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語り手 は 新井田千一 という男性のようですが、この小説の 語り手 というか、 書き手 は彼ではありません。ここから、次々と 語り手 が変わるのですね。それが、この小説の 型 なのですが、それに気づくには、ここから180ページほど読みすすむ必要があります。作品は、それぞれの人物の 「語り」 を紹介し続けますが、 「語り」 を聞いて、それを書き留める人、あるいは録音して文章化する人がいないまま、 「小説」 はうまれませんね。新井田千一です。私の実家は池袋駅から西武池袋線で下って行って埼玉に入ったあたりで、幼少期から二十歳までそこで過ごした。池袋から西武線で下って、という言い方は、実家からも西武線の沿線からも離れて久しい今現在になってからの言い方で、かつては西武池袋線を上って池袋に出る感覚だった。高校が家から近くて自転車通学だった私は、都内の大学に通うようになってはじめて毎日電車に乗るようになった。それまで近所で済んでいた行動範囲が、一気に大きく広がったような気がしたものだった。(P3)
この小説の何とも言えない面白さを感じました。 で、最近読んだ 田村文 という方の 「いつかあなたに出会ってほしい本」 (河出書房新社) の中でこの作品についてのこんな案内を見つけました。
独特な語りが魅力誰かが何かを思い出しながら語っている。話の流れは行きつ戻りつするし、脱線やごまかしもあるだろう。そんないいかげんさが、語りの本質なのかもしれない。滝口悠生(1982年~)の「高架線」は、語りによる小説である。東京の西武池袋線・東長崎駅近くのおんぼろアパート「かたばみ荘」を舞台に、その住人と関わりのあった男女7人がリレーしていく。2001年に始まり、11年の東日本大震災を挟んで16年間の物語だ。語り方が独特だ。「新井田千一です」などと名乗って登場し、話の途中でも繰り返し名乗る。「私は話をするのがたぶん下手で、人によく回りくどいとか冗長だとか言われる」と自分の語りに言及することもある。かたばみ荘には4室あり、家賃は月3万と格安だ。住人は部屋を出るとき、次の入居者を連れてきて大家に紹介する。だから同じ部屋の住人たちはゆるやかにつながっている。前半の核は2号室の住人だった片川三郎の失踪をめぐる謎だ。三郎の前に2号室にいた新井田千一、三郎の幼なじみの七見歩やその妻の視点から三郎の不器用な生き方が映し出される。三郎だけではない。語り手たちはみな不器用ゆえの不満や怒りを抱えていて、それが語りににじむ。後半、大きな地震に脅え、日常を揺さぶられる。最後の方にはなぜか映画「蒲田行進曲」のあらすじを延々と説明する人物が登場する。読み手もついつい引き込まれる。 本書の最大の魅力は語りそのものであり、話の中に出てくる風景や音といった細部の描写だ。高架線の下に広がる町に、平凡だが愛すべき者たちの営みがある。彼らの冗長なおしゃべりの中のこだわりや屈託にゆったりと耳を傾けたい。(P260)
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