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先の話題で紹介した『本気の道徳の授業』のエピソードですが、読んで思いっきりツッコミを入れいる人も多いことと思います。「道徳の授業をする教師・生徒・地域の人、、、それらの人達が出てくるのは勿論やけど、ある意味その人達より重要な人達が全く出てきてないぞ!!」と!!教師・生徒・地域の人達、その人達より重要な人達とは?必死に、真剣に、『道徳』教育に取り組んでいる人達やその必要性に気付いている人達には分かることと思います。わたしの新米教師時代の道徳の授業が、ある程度の成果をあけたように見えた本当の大きな要因は何か?その答えを私はその中学校を離任してその地域を離れてから、はじめて痛いほど思い知らされました。
2012.09.30
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昨今の学校教育の場で起こる事件を見聞きするたびに思います。「どれほどの先生が自分の人生をかけた本気の道徳の授業をしているのか?」と、、、。またその事件に対する教育委員会の態度を見聞きするたびに思います。「こいつらに『道徳心』とか『正義』とかはないのか?」と、、、、。大人が本気で道徳心を持ち続けないから、子供が大人に敬意を感じずやりたい放題になんでもメチャクチャにするのです。しかしそれは大人だけの責任ではありません。突き詰めれば道徳心なんてどんなところやどんなものからでも学ぶことができるのです。老若男女関係なく、道徳心というものを本気で学ぼうとしない、追求しようとしない、そんな人間自体に大きな問題があるのです。児童・生徒の諸君!『道徳心』というものは、その人間の根幹を成す大切なものです!学校でそう教わっている人はかなり少ないと思いますが、しっかり胆に据えておいてください。そして自分で「道徳心とは何か?」を常に問い続けてください。
2012.09.21
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昨年、そのとき私が受け持っていたクラスの生徒の結婚式がありました。当時の私のクラスのメンバーは勿論、1学年下のクラスのメンバーもたくさん出席していました。彼らは結婚した後も家族ぐるみの交友を維持しています。そこで十数年ぶりに私が1年生の担任をしていたときの3年生のクラスの中心的存在だった男子生徒の1人と再会しました。彼は一緒に来ていた奥さんに私を「この人がゴマ先生。僕らの中学校をガラッと変えてくれた伝説の先生やで。」と紹介しました。奥さんは「あ、話は聞いています。はじめまして」と挨拶をしてくれました。彼の一言は、久しぶりに会った昔の先生へのヨイショもあったと思います。ただ98%がヨイショだったとしても、残りの2%でもそう思っていてくれていたとすれば、彼の言葉は私の教師としての勲章の1つになるのではないかと密かに感じています。
2012.09.20
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私が初めて担任したこのクラスのメンバーは今でも何かあれば私に声をかけてくれます。やれキャンプだ、やれパーティーだ、やれ結婚式だ、といろいろありましたが、いつでも1学年下のクラスのメンバーも来ています。彼らの仲の良さが今だに持続しているのには私も驚かされます。おそらく知らない人が見ていたらみんなが同じ学年の同じクラスだったメンバーだと思うでしょう。今となっては何年かに1度ですが、それほど仲の良い彼らに会うことが私の人生においての密かな楽しみになっています。現在彼らは仕事等の理由でほとんどがふるさとを離れて生活していますが、互いに連絡を取り合い、ときには励ましあいながら人生を歩んでいるのです。
2012.09.19
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そのような状況でしたので、私の心配していたことは起きませんでした。私の心配とは「自分のクラスが2年生になったとき後輩の1年生をイジめたりはしないか」というものでしたが、、、、、。それどころかこの私のクラスが2年であった1年間は、学校でイジメ事件は起きませんでした。ちなみにこのクラスが3年になった春に私はこの中学を離任しましたので、かれらが3年のときの学校の様子の詳細は知らないのです。しかしその年にその中学校にいた先生方からは、イジメ等の問題は起こっていないとは聞いています。
2012.09.18
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しかしだからといって私が担任していたクラスに全く問題が無くなったわけではありません。小さな問題はときどき起こりました。そりゃ生身の人間が集まっているのですからどんな集団でも何らかの問題点は生じます。ただ私のクラスで起こった小さな問題点は、『私の道徳の授業に足らないものは何か!』『生徒達が私の道徳の授業に求めているものは何か!』を明確に私に教えてくれたのです。問題が起きて、それを解決する度にクラスがよくなっていったあの実感は今も忘れることはできません。教壇に立って2年目を迎えたばかりの私でしたが、日頃の平穏な楽しいクラスで担任として過ごす日々に幸せを感じながら、いざ何か問題が起きれば「待ってました!」とばかりにある意味嬉々として問題解決にあたることのできる自分になっていたのでした。あれが『担任の醍醐味』であったのはないかと、今になってしみじみ思います。同時に今現在学校教育の場で担任をしている先生の何人があの醍醐味を味わいながら日々を過ごしているのかを考えると、なぜか寂しい気持ちになってしまいます。
2012.09.17
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例えばよくあるパターンは「先生こないだ(1年生の)〇〇を叱ったんやろ?でもあいつ悪い奴と違うよ。」と言って、その私に叱られた1年生の良いところを一生懸命説明するのです。そして「だから先生もうちょっとあいつのこと暖かい目で見てやって!あいつも反省してるし。」なんていってくるのです。またこんなパターンもありました。「先生△△を叱ったんやってな。あいつのああいうところは直してやらないとイカンからまた同じようなことあったらバシっと言うてやってな!」などと言ってくるのです。こうして新2年生は、新1年生が早く中学校生活に慣れるように、、、ある意味一番口うるさい自分たちの担任のゴマという先生に慣れるように気を配ってくれたのです。まあしかしこれに関しては正直私のクラスのメンバーが元々そういう気質であったのか、あるいは私の道徳の授業の影響が少しでもあったのかは明確に判定はできませんが、、、、。
2012.09.16
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そのうち2年生は1年生から私の英語の授業で起こった出来事を聞くようになりました。そして例えば私が1年生の誰かを叱りつけたとの話を聞けば、叱られた1年生の話をよく聞き、また叱った私の話も聞いて、両者を何とか和解させようとすることがしばしばありました。勿論私は叱るには叱りますが、何もそれが原因でその生徒を嫌いになったりしません。かなり以前にも述べましたが、その生徒の将来を思えばこそ叱る訳ですから!しかし2年生にとってすれば、自分たちの後輩と自分たちの担任の関係がギクシャクするのを回避したかったみたいでした。またその仲をとりもつことができる立場にいるのは自分たちだけだとも思っていた様子でした。また2年生のすごかったところは、私が1年生を叱った全てに対して仲裁に入るわけではなかったことです。
2012.09.15
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私がまず気になったこととは、私のクラスが2年生になったとき後輩の1年生にどんな態度を見せるのか!でした。しばらく黙って様子を見ていたのですが、、、、私の担任する2年生が1年生をいじめるようなことは起きませんでした。それどころか私の授業中に「先生、1年の授業どうやった?」なんて聞いてくるのです。正直入学したての新1年生の私の印象は『礼儀知らずで限度知らずのガキ共』でした。大人には、いや先生には何を言っても何をしてもいい、何をしても何をいっても叱られない、と思い込んでいる言動が多かったのです。勿論私はそんな新入生を容赦なく叱りつけていたですが、私のその思いを察知した2年生は私と1年生の仲を取り持とうとするのでした。
2012.09.14
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そして年が明けて短い3学期が終わり、3年生たちは卒業していきました。彼ら彼女らは1年生の担任の私から見て『よい最上級生』として立派に旅立っていったと思います。あの体育館での事件以来、3年生が下級生をいじめるような事件は起きませんでした。それどころか2年・1年の面倒を良く見てくれました。その1つの例が生徒会です。3年生が本当にしっかり学校行事を運営し、下級生の面倒もよくみながら楽しい雰囲気を作ってくれたおかげで、「来年は私も生徒会に入りたい」という下級生が驚くほど多かったのです。その年の4月に当然のことながら私のクラスは2年生になり、幸運なことに私は持ち上がりで担任をすることとなりました。後輩・下級生ができたときに、私のクラスにおける道徳の授業の成果が本当に出るのか否かがはっきりすると感じていたので、いろんな意味で私にとって勝負の春でもありました。
2012.09.13
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その年末の懇親会で私に話しかけてきた地域の男性に学校の様子を話していたのが2年生の女子生徒だということは、その翌日に分かりました。その女子生徒が学校で「昨日の夜〇〇のおっちゃんに何か言われたやろ?」と私に聞いてきたのでした。「〇〇さんに何言うたん?」「最近学校が平和になったって言うた。」「〇〇さんは俺が3年生を腕ずくで押さえ込んでるって思ってるぞ。」「私『腕ずくで』とは言ってないけど、それ以外は間違ったこと言ってないやん。」そんな会話があった更に数日後3年生の女子からも「ゴマ先生が1年生の授業でした話を結構私がクラスに広めてるんよ。」と言われました。「なんで3年の君が俺の1年での授業の話を知ってるの?」と聞くと「もちろん1年生に聞いてるに決まってるやん」と返ってきました。
2012.09.12
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私が道徳の授業の重要性を悟るきっかけとなったいじめ事件を起したのは3年生男子でいじめられたのは1年生男子。それまで私は男子の意識を改革するために道徳の授業を試行錯誤したのですが、その影響を大きく受けてくれていたのは女子たちだったのです。この事実に当時の私は大いに驚かされました。それまで私は自分が学生だった頃も含めて『クラスや学校の雰囲気を決定するのは男子の雰囲気だ』を思ってきたのですが、そのときは明らかに女子たちが学校の雰囲気を変えていたのでした。この経験は学校教育に携わっていたときは勿論ですが、学習塾業界に移った後のほうがその効力を大いに発揮してくれました。「打てば響く女子がいる教室は伸びる」という私の台詞を聞いた人も多いでしょうが、その原点がここにあります。
2012.09.11
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