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それは数多くの敗者を排出してきたとも言えるだろう。練習試合ならともかく、公式戦ともなれば我々がくだしたチームの選手たちが泣き崩れるシーンを目にするのはもう当たり前のことであった。私のチームの人間がそんな相手選手たちにとる行為は2つに分かれていた。ひとつは勝者の特権とばかりにその光景を楽しむ者。もうひとつは自分がつくり出した悲惨な光景を見て見ぬふりをする者だった。私はほとんどの場合後者であったが、ときとしてそのどちらにも属しない行為に出ることもあった。敗戦チームのメンバーに声をかけるのだ。それは称えるべきプレーを称えておきたいとの思いから出た行為であったが、間違いなくその根底には勝者の余裕があった。称えるという行為がすでに上から目線であるからこそできるのだ。なので私のこの行為は決してスケジスポーツマンシップにのとった精神に起因したものではなかった。
2020.05.31
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スポーツマンシップという言葉がある。公正なプレイの尊重、相手選手に対する敬意など様々な意味が込められている。その象徴的なシーンの1つとして、勝者が敗者をなぐさめる場面がよく取り上げられる。試合が終わればノーサイド!死力を尽くして闘った相手への気遣いであり敬意だと言われる。しかし・・・根性悪の私はそれに違和感を持っている。私は野球少年だった。中学のときは野球地獄で辛酸をなめていた。精神的にも肉体的にも人権的にもこんな地獄があるのだろうかと思うほどの地獄だった。そのすべてが「勝つためや!」という一言で正当化された。しかし確かに地獄を味わった人間は強い。地獄を味わった人間たちで構成されたチームは悪魔のように負けない。なので数多くの敗者たちを見送ってきた。
2020.05.30
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学校にいく必要性が低くなってくればくるほど、あなたたち自身があなたたちを責任をもって管理しなければならないのです。つまりは大げさに聞こえるかも知れませんが、自分自身を自分の中に設定した学校で目的をもって学ばせていく時代が目前に迫ってきているのです。そう考えればあなた達にのしかかる責任はとても重く重要です。しかしながら今はその気になれば、それを故意に選択することもできるし、従来の学校での教育環境に戻ることだって可能です。自分は学校という環境の中で学んでいくのか、あるいはその学校という環境を自分で構築しながら学んでいくのか、、、この二者択一を迫られたときに、自分はどうするのか!!それを考えておかねばならない時期が急激に迫ってきています。そのときが来てうろたえないように、これから再び始まる学校生活の中でしっかり考えておいてください。
2020.05.29
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児童・生徒・学生諸君!もうお分かりですね!そうなれば君たちが手にするのは『自由な時間』ではあるのですが、それは『任された自由』なのです。ただただボーっと過ごすことのできる『与えられた自由』ではないのです。そうなれば・・・自分で自分をしっかり律して、大きな目標を立てて、その目標に向かうために今日何をしてどう過ごすかを明確にしていかなければなりません。つまり、自分で自分の中に学校を作らないといけないのです。自分の先生は自分です。自分に教科指導をするのも、自分に生活指導や生徒指導をするもの自分自身です。ただし!学校が用意してくれていたもののように、広範囲で漠然としたものではありません。もっと具体的な、もっとピンポイントなものにしていくのも可能です。それができれば、自分の得意な分野や自分の好きな分野の勉強をとことん追求することもできます。そして行く着く先は、学習する教科も自分で選択するどころか、自分で作っていく時代がやってきます。
2020.05.28
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奇しくも昨日政府が緊急事態宣言を解除しました。そして1日が過ぎて、いろいろな感想が聞こえてきました。日常に戻れた嬉しさの声と同じくらい、日常の憂鬱さを訴える声があったようです。事実!毎年4月とゴールデンウィーク明けに非常に多かった国内での自殺者数が、今年は信じられないくらいに少なかったようです。社会人の世界でも、リモートワークの有効性に気付いた企業や個人も多いようです。通勤時間やオフィスの家賃のみならず、人間関係のストレスからの解放がその大きな要因のようです。これはもちろん学校にも当てはまります。ということは、やはり通学から解放される学校や個人がこれから急激に増加することは必至のようです。
2020.05.27
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先生の画面に見えている生徒全員の様子を写す画像から、結構な割合で授業中に他ごとをしている連中がいるというのです。教科書や資料以外のもの、たとえばマンガなんかを読みながら授業を受けているふりだけをしているとか、、、明らかに何かを食べているとか、、、全身が見えていないことを逆手にとって、授業に集中しないのだそうです。世間一般には、学校側や学習塾側のリモート授業への準備ができたいないと騒がれていますが、ハード的な準備が整っていても、ソフト側の準備が全くできていないのが実情であることが今回浮き彫りになっているのです。もちろん今後はリモート授業はもっとメジャーになっていきますよ!それが進めば進むほど、まずは授業を提供する側のスキルが問われます。そして次に確実に問われるのは、授業を受ける側の資質です。本当に厳しく問われますよ!!!
2020.05.26
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その壁というのは・・・話が堂々巡りになりますが、やはり君たちの『自律』です。学校の先生や学習塾の先生から多く聞かされましたよ!遠隔授業、オンライン授業に臨んだ先生たちの嘆きです。形としては授業の体を保てたが、その内容は悲惨なものだったようです。その原因は児童・生徒・学生の皆さんにあります。実例を紹介しましょう。まず授業の時間にパソコン等の前にいない。この多くは起きられなかったことだったようです。もう4月初旬には生活の昼夜が逆転してしまっているような人が多かったと聞きます。そんな生徒をまたオンラインで指導する時間が必要となり、次の授業の準備ができなかったと先生たちは嘆いています。次は授業態度です!
2020.05.25
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そうなれば、今まで一方的に与えられて居た授業自体も児童・生徒・学生諸君が選択することが可能になります。もっと簡単にいうと、どの先生の授業を受けるかを選択できるのです。今までなら、今年の英語はこの先生が担当・・・君たちの知らないところで決められてきたわけです。それを覆すことができます。そうなるとヘタな授業を垂れ流してきた先生が徐々に駆逐されていき、国レベルで学校の授業の質が格段にハネ上がります!それはそのまま皆さんの成績のみならず、各教科への興味・意欲も飛躍的に向上させることにつながります。それと同時に公務員は解雇できないなんてアホらしい法律も変えてしまって、使い物にならない先生をどんどん解雇すれば税金の無駄遣いだってかなり改善されますよ。もう全てが好転してききます!しかしそれには1つ君たちが乗り越えねばならない壁が存在するのです。
2020.05.24
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児童・生徒・学生の皆さんが皆さん自身の心の師となることができれば、本当に学校教育は新たな時代に入っていきますよ。学校に行かなくてもオンラインで自宅で授業を受けることができるのです。もちろん学校に行きたい人は行けばいいし、行きたいときだけ行けばいい・・・極端にいうと在学中に一度も学校に行かなくても卒業が可能なんです。これが可能になると、いじめを苦に自殺する人なんかいなくなりますし、病気等で特定の場所から出られない人だって学校を卒業することが可能です。そして何よりのメリットは、先生が授業に集中できるってことです。だって児童・生徒・学生たちの生活指導や生徒指導から解放されるのですよ!その分の労力を授業の準備にかけられます。それができればもっともっと授業の精度が上がり、皆さんの学力向上に拍車がかかります。そして物理的な教室からも解放されるので、授業定員の規制からも解放されるのです!
2020.05.23
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自分を律することも全くできないくせに、周りの人に当たり散らかしているクズが何匹かこれを読んでいるみたいなので、文章が乱雑になってしまいました。 年齢ではなく心が大人の皆様には本当に失礼致しました。 さて、話を戻します。 自分をしっかり律して毎日自分自身に何らかの負荷をかけていく… これは言葉を変えれば、自分が自分の先生になることでもあります。 そう! 私がよく引用させてもらう 『心の師となるとも心を師とせざれ!』です。
2020.05.22
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そんな二度とないような好機なのに「訳もなく焦る」とか「意味もなくイラつく」とか子供じみたことを言いながら何もアクションを起こさないのなら、もう自分はそんな人間だとしっかり認めて何もしないで一生を空しく過ごせばいいのです。それがあなたにはお似合いですよ!それがあなたの生き方です。それがあなたが選んだ生き方であり、あなたが唯一できる生き方なのです。ただ!その「焦り」や「苛立ち」を誰かにぶつけるのは絶対にしてはいけませんよ。なんでか言うたらお前が自分で選んだ生き方やろがい!!!そんなお前が八つ当たりしている相手は、お前を守ってくれる人やねん!お前のためにその人生とその寿命を使ってる人やねん!その人がおらんとお前みたいなヤツが1日も生活できへん人やねん!そしてお前を攻撃することのない人やねん!そんなことすら分からへんから、自分を律して行動を起こされへんのよ、お前は!
2020.05.21
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なので!今、この瞬間から何かをはじめてください。自分に負荷をかけてください。「何をしてらいいのか分からない」なんて言い訳が通用しない時代がもう来てしまっていますよ。「勉強の仕方が分からない」なんて逃げ口実なんてもうとっくの昔に通用しなくなっているのですから!そんな言い訳を隠れ蓑にしている連中の共通点は、自らの行動に創造性を伴えないってことですわ。他人の創造性に乗っかるのが精一杯なのです。たとえばゲームやYouTubeです。それをプレイしたり閲覧したりするのは、他人の創造性に乗っかっているだけなんです。もちろんそれが100%悪いとは言いません。私だって乗っかっていますから。たとえばバイクです。私はバイクを創造していません。誰かが創造したバイクにお金を支払って乗っかっらせてもらっています。しかしながら私は微々たるとはいえ自らの想像力で構築しているものがあります。授業の進め方、授業の資料の独自作製、二輪指導の手段や方法等々です。それらは「任された自由な時間」をつくり出して行います。時間はつくり出さないとできませんし、誰も与えてくれません。コロナ騒ぎで余計その時間が短くなってしまいました。でも、君たちは今その時間があるんでしょ?こんな好機がありますか?
2020.05.20
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そのためにすることは、まず自分自身に毎日少しずつであっても確実に負荷をかけていくことです。君たちが感じている不安や苛立ちの本当の元凶はあなた自身にあります。何をしていいか分からない。だから何もしないでだらだら過ごす・・・そんな自分に焦って苛立っているのです。「今日はこれをやりきった!」と言える日々を過ごすことができればそれでいいのです。それが長期的視野で計画された行動であれば勿論いいのですが、今日を過ごすだけの短視眼的なものであっても構わないのです。たとえば高校生なら、今日一日で分詞構文を全部暗記するとか、今週一週間をかけて古文の助動詞を全て暗記するとか・・・暗記でなくてもいいです。数学の問題集を全て解くとか、前回の試験で間違えた問題を全てノートに書き出すとかでも構いません。もちろん勉強だけでなくてもいいです。興味のあることや、「そういえばこれってよく分かってないよな」とか「これって何やろ?」とか思う事を独自にリサーチしてみるなんてことも最高にいいと思います。そういった毎日何かをやり切ったことの積み重ねから、将来あたながしたいことや向かいたい方向を見つけ出すことなんかいとも簡単ですよ!
2020.05.19
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また長期休校に突入したとき、、、あるいは学校が完全にスタートしても、おそらく今までのような学校生活を送ることができるとは限りません。ともかく今の君たちには今後『任された自由』がついてまわります。社会が、そして世界がそうなっていくのですから適応して対応するしかありません。今回のコロナ騒ぎがなくとも、AIの発達で我々は生活そのものを変革しなければならない時代を迎えたのです。『任された自由な時間』を、今まで通りの『与えられた自由な時間』と同じように過ごすことができる人はそれでいいのです。それだって立派な能力であり、適応の仕方なのですからね。ただそうでない人は、今自分を変革させる絶好の機会なのですよ!
2020.05.18
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『任された自由』には責任がつきまといます!今現在不安や苛立ちを感じている人は、この責任の重さを感じていると言えます。いい歳こいたおっさんでもそうですよ。たとえば定年を迎えて「何もすることがない」なんて言う人がいます。言い換えれば任された自由な時間の使い方が分からないのです。もちろんそれが悪い事だとは言いません。40年も50年も余計なことを考える暇もなく仕事に邁進してきた証拠なので、中にはそれを目指したいと思う人だっていますからね!こんなことを言っている数日前に政府から緊急事態宣言を多くの県で解除しました。それに伴い多くの学校も具体的なアクションを起こしてきています。今不安を感じている人たちはそれを聞いて少しは安堵していることでしょう。しかし申し訳ありませんが、諸手を挙げて安心してはいけません。今後の状況によってはまた休校になる可能性だって大いにありますよ!
2020.05.17
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「あ!」と思った人も多いでしょう!そうです、学校もある意味その役割を持っているのです。学校があることで否応なく規則的な生活を強いられます。そしてまた否応なく結構な量の学習を強いられます。そこに多くの人は部活などの活動が加わります。そこに学習塾とか習い事とか・・・。そりゃもう余計なことを考えている暇なんかないですよ。だからこそ学校が休みの日が貴重なんです。文字通り『余暇』・・・つまり『余った暇』なんです。だからこそいつもできなかったことができたり、のんびり過ごせたりするのです。しかし、しかしですよ!今回のコロナ騒ぎで皆さんは急にただの『暇』を与えられてしまったのです。もちろん最初は『余暇』としてみなさんは過ごしていたはずです。でもそれが2か月以上も経ってしまうと次第に『余』ではないことに気付き始めたのですよ!この《ただの『暇』》ってのが結構強敵なのです。《ただの『暇』》とはある種の『自由』・・・つまり『任された自由』と同義なので手強いのです。
2020.05.16
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実は案外そういうことって・・・あるんです!ある意味あって当然なんです!哲学的にいうと、人はどこから来てどこに行こうとしているのか・・・なんて誰も分かっちゃいないのです。それが分かっているような気で、または分かっているようなふりをして生きているのです。ただ若いうちにそれに気づいてしまった人やそれを感じてしまった人は、人生に苛立ったり、自分のコントロールを失ったりすることがあります。実は我々人類にはそんなことが多々あるので、習慣を用いてそれらに対抗してきました。その対抗手段は様々ありますが、私の知る限りそれらの共通点は『若者に考えさせる暇を与えない』ことです。こう言ってしまえば、なんだかひどい話のような気がするかもしれませんが、そうではありません。考えている暇があれば、何かに邁進している方がよっぽど建設的だからそのようにしてきたのです。
2020.05.15
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「任された自由な時間」の中で感じる焦りや苛立ち!実はこれ感じる人には強烈に感じるものなんです。その原因は・・・自分が何かを求めているのだけれども、それが何かが分からない。・・・これです。一説によると遺伝子が何かを求めている…なんてことも言われますが、そんなこと言われても「ああ、なるほど!そらそうや。」と納得できるものではありません。また今現在それで苦しんでいる人は、早く学校が再開してほしいのかこの状態が続いてほしいのかも自分で分からないし、何をしても落ち着かないし何かをしても落ち着かない。そしてそれがエスカレートしてしまうと、明日がくること自体が苦痛となり恐怖となってしまうことだってあります。それが原因で家族や友達に思わず八つ当たりしてしまったりして、、、その後に冷静になったときに果てしない自己嫌悪に襲われたり、、、そんな悪循環のスパイラルを起こしてしまって、余計明日が苦痛となる。ここまで読んで「自分のことだ!」と思った人。そうそう、君です君!!!
2020.05.12
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その生活を2カ月以上続けてきて、何も感じない人はそれはそれでいいのです。ある意味才能です。嫌みでもなんでもなくね。『任された自由な時間』を与えられたものだけで過ごす才能なんです。しかしそれに違和感を感じはじめている人がいればいけないので、この話題に触れておこうと思いました。『任された自由』に違和感を感じる・・・あるいはそれを手ごわく感じている原因はあなた自身の中にあります。結論から言えば、それはあなたの中に何かしたいことやするべきことがあるのが原因です。そして問題は、それは何かのか!!ということです。それが何なのか!!が見えている人は、しっかりそれに時間を費やすことです。それに費やす時間を確保するためにその他のしなければならないことを計画的に効率性をもって処理しておきます。しかしそれができていない自分自身に感じる違和感だったり手ごわさだったりするのが原因です。しっかり自分を律しなさい。今できなかったら、おそらく一生できませんよ。でも、それが何なのか!!がまだ見えていない人・・・このタイプの人が今現在苦しい時間を生きているのではないでしょうか?
2020.05.11
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思い出してくださいな!今年1月頃から中国でコロナウイルス騒ぎが起きて、2月には世界に広がって日本でもクルーズ船内での感染が問題になって、、、急に安倍総理が記者会見で学校休業要請を出して、それを聞いた学校と教育委員会が慌ててとにかくの休校を蹴ってして、、、このときだれもこの休校がいつまで続くがが分からない状態!しかも急な決定だったので、ほとんどの学校が休校中の課題(宿題)を用意できなかった。もちろん部活やその他の郊外活動も中止となったのです。そのときみんなに求められたのは、家にいること!そして家にいる時間の使い方は君たちに任されたのです。
2020.05.10
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その原因は『自由の重さ』なんです。 今まで皆さんが経験してきた自由はいわば『与えられた自由』でした。 たとえば春休み、夏休み、冬休みです。 学校がら与えられた自由な時間でした。 与えられた自由には与えられた課題も存在します。 宿題だったり部活だったりですね。 そのせいで本当に自由な時間ってそんなに無いんですね。 まあ学校がある期間よりはありますけどね。 それに対して、今回のコロナ騒ぎによる休みは『任せられた自由』という要素が多分に含まれているのです。
2020.05.09
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さて、一方自由の手ごわさを感じている人たち!今回それに気づいたことには意義がありますよ。それを紐解くために、1つ質問があります。あなたがこれまでに自由の手ごわさを感じなかったのはなぜだと思いますか?これまでにも当然自由な時間はあったはずです。そのときには感じなかった手ごわさ・・・これを今回感じた理由は何でしょう?もちろん時間それ自体の長さも大きな原因です。だって、現在現役の児童・生徒・学生諸君の多くは2か月間も学校にも行かず部活や習い事もほとんどないような生活をしたことはないと思います。でももっと大きな原因がありますよ。
2020.05.08
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もうひとつとは・・・自由って案外手ごわい!って問題です。現時点で少しでもそう感じている人はなかなか鋭いです。全く感じていない人は、さらに2タイプに分かれますね。まずは完全に自律ができている人です。目標を持って、計画を立てて生活ができているのです。自分を律することができているのですね。そんな人は自由を完全に近いかたちでコントロールできていますね。次はただただダラダラダラダラ過ごしている人です。それを2カ月も3カ月も続けてきて、何も感じない人は天性の怠け者です。まあそれはそれで幸せなことでもありますし、そんな人たちが経済を支えているのも事実なので、今回はヨシとしますよ。ただ自分が怠け者であること!生涯で何も創造することができずに、誰かに与えられたものをただただ消費して死んでいく人間であることの自覚は持っておいてくださいね。
2020.05.07
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児童・生徒・学生諸君!この2か月ほどどのように過ごしていますか?コロナウイルスの影響で突然学校が休校になったときは、ほとんどの人が喜んでいたことと思います。しかしこんなに休みが続くとさすがに焦ってくる人もでてくることだと素もいます。中には微塵の焦りもなくもっと休校が続けばいいと思っている人は、それはそれである意味幸せなことなので現時点ではヨシとしましょう。ただ焦っている人!その焦りの原因は何ですか?私の見る限りその原因は2つに分かれるようですね。ひとつはもちろん、学習面の遅れを挽回できるのかというものです。これに関しては、だったら計画立てて自分で満足いくだけの勉強をしろよ!と言われればそれまでですな。で、今回はもうひとつの原因について触れていきたいと思います。
2020.05.06
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まだまだ触れたいこともあるが、今回はここまでにしておくとする。もう少しこの状況が続けばあと数点の問題に触れていきたいと思う。今回のコロナ騒ぎは我々の生活やそれを取り囲むシステムに大きな疑問符を投げかけている。おそらく騒ぎが終息したら、我々の生活に変化が起きるだろう。そのときに何をどのように変化させて何を維持するか、、、そして何を切り捨てて、何を見直すか、、、それを今この時に真剣に考えておかなければならない。それを熟考する絶好のチャンスがi今到来しているのだ。今はコロナウイルスとの戦いに専念するときなので、まずはそれに集中する!そしてそれを克服したときに、全てのことをちゃんと検証して今後の我々の生活に活かしていかねばならない。
2020.05.05
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ただ、別の見解も存在する。確かに地球は温暖化しているが、それは異常なことではなく当然のことだいう内容だ。もっというと、温暖化は地球が元の状態に戻ろうとしている証拠だというのだ。それが本当なら、ここ20~30年ほどの温度の上昇は、我々人間の活動とは無関係だということになる。今年、2020年に入って我々の耳にコロナウイルスという言葉が入ってきた。そして日本同様世界的にも自粛ムードは2月末あたりから続いてきた。すると現在、工場ラインの停止や旅客機の大幅減便などなどが原因で大気汚染が緩和されてきている。事実「何十年ぶりに青空が戻ってきた」なんて都市も出てきている。もしこの世界的な自粛が半年続けば、地球環境の変化がある程度観測できるらしい。それはつまり昨今の地球環境変化をもたらしているのは、我々人類か、あるいは地球そのものなのかがはっきりすることを意味しているようだ。
2020.05.04
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今度は地球環境の話に移ろう。地球温暖化という言葉を耳にするようになってもう30年が経とうとしている。専らの見解ではその原因は我々人類である。温室効果ガスの二酸化炭素を排出するからである。植物を燃やしたときに出る二酸化炭素の量は問題ではないらしい。その植物が燃えたときにでる二酸化炭素の量より、その植物が大気中に放出してきた酸素の量の方が多いらしいのだ。つまり自然界では考えられない物質を燃やしたときに出る二酸化炭素の量が多いという話だ。たとえば石油やガソリンなどの化石燃料を燃やしたときや、電気エネルギーを生産するときに出る二酸化炭素の量が問題なのだ。それらの行為をするのは地球上で我ら人間だけだから、地球温暖化の原因は人類・・・となっている。
2020.05.03
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そんな連中がコロナウイルスに感染したら、もちろん医療機関に運び込まれる。あるいは自分で医療機関に行く。そして感染経路の確認を求められたとき・・・プライバシーの関係でと黙秘するのだ。さらにそいつのために家族のいる医療関係者が命を危険にさらして医療行為を施す。こんなことがあっていい訳がない!だからもうプライバシーの範疇を再考慮する必要性がこの国に迫っている。簡単だ。国民全員の顔をデータとして登録して、国内のありとあらゆる場所に監視カメラを設置しておけばいい。インタビューを受けた情報もその人間のデータベースに自動的に保存されるようにすればいい。で、医療機関に運び込まれたらその人物のデータを閲覧して、感染防止の行為をしていないと分かれば、医療行為を一切せずに監視カメラのある部屋にただ閉じ込めて自然治癒するのを待つのだ。もしそれで苦しみあえいで絶命したのなら、その姿をしっかり報道すればいいのだ。それが少しでも感染防止に役立つなら、その命は無駄にならない。そうでもしないと我々人類は核戦争でもなく、地球環境の変化でもなく、プライバシーが原因で死滅してしまうぞ。
2020.05.02
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たとえばこうだ。コロナウイルスに感染した人物がその経路を特定するために、この2週間ほどの行動の報告を求められた。しかしこの2週間に配偶者にバレてはいけないところに行っていた。それを知られたくないがために「プライバシーに関わるから」と拒否したとする。これで1つの重要な感染経路の追跡が断たれるのだ。そしてウイルスが広く拡散される。それで誰かが命を落とす可能性はそう低くないのが現実だ。いや、もうそれで防ぐことができた感染を防ぐことができないて命を落とした人も確実に存在する。それでもプライバシーが優先されるべきであろうか?こんなことも考えられる。パチンコ屋だ。休業要請を受け入れないパチンコ屋に通う連中だ。インタビューでマイクを向けられた者がいうらしい。「自分の命だから自分の判断でいいんじゃない?誰にも迷惑かけてないし」と!
2020.05.01
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