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2013.02.16
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カテゴリ: 読書案内
【瀬戸内晴美(寂聴)/美は乱調にあり】
20130216

◆「どうせあたしは畳の上でまともな死に方なんてしやしない」と言い放つ女

物書きにとって説得力ほどその作品を左右するものはないだろう。
どれだけ美辞麗句を連ねたところで、説得力がなければそれは単なる絵空事になってしまう。
その点、瀬戸内寂聴は凄い。周囲を圧巻させるほどの説得力と行動力で書き上げる作家だからだ。
ご本人がそうであったように、リベラルな女性たちを、生き生きと瑞々しく描く天賦の才と言ったら、右に出る者などいやしない。瀬戸内晴美時代の作品、特に伝記的小説には、思わず引き込まれずにはいられないほどの魔力を感じてしまった。

『美は乱調にあり』は、1923年9月、甘粕憲兵大尉らによって虐殺された、大杉栄の妻・伊藤野枝の半生を綴ったものである。
伊藤野枝というのはあまり聞き慣れない名前だが、平塚らいてうなら一度は耳にしたことがあるだろう。そう、女性運動の旗揚げとなった“青鞜”の代表である。その平塚らいてうから代表の座を譲られ、廃刊になるまで携わったのが伊藤野枝である。
この伊藤野枝というのがまた筋金入りで、主義主張に生きることを決意してから、「どうせあたしは畳の上でまともな死に方なんてしやしない」と、こう然と言い放ったというではないか!
この徹底的な激しい生き方の前に、後世の女性は皆、衝撃を受けるのだ。
お上を敵に回し、屈辱的な迫害を受けて来たリベラルな女性たちの、並々ならぬ闘争意識には目を見張るものがある。


九州生まれの九州育ちの伊藤野枝は、とにかく上昇志向が強いので、親に頼んで無理に上野の女学校に行かせてもらうようにした。
そこで知り合ったのが、若きインテリ教師・辻潤である。英語を教える辻から、様々な海外文学や思想的なものを吸収し、野枝は瞬く間に辻に傾いてゆく。
野枝は田舎者なので、決して垢抜けてはいないが、野生的で率直な感性の持ち味が、いつしか辻を虜にしてゆく。こうして野枝はずるずると辻の家に居座るようになり、二人の間に子どもも二人授かる。
ところがその後、アナキストの大杉栄と恋仲になってしまい、野枝の心は辻から大杉に移ってしまう。
野枝をここまでに仕立てた辻の知識と教養は、吸い取られるだけ吸い取られてお役ご免となった。
だが大杉には本妻の堀保子がおり、他にも津田塾出身の才女・神近市子という存在がいた。野枝の行く手は前途多難であったのだ。

物語は終始、野枝のありあまるバイタリティに驚かされる。それは、田舎娘の底知れぬしたたかさ、野生味だ。
葉山の日蔭茶屋のくだりは、完全に神近市子の惨敗となったことを物語る。育ちが良く大らかで、金銭的な援助をし続けて来た良家の子女が、野枝の貪欲なほどの大杉への情愛の前に負けたのだ。と同時に、大杉の持論である自由恋愛主義なる思想が、音を立てて崩れたことも意味した。
こうして野枝は、大杉の愛を独占することにはなったが、その反面、かなりの同志を敵に回すことにもなった。
伊藤野枝は28歳という若さで凄惨な死を迎えるまで、7人もの子どもを産んでいる。太く短い生涯には違いないが、彼女のDNAは確実に後世に引き継がれているのだ。

余談だが、無政府主義社会主義運動の先導者であった大杉栄との間に生まれた子どもらは、決して平穏な人生を送ったわけではない。

アナキスト大杉の子というだけで、受け入れ先のなかった中、キリスト教系の女学校であった静岡英和女学院だけは、幸子の入学を許可したのだ。
罪なき遺児に、救いの手を差しのべた英和女学院に、敬意を表したい。

『美は乱調にあり』は、伊藤野枝を崇めるものでも貶めるものでもない。リベラルに生きた女性の、壮絶な半生を振り返るものだ。
現代を生きる女性には、必読の書と成り得るものかもしれない。

『美は乱調にあり』瀬戸内晴美(寂聴)・著

20130124aisatsu




~読書案内~   その他

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最終更新日  2013.02.17 06:27:03
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