全19件 (19件中 1-19件目)
1
![]()
「捕手目線のリーダー論 ~六つの要~」(矢野燿大、講談社)を読む。捕手目線のリーダー論 ~六つの要~/矢野燿大私は基本的にこのような「リーダー論」的な本は読まないのだが、元阪神の矢野氏が書いた本ということで、珍しく読んでみた。読み始めた時は、「野球にはあてはまって面白いけど、実際の社会(企業)にはあてはまらないよな~」と思っていたのだが、徐々にそうでもないなと思えるようになってきて、最終的にはかなり面白く読めた。いつもなら最後に行うダメ出しを先にすると、「です・ます」調と、「だ・である」調の文章が混在している、段落の区切りが不適切、などが見かけられた。しかし、著者はいわゆる「野球バカ」であり、プロの文筆家ではないので、その辺は容赦しよう。内容は、矢野氏の選手時代の様々なエピソードから引き出される独自のリーダー論について語ったものである。タイトルに「六つの要」となるように、キーワードは「闘争心」「決断力」「責任感」「求心力」「反骨心」「奉仕力」である。以下で、気になったところを引用を交えて述べよう。エピソードとリーダー論がごっちゃになっている点はご容赦頂きたい。P.25…(中日の)山本(昌)さんでさえ、大ベテランといえる40代に入ってからも、絶対にシンカーの握りをほかの投手に見せなかったといいます。これは技術者である私も納得。他人が持ってないモノを持っているということが、自分をユニークな存在にし、いわゆる「差別化」が図れるからである。P.39…努力で花開き、長年生き残っている選手たちを思い浮かべたときに、阪神の生え抜きの選手たちがなかなか浮かんでこないことを寂しく思う…これは阪神ファンとして怖いところである。野手でいうと生え抜きレギュラーはショートの鳥谷だけ。最近漸く外野手として大和、柴田、俊介が出てきてはいるが、レギュラーとは程遠い。特に、近々外国人と金本が抜けた後どうするのだろう、と思ってしまう。P.57特にチームスポーツの場合、「心・技・体」の中で一番大事なものは私は心だと思っています。順番で行くと「心・体・技」となり、心は体と同じくらい重要。この2つが揃ってこそ、次の段階である「技」のことを考えることができる。これは技術者にとっては、ちょっと違う意味で真だと思う。それは心:精神的安定性、精神を病まないこと体:身体的安定性、身体を壊さないことがあってはじめて技:専門知識・技術が成り立つ、という意味。P.62なかでも面白いと思ったのが、2年目の中谷正大です。身体が大きいし、球を遠くに飛ばせるスイングをしている。捕手からの転向を模索中なので外野守備はまだ不慣れですが、肩の強さは魅力です。将来は中軸を担うところまで、大きく育つ可能性を感じました。大物の生え抜きが育つのは阪神にとって大事なことなので嬉しい。しかし、捕手から外野手への転向が早過ぎる気がする。ただでさえ、現在城島・藤井というレギュラークラスの捕手2人を欠いているのだから、こういうときにその穴を埋める形で育ってほしい。捕手から外野手への例は、浅井・狩野と既に十分いるので、これ以上有望な捕手を減らして欲しくない。(最悪、今季のどこかで浅井・狩野のスクランブルキャッチャーがあり得るかも知れないので。)P.70…いくつもの情報に基づき、根拠を持って考えた結論なら、間違っていたときもきちんと後で検証して次の対戦に生かすことができる。これはどんな仕事でも大事。改めて言うほどのことではないかもしれないが、矢野氏はこれがなかなかできない人が多いのだと本書のあちこちで指摘している。P.85(2008年北京五輪準決勝で岩瀬と組んだことについて)即席のバッテリーだからなおさら、お互いに迷いがあるときは、それを消すために意志の疎通を図るべきでした。これまたその通り。当たり前だが疎かになりがちなこと。それはともかく、この試合の先発キャッチャーがホントに矢野でよかったのかどうかは、私にとっては疑問だ。星野監督の温情采配が出てしまったという気がする。矢野でダメなら仕方ない、という雰囲気がチーム全体に影響したのではないかと、私は思っている。P.93…ダルビッシュ投手も、各打席の初球の被打率は4割を超えているとのこと。いくらダルビッシュ投手といえども、初球に甘い球を狙われたときは、並みの投手にすら劣る被打率になっているのです。これは捕手目線でないと判りにくい、矢野氏の秀逸な指摘。ダルビッシュにそんな攻略法があったとは…でもまぁ、初球から振るのは難しくて、そのことも矢野氏は指摘している。P.96(今でもそうだが)巨人がFA補強を繰り返して、いろいろな球団の4番を打ってきた選手ばかりをスタメンに並べていた時期がありましたね。…「塁に出したら面倒くさいな」と思わせる選手が、ほとんどいませんでした。あの手のチームに、対戦していて「いやらしさ」や「やりづらさ」は感じないのです。やーい、巨人のバカ。こんなところでも言われてるじゃん!P.108(2003年の日本シリーズ第5戦の先発ピッチャーについての星野監督の発言について)「お前らがこれまでやってきて、ここまで来られたんだ。今、一番優勝したいのもお前らだ。それなら、お前らが納得いくように進めばええやないか」ちなみに星野監督が伊良部投手を推したのに対し、矢野はムーア投手を推したそうだ。傍目に見ても伊良部はないだろう、って感じだったので、星野さんの上記の発言はちょっと矛盾してる。伊良部は星野さんの思いを「いき」に感じるタイプではないから、ふつうなら伊良部は出せないはずだと私は思う。P.117(北京五輪について)…チームの勝利のためには、球拾いだろうがプルペンキャッチャーだろうが、どんなことでもやる。その覚悟で、外野手用のグラブも改めてメーカーに頼んで作ってもらい…。外野用グラブについては知らなかった。でも正直、あのときの矢野の仕事は間違いなくブルペンキャッチャーだったと思う。だからP.85のようなことは起きてはいけなかったと思う。P.125捕手は常にマイナスな事態を想定して、そうならないように動くくらいでちょうどいい。これもビジネスシーンに通用すると思う。まぁ私が改めていうほどのことではないが。P.157厳しさの裏にある温かさや気遣い、人間的な魅力……。それを感じたときに、人は「この人についていこう」と思うのです。これは非常によく判るのだが、私のまわりには残念ながら、仕事はできても「人間的な魅力」のある人がいないのが悩みのタネなのだ。誰かどうにかしてくれ。P.164相手と信頼関係を築くためには、どんなときも相手の話を聞くこと。そして、自分の意見を言うときは頭ごなしではなく、しかしはっきりと伝えること。口にすると簡単に思えるかもしれませんが、徹底するのは意外と難しいと思うのです。その通りだと思う。特に本書で矢野氏は、「あたりまえのことをあたりまえにやるのは意外と難しい」ということを通奏低音的に述べている。これはビジネスシーンでもスポーツでも、その他のあらゆることにも当てはまると思う。P.175本物の「反骨心」は、なにも若い選手だけの特権ではありません。たとえベテランになろうとも、逆境に置かれたときこそ、顔を出してくるのです。ビジネスシーンで上司に対してならともかく、お客さんに対して反骨精神ってのは…。まぁ反骨したいイヤな客はホントに多いんだけど。P.203正攻法も奇襲になりうる。実はこの後にいろいろな例が書かれているのだがちょっと省略させて頂く。野球の戦略としては大変面白いが、ビジネスではどうかな、と思うので。P.210裏方さんは選手とは違う立場ではありますが、当然、チームの一員として対等に接するべきです。それが裏方さんのモチベーションアップ、ひいてはレベルアップにも繋がり、目に見えない力として、強いチーム作りに貢献していくのです。私も仕事で、年上の派遣さんをアゴで使うことがよくある。もちろんそういうときはいつも心苦しい。上記はそれに対する教訓として肝に銘じておきたい。最後に…この手の本を読んだのは初めてなのだが、著者に馴染みがあったせいもあって楽しく読めたし、今後の仕事にも役に立ちそうだと思った。今後もたまにはこういう本を読んでみようかな、という気になった。
2012.04.29
![]()
先日買った東芝のラジカセ(TY-CDK5S)のリモコンなのだが、実はこんなに小さい。横にボールペンが置いてあるので、その小ささがお判りいただけるだろう。もちろん厚さも薄く、電池も大きめのボタン電池である。ところがこのリモコン、感度というか受信側のレンジというか、それがイマイチよくないんである。同じ場所から2回操作して1回は作動、もう1回は作動せず、みたいなことが起きる。受信部にめいっぱい近づけても効かないこともある。さて、これは最初に同梱されていた電池が消耗してるせいかな、そしたら電池買い替えだな、と思ったものの、諦めがつかない。で、考えたのだ、接触不良ではないかと。このリモコンの電池の出し入れは、薄い(もちろん本体より)抽斗状になっていて、電池と内部の接触部分は見えない。だからちゃんと接触してるかどうか判断できない。そこで、電池を入れてからリモコンを上下に押さえてやれば、ちゃんと接触するだろうと考えたワケだ。そしてこれが奏功した。おかげで今はちゃんと使えている。でもいずれ電池替えないと…という気持ちに変わりはない。おまけ:このラジカセには「リモコン収納部」がついている。これで、小さいリモコンが行方不明になるのが防げる。まぁ私はリモコン失くしたりしないけどね。
2012.04.28
![]()
「サザンクロスの翼」(高嶋哲夫、文春文庫)を読む。太平洋戦争末期、レイテで沈没した艦に乗っていた脱走兵の野村、特攻の生き残りの峯崎、改造された輸送艦「ダコタ」で運び屋をやっているマリア。無人島に辿り着いた3人を軸に、戦闘と平和、生と死、支配と独立といったテーマを描いた1作。描かれているテーマが重い割に登場人物中心の描写なので、ストーリーを追っていて楽しいし、どんな結末を迎えるのか期待を持って読める。私もあっという間に読めてしまった。印象に残ったところを引用させて頂こう。「…国にはその国の文化ってものがあるの。それが理解できない人間が戦争なんて始めるのよ」「みんなおかしなやつらなんだ。この戦争をやっているやつら全員が」「最後の血よ。尊い血。誰も後悔はしない」「血は血だ。苦しみをもたらし、命を消し去る血だ」操縦桿を握ったまま、峯崎は怒鳴った。心底そう思った。これ以上、人が死ぬのを見たくない。「…私は私」…「自分は自分ってわけか」ただし、相変わらず最近の小説には付き物の誤植というか変換ミスが見られた。P.93の「ヘンリーと出合った」は「出会った」の誤り。「出逢った」なんてブンガク的な漢字でもいいかもしれない。P.250の「小刻みな揺れが続いていたがやがて治まった」は「収まった」の誤り。最近はいわゆる「電子入稿」最盛期なので、こういう変換ミスがそのまま出版される。編集者もちゃんとチェックしてないことが見え見え。これでは、せっかく作品が面白くても、ちょっと興ざめしてしまう。でもこの作品自体は面白いよ。サザンクロスの翼/高嶋哲夫
2012.04.26
![]()
桜が咲き、満開となり、花散らしの嵐が吹き、そして葉桜になった。先日撮った満開の桜も、今はもう葉桜。―花散りて―夏待つ人よ―葉桜の許(もと)―桜の花は散ったけど―「夏に、まだ少し…」―早く―「半袖の君」が―見たいよあ~似合わない。何がって、私と詩。まるで月とスッポン。しかも2つ目のカギ括弧がついてるところは、plagiarism だし。まぁ元ネタ判る人少ないと思うから勘弁してネ。
2012.04.26
![]()
「E=mc2 世界一有名な方程式の『伝記』」(デイヴィッド・ボダニス、ハヤカワ文庫NF)を読む。タイトル通りの1冊。アインシュタイン個人の伝記ではない。いきなり面白いエピソードから始まっている。それは、キャメロン・ディアスが、あるインタビューの最後に「E=mc2」が何を意味するかを知りたい、といったことである。そんな話から始まって、まずはE=mc2のそれぞれの構成要素の歴史や意義について語られる。E(エネルギー)についての保存則、m(質量)についての保存則、c(光速)をどうやって測定するか、=(等号、エネルギーと質量は何故等価なのか)、指数の2(Eとmの換算係数は何故cの2乗なのか)、といった話である。そこで、言われてみればそうだよなぁ、と思ったことについても記述がある。それは、光速が何故cという記号で表わされるのか、ということだ。その答えは、「17世紀半ば、イタリアが科学の中心で、ラテン語が用いられていた時代に対する敬意の表れだろう。celeritasはラテン語で、「敏速」を意味する」ということなのだそうだ。本書は、E=mc2 に関わる多くの科学者の名前が登場する。少し挙げてみるだけでも、ニュートン、ガリレオ、ファラデー、ラヴォアジェ、カッシーニ、チコ・ブラーエ、マックスウェル、ポアンカレ(後のカオス理論の背後にある考え方を世界で最初にまとめあげた!)、マリー・キュリー、ラザフォード、ガイガー、フェルミ、パウリ、ハイゼンベルク、ボーア、オッペンハイマー、ジョン・フォン・ノイマン、フレッド・ホイル、ローレンス、チャンドラセカール…とそうそうたる名前が並ぶ。それに加えて、浅学な私の知らない多数の科学者(多くは優秀な女性と、彼女たちの成果を横取りした男性)の名前も登場し、科学者の研究面だけでなく、性格面など面白いエピソードが満載されている。そして、この方程式を語る上で避けて通れないのが原爆である。第二次大戦中のドイツとアメリカの原発開発競争が、科学的な視点だけでなく歴史的な視点からも描かれているのが興味深い。更に、日本への原爆の投下はしばしば正当化されるが、実はそうではない、という話も現れる。長くなるので引用はせずに要約すると、当時の日本は中国で孤立、アメリカの潜水艦による本国との連絡の遮断、北から不気味に歩み寄るソ連軍、そして既にアメリカの爆撃機によって約60の都市が焼き払われていたことから、原爆投下の必要はなかったのではないか、という話である。もちろん、次には原発の話になる。本書の底本が書かれたのが2000年であるので、チェルノブイリのような事故は、もはや起こらないといえるとされているが、その時点で既に企業の財務管理で「無限責任」ほど嫌われる言葉はないが、どの原子炉からも…使用済みの燃料が生じ、その処分には無限に近い責任をともなう。ともある。この辺りは改めて私が云々する必要はなかろう。また、原発以外で人間生活に関わる E=mc2 の活用例として、煙探知機、非常口の表示、PET(陽電子放射断層撮影法)やがんの放射線治療といった医療分野、放射性元素による年代測定(考古学)、GPS信号の補正などが紹介されている。そして最後に、太陽などの恒星における元素の生成や、地球の形成過程における放射性元素の挙動の重要性など、天文学における E=mc2 の役割が述べられる。 そこにはアインシュタインの相対性理論に関する事柄も含まれる。とまぁ、とにかく大変面白い1冊だった。それにしてもハヤカワの「数理を愉しむシリーズ」はどれも面白い本ばかりだ。最後に、この本の本質とはちょっと逸れるかもしれないが、面白い一文をご紹介。昔から政府というものは、間違った人選をするものと相場が決まっており…。なるほど。E=mc2 世界一有名な方程式の「伝記」/デイヴィッド・ボダニス
2012.04.22
昨夜はAM1:30頃に寝付けずに起きてしまった。それで、何とか寝つけるようにするにはどうしたらいいか、ってなことを考えて本を読むことに。しかし、次に読む予定にしていたのは科学モノのエッセイで、こんな夜中の、起きてるとはいえ半分ボケボケした頭では、そういう類の本は読みたくなかった。そこで、本棚から取り出したのが、短篇集「愛してる」(鷺沢萠、角川文庫)。クラブ”ファッサード”をに集う若者たちを描いた短篇集というか、連続短篇からなる長篇。最近読んだ「海の鳥・空の魚」とは正反対の、刹那的に生きる若者たちが描かれている。何といっても、お互いの名前さえちゃんと知らない、なんて連中もいるのだから・・・「ジュニア」や「ハンニバル」といった名前はアヤシ過ぎる。それでもこの作品には、何か独特の惹きつけられるものがある。それは例えば、鑑とあとがきに書かれている次の言葉からも判る。思ったり感じたりした者の勝ちだ。(作品中にも出てきてるハズだが、いかんせん半分ボケボケの頭で読んだので、ちゃんと憶えていない…。)他にも印象に残ったフレーズは幾つかある。「したいこと」と「しなければいけないこと」が全面的に一致する人間なんていないと思う。もしいるとすれば、そいつはもの凄く何かを超越した頭の良さを持っているか、それでなければただの空気頭だ。(「真夜中のタクシー」より)―俺はさ、状況だけ見てキレイごとだけ言ってりゃいいんだから。(「Two Of Us」より)―仕事なんか、やってらんないわよ……。(「雨に唄えば」より)―ねえ、知ってる人がいるって、なんかいいよね。(「傘の花」より)―Every girl is a girl……。(「恋と嘘」より)どちらにせよ、人を傷つけてしまったら大抵の場合、それと同じ深さの傷は自分で負わなければならなくなるものだ。…人に言うのは、誰でも簡単なんだよね……。(「オムレツを食べよう」より)
2012.04.18
![]()
「ホーンズ ―角―」(ジョー・ヒル、小学館文庫)を読む。主人公のイグは、ある朝目覚めてみると、こめかみから角が生えていることを発見する、というカフカの「変身」的なプロローグに始まる。しかもイグは角だけではなく、文字通り「悪魔的」な能力も身につけていた。そんなイグは、かつてのガールフレンドをレイプし、惨殺した犯人だと疑われてもいる。その後の展開は・・・まぁ読んでのお楽しみということで。本作は文庫で700ページ以上あるのだが、これを一気に読ませてしまうヒルの筆力には凄いものがある。ホラー、ミステリ、ファンタジーなどをミックスした大作。さすがはあのモダン・ホラーの巨匠スティーヴン・キングの息子だけのことはある。しかも、キング作品に見られる、もってまわったような冗舌な感じがほとんどしないことも、この長い小説を一気に読ませてしまうのに一役買っていると思う。ちなみに、父キングのデビュー作「キャリー」の名前がちょろっと顔を出しているのもナイス。ケチをつけるとすれば、時系列がちょっと追いにくい箇所があること、翻訳ミスと思われる箇所があること、それから翻訳時の変換ミス(P.677の「こめかみには木の枝のような欠陥が…」は、明らかに「血管」のこと)があることだ。まぁそんな部分を補って有り余るほど、面白い作品である。ホーンズ ―角―/ジョー・ヒル
2012.04.17
![]()
私は中学時代からオーディオはSonyを使っていたのだが、必ず3年程度で壊れてしまい、買い替えを余儀なくされていた(いわゆる「Sony周期」というヤツ)。それで、大学院を修了する年も同様に、それまで使っていたSonyのミニコンポ(CD3枚のオートチェンジャー付き)が壊れてしまった。で、音楽を聴ける環境がなくなってしまったので、急遽購入しなければ、ということになった。しかし、Sonyはすぐ壊れるからもう買うのは止めようと思い、しかも急遽のことだったので、できるだけお金をかけたくなかった。私は音質とかにはこだわらないので、とにかく安くてすぐ手に入るヤツということで、AIWAのCD-MDラジカセ(CSD-MD10)を購入した。そしてそいつは10年以上に渡り最近まで、ずっと壊れないという凄い頑張りを発揮してくれていた。正直、安物なのにSonyを圧倒的に上回る10年以上というのはホントに凄い!しかし、それが最近いよいよ不調に陥った。CDを入れても「NO CD」と表示されてCDを認識せず、再生できないことがしばしば。ディスククリーナーをかけようと思っても、クリーナー自体を認識しない。CDドライブの中をレンズに触れないように綿棒などで掃除してみても改善しない。そこで思い切って買い替えることに。今回もSonyは嫌だったのと、安くあげたかったので、昨夜ヨドバシ・ドット・コムにて物色。そして購入したのが、東芝(TY-CDK5S)だ。私にとってポイントだったのは、未だにカセットが再生できることと、ラジオのプリセットチューニングができることという、オーディオ好きが聞いたらあまりのしょうもなさに失神するかも知れない、という程度のものだった。しかしまぁ、難点がなくはない。それは・・・。・MDが使えない。・使えるカセットの長さが90分まで。(推奨)の2点。MDに関しては、手許に15枚ほど(倉木麻衣、BoA、Do As Infinity)あって、これらは大学生時代にレンタルしてきたのをMDにコピーしたもので、今更聞くこともないだろうから、これを機に処分してしまっても惜しくない。問題なのはカセットのほうだ。これも主に学生時代に録音したアニラジ系番組のテープが10本ほどあるのだ。それで、1時間番組をシームレスに録音するには、どうしても120分(2時間)テープの片面に録るしかなくて、90分推奨の新しい東芝では再生できない可能性があるのだ。あくまで推奨なので無理して…ってことも出来なくはないだろうが、それでカセットデッキ部分が壊れてしまうのは怖い。ちなみに1時間(以上の)番組の録音テープで手許にあるのは、以下の番組。・1996年8月3日&10日、鎌倉FM「サルカニ合戦」(菊池志穂)・1996年9月17日、文化放送「古本新之輔&國府田マリ子のC'mon Funky Lips」・1996年10月20日、NACK5「アニラジグランプリスペシャル あなたの企画をオンエアI」(山寺宏一、丹下桜)「サルカニ合戦」はコミュニティFMの録音なので、かなり貴重なモノだと思う。しかしこれは、たしか夏の4週連続特番で、最初の2回だけしかテープが残っていない。何故かは判らない。ちなみに10日には小西寛子がゲスト出演している。「C'mon Funky Lips」は、池澤春菜・白鳥由里がゲストで、2時間番組なので120分テープでもシームレスではない。「アニラジグランプリスペシャル」は単発の番組で(II以降があったのかは判らない)、野沢雅子がゲストというゴージャス版。これらが再生できなくなってしまう(かもしれない)のはちょっと惜しい。他の録音テープは30分番組で、60分テープの片面に収まっているので、まだまだちゃんと再生可能だ。ちなみにどんなテープがあるかというと…。1996年3月30日、文化放送「もっと!ときめきメモリアル」(丹下桜)1996年7月1日、 ラジオ日本「電脳戦隊ウギィ’ズ エンジェル」(三石琴乃、ショッカーO野)1996年9月25日、AM KOBE「ピクチャーランドCLUB II」(金丸淳一、丹下桜)1996年9月26日&10月4日、TBSラジオ「MAZE爆熱アワー」(関智一、丹下桜、26日ゲスト:本田義博、4日ゲスト:あかほりさとる)1997年9月26日、NACK5「金月真美 Moonlight Lips」(金月真美、ゲスト:丹下桜、バカボン鬼塚)ほとんどは当時聴いてた番組の最終回を録ったモノ。いや、懐かしの'90sだわ。話が途中から逸れまくったが、この項これで終わり。
2012.04.16
![]()
「地震雑感/津波と人間 寺田寅彦随筆選集」(寺田寅彦 千葉俊二/細川光洋 編、中公文庫)を読む。「天災は忘れた頃にやって来る」の名言で知られる寺田寅彦の、地震・津波・災害・防災に関する随筆を集めた1冊。収められている随筆のタイトルを幾つか挙げれば、「地震雑感」「流言蜚語」「津波と人間」「天災と国防」「地震の予報はできるか」「地震に伴う光の現象」など。中でも秀逸なのが「大正十二年九月一日の地震について」での記述。現在のようなコンピュータのない時代に、関東大震災による地殻変動のメカニズムを詳細に検討している。寅彦の透徹した洞察力と思考力の賜物と言える一篇。巻末解説に以下のような記述がある。…ここに集めた文章は、間違いなく将来にも繰り返される自然災害への私たちの心構えをやしなううえで、読み直されてしかるべきである。昨年の東日本大震災からの復興、来るべき首都直下地震、東海・東南海・南海の3連動地震への備えのみならず、毎年日本を襲う台風などの災害対策を考える上での重要な基盤を与えると言っても過言ではないだろう。本書の内容は、全く古びたところはないどころか、非常に現代的かつ普遍的であると思う。ちなみに冒頭に挙げた「天災は忘れた頃にやって来る」は、寅彦の愛弟子、中谷宇吉郎のよれば、話の間にしばしば出たものだが、寅彦の書いた文章の中にはないとのことである。地震雑感/津波と人間
2012.04.14
![]()
2、3週に1回は行くお店にて。昨日は牛タン煮込みのせオムハヤシを食べた。トッピングの野菜は、ヤングコーン、ブロッコリーとカブ。牛タンを煮込んだスープは、デミグラスソースとも違ってコクがあり、卵との相性も抜群!お店はJR神田駅東口すぐのところにある「美味卵家(うまたまや)」。カウンター7席しかない狭いお店ですが、味は一級品!
2012.04.13
―昨日は葉桜忌ということで、「葉桜の日」(鷺沢萠、新潮文庫)を再読した。―で、昨日はその後、1つ前に書いた通り、本屋で本を仕入れてきた。―ただし、その間に読む本がない、という事態が発生してしまった。―そういうときはやはり鷺沢萠の爆笑エッセイに走るのが一番!というわけで・・・。「そんなつもりじゃなかったんです THEY THEIR THEM」(鷺沢萠、角川文庫)を再読。これは全く肩ひじはっていない、爆笑モノのエッセイ集。例えばこんな感じ。「カナちゃん、そんなこと言わなくたって、あたしたちにだっていつか白馬に乗った王子さまが来るよ」「えー、でも、王子さまが来ても、パカパカパカってあたしの前は通り過ぎそうな気がするのよね、なんだか」(「パパは王子さま」より)あとは、あとがきにこんな文がある。電車の中なんかで読んで、ブフフッと吹き出していただけたりしたら、もう最高でございます。それにしてもこのヒトの廻りには、こんなバカなひとたちやバカなできごとが尽きないんでしょうか? それが本書を読んでの唯一の疑問だ。
2012.04.11
昨日、渋谷でKと飲む約束をしていた。早く着いたのと欲しい本があったので(欲しい本はいつだって10冊以上はあるのだが…)どこか本屋に行こうと思っていた。そういえば、東急本店の向かい辺りにブックファーストがあったなぁ、と思って廻りをみると、その手のお店は見当たらない。ひょっとして思い違いかなと思って、その辺りを一通りうろうろぐるぐる歩いてみたが、やっぱり見つからない。で、東急本店前に戻ったところでふと気付いた。昔ココにあったブックファーストは、今はH&Mになっていたのである。本を買う気満々だった私は、そこで「えーっ」となってしまった。が、東急本店の方を向くと、「7階 丸善&ジュンク堂書店」の文字が。あ~これがまさに渡りに船。そういうワケで、東急本店の7階の書店に辿り着き、本を漁ることが出来た。目的の文庫本をいきなり買うだけでは勿体ないので、情報処理やプログラミング、地震・津波などの専門本を、先に見て回った。こういうとき決まって見るのがFortranの本である。今回数冊見たのも、FORTRAN77に毛が生えた程度のものから、ちゃんとした90/95の本まで玉石混淆だった。ちなみに私がオススメしたい本はこちら。あと、地震関係では長周期地震動に関する本で、1冊目に見留まったのがあった。これはAmazonでチェックしておいて、時間とお金のあるときに買おうと思った。そしてようやく買うつもりでいた文庫のコーナーへ。この時点で買いたい本は5、6冊あったので、それを全てちょっとずつ見てから、今回は以下の2冊を購入。・「ホーンズ 角(つの)」(ジョー・ヒル、小学館文庫)・「地震雑感/津浪と人間―寺田寅彦随筆選集― 」(寺田寅彦、中公文庫)ちなみに見ただけで買わなかったのは・・・。円城塔の小説2冊、ハヤカワ文庫NFから出ている「数理を愉しむシリーズ」の1冊。そして今、渋谷のブックファーストはどこに行ってしまったのか調べてみたら、何と文化村通りのほうに行っていたんである。私は旧い地図本で調べていたので、今どうなってたか知らなかったのだ。ちゃんとネットで調べておけばよかったのだが…こういう時、スマホは便利なんだろうなぁと思うが、実は私のケータイにもその手の機能はあるのだ。でもほとんど使ってないし、渋谷なんかのデカイ街で店がコロコロ変わることはないだろう、という甘い推測で行動してしまったのが運のつきだったわけだ。しかしまぁ、こういう迷いがあったおかげで、Kとの待ち合わせの時間にはちょうどまにあったのだが、これを「怪我の功名」といっていいのだろうか・・・。
2012.04.11
―今日は、葉桜忌。―私の好きな作家、鷺沢萠さんの命日。―だから…。―白ワインのグラスに氷を浮かべるもよし。―麻雀を思う存分打つもよし(私はルールさえ知らないが…)。―韓国語の勉強に精を出すもよし。私が作家・鷺沢萠を知ったのは高校時代。新聞の新刊案内で「スタイリッシュ・キッズ」(河出文庫)という作品の名前を目にした時。その作品が面白くて、続けざまに読んだのが(私の記憶が正しければ…)、「少年たちの終わらない夜」(河出文庫)、「駆ける少年」(文春文庫)、「帰れぬ人びと」(文春文庫)、「町へ出よ、キスをしよう」(新潮文庫)辺りの作品群だ。さて、葉桜の季節にはまだ早いこの時期が何故「葉桜忌」なのかというと、「葉桜の日」(新潮文庫)という作品に因んでファンがそういう名前をつけらからなのだ、というのが私の知る限りである。そんなワケで、今年の「葉桜忌」に、「葉桜の日」を読み返してみた。高校時代に1回読んで以来のことだ。表題作の「葉桜の日」と「果実の舟を川に流して」の2作が収められている本。まずは「葉桜の日」について…。主人公は自分の出生について知らず、養母に育てられてきた19歳の少年ジョージ。ふとしたことから、自分の出生の秘密や、何故「ジョージ」と呼ばれているかを知ってしまう。それはジョージがずっと知りたかったことであるのだが、知ってしまったからこそ余計に自分が何者がということに悩んでしまう、という話。この小説で扱われているテーマからして、その後の多くの鷺沢作品の礎となったといえるのではないかと思う。それから、この作品から幾つかフレーズを引用させて頂こう。―人の生きていく方法や道はさまざまで、どれが最高ということはない。ただ、自分のめいっぱいに真実(ほんとう)で生きていればいい。―真実(ほんとう)で生きてなきゃ、どうすんのよ……。「僕は、ホントは誰なんだろうね?」生きていれば大丈夫だと思った。生きているだけ、で凄いことだと思った。―うまくいくことなんて、なかなかないね、おじい……。「果実の舟を川に流して」は、横浜中華街のバー「パパイヤボート」を舞台に、そこで働く若者・健次を主人公とした話。このバーの女主人(?)や常連客たちがどういう人間関係にあるのかということが徐々に明らかになっていき、最後には意外な事実が判る。こちらは一節だけ引用を。どちらがほんとうの自分なのかはいつでも判然としなくて、そう考えれば実は「ほんとうの自分」なんてどこにもいないんじゃないかとも思える。こちらは、「帰れぬ人びと」に収められた4篇の中篇と同様に「町がもうひとりの主人公になっている」ということを感じさせる作品だと思う。あと私が感じたのは…「パパイヤボート」の優梨花さんに会ってみたい、ということだ(笑)。
2012.04.11
![]()
いきなり桜の写真ではない。東京メトロの車両基地(中野富士見町駅~方南町駅間)のそばで撮った丸ノ内線。ここは道路から見下ろす形で車両基地があるのだが、そのほとんどがコンクリート塀で囲まれていて、西端と東端にわずかに空いているところがあるだけ。その西端の、斜交格子状のフェンスにめいっぱいケータイを近づけて撮影したのが下の写真。次に、なんとしても地下鉄と桜を一緒に撮ろうと思い、東端へ。こちらは縦のポールが並ぶ鉄格子の間にケータイを差し入れて撮影。電車の向こうに臨む桜。
2012.04.11
「ドリームキャッチャー(1)~(4)」(スティーヴン・キング、新潮文庫)を再読。UFOや地球外生命体についてのニュース―そこにはあのカール・セーガンによるものも含まれる―から始まる物語。主人公は幼馴染みの4人。成人した後も、毎年晩秋になると一緒に狩りをする。そんな中、山で迷って彼らの山小屋にたどりついた一人の男がいた。また、雪道でうずくまっていた女がひとり。彼ら2人の体には、「異界の生命体」が宿っており、なんとその体を喰い破って外に出てきてしまう。そして墜落したUFOとおぼしきものや、その乗組員と思われる「宇宙人」、そして謎の「黴状の生物」の存在が明らかになる。それを受けて、軍はその一帯を封鎖しようとする。果たして、「異界の生命体」、「宇宙人」そして「黴状生物」との関係とは? その目的とは? そして幼馴染み4人組の運命や如何に・・・というSF的なストーリー。ストーリーテラーとしてのキングの手腕が如何なく発揮されている作品。4冊組みながら息をもつかせぬ展開で読者をその世界に引き込み、一気に読めてしまう。そして最後の大団円は・・・?この作品にもキングの他の作品世界がそこかしこに顔を出している。ミクマク族、19という数字、いわずとしれたデリーの給水塔跡(ピエロのペニーワイズは生きている)、ジェルサレムズロット、ショーシャンク刑務所など・・・。そして最後に書いておくべきは、やはりこの言葉だろう。SSDD:same shit different day
2012.04.10
![]()
近所を歩きながら、再び桜の写真を何枚か撮ってみた。まずは、ウチのすぐ近くの公園にて。続いて、方南通り沿いにて。気付けば東京メトロ丸の内線の方南町駅まで歩いていた。帰り道、方南通りからちょっと脇にそれたところ。帰ってきてウチのそば。1枚目とは違う公園にて。
2012.04.10
![]()
昨日はKと、私の母校である東工大・大岡山キャンパスで花見をした。何枚か写真を撮ったのでアップ。まずは並木道の入口あたりから。並木の中で2枚。最後に、桜越しに臨む本館。私がこのキャンパスに通っていたのは…もうかれこれ16年前頃か。キャンパス自体も、その周りも当時とはだいぶ変わっていたが、やっぱりどこか懐かしい感じがする花見だった。
2012.04.08
「凍りのくじら」(辻村深月、講談社文庫)を読む。有名なカメラマン芦沢光の娘、理帆子は父のあとを追うようにカメラマンになる。彼女の回想で描かれている作品。高校時代の理帆子は、友人や親などの周りの人を馬鹿にしてしかアイデンティティを見出せない。そんな理帆子は父の影響で藤子・F・不二雄の作品に傾倒している。実際、本書の各章には「ドラえもん」の秘密道具の名前が冠されているし、作中にもいろいろ登場する。辻村作品は基本ミステリなので、ついいつも結末を急いで読んでしまうのだが、本作はなかなかミステリ的な要素が出てこないので、けっこう時間をかけてじっくり読めた。ここでネタバレをご容赦頂きたい。理帆子の父、芦沢光の撮った写真に入っていた署名は何故か「A.Ashizawa」。私はずっと「光」を「ひかる」と読んでいたので、イニシャルの「A」って何? となってしまった。結局これが「ミステリ」の要素なんだろうと、何となく気付いてしまった。他の辻村作品との繋がりも見られる。「ぼくのメジャースプーン」のふみちゃんが本作にもちょっと顔を出している。こういうところを楽しめるのは読者としては嬉しい。(キング作品にはこの手のことがよく行われるのだが・・・やはり辻村はキングの影響を受けているのか?)あと、どうでもいいところでは、カオス理論の「バタフライ効果」の話がちょろっと出てきた当たりも私のツボだった。最後にダメ出しを幾つか・・・。P.317で「フレンドシップ」を「Friend ship」と分けて綴っているが、これは一単語で「Friendship」が正しいはず。P.483の「海水を干上がらせると浮かぶ潮」は、明らかに「塩」の誤り。これは変換ミスかわざとなのか判らないが・・・編集者がちゃんと目を通してない気がする。あと数か所に見られたのが、心療内科の患者や精神安定剤・睡眠薬服用者に対する蔑視ともとれる記述。たとえ作中で「悪者キャラ」を描くためとはいえ、これには猛烈な反感を覚えた。私が小説にダメ出しをする理由は、基本的にはそれがいい作品だから、よりアラが目立つということで、本作もそれは同じ。しかし、上の3つを見るに、「コイツ、ホントに千葉大の教育出てんのか?」とか「所詮私より年下だからな」とか思ってしまう。その点は少なくとも残念。悪くいえば「馬鹿」。
2012.04.04
![]()
ちょっと遅くなりましたが、私の声萌え声優、丹下桜さんのニューミニアルバム「liberty」の感想などを一問一答形式で…。歌:いいです。曲:いいです。声:相変わらずいいです。可愛いです。可愛すぎです。お気に入りを1曲あげると?:「wish comes true」そのほか:「そのほか」と書いてしまったが、「last but not least」なコトがひとつ。それは、桜さんの服がロングスカートであるコト。2種類あるけど、ブックレットの中央の歌詞が書いてないページに載ってるほうが特にいいです。ロングスカート萌えな私にとっては、こんなところも嬉しいです。liberty/丹下桜
2012.04.03
全19件 (19件中 1-19件目)
1