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私:今朝の朝日新聞では見開き2頁で、大々的に尖閣問題をまとめているね。 近代、明治、終戦後、国交正常化、現代と、5つの時代の流れを追って、両者の主張を公平にならべているね。A氏:君が、昨日のブログでダワーのインタビューをとりあげているが、今日の朝日新聞にも、「米の『あいまい戦略』が残した火種」というカナダのウォータールー大学の原貴美恵教授の話を載せているね。私:ダワーの言う「サンフランシスコ・システム」だね。 ところで、国有化の話が出る前に、地権者がテレビでヘリポートを作ったと言う話をしていたような気がするが、その記述は、この新聞では見当たらなかったね。 96年7月に日本の政治結社が北小島に「灯台」を立てた話が載っているが、その後、どうなったのか分からないね。 中国は「ああ言えば、こう言う」で結局、この問題は、先が見えないね。 明日は韓国との竹島問題を特集するそうだ。 ところで韓国といえば、09年の自殺率は、OECD加盟国中で最悪だという。 ここ10年ほどに急増し、03年に日本を抜いたという。 しかも、若者の自殺が多いという。 幼少期から塾通いに追われ、大学を出ても就職は困難。 有名大学から大企業へという狭い道での過度な競争で、希望がない。 多様な生き方が認められ、幸せを感じられる社会にしなければ、自殺は減らないという。 日本も大同小異だね。
2012.10.31
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私:このブログを書き始めた2006年8月頃、ジョン・ダワーの名著で上下2冊の大著「敗北を抱きしめて」を、俺は5回にわたってブログにまとめているね。 その戦後日本の研究家のダワー氏が、朝日新聞のインタビューに答え、最近の日本の領土問題にふれているね。A氏:戦後、70年近くたっても、東アジアの領土問題や日本の戦争責任は何故、こうも繰り返し問題になるのかだね。 ダワー氏は、ドイツは戦争犯罪を謝罪したが日本はしていないからだという意見に疑問を持っているという。 ダワー氏は、外務省にもらった日本の謝罪の詳細なリストを持っているという。私:日本の戦後を見てきたダワー氏は、これを説明するのに「サンフランシスコ・システム」と「歴史と記憶」という2つのキーワードを示しているね。 問題の根源は1951年に結ばれたサンフランシスコ平和条約と安保条約に行き着くという。 この講和会議には、日本に最も被害を受けた中国と韓国は出席していない。 これがドイツとの違いだね。A氏:平和条約をきっかけに日本は米国に全面的に依存する「サンフランシスコ・システム」に組み込まれ、アジアから引き抜かれた。 そして朝鮮戦争で、中国は米国と日本の敵になり、米国は戦中の話はしなくなり、韓国や中国が戦争中に受けた被害に発言しなくなった。 米国は慰安婦問題も731部隊も東京裁判では扱っていない。私:領土問題も竹島は米国は意図的に平和条約であいまいにした。 これはかなり複雑な問題だという。 尖閣諸島は、中国側は講和会議当時、領有権の主張をしていたが、米国は無視する。 本来は、平和条約のときに解決すべき問題だった。 「サンフランシスコ・システム」はこれをあいまいにした。A氏:北方領土も1950年に重光葵元外相が当時のソ連と交渉し、2島返還で合意に至る可能性があった。 しかし、米国は「ソ連と合意すれば沖縄返還の必要性を認めない」と脅し、機会は失われた。 すべての問題に米国の意図が絡んでいるということか。私:日本にある米軍基地は、日本の安全保障だけではない。 米軍の前方展開のための基地で、朝鮮戦争、ベトナム、カンボジャへの空爆やイラク戦争にも活用されてきたね。 日本は「サンフランシスコ・システム」により、繁栄と引き換えに身動きができなくなり、そのまま、現在に至り、打開策を見いだせない困難に陥っているというわけだね。A氏:もう一つのキーワードの「歴史と記憶」は、「歴史」は過去のものだが、常に現在の人間が誤用するという。 「記憶」も被害者意識が強い。 ワシントンの慰霊碑には5万8千人の米兵の名前があるが、はるかに多いベトナム人の死者は忘れられている。私:歴史というものは一度、踏み間違えると修復には長い道のりが必要だね。
2012.10.30
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私:ベントにからむ"決死隊"の敢行は、当の"隊員"になった運転員は自らの命をかけた行動だった。 次に問題だったのは、冷却水の不足だった。 しかし、海水なら近くに無尽蔵にある。 12日、15時前、吉田所長はテレビ会議で清水正孝社長の了解を得て海水注入の準備を指示する。 1号機近くの海岸はガレキでダメなので、3号機近くの海岸から、太いホースで消防車3台を経由して海水注入の準備を終わった。 吉田所長は、ベントも終わり、海水注入の準備もできたので、少し明るい気分になっていた。 ところが15時36分、1号機建屋の最上階で爆発があった。 予想外の爆発だった。A氏:例の水素爆発だね。私:吉田所長は、爆発の被害状況報告を聞き、明るい気分だったのが一気に吹き飛ぶ。 この爆発のガレキで、せっかくの海水注入用ホースがやられ、海水注入の準備は一からやり直しとなる。 爆発が起きてから3時間半近くたった19時頃、海水を引くホースの全面取替え完了。 19時04分、1号機に海水注入が開始される。 吉田所長は、これを原子力安全・保安院にも連絡。 ところが21分後の19時25分、官邸に詰めていた東電の武黒一郎技術顧問から緊急電話で「海水注入は菅首相の承認まで待て」という連絡が入る。 追いかけるように清水社長から「官邸の意向だから海水注入は社長命令として中止」の電話が来る。A氏:めちゃくちゃだね。私:柳田氏は、この問題の本質を次回の連載でふれるという。 吉田所長は、表面上は「はい、分かりました」と答えたが、腹の中では「なんなんだ、それは。やってられないよ!」と煮え返る怒りが爆発しそうになったという。 そこで、技術畑の先輩である高橋明男技術顧問に電話したら、理解はしたが、社長が「やめろ」というなら仕方がないという。 では、もう注入していることをどう説明したらいいかと問うと「試験注入」ということにしろという。A氏:どうしようもない連中ばかりだね。私:そこで、吉田所長は、海水注入担当部長のところにいくと、小声で言った。 「これから海水注入はいったん中止すると、みんなに言うが、それは表向きのことだ。水、止めるなよ」 そして対策本部の人々には大声で、海水注入中止をみせかけで言う。 菅首相が海水注入を承諾したと吉田所長に連絡が入ったのは20時を過ぎていたという。 19時04分に注入してから1時間以上たっているね。 その間、海水注入は事実上、中止されることはなかった。A氏:後日、この吉田所長の行動は、専門家は正しいとしているね。私:柳田氏の今月号の寄稿はこれで終わりだね。 3月11日、12日の問題が浮き彫りになっているね。 後は来月号だ。A氏:この官邸や本部のレベルの低いドタバタ劇は全世界が見ている。 国辱だね。 この本質について柳田氏の分析を知りたいね。私:来月号待ちだね。
2012.10.29
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私:柳田邦男氏の「原発事故・私の最終報告書」は文藝春秋の9月号から連載がはじまっていて、今月号は3回目だ。 まだ、来月号に続く。 今月は、事故発生当時の1号機のベント、水素爆発、海水注入の初期重要問題に焦点を合わせ、現場責任者の吉田昌郎所長の動きについて記述しているね。 3月11日の23時56分過ぎに1号炉の格納容器の圧力が最高使用能力を超えているのが分かる。A氏:そこで、格納容器の圧力をさげるためにベント問題が登場したのか。私:もう日が変わり、12日になっている。 吉田所長は、対策本部で声を張り上げ、ベントの準備を指示する。 ところが、ベントの各種弁の遠隔操作テストをしたら、全電源喪失で動かない。A氏:大体、ベントというのは緊急事態で操作することだから、一般電源とは別に独立して操作できるようになっていないといけないのにね。 設計の欠陥が、トラブルが起きると現場にしわ寄せされるね。私:東京では、午前3時海江田万里経産相と東京電力の小森明生常務が記者会見し、これから1号機のベントを行う旨の説明をするが、ベントが簡単にできるような説明だった。 「本店と現場はずれている、何故だ」と会見をテレビで見ていた吉田所長は思ったという。 こうなると、ベントは手動でやるしかないが、現場に入るには高放射線で難しい。 現場では現場図面を出して検討する。 ベントに時間がかかる。 午前6時50分、ついに海江田大臣から、原災法に基づいて命令として「手動で速やかにベントを実施せよ」というのが本店経由でくる。 吉田所長は怒りを抑えて、精一杯やりますと回答したが、後日、語ったところでは腹の中では「いろいろやってもできないんだ。この状態じゃできるわけないよ。さっさとやれというなら自分でやってみろ」と叫んでいたという。 "決死隊"が編成され、高い放射能のある現場に行く準備を整える。 そのさなかの午前7時10分、菅直人首相が現場に活を入れようとヘリコプターでくる。 ベントの困難さの説明をするが「なんとでもベントを急げ」と言って、20分ほどで帰っていく。 その頃、"決死隊"の準備ができ、9時過ぎに1号機建屋に入る。 弁が2ヶ所にあるので、2組に分かれる。 第1の弁は、手動で動かした。 地下にある第2の弁は、近づくとあまりの高放射能で、さすがの"決死隊"も諦めて後退。A氏:"決死隊"によるベントは成功しなかったのか。私:そこで考えられたのか、強力なコンプレッサーで弁を壊すことだ。 ところが、そんなコンプレッサーはない。 ここにも、「強力な弁」をあけるという事態が生じるというのは「想定外」だから、準備がないという事態が明らかになるね。 結局、協力会社の大型コンプレッサーでベントに成功する。 14時30分だった。A氏:海江田大臣や菅首相が騒いでから、数時間たってベントしたが、吉田所長はじめ、現場は「想定外」の設計のため大変な努力をしたわけだね。私:明日は、海水注入をめぐる本部と現場の問題にふれよう。
2012.10.28
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A氏:昨日の朝日新聞の経済欄の下の方に「中国で『シェールガス』入札」とあったね。 米エネルギー省によると中国の回収可能な「シェールガス」の資源量は36兆立方メートル。 中国政府によれば25兆立方メートル。 どちらにせよ、米国の24兆立方メートルを上回り、世界一の規模だという。私:中国は、石油の輸入依存度が57%に達しているので、自前の資源として開発を強化する方針という。 しかし、埋蔵量の根拠があやふやな上に、地質が複雑なので、実際に軌道に乗るかは不透明のようだね。 様子見だね。A氏:しかし、君のブログで「血と油」(マイケル・T・クレア著)についてふれているが、この本が刊行された2004年頃、米国の石油の輸入依存度は5割以上で、かつ拡大しており、海外石油の確保は死活にかかわる問題だった。 この本では、米国は年ごとに高まる需要にこたえるために、イラク戦争のような軍事介入を行っては産油国を思いのままにしようとする-この繰返しを止めることはできないのかとブッシュ政権の中東への石油依存増加体質を批判していたね。私:ところが、その頃から、米国で技術革新があり、「シェールガス」が自国で得られるようになった。 2008年から実用化が進み、現在の日量90万バレルが20年には200万バレルを超え、中東からの輸入分を上回る規模になると予測されるという。 2004年の 「血と油」のマイケル・T・クレア氏の予測は4年たって外れたね。 中国の「シェールガス」も地質が複雑といっても採掘技術の革新があるかも知れない。A氏:技術革新というのは、悲観的な将来予測を覆すね。 昨日の夕刊では初の「iPS臨床応用、近く申請:網膜再生」とある。私:iPS細胞の技術革新も、予想しなかった新しい医療サービスの市場が期待できるね。 よく経済成長というが、こういう技術革新がないと大きく期待できないね。 問題は、技術革新は計画的に生まれるものでなく、長い研究の潜伏期間を経て、突然、生まれる。 「シェールガス」も「iPS細胞」だってそうだ。 苦しい試行錯誤の長い期間があった。 どういう技術革新が今後実際に起きるか、将来予測がむずかしいね。 しかし、技術革新を抜きにして、軽々しく経済成長を叫ぶことは軽率だね。
2012.10.27
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【送料無料】未完のファシズム [ 片山杜秀 ]私:東條内閣打倒に関わった酒井鎬次中将は、1885年生まれ。 陸軍幼年学校も陸軍士官学校もトップで卒業した秀才で、若くして陸大に入る。 陸大もトップで卒業し、外国留学の資格を得て、フランスに3年以上もいて第1次世界大戦を観戦武官として実地見聞する。 陸軍きっての国際派にして開明派となる。 ところが、それほど優秀な彼が、陸軍の中枢になかなか行かせてもらえない。A氏:なぜかね。私:秀才なので、理屈っぽく、相手をへこませるなど、ただでも妬まれ恨まれやすい上に、外国の経験も豊かだから、日本は軍を近代化しなくてはダメだと言って煙たがられる。 彼は速戦即決戦論者で、「持てる国」との戦いは避けるべきだが、どうしても戦争となったら、なるべく短期で終わらせ、奇襲で優位のうちに早期講和に持ち込む以外にないと考えていた。A氏:石原莞爾ビジョンに対してはどうかね。私:彼は否定的で、日本が「持てる国」になろうとして満州を支配すればソ連を刺激する。 彼は、精神力のみを頼りにせず、軍の近代化を重視する。 その彼の能力が生かされる時が来た。 日中戦争だ。 1937年、関東軍の中に設けられた日本陸軍初の機械化部隊の旅団長に命ぜられた。 大いに張り切ったが、戦車は性能が違う旧式が混在するし、故障も多く、修理部品のストックも少なく、燃料も不十分。A氏:「持たざる国」の工業力の弱さがもろに出てきたね。私:結果、機械化部隊は役立たずという定評が日中戦争の初期に日本陸軍内に生まれ、この考えが日米戦争期まで尾を引く。 当時の関東軍参謀長は、攻撃は歩兵中心という東条英機だ。 東条は、「皇道派」の小畑敏四郎のような考えや、「統制派」の石原莞爾のような思想をもっているわけではない。 酒井のような軍の近代化にも期待しない。 ほとんど、刹那主義の行き当りばったりの無思想の官僚軍人の典型だね。 酒井は東条と対立し、1940年、予備役に左遷される。 その後は、著書を出している。 「戦陣訓」の中柴も、「皇道派」の小畑敏四郎も、満州建国の石原莞爾も敗戦後は長く生きていない。 しかし、酒井が亡くなったのは1973(昭和48)年で88歳だった。 そして、戦後、酒井は石原莞爾を徹底的に批判していたという。 満州事変で戦線を拡大したこと、関東軍によって中央を無視したことなどだね。A氏:当時の有名な陸軍隊内の「下克上」だね。私:結局、政治経済を一体化した総力戦体制になっていないと指摘している。 ファシズム向きではないね。 日本ほど、近代の総力戦に不向きな国はない。 工業資源が足りない、人的資源も不十分、おまけに明治憲法体制には総力戦を阻む「しらす」の構造があり、天皇大権を侵害するとして、政治力の集中を嫌った。 あったのは狂気の精神主義だけだった。 司馬遼太郎は、満州事変あたりからの日本の軍国主義時代は、日本史でも珍しい「狂気」の時代だと言い、なぜ、「狂気」に陥ったかわからないと言っていたようだ。 しかし、この本はその点を「持たざる国」の安全保障のジレンマに陥った軍部の苦肉の対応であったとして解明しているね。A氏:今までの話を聞いていると、3.11の原発事故は敗戦と似ているね。 エネルギー資源の「持たざる国」日本は、「持てる国」になるために地震国なのに原発に目をつけた。 その先端技術を使った原発を「原子力村」の「安全神話」という一種の精神主義で運営して、とんでもない原発事故を起こしたという点だね。私:違うのは、原発事故には戦犯東条がいなかったということだね。 司馬遼太郎が生きていたら何と言うだろうかね。 この本の著者は最後に、この歴史の教訓として 「背伸びは慎重にして、背伸びがうまく行ったときの喜びよりも、転んだときの痛さや悲しさを想像しよう。 そういう想像力が精神論でなくきちんと数字の裏付けで反映され、行動に一貫する国家社会を作ろう」 と結んでいる。 君が言った原発問題にも言えることだね。
2012.10.26
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【送料無料】未完のファシズム [ 片山杜秀 ]私:第2次世界大戦で、士官として参戦した神島二郎という政治学者が戦後、「物量において負けると分かっていて何故、戦争をしたのであろうか、いったい日本人の精神構造はどうなっているのか」と研究する。 最終的に平安時代のものと思われる日本の兵学書「闘戦経」の「真鋭」という概念に行きつく。A氏:「真鋭」? これもなじみのない日本語だね。私:「闘戦経」では、兵力差が大きすぎて勝負にならないときは闘うべきではないという中国の兵法を批判して、日本人の戦闘精神の真髄は「真鋭」にあるという。 「真鋭」とは「真に鋭い」から転じて、「いついかなるときでも鋭い刀で相手を斬りにゆく」という思想と実践を意味しているという。 勝ち負けの合理的予測とは無関係に、死ぬまでひたすら闘うのが「真鋭」だね。 この考えは、日中戦争から第2次世界大戦にかけて、日本の思想家軍人の注目するところになった。A氏:「皇道派」も「統制派」も精神主義は近代戦では中心でないと思っていたが、精神力を無限に高めることで、「持たざる」不利を克服できるという、ある種、狂気をはらんだ人々が現れ出すんだね。私:その代表格のひとりが中柴末純少将だという。 東条英機のブレーンでもあり、「生きて虜囚の辱めを受けず」で有名な「戦陣訓」の作者のひとりとも言われている。 彼は1873年、信州の松本に生まれる。 陸軍士官学校を出て日露戦争にも参加。 1924年、東京帝大文学部の聴講生になって、倫理学の吉田静到教授の指導を受ける。 彼は「統制派」のように「持たざる国」から「持てる国」にしようとしても戦争はいつ起きるか分からないと批判する。 また、「皇道派」のように戦争は、日本が勝てそうな相手と短期決戦できる場合だけとは限らない。 中柴にとってこれらの考えは無意味だということになる。 「持たざる国」日本が「持てる国」に勝つには精神力でカバーすればいいという理屈になる。 中柴は、精神力の値打ちをいくらでも大きく、ほとんど無限大に評価できるような戦争哲学を構築する。A氏:山本七平氏が、かって、第2次世界大戦で、戦場で陸軍上等兵と会話した時、その上等兵が「相手の武力が10でこちらが7なら、こっちは精神力(無形戦力)を4にしてかさ上げして11にして勝てる」というようなことを言っていたそうだが、日本軍は末端まで、中柴哲学が染みこんでいたんだね。私:それが「戦陣訓」の思想だね。 1941年1月に当時の陸軍大臣東条英機の名で出されるね。 これによる軍人教育は徹底して行なわれたんだね。 「生死一如」「生死を超越」した死生観の哲学だね。 これから戦争が始まると「玉砕」という言葉で美化される。A氏:戦争末期には「一億玉砕」だね。私:第2次世界大戦は、総力戦だった。 しかし、日本は「しらす」をもとにした憲法体制で、資源も乏しく、統率力もないままに、総力戦に加わって負けてしまったというわけだね。 精神力で下駄を履かせるには限度があったということだ。 中柴は、最初の玉砕戦のアッツ島の戦いを「精神の底知れぬ深さ」と賛歌する。 しかし、戦況が不利になるにつれ物量の不足を痛感するようになったという。 そして、戦争末期、軍需品の生産力を高めるために、中柴が望みをかけたのは女性だった。 世界に冠たる大和撫子だった。 新たな精神主義を引き起こした。 玉音放送からほぼ3カ月後、敗戦の衝撃に耐えかねたのか、彼は72歳で他界する。 明日は、中柴がブレーンをつとめていたという東条英機と対立し、東條内閣打倒に関わった酒井鎬次中将にふれよう。
2012.10.25
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【送料無料】未完のファシズム [ 片山杜秀 ]私:1937年、盧溝橋事件をきっかけに「日支事変」がはじまり、ずるずると戦いは長引く。 1940年2月の議会で民政党の斉藤隆夫代議士は、「支那事変の処理を中心とした質問演説」という憲政史上有名な演説をする。 そこで、彼は、こんな長い事変があるのか、戦争ではないのかという。 そして、39年に後追いで作ったこの戦争の目的を示した「東亜新秩序答申案要旨」というのはよく理解できない抽象用語が並んでいると批判する。 例えば、「八紘一宇」も出てくるが、「『うしはく』に非ずして『しらす』ことを以って本義とすることは我が皇道の根本原則」というのも出てくる。 君は「うしはく」と「しらす」の日本語の意味は知っているかね。A氏:日本史上、重要な言葉なんだろうけれども、不勉強で知らないね。私:両方とも古い大和言葉だね。 「うしはく」は、押領の意のオシと掃蕩の意のハキとの複合語だという。 「政略」の意で「強権政治」に当たる。 一方、「しらす」は古語でよく使われ、天皇には「しらす」がつきものだという。 日本は、伝統的に天皇の独裁的な強権政治ではなかった。 明治憲法の起草者のひとりである、井上毅は、外国は一人の豪傑が多くの土地を占領し、一つの政府を立てて、支配して国家を作っている。 しかし、日本は上の者は鏡そのものであり、自らの考えをおしつけない。 いろいろな意見を聞き、そのときどきの妥協点を見出していくというやり方で、これを「しらす」という説明をしている。 だから、「一人のリーダーの強権『うしはく』でなく、『しらす』で進めるのが、我が皇道の根本原則」ということになるね。A氏:要するにヒトラーのように強権的な政治はしないということだね。 逆に、日本に強力なリーダーは憲法上、期待できなかったわけだ。私:井上馨は明治憲法のデザインにも参加した。 彼の明治憲法草案の第1条は「日本帝国は万世一系の天皇の『しらす』ところなり」だった。 実際には憲法は漢語調で「日本帝国ハ万世一系ノ天皇コレヲ統治ス」となるが、「しらす」の漢語表現が「統治す」になったものだね。A氏:イギリスの君主は「君臨すれども統治せず」とあるが「しらす」は「統治」よりも「君臨」のほうが我々世代にはわかりやすいね。私:「しらす」の観点から、明治憲法体制をみると、「しらす」の精神が行き渡っているという。 権力の分散化・多元化だね。 天皇以外には強権的なリーダーシップをとれないしくみだね。 しかし、天皇は「鏡」として君臨するだけだ。 ある意味、民主的だね。 昭和天皇が強権で決定したのは、2.26事件の反乱者の処罰と、太平洋戦争の終戦だけだ。A氏:司馬遼太郎は、明治まではよかったが、日露戦争後の日本の政治家や軍人はヴィジョンもなく、指導力もない者ばかりだというが、実は一番悪いのは、明治のシステムの設計だというわけだ。私:そのツケを後世が高く支払わされたというわけだ。 軍が独裁したいとしても明治憲法では十分できなかった。 だから、第2次世界大戦が始まって、国力を一本化せざるを得なくなったとき、東条英機は、ばらばらに存在する首相、陸軍大臣、参謀総長などの役職を兼ねないとやっていけなかった。 強いリーダーシップを期待する人は、東条はダメだと反東条。 「しらす」を擁護する側は、一人で何役もやるのは日本的でないと反東条。 その結果、一人で何役もやった東条は、反対側から「東条ファッショ」と言われる。 東条は独裁したかった。 しかし、明治システムでは、せいぜい兼職ぐらいしかできない。 ファシズムが、資本主義時代の一元的な全体主義の一つの形態とすれば、強力政治や総力戦・総動員体制が完成していなければならない。 しかし、実際、日本はそうではなかった。A氏:戦時期の日本は逆にファシズム化に失敗したということか。私:この本の題名の「未完のファシズム」というのは、日本の明治からのしくみで「ファシズムは未完であった」というところからきているね。 明日は、有名な精神主義の象徴である「戦陣訓」の生い立ちにふれよう。
2012.10.24
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【送料無料】未完のファシズム [ 片山杜秀 ]私:田中智学は、1861年生まれ。 日蓮宗の僧侶になるが、世を救うためには寺にこもるのはおかしいと、頭をまるめず1879年に還俗し、日蓮主義運動を起こし、1914年、国柱会を組織する。 智学の理念は、日本は文明を造る国でなく、個性ゼロの無内容な国である。 そのために、世界万国の文明を受け入れることができ、東西の文明を融合して、世界文明の最終完成態を作り上げることが可能であるというものだ。 東西の文明の争いは行き詰っており、今こそ、日本の出番だという。 そこで「八紘一宇」という言葉を用意する。A氏:「八紘」は世界の意で、「一宇」は一つの家だから、世界を日本中心の一家にするという意味だね。私:一方、石原莞爾は1889年生まれ。 1915年に陸大に入る。 彼は、田中智学に傾倒し、1920年、国柱会の信行員になる。 彼が智学に惹かれたのは、日本は何が何でも、「持たざる国」から「持てる国」へと変身せねばならぬとの確信を与えたからであろうという。 彼は智学の教えにより、自らの思想と行動の原理を打ち立てたのだね。A氏:石原の「世界最終戦争」論とつながるね。私:石原は、1931年の満州事変を計画し、翌32年に満州国ができる。 石原は、満州国に眠る豊富な資源を開発し、この地を世界的な重化学工業国に育てることにより最短で「持てる国」になれると考えたのだろう。 そして、広くアジア民族の協力、いわば「5族協和」の理念が生まれる。 1936年、「満州産業開発5カ年計画」が始まる。 1940年に石原は講演で、「1970年頃までに日米の経済力や科学力を対等にしようという構想」を述べる。 これは荒唐無稽なものでなく、著者の試算では、当時の日本の経済成長力はアメリカより高く、これで計算すると大体1970年までには対等になりそうであったという。A氏:なのに、1941年12月に、日本は対米戦争を始めるね。私:石原は、政治に首を突っ込みたがり、自分の特異な思想を押し通そうとする。 敵が多く、嫌われる。 東条英機とは有名な犬猿の仲。 中央の人事から外され、1941年3月には予備役に編入。 石原は、日米開戦の報を講演のために高松に行く宇高連絡船の船中で聞いたという。A氏:「統制派」の石原莞爾は、日本を「持てる国」にするまで何十年か長期の大戦争をしてはいけないと考えていたし、「皇道派」の小畑敏四郎は、日本はどこまで行っても「持たざる国」なのだから「持てる国」と正面きっての大戦争をしてはいけないと思っていた。 二人とも、途中で、軍の中央から追われるが、二人が恐れていた日米戦争は起きてしまうね。 そして二人の予想通りの結果になるね。私:日米開戦に至るまでは、まだいろいろな問題がからんでいる。 その点を明日から逐次ふれていこう。
2012.10.23
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【送料無料】未完のファシズム [ 片山杜秀 ]私:「短期決戦+包囲殲滅戦」論は、列強と国力の競争をするのは「持たざる国」の日本には無理だという点では現実的だね。 問題は近代的な兵器の代わりに「皇道」という拠り所を見出したことだね。 天皇に絶対の忠誠を誓い、国家に命を捧げて、どんな無茶な戦闘行為もいとわない。 「天皇陛下万歳!」を兵士に叫ばせて戦闘意欲を高める。A氏:「持たざる国」の軍隊は国力に見合わない過度な軍備拡大をせず、国民に経済的な苦労もさせず、物資不足はできるかぎり精神で補う。 戦争をする時は国力が乏しいから最短で終わらせるということか。私:「皇道派」の理論的中心人物は小畑敏四郎将軍だね。 彼は、第1次世界大戦を欧米で見て、日本の国力が列強に比較して、著しく劣っていることを知り、これを補うには精神戦力を強調したという。 だから、当時、統一途上の中国の国民政府や、勝てるはずのない米国に宣戦布告するなど、「狂気の沙汰」であった考えていたという。 こういう「持たざる国」の弱さを認識した背景で「統帥綱領」が書かれた。 しかし、その「皇道派」が1936年の2.26事件で「統制派」に敗れた後、「統帥綱領」の精神主義だけが残り、その背景にある欧米に対する恐怖感は消えたんだね。 小畑将軍は、2.26事件で予備役に編入され、対米戦争には責任を負わず、戦後の敗戦処理内閣で国務大臣となるんだが、遅かった復帰だね。A氏:「統制派」とはどういう考えをもっているんだね。私:「持たざる国」日本の国力、戦力を列強並みに「持てる国」にしようとするのだね。 だから「統制」というのは、軍の統制を守るという意味とともに、統制経済、計画経済的な意味を持っているね。A氏:社会主義的な国家総動員だね。私:代表的な軍人は永田鉄山と石原莞爾だね。 永田鉄山は、1927年、内閣資源局を作る。 「持てる国」に多少なりとも近づけるように努力する。 しかし、具体策はない。A氏:しかし、永田鉄山は1935年、「皇道派」青年将校に共感する相沢三郎陸軍中佐に殺害されるね。私:永田鉄山に対して、本当に「持たざる国」が「持てる国」に化けられると信じていたのが石原莞爾だね。 1928年、石原は講演で 「将来、東洋の代表日本と西洋の代表アメリカは戦争する。 これは世界最終戦争で日本は勝たねばならない。 そのためには現実に存在する「持てる国」アメリカと「持たざる国」日本のギャップを埋めないといけない。 そのためには、日本は「全支那」を産業基地として利用すべきだという。A氏:とんでもない構想だが、後の1932年に関東軍参謀として、その構想の第一歩の満州国を作るね。私:彼の構想は、彼の信じる僧侶田中智学からの影響だね。 「八紘一宇」という言葉は、田中智学が生み出した言葉だね。 明日は、その僧侶田中智学についてふれよう。
2012.10.22
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【送料無料】未完のファシズム [ 片山杜秀 ]私:日本軍の将校が、第1次世界大戦で、欧州戦を総括した報告によると、大戦前にはドイツ陸軍もフランス陸軍も極端な歩兵の肉弾主義に支配されていたという。 フランス軍は特にひどかったという。A氏:欧州のほうが近代的なはずなのにね。私:なぜ、フランス陸軍がそのような兵士の精神主義に陥ったかというと、日本の日露戦争の影響だという。 日本兵の旺盛な攻撃精神に対する憧憬が、極大化し、フランス軍に影響を与えたという。 ドイツ陸軍もロシア陸軍も同様。A氏:第1次世界大戦前半で色濃く見られた肉弾戦的傾向は、日露戦争の日本軍をモデルにしたものか。私:欧州の各国軍も大戦後半では、火力の運用が勝敗を分けるという近代戦の当然の事実を認めるようになる。 日本軍のほうは、その半年前に、青島で実施していたことだ。 肉弾の時代はもう終わった。 日本陸軍の攻撃精神も過去の遺物となった。 勝つためには、科学力と生産力の追求あるのみだと、日本軍は欧州戦争の観察でまとめているという。 大正時代の日本軍中枢は健全な思考をもっていたのだね。A氏:それなのに、どうして、第2次世界大戦へと向かう歴史の中で、神がかった精神主義が日本軍の主流になってしまったのかね。私:そこまでには、紆余曲折がある。 まず、第1次世界大戦のタンネンベルク会戦にふれよう。 これは、13万人のドイツ軍が、50万人のロシア軍を破る会戦だね。 優れた指揮官の勇気と決断、それに心服する兵隊がいれば、劣勢兵力でも包囲殲滅できるという教訓を与えたね。 この「タンネンベルク神話」が大正末期から日本陸軍にどんどんはこびり始める。A氏:科学力と生産力による近代化戦争論はどこに消えたのかね。私:それは、背景に次のような考えがある。 「近代戦争に日本が勝つためには、欧米諸国なみの経済力、生産力を持たないといけない。 しかし、日本の現状レベルは低いし、追いつこうとしても、相手も工業化をすすめるだろから、きわめてむずかしいし、国力を一挙に高めるのは無理だ。 一流国の軍隊と正面から物量作戦を行うのは想像しても恐ろしい」A氏:近代戦が物量戦であることを理解すればするほど、物量を「持たない」日本軍は安全保障をどうするかという難問に直面するわけだね。私:そこで、タンネンベルク会戦のように劣勢兵力でも、大きな相手に勝った事例が持ち込まれたわけだね。 「持たざる国」の身の丈にあった戦争を重視する考えが主流になる。A氏:関ヶ原よりも桶狭間か。私:「短期決戦+包囲殲滅戦」論を日本陸軍の教義にすべしとなる。 「持たざる国」の軍隊に勝利の心地よい幻想を与えるものだね。 日本陸軍には、ドイツ陸軍の上級指揮官用のアニュアルを参考にして、1921(大正10)年に作った「統帥綱領」がある。 これが「短期決戦+包囲殲滅戦」論をもとに1928年に改訂される。 改訂の内容でまず驚くのは「兵站」の削除だという。 そして敗戦までそのままであったという。A氏:短期決戦だから「兵站」は不要だというわけか。 日本軍の「兵站」の弱さの原点はここにあったのか。 太平洋戦争で山本五十六大将が「2年までは持たせます」と言ったが、4年の長期戦になった。 だから、後半は「兵站」問題で前線の兵士に餓死者が多数出るね。 太平洋戦争で日本兵の死者の7割は餓死者だというね。私:明日は、軍部の「皇道派」と「統制派」の対立についてふれよう。
2012.10.21
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【送料無料】未完のファシズム [ 片山杜秀 ]私:この本はこのブログの「現在・図書館予約状況・その1」で次のように書評を引用してふれている。 「現在の日本には、つぎのような見方が行き渡っている。 それは、日露戦争までの日本人は、合理的・現実的・普遍志向的であったのに、以後、日本人は非合理的・非現実的・反普遍的となってしまった。 ゆえに、日露戦争までの日本人のあり方を参照すべきである、というものだ。 本書は、そのような司馬遼太郎的史観をくつがえすものである」 たしかに、その点は参考になったね。 文章も同じことがダブって書いてあるが読みやすい。 ところで、君は第1次世界大戦のときの日本はどのような戦闘をしたか知っているかね。A氏:たしか、中国の青島のドイツ軍を攻めて、これを簡単に落とすだけだったのではないかね。 楽勝だったのではないかね。 戦争はヨーロッパが中心で、日本は直接関与していないしね。私:ところが、著者片山杜秀氏は、この第1次世界大戦で日本軍が行動した内容を重視している。 それは青島攻撃の方法だね。A氏:歴史の教科書では1914年、第1次世界大戦が勃発し、日本は日英同盟の関係から、連合国側に加わり、ドイツの東アジアの根拠地、中国の山東半島の青島攻撃に乗り出すんだね。私:派遣軍の総司令官に神尾光臣中将が任命される。 日清・日露の両戦役に参加しており、日露戦争のハイライトの旅順要塞攻略戦の現場を知っている。 だから、青島はドイツが手がけた要塞都市といっても、日露戦争時の旅順に比べれば防備は甘く、守備隊も数千人規模。 神尾中将は電光石火、獅子奮迅の猛突撃でたちまち、青島を陥落させるに違いないという国民の期待は高まった。 ところが、同じ要塞戦略戦でも日露戦争の旅順の壮絶な戦いとまったく違ったんだね。 実に慎重に攻撃している。 そして、日露戦争のときのように、歩兵が突撃し、砲兵が支援する戦争でなく、砲兵の火力でほとんどかたをつけ、歩兵は後始末にいくだけという戦争だね。A氏:近代戦パターンだね。 青島の砲撃中心の攻撃は日露戦争後の日本陸軍の近代化の実験場になったわけか。私:日本軍の大砲は大小合わせて、133門だという。 これだけ揃えて総攻撃。 8日目に、ドイツ軍は降伏する。 近代戦は兵隊の精神主義でなく、物量戦でしかあり得ないという点で日本は新しい戦争をしたことになる。 半年かかった日露戦争の旅順戦で発射した弾薬量は4000トン。 これに対して、たった数日の青島戦では、その4割の1600トン。 日露戦争のときは、そんな物量がなかったから、歩兵の肉弾戦をせざるを得なかった。A氏:なるほど、青島攻撃は、日本の戦争に対する見方を大きく変えたんだね。 その意味では、日本にとって重要な戦いだね。私:明日は、第1次世界大戦でヨーロッパの戦い方から日本軍が学んだことにふれよう。
2012.10.20
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【送料無料】情熱の階段 [ 濃野平 ]A氏:この本は、君のブログの「現在・図書館予約本・その3」に登場しているね。 ここにこの本を紹介した記事を再録しよう。 「図書館要旨」 「『諦めないということは、どこまでも自分を信じ続けるということだ』-カネもコネも語学力もない。夢を叶えるための武器は、胸に秘めた情熱だけだった-。生と死が交錯するスペイン闘牛の世界へと単身乗り込んだ男が見たものは?世界唯一の日本人闘牛士による、胸揺さぶる感動の自伝。「書評・朝日新聞デジタル」 「本書は、途方もない大夢を抱き、しかもそれをみごとに実現した、ある日本人闘牛士の苦闘の物語である。 著者は、闘牛士になるという固い決意のもと、裸一貫スペインへ渡る。ゼロから出発して、何度も挫折を繰り返しながら、ついに日本人として最高の、ノビジェロ・コン・ピカドール(最高位の一歩手前)にまで、昇り詰める。 まさに、努力と執念なくしては実現しえない、生と死のはざまの体験記だ。闘牛に関する本は、ヘミングウェイや佐伯泰英など、多くの作家や研究者が書いている。 しかし、現役の闘牛士が体験を綴(つづ)った本は、日本語ではおそらくこれが初めてで、その臨場感には圧倒される。好きだから、と口で言うのはたやすいが、ここまで徹底してやり抜く人は、そうはいないだろう。 『闘牛士と牛の闘いなど、存在しない。牛は、闘牛士の創り出す作品の、素材にすぎない』。この、よくも悪くも冷徹な悟りが、闘牛の本質をよく表している」とあるね。著者濃野平氏は、なんで闘牛士になろうと思ったのかね?私:きっかけは20代前半の頃、テレビ番組で、闘牛のシーンを見て、魅了されたことだという。 それまでの生活は、あまり詳細に書いてないが、十代半ばに胃ガンで母親を亡くしたので、母方の祖父母の元で暮らしたんだね。 著者がスペインに行く6年前に祖母が胃ガンになる。 著者は、その胃ガンの闘病に医者と相談するだけでなく、民間療法、自然療法とあらゆる方法を追求する。 この祖母のガンとの絶望な戦いに付き添っている最中、著者はある種の充実感を覚える。 また、臨終時の生と死のはざまにまんじりともせず向きあったことで、自分自身の生への渇望を鮮烈に意識したという。 そんな経験が、一度きりの人生を後悔しないで生きたいというという思いにつながり、夢であった闘牛士挑戦を後押しすることになったという。A氏:祖母の看病と死に著者の生をかけた挑戦魂の原点があったのかね。 学校生活はどうだったのかね。私:そこまでは書いてないね。 スペインには1997年1月、29歳のときに出発しているが、その前に渡航費を得るために築地の魚市場で働いているね。 この人のすごい点は、その場、その場でやるべき仕事は文句を言わず、全力を尽くすことだね。 スペインに行ってからも、一時、カネに困り、オレンジ農場の安い賃金のノルマ制のキツイ仕事をやるが、これも前向きで全力でやるんだね。A氏:プラス思考かね。私:しかし、それでも窮することがある。 悩むが、何故か、苦境を切り抜けるアイデアが出て、また、その実現に全力を尽くす。A氏:「窮すれば通ず」かね。私:一言で言えばそうだが、「通ずる」アイデアが出てくるには、やはり、何かの前向きな発想力があるんだろうね。 スペインの闘牛士になるには、スペイン人でも大変な難関で、カネはかかるし、コネも必要だから、著者のように、カネもコネもない者は大変だね。A氏:外国人が日本の相撲界に入るようなものかね。私:それより厳しいね。 日本の相撲部屋制度なんてないしね。 基本的に闘牛士は独学だね。 学ぶカネも自己負担だね。A氏:そうだとすると、2009年に現地で一流のプロ闘牛士として認められる位である「ノビジェロ・コン・ピカドール(満3歳牛の仕留め士)」に昇格するまでの12年間の人生は波瀾万丈だろうね。私:この本を読み終わると、人生が前向きになるね。 著者は、2003年に日本でTBSでの「日本人闘牛士」のドキュメント番組に登場するが、この番組を見たことがきっかけで、自殺を思いとどまった少年がTBSに電話してきたという。 著者は2007年に結婚するが、このプロポーズも著者らしいね。 著者は、今、44歳。 子どももいる。 今後のさらなる活躍に期待したい。
2012.10.19
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A氏:原発はトレイのないマンションだと言われているが、それがいよいよ問題になっている。 これは朝日新聞連載コラムの「プロメテウスの罠」で「地底を狙え」で扱っているね。私:今朝の朝日新聞の「プロメテウスの罠」は、使用済み核燃料の処理の問題を扱っているね。 「トイレの糞」に当たる使用済み核燃料は、とりあえず、原発の中のプールで一時的に保管して、一杯になると、六ヶ所村の再処理工場に運ばれる。 「トイレの糞」の再処理だね。 「トイレの糞」を再処理して、また原発の燃料にしようというわけだね。 そこで問題になったのは、もし、再処理しないで六ヶ所村に運べなくなったらどうなるかということだ。 各原発のプールはすぐに満杯になり、原発を止めないといけない。 それを計算すると、2017年までにすべての原発は止まるという。 2004年にこの試算をした通産省の30歳代の官僚たちは、省を追われたり電力関係の部署から外されたりしたという。 「原子力村」にやられたね。 「トイレの糞」処理はまたあいまいになったね。A氏:実際には六ヶ所村は再処理はしていないが、使用済み核燃料は受け入れているので、原発は止まらずにきた。私:しかし、六ヶ所村の再処理工場に運ばれた使用済み核燃料は現在、2900トン。 六ヶ所村の保管容量は、3000トンだというから、後100トンで満杯だね。 今後、再稼働するときに、原発の安全だけでなく「トイレの糞」処理も考えないとダメだね。A氏:六ヶ所村の再処理が稼働すれば、リサイクルで、処理後、原子炉の燃料となり、原発にもどる。 それで使用済み核燃料は減る。 しかし、再処理のめどがまったくたっていない。 だから、六ヶ所村に保管する使用済み核燃料は再稼働すると増えるだけだね。私:原発使用寿命40年という制約だけで2030年代の原発ゼロを考えるだけでなく、「トイレの糞」である使用済み核燃料の保管能力からも、いつ原発は停止せざるを得ないか考えるべきだね。 左遷された通産省官僚にもどってもらい、再計算してもらいたいね。
2012.10.18
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A氏:PCを遠隔操作して、ネット上で犯罪予告した問題で、「真犯人」を名乗る人間が登場したと、今日の朝日新聞の夕刊の一面、トップで報じているね。 この事件で、警視庁、大阪府警、神奈川県警、三重県警がそれぞれ、1人ずつ逮捕しているね。 各警察署は、新型犯罪でバタバタしただろうね。私:ところで、今月号の雑誌「ウェッジ」では、もっとスケールの大きい遠隔操作をとりあげている。 タイトルは「水も工場も止まる新型サイバー攻撃」だ。 最初の記事は、イランの核施設を狙って、米国とイスラエルがウイルスに感染させ、外部から遠心分離器のドイツのシーメンスの制御システムを不正操作して、1000台の遠心分離器を破壊したというものだ。A氏:なんというウイルスなんだね。私:「スタックスネット」というのだそうだ。 日本の水道施設でも、このドイツのシーメンス製の制御装置を100台以上使っており、すでに「スタックスネット」に感染している。 経済産業省情報セキュリティ政策室の担当が明かしたという。 幸い、日本の水道が「スタックスネット」で断水したという被害は出ていない。 海外ではすでに被害が発生しているという。A氏:日本は、サイバー攻撃に弱いのではないかね。 今度の犯罪予告問題で、警察も間違った捜査をしていたからね。私:日本では工場ではすでに起きているそうだ。 自動車工場の例があげられている。 工場で、制御が異常になったら、制御システムへのサイバー攻撃を疑う必要があるという。 技術の進歩は、犯罪も新型を発生させるね。 そのウイルス対策も必要だが、追っかけっこになるだろうね。 われわれのPCも要注意だね。
2012.10.17
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私:10月号の月刊誌「ウェッジ」10月号のコラムで、中国は2001年から2011年の10年間で、兵器の輸出を2.6倍以上伸ばしたとあるね。 近年では、コロンビア、エクアドル、ボリビアなどの中南米市場の開拓が目立つという。 A氏:どういう武器を売っているのかね。私:航空機が多く、次いで軍用車両、ミサイル、艦船だという。 これらは、補修部品の継続的な供給が必要なので、中国にとって、安定した顧客ができる。A氏:どの国への輸出が多いのかね。私:突出しているのはパキスタンだという。 2011年に中国が世界に売った武器の66%以上がパキスタンだという。 パキスタンは中国にとって潰せない得意先だということになるね。 インドとの関係がからむね。A氏:それで思い出したのが、今月の「文藝春秋」に載っている中国通のジャーナリスト富坂總氏の記事だね。 今、中国経済は悪化しており、中国政府は1兆元の経済刺激策を打ち出したという。 一方、今度の尖閣問題で、喜んだのは中国軍部で、これで大手を振って軍拡に邁進できるというわけだ。私:軍拡も経済刺激になるからね。 尖閣問題で、中国造船業の株価も上がっているという。 かれらと中国海軍は「ありがとう、日本」ということになるという。 今日のテレビのニュースでは、尖閣近くを中国海軍の艦船が数隻通過していったという。 なんだか、きな臭くなってきたね。
2012.10.16
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【送料無料】少子高齢化の死角 [ 高橋伸彰 ]私:どこの書評でこの本を読む気になったのか、どうも記憶にない。 新刊でないので、図書館からすぐに借りられた。 この本が刊行されたのは、今から7年前だから、データは古いが、少子高齢化は大体予測通り進んでいるね。A氏:その頃は、「百年安心年金プラン」ができた頃だね。私:この本では、安心できる内容でないと批判しているね。 その予想通り、今は、年金制度改革が叫ばれているが、まったく進んでいないね。 この本の題名に「死角」とあるものは、今となると常識になっているね。 参考になったのは、福祉制度の3つのタイプだね。 デンマーク出身の社会学者エスピン・アンデルセンが分類したものだという。 1つは、「自由主義(市場重視)的な福祉国家」だね。 「働く代わりに福祉を選択することのないように、国家が最低の保障のみを行う」タイプ。 この制度では多数の通常の市民の間では、市場における個人の所得獲得能力に応じた福祉が行なわれる。A氏:アメリカ型だね。私:2つ目は、「保守主義(家族依存)的な福祉国家」。 社会保険制度は、通常、未就労の主婦を給付対象に含めず、それに代えて、母性を支援する家族手当を給付し、家族がその構成員にサービスを提供できなくなった場合にのみ、国家が介入するタイプで、家族サービス依存度が高い保守的な制度だね。A氏:日本がこれに近いね。 今、ユーロ危機で問題になっているイタリア、スペイン、ギリシャもこれに近いね。私:3つ目は、「社会主義的な福祉国家」。 労働者にも、より裕福な階層が享受するのと同様の水準の権利を浴することを保障し、あらかじめ家族が抱え込むコストを社会化し、家族への依存ではなく、個人の自律を最大化し、福祉体制を維持する膨大なコストは、ほとんどの人が働くことにより賄う。A氏:スウェーデンをはじめとする北欧諸国だね。私:この3つのどれを選択するかは、各国の歴史、文化、国民と政府の関係によるとアンデルセン氏は言っているという。 ただ、先進国で家族依存型の2つ目のタイプの国家は、1970年代から80年代にかけて合計特殊出生率の構造的な低下が進展しているという。A氏:家族依存型では、女性の社会進出と育児が2分化してしまうんだね。 女性の仕事と育児の両立が難しいことになる。私:特に、日本では育児費用が高い。 これに対して、市場重視型のアメリカでは、民間のサービス(清掃、ホームヘルパー、子守など)を「著しく安く」利用できる。A氏:アメリカでは移民が多いからね。私:しかし、以上の3つのいずれの制度も今、危機を迎えているという。 この本が出た後のヨーロッパの福祉制度の問題は、このブログの「危機下でも絶好調のドイツ経済の原因」、「ドイツ病に学べ」、「スウェーデンの急速な格差拡大」で触れている。 アンデルセン氏は、その一般的な解決として、次の5つを提案しているという。 1.女性の雇用拡大 2.貧困から子どもを救うこと 3.定年制度の廃止 4.仕事と余暇の新しい組み合わせ 5.常により高い生活に移動できる機会の提供 今後も検討に値する重要問題だね。
2012.10.15
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A氏:昨日、このブログでとりあげたシリア旅客機のトルコ空軍による強制着陸問題は、その後のニュースが12日の夕刊に出ていたね。 トルコのエルドアン首相は、シリア航空機から「シリア国防省行きのロシア製の『軍需品』」が運ばれていたとしたという。 「軍需品」の詳細は不明だが、軍事仕様の通信機器類と、地元メディアが伝えているというね。私:一時、沈黙していたシリアは、外務省が、このエルドアン首相の説明に反論しているね。 「旅客機はいかなる種類の武器や禁制品を運んでいない。 シリアに対するトルコ政府の敵対的な態度を正当化するため、トルコはうそをつき続けている」 と非難の声明を出しているね。 トルコのでっち上げだということだね。A氏:そして、軍用機を使って旅客機を強制着陸させたことは、国際法違反だと批判したという。私:両者の主張は真っ向から対立しており、軍需品があったのかどうかという単純な事実はわからないまま、対立感情だけ、エスカレートしているね。
2012.10.14
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A氏:君が取り上げてきているシリア問題だが、また、シリアとトルコとの対立トラブルが発生したね。 10日夜、モスクワからシリアの首都ダマスカスに向かってトルコの上空を飛んでいたシリア航空の旅客機が、トルコ空軍のF4戦闘機2機により、トルコの首都アンカラに強制着陸させられたと11日の夕刊が報じている。私:トルコ側の発表では「武器運搬の疑いがある」という説明だという。 トルコの新聞は、ロシア語で軍用通信機器と記載があった装置が押収されたと報じているという。A氏:この問題でシリア政府からはコメントは出ていない。 しかし、朝日新聞がシリア航空の関係者に10日夜、取材をしている。 匿名で取材に応じているね。 それによると「貨物や乗客には何の問題がなかったのに、トルコ政府から理解に苦しむ理由で着陸を命じられた」と語ったという。私:これもお互いの言い分が違い、真相は闇の中だね。 今のところ、シリア政府は沈黙のようだ。 真実が透明でないまま、お互いの対立がエスカレートするのはよくないね。 大量破壊兵器があるか、ないか、真実が不透明なのにイラク戦争が開始されたようにね。
2012.10.13
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私:われわれが復興のため追加の税金で構成されている復興予算が、東北の復興に直接、使われず他に流用されているのをマスコミが報じているね。 「絆」が泣くね。 「絆」をシロアリが食い散らかしている。 シロアリ官僚のまさにシロアリぶりが露出したね。 ここまでやるとはね。 まさにシロアリというか、東北の避難民にとってはハゲタカだね。A氏:ところが、この問題を追及しようとして、衆院決算行政監視委員会の小委員会を野党が開こうとすると、民主党の委員が欠席だという。 委員14名で、民主党委員が8名なので、欠席されると、過半数の欠席となり、委員会が開催できないという。 民主党の言い訳は委員の人事が決まらないからという。 財務省や復興庁のなどの政府参考人も出席しないように指示しているという。私:本来、これは、見逃した各担当大臣の問題も大きいね。 関連した大臣たちは氏名を明らかにして、その明き盲に対して選挙の洗礼を受けさせるべきだね。 マニフェストの政治主導のいい加減さがここまでくるとはね。 民主党員は、その責任追及をかわしたいのかね。 逃げれば逃げるほど、次の総選挙ではますます、惨敗は明らかだね。A氏:しかし、この予算の数字は、国会議員は全員知っているそうなので、これも問題だね。 官僚は、国会議員をだますのも巧妙だね。私:参院のほうの行政監視委員会は野党だけで定足数を満たしているので、開催可能という。 民主党の今後の対応を見たいが、マスコミは、もっと個人レベルまで責任を追及すべきだね。
2012.10.12
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私:ヨガの女性インストラクターが、男性の骨盤は角張っているという。 そして、女性の骨盤は男性と大きく違う。 これは女性には出産があるからだという。A氏:当然だね。私:ところが、最近の若い女性の骨盤は男性的になってきているという。 雑談的に話していたので、細かいデータは知らないがね。A氏:女性は子どものときから、日常生活が男性化してくると、体も男性化してくるのかね。私:わからないね。 こないだ文部省が、国民の体力調査をしていたが、親がスポーツをやっていると子どもがスポーツをするので、体力が増強されるという。 それと同じように、親が子どもの時から、男女同じような対応をしていると女性の男性化は進むのではないの?A氏:少子化のさらなる原因にもなるかね。私:少子化が進むと、日本は将来消滅するのではないかというが、そのときは、アジアも日本より遅れてくる少子高齢化で同じ運命だね。 特に中国などは、社会保障制度が十分でないうちに、日本と異なり膨大な桁違いの高齢者人口をかかえるようになるだろうから、大変だね。A氏:今後、成長を望めるのはアフリカくらいかね。 ところで、中国経済も陰りが出てきて、中国の富裕層は、カネをどんどん外に逃がしているそうだね。 中国も先は多難だね。私:まぁ、そういうことは、俺たちが、死んだ後の話になるだろう。
2012.10.11
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私:昨夜のテレ朝の報道ステーションで、シリアの反政府軍の一派を取材した特集があったね。 この反政府軍はイスラム原理主義を基本としているので、シリアをイスラム教原理主義国家にすることで政府軍と戦っているね。A氏:何か「アラブの春」の内戦と違った様相を呈しているね。 シリアはイスラムでもいろいろな宗派がいるから、もし、アサド政権が倒れるとイスラム教の宗派対立で新たな内戦が続くことも予想されるね。私;このイスラム原理主義の反政府軍は、政権を奪ったら、次の目標はイスラエルの攻撃だという。 今、イスラエルはあまりシリア内戦には、静観した立場をとっているのは、あまり、アサド政権を追い込むと化学兵器を使われるかもしれない恐怖と、アサド政権亡き後の混乱がイスラエルにマイナス効果を与える恐れがあるからだね。 実際、イスラム原理主義の反政府軍が、政権をとれば、イスラエルが危ない。 過去、イスラエルとシリアの緊張関係の一因に、レバノンの強力な民兵組織を持つシーア派の政党ヒズボッラの存在がある。 ヒズボッラは、反イスラエルであり、シリアはこれの肩を持っていた。 シリアの内戦で、アサド政権が倒れると、宗派が多い国だけに、宗派同志の争いになる恐れがある。 シリア軍が混乱して化学兵器とミサイルの管理体制が崩壊すれば、どのグループの手中に渡るのか予想がつかない。 アサド政権の時はイスラエルの安全保障に危機的脅威を与えるものでなかったが、政権が崩壊すれば、イスラエルにとって新たな深刻な脅威が始まりそうだね。 このテレビ朝日が取材したアラブ原理主義の反政府軍の一派が、政権奪取後のイスラエル攻撃を示唆しているのは、まさにそのことだね。
2012.10.10
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私:今週の週刊朝日を買ったよ。 主な購入動機は新聞広告の「一生ボケない『頭の使い方』14のコツ」という記事と、衆院300選挙区の当落予測という記事を読みたかったからだね。 しかし、この2つの記事は、常識的な内容だったので期待はずれ。 ところが、思いがけず、スペシャル対談として、養老孟司氏と池田清彦氏のロング対談が載っていて、面白かったね。A氏:何が面白かったのかね。私:二人の世代の違いによる経験談だね。 養老氏は74歳。 池田氏は65歳。A氏:養老氏は戦前生まれで、小学生時代に教科書に墨を塗ったトラウマがある世代だね。 池田氏は戦後生まれのいわゆる団塊の世代だね。私:養老氏は、エネルギーを個人単位にもどすと自分の作っているエネルギーの30~40倍のエネルギーを今、使っていているという。 戦前生まれの養老氏は、低エネルギーレベルで育ったから、今は使いすぎだと思うという。 これに対して池田氏も同じ意見で、エネルギーを使えば使うほど幸福になるのはというのは幻想だという。 そして、池田氏は「生活レベルを落とすと1週間くらいは不幸かもしれないけれども」と言う。 これに対して養老氏は、「僕なんかまったく不幸にならないけれども」と言う。 池田氏は「養老さんならならないだろうな(笑い)」と応じているね。A氏:なるほど、世代の違いが現れているね。 両氏は、9歳違いだが、その間の経験内容は質的に大きく違うね。私:養老氏は「テレビを見て愕然としたのは、今の小学生が大人になったら、何になるかと聞かれて『サラリーマンになる』と答えていたこと」。 養老氏が小学生の頃は皆、「兵隊さん」。 それと同じだという。 ところが池田氏の小学生のときは「野球選手」。 養老氏は「いい時代だなぁ(笑い)」と応じているね。A氏:なるほど、これも世代による違いの特徴がはっきりしているね。私:池田氏が東日本大震災は本当のクラッシュではないとしている。 養老氏は、敗戦直後は、東京も大阪も焼け野原のクラッシュだったというね。 養老氏が結論的に言っているのは、日本人はいっそ、クラッシュでぽかんといったほうが、クラッシュに強いからいいのではないか、日本人はジリ貧に弱いという。A氏:それを平気で言えるのは、教科書に墨を塗ったトラウマと飢餓と焼け野原を克服した日本の歴史上、珍しい貴重な体験を持つ世代の強味だね。私:そういう世代の人は、老齢化したり、亡くなったりして発言力は弱くなっているね。 やはり、クラッシュになるまで、ジリ貧は続くのかね。
2012.10.09
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今日は連休最後の日。 昨日から、朝晩の気温はグッと下がる。 日中は、日が当たるとまだ暑さを感ずるが、風は気持ち良い涼しさだ。 長かった残暑が終わり、本格的な秋が到来したと感ずるこの一両日だ。 この秋風に誘われて、午後3時丁度、いつもの自然公園ウオーキングに出かける。 服装は、下着は半袖、上着も半袖。 かなり歩いても汗ばむ程度である。 森は静か。 休日のせいか、森の小径ですれ違う人がウイークディより多い。 ジョギングしている人、リックを背負ってのトレッキングタイプの人。 散歩姿の夫婦も3組ほどいた。 丁度、2時間。 ほとんど汗をかかず、12500歩のウオーキング完了。 帰宅後、少し、早めの夕食をとる。
2012.10.08
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私:シリアは湾岸諸国と経済的に密接に結びついている。 地図を見ると、陸上輸送では、欧州とトルコから湾岸諸国に行くにははシリアを通過しなくてはならない。 特に、イラク、レバノン、ヨルダンは陸路をシリアに抑えられているので、湾岸諸国がシリアに経済制裁を加えようとしても最初から不参加を表明している。A氏:地図で見ると、シリア、イラク、ヨルダンの国境線が直線的だね。 アフリカの国境線ににもよく見られるものだね。私:英仏独の植民地化した土地を伝統的な部族社会から、無理に近代的な国家にした分割の跡だね。 シリアも第1次大戦後、フランスの委任統治国で、植民地みたいなものだったね。 シリアは1946年4月1日に独立する。 ところで、湾岸諸国の支配層は皆、イスラーム教スンニー派だ。 イスラーム世界全体では、スンニー派人口が8割で、シーア派は2割。 歴史的に対立関係にある。A氏:しかし、イランはシーア派が政権を握っているね。私:フセイン政権のときのイラクは、イランがイラク内のシーア派国民に働きかけてイラクを侵略するのではないかという不安を常に持っていた。 イランのシーア派政権に対するスンニー派の湾岸諸国の支配層の猜疑心と拒否感はきわめて強い。 しかし、シリアは、イランと友好協力関係にある。 もともと、シリアはパパ・アサド大統領時代には、シーア派に属するアラウィ派が主導した政権だった。A氏:最近のシリア関係のニュースでシリア国境でトルコと砲撃戦があったと伝えているが、シリアとトルコの関係はどうなんかね。私:チグリス、ユーフラテス川の上流がトルコにあることによる水問題、国境の両側に住むクルド人問題、フランスがシリアからトルコに不当に割愛されたハタイ県の領土問題などがあって、歴史的に対立したり、それが緩和されたりを繰り返してきたという。 しかし、2000年、息子・アサド大統領が就任し、2002年にトルコで、エルドアン首相が誕生すると、両国の関係は好転する。A氏:2011年3月のシリアの民衆蜂起によって、国際関係はどう変わったのかね。私:トルコとの良好関係は崩壊し、エルドアン首相のトルコは反政府勢力を支援しだす。 湾岸諸国は米国とともにシリア政府の民衆蜂起への対応を非難し、オバマ大統領はEU主要国と一緒に、シリアの息子・アサド大統領の退陣を要求する。 しかし、ロシアはシリアに軍事要員を派遣しており、シリア国内の動きに精通している。 ロシアこそ、シリアの事情に精通しているのに、国際社会はロシアの意見を聞こうとしないという不満があるようだ。A氏:ロシアと同調しているように感ずる中国との関係はどうなんだね。私:残念ながら、この本ではあまりふれていないね。 しかし、前回もふれたように国際社会のマスコミが反政府派を応援し、シリア政府を非難する報道は捏造が多いようだね。A氏:今、新聞には毎日のように、シリアの内戦が報じられているが、意図的な捏造にふりまわされないといけないね。私:イラクのフセイン政権時代に大量破壊兵器を持っているという大々的な誤報で戦争を開始した例をくりかえさないように望みたいね。 当時のブッシュ前大統領はイラクを倒してから、イラクは敗戦後の日本のように民主主義国家になるだろうと言っていたが、今は大混乱だからね。 これと同じようにアサド大統領政権を倒した後のシリアの姿は明らかでないね。 この本は、記述が時代的に前後しており、同じことが繰り返し登場して読みにくかった。 しかし、シリア問題の全貌がおぼろげながらわかったような気がする。 図書館で、同時に借りた他の「現代シリアの国家変容とイスラーム」と「現代シリア・レバノンの政治構造」は、目を通すといずれも専門書で、かつ、シリア内戦前のものなので、読むのをやめたよ。 明日、図書館に返すよ。 シリア問題が大きく国際問題になっている現在、教科書的にもっときちんとまとまった内容で、新書版レベルの著書がほしいね。
2012.10.07
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私:2000年6月にパパ・アサド大統領が死亡する。 後継者として育成されていた長男を交通事故で、失っているので、次男が34歳で大統領となる。 新大統領は、シリアの近代化を呼びかけ、体制改革を行う。 だが、2001年の9.11事件で、米国は次第にシリア政府に対する姿勢を厳しくする。 シリアは「他国が自国の領土を占領しているとき、その占領に反対する行為はテロでない」と反論する。A氏:米国ももとはイギリス植民地時代、英雄たちはイギリス植民地軍と戦って独立したという歴史があるね。 彼らはテロ集団とは呼ばないだろうね。 テロの定義があいまいだね。 シリアはそこをつく。私:2003年、イラクの大量破壊兵器保持疑惑で、多国籍軍がイラクに侵攻する。 多国籍軍には米国のネオコン幹部の反対で、シリアは入っていない。 老練な政治家のパパ・アサド大統領のときは、湾岸戦争の多国籍軍にはシリアが入っていた。A氏:息子・アサド大統領のほうは若さが仇となったのかね。私:米国のネオコンは、イラクの次はシリア攻撃を考えていたようだ。 ところで、イラクのフセインが、何故、大量破壊兵器がないのに、国連の調査に非協力的であったのか分かるかね。A氏:意地を張っていたのではないかね。私:フセインは逮捕後、その質問に対して、大量破壊兵器がないとわかると、イランの侵入が予想されるので、あたかも大量破壊兵器があるようにみせかけていたのだという。 米国政府はそこまで読めなかったのだね。 2007年9月6日夜、シリアのアル・キバル村の施設が何者かによって爆撃された。 米国の報道機関は、シリアが北朝鮮の協力により建設中だった原子炉をイスラエルが爆撃して破壊したと報道した。 しかし、シリアは、これは捏造だとした。 この問題の真相は未だに明らかでないようだ。 イランとシリアの関係だが、両国とも国際的に締め付けられている。 これが、両国の性格の違いはあっても、その関係を強化せざるを得なくしているという。A氏:シリアの民衆蜂起はどうなっているのだろうか。私:息子・アサド大統領は、普通の住宅に住み、来客をドアまで出迎え、見送る。 189センチの長身でありながら、客人の前では足を揃え、決して組まない。A氏:アラブ世界では例外的で、庶民的だね。私:だから、個人的には国民は悪い感情を持っていないという。 著者は、今のシリア報道では外国報道を含め、シリア政府非難には捏造が多いという。 2012年2月にアルジャジーラが報道した映像で、負傷したいたいけない子どもが「大統領に神の鉄槌が下されますように。神が私たちの復讐を遂げてくださいますように」と、たどたどしく喋る場面があったが、実は、それは典型的な「やらせ」映像だったことが後で判明しているという。A氏:中近東のシリア政府に対する情報は、要注意だね。 米国の情報を含めてね。 明日は、シリアをめぐる複雑な国際状況に移ろう。
2012.10.06
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私:シリアはイスラエルに対抗するため、エジプトと協力して、軍事力増強をはかり、そのためにソ連の支援を求める。 当時のエジプトはサダト大統領だね。 ソ連はこれに応えて、武器を供与する。 こうして、兵力を増強したシリアとエジプトは、1973年10月6日、イスラエルに東と南から同時に襲いかかる。A氏:第4次中東戦争だね。私:エジプト軍は10万人の兵士、1000台の戦車。 シリア軍は3万5000人の兵士、800台の戦車。 イスラエルは想定外の二正面の一斉攻撃で敗退する。 しかし、シリアのアサド大統領は、エジプトのサダト大統領が水面下で米国政府と接触していることを知らなかった。A氏:裏切りだね。私:8日にエジプト軍は、遁走するイスラエル軍を深追いしないで停止する。 その前日の7日に米国にシナイ半島の奥地まで進軍する意志のないことを伝える。 米国はサダト大統領を見直す。 この情報はイスラエルに伝えられ、イスラエル軍はシリア軍との戦闘に集中できる。 一方、米国はイスラエルに大量の武器を供与する。 そして、国連の停戦に向けた動きを牽制して戦いを長引かせる。 アサダ大統領は、裏切られたことを知る。 10月22日に、国連安保理で停戦決議が採択される。 ニクソン政権のときのキッシンジャーの活躍は、シリアには信頼のおけないものだった。 しかし、カーター政権では中東紛争の包括的な解決を実施するには、シリアの役割が重要であることを理解し、カーター大統領は77年5月にはアサド大統領と会談する。 しかし、イスラエルもエジプトもカーター大統領の姿勢に懸念を抱く。 逆に、エジプトとイスラエルが近づき、79年、カーター政権でエジプト・イスラエル和平条約が締結される。 シリアは無視され、アサド大統領はカーター大統領のふがいなさに驚く。A氏:カーター大統領にも裏切られたか。私:ところで、シリアはソ連の支援があっても、イスラエルも米国の強力な支援がありかなわない。 そこで考えたのが「蜂の一刺し作戦」だね。A氏:「蜂の一刺し」作戦?私:化学兵器とミサイルだね。 ミサイルの弾頭に化学兵器をつける。 そこで、目をつけたのが北朝鮮だ。 世界中に金銭でこのような軍事技術を供与してくれるのは北朝鮮しかない。A氏:北朝鮮までからむとはね。私:現在、シリアが化学兵器を所有しているのはご承知の通りで、一定の抑止力を発揮している。 金日成は1994年に死亡するが、アサド大統領は、北朝鮮大使館に弔問に出かけている。 それから、ついでにシリアの隣国レバノンへの介入問題もついでにふれておこう。 これは、息子・アサド大統領のときになるが、2004年、レバノンの政情不安なときに、レバノンの大統領選挙となった。 息子・アサド大統領は、現大統領の任期延長策をとるように介入する。 これには、レバノンのハリーリ首相が反対ししたが、止むを得ず、任期を延長して、自らは辞任する。 これはまた、国際問題になり国連が乗り出す。 2005年2月14日、ハリーリ前首相の乗った車が、道路端に停車していた1台のミツビシ・キャンターの側を通り過ぎたとき、爆発し、ハリーリ前首相は爆死する。 このミツビシ車は前年10月に神奈川県相模原市で盗まれた盗難車だった。A氏:シリアがやったのかね。私:不明だが、レバノン国内ではシリア軍の撤退要求が高まり、シリアは全面撤退する。 しかし、このとき、シリアに帰ったのは兵士だけではなかった。 レバノンの金融界からは20億ドルに上る資金がシリアに引き揚げられたという。A氏:それだけ、シリアにとってはレバノンは金づるとして重要性が高かったということか。私:明日は、息子・アサド大統領の話に移ろう。
2012.10.05
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私:昨日に続き、今日は、シリアをめぐる現在の国際状況にふれようと思ったのだが、現在は、過去を知らないとよく理解できない。 それで、順序を変えて、パパ・アサド大統領時代の30年間にふれた第4章を先にまとめよう。 この本は、歴史の順序がこないだの「世界経済の真実」のようにタイムトンネル式なので、初心者にはとっつきにくい編集だね。 この本の副題は、「アサド政権の40年」とあるが、パパ・アサド大統領が30年、今の息子のアサド大統領が10年で、合計40年だね。A氏:世襲制なのかね。私:別に世襲制ではないが、後継者として息子が適任だということで選ばれたんだね。 ところで、シリアはまわりをレバノン、ヨルダン、トルコ、イラクと直接、地続きで接している。 さらに、1947年に国連はパレスチナの土地をアラブとイスラエルに分割したため、シリアは、イスラエルとも直接、接するようになる。 まわりを海で囲まれている日本にはちょっと想像できないことが多いね。 1948年、英国の委任統治が終わると、イスラエルは独立宣言をする。 これに対して、周辺のアラブ諸国が一斉に軍事行動に出る。A氏:第1次中東戦争だね。私:当時のイスラエルは、戦力は弱かったが、戦意は旺盛で、エジプト、ヨルダン、シリア、レバノン、イラクのそれぞれのアラブ側の軍隊は敗北し、75万人のパレスチナ人が父母の地から追いやられ、アラブ各国に散るね。 パレスチナ問題の発生だね。 1956年、ナセルエジプト大統領が、スエズ運河を国有化すると、英仏とイスラエル3国は、エジプトに開戦し、第2次中東戦争となる。 この頃、米政府にはユダヤ・ロビーが影響力を持たず、開戦後は戦争終結に向けて圧力をかけるだけだった。 この結果、ナセルエジプト大統領の威信が高まり、NATOに属するトルコやイラクからの圧力から、シリアはエジプトと関係を強化して、ついに58年に国家連合を結成し、3年続く。 エジプトやパレスチナ人の解放機構(PLO)の反イスラエルの動きに対して、1967年イスラエル空軍はエジプト、シリア、ヨルダンの空軍基地を攻撃する。 第3次中東戦争だ。 イスラエルの勝利に終わり、シリアは米国政府との外交関係が断絶し、ゴラン高原を失う。 エジプトはシナイ半島を失い、ナセル大統領は失意のうちに死亡する。 このイスラエルの脅威に対抗してシリアは国力、戦力を高めないといけない。 そこでシリアのバアス党は、1970年末、クーデターで政権を握る。 ところで、ヨルダン政府が領内のパレスチナ勢力と衝突したとき、シリアはパレスチナ側の要請により軍をヨルダンに進出する。 そこで、ヨルダン国王は米国政府に支援を要請。A氏:しかし、ヨルダンはイスラエルと敵として3回にわたり中東戦争で戦っているし、それに米国はイスラエル側ではないのかね。 敵側に支援を要請するとはね。私:そこがアラブの国家間の関係は複雑で一筋縄ではいかない点だね。 ヨルダン王は、王制が脆弱だったので、王制維持のため、ひそかにイスラエルと手を握っていたんだね。 だから、それを米国政府は好意的に見ていたわけだ。 それでシリアのアサド大統領は米国に不信感を持ち、1971年、大統領として初めてソ連を訪問する。A氏:現在もロシアは、シリアに肩を持っているが、この頃から始まるんだね。 歴史というのはこわいね。私:当時の米国政府の外交はキッシンジャーがやっていて、冷戦構造の枠で動いていたので、シリアは親ソ政権とみなされ、シリア軍のヨルダン領内進出はソ連の影響力の拡大とみなされた。 したがって、米国政府の了解のもとにイスラエル軍はヨルダン国境に向けて展開した。 シリア軍は仕方なく引き揚げた。 これでアサド大統領は自国の弱い戦力を痛感し、イスラエルに負けない戦力増強を目指す。 これは明日のテーマだね。
2012.10.04
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私:図書館に予約したら、すぐに借りられた。 著者の国枝昌樹氏は2006年から2010年まで、シリア大使をしており、シリア情勢には詳しい。 この新書は5つの章に分かれていて、第1章は現在の内戦のような状態にふれている。 それは大体、新聞で理解しているので、もっと歴史的なことを知りたいと思い、第2章まで読んでまとめに入ることにしたよ。 驚いたことに、シリアはイスラム教に拘泥するところが少ないバアス党という政党政権なんだね。 そして、シリアは多民族国家だ。A氏:イラクのフセイン政権のときもバアス党があったね。私:バアスというのは「復興」を意味するという。 バアス党は1930年代に自国の解放と外国勢力からの自由を得ることが目的で結党する。 正式名はアラブ社会主義復興党。 1958年から61年まで、エジプトと合併して、連合国家を作る。 しかし、エジプトのナセル大統領がワンマン的なので、連合を解消する。 1963年にイラクのバアス党がクーデターで政権を握ると、シリア軍内部の党員も決起して、シリア政権を奪取する。 シリア内部では、最初から、イスラム教に拘泥するところが少ないバアス党とムスリム同盟団の関係は悪かった。 これが、2011年3月以降の武力衝突の火種になる。 話はもとに戻るが1965年にシリア政権は大規模な国有化政策が導入される。A氏:そうか、バアス党は社会主義政党なんだね。私:シリアのバアス党もイラクのフセインのバアス党も、革命政党として統一、自由、社会正義の実現というスローガンを掲げて政権を獲得したが、成果をあげていないね。 国有化により国外に逃げる起業家が多く出て経済に悪影響を与えた。 シリアのアサド大統領は、親子で大統領をしており、パパ・アサドの時は治安が厳しかったが、子どものアサド大統領の時は、治安当局の姿勢は非常に柔軟になったという。 そして、社会主義的市場管理型経済政策から、市場開放型経済政策へ大きく方向転換をする。 2000年代には、外国のテレビ放送の視聴が自由化され、2011年2月にはインターネットも解禁された。A氏:これが民衆蜂起の武器にもなるんだね。私:ところで、シリアの社会の雰囲気は一見明るく陽気であるので観光業が盛んだった。 しかし、2011年3月の民衆蜂起で、観光業は壊滅。 明日は、シリアをめぐる国際状況に目を向けよう。
2012.10.03
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9月30日の夜は台風で横浜も荒れた。 雨戸がガタガタ音を立て続けていた。 しかし、深夜に風はおさまってきた。 昨日(1日)は、台風一過の晴天だったが、残暑がぶり返したような暑さだった。 しかし、今日(2日)は気温が下がり風も涼しく、本格的な秋の感じとなった。 そこで、午後3時頃、いつもの近所の自然公園のウオーキングに出かける。 森の小径を歩いていたら、根元あたりが直径10センチくらいの太さの木が台風のためだろう、根こそぎ倒れ、小径を塞ぐように横倒しになっていた。 力を入れて、どかそうとしたが、根っこが半分ほど、土に埋まっていて、ビクともしない。 木の先の細い方をまたいで通る。 下の一般道に降りたら、土木事務所のパトロール隊の車が停車していた。 車の中に誰もいなかったので、台風による被害を調べに森に入っていたのだろう。 湿度があるのか、下着は結構、汗ばむ。 約2時間で12000歩。 帰宅して、早々に、入浴。
2012.10.02
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A氏:今朝の朝日新聞の「風」欄で、シリアのことが書いてあったね。 シリアの首都ダマスカスからの石合氏の発信だね。 「アラブの春」を受けて昨年3月に始まったシリアの民主化要求は内戦に転じて長く続いているね。 内戦で死者は3万人を超え、数十万人の避難民が周辺諸国に流れたというのに、未だに戦争状態だ。 決着がつかない内戦の継続は、シリアの国民も経済も疲弊し自殺的な行為だという。 エジプトやリビアのようにいかないね。 何故、だろう。私:どうも俺たちには、中東のことは不勉強でピンと来ないね。 その点、この「風」の記事は現在の問題点を多少明らかにしてくれるね。A氏:背後にイランとイスラーム教のスンニ派とシーア派の対立もあるんだね。 各国は、シリアという戦場でイラクと戦っているというわけだ。 政権打倒を求めるサウジアラビア、カタール、トルコ、エジプトはイスラーム教スンニ派。 彼らはシーア派のイランの伸長を望んでいない。 シリア政権はシーア派。 シリアの反政府側の中核はスンニ派だから、エジプトとトルコと連携している。私:一方、米英仏はイランの核開発をなんとか抑えたい。 そこで軍事介入が問題になっている。 しかし、なんとしても政権側は勝ちたい。 そこで問題なのはシリアが保有する化学兵器だ。A氏:オバマ大統領は「シリアが化学兵器を使えば、軍事介入も辞さない」と強いメッセージを出している。私:しかし、これにロシアがからむ。 アメリカが軍事介入すれば、ロシアにとっては親米スンニ派とともに、イランに仕掛けた軍事介入とみて、黙ってはいないだろうという。A氏:そこまで考えると、シリア危機は、地域だけでなく世界の危機になる。私:シリアの化学兵器使用は、大きな問題をはらんでいるね。 ちょうど、日曜日の書評の欄の「ニュースの本棚」で「混迷続くシリア・アサド政権が倒れぬ理由」というタイトルで参考になる本が紹介されていた。 シリアのことを少し勉強すべく、早速、次の3冊を図書館に予約した。1.「シリア」 「図書館要旨」 2011年春の民衆蜂起が武力抗争に発展、いまだに不安定な状態が続くシリア。帝国主義の時代でも、度々繰り返された中東戦争の時代でも、シリアは歴史に翻弄され続けてた。40年余りにわたってアサド家二代の独裁政権が続 くこの国は、一体どこへ向かうのか。前大使としてこの国を知り尽くした著者が、「中東の活断層」シリアを解剖し、未来を読む。2.「現代シリアの国家変容とイスラーム」 「図書館要旨」 スンニ派イスラーム改革思想の分析を通じ、多様な政治思想の力学的空間である"地域"のシリアに迫る。3.「現代シリア・レバノンの政治構造」 「図書館要旨」 9.11事件、イラク戦争により、中東地域の政治的再編の動きが加速している。その流れのなかで、シリアとレバノンの政治に、いま何が起こっているのだろうか。政治変動の二大震源地、イラクとイスラエル/パレスチナの中間に位置する両国は、中東政治研究の展望を切り開く鍵を握っている。緻密な実証研究に基づき、両国の政治的実態に初めて理論的に迫った労作。A氏:「シリア知的街道」かね。私:いずれも新刊でないので、図書館からすぐに借りられるだろう。
2012.10.01
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