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私が所属しているNPOの今年の夏休みの子供勉強会は、ふるさとを知ると言うことで松山市が力を入れている「三庵めぐり」をおこなうそうだ。この三庵というのは、江戸時代の俳人の草庵である「庚申庵」と明治時代の料亭の離れである「愚陀仏庵」と、昭和の俳人の住居であった「一草庵」をさすのだ。 松山市は、俳人の栗田箸堂・正岡子規や種田山頭火らにゆかりのある市内の3つの庵を観光スポットとして周遊する「三庵めぐり」のルート整備を進めているのだが、平成21年4月には同市が観光の目玉の1つとしてハード、ソフト両面の整備を完了させる計画なのだ。 今年の8月に子供を中心とした、一足早い三庵めぐり(バスツアー)も予定されているのだ。(私が所属しているNPOが事業主体なのだが・・・)私もボランティアとして子供らといっしょのこの三庵めぐりに参加しようと思っている。(バスで移動の半日コースの予定なのだ・・・) ルートの中心は、夏目漱石が旧制松山中学の教師時代に下宿し、一時、子規と起居をともにした「愚陀仏庵」と放浪の天才俳人種田山頭火の晩年の居室で後に再建された「一草庵」と、風流を好んだ栗田樗堂が寛政12年に建てた「庚申庵」の3つなのだが、どれも趣の深い建物なのだ。 子供らにふるさとの良さを知ってもらうイベントの参加して今年で3年目なのだが、一昨年は地元新聞社の主催で環境マップである「グリーンマップ」の製作スタッフとして、道後地区を担当させてもらった。昨年は離島を探るイベントとして、明治時代の灯台のある釣島の案内をしているのだ。 この島めぐりのイベントは「離島振興協会」が主催で行われたのだが、この釣島灯台は明治時代のお抱え技術者であったブラントンが造った日本で最後の灯台と言われているもので、土木技術者としての私の知識が一番使える分野なので、メインの説明者として資料作りから参加したのだ。 今回の「三庵めぐり」だが、松山市は現在老朽化が進んでいる一草庵の整備に着手しており、隣接する民家と土地を買い取り来年3月末までに、まちづくり交付金を元にしてミニ庭園や休憩所を備えた施設に、リニューアルする予定なのだ。市内各所に点在する句碑などと結び、“俳人ルート”として観光PRしていく予定なの だ。 俳都松山市には市内各所に句碑があり、これを巡るだけでもけっこう時間がかかるのでが、それはそれでけっこう面白いものだと私は思っている。私も50箇所くらいの有名な句碑は巡ってみたのだが、それでもまだ半分も見ていないだろう。(今年も10箇所くらいは探したいと思っているのだが・・・) wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月31日
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この日記を始めたのが平成17年の1月1日だったのだが、一番最初に市町村合併によって由緒正しい「温泉郡(おんせんごおり)」がこの日で消滅したことを書いた。その後で松山市などに働きかけて、地方名の入った自動車のナンバープレートにでも、「温泉」という文字を残せないかと思ったが、それもどうなった少しも進展がないが実情だ。 私は始めからこの市町村合併には反対だったのだが、少子高齢化の進展により行政ニーズが増大することが予想され、保健・医療・福祉、教育、子育て支援などが、小さな市町村では出来なくなると知事にだまされ、(聞くところによると合併に反対だった市町村には、相当県庁からの締め付けが厳しかったといわれている・・・)泣く泣く合併した市町村も多かったのだ。 私は松山市で少しまちづくりの事業に協力しているが、まちづくり等の分野については、住民に最も身近な地方公共団体である市町村が中心となって担うことが必要なのに、それを大きくしたら弊害が出るに決まっているではないか。やっと松山市の場合は多くに費用をかけて、地域コミューンを再築しているといったところだ。(効果はいまいちだが・・・) そのことは今日の地方新聞の一面に「市町村合併」は失敗だったとして載っていたが、その中で各市町村長(もう愛媛県に村は存在しないが・・・)のアンケートによると、まだ8割以上の首長が市町村合併を評価しているのだ。(これ自体住民の意識とそうとう食い違っているのだが、各首長さんは県庁の締め付けが怖くて、正直になれないのだろう・・・) それでも市町村合併にメリットとデメリットを聞かれると、メリットが減少してデメリットのほうが相当増加しているのだ。(ここは正直に答えていると思うのだが・・・)これから合併による交付税の算定方法を切替期間が過ぎてくるので、もっと財政的に厳しくなる市町村が増えてくるだろう。それを心配している首長も多いみたいだ。 どうしても田舎と都市部では格差が開いてしまうもので、住民サービスにおいても地方自治においても、全国的にも先進地域である内子町でも、総合病院は廃止されるし旧小田町の病院は診療化されるしで、何一つ良かったことがないと地域住民は嘆いているそうだ。都市部と相当太いパイプを持っている優良地域でもこの有様なら後は知るべきだろう。 市町村合併を推進していた県は合併がひとまず終了したので、支援するために設置していた「合併推進室」を廃止してしまい、合併支援係に格下げを行なっており、市町村合併の支援を打ち切っているのだ。本来なら市町村合併が行われた後の諸問題を、解決するための部署を創設するのが必要なのに、これで終わりにされたのではどうにもならないだろう。
2008年07月30日
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映画「靖国」がどちらかというと神社のことよりも、軍刀(靖国刀)に主眼をおいて製作されているみたいだが、軍刀は日本陸軍の象徴なのだ。今でも軍事評論家の評価では、白兵戦なら日本人が世界一と言われているのだ。確かに帝国陸軍は白兵戦を重視し、その装備も白兵戦を強く意識したものだった。 その一例を挙げるなら、世界的に見れば既に第一次世界大戦ごろには見られなくなった将校の帯剣も、日本陸軍では第二次世界大戦終結まで、制式装備として続けていたのだ。これが映画の主眼となっている靖国刀で、靖国神社で戦前には造られてもいたのだ。(映画の主人公は最後の刀匠だが・・・) 旧日本陸軍の銃剣術は優秀で、兵の練度も高かった。これは明治時代からの特徴で、これが日本の軍隊が白兵戦で世界一と言われている所以である。大戦初期は、日本兵がアメリカ兵と白兵戦を演じた場合、まだ機銃等の自動小銃が十分でなかったので、白兵戦の技量が低い米兵を圧倒することができた。 帝国陸軍がそこまで白兵戦にこだわったのは、戦前の軍隊では国力が火力重視の装備ができるほど豊かではなく、それでも欧米列強に対抗する為にはある程度の兵力を維持しなくてはならないので、あまり金がかからない白兵戦重視の消耗戦を行う軍隊にせざるえなかったという事情もあるみたいだ。 白兵戦と言えば映画の中でも挿入歌として使われている「抜刀隊」の活躍が有名だが、この西南戦争において、政府軍が薩軍との戦闘で消費した総弾薬数は、後の日清戦争や日露戦争での弾薬消費量にも劣らなかったというのだ。世界最強と言われた仏国陸軍の装備を持っていた政府軍が、西南戦争で薩軍の白兵戦の強さに手を 焼いたのだ。 どんなに弾丸を使用しても、薩摩軍側による抜刀切込み攻撃によられると、政府軍兵士の死傷者が続出したのだ。当時の政府軍兵士は徴兵制によって農民・商人出身兵士を中心に構成されており、士族を中心とした薩摩軍側の抜刀攻撃には対応出来なかったのだ。この時に世界最強の最新装備をしても、白兵戦では日本刀が最強 であるという証明が成されたのだ。 特に西南戦争で薩軍の白兵戦の強さに手を焼いた政府軍は、警官の中の士族出身者を選抜して新たに決死隊を編成し白兵戦に備えた。白兵戦専門部隊とも言えるこの「抜刀隊」は、その後の戦闘で薩軍相手に大奮戦し(田原坂の戦いが有名だが・・・)、その精強ぶりは歌にまでなり、日本刀と剣術が軍隊内でも再評価されるよ うになったのだ。 これで日本軍が軍刀を大切に扱かっていることと、靖国神社に祭られている英霊の魂も太刀に宿っていることがわかったはずだろう。この映画の中国人監督は、靖国神社のことを映画にしたのではなくて、軍刀という武器を通じて日本の軍国主義批判をしているのだと私は思っている。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月29日
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昨日は話題の映画である「靖国」を見に行ったのだが、200人くらいはいる会場(映画館)に30名くらいの人が見に来ていた。私も10年くらいは有料で映画など見ていなかったのだが、今ロードショーの値段が1700円だと初めて知った。映画をよく見に行っている嫁さんに言わすと、標準の映画は1800円だそうなの で、少し安いとのことだった。(3時間くらい遊べるので安いものだが・・・) さて、映画「靖国」なのだが靖国神社の映画と言うよりも、軍刀(靖国刀)のことが中心なので少し勘が狂ったというか(それでも見入ってしまっていたのだが・・・)もう少し神社のことを説明するところが多かったらと思った。私も小泉首相が初めて8月13日に参拝した年に、まだ小学生だった子供を連れて8月15日に 参拝しているのだ。(子供の感想は飲ましてもらった麦茶が旨かっただったが・・・) 靖国神社は明治2年に明治天皇のご意志によって、戊辰戦争で斃れた人達を祀るために創建されたのさが、皇室の御紋である十六弁菊花紋を戴く由緒正しい神社である。創建された初めは、「東京招魂社」と呼ばれていたが、明治12年に靖国神社と改称されて今日に至いたっているのだ。 「靖国」の社号は明治天皇に依って命名 されたのだが、「靖国」は「国を安らかに」という意味だそうだ。 映画では「靖国神社」の御神体が太刀であるようにいっていたが、神社の御神体は鏡であったり、太刀であったり、木であったり、滝であったりしますが、靖国神社の御神体は,物質的には太刀であることは間違いないみたいです。ところが少し違うのは御神体は英霊であって、奉納された太刀(靖国刀)に英霊の魂を招いてお 祀りしているのだ。(英霊の数だけ太刀があるわけではないが・・・) 神社の御神体としては戦没者の英霊として祀られている方々を拝んでいるのだが、物体として拝んでいるのは「太刀」ということになっているのだ。靖国神社の場合は、そこに祀られている大勢の人への記憶が信仰の対象だと何かの本に書いてあったが、確かに人を拝む方が自然かなと私は思っているのだが、今日の新聞による と戦前派の人も、そのことは知らなかったみたいだ。 さて、その刀(靖国刀)だが昭和8年に民間篤志家の資金を元にして、日本刀の復活と将校用軍刀の需要に応える為、刀剣界と陸軍が協力して靖国神社境内に「日本刀鍛錬会」が設立されたのだ。靖国神社内に鑪が再開され、良質の日本刀を作刀されるようになって陸軍将校に供給されたそうだ。軍の受命によって鍛錬会刀匠名の 初字には靖国の「靖」の名が与えられたそうだ。 戦争当時は「九段刀」とも呼ばれていたそうで、終戦迄に約8,000振りの日本刀が作刀されたそうだが、映画の中でのインタビューで(これがおかしいという意見が出たシーンなのだろうが・・・)刀匠が、そうとう数の軍刀が実践で使われたような話をしていた。日本軍によって軍刀が戦争で使われたかどうかは別にして、どう してそうなったかと言うことは明日に日記にでも書いてみよう。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月28日
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昨日は「幽霊の日」だったのだが、幽霊というと夏に出るのがシーズンなので、暑さの盛りである7月26日を「幽霊に日」にしているのかというとそうではなく、今から180年ちょい前の文政8年に江戸の中村座で、怪談話では一番有名な「東海道四谷怪談」が、旧暦の7月26日に初演されたからだ。(太陽暦なら8月下旬くらいになるのだが・・・) この「四谷怪談」という狂言は、鶴屋南北のまったくの創作ではなくて、実際の事件をヒントにして書かれたものなのだ。その事件というのは不義密通をはたらいた男と女が、「戸板返し」の罰を受けて、神田川に流されたって事件だったのだが、江戸時代では不倫というのは今と違って大罪であり、この事件のことは江戸中の人の噂になっていたのだ。 ちなみに、「戸板返し」と言う罪は、雨戸の両面に1人ずつ縛りつけて、これを川に浮かべる拷問なのだ。下になってるほうは身体が川の中なんだから、当然息ができない訳だが、そこですぐに殺したらつまらないので、刑士が長い竹竿で戸板の端をつっついて、戸板を反対にするのだ。こうして上下が逆になると、川の上にいたほうが今度は水中になるのだ。 これを不倫をした男女二人が死ぬまで繰り返して、二人とも死んだらそのまま川に流してしまうという、拷問のような処刑方法なのだ。これは、「自分が息をしてる間は、自分の愛した相手が息をできずに苦しんでる」いう精神的な拷問の意味もあるわけで、不倫をした男女にはピッタリの刑だったんだろう。(晒し者にすると言う刑罰のあったのだが・・・) 実際にこんな事件がありそれを元にして「鶴屋南北」が書いたのが、この「四谷怪談」だったのだが、この狂言のクライマックスは殺されたお岩が化けて出て、伊右衛門に復讐するラストのシーンなのだが、物語の中盤には毒殺されたお岩と、お岩殺しの罪を着せられた男とが、戸板に縛りつけられて川に流される「隠亡堀」のクダリも、重要なポイントになっいる。 TVなどがなかった江戸時代に、このようなショッキングな芝居を見せられたら、江戸の人たちもビックリしたみたいで、この芝居は大当たりを取ったらしい。もっとも「東海道四谷怪談」と言う題名は、実際にはありえないことですがと言う作者の言い訳をつけるために、付けられた題名みたいだ。(本来なら「中仙道四谷怪談」になるところなのだろうが・・・)
2008年07月27日
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今日は事務所の軟式野球チームの試合があったので、このくそ暑い中を球場まで応援に行ったのだが、1回戦は運良く勝ったのに2回戦では惜しくも負けてしまった。私の事務所のチームは実力はあるのだが、試合が下手で負けることが多い。(前にも日記に書いたが監督の采配はめちゃくちゃだし、選手は好き勝手をしるしで勝てる要素がないのだ・・・) それでも、選手の層が厚いのと各自の運動神経が良いのか、南予大会では優勝するし今日の県大会でも、1回戦はなんとか勝つことができるのだ。選手の能力が高い証拠に投手が出来る人間が、15名のメンバー中に5名もいるしその選手がそこそこ投げるのだ。(逆をいえばどの投手もどんぐりの背比べで、エースと呼べる投手がいないのだが・・・) 打撃のほうでもよく打つし、今日の試合でも2試合でホームランを4本も打っているのだ。しかも打った選手はそれぞれ違う選手で、打順もクリンアップから下位打者まで、均等に打つことが出来るのだ。(こちらのほうも芯になる打者がいないと言うことではあるのだが・・・)しかも全員が打ち気満々で、来たボールはダボハゼみたいに何でも手を出すのだ。 当然、試合の進み具合やボールカウントなどはお構いナシに打つので、少し上手な投手にかかると一切打てなくなってしまう。今日の第二試合(負けてしまった試合だが・・・)でも、初回と2回にスリーランホームランが飛び出し、2回表で6対0にしていたのだ。それが遊撃手のヘマから2点入れられると、6回に同点に追いつかれサヨナラ負けをしてしまったのだ。 相手のチームは私の事務所のチームの弱点に気がつくと、力で押してくる速球派のエースを降板させ、ベテランのカーブ投手に切り替えとたん、ヒットも出なくなってしまったのだ。こうなると相手に調子つかせてしまい、ワンチャンスで同点にされてしまった。私が昔対戦していた選手もいたので、その選手の弱点などを教えていたのに打たれてしまったのだ。 楽天の野村監督は「馬鹿は野球がうまくても使わない」そうだが、今日の試合を見ていると本当に情況を読めない馬鹿どもは、何をやっても物にならないのが良くわかる試合だった。選手の能力が低くて負けるのなら仕方がないが、少しも頭を使わないで野球ごっこをしているのなら、これから彼らは決して野球はうまくはならないだろう。 采配のイロハを知らない監督が、うちのチームの練習量は相当のものだと誇っていたが、私に言わせるともっと頭を使った練習をしたらと思ってしまう。今日の試合の後も私は嫁さんが迎えに来てくれるまでの間、決勝戦を見ていたのだが、我々に勝ったチームが初回に7点を入れられていた。そのチームはバントや盗塁を含めて、いやらしく点を取っていたのだが、参考にしようと言う選手は誰一人うちのチームにはいなかった。
2008年07月26日
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今年の夏の高校野球は今日が決勝腺だが、今年は甲子園での全国大会が第90回の記念大会と言うことで、例年より6校多い55代表が甲子園に集うことになっている。 例年の東京、北海道のほか、参加校が多い神奈川県、愛知県、大阪布、千葉県、兵庫県、埼玉県の6府県大会が、80回記念大会に続いて2代表となっているそうで、これらの県の高校では甲子園への夢がふくらむはずだ。 これらの6府県は、地方大会の参加校が150校を超えている地区を選んだそうだが、135校が参加している福岡県は残念ながら1校しか選ばれないのだ。もっとも分割されている東京都は、東東京大会の参加校が146校だということなので、本来なら福岡県より前に東東京地区の方が、分割されるのが本当だろう。(さす がに東京は高校が多いので、記念大会では3校出場でもよいくらいだ・・・) 四国地区では愛媛県が一番多いのだが、各県とも1校しか選ばれない。そこで提案なのでが、試合の日程調整が難しくなることを承知で言うのだが、10年に1度の記念大会は、全国大会参加校を64校にしたらどうだろう。四国なら準優勝校4校が集まってトーナメントをを行い、そのトーナメントを優勝したチームが、「四 国枠」と言うことで全国大会に参加出来るようにしたらどうだろう。 今年の甲子園大会の開幕日は、大会史上最も早い8月2日だそうだが、これは北京五輪との重複期間が短くなるよう考慮されたそうだ。これが64港が参加するとなると、もっと早く全国大会を開幕する必要が出てしまい、阪神タイガースにはつらいロードの日が長くなってしまう。今年は開幕を早くしたので、代表校が一堂に会 する組み合わせ抽選会は開かないとのことだった。。 確かに今年は北京五輪が甲子園大会中にあるわけだが、それだから高校野球の観客が減少するとは私は思わない。(それほど影響はないだろう・・・)私自身北京五輪については、いつもの五輪と比べて少しも盛り上がっておらず、このことはスポーツ好きの職場の連中も同じなのだ。(高校野球の方は地区大会から研究してい る連中もおり、ある程度の盛り上がりを見せているのだ・・・) 北京五輪は時差も1時間くらいしかない関係で、どうせ仕事中には実況中継は見えないのだから、夜のTV番組で結果を確認することになるだろう。(睡眠不足になることは、考えなくてよいのが今回の北京五輪のメリットか・・・) 今年の甲子園大会の抽選は今までのように、代表校が一堂に会する組み合わせ抽選会を開かないのだが、それぞれの地方大会の決勝が終わり代表校が決まった時点で、そのつど抽選して公表されるそうなのだ。代表校が決まった時点で抽選のくじを引きので、次の日から相手チームのデーターを集めることも出来るのだ。(全国 的な高校が少し遊離になりそうだが・・・) なにはともあれ、どの高校が愛媛県の代表になっても、私にとっては暑い夏が始まるわけだ。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月25日
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きょうは「土用丑の日」でウナギにとっては厄日なのだが、本来なら丑年と寅年の人はウナギを食べてはいけないそうだ。これは丑年の人と寅年の人の護り本尊が「虚空蔵菩薩」であり、ウナギは、虚空蔵菩薩のお使いだからだそうだ。虚空蔵菩薩は丑寅歳の守り本尊として広く信仰されており、技芸・芸能関係者の守護佛として 帰依をを受けているとのことだった。(芸人もウナギを食ってはいけないことになる・・・) ことに虚空蔵菩薩はうるし関係者との因縁は深く、「コクソ漆」の名は「虚空蔵漆」とナマッタものといわれているそうだ。日本独特の漆器工業の発達は、虚空蔵さまの恩徳によるところが最も多いと言われているそうで、毎年秋に全国一斉に行われる「漆器祭り」には、漆工関係の代表者が虚空蔵菩薩をお参りして本尊さまの 御供養をするところもおおいそうだ。(愛媛では今治の漆器関係者がそうだ・・・) 私の嫁さんが丑年で長男が寅年だが二人ともウナギが大好物で、二人とも本当に罪深い野郎どもだ。本当なら福智の円満を願う人、子弟の知恵の発達を望む方、丑寅歳の人、技芸、芸能関係者、うるし、漆芸、漆器業者などは、ウナギを食べるなど恐れ多くも許される行為ではないのだ。(その代わり私が彼等の分のウナギもし ょうがないので食べてやるのだが・・・) ある寺の縁起には福徳増進の他、虚空蔵菩薩が全国を巡り歩き天変地異の際、どの仏にも増して慈悲を給い、急難を救う仏として説かれている。そのはなしでは洪水のときにウナギが、村人の命を助けたことも聞いた。経に説くように、虚空蔵さまと天変地異とは大いに関係するのだろう。ウナギを食べない芸人(私の好きな落 語家・・・)では、古今亭志ん朝師匠がこの話を聞いて一切ウナギを食べなかったそうだ。 今年は偽装ウナギが有名になってしまい、日本産のウナギが高価で私の口には入りそうにない。私はウナギさえ食べれたら中国産でも台湾産でもよいと思っているので、今日の朝、家に出る時は嫁さんに今晩はウナギを用意するように言っておいたのだが、さて私の口にウナギは入るのだろうか。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月24日
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昨日のTVで雨宮花梨のインタビューを聞いたのだが、20代から30代の死因では経済的に追いつめられて、未来志向が出来なくなった自殺が一番だというのだ。年間の自殺者が三万人を超え続けていることが大きな問題となっているが、彼女が言うにはチョとした内戦状態にある国と、同じくらいの死者が毎年でているそうだ 。(我が国の生存競争は、立派な内戦状態だ・・・) 自殺者は全世代の死因では、それでも第六位にランクされているが、これもけっこう高いランクらしい。このようなことがないようにと日夜活動しているのには、頭が下がる思いだったのだが昨日の放送を聞いて、少し考えることがあった。先月に秋葉原で起こった殺人事件の話で、舛添厚生労働相が日雇い派遣を原則禁止する 方針を示したというのだ。(その話は新聞に載っていたが・・・) 彼女が言うのには、不安定で明日の見通しさえ立たない働き方に対して、多くの人が何とかしようと運動を繰り広げ、厚生労働省などに働きかけてきたそうだが、行政の態度や企業の取り組み等、なかなか事態が好転しない中、秋葉原の事件を受けて流れが一気に変わったのだ。矢面に立ったトヨタは、派遣会社に派遣労働者の 人物選定を義務づけるなど対策を立て始めたというのだたというのだ。 彼女の言葉には、合法的で地道な運動の積み重ねよりも、無差別殺人が日雇い派遣禁止に力を持ったのだとしたら、何という皮肉だろうみたいなことをいっていたが、あの秋葉原の無差別殺人事件によって、派遣法が見直されるということは、秋葉原の犯人が現在苦しい立場にいる人々に、「英雄」視されることにもなりかねな いkじょとを心配もしていた。(聖職者にはいてはいけないのは当然だ・・・) 今の若者が頑張っている合法的な労働・生存運動と、7人の命を奪った残虐な事件という落差の前で、どちらの方がインパクトが強かったのかと言うことになると、私を含め少しは貧困問題に関与している人間にとっては、あの殺人事件は何だったのかと徒労感にも似た思いに包まれてしまう。(それこそ頑張っていたことを、 全否定されたようなきがしてくるのだ・・・) 雨宮花梨が時分のブログで、もしかしたら、若者たちのひきこもりは、もう忘れられたしまった労働争議である労働を拒否した立てこもりであり、ニートはひきこもることで大々的な「ストライキ」をしているのかもしれない。そんな若者たちが、この国に185万人もいるということは、意外と「まっとう」なことだと書いて いたが、たしかに「ひきこもり」の185万人ストは、相当威力のあるストライキになるだろう。 確か20代から30代の自殺者は5000人を超えているはずなので、彼等の無言の抵抗がそのうち秋葉原の無差別殺人のように、自爆テロ化しないことを祈っているし、させてはいけないと思っている。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月23日
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昨日までの三連休は天気もよくて暑かったのだが、本当なら高校野球シーズンなので、母校の応援にでも と思っていたのだが、今年は1回撰で思わぬところに負けてしまって、一度も応援に行かずに夏の楽しみが一つ無くなってしまった。(下馬評ではけっこう強そうなので楽しみにしていたのだが・・・)その変わり来週は私の事務所の軟式野球チームが、県大会にに出場しており応援に行くことが出来るのだ。 土曜日は厳島神社の夏祭り(管弦祭と言うらしいのだが・・・)であり、さすがに「安芸の宮島」までは行くことが出来ないので、松山市の興居島にある厳島神社の分社の方の管弦祭を見に行くことにした。これは私が参加している歩こう会が主体になって参加したのだが、島民の多くが参加しており思ったより賑やかなのでび っくりしたくらいだ。(泊地区の神社なのだが・・・) 巫女さんの奉納舞などもあり本格的な管弦祭で、さすがに島嶼部は地方文化が廃れていないのが、まちづくりや地域づくりに参加している私にとっては、うれしい出来事だった。しかも、多くの人が出迎えてくれて島の中央にある「恋人峠」までの、ナイトウォーキングもけっこう面白かった。今年は先月に「ホタル狩りウォー ク」として、ナイトウォーキングを実施しているのだが、こちらのほうも盛会だったのだ。 日曜日は嫁さんが実家の方へ彼女のお袋さんの見舞いを兼ねて帰っていたので、私の方も実家に行ってお袋と世間話をしてきた。お袋もけっこうな年になっているのだがまだまだ元気で、一人で生活してくれているのだからうれしい限りだ。(嫁さんのお袋さんは長期入院をしており、私の嫁さんと実家の嫁さんとが変わり交代 で、ヘルパーさんいっしょに一時期は世話をしていたのだ・・・) 私は独身時代に建設ステーション(通商ハンバ)暮らしが長かった関係で、食事などの身の回りのことは何でも出来るので、嫁さんが数日くらい家に居なくても少しもこまらないのだ。しかも、料理が趣味と言うことで(嫁さんよりはうまいと思っているのだ・・・)休日などには家族の食事を作ることが多いのだ。今回の三連 休も土曜日はナイトウォーキングに出かけてので、作らなかったが後は私が食事を作ったのだ。 日曜日の夜は、スパゲティのミートソースを中心にピザやサラダを含めてイタリア料理を作ったのだが、昨日の夕食はゴーヤチャンプルと札幌ミソラーメンというように、北と南の郷土料理に挑戦してみたのだ。特にラーメンのスープは鶏ガラからじっくりと取って、けっこううまくできたと自画自賛しているのだ。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月22日
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今回のJRの踏切事故のことを調べてみて、JR西日本の福知山線脱線事故を契機に猛省しているみたいで、それは現場の対応にも良く現れていたみたいだ。今回の踏切事故は人身事故でなかった関係で、警察関係の立会がなかったらしく、それが短時間での列車運行の復旧に繋がったみたいだ。(それでも1時間くらいはかかっているのだが・・・) 今回の踏切事故ではどのような車が脱輪したのかわからないのだが、まず踏切内から脱輪した車を取り除くのが第一であるが、どうやらこちらのほうは大洲駅にいる保線区の職員があったみたいだ。事故発生を聞くとすぐに職員をあつめて、私が乗っている特急列車が内子駅に着いた頃には、もう現地で作業をしていたのだ。(30分くらいで作業解したようだ・・・) 踏切内から車を取り除いたら線路の点検や、電気系統のチェックが必要なのだが、これは本来なら松山保線区の仕事で松山から担当職員が来ることになるのだ。今回の事故では宇和島保線区の職員が、この電気系統のチェックを行っているのだが、これは大洲市に住んでいる宇和島保線区の職員を通勤前に確保して、この業務を行ってもらったと言うのだ。 このように担当外の業務(職員を含めて・・・)を融通しあうようになったのは、やはり、JR西日本の福知山線脱線事故を契機に猛省した結果みたいだ。これが担当区域の松山保線区の職員が行っていたら、松山からの現場(大洲市の新谷地区・・・)への到着時間のことも考えると、やはり30分くらいは復旧作業が遅れていただろう。 どのような現場でも事故はどうしても起こるものだが(その事故を少なくする努力をするのは当たり前で・・・)その組織の危機管理能力というのは、事故が起こったときにどうような対応が出来るのかが問題だと思っている。私の事務所でも今回の事故に関して文句を言っていた人間もいたが(列車が遅れたので仕方がないことだが・・・)、私自身は今回のJRの対応はすばらしかったと評価している。(迅速で乗客の立場で行動できているので・・・) そしてもうひとつ、この踏切事故が起こった日は高校野球の八幡浜高校の試合がある日で、事故の影響を受けた列車に多く野の応援に行く学生が乗車していたのだ。応援には学校から貸切バスで試合のある西条市へ行く予定だったみたいなのだが、列車を利用している学生は大洲駅で待機していた普通列車に乗り換え、大洲駅と八幡浜駅の途中にある千丈駅で、待っていた応援に行くための貸切バスに乗ったみたいなのだ。(この時も後続の特急列車を伊予平野駅の待たせて、普通列車の運行を優先しているみたいなのだ・・・) この処置によってどうやら試合には間に合ったみたいで、これまたその応援のおかげかはわからないが、八幡浜高校は高校野球愛媛県予選のベスト8に残っているのだ。
2008年07月21日
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私が事故で止まっていた列車の中で乗客ウォッチをしていたときに気がついたのだが、5分に1回くらいの割合で列車内の情況報告放送があったのだ。これもいったいどれくらいの割合で放送があるのかと思って時計を見ていると、5分に1回くらいだということがわかった。たしかに1時間で12回の放送なら、あまり乗務員の負担にはならないだろう。 当然5分くらいで情況が変るわけないので同じ内容の情報が放送されるのだが、それでも何も情報がないよりはましである。(寝ている人にはうるさいと感じていたのか知れないが・・・)後でわかったのだが放送は運転手が行っており、車掌等は列車が停止していた内子駅で、普段ならいないはずの内子駅の駅員と強力して、学生達の人員整理をしていたのだ。 内子駅はJRの正規職員がいない駅で(派遣職員か契約職員が時間帯でいるようなローカル駅なのだ・・・)本来ならこの時間には駅員が一人もいない時間帯なのだ。それがきっと大洲駅の職員だと思うのだがJRの職員も来ていたし、緊急に呼び出されたのか内子駅で切符を販売している職員も、内子駅で右往左往している通勤・通学客を誘導していたのだ。 しかもJR四国は、事故の対応を高松にある運行の集中管理室も行っており、私の乗った特急列車の後続列車である普通列車を、普段に使っている1番ホーム(ここには私が乗った列車が停車している・・・)ではなく、開いている3番ホームに入場させて、学生達の遅刻を防止する配慮をしていたのだ。(通勤客は私の乗っている特急に乗せたりもしていた・・・) この後続列車の別のホームに入場さす配慮は、内子駅だけではなく駅員が居る大洲駅だけでなく、無人駅でも行われていたのだ。列車が離合可能な駅は全て使って一番時間的ロスがない方法を、高松の運行総局でCPRという機械を使って20分くらいで調べだし、それを全体に周知徹底させているのは、危機管理対応としてすごいと思ってみていた。 列車の運行が再開された後も、最初に上りの特急列車が動き出したのだが、内子駅では私の乗っている下りの特急列車とその列車が離合したのでが、上り列車が発車してから私の乗っている列車が発車するまで、3分くらいのタイムログがあったのだ。普段ならそのようなことがないので、その理由は上り列車の乗客を誘導を優先していたからだということだった。 日本の鉄道会社(JRを含めて・・・)のダイヤ作成・尊守は世界一だといわれているが、今回の事故でも証明されたといっていいだろう。
2008年07月20日
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先週の水曜日に私の通勤で使っているJR列車が事故に巻き込まれ、(大洲市の踏切で車両の脱輪事故があり、私の乗っていた列車が1時間近く遅れたのだが・・・)そのときのJR四国の大洲保線区(正式には松山保線区大洲支部なのだろうが・・・)の対応が見事だったと思うので、今日から始まる3連休の日記はこのことについて、調べたことを中心に書いておきたい。 なぜこんな話題で日記を書こうと思ったのかというと、私も仕事柄工事のセクションリーダーとして「危機管理」のことを勉強しているのだが、この事故が起こった時のJRの対応は、傍目から見ても良くやっていると思ったし、その証拠に通勤・通学列車が上下あわせて10本くらいに影響が出たのに、ほとんど文句とかが無かったみたいだ。 まず事故があったのは新聞情報によると水曜日の早朝でn(私もその後事故現場に行ってみたが、何一つ事故の形跡は残っていなかったし、事故の後に列車がその踏切を通ったはずなのに、一切気がつかなかった・・・)私の乗った列車がJR松山駅を、出発するくらいの時間だったらしが、踏切に迷い込んで自力で脱出が出来なくなったらしい。 場所は大洲市の新谷地区の遮断機のある踏切だが、運転していた男性(年も新聞に載っていたのだが、若いので驚いたくらいだ・・・)の、運転操作ミスが脱輪の原因のようだ。それでもこの男性はけっこう落ち着いていたようで、車から出て踏切に設置されている非常用の装置を使って列車を止めたので、人身事故にはならなかったみたいだ。(不幸中の幸いだろう・・・) このしょうも無い事故でJRの特急・普通列車の11本に影響が出て、約千人の人が列車の中や駅で待つことになったようだ。私の乗っていた列車も内子駅で足止めを食らってしまい、1時間くらいは列車の中にいたのだが、することも無いので周りの人の様子を観察していた。そうしてみると事故の報告を聞いた乗客の行動は、3つのタイプに分かれるみたいだ。 その3つのタイプとは、まず、寝ている人間である。事故があっても安心しているのか、状況報告もあまり聞かずに、イビキを掻いている人間も私の周りに何人もいたのだ。その次は一生懸命本を読んでいる人間もけっこういたのだ。こちらの方はさすがに「われ関せず」では無いみたいで、列車内の情況報告放送が始まると少しは聞いていたみたいだ。 それからもう一つのタイプが、時計を見たり携帯電話でいろいろ連絡したりして、少しも落ち着かないタイプだ。放送が始まると一字一句も聞き漏らすまいと、神経質そうに時計を見たりしてブツブツ言ったりもしていた。きっと職場での仕事のことや、学校でのことなど心配していたのだろう。(私は他の車両の様子なども見に行ったりしていた・・・)
2008年07月19日
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今日のTVのニュースを見ていると、ドイツのトイレではゲームが出来るそうで、狙いを定めて小便をひって的に当てると高得点が出るそうだ。こうすることで外に零すことが少なくなり、清掃費等が大幅に縮減されるそうだ。的を狙うだけのことでいったいどれくらいのコストが、縮減できるかは言っていなかったが面白い発想だと思っている。 私も子供の頃トイレに飛んでいるハエをめがけて小便をひったことがあり、聞くところによるとこのトイレのゲームの的も、どうやらハエが選ばれているらしい。たしかに放尿時に一点の集中させると外に零さなくなり、トイレ掃除の回数も減らせるとも事を聞いたことがある。(関西空港の男性用トイレの的は、なぜかテントウムシだそうだが・・・) パナソニック社のビューティトワレの重要なアピールポイントには、「エチケットポイント」機能でというのがあるそうで、これは男性が立って小用を足す際、最も小水の飛沫が飛び散らないポイントへ、いざなうための目印を作っているそうだ。やっぱりこれも男子用便器における“ハエ”の効用を美味く利用しているとのことだった。 このハエを見ると、ほとんどの男性がこのハエをめがけて小水をかけようとする。便器の真ん中にハエがあることで小水をそこに誘導し、飛び散りを最小限にしてトイレの清掃コストを下げるための工夫だ。便器メーカーもついに、パブリックスペース向けに目印のある小便器を売り出すなど、すでにこうした取り組みが一般的になりつつあるようだ。 これは的に命中させたくなるという男心を巧みに利用したものだが、(男って非常に単純なのだ・・・)使用時に外に飛び散らかさないという根本的課題を解決したものではないが、実績としてトイレがきれいになっている点をみれば、この的を付けるという事はトイレ史上、まことに偉大な発明でだといっていいだろう。(ゲーム月トイレを体験してみたいのだが・・・) また、飲み屋のトイレには氷を大量に入れているところもあり、小便をして氷が解けるのを見ていると、これまた外に零すことが少なくなるというのだ。それよりも飲み屋のトイレに多いのが標語というか狂歌で、有名なところでは「急ぐとも 心静かに 手を添えて 外に漏らすな 松茸の露」というのがあるが、ITで調べてみると多くの標語が紹介されている。 どうやら飲み屋だけでなく公共施設のトイレにもけっこうあるみたいで、「急ぐとも 心静かに 真ん中へ 散らば吉野の花もきたなし」や「急ぐとも 西や東に垂れかけな 皆見(南)る人が汚(北)なかりける」などが多くのブログなどで紹介されていた。何はともあれ、少しの工夫で掃除の回数を減らすことが出来れば、当然ながら資源保護に役に立つのだから、これも一つのエコといっていいだろう。
2008年07月18日
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昨日は私が利用しているJRの朝の列車で踏切事故があり(このときのJR四国大洲運行区等の対応は見事だったのだが、その時のことは今週末にでも3回の連載で日記に書けるくらいなのだが・・・)列車が1時間近く遅れたので仕事の開始時間に間に合わなかった。普段なら現場に行くことが難しくなってところだったのだが 、昨日の午前中は県が行う「電子納品・電子入札」の説明会があったのだ。 この説明会が県の地方事務所で10:00から予定されていたため、昨日は現場に出る予定にしておらずゆっくりと休んでから、県の事務所に仲間という区ことが出来た。(こんなことがあった時には、特に仕事などしない方が後からの手戻りが少ないのだが・・・)講習会会場には講習会が始まる10分くらい前に会場に入っ たのだが、少しも冷房が効いておらず暑くて溜まらない会場だった。 会場には管内の建設業者だけでなく、県や市町村の職員も来ていたのか、会場の大会議室は少しも空きがない状態になっていた。(推定では300人くらいの参加者がいたみたいだ・・・)そんな会場で冷房が効いていないと、どのようなことになるかは推して知るべしで、参加者から(行政の方も含めて・・・)ブーブー非難 の声があがっていた。(熱中症で倒れたらどうするのだ・・・) しかも、その説明に使うパソコンの調子が悪かったみたいで、プレゼン用のスライドが使えなかった。こちらの方は危機管理がなっていなかったようで、調子の悪いパソコンの準備もしていなかったみたいで、資料を打ち出そうにもCDの持ってきていないし、フラッシュ・メモリーさえも手配していないのだ。(さすがはお役 人のすることだと、業者仲間でまごまごしている担当者を大笑いしてやったが・・・) 私もまちづくりなどでは人前でプレゼンを行うこともあるし、バイヤーに説明する時などは子供のノートパソコンを借りて予備に会場に持って行くことにしているのだ。データーもパソコンのディスクに入れておくだけではなく、CDとメモリーの二通りは準備していくのだ。それくらい準備しても満足のいくプレゼンなど数回 しか思いつかないほど反省点ばかりである。(講習も受けたりしているのだが・・・) スライドも見せず資料も渡さないプレゼンを我々がバイヤーに行ったら、契約など絶対のとれないと言っていいだろう。県の担当者は2時間の予定の講習会を50分くらい話して、必要な様式等はITでダウンロードして下さいとか言っていたが、これが説明会をする態度だろうか。たぶん出張旅費をもらって松山から来ている のなら、もう少し危機管理を行ってもらいたいものだ。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月17日
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全国一斉休漁が明けた今日の東京・築地市場の鮮魚取引は、新聞情報によると国産天然魚を中心に品薄を心配する向きもあったが、休漁前の漁獲分や養殖魚などが上場され、影響は最小限にとどまって、それほど大きな混乱も、魚の仕入れ金額の上昇もなかったみたいだ。た。「取引量が少ない水曜日」とあって、流通上の大きな 混乱は避けられたようだ。(大きな問題はなかったということだ・・・) 東京・築地市場の水産物の卸会社によると、昨日の一斉休漁が早い段階で周知されていただけに、「仲卸や量販店を含めて鮮魚の保管や養殖魚の確保など、準備ができていた」と話しており、この分では月に2~3日一斉休業しても、市場には特に混乱がないことがハッキリしたみたいだ。つまりこの大規模な漁民のストライキは 、完全に失敗だったと言っていいだろう。(ザマアミロと言いたい気分だ・・・) きっと大規模な行動を起こせば、自民唐を中心とする与党議員があわてふためいて、自分たちの要求が通ると浅い考えで一斉休業をしたのだろうが、我々消費者が賛同すると思っていたのだろうか。今日の日経オンラインに『「おいおい、なんてMOTTAINAIことを」。イカの休漁が話題になり、人工衛星からの映像がテレビに出た 。』と言う記事が載っていた。(もっともなことだと私は賛同しているが・・・) その記事では、「こんなに明るく見えるほどイカ釣り船が多い」ことが話題になっていたそうだが、漁民がどれくらい燃料を節約する意識があるのかを問題にしていたのだが、文句を言って補助金をもらう前に、自分たちの工夫で何とかする努力が、全国の漁民たちにあるとは思えない。私も魚類は好きなのでよく食べるのだが 、経費が増えたら製品価格を値上げするのが、商取引の「イロハのイ」のはずである。 私も少しくらいの値上げなら仕方がないと思っているのだが、いくら燃料費高騰で経営が圧迫されているとはいえ、自分たちの窮状を訴えるために全国の漁船20万隻が一斉休漁に入り、全漁連などの圧力団体が東京都内で決起集会をひらいたなど、私には狂気の沙汰しか思えない。 イカ釣り船の電灯を一斉に暗くするという、「上からの指示」による対策は7月末にもやるそうだが、自分だけ暗くするとほかの船にイカを取られるから、「一斉」の指示が出るまで個人的にはやらないという、そんな馬鹿げた調整をしているから、時分で考えて少しでも費用を減少さす対策よりも、東京に出てきてこぶしを振り 上げて、国民に税金を自分たちに使うようにしてもらう方が先になるのだ。 全国の漁民たちにいっておくが我々建設業でも、重油等の燃料代は同じように上がっているのだ。それでも血の出るようなリストラを始め、色々な工夫をして乗り切っているのだ。そして最後の最後になって公共事業の燃料代だけは、値上げの分を工事費に上乗せしてくれとお願いしているのだ。しかも、全体工事費の1%まで はいくら資材が値上がりしても、自分たちの努力で何とかしますと言っているのだ。 昨日の日比谷公園での全国集会では、「漁業者の自助努力はもはや限界。政府は燃料高騰に対し必要な措置を講ずるべきだ」と決議文を読み上げたそうだが、いったいどれくらいの自助努力をしたのか、見てみたいものである。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月16日
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プロ野球のセ・リーグで私の応援している中日ドラゴンズは、セ・パ交流戦が終わってから調子が極端に悪くなってしまっており、今では読売巨人軍にも抜かれてしまい、首位の阪神タイガースから大きく離された第3位になっている。しかも自慢の先発投手陣がメロメロになってしまっており、頑張っているのはエースの川上投 手と、ベテランの山本(昌)投手の二人きりという、本当に情けない状態になっている。 セ・パ交流戦が終わるまでは抜群の働きをしていた吉見投手が、先発した日曜日の東京ヤクルトスワローズの試合をTVで見ていたのだが、先取点を奪ったのに吉見投手がぼろぼろに打たれて、結局はボロボロのやられ漫才状態で負けてしまった。このままでは、優勝決定戦に出られるAクラスも危ないと思っていたのだが、ど うやら今日の北海道のディ・ゲームでは、読売求人軍に勝ったみたいだ。 今年の北海道シリーズは旭川で巨人VS中日が行われたのだが、この球場は愛称の「スタルヒン球場」の方が旭川市民や北海道民にすっかり定着しており、正式名称である「花咲スポーツ公園硬式野球場」と呼ばれることのない珍しい球場なのだ。私も一度行ったことがあるのだが、旭川のタクシーに乗って「スタルヒン球場」 といったら、この球場に連れて行ってくれるくらい有名なのだ。 今日の試合ではかつて巨人などでプレーし、通算303勝を挙げたビクトル・スタルヒン投手の長女であるナターシャさんが始球式を行ったそうだ。もちろん「スタルヒン球場」の愛称は、この大投手の功績に因んで公園の改修に併せて、改築後の球場名をきてたのだが、野球場の名称に人名が冠されたのは日本で初めてのことだっ た。これが全国的に有名になり、愛称を持つ球場が増えていったそうだ。 この球場で巨人戦が行われるのは16年ぶりだそうで、父親であるスタルヒン投手の背番号「17」を着けて、マウンドに上がったナターシャさんは、「この球場で巨人戦が行われ、わたしが始球式で投げられるなんて幸せ」と喜びを語っていたそうだ。(これは主催者のヒットだと思っている・・・) 今日の試合は私の応援する中日ドラゴンズが読売巨人軍を破ったのだが、この試合は非常に珍しいことがあって、中日ドラゴンズの一番打者の荒木選手も、読売巨人軍の一番打者の高橋(由)選手も先頭打者ホームランを打ったそうだ。先頭打者ホームランはよくあるのだが、両チームの一番打者がホームランを打つのはあまり 聞いたことがない。まあ、それでも中日ドラゴンズが4試合ぶりに勝ったのだから、どんな勝ち方でもよしとしておこう。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月15日
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今年の夏は「値上げの夏」になりそうなのだが、ガソリンに至っては5月に155円くらいだったのが、7月には値上げされて185円になっているのだ。この調子で値上げされると今年中には200円を肥えるのは間違いがないみたいだ。来年の5月になって200円で収まっていたとしても、1年間で20%以上の値上げとなってしまう計算だ。 これを資産運用で元本を2倍になるまでのおおよその年数を求める、「72の法則」にあてはめると、72を20で割ることになり、3年半ほどでガソリンは倍になって、リッター400円になってしまう。(そんなことはないと思うのだが・・・)こうなると大喜びなのが財務省で、当然ガソリン税も倍になって、年間6兆円近い税収が入る計算になるのだ。 もっともこうなると、今のようにガソリンをふんだんに使うとは考えられないので、使用量が減少をすると思うがその分は環境税を上乗せして、4年後にはガソリンはリッター500円になっているだろう。私はガソリン500円・タバコ1000円に賛成論者で、ついでに私のあまり飲まないビールも、リッター1000円まで値上げしても良いと思っている。 この「72の法則」で、なぜ基本数字が72という数字になっているのかということは、数学の二項定理のテイラー展開で説明できるそうだが、私がITで調べてみたところ複雑すぎてよくわからなかった。(私は土木技術者なので一応理工系だと思っているのだが、それでも原理・定理の数式を見たとたん、それから考えるのがイヤになってしまった・・・) それでも便利な「72の法則」なので多くの人に使われているようだが、この「72の法則」はあくまで概算に過ぎないそうで、一番正確に適用できるのは、年率8%の上下の±2%くらいまでの概算としてしか使えないらしい。このように物価上昇(生活必需品の上昇だけで、全体の物価は下がっているそうだ・・・)にはこの「72の法則」は使えないみたいだ。 それよりも各業界のガソリン等の節約方法は、さすが技術立国日本というところで、運送業界では「デジタルリミッター」の導入、自動車製造業界では強度を下げない車体の軽量化、航空業界ではガソリンを使用しない着陸方法の採用など、ガソリンの使用量を10%減少させる方法が、着実に実行されているというのだ。
2008年07月14日
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今日の朝からの政治番組のほとんどが「G-8」の検証をしていたが、この「G-8」(主要国首脳会議)はオイルショックとそれに続く世界不況に起源を持っており、今年で34年の歴史を持っているのだ。これらのオイルショックによる世界恐慌のトラブルによって、米国・ECおよび日本の財務を預かる政府高官が集まり、経済的課題を討議する会議を始めたのだ。 フランス大統領ヴァレリー・ジスカール・デスタンは、工業化された6つの主要民主主義国の首脳をフランス・ランブイエに招待し首脳会議を開催して、これから年1回くらい定期的に首脳会議を持つことを提案した。このときの出席者はその提案に賛同して、主催国を交代しつつ年1回会議を持つことに合意したのが、第1回目のサミットだったのだ。 昨日の労働組合の執行委員会でもサミットの話しも出たのだが、あまり効果があったとは言う意見は少なく、どちらかといえば「反.G-8(サミット)デモ」で盛り上がったほうが話題になっていた。新聞各紙といえばおおむね、「首相の福田康夫さんは議長国としての役割を果たしたのではないか」という論調が目立っていたようだ。 私は600億円も使って行った今回のサミットが、費用対効果からいったら失敗だったと思っている。新聞各社が概ね成功だったという評価を出したのは、自分たちもサミットに協賛したりして、失敗だったといえないから効果が高くなくても仕方なく、適当で少し甘めの評価を出したのが今回の新聞各紙の評論らしい。(ダボス会議よりは良かったという程度・・・) これで北京オリンピックに匹敵する洞爺湖サミットが終ったわけだが、これを受けて日本でサミットが開催されると衆院解散され、総選挙が必ずあるということなのだが、今日の新聞情報では福田内閣の支持率が計画より上昇しなかったので、5度目のジンクスはどうなるのでしょうか。サミットの成果をひっさげて勝負(総選挙)にでるかたのしみだ。 もっとも、サミットでは福田首相の力量やリーダーシップの問題ではなく、各国の思惑や戦略などを封じて、説得・調整・合意という形で文書に盛り込むということは、何処の国で行ってももう無理になっていると思うので、来年のイタリアで予定されているサミットからは、七夕のように夢を語り合うお祭りのような会になっていくだろう。
2008年07月13日
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今日は松山市で産別労働組合の執行委員会があり、私たちの事務所も執行役員が、役員会に参加しなくてはならないのだ。私の事務所では本来なら書記が参加するのだが、今日は用事があるということで私が代わるに参加することになった。会場は松山市道後のホテルで会議室を借り切って行われるのだが、朝が早いのが玉に傷である。 本部役員と15人いる執行委員で要望事項等を協議するのだが、曲がりなりにも労働組合ということで、職場環境(現場の環境はあまり変えられる要素はないが・・・)の改善や、賃金のアップ・仕事時間の短縮なども要求しているのだ。特に賃金アップはこのところの公共事業の減少で、軒並み賃金が下げられておりその復活が至上命令になっている。 私もこのところは若い衆に全てを任せて、このような会に参加していなかったので、真剣に執行委員会のやり取りを聞いたのだが、委員長が言っていた労働組合運動での一番の問題は、組織率の低下(当然ながら組合員数も大きく減少はしていないが、増えたりはしていないそうで微減といったところだそうだが・・・)のことが挙げられていた。執行委員会は午前中だけで終了したのだが、午後からは講師として東京の大学の先生に来てもらって勉強会があった。この手の勉強会に参加するのも本当に久しぶりだった。今日の講義はマルクスの「賃労働と資本」であったのだが、さすがにこの手の講義を昼飯を食ったとで、4時間ぶっ続けでやられるのは、睡魔にジャマされてさすがにつらいののがある。 ちなみに今日の昼飯はホテルの食堂で、定番とおりカレーライスをご馳走になった。今、道後のホテルでカレーライスを昼食に頼むと、いったいいくらするのかは知らないが(一応事務所のほうが出してくれたみたいなのだが・・・)高い割には味のほうはいまいちだった。 授業が終って懇親会(意見交換会)が行われたのだが、私は正直言ってこの懇親会が無かったら今日の執行委員会など、出るつもりはなかったと言っていいだろう。
2008年07月12日
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私たち土木の現場技術者(工事の施工管理を生業としている技術者なのだが・・・)が、施工管理技士会を組織して活動している。今日今年の会員名簿をもらったのだが、昨年の名簿と比べて1ミリは薄くなっていた。それだけ活動する会社等が倒産や廃業になった関係で、技師会の会員自体も少なくなっている証拠だろう。(高 齢者が退職する場合も多いのだろう・・・) 私が一地番仕事をしていたと思っている10年くらい前に、協力会社としてトンネル工事や橋梁工事でがんばってくれていた地域の建設業者が、今年の名簿を見るとその地域で3社になっていたのだ。私自身その時には5社くらいの業者とつきあっていたのだが、たしかその地域には大小取り混ぜて8社の建設業者が公共事業を 主に工事をしていたと記憶しているのだ。 それがここ10年で3社に減っているのだ。私の現場で一緒に道路や橋を造ってくれていた業者も、今年の名簿を見ると2社廃業していた。数年前にJRの駅で廃業した建設業者の和歌社長にあったのだが、その時に「廃業を考えている」とは聞いては居たが、実際にその会社がなくなると寂しいもので。それでも風の便りで聞 くとその会社は負債もなく、きれいに解散したそうである。 今年の名簿を見てみるとその若社長も技師会のメンバーであり、私が見てもけっこう仕事ができる人物だと思っていたので、その地域に残った3社の内一番資本力のある会社に、どうやら再就職も出来て居るみたいで、最悪の事態にはなって居ないみたいだ。彼等は地元なので自宅から現場に出てきていたが、我々は建設ステー ションに寝泊まりしていたので、よく食事をごちそうになったものだ。 そういえば、その時若社長の一番下の女の子は、たしか小学校生だったと記憶しているのだが、今は高校生か大学生になっているはずである。その地域は過疎のひどい山村だった関係で、高校も1校しかなく少し勉強の出来る子は、市街地の学校へ行くために下宿していたのだ。そうなると親の負担はけっこう高額になってしま い、そのころは建設業者は地域では羨望の目で見られていたのだ。 それからたった10年で、地域の経済をここまで追い込んだ責任は、いったい誰なのだろう。だんだん薄くなっていく我々の仲間たちの名簿を見ていると、これからこの業界が成り立っていくのか、多くの人間が不安に思っているに違いない。それにつけても腹立たしいのは、我々業界を指導する立場の行政が、ノホホンとして いることである。(自分たちは何一つ困ってはいないみたいなので・・・) その地域ではピーク時の2割(2割減少したのとは違うのだ・・・)になってしまった公共事業が、これから復活すると派思えないし、10年後には公共事業が今の2割になっていないことを、多田願うだけである。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月11日
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「四万六千日(しまんろくせんにち)――お暑いさかりでございます」、私の趣味である落語で、昭和の名人といわれた八代目桂文楽(私たちは通ぶって、黒門町の師匠と呼ぶのだが・・・)が、その一言だけで江戸の夏の描写を描ききる名人芸を見せたことは有名である。今日はその観音様の縁日である四萬六千日 なのだ。(この落語の演題は「船徳」という黒門町の十八番なのだが・・・) この観世音菩薩の縁日(あの有名な浅草の観音様では、「ほうずき市が開かれる・・・)である「四萬六千日」とは、この日に観音様に参拝すると、四万六千日分参拝したことと同じ功徳があるというご縁日のことなのだ。ところで、この四万六千という数字の由来ははっきりとはしていないのだが、一説によると一升分の米粒 が四万六千粒あるとされ、これを人間の一生にかけていると言われているのだ。 四万六千日を年数になおすと百二十六年に近い年数になり、これは人間が心身に気をつけ、病気や事故にあわなければ、人間はこのぐらい長生きできるというのだ。そしてその一生を観音様の慈悲によって、無病息災で過ごせるようにと願った数字と言われている。室町時代以前では観世音菩薩の縁日というと、毎月の「18日」 と伝承されていたそうだ。(2月18日が「ご命日」と言われているので・・・) これとは別に室町時代以降に「欲日(功徳日)」という縁日が新たに加えられてきたそうで、そこで参拝の功徳を安売りするようになったらしく、その「欲日(功徳日)」に参拝すれば、百日分・千日分の参拝に相当するご利益(功徳)が得られると信仰されてきたらしいのだ。その中でも7月10日の功徳日は、そのご利益が千日分 と最も多かったのだが、浅草寺では享保年間頃より、「四万六千日」と呼ばれるようになりそのご利益も四万六千日分に相当するといわれるようになったというのだ。 最初の落語の「船徳」のことに戻るのだが、たしかにこの時分には梅雨もを明けて、全国的に暑くなってくるのだが、この時期から十日くらい経つとスタミナ補充のために、ウナギを食う日である「土用の丑の日」になるのだ。(こうなるとさすがに良くできていると思うのだが・・・)私の事務所でも今日は、工事関係者だけ で今年第一回目の暑気払い会を予定しているのだ。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月10日
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今年のサミットは地球環境の保全を議題にしているのだが、、「記念グッズ」が洞爺湖温泉街の土産物店などに登場しているだろう。定番の記念切手やコインのほか、サミット主要テーマの環境にちなんだものとしては、エコバックをサミット仕様にした便乗品など、さまざまの商品が売り出されているそうだが、昨日のTVのニ ュースでは、木刀の需要が高まっているそうだ。 その新聞によると洞爺湖土産で木刀は売れ筋だったようだが、修学旅行生向けに木刀を販売している越後屋デパートでは、EU諸国を含む各国首脳の名前入り木刀をサミットの土産に販売したところ、9本セットで6月までに約50セットが出たそうだ。木刀のならび順では福田首相の隣に、ブッシュ大統領の木刀を並べたとこ ろ、政府から正式な国順(アルファベット順らしいのだが・・・)にするように指示がでたそうだ。 洞爺湖土産の木刀というと、今は各地の土産物屋で売られている木刀の中では一番有名だろう。サミットに訪れる観光客のお土産としても最適かもしれないが、もともとは、少年ジャンプの連載漫画「銀魂」の主人公「坂田銀時」が、手にした木刀に「洞爺湖」の文字が刻まれているのだ。(結構人気の漫画でアニメ化もされて いる・・・)それを知った読者が、実際に洞爺湖温泉で手彫りサービスを行っている越後屋デパートで、彫ってもらったことから人気が爆発したそうだ。 特に米国のシークレット・サービスの中にこの漫画の熱烈なファンが居たらしく、今回特注品で「銀魂」仕様の洞爺湖の木刀に、シークレット・サービスと彫り込んだものを購入したところ、各国のシークレット・サービスの中で話題になり、80本くらい木刀が売れたそうだ。洞爺湖土産の木刀は、赤樫で作られているそうだ が、おみやげ木刀とはいっても本当に堅い木を使って作られたものみたいだ。 そもそも木刀にする木の種類は、ブナやナラなどの広葉樹が適しているそうだが、一般的に広葉樹は堅く赤樫も広葉樹の1種で、私も昔(小学校の時に剣道のスポーツ少年団に入っていた・・・)木刀を買ってもらった時は、白い樫の木で作られたものだった。今回の洞爺湖土産の木刀は、ITで調べてみると現在のところ、1 mモノの木刀の値段は送料別で2500円くらいだそうだ。 まあ、今年のサミットも今日で終了なのだが(議長国としての権限は、大晦日まで日本国が持っているそうだが・・・)色々なことが話題になるはずだったのに、あまり盛り上がりに欠けたサミットだった。(特に試行の我が町ではサミットなど、人々の話題になんか少しもなっていない・・・)そんなわけで、サミットに関する 私に日記も、お土産の木刀の話題しかないといったところだ。 イギリスので行われたサミットみたいに、テロが行われないだけでもましといったところだろう。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月09日
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昨日から日本で4度目に開催される「先進国首脳会議」が、北海道の洞爺湖湖畔で行われているのだが、前回が沖縄で行われ、今回が北海道で行われるなど何となく地方で行われるようになったのが、これは全世界的な傾向だそうで、都会の真ん中で行うより警護が楽だからだそうだ。会合の内容だが、各国が民主的に運営されて いるので、具体的な政策を決めたりしないのが基本姿勢ということだった。 この会議のことを「サミット」と呼ぶのだが、これは頂上会談と言うことで山の頂上を指す言葉だそうだ。サミットの準備はシェルパといわれる首脳の個人代表が、首脳の指示を受けて行なうのさそうだが、昨日見たTVによると今回の洞爺湖サミットは、方針を決めるシェルパ会議が4回は行われたらしい。シェルパとは登山 者が、山の頂上(サミット)にたどりつくための案内人という意味だそうだ。 このシェルパという役柄が面白そうなので、外務省のHP等で調べてみたのだが、サミットの準備プロセスにおいて総理を補佐する役割を担っていると書いてあった。元々ヒマラヤの登山案内人を意味していたらしいのだが、我が国の場合は外務省の経済担当外務審議官がこの任に当たっているそうだ。このシェルパが首脳の指 示の下、他のG8各国のシェルパと協議しながらサミットの準備を行うそうだ。 その地位はけっこう高いらしくサミットの本番でも、このシェルパだけが会議場内に入ることが許されているとのことだった。今回の北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)で、議長国の首相である福田総理の首相の個人代表(シェルパ)は、当然外務官僚である河野雅治外務審議官が努めるそうだ。年に一度各国首脳が集ま る「セレモニー」という印象で語られることも多いサミットだが、実はシェルパにとっては、彼ら同士の激しいやりとりが行われる「戦いの場」でもあるとのことだった。 面白そうな番組だったので(さすがに50分の時間では、尻切れトンボみたいなことではあったが・・・)最後まで見たのだが私自身このようなシェルパというサミットの調整役が居ることを、30年以上サミットが行われているのに知らなかった。 いずれにしても、このシェルパが現場での総指揮官となって、サミットの運営・準備が進んでいくことになっているとのことだった。 ただし、新聞情報によると今回サミットでは、温室効果ガスの削減に向けて各国の国益がぶつかり合う場面も予想されることから、「シェルパのおぜん立てにも限界はある。首脳の決断が求められる場面があるだろう」と書かれていた。国際的に力のある先進国の首脳の集まりだからこそ、未来や地球を見据えた英断も下せると 期待したいものではあるが、きっとそううまくはいかないだろう。 サミットの議長国は1月1日に引き継がれるのだが(今年の12月31日までは、日本国がサミットの議長国であるということだそうで・・・)昨年の議長国ドイツから引き継いだ外務省等は、1月初旬のシェルパの初会合以降は、一カ月半から二カ月に一度の割合で会合を開き(今回は4回開催解された・・・)、議題の詳細 や共同宣言の案文作りを進めたようだが、 けっこう日程的には厳しかったそうだ。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月08日
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昨日の日曜日の午後は、私が所属している庭園を管理するNPOの理事が講師の講演会があったのだが、天気も良かったので久しぶりに会場のある道後まで、自転車を利用して出かけた。これが幸いしたのだが、昨日は講演会に間に合う市内電車が、軌道内で男性と接触して事故を起こしていたのだ。これはNPOから直接来た人 に聞いたのだが、結構な時間運行中止になったようだ。 そんな波乱の(私たちのNPOだけの波乱なのだが・・・)講演会だったのだが、さすがに大学で教鞭を取っているだけあって、90分の講演時間内は観客を飽きさせない、すばらしい講演だった。講演を聴きに来ていた人も満足したらしく、「良かった、面白かった」といって帰路についていた。 講演の内容だが、江戸の戯作本が明治時代になって地方に安く流れだし、それが地方文化に役に立ったと言うことなのだが、その話しの中で面白かったのが、貸本に書かれてある落書きのことである。庶民の実生活を垣間見るのは、それらの人から直接聞くのが一番良いのだが、まさしく貸本等に書かれた落書きは、色々なこと を現代に生きる我々に、直接教えてくれるのだ。 今は海外旅行で文化財への落書きが問題になっているし、昨日もTVで京都の寺町の土塀に書かれた落書きが問題になっていたが、なんと品のない落書きだろうと思った。昨日の講演で紹介された貸本に書かれた落書きは、立派に文化になっているのだ。例えば明治初期の貸本の値段が一晩四厘で高いと憤慨しているし、貸本屋 の本を「ボロ本・・・」と罵っていながら、毎日仮に行くことなどがわかるのだ。 その江戸戯作を毎日十冊から十五冊も借りて、勉強もしないで読みふけっていたのがなんと、松山市出身の「俳聖」正岡子規だというのだ。自分の書く文章のルーツは江戸戯作の七五調を基本にしており、それは滝沢馬琴の本から学んだと明言しているのだ。しかも、明治時代になって西洋の書物が入ってきて、小説というもの が世間で流行っている時期に、江戸戯作とはなんとと思ってしまうのだ。 そんな楽しい話しを聞きながら、我々の知っている貸本屋といったら、漫画のコミックを三十円くらいで借りて読んでいたのを思い出した。そのどの町にも一軒くらい会った貸本屋も、今では見ることもなくなってきたが、私の宝物の一つに四十年くらい前に廃業した貸本屋の、コミック本が三百冊くらいあるのだ。これはその 貸本屋が廃業するに当たって、十冊五十円くらいで売り出していたのを、まとめて買ったのだ。 その中には古い漫画本と言えば「まんだらけ」が有名なのだが、そこで一冊(もちろんそうとうきれいな本ではあるが・・・)五千円くらいで売られている本も何冊もあるのだ。この話を嫁さんにすると、漫画愛好家の嫁さんは、その本が私のものになったらすぐに売りに行くと言ってくれたのだ。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月07日
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我が家では休日は私が食事を作ること(仕事が忙しいときや、NPOのイベントがあるときなどは別だが・・・)にしているのだが、今日は朝から今晩のおかず作りを始めた。材料は昨日の買っておいたし、手間のかかるものは昨日の夕方から作っておいたので、今日の昼と夜の食事はなんとかなりそうだ。(朝食はサンドイッチと野菜サラダを作ったのだが・・・) 今日は午後から私がお世話になっている大学教授の講演会があるため、午前中に調理出来るものと、夕食の時間の間際になってあまり時間をかけずに、調理出来るものを中心にメニューを考えた。流しの片付けを終えた今になって、やっと嫁さんと子供が起きだして、美味そうにサンドイッチを食っている。(アイスコーヒーも作っておいたのだが・・・) 昼食は昨日の夜に作っておいた「ハシュドビーフ・ライス」にする予定で、それに付け合せる野菜サラダも今日は多めに作っておいた。先週の金曜日にあった株主総会でもらった相当贅沢なドレッシングをふんだんに使った、今日の料理の中では私の自信作のサラダだ。昨日は久しぶりに買い物に行ったのだが、思ったより食料品の値上げは感じなかった。 夕食は4品考えているのだが、「鶏の手羽先と里芋の煮物」を現在作っている。昼食用に御飯を炊くようにしているので(炊飯器の準備も終えて、3合焚くことにしている・・・)夕食は炊き立ての御飯でなくても、美味しく食べられる味の濃いおかずを用意するつもりだ。 2品目としては汁物ということだが、昨日作った鶏がらスープが余っているので、夏バテ防止用に「ニンニクのスープ」を作ろうと思っている。3品目は普通なら私の酒の肴に「枝豆」が用意されるところなのだが、今日はその代りに「もやしの炒め物」を作ろうと思っている。この2品は調理時間は短いが、けっこう家族には評判の良いおかずなのだ。 4品目は未定だがここは主婦(家の嫁さんが代表のようなものだが・・・)のように、少し手抜き料理を許してもらって、講演会の帰りに近くのスーパーで「お刺身」でも買って帰ろうかと思っている。まあ、これくらい作ったら今日に食事はなんとかなるだろうと思っているのだが、そのお値段は特売ものしかかってないので、3千円もかかってないのだ。
2008年07月06日
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今日は朝からけっこう雨が降っていたので(梅雨明け宣言が出たとたんに、大雨が降ることはよくある事なのだが・・・)、事務所に電話してみたが特に変わったことがなかったので、ゆっくりと休もうと思っていると、夏休みのイベントで「警察音楽隊」に、行進曲のコンサートをお願いしている件で、協議があるので来て欲しいとで電話があった。 雨も上がってきていたので警察本部に出かけて話を聴いたのだが、「音楽の演奏を通じて市民と警察との融和をはかり、警察活動の広報にあたるため」というのが警察音楽隊の目的らしい。愛媛県の場合は警察官等によって編成されている部隊ではあるが、音楽活動を専門とする専務隊で運営されてはいないである。(専門隊は10県位しかないそうだ・・・) そこで行進曲の選定について話したのだが、選定演目に中に日本初の洋式音楽と言われる、警視庁ゆかりの「抜刀隊」が入っていなかったのだ。理由を尋ねると軍歌のジャンルに入るため、一般のコンサートなどでは演奏しないとのことだった。松山市は『坂の上の雲』のまちづくりということで、明治時代をモチーフにしているのだからそれは違うと言っておいた。 私はこの曲については正確には軍人ではなく警官隊の活躍を描いた曲であることから、「抜刀隊」単体では軍歌に当たらないと思っているし、いくら今では陸上自衛隊で演奏されることが多いといっても、(「分列行進曲」として演奏されているのだが・・・)本家は警察官の活躍を歌った歌だということを、現在の警察官も誇りに持ってもらいたい。 さて、ここからは余談になるのだが(いよいよ司馬遼太郎の小説じみてきている・・・)、明治10年に起こった西南戦争で、当時の政府軍兵士が徴兵制による農民・商人出身兵士を中心に構成されており、設備の点ではフランス式陸軍の最新設備を装備していたが、西郷軍の士族を中心とした薩摩軍側の抜刀攻撃(白兵戦)には、とても対応出来なかったのだ。 このため、警視庁警視官によって編成された抜刀隊が登場するわけだが、田原坂の戦い等の活躍によって、白兵戦における剣術の有用性が再認識されたことにより、警視庁は現在の犯人逮捕術マニュアルの元を作ったのだ。 ということで、今日の「余談ではあるが・・・」は、行進曲から警察の逮捕術の話になって日記の終了としておこうか。
2008年07月05日
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今回のウナギの食品偽装は悪質だが、「国産ウナギも中国産も一般の人が食べたら、どっちがどっちか分からない」と、 あるウナギ卸業者はこう本音を打ち明けているようだ。私の家では中国産のウナギしか買わない(それも滅多に買わないのだが・・・)ので、味の区別など比べたことなど内のだが、ウナギの販売をしている プロが言うのだから、それは間違いのないことだろう。 「どうせ分からないだろう」と考える業者にはびこる消費者軽視の意識が、偽装の連鎖を断ち切れない理由だという見方もあるのだが、こうした意識は特定の業界だけに限られないのが大きな問題だと指摘する人もいるのだ。ウナギ業界では特に食品偽装が頻発しており、農水省も以前から神経をとがらせていたはずなのに、同 じような事件が何度も起こってしまうのだ。 今回の魚秀のうなぎの産地偽装では、同社が暴力団の周辺者に手法を相談したらしく、架空会社を製造者と記載した偽装ラベルを作らせていたらしい。関係者の話で新たに分かったことだそうだが、代金の支払いを受ける際も、偽装を知らない2商社と架空会社を経由させて、発覚を難しくさせていたのだが、その手法を暴力団関 係者が指南したとのではないかと言われている。 その噺には面白く書かれているのだが、ウナギの食品偽装を行った会社は、謝礼や代金・手数料などとして、この暴力団周辺関係者側に数千万円以上支払っているとのことだった。関係していたダミーの2商社にも4000万円を流していたが、それでも偽装販売で約2億円近い利益を得ていたという。私はそれくらいの金額ではなくて 、その10倍くらいはあくどく儲けているのでははないかと思っている。 このような悪徳業者をのさばらしておく一因は、我々消費者が味音痴でブランドに値段を払っているからなのだろう。私に家では騙されるのがいやだから、「鶏肉はブラジル産、豚肉は米国産、牛肉は豪州産、野菜は中国産しか買わないようにしているので、健康的には問題があるかもしれないが、今回のウナギのような食品偽 装には、引っかかることはないと思っているのだ。 自分の味覚に自信がない人間は騙されても仕方がないと思って、国産等の高いブランド品を買うか、私のように初めから安価な外国産を買うしかないのだろう。私の嫁さんが消費者新聞の取材を行って時に、ウナギの産地と業者について、松山市のスーパーでは明確にルートを示す回答を寄こした店舗は、これまでにわずか2ヶ所 とのことだった。(それも偽装かもしれないが・・・) 多くのスパーの回答は「大丈夫です、○○県産とのことです」といった表面的な回答か、または、食品偽装がばれるのを警戒してか、「詳しいご質問には回答しかねる」とか、「そこまで(業者や入荷ルートについて・・・)まではお答えしかねる、と上司から言われた」というところが多く、はては、「企業秘密なので、そこ までお知らせできない」との回答もあったそうだ こんな回答を販売店がしている限り、私の家では国産の食料品が口にはいることは、だんだんとなくなってくるだろう。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月04日
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前にも書いたが今日の新聞に「枯れセン」のことがまた載っていた。枯れセンには条件があるそうで、行きつけの店があること。ビールは瓶でたのんで飲むこと。ペットは犬よりも猫を好むこと。一人時間を作ることが出来る。年齢を受け入れている。命を逆算している人。お金も女も深追いしない。ジャズを語れる人。などが、 どうやら「枯れセン」の条件らしいが、枯れすぎてパサパサはダメだそうだ。 この条件に私に当てはめてみると、行きつけの居酒屋に行って一人で一杯飲むこともあるから、こちらの方は何とか合格だろう。ビールも極力生ビールは頼まないし(私はある理由があってアサヒのスパードライは、原則飲まないことにしている・・・)年齢もそれなりに受け入れていると思っているし、自分の寿命のことを逆算 して、ライフプランを嫁さんと話し合ったりしている。 もっともペットを飼う気など全然ないし、(嫁さんと子供だけで十分である・・・)ジャズは昔少し聴いたことがあるが絶対に「R&B派」であるし、枯れセンの条件に合致しているのは、どう贔屓目に見ても半分くらいといったところだろう。雑誌などによると今日の日記の件名ではないが、「枯れ:色気=8:2」が、枯れ オヤジの黄金バランスとされているとのことだった。 実際に「枯れセン」のことをIT等で調べてみると、本当にすっかり枯れてしまった男性に、うら若い女性達をはじめ、枯れセンのファン層である熟女や老女など異性が、魅力などを感じるはずはないという意見が載っていたが、きっと枯れてないからまだ魅力を感じるのであって、カレセンとは、枯れた風情を漂わせつつ、性 的な魅力をかねそなえた人のことを言うのだとその記事は締めくくっていた。 それでもいい感じに枯れないとダメなんだろうということはわかるので、私の「枯れセン」目標は日本の伝統的文化である侘び寂を考えてみようか。日本には江戸時代の前から侘び寂を趣があるとする文化があるので、それを考えて少しお茶の世界にでも浸ってみようか。(侘びと寂というとすぐにお茶のことを考えるのは少し 安直なので、お茶の中でも煎茶の世界に浸ることにしよう・・・) 自分で言うのも何だが、こういう、いい感じの枯れが、「枯れセン」女性にもてる秘訣なのだろう。そんなことを考えているとカレセンの条件である「お金も女も深追いしない」に外れてしまってしまいますよ。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月03日
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昨日は、私にまちづくりの本当のおもしろさを教えてくれた人を偲ぶ会があって、私も仕事を休んで参加したのだが、一番最初に腹が立ったのが行政の融通のなさである。「偲ぶ会」の会場は塾長に由来のある松山市の「坂の上の雲ミュージアム」で行ったのだが、講師の演台に遺影を飾ることも、花(蘭の花を準備していたのだ が・・・)を置くことも、献花までいけないというのだ。 私たちも一応は常識人なので、公の施設で焼香をするのはまずい(火災報知器が鳴りだしたら他の客に迷惑がかるので・・・)と思って、遺影と花を飾って参加者が一人筒献花をするくらいなら、会議室を使うだけなので了解されると思っていたのだ。それが幹事が言うことには、「花を飾りたい」というとミュージアムの事務 員さんに、「常識がない」とまで言われたと憤慨していた。 早速一癖も二癖もある元塾生たちは市役所の担当者を捕まえて、元チームディレクターを偲ぶ会に少しは考えたら道だと詰めより、一周忌には同じ会場で偲ぶ会を行う時には、献花くらいは出来るように交渉したのだ。私も参加者を代表して偲ぶ会で挨拶をしたのだが、本来の葬儀には家族の希望で密葬と言うことであったので 、参加できなかったメンバーがけっこう多く来てくれていたのだ。 塾長クラスの有名人になると知事や市長などが参加した偲ぶ会もあったのだが、家族がいっさい故人のことは密議で行うと言うことで参加しなかったのだが、今回は市民(志民という言葉を我々塾生は、よく使っていたのだが・・・)の立場で行うと言うことを伝えると、遺影の原盤をを貸してくれたり相当色々なお世話になっ て、昨日の偲ぶ会が行われることが出来たのだ。 偲ぶ会が終わったらちょうど四十九日のの喪があけると言うことで、懐かしい顔が集まって追善会を行ったのだが、きっと泉下の塾長も喜んでくれたのだろう。こちらの会場の方は特に問題はないので、遺影の横に灰皿を置いて、大好きだったたばこの煙をくねらせながら、精進落ちの宴会を盛大に行ったのだが、多くに人に好 かれていた塾長の人柄が偲ばれるような会であった。 私自身も塾長の本の中で紹介されるくらいに(本を読んだ人から教えてもらいました。私も図書館で借りて読んでみようと思っている。・・・)気を掛けてくれていたので、塾長の意志を少しでも継いでもう少しがんばってみようか。(まちづくりも他の何でも・・・) wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月02日
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私が毎日見ている日経オンラインに書籍紹介のコーナーがあり、今日は私の趣味である落語の話が載っていた。最初が時節からもあっている「柳田格之進」から入ってくるあたり、この批評家もけっこう落語通なのだろう。私も実際に古今亭 志ん朝の噺を生で聞いたことがあるのだが、(地方で江戸の落語を聞くにはけっこう苦労するのだが・・・)さすがに「うまい落語家」と言われると思ったものだ。 その中で江戸時代の作法のことを言っているのだが、江戸時代にも一定の割合で左利きはいたにせよ「左利きのサムライ」は存在しなかったと言い切っているのだ。これは作法が決められているため、今のように左で箸を持ったりする子どもは、居ないと言うことなのだろう。(実は私も左利きで、子供の時に箸と鉛筆だけは、 親父とお袋に直されたのだ・・・) 刀は、左の腰に差し、右手で抜く。人と座敷で対面する場合には、必ず自分の右横に置く。これらは絶対のルールであって、右側に置くのは咄嗟のときに抜きにくいから。つまり、争う意思はないと告げる意味があることは知ってもいるし、左利きなら右の腰に刀を差せばいいじゃないかと思ったが、実はそれは厳しくルールに よって規制されていたのだ。(命のやりとりをするくらい厳しく・・・) 例えば「鞘当て」と言うことになると、こうなると真剣で命のやりとりをしなくてはならなくなるため、刀の左差しと右差しがあっては、武士のけんかを助長することになるのだ。とかく現代とはものの考え方が違っていて、その逸話をみているとこの本を買ってもいいかなと思えてくる。 相撲のことも書かれているのだが、土俵入りするだけで相撲を取らない大関もいたということも紹介されていた。観客も観客で土俵に上がった力士を、ぼぉーっと眺めては、「でっけーなー」「大きうおますなあ」と感嘆するわけで、それこそ奈良の大仏さんを見上げる感覚だったらしい。土俵上で注目されるだけで十分、大関 の役目を果たしたことになる。そういえば見せ物として大きな赤ん坊が、土俵に上がったこともどこかの本で見たことがある。(こうなると見せ物以外何ものでもないが・・・) 恋愛でも作法でも自由は乏しいがほんわかとして住みやすい江戸時代が良いのかか、自由は謳歌できるがぎすぎすとしている現在の方が住みやすいのかを、作者も批評家もこの本で聞いてはいるが、私はどちらも願い下げである。 wrote: <楽天ブログの日記更新メールです>
2008年07月01日
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