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公立高校入試を照準と考えるなら、今から少なく見積もって残り3ヶ月!ざっくり90日としましょう。例えば英語が苦手な人が、1日のべ10個ずつ単語を覚えていったとしましょう。のべ900個を覚えることができます。あくまでも「のべ」ですよ。こんなことがあります。頑張って今日10個の単語を覚えました。明日になったら6個忘れている、、、、テンションがだだ下がりになる、、、、しかしそこでテンションを下げる必要なんてないのです。人間なんてそんなものです。今日、昨日覚えたけど忘れてしまった単語6個と新しい単語を4個覚えればいいのです。それを90日持続させるとこができれば、確実に今とは全く違う学力で入試本番を迎えることができます。このようにこれからの1日1日を過ごす受験生にとっては、まだ90日も残っているのです。
2011.11.29
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もちろんいい意味の大逆転もあります。この時期から学習ペースを無理なく上げていき、難関志望校に合格する人も当然います。どんどん実力を上げていき、最後の実力試験が終った後も学力が向上していくのです。そして最後の実力試験で合格は厳しいといわれた志望校であっても、入試当日までにさらに学力が上がるわけですから、大逆転合格を勝ち取ることができるのです。というわけで、これからの1日1日が受験生にとっては本当に正念場となるのです。受験生にはクリスマスもお正月もありません!受けれている暇なんてないのです。、、、、とはいうものの、少しは家族と生き抜きをしてください。さて、今は11月下旬。入試を3月と考えると、あと残っている時間は3ヶ月です。ざっくり計算すると90日です。あと90日しか無いのか!まだ90日残っているのか!、、、、どちらなのでしょう?
2011.11.24
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この『一喜一憂せず!』というのがこの時期のミソです!だいたいこの時期にどの都道府県でも中3生を対象とした実力テストがあります。ちなみに我が県では診断テスト(学力到達度診断テスト)と言います。この時期の実力テストの結果が原因で受験に失敗する人が結構多い事実が私を不安にさせます。まず、この時期の実力テストでいい成績を取った人です。それで安心しきって、勉強のペースや集中度が若干落ちてしまうことがあります。もっというと、心に余裕というか甘えが生じるのです。この時期にそうなってしまえば、あとはクリスマス~年末~正月とイベントの多い時期に突入してしまい、それに流されさらに勉強のペースが落ちて集中力もなくなります。それでも今までの学習の蓄積で1月いっぱいくらいはそんなに成績は落ちないのですが、2月以降にがた落ち、、、、、もちろん入試にも失敗する、、、、こんなことも起こりえるので、この時期が正念場!成績に左右されず、こつこつと勉強を続けてください。
2011.11.23
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もう間もなく12月となるこの時期!中3生しか教えない「怠けた塾」の呼び声高い我が教室でも、正念場を向えました。今までの努力を生かすも殺すも、この時期にかかっています。今まで思い通りに努力できなかった人も、これから大逆転することも可能です。またこれまで努力してきたにも関わらず、それを台無しにしてしまう可能性もあるのがこの時期です。受験生の皆さん!何事にも一喜一憂することなく、すべての入試日程が終るまで日々着実に学習を継続させていきましょう。
2011.11.22
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さて!関西出身の私が『この生徒の成績は伸びる!』と感じる要素があります。「ほんまかいな」と思われるかも知れませんが、『ボケ』『ツッコミ』ができる生徒さんは伸びます。ただ、むやみに『ボケる』むやみに『ツッコむ』生徒さんいけません。的確に『ボケる』、的確に『ツッコむ』ことができる生徒さんの成績は伸びます。ある先輩先生に「それはゴマ先生が関西のノリの生徒と相性が合うだけだ!」といわれたことがあります。もしかしたらそうかもしれません。しかも「それなら関西の生徒はみんな成績がよくなければならない」と、それこそ『ツッコまれる』かも知れませんが、私はそう感じます。
2011.11.17
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何かの理由や事情、考え方があって高校に進学しなかった人もたくさんいます。私も別に高校に行かないとダメだとは思っていません。ただ気になるのは、私の問に対して「勉強が嫌いだったから」という若者も増えてきている事実なのです。このことに関しては別の話題で触れたことがありますが、やはりものすごく引っかかります。この「嫌いなことはしなくてもいい」という発想はどこから出てくるのでしょうか?私の時代も、私を含めて勉強が得意でない、あるいは不得意な学生はたくさんいました。ただそれを「勉強が嫌いだった」という理由を振りかざして正当化する人間にはお目にかかったことがありません。「嫌なことはしなくていい!」この考えは確実に『ゆとり教育』が叫ばれだしてから出てきたものです。「嫌なことはしなくていい!」これは自己中心のわがまま以外の何物でもありません。そんな考えを持って16歳まで生きてこられたということは、それを本気で矯正しようと思った大人や友人がまわりにいなかったことも意味しています。『ゆとり教育』が導入されたとき、教育する側(大人側)の『ゆとり』も必要だといわれました。『ゆとり』が生んだ『かっこいい教育放棄』!これがまた子供達から『脳を鍛える機会』を奪っているのです。確実に!!!
2011.11.15
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『脳を鍛える機会を奪っている原因』の3つめに話題を移します。とりあえず今回はこの3つめで打ち止めにしたいと思います。それの原因の3つめはズバリ『ゆとり教育』です。『勉強しないのも個性』だとか、『勉強しない自由もある』とかいった考えを生むからです。それでも問題をあまり起こさないで学校にくるなら、それは先生にとって『楽な生徒』でもあるので無理に矯正したりしないのも『ゆとり教育』の特徴です。それと真摯に孤独にボロボロになりながら戦っている先生もおられます。しかしそれをすごいとは言いません。なぜならそれは普通だからです。そんな普通の先生に何の手もさしのべない、そんな普通の先生を否定するのも『ゆとり教育』の風潮なのです。ここ十年ほど二輪の指導をしていてよく、高校に行かなかった、高校を中退した若者に出会うことが多いです。二輪に縁の浅い人は、「高校に行かない人がバイクに走るのではないの?」と思われるかもしれませんが、そうではないのです。そんな若者に私はズケズケと聞きます。「なんで高校に進学しなかったん?」「なんで高校辞めたん?」と、、、、。
2011.11.14
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やはりこの『クールを装う』『努力を嫌がる』さらには何の努力もしないのに『自分には何か特別な能力がある』と思い込んでいる若者は、それらに脳の働きを固着させられてしまっている感じがあります。また最近のゆとり教育の風潮はそれらを許してしまうことも多いみたいです。ある偉人は「苦難なきところに成長なし」と言いきりました。また「若いうちの苦労は買ってでもしろ」との有名な諺(ことわざ)もあります。平和で便利な世の中であることは、本当に有難いことです。しかしその中にいる人間が何の目標も持てず何の努力もしなければ、人として生まれてきたことすら疑問視しなければならない事態に陥りかねません。それを打破するには、我々大人が子供達にそれを伝えていく必要があるのです。言葉でなく、行動や行き方で!そのためには、まず我々大人が脳を鍛え続けなければならないのかも知れません。
2011.11.13
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その困った状況とは、ズバリ『努力をしない』『努力を嫌がる』ことなのです。自分には何か眠っている能力があってそれが覚醒するまで何もしないでいい、、、と心のどこかで思っている若者。だから努力しない、しなくてもいいと思っている若者。もちろんそんな生徒は塾に来ません。二輪の指導をしていて出会うのです。努力をしないから、コースも覚えてこない、前回練習したことも覚えていない、、、、なのに自信満々!横で必死にコース図を見たり私にわからないところの質問をしていたりする人を、冷笑しながら見つめる。そんなタイプの若者は「そんなことでは免許は取得できないよ!」と言おうものなら、もうほとんどが次から姿を現しません。このようなタイプの若者は、いったいどの時点からそんなスタンスになったのかと不思議にさえ思います。
2011.11.12
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ではそろそろ話を子供達から『脳を鍛える機会を奪っている原因』の第2番目の理由に移したいと思います。これは『クールを装おうとする風潮』というか、『一生懸命がかっこ悪いと思う風潮』ではないかと感じています。例えばスポーツ根性モノ漫画の代名詞ともいえる《巨人の星》という作品があります。テレビで放映された当時は視聴率も高く、人気番組だったと思います。私も好きでワクワクしながら見ていました。しかし、いつの頃からかこの作品をバカにする風潮が生まれてきました。確かに漫画という性質上現実には不可能なことも描かれていますが、そこではなく登場人物の一生懸命さや必死さをバカにするのです。それでも我々の世代はスポーツ根性モノを受け入れていた時代を知っていますが、それらをバカにする風潮がある世代に生まれた子供さんの中に、困った現象が起きる場合が出てきたのです。
2011.11.11
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脳を鍛える機会を奪うもう1つの『便利な道具』が映像技術の進歩です。CG等の映像技術の進歩は、それはそれで素晴らしいものです。擬似的とはいえ体験できるはずのないものが体験できたり、本来なら見ることのできないものを見ることができたりします。ただ最近はそれに頼りすぎて、自分の頭の中で映像を作り上げられない子供達も増えています。だから読解能力が低下しているのです。言葉を変えれば、綺麗でリアルな映像が身近にあるから読書(活字を読んで理解する作業)から遠ざかってしまっているのです。学校や塾の先生もそれと戦わなければならない状況が多いです。例えば私の場合、気がつけば授業で『理解度を深める』ことではなく『中学生用の問題文や説明文を小学校低学年レベルに噛み砕いて説明する』ことに終始してしまうときもあります。文章を頭の中で映像化できれば、このプロセスはなんなくパスできるのですが、、、、。
2011.11.10
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二輪の指導をしていて様々な人たちと出会う事ができます。その中でも年々増加しているのは、ドタキャンに何の罪悪感も持っていない、または感じることのできない人です。全員とは言いませんが、ちゃんと義務教育課程の勉強をしていないのにも関わらず早い時期から携帯電話を持っていた若者に非常に多いです。バイクはほとんどの場合、趣味の世界です。その免許を取得する練習ですので、急に仕事等が入り練習をキャンセルしなければならないことだってあります。そんな場合ほとんどの人が「先生すみません。今日はいけなくなりました。」といった連絡があります。しかし中には明らかに今起きましたと言わんばかりの声で「あ、今日いけないっス」くらいしか言えない人もいるのです。何の罪悪感もなからこんな台詞が出るのです。こういった人たちはもちろん次に会ったときに「前回はすみませんでした」の一言もありません。便利な道具を持って、脳の正常な働きができなくなった例だといえるでしょう。ま、そんな連中は携帯電話を持たなくても同じような生き方しかできないかもしれませんが、、、、、。
2011.11.09
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携帯電話が子供から『脳を鍛える機会』を奪っているもう1つの点は、『待ち合わせ下手』になってしまうことです。それはそのまま『相手の立場が考えられなくなる!』『万が一の場合の想定ができなくなる!』事につながるともいえるでしょう。携帯電話の普及率がかなり高くなってから《ドタキャン》という言葉が普通に使われるようになったのがその証拠の1つです。携帯電話の無かった頃は、約束はある意味死守しなければ人間関係にヒビが入る事態にさえなりました。待ち合わせの約束をすっぽすようなことがあればそれなりの理由がないと、もう人としての信用を失います。また行き違いや勘違いがあってもいけないので、何回も待ち合わせ場所や時間を確認したり、もし約束の時間に会えないときの対応策をあらかじめ立てておいたりするのが普通でした。しかし携帯電話の普及によって、これらの必要がなくなったのです。
2011.11.08
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では、子供達から『脳を鍛える機会を奪っている原因』とは何でしょうか?まず1番目に私が感じるのは『便利な道具の登場』です。その中でもまず最初は携帯電話の普及だと思います。みなさん!現時点で何人の友人や知り合いの電話番号を覚えていますか?私は携帯電話の番号で覚えているのは自分の番号だけです。家庭用の電話番号なら数人は覚えていますが、それは私が携帯電話を持つ前に覚えたものであって、携帯電話を持ってからは誰の番号も頭に入れていません。それは自分の頭にでは無く、携帯電話に覚えさせているからです。私が携帯電話を持つようになったのは32歳頃でした。しかし今の若者は高校生になるとほとんどが携帯電話を持つようになります。つまり十代半ばで、友達の電話番号を暗記するという『脳を鍛える機会』を奪われてしまうのです。
2011.11.07
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長々と述べてきましたが、やはり日常生活の様々な場面で脳を鍛えることが可能なのです。全て昔は普通に各家庭でしていたことだったはずなのです。ではなぜ昔は普通にしていたことが、最近の家庭ではでき難くなったのでしょうか?もちろん多くのご家庭ではできているのですが、できていないご家庭の割合が増えてきているように感じるのです。長引く不況で共働きのご家庭が多くなってしまい、家族で過ごす時間が少なくなってきているのもその大きな原因だと思います。しかしそれ以外にも大きな原因があるようにも思えるのです。
2011.11.06
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そして会話力を鍛えた向こう側にあるのは、もちろん成績の向上。そのまた向こうにあるのは『人の気持ちを考えられる能力』の会得です。例えば国語の物語文の読解は、登場人物の気持ちを読み取り考えなければなりません。まさにこの能力が必要とされるのです。またこの能力が身についた生徒さんは、試験等の問題を解くときに知らず知らずに「この問題の出題者は、自分に何を答えさせたいのか!」を考えるようになります。この目線で問題を解くと、記述問題でも選択問題でも正解率が跳ね上がります!、、、まぁ、ある程度の基礎学力があれば!との条件はつきますが、、、、。そして『話上手』は『聞き上手』でもあります。『聞き上手』な生徒さんは、どの教科のどの単元の授業でも一回の説明でほとんど理解してくれます。『聞き上手』な人は、言語能力的にも精神的にも『聞く姿勢』できあがっているのが大きな原因ではないかと思います。逆にいうと授業中に先生に「話を聞け」とか「話きいてるか?」なんて言われている生徒は、もうその時点でアウト(内容が理解できていない)のです。
2011.11.04
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『お題トーク』に強い、または得意な生徒さんの親御さんはともかく《聞き上手》です。おそらく幼少期から子供の話を聞いてあげていたのでしょう。[お父さんが話を聞いてくれる][お母さんが話を聞いてくれる] ↓ [もっと話したくなる] ↓[話をするのが楽しくなる] ↓ [話し方が上手になる]というサイクルが生まれるのだと思います。たとえまだ語彙力が十分ではなかったとしても、何とか子供の言いたいことを理解しながら聞いてあげる姿勢がお子さんの会話力を生む原動力となるのです。また聞いてあげるだけでなく、感想を言ってあげる、さらに話を引き出すような意見をいう、といった反応をすることで、さらに能力を引き出すことも可能なのです。
2011.11.03
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我が塾では質問に対しての答えで「別に」「普通」「微妙」など、何の意見も感想を感情も考えもないような言葉は絶対に許しません!それはもう人間としてアウトです。そういった言葉は脳の働きも人間性も破壊するのです。だから許しません!「そんな年頃だから」とか「反抗期だから」なんて教育放棄は絶対にしません。さあ、そんなことよりも『お題トーク』に強いというか得意な生徒さんの共通点を紹介したいと思います。実は幼児期の親御さんの接し方にその原因がある可能性が非常に高いのです。
2011.11.02
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こういった生徒さんをリカバリーしようとして、いきなり、または強制的に文章を書かせても、余計苦手意識だけを増徴させてしてうことが多いです。こんなときには、まず話をさせる!話をしてもらう!ことが遠回りのようで近道です。そのとき『お題を決める』ことが重要です。だらだらと意味のない目的のない会話は時間の無駄です。私がよくやるのは「こないだの休日は何してたん?」「次の日曜日はどんな予定?」「最近何にハマってる?」「最近腹たったことある?」といった『お題』を授業中急に振るという手です。もちろん私の授業では「別に」とか「微妙」なんて言葉は絶対に認められないという鉄則を、事前に十分に理解してもらっておくことが前提です。こんな単発の『お題会話』ができるようになってくれば、そのうち文章力も身についてきます。
2011.11.01
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