです。 外界の物質が通常もつ性質は、人体にとっては、対立するもの(有害)なので、外界の物質を異物として摂取することになるので、アロパシーを意図して薬を与えると、防御反応によりアロパシーを無効化(中和)しようと抵抗力を人体に負わせるので、結局、人体に多大な負担をかけ、支障をきたしてしまうのです。 物質から人体に対してのホメオパシー(防御反応)化を取り除くのが不可能な場合について、特にもう少し述べていくつもりです。 (要するに、異物として認識させないようにするのが不可能な場合) さて、これまでの話からわかるようにホメオパシーとは、根本的にいえば、自然のなかに潜む隠された性質を注意深く観察し、探ることから、学びとられてきたものなのです。 その調査の際に、これから見ていきますが、神秘主義的な論理の飛躍や非現実的な逸脱をしてしまったことがあったにせよ、なんとか自然の観察から獲得されてきた叡智なのです。 しかし、重要なのは、人間と外界の環境との個別的で内的な親和関係をどのように認識し、それに基づき、治療法を確立していくかにあります。 これまで述べてきた、古代の医学書を当時の解釈で読み解けば、治療に役立つ知識が得られるかもしれませんが、当時の環境とは、現代は全く異なり、古代の医師たちの発言を、そのまま再現することはできません。 だから、現代科学のあらゆる手段をもって、人間と外界の環境との相互関係に入り込んでいかねばならないのです。 まず確認しておくべきことは、物質の化学的な調査、いわゆる個々の物質を実験室などで実験することで、その性質を明らかにし、治療法を探る手法では、あまり多くの治療は期待できない、ということです。 既に示唆しましたように、顕微鏡などによる観察よりも、巨視的な観察、つまり宇宙の観察から得られる知見に治療法を求めていかなければならないのです。 では、そこでまず、非常に意味深い、天の配剤について述べてみましょう。この天の配列は、外界の自然が、人体を三つに大別することで、各々どのように対応しているのか、という事実を提示してくれるものです。 特に注目すべきものは、温泉のミネラル分が、人体の鉱物化の抑制を示すことからもわかるように、自然の鉱物化とは逆のミネラル化(可溶性)を示す経過です。 (この可溶性の経過とは、未来から現在を経て過去に流れる時間を基にする運動) この可溶性とはすなわち、地球という惑星の進化過程では非常に大きな意味をもつ最後の特性なのです。地球で、分離された固体のほとんどは、実際、基本的に、宇宙的な溶解過程に還元できるのです。 宇宙的な溶解過程がこの地球で解消される際、地球の生命力が奪われ、固体を沈殿させてきたのです。しかしながら、固体の沈殿物を、機械的に堆積したものと想定し、地学や地質学にその基礎付けを求めたりするだけでは、表面的です。 つまり、地球という生命体への固体の組み込みという地球の生成自体が既に本質的意味において、溶解した液体の状態から自らを結晶化させ、あるいは自らを沈殿させている、という特殊な状況下にあるのです。 ですから、外界で、固体化(鉱物化)に対する溶解過程が実現しているというのは、人間がかつて自らの内から外へと出した過程と関わっていると考えられるのです。つまり外界で溶解が生じるのは、人間がかつて自らの内から出した経過に関連して起こっているわけです。 以上の観点から、外界での宇宙の溶解過程が人体内の経過とどのような関係にあるのか研究するのが重要となるでしょう。 いま、言及した関係から、基本的に重要なことは、霊魂と肉体-エーテル体があまりに強く結びついている人たちの器官は、塩分(鉱物)に対して渇いている、あるいは飢えていることがわかり、つまりそのような体質の人は、人体内で、塩の沈殿過程(鉱物化)を逆行させたがっていることがわかります。 すなわち、塩分に飢えている人は、地球の生成過程(鉱物化)を人体内で放棄しようとしていて、根本的に、塩(鉱物)を溶かすことで、つまり地球が固体化した前の、地球の液体状態へと後退させようとしている、ということです。 このような自然と人体のなかの隠された関係、つまり共通の真実に目を向けることが特に大切なのです。 このような真実に到達することで、人体と自然との本当の関係を洞察できるのです。人間の自我の本質として、外界で実現している経過を逆行させ、人体の器官を通じて、自然の経過に抵抗しようとする要求がある、と言えます。 以前述べたように、脳を支えるために脳水を通じて浮力を生じさせ、重力に抵抗することが人体内で起こっているのですから。このように人体内には総じて、自然に抵抗する傾向が存在しているのです。 ★ ★ ★ 人間は自然と闘いながら共存の道を探っているのである。インチキや出鱈目だと自然に打ち負かされ、滅ぼされる。自然を舐めてはいけない。次回に続く。
2016年02月08日
コメント(0)
巷はアホノミクズで日本経済は阿鼻叫喚で、地獄と化していますが、そもそも腹痛で逃げたアホを性懲りもせずに、総理なんかにするから、世の中おかしくなるわけで、アホを総理にした米国戦争屋が全責任を負って地獄にいけばいい話なんである。 地獄をつくった人は、自業自得で皆地獄にいってくださいね。 さて、前回はシュタイナーの人体の二元性の話を紹介したが、手前味噌な話なんだが、若いとき、免疫現象に興味をもち、カオス理論を使って数式化できないか模索中に、自己免疫疾患を勉強したことがあって、その絡みから慢性関節リウマチも少し齧ったことがあって、リウマチの専門医から、リウマチ患者はガンにあまりかからない、という話を聞き、リウマチなどの自己免疫疾患と、ガンやエイズなどの免疫不全疾患との間に、一種のT細胞ネットワーク理論を打ち建て、そのカオス(非線形)モデルを使って、漠然と両疾患の違いを理論的に説明しようと考えたことがあったが、シュタイナーの人智学のエーテル論で既に同じような話がやられていたので、ちょっと馬鹿らしくなって、人智学の勉強に走ってしまったというのが、吾輩の現状へと至る経緯なんである。 リウマチは主に関節に炎症、花粉症は主に目や鼻の粘膜に炎症という発症部位の違いはあるが、自己免疫疾患という括りでは同じである。 なんでも、巷では最近になって、花粉症患者がガンになり難いということがわかってきたという話をお馴染みのサイトにみつけたので以下に紹介する。 ★ ★ ★ 「長所」と「短所」は表裏一体 http://my.shadowcity.jp/2016/02/post-8775.html 花粉症の人はガンで死ぬ確率が半分、というんだが、そういや前に、「結核患者はガンにならない」というのもあったな。色々と仮説は立てられるんだが、免疫機能がシッカリしていると、ガンになりにくいのか? ストレスが多いと、免疫機能が低下して、ガンになりやすいとか、ありそうです。 そろそろ花粉症持ちの人にとっては、イヤな時期がやってくる。 6日に放送された「世界一受けたい授業」(日本テレビ系)では、花粉症に関する新たな研究結果が発表されたことを放送した。 花粉症のスペシャリストである、東京新宿メディカルセンターの石井正則医師によると、昨年10月に、東京大学医学部研究チームの発表で、花粉症のある患者の8,800人を追跡調査を行ったところ、そうでない人と比べると、ガンによる死亡率が52パーセントも低いことがわかったという。 花粉症は、体内の免疫機能が過剰に反応して起こるアレルギー症状のひとつ。 免疫機能が活発なので、ガン細胞の増殖を防ぐ力が強いのではないかと言われているそうだ。 ★ ★ ★ このブログでは以下のように既に約8年前に「花粉症は、上への炎症として現れるので、この下への腫瘍傾向を、いわば抑制するともいえるが、どちらにせよ、人体が汚れている、不適材不適所に在ることには変わりがないであろう。」という、人智学による見解を紹介している。 要するに、人体の汚染ゴミが上にいく(花粉症などの自己免疫疾患)か、下にいくか(ガンなどの免疫不全疾患)の違いでしかない。また最近になって、ガン細胞は実は汚染を除去しているのではないか、という説なども浮上している。 まとめて人智学的にいうなら、自己免疫疾患は、自我の我儘にあり、免疫不全疾患は、自我の破綻(分裂)にあるといえる。 花粉症 http://plaza.rakuten.co.jp/5dolphin/diary/200805010001/ そういうわけで、世間がようやく人智学から得られる知見に気づきつつあるので、続けてシュタイナーの医学の話を紹介する。 ★ ★ ★ 人智学の考察により、病理の所見から、具体的な治療法へと進めるように、両者の間に橋を架けるのに必須な霊的な叡智へと、人類が次第に参画していくことで、治療の原理を示せても、実際には応用できていない具体例にも言及することが必要となってきます。 とはいえ、この治療の原理から、患者を治療する際に、考慮すべき個々の所見を引き出せるでしょうし、少なくとも、断片的な診断から、どのように病気を捉えるべきかが、わかるでしょう。 とりわけ不可欠なのは、極めて特殊な病気でも、目の前の病人の全体像を把握することです。この全体像の把握とは、病人の誕生日まで本来は探るべきなのです。 医療関係の人と患者について話すことがあるのですが、しばしば驚かされたのは、その患者は何歳ですか、と尋ねると、患者が何歳なのか応えられなかったことです。 患者の年齢についてかなり正確に知っておくことが、この全体像の把握に必要なのです。というのも、患者の年齢にかなり治癒が左右されるからです。 更に重要なのは、患者の体格です。つまり背が低くずんぐりしているのか、それとも背が高くひょろっとしているのか、という体格を正確に見定めておく必要があるのです。 この体格から推定して、人智学で呼ぶエーテル体が、どのような性質なのかを、ある程度把握できることが大きな意味を持つのです。この「エーテル体」などという表現はいかにも如何わしく感じられるでしょうが、他に適当な表現がないので、このように呼びます(日本語では「気功」、「幽体」もしくは「生命体」とも呼ぶ)。 さて、このエーテル体の強さとでもいうか、そういう力が、患者の体格から判定できるのです。特に、患者が若いときにゆっくり成長したか、速く成長したか、また、長い間小さいままだったか、わりと早い時期に背丈が伸びた後、成長がゆっくりだったかどうかなどをできる限り知るべきです。 こういう成長の強弱などは、物質体に対するエーテル体、いわゆる人体の機能的な発現の関係を示しています。人体内での薬の効能を知るなら、考慮すべきことなのです。 更に必要なのは、物質体と、エーテル体よりも高次の構成体との関係、すなわち人智学でアストラル体と呼ぶ魂と、自我[Ich]と呼ぶ霊との関係を把握することです。 患者の肉体、エーテル体と合わせて以上2つの計4つの構成体を把握することが必要なのです。 ですから、例えば夢をよく見るか、あまり見ないか、といった質問をすることも厭わずに、もし患者が夢をよく見るのなら、アストラル体と自我がそれぞれで自身の活動を展開する傾向を持つのを示し、つまり、それらが物質体に、それほど入り込まず、それほど密接でないのを示し、霊魂が人体の器官のなかにあまり浸透していないことを明示するからです。 更に確認しておくべきことは、患者にはあまり愉快でないかもしれませんが、患者が活動的で勤勉なのか、それとも怠惰な傾向があるのか、ということです。 (昨今のモンスター患者のほとんどは質問しなくても、その発言から怠惰な傾向とわかるが) というのも、怠惰な傾向のある人は、アストラル体と自我が非常に活発だからです。理屈に合わないように思えるかもしれませんが、この活発さは、物質体やエーテル体には、無視され、無意識のものになっているからです。 高次の構成体の活発さが、低次の構成体に認識されないため、患者本人の意識も勤勉ではなく、全体では怠惰なのです。 この「怠惰」とは、高次の構成体が、低次の構成体を制御する能力の反対の意味で、つまり、アストラル体や自我が、物質体やエーテル体を、実際の活動へと導く能力に乏しいことを意味します。 (上司が部下を随わせられない) だから、怠惰な人とは、この能力に乏しく、人智学では、意識が眠っている人なのです。 続いて確認しておくべきことは、患者が近視か、遠視か、ということです。近視の人は、自我とアストラル体が、物質体に対してある種抑制されています。近視とは、霊魂が、肉体=物質体に関わろうとしない、という最重要な徴候の1つなのです。 更に将来、実施可能な、病気の治療にとって極めて重要と思われることを指摘しておきたいと思います。歯科医が、歯や消化器官などに関する知識を、次のように用いると、治療に極めて有用となるでしょう。 歯科医が治療の度に、歯や消化器官などの新陳代謝系の成長図を、カルテとして患者にわたすことで、その知識を活用できれば良いのです。 その成長図には、歯の成長に関する活動全般と、それをどう診断したか、比較的早い時期に齲(う)歯[Zahnkaries 齲触症、齲歯、虫歯]への傾向があったか、また比較的高年齢まで歯が良く維持されているのかどうか、などを記録するわけです。 この歯の成長や消化器の発達は、人体の全体像を把握するのに非常に意味のあることです。 個々の病気の症例から、治療しようとする医師が、このような健康の指標を、歯の状態から読み取れるようになれば、きわめて重要な治療法の指針となるでしょう。 更には、患者の食の好み、特に、例えば塩分を欲するか、あるいは塩分よりも他を欲しがるかどうか、などを確認しておくべきです。また特にどのような食品を欲しがるかなども聞いておくべきでしょう。 塩分全般を欲しがるなら、自我とアストラル体が、物質体やエーテル体と非常に強く結びついている状態を、いわば霊魂と物質=肉体とが極めて強い親和性を示していることがわかります。 同様に、このような強い親和性を実際に確かめるには、肉体に運動をさせる、例えば、肉体を急速に回転させるなどで眩暈が引き起こされるかどうか、運動の際に眩暈などの発作を起こしやすいかどうかを確認しておかねばならないのです。 そして更に調べておくべきことは、一般にもかなりよく知られたことですが、分泌の障害などの腺の活動全般についてです。というのも、分泌の障害があれば必ず、自我やアストラル体と、エーテル体や物質体との結合にも障害があるからです。 以上、患者を治療する際に根本的に知っておくべきことを1つ1つ挙げて参りました。1つ1つの確認事項から、それらが構成体にどう関わり、どのような方向に向かわせているのか、を理解する必要があります。 また、生活の習慣、例えば、比較的綺麗な空気を呼吸しているのか、あるいは不衛生な空気を呼吸しているのか、といった環境等を質問することなどについても、後に述べていきたいと思います。このような質問は、個別的な疾患を議論するときに、考察しようと思います。 さて、以上のような質問から、治療すべき患者がどのような性質をもつのかについて、全体像がほぼ得られるでしょう。薬をどのように調合し、個別的に処方すべきかは、上述の質問からなる全体像を熟知してはじめて可能となるのです。 さて、いままで述べてきたことからも明らかですが、一般的に、人間と外界との間には内的な親和性がある、という事実を指摘しておきたいと思います。 さしあたり「内的な親和性」と抽象的に言われている事実は、人智学では、人間は進化していくうちに、自らの内から外へと出してきた外界は、人間の内面の本性と親和性を持つ、といわれています。 人体の個別的な器官の病気の治療に際して、このような抽象的な「内的な親和」関係から生じる親和性を繰り返し具体的に指摘していくべきでしょう。 さしあたり特に明確にしておくべきことは、治療に際して、そもそも人間と外の自然との「内的な親和」関係は、何に由来するのか、ということです。 ★ ★ ★ 次回に続く。全ては一見迷路のようにみえるが、全てがつながっているのである。
2016年02月08日
コメント(0)
アホ政権が窮地に陥ると援護射撃のようにマッチポンプで北朝鮮のミサイル騒動が勃発するが、先日国会をみていて、この国は終わりだなと心底感じるようになってきた。 下手な三文芝居よりも酷い税金を払う価値のない国会などやる必要があるのだろうか、と純粋に思った。あれなら官僚同士で答弁させ、議員なんかどうせ官僚の作文を読み上げるだけの演技力ゼロの能無しなんで、全員クビにしたほうがわかりやすいのではないかと思う。 前から麻薬やってるのではないかと思われてた某元野球選手がやっぱりやってて警視庁に捕まったのと同じで、いまのアホバカ政権はアホバカという汚職麻薬中毒の輩ばかりである。現政権なので捕まえられないのだろうか? アホバカ総理なんてもう言動が麻薬中毒者と見分けがつかないほど劣化している。 汚職して辞職したから支持率増加インチキを発表するダマスゴミも同罪で地獄行きである。 あんなもんに税金を払うくらい無駄なことはなく、あんないい加減な芝居で、予算を勝手に決められたら人間としての生活が忽ち破壊されてしまう。現にほとんどの若者や老人の生活はもはや人間というよりも獣のような奴隷生活を強いられている。 このような悲惨な状況をつくりだしている政治家たちはどいつもこいつも地獄行きの面々である。このような政治家をみていると、カネに心の目が眩んだ唯物論者であることがわかる。 唯物論者は、自分の生存しか頭にないから(といっても最後は皆死んでしまうが)、獣と同じ腐敗した精神性にある。このようなことを書くと、唯物論者が、「動物を馬鹿にするな」と勘違い発言をするのを聞かされることがある。 動物と同じという意味は、思考できない、思いやりがない、感情が制御できない。強いモノに怯える。暴力的である。というような、動物がもつ悪い偏った性質の意味で用いているのであって、人間以下といっても、唯物論者は、外見が人間だから、人間以下の存在を想像できないから、目にみえない妖怪や怪物で喩えても、見えないものを馬鹿にするので、他に喩えようがないので、仮に「動物=獣」といっているだけにすぎない。 だから、動物を馬鹿にしているのではない。動物のようになる、という本当の意味は、物質界では、自分で判断し自分で行動できる自我をもたない、場当たり的な奴隷のような存在になってしまう、という意味なんである。現にカネの奴隷になっているアホバカもいるわけである。 精神性が低いといっているのである。現にそのようなアホバカは相手の気持ちを察することなく、空気が読めず、自分の気持ちが良ければ他は無視だからである。 さて、唯物論者は、死んだら意識がなくなると信じ込んでいるようなので、その通りに意識を消してしまうのだろう。実際、その考え自体が既に、その考えの奴隷なのである。 要するに、死後の世界について思考できないので、思考をやめるというわけで、何も死後でなくでも思考をやめることは可能で、認知症などでも明らかである。現に睡眠中は、覚醒意識を失っているわけでもある。 唯物論者は唯物教なんで、何をいっても無駄だから、勝手にしなさいとしかいいようがないが、そのような自己暗示のような洗脳から抜け出るには、死後も意識を失わないということを知らないといけない。 では死後人間の霊魂はどう生きるのかといえば、生前の行い、つまり他の人や環境に対して自分が行ってきたことが、自分に返ってくるので、それによって生きるというのである。 一言でいうなら、プラスがマイナスになる。 物質界での物質的見方では、自分が他の人に対してやってあげたことは、他の人にはプラスで、自分にはマイナスになる。だから、他の人が自分にやってくれるほど自分のプラスは貯まっていくわけで、それが物質的には、カネなどに換算される。 しかし、死後は、それが逆転するので、プラスは、マイナスになってしまうから、物質的に豊かな人は、死後の世界では忽ち貧困に陥ることになる。 物質的にマイナスの人は、忽ち霊界のあの世ではプラスに転じるわけである。このカラクリを悟ったから、仏陀やキリストはホームレスになってまで他の人に奉仕し、マイナスを増やしたのである。 だから、キリストは、金持ちが天国に行くのは、縄を針の穴に通すよりも難しいと言ったのである。 また、以前紹介した「地獄の沙汰も金次第」という諺も、この意味であるので、以下に再度紹介する。 ★ ★ ★ 地獄の沙汰も金次第 http://dic.pixiv.net/a/%E5%9C%B0%E7%8D%84%E3%81%AE%E6%B2%99%E6%B1%B0%E3%82%82%E9%87%91%E6%AC%A1%E7%AC%AC 誤解 一般において、「地獄の裁判も金の力で有利になる。この世はすべて金の力で左右されるというたとえ」などと書かれた辞書さえ存在するが、これは言葉の意味を履き違えたとんでもない誤解である。 本当の意味 このことわざの元になった話が存在しており、それによれば詳細は次の通りである。 『あるところの山寺に、麓で多くの使用人を使う長者様が亡くなられ、そのお葬式をお願いしますと依頼が来たので、和尚が葬儀の準備していると、和尚にその長者が地獄に墜ちていく光景が見えて来たのです。 このままでは長者さんの霊は地獄に墜ちてしまうと、直ぐに小僧を長者の屋敷に走らせて、「長者さんの全財産を村人に分けなさい。そうしないと長者さんの霊は地獄界に墜ちますよ」と知らせました。 長者の遺族は、地獄に墜ちるのでは大変だと、直ぐにその財を村人達に分けた。その結果によって、地獄行きの沙汰が変更になったのです。』 というのが元になった原話で、解るとおり一般に知られる意味は大間違いで、庶民の小金のことではなく大金持ちに対して「余りある財を捨てて世のため人のために尽くし“徳”を積みなさい」と説いているのである。 そもそも金はあの世に持っていけないのだから間違った方の解釈は無理がある。 ★ ★ ★ せっせとカネを稼ぐ金持ちたちは、この世の貧困や地獄が恐ろしいから、カネを蓄えるのだろうが、それだとあの世の地獄が待つことになるのを理解できないアホバカなので、この世の地獄以上にあの世の地獄が恐ろしいとは思わないのかもしれない。 汚職をしても、その恐ろしさに鈍感な政治家たちをみればわかる。それはもはや他人からバッシング受ける以上の自分で自分を許せない永遠に自己バッシングを続ける状態と考えればいいだろう。この世の地獄よりも恐ろしいところなんである。 あの世の地獄に行くくらいなら、この世の地獄の方がマシだ、という意味を、「影の国(冥界)の王であるよりは、表の世界(現世)の乞食 でいるほうがよい」というオデュッセイアにでてくる言葉はもっているのである。 古代ギリシアでは、ソクラテスに代表される霊能者がまだ残っていたので、死後の世界がみえたし、だからこそ、ソクラテスは毒杯を飲んだ。 昨今の糞坊主は金儲けばかりで、不勉強で、あの世の事に全く無知だから、代わりに、あの世の話を紹介しているわけである。 この世はあの世からなるということを実感していただくためにも、シュタイナーの話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ さて重要なのは、人体が鉱物化の傾向をもっている、ということです。 腸内の動植物の生態の基礎を成す生命力が、人体内で(感染症として)いわば独立し得るのと同様に、この鉱物化の傾向も独立し得る可能性があるのです。 では、この鉱物化の傾向を、どのように抑制しなければならないのでしょうか。 鉱物化を抑制するには、鉱物化の傾向をなくすように、鉱物化を絶えず抑制するための楔を打ち込む以外にありません。 この鉱物化の抑制こそが、植物薬から、動物の血清療法を経て、鉱物薬を用いた治療法へと適用していくべき鍵となるのです。鉱物薬なしでは、鉱物化を阻止できません。というのも、鉱物化の傾向、いわゆる普遍的な硬化の傾向を抑制する拠り所となるのは、人体内の鉱物化が、外界の鉱物との関係により成立するからです。 その際、鉱物を外界にある状態のままでは人体に摂取できません。そこで、ホメオパシーの原理を用いて、外界の鉱物の活動、つまり鉱物化と反対の対極にある、その抑制力を人体内で発揮できる鉱物を探り出されねばならないのです。 よく指摘されてきたことで、実際に正しいのですが、温泉などの微小なミネラル成分に注目すれば、治癒力のあることがわかり、温泉では、鉱物化に対して、その抑制力が働くというホメオパシーの原理が顕著にみられるのがわかります。 鉱物化の抑制力は、日常生活でみる外界の物質に関わる様々な力から、鉱物のなかのエネルギーを解放する瞬間に、ホメオパシーの原理として、現れることがわかります。つまり、鉱物化を抑制するには、ホメオパシーの原理を用いて、その反対の力、つまり鉱物からエネルギーを取り出すことが重要です。 しかし、ホメオパシーの原理については別の章で述べようと思います。 現段階で、述べておきたいことは、次のようなことです。比較的若い研究者にお薦めしたいのですが、動物種の違いによる腸全体の進化、魚類から両生類、爬虫類を経て鳥類に至る腸の進化と、特に両生類、爬虫類の腸の進化の違いはきわめて興味深いものですが、また哺乳類そして人類にまで至る進化について、比較研究すれば、次のような事実にきっと気づくはずです。 つまり、進化が高度になるにつれ、腸に特殊な変化が起こり、例えば盲腸ができてくるのです。 すなわち、人類の腸に、後に盲腸となる原基が現れ、下等な哺乳動物や、鳥類の腸から何らかの機能がなくなり、盲腸の原基が現れてくることに気づくはずです。 魚類には大腸がなく、いわば高度な進化を遂げていく過程で、大腸が、複数の盲腸に変化していくことがわかり、人間では盲腸は1つ現われてくるが、複数の盲腸を持つ動物種もいるのです。 このような動物種の進化による腸の発生の違いから、動物種全体の進化における独特な相互の、この場合は、大腸と盲腸の関係が発見できるでしょう。 本来、このような相互の関係こそ、比較研究から厳密に指摘すべき事実なのです。唯物論では、お馴染みの疑問、一体、何のために、盲腸のような、外界とはほとんど無関係で、閉じている腸があるのか、という問いが必然的に起こってくるのです。 このような疑問では、次のような必然的な事実が無視されています。 実際、人間は、二元性(陰陽)を用いて、自己の存在を現わしているという事実です。 従って、人体でいえば、下部につくられる器官は、同時に上部につくられる器官と、二元性をもち、下部の器官が、発達進化できなければ、その器官と二元性の対極にある上部の器官が発達進化できない、という事実を無視しているのです。 そして、動物種の系統では、前脳が発達進化すればするほど、人類は、後に発達進化させたのですが、それだけ一層、脳と対極にある腸は、食べた残りを、蓄積する方向に発達進化するのです。 腸の発達進化と脳の発達進化の間には密接な関係があり、動物種の進化系統において大腸や盲腸が現れてこなかったら、物質界の情報を蓄積し、思考する人間という生物も生まれなかったでしょう。 というのも、人間が、脳すなわち思考の器官を持てるのは、腸が材料を蓄積し準備するからで、脳の思考は、全くもって腸が、蓄積の器官のおかげだからです。 だから、腸は脳の忠実な裏面なのです。 (昨今では、腸内フローラを整腸することで、脳の働き、思考力が高まることもわかってきている。) 人体の上部で、思考するために、物質活動を免除するには、下部につくられた大腸や膀胱に、その代わりを担わせなければならないのです。 このように、物質界に現れている、人間のまさに最高の霊魂の活動は、完全な脳の形成と結びつくのと同時に、腸の形成とも結びついているのです。 これは極めて重要な関係であり、自然の創造全体に途方もなく多大な光を投げかけるものです。さて、たとえ幾分逆説的な答えになるにしても、人間になぜ盲腸があるのか、という疑問には、人間が、それ相応に思考できるため、と答えられる。 というのも、下部の盲腸に対応するのが、上部の脳であり、下方にある器官は全て、上方にある器官に対応しているからです。 このような事実から、霊能力を再び獲得しなければなりません。当然ながら、霊能力を遺伝的に受け継いでいた古代の医師たちの治療法を、今日そのまま模倣することはできません。古代の知識が失われてしまい、書籍が残っていても、ほとんどが解明不能になってしまったからです。 それでも、このような事実から、再び霊能力を獲得しなくてはならないのです。このような霊能力から得られる知識の獲得にとってまさに最初の障壁になっているのが、このような事実を無視し、探究しない唯物論的な医学教育です。 今日の自然科学や医学にとっては、脳は全く1つの独立した内蔵器官であり、下腹部にある腸も、同じく1つの内蔵器官にすぎないのです。 このような考えでは、陽極と陰極は全く同じで、両方とも電気でしかない、というのと同じ誤謬が犯されていることに全く気づいておりません。 陽極と陰極の間で、互いに均衡を求める衝突が目にみえないところで生じているのと同じように、人体でも上部と下部の間に絶えず互いに均衡を求める衝突が生じているからこそ、この誤謬に気づくのが重要なのです。 医学分野において優先的に探究すべきことは、この衝突、つまり均衡の制御にあるのです。 人体内でのこの衝突の由来は、いまは暗示するだけにとどめて、以後の考察で更に詳しく述べていきます。人体内の陰陽の衝突は、次の2つの器官に集中する力として現れています。 つまり、陰と陽の二元性の力が、松果腺と、下垂体のなかに現れています。松果腺では、人体上部の基礎となる力全てが現れており、下部の基礎となる力全てが現れる脳下垂体に対して、陰陽の平衡関係を成しているのです。 この2つの器官の間に真の平衡関係が成立しています。この平衡関係に照らし合わせて、人体各部の状態を、全体から見通し、見解を打ち立てることができれば、治療法を確立するための教科書となる基本原理が得られるでしょう。 ★ ★ ★ 結局皆死んであの世にいくんだから、あの世のことも考えないと駄目なんですよ。嘘つき仏教徒に騙されてはいけませんよ。地獄に行くだけです。
2016年02月04日
コメント(0)
昨今の謝罪ブームともいえるほとんどの日本人が謝罪と感じていないパフォーマンスをダマスゴミが流し洗脳することについて、先日BSで、その日本の謝罪についての外国人記者の意見を聞く番組をみたが、非常に失望した。 日本人の不勉強な御用学者が日本の文化などと述べていたのは怒りを通り越して呆れてしまった。 不祥事だらけの昨今に、一連の意味不明な謝罪、特にSMAPの謝罪を謝罪と認めるのはダマスゴミに洗脳されている無責任な連中だけである。一体、何に謝罪しているのか、いまだ不明であるし、なぜアイドルグループが解散問題で謝罪なのか意味不明である。 昨今は謝罪屋という謝罪を商売にする者まで現われ、人心が退廃している。騒動の大きさが似ているからといって、なかには汚職と不倫を同レベルに論じるのもあり、呆れてしまう。 あまりに報道が稚拙なので、謝罪の意味を改めて調べる必要性を感じてしまう。 「世間をお騒がせしてすいません」という建前の謝罪をそっくりそのまま解釈するのなら、騒いでいるのは騒動で視聴率を稼ぐダマスゴミなので、ダマスゴミの経営者が世間に謝罪すべきである。 世間は騒動の終息よりも、道義的な解決を求めているわけで、謝罪の仕方などは本末転倒なんである。一連の謝罪をみていると、ダマスゴミの匙加減であることに気づく。要するに、ダマスゴミに、この件で、あまり騒がないでくださいと謝罪しているわけで、ダマスゴミの自作自演臭が漂ってくる。 汚職の徹底追及よりも、芸能人のどちらかというとプライベートな問題で騒ぐのは、道義的というよりも、ダマスゴミの視聴率稼ぎや宣伝のカネ目当ての騒ぎではないのか、という気がしてくる。 また、その謝罪パフォーマンスをみていると、いじめやバッシングや村八分などの陰湿性を感じざるえない。その多くが謝罪して、ある程度のバッシングを受ければ問題が解決しなくても、騒動はいつのまにか忘れ去られ、無責任なままで終わっている。 国内では頻繁に行われる謝罪パフォーマンスだが、海外についてはほとんど行われていないのは、最近話題の日韓歴史問題などからわかる。もし謝罪が日本文化だとするのなら、海外に対しても行うべきだろう。 土下座外交というネーミングはあるが、実際土下座しているわけではない。その実、金儲けのために税金をばらまいて、日本企業の海外誘致を推奨し、そのマージンを掠めとっているだけである。土下座というよりも口利き外交というべきだろう。 つまり謝罪とは所詮、国内向けの体裁を保つパフォーマンスにすぎない。どこか、不幸にあって喪に服す習慣にも似ている。 いまでは土下座が謝罪の代名詞になっているが、はじまったのは大正時代らしく、世間に知られるのは、ドラマ「水戸黄門」の印籠パフォーマンスからであるという。それも本来の土下座は、謝罪の意味はなく、貴族への臣従を表すものらしい。 恐らく藤原氏に国を滅ぼされた日本原住民が被差別民として隔離され、藤原氏に反抗し反乱できないように、顔をみられないように地べたに顔をつける姿勢を強要したことに端を発するのではないかと思われる。 ドラマの「水戸黄門」では、黄門が貴族の設定なのと、裁判官のような役回りだったので、土下座が誤って伝わり、いつのまにか謝罪になったようである。副将軍が他大名などの代官の裁きを行うのもおかしいのだが、そもそも江戸幕府には副将軍などは存在しない。 水戸黄門が有名になったのは、幕末の徳川斉昭が征夷大将軍になるための朝廷への猟官運動の宣伝工作だったようである。実際に勅使を受けたという説もあり、水戸藩は斉昭を将軍とみなしていたようであるが、江戸本家にも将軍がいるので、辻褄合わせで副将軍と呼んだのだろう。 八切史観によると、ハラキリ、つまり切腹も土下座と同じ虚構だという。長州の方言の、背中と腹がくっつくくらい毛利家に尽くし、精進しろという意味が間違って伝わり、切腹となったという。だから、切腹は虚構で、実際は、打ち首である。 だから切腹や土下座は明治政府の故意に歪められ、間違った歴史認識から端を発しているわけである。欧化政策と同じで、ビーフシチューが日本では「肉じゃが」になったわけである。 だから例えば、「肉じゃが」が日本の食文化などというと、西洋のビーフシチューが間違って伝わったものが文化になってしまうわけで、西洋の間違ったモノマネが文化になってしまうので、西洋からしてみると、甚だ滑稽というわけなんである。 なんでも文化にするという風潮は大きな間違いで、土下座や切腹のように単なる間違えの歴史認識に端を発しているので、騙されてはいけない。恐らく土下座や切腹も、唐からきた藤原氏が、それまで住んでいた日本原住民を差別するのに用いた風習が形骸化し、姿を変えたものに思われる。 例えば、切腹は、ハラキリ=ハチキリ、つまり八切りで、「八」といわれ差別された部落民を斬首する表現なのだろう。「八つ裂き」も同じである。ちなみに「村八分」というのは、八のように差別するという意味からきているという。 誰かを悪人にして皆で晒し者にしバッシングして、不満のガス抜きをしている。それはまるで、キリストを糾弾し、十字架刑にしたユダヤ人たちのようである。 このように日本の謝罪は謝罪になっていないばかりかほとんどが晒し者にして嫌がらせしているどこか意味不明のものなんである。 意味不明なことが独り歩きしている昨今に騙され、洗脳されないために、シュタイナーの話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ 鳥類は、膀胱と大腸の発達が不十分であるために、摂取や排泄で体内に蓄積できません。その代わり、鳥は飛翔しながら排泄できます。鳥は食べた残りを体内に蓄積できません。鳥にはそのような機会が与えられていないのです。 もし鳥が食べた残りを体内に蓄積したら、即座に病気となり、体を駄目にしてしまうでしょう。人間の物質体は、ダーウィンの進化論の見解に沿うなら、鳥よりも進化したわけですが、正確に表現するならば、鳥よりも地上に降りてきたと言えるのです。 鳥は実際、腸菌群落(腸内フローラ)に対して激しい戦いを展開する必要はありません。高等動物や人間には必要な腸菌群落が鳥の体内には全く無いからです。 けれども、より高次の活動というべき、太陽光を変容させ、エーテルに導く活動については、人間も鳥と同じ進化段階にいるのです。 人間は物質体に膀胱と大腸をもっていますが、これらの器官に関与するエーテル体については、鳥と同じで、貯蔵できないのです。実際、エーテルの器官は、宇宙では、動(非線形)的に存在しないのです。エーテルの器官は、光を受け取ったまま、直接加工し、すぐに排泄物として排出せざるをえないのです。 (光をそのまま貯蔵できない) エーテルの器官に支障がでると、この支障を修復する器官をもたないために、健康を損なうしかないのです。ですから、小さな脳を備えた鳥という生物を観察する際に明確すべきことは、鳥は、人間がもつ、より精妙な人体、つまりエーテル体という、マクロコスモス(大宇宙)の複写である、ということです。 したがって人体の、鳥よりも地上に降った粗雑な物質体に写し取られた、より精妙なエーテル体について研究するなら、まさに鳥の世界の出来事を、マクロコスモス(大宇宙)の視点から研究しなければならないのです。 もし、人間が、鳥類と比較して、物質体でもつ特性を、エーテル体でも持っていたら、人間の生活は実際、非常に悲しむべきものになったでしょう。というのも、エーテル体は、物質体のようには、外界から遮断できないからです。 そうなると変容させた光を貯蔵する際、それを感じとる臭覚器官をもっていたら、腐敗した変容光が至る所に溢れ、人間の共同生活は異臭だらけでかなり悲惨な状態になるでしょう。羊を死後解剖して、体内の臭いをかいだときに経験するのと同じことが起こってくるわけです。 しかし、エーテル体が貯蔵能力をもたないので、、実際の人間の共同生活は、例えば、腐肉を食する鳥でさえも、解剖した後に、体内に不快な匂いを出しませんが、このような全く不快でない臭い程度で済んでいます。 といっても、この不快ではない臭いとは、例えば、反芻動物、馬は正確には反芻動物ではありませんが、馬を解剖する際の体内から出る臭いと比較して、そう言えるだけですが、とにかく反芻動物の体内の臭いよりは不快ではないのです。 つまり重要なことは、外界の植物と動物に起こっていることと、人体内の腸内の動物と植物に起こっていて、克服しなければならないこととの対応を調べていくことなのです。 そして何らかの薬と器官との関係を確定するために、これまで展開してきた一般的な特徴から、個別的な特徴へと進んでいかなければなりません。 植物化に対抗する戦いを、腹部の循環系のなかに見つけることで、人体内の、つまり腸内の動物及び植物がもつ生命力の克服へと進んで行かなければならないのと同じように、頭部の神経=感覚系にも進んで行くのです。 この頭部の神経=感覚系の働きは、人間にとって、通常考えられているよりも遥かに重要なのです。科学が抽象論に高められたために、次のような事実を適切な方法で考慮する可能性が全く失われてしまいました。 頭部の神経=感覚系を通じて、人体内に、例えば光と光に結びついた熱が入り込んでくるわけですが、この神経=感覚系は、人間の内面の精神活動と密接に関係しています。 というのも、光とともに入り込んでくる不可視の熱=エネルギーは、諸器官のなかで変化されねばならず、この不可視の熱は、可視の光と同様に、器官をつくるのですが、不可視の熱=エネルギーを評価する可能性が全く失われてしまったのです。 神経=感覚系が人体にとって特別な意味を持っていることが、全く考慮されておりません。 人体下部へと下降していくと、腸内植物をつくる生命力から、腸内動物をつくる生命力へと下降していくのですが、逆に、人体上部へと昇っていくと、人体内の植物化を克服する領域から、絶えざる鉱物化、いわば硬化を克服する領域へと上昇するのです。 このことを、いわば外からみると、頭部の硬化(骨化)が他の部位よりも顕著であることから、上へ向かって進化するほど、人体の器官は、鉱物化の傾向が強まることが研究できます。 この鉱物化は人体にとって大きな意味をもっています。 というのも、人体を次の三つ、すなわち、頭、胴体、四肢にわけるなら、それらが独立に並行して、空間を占めていると考えては困るのです。質(機能)的にわけるなら、人間は当然全くの頭の存在で、頭の機能が全体に行き渡っています。 頭の機能が人体全体に拡がっていて、その主要部が頭にあるという感じです。他の部分の、つまり胸部の循環系と、四肢及び腹部の新陳代謝系も同じで、人体全体に拡がっています。 このため、当然のことながら、頭部にある神経=感覚系の機能、つまり鉱物化の素質が人体全体にも拡がっているのですが、この鉱物化の素質を克服しなければならないのです。 まだ遺伝され、残っていた霊能力を使って記述していた古代の著作を、今日の人間が読んでも、もはや何も理解できない分野というのは、まさに、上述の鉱物化の話で、つまり錬金術なのです。 というのも結局、パラケルススが自らの書物「オープス パラミールム」で述べている「塩化(塩プロセス)」についても、その意味を現代人は(唯物論に染まってしまったので、)読み取れないからです。 ところで、この塩化(塩プロセス)というのは、上述の鉱物化、つまり頭部にあたり、「硫黄化(硫黄プロセス)」は、その前に述べた生命力で、つまり腸内フローラなどの腹部にあたります。 ★ ★ ★ 頭を下げるのは、硬化した人体を活力ある生命体に戻し、また硬直化した社会を、柔軟にし、活気溢れるものにすることなので、社会の頭といわれる上層部が責任をとり、謝罪しないと社会の差別はなくならないどころか、ますます深刻化するだろう。 上にいくほど頭が固くなるのは頭が固いことでわかる。 なぜかこの国では上層は無責任で、下層ばかりが虐げられ、末期症状のパワハラ国家になっている。 「実るほど頭が下がる稲穂かな」は至言に思える。
2016年02月03日
コメント(0)
前回は、汚職を人体の感染に喩えて、シュタイナーの話を紹介したが、その感染の話から、武道の本質が伺える。 ほとんど毎週みている「YOUは何しに日本へ」という番組に先日出ていた、宮本武蔵に憧れ、剣道をするメキシコ人に感銘を受けた。宮本武蔵の逸話のほとんどが創作だが、彼の憧れに、創作以上のリアリティを感じたからである。彼のなかには宮本武蔵の魂が生きているように感じた。 彼は初段なので、日本の上位の有段者と練習をしてコテンパンにやられても、そのことで卑屈になったりしないのがよかった。剣道がコミュニケーションの道具になっていた。練習中の床が冷たいのに日本人が全く気にしていないのに驚いていた。武道が精神を高めるのを理解していた。 武道が忍耐力の育成にあり、平和を愛する心を育てることにあることが、彼を通してわかる。無闇矢鱈に力を用いるのではなく、姿勢を自ら正していくことが重要にみえる。 学問も同じで、独学だと独断や偏見の偏りがちになるので、討論会などを開いて、見聞を広めていく。 柔道も柔よく剛を制するという諺からきているらしいが、相手の懐に柔軟に入り込むことで、相手を内側から変えていくということらしい。相手の心に入り、内側から揺さぶるということのようだ。 武道の要諦は、相手を感化させ、心服させることらしい。だから戦いのほとんどは戦う前の準備にあるともいえる。 本当かどうかはわからないが、伝承では、宮本武蔵も負ける相手とは戦わなかったというのが流石である。事前に相手の分析ができているわけで、負けそうな相手との戦いを回避したことになる。 創作が混じっているが、名うての剣士は達人になるほど剣を用いなくなるようである。無刀流の言葉からもわかるし、武蔵も晩年は芸術などで人の心を捉えることに専念したようである。達人になると、構えや動きだけで相手の心がわかるらしい。 シュタイナーの話からもわかるが、武とはそもそも人間が自然を生きぬく術から派生したのだろう。マトモに自然と戦っては勝ち目がないから、人類は得意な分野に分かれて、共同して、獣を飼い馴らすかのように、自然を調教し、人間に対してあたりが柔らかくなるように改良してきた。 しかし自然は時には獣のように猛威を震い、人間はそれにひたすら耐えるしかないときもある。 自然との戦いの前には人間は人類として助け合わないと生き延びれない。強大な、勝ち目のない戦いには、人類は協力して、助けあい、なるべく被害を少なくするしかない。 キリストが言った、一方の頬を打たれれば、他方を差し出すことである。同じ人類で闘いあえば、どちらかが負傷し、生命が脅かされる。現にテロが日常茶飯事になってしまった。闘いが正当化されてしまったからである。 誰もが平和と幸福を求めている。それにはまず自分の心の中に平和と幸福をつくらなければならない。 平和を愛するのなら、人間同士の闘いをやめなければおかしい。 だから、本当の武道とは忍耐にある。どんなことをされても受けきって生命を生かすことにある。 戦争などで金儲けするなどは武でもなんでもなく、横暴で恥ずべき行為である。悪魔教がそこらへんに布教され、悪魔が人類同士を戦わせて養分としている。 そのような悪魔に負けないように、シュタイナーの話の紹介を続ける。 ★ ★ ★ さて、もう1つ注意していただきたいことがあります。おそらく日常の経験から、次のような事実を御存知と思いますが、この事実が十分に評価されず、これを正しく評価するのが重要なのです。 つまり、この事実というのは、人体の、ある器官に特有の考えを用いる瞬間、もっとわかりやすく表現すれば、ある器官に特有の考えを抱く瞬間、この器官に(分泌)活動が起こる、というものです。 ある器官の働きから湧き起こる考えと、唾液の分泌、腸内の粘液分泌、母乳の分泌、尿の分泌、精 液の分泌などとの関係を、一度研究してみれば、この関係にもまた未来の学位請求論文のための豊かな研究領域があるのがわかるはずです。これら人体の現象と並行して現れる考えが、実際、どのように起こるのか、研究してみてください。 (恐怖のときの冷や汗や、エロい考えから射 精が起こることなどでわかる。) この事実はどのような性質のものでしょうか。 魂に特定の考えが生じると、それと並行して人体にも現象が起こってくる。 思考として生じるものが、そっくりそのまま、器官のなかにもあるのです。 つまり、ある考えを抱くと、それと並行して何らかの腺の分泌が起こる、というのは、その考えと成る活動を、腺から取り出しているのです。 人間の魂が、思考となる活動を、腺から取り出し、実行し、腺から思考を取り出したままにしておくと、腺は自身に帰し、分泌を行うわけです。 逆に、この分泌が妨げられている、ということは、妨げられていなければ、腺から奪い取られる思考を生じる活動が、腺と結びついている、ということです。 この腺の分泌から、器官の活動が、魂に入り込んで、思考として現れてくる、という事実を、いわば明白にご理解いただけると思います。 そのように考えなかったら、腺は分泌しなかった、と言うことは可能なのです。 すなわち、私は腺から力を奪い、この力を私の魂に移行させたからこそ、腺は分泌をおこなった、ということです。 このような人体の働きのなかに、これまでの考察でも述べてきたことの証明が見つけられるのです。つまり、人間の霊魂が体験していることは、目の前にある自然のなかの他の秩序(生命体)のために、分泌された生命力に他ならない、という証明です。 人体内の腸菌群落(腸内フローラ)に並行して、外界の自然の植物として、発達する生命力のなかに、人間の魂が、自らの腸菌群落から引き出した思考力が潜んでいるのです。 (人間は、自然から生命力を取り出して、思考し、分泌している。) 戸外で山や草原の植物を眺めるとき、本当は次のように言わなくてはなりません。 「この植物のなかには、人間の魂が、イメージや感情などの思考として発達させる生命力が潜んでいる。」 したがって、人間の腸菌群落(腸内フローラ)は外界の植物とは異なっています。外界の植物(の生命力)からは、思考が奪われてはいないからです。外の植物では、思考は、茎、葉、花と同様に植物の内に生命力として潜んだままなのです。 このような事実から、植物の花や葉のなかの生命力と、人間が、人体内の腸菌群落を発達させ、取り出している思考との親近性についての理解が得られるでしょう。 人間は思考のために、腸菌群落に生命力を委ねず、腸菌群落から生命力を思考として奪いとるのです。 生命力を奪い取らなければ、人間は思考できないでしょう。 (思考力を高めるには、草食にするのがよい。) 人間の思考は、外界の植物が持つ生命力を、自らの腸菌群落(腸内フローラ)から取り去ったものなのです。 動物でも事情は変わりません。このような事実を理解することなくして、人体と植物薬との関係に到達できないのと同様、外の動物においても、その形態を与える生命力を、人間は自分の腸内動物(フローラ)から取り去った、という事実について認識しなければ、治療用血清(動物薬)の使用についての正しい理解にも至れないのです。 このような事実からおわかりだとは思いますが、このように人間とその環境との関係を、本質から見据えないことには、治療の体系化は不可能なのです。更に、もう1つ、非常に重要なことを指摘したいと思います。 少し前に滑稽にも、通りで唾を吐くことが禁止されたとき、甚だ酷い状態になりましたが、ご存じのように、この唾吐きの禁止によって結核を撲滅しようとしたのです。 さて、この唾吐きの禁止が滑稽なのは、これは誰もが知っておくべきことでしょうが、病原菌、結核菌は、太陽光に曝されることで、極めて短時間で死滅してしまうので、しばらくしてから痰を調べてみると、もう結核菌は死滅しているからです。 太陽光は即座に病原菌を殺すのです。ですから、医学的根拠が正しくても、唾吐きの禁止は、きわめて滑稽と言えるでしょう。このような禁止行為はせいぜい、ごく一般的な衛生面では意味もあるでしょうが、広義の予防医学にとっては無意味なのです。 けれども、事実を正しく評価し始めた人にとっては、非常に大きな意味を持っています。なぜなら、結核のような、動物ないしは植物に属する微生物、つまり病原菌は太陽光の下では自らを維持できない、という事実を示しているからです。 病原菌は太陽光の下では自らを維持できません。太陽光は病原菌の生育には都合が悪いのです。では病原菌が自らを維持できるのはどういうときでしょうか。 人体内にいるときです。それではなぜ、人体内でなら自らを維持できるのでしょうか。 病原菌を、有害に見るのではなく、人体内でのその活動こそを探究すべきです。 病原菌の人体内での活動をみるときに、注意が払われていないものがあるのです。人間は絶えず光に囲まれています。この光は、自然科学から記憶しているように、外界の生物の発育にとってきわめて大きな意味を持っています。とりわけ植物の生長にとってきわめて大きな意味を持っています。 この光に人間は囲まれているのです。しかし、人体と外界との境目において、この光、つまり人智学でいう、純粋なエーテルに非常に重要なことが起こっています。 つまり外界の光が、人体内に入るときに、エーテルに変化させられているのです。 体内に入るときに、光は(エーテルに)変化させられねばならないのです。 植物化が人体内で阻止されるのと同じように、つまり、植物化が酸素により中断され、炭酸の発生により抑制されるのと同じように、光のなかの生命力も、人体によって中断されるのです。 したがって、人体内の光を探究すると、外界の光とは別の光、つまり変容した光であるのです。人体の境界を内に向かって越える瞬間に、光の変容(エーテル)が見つけられます。すなわち、人間は、体内で、外界に通常可視できる自然現象を変化させるだけでなく、不可視な、光も(エーテルに)変化させているのです。 人間は光を別のもの(エーテル)に変えるのです。 太陽光の下ではすぐに死んでしまう結核菌が、人体内ではよく生存するということは、次のような事実を、正しく評価すれば、端的に証明できるのです。 その事実とは、人体内で生じる変容光のなかに結核菌を育む要素がある、ということ、すなわち、結核菌が人体内で増えすぎるときは、この変化した光になんらかの異常があるにちがいない、ということです。 更に、結核の病因には、人体内での、この変化した光(エーテル)に異常が生じていることも考えられ、何と言っても結核菌は人体内に常在しているけれども、通常は、結核菌が沢山増殖しすぎることはない、という事実から理解できるでしょう。 実際、結核菌は人体に常在しているのです。ただ通常は結核を発症するのに十分な数には至らない、というだけで、なんらかの要因で、結核菌に屈服すると夥しく増えるのです。この人体内の変容した太陽光に何らかの異常がない限り、結核菌が人体内で見つかることはないのです。 さて、この分野での学位論文などのために、次のような事実を引き出すのはもはや困難ではないでしょう。いまは、観点としてしか与えられていませんが、その経験的な側面は、研究すれば自ずと集まってくるでしょう。 人体が結核菌に適した土壌となるのは、生活習慣のために、太陽光を十分に人体内に取り入れていないか、もしくは、太陽光を十分に取り入れていないために、体内に入ってきた太陽光と、変容光との間の均衡が崩れ、体内にわずかに残っていた変容光をどこかから取り出さざるを得なくなっている、という事実にあるのです。 是非とも考慮に入れておいていただきたいのは、人間が生きるには、外界の太陽光と平衡を保つために、変容光を絶えず自らの体内に保持しなければならない、ということです。 (変容光は霊光ともいう。霊光が外からくる太陽光に勝ると、人体が光り輝くようになるという。仏像はこのボーディサットバ=菩薩状態を表現したもの。皮膚が白くなるそうである。) これは人体には必須なのです。人体と外界の太陽光との間に、相互の経過が正しく実現されずに、異常な状態下の影響にあると、例えば、痩せすぎないために、必要な脂肪分を補充するのに、肉体から引き出すしかないのと同じように、変容光を、肉体から奪うのです。 そして、このような異常から、人体上部を病ませるか、あるいは上部に必要な養分を、人体下部から引き出す、すなわち変容光を下部から収奪し、下部を病ませる、というジレンマの前に立たされるわけです。 このような事実からわかると思いますが、人体は、外から入ってきて、分泌物として変化させられた可視可能な植物などの生命力を必要とするだけでなく、人体を正しく観察すれば指摘できることですが、変容した状態ではあっても、太陽光のような不可視のエーテルも存在しているのです。 しかしこのような事実から看取していただきたいのは、このような原理を通じて、太陽光のなかから、治癒力を引き出すための正しい見解を打ち立てる可能性をいかに生み出していくか、ということです。 例えば、人体と、周囲の太陽光との相互のやりとりの経過が、秩序を失っているのを、再び秩序づけるために、人体を直接太陽光に曝すことで、もしくは、体内に蓄積した変容光を取り出したために、変容光(エーテル)の分布が不規則になっているのを調整するように、変容光となるエーテルを植物薬などから体内に補充し、治療を行うことができます。 このように変容光を体内から取り出すのを、薬の作用などによって、抑制しなければならないのです。 このような事実から、人体内の働きを覗きこむことができます。 このような事実から、宇宙全般を観察できる人にとっては、唯物論が、奇妙に思えてきます。顕微鏡などでの微小な世界の観察全般に対して、一種の激しい怒りを覚えるのです。 というのも、顕微鏡での観察は、生命力の亢進と抑制とを健全に把握する可能性から逸脱させるものだからです。というのも、健康、もしくは病気に関わる真の経過全般は、顕微鏡の世界というよりもむしろ巨視的世界において遥かによりよく研究できるからです。 マクロコスモス(大宇宙)のなかにこそ、病気を研究する機会を探さなければならないのです。 ★ ★ ★ 自然の過度な生命力を奪うことで人間は思考しているのだから、自然の生命力を、武として平和に役立てることができる。つまり武道とは、自然や、人体、心の制御力なのである。アクセルとブレーキでいかに運行するかである。
2016年02月02日
コメント(0)
巷はいまだに汚職を庇う同罪人や不倫を擁護する非道徳な輩が騒いでいる。確かにバッシングはよくないが、バッシングが起こるのは、権力を用いて汚職を庇ったり、著名で不倫を擁護するようなことをするから、火に油を注ぐのだろう。 しかし米国などの国際社会に比べれば、汚職については日本はまだまだおとなしい方である。 何も米国並みに徹底的に追及しろというわけではないが、追求に手心を加えるようなのは自浄能力の欠如を示しているわけで問題である。 注意すべきなのは、汚職と不倫を同レベルで論じないことである。汚職の話がいつのまにか不倫の話に変わってしまっては論外である。 結局全てがインチキのなせる業という話をお馴染みのサイトから紹介する。 ★ ★ ★ 自民党が暴力団の下請けになっている http://my.shadowcity.jp/2016/02/post-8735.html 一色と称する人物の正体なんだが、マスコミが動くようになってハッキリして来た。札付きの「事件屋」です。問題の土地は1970年代から揉めていて、地主が右翼団体に解決を依頼、5億円を政府筋からかっぱぐ事を目標に動いたんだが、うまく行かず、それを引き継いだのが、この人物らしい。話は50年前に遡るわけですw 「一色氏は数年前まで東京・八王子に本拠地がある右翼団体に所属していたが、いわゆる「大物右翼」などではない。活動は神奈川県内が中心で、「会社を経営しているという触れ込みで、業者と役所とのもめ事に介入する事件屋のようなことをやっていた。陳情のために地元選出の代議士や地方議員の事務所にもよく出入りしていたが、しっかりした秘書がいる事務所からは警戒され、相手にしてもらえなかった」(地元紙記者) 警戒される理由は、議員にトラブル処理の陳情を持ちかけるが、陳情がうまくいかないと豹変してマスコミや警察に告発し、議員側に揺さぶりをかけるという、いわば「告発常習者」の前歴があったからだ。 50年間出なかったカネが、甘利が動いた瞬間に出たw 出すべきでないカネ、2億2千万円w 恐喝だよねw 盗られたのは国民の収めた税金です。 甘利氏会見と食い違い、「告発者」が証言 現金授受問題 甘利明・前経済再生相の現金授受問題で、現金などを渡した建設会社の総務担当者が31日、朝日新聞の取材に応じた。甘利氏が会見で説明した計600万円の授受以外に、900万円超を秘書に渡していたことを証言した。 甘利氏自身の現金授受をめぐっても、「道路建設の補償交渉のお礼」と述べるなど、趣旨や状況に食い違いをみせている さて、URから出た「補償金」は誰が手にしたのか? 順当なところでは薩摩興業なんだが、多分、いくらも手にしてないです。甘利の取り分より少ないかもしれない。そのほとんどをポケットに入れたヤツが別にいるはずで、そいつを国会に引っ張りだすまでが勝負ですw ★ ★ ★ 汚職といえば、人体に喩えるなら、感染にあたるだろう。 巷ではインフルエンザの感染が取り沙汰されているが、そもそも感染とはどういうものかについて、最近巷でようやく話題になってきた腸内フローラ(細菌)との関係をシュタイナーの話から紹介する。 ★ ★ ★ さて、人智学では有名な事実からはじめようと思います。この事実は現代の自然科学や医学分野では全く正当に評価されていませんが、人体と外界の自然との関係を判断する基礎知識を提供してくれるものなのです。 これは、人体が大凡三つに大別され、すなわち、神経=感覚系の頭部、循環=律動系の胸部、そして新陳代謝系の腹部及び四肢が、外界の自然の特に植物のなかで起こっている経過を陽とするなら、陰(ネガ)として関係づけられている、という事実です。 つまり外界の自然のうちの植物だけを観察すると、植物のなかでは、いわば炭素を集積し、炭素を植物の骨格の基盤とする傾向が認められます。植物が周囲に生えることで、人間は、炭素の集積(蓄積)を本質に持つ有機体に囲まれるわけです。 人体も、炭素の集積を基礎と成しますが、その本質において、植物とは逆で、人体内での組織発生では、植物がもつ炭素集積を止揚し、破壊して、代わりに、反植物というべき炭素集積を採用しなければならない、ということです。 この反植物の経過は、人体下部の主に腹部の中に見つけられます。食物から炭素を沈殿させ、植物化の経過をつくった後で、人体上部の主に頭部(脳)に誘導されて、この植物化に抵抗しなければなりません。 炭素に酸素を対抗させることで炭素を止揚し、炭素を炭酸に加工することで、植物化に対抗する経過を採用していかなければならないのです。 人体内にある、外界の自然とは反対の経過に注意していただきたい。というのも、この反対の経過に注目すれば、人体の真相を根本的に理解できるようになるからです。 人体の物質的な重量を計っても(物理学に則った唯物的研究を象徴的に指す)、人体は理解できませんが、次のような点を少しでも考慮すれば、人体の構造については、ある程度は理解できるのです。 脳の重量は良く知られているように平均千三百グラムですが、この荷重により、脳の下にある組織が圧迫されることはありません。もし、脳が、その重量で下を圧迫したなら、その下の繊細な血管が拡がる組織は押しつぶされてしまうでしょう。 脳がその下の組織を圧迫する荷重はせいぜい二十グラム程度です。これは、脳が脳水のなかに浮かんでいる、という事実から、良く知られたアルキメデスの水圧の原理に従って浮力を得ている結果、脳の重量の大部分が、浮力によって止揚されているからです。 浮力によって脳の荷重が克服され、人体の重量のなかではなく、その克服のなかに、物理的な重量とは反対の力により、人間が生きている、ということは、人体の他の経過も同様なのです。 (人間は重力に抵抗して生きている) 実際、重力などの自然現象が作り出す物質的な力ではなく、自然現象を止揚することで、人間は生きているのです。 実際、人間は、外界の自然のなかにある力、植物のなかに現れる、自然の力の末端を観察することで知覚できる(植物化の)経過により生きているのではなく、植物化を止揚することによって生きているのです。 この事実は、病気に罹っている人体と植物薬との間に橋を架けるなら、当然本質的な問題となってくることです。 (人間は自然と闘って生きてきたし、だからこそ武道とは、抵抗力を高めることや忍耐なのである。汚職などというのは、自然に負けることである。自然に負けない丈夫な体をつくるのが武道の目的。) さて、このような事実は、ちょっとした短編小説風に叙述できるかもしれません。 自然界の周囲にある素晴らしい植物の生態(フローラ)に眼差しを向けると、非常に美しいので、当然のことながら非常に大きな歓びを感じるでしょう。 しかし、羊を解剖して、体内の、別の植物の生態(フローラ)の場合はそうではありません。 この羊の体内の別の植物は、その発生原因という点でも、外の植物の発生原因となんら変わりなく、類似しているのですが、羊を死後に解剖して、内部の腐敗臭が漂ってくるのを感じるとき、この腸内の植物、すなわち腸菌群落(腸内フローラ)に、歓びを感じるどころではありません。 けれども、この腸内フローラこそ、特に注目する必要があるのです。 なぜならば、外界の自然では、植物を発生の軌道にのせる原因であっても、人体では克服されねばならず、腸内の腸菌群落を発生させてはならないことが明白だからです。 (腸内では、植物が発生しないように、植物を食べる細菌が必要となる。) この腸内フローラには、究めて広範な研究領域が拡がっており、比較的お若い、勉学中の医学生の研究テーマにお勧めしたく、特に学位請求論文に、この領域から多くを役立てられるとよいのではないかと思います。 様々な動物の進化形態、特に哺乳類を経て人間にいたる進化において、腸の発生や形成の比較研究から得られる知見が多いと思います。この分野は、究めて重要な事実がまだ数多く研究されないままなので、非常に実り豊かな分野が成立するでしょう。 とりわけ、羊を解剖すると、その腸菌群落のために酷い腐敗臭が出てくるのに、鳥類では、腐肉を食する鳥でも腐敗臭はなく、解剖しても、比較的心地よいとさえ言える匂いを発するのはなぜなのか、一度、その隠れた事実を探究してみていただきたいのです。 このような腸内フローラにおいては、まだ非常に多くのことが学問的に研究されておりません。この分野の腸の形態の研究についてはなおさらです。 少し考えてみれば、腸が、鳥類と、哺乳類との、そして人類との本質的な差異を示しているのは明らかです。 例えばパリの医師メチュニコフ(オデッサ大学で動物学教授、後にパリのパスツール研究所副所長)のような唯物論的な医師たちは、最大の間違いを犯したわけですが、鳥類では、膀胱と大腸は、極めて未発達なのです。 鳥類が走禽類となるとようやく、大腸、および膀胱の形態のような、ある種の膨隆が見つかります。 このような比較研究から、重要な事実が示されるのです。鳥では、排泄物を蓄積したり、一定期間、生体内にとどめてから、排泄物を随意に排出するなどはなく、摂取と排泄で、体内に貯めることができない(食べたらすぐ出す)、ということです。 といっても、腸内や、人体内に現れてくる植物、更には、これから見ていくような動物のなかにだけ、病因を求めるのなら、表面的な見方にすぎないでしょう。 実際、恐るべきことなのですが、今日(1920年代)の病理学の文献を調べてみると各章ごとに、この病気にはこの菌が、あの病気にはあの菌が、新たに発見された云々にぶつかるのです。 これらはすべて、人体の腸内植物学、腸内動物学にとっては非常に興味深い事実なのですが、病気にとっては、せいぜい1つの指標(マーカー)という以上の意味を持ってはおりません。 つまり何らかの病気の形が、人体内の根底にできあがると、何らかの興味深い微小な動物、あるいは微小な植物がこの基盤上に発達する機会が提供されるが、そうでない場合はそれ以上何もないと言える限りでの、指標にすぎないのです。 この微小な動物および植物の発達が実際の病気に関与する程度は非常に低く、せいぜい間接的に関わるだけです。というのも、今日の医学で展開されている論理が、きわめて奇妙なものだからです。 考えてもみて下さい、例えば、良く飼育され、見事な雌牛が沢山いる土地をみると、これらの見事な雌牛が、勝手に集まってきて、この土地が感染されたせい、などとおっしゃるでしょうか。 この土地に牧牛に勤勉な人たちがいて、飼育に適した土壌をつくったからと考えるでしょう。要するに、良く飼育された雌牛がいる原因となりうる全てについて、思考を巡らすでしょう。 しかし、今日の医学が微生物他について展開している論理は、このように奇妙なのです。この興味深い生きものが、人体にいる、ということからわかるのは、そこに肥沃な土壌がある、ということでしかなく、この土壌の観察こそを当然、留意すべきです。 ただ、例えば、この土地には良く飼育された雌牛がいるから、他に何頭か譲ってやれば、更に勤勉になろうと奮起するだろうとも考えられ、間接的に、なんらかの他の病気が生じる可能性もあります。この病気は付随して起こりうることです。 細菌により、感染の準備が行き届いた土壌が、刺激され、土壌自体が、何らかの病気に陥ってしまうということも当然起こりうるのです。 けれども実際、この菌という生物の観察は、本来の病気の観察とはほとんど関係がないのです。健全な論理の養成に留意しているなら、他ならぬ公認の科学から発する論理が、健全な思考を荒廃に招くようなことはそもそも起こり得ないはずです。 考慮すべきことは、人体の上部と下部とのある関係が誘因となって、正しい相互関係が成立しない可能性がある、ということです。 その結果、人体上部の反植物化の働きが少なすぎることにより、阻止すべき植物化の傾向が活性化されてしまう可能性があるのです。 そうすると腸菌群落(腸内植物)が夥しく蔓延る機会も与えられ、そしてこのような腸菌群落(腸内フローラ)は、まさに人体下腹部が正しく機能していないことを示すものとなります。 人体では、下部の基準に従って起こるべき活動が下部でできない場合は、上部から下部に入る前に堰き止められて、上部へと押し戻されるという特殊な事態が起こります。 つまり、下腹部において、特定の(排泄の)経過が起こせない場合、これらの(排泄の)経過は、上部へと押し戻されるのです。このような表現は素人臭くみえるかもしれませんが、今日通用している病理学の表現よりは真相に近いのです。 人体下部において規定通りに起こるべき(排泄の)経過が上部へと押し戻されるわけですが、肺での排出や、肋膜他のように上へ向かって配置された器官での排出となるので、その原因を、下腹部の正常、もしくは異常な排泄の経過との関連から調べることで追求しなければなりません。 人体のこのような特異な事態、下腹部から上に向かって、排泄の経過が押し戻される事実を正確に見ていくことがきわめて重要です。 上半身で起こり得る特異な事態の多くは、下腹部から押し戻された経過に他ならないのです。上部と下部との間に正しい関係が成り立たないと、下半身で起こるべき経過は、上半身へと押し戻されるのです。 ★ ★ ★ 人体の反植物化が、社会では汚職を根絶することにあたるので、人体も社会も同じである。現代の政治には、汚職と闘う真の武道が欠けている。
2016年02月02日
コメント(0)
全20件 (20件中 1-20件目)
1

![]()
