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さらにあの手この手でたたみ掛ける!2代目のスマホになったとき、はやり『おトク』ですから『おトク』ですからと言いながら3つのカードに加入させられた。このときは『おトク』の後ろに『便利』という言葉が追加されていた。どうせユーザーにとっての『おトクで便利』ではなく会社にとってのものだろう・・・とは思っていたのだが、万一もしやがあるかも知れないと心の片隅で思ってしまった私が甘かった。仮に[A][B][C]の三種のカードとさせてもらう。使えば使う程『おトクで便利』と店員は連呼する。それまでは料金は口座引き落としだったのだが、これからはこれらのカードからの引き落としだと言う。この時点でどのカードなのかの説明はない。後日カードと仰々しい説明書類が送られてきた。が、はやり何をどうすればいいのかが全く的を得ない内容の説明文ばかりだ。それでも何とかインターネット経由で[A]のカードに入金することに成功した。これは比較的簡単にサクサクできた。しかしサクサク入金できる[A]のカードではなく、料金引き落としは入金手続きに手間がかかる[B]のカードであることが後々判明する。しかも[A]のカードに入れたお金がどうなるのかを聞いても「どこでも使えます」と繰り返すばかりで、どこでどのように使うのかが何も分からない。つまり[A]カードに入金したお金は死に金となる。おそらく何なかの形で会社側に渡るのだろう。こんなことがたくさんあるので、サポートセンターに電話したらどうなるか・・・ここからがauの新しいシステムの効力が発揮される。[A]カードのサポートセンターに電話すると、「それは[B]カードの管轄です」と言われる。で、[B]カードのサポートセンターに電話すると「それは[C]カードが担当です」と言われる。そして[C]カードのサポートセンターに電話すると「それは[A]カードに問い合わせてください」と言われる。これを無限ループで続けさせ、ユーザーに「もうええわ」と諦めさせる。まさに三権分立を逆手にとった責任のなすりつけ制度だ!ユーザーが勝手に間違えて入金したお金が自分の手に渡るのである。これこそ会社のとっての『おトクで便利』なのだ。
2018.10.31
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てなことを書いていたら、偶然本日大手携帯電話各社が料金値下げを検討しているとの報道があった。またこれで我々ユーザーの『おトク』感を煽ろうとしているのは見え見えだ!「それでも安くなったら得やん!」と思う方もいるとは思うが、どれくらい安くなれば本当に『おトク』かというと、ざっくり半額以下になるか、あるいはゼロをひとつ取るくらいのプライスダウンが必要だ。なぜなら日本の携帯電話料金は外国人の皆さんがひっくり返っているほど高い。べらぼーにアホほど高い。何もかもを外国に合わせることを良しとはしないが、そんなに『おトク』を連呼するのなら、まずは海外との料金比較をしてからものをいうべきだ。ではなぜその情報が流れないのか。もちろん携帯電話会社は自らにとって不都合な事実なので隠している。それに携帯電話会社のテレビCMの多さを考えたら分かる。番組のスポンサーが隠蔽している情報を番組で流すことができる訳が無い。スズメの涙ほどの値下げを大々的にニュースで宣伝する手法なんかは恐れ入り谷の鬼子母神である。っていうか、まだ値下げもしていない検討の段階でニュースで流すあたりはもうこっちが恥ずかしくなるほどのこれ見よがしさだ。
2018.10.30
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一番、しかも段違いに儲けて得をしているのは、はやり携帯電話会社だ。我々ユーザーに『おトク』『おトク』を押し付けて、その実自分が一番儲ける。つまり『おトク』なのはだれにとってなのかを言わないという戦術なのだ。DMを見てもテレビCMを見聞きしても誰にとっての『おトク』なのかを明言していない。これに関する事例は挙げればきりがない。私が携帯電話をいわゆるスマホに変えたとき、店員は『おトク』だからといろんなプランに私を加入させた。4年後、落下による破損が原因で新しいスマホに変えたとき動画を全く見ていないことを店員に指摘された。最初にスマホを入手したとき動画見放題プランなるものに加入していたらしいのだ。確かに『おトク』だから『おトク』だからと言われた会話の中にそんな話があった。しかしながら動画の見方なんかは何の説明も案内もないし、スマホに慣れることで精一杯だったのでそんなことすら忘れてしまっていた。そして私は約4年間月額680円の動画見放題プランの料金を1秒の動画も見ないままに支払い続けた訳だ。だれにとっての『おトク』か?間違いなく携帯電話会社にとってのおトクなのである。これもauという会社の儲け方のひとつだ。
2018.10.29
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この一連の出来事で『損』をしたのはだれか?もちろん私である。このときは「ハンバーガーがもらえる」との謳い文句であったが、私が『損』をしたのは時間だ。これらの作業に1時間15分の貴重な時間を割いた。その時間があればもっと有意義なことができたのだ。では『トク』をしたのは誰か?昔は携帯電話の会社だけだった。何度も余計なページに飛ばされて、また元のページに戻る、そして何回も何回もパスワードを入れる時間の通話料が儲かるのだ。でも今は私の場合は通話料は定額だ。では今はだれが『トク』をしているのか?まずはそのハンバーガーをもらえた人だ。謳い文句通り全員がもらえた場合、それは既に『おトク』ではなく『普通のサービス』と化してしまう。もらえない人がいるからこそ、もらえる人が『おトク』感を得ることが可能だ。つまりは『おトク』というのは『損』の上になり立っているのだ。そしてさらにここにはもっと『おトク』を享受している者がいる。ハンバーガーだのドーナツだのといったレベルではなく、濡れ手に粟・坊主丸儲け的に得をしている者だ!
2018.10.28
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どの携帯電話会社も『おトク』とか『もらえる』とかを連呼しているが、私が長年契約している会社もテレビ等で連呼している。《◯太郎の日》とかなんとか言って、その日にその会社の携帯電話を持っている人に何かがもらえると言っている。しかし私はトンともらったことがない。メールも「もうええわ!」っていうくらいくる。今回の《◯太郎の日》はお店でドーナツ1個がもらえます、なんて言ってくる。しかしトンともらったことがない。一度こちらから能動的に行動してみようと思い、そのアホほど長いメールを熟読した。なにやら「こちらをクリックして登録してください」みたいなボタンがあった。クリックすると「FXしなさい」とか「家庭の電気も我が社で・・・」みたいな全く関係の無い宣伝ページに飛ばされる。元のページに戻る。また熟読する。「詳しくはこちら」というボタンを発見する。クリックしてみる。「・・・に同意しますか」のボタンが出てくる。同意する。「アクセスできませんでした。」と表示が出てくる。その下にある長い文章を熟読する。何やらパスワードが必要のようだ。設定なんかしていない。すると「パスワード登録」のボタンを見つける。そのボタンを押して登録画面に移行する。思いついたパスワードを入れてみる。「パスワードが間違っています。」と出てくる。いやいや、間違ってるも何も今登録しとるところやんけ!と少しムカつく。それも10回くらい繰り返すと、やっとパスワードの登録が完了する。昔は100回くらい繰り返さないとパスワードの設定はできなかったから、少しは顧客の立場も考えることができる会社になったのかなと前向きに捉える。登録が完了し、また前のページまでなんとか辿り着いてパスワードを入れる。すると、期待通り「パスワードが間違っています」と表示がでる。今設定したばかりのパスワードを間違える訳ないやんけ!と何回も入れていたら、「本人確認のため名前と生年月日を入れてください」と表示が出る。入れてみる。「名前と生年月日が間違っています」と表示が出てくる。名前と生年月日を間違えることってあるか?と怒りが最高潮に達する。結局なにももらえない!これがauという会社のやり方だ!
2018.10.27
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最近よく見聞きする言葉に『おトク』がある。もちろん私も人間なので、得をしたいという気持ちは往々にしてある。だから気になるワードではある。同じものを購入するなら少しでも安いもの、あるいは何か特典のあるものがいいと思う。たとえば食料品売り場で同じものを買うなら、消費期限の近さから割引きになっているものを買うことがある。食品ロスをなくすことができるしお財布に優しいから一挙両得だ。しかしながら昨今の『おトク』には疑問符が残るものが多いと思う。中には『おトク』なら何をしてもいいと思っている業者なんかも多い。最たるものは携帯電話の会社だ。テレビでもメールでもDMでも『おトク』『おトク』を連発してくる。でも私だけかも知れないが、損をしたことはあっても得をしたことはトンとない。
2018.10.26
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しかしあの《おばはん》は気づいたのだ!夫と離れてその有難さを、、、あるいは便利さを!でももう遅かった。さすがの面倒見のいい《おじさん》たる先輩も、離れて気付いたのだ。《おばはん》がいない生活の心地よさを。先輩も私もすでに終活を考える時期にきている。人生の最後くらい、、、、ええじゃないですか、先輩。たとえそれが言われる通りのわがままだったとしても。先輩は《おじさん》として、これまで通り心豊かな人であってください。もしあの《おばはん》からこちらに連絡があれば、私がきっちり『パフ吉』の詰めの垢を煎じてその中に沈めておきますから!
2018.10.24
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私よりひと回り以上年上の先輩は、病気が原因で一昨年早期退職をして今は仕事をしないで療養生活をされている。最後にお会いしたのは私が21歳のときだったので、実に31年ぶりに対面した。先輩は退職とほぼ同時に離婚していた。奥さんの方から切り出したそうだ。おそらくはあの女のことだ。ポンコツになった旦那の面倒をみさされるくらいなら、退職金を含めた資産の半分をぶん取って楽に生活をしようとでも考えたのだろう。しかし今年になって復縁を迫ってきたらしいのだ。昔の先輩なら受け入れただろう。しかし彼はこれを断った。いっしょにうどんを食べながら、先輩はそれを「僕のわがままなんよ。」といって自分を責めておられた。「一回くらいのわがままですやん。よろしいですやん。」と私は言った。それまで先輩があの女のわがままや自分勝手を何千回・何万回も笑顔で受け入れてきたことは確実だ。たった一回くらいなんですのん?先輩は高齢者と呼ばれる一歩手前の齢(よわい)となられたが、間違いなく《おっちゃん》である。それに対してあの女は二十歳前後のときからすでに《おばはん》だった。この30年間ほどでさらに磨きがかかったことだろう!
2018.10.23
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私の知る限りではそのほとんどが、嫁側の変化である。年齢と共におばはんになり、また元々のおばはんの場合はおばはん度数が急激に上昇した結果、目線はが極端に[自己中心]的になる。その結果「家に変わり果てた姿のおやじがいて気分が悪い」なんて言い出す。そこに自分の姿に対する分析が無い。なぜなら[自己賛美]が基本であるからだ。そしていとも簡単に[他人を見下す]・・・それが夫をゴミか汚物のように感じてバカにする。てめぇのおばはん化は棚に上げて【夫源病】とはよう言うたもんやと感心する!まさにおばはんだ!!!・・・今年の夏の暑い日に、高校時代に地元の音楽団でお世話になった先輩が奈良から私を訪ねて四国まできてくれた。先輩と私はパート(担当楽器)は異なっていたが、なぜか交流がありお世話になった。彼は責任感が強く世話好きで人望が厚かった。楽団で彼を突け狙う女がいた。見た目はまあまあだが、いけ好かない女だった。私は大嫌いだった。結局先輩はその女の猛アピールを受け入れて結婚をした。それは風のウワサに聞いていた。
2018.10.22
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ここ最近【夫源病】という言葉があり、病気があると言われている。夫が原因で妻が体調不良を起こすというのだ。私に言わせれば「その男を選んで結婚したんはだれやねん!お前やろ!ほなその病気の原因は【夫】でなくて【お前の先見性の無さ】であり【男の見る目の無さ】や。そやから病名は【見る目無さ病】【バカ女病】に変えろ!」である。なのにそれを言う女共はさぞ「私はかわいそうな被害者です」って顔をする。確かに結婚前はいい男だったのに、その後旦那が《おっさん》になってしまった。だから嫌になって、それが原因で体調を悪くするという循環があるのは理解できる。しかし話を聞く限り、本当の状況は真逆のことが多いように思えてならない。
2018.10.21
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彼に心を揺さぶられた子供は二度と彼を「パフのおっさん」とは呼ばなかった。つまり彼をバカにしなくなった。それでも一部の子供は彼をバカにして罵声を浴びせた。そんな子供たちはそのうち仲間から相手にされなくなっていった。「ビルマのおっさん」は終止「おっさん」と呼ばれ続けた。「パフのおっさん」はやがて親しみとそして敬意を込めて「パフ吉」と呼ばれるようになった。なぜなら彼は[自己中心]でもなく、[常に自己賛美]をすることもなく、[簡単に他人を見下す]こともしなかったからだ。彼を簡単に見下していたのは我々子供の方だったのだ。おっさん・おばはんは我々子供の方だったのだ。
2018.10.20
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なぜ我々子供が来るときは彼は姿を見せないのか。そしてなぜそれが我々にとって安心なのか。そのときは理解できなかった。しかし徐々にそのヒントとなる情報が少しずつ流れてきた。彼は子供が好きだった。だから子供に声をかけられると笑顔を見せた。たとえそれが罵声であっても彼は嬉しかった。しかし子供に嫌われているだろうことは分かっていた。だから子供が野菜をもらいにくるときは家の2階にこもって顔を出さなかった。自分を怖がって子供が野菜を取りに来られなくなることがないようにと考えたのだ。そしてもしそうなれば、学校にいるニワトリやアヒルやウサギがかわいそうだとも思った。子供が好きなのに子供に近寄ることを避ける彼の選択は我々子供の心に大きな波紋を起こした。そして更に彼が警察に当て逃げを説明できなかった悔しさから、平仮名の勉強を始めているとの情報が入ってきた。その情報が入った頃、彼が自転車で配達をしながら九九の3の段を口ずさんでいた光景を目撃した者がいるという情報も入ってきた。知的障害もなく学校に通っているにも関わらずろくに勉強をしない我々と、知的障害を持ちながらいい大人になってから勉強に取り組もうとする彼のその行為は更に子供たちの心を揺さぶった。
2018.10.19
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当て逃げ事件で学校との接点ができたパフ吉の父であり八百屋の大将が、学校の飼育小屋にいるニワトリやアヒルのエサに野菜を提供してくれることになった。それが決定した当時、私は学校の飼育係の1人だった。私の担当の日はすぐにやってきた。放課後八百屋にいくと大将が大きな声で「お、いらっしゃい。用意するからちょっと待っててな。」と笑顔をみせてくれた。「はい。」と返事をして店先に立っていると、店頭の隅にパフ吉の自転車があった。それを見ていた私に大将が「お、パフ吉やろ?おるで!」と言った。私は我々が彼をそう呼んでいることを父親が知っていることに驚いてしまった。その私の表情を見て大将は「心配せんでええよ。君たちが来るときは店にはでて来ぇへんから。」と言って店の二階を見上げた。おそらく彼は2階にいるのだ。
2018.10.18
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その事実を知った我々子供たちは彼を見る目が変わった。一挙に全員がではなかったが、徐々に子供たちの彼への接し方が変わっていった。その第一歩目が呼び方だった。一部の子供たちが「パフのおっさん」から「パフ吉」と呼び名を変えた。我々子供たちにとって「おっさん」は受け入れられない存在に対する呼び名だったのに対し、「吉」は親しみを込めた言葉であった。イントネーションも彼をバカにしたものではなく、親しみがこもったものに変わっていった。中には嬉しそうに彼に手を振る子供も出てきた。当て逃げ事件から彼は毎日配達に出なくなった。だから我々が彼に遭遇する機会が減っていった。それでも彼を見かけると、一部の子供たちは「昨日パフ吉に会うたから今日ええことあるかもしれへんわ。」と言い出すようにもなった。当て逃げされた児童の同学年の女子の中には、彼に「おはよう」とか「こんにちは」なんて挨拶をする者も現れた。しかし一方まだ彼をバカにしたような言動をする子供もいた。そうなっても、彼自身はそれまでと何も変わらず、どんな声をかけられても笑顔でラッパを「パフパフ」と鳴らして走り去っていった。
2018.10.16
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「最近パフのおっさん見ぃへんなぁ。」そんな話が誰ともなく出るようになったある日、上級生から噂話が流れてきた。パフのおっさんが野菜の配達途中で帰る道が分からなくなって、不安で暴れて警察に捕まったという話だった。それを聞いた我々は「やっぱりあのおっさんはアホや」といってバカにして笑った。さらに翌日「パフのおっさんは道に迷う前に、頭が狂ってしもてものすごいスピードで自転車をこいだから、野菜の箱も壊れて野菜を道に撒き散らしてたらしい。」なんて話も舞い込んできて、さらに我々は笑った。そして更に数日後に我々は事の真相を知ることになる。何日か前に上級生の女子が車に当て逃げされていたのだが、警察が犯人を捕まえた。なんとその犯人の家は道に迷ったパフのおっさんが暴れた家だと分かったのだ。それを聞いた当て逃げをされた女の子が、その現場に彼がいたことを証言した。当の本人はというと、自分の思いや考えを言葉にすることができないので何も語らなかった。そこで彼の母親が時間をかけてゆっくり話を聞き出したところ、女の子を当て逃げした車を自転車で追いかけていったことが分かった。
2018.10.15
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もうひとりは学校の近くにある八百屋の息子だった。彼はいつも大きな自転車の荷台に信じられないくらい大きな木製の箱を取り付けて野菜の配達をしていた。雨の日も風の日も暑い日も寒い日も大量の野菜を積んだ自転車に乗ってニヤニヤ笑っていた。そして前に誰かがいると、自転車のハンドル付近に取り付けた小さなラッパの後ろにある黒いゴムの丸い部分をつまんで「パフ、パフ!」と大きな音を立てた。我々はその音が鬱陶しくて、彼を『パフのおっさん』と呼んでバカにした。我々はだいたいひとりでいるときに遭遇すると何もできないで「パフ、パフ」と鳴らされるがままだった。しかし数人でいるとこちらも気が大きくなって、ラッパを鳴らされても誰かが「じゃかましいんじゃアホのおっさん!パフのおっさん!」なんて浴びせた罵声を聞いて大爆笑した。そんなときも彼は笑顔だった。そのうち上級生から彼は本当に知的障害がある事実を聞かされた我々の彼に浴びせる罵声は更にエスカレートしていった。本当に子供のは残酷なものである。今思えばこの時点での【おっさん】は我々子供側だ。我々は知的障害があると知っただけで彼をいとも簡単に見下したのだ。そして我々の彼への見下しがどんどんエスカレートしていった時期にある事件が起こった。
2018.10.13
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高校生になるとそれまで以上に年上の人、いわゆる大人と接する機会が格段に増えた。大人でも当時の私たち高校生徒と同じかそれ以上の夢と希望とバイタリティーを持つ人がいることを知った。しかし反面同年代の人間にも心底いけ好かない連中もいるのだ。それを知って「おっさん」「おばはん」の定義の中の年齢の枠が完全に取り払われた。ともかく[自己中心][常に自己賛美][簡単に他人を見下す]これらがその定義であると私の中で確定した。思い起こせばその定義づけは幼い頃から我々の中に存在していた。我々の小学校の近辺には不審な大人が2名出没した。ひとりはおじいさんだった。彼は常に杖代わりに木刀を持っていた。そして時折すれ違いざまに見知らぬ人に向かって、「キエ~ッ」と奇声を発しながら木刀で切り付けるふりをして寸止めをする。そして言う。「わしゃなぁ、、、ビルマで人を殺しとったんや。これがホンマもんの刀やったら、、、今あんた死んでたで!!!」我々はその男を《ビルマのおっさん》と呼んでいた。いきなり人に木刀を振り下ろすのが[自己中心]。「人を殺していた自分は強い」という[自己賛美]。「あんたは死んでいた」という[見下し]。先ほどの3つの定義が当てはまるので、「おっさん」なのだ。
2018.10.12
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関西圏(特に大阪)で年配の男性に「おっちゃん!」と声をかけると問題はないが、「おっさん!」と声をかけると「だれがおっさんや!どついたろか!」と返ってくる。同じく年配の女性に「おばちゃん!」と声をかけると問題はないが、「おばはん!」と声をかけると「だれがおばはんや!しばいたろか!」と言われる。つまり関西圏では「おっちゃん」「おばちゃん」は大丈夫であるが、「おっさん」「おばはん」は危険なワードなのだ。子供の頃のは我々の認識では、既婚男性は「おっちゃん」、既婚女性は「おばちゃん」であり年齢は関係なかった。一方「おっさん」「おばはん」はいけ好かない大人を指す語であった。しかし中学生の頃にその定義が変化した。もちろんそれまでの定義付けも健在ではあったが、そこに見た目の問題が加わった。クラスの中で「おっさん」と呼ばれる人物が現れたのだ。彼は確かにかなりの老け顔だったので、男子は何の抵抗もなく親しみを込めて「おっさん」と呼んだし、本人もそれを良しとした。そして高校生になったとき、またその定義に変化が起きた。
2018.10.11
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父はそのベストを5着作ってもらった。一着は長男が欲しいと言ったのでプレゼントした。もう一着も知人にあげたと母は聞いていた。手元にあったのは3着だったが、3カ所の介護施設で一着づつ無くなったので、父が他界したときには我が家に一着も残っていなかった。母はせめて一着でも残しておいて仏前に置いてやりたかったらしく、施設にベストを3着とも持ち込んだ自分を責めた。しかしながら遺品の整理をしていたときに知人にあげたといった一着を見つけたときは泣いて喜んだ。父や母にとってそれほど大切だったベストは介護施設で【あからさま】に姿を消した。・・・現在は『つつみ隠さないではっきりする様』『露骨』という意味で用いられる【あからさま】という言葉。今回私は『露骨』という意味で用いた。古文の世界での【あからさま】は現在と同じ意味はもちろんだが、現在とは異なった意味も有していた。『かりそめに』『ほんの少し』という意味だ。これには深い意味がある。その言動を発する者が【あからさま(かりそめ/ほんの少し)】と思っていても、受け取る者には【あからさま(明確/露骨)】なのだ。当然古文の世界では趣のある言葉でもあった。清少納言は[枕草子]の中で、『をかしげなる稚児の、あからさまに抱(いだ)きて遊ばしうつくしむほどに』と文章を残している。もう我々現代人は、趣のある【あからさま】に出会うことはないのだろう考えると、古人(いにしえびと)の方が心豊かで幸多い人生を生きていたのかもしれないとも思う。
2018.10.10
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父は私の3カ所の介護施設でお世話になった。どの施設のスタッフの皆さんには今でも感謝している。しかしながら100%の確率で起こったのは、『良いモノが無くなる』という現象だ。父にはお気に入りのベストがあった。在職していたときに取り引きのあった業者さんに作ってもらった父自身がデザインしたものだった。デザインもさることながら綿が入っていて温かいく着心地が良かった。痴呆症が進行し自分がだれなのかも分からなくなっても、そのベストを着せれば喜んだ。しかしいつの間にかそのベストが綺麗に施設から無くなった。父と同じ入居者が間違えて持っていったとしたらすぐに分かる。ベストが施設の中に無いという事は、施設への出入りができる誰かが持ち出しているということだ。ともかく、『良いモノは無くなる』のだ。【あからさま】に無くなるのだ!
2018.10.09
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私の知人が身体を壊して仕事ができなくなり生活保護費を受給したとき、病院側から出される薬の量がそれまでの20倍ほどになった。本人は「これ全部飲んでたら薬だけで満腹になってご飯食べられへん。」と言って、それまで飲んでいたものだけを服用してあとは廃棄していた。生活保護を受けている人は医療費負担が0%、つまりお金を払わなくてもいいのだ。そんな人に尋常でない量の薬を出す!本人からは費用の負担がないから文句は出ない。しかし病院側には国からお金がちゃんとおりる。一回の診療で、単純計算でそれまでの20倍の報酬が得られるのだ。【あからさま】な金銭目当ての行為であり、ほとんど詐欺行為だ。介護施設もそうだ。6年前のことなので、今ほど施設数は無くどの施設もほぼ満杯状態。そんなところに何のツテもなく、事前の電話アポだけで訪問する。電話での対応は丁寧で親身だが、実際にいくと半分ほどは【あからさま】に面倒臭い態度で接してくる。「忙しい」「忙しい」を連発する。アポを取っていたにも関わらず部屋で平気で40分も50分も待たせる。こちらの質問に答えない。そしてこちらが帰ろうとするときだけ笑顔を見せて対応する。そんな対応の施設に2度目の訪問をしたことがある。一度目はいつもの通り昼間の仕事着のままがったが、2度目は訳あって背広で行った。施設側の人間は前回と同じ人物だったが「はじめまして」から話が始まり、対応も会話内容も懇切丁寧だった。そして「ぜひうちの施設にお父様をお連れください。」を連発した。【あからさま】に服装で人を分別していたというわけだ!
2018.10.08
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これから後、医療や介護の現場で様々な【あからさま】と遭遇する。もちろんほとんどの医師・看護師・介護士やその他のスタッフは献身的で良い人が多かったが、たまに当たってしまうハズレたちの共通点は【あからさま】だった。まずは病院。怪我や病気の症状がないと入院はできません!と言う。少しでも治ったと判断されれば即退院通告が出される。連中は我々一般人に対して【あからさま】に『社会的入院』という言葉を知らないふりをする。なのに政治家や芸能人等の有名人が何らかの犯罪や問題を起こせば、すぐに入院させる。秘書とはいえ年上の人に「このハゲー!」等々の暴言を吐いたおばはん国会議員も、それが明るみにでた瞬間に入院!旦那と麻薬ばかりやっていた元アイドルは警察の尋問から逃げ出し、逃亡の計画を立ててあちこち元気に走り回っていたのに、逮捕の後保釈さればすぐ入院!年間200回も城之崎に出張したと虚偽の報告をして政務活動費を生活費に充てていた市議会議員も、それが発覚したらすぐ入院!スポーツの名コーチや名監督とよばれた人物が、パワハラ・セクハラ・不適切な資金の運用または着服の事実が発覚した時点ですぐに入院!権力者や有名人にだけは【あからさま】に社会的入院が許される。
2018.10.07
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担当医と話をしたとき彼は私に病院に来られる日と来られない日を聞いてきた。病院は奈良市、私は四国に住んでいるので、そうそうは病院に顔を出せない。それを知りたがった担当医に私は全く反対のことを告げた。彼は母が困って詫びを入れて『何か』を渡すのを待っていたのだろう。だから私が絶対に来られないと言った日に退院日を設定し直したのだ。これまた実に【あからさま】だった。その日の朝、大量の荷物と頭に包帯を巻き自分がだれかここがどこかも理解できていない父の手を引いて病院から出てきた。母は荷物の重さで思うように身動きが取れないうえに、父があらぬ方向に勝手に歩いていくのを制するのに必死だった。担当医はニヤニヤしてそれを見ている。【あからさま】にしてやったり面(づら)をしている。看護師たちは母に「ごめんなさいね」と言いながら申し訳なさそうな顔をしている。私はその様子を駐車場の車の中から確認し、そのまま車で病院の玄関に乗り付けた。母は「わざわざ来てくれたんか。ありがとう、ありがとう。」と私の手を取った。母はその日私が奈良に来られないことを担当医に聞かされていて、電話で私に「退院ぐらいうち一人ででできるわ!」と言っていたのだ。しかしやはり心細かったのだろう。母の喜びはひとしおだった。担当医はといえばまた【あからさま】に驚いた顔をしていた。そして「今日は彼らない日ではなかったの?」というので、「それ分かってて今日を退院日にしたんやろ!そうするやろと思ってあんたに言うたんはハナからウソの情報や。」と教えてやった。そのときのヤツの悔しそうな面(つら)もまた【あからさま】に悔しそうだった。
2018.10.06
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20数年前の雪の夜、父が飲み屋が密集する雑居ビルの2階から地面に転落し救急車で脳外科病院に運ばれた。かなり危険な状態と言われたが奇跡的に手術は成功し、5日後に父は意識を取り戻した。担当医は「もううちでできることはないからすぐに退院してくれ」と母に告げた。母はまだ手術の跡が完治していないので連れては帰れないと言ったそうだが、その担当医は一方的に退院期日を指定してきた。それを聞いて担当医と話をしようと病院を訪ねた私を、父と同部屋に入院している男性の奥さんが呼び止めた。彼女が言うには、あの担当医には何かを包んで持っていかなければならないとのことだった。何かとは、ずばりお金だった。彼女はご主人のために定期的にその『何か』をその医師に渡しているとのことだった。事実彼女のご主人はかなり前に手術をしたらしいが、そのときはもうピンピンしていた。しかしその時点では退院日は未定とのことだった。そしてその数日後しっかり個室に移った。じつに【あからさま】だった。その担当医は私には丁寧に接するが、ひとりでいるときの母にはそうではなかった。勝手に指定した退院期日が近づいても『何か』を渡さない母に対してそのうち「そんなアホ(私の父)はそのまま治らへん。アホのまんまじゃ!」なんて言うようになり、実に【あからさま】にアタリがきつくなった。その様子を連日悔しそうに電話で私に伝えていた母からある日、退院期日が2日延びた、たった2日とはいえ助かった、との電話があった。
2018.10.05
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もちろん私も意識的にせよ無意識的にせよ世の中の情報に踊らされているひとりである。もっといえば、世の中の情報に踊らされていない人なんていないのかも知れない。ただその人の品がでてしまうのは、それを他人に押しつけるかどうかである。そして『潔癖症』を自負する人たちにどうしても押し付ける人が多い!しかもただの押し付けではなく、潔癖症でない人たちをどこか見下してものを言う傾向もある。菌に対してではなく、まず人に対しての態度や言動を潔癖にするべきである。そういう人たちは地球上であれば、北極点にでも行って住めばいいのだ。低温過ぎて菌の種類も数もかなり少ないぞ!あるいは宇宙空間にでも行けばいいのだ。紫外線の直撃は浴びるがほぼ無菌状態だぞ!北極点や宇宙空間に住居を構えるホンモノの自称『潔癖症』が現れることを私は大いに期待している!
2018.10.02
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今年の夏にも出会った。炎天下での仕事なのでペットボトルに入れた飲料で水分補給をしていたら、「ペットボトルに口をつけないで飲んだ方がいい。」と私に指摘した・理由を聞くと、口内の菌が飲み口や飲料の中に入って増殖し衛生的に良くないとのことだった。「その菌はどこにあるの?」と聞けば「口の中」と仰る!では口の中の菌はどうするのかを聞けば「歯を磨けばいい」とか「専用薬でうがいをすればいい」とか、、、。「それで菌が無くなっているなら君は口をつけて飲めるよ」というと「衛生的にそれはよくない」とのたまう!つまり、一番菌が多くいるのはペットボトルでも飲料自体でもなく、我々人間なのだ!このように突き詰めれば『潔癖症』を自負する人たちの論理は破綻している。もちろんそれを理解している『潔癖症』の人もいるはずだ。しかしながら、それを他人にも押し付けるひとはいかがなものかと思う。では『潔癖症』の人は、なぜその状態になってしまうのか!それは間違いなく、世の中の情報に踊らされているのが原因である。
2018.10.01
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