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現地で彼を待っていたのは前任者の助手を務めていた青年で、ネッシーの存在を信じてやまない青年・フート。しかし全くやる気のないジョンに徐々に失望していく。何の意欲もなくただダラダラと形ばかりの調査を続けるジョンであったが、彼の調査に反発する人物がいた。湖の管理人と名乗る初老の男性・ウォーターであった。彼は最初は夜のバーでジョンに絡んできては悪態をついた。それは田舎者がよそ者、特に都会から来た者を受け入れない程度のものだと思い、ジョンもあまり相手にはしなかった。ところが日が経つにつれて、その言葉は激しさを増し、ついには行動にあらわれるようになる。挙句は自分の船をジョンの船にぶつけて調査機材を破壊するまでに至った。
2020.03.30
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そんな彼に上司はイギリスのネス湖に行くように言う。 表向きには現地で不慮の事故により命を落とした前任者の後任という口実があったが、その裏には雪男捜索失敗の熱りが冷めるまで国外に出させることともう一つの目的があった。 それはネッシーなんで存在しないことを証明してくることだった。 つまりは今後は未確認生物を追うことなく研究を進めることをアピールしてスポンサーの信頼を回復させるという意図があった。 そしてジョンは失意の中、イギリス・スコットランドに向かう。
2020.03.29
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次は映画だ! 私はテレビドラマより映画を見る機会の方が多いので、こちらの方が厳選度合が高いと思う。 映画の題名は『永遠の夢 ネス湖伝説』だ。 私のことを知っている皆さんは「またネッシー の話かいな!」とうんざりされたとは思うが、ちょいと我慢して読んでもらいたい。 もちろんこの映画を見るきっかけは題名に「ネス湖」が冠されているからだが、まあお付き合い願いたい。 物語の主人公は、アメリカ人生物学者のジョン・デンプシー。 彼の雪男に関する論文は高い評価を受けて、それに基づいて現地捜索を実施する。 しかしそれが全くの空振りに終わってしまい、生物学者としての生命の危機に見舞われる。
2020.03.28
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しかし・・・服部の刃は吉村の着る羽織を貫くことはできなかった。この戦闘を仕掛けた近藤側の隊士たちは羽織の下に鎖帷子(くさりかたびら)を着込んでいたのだ。それに対して不意を突かれた伊藤側の隊士たちはただの普段着だった。吉村の刃は服部の腹部を貫いた。そのまま吉村の顔が服部の顔に最接近する。分かり合えた友の命を奪ってしまうものと、分かり合えた友に命を奪われる者・・・この2人の表情が名シーン中の名シーンだ!もちろん吉村はこれでもかと思うほどの悲しい表情を見せる。それに対する服部の表情・・・これが心底たまらない!死を目前にしてなお友を気遣う服部の人間性を如実に表しきっている。これが役者か!!!これが演技というものか!!!・・・そう思い知らされた。これが私がテレビで見た中の「これぞ名シーン」と自信を持って言える場面だ。
2020.03.27
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しばらく続く斬り合いの中、双方に大きな損害を与える者がいた。近藤側は吉村、伊藤側は服部だった。互いが互いの戦いぶりをみて、互いが互いを止めなければ仲間の死傷者が増え続けることを知った。やがて吉村と服部の一騎打ちとなる。双方譲らない戦いが続いた。しかしある瞬間であった。互いが互いの隙を見つけて同時に突きを打ち込む。吉村の刀は服部の腹を、服部の刀は吉村の胸をとらえた・・・
2020.03.26
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そのしばらく後、、、伊藤甲子太郎は新選組から離脱して別の団体を結成する。表向きは新選組と同じく幕府側の勢力となっていたが、裏では倒幕派の薩摩藩と通じていて新選組の内情を熟知するか故に新選組を抹殺する目的を担っていた。しかし用心深い近藤勇は伊藤一派に密偵を送り込んでいて、その情報をいち早く握る。そして近藤が先手を打つ。誰もが予想だにしないまさかのタイミングで伊藤を斬る。もちろんそれを知った伊藤一派は現場に駆けつける。それを近藤の命令を受けた新選組隊士たちが待ち受ける。無残に斬り殺された伊藤の亡骸のまわりに集まる伊藤一派だったが、すぐに隠れていた新選組隊士たちに囲まれる。ほどなく顔見知り同士の斬り合いが始まるのであった。
2020.03.25
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同じ新選組隊士でありながらも、近藤派の吉村と伊藤派の服部が言葉を交わすことはほとんどなかった。しかしある日その機会が訪れる。新隊士募集のために副隊長の土方と江戸へ出向いたときだった。服部は家族に対して全霊で『義』を尽くす吉村の生き方を立派だと称える。藩主を裏切って脱藩し、隊士からは「出稼ぎ侍」「守銭奴」と笑われている自分を侍といえるのかどうかと密かに悩んできた吉村には意外な一言だった。またそれは吉村にとって数少ない理解者が登場した瞬間でもあった。その旅の帰路、吉村はもう二度と会うことはないと覚悟していた妻に会う。土方は彼に半日だけの単独行動を認める。土方に深々と頭を下げる吉村に服部が歩み寄って耳打ちをする。「お主、金はあるのか?」吉村が自分のためのお金は残さずにすべてを妻子に送っていたことを服部は知っていたのだ。案の定一文も持ち合わせていない吉村に服部は「全部使ってよい」といいながら財布を手渡す。そして立ち去る服部の後ろ姿にさらに吉村は深々と頭を下げるのであった。
2020.03.24
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もうひとりは服部。 彼は攘夷に燃える志士であったが、そのために家族をかえりみることはなかった。 そしてやはりその剣の腕をかわれて伊藤甲子太郎に取り立てられてその一派にはいる。 伊藤は新撰組の中心的人物のひとりであったので、服部も新撰組に所属することとなる。 彼はその人の良さと優しい性格から、隊士たちに支持される立場となり、副隊長の土方にも仕事を任されることもあった。
2020.03.21
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舞台は幕末、新撰組。 その中の二人の隊士の姿をドラマは描き出す。 ひとりは吉村。 彼は貧困に喘ぐ妻子のために南部盛岡藩を脱藩して京に出て、その剣の腕を局長・近藤勇かわれて新撰組に入隊。 幕府のためでもなく信念のためでもなく、家族を養うために人を斬った。 そのため多くの隊士から、出稼ぎ浪人だとか守銭奴だとか言って蔑まれた。
2020.03.19
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子供の頃の私は結構なレテビっ子でもあった。いろんな番組があったが、その中のひとつとしてドラマもよく見た。しかし、当時に比べれば見る本数極度に少なくなっているが、最近も「これ」というものは見る。その中で名シーンというべき場面に出くわすことがある。最近再放送で私の中でのテレビドラマ名シーン堂々1位のシーンに再び出会うことができた。約16年ぶりであったが、その名シーンぶりに息をのんで感涙にむせんだ。そのドラマは「壬生義士伝」という時代劇だ!
2020.03.04
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『神経質』な人は、自分自身に対してだけ神経質であって、自分以外の人には全く持って【無神経】だ!実は自分が【無神経】であることを自覚しているからこそ、それを悟られまいと『神経質』アピールする。『潔癖症』の人は、自分自身に対してだけ潔癖であって、自分以外の人たちの精神面に【不快】しか残さない。実は自分が【不快】な存在であることを自覚しているからこそ、それを悟られまいと『潔癖症』アピールする。これらの事実に我々がとうの昔に気付いていていることを理解できていないおめでたい人種が『神経質』であり『潔癖症』だ!あらためて言うといたるけど、、、もうええで!
2020.03.03
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もちろん若い頃に地に足をつけた時間を過ごし、ある年齢に達しても自分の来し方を悔やまない生き方をしていた人たちもいる。それでもやはり若い世代の人たちに『一生を空(むな)しく過ごして、万歳悔ゆること勿(なか)れ』と伝えたい。その気持ちの表れから、若者が楽しいことに飛びつくことに苦言を呈するのだ。昔、あるアイドルの曲にこんな歌詞があった。「大人は昔の自分を忘れてしまう生き物さ」・・・これはあくまで若者世代の目線から歌った歌詞だ。あるいはいい大人が若者に迎合しているだけの歌詞だ。大人は大人としての態度と物言いをしなければならない。またそれがあればこそ、若者の中から自分たちの文化を極めて昇華させ、それを芸術の域まで高めたり、それを気の長くなるほどの時間維持し続け「古典」と呼ばれるまで継承し続ける者たちが現れるのだ。いつの時代も文化を生み出して進化させていくのは多くの場合若者たちだ。しかしそれを強固なものにしていくのは大人の大人としての言動なのだ。
2020.03.02
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とかく若い時代は自分の人生の時間が長く思える。もちろん物理的にこの世を去るまでの時間の方が今まで生きてきた時間より長いのだ。『したいこと』と『するべきこと』の選択を迫られた場合、『したいこと』を選ぶ人の方が多い。これは心のどこかで「するべきことは将来におこなうこともできる」と思うのだ。しかし人間ある程度の年になると、若い頃に思っていたほど人生は長くないことに気付く。同時に先送りにしてきた「するべきこと」のほとんどが手つかずで放置されている事実が眼前に立ちはだかる。では今からすればいいではないか…と思う若い世代の人たちも少なくないと思うが、もう昔のような体力もなく記憶力も視力も低下し、無理も効かなくなってきているからもう不可能に近いのだ。だからこそ若い頃の時間の浪費を悔やむのだ。
2020.03.01
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