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2013.02.20
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カテゴリ: 読書案内
【渡辺淳一/君も雛罌粟われも雛罌粟】
20130220

◆夫に恋い焦がれてパリまで向かう

本物の作家ともなれば、一個人のこだわりを押し通して純文学小説ばかりを書き連ねる、なんてことはしないのだ。
大衆の求めるものを逸早く察知し、迎合する。それこそが本物の作家なのだから。むしろそういう時代の流れとか一般読者の傾向を計り知ることが出来なければ、売れっ子にはなれない。
その点、渡辺淳一は本物の作家だ。この人は大衆を知り尽くしている天才と言っても過言ではない。
渡辺淳一は医師免許を持っていることもあり、医学的なものをテーマにした小説や、『君も雛罌粟われも雛罌粟』のような評伝もあり、さらには代表作である『失楽園』のような不倫小説なども手掛けるエンターティナーである。
最近では『鈍感力』などのエッセイでも人気を博し、浮き沈みの激しい業界においては、珍しく盤石なスタンスを誇る作家なのだ。

さて、『君も雛罌粟われも雛罌粟』について。
これは表題作の通り、与謝野鉄幹と晶子の生涯を綴った評伝である。
鳳晶子(のちの与謝野晶子)は、歌誌「明星」に投稿した歌が鉄幹の目に留まり、さらには「明星」に掲載され、歌会などに出席するようになる。
同じく才能のある山川登美子も同席し、晶子ともども切磋琢磨する。

だが「明星」に掲載される激しい恋の歌を詠んで、尋常ではいられないのが鉄幹の妻・滝野である。
「明星」を発刊することが出来るのも、全て滝野の実家からの援助あってのこと。
妻同然に暮らしていても、入籍をしない鉄幹に業を煮やし、いよいよ滝野は自分が都合の良いように利用されているに過ぎないことを悟る。
結果、鉄幹と滝野は別れ、したがって後ろ盾のなくなった鉄幹は一文無しとなり、頼るのは晶子と登美子のみ。
だがその登美子も、親の決めた縁談が着々と進んでおり、結婚を余儀なくされたのだ。

こうして鉄幹は、なるべくして晶子のものとなった。

これは私なりの解釈だが、鉄幹はあくまでプロデューサーとしての域を出なかったということだ。晶子という天才歌人を見出した点は優れているし、歌という芸術に晶子の天賦の才を引き出した演出は、素晴らしいと思う。
だが晩年は晶子なしではろくに生活も出来ないほどの落ちぶれようだった。仕事もなく、だらだらと終日家で過ごす鉄幹を横目に、晶子は11人もの子どもらの面倒をみながら、生活のために歌を詠み続けた。
古典、小説、評論、そして童話など、膨大な仕事量で与謝野家を支えたのだ。
この一連の夫妻の半生を振り返る時、もちろんキレイゴトでは済まされないドロドロとした愛憎劇さえまつわりつく。鉄幹の癖としか言いようのない女性問題は絶え間なく、どん底の生活苦も味わった。そんな中でさえ泥に咲く花を見たような気がするから不思議だ。
明治の天才歌人としての与謝野晶子の「みだれ髪」をひもとく時、まずはこの『君も雛罌粟われも雛罌粟』の評伝を読むことで、エネルギッシュで前向きな女性のあり方を捉えておくべきだろう。



※雛罌粟(ひなげし)は、フランス語で「コクリコ」という。

『君も雛罌粟われも雛罌粟』渡辺淳一・著

20130124aisatsu


☆次回(読書案内No.45)は有川浩の『阪急電車』を予定しています。

~読書案内~   その他

取り替え子/大江健三郎 伊丹十三の自死の真相を突き止めよ
■No. 2 複雑な彼/三島由紀夫 正統派、青春恋愛小説!
■No. 3 雁の寺/水上勉 犯人の出自が殺人の動機?!
■No. 4 完璧な病室/小川洋子 本物の孤独は精神世界へ到達する
■No. 5 青春の蹉跌/石川達三 他人は皆敵だ、人生の勝利者になるのだ
■No. 6 しろばんば/井上靖 一途な愛情が文豪を育てる
■No. 7 白河夜船/吉本ばなな 孤独な闇が人々を癒す
■No. 8 ミステリーの系譜/松本清張 人は気付かぬうちに誰かを傷つけている
■No. 9 女生徒/太宰治 新感覚でヴィヴィッドな小説
■No.10 或る女/有島武郎 国木田独歩の最初の妻がモデル
■No.11 東京奇譚集/村上春樹 どんな形であれ、あなたにもきっと不思議な体験があるはず
■No.12 お目出たき人/武者小路実篤 片思いが片思いでない人
■No.13 レディ・ジョーカー/高村薫 この社会に、本当の平等は存在するのか?
■No.14 山の音/川端康成 戦後日本の中流家庭を描く
■No.15 佐藤春夫/この三つのもの 細君譲渡事件の真相が語られる
■No.16 角田光代/幸福な遊戯 男二人と女一人の奇妙な同居生活を描く
■No.17 室生犀星/杏っ子 愛娘に対する限りない情愛
■No.18 織田作之助/夫婦善哉 大阪を舞台にした男と女の人情話
■No.19 谷崎潤一郎/痴人の愛 この人物の右に出る者なし。日本の誇る最高の文士。
■No.20 車谷長吉/赤目四十八瀧心中未遂 生への執着は、性への執着でもあるのか
■No.21 松尾スズキ/クワイエットルームにようこそ 平成に新しい文学が登場
■No.22 川上弘美/神様 現代における女性版カフカ?!
■No.23 丸谷才一/鈍感な青年 男女の営みは滑稽なもの
■No.24 宮本輝/流転の海 第一部 戦後の混乱期を生きる日本人の底力を見よ!
■No.25 岩井志麻子/ぼっけぇ、きょうてぇ 女郎が寝物語に話す、身の上話
■No.26 柳美里/水辺のゆりかご 包み隠さず書くのは勇気なのか、それとも・・・?
■No.27 宮尾登美子/櫂 妻は黙って亭主に傅くのみ。殴られても蹴られても耐えるべし
■No.28 向田邦子/阿修羅のごとく いくつもの顔を持ち合わせているのが女なのだ
■No.29 樋口一葉/にごりえ 明治の娼妓のコイバナ、そして人情沙汰
■No.30 南木佳士/阿弥陀堂だより 信州の自然美に触れて生き返る
■No.31 東川篤哉/謎解きはディナーのあとで エンターテインメント性重視、ポップでライトなミステリー小説
■No.32 辻仁成/ピアニシモ 25歳ぐらいまでに読んでおきたい青春小説
■No.33 田口ランディ/コンセント 引きこもりをテーマにした社会派小説をねらうも、結果オカルト小説
■No.34 沢木耕太郎/無名 最愛の父を看取るまでを淡々と語る
■No.35 浅田次郎/月のしずく エンターテインメント性バツグン! ドラマチックなラブ・ストーリー
■No.36 有吉佐和子/香華 花柳界に生きた母娘の愛憎劇
■No.37 田山花袋/蒲団 男の嫉妬、男の哀しさを赤裸々に描く
■No.38 連城三紀彦/恋文 嘆きとせつなさは、恋愛小説の醍醐味
■No.39 重松清/エイジ もしもクラスメイトが通り魔だったら・・・?
■No.40 大崎善生/パイロットフィッシュ おしゃれで、どこか老成した主人公「僕」の語り口調
■No.41 小川糸/食堂かたつむり 癒しを求めて何となく手に取る小説
■No.42 中島敦/山月記 声に出して読みたい小説
■No.43 瀬戸内晴美(寂聴)/美は乱調にあり まともな死に方しないと言い放つ女





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最終更新日  2013.02.20 06:24:00
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