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小学校の修学旅行でのもう1つの思い出、、、厳密に言うと修学旅行でのT先生の言動で忘れられないこと!その2 です。奈良から広島へ向かって最初に訪れる場所は、原爆ドームと原爆資料館でした。原爆とはどういうものか!原爆ドームとはどういった場所なのか!もちろん事前にある程度学習はしていました。しかし『戦争を知らない』と謳われた世代の我々には、『戦争は遠い昔の話』のような『我々には関係のない世界』のような感覚で、いまひとつ実感できていない状態でした。しかも修学旅行という、子供としてはこれ以上に無いテンションのあがりかたで臨んだ状態で、どこかワイワイガヤガヤとした感じで入場した原爆資料館でした。
2011.03.30
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そのT先生の言葉を聞いてすぐに数人の女子生徒がお茶を入れはじめました。『男子は男子のすべき事を、女子は女子のすべき事をする!』先生が日頃言っていることを即座に実行できるのが、1組・T学級でした。その女子たちのお茶の入れ方を見て、T先生はみんなに語りました。これらのお茶は全てほぼ均一の濃さで入っていること。それが即座にできた女子たちが素晴らしかったこと。彼女たちがそれをできたのは、彼女たちの母親がしっかり家庭で教えていたからであり、それが人間としていかに素晴らしい教育であるか。またそれをしっかり母から家庭で教わって、しっかり自分のものにしていることがいかに素晴らしいことであるか。その話を聞いた我々は、住んでいる家庭から遠く離れたこの広島の地でいかに日頃の家庭での生活が大切なものであるかを教えてもらったのです。家庭から遠く離れた場所で家庭の大切さを学び、親の大切さや有難さを学ぶ!これこそ修学旅行のあるべき姿なのではないでしょうか?、、、最近よく耳にする『遊ぶ』だけの修学旅行に何の意味があるのでしょうか?
2011.03.27
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小学校の修学旅行の思いではたくさんありますが、T先生に関するものをあと2つ紹介します。まずは宿に着いてからの話です。今なら分かりますが、だいたい修学旅行等で宿に入ったときはしばらくの間自由時間があります。当時はそんなことも知らずに、自分たちの宿泊する部屋の中を探索したり、景色を楽しんだり、他の部屋を偵察にいったり、旅館の内部を探検したり、、、、勿論荷物の整理をしたり、係りの仕事があるものはその任務についたりするものです。当時の我々も各部屋に入って、それぞれの自由時間を過ごしていました。すると間もなくT先生が1組の各部屋に現れて、一緒にくつろいでくれたのでした。我々の部屋割りは各クラスの男子全員で1つの部屋、女子全員で1つの部屋でした。そのうち男子の部屋にT先生がいることを知った我がクラスの女子も男子の部屋にやってきて、クラスのほぼ全員が1つの部屋でくつろぐこととなりました。私だけではなく、はやりそこでも『クラス全員で過ごせる幸せ』をみんなが感じていたと思います。しばらくするとT先生は「お茶を飲みたいな!だれか入れてくれないか?」と言いだしました。
2011.03.26
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T先生にどのような真意があったのかは分かりません!しかしこのバスの件で私は本当に人間としての様々なことを学びました。勉強は勿論ですが、人間として学ぶべきことを学ぶべき時期にしっかり学んでおかないと、取り返しのつかないことになります。子供達にそれを学ばせるのは我々大人の役目なのです。しましそれは何も特別な事を意図的に計画性をもってするのではダメな場合が多いです。とにかく我々大人が『人間としてするべきとこをしてみせる』、、、これだけでいいのです。T先生は、修学旅行でクラスを一緒のバスに乗せたかった。そのために修学旅行以外はクラスでバスに乗ることを我慢し続けた!ただそれだけのことだったのです。しかしそれだけのことで、我々生徒は様々なことを学び、なおかつクラスの結束は固く、クラスの雰囲気は本当によくなっていったのです。
2011.03.25
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それまで私が経験した、嫌な思い、、、、、。他のクラスのバスに乗り込むときの、少し冷たい目線、あからさまに嫌そうな表情や言葉、、、、。修学旅行先の広島で我々のクラスのバスに他のクラスの班が乗り込んでくるとき、我々1組・T学級はどんな雰囲気になるのか?と少し私には興味がありました。おそらく我が1組は、我々のバスに乗り込んでくる他のクラスのメンバーに、少しの嫌な思いもさせないであろうとの妙な自信がありました。そしてやはり私の想像通りでした。みんなが本当に自然に、そしてフレンドリーな雰囲気で他のクラスのメンバーを受け入れました。それが私には心底嬉しくあり、自慢の我がクラスの証でもあったのです。また「俺たちも今までに一度でもこんなバスの乗り込み方ができたなら、どんなによかったやろう、、、。」と思いました。それともう1つ!「みんな口に出さへんけど、それぞれ他のクラスのバスで大なり小なり嫌な思いをしてきたんやな、、、。」とも思いました。『人の痛みは、その痛みを知る者にしか分からない』ということを、このとき私は学んだのです。
2011.03.24
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我々の小学校は修学旅行で広島に行くのが定例でした。私鉄から新幹線に乗り込んで、みんなのテンションも最高調でした。そして広島駅で全員の点呼を済ませて、学年全員が4台のバスに乗り込みます。そのとき初めて我々1組・T学級はクラス全員で1台のバスに乗ったのでした。そして勿論我々のバスの一画の座席が空いているのです。すると、そのうち他のクラスの班のメンバーが乗り込んでくるのでした。それはいつも遠足や校外学習でバスに乗り込むときの我々と同じ立場のメンバーなのです。どことなく遠慮のある、どことなく不安な翳りのある笑顔で乗り込んでくるのです。
2011.03.23
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遠足や校外学習でバス《便乗組》として乗り込む度に、私は「いつも一緒にいる仲間と、一緒にいれることは幸せなとこだ」と思うようになりました。やがてその思いは家族にも向けられるようになり、小学校4年ごろから続いていた反抗期(自分では軽いものだったと思うのですが、、、)を一気に脱してしまったことも事実なのです。それとT先生が言ってくれた「人間はどうしても何かをしたいとき、別の何かを我慢しなければならない」という考えも、私のこころの中に大きく刻み付けられました。そしてこの《便乗組》の経験はおそらく私以外の皆にも、何かしらの影響を少なからず与えていたのです。それを確したのは、6年の修学旅行のときでした。我々1組T学級が唯一《便乗組》ではなくクラスみんなで1台のバスに乗ることができたときなのです!!
2011.03.08
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そんな雰囲気の中《便乗組》《居候組》の我々は、目立ち過ぎず沈み過ぎずという微妙な立場をキープしながらバスに揺られるのでした。勿論、担任のT先生もどこかの班のメンバーを一緒に《便乗組》になっているわけなので、私は先生がバスの中でどのように過ごしているのかを無性に知りたかったことを覚えています。T先生と一緒にバスに乗り込んだ班の友達に「バスのなかで先生はどうしてるん?」と聞いてみると「いつもの調子やで!」といった返事がいつも返ってくるのでした。残念ながら、結局T先生が私のいる班と一緒に便乗してくれることはありませんでしたから、結局バスの中での先生の様子を知らないまま小学校を卒業してしまうのでした。しかし、そんな遠足が楽しくないというわけではありませんでした。バスから降りてクラスのみんなで行動する時間がきたときの、あのなんとも言えない幸せな雰囲気は言葉にできません。遠足なのでもちろんテンションは上がっているのですが、我々の1組はそれ以上の盛り上がりをしていました。『クラスみんなで行動できる嬉しさを味わっていた』という表現が一番的確だと思います。我々生徒だけでなく、担任のT先生も同じ気持ちだったのでしょう!いつもより多く冗談を飛ばしてクラスを一段と盛り上げてくれました。そしてまた次の目的地に向かうため、それぞれのバスに分散するクラスのみんなに「よし!また次の場所で1組集合だ!」といって送り出してくれるのでした。
2011.03.07
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我が教室の本年度生の最後の授業となりました。中3生しか募集しない我が教室では、1年毎に全塾生が入れ替わります。本年度の塾生も皆よくがんばりました。もう私のできることは明後日の入試本番に全員が実力を発揮できるように祈るのみです。毎年そうですが、本年度生は特に全員それぞれ苦労もあり壁にもぶち当たりました。その厳しい状況をつくった原因の多くは、実際に学校で学ぶ生徒達のことを考えず生徒達の現実を知らない、そして何があっても責任を取らないバカ連中が方向性や方針を決めるからです。学校教育に完全週休2日制が導入されて、そろそろ20年が経とうとします。年間の授業時数が大幅に減ったのに伴い、学習内容も少なくなりました・しかし、、、しかしです。昨年度より学習指導要領の改訂があって、学習内容(学習量)が以前の量に戻りました。でも授業時数は戻らないのです。現場の先生方の御苦労もはかり知れないと思います。授業時数が増えもしないのに、学習内容は大幅に増加する。するとどうなるか!その状況が文部科学省の連中にはなぜ想像できないのでしょう?答えは簡単! 現場を知らないから。 子供の現状を知らないから。 そんな連中になんで決定権があるねん!!!授業時数が増えもしないのに、学習内容は大幅に増加する。するとどうなるか!授業内容がスカスカになり、生徒が理解不足をおこす!それをフォローできないまま、どんどん新しい単元に入っていく、、、、。まさに本年度の我が塾生はその状況の中、「できないのは自分が悪い」「自分のせいだ」「自分の頭が悪いんだ」、、、と自分を責め続けながら中学1年2年を過ごしながら、我が塾の門を叩きました。今年ほど「悪いのは君たちやない!」「できないのは君たちのせいやない!」「みんなで一緒に分かるように勉強していこう!」と言い続けた1年もはじめてでした。そんな中を、悩み、つまづき、涙しながら勉強に取り組んできた生徒達だから、、、みんなに桜咲く春が来ることを祈ります。みんな!この1年間の努力を信じて、自分を信じて、まよわず問題を解いてこいよ!!!!!
2011.03.06
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当時は結構遠足だけでなく、校外学習なんかで学年でバスに乗ることが多かったような気がします。まあ人間は『いやなこと』は『多かった』ような気になるものなので、私の記憶違いの可能性も高いと思いますが、やはり《便乗組》として他のクラスのバスに乗ることは嫌でした。特に朝です。他のクラスのバスに乗り込むときが何とも言えず嫌でした。だいたい我々《便乗組》の座席は、バスの前ではなく、一番後ろでもなく、真ん中より少し後ろというポジションが多いのです。勿論、そのクラスの全員が乗り込んだ後で我々が最後に乗り込むのです。そのとき以前に同じクラスだった友達が「お~」とか「イェ~」とか言いながら陽気に出迎えてくれたりします。それは嬉しいのですが、どこか心の中で申し訳ないような気分が残ってしまうのです。そして一番きついのが、我々が乗り込んだ瞬間にあからさまに嫌そうな顔をされることです。そんなに悪気はなかったとは思いますが、ときに子供は残酷な一面をふと見せることがあるので、それが原因ではなかったかと今は思いますが、、、、。特に女子にそうされることが多かったです。「チッ」と舌打ちが聞こえてきたり、「なんで~」なんて声が聞こえてきたりするのです。我々《便乗組》はそれらの何とも言えない雰囲気の洗礼を受けながら、バスの少し後ろの座席に荷物と身体を押し込むのでした。
2011.03.03
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確か5年生になって2回目の遠足の後だったと思います。T先生が我々のクラスだけ分散して他のクラスのバスに便乗する理由を突然話してくれました。我々の学年は5クラスあるにも関わらず、卒業まで毎回どこに行くにもバスは4台だけ用意される。しかしT先生は生涯の思いでとなるであろう修学旅行だけはクラス全員で1台のバスに乗らせてあげたいので、その代わりに修学旅行以外は《分散組・便乗組》を買って出た!これが先生の思惑だったそうです。しかし結果として我々は《分散組・便乗組》を続けることで、人間として大切な多くのことを学ぶのでした。ある日の給食の配膳時間に私は思い切ってT先生に聞いてみました。「毎回よそのクラスのバスに分かれて乗らなくても、運がよければ修学旅行のときも僕らのクラスで1台のバスに乗れるかも知れません。」といった内容の質問をもっとたどたどしい言葉(だったはず)でぶつけてみました。先生から返ってきた返事はこうでした、、、、「確かにそうかも知れないな。でも人間は自分のしたいことをどうしてもするときって、何かを我慢しとかないといけない!あれもしたい、これもしたいでは人としてダメだ!それに運に任せても《絶対》ってことはないだろ?」その言葉を聞いたとき、ポカーンとしてしまいました。感心したとか納得したとかではなく、先生と生徒の会話ではなく1人の人間と1人の人間の会話というか、大人と大人の会話をしたような気持ちになってポカーンとしてしまったのです。どういう言葉で表現すればいいか今でも分かりませんが、1人の人間として、大人として話をしてくれたことが嬉しかったとか感動したとかではなく、その瞬間に酔っていたというのが一番近い表現かと思います。先生は配膳の手の止まっている給食当番の私の背中を満面の笑みでポンとたたいて、「よし!早く給食を食べよう。腹が減った!」と言うと、教室の前にある先生用の机に向かって歩いていきました。
2011.03.02
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その質問に対してT先生は、一瞬笑顔を見せて、「ま、それも勉強だ!」と一言、、、、そのとき私は1年と2年のときに担任してくださったN先生とのお別れのときの言葉を思い出しました。「あんたは自分の好きなことをしていたらいい。それも立派な勉強や」しかしT先生の一言には正直「何が勉強やねん!」と思ったことを覚えています。あの何ともいえない、、、居場所の無さというか、言葉や態度に表れない疎外感というか、窮屈さというか、何に対しても少し遠慮しなければならない立場というか、、、。当時の私はあの遠足のときのあのバスの中の雰囲気が好きではありませんでした。我々のクラスが班別に乗り込む《他のクラスのバス》には、そのクラスの雰囲気が流れています。そのクラスの担任の先生も「1組(我々T先生学級)の皆は遠慮しないようにね!」とか言ってくれるのですが、その言葉が逆に「あなたたちは《他のクラスの生徒》ですから、わきまえるように」と言われている気がするのです。で、当のT先生はどのバスに乗るのかというと、遠足の数日前に突然「〇〇(女子生徒)が一緒に乗って欲しそうにしてるから、〇〇のいる班のバスに乗ろうかな!」なんて言い出すのです。T先生は、、、当時の私から言わせれば『女子に甘い』ところが往々にしてあり、女子に人気もありました。T先生が一緒にバスに乗ってくれると知ったその班の女子は喜びの黄色い歓声を上げます!当時から女子に人気の無かった私は「ちっ、スケベおやじ!」なんて心の中で思ったものです。
2011.03.01
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