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『竹子とタイ男の物語』「おはようございます。植木屋ですけど、竹の剪定に参りました」「はーい」「ちょっとちょっと植木屋さんが来たわよ」「なんだよ、朝早くからうるさいなぁ」「ひょっとしたらあんたと私は今日限りでさよならかもね。私は伐られて、あなたはタイヤ業者に引き取られる」「とんでもないこと言うなよ、ここのオバさん絶対に竹子を切らないと去年言っていたじゃないか」「あんたの言うとおりならいいけどね。でもさ、もうタイ男の真ん中に芽を出して何年になるのかなあ」「ここの息子が玄関脇に俺を置きっぱなしにしてからもう5年くらい経つのじゃないのかな」ということを竹子とタイ男が話していると、 「植木屋さん、今年もタイヤを貫いている竹は伐らないで下さいよ」「はい、わかりました」「このタイヤを置いた東京で働いている息子が5年ぶりに帰ってくるというから、そのときに竹は伐らないでタイヤを上に持ち上げさせてタイヤを取らせるから」「へぇー、上に上げてね、そりゃ大変だ」 「タイ男聞いたかい、今年も私は伐られない、そしてずっと伐られることがないんだ。ワーイバンザイ」「そんなに喜ぶなよ、ここの息子が帰ってきたら俺はタイヤ業者に出されるんだぞ、そのときは竹子とバイバイサヨナラってことだ。大体、竹子は俺がここに置かれたあとに生まれたんだから妹ってこと、もう少し兄貴と思って言葉遣いを気をつけたらどう」竹子はタイ男の言葉に黙り込んでしまいました。 「やぁ、竹子きれいになったなぁ」「ええ、1年に一度だけどサッパリしたという感じがするわ」それから数日後のある日、通りすがりの母娘は「お母さん見て見て、タイヤの真ん中を竹が貫いているわ」「そうね、珍しいわね」「でも、タイヤ可愛そうな気がする。何でかと言うとどこへも行かれないじゃない」「そうね、でもそれはわからないかもよ。そのことはタイヤに訊いてみないと、竹とこうして居られることが嬉しいかも知れないし」そのあとの50歳代くらいの夫婦は「おい、見ろよタイヤ貫通竹というか、珍しい光景だな」「そうね」「タイヤが夫で竹が奥さんと考えてみるのも面白いな」「それはどういうこと、なぜ面白いの」「それは愛する夫を妻が絶対に離さないぞと言ってるようにも取れるから」「よく、言うわ。まるで我が家とは反対ですね」「アハハハ」「アハハハ」二人は竹子とタイ男に背中を向け笑いながら去って行きました。そのあと、竹子とタイ男に向かって「あなた達はいいわね皆から注目されて」と、言ったのは竹子の姉でした。いつも利用しているバス停の前のお宅にある玄関先の光景です。
2009.10.08
君にこんな色をしたときがあったなんて 知らなかった 今度、君を食べるとき このときの色も思い出しながら 食べることにしよう。私にもこのような色の心をもった時代があった。今、心の隅々を探してもこの色はどこにも無い。一体、どこへ消えたのだろう。
2009.03.28
「おいらはこって牛」 登り坂はきつい。なぜ、坂をなぜ登るって。それは伐採された大きな杉の丸太をトラックが積みに来れる道路まで運び出すためなんだ。 足元の悪い山道で長くて重い大きな杉の丸太を引っ張るのはたいへんなんだ。人間はおいらが黙って仕事をしていると思っているだろうが不満はたくさんある。 一生懸命に引っ張ろうとしているのにもっともっと引けとダシゴロどん(注)はおいらの尻を竹で引っぱたく。おいらも体調が悪いときがある、それをダシゴロどんはわかってくれようともしない。 でも、仕事をしたら干草を食べさせてもらえる、そして人間の暮らしに少しでも役立っていると思っているから必死に杉の丸太を大きな道まで引っ張っているんだ。今日は何本の杉を引いただろう。もう、くたくただ。 この頃、心配なことが一つある。それは索道というので杉の丸太を麓の道まで一気に出そうという計画があることをダシゴロどん同士が話していたからだ。 そうなったら、おいらはどうなる、仕事が無くなってしまう。今まで一杯こき使われてポイされるのかな。 おいらのことを人間は「こって牛」と言うけれど誰が「こって牛」って付けたんだ。もっとかっこいい呼び方で呼んでもらいたいものだ。でも、こって牛と言われるのも、あと暫くだろう。索道というものが活躍し始めればおいらの出番はなくなるから。(注)ダシゴロどんとは牛を使って伐採された樹木(杉や檜など)を運び出す人のこと。(私が小学校の高学年の頃(昭和30年代の後半)まで、私の生まれ故郷では伐採された樹木を牛に引かせて山から運びだしていました。その頃を思い出して書いたものです)
2009.03.01
今から40年以上も前のその昔、私が小学校の門を出ると一匹の昆虫がいました。その昆虫と一緒に砂利道を家路に着いたときの想いをベースにして書いたたものです。こんなものは童話とはいえないかも知れませんが・・・・・・ 「三つの面倒」 啓太はいつもの授業が終わり一人で小学校の正門を出ました。すると突然「おい、そこの君、啓太君だったかな、今、帰るところかい」と声をかけられました。啓太は辺りを見回しましたが誰も居ません。おかしいな、声はするけど誰一人として姿が見えないのです。 しばらくすると、今度は「ここだよ、ここだよ」と地面の方から声がします。地面をよく見ると小さな昆虫が一匹いました。なんとそれは、ハンミョウだったのです。 啓太はずいぶん前に、偶然、啓太が歩く前をどこかに案内するかのように一緒に行動をする不思議な昆虫と出会いました。啓太にとっては、その昆虫の行動がとてもおもしろかったので、図鑑で調べたことがあったのでした。別名、「道教えの虫」とも言うハンミョウでした。 啓太は「なんだ、ハンミョウか、だけど君は人間の言葉を話せるんだね」「ああ、君とは特別さ、啓太君と話したくて」と、ハンミョウが言いました。さらに、ハンミョウは「啓太君、今日は君を特別に案内したいところがあるのだけどいいかな」と、尋ねてきました。啓太は「今日は塾に行く日ではないからいいよ」と、ハンミョウに応えました。 ハンミョウ・・・・・2006年8月 実家の庭先にて撮影 ハンミョウは啓太だけに対する特別な動きではない、いつものとおりの歩く人の数メートル先を地面に止まってはまた数メートル先に飛び、また地面に止まるという動きを繰り返し、啓太をどこかに連れて行こうとしています。 啓太は、それにしてもハンミョウの動きっておもしろいな、今度いつか、なぜ人の前を決まった動きでどこかに連れていくようなことをするのか尋ねてみようと思ったのでした。 啓太は数メートル前を行くハンミョウに「僕の名前を啓太ってなぜ知っているの」と尋ねて見ました。すると「ああ、それは君の学校での行動をいつも観察しているからなんだ。そこで、君の名前を知ったのさ、もちろん啓太君の授業態度もよく知っているよ。君の授業参観はしょっちゅうしているからね」と返ってきました。 ハンミョウの動きが突然止まりました。「ここだよ」とハンミョウが言った場所は広い道路に面し高さが十メートルくらいの土手でした。そしてその土手は小さな竹の笹で一面が覆われていました。「さぁ、ここから」と、ハンミョウは突然、竹の笹の向こうに消えてしまいました。 啓太も竹の笹の中に入っていきました。竹の笹の中にはトンネルがありました。トンネルは子供が立って歩けるほどの高さで長さは啓太の足で二十歩くらいありました。そのトンネルの先には広い部屋がありました。そしてテーブルと椅子があり、テーブルの上には、なぜかモヤシがカゴにたくさん盛られて置いてありました。 ハンミョウが「啓太君、今日はこのモヤシのヒゲ根を取ってもらおう。モヤシの根の方はヒゲみたいに細くて長くなっているだろう、それを取って欲しい」。啓太は「これを全部ですか」「ああ、そうだよ」とハンミョウは当たり前のように答えたのでした。啓太は、お母さんがモヤシを料理するとき「ヒゲ根をとると美味しいよ」と言って取っていたのを思い出しました。 啓太はモヤシのヒゲ根を一つ一つとりながら、なんて面倒な細かい作業だろうと思いました。そしてウンザリしました。それは、啓太のお母さんが料理で使うモヤシの量とは比べられないほどたくさんあったからでした。 モヤシのヒゲ根を一時間くらい取ったところで「今日はもういいよ。だけど今日のこのこと、それから、この場所のことは絶対に秘密だよ。誰にもしゃべってはいけないよ」とハンミョウから口止めをされました。 翌日、小学校の正門のところにハンミョウがまた待っていました。 「啓太君、今日も僕に付き合ってくれないかな。ねえ、いいだろう」と言ってきました。「今日は塾に行く日なんだけど」と啓太が言うと「いいじゃないか、学校でしっかり勉強すれば」と、ハンミョウはしつこく誘ってきました。啓太は仕方なく「いいよ」と、軽く会釈をしてハンミョウについて行きました。 竹の笹の葉を抜けて部屋に入ると、今度はタマネギがたくさん置いてありました。ハンミョウが「今日はこのタマネギの皮を剥いてもらおう」と言いました。タマネギは百個ほどありました。タマネギの薄い皮はなかなかうまく剥けません。昨日のモヤシのヒゲ根とりもたいへんだったけど、タマネギの皮を一枚ずつ剥いていくのもとても面倒でした。それでも啓太は黙々とタマネギの皮を剥きました。一時間くらいたって「今日はここまで、もう帰っていいよ」とハンミョウから言われ、我が家への道をトボトボと帰りました。その帰り道、ハンミョウから、なぜ、モヤシのヒゲ根とりとかタマネギの皮剥きとかさせられるのだろうかと思ったのでした。 また、その翌日、正門のところでハンミョウが待っていました。「ねえ啓太君、今日が最後だからまた付き合ってくれないかな」「えっ、僕もういいよ。おとといはモヤシのヒゲ根とり、昨日はタマネギの皮剥き、なんで僕にあんな面倒なことばかりさせるの」と啓太は少し怒った口ぶりで言ったのでした。「その答えは今日、教えるから。ねっ、お願い」と言われ、啓太はまたハンミョウに付き合うことになったのでした。 竹の笹の葉の向こうのハンミョウの部屋には大きなボウルに水が張られ、その横にたくさんのゴボウがありました。ハンミョウが包丁を指差して「この包丁で今日はこのゴボウのささがきをやってもらおう。ささいだゴボウはそのボウルに入れて」と言いました。「ゴボウのささがきってどのようにするの」と尋ねるとハンミョウは「鉛筆を削る要領でいいのだけどゴボウを回転させながらするとうまくいく」と教えてくれました。啓太はナイフで鉛筆を数回削ったことがありましたが得意ではありませんでした。 ゴボウのささがきが「モヤシのヒゲ根とり」と「タマネギの皮剥き」と違うところは小刻みに手を動かさなければならず、包丁で怪我をしないように気をつけることでした。 慣れない手つきで、ゴボウのささがき始をめてどうにか一時間くらい経ち、啓太がウンザリしているところで「啓太君、今日はありがとう。そしてまた三日間も付き合ってくれてありがとう。実は啓太君の授業態度を見ていて何か集中していないというか、粘りのようなものがないというか、そのように見えたものだから、君に根気、粘り強さを持ってもらおうと思って誘ったんだ。モヤシのヒゲ根とり、タマネギの皮剥き、ゴボウのささがき、どれも面倒だったと思う。しかし、おいしい料理を食べるためには何でも下ごしらえという準備が必要なんだ。三日間でやってもらったことは面倒で退屈なものだったかも知れない、しかし、このことがひじょうに大切で重要なんだ。とても面倒で繰り返ししなければならないことでも最後まで心を込めてやり遂げる、決して放り出してはいけない。その粘り強さを啓太君にわかってもらいたかったのさ」と、ハンミョウの長い話が終わったのでした。 翌日、学校の正門を出るとハンミョウはいませんでした。帰り道、三日間、あんなに面倒なことをさせたハンミョウだけど、会えないと寂しいなと思いました。そして、大事なことを忘れていることに気づきました。それは、「なぜ人の前に来て道先を案内するような不思議な動きをするのか」という、一番、知りたかったことをハンミョウに尋ねることでした。 そのまた翌日、家に帰るとお母さんが夕食の支度をしていました。何とゴボウのささがきをしていたのです。啓太は「お母さん、僕にもやらせて」と、お母さんの横に立ちました。 「啓太はどこかでゴボウのささがきをやったことがあるのかい」と、お母さんが尋ねました。啓太は「い、いや初めてだよ」と応えました。
2008.01.12
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