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そして「文化」とは何かという問題にも直面する。現在の中学校で使用されている公民の教科書によれば、我々が生活しているときに接する全てのものを「文化」と定義するようだ。つまり勉強や学問も当然文化の範疇に入る。なので、ゲームやスマホも文化であるし勉強も文化なのだ。なにのいつの世も、大人は「そんなことしてる時間があるなら勉強をしろ!」という。私も子供の頃は「大人になったら子供に勉強勉強というしょ~もないヤツにだけはなりたくない。」と強く願ったものであるが、何をまかり間違ったか学校の教壇に立って、挙句はそれではできないことが多すぎるなんて言いながら学習塾を経営しているのだから、人間なにがどなるか分かったものではない。こんな言い方はしたくないが、現実問題として、我々人間は歳をとるにつれて勉強の重要性を思い知る。諺がそれを的確に言い表している。「光陰矢の如し」であり、「少年老い易く学成り難し」であり、「命短し恋せよ乙女」である。
2020.02.29
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その理由は勿論国民の生産力低下だ。それを吸い上げていた幕府には経済的痛手となった。そもそも5代将軍・徳川綱吉が文化的な生活の模索を奨励して経済の活性化を図って税収を上げる政策を進めたので、江戸時代には今も我々の生活に根付いているものが多い。それでも歌舞伎を禁止したのは、それほどのめり込んで働かない人が多く、それが幕府を経済的に圧迫したからだと言われている。その後日本は、幕末~明治時代~大正時代~昭和前半(終戦)まで文化よりも近代化に力を注いできた。ところが終戦後、日本国憲法で江戸時代以上に『文化的生活』を全面的に押し出しだ。
2020.02.28
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音楽の世界だってそうだ。フォークソングの黎明期だって、ロックが日本に入ってきたときだって、大人は苦言を呈した。いろんな意味で信じられない人も多いだろうが、ザ・ビートルズの曲だって「不良が聴く音楽」といわれた。さらに時代を遡(さかのぼ)れば、歌舞伎だってそうだ。みなさんもご存じの通り江戸時代に出雲阿国がはじめたとされる。歌舞伎は「傾き/異常者の意味」が語源である。実は阿国を真似した「女歌舞伎」があまりに流行したので、幕府が女歌舞伎を禁止する。その後は少年たちが演じる「若衆歌舞伎」が流行るが、それも幕府が禁止するに至る。能や狂言がもともと神様に奉納することを目的にしているのに対して、歌舞伎は完全に民衆娯楽であったのだ。それを幕府が禁止するところに一度注目してみたい。
2020.02.27
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振り返ってみると、大人は子供が飛びつくものにいつも苦言を呈して、今一度子供たちに立ち止まらせる機会を用意してきた。これが功を奏してきたかどうかは別であるが・・・私が教壇に立ち始めた頃は、スーパーファミコンだった。これはほぼ男子に限定はされていたが、もちろん女子でものめり込む者もいた。では当時それものめり込んだ子供たちが今どうしているかというと、皆それぞれ立派な社会人となりまたほとんどが過程を築いている。そしてゲーム業界はどうなったかというと、世界を巻き込んだ一大産業になっている。私が子供の頃はマンガだった。一部の大人たちはマンガの事を『ポンチ絵』なんて呼んで、ちょっと見下して子供たちにその無意味さを強調していた。・・・ちなみに『ポンチ絵』の本当の語源は少し異なるものであるが・・・私に大きな影響を与えた小学5~6年のときの担任のT先生は、マンガばかり読んでいて学業を疎かにしている者を「いかれポンチ病」と言い放ち、成績の低さをなじった。これはT先生に限ったことではなく、当時の先生は多かれ少なかれ同じことを言っていた。ある地方自治体ではマンガを集めて焼いたというニュースさえ流れたくらいだ。私が高校を卒業して社会人になったときは、電車内でサラリーマンがマンガを読んでいることを嘆く声が新聞やテレビでしきりに繰り返された。では当時マンガに没頭していた子供たちが今どうしているかというと、やはりほとんどがちゃんと社会人になり親となっている。そしてマンガ業界はどうなったかというと、日本はマンガやアニメを世界に発信する先進国となり、その経済効果はもう無視できないものに成長している。そしてそれを支えてきたのはマンガ購読者だ。
2020.02.26
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IT業界を敵に回したくないのでだれも言わないしどこも報道しない事実が何点かある。そのひとつは子供の目へのブルーライトの影響だ!PCやゲーム機の画面から出るブルーライト。これを生まれたときから目に浴び続けた人間にどのような影響があるのか・・・このデータが現在のところ無い。睡眠障害とか学習障害または発達障害など、30年ほど前にほとんど耳にしなかった病気の原因は脳の疾患にあり、その疾患を生む者の原因がブルーライトではないかといわれている。IT業界は確固たるデータがないとう一点でこの話から目を背けているが、もし事実だとすれば大変なことである。このような問題点を懸念するのが大人というものである。そんなところに目を向けないで、その場、そのときの快楽を求めるのが子供なのだ。その意味では、香川県議会は十分に大人の役割を果てしていると言えるだろう。
2020.02.25
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だからといって、「はい、そうします!」と子供たちのしたいだけスマホ・タブレット・ゲームをさせることがたやすくできないのが我々大人の性(さが)である。スマホ・タブレット・ゲームの使用時間を県条例で規制する香川県の動きに対して苦言を呈している人たちには共通点がある。それは子育て真っ最中でないこという点だ。何の責任もないのだから、何でも言いたい放題だ。「eスポーツがこれだけ世界に認知されてきていてそれで生計を立てている人だっているのに時代遅れだ!」なんて言い草がそんな連中の定番だ!しかし我々は知っている。そのほんの数人の生計を立てることのできる人間を生み出すのに、どれほど多くのただ人生の貴重な時間を浪費するだけの人間かいるのかを!子育てに責任のない連通は「どの世界でもプロになるには同じ道を通る。」というのだが、実際のスポーツとeスポーツは基本的な部分が大きく異なる。実際のスポーツは少なくとも身体は鍛えられる。一方eスポーツはどうだろう。一部のそれで生計を立てている人たちは、eスポーツも突き詰めれば体力勝負であることを知っていて、身体を鍛えながら日々の練習を積んでいる。しかしほとんどの人間はただ部屋に籠っているだけではないか!それが我々大人の懸念を生むのだ。
2020.02.24
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今の現在社会で活躍している人たちの全てが学生時代に勉強ができてきた人たちかというと、そうでもない。勉強とは無縁だったという人が、社会の役に立ち、人々の役にたっている場合も少なくない。そんな人たちの多くは学校の勉強以外の何かから多くを学んだ人たちだ。そしてこれからの我々人間の生活環境の変化を想像してみてほしい。応仁の乱が1467からはじまっただとか、鉄が酸化して酸化鉄になる化学反応式が書けるだとか、二次方程式の解の公式が言えるだとか・・・、もしかしたらそんなことよりもスマホやタブレットなどを用いて何かをする能力の方が求められるようになるかもしれない。いや、「しれない」どころか、それができて当然でできなければ話にならない時代がもうきている。事実、我々の世代のほとんどの者たちより、今の10代の若者たちの方がそういったものに良くも悪くもフレキシブルに対応していることが多い。スマホやタブレットばかりしていると嘆くよりも、それらを使いこなす経験値を積んでいると考えて、ある程度子供に任せてみるという手段もそうそう否定できる状況でなくなってきている。
2020.02.23
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とはいえ、30年ほど前と現在では親と子供を取り巻く環境があまりに異なる。 大人が子供を叱れない! だから、いざとなると何の責任も取れないのに子供が「権利、権利」と主張する。 大人たちはもうどうしようもなくなる。 しかしここで今一度考え方を変えてみてもいいのかも知れない。 ゲームやネットの時間が気になるのは、その長さと成績の上がり方が反比例するからだ。 そして我々大人は勉強の大切さを知っている。 身をもって知っている。 ほとんどの大人がいろいろな局面で、もっと勉強をしておけば良かったと感じることが多いのだ。 でも冷静に振り返れば、その勉強とは何も学校の勉強に限定するべきかどうかは甚だ疑問である。
2020.02.22
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いつも言うが、この手の問題は家庭の問題だ!それを学校に持ち込む。もちろん学校では対処できない。なぜなら家庭の問題だからだ!それを学習塾に持ち込む。もちろん学習塾では対処できない。なぜなら家庭の問題だからだ!子供を律すること(私が言うところの『子律』)ができない親が、自分を律すること(自律)ができない子供に、ゲームやスマホやタブレットをアホみたいに何の考えもなく買い与えるのが全ての元凶だ!なのにそんなアホ親たちの中で今回の香川県の条例案に文句を言っているおめでたい連中もいる。子律もできない親のくせに、他人への批判だけはやすやすとできる。何にも見えてないから、何にも考えてないから、ただ生物として親になっただけで人間としての親になんかなろうともしていないから成せる技である。ある意味最強モードだ!「アホは風邪をひかない」というか、厳密には「アホすぎて風邪をひいていることを理解できない」のだ。親が親なら子も子だ!そんな遺伝子を受け継ぐ子供だから、そりゃ何も考えずにゲームやスマホやタブレットに無尽蔵に時間をかけることができる。これまた最強モードだ!
2020.02.21
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そろそろこの話題に触れなければならないようだ。本年2020年1月に、香川県議会が未成年のゲーム・インターネットの時間を規制する条例案を提出した。このことは全国ニュースで大きく取り上げられた。まあ耳に入ってくる世の中の声のほとんどは否定的なものだ。その気持ちも分かる。しかし私は「よくぞ問題提起をしてくれた!」と議会を応援したい。その理由は、そもそもこれはだれがしておかなければならないことなのか!を考えさせる機会を世の中に与えたからだ。
2020.02.20
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ジャックらあの話を私にだけしていたとは考え難い。 そしてあの話をまことしやかに広げていったのも私だけだとは考え難い…まぁこれには多分の希望的観測を含んでいる事実は認めるが…。 しかし私があの話を不特定多数の人たちに喜び勇んで広めたのは事実だ。 ある意味若気の至りとは言え、他人の秘密を興味本位で弄んだのも事実だ。 なので、今さらではあるがこの場をお借りしてウィリアム王子とメーガン妃に一言申し上げたい。 えらいすんまへんでした!
2020.02.17
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間違いなくあの小さな島の別荘だった。 船着場、建物、海の風景、それら全てがほとんどあのときのままだった。 建物の周りを覆うように設置された柵だけがあの頃に無かったものだ。 そしてそのときはじめてあのジャックの話が真実であったことに気がついた。 あるいは彼自身もまさか本当だとは思っていなかったかも知れない。 ヘンリー王子夫妻はあの別荘で誰にも知られないようにひっそりと生活をしようと思っていたのだろう。 しかしながらいち早く群がったパパラッチ達の数の多さに驚いたヘンリー王子がイギリスに帰りたいと弱音を吐いたらしいのだ。
2020.02.16
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で! さらに数日後には、ヘンリー王子がイギリスに帰りたがっているとの報道があった。 「なんや!もうホームシックかい!」と思っていると、その原因はパパラッチだそうだ。 「そらそやろ!」と聞いていると、なにやら秘密のはずのバンクーバー・アイランドの小島の別荘まで知られてしまっている…なんて報道があった。 それを耳にして、私はほとんど忘れてかけていた記憶を思い出した。 「あ!」っと思ってテレビの画面を見てみると、そこに映っていたのは…
2020.02.15
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つい最近である。 イギリス王室のヘンリー王子とメーガン妃が王室を離れたとの報道があった。 その歴史的横暴を考えると私はイギリスが大嫌いだ! 王室がどうこうなんて類の報道なんかで浮かれんと、ちゃんとイギリスのやったきたことを世界は知るべきだ。 今、欧州や中東で起こっている紛争は元を正せばイギリスに元凶があることがほとんどだ。 その元凶に最近はアメリカがガソリンをぶっかけてさらに大事(おおごと)にしているから始末が悪い。 だからイギリス王室のことなんて微塵も興味はないが、テレビを見ていると嫌でも画像や音声に触れてしまうことが多かった。 で、 ヘンリーとメーガンがどこにおるかというと、カナダだそうだ。 まあバンクーバーとイギリスのつながりからすると妥当なとこやなとは思う。 で、 さらに詳しい報道ではバンクーバーにいるとのことだった。 案の定やんけ!と思った。
2020.02.14
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そして話の本題への皆さんの喰いつきが半端ではない!まあカナダとイギリスの関係性を思えば納得はできるが、話のウケが毎回すごかった。私は調子に乗ってその場所に行く度にお客さんに話をした。しばらくした後にジャックと船ですれ違った時、彼は私を銃で撃つしぐさを見せた。もちろん私も撃たれたふりをしたが、このとき彼は私がこの話を密かに流布していることを知っていることを確信した瞬間だった。そして私はこれまたもちろんのようにお客さんにこの話をし続けた。そんなカナダ滞在を終えて無事に帰国して27年が過ぎた2020年・・・ほとんど忘れかけていた私のこの記憶が鮮明に脳裏に蘇った!
2020.02.13
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それから数日後のセイリングで船をとめてくつろぐために私は船長の指示でその場所に船首を向けた。 船をとめて全てのマストを降ろすと甲板は絶好の日光浴スポットとなる。 お客さんたちがサンオイルを身体にぬってお昼寝タイムに入る。 もちろん中には眠ることなく我々クルーとの会話を楽しむ人たちもいる。 私にとっては絶好の生きた英語に触れる時間となる。 会話中私はふとジャックの話を思い出した。 そして彼のようにしっかり前置きをしてみた。 「誰にも話さないと約束できますか?話したら命に関わるかもよ…」 この前置きでもう『ツカミ』は完璧だった。
2020.02.12
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彼が言うには、我々が良く通る場所からはあまり見えない場所にある小さな島・・・その場所は他の船舶も通らないし静かな場所だったので、お客さんにくつろいでもらう時間を取るために私がアルバイトで乗船している船の船長がよくつかう場所にある島だったのだが・・・その島にある建物が、なんとイギリス王室の秘密の別荘だと彼は言うのだ。まあそんなに驚くでもなく私は「ホンマかいな!」くらいの軽いリアクションをしてみたのだが、ジャックは「人に話すなよ!この秘密をもらした者はMI-6に抹殺される可能性があるからな。」と周りを気にしながら小さな声で耳打ちする仕草まで見せた。そんなこと言いながら彼はこの話をいろんな人にしているのだろうし、その彼がこうして生きていること自体がこの話の信憑性を落としていことは明確だった。しかし私は「できればジェームズ・ボンドに消されたいわ。」と言っておいた。それを聞いたジャックはいつのも陽気な笑顔を見せた。
2020.02.11
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ある日彼がある話を私に聞かせてくれたのだが、前置きというか念押しからはじまった。 「絶対人に言うなよ。命に関わるかもしれんよ!」と・・・ この手の話はそう言いながらもまことしやかに拡散されることは十分に理解はできていたので興味本位で聞いてみた。 我々がセイリングするある海域に存在する小さな島の話だった。 小さな島に立派な別荘が建っている。 しかしそんな場所は他にも数か所あり、有名ミュージシャンの別荘でお忍びできているとか、夜にそのそばを通るとゴーストに遭遇するとか・・・どこでもありそうな都市伝説的な話も付きまわっていた。 これもどの国でもある話なんだなぁと面白がって私も聞いてきたから、彼の話もその類だと思った。 聞いてみると案の定その類の話であった。
2020.02.10
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約26年前… 私はカナダにいた。 学生時代の恩師の家に滞在して昼間はヨットのクルーズ船に乗り込みクルーとしてアルバイトをしていた。 ある日買い物をしていたら1人の陽気な男が声をかけてきた。 彼は自分の小型ヨットで海に出るのが趣味で、何度もすれ違った私の顔を覚えていてくれたのだ。 彼の名はジャック。 すぐに友達になった。 彼は陽気なジョークを飛ばすかと思えば、航海術や航海法なんかも教えてくれた。 週末にはバーで顔を合わせる機会もあった。 彼はお酒が入ると、ジョークなのか本気なのか判断に苦しむ微妙なラインを攻めるような話をしてくれた。 私は彼のそんな話が好きだった。
2020.02.09
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しかも私が電話でそういうと、病院側の担当者が決まって「わかりました。お大事にされてください。」と言ってくる・・・やはり私は電話を切ってからではあるが「なんじゃそりゃ!」と独り事を言ってしまう。どう考えても日本の医療システムは破綻している、
2020.02.08
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そんな病院を相手にしていると、よく考えたら「なんじゃそりゃ!」と言わざるを得ない状況に出くわすことが多い!この数か月は母の体調がすこぶる良くない。診察の予約を入れている日に体調が良くないときは連れていけない。そんな日は病院に電話を入れる。「今日は母の体調が悪いので診察はおやすみさせてください」という。そして電話を切った後、、、「なんじゃそりゃ!」と毎回独り言を言う。昔、落語の枕部分で同じような話を聞いたことがある。しかしまさか自分がそんな状況に陥る日が来るとは思っていなかった。世の中何か重要なことを間違えてしまっている。
2020.02.06
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ここ数年病院にいる時間が長い!母の体調に左右される生活をしているので仕方ないといえば仕方ない。でもなんであんなに待ち時間が長いのかが理解できない。診察の予約を入れいても2時間待ちなら早い方だと思わねばならない。医師や看護師、医療事務員の皆さんはひとりひとり忙しく働いている。おそらく『病院』というシステムが破たんしているのだ。昨年はある大病院で受付から診察まで6時間という新記録が生まれた。しかも診察が終わってから会計が済むまでさらに2時間かかったので、その日はその病院に8時間いたことになる。母は待ちくたびれて体調が悪くなるし、身も心も疲れ切っていざ帰路につこうと車を駐車場から出そうとしたときにその駐車料金に目を疑う!!駐車券にハンコを押してもらったので無料と思いや、無料になるのは最初の3時間まで・・・つまり5時間分の駐車料金を支払わなければならなかったのだ。『病院』はもうぼったくりバーと化している。
2020.02.05
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これを機に、そろそろ入試が学生のものになっていくことを切に願う。そして学生諸君も意識を変革していく必要もある。これは未来の話ではなくもう今から変えていこう。入試で自分が選ばれるのではなく、自分が入試で学校を選ぶのだ。偏差値なんてもうほとんど何の意味も呈していない。レベルの高い学校・・・なんて言い方があるが「何のレベルなん?」ってこと。学力のレベルという意味だという事は分かるが、それに何か意味があるか?一流大学を卒業したからといって、全員が全員「使える人間か?」というとそうではない。また「倍率の高い試験をくぐり抜けた人間が優秀か?」というと、これまたそうではない。入試のツールとして複数の科目を勉強することもそれが必要な人には意味があることだ。でもそれに疑問を抱いている人はある程度回避すればいい。回避した分の労力や時間を具体的な自分の将来に対する勉強をすればいいのだ。大切なのは「どの学校にいったか」ではない。それさえ理解していれば問題はない。学生諸君が、受験生が意識を変えるのが入試の制度を変える一番の近道だ!入試制度を変える変えないの議論の中で一番無視されていたのは、当事者の学生諸君だったではないか。しっかりと諸君の考えをボンクラな大人たちに示してやれ!!!
2020.02.03
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そうなってくれば、当然の如く受験生側の意識も変えていかねばならない。 どの大学に入学したいか… の向こう側に何が見えているかが問題となってくる。 何のためにその大学に行って、何を学び、その知識や経験を持ってどのように社会と関わっていくのか! これである。 そしてこの視点を早く学校や予備校を含む学習塾業界も持たなければならない。 なのにいつまで続ける気なんだろうか? 「我が校から○○大学合格車が何人でました」的な広告や張り紙や垂れ幕を。 もうすでにあれを見て「すごいやん!」って思う人なんかほとんどいない。 なぜか? 世の中はそれが何ら意味の持たない自己満足に過ぎないことに気付いているのだ。 なのに教育業界がそれに気付いていない事実は実に憂慮すべきことだ。
2020.02.01
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