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Q:人生に影響を与えた本は?A:もうこれしかないってのがある。「コスモス(上下2巻)」(カール・セーガン、朝日文庫)である。やはり高校時代に読んだ。それで進路(行きたい大学の学科)が決まったと言っても過言ではない。セーガンはアメリカの天文学者・惑星科学者であり、優れた文筆家でもある。科学全般に関する一般向けの入門書・啓蒙書をたくさん書いていて、この「コスモス」は日本でも映像化された名著。古い本なので現在手に入りにくと思うし、科学の性質上、内容的にちょっと古びてしまったところもあるが…。なので、最近出たセーガンの本を紹介すると、「百億の星と千億の生命」 (新潮文庫) と「悪霊にさいなまれる世界(上下2巻)」(ハヤカワ文庫NF)がある。両方とも「超」がつくほどオススメしたい。ホントにいろんな人に読んで欲しい。科学とは何かとか、環境問題の本質とか、戦争や軍事のアホらしさとか、果ては人工妊娠中絶の是非といった、他の本では敬遠されがちな話も、ちゃんと科学的な視点から書かれている。繰り返しになるが、「超」がつくほどオススメしたい、しかも万人に。この項続く…。
2012.02.29
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「太陽の坐る場所」(辻村深月、文春文庫)を読む。高校卒業から10年経ち、その頃のクラスメイトの一人が女優となる。彼女はクラス会に欠席を続ける。そして、彼女を呼び出そうとした当時のクラスメイトたちが一人また一人と音信不通になっていく。数人の登場人物を主人公とした章から成り立っていて、彼らの高校時代と(それより過去と)現在を行ったり来たりしながら進むストーリーには、ミステリ的な謎解きの要素も入っている。そして、巻末解説にある通り「名前に込められた思いがこの物語のひとつの鍵」になっているのである。そしてそれをベースにして、終盤ではそれまで私が想定していた高校時代の人間関係が、実はそれとは全く違うということが判明する。この展開には思わずはっとさせられた。それにしても「倫子」を思わず「リンコ」と読んでしまった私は、それ以上に頭の中が混乱してしまった。もちろん「倫子=ミチコ」である。しかも、一気読みしたせいで、あちこちの伏線をかなり見落としてしまっていると思う。この本は再読の価値ありだな、とも思う。もちろんその時は、もっと時間をかけて読もう。もうひとつ。辻村深月は2作読んでもまだ好きかどうかよく判らない。もう1作もう1作と読んでいくうちに深みにはまったら、それが好きになった時だろう。
2012.02.28
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Q:これまで読んだ中で一番感動した小説は?A:「一番」ってのは難しいし、「感動」ってのも難しいので、何作か挙げると…やはり高校時代という多感な時期に読んだ作品ばかりになってしまうが…これは仕方ない。まずは「若きウェルテルの悩み」(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、新潮文庫)。私が今まで読んだ中で数少ない恋愛小説。これは是非10代の時に読んで感動してもらいたい作品。ところでゲーテをフルネームで書くと一見誰だか判らなくなるね。次にスティーヴン・キングを何作か。まず「スタンド・バイ・ミー」(新潮文庫)。これも言わずと知れた名作。キングのメインストリームをなすホラーの要素は少ない。少年たちの友情物語である、とか私が改めて言う必要もないだろう。これも若い時に読んで欲しい1作。映画も名作で有名。ちなみに小説のオリジナルのタイトルは「The dead」だったと思う。(死体探しの話ですから。)キングから2作目は「IT[イット](全4巻)」(文春文庫)。これはかなりホラーの要素が入っているが、子供の友情を描いているという点では「スタンド・バイ・ミー」にちょっと似ている。似ているが、全く別の作品である。子供の友情だけでなく、大人になった後の友情も描かれている。全4巻とかなり長いが面白いし、感動もする。キングから最後の1作は「ペット・セマタリー(上下2巻)」(文春文庫)。感動というより鮮烈な印象が残っている作品。これはホラー。しかもかなり怖い。いや、かなりなんてもんではない。正直言って「超」がつくほど怖い。夜中にトイレに行けなくなるほど怖い。でもホラーの要素だけでなく、家族愛なんてモノも描かれている。それがキングの凄いところだ。これも映画化作品で、映画もメッチャ怖いらしいが、私は観ていない。ちなみに映画ではタイトルが「ペット・セメタリー」になっているが、これは何故かというと…まぁ原作を読めばわかるということで。最後に挙げたいのは「葉桜の日」(鷺沢萠、新潮文庫)。これはいわば「自分とは何者か」という問いを(ある狭い意味ではあるが)描いた作品。この辺も多感な時期ならではかもしれない。この項続く…。
2012.02.28
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「星界の報告 他一篇」(ガリレオ・ガリレイ、岩波文庫)を読む。「星界の報告」と「太陽黒点にかんする第二書簡」の2篇を収録。両者ともガリレオの精緻な観察力と卓抜した理論的考察が結び付いた著作。「星界の報告」では、月面、銀河・星雲、そして木星の周囲を回転する、4つのいわゆる「ガリレオ衛星」について述べられている。特にガリレオ衛星については、詳細な観測データが示され、そこからどのような理論的帰結が得られるかということが詳細に記述されている。「太陽黒点にかんする第二書簡」では、黒点が太陽表面(あるいはそのごく近傍)に存在していること、またその規則的な運動と不規則な形状・大きさの変化や集合・離散の様子について、これまた詳細な観測データが示されている。また、そこからあらゆる他の可能性を排して、黒点が太陽表面に存在し運動していることが理論的に導かれている。2篇とも私が一読しただけでは、その理論的考察を完全に理解したとは言い難いが、いずれにしても観測と理論を結び付けるという科学の基本を忠実に行った結果の著作であることは間違いない。
2012.02.27
Q:どんなジャンルの本を読む?A:ホラー、ファンタジー、スーパーナチュラル、ミステリ、SFがメイン。これらを適当にミックスしたヤツが特に好み。続いて科学モノのノンフィクション。次にエッセイ。かなり少ないが、たまに純文学。ほとんど読まないのは純粋な推理小説。「ミステリ」と「純粋な推理小説」の違いは何かというと、推理小説っていうのは、刑事とか探偵が主人公のヤツ。例えば、アーサー・コナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」シリーズとか、世界で聖書の次に多く読まれているというアガサ・クリスティとか。日本人なら赤川次郎とか西村京太郎とか。作品のタイトルが「○○殺人事件」とかってヤツは、まず読まない。読まないので、それが推理小説なのかどうかも正確には判らないが…いわゆる食わず嫌いです、ハイ。食わず嫌いついでにいうと、村上春樹も食わず嫌い。ちょっと脱線したが、推理小説に対してミステリというのは、謎解き要素が入っているが、他の要素も入っているヤツのこと。ホラー+ミステリとか、SF+ミステリとかいう感じ。(ちょっと判りにくいなぁ、これじゃ。)そうは言っても最近よく読んでる誉田哲也なんかは、推理小説じゃないかという気もするが…特に姫川シリーズなんかは。でも誉田作品はちゃんと読んでみると、単なる推理モノとは明らかに一線を画しているので、私の守備範囲に入る。例えば、「アクセス」(新潮文庫)は、ホラー+ミステリ+学園モノ、って感じだし。(私ってば、意外と「学園モノ」ってキーワードにも弱い気がする。「転校生」シリーズ(森真沙子、角川ホラー文庫)とか好きだったし。)まぁ推理小説で読んだものがあるとすれば、「点と線」(松本清張、新潮文庫)くらいかな。まぁこれは超有名超名作なので、私が改めて云々する必要はないだろうが、面白いので取り敢えず1回読む価値はある。っと、また話が逸れてしまった。推理小説の話ではないのだよ。「よく読むジャンル」ということは「好きな作家」でもあるわけだ。まぁそれはオイオイ語ってゆこう。自然に名前が何度も出てくる人がいれば、それが私の好きな作家だ。ここまで書いて気付いたのだが、一問一答という割には答えが長過ぎやしないか? (まぁそんなことはどうてもよろしい。)この項続く…。
2012.02.27
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「ぼくのメジャースプーン」(辻村深月、講談社文庫)を読む。ハイ、不純な動機で購入した1冊デス。NL+の凛子の推薦図書になっていなければ、この本を買うことはありませんでした…と前置きした上で。(ところで凛子の好みってサリンジャーとかのアメリカ文学じゃなかったけ、とふと思ったりして。)主人公の「ぼく」は不思議な「力」を持った小学生。同級生の「ふみちゃん」は何でもできる女の子で、学校の飼育小屋で飼っているうさぎが大好き。そんなふみちゃんがある朝、飼育小屋で発見したのは…残酷にも殺され、あるいは傷つけられてしまったうさぎたち。「ぼく」は、うさぎ殺しの犯人への復讐を胸に、同じ不思議な力を持った「先生」に教えを受けることになる。「先生」と「ぼく」との対話を通じて、罪と罰というある意味古くからあるテーマが描かれている。これには私も考えされられた。というのは、私は基本的に平和主義者を自称していて、戦争・軍拡には反対で、その意味では人は一人も殺されてはいけないと考えている。一方、残虐な殺人事件や戦争のニュースを見ると、その犯人や指導者は死んで罪を償うべきだということを当たり前のように思ってしまう。ちなみに私は死刑も容認派だ。これは、さっき書いた「一人も殺されてはいけない」ということに反するのであって…なようなことを深く考えさせられた。まぁ普段の私はそういう矛盾を抱えつつも、そんなに深く気にすることなく過ごしているのだが…。話を作品に戻すと、作風的にはミステリにちょっとファンタジーというかスーパーナチュラルな要素が入っている作品で、基本的には私の好きな作風である。でも、好きであるが故にちょっと物足りないところもなくはなかった。(特に肝腎な終盤の方で。)ただ、1作読んだだけで好き嫌いを判断するのも惜しい気もするので、早速近所のBOOK OFFに走って、「冷たい校舎の時は止まる(上・下)」(講談社文庫)と「太陽の坐る場所」(文春文庫)を買ってしまった。こうしてまた未読本が増えてゆくのであった…。あと、読み始める前に「メジャー」を「major」だと思っていて、「major spoonって何?」と思っていたのだが、「measure」だと気付いた時はけっこう恥ずかしかった。お判りの通り、「measure spoon」は「計量スプーン」のことです、ハイ。ついでに、といっては何だが、NL+の残り2人の推薦図書についても書いておこう。まず寧々さんの「魍魎の匣」(京極夏彦)。これは寧々さんらしくホラー。ホラーは私も好きなのでちょっとチェックしたら、なんとページ数が1000ページ以上。キングで長篇に慣れてるとはいえ、1冊でこの長さはちょっと…上下2巻にすればいいのに、でもそうすると値段が高くなるからしょうがないかなぁ、と思ってとりあえず保留。次に愛花ちゃんの「赤毛のアン」(ルーシー・モード・モンゴメリー)。これは正直、いい年の男が読むのはちょっと抵抗がある作品。しかも、たしか10冊くらいあるうちの最初の1冊だったと思う。これは多分読まないだろうなぁ。まぁ読む読まないにかかわらず3冊とも買ってしまえ、という考えも頭をよぎらなかったわけではないが、取り敢えずこの2作は保留。Amazonの「欲しい物リスト」には入れてあるけど。
2012.02.26
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「カオスの紡ぐ夢の中で」(金子邦彦、ハヤカワ文庫NF)を読む。とにかく面白い本だった。どれくらい面白かったかは後で述べるとして、内容的には、まずカオスや複雑系に関する科学エッセイ、その後にそれらを題材にした短篇小説と中篇小説、最後にあとがき代わりのバーチャル・インタビューという構成である。いきなり脱線すると、筆者はいっときの「複雑系ブーム」をあまりよく思ってないらしく、その結末が、映画にもなったマイクル・クライトンの「ジュラシック・パーク」だということだ。嗚呼、ゴメンナサイ、私も高校時代このクチでした。(ちなみに私は小説としての「ジュラシック・パーク」は大変面白いと思う。映画は最悪だったが。)で、どれくらい面白かったかと言うと…私は本を読むときに、面白いと思った記述、表現、知らなかった知識などに行きあたると、そのページの角をちょっとだけ折って、後で簡単に振り返るのに使ったりする。その一部はこのブログにネタにもなったりする。で、ふつうの本を読むときは1冊で4~5箇所も折れば多い方なのだが、この本に関して言えば、最初のエッセイ約90ページで9箇所折ってしまった。10ページに1箇所の割合である。これは異常に多い。ちなみにその後の小説では折るところがなかったのだが、これは面白くなかったからではなくて、むしろ面白くて一気に読んでしまったからである。カオスや複雑系を扱っていながら、科学文化論や科学のあり方を論じている箇所もあれば、SFやスポーツといった卑近な例で科学を判りやすく論じている箇所もあって、オリジナリティに富んでいる。これは筆者の研究分野や研究に対する姿勢・態度・思想を反映したものだと思う。面白かったところとしては、例えば、若者の理科離れを止めるには「のだめカンタービレ」の科学版を作ればいいとか、夏目漱石と寺田寅彦の師弟関係は「科学としての文学」と「文学としての科学」として表現できるとか、物理学者が量子力学から生物学に転じて分子生物学ができた(ただし量子力学と分子生物学は無関係)とか、がある。あと、SFとの関連でいえば、筆者は小松左京に随分ご執心のようで、「日本沈没」をはじめとしていろいろな作品について、あちこちで言及している。(ちなみに私は漱石と寅彦が師弟関係だったこと自体初めて知った。私の中では漱石はもちろん小説かだが、寅彦は物理学者のイメージが強かったからだ。むろん、寅彦が文筆家であることは知っていたが。)最後に面白かった箇所をひとつ引用させて頂こう。「それでは、内部構造がヒトより単純な(と思われる)アリが集団になると高度な仕事をなしうるのに対して、ヒトの場合は数が多くなると、逆に愚かさを見せてしまうのはなぜだろうか。実際、国会でも大学の会議でも多少なりとも実績がある(かもしれない)のは委員会のレベルまでで、もっと多人数から成る本会議は単なる形式だけになってしまうように思える。」あっ、いかん。もう1箇所あった。「複雑系を80年代に我々が始めた時にはまったく反応がなかったのに、ちょっとアメリカが騒ぐと何か言い出すのはいったいなぜなのだろう。日本の文化を担うって気概はどこにあるのだろう。日本では新しい文化が生まれないとあきらめているのではないだろうか。」
2012.02.24
「かわいい子には旅をさせるな」(鷺沢萠、角川文庫)を再読。webで注文した本がまだ届かなかった(昨夜届いた)ので、再びそれまでの繋ぎにと思い、手に取ったのはやはり鷺沢さんのエッセイ。「旅」をテーマにした1冊。行き先は、沖縄だったり、韓国だったり、アメリカだったりといろいろなのだが、行く先々でホントにいろんな面白いこと、というかトラブルに見舞われるのである。また、飲み会の場でしいれた話も相変わらず凄いなぁと思ってしまうほど面白い。もちろん、かつて上智大ロシア語学科におり(結局除籍)、また韓国に語学留学の経験がある作家・鷺沢さんならではの「言葉」に対する思いというか、独特な考え方も大変興味深く読める。ちなみに「webで注文した本」というのはAmazonで買ったものである。ここは楽天ブログなのを知ったうえで書くが、私は本とCDに関してはAmazon派である。何故なら、納品が早いから、というのが理由だったのだが、今回は遅かったなぁ。いつもならマニアックな専門書とかも翌日配送してくれたんだけど、今回は文庫本4冊で注文から4日かかったよ。でもいいこともあるのだ。Amazonでは基本、配達時間指定が出来ない(多分)のだが、最近は配送の方が気を使ってくれているのか、私がいるであろう比較的遅めの時間に届けてくれるのだ。だから、不在通知を見て電話する必要もない。ひょっとして、だから日数がかかるようになったのか? 関係ないように思うけど。
2012.02.22
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DS版DQ5にて、人間キャラを全員Lv.99まで上げてみた。とはいっても、仲間モンスターコンプリートの時点で99に達していなかったのはピピンだけだったのだが…。ちなみに彼の最終的なステータスはこんな感じ。全員並べて表示するとこんな感じ。まずは主人公ファミリー。次に「召使い」&「兵士」(仲間モンスターは敢えて外してある)こうしてみると、戦士系・魔法使い系といったキャラの差こそあれ、最大HPがあまり変わらないのだなぁということが判る。
2012.02.22
「途方もない放課後」(鷺沢萠、新潮文庫)を再読。webで注文した本がまだ届かないので、それまでの繋ぎに何か読もうと思い、エッセイか短篇集かなぁという感じでこの本にした。まぁ簡単に言えば、お気楽面白、そして時々真面目なエッセイである。平成13年に文庫が出版されたということで、だいぶ前のことだが、懐かしく思えることが幾つかあった。例えば(小説じゃないからネタバレしていいよね?)、ドラクエ6でレイドック(表)から進めなくなり、友人に電話したら、裏に行って月鏡の塔に行ってと言われたはいいが、どうやって裏に行くかが判らなかったり(ダーマの神殿から)とかいう話。あとは野茂投手がアメリカのオールスターで登板したとか。それからオウム事件なんてのもあった。この手のことが起こると識者と言われる人はすぐ社会や教育やマンガ文化などのせいにしたがるが、そもそも悪いのは「人殺し」をした本人たちである、という至極真っ当なことが書かれている。イジメについても同様である。何で世の中の人たちはこんな簡単なことも判らないでしょうね、全く。キングの小説「ミザリー」の映画の話がちょろっと出てきたもの少し嬉しかった。さすが映画通でならした鷺沢さんである。最後にひとつ触れたいのが、何かしたいんだけどその何かが見つからないという若者を嘆いていた話。したいことなんていうのは本人の内側から湧き上がってくる気持ちであり、そんなもの「探しても見つからない」というのが鷺沢さんの主張。これはご本人がどうして作家になったか、というところにも通ずる話である。かく云う私も、高校時代に大学を選ぶにあたって、将来食える分野か否かというより、内側から心動かされたからこそ、理学部地球惑星科学科なんてところを選んでしまったのである。別にそのことは全く後悔してないし、今もってその分野に関する仕事が(プロの研究職ではないが)出来ていて幸せなので、つまりはそういうことなんだなぁと思う。ありていに言えば、後悔はしていない、と。
2012.02.21
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「武士道エイティーン」(誉田哲也、文春文庫)を読む。高校時代を剣道に捧げた2人の少女を主役とした、「武士道」シリーズの3作目にして、(とりあえずの)最終作。シリーズを通していえることだが、台詞以外の地の文も登場人物たち(多くは女性)の気持ちがそのまま会話に近い形で描かれているので、とっつきやすいし、多分主人公たちと同世代の中高生が読めば、凄く感情移入出来るのではないかと思う。(かといって、私が楽しめなかったという意味ではない。)タイトルのエイティーン(18歳)と言えば、高校最後の剣道の大会があり、大学受験に向かって動き出す時期でもある。そんな多感な時期を過ごす主人公たちの、先輩後輩関係の葛藤とか、先生との関係とか、そういった人間関係もきちっと描かれている。加えて、個々の登場人物のキャラがいい意味で立っており、みんな長所短所があり、だからこそ読み手には魅力的に見えるのだと思う。葛藤するのは主人公たちだけでなく、その姉とか、姉の恋人とか、剣道の師とか、先輩後輩たちもそれぞれ心の中に葛藤があり、それが丁寧に描かれているのも特徴のひとつだ。特に剣道の師の過去の話というのがこれまた面白い。私自身はスポーツとは縁遠い学生生活だったし、剣道の専門用語とかも判らない。例えば、剣先(けんせん)とか、平正眼(ひらせいがん)などは振り仮名なしでは読めない。それでも、作品が色褪せて見えたり、つまらなかったりすることはない。むしろ色々な人が楽しめる作品になっていると思う。
2012.02.20
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最後に残っていた、闇のすごろく場をクリアし、タークとプオーンを仲間にした。以前にもこの2匹を仲間にしたことはあったが、1つの冒険の書で全モンスターを仲間にしたのは初めてだ。
2012.02.19
「省察」(デカルト、岩波文庫)を読む。「方法序説」の訳註で、序説の内容を理解するにはこの「省察」を読むことが是非とも必要ということだったので、早速購入して読んでみた。内容的には、序説の方法の実践というべきもので、全てを疑うことから始めて、純粋に思惟する自分の存在、そして神の存在及び人間の霊魂(精神)と肉体との区別について論じている。例えば、「…私は有る、私は存在する、という命題は、私がこれを言表するたび毎に、あるいはこれを精神によって把握するたび毎に、必然的に真である、として立てられねばならぬ。」は、序説の基本と同じである。また、「…多少疑わしいが、にも拘わらず甚だ確からしいもの、従ってそれを否定するよりも信ずることが遥かに多く道理に適っているもの、であると見做す間は、私は決してそれに同意しそれを信用する習慣を脱しないであろう。」は、序説の格率と同じである。序説や省察に述べられていることを現在の人が実行できるか、また信じることができるかはともかくとして、「…判断を下すにあたって意志をば、ただ悟性によって意志に明晰に判明に示されるところのものにのみ及ぶように、制限するたび毎に、私が過つということはまったく生じ得ない…。」は、現代でも当てはまるのではないかと思う。更に、デカルトの考え方がやはり数学的なものだと思わせる記述としては、以下が挙げられよう。「言うまでもなく私は量を判明に想像する…。」なお、本書は巻末の記載によれば、「文庫リクエスト復刊'94年春」の一冊として出されたものであるが、仮名遣いや感じが旧いままであったので、復刊の際に現代仮名遣いや現代の漢字に直されなかったのは残念である。(上記の括弧内の引用は、すべて私が現代仮名遣いや現代の漢字に直したものである。)
2012.02.17
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コロボックル族で唯一残っていたコロファイターが仲間になった。あとはすごろく場のタークと、プオーンだけでコンプだ。
2012.02.16

DS版DQVで、妖精の村周辺で口笛を吹いていたら、コロヒーロー、コロマージ、コロプリーストがかなり短時間でに仲間になった。次は当然コロファイターを狙うぞッ!
2012.02.15
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裏ダンジョンをクリアした後ほったらかしになっていた、DS版ドラゴンクエスト5を再開。まずは、はぐれメタルを仲間にすることを狙って、名産博物館のある島で口笛をふきまくり。やっと仲間にすることが出来た。メタルスライムの時は999匹以上倒してやっと仲間になったので、今回はそれより短時間だったが、やはり大変だった。
2012.02.15
「新版 遠野物語 付・遠野物語拾遺」(柳田国男、角川ソフィア文庫)を読む。まずは、この本を読もうと思ったきっかけから。高校時代に現代社会というのは名ばかりの、内容は倫理と日本史のごちゃまぜ的な、いかにも担当教諭の趣味であるのが明々白々の授業があった。その授業の中で、柳田国男が「遠野物語」によって日本民俗学を確立したということを習った。実は私はその授業(というか教諭)があまり好きではなかったのだが、その話だけは良く覚えていて、いつか「遠野物語」を読んでみようと思っていたのだ。まぁ結局は、実際に読むまでの間に20年くらいかかってしまったのだが…。さて、本文は仮名遣いが古典的仮名遣いであり、使われている言葉も現代語と古語が混じったような文体なので、これまた高校時代に古文が苦手であった私には、読み進めるのにちょっと苦労したし、正直いって意味のわからないところもあった。「拾遺」の方は幸い現代仮名遣いに改められていたが、やはり古語が混じっており、やや苦戦した。内容的には、岩手県遠野に伝わる民間伝承を談話筆記したものである。登場するのは天狗や人をだます狐、死者の霊、山男、山姥、雪女、河童、仙人などのいわゆる「妖怪変化」の類や、山の神、里の神、家の神など(例えば、座敷わらし)の民間信仰に関すること、それに古くから伝わる習慣・慣習・風俗の類である。中でも私の興味を引いたのはもちろん妖怪変化の類の話である。適当な表現ではないかもしれないが、「ホラー小説」っぽいところがあって楽しめた。あと、「大黒様の枝大根」の話の出典が「拾遺」であることも初めて知った。遠野物語の民俗学的意義については、3者による解説に詳しいが、私自身民俗学の何たるかを分かっていないので、正直あまり理解できなかった。しかし、単に文学作品としても読んで楽しむことができる1冊であった。
2012.02.15
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「原発クライシス」(高嶋哲夫、集英社文庫)を読む。日本海の海岸に建設され、稼働待ちの状態にあった新型の原子力発電所が、旧ソ連・チェチェン解放軍と日本のカルト集団からなるテロリスト集団によって占拠された。テロリストたちの要求は…。テロリストたちと原発に突入した自衛隊との戦闘の行方は…。そしてその裏では、日本、ロシア、アメリカ政府を巻き込んだ国際問題として事態は進行してゆく。更には右翼グループ、麻薬といったキーワードも飛び出してくる。果たして原発は本当に人類のためになるものなのだろうか? また、国際政治、政治および政治家のあり方、エネルギー問題の現状と未来、科学・技術と科学者・技術者のあり方とは何だろうか? そんな社会的な問題も描き出しており、筆者渾身の一作といえる。特に筆者の専門が原子力ということもあって、話はリアリティに富んでおり、ストーリー展開もなかなかのものだ。高嶋作品にありがちなヒューマン系の描写の甘さもあまり認められない。折しも福島原発事故後の時期である。自然災害とテロの違いこそあれ、原子力の孕む問題(放射性物質による環境汚染や、核兵器への転用)をリアルなタッチで描き出している本書は、フィクションであるが、多くの人(特に為政者と呼ばれる人)に大きなインパクトを与えるであろう。最後に1箇所だけ気に入ったところを引用しよう。天使と悪魔はけっして、別のものではない。彼らは同居している。
2012.02.12
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「方法序説」(デカルト、岩波文庫)を読む。高校時代の担任に薦められた本で、高校時代に2回読んだものを引っ張り出して再読してみた。それにしても高校生にデカルトとはやはり難しくて、当時はあまり理解できなかったが、今回はそれよりは理解できたと思う。この本は本文より訳註の方がページ数が多いこともあって、本文用と訳註用の2つのしおりを使って、まず本文を少し読み、訳註を見てから再度本文を読む、という読み方で読み進めた。さて、デカルトの「方法序説」といえば、「我思う、故に我あり」(本書の落合太郎訳では「私は考える。それ故に私は有る」、英訳は"I think, therefore I am.")という名言があるが、この文に割かれた訳註は9ページも及ぶ。デカルトの「方法序説」における基本的な考え方は、まず全てを疑ってみることである。といってもスコラ哲学のそれとは違う(とはいってもデカルトも時の人、スコラ哲学の影響を全く受けなかったわけではない)。ここで難しいのは、疑う主体である自らをも疑うことから始めなければならないという点にある。この点において、デカルトの方法の原理は、公理からすべてを理性(悟性)のみによって演繹的に導く点で数学的であり、デカルトは哲学者というより数学者であったのだと思う。本書でちょっと理解に苦しんだのは、デカルトが神の存在証明を行っているところくらいであろうが。これはもちろん私が無神論者であることによるのかもしれないが、デカルトがその方法を実践して真理に辿り着くまでの間の日常生活のために格率を定めていることから、妥当であるとすべきであろう。最後に、面白いと思った箇所を2箇所ばかり引用させて頂こう。なお、その大組織の不完全については、それがあるとしたばあい、それらの組織の複雑なのを見るだけでも、その多くが不完全であることは十分に証明できる。…私どもの子孫へ一そう多くの利益をもたらすための別の事を企てているときは、生きている人人を何ほどか利するような事をば無視するのがよいというのもまた、正しいからである。それにしても岩波文庫の文体は格調高くて難しい。それが面白くためになるのでもあるけれど。
2012.02.10
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「不眠症(上・下)」(スティーヴン・キング、文春文庫)を読む。以前ハードカバーを図書館で借りて読んだのだが、昨年文庫が出たのを「積ん読」してしまっていた。今回やっと再読した。舞台は長篇大作「IT」でお馴染みのデリー。ひとりの老人ラルフは妻の死後、不眠症(早朝覚醒)に悩まされる。それと同時に、オーラや「風船紐」といったものが見えるようになるだけでなく、「チビでハゲの医者」まで見えるようになる。そしてラルフは妊娠中絶賛成派のリーダーになる。このグループは全国的に有名なフェミニストをデリーに招いて講演会を開催しようとするのだが、反対派が激しく暴力的なデモを繰り広げる。反対派に対抗すべくラルフとその仲間たちがとった行動とは…。この作品にも超長篇大作「ダーク・タワー」との関連があちこちに見られる。「ダーク・タワー」に出てくる「カ」や「カテ(「ダーク・タワー」では「カテット」だったか?)」、そして暗黒の塔そのものや赤い薔薇、そしてもちろん深紅の王(クリムゾン・キング)。終わりの方で子供が描いた絵には、暗黒の塔と赤い薔薇が出てくるし、「ダーク・タワー」の主人公、ローランドの名前も登場する。近年のキングの作品に見られるように、この作品にも妊娠中絶や老人問題、家庭内暴力などの社会問題を扱っている側面もある。キングはただのホラー作家やファンタジー作家を超えて活躍しているのである。ちなみにハードカバーを読んだ時の感想はこちら。
2012.02.08
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ベホマン、ぶちすけがLv.99に到達した。これで全キャラ最高レベルで、全職マスターした(はぐれメタルは主人公とはぐりんのみマスター)。レベル上げにはデスゴットの手前のダンジョンで、ひたすらギガスラッシュを繰り返した。全員が最高レベルに達した後は、魔術師の塔で熟練度をあげた。ちなみにこの過程でゴールドが270万以上溜まった。これでDS版ドラゴンクエスト6は究めたな。次は仲間モンスターコンプを目指して、途中で投げてある5をやろうかな。
2012.02.07
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