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再生核研究所声明 25 (2009/07/01): 日本の対米、対中国姿勢の在りようについて世界の大国、アメリカと中国の存在は それら両国を抜きにして、世界の平和や経済問題など、語り得ないことはもはや自明の事実である。 したがって、それら両国と日本国がどのように向き会うかは 国家の重要事項である。日本国の位置づけを行う上でも重要な視点になる。そこで、日本国の在りようの視点から考察を行いたい。まずアメリカに対する評価であるが、第1に、 日本国は アメリカを主とした国々に無条件降伏を行い、しかも戦後復興を援助してくれた国として、別格の位置づけを行い、友好親善関係を深めていくのは当然である。さらにアメリカは、民主主義の大国であるばかりではなく、経済、軍事においても、文化においても世界を指導できるただ一つの超大国であると評価できる。 それゆえに、日米安保条約などの関係も それなりに理解できるものである。 しかしながら、戦後60年を超えて、外国軍が駐留を続けている状況は異常な状態と言わざるを得ない。いまだ日本には敗戦の傷を負い、独立心と自立心に欠け、対米従属の精神が抜けきらないのは はなはだ残念である。大抵の国ぐにが敗戦を経験したり、過ちを犯してきているのは当たり前なのに、日本国はたった一回の敗戦で、独立国家としての気概を失っているのは誠に残念である。 すなわち、アメリカに対しては、別格の友好親善関係を維持しながら、敬意を表しつつ 日本国は より国家としての独立性と自立性を図るように努力することとしたい。これは軍事、経済面ばかりではなく、文化や精神面においてもである。次に、対中国問題であるが、まず、中国はいわば日本の故郷に当たるという格別の認識を確認すべきである。日本人の多くは中国に行って、兄弟や親族と間違えるような人々に会い本当に兄弟国であることを知るでしょう。さらに漢字や儒教を通して、多くの文化の強い影響を受けていて、世界の文化圏から見れば 日本は中国の文化圏の1部であるとみられよう。しかるに中国を嫌ったり、警戒したり、あるいは敵視するような1部の人たちの見方は はなはだ視野の狭い、独断と偏見に満ちたものであるといわざるを得ない。日本国は いつも大国中国に対しては、特別な敬意をもって 母なる大国 として当たるべきである。アメリカと中国との友好関係を深め、世界の平和は両国を中心として、国連常任理事国などに任せ、日本は最小の専守防衛の自衛軍を備えるというのは 日本国の在りようの基本として良いのではないかと考える。日本国は 軍事や国際平和の問題を任せて、謙虚にして、内実を図り、文化や経済などで発展し、国際貢献していけば良いと考える。その時 日本国憲法の精神が 理想ではなく現実に実践できる時代を迎えることができると考える。皆さん 軍隊などはなくても 誰も侵そうなどとはしない 美しい国、日本国 を築こうではありませんか。暮らしが大事、内実が大事ではないでしょうか。世界に誇れるような 北欧諸国や、ポルトガルのような文化国を作ろうではありませんか。 この日本国の在りようは 集団防衛構想や敵地攻撃を検討したり、防衛力増強を図る立場とは激しく対立する 日本国の在りようとして 現実的に極めて重い意味を有するのです。 背景には 国、地方の1000兆円を超える借金と慢性的な財政赤字、疲弊した日本社会と少子高齢化社会、荒廃した日本の教育などに対する配慮があるのです。 以上。
2009.06.30
(関数解析、関数方程式、実関数分科会に転送して頂ければ幸いです)2009/7/1:ポルトガルにおけるポス・ドク ポストについて:関係者各位:現在 下記のように、作用素と応用の 研究計画の研究員として、アヴェイロ大学に滞在しています。 責任者のカストロ教授は、ポスト・ドクとして 日本人をとっても良いと好意的に言っています。基本的な条件: 上記研究専門ですが、積分方程式の解法関係がご希望のようですが、あまり内容に強い制限はないのではないかと思います。任期は2年以上せいぜい6年以内、博士号取得後5年以内は条件です。 大体 研究だけをしていれば良いようです。私とカストロ氏は12月12日以降、東京と京都を訪れる予定ですので、その際に面接などできればいいのではないかと思います。 着任時期はこの秋以降ですが、全てが確定しても ビザ手続きで 2か月は かかるとみて下さい。興味のある方は、齋藤かカストロさんに直接伺って下さい。関係者は どうぞ宜しくお願い致します。敬具齋藤三郎日本の自宅:376-0041桐生市川内5丁目 1648-16齋藤三郎電話: 0277-65-6755Since June, 2009, I will use the address:Saburou SaitohDepartment of MathematicsUniversity of Aveiro3810-193 AveiroPortugal E-mail: saburou.saitoh@gmail.com(host Professor)Luis Filipe Pinheiro de CastroDepartment of Mathematics,University of Aveiro,3810-193 Aveiro, Portugal http://ma.mat.ua.pt/http://www.mat.ua.pt/lcastro/E-mail: castro@ua.ptPhone and Fax: + 351 234 370683
2009.06.30
<田母神俊雄氏>「ヒロシマの平和を疑う」8月6日講演予定:まず、言論や、意見表明を抑えるようなことは 決して してはならず、 異なる意見の場合には 堂々と自分たちの意見を表明すればいいのではないでしょうか。私は おかしな考え方の人が、いまだ 日本には沢山いることを憂慮して、早速 反論の準備を始めたいと思います。愚かな軍隊を持ては、 安全どころか、国を滅ぼし、壊滅させるもとになるは、歴史的な事実ではないでしょうか。 そこで、日本軍のレベルについて 絶えず検証するのは、主権者たる国民の大事ではないでしょうか。 財政難のおり、多額の税金を 何故にかける必要があるかを慎重に検討すべきと思います。 次を参考にして下さい:再生核研究所声明 8 (2007/08/01): 日本国の防衛の在り方について 国家には多かれ少なかれ軍隊が必要であり、国の治安を維持し、国に住む民の安全を保障することは、国家の最も基本的な任務である。そのために軍事費と軍関係の経費は、この21世紀を迎えても、多くの国々で国費の大きな部分を占めている。日本の2000年近い歴史の中で、日本をまともに攻めて来たのは、所謂蒙古襲来と第2次世界大戦だけであり、あとは逆に侵略の戦争であり、その他における日本の軍の多くの役割は、国内統一と治安の維持の役割を果してきたと言えよう。現在の国際状況と国内状況は、侵略を受ける危険性と国内治安上の観点からどのように評価されるであろうか。まず、侵略を受ける危険性は殆どないと言えよう。殆どでは国の安全は保障されず、よって不安であるという意見が出て来ると考える。先ず北朝鮮がロケットを発射して日本を脅かす、中国軍の増強は危険である、韓国が日本の領土を侵す。ロシアが日本の国境を侵すなどの不安があると考える人がいるだろう。北朝鮮の問題は最も危険であると考えられよう。これらからの安全の為に、集団防衛構想を進め、いわばアメリカの傘の中で日本の安全を保障していく戦略が、実際、現在の日本政府の基本的な方針であると考えられる。安保条約もその現れと解釈できよう。 しかしながら、果たしてそうであろうか。仮にロケットを発射して日本を脅かし、或いは実際にロケットその他で日本を攻撃してきたとき、日本が何の抵抗もしなかった場合、北朝鮮は攻撃を続け、何か利益を得る事ができるであろうか。第2次世界大戦以前ならばいざ知らず、現在においてはもはやそのような事はあり得ないと考える。日本の国際社会における大きな役割と国際社会の発展は、決してそれらを許さないと考える。日本の経済活動が停滞すれば、アメリカも中国も、また、国際社会も直ちに重大な被害を直接受けるからである。もっと重要な観点がここで考えられよう。超大国アメリカは軍事大国であり、国是として自由と正義を希求し、正義のためには戦争も辞さない、いわばエネルギー溢れる国であるということである。イラク問題ではアメリカの正義は揺らいでいるが、3500名以上の犠牲者を出し、膨大な軍事費をかけて出兵しているのは、アメリカの国益がかかっているものの、大義としては、世界の正義 (大量破壊兵器の破壊と独裁主義の排除)とアメリカのエネルギ-の高まりと理解されよう。世界の平和と正義のための、アメリカの民主主義と力を重く評価したい。他に触れた危険性については、遙かに危険性の小さなことで、国境のいざこざが生じても大した問題ではないと判断される。実際、2000年来1度も侵略してきたことのない国々に対して危険であるというのは、逆から考えれば大変失礼なことではないであろうか。第二の国内治安上の問題については、日本は大変よくまとまった民主主義国家であるから、殆ど問題はないと判断される。しかしながら、この点において、日本の防衛は危うい、ということを特に触れておきたい。日本人の心を痛めている、所謂拉致問題であるが、これはいわば国内治安の脆さを露呈したもので、このような事を許した日本国の責任は重大であると考える。日本の領土、海、空を侵されては、国家としての形は整わず、防衛構想の根本的な在り方についての点検と強化が必要であると考える。これは平常兵器による国防の強化と情報戦に対する強化を意味しています。以上の考察のもとに、日本国の防衛構想と防衛戦略を提案したい。 まず第一に、日本は1度の敗戦で、独立心と自信を失ってきていて、アメリカ従属の精神から抜け出せないのは誠に残念である。歴史と外交は重いものであるから現状を一旦尊重して、今後の方向を慎重に検討していく必要がある。アメリカの民主主義と力を重く受けとめて、日米安保条約はこれを当面堅持していくとして、方向としては 1) 駐留なき安保を目指し、2) 軍事的には、アジア諸国に脅威を与えないように、縮小する方向 で努力することとしたい。アメリカの要請を受けて、安保条約の強化と軍事的な貢献を求められている状況があるが、日本は平和憲法の精神で、アメリカの軍事力も世界の軍事力も縮小していく方向で努力していくものとしたい。これはアメリカと世界の利益にも叶う道であるとしたい。さらに、 イ) 兵器開発や軍事産業、研究を、民生を豊かにし、環境を保全していく方向に転換させ、力を向けロ) 平和のために、憲法の精神のもとで積極的に努力し、軍事費の減少を世界的に働きかけていく ように努力したい。日本の軍隊は防衛に徹して、平常兵器による日本の陸、海、空を防衛し、特に情報戦に備えるための強化に努める。特に世界の状況を絶えず深く分析して、危機に有効に対処すべき戦略を練り、具体的な対応ができるようにすること。上記考察に従って、軍事費は縮少させ、質的な強化の方向を目指すものとする。 ところで、日本は世界の平和のために、軍事を含めて、さらに貢献すべきであるという見解が表明されていて、そのために憲法を変えるべきであるという見解が出てきている。これは理論的にはよく分かる見解であり、将来検討の余地があると考える。これについて、次の3点を指摘し、当分これは見合あわせ、内政の充実と経済力の強化に努めるべきであると考える。 A) 世界の正義を決める国際連合は、所謂戦勝国が中心になって作った国際機関であり、日本は正当なる処遇を受けていないので、正当なる処遇を受けるまで、国際社会に対して軍事的な貢献を果たす責任はないこと。B) 国、地方団体の借金が1000兆円を越え、年々大幅な財政赤字を抱えている現状では、国際貢献どころか、日本が国際社会に迷惑をかけないで、やっていけるような状況を作り出せるまで、全力を尽くして内実に努力すべきである。国内は既に大きな歪みを抱えている。C) 国内政治状況を見ると、憲法を改正して、良い憲法ができるどころか、悪い憲法になってしまう危険性が逆に大きく、現在憲法を変える能力が、日本国には未だ欠けていると判断される。以上http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 2009/06/30 16:35 Saitoh 6月29日22時11分配信 毎日新聞 8月6日の原爆記念日に広島市で、前航空幕僚長の田母神俊雄氏が「ヒロシマの平和を疑う」と題した講演会を予定していることがわかった。秋葉忠利市長は29日、「被爆者ら市民の心情に配慮して日程変更を検討してもらいたい」とする要請文を、田母神氏と講演会を主催する「日本会議広島」に送った。 講演会は午後6時から、原爆ドーム近くの広島市中区のメルパルク広島で開催。主催する日本会議広島のホームページでは「国を守るのになぜ軍隊が必要か、戦争を回避するために何をなすべきか」などと講演会の意義を掲載している。田母神氏はこれまでの講演やインタビューで、日本の核武装の可能性について発言している。 要請文は、講演での発言は自由だと認めたうえで、「広島における8月6日の意味は表現の自由と同様に重要」としている。また、当日は「原爆死没者の霊を慰め世界の恒久平和を祈念する掛け替えのない日」であり、「ヒロシマの平和を疑う」という演題での講演は「被爆者や遺族の悲しみをいやが上にも増す結果となりかねない」と訴えている。 毎日新聞の取材に対し、田母神氏の事務所は「主催者から依頼がない限り、日程変更はしない」と答えている。 日本会議広島事務局の井坂信義さんは「核兵器廃絶こそが私たちの願い。理想は同じでもいろいろな考え方があり、議論すらするなというのは言論封殺だ」とした。【矢追健介、樋口岳大
2009.06.30
スケープ・ゴート:私の心は傷ついているのです。派遣社員は おおく現代日本のスケープ・ゴートではないでしょうか。経済、政治の誤りを 押しつけているのではないでしょうか。犠牲者になっていると思います。2009/06/30 14:15 スケープ・ゴート 困り度: すぐに回答を! 現代におけるスケープ・ゴートの例、またはスケープ・ゴートについてあなたの意見をお聞かせください。
2009.06.30
先生:拒否権を有する国連常任理事国でもないのに、出しゃばって、国連や、世界の平和に貢献する必要はないのではないでしょうか。連合国が作ってくれた憲法を 逆手にとって、慎ましくして、内実を図るべきではないでしょうか。小さな国が 世界の問題を考えるには 荷が重すぎるのではないでしょうか。再生核研究所声明 25 (2009/07/01): 日本の対米、対中国姿勢の在りようについて(案) 世界の大国、アメリカと中国の存在は それら両国を抜きにして、世界の平和や経済問題など、語り得ないことはもはや自明の事実である。 したがって、それら両国と日本国がどのように向き会うかは 国家の重要事項である。日本国の位置づけを行う上でも重要な視点になる。そこで、日本国の在りようの視点から考察を行いたい。 まずアメリカに対する評価であるが、第1に 日本国は アメリカを主とした国々に無条件降伏を行い、しかも戦後復興を援助してくれた国として、別格の位置づけを行い、友好親善関係を深めていくのは当然である。さらにアメリカは、民主主義の大国であるばかりではなく、経済、軍事においても、文化においても世界を指導できるただ一つの超大国であると評価できる。 それゆえに、日米安保条約などの関係も それなりに理解できるものである。 しかしながら、戦後60年を超えて、外国軍が駐留を続けている状況は異常な状態と言わざるを得ない。いまだ日本には敗戦の傷を負い、独立心と自立心に欠け、対米従属の精神が抜けきらないのは はなはだ残念である。大抵の国ぐにが敗戦を経験したり、過ちを犯してきているのは当たり前なのに、日本国はたった一回の敗戦で、独立国家としての気概を失っているのは誠に残念である。 すなわち、アメリカに対しては、別格の友好親善関係を維持しながら、敬意を表しつつ 日本国は より国家としての独立性と自立性を図るように努力することとしたい。これは軍事、経済面ばかりではなく、文化や精神面においてもである。 次に、対中国問題であるが、まず、中国はいわば日本の故郷に当たるという格別の認識を確認すべきである。日本人の多くは中国に行って、兄弟や親族と間違えるような人々に会い本当に兄弟国であることを知るでしょう。さらに漢字や儒教を通して、多くの文化の強い影響を受けていて、世界の文化圏から見れば 日本は中国の文化圏の1部であるとみられよう。しかるに中国を嫌ったり、警戒したり、あるいは敵視するような1部の人たちの見方は はなはだ視野の狭い、独断と偏見に満ちたものであるといわざるを得ない。日本国は いつも大国中国に対しては、特別な敬意をもって 母なる大国 として当たるべきである。 アメリカと中国との友好関係を深め、世界の平和は両国を中心として、国連常任理事国などに任せ、日本は最小の専守防衛の自衛軍を備えるというのは 日本国の在りようの基本として良いのではないかと考える。 日本国は 軍事や国際平和の問題を任せて、謙虚にして、内実を図り、文化や経済などで発展し、国際貢献していけば良いと考える。その時 日本国憲法の精神が 理想ではなく現実に実践できる時代を迎えることができると考える。 皆さん 軍隊などはなくても 誰も侵そうなどとはしない 美しい国、日本国 を築こうではありませんか。暮らしが大事、内実が大事ではないでしょうか。世界に誇れるような 北欧諸国や、ポルトガルのような文化国を作ろうではありませんか。 この日本国の在りようは 集団防衛構想や敵地攻撃を検討したり、防衛力増強を図る立場とは激しく対立する 日本国の在りようとして 現実的に極めて重い意味を有するのです。 背景には 国、地方の1000兆円を超える借金と慢性的な財政赤字、疲弊した日本社会と少子高齢化社会、荒廃した日本の教育などに対する配慮があるのです。 以上。 2009/6/28/16:552009/6/29/9:452009/6/29/11:552009/6/29/13:502009/6/29/15:302009/6/29/18:55
2009.06.29
ポーランド人カップル、結婚した日に離婚を決意:愛が そんな気まぐれでは 困ります。 確信に至るまで、まつべきではないでしょうか。 教会で宣誓して、当日では 2人も 責任ある一個の人格 とは言えないのではないでしょうか。しかし、 ー 2人は夜になって電話を通じて和解を試みたが、口論は激化するだけで収まらず、新郎は結婚初夜をホームレス向け施設で過ごすことになったという。 ーこの部分は 流石ドイツは 素晴らしいと考えます。日本ではどうなっているでしょうか?2009/06/29 16:28 [ベルリン 25日 ロイター] ドイツで生活するポーランド人のカップルが、結婚したその日に離婚することを決心した。同国北部ハノーバーの警察が25日明らかにした。 同警察のスポークスマンは「男性は相手に2度と会いたくないと言っており、すぐに婚姻を取り消すよう求めている。相手の女性も同様だ」と述べた。 50歳の新郎と34歳の新婦は24日に民事婚を行ったが、すぐにけんかになり、新郎がキッチンナイフで新婦の髪を切ろうとしたという。 その後、新婦が警察に通報。警察によると、新郎は新婦への接近禁止命令をすぐに受け入れた。 2人は夜になって電話を通じて和解を試みたが、口論は激化するだけで収まらず、新郎は結婚初夜をホームレス向け施設で過ごすことになったという。
2009.06.29
数学とは何か(3):注1: πは 2002年11月、金田氏などによって 601時間56分かけて、1兆2千億桁以上計算されています。注2: 陰陽(いんよう)とは、古代中国の思想に端を発し、森羅万象、宇宙のありとあらゆる事物をさまざまな観点から陰(いん)と陽(よう)の二つに分類する範疇。陰と陽とは互いに対立する属性をもった二つの気であり、万物の生成消滅といった変化はこの二気によって起こるとされる。(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)注3: 2の重要性について: 基準の数は 0と1の2つであり、πは 半径1の半円周 の長さで、2倍すると 丸い円全体の周の長さになります、さらに2.13 (参考資料) 神は「2」を愛し給う二元論については古来いろいろな人達によって主張され、あるいはそれとはなしに感じるものがあると思う。 私も数学の研究や教育の場においてしみじみと感じるものがあるのでその一端を述べてみたい。まず数学から。基本的な概念である実数は普通10進法で記述されているが、本質的には2進法で記述される。しかし数としての実数はあまりにも狭く「数」としては2つの実数の組である複素数で考えなければならない(複素解析学―人類の傑作)。解析幾何学は代数と幾何の2つの概念の融合したものであり、射影幾何学は点と直線の2つが全く同等の存在であることを述べている ― それには我々は「無限遠点」を観なければならないが。またそこでは、比の比すなわち複比が重要な不変性をもっている。演算も二重に現れる。加法と減法、乗法と叙法、微分と積分、変換と逆変換、さまざまなoperatorに対する“adjoint”operator、鏡像の原理、エルゴート性、さまざまな“duality principles”等々。今世紀における幾何学の方向を与えているガウス・ボンネの美しい定理は曲面の「局所」的な性質と「大域」的な性質の2つの間の関係を述べており、曲率の最大値と最小値を2つ掛けると素晴らしい不変量になるというガウスの「偉大なる発見」に基づいている。2階の微分方程式は他のものに比べて圧倒的に重要であり、加速度は2階の微分で表わされる。ピタゴラスの定理a2+b2=c2では2乗でなければならない。私が1982年に発表した「積分変換の一般論」は、この定理の一般化になっていた。これは線形変換でL2概念が不変に保たれることを述べており ― 波動や熱伝導等の現象においてもL2概念は保存され、ピタゴラス型の定理が成り立っている!!次に最も進化(退化)した生物であり神の最も愛する(憎む)我々自身に目を向けてみよう。男と女が2つ一緒になって「人」になり、我々は脳、目、耳、鼻、腕、肺、心臓、足、指、いのち等それぞれ2つずつもっている。また遺伝子は二重螺旋構造をもっているという。二重といえば、二重のドア、鍵、堤防、道、被覆、窓、コード、回路、結合、価格、火山、唱、生活、底、否定等は格別の意義をもっているのであろう。政治・社会においても2大勢力がモデルになっているのではないかと思う。そうだとすれば、多党化現象や中立政策は好ましいものではないことになろう。さらに偉大なる発見、進化(退化)は2段階で行われていることにも注目したい。旧約聖書と新約聖書、物理学におけるニュートンとアインシュタインの発見、飛行機とロケット、積分論におけるリーマン積分(横)とルベーグ積分(縦)、超函数の理論におけるシゥヴァルツと佐藤幹夫氏の理論等。戦争も進化(退化)の1つとみれば、あのようなハードな世界大戦は 三度は起こら(せ)ないであろうと思われる。また現在進歩の著しいコンピュータはノイマン型とよばれているという。このような理由から間もなく新しい型のしかも決定的な型のコンピュータが出現するのではないかと予感している。さらに発見が二重に行われる傾向にあるから論文の発表は急いだ方がよいとヤーノス・ボヤイの父は彼に忠告したものだが、歴史は正にそうであった(非ユークリッド幾何の発見)。世界を二元論のみで観るといろいろ気づいたり発見したりすることが多いのではないかと思う。数学においてはこのような見方が研究の指導原理を与えたり、しばしば楽しい想いをさせるのである。(群馬大学広報より抜粋)―― 25年以上前。
2009.06.28
数学とは何かの続き:(2)関係を研究する学問である数学において、これらを関係づける簡単な公式が存在します。 e という数をもってくると、簡明な関係になり、その関係が オイラーの公式で e^{πi}= - 1 になるというのです。 この数 e = 2.718281829… は、無理数どころか超越数です。 明確な実体をもつ数から 逆に この関係を成り立たせる数 として e を考えたいと思います。べき の形に書かれた意味は べき の素朴な 何回も掛けることの拡張された意味と理解できます。 あるいは、べき はある一つの 働き(何かをすること; すなわち、eとπiを何かすること)として考えてもいいと思います。 すなわち、基本的な数、- 1、πそして i を 結びつける数 として、e を考えたいと思います。ちなみに この数 e は ネーピア数 または オイラーの定数 と呼ばれる数で、人類が最初に見つけた超越数です。 e は対数の底などに用いられる、最も基本的な数です。 また最も美しく、基本的な関数である 指数関数の基になります。e はπとともに大事な数で、πのようにeについてだけの本も出版されているほどです。神は数学を言語 として 世界を創造されたと述べました。最も基本的な数が超越数であるということの意味は、世界をそれだけ複雑に作られたという事を意味しないでしょうか。人間は 人間存在の原理によって あらゆるものを究めていこうとしますが、神は 人間があまりにも神に近付くのを嫌っておられるように思います。それで、神は人間に意地悪をしているのです。ここで、人間存在の原理とは どうしても人間である限り否定できない、不変的な原理を述べているもので、人間である限り、存在していること、そして、存在していることを知っていること、そして、求めているという 三身一体 の デカルトのコギトエルゴスム(我れ思う、故にわれ在り)を基礎に置いた 考え方です。人間があらゆることを知りたいという願いは 人間存在の原理である人間として生きることに他ならないと言えます。― このことを自覚したのは 学生時代哲学に興味を抱いて、京都大学の西谷啓二先生の集中講義などを受けて、それから何十年も経て、理解したことです。三角関数を知っている人には、 更に進められます。オイラーの公式 ( eix = cos x + i sin x )を一般化として紹介できます。そのとき、数と 角の大きさの単位 の関係で、神が数で 角を測っている事 に気付くでしょう。左辺のxは数で、右辺のxは角度を表していますね。 それらが矛盾なく意味を持つためには 角は、角の単位は数の単位でなければなりません。これは角の単位を60進法や10進法などと勝手に決められないことを述べています。ラジアンなどの用語は不要であることが分かります。これが 神様方式による角の単位 です。角の単位が数ですから、そして、数とは複素数ですから、複素数の三角関数が考えられます。cos i も明確な意味を持ちます。このとき、たとえば、 純虚数の角の余弦関数が 電線をぶらりとたらした時に描かれる、けんすい線 として 実際に物理的に意味のある美しい関数を表現します。 そこで、複素関数として意味のある 雄大な複素解析学の世界 が広がる事になります。そしてそれらは 数学そのものの基本的な世界を構成することになります。私はその論文で、面白いことには それらを数学における 最高の定理、結果として述べた事です:数0,1は基準を定める数ですが、基本的な数、-1、π、i、 e との 間にある 簡明な関係、オイラーの公式 e^{πi}= - 1 を 数学上の 最高の成果 として主張し、アインシュタインの公式 E = mc^2 と並ぶものと考えています。 アインシュタインの公式は すべてものはエネルギーであると述べていますから 神秘的ですが、それに匹敵できると考えています。 虚数、複素数がなければ、およそ方程式は解けず、― 簡単な方程式、2乗したら -1になる方程式すら解けない。量子力学もフ-リエ変換もラプラス変換も考えられません。振動現象も正確に説明できなくなってしまいます。数学が 如何に神秘的にできていて 美しいか を明白に表現できたと思います。 勿論 自然を理解し、 表現するには 数学を知ることが 如何に必要であるかが分かって頂けたと思います。 ピタゴラスは、2500年も前に、すべては、万物は数によって表現される(万物は数で出来ている、数が宇宙を支配する)と 現代人の思うようなことをすでに言っているのです。 CTスキャナーの原理や、電磁波の予想が 数学でできたのです。 万物の運動や流れ、熱移動、流体などの現象を正確に表現するには 数学が必要ですから、自然現象を正確に知ろうとすれば 数学が必要であり、学び研究する必要があるという事になると思います。自然の背後には 神の設計図 と 神の意思 が 隠されていますから、神様の気持ちを理解し、また神に近付くためにも 数学の研究は 避けられないとなると思います。 数学は神学そのものである と私は考えています。 オイラーの公式の魅力 は 千年や万年考えても 飽きる事は無く、数学は美しい と つぶやき続けられると思います。ところで、このようなことを書くと、そういうお前は何をやったのかと思うのは 人情ではないでしょうか。 このような質問を受けると数学者は困ってしまうのが実情です。 数学者は勝手に考えますので、 余りにも抽象的で、専門家以外に成果を説明できないというのです。しかしながら、税金で生活を保障されてきた以上、税金に見合う社会貢献を全体として心がけるのは当然です。そこで、数学とは何かの論文について、もう少し触れたいと思います。 数学の基本的な概念である、 関数の解析性 と 非線形変換 の間の関係を確立して その1つの例として、ある不等式を導いています: これは 同時に、関数fに対して、猛烈な 非線形変換 f /(1 ーf) が どのような性質を持つかを定めています。この結果は、微積分を学んだ 高校生にも 結果は 分かりますが、 再生核の理論を用いない いかなる方法でも、神秘的で、とても出来ない、美しい不等式 という事になると思います。実は この不等式の意味は 2万年も人類が理解できず、人類が進化して、知能が高くなれば、子供たちが音楽を楽しむように、齋藤の不等式は美しい、楽しいと喜んでくれると学生たちにも 楽しい夢として、語ってきました。 ところが 神様のような人が現われて、再生核の理論を用いない別証明に成功したというのですから、数学の研究は楽しいです。 私は早速、東京学芸大学の山田陽教授を訪問して、確認と検討をしました。しかしながら、2万年も経てば知能の高い未来人は 証明も理屈もなしに その美しい不等式は 感覚に当たり前である と理解する時代が来るのではないでしょうか。 さらに博士課程の学生と討論していましたら、そのような不等式の活用として、非線形システムの同定への応用があることに気付きました。不等式といえば、ハーディ、リットルッド、ポリヤ 以来、何十年も 一般不等式 という伝統があって 4年ごと、国際会議が ドイツ オーベルバッハ研究所 で開催され、不等式の歴史を作ってきました。 この国際会議に 日本人として、最初に招待されて、その後 3度招待され、その後 その伝統は途切れましたが、替わりに 国際雑誌が 3種 誕生し、それらのすべての雑誌の 創刊の編集員となりました。 その他 Applicable Analysis など沢山の国際雑誌の編集員を務めています。しかしながら、まだ、数学だけで もの足りない、何か もっと面白い話しが無いかと思われるかと思います。 数学者は 勝手な世界で楽しんでいるのか と言われそうです。逆問題で 世の中で 50年以上も不可能とされてきた有名な問題がありますが、これを解決して、計算機を用いて 実証する事に 成功しました。 この問題は 例えば、定評ある学術書にも 本の8ページ目に 典型的に難しい問題 として述べられています。 これは世界のテキストを書き換える事件だと思っています。 この方法は、京都大学でも群馬大学でも 数学関係では最初ですが、共願で、1昨年、特許の申請を行ない、昨年夏 JST の援助で 国際特許の申請 を行ないました。 不可能と考えられていた ラプラス変換の実逆変換 を 自動的に求められるようにした ソフトの開発 に成功したものです。 これは驚くべき方法と 世にはまだよく知られていない 京都大学の藤原宏志氏の 強力な計算機システムを用いるもので、それこそ 世界最高の計算方法 を用いています。そこでは 600桁も正確に計算しているのです。 この具体的な応用について 日々情報を集めているところです。京都大学でも群馬大学でも 特許の収入を得たいという期待を持っていますが、特許をお金に代えるのは大変ですから、不可能と思われてきたことを 可能ならしめた数学 を 学術書として出版して、世界標準の専門書 となるべく目指して、出版計画を進めています。学習院大学の澤野嘉宏氏と執筆を進めています。現在 104ページになっています。 世界の理工科系の教室には 必ず在るような学術書になることを狙っています。もちろん再生核の理論です。 しかしながら、本当は 私は もっと大事な事 を考えています。すなわち、世界の在り様と、生きる意味の考察を続け、本を出版したいと考え、その素案を 良い社会のためにーよっちゃんの想い- にまとめています。 良い社会のために 良い生き方のために 少しでも役割を果たせたら もっといいのではないかと準備を始めてきました。アヴェイロ2009/6/26/15:35齋藤三郎2009/6/26/18:002009/6/27/9:302009/6/27/16:552009/6/28/10:002009/6/28/14:40続く数学とは何かの続き(3)
2009.06.28
ベストティーチャーによる工学部公開模擬授業要旨(対象は学生ではなく教職員)(2008/09/29 群馬大学工学部大講義室)数学とは何か何故数学を学ぶか数学における最高の結果数学が神秘的に美しいこと__________________ に加筆したもの:数学とは何か何故数学を学ぶか数学における最高の結果数学が神秘的に美しいことそして、人生と社会についてここでは、2008/09/29に群馬大学大学院工学研究科 大講義室で行われたベストティーチャーによる工学部公開模擬授業(対象は学生ではなく教職員)の内容をもとに 数学や人生、社会などについて、述べたいと思います。始めに、数学とは何かを、考えたいと思います。 数学とは何かが 歴史的にも うまく述べられていないようであったので(数学名言集: ヴィルチェンコ編、松野武、山崎昇訳 1989年 大竹出版 参照)で、数学とは何かを論じ、さらに数学における最高の成果と、数学が神秘的に美しいことを 論文で発表しました:(Themistocles M. Rassias, Editor: Nonlinear Mathematical Analysis and Applications, Hadronic Press, Palm Harbor, FL 34682-1577, USA: ISBN 1-57485-044-X, 1998, pp. 223-234: Nonlinear transforms and analyticity of functions, Saburou Saitoh).この論文は この著書の15論文のうち 齋藤のsで11番目の論文ですが、本の紹介文、本の宣伝パンフレットでは第1に紹介されています。そこでは、数学とは 関係たち であり、 関係を発見 するのが 数学の研究 である と述べています。簡単な例を挙げれば、2点があると それらを通る直線が、ただ1つ定まり、逆に2直線が交われば ただ1点を定めるは 最も原始的な数学と言えます。何故ならば、点と直線の間の関係を表しているからです。もう1歩進めれば、そのときの、点とか直線とは 実は、何でもよく、点と直線自体については何も分からず、知る必要もなく、所謂 無定義用語 だということです、ただ関係だけ が 数学では問題なのです。無定義用語、関係だけが問題であるとは、直線とか点は、たとえば、点がテレビで、直線がカメラでも名称は何でもよく、上記文章で点と直線の用語をどのように変えても良いことを意味します。日々発表される世界の 数学の論文のすべてが 何らかの関係を述べている事実を指摘し、数学が 関係を研究する学問 である としたいと思います。厳密な意味でも、数学は所謂 公理系 と呼ばれる、何でもよい無定義用語間の関係を仮定しており、そこから導かれる関係の全体が 1つの数学を構成していることに 思いを致したいと思います。 数学は 数学の自由な精神によって、考えられることは何でも自由に考えても良いと考えられていますから、高度に発展した数学は暗号が並んでいるように 巨大な世界を構成することになります。数学はきちんと論理的に何もかも説明され、矛盾なく構成された理論であれば それは一つの数学であり、数学の結果であると言えます。そして、その実態は 関係の鎖によって構成されていると考えられます。― ここで 人間も じんかん と読み、実は 人と人との間の関係 が 人間 であり、関係が人間のすべて になることを思い致すと 面白い事になるでしょう。―社会は個々の人間から成り立っていますが、Aさんとは 私にとって、いかなる存在でしょうか。それは私に影響を与えるすべてであり、それ以外のなにものでもないと言えます。Aさんは無定義用語のように、Aの本質は分からず、ただ私に影響を及ぼすところのものに他ならないと言えます。ここで、影響は私との関係を表しますから、人間社会も数学の世界も関係の網にめぐらされた 同じような存在であると言えます。しかしながら、そのような本質的な議論の上に、数学としての重要な面、すなわち、神は数学を言語として 世界を創造されている とか、世界の設計図 が数学で書かれているなどと述べ、世界を理解し、表現するには 数学が必要であると 述べたいと思います。ニュートンやアインシュタインの法則や マックスウェルの方程式、CTスキャナーの原理や電磁波の予想の物語など いろいろな例を思い起したいと思います。数学の有効性です。 地球上でも、宇宙空間においても、おおよそ物体の運動は 簡単なニュートンの運動方程式によって記述され、何百年も先の、月の運動を正確に予測できるのは 大きな驚きではないでしょうか。ここで神が出てきますが、ここで言う神とは 大自然の法則、大自然そのもの、ありとあらゆるものの総称と考えていますが、更に何らかの意味で 人格的なものを反映している存在 です。 人格的なものを反映している存在でなければ 私達は自然と語り合うことも、自然と気持ちを交わすこともできません。 ― 人間も本来 大自然の一部であり、自然と人間は調和がとれているはずです。自然とともに在りたいは 人生の1つの原理ではないでしょうか。―それでは 数学における最高の成果と、数学が如何に神秘的に美しいか を説明したいと思います。その前に、その論文では、数学の価値判断の基準も述べ、定理と述べられる、良い結果、関係とは、1) 基本的であること、2) 美しいこと、そして 3)人間に良い影響を与える関係であると述べている事を想起しておきたいと思います。 第3の基準は 極めて重要ではないでしょうか。 実はこれらの要素は別々でなく、一体の価値判断を与えると思います。 Aがたとえどのようにお気に入りの成果を上げても それがAだけのものに過ぎず、Bに影響を与えなければ Bにとっては何の意味もなく、そのような成果は存在しないものと変わりないことになります。 基本的とか美しいとかは他に大きな影響を与えるようなものを意味します。 もちろん、これらは近視眼的に判断すべきではなく、その世界と世界の歴史の上に立って判断されるべきです。 実際、何十年も経って、重要で大きな影響を与えた例は たとえばガロアの群論のように多く在るのです。人間の価値も同じようなものであると気づけば、個人から、外なる世界、社会との関わりを重視していくことになると思います。まず、平面上に、1つの直線を描いてください。そして、勝手に2点を指定し、0と1と定めてください。そこに例のように、数直線の概念 を説明します。すなわち、0,1間を長さの基準として、原点0からの距離がそれぞれ 2,3,4、、、にあり、しかも 1がある方向にある直線上の点を整数点 2,3,4、、、として定めます。 それらと反対方向にある点を -1、-2、-3、 ; 4、、、 として定めます。 次に分数も指定します。 2分の1や3分の1や2、マイナス4分の1などですね。 更にルート2、ルート3、、、 なども直線上に指定します。 たとえばルート2は、0、1間の線分上に 長さ1の正方形を描けば、0と対角線上の頂点を結ぶ対角線の長さを長さに取った点がそうで、1.4142… と無限に続く小数で、数値の並びは決して繰り返さない、無理数であることが証明されています。 無理数とは整数の比で表わせない数のことです。 そのような数が沢山あることが知られています。 更に、原点0を中心に半径1の円を描きます。 その円は 1の点と - 1の点を通っています。 そこで、 1と -1を結ぶ円の周の長さが π です。πの意味と数値の永い歴史は1冊の本になるくらい深く、整数係数のどのような代数方程式も満たさないという、超越数であることが証明されています。 ル-ト2は 変な数ですが 同じものを2回掛けると2ですので、 2乗すると2ですから、非常に簡単な数とも言えます。 ところが π の場合には 何乗したり、それらを何倍化したり、それらを加えたり、引いたりしても整数にならないというのですから、本当に恐ろしい数と言わざるをえません。 さて 関係を研究する学問である数学 において、いま数として、0,1; そして、- 1とπが現れたことを心に留めたいと思います。ここで、神様の気持ちに触れたいと思います。 神は2を愛し給う という世界観です(2.3節 良い社会のために ―よっちゃんの想い― )。2つが大事であり、2つから成るのが世には多い事に触れたいと思います。 ギリシャ語によれば、人間とは片割れであり、2つ合わせて人になるという事です。本来1つの存在であった人が、分かれて、人間である男と女になったというのです。 片割れである男と女は もとの人になるべく求め合うのが恋の本質であると理解しています。日本にも夫婦で1つで、人であり1人前という考え方がありました。- 私も妻を迎えるまでは、母に1人前に扱われませんでした。まだ人になっていないからというのです。そこで、大事な場面に入ります。 ○○ = -1 の方程式を考えます。- 1 は ある数の2乗になるというのです。 - 1 のある意味での半分です。 この数は はじめの段階では、想像上の数として(虚数として) i として考えられました。 どんな数でも同じものを2回掛ければ 0以上ですから、2乗して ―1になる数は存在しないと考えたわけです。存在すると良いことが言えるので、仮に存在するとして、想像上の数として、最初は考えられました。 複素数とは、実数 a, b と虚数単位 i を用いて a + bi の形で表すことのできる数のことですが、奇妙にも 複素数が本当の数 であるというのです。複素数が2つの部分からなっている事に注意したいと思います。複素です。複素数が本当の数であると言えます。 そのことを証明し、活用するのが 理工学部の2年生が学ぶ、複素解析学の雄大な学問です。ここで、面白い事実に注意してください。 - 1 ・ - 1 = 1ですから、実は -1 は 1を半分に分けた数と理解できるという事です。 1を分けて、分けて, すなわち, 2回分けて、i に達していますね。( i も更に分けていけますが、もはや面白いものは出てきません)。 今でもどうして、 - 1 ・ - 1 = 1が成り立つのかという質問をよく受けます。 もちろん、これにはいろいろな説明ができますが、私が達した理解は 逆であるという考えです。 1を真2つに分けた数が ―1であるという見解です。 iは ―1を真2つに分けた数です。さらに、多くの偏微分方程式の中には 2がいっぱい現れる、偏微分作用素ラプラシアンが現れますが、ラプラシアンを半分にした、ナブラ、ハミルトンの演算子が、世界の多くの理工科系の学生が必ず学ぶ、古典ベクトル解析の基本的な道具になっている事を想起すると、再び神が2を基準に世界を構成している事が良く分かると思います。そこで、0,1は 基準として定められた数で、基本的な数として、- 1、πそして i を確認したいと思います。続く:
2009.06.28
「イケメンじゃないから」と言い訳するからモテない:若いうちは 表面的に見がちですが、少しでも 付き合いを始めれば 結局 人間とは こころである 精神である、と理解して、 あまり表面的なことに 拘らなくなると思います。ですから、男も女も いろいろ磨く必要があるのではないでしょうか。 そのようなことに 拘らないで、伸び伸びと成長して頂きたいと思います。イケメンの解釈でも、精神の輝きで、見方も変わってくるのではないでしょうか。2009/06/28 15:41 「イケメンじゃないから」と言い訳するからモテない 「二十歳街道まっしぐら」というサイトで「非モテを脱出するための恋愛テク関連48エントリーまとめ」という項目があり、参考になりそうだ。 恋愛に関してのエントリーをまとめたもので、出会いから始まり、異性への理解やメールの仕方、付き合ってからどうすべきかなど状況に応じた分類がなされている。「出会い」の項目にある「恋人をつくるために大切なたった1つのこと」というエントリーでは「いけそうな人にいく」と簡潔な結論から始まる出会いの分析が紹介されている。 また「モテる努力」という項目の「彼女ができないやつの10の鎧」では「でも結局イケメンじゃないから相手にされないし」、「俺のことなんかほっといてくれ」などが挙げられ、こうした言い訳をしていては何も始まらない、と警告する内容になっている。
2009.06.28
昨日は 相当沢山の仕事をして、さらに声明25の案まで作成しました。今朝は雨が降りましたが、来るころは止んで、小鳥たちが元気です。下記はある人へのメールの一部です:> あの変な 美しい不等式は 美しいから、自明のように思えるのですが、知能が低くて 分から無いとうことです。>> 何か美しくて、当たり前に感じないでしょうか?>> 私は すこし感じるのです。 このようなことは 小平邦彦先生が言っているのです。 人間の知能が発達すると、 数学は音楽の楽譜のようになり、感覚的に数学を理解し、楽しめるというのです。 確かにある才能のある人は数感覚が発達していて、すぐに直観として分かってしまう。 祐亮少年や、先生たちもそうとうそうではないでしょうか。ここら辺は凡人には分からない齋藤さん独特の感覚的なもののような気がします.研究室を掃除するなど日本では考えられません.ポルトガルの大学はどこでもそんな感じでしょうか?先生 人やスタッフが沢山いるのです。 宿舎の掃除ばかりではなく、ベットまで シーツなど交換してくれるのには驚きました。電気はつけっぱなしで 私がこないと もったいない感じになります。 これはアメリカでもそうでした。 声明案にありますように、内実に力を入れれば 日本はもっと豊かになれるのではないでしょうか。対外的に 貢献貢献と言わずに 借金でどうしようもない。早く一人前になって、国際社会に 貢献できるようになりたいと言えばいいのです。国連常任理事国でもないのですから、分担金なども 常任理事国を超えて分担する必要もなく、世界の平和など そのような国々に任せて、謙虚にして、内実を図り、文化国家を目指せばいいのではないでしょうか。
2009.06.28
民主・岡田氏「7月2日解散、8月2日投票」「政権交代]。幹部は 発言に重みと慎重さに配慮して、政権交代によって、日本国再生の基礎を築いて頂きたいと考えます。 自民党が 良識政党公明党との連携によって、幅を持たせたように、民主党も 社民党や国民新党を大事にして、連携協力によって、歴史的な偉業に取っかって頂きたいと考えます。 陣固めをしっかりするのが、大事ではないでしょうか: 4.19 野党の連携について ― 新しい政権の基礎: 福島氏「改憲動くと共闘困難」 さて、社民党と民主党の根本的な立場として、憲法問題と軍事問題が、ありますが、次の2つの声明(再生核研究所声明6と8)の下で、連携協力して、政権に参加し、国政を動かして頂きたいと考えます。 双方に、ひとつずつ譲って頂く必要があると考えます。 社民党には、軍備について現状を一旦受け入れ、軍事費は減らす方向で妥協する事。 民主党には、現状を分析し、当分、憲法改正は行わないと明言する事。 それで、国民に受け入れられ、政権を社民党と民主党及び、自民党系の所謂良識派を巻き込み、安定した政権の基盤ができると考えます。 さらに、田中真紀子氏、田中康夫氏、両亀井氏を別格の処遇で民主党が、迎え入れることができれば、直ちに、政権を狙って次の衆院の選挙において、政権交代を求める事ができるのではないでしょうか。 2009/06/27 15:352009.6.27 10:45 このニュースのトピックス:国会 民主党の岡田克也幹事長は27日午前、テレビ東京の番組収録で、次期衆院選の実施時期について、「7月2日解散、8月2日投票の可能性が高まってきた」と改めて指摘した。その上で選挙後の政権交代の可能性について、「率直に言って50%だ。60年間、政権をずっと続けてきた人たちが、簡単に手放すとは思えない。投票日までにさまざまなことがまだ起こる。その試練を民主党がまとまって乗り越えていかなければいけない」と述べた。
2009.06.27
徳育 提言案 実践に役立つ具体的な内容に:もちろん道徳教育は 必要ですが、日本ではそ れ以前の問題を抱えているのではないでしょうか。社会が 子供を大事にしないで、いじめている状況があると思います。 また国家財政の無責任な財政赤字は、国家も国民も 子供たちに自信をもって教育する資格のないことを 示してはいないでしょうか。次も参考にして下さい:「いじめ、どこでもどの子にも」 国立研、3年かけ調査:これは 日本の社会が 悩んでいる証拠ではないでしょうか。 子供たちを いじめている社会が、子どもたちの心を傷つけ、子どもたちが 傷つけあっている悲惨な状況 を表していると思います。経済的な傷めつけ、訳のわからない勉強による傷めつけ、受験勉強による傷めつけ、などではないでしょうか。アヴェイロでは みんな元気で、笑顔と冗談をまじえて登校して、表情は明るく、元気です。 おいしいものをたっぷり頂き、 満足していますから、いじめなど 恐ろしいことをする人は いないようです。 ひとにみんな優しいのです。 受験勉強については後で、実情を調べたいと思います。 塾通いの 変な風潮など はないのではないでしょうか。ごめんなさい日本の子供たち: 今日は子供の日ですが、親は自信をもって 子供たちに当たれるでしょうか。 今年も多額の借金を増大させて、先送りを続けています。本当に無責任です。学校や家庭は 魅力的で、 生き生きと のびやかに暮らせるでしょうか。過激な勉強や競争に駆り立てられていないでしょうか。 子供たちの夢は 人類の夢でもあるので、 のびやかに 健康に育てられる環境を整えるように配慮していきたいと考えます。元気な子供たちの笑顔は 世界の宝です。2009/06/27 15:39徳育」提言案 実践に役立つ具体的な内容に(6月27日付・読売社説) 子どもの徳育に責任を持つのは、すべての大人だ――。そんなメッセージとなる提言案がまとめられた。 文部科学省の有識者会議「子どもの徳育に関する懇談会」が審議内容を整理したものだ。 大人が次代を担う子どものために、具体的にどう行動すべきか。7月中にも出される最終提言までに、より役立つ内容となるよう議論を詰めてもらいたい。 提言案では、徳育を「社会が理想とする人間像を目指して行われる人格形成」と定義づけた。 懇談会委員の意見は多様だが、家庭の役割、特に人格形成の基礎となる乳幼児期の育て方が大事だという点では一致している。 核家族化や少子化で、祖父母との同居世帯や兄弟姉妹が減っている。このため、地域や学校の役割が大切なことにも言及し、すべての大人が「徳育の当事者」という意識を持つよう求めている。もっともな指摘だろう。 だが、どうすれば良いのかが、今ひとつ伝わってこない。 読売新聞の昨年末の世論調査では、「最近の家庭では子どものしつけがきちんとできていない」という回答が、9割近くあった。 「できていないしつけ」の例として、多くの人が「社会のルールを守る」「他人を思いやる気持ちを持つ」ことを挙げた。 こうした不満や不安の解消につながる提言であってほしい。 提言案は、学校とPTA、地域の有志が連携した活動、自治体の取り組みを紹介しているが、より多くの実践例を盛り込みたい。 情報化が進む現代社会では、子どもが自然と接する体験活動などの機会を、大人が意識的に作る必要性にも触れている。そうした取り組みこそ、例示すべきだ。 「メッセージ」と言うなら、構成や文体にも工夫がほしい。中央教育審議会が11年前に出した徳育関連の答申のように、国民に呼びかける形式も参考になろう。 懇談会は、昨年の中教審答申や教育再生会議報告が徳育充実を掲げたのを受け、設けられた。その経緯からすれば、学校での道徳教育に関する記述も不十分だ。 新学習指導要領では道徳教育を重視し、小中学校では、今年度から推進役の教師を中心に充実した体制で臨むことになっている。文科省は、各校の体制を調査して課題を把握し、参考になる授業を紹介していく必要があろう。 大学の教員養成課程でも、道徳教育を充実させ、教師の力量を向上させることを検討すべきだ。(2009年6月27日01時28分 読売新聞)
2009.06.27
「いじめ、どこでもどの子にも」 国立研、3年かけ調査: これは 日本の社会が 悩んでいる証拠ではないでしょうか。 子供たちを いじめている社会が、子どもたちの心を傷つけ、子どもたちが 傷つけあっている悲惨な状況 を表していると思います。 経済的な傷めつけ、訳のわからない勉強による傷めつけ、受験勉強による傷めつけ、などではないでしょうか。 アヴェイロでは みんな元気で、笑顔と冗談をまじえて登校して、表情は明るく、元気です。 おいしいものをたっぷり頂き、 満足していますから、いじめなど 恐ろしいことをする人は いないようです。 ひとにみんな優しいのです。 受験勉強については後で、実情を調べたいと思います。 塾通いの 変な風潮など はないのではないでしょうか。 再生核研究所声明 4 (2007/03/17): 競争社会から個性を活かせる社会に: 現在、日本を覆っている不安な状況を打破し、明るい未来を切り拓く第1歩として、憲法第25条の精神を高揚させ 最低生活の保障による連帯を確認する事の必要性を訴えている(声明3)。いじめ、犯罪、モラルの低下、そして全国に広がる財政赤字など、それらの大きな原因として、経済環境の厳しさとともに、貧しい競争意識と受験勉強に代表される貧しい戦後の教育内容にあると考えます。考え方を変えるのは簡単ではありませんが 精神、考え方を競争社会から個性を活かせる社会に変えていく必要性があるのではないでしょうか。 その理由は: 1)まず競争とは、1つの価値、ある判断の下での順位になり、その点では個性や、特殊性を排除した価値観の画一化に繋がる危険性を有している。例えば現在の受験制度では多くの場合に受験科目の得点で順位が定められ、概ねそれによって合格、不合格が定まり、その流れで入学の大学が定まり、そして同様に大学の伝統的な序列で一定の評価が定まっていく流れになっていると考えられる。もちろん伝統的に行われてきた体制はそれなりの理由があり尊重されなければならないと考えますが、評価をこれらで1元的に考えることには大きな問題があると思います。例えばそのような流れ以外の道を選んだ人たちの立場です。 スポーツ選手や、芸術家、芸能関係者、技術者、職人、棋士、実業家などなどです。 2)スポーツなどの世界では競争はかなり明確に理解でき、競争の世界として、もちろん結構だと思います。例えばお相撲さんは優勝を目指して努力されているわけです。しかし歌い手さんたちは それぞれの個性と持ち味を活かしていろいろな人が活躍されていますが、それとて、いろいろな評価が下されますが、その時の競争とは考えられてもお互いに芸を高めていくような いわば精進の競争であり大いに勧められるべき競争と言えます。 3)これに対して貧しい競争とは、相手との比較ばかりに気を取られ、自分を見失った競争であり、自分の個性を活かせないところで、相手より優位に立とうする競争の事です。自分のむかないところで、無理して競争に駆り立てられている状況はないでしょうか。 4)日本の教育の重点が いわゆる学力中心で、知識中心になっていないでしょうか。そして、いわゆる頭のよい人、学力のある人がすべてのような1元的な価値判断が余りにも強すぎはしないでしょうか。 勉強の嫌いな子や勉強のできない子、いわゆる優秀でない人と言われている人が それゆえに低く見られてはいないでしょうか。勉強ができず、学力がなくても、いわゆる優秀でなくてもいろいろな長所があって、よい個性を持っているのにそれらが評価されず、また無視されるようにはなっていないでしょうか。これでは、勉強のできない子は学校が嫌いになり、やがて社会から疎外されるようになってしまわないでしょうか。絵が得意で感銘させる人や、工作がうまく名人的と思われる人の才能を引き出せない社会は社会の大きな損失にはならないでしょうか。運動会などやキャンプ生活などで多くの体験授業などがあれば いろいろな才能が発揮され、学力以外のいろいろな個性や、才能を発見できる機会が出て来るのではないでしょうか。もちろん実社会は大きな世界です。 5)学力中心による教育では、生徒の個性を活かせず、1元的な価値判断で多くの個性と才能をうずもらせてしまうだけではなく、才能を活かせない生徒は社会から疎外され、不満が増大する事になり、社会は不安定になると思います。 6)個性を活かせる社会とは 社会にはいろいろな人が必要であり、それぞれ自分の得意な分野や好きな分野で、個性が活かせるようなところで社会に参加して、助け合っていくような社会のことです。強い人も弱い人も、考える事が得意な人も苦手な人もそれぞれ長所もあり短所もありそれぞれが補完し、助け合っていく社会です。このような社会では、苛めも、犯罪も生じる土壌がないのではないでしょうか。 7)財政赤字について触れましたが、無いお金を使うという事自体が無責任の結果ではないでしょうか。短期的に赤字という事は仕方がないことですが、赤字を増大させていくというのは余りにも無責任と言われても仕方がないのではないでしょうか。これらの背後には学力を付けることばかりに走り、責任感の無い自己中心的な教育が生み出した日本人全体の精神的な土壌から起きているという根強い原因があるのではないでしょうか。 8)何かというと経済効果や活力のある社会という観点が問題になりますが、少数の自爆テロを起す人を抱える社会はどれほど、経済的にマイナスを生むことでしょうか。そのよう状況では例えば新幹線を守るにはどれほどの経費がかかることになるでしょうか。あらゆる所で、厳重な警備を必要とする社会になってしまいます。それに対して 社会に強い不満を持つ人を生み出さない社会とは何と素晴らしい社会でしょうか。この観点からも憲法第25条の精神を思い出すことは大変いい状況を生むのではないでしょうか。 皆さん 競争社会から個性を活かせる社会 を目指そうではありませんか。以 上http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 調査は、首都圏の特定の1市の全市立小中学校(小学校13・中学校6)について、04~06年に実施。半年ごとに小4~中3の全児童生徒に調査票を配り、「仲間はずれ、無視、陰口を経験したことがない」(いじめ被害経験なし)と答えた子どもの比率と、学校別順位の変化を分析した。 例えば、A中学について04年6月から半年ごとの数値をみると、64.7%→60.5%→55.9%→55.2%→60.8%→61.2%と、約10%の幅で変化。他の中学も時期によって10~15%前後の振れ幅があった。 いじめの経験率が高い順に並べると、A中学は6位→5位→3位→1位→3位→2位と変動。他校も1位から6位まで変化が大きかった。 学年別に細分化した分析でもいじめの経験率は時期を追って大きく上下していた。学校現場では「今度入学してくる1年生は大変らしい」「3年生は問題が多い」といったことがよく言われるが、いじめに関し、一時期の数値が固定化することはなかった。 こうした全体傾向は小学校でも同様だったという。 同研究所はこうした調査を基に、教員がいじめを正しく理解しているかをはかる設問形式の自己点検シートを作成した。(上野創)
2009.06.26
論破できますでしょうか?:これは簡単ではないでしょうか。 やる偽善の方が優れています。 社会的に効果を生むからです。また偽善としてやっても、それから、楽しいことと目覚めることあり、はるかに優れていると考えます。世の問題は下記の 公正の原則で 大抵は解決できると思いますが、如何でしょうか?再生核研究所声明 1 (2007/01/27):美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは: 最近の世相として,不景気・政界・財界・官界・大学の不振,教育の混迷,さらにニューヨークのテロ事件,アフガン紛争,パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか.一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが,如何でしょうか. 平成12年9月21日早朝,公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました. 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となればそれは公正といえる. 現在,社会の規範が混乱し,不透明になっているように思うが,公正の原則を確認して,行動していけば ―― これは容易なことではないが ―― 世の中ははるかに明るくなり,多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか. また,こういうことを考える教育は,人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし,環境の保全などにも貢献すると思います. 特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生,世界を考えること),道徳,芸術,体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか.国や隣人を愛せるようになる教育,多様性を重視し,個性や隠れた才能を伸ばし,友情を育み,人々が助け合うようになるような教育が望まれます. http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 2009/06/26 15:39 困り度: 困っています こんにちは。論理的思考ができる賢者の皆さんにお尋ねしたいのです。知人が「やらない偽善よりやる偽善」といってるやつがムカツクそしてそれに対しうまい言い返しができない自分が悔しいと嘆いておりました。その知人は、日テレの24時間テレビをやっている時に上のように申しておりましたので、この場合の「偽善」とは日テレの24時間テレビなどの障害者をダシにした視聴率稼ぎや、口先だけで実りのない奇麗事の事を指すと思っております。私一個としては、たとえその行為の思惑が八方美人な性格のためだったり、他人との交流を深めるためだったりなのだとしても「やらない募金よりやる募金」だと心得ておりますので、あまり知人の力になれないのですが、もし、「やらない善よりやる偽善」を論破できるという方は、どうか、私の知人にお力を差し伸べてやってください。
2009.06.26
「はじめに」では、再生核研究所とは何か、ご著書がどのような趣旨と形式で綴られたかを400字詰め原稿用紙5枚程度で綴りたい:私は子供の頃より、変な感覚を本能的に持ち、人生の意味や生きて行くことの意味について知りたいと思い、考察を深めていました。しかしながら、それらは死という厳然とした事実によって、すべては空しい営みに帰すると思い、憂鬱な日々を送っていました。しかしながら、死にたくないという本能は元気でしたので、その乖離に悩んでいました。この問題は哲学や宗教では解決できず、何か違う方向ではないかと直感していた学生時代、数学の美しさと尽きることのない発展性と逞しさに惹かれて、月の光に照らされた桃の木川のせせらぎを眺めながら、確かに志し、長い数学の研究生活に入りました。大した才能のない私にとって、数学の創造的な研究には厳しいものがありましたが、数学に対する情熱に激しいものがあったのは、滅ぶべき人間の生きた記念碑にできからという明白な動機が上記志に有ったからです。研究課題で最初から惹かれたのは、スタンフォード大学を中心に研究されていた再生核の理論であったことは、上記 私の感性にひどく合っていたからに他なりません。なぜなら、滅ぶべき生命は、再生という過程を通してのみ、つぐなわれ、救われるからです。 数学の理論に それに通じるものがあることは何と楽しいことでしょう。 あとで、世界の2元論を自覚することになりますが、ここには男女と同じように2重構造を有していて、理論全体が2重構造を有しているのです。そこで、喜びに満ちて、長い研究の人生を歩むことができました。もしただ数学に人生をかけていれば、永遠は短い竜宮城における生活のように展開されて自らを忘れて、完全性のうちに人生を終えるはずですが、そうはうまく行かないのが世の中です。 いつまでも研究は続けられず、生命は衰え、一つも少年時代の問題を超えてはいない自分を発見することになります。 特に数学の研究は永続的で、いわば世の中とも隔離された世界ですが、 世の中を見るとあまりにもおかしなことが多く、ちょっとおかしいのではないかと強く思うようになってきました。 長い間好きな研究をさせていただいた御礼にも より良い社会のために 少しでも社会貢献しようと考え、退職後も数学の研究の継続とそのような社会貢献を目指して、退職後の活動の場として考えたのが再生核研究所設立の旨趣です。 数学も文化も社会もまた生命も ただ再生を通して維持発展していけると考えたからです。さて退職を控えて、活動の拠点を作るともに、いくつかの具体的な試行を開始しましたが、そのうち世に関係するものとしては、人生、社会などに対する全般的な考えを纏め、それらを整理し、ブログなどで公開を始めたことです。 その意図は 冊子 「良い社会のために ― よっちゃんの想い ― 」に述べられていますが、次のように述べています:はじめに次の再生核研究所声明の趣旨に従って より良い社会になるようにとの願いを込めて、いろいろな社会問題について素人の立場から 率直に意見を纏めてきました。これらを素にいろいろなご意見を出し合い 少しでもより良い社会になるように 努力していきたいと思います。情報化と民主主義の世の中では 結局素人の意見が政治を動かし、文化を創造し、発展させ、人々がそれらを享受していくわけですから 多くの人々の努力が不可欠になると考えます。この様な趣旨に参加され、意見を広く交換して行きたいと考えます。積極的な参加をお願いします。ここで纏められた考えは素人の狭い、偏った考えと思いますので、今後の議論のきっかけにして頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。「みなさん、美しい意見を自由に 世にこだま させ、一緒に より良い社会を築いていこうではありませんか」そして、冊子の骨格は、人生や社会についての基本的な在りようや考え方をいわば基本的なものとして、数学で、定理に当たるものとして、第1章に 再生核研究所声明の形で述べ、第2章では、声明に対する意見に対する回答を、第3章には もろもろのニュースに対する見解を広く纏め、4章には 追加意見として、人生、世界、社会の問題から、特に記録に残したいと考えたことを述べています。第5章 おわりには 冒頭次のように述べています:第5章 おわりに本書は主に 再生核研究所創立の起案者 齋藤三郎が日頃考えていること、述べた事を編著者の責任で編集したものであり、世の中のいろいろな問題について考えて頂く素になるようにとの趣旨で整理したものです。関係者の諒解を得ていますが、ご参考にして頂ければ幸いです。読者のご意見を頂きながら改訂版を出し続けられれば幸いです。言葉などがどのような状況の中で述べられたかは しばしば重要になるので、述べられた日時が明確で、参考になるものについては日付、時間などを入れて、いわば時間的な流れも尊重しました。今回 A社の温かい励ましと編集部の専門的なご検討を頂き、冊子出版後も蓄えていた原稿を整理して、より良い社会を作り、より良い人生を歩めるようにとの願いを込めて、本として出版して頂くことになりました。 A社には心からの謝意を表すとともに、冊子から次の文を引用して、序としたいと考えます:2.1 素人の意見(2007/3/23) :Mさん: 私は世の中の事を知りませんでしたから、自分の人生を中心に考えてきました。段々余裕が出てくると、少し世間を、世の中を見ると、変なことが沢山あり、何とかしたいと思うようになりました。イラクばかりではなく、教育、社会さまざまな問題です。そこで、最初に考えたのは 公正の原則 でした。 これは多くの問題に寄与すると思っています。 教育の場でも、試験に落ちた学生が追試をして とよく来ますが、そのコピーを渡して説明すると、全ての学生は、分かってくれて、私は追試をしたことはありません。私が、いろいろ提案する、ということを考えておらず、みんなで考えていこうというのが声明の精神です。みんなで、社会を良くするにはどうしたら良いか 自由に意見を交換して、より良い社会を作るために貢献したいと思っています。政治は大事ですから、それを避けず、より良い政治が行われるようにするのは 大事な要素になります。戦争、平和、経済、教育の基本に関わりますから。私は教育もおかしいと思っているので、いろいろ考察して、意見を述べていきたいと思っています。 しかし、何よりも大事なことは、個々の意見ではなくて、このようにいろいろ考え、いろいろな意見をまとめ、多くの人の意見を交換していく事と思っています。私は、そのきっかけ を与えようとしているに過ぎません。― 哲学は教えられない、ただ哲学することが教えられるだけだ ― という言葉が想い出されます。 私は、専門家や知識をもっている人だけが 良識や、見識を持っているとは考えず、善良な市民の感覚のなかにこそ、大きな真実と良識があると思っています。ですから、いろいろな広い人たちからのご意見やご提案を期待しているのです。アヴェイロ2009/6/25/15:45齋藤三郎
2009.06.25
「なぜ謝らぬ」…遺族が被告に殴りかかる 被害者参加裁判の法廷:被害者と加害者が会うことについては、検討の余地があると思います。下記を参考にして下さい:被害者が、加害者の罪や加害者に対する意見を裁判所で述べることについて 遺族「反省ない、実刑を」=刑事裁判で質問、求刑―全国初の被害者参加・東京地裁http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090123-00000152-jij-soci被害者参加制度で、初の公判 遺族、被告に直接質問http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20090124AT1G2303U23012009.html 2008年1月23日のテレビで、交通事故の被害者の家族が、加害者の罪を重くして欲しい等の陳述が、裁判所で述べられ、このような事を可能とする制度が、始まりました。これは、多くの問題を抱えてはいないでしょうか。裁判員制度と同様、軽率な導入に思われます。今回は、アメリカの経験についてのみ、述べ、詳しい考察については、後で触れたいと思います。アメリカで、交通事故に遭ったのですが、被害者は、加害者に一切謝罪もせず、面会もしませんでした。被害者は、弁護士を頼んで、一切を委任して、損害の補償を進めました。結論は、弁護士が、妥協案を示して、双方とも受け入れて、示談となりました。その示談の文書には、実に面白い事が書かれているのです。 太陽がたとえ西から昇っても、地球が破滅しても、今後一切この件で、罪を追及されず、また加害者は、一切の過失は無かったというような明白な決着です。 結局 被害者も加害者も、一度も会うこともなく、終わったわけです。交通事故のような過失による裁判は、このような仕方というのは、大いに考えても、良い事ではないでしょうか。いつまでも罪の意識を背負って、生きていけば、過失を犯した精神的な負担は、あまりにも大きくなってしまうのではないでしょうか。幾ら罪の意識を深めたとて、過失は、取り返しが付かないわけですから、割り切りというのも、大事な考え方ではないでしょうか。検討の余地があると考えます。 2009/06/25 15:27 2009.6.25 13:29 25日正午ごろ、横浜地裁小田原支部で開かれた殺人、死体遺棄事件の論告求刑公判の終了後、被害者参加制度に基づき出廷した被害者の20代の長男が、無職、永田英蔵被告(71)に殴りかかろうとするトラブルがあった。長男は廷吏らに取り押さえられ、けが人はいなかった。 公判は午前10時から始まり、検察側が「犯行は計画的で悪質」などとして懲役12年を求刑。長男が意見陳述するなどした。 被告が、山田和則裁判長に促されて閉廷直前に「刑に服します」と述べるなどした後、長男は「なぜ謝らないのか」と言って被告に殴りかかろうとした。 論告などによると、永田被告は昨年12月8日、小田原市の海岸で、交際していた無職、片川美津子さん=当時(54)=の首をひもで絞めて殺害、砂浜に埋めたとしている。
2009.06.25
F22生産継続には拒否権…米大統領、議会に書簡:これは、オバマ大統領の 進化した、考え方 の一端として注目すべきではないでしょうか。逆に、日本では 情けないことに 歴史を逆戻りさせる 議論しか湧いてこないのは 誠に残念です。 それでは 出過ぎず、謙虚にしていた方が いいのではないでしょうか。オバマ氏には 大いに期待したいと思います。 次が踏み出せれば 世界の歴史を進化させ、かつ みんなが 得するいい方法なのですが:再生核研究所声明 10 (2007/09/10): 絶対的な世界の平和のために 地球上から一切の暴力を無くすることできたら どんなに素晴らしい世界が実現できるでしょうか。しかしながら、その実現は 実は簡単ではないでしょうか。声明1の公正の原則: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか3) それはみんなに受け入れられるか4) それは安定的に実現可能か によって、暴力のない社会が実現できると考えます。 大きな暴力は戦争であり、小さな暴力は個人的な或いはある組織による暴力です。 暴力のない世界を実現するには 暴力のない国を参考にすればよいのではないでしょうか。 それには先ず 1)大きな権力を国際組織に移すために、各国とも自国の約4分の1の軍隊を 経費も含めて国際組織の配下において運営し、地球防衛軍(地球公務員)として、高い名誉と任務を与え、国家間の戦争を阻止する。地球防衛軍は 初期の段階では世界の秩序の保全を主な任務とするが、世界が安定するにつれて、地球の環境の保全や災害補助活動などが主な任務になる。2)国際組織は国連の改革、拡充によって実現できると考えます。3)国際組織は 日本国憲法第25条:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない の精神に従って 全ての人間に最低生活(生存権)を保障することを世界に宣言し、かつそれを確実に実行する。 これらが実現すれば 絶対的に平和な世界が実現し、本質的には暴力のない世界が実現できるのではないでしょうか。大国アメリカは、イラク問題などで多くの犠牲者を出し、膨大な軍事費をかけていますが、そのような経費をこのような方向でかければ、遙かに少ない経費で大きな効果を挙げることができると考えます。世界の如何なる国にとっても この方法は安上がりであり、人類と地球に優しい世界が実現すると考えます。この方向は 日本国において明治政府が樹立され、平和な国家が実現した流れを想起すれば、実現できると考えます。最低生活が保障されれば、暴力を起こして殺戮するようなことを考える人は 世にいなくなるのではないでしょうか。国際組織が権力を掌握するにつれて 各国は軍事費を抑え、民生や環境に優しい 美しい営みに それらの経費をまわすことができます。多くの軍関係者もそのような美しい営みの方向に力を向けることができます。みなさん このような方向で、絶対的に平和な世界の実現の為に努力しようではありませんか。 このような精神の基で、平和憲法をもつ日本が 世界に先駆けて、日本軍の約4分の1を経費も含めて国連軍として、国連に出す意志のあることを宣言することを提案します。 ただ戦争や暴力を批判しているのではなく、どの様にすれば そのようなことを無くすることができるかを 具体的に提案しているのです。 以 上http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/2009/06/25 15:31 【ワシントン=小川聡】日本の次期主力戦闘機(FX)の最有力候補の一つである最新鋭ステルス戦闘機「F22」を巡り、米下院軍事委員会が生産を継続させる内容の2010会計年度国防予算権限法案を可決したことに対し、ホワイトハウスは24日、同法案への拒否権発動を検討する意向を議会に書簡で通知した。 米行政管理予算局が公表した同法案に対する書簡では、F22を12機追加調達する初期費用3億6900万ドル(約353億円)を増額修正した条項について、「最終的な法案がこの条項を含んでいたら、大統領の上級顧問たちは拒否権発動を進言する」としている。 一方、同法案には、米海兵隊普天間飛行場のキャンプ・シュワブ移設に関し、移設を事実上認めない条項も含まれている。書簡はこの条項も取りあげ、「反対する。(日本との)国際合意を危険にさらす」と指摘し、強い懸念を示した。(2009年6月25日14時36分 読売新聞)
2009.06.25
連立は「護憲条件」:これは無難なところではないでしょうか。 1000兆円の借金を抱えては、憲法どころではないといえばいいのではないでしょうか。憲法を変えるのは 当然ですが、 改正する能力のあることを 実績で、示してから、じっくりと考えればいいのでは、ないでしょうか。福島さんと辻元さんは 本当に素敵な人たちだと思います。次を参考にして下さい:憲法問題について: 憲法問題については、安倍政権が、退陣し、英明なる福田政権が誕生した事により、当分、問題はないのではないでしょうか。憲法問題を議論するより、財政再建や年金問題、経済再建、教育問題等に目を向け、真剣に日本の再生を考えるべきではないでしょうか。憲法問題は、当分棚上げにして、内実に尽くすべきだと思います。無駄な議論はすべきではないのではないでしょうか。 NHKスペシャルで、日本国憲法の誕生の経緯を拝見し、森戸氏によって憲法25条が入れられたり、黒田氏によって中等教育迄普通教育とし、義務教育が伸ばされた等 素晴らしい作成過程があった事を知り、感銘を受けました。最近の憲法についての議論を見ると薄っぺらな軽薄な議論に見え、情けなくなります。ロシヤも中国も成長して、世界の緊張は緩和しているのに日米同盟を強化したり、集団防衛構想を進めたりして、逆に世界の緊張を高めることにならないでしょうか。日本は平和を希求するではなかったのでしょうか。日本の財政はどうしてくれるのでしょうか。次の見解はいかがでしょうか。 再生核研究所声明 6 (2007/4/25): 憲法問題に対する提案: 最近 国の在り様の基本を定める憲法の問題、特にそれを改正すべきか否かの議論が高まってきている。 そこで、声明1の 「公正の原則」 に従ってあるべき姿を提案したい。 始めに 憲法及びその改正問題は、法理論としてあるべき姿を論じるよりは 憲法改正が生きた現在の社会状況や国際社会にどのような影響を与え、どのような働きをするかという現実的な視点から論じられるべきであり、抽象的な論理のための議論を行うべきではないと考える。我々は現在 憲法を変えることには 次のような理由で反対であり、改正は当分見合わせるべきであると考える。 1) 憲法改正の要点は 憲法第9条の所謂 戦争放棄と戦力不保持の条項 であり、他の条項については改正すべき本質的な問題は生じていないと考えられる。 2) 憲法第9条の改正の趣旨は 国防の観点からの軍隊の認知と国連などを通した、軍事による国際貢献を可能にする改正である。従って憲法改正の要点は国防力を高め、軍を海外に派遣して国際貢献しようとする意図にあると判断される。 3) 日本国の借金が832兆円(歳入の15倍以上)(2006年度末; 地方自治体の借金はおよそ167兆円)もあり、さらに借金が膨らんでいる状況(44.6% 公債費、16年度当初予算)を見れば、何れに対しも有効に対応できないのは明白である。特に軍の派遣となれば国際連合の要請を受けてとなると判断されるが、そもそも国際連合とはどのような組織でしょうか。これは第2次世界大戦後 拒否権を持つ5大国の戦勝国が中心になって作った国際組織であり、日本はあとあと加盟が認められた1つの国に過ぎない。国連は拒否権を持つ5大国が責任を持って運営すべきであり、日本は5大国を越えて国連に貢献する必要はないと考える。 日本の国連分担率は最近の経済力を反映しても16.624%にもなっている。 4) もし日米同盟の路線を強めれば 結局 軍事的な負担増を強いられ、イラクでもそうであったように アメリカに追随して 世界の期待に応える事ができないばかりか 悪い方向に巻き込まれる危険性が大きいと考えられる。アメリカの力は認められるが、アメリカの正義は危ういと判断される。 5) したがって、3)項の条件 国がやっていける見通し、例えば借金が半減するまで、そして国連が改組し、日本が国際連合の中で正当なる位置が占められるまで、憲法の改正は実質的な意味を成さないので、この改正は行うべきではないと考える。 6) 常識的に言えば、国の財政がやっていける見通しが立って、やっと一人前であり、次に国際貢献ではないでしょうか。国の基本に関わる靖国神社問題1つをとってみても解決できない日本は 精神的にも1つの国として自立の道を歩む能力がいまだに備わっていないと判断される。世界の秩序を変えようとして立ちあがった戦前の日本国ほどの気概も自立心もいまだに備わっていないと判断される。さらに国の将来に関わる教育などはいまだに混迷しているとみられる。 7) 憲法第9条の改正は、世界的にみても 日本の再軍備を印象付ける事となり、特にアジア諸国の緊張を高め、軍拡競争の機運を高め、内から見ても外から見てもよい事は何もないと判断される。小さな国土と資源の少ない日本は 軍事で国の平和と安全を志向するよりは、文化と世界の信頼と尊敬でそれらを志向した方がよいと判断される。 8) 憲法をより時代に合ったものにしたいという考えと、特に現在ある軍隊の位置づけに対する懸念は理解できる。しかしながら、日本は繰り返されてきた選挙によって、また繰り返されてきた裁判によって、現在の状況を作り出してきているのであって、現状を受け入れるのは当然である。およそ社会の多くの在り様の問題は自明なものであり、精神と方向を現在の憲法に基礎をおいて運営していけば十分に対応していけると考える。改正よりも改悪、悪い影響が懸念される。 9) 急速な国際化とインターネットの普及により国際交流が進み、国内がしっかり纏まっていれば、核戦争はおろか平常兵器による戦争も最早起きないと考えられる。そのとき 日本国憲法は時代を先取りした素晴らしい憲法として、世界の憲法の模範となる時代が来ると判断される。国民の英明なる判断が 今こそ求められています。このとき、沈黙をまもっていれば、社会の一層の混乱と大きな負担が襲いかかってくる事にはならないでしょうか。 以上 http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/良い社会のために―よっちゃんの想い― から2009/06/25 15:25 社民党の福島瑞穂党首は二十四日、都内で講演し、次期衆院選後に民主党と連立政権を組むことになった場合の条件について「自民、社会、さきがけ政権では憲法改正論議をやらなかった。憲法審査会を動かさず、憲法九条を変えさせないことは重要だ」と述べ、憲法問題や安全保障政策での合意が不可欠だ、と指摘した。福島氏は「国民に社民党が変わったという思いをさせたらだめ。海外に自衛隊を派兵させない。衆参の比例代表の(定数)削減をすべきではない。社民党が何を譲れないのかをはっきりさせて、連立に入るかを決める」と述べた。
2009.06.25
絵になる情景:夕方 それでも太陽は まだ高いのですが、入り江に潮が満ちてきて、風で波が輝いて来ます。 木々も また風と、光に輝き、 元気そうに 枝を絶え間なく、揺り動かします。小鳥たちも元気に とんだり、さえずったりです。 脇に目をやると、光り輝く、木々の中の 赤いレンガ造りの建物が 整然と建ち、 青空の中で、夕陽を受けて輝きます。 これが研究室からの情景です。 2009/6/24/19:10 アヴェイロ大学。今日は 解説論文の翻訳、修正と精読をしましたが、なかなか完璧とは行かず、読むたびに修正を繰り返しています。 文芸社に 著書のすすめ方について、メールを出しました。
2009.06.24
アーベル賞はフィールズ賞より権威のあるものとされているのでしょうか: このようなことは あまり考えない方がいいのではないでしょうか。 評価は 歴史がするもので、審査員の人たちによって、価値判断は違いますので、 評価を客観的に 行なおうとすることは あまり意味のないことではないでしょうか。4.32 価値の評価、価値の創造について(2008/1/1):目を覚まして、家族の事、そして 価値について次のような考えが湧いてきました。小倉金之助の件と美空ひばりさんの件について、ここ数日触れてきましたが。Butzer氏達の未完の論文原稿によりますと 非常に面白く、しかも大事なサンプリングの定理が発表されたにもかかわらず、72年も注目されず、結局ドイツ人によって発見されて、世に出たという事実です。これは日本人として極めて残念な事ではないでしょうか。面白く、大事な結果が注目されなかったという事実です。私は相当なことを その定理について知っていますが、1000編を超える論文、6、7冊の専門書、専門雑誌さえその定理ついて創刊され、応用数学、電子通信論の分野で重要な役割を果しているのです。その大事な定理が 日本人によって発見されていたという事です。しかしながら、それらは殆ど、世界に寄与することなく、29年後(1949年)に発表されたシャノンの寄与によって世界に出たという事になります。- 大きな価値あるものを失ったことにはならないでしょうか。価値が評価できない、良いものが分からない。これは問題ではないでしょうか。良いものを良い、面白いものは面白と感じる感性が無ければ、これは問題ではないでしょうか。美空ひばりさん についても同様に言えると思います。第1級の評価を日本が出来るかどうかは、日本国の文化力の問題に帰するのではないでしょうか。それは帰する所、人生、世界に対する考え方が、きちんとしているか いないか に関わり、価値あるものとは何か が分からなければ できないことであると考えます。何れにせよ文化の力は重要であり、それは永い時間をかけて作られていくもの考えます。美空ひばりさんを大事にする事は、100万人の軍隊以上の国防の効果が期待できると 簡単な表現をしました。国を思う気持ち、共通の文化的な精神を共有する事は、自由競争で索漠とした国に対して、比べる事が出来ないほどの力を発揮すると考えます。一体感のある国と ばらばらな国を 比較してみてください。そうすれば、真実、本当の事であると分かっていただけるのではないでしょうか。2009/06/24 14:50 困り度: すぐに回答を!アーベル賞はフィールズ賞より権威のあるものとされているのでしょうか?あるいは現在はフィールズ賞の方が有名でも、将来アーベル賞の方が有名になり得るでしょうか。
2009.06.24
。昼食後、盛んに 涼しい 海からの風を受けて、思ったのですが、日本では 消費税に対する批判が強いのですが、国、地方で合わせて、1000兆円は どうしても無視できない異常状態であり、今期の税収が 44兆円、歳出は倍くらいですから、これでは 国は持たないのではないでしょうか。 無駄を省き、海外援助など減らすのは当然ですが、いくら歳出を削っても 限界を超えているのではないでしょうか。 困っている方は 困るという意見が直ぐに出ると思いますが、それは 税の在りようを 工夫しないからです。 基本的なものは 低く抑え、ぜいたく品や 社会に害を及ぼすようなものには 高い税を課せばいいのではないでしょうか。、ぜいたく品を高く課税すれば いいのではないでしょうか。が おかしいのではないでしょうか。ポルトから、アヴェイロまで、普通運賃があまりに安いので、びっくりしました。普通の国の10分の1 だとカストロさんは言っていました。 桁違いに安いのです。 所得税は 31.6%、消費税は高い方で 20%、水など 安いものが5%だと思います。買い物 袋は、自分で、用意できるものですから、20%の税です。非常に合理的で、進んでいると考えます。
2009.06.24
与謝野与謝野氏に迂回献金か ダミー団体通じ 先物会社、5530万円 渡辺喜氏にも:与謝野氏も、渡辺氏も 日本の最も真面目な政治家として、高く評価してきています。これらの事情は理解でき、問題ないと考えます。ではないでしょうか。 与謝野氏は いま 最も日本国のために 重責をおって 働いている方ではないでしょうか。 3つの大臣を兼務されていますね。応援したいと考えます。再生核研究所声明 23 (2009/04/02): 秘書の逮捕、起訴事件における検察庁の対応と公正の原則 先の参議院選挙の結果 与野党の歴史的な逆転が生じ、小沢氏を中心とする政権交代の機運が高まっていた折り、小沢氏の秘書の逮捕、起訴事件が起きた。この件について、素朴な疑念を感じざるを得ない。なぜこの段階における逮捕、起訴かの問題である。 検察庁は 長い間の 多額の企業献金は無視できないと述べているが、これは、不正を黙認、認めてきたことを示しており、もしそうならば、そのようなことは 許されることと理解するのは、慣例、普通である。検察庁は法を守る立場であるから、長期や多額になる以前に 事情聴取などをして 注意を喚起すべきである。これでは わざわざ犯罪を犯すのを待っていて、逮捕を意図的にしていると考えるのは 当然である。立法府の責任ある野党の党首が 法に反していないと判断されている事情は、法の解釈によって異なる点があることを示している。それでは、逮捕する以前に、多年にわたる以前に、事情聴取などして、法の精神や解釈をすり合わせ、違法な状態が拡大しないように配慮するのは 法の番人たる検察庁の義務であり、在りようであると考える。 小沢氏側は お金をすべて公開していること、これは重要な点である。 これは少なくとも小沢氏側は 公明正大にお金を集めていることを天下に示している。 闇にお金が動いていたのとは 全然違う状態である。 われわれは より良い社会を作るには どのようにすれば良いかと考察して、次のように考えている: どうしたら美しい社会を築けるでしょうか。 一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが、如何でしょうか。 平成12年9月21日早朝、公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました。 1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか。2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか。3) それはみんなに受け入れられるか。 4) それは安定的に実現可能か。 これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となれば、それは公正といえる。 現在、社会の規範が混乱し、不透明になっているように思うが、公正の原則を確認して、行動していけば ―― これは容易なことではないが ―― 世の中ははるかに明るくなり、多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか。 また、こういうことを考える教育は、人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし、環境の保全などにも貢献すると思います。(再生核研究所声明1抜粋) これは、社会の秩序をうまく保ち、美しい社会を築く原理として考えたものであるが、 今回の事件は、1)にも2) にも抵触すると考える。永年放置すれば、それは慣習、習慣として、許されるものと考えるのは当然である。そうでなければ、忠告や警告をして、法の精神を徹底させるのは 法の番人たる検察庁の義務である。いきなり逮捕では乱暴な処置と考える。このようなことでは 日本人はいつ突然逮捕されるか分らず、人々は安心して生活ができなくなってしまう。さらに、政権交代が話題となり、総選挙が間近に迫っている時の このような事件は 3)にも抵触すると考える。政権交代は 国家権力の移行であり、野党の党首の役割は 極めて大きな社会的な存在である。逮捕、起訴事件が最近、実際に示しているように、大きな影響を社会に与えるからである。このような事で、小沢氏が代表辞任となれば、結果的には 検察庁が直接政治を動かしたという重い事実が 歴史に残る事になる。逮捕、起訴の適否は やがて裁判によって決着が付けられるが、その時にはもはや結果によらずに、歴史は動いてしまうという 極めて重い責任を考えれば、 3)に著しく抵触すると考えざるを得ない。 国家権力が、軍事、検察、裁判、教育、官僚機構、経済界、マスコミなど広範に影響を及ぼすのは いわば普遍的(不変的)な事実(真実)である。従って、主権者たる国民は 国家権力がいろいろな悪い癒着構造を起こしていないか否かを絶えず検証し、警戒することは重要であり、マスコミなども民主主義が衆愚政治に陥らないように 国民とともに真剣に歩むことが期待される。ところが、マスコミなども、物事の本質と重要性を曖昧にして 軽薄な議論、論調、扱いが多いと言わざるを得ない。今回の事件は極めて重要な事件であり、日本国民は、日本国の民主主義が言論の自由を確かに保証し、法の番人で、公正と正義を実現させる国家の中枢である検察庁が 適切に機能しているか否かを、また、日本国民が真に国家の主権者であるか否かを厳しく、検証すべきである。 以上 (附記)3.30 美しい国、日本(2008/2/11):今日は、建国記念日です。日本には、世界に誇るべき美しい文化と人類を導く良い考え方があると思います。多額の借金と少子化及び教育の荒廃によって、このままいくと日本国は、衰退の道を辿る事にならないでしょうか。 何とか、日本国の再生を期したいと思います。 もちろん、日本国の神話は大事にすべきではないでしょうか。美しい国、日本日本は美しい島国です。豊かな水で多くの川が流れています。日本には山が多く、山々は緑に覆われ、また雪に覆われたりしています。日本の空と海は美しく、多くの詩と夢を育んできました。日本は大きなひとつの家族のようで、みんな一緒に助け合ってきました。言葉がなくてもお互いに理解でき、細長い国のため、四季とともに多様性にとんでいます。日本には天皇陛下がおられて、家々の氏神様の頂点におります。 天皇陛下のおられる皇居は 日本の美しいものの、心の源になっています。ですから先の大戦では 天皇のお言葉一つで 完全なる終戦を迎えることができたのです。京都は千年をこえる日本の都でしたので、日本人の故郷です。多くの人は京都を訪れて、故郷に帰ったような不思議な郷愁を感じるのです。伊勢は古代からより古い日本人の故郷です。ですから日本の首相は新年にまず伊勢神宮を参拝するのです。日本の文化には 自然とともにある繊細さがあります。俳句や和歌を多くの人々が愛でて、人に優しく気遣いができるのです。遠くのインドのお釈迦様の教えや中国の孔子様の教えが、美しい風土からうまれた神道と共に溶け込んでいるのです。これが世界に唯一つしかない 美しい日本国です。良い社会のために―よっちゃんの想い― からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/2009/06/24 14:42 商品先物取引会社「オリエント貿易」(東京都新宿区、現エイチ・エス・フューチャーズ)などグループ数社が、幹部社員の給与から天引きして集めた金を政治団体を通じ、一九九二年から二〇〇五年にかけ、与謝野馨財務相側に計五千五百三十万円、渡辺喜美元行政改革担当相側に計三千五百四十万円それぞれ献金していたことが二十四日、同社などへの取材で分かった。 西松建設の巨額献金事件と似た構図で、ダミー団体を通した迂回(うかい)献金とみられ、第三者名義の寄付や資金管理団体への企業献金を禁じた政治資金規正法に違反する疑いがある。 政治資金収支報告書などによると、政治団体は「政経政策研究会」で、オ社の加藤幸男社主が代表だった。与謝野氏の資金管理団体「駿山会」には九二年から〇五年にかけ、年二百五十万円から六百五十万円を、渡辺氏の資金管理団体「温故知新の会」には九五年から〇五年まで、年百万円から六百万円を献金していた。 与謝野氏の事務所によると、八一年から〇一年の間、寄付者が所得税控除される団体として同研究会を推薦していた。与謝野氏は九八~九九年に先物取引を所管する通産相を務めていた。 渡辺氏も推薦していたことを認めている。 エイチ社によると、課長、次長クラス以上の給与が毎月、数千円程度天引きされた。幹部らには年末に寄付による税控除の証明書が届き、政治家に寄付されたことは知っていたが、具体的な使途は知らされていなかった。加藤社主が経営を退いた〇五年前後に天引きはなくなった。 与謝野氏の事務所は、「加藤社主の個人的な献金との認識だった。推薦は加藤氏側から頼まれた」と説明した。 オリエント貿易は〇七年、エイチ・エス証券の完全子会社となり、〇八年にエイチ・エス・フューチャーズに商号変更した。◆与謝野氏『問題ない』 与謝野馨財務相は二十四日朝、東京都港区の自宅前で記者団の取材に応じ、問題となっている政治団体からの献金について「政治資金規正法上、形式的にも実質的にも問題はない」と釈明した。 政治団体の代表との関係については「私の古い友人で、三十年以上前から応援してもらっている。相手がダミーだとは意識してない」と説明した。与謝野氏が先物取引を所管する旧通産相を務めていた時も献金を受けていたが、「相手と一度も接触しておらず、法律や行政上の陳情は一回も受けてない」と主張。その上で「適法に受けた献金で、きちんと処理をしている。返却はしない」と語った。
2009.06.24
衆院選出馬要請に東国原知事「自民総裁にするなら」:これで、本根が分かりました。 お笑いのネタ にされるほど、自民党は落ちぶれたのでしょうか。 自民には 立派な方々が沢山いますので、 立て直しを図ればいいのでは ないでしょうか。今回 政権を一旦譲り、 しっかりとした再生を図るべきではないでしょうか。自民党も、日本国も 再生が必要ではないでしょうか。再生核研究所声明 14 (2008/05/18): 日本の政局についての提言 参議院選挙後の政局について 評価と位置づけを行い、日本の政局を変革するために提言を行いたい。先ず、再生核研究所声明 7 (2007/06/10): 参議院選挙に当たって の精神で、与野党を逆転させ、危険で不適切な現状認識を行っていた安倍政権を退陣に追い込み、英明なる福田政権を誕生させ、日本の政治方向を内政重視に大きく変えることができたことは、大変良いことと高く評価したい。そこで、先ず福田政権については、内政、外交共に 極めて適切であり、高く評価したい。衆院と参院の逆転の現状を受けて、多少の混乱が生じることは 止むを得ず、与党の対応も、野党の対応も必然的なものと評価したい。さて、野党の対応については、声明7に述べられているように、政界の大幅な再編を行い、政権構想を進めることが期待されているにもかかわらず、大きな進展が無いのは誠に残念である。更に問題なのは、日本の財政の厳しさに真正面から向き会わず、与党の無責任な長期政権を真正面から変革させる気迫がなく、小さな政策しか打ち出せないのは、政権をねらう野党としては 誠にふがいないことと 言われても仕方がない。逆に見れば 政治社会が如何に大きな世界であり、困難な世界であるかを示しているとも言える。この様な状況において、財政、経済、教育等 難問が山積している現状では、政治が停滞することとなり、これでは日本国の再生を一段と難しくし、再生の機会をいたずらに伸ばすことになることが危惧される。この背景には、日本国の再生は、従来の政策の修正では不可能であり、本質的に大きな取り組みが必要であるという判断がある。しからば如何にして、政局を正常化する事ができるであろうか。先ず、民主主義の原則に従って、参院で与党が過半数を割った事態を真摯に受けとめ、民意を問うために速やかに衆院を解散して、議会の秩序を回復するのが道理である。福田政権は臨時的な政権であり、早期の解散が望まれる。長期の政権は 国民の判断を受けない、いわば大義なき、おかしな政権と言われても仕方の無いものである。そこで、衆院の解散後の政局について望ましい姿を 素案として提示したい。先ず、衆院の解散に当たっては 小沢氏を中心とする政権の誕生を期待し、一旦自民党の長期政権に終止符を打ち、小沢氏を中心とする政権を樹立する。その際重要な事は、大幅に小沢氏の意思を尊重して、与野党の区別なく、相当に任せる態度で国会は一致団結して、日本国の再生を期して、政治に取り組んで頂きたいと考えます。小沢氏は充分に日本国を導く、能力と実績、見識を持っておられると判断される。船頭を多くして、船山にのぼる の諺の通り、あまりにも分権してしまうと大きな政治が行えず、大局を見失うことを恐れる。日本国の建て直しのために、強力な執行能力が日本国の政治には求められている。もし逆に、自民党の勝利による自民党の政権を続けさせれば、衆院と参院の逆転国会が続き、現在より一層弱体化した政権を誕生させることになり、政局を混乱させ、日本国の再生は 更に無責任に引き伸ばされることが予想される。小沢氏に思う存分に日本国の政治を進めて頂き、その間、自民党は谷垣、与謝野氏を中心に力を蓄え、小沢氏が退陣した後には 谷垣、与謝野氏を中心とする、強力な責任ある本格政権が樹立できるように、自民党の発展と変革を期待したい。以上。http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 2009/06/23 18:36 Saitoh 2009政権選択 自民党の古賀選挙対策委員長は23日、東国原英夫宮崎県知事と同県庁で会談し、次期衆院選に自民党公認候補として出馬するように求めた。 これに対し、東国原知事は、全国知事会が作成したマニフェスト(政権公約)を自民党の公約にすべて取り込むことと、自身を自民党総裁として衆院選に臨むことを出馬の条件に挙げた。 古賀氏は「お聞きしました」と述べ、即答しなかったという。
2009.06.23
昨日、7時過ぎ 帰る途中 図書館を 偵察しました。 5階に 数学の本があり、窓からは入り江が ぐるりと迫っていて、大変良い眺めであり、落ち着いた雰囲気をしていました。今後 相当の時間を そこで、過ごそうと思います。 自分の著書があるのを 発見して、嬉しい気持ちがしました。橋下知事、府奨励の反復学習「やらない首長落選させて」:これは知事としては、出過ぎではないでしょうか。 教育に熱心なのはいいのですが、知事には知事の役割があって 教育について そこまで細かく指示するのは如何なものでしょうか。 であると考えます。教育界はおかしくなっていると思いますので、人材を登用して大いに改革を進めて頂きたいと考えます。 再生核研究所声明 17 (2008/7/25) 教育界の改革を求める 大分県の教育界における不祥事は、いくら日本国が 空虚な日本の社会(再生核研究所声15)といっても 流石に健全な批判が湧いてきたのは当然である。身近な点から問題点を考察すると、試験がたとえ公正にできたとしても、全然問題は解決しないのではないでしょうか。 第一に、試験問題が適切であるかどうか、広く日本中で検討してみる必要があるのではないでしょうか。さらに、面接試験という大事な場面を迎えますが あのような体質で、より良い学生を公正に選ぶことができるか 検討する必要があると考えます。 試験内容について、例えば、数学専攻で、教育学部長をされた ある先生の嘆きを思い出します。大学でいくら専門の数学を熱心に勉強しても 専門の数学は採用試験には出題されず、大学受験や高校程度の数学の問題しか出題されず、それで、大学で熱心に勉学している学生よりも、家庭教師や塾でアルバイトをしている学生の方が有利になってしまい、実際、合格率も高いという嘆きです。これでは数学教育界が、数学の本当の精神や深い専門的な内容などよりは 受験勉強に代表されるような問題解きの技術の勉強になってしまうのではないでしょうか。 実際、入学して来る多くの大学生は 数学は問題解きであり、多くの技術を学ぶのが数学だと思っているのが現状ではないでしょうか。これでは創造性豊かな教育や本来の数学教育の目標からは ほど遠いのではないでしょうか。 一般に試験について、何十年も前に あるラジオ ニュースで聴いたことが なぜか何時も気になります: ネジの検査で、良いものを落とし、悪いものをわざわざ選んでいたというのです。わざわざ数学嫌いな生徒を育てたり、悪い教育を行っているような事は 至る所に見られる現象ではないでしょうか。 他方、教育には善良な市民を育成するという大事な面があるはずです。その大事な考えの一つには個性を活かし、公正な社会を実現することにあるのではないかと考えます。しかし、教育委員会の指導的な人達が 自ら信じられないような不正を行っていて、そのような方々が面接したり、教員を指導しているという事は如何なものでしょうか。大分で起きた事件は 大分県の特殊性から出てきたものではない以上、日本中で同じような状況ではないでしょうか。人事の刷新を行い、教育改革を進めるように訴えます。 このような状況で、教員更新性の導入を行えば、教育界はますます混乱し、よい事は何もないと考えます。マイナス要素を挙げてみたいと思います。 (1)教員の忙しい状況の中で、さらに時間と余計な気遣いの負担を増加させる。(2)財政難で国がおかしくなるような状況の中で、さらに大きな資金と労力をかける事になる。(3)更新講習は形式的になり、効果が望めず、逆効果が考えられる。また講習で改善されるような教員は初めから、問題が無いと考えられる。(4)更新されなかった教員の生活や身分の問題が解決できなければ、結局更新の問題は解決できず、いわば余計なことをすることになる。(5)このような制度の導入そのものが、教員の身分を不安定にし、教育上良くない効果を生むと考えられる。 などなどですが、そのようなことに 時間とお金 をかけるくらいならば、忙しい先生に休暇とお手当て を配布した方が 遙かに効果的ではないでしょうか。 日本国の再生のために、試験問題の作成委員や面接する人を 見識ある人物に代えるばかりではなく、教育界の全般的な改革と刷新を行うように 多くの関係者に求めます。またマスコミの積極的な取り組みを要請致します。 以上。 http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/2009/06/23 15:12 2009年6月23日14時41分印刷ソーシャルブックマーク 大阪府の橋下徹知事は23日、公立小中学校の学力向上策として府教育委員会が提唱する反復学習について「やった所、やらなかった所の情報をオープンにする。やらない所の市町村長は選挙でどんどん落としてもらいたい。それしか教育が変わる方法はない」と報道陣に発言した。 府教委は07、08年度の全国学力調査で大阪の成績が全国平均を下回ったことから、昨年秋に陰山英男・立命館小学校副校長らを教育委員に招き、百ます計算などの反復学習を奨励。だが府教委作成の反復学習用の教材を使っている公立校は小学校48%、中学校36%にとどまっていた。 橋下知事は「市町村教委が現場を指導できるかは、教育委員を任命する市町村のトップの政治責任。これを選挙で変えていくのがまさに地方分権だ」と述べた。 一方、各校での具体的な教育方法は市町村教委ごとでなく、学校長の判断で決まる。府教委担当者は「反復学習はお願いしてきたが、実践するかは学校独自の判断。市町村教委も強制できないのだが……」と当惑していた。
2009.06.23
頼みの綱はタレント知事? 自民・古賀氏が支援要請行脚へこれは情けない。 きちんと政権を譲って、自民党も立て直し、政権を交代しながら、政治を進化させていくのが 日本国にとって いいのではないでしょうか。衰退している党を 立て直すより、出直して、再生させた方が 党の ためにも 日本国のためにもいいのではないでしょうか。再生核研究所声明 24(2009/04/30): 政権交代によって閉塞感を打破し、日本国を再生させよう 再生核研究所は より良い社会を作るためには 政治が重要であるとの考えから、 時の政治について評価、批評、あるいは あるべき姿を提言、表明してきた。 特に日本国の置かれている状況を憂慮し、日本国の再生を期して、国防、財政、教育、経済などについて いろいろな提言を行っている。しかしながら、現実的に政治を大きく動かし、日本国に活を入れ、再生の契機を掴む最も有効な方法は、オバマ大統領の下で政治を変革させているアメリカ合衆国のように、良い指導者の下での政権交代にある。アメリカの真の実力、偉大さは オバマ大統領を選出できるような、文化力の高さにある。日本にも有能な政治家がいるのに評価できず、有能な才能を活かせない文化力の低さには 大いに反省させられる。声明 22: 小沢氏の続投による政権交代を求める にある様に 小沢氏は日本国のリーダーになる十分な才能と実績を有していると考える。実際、 1)まず小沢氏には 先の参議院選挙で自民党を破り、与野党逆転を実現させたという重い歴史的な実績がある。これは軽く考えるべきではない。2)小沢氏は 政権交代の重要性を早くから認識し、そのために、政治生命をかけてこられた しっかりとした政治哲学を持った 日本では稀なる政治家である。3)小沢氏は 日本の在るべき国家像を適切に描け、かつ日本国を導ける 稀なる日本の政治家 である。その基本は アジアの国々と友好関係を深めながら、日本をより日本国たる自立した国家ならしめ、官僚機構を正し、民生を豊かにすることと理解できる。4)小沢氏は 与党、政権党の中心的な要職を経験し、権力の内部状況を熟知し、いわば政治と国家を動かす力量と貴重な経験を有している。 小沢氏は充分に日本国を導く、能力と実績、見識を持っておられると判断される。 自民党の長期政権の弊害は、多額の借金と、慢性的な財政赤字をもたらし、高級官僚、検察、国防、裁判、財界、マスコミ、教育などとの癒着構造を深め、閉塞した社会をもたらしている。 国家権力が、広範に影響を及ぼすのは いわば普遍的(不変的)な事実(真実)である。従って、主権者たる国民は 国家権力がいろいろ悪い癒着構造を起こしていないか否かを絶えず検証し、警戒することが重要であり、日本国民が真に国家の主権者である事を 天下に示す最も簡単な方法は 政権を、アメリカやイギリスのように、 時良く転換し、政権党を絶えず牽制する事である。政権を交代しなければならない理由は 1)自民党の勝利では 現在より一層弱体化した政権しか生まれず、参議院と衆議員の逆転が顕著になり、よって政治が混迷する。自民党の政治は 安倍、福田、麻生氏の選挙を経ない3代の首相を選出しながら、信じられないような政権の投げ出しを続け、また、財政状況を見ても分かるように 既に破綻していると言わざるを得ない。2)長期政権による いたるところに現れた癒着構造は 社会の閉塞感を生み、抜き差しならない状況に陥っている。 3)自民党の内部には、軍事や憲法、核問題や平和の問題について、現憲法の精神に反し、時代の進歩に逆行した方向を志向している相当なグループが存在していて、それらが政治と外交に悪い影響を与えている。等である。そこで、くらし、生活が第一 の民主党を中心とする小沢氏の下での政権交代を実現させるべきである。小沢氏の秘書の、逮捕、起訴事件によって 民主党も自民党も同じようなものではないかとの失望感が広がっていると言われている。しかしながら、このような判断は 二重の過ち を含んでいると考える。第一には、この機における逮捕、起訴事件は検察庁の恣意による疑いが濃厚であり(声明23)、企業献金問題を論じるならば、企業献金の額の大きさは、強大な国家権力を有している側の状況と比較すれば、問題にならない程のものであること。 第二には、たとえ同じようなものであったとしても、政権を交代させる意義は 国家権力の移行であり、計り知れない政界の浄化と日本国の活性化に寄与するものである。小沢氏に思う存分に日本国の政治を進めて頂き、その間、自民党は谷垣氏や石原氏など若い人達を中心に力を蓄え、小沢氏が退陣し、民主党に限界が見えたときには、その後には、強力な責任ある政権が樹立できるように、自民党の発展と変革を期待したい。日本国においても、権力は必ず腐敗するという原理に基づき、政権交代が可能になるような政治状況を作って行くべきである。 政権交代ができるという事は 民主主義の基本的な要件である。野党の不甲斐なさに対する懸念は理解できるが、大きくしても成長しない場合には勿論罰を与えればよく、逆に惰性と政権を動かさないことこそ、危険である。政治社会は大きな世界であるから 個人が思うようにはならないのが常である。それで、政治に無関心になったり、絶望してしまうということでは 政治は何時まで経っても良くはならない。少しでも より良い方向で参加し、努力して行くべきである。みなさん、党派を越えて、将来について十分に責任を負える若い世代の人に、また政治を安心して託せる人物たる人物に、政治を託すようにしようではありませんか。民主主義は衆愚政治に陥り易いので、政治家の選出には真剣に望みたい。政治は大きな世界で、大事なのです。 以上 2009/06/22 19:45 自民党の古賀誠選対委員長は23日午後、宮崎県庁を訪れ、東国原英夫知事と会談する。無党派層に人気がある東国原氏に次期衆院選で支援を求める。 今後は橋下徹大阪府知事、森田健作千葉県知事にも協力要請する方針。古賀氏と東国原氏は宮崎県の道路整備でこれまでも数回面会している。 東国原氏をめぐっては昨秋、中山成彬前国土交通相(宮崎1区)が衆院選不出馬の表明直後、自民党が出馬を打診した経緯がある。
2009.06.22
ヴァイロンは シントラ地方 を エデンの園 のようだと 表現したそうですが、 アヴェイロも そんな感じがします。 植物、花、小鳥たちを見ながら、そんなふうに感じました。さらに 入り江に面しているので、涼しい風が吹きわたり、潮の香りもします。 豊かな 山の幸と 海の幸で、ものは豊富で、豊かさを 全体に感じます。なぜ『脱税』は犯罪なのか?:これは簡単ではないでしょうか。 誰も税金を納めず、約束を守らなかったら、 水道の水は 出ませんし、ガスも使えません。 電車もバスも乗れません。 生活が成り立ちませんね。世の中の問題は、大抵は次の公正の原則で、解決できると思いますが、如何でしょうか。第1章 再生核研究所声明について 1.1 再生核研究所声明 1 (2007/1/27): 美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは 最近の世相として、不景気・政界・財界・官界・大学の不振、教育の混迷、さらにニューヨークのテロ事件、アフガン紛争、パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか。一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが、如何でしょうか。 平成12年9月21日早朝、公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました。 1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか。2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか。3) それはみんなに受け入れられるか。 4) それは安定的に実現可能か。 これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となれば、それは公正といえる。 現在、社会の規範が混乱し、不透明になっているように思うが、公正の原則を確認して、行動していけば ―― これは容易なことではないが ―― 世の中ははるかに明るくなり、多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか。 また、こういうことを考える教育は、人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし、環境の保全などにも貢献すると思います。 特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生、世界を考えること)、道徳、芸術、体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか。国や隣人を愛せるようになる教育、多様性を重視し、個性や隠れた才能を伸ばし、友情を育み、人々が助け合うようになるような教育が望まれます。(再生核の理論入門、斎藤三郎著 牧野書店 2002年10月出版 あとがきから抜粋) 以 上 美しい社会とは 美しい社会においては戦争などはないのです いじめなどはないのです ごみなどは落ちていないのです 交通事故などはないのです 美しい社会においても競争などはあるのです しかし敗れても美しい気持ちが湧いてくるのですより美しいことへの挑戦の気持ちが湧いてくるからです 美しい社会においては人々は喜々として明るい表情をしているのです それは個性が活かされ人々は夢と希望に満ちているからです 美しい社会においては人々は助け合いますから 不幸が訪れても人々はそれほど暗くなることはないのです 美しい社会においては芸術家は憧れのまとです しかし人々は美しいものを求めていますから 人々が芸術家なのです 美しい社会美しい社会とは人々が美しいものを求めている社会のことです 美しいものを求めるということは感動できることを求めるということです 2009/06/22 15:50 困り度: 暇なときにでも 野村サッチーの逮捕劇を見てふと疑問に思ったんですがなぜ『脱税』は犯罪行為なんでしょうか?人を傷つけたり殺してしまったなら、「あぁ悪いことをしたんだな罪になるのは当然だ」と納得できないでもありませんでも『脱税』が罪となる根拠はなんでしょう?法規範ですでに決まっているから・・・とするなら、その前提はなんでしょう?「ひとりだけ儲けやがって」とかの、恨みつらみが法として具体化された結果でしょうか?実は『脱税』を法として犯罪行為とするのがむしろ犯罪なのでは?
2009.06.22
アヴェイロの入り江:昼食を 宿舎でとるために 出かけてきましたが、今日は青空が広がり、空が、いっぱいと言った感じです。 たぶん気温は 相当高く、日中は 仕事をするように感じられる 状況ではありまんせん。 2時少し前、入り江には 潮が満ちていましたので、近くに行って 見てきました。驚いたことに 魚が相当群れて泳いでいて、飛び跳ねていました。引き潮のときは 相当な一帯が 干潟になるので、どこかに魚は取り残されるのではないかと 思います。趣味のある方は 釣りも楽しめるのではないかと思います。 この辺の事情を 地元の人に伺ってみたいと思います。 濃い紫の花など、いろいろな花が咲き、小鳥たちも元気です。先ほど、建物の中に入り込み、出られず、窓ガラスにぶつかりを 繰り返していた小鳥を、救ってやりました。
2009.06.21
小沢氏の参考人招致も=自民・菅氏:100年に 1度の大事に そんなことをしていて良いのでしょうか。 とうとうやる手が 無くなったとして、評判を落とすのではないでしょうか。さらに、選挙対策の責任者が そのような問題を 掘り起こしているのは、 普通は おかしいのではないでしょうか。なぜなら、選挙対策の一環と見られるからです。逆に 国民は 検察庁、国家権力の在りようについて、追及すべきではないでしょうか。 このような問題を 曖昧にすれば、民主主義の基本が あやうい と言えないでしょうか。再生核研究所声明 23 (2009/04/02): 秘書の逮捕、起訴事件における検察庁の対応と公正の原則 先の参議院選挙の結果 与野党の歴史的な逆転が生じ、小沢氏を中心とする政権交代の機運が高まっていた折り、小沢氏の秘書の逮捕、起訴事件が起きた。この件について、素朴な疑念を感じざるを得ない。なぜこの段階における逮捕、起訴かの問題である。 検察庁は 長い間の 多額の企業献金は無視できないと述べているが、これは、不正を黙認、認めてきたことを示しており、もしそうならば、そのようなことは 許されることと理解するのは、慣例、普通である。検察庁は法を守る立場であるから、長期や多額になる以前に 事情聴取などをして 注意を喚起すべきである。これでは わざわざ犯罪を犯すのを待っていて、逮捕を意図的にしていると考えるのは 当然である。立法府の責任ある野党の党首が 法に反していないと判断されている事情は、法の解釈によって異なる点があることを示している。それでは、逮捕する以前に、多年にわたる以前に、事情聴取などして、法の精神や解釈をすり合わせ、違法な状態が拡大しないように配慮するのは 法の番人たる検察庁の義務であり、在りようであると考える。 小沢氏側は お金をすべて公開していること、これは重要な点である。 これは少なくとも小沢氏側は 公明正大にお金を集めていることを天下に示している。 闇にお金が動いていたのとは 全然違う状態である。 われわれは より良い社会を作るには どのようにすれば良いかと考察して、次のように考えている: どうしたら美しい社会を築けるでしょうか。 一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが、如何でしょうか。 平成12年9月21日早朝、公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました。 1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか。2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか。3) それはみんなに受け入れられるか。 4) それは安定的に実現可能か。 これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となれば、それは公正といえる。 現在、社会の規範が混乱し、不透明になっているように思うが、公正の原則を確認して、行動していけば ―― これは容易なことではないが ―― 世の中ははるかに明るくなり、多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか。 また、こういうことを考える教育は、人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし、環境の保全などにも貢献すると思います。(再生核研究所声明1抜粋) これは、社会の秩序をうまく保ち、美しい社会を築く原理として考えたものであるが、 今回の事件は、1)にも2) にも抵触すると考える。永年放置すれば、それは慣習、習慣として、許されるものと考えるのは当然である。そうでなければ、忠告や警告をして、法の精神を徹底させるのは 法の番人たる検察庁の義務である。いきなり逮捕では乱暴な処置と考える。このようなことでは 日本人はいつ突然逮捕されるか分らず、人々は安心して生活ができなくなってしまう。さらに、政権交代が話題となり、総選挙が間近に迫っている時の このような事件は 3)にも抵触すると考える。政権交代は 国家権力の移行であり、野党の党首の役割は 極めて大きな社会的な存在である。逮捕、起訴事件が最近、実際に示しているように、大きな影響を社会に与えるからである。このような事で、小沢氏が代表辞任となれば、結果的には 検察庁が直接政治を動かしたという重い事実が 歴史に残る事になる。逮捕、起訴の適否は やがて裁判によって決着が付けられるが、その時にはもはや結果によらずに、歴史は動いてしまうという 極めて重い責任を考えれば、 3)に著しく抵触すると考えざるを得ない。 国家権力が、軍事、検察、裁判、教育、官僚機構、経済界、マスコミなど広範に影響を及ぼすのは いわば普遍的(不変的)な事実(真実)である。従って、主権者たる国民は 国家権力がいろいろな悪い癒着構造を起こしていないか否かを絶えず検証し、警戒することは重要であり、マスコミなども民主主義が衆愚政治に陥らないように 国民とともに真剣に歩むことが期待される。ところが、マスコミなども、物事の本質と重要性を曖昧にして 軽薄な議論、論調、扱いが多いと言わざるを得ない。今回の事件は極めて重要な事件であり、日本国民は、日本国の民主主義が言論の自由を確かに保証し、法の番人で、公正と正義を実現させる国家の中枢である検察庁が 適切に機能しているか否かを、また、日本国民が真に国家の主権者であるか否かを厳しく、検証すべきである。 以上 (附記)3.30 美しい国、日本(2008/2/11):今日は、建国記念日です。日本には、世界に誇るべき美しい文化と人類を導く良い考え方があると思います。多額の借金と少子化及び教育の荒廃によって、このままいくと日本国は、衰退の道を辿る事にならないでしょうか。 何とか、日本国の再生を期したいと思います。 もちろん、日本国の神話は大事にすべきではないでしょうか。美しい国、日本日本は美しい島国です。豊かな水で多くの川が流れています。日本には山が多く、山々は緑に覆われ、また雪に覆われたりしています。日本の空と海は美しく、多くの詩と夢を育んできました。日本は大きなひとつの家族のようで、みんな一緒に助け合ってきました。言葉がなくてもお互いに理解でき、細長い国のため、四季とともに多様性にとんでいます。日本には天皇陛下がおられて、家々の氏神様の頂点におります。 天皇陛下のおられる皇居は 日本の美しいものの、心の源になっています。ですから先の大戦では 天皇のお言葉一つで 完全なる終戦を迎えることができたのです。京都は千年をこえる日本の都でしたので、日本人の故郷です。多くの人は京都を訪れて、故郷に帰ったような不思議な郷愁を感じるのです。伊勢は古代からより古い日本人の故郷です。ですから日本の首相は新年にまず伊勢神宮を参拝するのです。日本の文化には 自然とともにある繊細さがあります。俳句や和歌を多くの人々が愛でて、人に優しく気遣いができるのです。遠くのインドのお釈迦様の教えや中国の孔子様の教えが、美しい風土からうまれた神道と共に溶け込んでいるのです。これが世界に唯一つしかない 美しい日本国です。良い社会のために―よっちゃんの想い― からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/2009/06/21 19:15 6月21日18時25分配信 時事通信 自民党の菅義偉選対副委員長は21日、宮城県東松島市で講演し、西松建設の違法献金事件の公判で、小沢一郎民主党代表代行の事務所が公共工事の談合に関与したと検察が指摘したことに関し、「小沢氏は今まで全く関係ないと言ってきたが、(関与が)明確になっているから皆さんに説明する責任がある」と指摘。「小沢氏が説明しなければ、参考人として出てもらうことも当然求めなければならない」と述べ、国会招致も辞さない姿勢を示した。
2009.06.21
どうして生命は産まれたの?:これはとても真面目で、深い問題です。 外の世界は分かりませんので、自分の世界から、考えるのもいいのではないでしょうか。 私は次のように考えています:1.12 再生核研究所声明 12 (2007/9/17): 人生、世界の存在していることの意味について 天才教育や世界の在りようについて考えていましたら、結局は人生とは何か、存在している意味、目的が大事であると考えました。なぜならば この世の全ての問題は 結局はひとりひとりの心の問題に帰するからです。そこで、次の文章を思い出したので引用して、全ての基礎にしたいと考えます: 人生における基本定理 ・・・ 1995年1月13日朝、目覚めの後、ひとりでに数学のアイディアがうかんだときのように、「人生の意義は、 ・・・・・・ にある」という言葉がわいてきた。私はもの心ついてから: 自分が生きていること、そして死ななければならないことを知って以来、人生そのものの意味について、最も中心的な問題として考えてきた。その核心は、人間は生まれ、生き、死んでいくものであるが、それらがどのような意味があるのか、そして、そのような人生においてどれ程の価値があるのか、という半ば悲観的な見方:実際、人生は何の意味もないのに、人は死にたくないから、そして人並みにあるいは人並み以上になりたいから、或いは人に尊敬されたいから等の漠然とした気持ちで生きているのではないか、と。また、そのような人生、人間の目標はどのようなものか、という基本的な問題への疑問であった。「人間としての存在の究極の意味、価値は」「人類の目指すべき基本的な方向とは」これらの基本的な問いについて、私が、全体的に、直観として得た解は、「人生の意義は、感動すること にある」というものである。「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」というような、人生における真剣な問いについて、これは十分な解答になっていると思われる。 人類の価値: 真、善、美、聖などの基礎を、我々の素朴な「感動させるもの」におき、また同時に生と死を、感動することと感動の止むことに置き換えれば、我々は死を安らかに受容できると思われる。 人類の永遠の課題 神、自由、不死の解決のための確かな道筋を与えるばかりではなく、人間存在における三位一体の理 存在、知、愛を 渾然一体のもの「感動」として捉らえたことになろう。また、藤村 操は、「・・・ 人生は不可解である、 ・・・ 」という遺言を残して自殺したが、彼を何かに真に感動させ、「人生の意義は、感動することにある」として、彼を救うことができたかもしれない。何が「人間を感動させるのか」を問うて行けば、「人生如何に行くべきか」の基本的な方向を捉えることができるし、それは多くの人間が素朴に、或いはぼんやりと抱いていたものと大きな相異はなく、この「人生における基本定理」は 多くの人間によって受け入れられるばかりではなく、新鮮な感動をもって人生の基本的な指針を与えてくれると思われる。 謝辞 群馬大学名誉教授の松井弘次先生の本「色にまみれて」を読み、先生の「愛と熱情」に「感動した」と同僚達に述べているうちに、基本定理は自然に思い浮かんだものであり、「魂の解放」に導いて下さった先生には深い感謝の気持ちを表したい。 追記 基本定理を自覚した後の心情は、 人生はそれ以上のものではないという寂しさ、さまざまな人生の肯定、何か絶対的で永遠的なものを失ったような寂しさ、感動できる人生を送ることは容易ではなく、逆に人生は苦悩に満ちている、人生のことは、考えれば考えるほど、わけが分からなくなる、 等、であるが、それにも関わらず、人生の方向と限界を知り、夢中で人生を送っているよりは はるかに賢明になったように感じている。(群馬大学工業会報より抜粋)以 上(参考)藤村が遺書として残した「巌頭之感」の本文: 悠々たる哉天壤、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て比大をはからむとす、ホレーショの哲學竟(つい)に何等のオーソリチィーを價するものぞ、萬有の真相は唯だ一言にして悉す、曰く「不可解」。我この恨を懐いて煩悶、終に死を決するに至る。既に巌頭に立つに及んで、胸中何等の不安あるなし。始めて知る、大いなる悲觀は大いなる樂觀に一致するを。2009/06/21 16:18どうして生命は産まれたの? 困り度: 暇なときにでも 近年、宇宙が誕生してから137億年経つと言われてますね。とても長い時間のように感じる反面、そこまで途方もない数字ではないような気がします。地球の歴史が約46億年、生命の歴史が40億年ということを考えると、宇宙の歴史の約3分の1ほども生命は繁栄してきたんですよね。あるいは他の惑星にはもっと以前に生命が存在していた可能性もあります。そう考えると生命が誕生したことには何か必然性があるように感じませんか?単に偶然の産物として産まれたとしたら、少し出来すぎてる気がするのです。さらに生命はただ存在しただけでは無く増殖・繁栄し、進化をし続けています。何か意味があることなんでしょうか?私たちはなぜ産まれたのか。多くの人が一度は考えたことだと思いますが、科学的でも哲学的でも、あるいは宗教的な考えでも、どんな視点からでもいいので、皆さんのお考えを聞かせてください!もちろん専門科の方でなくても結構です。沢山のご意見をお待ちしています!
2009.06.21
安倍元首相、衆院選は麻生首相で 細田氏も麻生首相を強調:これらは適切な判断だと考えます。 きちんと政権を譲り、国家のために、自民党を立て直すくらいの良識と度量を持って頂きたいと考えます。今回大事なことは、民主党の大勝に よって安定した形で、政権の交代を実現させることではないでしょうか。政党より、日本国の再生が大事であると考えます。再生核研究所声明 22 (2008/09/30): 衆議院選挙に当たって - 人心の一新と政権交代を求める[案] 再生核研究所は より良い社会を作るためには 政治が重要であるとの考えから、時の政治について評価、批評 あるいは あるべき姿を提言、表明してきた。 特に日本国の置かれた状況を憂慮し、日本国の再生を期して、国防、財政、教育、経済などについていろいろな提言をしている。今回の衆議院選挙に当たって 現状の位置づけを行い、日本国の政治状況を革新するために 人心の一新と政権交代を求める提言を行いたい。 先ず、声明 7 (2007/06/10): 参議院選挙に当たって の精神で、与野党を逆転させ、危険で不適切な現状認識を行っていた安倍政権を退陣に追い込み、英明なる福田政権を誕生させ、日本の政治方向を内政重視に大きく変えることができたことは大変良かったと高く評価してきた。福田政権については、内政、外交共に 極めて適切であり、高く評価してきた。また衆議院と参議院の逆転の現状を受けて、多少の混乱が生じることは 止むを得ず、与党の対応も、野党の対応も必然的なものであると評価してきた。 さて、野党の対応であるが、声明7に述べられているように、政界の大幅な再編を行い、政権構想を進めることが期待されていたにもかかわらず、大きな進展が無かったことは誠に残念である。更に問題なのは、日本国の財政の厳しさと真正面から向きあわず、与党の無責任な長期政権を真正面から変革させる気迫がなく、小さな政策しか打ち出せないのは、政権をねらう野党としては 誠に不甲斐ないことと 言われても仕方がない。逆に見れば 政治社会が如何に大きな世界であり、困難な世界であるかを示しているとも言える。この様な状況において、財政、経済、教育等 難問が山積している現状では、政治が停滞することとなり、これでは日本国の再生を一段と難しくし、再生の機会をいたずらに引き伸ばすことになることが危惧される。この背景には、日本国の再生は、従来の政策の修正では不可能であり、本質的に大きな取り組みが必要であるという状況判断がある。しからば如何にして、政治を正常化できるであろうか。先ず、民主主義の原則に従って、参議院で与党が過半数を割った事態を真摯に受けとめ、民意を問うために速やかに衆議院を解散して、議会の秩序を回復するのが道理であった。然るに安倍政権と福田政権の信じ難い政権の無責任な投げ出しは もはや政権を担う政権党としての力量の無い事を天下に示しているものであり、政権の交代が憲政のあるべき姿であると考える。また長期政権の弊害による 官僚機構の脆弱性と綱紀の緩みが広範に露呈してきている。国、地方で1000兆円を超える借金を抱え、慢性的な財政赤字の中で、2兆円のバラマキ行政は 殆ど出鱈目な、無責任な行政と言われても仕方のないものと言える。期待されて交代した麻生首相は 予想以上の失態を繰り返し、2兆円のバラマキ一律給与などの無為、無策を天下に示し、元首相の小泉氏にさえ 呆れてしまうなどと 表現されてしまう有様である。その間、小沢氏は 着々と政権の基礎作りと外交の有り様についても具体化を進めている。それで急速に政権交代を期待する声が 増してきていると判断される。 そこで、衆議院の解散に当たっては 小沢氏を中心とする政権の誕生を期待し、一旦自民党の長期政権に終止符を打ち、小沢氏を中心とする政権の樹立を期待する。その際重要な事は、大幅に小沢氏の意思を尊重して、与野党の区別なく、相当に任せる態度で国会は一致団結して協力し、日本国の再生を期して、政治に取り組んで頂きたいと考える。小沢氏は充分に日本国を導く、能力と実績、見識を持っておられると判断される。小沢氏には 現代の賢人 稲盛和夫氏が 友人としている事は 誠に心強いと考えられる。船頭を多くして、船山にのぼる の諺のように、あまりにも分権してしまうと大きな政治が行えず、大局を見失うことを恐れる。日本国の建て直しのためには、政治に強力な執行能力が求められている。国会議員は 党派の事よりも、また選出母体の利益よりも 日本国のことを第一に考える人が選出されるべきである。 もし逆に、自民党の勝利による自民党の政権が続けば、衆議院と参議院の逆転国会が続き、現在よりも一層弱体化した政権を誕生させることになり、政局を混乱させ、日本国の再生は、更に無責任に引き伸ばされることが予想される。 小沢氏に思う存分に日本国の政治を進めて頂き、その間、自民党は谷垣氏など若い人達を中心に力を蓄え、小沢氏が退陣し、民主党に限界が見えたときには、その後には、強力な責任ある本格政権が樹立できるように、自民党の発展と変革を期待したい。日本国においても、政権交代が可能になるような政治状況を作って行くべきであると考える。 野党の不甲斐なさに対する懸念は理解できるが、大きくしても成長しない場合には勿論罰を与えればよく、逆に惰性と政権を動かさないことこそ、危険である。政治社会は大きな世界であるから 個人が思うようにはならないのが常である。それで、選挙に当たって投票を棄権するということでは 政治は何時まで経っても良くはならないと考える。少しでもより良い社会になるような方向で参加し、努力して行くべきであると考えます。みなさん、党派を越えて、将来について十分に責任を負える若い世代の人に、また政治を安心して託せる人物たる人物に、政治を託すようにしようではありませんか。政治は大きな世界で、大事なのです。 以上。http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/2009/06/21 12:27 2009年6月21日 11時56分 安倍晋三元首相は21日のフジテレビ番組で、自民党内の総裁選前倒し論に関し「トップリーダーを代えることは考えるべきではないし、現実的ではない。麻生太郎首相自身が辞める気持ちは全くない」と述べ、衆院選は麻生首相の下で戦うべきだとの認識を示した。 自民党の細田博之幹事長もテレビ朝日番組で「経済危機を乗り切るには麻生氏しかいない」と強調した。 これに対し民主党の岡田克也幹事長は同じ番組で「既に安倍、福田、麻生と選挙なしで代わっている。国民も『いいかげんにしてくれ。ちゃんと選挙をやってくれ』ということだと思う」と指摘する一方、「誰でもいい。『もう自民党はだめだ』というのが国民の強い思いで、結果が付いてくると確信している」と政権交代に自信を見せた。 7月に行われる静岡県知事選と東京都議選の政局への影響について、安倍氏は「静岡、東京の未来を誰に託すか決める選挙で首相の責任とは関係ない。ただ議員心理には影響があるだろう」と述べた。
2009.06.21
今朝は アヴェイロは スカッとした青空です。8時前に来て、家族とスカイプで交信しました。元気な様子で安心です。東宮大夫発言に石原知事が反発 IOC総会めぐり: これは 逆に 石原氏の出過ぎではないでしょうか。オリンピック開催については、 国内でも 反対意見があり、さらに日本は 開催を譲るべきだとの考えもあります。 石原知事は 不遜にも 皇室を 政治的に 利用しようとするもので、 許すべきではないと 考えます。東宮大夫発言は 適切であり、当然である と考えます。 2009/06/21 12:28 - 元のメッセージを隠す -2009年6月21日 朝刊 東京都の石原慎太郎知事は二十日、二〇一六年夏季五輪の開催都市を決める国際オリンピック委員会(IOC)総会への皇太子ご夫妻の出席について、宮内庁の野村一成東宮大夫が否定的な見解を示したことに対し「役人が先にそういうことを言うのは間違っている」と反発した。 知事はIOC委員へのプレゼンテーションを終え、二十日、スイスから帰国。成田空港で記者の質問に答えた。知事は「国民が熱望する大きなイベントのために、皇太子殿下が国民を代表して、日本の説明をすることを望まない国民はいない」と話した。 東宮大夫は十九日の定例記者会見で「皇太子というお立場を考えると、慎重な対応が求められる」と述べていた。
2009.06.21
今日も アヴェイロは よい天気です。 宿舎から 構内を見た、 入り江と青空と、芝生に囲まれた 赤いレンガ作りの 建物が 整然と立っている風景は 絵になる情景でした。「都議選後に舛添首相誕生?」民主・鳩山代表が見方示す:鳩山氏も 枡添氏も立派 な政治家で、各々の立場で、努力されていますので、 つぶしあうような 愚かな真似 はして頂きたくないと考えます。 政党より、国は大事で、与党にも野党にも 人材は必要です。 より良い政治のために、政権を交代しながら、より良い政治のために、競い合っていただきたいと考えます。2009/06/20 13:22 民主党の鳩山代表ら幹部と連合の高木剛会長らが19日夜、都内で会談した。 出席者によると、鳩山氏は「自民党は東京都議選後に総裁選を行って舛添厚生労働相を選ぶのではないか。そして、舛添氏を(鳩山氏が出馬する)衆院北海道9区にぶつけてくるのではないか」と語った。 岡田幹事長は、総裁選を行うなら都議選前ではないかとの見方を示したという。
2009.06.20
マイナスとマイナスの掛け算の説明ができません:これは誰でも疑問にもつ、有名な問題と思います。もちろん、証明も、解説も いろいろでき、また ありますが、何となく、分からない気持ちが 残ると思います。複素解析学で、オイラーの公式を説明すると、学生は、何もかも 分かって、喜んでくれます。見て すっかり分かる ようになりますから、本当に楽しいです。私は何十年も 考察を続けて、新しい解釈に達しました。次の講演で、述べられましたが、 要点は逆で、1を 2つに分けると -1 が出てくる、 - 1 を 2つに分けると i (虚数単位) が出てくると考えました。同じものを2つかけて、 -1になる数が あり、それが虚数単位いです。ここは 深くて、面白ところです。妥協しないで、考察を深めて下さい:ベストティーチャーによる工学部公開模擬授業要旨(対象は学生ではなく教職員):(2008/09/29 群馬大学工学部大講義室) 数学とは何か何故数学を学ぶか数学における最高の結果数学が神秘的に美しいこと 始めに、数学とは何かを、考えたいと思います。 数学とは何かが 歴史的にも うまく述べられていないようであったので、 (数学名言集: ヴィルチェンコ編、松野武、山崎昇訳 1989年 大竹出版 参照)、 数学とは何かを論じ、さらに数学における最高の成果と、数学が神秘的に美しいことを 論文で発表しました: そこでは、数学とは 関係たち であり、 関係を発見 するのが 数学の研究 である と述べています。 簡単な例を挙げれば、2点があると それらを通る直線が、ただ1つ定まり、逆に2直線が交われば ただ1点を定めるは 最も原始的な数学と言えます。何故ならば、点と直線の間の関係を表しているからです。もう1歩進めれば、そのときの、点とか直線とは 実は、何でもよく、点と直線自体については何も分からず、知る必要もなく、所謂 無定義用語 だということです、ただ関係だけ が 数学では問題なのです。日々発表される世界の 数学の論文のすべてが 何らかの関係を述べている事実を指摘し、数学が 関係を研究する学問 である としたいと思います。厳密な意味でも、数学は所謂 公理系 と呼ばれる、何でもよい無定義用語間の関係を仮定しており、そこから導かれる関係の全体が 1つの数学を構成していることに 思いを致したいと思います。 - ここで 人間も じんかん と読み、実は 人と人との間の関係 が 人間 であり、関係が人間のすべて になることを思い致すと 面白い事になるでしょう。-しかしながら、そのような本質的な議論の上に、数学としての重要な面、すなわち、神は数学を言語として 世界を創造されている とか、世界の設計図 が数学で書かれているなどと述べ、世界を理解し、表現するには 数学が必要であると 述べたいと思います。ニュートンやアインシュタインの法則や マックスウェルの方程式、CTスキャナーの原理や電磁波の予想の物語など いろいろな例を思い起したいと思います。数学の有効性です。これらは 工学部の人達には当たり前ですから 更に述べる必要は無いと思います。 ここで神が出てきますが、ここで言う神とは 大自然の法則、大自然そのもの、ありとあらゆるものの総称と考えていますが、更に何らかの意味で 人格的なものを反映している存在 です。 人格的なものを反映している存在でなければ 私達は自然と語り合うことも、自然と気持ちを交わすこともできません。 - 人間も本来 大自然の一部であり、自然と人間は調和がとれているはずです。自然とともに在りたいは 人生の1つの原理ではないでしょうか。- それでは 数学における最高の成果と、数学が如何に神秘的に美しいか を説明したいと思います。 その前に、その論文では、数学の価値判断の基準も述べ、定理と述べられる、良い結果、関係とは、 1) 基本的であること、2) 美しいこと、そして 3)人間に良い影響を与える関係である と述べている事を想起しておきたいと思います。 まず、平面上に、1つの直線を描いてください。そして、勝手に2点を指定し、0と1と定めてください。そこに例のように、数直線の概念 を説明します。0,1間を長さの基準として、原点0からの距離がそれぞれ 2,3,4、、、にあり、しかも 1がある方向にある直線上の点を整数点 2,3,4、、、として定めます。 それらと反対方向にある点を -1、-2、-3 - 4、、、 として定めます。 次に分数も指定し、更にルート2、ルート3、、、 なども直線上に指定します。無理数もあることにも触れたいと思います。 更に、原点0を中心に半径1の円を描きます。 その円は 1の点と - 1の点を通っています。 そこで、 1と -1を結ぶ円の周の長さが π であることを説明します。πの意味と数値の永い歴史や、超越数である事を思い起こしたいと思います。 さて 関係を研究する学問である数学 において、いま数として、0,1; そして、- 1とπが現れたことを心に留めたいと思います。 ここで、神様の気持ちに触れたいと思います。 神は2を愛し給う という世界観です(2.3節 良い社会のために -よっちゃんの想い- )。2つが大事であり、2つから成るのが世には多い事に触れたいと思います。 ギリシャ語によれば、人間とは片割れであり、2つ合わせて人になるという事です。本来1つの存在であった人が、別れて、人間である男と女になったというのです。 片割れである男と女は もとの人になるべく求め合うのが恋の本質であると理解しています。日本にも夫婦で1つで、人であり1人前という考え方がありました。- 私も妻を迎えるまでは、母に1人前に扱われませんでした。まだ人になっていないからというのです。 そこで、大事な場面に入ります。 ○○ = -1 の方程式を考えます。- 1 は ある数の2乗になるというのです。 - 1 のある意味での半分です。 この数は はじめの段階では、想像上の数として(虚数として) i として考えられました。 数学者には簡単ですが、i の導入を上手くしたいと思います。 奇妙にも 複素数が本当の数 であり、再び複素数が2つの部分からなっている事に触れたいと思います。複素です。複素数が本当の数であると言えます。 そのことを証明し、活用するのが 工学部の2年生が学ぶ、複素解析学の雄大な学問です。 ここで、面白い事実に注意してください。 - 1 ・ - 1 = 1ですから、実は -1 は 1を半分に分けた数と理解できるという事です。 1を分けて、分けて, すなわち, 2回分けて、i に達していますね。( i も更に分けていけますが、もはや面白いのは出てきません)。 さらに、多くの偏微分方程式の中には 2がいっぱい現れる、偏微分作用素ラプラシアンが現れますが、ラプラシアンを半分にした、ナブラ、ハミルトンの演算子が、世界の多くの理工科系の学生が必ず学ぶ、古典ベクトル解析の基本的な道具になっている事を想起すると、再び神が2を基準に世界を構成している事が良く分かると思います。 そこで、0,1は 基準として定められた数で、基本的な数として、- 1、πそして i を確認したいと思います。 関係を研究する学問である数学において、これらを関係づける簡単な公式が存在します。 e という数を持ってくると、簡明な関係になり、その関係が オイラーの公式で e^{πi}= - 1 になるというのです。 この数 e = 2.718281829... は、無理数どころか超越数です。 明確な実体を持つ数から 逆に この関係を成り立たせる数 として e を考えたいと思います。べき の形に書かれた意味は べき の素朴な拡張された意味と理解できます。 あるいは、べき はある一つの 働き(何かをすること; すなわち、eとπiを何かすること)として考えてもいいと思います。 すなわち、基本的な数、- 1、πそして i を 結びつける数 として、e を考えたいと思います。 ちなみに この数 e は ネーピア数 または オイラーの定数 と呼ばれる数で、人類が最初に見つけた超越数です。 超越数とは 整数係数の代数方程式の解にはならない数のことで, e は対数の底などに用いられる、最も基本的な数です。 また最も美しく、基本的な関数である 指数関数の基になります。 更に、数直線や実数は、実は殆どが 超越数からなることにも 触れたいと思います。 神は数学を言語 として 世界を創造されたと述べました。最も基本的な数が超越数であるということの意味は、世界をそれだけ複雑に作られたという事を意味しないでしょうか。人間は 人間存在の原理によって あらゆるものを究めていこうとしますが、神は 人間があまりにも神に近付くのを嫌っておられるように思います。それで、神は人間に意地悪をしているのです。(続く)2009/06/20 13:06 困り度: 暇なときにでも たとえば10×-10=-100プラス10にマイナス10を掛けるから、答えは-100。。解ったような解らないような。。。プラスのものにマイナスを掛けるから、答えはマイナス。ムリヤリなんとか理解できます。でも-10に-10を掛けるとなぜ+100となるのでしょうか?マイナスにマイナスを掛けると、さらにマイナスになるのではないでしょうか???こどもに説明したいのですが、自分が解っていないので説明ができません。ワタクシの浅い質問に解りやすくご回答いただける方、どうかわかりやすく、ご説明くださいますよう、よろしくお願いします。
2009.06.20
今日の昼は 特においしい、お魚を練り合わせた、料理が出ました。 家族が1月に来たとき、おいしいと言っていた料理です。その後 カストロさんの習慣で、コヒーを頂いて、気分を爽快にしました。晴れあがって 青空が美しく 入り江も 光 輝いています。海からの風が絶え間なく吹き、外は 建物の中より涼しい、心地良い天気です。 間もなく7時ですが、まだまだ 日は高く、夕方の情景ではありません。出る杭は打たれる: 日本にはそのような伝統が確かにありますが、大いに反省すべきは反省すべきと思います。 多様な意見を出して、より良い選択をするのは非常に重要な考え方ではないでしょうか。 日本社会が家族的で、協調性を重視する幸せな社会から出た文化と思いますが、それでは進歩や発展性、また研究や創造性を重視するところでは大きな 妨げになると思います。 少数意見の尊重を大事にしていきたいと思います。再生核研究所声明 4 (2007/03/17): 競争社会から個性を活かせる社会に: 現在、日本を覆っている不安な状況を打破し、明るい未来を切り拓く第1歩として、憲法第25条の精神を高揚させ 最低生活の保障による連帯を確認する事の必要性を訴えている(声明3)。いじめ、犯罪、モラルの低下、そして全国に広がる財政赤字など、それらの大きな原因として、経済環境の厳しさとともに、貧しい競争意識と受験勉強に代表される貧しい戦後の教育内容にあると考えます。考え方を変えるのは簡単ではありませんが 精神、考え方を競争社会から個性を活かせる社会に変えていく必要性があるのではないでしょうか。 その理由は: 1)まず競争とは、1つの価値、ある判断の下での順位になり、その点では個性や、特殊性を排除した価値観の画一化に繋がる危険性を有している。例えば現在の受験制度では多くの場合に受験科目の得点で順位が定められ、概ねそれによって合格、不合格が定まり、その流れで入学の大学が定まり、そして同様に大学の伝統的な序列で一定の評価が定まっていく流れになっていると考えられる。もちろん伝統的に行われてきた体制はそれなりの理由があり尊重されなければならないと考えますが、評価をこれらで1元的に考えることには大きな問題があると思います。例えばそのような流れ以外の道を選んだ人たちの立場です。 スポーツ選手や、芸術家、芸能関係者、技術者、職人、棋士、実業家などなどです。 2)スポーツなどの世界では競争はかなり明確に理解でき、競争の世界として、もちろん結構だと思います。例えばお相撲さんは優勝を目指して努力されているわけです。しかし歌い手さんたちは それぞれの個性と持ち味を活かしていろいろな人が活躍されていますが、それとて、いろいろな評価が下されますが、その時の競争とは考えられてもお互いに芸を高めていくような いわば精進の競争であり大いに勧められるべき競争と言えます。 3)これに対して貧しい競争とは、相手との比較ばかりに気を取られ、自分を見失った競争であり、自分の個性を活かせないところで、相手より優位に立とうする競争の事です。自分のむかないところで、無理して競争に駆り立てられている状況はないでしょうか。 4)日本の教育の重点が いわゆる学力中心で、知識中心になっていないでしょうか。そして、いわゆる頭のよい人、学力のある人がすべてのような1元的な価値判断が余りにも強すぎはしないでしょうか。 勉強の嫌いな子や勉強のできない子、いわゆる優秀でない人と言われている人が それゆえに低く見られてはいないでしょうか。勉強ができず、学力がなくても、いわゆる優秀でなくてもいろいろな長所があって、よい個性を持っているのにそれらが評価されず、また無視されるようにはなっていないでしょうか。これでは、勉強のできない子は学校が嫌いになり、やがて社会から疎外されるようになってしまわないでしょうか。絵が得意で感銘させる人や、工作がうまく名人的と思われる人の才能を引き出せない社会は社会の大きな損失にはならないでしょうか。運動会などやキャンプ生活などで多くの体験授業などがあれば いろいろな才能が発揮され、学力以外のいろいろな個性や、才能を発見できる機会が出て来るのではないでしょうか。もちろん実社会は大きな世界です。 5)学力中心による教育では、生徒の個性を活かせず、1元的な価値判断で多くの個性と才能をうずもらせてしまうだけではなく、才能を活かせない生徒は社会から疎外され、不満が増大する事になり、社会は不安定になると思います。 6)個性を活かせる社会とは 社会にはいろいろな人が必要であり、それぞれ自分の得意な分野や好きな分野で、個性が活かせるようなところで社会に参加して、助け合っていくような社会のことです。強い人も弱い人も、考える事が得意な人も苦手な人もそれぞれ長所もあり短所もありそれぞれが補完し、助け合っていく社会です。このような社会では、苛めも、犯罪も生じる土壌がないのではないでしょうか。 7)財政赤字について触れましたが、無いお金を使うという事自体が無責任の結果ではないでしょうか。短期的に赤字という事は仕方がないことですが、赤字を増大させていくというのは余りにも無責任と言われても仕方がないのではないでしょうか。これらの背後には学力を付けることばかりに走り、責任感の無い自己中心的な教育が生み出した日本人全体の精神的な土壌から起きているという根強い原因があるのではないでしょうか。 8)何かというと経済効果や活力のある社会という観点が問題になりますが、少数の自爆テロを起す人を抱える社会はどれほど、経済的にマイナスを生むことでしょうか。そのよう状況では例えば新幹線を守るにはどれほどの経費がかかることになるでしょうか。あらゆる所で、厳重な警備を必要とする社会になってしまいます。それに対して 社会に強い不満を持つ人を生み出さない社会とは何と素晴らしい社会でしょうか。この観点からも憲法第25条の精神を思い出すことは大変いい状況を生むのではないでしょうか。 皆さん 競争社会から個性を活かせる社会 を目指そうではありませんか。以 上http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 2009/06/19 15:22 - 元のメッセージを隠す -困り度: 暇なときにでも欧米では発言しない人は意見がない、考えていないとみなす風潮があると聞きます、そういう文化なのでしょう。これを日本に押し込んで、日本でも同じような教育をすることは「日本人をつぶす」ことになると思うのですが、いかがでしょうか?「出る杭は打たれる」という言葉は悪い言葉でしょうか?
2009.06.19
「法相指揮権」めぐり波紋…民主第三者委が報告書で言及:法相が 適切に 助言するの は 当然ではないでしょうか。逆に考えてみれば、分かります。 何もしないで、任せっ ぱなし となれば、誰が、検察庁の不正を暴き、抑えられるでしょうか。 検察庁に対しての 歯止めと責任の所在を きちんとすることは、国家の基本的な問題 ではないでしょうか。民主主義国家にあっては、野党の党首の存在は 極めて、重要な社会的な存在ですから、その立場を重く、尊重するのは大事ではないでしょうか。法相も首相も 事情の報告を受けて、黙認したわけですね。 名君福田首相や自民党の良識ある政治家であれば、やめておけと 指示されたのでは ないでしょうか。マスコミ も 日本国民 も この問題を、曖昧にすべきではないと考えます。再生核研究所声明 23 (2009/04/02): 秘書の逮捕、起訴事件における検察庁の対応と公正の原則 先の参議院選挙の結果 与野党の歴史的な逆転が生じ、小沢氏を中心とする政権交代の機運が高まっていた折り、小沢氏の秘書の逮捕、起訴事件が起きた。この件について、素朴な疑念を感じざるを得ない。なぜこの段階における逮捕、起訴かの問題である。 検察庁は 長い間の 多額の企業献金は無視できないと述べているが、これは、不正を黙認、認めてきたことを示しており、もしそうならば、そのようなことは 許されることと理解するのは、慣例、普通である。検察庁は法を守る立場であるから、長期や多額になる以前に 事情聴取などをして 注意を喚起すべきである。これでは わざわざ犯罪を犯すのを待っていて、逮捕を意図的にしていると考えるのは 当然である。立法府の責任ある野党の党首が 法に反していないと判断されている事情は、法の解釈によって異なる点があることを示している。それでは、逮捕する以前に、多年にわたる以前に、事情聴取などして、法の精神や解釈をすり合わせ、違法な状態が拡大しないように配慮するのは 法の番人たる検察庁の義務であり、在りようであると考える。 小沢氏側は お金をすべて公開していること、これは重要な点である。 これは少なくとも小沢氏側は 公明正大にお金を集めていることを天下に示している。 闇にお金が動いていたのとは 全然違う状態である。 われわれは より良い社会を作るには どのようにすれば良いかと考察して、次のように考えている: どうしたら美しい社会を築けるでしょうか。 一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが、如何でしょうか。 平成12年9月21日早朝、公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました。 1) 法律、規則、慣習、約束に合っているか。2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか。3) それはみんなに受け入れられるか。 4) それは安定的に実現可能か。 これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となれば、それは公正といえる。 現在、社会の規範が混乱し、不透明になっているように思うが、公正の原則を確認して、行動していけば ―― これは容易なことではないが ―― 世の中ははるかに明るくなり、多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか。 また、こういうことを考える教育は、人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし、環境の保全などにも貢献すると思います。(再生核研究所声明1抜粋) これは、社会の秩序をうまく保ち、美しい社会を築く原理として考えたものであるが、 今回の事件は、1)にも2) にも抵触すると考える。永年放置すれば、それは慣習、習慣として、許されるものと考えるのは当然である。そうでなければ、忠告や警告をして、法の精神を徹底させるのは 法の番人たる検察庁の義務である。いきなり逮捕では乱暴な処置と考える。このようなことでは 日本人はいつ突然逮捕されるか分らず、人々は安心して生活ができなくなってしまう。さらに、政権交代が話題となり、総選挙が間近に迫っている時の このような事件は 3)にも抵触すると考える。政権交代は 国家権力の移行であり、野党の党首の役割は 極めて大きな社会的な存在である。逮捕、起訴事件が最近、実際に示しているように、大きな影響を社会に与えるからである。このような事で、小沢氏が代表辞任となれば、結果的には 検察庁が直接政治を動かしたという重い事実が 歴史に残る事になる。逮捕、起訴の適否は やがて裁判によって決着が付けられるが、その時にはもはや結果によらずに、歴史は動いてしまうという 極めて重い責任を考えれば、 3)に著しく抵触すると考えざるを得ない。 国家権力が、軍事、検察、裁判、教育、官僚機構、経済界、マスコミなど広範に影響を及ぼすのは いわば普遍的(不変的)な事実(真実)である。従って、主権者たる国民は 国家権力がいろいろな悪い癒着構造を起こしていないか否かを絶えず検証し、警戒することは重要であり、マスコミなども民主主義が衆愚政治に陥らないように 国民とともに真剣に歩むことが期待される。ところが、マスコミなども、物事の本質と重要性を曖昧にして 軽薄な議論、論調、扱いが多いと言わざるを得ない。今回の事件は極めて重要な事件であり、日本国民は、日本国の民主主義が言論の自由を確かに保証し、法の番人で、公正と正義を実現させる国家の中枢である検察庁が 適切に機能しているか否かを、また、日本国民が真に国家の主権者であるか否かを厳しく、検証すべきである。 以上 (附記)3.30 美しい国、日本(2008/2/11):今日は、建国記念日です。日本には、世界に誇るべき美しい文化と人類を導く良い考え方があると思います。多額の借金と少子化及び教育の荒廃によって、このままいくと日本国は、衰退の道を辿る事にならないでしょうか。 何とか、日本国の再生を期したいと思います。 もちろん、日本国の神話は大事にすべきではないでしょうか。美しい国、日本日本は美しい島国です。豊かな水で多くの川が流れています。日本には山が多く、山々は緑に覆われ、また雪に覆われたりしています。日本の空と海は美しく、多くの詩と夢を育んできました。日本は大きなひとつの家族のようで、みんな一緒に助け合ってきました。言葉がなくてもお互いに理解でき、細長い国のため、四季とともに多様性にとんでいます。日本には天皇陛下がおられて、家々の氏神様の頂点におります。 天皇陛下のおられる皇居は 日本の美しいものの、心の源になっています。ですから先の大戦では 天皇のお言葉一つで 完全なる終戦を迎えることができたのです。京都は千年をこえる日本の都でしたので、日本人の故郷です。多くの人は京都を訪れて、故郷に帰ったような不思議な郷愁を感じるのです。伊勢は古代からより古い日本人の故郷です。ですから日本の首相は新年にまず伊勢神宮を参拝するのです。日本の文化には 自然とともにある繊細さがあります。俳句や和歌を多くの人々が愛でて、人に優しく気遣いができるのです。遠くのインドのお釈迦様の教えや中国の孔子様の教えが、美しい風土からうまれた神道と共に溶け込んでいるのです。これが世界に唯一つしかない 美しい日本国です。良い社会のために―よっちゃんの想い― からhttp://ameblo.jp/syoshinoris/ http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/ 2009/06/19 18:44 西松建設の違法献金事件を受けて民主党が設置した「政治資金問題を巡る政治・検察・報道のあり方に関する第三者委員会」が、今月10日にまとめた報告書の中で「法相の指揮権」に言及したことを巡り、与野党から疑問の声が上がっている。 その後の記者会見で、森法相は「看過できない」と不快感を示し、民主党の岡田幹事長も「我々の考え方と全く違う」と述べた。19日に東京地裁で開かれる西松建設前社長らの初公判を前に、戦後一度しか発動されたことがない「法相指揮権」を考える。 「指揮権発動はしない」。民主党「次の内閣」で法相を務める細川律夫衆院議員は、同党が政権を担った場合の自身のスタンスをそう語った。 弁護士でもある細川議員は「時の政府による恣意(しい)的な介入は避けなければならず、報告書はおかしい」とも話した。 細川議員を含む「次の内閣」の歴代法相7人のうち、読売新聞の取材に応じた4人は指揮権の発動に慎重な姿勢を示している。 自民党の法相経験者も批判的だ。森山真弓衆院議員は「法相を務めた際、指揮権発動を考えたことや議論したことは一度もない」と振り返り、長勢甚遠衆院議員も「在任時に指揮権発動を検討しようと思ったこともない。法相は検察の捜査について、基本的には関知しないのが不文律となっている」と語った。 「個別の事件の捜査や起訴・不起訴の処分については、検事総長のみを指揮できる」。検察庁法14条は法相の権限をそう定めている。この指揮権について、京都産業大法科大学院の渥美東洋教授(刑事法)は「捜査が暴発しないよう、抑制・均衡を図るのが法の趣旨だが、日本の社会や経済が大混乱に陥る可能性があるとき以外は使ってはならない」と指摘する。 戦後、法相の指揮権が発動されたのは、1954年の造船疑獄事件だけで、佐藤栄作自由党幹事長への捜査は事実上頓挫、犬養健法相は辞任に追い込まれた。 検事総長経験者の一人は「造船疑獄の経験から、指揮権の発動そのものが極めて制約的に行われるべきだという考え方が歴史的に定着してきた」と解説し、「発動がその時々の政治状況に影響されていては、検察の厳正・公正さが揺らいでしまう。報告書の指摘は大変心外だ」と言う。 1988年から90年まで検事総長を務め、総長在任中に多くの政治家や官僚が摘発されたリクルート事件の捜査を指揮した前田宏弁護士は、「自分の在任中、指揮権が発動されそうになった事態は一度もない」と証言する。そのうえで、「法に定められている以上、指揮権発動をめぐる議論があってもおかしくはないが、発動は慎重であるべきで、やはりないことが望ましい」と話している。(2009年6月19日03時15分 読売新聞)
2009.06.19
問題、質問:なめらかな有限個の閉曲線で囲まれた平面上の領域を 連続微分可能な関数で、局所的に1対1に写す関数で、平面上の 一般には重なったリーマニアン領域 に写したとします。その時、像の重なりのあるリーマニアン領域で、 ラプラスの方程式の基本解 を具体的に構成する方法を教えてください。(2009/6/19/9:25 アヴェイロ)
2009.06.19
民主代表、田中康夫氏に連立参加要請:これは大変素晴らしい 具体的な動き です。 鳩山氏は極めて、優秀で、 仁徳と気品のある 日本の政治家ですから、必ず、考えます:4.19 野党の連携について ― 新しい政権の基礎: 福島氏「改憲動くと共闘困難」 さて、社民党と民主党の根本的な立場として、憲法問題と軍事問題が、ありますが、次の2つの声明(再生核研究所声明6と8)の下で、連携協力して、政権に参加し、国政を動かして頂きたいと考えます。 双方に、ひとつずつ譲って頂く必要があると考えます。 社民党には、軍備について現状を一旦受け入れ、軍事費は減らす方向で妥協する事。 民主党には、現状を分析し、当分、憲法改正は行わないと明言する事。 それで、国民に受け入れられ、政権を社民党と民主党及び、自民党系の所謂良識派を巻き込み、安定した政権の基盤ができると考えます。 さらに、田中真紀子氏、田中康夫氏、両亀井氏を別格の処遇で民主党が、迎え入れることができれば、直ちに、政権を狙って次の衆院の選挙において、政権交代を求める事ができるのではないでしょうか。 2009/06/19 15:10 民主党の鳩山由紀夫代表は19日午前、新党日本の田中康夫代表と都内で会談し、次期衆院選で政権交代した場合の連立政権への参加を要請した。鳩山氏は「政権交代後も一緒に政権を担っていきましょう」と伝えた。田中氏も前向きな姿勢を示した。(11:01)
2009.06.19
なぜ日本の首相は“靖国神社”に参拝してはダメなんですか? お気持ちはよく分かります。 しかし、政教分離は 重要な国家の原理ですから、首相としては問題があるのではないでしょうか。そこで、次のように提案しています:1.5 再生核研究所声明 5(2007/4/8): 靖国神社問題に対する提案: 戦後、60年以上も経た現在においても、機会あるごとに靖国神社問題が取り上げられ、多くの議論が繰り返えされているのは、極めて残念なことである。これでは日本が論理的な思考能力が足りないと言われても仕方がないと考える。声明1の 「公正の原則」 に従ってあるべき姿を提案したい。 1) 先ず、近代に確立した, また確立されなければならない 「政治と宗教の分離の原則」 に 厳格に従うべきであり、よって公人としての参拝は厳格に禁止されるべきである。また同時に 靖国神社に対する国の政策による活動及び補助も当然禁止されるべきである。 2) しかし、国や社会を良くしようと考える公人たる者が 国の為に殉じた人達に敬意を表わしたいと考えるのは極めて自然であるから、私人としての参拝はこれを禁じるべきではなく、参拝に当たっては個人の立場である事を明確にすること。さらに、戦争で傷ついた諸外国の人たちの心情を察し、これらは慎ましく行い、マスコミなどは双方の気持ちを汲んで 報道に当たっては慎重に扱うように期待したい。 3) 靖国神社の宗教法人としての自主性を重んじ、神社は法人としての責任で運営されるが、法人としての神社は 戦死者を祭っている事に鑑み、常に祭られている人やそのご遺族の方々の心情と国民の意思を最大限に尊重していく事が望まれる。しかし、法人は一法人であり、その法人が運営する宗教に対する個人の対応は 全く個人の自由であり、靖国問題は一法人と個人の自由な関係と捉えよう。 4) 3)の観点で、特に所謂戦犯についての合祀については これを疑問視する考えが諸外国ばかりではなく、日本人の間でも起きることは 日本人の心情と日本の歴史に基づいても理解される。戦いを指揮した者は敗戦に至った場合には責任を果して来ていると考えられる。さもなければ、その指揮下で亡くなった者の立場はどのようになるでしょうか。従って、この点については神社の検討の余地があると考える。-- しかし、戦犯とよばれる人たちも同じ犠牲者であるという立場にも正当性があると考えるが、この点については、国民と被害を受けた諸外国の人々の心情に よく配慮する必要があると考える。 5) 第2次世界大戦について、十分な反省と謝罪の気持ちを表明していき、もろもろの各論的な問題についての無用な繰り返しやぶりかえしをせず、明るい未来の友好親善の視点を強めていくように努力していくことが望まれる。特に 多くの戦争はどちらが悪いかの問題ではなく、戦争そのものが悪であり、双方に悲惨な状況を生み出していくものと考えて行きたい。 6) 戦死者のご遺族の方々は 上記第1―2項についてご不満の念を抱かれるのではないかと考えます。 そこで、日本国の首相は新年に当たって伊勢神宮を参拝するという美しい伝統を持っているのに鑑み、同じように靖国神社を参拝するような伝統を自然な形で作られたら如何でしょうか。ご提案致します。 以 上
2009.06.19
現代日本の教育と社会問題:おしゃる通りですね。 なんのための教育かの魂が入っていませんね。 ただ受験のための勉強、良い大学に入るための勉強、良い会社、就職するための大学、進学と、表面や、結果だけを考えているような風潮ですね。 何のための教育かを絶えず、問うべきであると考えます:(2008/07/24:6:00)皆様: 教育改革は 財政再建と同様、日本国再生の重要な要素と考えますが、如何でしょうか。先ずは 当たり前の所から手を付けるべきではないでしょうか。 如何でしょうか。 (2008/7/25) 教育界の改革を求める 大分県の教育界における不祥事は、いくら日本国が 空虚な日本の社会(再生核研究所声15)といっても 流石に健全な批判が湧いてきたのは当然である。身近な点から問題点を考察すると、試験がたとえ公正にできたとしても、全然問題は解決しないのではないでしょうか。 第一に、試験問題が適切であるかどうか、広く日本中で検討してみる必要があるのではないでしょうか。さらに、面接試験という大事な場面を迎えますが あのような体質で、より良い学生を公正に選ぶことができるか 検討する必要があると考えます。 試験内容について、例えば、数学専攻で、教育学部長をされた ある先生の嘆きを思い出します。大学でいくら専門の数学を熱心に勉強しても 専門の数学は採用試験には出題されず、大学受験や高校程度の数学の問題しか出題されず、それで、大学で熱心に勉学している学生よりも、家庭教師や塾でアルバイトをしている学生の方が有利になってしまい、実際、合格率も高いという嘆きです。これでは数学教育界が、数学の本当の精神や深い専門的な内容などよりは 受験勉強に代表されるような問題解きの技術の勉強になってしまうのではないでしょうか。 実際、入学して来る多くの大学生は 数学は問題解きであり、多くの技術を学ぶのが数学だと思っているのが現状ではないでしょうか。これでは創造性豊かな教育や本来の数学教育の目標からは ほど遠いのではないでしょうか。 一般に試験について、何十年も前に あるラジオ ニュースで聴いたことが なぜか何時も気になります: ネジの検査で、良いものを落とし、悪いものをわざわざ選んでいたというのです。わざわざ数学嫌いな生徒を育てたり、悪い教育を行っているような事は 至る所に見られる現象ではないでしょうか。 他方、教育には善良な市民を育成するという大事な面があるはずです。その大事な考えの一つには個性を活かし、公正な社会を実現することにあるのではないかと考えます。しかし、教育委員会の指導的な人達が 自ら信じられないような不正を行っていて、そのような方々が面接したり、教員を指導しているという事は如何なものでしょうか。大分で起きた事件は 大分県の特殊性から出てきたものではない以上、日本中で同じような状況ではないでしょうか。人事の刷新を行い、教育改革を進めるように訴えます。 このような状況で、教員更新性の導入を行えば、教育界はますます混乱し、よい事は何もないと考えます。マイナス要素を挙げてみたいと思います。 (1)教員の忙しい状況の中で、さらに時間と余計な気遣いの負担を増加させる。(2)財政難で国がおかしくなるような状況の中で、さらに大きな資金と労力をかける事になる。(3)更新講習は形式的になり、効果が望めず、逆効果が考えられる。また講習で改善されるような教員は初めから、問題が無いと考えられる。(4)更新されなかった教員の生活や身分の問題が解決できなければ、結局更新の問題は解決できず、いわば余計なことをすることになる。(5)このような制度の導入そのものが、教員の身分を不安定にし、教育上良くない効果を生むと考えられる。 などなどですが、そのようなことに 時間とお金 をかけるくらいならば、忙しい先生に休暇とお手当て を配布した方が 遙かに効果的ではないでしょうか。 日本国の再生のために、試験問題の作成委員や面接する人を 見識ある人物に代えるばかりではなく、教育界の全般的な改革と刷新を行うように 多くの関係者に求めます。またマスコミの積極的な取り組みを要請致します。 以上。 http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/2009/06/19 15:23 現代日本の教育と社会問題 困り度: 暇なときにでも 現代の日本には多くの問題が山積しています。ただ不思議なことに現代の日本の社会の構成員は、ほとんど全員が高校まで9年、約半数が大学まで16年もの長きにわたって教育を受けているということです。どうしてこんなに多くの人が10年以上教育を受けているのに社会はよくならないのでしょうか。僕にはどうも日本の教育の目的というのが、そもそも結局は個人の才能や個性を伸ばすということではなく、その根底には子供を国家の管理する社会の要求する部品にする、という考えがあるからではないかと思います。たとえば戦前は、戦争に勝つための兵士にするために独善的な国家感を子供に教え、国家のために日本人が死ぬのが正しいと教えました。戦後の教育はその戦争が経済にかわりました。今はつまらない暗記ばかりの授業を学校で8時間も教えます。僕にはあれは社会の大多数の平均的な能力の子供を経済の発展に利用するために、社会で会社組織の一員として没個性的で退屈な作業を文句を言わずにこなせるのが目的の訓練だとしか思えません。「子供を自分の意見を持たず、大多数の意見に従い、与えられた課題をこなすことようにしむけること」が戦前も戦後も変わらない教育の目的ではないかと思います。私はこれを変えない限り日本の社会問題は解決しないと思いますが、ほかにどのような解決策があるでしょうか。
2009.06.19
今日は 来年 ポーランドでの国際会議、ポスドクのポスト についての 大きな話しがありました。明日は ビザ延長のアッポイントメントをとる仕事があります。 来週は1週間 国際会議で 出かけられるということです。 解説論文の翻訳、こちらにきて、3回目の通読をしています。結構 間違いがあるのです。______戦争の文字、辞典から消したい」 平和の詩朗読: 平和を愛し、願う気持ちはよく社会に 現われているのですが、 どのようにして、どうして、平和を実現するかの観点が弱いのではないでしょうか。 願うのではなくて、どうしたら実現できるかを考えたいと思います。 現実には 政治が とても大事ではないでしょうか。 次を参考にして下さい: 再生核研究所声明 10 (2007/09/10): 絶対的な世界の平和のために 地球上から一切の暴力を無くすることできたら どんなに素晴らしい世界が実現できるでしょうか。しかしながら、その実現は 実は簡単ではないでしょうか。声明1の公正の原則: 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか3) それはみんなに受け入れられるか4) それは安定的に実現可能か によって、暴力のない社会が実現できると考えます。 大きな暴力は戦争であり、小さな暴力は個人的な或いはある組織による暴力です。 暴力のない世界を実現するには 暴力のない国を参考にすればよいのではないでしょうか。 それには先ず 1)大きな権力を国際組織に移すために、各国とも自国の約4分の1の軍隊を 経費も含めて国際組織の配下において運営し、地球防衛軍(地球公務員)として、高い名誉と任務を与え、国家間の戦争を阻止する。地球防衛軍は 初期の段階では世界の秩序の保全を主な任務とするが、世界が安定するにつれて、地球の環境の保全や災害補助活動などが主な任務になる。2)国際組織は国連の改革、拡充によって実現できると考えます。3)国際組織は 日本国憲法第25条:すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない の精神に従って 全ての人間に最低生活(生存権)を保障することを世界に宣言し、かつそれを確実に実行する。 これらが実現すれば 絶対的に平和な世界が実現し、本質的には暴力のない世界が実現できるのではないでしょうか。大国アメリカは、イラク問題などで多くの犠牲者を出し、膨大な軍事費をかけていますが、そのような経費をこのような方向でかければ、遙かに少ない経費で大きな効果を挙げることができると考えます。世界の如何なる国にとっても この方法は安上がりであり、人類と地球に優しい世界が実現すると考えます。この方向は 日本国において明治政府が樹立され、平和な国家が実現した流れを想起すれば、実現できると考えます。最低生活が保障されれば、暴力を起こして殺戮するようなことを考える人は 世にいなくなるのではないでしょうか。国際組織が権力を掌握するにつれて 各国は軍事費を抑え、民生や環境に優しい 美しい営みに それらの経費をまわすことができます。多くの軍関係者もそのような美しい営みの方向に力を向けることができます。みなさん このような方向で、絶対的に平和な世界の実現の為に努力しようではありませんか。 このような精神の基で、平和憲法をもつ日本が 世界に先駆けて、日本軍の約4分の1を経費も含めて国連軍として、国連に出す意志のあることを宣言することを提案します。 ただ戦争や暴力を批判しているのではなく、どの様にすれば そのようなことを無くすることができるかを 具体的に提案しているのです。 以 上http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.06.18
閣僚の兼務解消、適当な時期に 官房長官: 大臣が ころころ変わっても、ま た3つの大臣を兼務しても支障がないということは、自民党の政治が 官慮任せになっているという、 鳩山民主党党首の主張の適切さを 証明している 確かな証拠ではないでしょうか。 これでは 官僚の政治になってしまいます。 責任者が居なくなってしまいます。 責任は 政治家が負わされる仕組みですから。 鳩山総務相の 辞任に追い込まれ状況は 誠に奇妙な現象ではないでしょうか。2009/06/18 19:02 河村建夫官房長官は18日午前の記者会見で、佐藤勉総務相や与謝野馨財務・金融・経済財政相が複数の閣僚ポストを兼務していることについて「(兼務解消の時期は)適宜適切に麻生太郎首相が判断する。兼務の状態がいつまでも続くのが良いかどうかという指摘もある」と述べ、適切な時期に首相が解消を判断するとの見通しを示した。 特に鳩山邦夫前総務相の辞任に伴う佐藤氏の総務相の兼務解消については「首相は(日本郵政社長人事問題の)当面の状況を乗り切るため必要性を感じて発令したものだから適当な時期をみて(解消する)ということはあるだろう」と述べた。(13:46)
2009.06.18
1+1=2の証明って: これは 何かの誤解か、勘違いではないでしょうか。まず、+ の意味と 2 の意味を明らかにして下さい。 質問者が、聞いている意味も分からないで聞いているとすれば、回答者は 何でも でたらめを言っても良いことになります。 なぜならば、聞いている人は 何を 聞いているか、わからないのですから。 2009/06/18 13:25 困り度: 暇なときにでも1+1=2であることを証明できると聞きましたがどうやってやるんですか?虚数を使うとか何とかって言ってたような
2009.06.18
人間は何故パンツを穿くようになったのか?これは楽しい面白い発想ですね。逆に考えると 分かると思います。(逆に考えると いろいろ理解がしやすくなります)はかないで、困る状況があれば それがはく理由です。 私は はかないと困ります。なぜならば 2元論者だからです。パンツとズボンの2 重構造 がいいですね。2.13 (参考資料) 神は「2」を愛し給う 二元論については古来いろいろな人達によって主張され、あるいはそれとはなしに感じるものがあると思う。 私も数学の研究や教育の場においてしみじみと感じるものがあるのでその一端を述べてみたい。 まず数学から。基本的な概念である実数は普通10進法で記述されているが、本質的には2進法で記述される。しかし数としての実数はあまりにも狭く「数」としては2つの実数の組である複素数で考えなければならない(複素解析学―人類の傑作)。解析幾何学は代数と幾何の2つの概念の融合したものであり、射影幾何学は点と直線の2つが全く同等の存在であることを述べている ― それには我々は「無限遠点」を観なければならないが。またそこでは、比の比すなわち複比が重要な不変性をもっている。演算も二重に現れる。加法と減法、乗法と叙法、微分と積分、変換と逆変換、さまざまなoperatorに対する“adjoint”operator、鏡像の原理、エルゴート性、さまざまな“duality principles”等々。今世紀における幾何学の方向を与えているガウス・ボンネの美しい定理は曲面の「局所」的な性質と「大域」的な性質の2つの間の関係を述べており、曲率の最大値と最小値を2つ掛けると素晴らしい不変量になるというガウスの「偉大なる発見」に基づいている。 2階の微分方程式は他のものに比べて圧倒的に重要であり、加速度は2階の微分で表わされる。ピタゴラスの定理a2+b2=c2では2乗でなければならない。私が1982年に発表した「積分変換の一般論」は、この定理の一般化になっていた。これは線形変換でL2概念が不変に保たれることを述べており ― 波動や熱伝導等の現象においてもL2概念は保存され、ピタゴラス型の定理が成り立っている!!次に最も進化(退化)した生物であり神の最も愛する(憎む)我々自身に目を向けてみよう。男と女が2つ一緒になって「人」になり、我々は脳、目、耳、鼻、腕、肺、心臓、足、指、いのち等それぞれ2つずつもっている。また遺伝子は二重螺旋構造をもっているという。二重といえば、二重のドア、鍵、堤防、道、被覆、窓、コード、回路、結合、価格、火山、唱、生活、底、否定等は格別の意義をもっているのであろう。政治・社会においても2大勢力がモデルになっているのではないかと思う。そうだとすれば、多党化現象や中立政策は好ましいものではないことになろう。 さらに偉大なる発見、進化(退化)は2段階で行われていることにも注目したい。旧約聖書と新約聖書、物理学におけるニュートンとアインシュタインの発見、飛行機とロケット、積分論におけるリーマン積分(横)とルベーグ積分(縦)、超函数の理論におけるシゥヴァルツと佐藤幹夫氏の理論等。戦争も進化(退化)の1つとみれば、あのようなハードな世界大戦は 三度は起こら(せ)ないであろうと思われる。 また現在進歩の著しいコンピュータはノイマン型とよばれているという。このような理由から間もなく新しい型のしかも決定的な型のコンピュータが出現するのではないかと予感している。 さらに発見が二重に行われる傾向にあるから論文の発表は急いだ方がよいとヤーノス・ボヤイの父は彼に忠告したものだが、歴史は正にそうであった(非ユークリッド幾何の発見)。 世界を二元論のみで観るといろいろ気づいたり発見したりすることが多いのではないかと思う。数学においてはこのような見方が研究の指導原理を与えたり、しばしば楽しい想いをさせるのである。(群馬大学広報より抜粋)―― 25年以上前。 2009/06/18 13:27 困り度: 暇なときにでも タイトル通りです。動物のなかでパンツを穿くのは人間だけですよね。人間も子供のうちは自分で穿こうとしないし。例えタイムマシンがあっても分からないかも知れませんが推理してみて下さい。
2009.06.18
0で割ってはいけない理由:これは簡単に納得して頂けるのではないでしょうか。6割る2は 3ですね。この意味は 2掛ける3が6の意味で 割り算が定義されています。それでは、6割る0はどうなるでしょうか。これは 0に何を掛けると6になるかを考えることになります。ところが0に 何をかけても 0ですから、 6には できないということになります。したがって、0で割ることは 一般にできません。難しくなりますが、0割る0は 矛盾ではないので、さらに考えることができます。 でも その時 答えは何でも良いということになりませんか。考えるとき、その約束、その本質を考えて、考えるといいのではないでしょうか。2009/06/18 13:41困り度: 暇なときにでも0で割ってはいけない。もしくは、0で割ることに意味がないのは、何故なのでしょうか?Webサイトを色々見て回ったのですが、どうしても、納得のいく答えにめぐり合うことができませんでした。よろしくお願いいたします。
2009.06.18
今日は 水曜日で、日本と同じで、会議の日です。博士の発表会や大きな 教室の会議 も開かれました。さらに、Ferreira教授の講演 もありました。 大変面白い問題 を歴史から掘り起こしているので、関係者に状況を問い合わせています。 からりと晴れて、真っ青な 青空が 特に美しく感じました。中道: 真面目な方です。 そう拘ると伸び伸びできなくなってしまいますので、人に迷惑を掛けなければ 好きなようにやっても良い と考えればいいのではないでしょうか。 中道は 心の隅において 参考にされれば いいのではないでしょうか。 何か迷った時には、次の 公正の原則 が 頼りになると思います。 再生核研究所声明 1 (2007/01/27):美しい社会はどうしたら、できるか、 美しい社会とは: 最近の世相として,不景気・政界・財界・官界・大学の不振,教育の混迷,さらにニューヨークのテロ事件,アフガン紛争,パレスチナ問題と心痛めることが多いことです.どうしたら美しい社会を築けるでしょうか.一年半も前に纏めた次の手記はそれらのすべての解決の基礎になると思いますが,如何でしょうか. 平成12年9月21日早朝,公正とは何かについて次のような考えがひらめいて目を覚ました. 1) 法律,規則,慣習,約束に合っているか.2) 逆の立場に立ってみてそれは受け入れられるか.3) それはみんなに受け入れられるか. 4) それは安定的に実現可能か. これらの「公正の判定条件」の視点から一つの行為を確認して諒となればそれは公正といえる. 現在,社会の規範が混乱し,不透明になっているように思うが,公正の原則を確認して,行動していけば ―― これは容易なことではないが ―― 世の中ははるかに明るくなり,多くの混乱は少なくなると思いますが如何でしょうか. また,こういうことを考える教育は,人間関係や社会生活の基本的な在り方を明らかにし,環境の保全などにも貢献すると思います. 特に少年期の教育にあっては哲学(ものごとの本質と人生,世界を考えること),道徳,芸術,体育などを中心とする人間を育てる教育に改めるべきではないでしょうか.国や隣人を愛せるようになる教育,多様性を重視し,個性や隠れた才能を伸ばし,友情を育み,人々が助け合うようになるような教育が望まれます. http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.06.17
大分県教育次長、居眠りで更迭…汚職発覚1年・節目の委員会:居眠りで処分では、 そもそも処分する方がおかしいのではないでしょうか。 そのような厳格な勤務をさせていたら、それは 教育の場、関係者の在りようとして おかしいのではないでしょうか。そうとう変な社会 になっているのではないでしょうか。呆れてしまいます。(2008/07/24:6:00)皆様:教育改革は 財政再建と同様、日本国再生の重要な要素と考えますが、如何でしょうか。先ずは 当たり前の所から手を付けるべきではないでしょうか。 如何でしょうか。敬具齋藤三郎再生核研究所声明 17 (2008/7/25) 教育界の改革を求める大分県の教育界における不祥事は、いくら日本国が 空虚な日本の社会(再生核研究所声15)といっても 流石に健全な批判が湧いてきたのは当然である。身近な点から問題点を考察すると、試験がたとえ公正にできたとしても、全然問題は解決しないのではないでしょうか。 第一に、試験問題が適切であるかどうか、広く日本中で検討してみる必要があるのではないでしょうか。さらに、面接試験という大事な場面を迎えますが あのような体質で、より良い学生を公正に選ぶことができるか 検討する必要があると考えます。試験内容について、例えば、数学専攻で、教育学部長をされた ある先生の嘆きを思い出します。大学でいくら専門の数学を熱心に勉強しても 専門の数学は採用試験には出題されず、大学受験や高校程度の数学の問題しか出題されず、それで、大学で熱心に勉学している学生よりも、家庭教師や塾でアルバイトをしている学生の方が有利になってしまい、実際、合格率も高いという嘆きです。これでは数学教育界が、数学の本当の精神や深い専門的な内容などよりは 受験勉強に代表されるような問題解きの技術の勉強になってしまうのではないでしょうか。 実際、入学して来る多くの大学生は 数学は問題解きであり、多くの技術を学ぶのが数学だと思っているのが現状ではないでしょうか。これでは創造性豊かな教育や本来の数学教育の目標からは ほど遠いのではないでしょうか。一般に試験について、何十年も前に あるラジオ ニュースで聴いたことが なぜか何時も気になります: ネジの検査で、良いものを落とし、悪いものをわざわざ選んでいたというのです。わざわざ数学嫌いな生徒を育てたり、悪い教育を行っているような事は 至る所に見られる現象ではないでしょうか。他方、教育には善良な市民を育成するという大事な面があるはずです。その大事な考えの一つには個性を活かし、公正な社会を実現することにあるのではないかと考えます。しかし、教育委員会の指導的な人達が 自ら信じられないような不正を行っていて、そのような方々が面接したり、教員を指導しているという事は如何なものでしょうか。大分で起きた事件は 大分県の特殊性から出てきたものではない以上、日本中で同じような状況ではないでしょうか。人事の刷新を行い、教育改革を進めるように訴えます。このような状況で、教員更新性の導入を行えば、教育界はますます混乱し、よい事は何もないと考えます。マイナス要素を挙げてみたいと思います。(1)教員の忙しい状況の中で、さらに時間と余計な気遣いの負担を増加させる。(2)財政難で国がおかしくなるような状況の中で、さらに大きな資金と労力をかける事になる。(3)更新講習は形式的になり、効果が望めず、逆効果が考えられる。また講習で改善されるような教員は初めから、問題が無いと考えられる。(4)更新されなかった教員の生活や身分の問題が解決できなければ、結局更新の問題は解決できず、いわば余計なことをすることになる。(5)このような制度の導入そのものが、教員の身分を不安定にし、教育上良くない効果を生むと考えられる。などなどですが、そのようなことに 時間とお金 をかけるくらいならば、忙しい先生に休暇とお手当て を配布した方が 遙かに効果的ではないでしょうか。日本国の再生のために、試験問題の作成委員や面接する人を 見識ある人物に代えるばかりではなく、教育界の全般的な改革と刷新を行うように 多くの関係者に求めます。またマスコミの積極的な取り組みを要請致します。 以上。http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/2009/06/17 14:056月16日23時16分配信 読売新聞 大分県教委は16日、県教員汚職事件発覚から1年の節目に開いた臨時教育委員会で、首藤博文・教育次長(58)が居眠りをしているように見えたとして、戒告の懲戒処分にし、知事部局へ異動させた。 首藤教育次長は居眠りを否定しているが、「職責への自覚が欠けている」として処分に踏み切った。 県教委によると、首藤教育次長は、12日に開催された同委員会で、校長が逮捕された小学校の改革に関する報告が行われている間、居眠りをしているように見えたという。首藤教育次長は「血圧が高く、ボーッとしていた。居眠りと見えた以上、体調管理が万全でなく、申し訳なかった」と話している。 教育次長は、事件で逮捕者を出し、イメージが悪化した「教育審議監」を改称したポストで、担当ごとに3人いる。首藤教育次長は「総務・教育改革」担当だった。
2009.06.17
首相に「大政奉還の決断を」 自民議員、面前で発言:姑息な手段を講じたり、動きをするのではなく、日本国の再生のために、政権を譲って、国家と日本国の歴史の大義のために 皆さんがっばって頂きたいと考えます。長期政権の どうにもならない状況 を判断して、政権を潔くきれいに譲る 度量を持てないものでしょうか。きれいに政権交代をさせるべきではないでしょうか。再生核研究所声明 24(2009/04/30): 政権交代によって閉塞感を打破し、日本国を再生させよう 再生核研究所は より良い社会を作るためには 政治が重要であるとの考えから、 時の政治について評価、批評、あるいは あるべき姿を提言、表明してきた。 特に日本国の置かれている状況を憂慮し、日本国の再生を期して、国防、財政、教育、経済などについて いろいろな提言を行っている。しかしながら、現実的に政治を大きく動かし、日本国に活を入れ、再生の契機を掴む最も有効な方法は、オバマ大統領の下で政治を変革させているアメリカ合衆国のように、良い指導者の下での政権交代にある。アメリカの真の実力、偉大さは オバマ大統領を選出できるような、文化力の高さにある。日本にも有能な政治家がいるのに評価できず、有能な才能を活かせない文化力の低さには 大いに反省させられる。声明 22: 小沢氏の続投による政権交代を求める にある様に 小沢氏は日本国のリーダーになる十分な才能と実績を有していると考える。実際、 1)まず小沢氏には 先の参議院選挙で自民党を破り、与野党逆転を実現させたという重い歴史的な実績がある。これは軽く考えるべきではない。2)小沢氏は 政権交代の重要性を早くから認識し、そのために、政治生命をかけてこられた しっかりとした政治哲学を持った 日本では稀なる政治家である。3)小沢氏は 日本の在るべき国家像を適切に描け、かつ日本国を導ける 稀なる日本の政治家 である。その基本は アジアの国々と友好関係を深めながら、日本をより日本国たる自立した国家ならしめ、官僚機構を正し、民生を豊かにすることと理解できる。4)小沢氏は 与党、政権党の中心的な要職を経験し、権力の内部状況を熟知し、いわば政治と国家を動かす力量と貴重な経験を有している。 小沢氏は充分に日本国を導く、能力と実績、見識を持っておられると判断される。 自民党の長期政権の弊害は、多額の借金と、慢性的な財政赤字をもたらし、高級官僚、検察、国防、裁判、財界、マスコミ、教育などとの癒着構造を深め、閉塞した社会をもたらしている。 国家権力が、広範に影響を及ぼすのは いわば普遍的(不変的)な事実(真実)である。従って、主権者たる国民は 国家権力がいろいろ悪い癒着構造を起こしていないか否かを絶えず検証し、警戒することが重要であり、日本国民が真に国家の主権者である事を 天下に示す最も簡単な方法は 政権を、アメリカやイギリスのように、 時良く転換し、政権党を絶えず牽制する事である。政権を交代しなければならない理由は 1)自民党の勝利では 現在より一層弱体化した政権しか生まれず、参議院と衆議員の逆転が顕著になり、よって政治が混迷する。自民党の政治は 安倍、福田、麻生氏の選挙を経ない3代の首相を選出しながら、信じられないような政権の投げ出しを続け、また、財政状況を見ても分かるように 既に破綻していると言わざるを得ない。2)長期政権による いたるところに現れた癒着構造は 社会の閉塞感を生み、抜き差しならない状況に陥っている。 3)自民党の内部には、軍事や憲法、核問題や平和の問題について、現憲法の精神に反し、時代の進歩に逆行した方向を志向している相当なグループが存在していて、それらが政治と外交に悪い影響を与えている。等である。そこで、くらし、生活が第一 の民主党を中心とする小沢氏の下での政権交代を実現させるべきである。小沢氏の秘書の、逮捕、起訴事件によって 民主党も自民党も同じようなものではないかとの失望感が広がっていると言われている。しかしながら、このような判断は 二重の過ち を含んでいると考える。第一には、この機における逮捕、起訴事件は検察庁の恣意による疑いが濃厚であり(声明23)、企業献金問題を論じるならば、企業献金の額の大きさは、強大な国家権力を有している側の状況と比較すれば、問題にならない程のものであること。 第二には、たとえ同じようなものであったとしても、政権を交代させる意義は 国家権力の移行であり、計り知れない政界の浄化と日本国の活性化に寄与するものである。小沢氏に思う存分に日本国の政治を進めて頂き、その間、自民党は谷垣氏や石原氏など若い人達を中心に力を蓄え、小沢氏が退陣し、民主党に限界が見えたときには、その後には、強力な責任ある政権が樹立できるように、自民党の発展と変革を期待したい。日本国においても、権力は必ず腐敗するという原理に基づき、政権交代が可能になるような政治状況を作って行くべきである。 政権交代ができるという事は 民主主義の基本的な要件である。野党の不甲斐なさに対する懸念は理解できるが、大きくしても成長しない場合には勿論罰を与えればよく、逆に惰性と政権を動かさないことこそ、危険である。政治社会は大きな世界であるから 個人が思うようにはならないのが常である。それで、政治に無関心になったり、絶望してしまうということでは 政治は何時まで経っても良くはならない。少しでも より良い方向で参加し、努力して行くべきである。みなさん、党派を越えて、将来について十分に責任を負える若い世代の人に、また政治を安心して託せる人物たる人物に、政治を託すようにしようではありませんか。民主主義は衆愚政治に陥り易いので、政治家の選出には真剣に望みたい。政治は大きな世界で、大事なのです。 以上 2009/06/17 14:08 2009年6月16日(火)22:52 総選挙間近に麻生内閣の支持率が急落し、政権維持の展望が開けない自民党。麻生首相に「大政奉還」を求める発言まで飛び出し、党内の動揺は収まる気配はない。 16日の党代議士会。古川禎久衆院議員は首相の面前で、「大政奉還を決断すべきだ」と迫った。その真意について古川氏は記者団に「退陣要求ではない」と説明したが、古川氏は日本郵政社長人事をめぐって辞任した鳩山邦夫前総務相の元秘書。「麻生おろしか」と憶測が広がった。
2009.06.17
私大の半数が定員割れ 「在学中に廃校になったら…」不安の声: 無責任な社会:当たり前の 常識的なことを言った大臣 が、逆に辞めさせられてしまう 変な社会:道理が通らない社会とは?是非、鳩山氏、小沢氏、菅氏 に 道理の通る社会になるように、日本国の再建 に立ち上がって頂きたいと考えます。 鳩山氏と菅氏は 理系出身ですから、道理は良く通り、小沢氏は、田舎者の常識人で 偉大な政治家ですから、絶妙のコンビ ではないでしょうか。 再生核研究所声明 15 (2008/05/24): 空虚な日本の社会 バブル崩壊後の日本の社会とは、いたるところに現れた借金財政、無責任な責任者の態度とそれを許している社会、経済の停滞、精神の空白と無気力、教育の空洞化などである。これらは空虚な社会と表現されよう。もし日本国の再生がならず、このまま衰退を続ければ、世界の歴史には、かつてアジアに栄えた、ユニークな文化を持った日本国が存在したが、戦後の教育を誤ったために衰退して、かつての日本国をしのぶような国は いまや世界のどこにも無い と記録される時代を迎えるだろう。何と、国、地方合わせて1000兆円を越える借金を抱えても、政治家もマスコミも危機感が足りないと言えよう。国防の最高責任者が接待漬けで、大臣がどこの国の国防大臣か分からないような発言をしていたのである。町まちはシャター通りと称されて、衰退を続け、農村も荒廃を続け、若者は派遣社員として不安定な状況に追い込まれている。教育はただ勉強して良い大学に入る事を考えればよいという 受験勉強に退化したり、無気力に陥ったりしていて、本来の教育の理念さえ失っている時代とも言える。これらは氷山の一角で、象徴的な状況と言えよう。そこに現れた社会とは、中身の薄い空虚な社会である。評価といって評価を考えようとすれば、よくやっているように見せかける為の書類作りや講演会などのセレモニーである。パンフレットや報告書が 社会にあふれた時代とも言えるだろう。評価されるべき元のもの、本務に取り組む時間と資金をそのために浪費しているような状況がいたるところに現れた、奇妙な時代を迎えていると言える。公務員はいわゆる親方日の丸で 税金がひとりでに入ってくるように感じている風潮で、貴重な税金といった考えが足りないと言えるだろう。これでは、約5兆円もの防衛費をかけていても、日本国は外国軍の侵略を受ける前に、自滅、衰退してしまう状況ではないでしょうか。橋本大阪府知事のように、地方を、国を立て直す気迫ある若者達の立ち上がりと国民的な奮起を期待したい。それには先ず大きなマイナスの仕事を減らし、公務員の財政意識を高め、綱紀を引き締め、公僕たる精神を初心として、国、地方の建て直しに取り掛かるように要請したい。危機意識を国民が共有して立ち上がる必要があると考えます。国、地方の豊かさはすべての基礎になるものであるから、おのおのの立場で、地域ごと経済再建にも努力して行きたい。教育問題にも抜本的な取り組みと検討が加えられなければならない。教育界も無気力、無責任な状態と言えよう。教育にも何か魂を入れる必要があるのと考える。江戸時代の幕末や明治政府には しっかりしないと外国の侵略を受けてしまうという危機感と連帯感があったと考える。今しっかりしないと 国が衰退してしまうという危機感と連帯感をもって国民が立ち上がるべき時である。それらを展開する基本は 有能な人材を要所に配して、各級の人事を大幅に刷新することである。活力ある人材によって沈滞した社会を再生させる必要があると考えます。国家は 大戦や地震など災害によって滅ぶことがあるが、多くの場合には、戦後50年を越えて内部から衰退するものである、という世界の歴史を想起したい。 以上。http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/
2009.06.16
才能がない人の楽しみ:豊かな才能があって みじめな人生を送った人たちを 沢山 知っています。 才能のある方が 成功したり、幸せになるとは全然限らないことをまず 指摘したいと思います。いわゆる 才能がなくてもきちんと自分の立場や、個性をつかんで、好きなように歩めば きっとそれなりの人生と幸せをつかめるのではないでしょうか。いろいろ比較したり、競争していると 自分を見失って、人との比較ばかりに 気を取られるのは良くないのではないでしょうか。 自分が最も大事で、中心ですね。好きなことは 積極的に見つけ、楽しいことを 沢山出来るように 心がけたいと思います。再生核研究所声明 4 (2007/03/17): 競争社会から個性を活かせる社会に: 現在、日本を覆っている不安な状況を打破し、明るい未来を切り拓く第1歩として、憲法第25条の精神を高揚させ 最低生活の保障による連帯を確認する事の必要性を訴えている(声明3)。いじめ、犯罪、モラルの低下、そして全国に広がる財政赤字など、それらの大きな原因として、経済環境の厳しさとともに、貧しい競争意識と受験勉強に代表される貧しい戦後の教育内容にあると考えます。考え方を変えるのは簡単ではありませんが 精神、考え方を競争社会から個性を活かせる社会に変えていく必要性があるのではないでしょうか。 その理由は: 1)まず競争とは、1つの価値、ある判断の下での順位になり、その点では個性や、特殊性を排除した価値観の画一化に繋がる危険性を有している。例えば現在の受験制度では多くの場合に受験科目の得点で順位が定められ、概ねそれによって合格、不合格が定まり、その流れで入学の大学が定まり、そして同様に大学の伝統的な序列で一定の評価が定まっていく流れになっていると考えられる。もちろん伝統的に行われてきた体制はそれなりの理由があり尊重されなければならないと考えますが、評価をこれらで1元的に考えることには大きな問題があると思います。例えばそのような流れ以外の道を選んだ人たちの立場です。 スポーツ選手や、芸術家、芸能関係者、技術者、職人、棋士、実業家などなどです。 2)スポーツなどの世界では競争はかなり明確に理解でき、競争の世界として、もちろん結構だと思います。例えばお相撲さんは優勝を目指して努力されているわけです。しかし歌い手さんたちは それぞれの個性と持ち味を活かしていろいろな人が活躍されていますが、それとて、いろいろな評価が下されますが、その時の競争とは考えられてもお互いに芸を高めていくような いわば精進の競争であり大いに勧められるべき競争と言えます。 3)これに対して貧しい競争とは、相手との比較ばかりに気を取られ、自分を見失った競争であり、自分の個性を活かせないところで、相手より優位に立とうする競争の事です。自分のむかないところで、無理して競争に駆り立てられている状況はないでしょうか。 4)日本の教育の重点が いわゆる学力中心で、知識中心になっていないでしょうか。そして、いわゆる頭のよい人、学力のある人がすべてのような1元的な価値判断が余りにも強すぎはしないでしょうか。 勉強の嫌いな子や勉強のできない子、いわゆる優秀でない人と言われている人が それゆえに低く見られてはいないでしょうか。勉強ができず、学力がなくても、いわゆる優秀でなくてもいろいろな長所があって、よい個性を持っているのにそれらが評価されず、また無視されるようにはなっていないでしょうか。これでは、勉強のできない子は学校が嫌いになり、やがて社会から疎外されるようになってしまわないでしょうか。絵が得意で感銘させる人や、工作がうまく名人的と思われる人の才能を引き出せない社会は社会の大きな損失にはならないでしょうか。運動会などやキャンプ生活などで多くの体験授業などがあれば いろいろな才能が発揮され、学力以外のいろいろな個性や、才能を発見できる機会が出て来るのではないでしょうか。もちろん実社会は大きな世界です。 5)学力中心による教育では、生徒の個性を活かせず、1元的な価値判断で多くの個性と才能をうずもらせてしまうだけではなく、才能を活かせない生徒は社会から疎外され、不満が増大する事になり、社会は不安定になると思います。 6)個性を活かせる社会とは 社会にはいろいろな人が必要であり、それぞれ自分の得意な分野や好きな分野で、個性が活かせるようなところで社会に参加して、助け合っていくような社会のことです。強い人も弱い人も、考える事が得意な人も苦手な人もそれぞれ長所もあり短所もありそれぞれが補完し、助け合っていく社会です。このような社会では、苛めも、犯罪も生じる土壌がないのではないでしょうか。 7)財政赤字について触れましたが、無いお金を使うという事自体が無責任の結果ではないでしょうか。短期的に赤字という事は仕方がないことですが、赤字を増大させていくというのは余りにも無責任と言われても仕方がないのではないでしょうか。これらの背後には学力を付けることばかりに走り、責任感の無い自己中心的な教育が生み出した日本人全体の精神的な土壌から起きているという根強い原因があるのではないでしょうか。 8)何かというと経済効果や活力のある社会という観点が問題になりますが、少数の自爆テロを起す人を抱える社会はどれほど、経済的にマイナスを生むことでしょうか。そのよう状況では例えば新幹線を守るにはどれほどの経費がかかることになるでしょうか。あらゆる所で、厳重な警備を必要とする社会になってしまいます。それに対して 社会に強い不満を持つ人を生み出さない社会とは何と素晴らしい社会でしょうか。この観点からも憲法第25条の精神を思い出すことは大変いい状況を生むのではないでしょうか。 皆さん 競争社会から個性を活かせる社会 を目指そうではありませんか。以 上http://blogs.yahoo.co.jp/kbdmm360; http://plaza.rakuten.co.jp/reproducingkerne/2009/06/16 15:08 才能がない人の楽しみ 困り度: 暇なときにでも 才能がない人は、何が楽しみで生きているんですか?なにも才能がないとわかった瞬間、生きている意味がわからなりました。皆さんはなぜ生きているんですか?教えてください。
2009.06.16
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