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もうほとんど日本語になっている言葉があるでしょうよ!「アット・ホーム」って・・・[home]が名詞として扱われるとき、前置詞として[at]が用いられる。慣用表現として、[feel at home]で「くつろぐ」[Make yourself at home.]で「楽にしてください。」なんてのはどの教科書にも出てきているぞ!!学業に盆も正月もない。まさに [ Boys tend to get old and difficult to learn. ] やぞ。来年度の君たちの奮闘に期待している!
2020.12.31
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おまけです!ある卒業生からメールをいただきました。その通りです、Hさん。・・・学生諸君よ!彼女は[home]の前に前置詞がある場合の例文を送ってきてくれました。よくぞ気づいてくれた!!!っていうか・・・気付かん学生って何してんの?
2020.12.29
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このように勉強というのは何も机の前に座ってするものだけではない。日々日常生活の中でその種はいつも転がっている。ようはそれに気付く目や耳・・・つまりは感覚があるかどうかだ。私たちの時代とは違って今はほとんどの人が身近にパソコンやスマホを手にすることが可能だ。「あれ?」と思えばすぐに調べればいいのだ。数日前、今年もクリスマス・イヴがやってきた。何も考えずにケーキを食べて、プレゼントをもらうのは小学校低学年までで終わらせておなかいといけない。中学生以上の学生諸君に問いたい。そもそもクリスマスって何?イヴってなに?そこに疑問を持つ感覚を持たないといけない。これは授業中でも同じだ!疑問が行動を生み、理解を深める・・・このサイクルに早く気づくべきだ。学生諸君!!人生日々勉強だぞ。それが実感できないようなら、どの世界に入ってもどの職業に就いても生き残っていけない時代がきているぞ。
2020.12.28
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[go to ~]の[to ~]部分は、[to]=「前置詞」で[~]=「名詞」となる。そこで不定詞の[to]が必要ない場合となると、考えられるのは[~]部分が名詞でない可能性が考えられる。まあここまで文法的論拠を深堀りしなくとも、もう熟語や慣用表現として覚える方が手っ取り早いならそれでもいい。ここまで説明されても「?」な学生諸君はもう音で丸覚えしたほうがいい。次の3つは覚えておこう!「ここへ行く」=[go here]「そこへ行く」=[go there]「家へ行く(帰る)」=[go home]そして[go]が[come]になっても通用する。[here][there][home]の品詞は副詞なので、前置詞は不要・・・というわけだ!
2020.12.27
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ちなみに[go to ~]=「~へ行く」のパターンで[to]を用いてはいけない場合もある![~]の部分がどのような単語であれば[to]が不要か!!これまた現時点で中2以上の学生諸君ならこたえられて当然ってところ・・・さあこたえられる人はどれくらいいる?
2020.12.25
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[go to travel]これをフランクに和訳すると「旅行に行く」となる。これが名詞的用法ならば、文法識別和訳をすれば「旅行することを行く」となり日本語として成り立たない。ここは副詞的用法と判断するべきだ。文法識別和訳では「旅行するために行く」となり、「旅行」が目的となる。これならしっくりくるわけだ!つまり[go to travel]の[to travel]は不定詞の副詞的用法なのだ。これは[go to eat]の[to eat]も同様だ。ここで引っかかっている学生諸君・・・特に高校生は、模試や入試過去問での英語の点数が上がらない原因はここにある可能性が高いぞ。最近は模試や入試で「一歩突っこんだ知識」を問う問題が増えてきた。今後も増えていくことは必至だ。それは与えられた知識をどう使いこなすかを問われる問題ともいえる。与えられた知識を与えられた範囲で使用すればいい時代はもう終焉を迎えている。
2020.12.24
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この問いに対してあまり何も考えずに、【不定詞・名詞的用法】と答える学生諸君があまりに多い!その原因は大きく2つあるようだ。原因1:不定詞の各用法の和訳時の意味を知らない。対策:もう一度心して勉強し直す!原因2:[go to ~][go ~ing]との記載から、動名詞と同義の不定詞なので名詞的用法・・・と思ってしまう。対策:もう一度心して勉強し直す!または英語云々言う前に日本語の読解力を鍛える!まあどちらにしても情けない状況ですわ・・・。名詞的用法だと思った君!そこの君!そう君!あんた!お前!もう一回ちゃんと考えてみいや!!!
2020.12.22
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[go to ~]は[~]が場所や地名を表す語であれば「~(場所・地名)へ行く」となり、この場合の[to]は前置詞である・・・これは前述の通り!では[go ~ing]は[~ing]が動名詞で「~しに行く」となる。この区別が曖昧な学生を選別したいとき、英語の先生は試験や小テストや宿題で「買い物に行く」を英訳させる。すると平気で[go to shop]なんて書いてくるのでしっかり減点されるのだ。これでは意味は「店に行く」となるが、これまた英語としては不完全だ。正確には[shop]の前に定冠詞か不定冠詞が必要となるので、[go to a shop]または[go to the shop]のならねばならない。ちなみにこの場合は前者は通常使われることは稀で、ほとんどの場合は後者の[go to the shop]となるだろう。さてここでまた話を本題に戻そう![go to travel]と[go to eat]の[to travel]と[to eat]の正体は何?今一度しっかり分析してみるべし!!!
2020.12.21
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さて、ここでよく学生さんたちが勘違いするポイントに入ることにする!それはズバリ・・・[go to ~]と[go ~ing]の区別だ!「それは分かってます。」という学生さんに限って試験本番でこれを間違えることが多いよ。その証拠に学生諸君よ![go to ~]と[go ~ing]の違いを説明できるか?これに関しても現時点で中2生以上の学年であれば答えられるはず。
2020.12.20
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to の直後に原形の動詞があるのだから、これは間違いなく【不定詞】の to と断言できる。ちなみに【[to]+「動詞の原形」】をセットで【不定詞】というのに、学校の先生がたまに【to不定詞】という場合がある。ってことは【[to]+[to]+『動詞の原形』】となるじゃぁ~あ~りませんか?・・・と疑問に思う中学生諸君もいると思うが、実は高校英語になると[to]を用いずに不定詞の働きを持つことができる【原形不定詞】というものが存在しているので、学校の先生はそれと区別するためについつい【to不定詞】という場合があるので気を付けよう!・・・ですよね!!高校生諸君!!!!
2020.12.19
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[travel]も[eat]も、動詞と名詞の両方の側面を持つ単語だ。ここで確認したいのは、[go to]の直後に名詞が来る場合は必ず場所や地名・国名を示す語であるということだ。[go to school]は場所であるし、[go to Canada]は国名だ。[travel]も[eat]も通常は場所や地名・国名を示す語ではない。つまりこの場合の[travel]と[eat]は動詞てして認識するべきなのだ。では、[travel][eat]が動詞ならば、[to]の正体は何ですか・・・学生諸君!!
2020.12.18
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前置詞は日本語に無い品詞である。読んで字の如く『前に置く詞(ことば)』だ。では何の前に置くの?ってことになる。それは名詞だ。名詞の前に置く言葉を前置詞という。では『Go to travel』や『Go to Eat』の [to] の後ろにあるのは名詞かそうでないかを考えなければならない。ここが結構ポイントかも知れへんよ!!これをその根拠も含めてバシッと答えられる学生さんはさすがです。ちなみにこれにバシッと答えるのは現時点で中2生以上の知識があれば可能です。
2020.12.17
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英文法で「用法」という言葉を使う場面は限られている。いうまでもなく不定詞だ。『GoToトラベル』『GoToイート』・・・英語で表記するともちろん[Go to Travel][Go to Eat]となる。政府のネーミングでは[to]も頭文字が大文字になって[To]となっているが、表題や題名にするとき前置詞の頭文字は基本的に大文字にしないのがルールだ。例外としては単語全体を大文字にするときが最たるものであろう。しかしながら、この[Go to Travel][Go to Eat]の[to]は前置詞ではない。学生諸君よ!その理由を説明できるか?
2020.12.16
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本日とうとう政府が『GoToトラベル』を12月28日~1月11日まで一斉一時停止を発表した。ここ最近の新型コロナ感染者数の増加状況を考えるとさもあらんといったことろである。ここで私が気になるのは、学生諸君が『GoToトラベル』や『GoToイート』を耳にしたとき、そのままスルーせずに、このネーミングの文法的解釈をしたかどうかだ。政府が作ったサムイネーミングとか言ってバカにするだけならだれでもできる。そこをしっかり考えてみるのが学生の本懐といえるだろう・・・ちょっと大げさか・・・。ハロウィンで浮かれて期末テストで惨敗したにも関わらず、クリスマスだお正月だとまた浮かれているそこの怠惰学生の君! 君や君!一日の猶予を与える。現在中2生以上の学生諸君は考えてみなさいよ。
2020.12.15
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それが本当だとすればこんなに嬉しいことはない。こんな私の生き方も、あながち間違いや失敗ばかりでないのではないかと思わせてもらえる。・・・正直にいうと入学式の日は、大変な学校にきてしまったと心底後悔をしたことを覚えている。入学式の日に早く卒業したいと思った。しかしながら思いのほか卒業式の日は早く来た。それほど充実した楽しい3年間を過ごさせてもらったのだ。あの卒業式の日からあと数か月で34年目を迎える。あの黄金の日々が今日の我々の礎を築いていると今更ながら確信をする。「はい、お疲れ様でした。」・・・看護師さんの一言に一気に現実の世界に引き戻される。そう、私は献血中だったのだ。この献血車の中の雰囲気は私を一気に高校時代に引き戻してくれた。この献血車が私にとってのタイムマシーンとなった。H.G.ウェルズにもアインシュタインにも申し訳ないがこれは事実だ。献血が終わった浴後にあの頃のように走り出せるだろうか・・・一瞬そう思ったが、そんなことは許されなかった。「ここにしばらく座って休んでください。」と車内に設置された椅子に誘導される。そこには私以外に3人の男女が座っていた。2人は受付でもらったチョコレート菓子以外に10個入りのたまごを手に持っていた。私と私の直前に献血を済ませた女性はチョコレート菓子だけを手にしていた。「なんで我々だけがたまごをもらえなかったんやろう。」を一瞬思ったが、そんなことはどうでもいい。今はもうしばらくあの頃の思い出に浸っていようと思った。あの古き良き時代の思い出に・・・。
2020.12.14
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気づけばあの日からいつの間にか27年もの月日が流れた。当時は今のように携帯電話やメールが普及していない頃だったので、あれから私もKも数回引っ越しを繰り返したのが原因で今となっては連絡をとる術がない。とはいえその気になれば何とでもなるのだが、それは自然の成り行きに任せている。それはあの学校の卒業生たちは皆同じだ。会うことはなくとも連絡を取ることもなくとも我々の友情は消えない。いや、そうであるからこそ我々の絆は強固なのかもしれない。その証拠に時折流れてくる彼らの噂のほとんどは誇らしいものなのだ。あいつららしい生き方をあの頃のように貫いている。熱く、激しく、温かい生き方だ。しかし中には残念な噂も耳に入る。全国ネットのニュースでその名前を耳にすることも何回かあった。ときにその名前は被害者として報じられる。この場合ほぼ彼らは命を失っている。そうでない場合ニュースでは彼らはただの犯罪者だ。でも我々は信じる。それはどちらであっても私利私欲や保身が理由ではない。誰かを、何かを守りために、そうならざるを、またはせざるを得なかったのだと信じる。・・・数年前、ある旧友からKの話を聞いた。メーテルは千年女王となり、ニコちゃん大王はハート様になっているという。そして2人は一男一女の子供を授かったらしい。その2人の子供たちは学校の先生をしているとのことだった。小さなときにお父さんから『あの高校を出て先生になった友達の話』を何回も聞いて、自分の先生になりたいと思ったことがその動機だったようだ。
2020.12.13
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近づく私に気づいていながらもまわりに目線を配るK。おそらく視界内に生徒がいれば「来ないで!」と目で合図をするつもりだったのだろう。しかしその合図は来ない。さらに近づくと奥さんが軽く会釈をしてくれた。背筋から首元まで真っ直ぐに伸びた姿勢の美しさはやはりただ者ではなかった。私は何食わぬ顔でKの隣に座る。「久しぶり!遅うなったけど、結婚おめでとう。」と私が言うとKは黙って大きく3回うなずいた。「ゴマはあの学校を出てからホンマに先生になったんやな。」Kが口を開いた。「あの学校出たからこそなれたんやで!」と言うとまたKは黙って3回うなずいた。「ゴマさんと一緒にいるときの生徒さんたちは本当に楽しそうですね。」メーテルが言う。「笑いの量だけは他の先生に負けへんからね!」と返すと、「主人の高校時代の友人さんたちはみんなそうですよ。」と彼女は笑った。それからほんの5分ほど他愛のない話をした。8年ぶりに会ったKとはあの頃の続きのような自然な時間であり、はじめて会った奥さんとは昔からの友人で会ったかのような錯覚さえ覚える心地よい時間だった。
2020.12.12
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2人がはじめて会った日から彼女からKへの猛アタックは始まった。しかしKは断り続ける。理由は「僕なんかと一緒にいたら君が笑われる。」ということだった。それでも彼女は諦めなかった。もう二度とこんなに素晴らしい男性と出会いことはできないという思いが彼女を突き動かす。そして2年が経とうとする頃、Kが彼女の想いを受け入れる。なんと、おつき合いを始めると同時の婚約だったそうだ。考えれ見ればKらしい。彼にとって『異性とつき合う』=『結婚』なのだ。本当にあいつらしい!・・・高校卒業後に直接Kと会ったのは、私が教壇に立った2年目の5月だった。春の遠足の企画を一任された私は隣県の動物園をルートに入れた。そこにいる時間は生徒達も自由に行動できるが、ある程度教員にも自由度を生む。Kは一度でいいからあの学校の卒業生が先生をしているところを見てみたいと私に何回か連絡をしてきていた。その日、Kは奥さんと2人でその動物園まで足を運んでくれた。私は生徒たちにK夫婦を紹介したいと申し出たが、Kはそれを断った。遠足は生徒の皆さんにとって大切な時間なので1秒たりとも自分がその邪魔をすることはできないと彼は考えた。これもまたあいつらしい。遠足当日、、、私は園内に何カ所もある小さな休憩所のひとつにK夫婦が座っているのに気づいた。しばらく生徒達とわいわい言いながら園内を散策した後、生徒たちや同僚の先生たちの目を盗んで私はその休憩所に足を向けた。
2020.12.11
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実は例の一件のときKのために奔走したTの中学校時代の友達に小学生の頃からモデルをしていた女性がいた。その話は当時Tから一度聞いたことがあった。彼女はその美貌故モデルにスカウトされるも、同じくその美貌故自分の人間としての内面をみてくれる人がいないことに悲嘆していた。それが理由で高校3年になったときにモデル業から完全に離れた。それでも彼女の周りには外見のみしか見えず、外見だけを飾った中身のない人間が集まってきた。彼女は「人間の価値とは何か?」それを考えながら高校卒業後大学に進学した。そして大学1年生の終わりに同窓会でTと再会する。そのときTが語ったKの話に彼女はくぎ付けにされたという。それから彼女はTにKと会わせてほしいと何度も懇願した。女性を紹介する・・・なんていうとKが来てくれるはずもない。だからといってTはKを騙し討ちするようなことはしたくない。なのでTはKが首を縦に振るまで、根気よくお願いをした。お願いし続けること1年半後、Tへの申し訳なさと感謝の気持ちからKはとうとうその申し出を承諾する。そしてその承諾の条件はひとつ!先方様に、「申し訳ありませんが自分に会うと必ず失望をするので1分たりとも我慢はしなくていいので何も言わずに席を離れてください。僕には僕なんかに会いたいといってくれて女性がひとりいただけで十分に幸せですから。」と伝えることだったそうだ。
2020.12.10
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ちなみに、あのKが卒業後どうなったのかというと!我々の卒業の7年後・・・25歳のときに結婚した。有難いことに私にも結婚式への招待状がきたが、ちょうど教育実習の期間とかぶっていたので手紙で丁重にお断りした。その後電話があり、あの信じられない底辺校を出て人より3年遅れたとはいえ一般入試で大学生になり教員を目指している私をKは本当に喜んでくれた。そして教育実習が終わった数日後、私のアパートに一通のハガキが届いた。新郎と新婦がキャンドルに火を灯そうとしているシーンの写真に「結婚しました。ホンマにありがとう!」と一言手書きのメッセージが添えられていた。それは紛れもなくKの字だった。が、、、その前に私はひっくり返ってしまった。その写真はどう見ても・・・ニコちゃん大王とメーテルの結婚式だった!
2020.12.09
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そんな中でも私が嬉しく思うのは彼らの家族の記念日の書き込みだ。子供の誕生日もそうだが、やはり結婚記念日のものが一番である。「人気のラーメン屋に行ってきました。」とか、「王将の餃子のはしごをした結果、ベスト店を二人で決めました。」とか、本当に気取らない内容が心地よい。そして私が嬉しいのは、彼らの奥さんがそれを喜んで受け入れてくれていることだ!結婚記念日に、何万円のコース料理だとか、高価なブランド品だとか宝石だとか、、、そんな下品さがない。お金や金額なんてくだらないことではない。彼らの人間性を愛してくれているのだ。そうなのだ。彼らと一緒なら献血だけでも楽しい一大イベントになるのだ。その楽しさや有意義さはお金では買えない。あれから年月が経って、確かにむくつけき男たちではあったが愛されるべき男たちを人生のパートナーとして受け入れてくれた女性たちの人間としてのすばらしさがそこに鮮明に刻み込まれているのだ。こんなに嬉しいことがあろだろうか。
2020.12.08
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もちろん私見であるが、知り合いで頻繁にSNSへ書き込みをする者の6割強は『ぶっている』。情けないほど『ぶっている』のに、その情けなさに本人だけが気づいていない。例えば多いのが『知識人ぶっている』、『食通ぶっている』、パターンだ。知識が浅いから知識人ぶらないといけないのであって、食通でないから食通ぶらないといけないのだ。あと『アピール』も多い。例えば『世の中を斜め目線で見ているアピール』、『自分はモテているアピール』だ。これも斜めに見られていないから見ているアピールしなければならないのであり、モテていないからモテるアピールをしないといけないのだ。本気でどうでもいい!!!しかし我が級友たちは違う。まずは書き込み頻度だ。ひと月に2~3回だ。ブログは見たい人が見ればいいし、見たくない人は見なくていい。しかしSNSは違う。垂れ流しだ。彼らはそれを知っている。鼻につかない頻度を知っているのだ。そして何よりその内容。背伸びも自慢もなく、本当に等身大の話題で心地いい。
2020.12.08
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1年生の頃はいろいろあった。それこそいろんな人間が集まっているからだ。そんな中でだれかを踏みつけにして自分がいい思いをしようとする者は淘汰され、あるいは自ら学校を去っていった。そんな3年間を経て卒業を迎えた男たちは、実に強く・激しく・そして温かい男たちであった。言葉を変えると、愛されるべき男たちであった。にも関わらず、そのほとんどが異性から愛されるどころか実に縁のない男たちでもあった。・・・あらから三十数年経った。当時の仲間たちの数人と幸いなことにSNSで再会を果たすことができた。その多くは結婚をして家庭を築いている。彼らを受け入れる女性たちがいたのだ。こんなに嬉しいことがあるだろうか!そして彼らの家庭は例外なく円満だ。奥さんたちでけでなく、その子供たちも実に立派だ。それは社会的地位のみならず、ちゃんと親を尊敬していることが特筆すべきであろう。また彼らの書き込み内容や頻度も絶妙に素晴らしい。
2020.12.06
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すると我が級友たちは即座にKとお母さんの前にダッシュで2列横隊に整列し、向かって右先頭に陣取ったTが大声で「押忍!お母さん!はじめてお目にかかります。我々はK君に多くのことを教わりました。おかげで意義深い高校生活を送ることができました!僕たちとK君を会わせていただき本当にありがとうございました。」と言ってビシッと一礼をした。その一礼に間髪を入れずに続いてその他の全員も頭を下げる角度・タイミングを一糸乱れずに合わせて一礼をしながら「ありがとうございました!」と続けた。その彼らの一連の行動が完璧過ぎて、周りにいた全ての人たちから大喝采の拍手がおくられた。その大拍手の中、お母さんは級友たちに「こちらこそ本当にありがとうございました。私はこの子をこの学校に入学させて本当に本当によかったです。皆さんもご卒業おめでとうございます。」と言ってくださった。これより約1時間後に私は部活の後輩たちに見送られて校門を出ようとしていた。そのときこの場に居合わせた先生が話して下さって、私はこんなことがあったことを知った。こんなに誇らしい友人たちがかつていただろうか・・・。そう思うと私もこの学校であの仲間たちと共に過ごした日々を心から誇らしく思えた。
2020.12.05
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そんな彼に級友たちは声をかけた。確かにあの校門を出たら俺たちの高校生活は終わってしまう。しかしここからまた俺たちの新しい友情が始まる。毎日顔を合わせるだけが親友ではない。たとえ離れていて何年も会ってなくても友情は永遠だ。だからみんなで笑ってあの校門を出よう。そういってKを納得させた。そしてみんなと校門に向かって歩き出した彼を、だれが言う出すでもなく級友たちが胴上げをし始める。胴上げをしながら校門を出た。Kは涙と笑顔でクシャクシャになりながら、何度となく宙を舞った。彼が空中を高く舞い上がり度に、他の卒業生やその場に居合わせた在校生や式に出席していた保護者や先生たちが「ヨイショ~、ヨイショ~」と声をかけた。その保護者の中に両手で口をおさえながら号泣する女性がいた。Kのお母さんだった。胴上げが終わって級友ひとりひとりと握手をしながら言葉を交わしたKは、まっすぐその女性のもとに歩いていって、「お母さん、これが僕の親友たちなんや。みんなのおかげでホンマに楽しい高校生活やったんや。」と言った。
2020.12.04
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といってもここからは私は残念ながらその場に居合わせていない。後から聞いた話だ。だいたい何らかの部活に所属している者は卒業式後の最後のホームルームの後、各部室でささやかな『追い出し会』がある。私もそちらに足を運んだ。一方、そうでない者たちは最後のホームルームが終わればそのまま校門へと向かう。我がクラスの部活をしていなかったみんなも校門に向かっていた。そろそろ校門だ・・・というとき、ふとみんながひとり少ないことに気づいた。Kだ。Kがいない。「あれ?Kは?」と辺りを見回すと、20mほど後ろにKがうつむいて立っている。「お~い、K、どないしたんや?」とひとりが声をかける。よく見るとKは肩を震わせて泣いていたらしい。みんなか彼の周りに集まる。「おい、Kよ。気持ちは分かるけど、、、ここはみんなで笑って校門を出ようや。」別のひとりが声をかける。するとKは泣きながら、、、「いやや、、、あそこを出てしもたらもうみんなとお別れせなアカン。僕はみんなとお別れしとうない。僕はこの学校を卒業なんかそとうない!」と言って、さらに肩を震わせて大粒の涙をこれでもかと流した。
2020.12.03
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「みんな・・・ホンマにありがとう。僕はこのクラスとこの学校の事を一生忘れへん!!」Kのこの最後の叫びに我々はさらに大きな拍手で応えた。そして卒業の日がやってきた。それまでに経験したどの卒業式よりもサラッとした日だった。「男子校はこんなものんかな?」と思う者もいたかもしれないが、実はそうではない。みんな悲しいのがイヤなのだ。涙で別れたくないのだ。なぜならほとんどの友人たちとこれが今生の別れとなることを知っていたのだ。我が校には同窓会というものが基本的に存在しない。その理由の詳細にはあえて触れないが、皆様々な事情を持って入学をして、卒業後に再びその事情の中に身を置く者もいる。そんな友人たちへの配慮から同窓会はしないのだ。式が終わって、クラスに戻って最後のホームルームを受ける。そして最後に全員が起立して先生にお礼を言う。その後は全員がそれぞれと握手をして最後の言葉を交わす。「世話になった。ありがとう。またな!」・・・だいたいこの言葉が交わされる。端的だ。要らぬことを口にすると涙が出てしまうことを恐れてこうなるのだ。そして誰もが「さようなら」を言わない。そんなみんなが校門をでるとき・・・ちょっとしたドラマが起こる。
2020.12.02
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