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まずは自分の敷布団に挑んだ!説明書に指示されているペースより少しゆっくりめにレイ・コ◯プを走らせる。テレビCMでは「フィルターにびっしりとほこりが!」なんて言っていたが、その映像は流されていなかった。「ホンマにびっしりなんやろうな~」と半信半疑というか半分以上疑ってかかっていた。敷布団の上面(体が接している面)だけを5分ほどかけて掃除してみた。そしてフィルターを外してみると・・・私の第一声は「うぎゃ~~~」だった。ホンマにほこりがびっしりだった。ほこりというか黄色い砂というか、、、しかし砂というにはふわふわしているというか粉っぽいというか、、、とにかく「こらテレビでは放送できへんわ」というある意味悲惨な状態だった。でもその悲惨な状況は、レイ・コ◯プの性能というか実力を物語るに十分なものだった。その日から、よっぽどのことが無い限り自分から進んで掃除なんかしない私が、家じゅうの布団の掃除を始めた!
2018.05.31
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それから更に二十数年後・・・私はあるテレビCMにくぎ付けになった。『布団専用クリーナー・レイコ◯プ』なるものが発売されたのだ!「とうとうこの時代がきたか!」そう思った。この時期は半年ほど収入の少ない状態が続いていたのでしばらく購入を検討した。しかし「使ってみたい」との欲望が経済的問題を上回った。自分自身でそう認識したとき、またタイムリーに「今週だけ通常1万7千円のところ、そこから更に2千円引きの1万5千円です!」なんて言い出したものだから、私はすぐに電話で注文した。人気商品とかで到着が2週間後と言われた。私と同じ人がそんなにいるのかとちょっと感心した。そしてとうとう我が手に届いたレイ・コ◯プ!トントンと布団を叩きながら埃を吸引。しかもそのときUVを当ててダニを死滅させるという優れものだ。説明書をしっかり熟読し、早速試運転(?)に挑んだ!
2018.05.29
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その後本やテレビ等で、布団にはもちろん普通の埃、そして人の皮膚、ダニやその死骸なんかで結構汚れていることを知った。知ったからにはなおさら布団の埃を全てたたき出したくなった。大学生となり独り暮らしに慣れ始めたある日、チャレンジする機会を得た!授業の無い天気のいい日に朝から布団を干して、、、、日が沈みだす頃、私は布団タタキを持ってベランダに立った。そして力一杯布団を叩いた。いつものように埃が空中に舞う。それが無くなるまで叩こうと奮闘した。徐々に埃の量は減ってきた。それでも叩き続けたが、完全に埃が無くなる前に汗だくになり腕も萎えてきた。その長期戦に体力がもたずやがて断念せざるを得なかった。・・・その夜、私は大家さんに呼び出された。応接室にはご夫婦が揃って待機されていて、「何があったんかしらんけど、、、相談にのるから話してみなさい。」と言われた。
2018.05.29
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やはり人間はいくつになっても学習することの連続だ!学生諸君は「え~っ!」と思うかもしれないが、これがなかなか人生を豊かにしてくれる。・・・私には小さいときからひとつの課題があった。布団だ!日に干した布団を布団タタキでバンバンたたく。すると埃が出てくる。この埃を無くすことはできないか?そう思った。なくなるまでたたこうと頑張っていたら母に、「たたきすぎや!」「10回くらいたたいて表面の埃が取れたらそんでええんや!」と言われた。しかし10回程度では完全に埃は無くならない。おそらくそれは布団内部に残っている埃ではないかと考えた。でも布団の中に埃なんてたまるものかな・・・という疑問も出てきた。
2018.05.28
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今日ある若者から聞いた。何やら『モテ期』というのがあるらしい!文字通り異性にモテまくる時期のことだそうだ。しかも人生に3回来るらしい!・・・・・・・・・・・・こういうのってJAR◯に電話したらええんかな?
2018.05.27
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だからこそ選択者たちは、可能であればその選択が少なくとも間違いではなかったと後々言えるようにその後の対処を続ける。私がよく生徒たちに「どの学校に進学したかが重要なのではなく、進学した学校で何とどれだけ頑張ったかが重要だ!」と言い張る論拠もここにある。選択者の苦悩を理解できる人達、、、それは何か重大な選択を迫られた経験のある人達なのだろう。そして選択者の孤独を知っている人なのだろう。選択者を批判する人たちのもうひとつの大きな共通点は、「重大な選択を迫られたことがない」「なんとなく何かの流れに乗って生きてきた」あるいは「どっちに転んでも自分の身や立場は守ることができる保険を常に用意している」人たちでもある。私はそれを非難するつもりはない。それもひとつの生き方だろうとは思うからだ。その人達がいつか逃げ場のない重大な選択を迫られたときに知ればいいことだし、あるいはそんな経験をしないで人生を全うすることができるならそれはそれで幸せなことだとも思う。しかしながら、私はこれからも選択者たちの労をねぎらい、言葉や態度に出さずとも彼ら彼女らを支持する側にいることを選択できる人間でいたいと思う。私もそうだった、いや、今もそうだが、、、あのとき、あの限られた時間内で、ときには正常な思考力が働いていないある意味極限状態で、我々が下してきた選択はベストではなかったかもしれないが、出来得る限り考え得る限りベターな選択であったはすなのだ。だれもが非難したとしても、自分だけはあのときの自分を支持してやろうではないか!そして同様に、そんな誰かを支持できる側でありたいと思う。
2018.05.26
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しかし正反対に、大切に付き合っていくべきは支持してくれる人達だ。それは決して何でもかんでも自分の行動を認めてもらおうという甘い考えからきているものではない。選択者を支持し、その労をねぎらってくれる人たちは分かっているのだ。選択者達はいつも自分の選択を後悔していることを!選択を迫られたときはもちろんベストな選択をしたのだ。しかしそれは時間が経つにつれて、結果が明らかになるにつれて、「あるいはもっと賢明な選択肢があったのだはないか。」と選択者自身が思ってしまうのだ。私自身今までさまざまな選択をしてきた。6年前の出来事はそのひとつにすぎない。でもそれらの選択について「あれは完璧に正解やった!」と心底思えるものは皆無だ。やはりその思いは時が経つにつれて強くなる。そう思えば私の人生なんてミス・チョイスの連続だったのかも知れない。
2018.05.25
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批判する人間に言い分をよくよく分析すると、とどのつまり言いたい要点は一つだ。「自分の方がすごい!」、、、これだ。「あのとき自分ならこうした(そうした方がうまくことが運んだ)。」「あいつの判断はここが甘かった(自分の判断には甘さがなくいつも的確だ)。」等々と鼻高々に言い放つ。ただの結果論に過ぎないし、時系列がすでに異なっていることにも気付かないおめでたい人達だ。「自分はすごい」とアピールしなければならない時点で、全くすごくも何ともないことになぜ気付かないのか、、、といつも不思議に思う。まさに不思議時空だ!こういった人物たちとは、顔を合わせれば挨拶をする程度の人間関係で構わない。ただこういった人たちの言い分をしっかり頭の中で文章化して、どこがどのように論理破綻をしているのかを考える題材と思うとハナクソほどではあるが付き合う価値も見出せるというものだ。だから、なのであろう。この類の人物の大きな特徴のひとつは「友達がいない」ことだ。そらそやわな、、、と思う。いや、あるいは友達がいないからこそ誰かを批判してでも自分の良さをアピールせねば不安なのであろう。
2018.05.24
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このとき私は二十数年も前に高校を卒業したばかりの私に社会人としての基礎を叩き込んでくれたK社長の言葉を思い出した。自分や誰かが二者択一の状況になったときは、もちろんまずはその事態に対処!そしてその後に見えるその問題や当事者のまわりに存在する人間の動きを見よ!そこにそれらの人物の人間性が現われる。社長はその人間性については言及しなかったが、現在私は大きく分類して2種類に分かれると思っている。その人の選択を批判する人と、その人の選択を支持する人だ。それはケース・バイ・ケースのように思われるがそうではない。批判する人は常に批判する。表立っているか陰で行うかは別として、批判の言葉を誰かに聞かせる。また支持する人も、表立っているか陰で行うかは別として、ただ選択したその人の労をねぎらう。
2018.05.23
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かつてシェイクスピアはその作品の中でハムレットに[To be,or not to be : that is the quetion :]と言わせた。この台詞はハムレットの中で、、、いや、数あるシェイクスピアの作品の中での名言としてあまりに有名だ。それは劇中での重要性もさることながら、我々人間にとっての重要課題であるからかも知れない。我々は生きていく中で、望むと望まざるに関わらず訪れるものだからだ。それは《選択》だ!特に二者択一は一番難しいのではないかと思う。選択の余地がない出来事に遭遇することの方がある意味気楽である。6年前、私に突然そのときは訪れた。脳内出血の手術が終わり、介護が必要な状態で父が仮退院して家に帰ってきた翌日の早朝に母が倒れた。身内も親戚も近くにいない私は2人の対処を同時にすることはできないと判断し、父を病院に戻して母を家に残した。父の家での様子を主治医に話してすぐに帰宅しようとしたが、主治医の診察時間が終わるまで待機しなければならなかった。家に残した母が気ががりで仕方なかった。夕方になりやっと帰宅したとき、寝込んではいたが母が無事だったことに安堵した。
2018.05.22
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やがて入賞作品の展示期間が終わり、作品は賞品と共に私は私の手元に返ってきた。それから何年たっても私はその店に行く度にコンテストのことを思い出した。あのコンテストで入賞した事実は、私の作品が展示されていたあの期間は、私にとって夢のような出来事であった...語りだしたらキリがないほどの思い出が詰まった『オモチャのペリカン』、、、それは私がその土地を離れた約4年後に店舗の全面改装に伴って急に無くなってしまった。「もしもタイムマシーンがあればどの時代に行きたい?」と聞かれれば、私はあの頃のペリカンに行きたいし、「もしも魔法使いが3つの願いを聞いてくれるとしたら何を言う?」と聞かれれば、あの頃のペリカンにもう一度だけ行くという選択肢は捨てがたい。あの頃のペリカンは、今や私にとっての夢の場所となってしまっている感がある。しかし、もちろんのことではあるが、あの頃の私はペリカンが自分にとっての夢の場所になるとは思っていない。それを考えれば、もしかしたら・・・将来、今の生活をもう一度おくりたいとか・・・今普通に当然かのように足を向けている場所が無くなってしまって、そこにもう一度だけいきたいとか・・・今普通に当然のように会っている人達に会えなくなって、もう一度だけその人たちに会って何気ない話をしたいとか・・・そんなふうに思う日が来るのかもしれない。だったとすれば!夢というものは・・・いや、ある種の夢というものは・・・遠い将来に待っているものでもなく、何か血のにじむような努力の向こう側にあるのでもなく・・・今ここに、風のように空気のように在るのかもしれない。
2018.05.21
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店に入ると私はまっずぐにプラモデルのコーナーに向かった。その一角にはいつもは置いていないガラス製のショーケースが設置されていて、その中に入賞の5作品が飾られていた。一瞬目を疑った。私が作った270円のロボットがそこに飾られていた。その足元には[店長賞]と書かれたカードがあり、私の名前・学年・学校名が書かれていた。そして『これぞプラモデル作りの基本。楽しみながら工夫して作るとこうなります。』とのコメントがあった。他の4つの賞にはコメントは書かれていなかったが、私にだけコメントがあった。信じられなくてただ唖然とした。それから3カ月間、私はその店にいくたびにショーケースの中に自分のプラモデルに飾られていことを科確認した。ときには見知らぬ人が、私の作品をじっと見つめている場面にも遭遇した。最初は恥ずかしかったが、そのうちそれが嬉しく感じるようにもなった。
2018.05.19
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応募したときに1枚の紙を手渡された。そこには、2週間後の日曜日以降に作品を取りにくること、そのとき参加賞がもらえること、入賞者はそのきに発表となり、作品は3ヵ月間店内で展示するので、その期間が終わるまで返却できないこと、が書かれていた。私は2週間後に自分のプラモと参加賞をもらいにその店に足を運ぼうと思った。そして2週間が過ぎた。私は引き取り日初日の日曜日に自転車で店に出向いた。途中すれ違った他校の小学生が、コンテスト入賞作品の話をしていたのが耳に入った。一等賞のスーパーカーの出来栄えはすごかった・・・とか、二等賞の戦闘機もきれいっだた・・・とか、やっぱり大人が作ったものはずごい!・・・とか。「そやろな。」私はそう思った。『応募資格はペリカンで買ったプラモルを作ること』だけだった。作品を持ち込むときにレシートさえあれば良かったのだ。年齢制限なんか無かったのだ。そんなことも考慮せず《プラモデル・コンテスト》という言葉に酔いしれてしまった自分を少し不甲斐なく思う反面、それでも応募した自分を誇らしくも思った。
2018.05.18
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小学4年生の秋には、ペリカン主催の『プラモデル・コンテスト』があった。私はなけなしの小遣いで270円のプラモデルを買って慎重に作って出品した。私が作品を持ち込んだのは応募締め切り日だった。しかしその日はなぜかペリカンだけシャッターが閉まっていた。あとで知ったのだが、前日に電気トラブルがありその工事のためにおやすみにしたそうだ。知らなかった私は翌日に再び作品を持ち込んで、昨日来たことを訴えた。店員さんは「そういうことなら」と私の応募を受け付けてくれた。渡された応募用紙に名前や学年を書き込んで、店員さんに促されるがままに店のバックヤードに入っていった。私は息をのんだ!そこには応募された作品が所狭しと並んでいた。入賞は、一等賞・二等賞・三等賞・特別賞・店長賞の5名しか選ばれないのに、その応募作品数の多さにびっくりしたのだ。しかも各作品の下に置かれている応募用紙を見る限り、半数以上が結構な大人だった。もちろん私なんかよりもっと高価なプラモデルを使用したものがズラリと並んでいたので、かなり気後れをしてしまった。しかしもう後戻りはできない。その隅に自分の作品を置いて私は家路についた。
2018.05.16
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また当時は模型やおもちゃの専門雑誌などは無かったので、新商品は基本的に店で発見することが多かった。人気のオモチャの新製品なんかはテレビCMで知ることができたが、私のメインはプラモデル!プラモデルのテレビCMなんかは無かったので、店に行くときはワクワクしたものだった。「こんなプラモがあればいい」と思っているものと同じ商品が発売されていたときの喜び・・・また「ああ!この手があったかぁ~」と思わされる商品に出会った時の感動・・・それらは間違いなく私の幸せのひと時であり、夢の瞬間だった。そんな時間も私が中学生になると部活の練習で多忙を極めた結果ほとんど無くなってしまったが、高校生になると通学で利用する駅がすぐ近くだったのでまた頻繁に寄るようになった。高校を卒業して就職しても与えられた毎週火曜日の休日には、用もないのにその店に足を運んだ。
2018.05.15
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3つとも店を回る私は一番最後には必ずペリカンへ行った。なぜならそこでは常に商品が一割引きだったからだ。100円のプラモデルなら90円、500円のプラモデルであればなんと450円で買えるのだ!毎回買ってもらえるわけでは無かったので、親におねだりするときは「他の店より安い」ことをアピールした。また小遣いを貯めてほしいものを買うにしても1割引きは大きかった。それに3つの店の中でペリカンは一番広いので、商品数が多かった。特にレジの前にある透明なガラスの中に陳列されている[超合金]だの[ポピニカ]だのの高額商品の種類も豊富で、おそらく当時販売されている全種類が常時並べられていた。実際の商品が箱の中から出されていて、実物を見ることができた。もちろん高額商品なので購入することはできないのだが、それらを見ている時間は当時の私にとって至福のひと時であり、幸せな時間であった。
2018.05.14
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それは地下1階にあった。ペリカンというおもちゃ屋だった。当時としては珍しい3つの百貨店が大きな1つの建物に入っている大きな商業施設の地下だった。我が家はだいたい週末になるとそこに出かけて買い物をした。父がいるときは車で、いないときはバスで、我々子供たちが自転車に乗れるようになってからは自転車で行くこともあった。その店に到着すると特別なことが無い限り、大人組と子供組に分かれて好きな場所に行き、時間を決めておいて最後に食料品売り場で合流のが我が家のいつものパターンだった。大人組はだいたい衣服を見ていたが、我々子供組は本屋かおもちゃ屋に行った。その建物の中には本屋は1件しかなかったが、おもちゃ屋は各百貨店が1店ずつ出店していたので3つあった。どの店も売っているものに大差はなかったが、私はいつも3店すべてを回った。
2018.05.13
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そして我が国を乗っ取って消滅させた国は言うだろう。「日本が悪い国だったから仕方ない!」そして日本がどんなに悪い国であったかを有る事無い事並び立てて自らを正当化する。それが諸外国の『普通』なのだから仕方ない。しかし!それでも・・・それでも、何百年かが経過すれば、それらのウソがウソと分かる時代が必ず来る。そのとき、日本は[はなさかじいさん]のようにおとぎ話の中に存在し突ける。その存在は何人(なんぴと)も消し去ることはできない。・・・昔々、、、日本という正直者の国がありました。その国は天皇という人を中心にして、良く学び、良く働きました。今の世界を支えている多くの技術も日本という国の人たちが生み出しました。日本という国は、他の国々もウソを言わない正直者だと信じてやみませんでした。でも他の国々はウソをついて日本を悪者にしようとしました。それに対して日本は悪いことを言われるのは自分に非があるからだとそれらを認め、謝罪をし続け謝罪金を払い続けました。他の国々はそのお金で武器を買い、武器を作り、いつでも日本を侵略できるように何十年もかけて準備をしていました。でも日本は他の国々がそんなことをするわけがないと思っていました。そしてある日・・・他に国々は日本を攻めました。日本国内にいた他の国の人たちも日本人に牙をむきました。その日のうちに日本という国はなくなりました。日本人は良き隣人と思っていた他の国々の人に抵抗しませんでした。なので日本人には多くの死者が出ましたが、他の国々の人たちは1人たりともケガすらしませんでした。こうして日本という国は無くなりました。・・・こんな昔話の中に日本は存在し続けるだろう。そしてこの昔話が未来の人々に語り掛ける内容は、人類にとって重要な意味を持つだろう。
2018.05.12
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おそらく、日本は政治で自国を守ることはできないだろう。だって現時点でも守れていないのに、将来なんて何の期待ができようか!自衛隊は武力による侵略に対抗する実力なので、合法的に侵入して侵略をもくろんでいる者たちには至って無力である。K国やC国はこれからも事実無根の言いがかりをつけてくるだろう。日本はそれに対しても何の抵抗もなく結果的に受け入れてしまう。いい意味でも、悪い意味でも、日本とはそんな国なのだ。悪い意味では「今さえ幸せならばそれでいい」という気質が原因といえるだろう。特に政治家と評論家の罪は重いだろう。政治家は今議員バッチをつけていられればいい。そして次回の選挙に自分が受かりさえすれば、5年後の日本なんかどうでもいいのだ。評論家も然りだ!でも、それでも、日本は正直者であろうとするだろう。他者と争って、戦って、そこまでして自分の主張を通すくらいであれば、自分が傷つこうとするのだ。そして自国を守れす守らず、自己批判だけをしながらも他国を傷つけずに消滅してくと私は思う。
2018.05.11
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これら以外でもK国とC国は、事実無根の罪を用意して日本に言いがかりをつけてきている。その中にはもう「笑うてまう」ようなレベルのものもある。それに対してこの正直者の国はどうしているか?それらの罪を認めて、あるいはそれらのような罪を犯したと疑われる自分が悪いと、謝罪と莫大な慰謝料を支払い続けている。さすがは正直者の国だ!そしてこれら他国の我が国に対する侵略行為やカツアゲ行為に、我が政府はどのように対処しているか!!国会ではそれらのことには全く触れることなく、『モリ』だの『カケ』だの『セクハラ』だののどうでもないようなことをこねくり回して時間を稼いで、侵略行為やカツアゲ行為がスムーズに進行するように他国の手助けをしている(ちなみに『セクハラ』はどうでもいいとは言い切れないが、少なくとも1日に我々の血税が約3億円も投入されている国会で話すことではない)。だって他国は正しく、わが国は正しくないのだ!他人に限りなく優しく、自己には微塵の容赦も許さないほどの厳しさをもつ・・・これこそ正直者の真骨頂ではないだろうか。このように我が国の正直者具合を話出せばきりがない・・・・そんな我が国は、おそらく早くて100年後には無くなっている・・・と残念ではあるが思っている。
2018.05.09
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C国はまだすばらしい行動をしている。その買い上げた日本の土地はあまり普段日本人が立ち入らない場所だ。そこで大勢のC国人がすでに集団生活をしている。そのほとんどの人は仕事をしていない。日本国民の納めた税金を財源とした生活保護の支給を受けて生活をしているのだ。その人たちは日本に来るときの入国審査で、「日本国内での収入源」の欄に堂々と[生活保護費]と記入して我が国に入ってくる。でもこの国はそれを諸手を挙げて受け入れる。困っている人は無条件で助ける!たとえそれが意図的に作り出された「困った状況」でも無条件で助ける!さすが正直者の国だ!!!さらにC国人は、2011年の東日本大震災のときに大勢入国している。そして東北の数か所の地域に入り込んで支援物資で生活をして、その場所から日本人を締め出している。いくつかの報道機関がその場所に入ったが、「ここで起きていることは絶対に口外しません。」との念書を書かされて帰ってきている。なぜ口外しないのか!そんな事実を報道してしまえばC国が困るからである。他人のいやがることは絶対にしない。さすがは正直者の国のジャーナリストだ!!!
2018.05.08
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そのK国はベトナム戦争時にベトナム民間人を1万人以上も惨殺している。そのほとんどは女性で、性的暴行を加えた後、人間業と思えない方法で惨殺しまくっている。でも正直者の我が国ではそれを口にすることもしない。だからこの事実を知っている日本人は少ない。なぜならそんなことをすればK国が嫌な思いをするからだ。正直者は絶対に他者に嫌な思いをさせない!さすがだ!!!また同じく隣国のひとつであるC国は現在何をしているか!日本の土地を買いまくっている。そのほとんどは水源地であると同時に、あまり人が入っていかない場所だ。でも外国人が日本の土地を買うことは日本の法律的に問題ないといって、どんどん買ってもらっている。正直者の我が国は、C国がそのうち水を独り占めして日本人の水が無くなるなんて考えていない。なぜならC国も自国と同様に正直者でみんなの幸福を望んでいると信じてやまないからだ。C国は共産国家である。共産主義とは私有財産を認めていない。水源地を買いまくっているのはC国の企業だから大丈夫・・・なんてこの国は思っている。ある日突然、C国企業のものはC国政府のものだ! と言い出すことなんで想定してない。モンゴルやチベットで起こっていることなんか、わが国では起こらないと本気で思っている。他者を疑わない。全く、微塵も疑わない。さすがは正直者の国だ。
2018.05.08
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正直者のこの国は、隣国のひとつのK国が勝手に日本の竹島という島に軍隊を駐留させて「ここはK国の領土の独島(どくと)だ。」と主張して占領しても何もしない。「出ていけ」なんて言えばそのK国が嫌な思いをするから気を使っているのだ。そして平和を望んでいるK国の良識ある政府が、いつか竹島を返してくれると思っている。なぜならK国も正直者だと信じているからだ。ではK国は何をしているか!小学校・中学校に【独島部】なる部を作って、教育面から竹島の占領をもくろんでいる。なぜならK国は知っているのだ。嘘もつき続ければ真実になることを!先の戦争のときもそうだ。第一次世界大戦のときに各国の兵士が占領国や駐留地域の女性に性的暴力を振るうことが大問題になった。正直者のこの国は、そんなことがないように先の大戦時に[慰安所]を設けた。そこで女性を募集した。もちろん特殊な仕事なので高価な賃金を支払った。生活のためやむなく応募した女性もいただろう。しかしその対価は現金で手にした。それが前後、自分たちは連れ去られたと言い出す。しかも戦後60年以上も経った時期にだ。さらに自分は慰安婦だったと言い出した人物たちは、その年齢から事実の辻褄が合わない。中には戦後生まれの女性もいるのだ。それに対してこの正直者の国は何をしてきたか・・・謝罪をしまくって、慰謝料を支払い続けている。さすが正直者の国だ!嘘にも誠意で対応するのだ。
2018.05.07
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世界の国々はもう薄々気付いている。中には確信犯的な国もすでに存在する。『正直』に打ち勝つ方法!まずは「嘘もつき通せば真実になる」ということ。真実を知っている人がいなくなれば、それはもう真実ではなくなる。もうひとつは「都合の悪い真実は隠し続ければ無くなってしまう」ということ。都合の悪い事実もそれを知っている人がいなくなれば、その事実はもう無かったことになる。真実はひとつ!事実はひとつ!・・・そう信じているのはおそらく日本人だけである。いや、厳密にいうとほとんどの日本人だけである。そして日本という国は、正直のあまり他国を信用しきっている。正直者は他者を疑うこともしないのだ。日本国憲法の前文で言っている。簡単にいうと「日本以外の諸外国は平和を求めているのだから、日本はそれを邪魔しません!」と国内外に宣言しているのだ。諸外国が求めているのは自国だけの幸福であって決してそこに日本が入っていることなんかは無い・・・なんて微塵も思っていない国・・・それが正直者の日本なのだ。
2018.05.06
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そんな正直者はそうでない者たちからすると『御しやすい』。つまりバカにしやすく、また騙しやすい。方法は簡単!正直には嘘で対抗する。しかも正直さがときには不幸を呼ぶこともある。だからいつしか多くの人たちが正直者の対極側に歩んでいくようになる。我々日本人ですらこうなのだ。そんな我々日本人は嘘でも騙し討ちでも自分の主張が通れば勝ちだと思っている諸外国と渡り合っていかねばならない。私は最近つくづく思う。早ければ100年後にはもう日本という国は無くなっているだろう。それこそ日本はお伽話や昔話の中にだけ存在することとなる。『正直』と『嘘』が戦った場合、一時的には『嘘』が勝つ。それは歴史が証明している。しかしながら最終的には『正直』が勝るのだ。いや、勝ってきたのだ。でももう日本人の正直さは、世界に通用しない。
2018.05.05
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しかし現実には『正直者』であることは時として難しい。『正直者が馬鹿を見る』ことだって往々としてあるからだ。多くの日本の童話や昔話に登場する『正直者』には共通点がある。まずは勿論正直であること。これは言い換えれば「ウソをつかないこと」とも言える。そして何事も受け入れること。これは言い換えれば「他人を恨まない」「何をされても反撃や復習をしない」とも言える。たとえば、花咲かじいさんは隣に住んでいるいじわる爺さん(欲張り爺さんと呼ばれることもまる)に愛犬のポチを殺される。でもいじわる爺さんを恨んだりしないし、反撃や復習も考えすらしない。ただただポチの死を悼み悲しむだけであった。我々日本人は幼い頃これらの話の中で「正直者」の姿に触れたとき、彼ら彼女らに感情移入し、彼ら彼女らの立場と目線で物語の中に入り込んできた。また同時に彼ら彼女らのように生きたいと心のどこかで思っていたのだ。
2018.05.03
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♪う~らのは~たけで、ポ~チが鳴くぅ~♪♪しょ~じき爺ぃ~さん、掘ったればぁ~♪♪大ぉ~判、小ぉ~判が、ザぁ~ック、ザぁ~ック、ザぁック、ザぁック♪童謡『花咲かじいさん』の歌詞である。皆さんは、『花咲かじいさん』のストーリーを御存知だろうか?またどれくらいの数の日本の童話や昔話を御存知だろうか?案外日本の童話や昔話はその出典が説話物語だったりするので、文学的意味や内容の示唆深さは注目すべきものが多い。そしてその特徴の一つが『正直者』の存在と言える。案外海外の童話にはそれに該当する存在の登場人物が出てくることは稀なのだ。そんな日本の多くの童話や昔話に出てくる正直者は、紆余曲折はあるものの最終的には日の目をみる。あるいはだれかのためになり、助けになる。我々日本人は幼いころからそのような話を親や大人から聞かされることで、その深層心理に「人間は正直であるべき。」「正直な人間であろう。」との思いが刻まれてきているのだ。
2018.05.03
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ここ十年ほどで本当によく耳にするようになった言葉の一つが「面白くない」だ。特にここ数年は若者のみならずいい歳した大人までもがこれを言う。私はこういった連中とは距離を置く。なぜなら「あんたの言う面白いって何なんや?」と聞いても明確な答えが返ってこない。返ってきたとしてもそれは誰かが用意してくれている『面白いこと』であり、そのほとんどが直接的または間接的にお金を取られることだ。『面白い』ことは自分で見つけないとどこにも存在しない!みつける気がなければ、たとえそれが目の前にあっても気づくことはない。だからいつまで経っても「面白くない」「何か面白いことない?」を口癖のように言いながら今日も生きるしかないのだ。たとえば私にとって月見うどんのたまごは最高に『面白い』時間を与えてくれる。幸運にも私はその面白さに気付くことができた。幸運にも私の人生にはこのような面白いことがたくさんある。だから退屈しない。だから面白い。人生とは、突き詰めれば、この『面白さ』を感じることであり見つけることに他ならないのである。
2018.05.01
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