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私が稀にやってしまう失敗!それは不用意な箸捌きにより黄身にキズをつけてしまうことだ。おそらくいつのまにか箸の一部が黄身に触れてしまっているのであろう、、、。ああ~今やないのに・・・しかもそこやないのに・・・というタイミングとポジションでその悲劇は起こる。また、箸捌きに十分留意していても、麺全体の動きをコントロールできない結果黄身が割れてしまうこともある。黄身に箸が当たらないように黄身と遠い位置にある麺を食しているとき、その麺が水面下(?)でたまごの真下に伸びており、それに気づかずずるずると吸い込んだときに黄身の下側に亀裂がはいる。すぐそれに気づけば何とかリカバリーの仕方もあるのだが、知らないで食べているときほどの悲劇はない。悲しいことに黄身はだしの上に浮き出るのではなく、密かにだしの下に落ちていくのだ!気付けば何やら黄身の部分の元気がなくなってきている。ハリが無くなってしまっているときもあれば、完全にしぼんでしまっている時さえある。もちろん出来得る限りのリカバリーは試みるが、はやり心の準備ができてない状態で食すのは全く盛り上がりに欠けるのである。そして思うのだ!次こそは完ぺきに月見うどんを食せる自分になっておこうと・・・。
2018.04.30
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黄身に箸を入れるのは絶対に麺の上でなければならない。なぜならそれを麺に絡めて食ず至上の幸福感を感じるひと口を味わうためだ!しかしながら黄身の分量が多すぎると麺の風味がそれに負けてしまうので、多からず少なからずの適量を見極めながら実行に移す。それを2口、あるいは3口堪能した後も、ある程度の黄身をだしの中に残しておく。そしてそれをだしの中に溶かし込んで、残りのうどんとだしを堪能するのが私の理想だ。このようにイメージ通りに月見うどんを食しきることができたとき、、、私はこの世に生きていることの感謝、そしてこの国に生まれてきたことの幸福を噛みしめる。でもしかし、、、人生とは何事もうまくいかない事態に直面させられることも少なからずあるのが常なのだ。
2018.04.29
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ここで私に真剣勝負を強いる問題!それは、、、たまごの黄身をいつ割るか!!!、、、である。これは私にとって阪神タイガースが勝った負けたと同じくらい重要なのだ!!!ラーメンなどのこってり系のスープの上にある生たまごであれは、多少のごまかしが効く。しかし、あっさり系のスープの場合は死活問題となる。ましてや関西圏のうどんのだしとなると、そのタイミングは非常に繊細なものとなる。このタイミングを逸してしまってどうして『たまご好き』を公言できようか!!箸を手にして「いただきます。」と宣言した直後から、私と月見うどんの間に目に見えない拳の応酬が繰り広げられるのだ。この場合の私が目指したいのは、ノーマルだしでうどんを堪能する「第一段階」と生たまごの黄身が溶けた状態のだしで楽しむ「第二段階」に分ける食し方だ。それはあたかもサンダーマスクが二段変身をするような、あるいはまずサナギマンに変身してからイナズマンになるような、、、1回で2度おいしい上に、この上無いワクワク感を伴うあの感覚に酷似している。それを完ぺきに遂行するには、「第一段階」終わりを告げ「第二段階」突入するための儀式・・・『黄身に箸を入れる』作業をどの時点で実行するか・・・そのタイミングに全てが委ねられるのである。
2018.04.27
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平安時代に日本の権力者としての頂点に上り詰めた藤原道長が残した和歌はあまりに有名である。「この世をば 我が世とぞ思う望月の 欠けることもなしと思へば」「望月(もちづき)」とは満月のことである。「望まれる月」と書いて「満月」を表すとは、何と古の日本語の奥深い事よと心底感心してしまう。この世の栄華を極めた道長は、その満足感を「少しの欠落もない満月」にたとえた。その満月が、今自分の目の前にある器に厳然と存在しているのだ!この至福の時を楽しまずにいられる人がこの世にいるのだろうか、、、と思ってしまう。しかもこだわったいる店では、ネギやワカメ、ときにはとろろ昆布で地面の草むらを表現してくれているところもある。なんという風流であろうか!もちろん自らそれらをトッピングするときは、より趣が深まるレイアウトになるように配慮する。特に唐辛子をかける場所にはこだわる。満月は日の入りと同時に西の空に現れる。草原に見立てたネギゾーンは生たまごの近くに配置し、その境界に沿うように唐辛子をかける。それは正しく夕日で赤く染まりゆく草原なのだ!もちろん絶対にたまごの上に唐辛子や、ましてやネギをかけるような無粋な真似はする由もない!このように、器の中の望月を十分に堪能して箸を手にし、「いただきます。」と言った後、、、そこからが問題なのだ。いや、ここからが真剣勝負なのだ。
2018.04.25
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「人生最後の食事に何が食べたい?と聞かれたら何を食べるか?」との質問をたまに受けることがある。そのとき私は間髪を入れずに「ゆでたまご」と答えてきた。そう、私はたまごが大好きなのだ。たまごを使った食べのもなら基本的に何でもウエルカムなのだが、特にゆでたまごは群を抜いて好きだ。ただ!好きであるがゆえに私を大きく悩ませるもののある。生たまごだ。たまごかけご飯やすき焼きのたまごは何の問題も無いし、ときとして遭遇するカレーの上に乗せられた生たまごも何の問題も私に生じさせない。私にとって大問題なのは、麺類にトッピングされているときの生たまごなのだ。たとえば、月見うどんである。誰が名付けたんやとしみじみ思う月見うどん。その月は常に満月である。しかも晴天の満月ではない。だしの温度の影響を受けて白身が少し透明感を失い白みがかっているその姿は、曇天の夜空に力強く顔を出す満月そのものである。また古来文学の世界では、満月は優しさや母性の象徴であると同時に狂気のシンボルでもあったことから、人々がそれに魅了され続けてきたことすら伺わせる。
2018.04.25
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小説・物語として『チキンハンバーグの詩』と長々と書いてきましたが、今回は解析をするのはやめておきます。随筆のときはやったのですがね、、、。あれを自分でするのはかなり野暮なんでね!解析は皆さんでお願い致します。で、お次ですが、この際なので【エッセイ】もいっときたいと思います!以前【エッセイ】について、思考や論理展開を辿りながら、それに説得力をもたせるための物語やストーリーを加えていくもの、、、と紹介しました。随筆に論説文の要素を取り入れた文章とでもいいましょうか。でも小論文的な性質もありますので、学生諸君にはいい勉強になるかと思います。まあともかく論より証拠!百聞は一見に如かず!読んでみてください。できるだけ七面倒臭い内容にならないように気を付けますが、、、どうなるかは保障の限りではありませんよ(^-^;。
2018.04.24
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再三申し上げるが、家族生活はきれいごとは通じない。それは親が年を取り、子供も年をとれば明確に顕著なものになっていく。喧嘩もするだろうし、諍(いさか)いも起こるだろう。しかし時にはこれまで我々子供に注がれてきた『親心』に報いたって罰は当たらないのではないだろうか。言葉でもいい、程度でもいい、それを表現する機会をできるだけ持とうではないか!そして自分以外の人たちにもその機会を持つ手助けするのも、我々ある程度歳をとった人間のある意味責務ではないだろうか。・・・そんなふうに思います。よく思い出してみてください。あなたにもあるはずですよ。親の【有難さ】がこもった、親の【有難さ】を思い出すことのできる何かが!!私にとってのチキンハンバーグは、あなたにとっての何ですか?
2018.04.17
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それでもひとつだけ明確にいえるのは、これまでも、そして今も、またこれから先も命ある限り、いやあるいは命絶えてからも、子供は『親心』の中に包まれて生きていくということだ。それら【有り難い】ことが、常に身の回りに空気のように充満している。だからいつの間にかその【有り難い】はずのことが【当たり前】になってしまい、感謝の思いをも忘れてしまい、挙句の果てに【疎ましい】ものになってくる。しかし、親である人たちも当然子供であった頃があった。自分自身もその過程を踏襲してきたので、我が子が同じ道を辿っていることが手に取るように分かっているのだ。私はこれまで多くの人が「あいつ(我が子)は自分が死なないと何も分からない。」という言葉を残してこの世を去っていった姿を見てきた。その人が亡くなって、はじめてその子供は涙ながらに「ありがとう」「ごめんなさい」との言葉をその遺体に向かって投げかけるのだ。本当にその人たちが言ったように子供たちは親が「死なないと何も分からない」のだろうか、、、その都度私は考えた。
2018.04.16
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プロローグでも述べたが、家族の生活は決してきれいごとばかりでは済まされない。日々の生活の中で様々な現実と対峙する。だから常に笑顔で仲睦まじく、、、なんてことは難しい。理想はそうであっても、現実はやはり難しい。特に毎日顔を突き合わせているとそれはおそらく難しくなる。かと言って、離れて暮らしていればいいのかというと、それも必ず上手くとは限らない。それは家族というのは、嫌な所も見せ合えること・・・言葉を言い換えれば嫌な所も見えてしまうほどの近い存在であることが原因となっているのではないかと私は思う。でもしかし、言い争いをすることがあっても、いがみ合うことがあったとしても、子供たる者は親への感謝を忘れてはいけないのだ。もちろんかく言う私だって、今日も母親との小競り合いがあった。おろらく一般論としては私の意見の方が正しい。そこで親をコテンパンに論破することも可能であろう。でも、そんな場面だからこそ、私はチキンハンバーグを思い出す。この人は、あそこまでして私を育ててくれた人であることを自らに認識させる。そうすると、、、おそらく、いや間違いなく、私も幼い頃に親に対して非常識で理不尽な言動を投げつけてきたはすなのだ。今自分がいい歳になって、年老いた親が理不尽で非常識なことを言ったからと、それを完膚なきまでに叩き潰すことが正解と言い切れるのだろうか。、、、と思えるようになる。それは「譲歩」でも「負けるが勝ち」でもないし、ましてや「諦め」でもない。「恩返し」とも少し異なっているようにも思う。親に対する「敬意」、、、が自分の中で一番近い感覚だとは思うが、正直まだ良く分からない。
2018.04.11
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「らん(=らむ)」・・・「らん・めり・なり・べし・まし・ましじ・らし」これらは終止形(ラ変・形容詞・形容動詞のときは連体形)接続の助動詞!意味は『推量/推定』。「~だろうか」「~だろうな」といった意味になる。では、寅之助の辞世の句の意味は、、、『子供が親を思う心に勝って子供のことを思っている親心を持った私の両親が、今日私が処刑されたという知らせをきいたらどう思うのだろう。どれほど悲しむことだろう。』、、、といった内容になる。寅次郎のそれまでの人生は、親に心配や迷惑をかけることなど何とも思っていないかのようのな行動が多かった。それらは幕末という動乱の世の中で、日本の明日のことを考えて、身の安全など省みずに行動をした結果だったことは周知の事実であろう。そしてその最後に至っても、大老であった井伊直弼の考え方や行動を痛烈に批判をした罪にたいして最初は島流しの刑が確定していたにも関わらず、これまでの経緯なら死罪でなないのか、なぜ自分を死罪にしないのか、と自ら斬首を望んだとも言われている。そんな彼が残した辞世の句のひとつが、『親思う 心に勝る親心 今日のおとずれ 何と聞くらん。』だったのだ。
2018.04.11
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『親思ふ 心にまさる 親心 けふのおとづれ 何と聞くらん』高校生の皆さんなら意味は分かるだろう。ポイントは、、、まず最初に省略された語を推測する。次に『おとづれ』の意味。最後に助動詞『らん』の意味。である。ます最初の『親思ふ(う)』のは誰か?もちろん『子供が』である。では『親心』は親が誰のことを思っているのか?もちろん『子供のことを』である。ちなみに『けふ』は古文では『きょう』と発音し、もちろん意味は『今日』である。そして最後の『らん』、、、高校生諸君は文法的解釈ができないといけない。そうでない人は、想像してみてください。あなたが寅次郎なら、、、どんな気持ちでこの句を詠んだのかを!
2018.04.09
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幕末、、、1859年10月27日早朝。幕府を批判したとの罪で1人の青年が斬首された。29歳だったその人物の名は吉田寅次郎、、、吉田松陰といったほうがピンとくる人が多いだろう。彼は武士として切腹を命じられたのではなく、罪人として斬首となった。彼はその朝辞世の句を残した。一説によると、武士としての切腹ではなかったので辞世を詠むことは許されなかったが、牢の門番の計らいで愛用の硯と筆が持ち込まれたため句を残すことができたとも言われている。『身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬも とどめおかまし大和魂』彼の辞世の句はあまりにも有名だ。この句を目にした彼の弟子たちは、悔し涙を滝のように流しながら、彼の首と身体を棺に納めて埋葬したという。そしてその弟子たちが中心となって時代は倒幕へと大きく動き、約9年後に江戸時代が終わりを告げる。しかし彼がもう一句の辞世を残していることはあまり知られていない。その句は郷里の長州藩(現・山口県)にいる両親に宛てたものであった。その句からは、先ほどの句から感じられる勇ましさや潔さは感じられず、彼の人間としての本心が伺えるものであった。
2018.04.08
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受話器の向こうの母はいつもと変わらなかった。母は自分から電話をしてきて私が不機嫌な態度で対応しても、今回のように私から電話をしても、いつも変わらない態度で接しでくれていた。これは今も昔も変わりなかった。「こんな時間に自分から電話してきてどうしたん?」とも言うこと無く、母は他愛のない話に付き合ってくれた。母だって暇ではない。私が電話を鳴らしたこのときだって、何かをしていたはずだ。しかし電話に出るのが面倒臭いとか、話をするのがうっとおしいとかいった素振りは微塵も無かった。私はそんな態度をとり続けてきたのにも関わらずだ。自分自身の情けないほどのちっぽけさと、親の器の大きさを感じずにはいられなかった。親とは本当にありがたいものである。文字通り『有り難い』のだ。つまり『有る(存在する)こと』が『難しい(皆無といってよい)』のが親なのだ。しかし、それが当たり前すぎて気付かない、、、それが当たり前すぎて息苦しい、、、そう感じることもあるだろう。そう思ってしまう時期やタイミングもあるかも知れない。それでも我々は親への感謝を忘れてはいけないのだ。このとき私は受話器を置く前に、今年の年末年始は実家に帰りできるだけ家にいる日を多くできるように予定を組むことを母に約束した。そのときの母の明るい声を私は今も忘れていない。
2018.04.02
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この冷たいハンバーグを食べ続けたのは小学生になってはじめての冬だった。しかしこの冷たさは私に親の温かさと、強く生きることの重要性と難しさを教えてくれた。そしてその全てを決して忘れまいと心に誓った。ところが高校生になってはじめての冬、、、私は母を想う幼子の気持ちをくみとることができなかった。その子が食べようとしたお母さんの弁当を「捨ててしまえ」と言い放った。挙句その幼子を涙に暮れさせてしまい、自らの愚かさに落胆した。そして大学生になって3回目の冬、、、私は親元を離れ、親を疎ましく思い、親をないがしろにする人間になっていた。連絡もせず、連絡がきても断ち切り、嘘をついてまで顔を合わせる機会を持たない、、、そんな人間になっていた。これは子供という生き物のほとんどが辿る道のりなのだろうか。あるいはそうかも知れない。しかしながらそうであってはいけない。これは私1人の愚かさ故の道程であるべきだ。いや、そんなことはある意味どうでもいいのかも知れない。大切なのは今後だ!今後私が親とどう接していくかだ!そこまで思考が行き着いたとき、ちょうど冷えたチキンハンバーグ・ライスを食べ終えた。そしてその冷えた身体のままで電話の受話器をとって実家に電話を入れた。
2018.04.01
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