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これまで説明してきた唯物論的解釈では、自己暗示や自己催眠といったような特異な現象が出現してきたときに、思慮深い者たちを、結局、誤謬へと導く。少し前のことだが、ヒステリーの人が、思慮深い医師たちを誤謬に導き、欺くような出来事があった。 ヒステリーの人たちが、医師の前で披露する、ありとあらゆる振る舞い等に気をとられ、人体のなかで本質的に起こっている不規則性には着眼できなかった。非常に思慮深いシュライヒのような医師が、このような不規則性に関係した病気について、誤謬に陥った顛末を述べるのが、一興に思える。 カール・ルートヴィヒ・シュライヒ Carl Ludwig Schleich 1859-1922 局所麻酔の考案者。「思考の切替装置について」(エッセイ、ベルリン、1916)260頁以下。その他の著作:「魂について」(エッセイ、1910); http://anek.blog43.fc2.com/blog-entry-45.html シュライヒのもとに、インクペンで指を刺してしまった男性がやってきて、「このままでは、血液がインクに毒されてしまい、明日の夜にはきっと死んでしまうので、腕を切断して欲しい」と言った。 外科医であるシュライヒは、明日の夜には血液が毒されてしまうなどという、その男の申し立てに応じて、この男性の腕を切断することなどできるはずもなく、この男性を落ち着かせ、傷口を消毒するなどの必要な処置を施した。 すると、この男性は、また別の医師のところに行ったが、当然、そこでも彼の腕は切断してもらえなかった。しかし、シュライヒは、些か不吉な予感がした。朝になってすぐに問い合わせると、その男性は本当にその夜死んでいた。そこでシュライヒは、「自己暗示による死」と診断を下した。 「自己暗示による死」というのは、甚だ安易な診断である。人体の本質についての霊的な洞察さえあれば、「自己暗示による死」を考えるようなことはない。「自己暗示による死」を診断する時点で、原因と結果とを根本的に混同している。 勿論、血液が毒されることなどなく、このことは、解剖により確認されたが、この男性は、医師たちが公表しなかった原因により死亡したように見えるが、霊的な洞察力があれば、その男性の死は紛れもなく、人体深部から生じた原因にあった。 この男性の人体深部から生じた不規則性が、数日前から、この男性の精神を不安定にさせていたので、インクペンで自分の指を突き刺すような、異常な出来事を誘発した。この出来事は、この男性の精神の不安定さの結果起こったものだった。 そして、この男性の精神が、外的-物質的な意味で不安定になる一方で、内的な霊視力が幾分高められ、次の夜にくる自らの死を霊視した。この男性の死は、インクペンで指を突き刺した出来事とは全く関係なく、自らのなかにもつ直接の死因により感じたのが、この男の(予見された)死だった。 この男性に起こった一連の出来事は、本質的に死をもたらした内的な過程に、外的な症状が付随していただけである。従って、「自己暗示による死」が登場するはずがなく、全く問題外である。なぜなら、この男性の迷信や言動は、死因とは直接関係なく、死因は人体深部にあったからである。 ともあれ、この男性は死を予見し、自分に起こった全てを、この死の予見に連想して解釈した。この例から同時に、自然の複雑な事象に対して、適切な判断を得るには、いかに慎重でなければならないかが、わかるだろう。その際、至極単純な判断からは何も得るものはない。 とはいえ、次のような疑問が生じるのも確かだろう。 「感覚による認識とそれに類する知覚全般は、薬剤の作用、すなわち、通常とは少々異なる人体への影響についての手懸かりを与えてくれるのか?」という疑問である。 さて、正常な状態では、人体に対して、3種類の影響がある。第1に感覚による認識を通じての影響で、この影響は、神経組織のなかで更に継続される。第2に、律動組織、すなわち呼吸や循環による影響、第3に新陳代謝による影響の3つである。 これら3つの正常な影響において、人体内に生じる異常な経過と、外界から何らかの方法を用いて獲得した薬剤の作用との関係のなかに、何らかの相似の関係をもつはずだが、外界と人体との間に生じる影響が最も顕著に現れるのは、神経組織への影響である。 従って次のような疑問が生じる。 「人間と、外にある自然、つまり、人体の治療のために利用する自然の経過、もしくは薬剤による実効的な経過というような、いわゆる人間と自然の両者の間に、いかなる合理的な関係が考察できるか?」 人間と、薬剤を取ってくる外の自然との相互関係について、正しい見解を獲得すべきである。というのも、水治療法でさえ、外界の自然の経過を利用するからである。 水治療法(すいじりょうほう) http://100.yahoo.co.jp/detail/%E6%B0%B4%E6%B2%BB%E7%99%82%E6%B3%95/
2013年05月31日
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頻繁に訪問させていただいている播州武侯さまのブログに興味深い話が抜粋紹介されていたので、こちらでも日本の教育について再考してみたい。 その興味深い話を以下に抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ 播州武侯祠遍照院 http://plaza.rakuten.co.jp/tanpakumeisi/diary/201305300002/#comment 先日、テレビに出ていたある現役教師の人が、クラス替えの時に、自分でクラス分けを考えてきて、「この通りにクラス編成をして下さい」と言ってきたお母さんがいた、という話をしていました。 その時、「授業料も払っているのだから、学校が親の要求を聞くのは当たり前でしょ」というようなことを言ったそうです。 そのような場合、双方とも「当たり前」を言い合うばかりですから、話が全く進みません。 ☆ ☆ ☆ 以上のように、その問題の母親は、日本の教育の悪しき一例を象徴している。「1人の生徒の母親が、クラス分けに口を出す」のは、つまり自分が何者で、どういう立場なのか、が把握できていないことを意味する。大勢いるなかの1人であることを理解できていない。とても、成熟した大人の精神とはいえない。 挙句の果てには、『「授業料も払っているのだから、学校が親の要求を聞くのは当たり前でしょ」というようなことを言ったそうです。』というように、この親は、非常に不思議なのだが、クラス分けの要求は、授業料に含まれ、親の学校に対する要求全てが授業料に還元される、と信じているようである。 いつから、クラス分けの要求が授業料に含まれるようになったのか、そのようなルールがあるのか、ぜひ、その親に聞いてみたいところで、もし、その信仰が正しいとするなら、一般的に、親の要求を、授業料と呼ぶべきなのか、のその親の日本語の使い方も問題になってくる。 「授業料」というのは一般的に、子どもが教育を受けるのに必要な費用のはずで、親の要求は論外だろう。 つまり、どう日本語で考えても、「当たり前」という言葉使いが間違っているわけで、これは、この親が受けてきた国語教育がよくないことがわかる。 お互いの意思疎通、立場を理解させるのが言語教育なのだから、日本の教育の問題は、日本語教育にある。まず、同じような文化をもつ人たちに、理解してもらう言語教育が身についていなければ、外国語など片言しゃべれても、理解不能を巻き散らすだけである。 このような出来事からわかるように、日本の教育の問題点は、第1に日本語教育にあるといえる。土台がお粗末なので、もはや技巧に走るしかなくなるから、マニュアルのようなノウハウ本が流行るのである。 だから、権威者が書いたマニュアルの奴隷となるわけで、一言でいえば、日本の教育は「奴隷化教育」といってよいだろう。 日本の教育の第2の問題点は暗記至上主義にあり、暗記を主体にすると、暗記に頼るので、物事を一から考える姿勢が身につかなくなる弊害に気づいていない。 これが進むと、暗記していないことには対応できない感覚、認識不足が生まれ、誇大妄想癖にいたる。特に、最近の大学生は、「わからない、意味不明」を平気で連発するが、これは、一から考える姿勢がないことを表している。自分がどういう問題点に遭遇しているかの認識もない。 例えば、その弊害は、晩年の認知症の発症として現われている。認知症とは、霊魂の活動に、神経が無反応な状態であることを意味する。端的にいえば、神経が人体の内と外、自分と他者を区別できなくなっている。 これは、何か面倒なことがあれば回避するか、誰かに丸投げすることで、だんだんと区別がつかなくなることで生じてくる。つまり無責任を続けると、自分が自分でなくなり、その認識が薄れていく。特に、自分としての記憶を忘れてしまう。 このようなことを説明するのに、よいサイトがあるので、以下に抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ 『人間の四つの気質』ルドルフ・シュタイナー(風濤社)《前編》 http://blogs.yahoo.co.jp/chanchan_yanagi/52198526.html 【アストラル界】 アストラル界とは狭義の日本語でいえば霊界である。 死後の人間のアストラル体が、まだ存在しています。アストラル体がどのような生を送るのかを明らかにするために、「人間が低次の享楽において体験するものすべてが、アストラル体に付着したままである」と、思い描きましょう。肉体そのものは、喜びや情欲を感じません。肉体はアストラル体の道具です。アストラル体が肉体をとおして、喜びや享楽を感じるのです。 ・・・(中略)・・・ 肉体を捨てたあとも、享受への烈しい欲望が残ります。 ・・・(中略)・・・ 享受を満たす身体器官がもはやないので、燃えるような渇きを感じるのです。様々な宗教が、人間が死後に通過しなくてはならない苦しみを、火のようなものとして描き出しているのです。 アストラル体は肉体との関連を断ち切るまで、欲界(煉獄)にとどまります。(p.169) 欲界とどまらなければならないのに、禁を犯して人間界に行き、人体に憑依し享受の欲望を満たそうとする霊が殆どである。そういうアストラル体に憑依されると、食欲代行やエッチ代行などの人生になってしまう。 人間の性質や病気は、このようなアストラル界の支配下にあって、様々な影響を受けているのが事実である。 【詰め込み教育の問題点】 詰め込み教育の本質は、心魂つまり存在の最奥の核と、詰め込まれるものとの結びつきがまったくないことです。心魂は詰め込まれる内容に、関心を持てないからです。 ・・・(中略)・・・ 人間にとって、頭の活動と心魂が遠く離れていること以上に悪いことは、他にありません。繊細で敏感は人だけが混乱するのではなく、まさに人間のエーテル体(生命体)の力、エネルギーそのものに影響が及ぶのです。人間の心魂と人間の活動の結びつきが少ないと、エーテル体は弱くなっていきます。興味のないものに従事すると、エーテル体は弱くなっていきます。(p.63) 詰め込み教育の内容が心魂(「アストラル体」と「自我」)から遠く離れていると、生命力(「エーテル体」)まで弱ってしまう。 これは、「詰め込み教育」の問題点でもあるし、「長所伸展法」の核心でもある。 【もの忘れを治す方法】 安全ピンをテーブルの角に置くとします。「私はこのピンを、この角に置く。そして、ピンが置かれたテーブルの角を、イメージとして心に刻印づけよう」と考えながら、ピンを置きます。そうして、落ち着いて立ち去ります。 ・・・(中略)・・・ 習慣のようにしばしば行うなら、もの忘れは次第になくなっていきます。 「私はピンをここに置く」としっかり考えて、自我を自分の行いと結び付け、さらにイメージを付け加えます。思考における明瞭なイメージ、自分の行いのイメージ表象、自分の行為を、自分の精神的――心魂的な核、つまり自我と結び付けるのです。そうすると、私たちの記憶力は根本的に鋭くなります。(p.65-66) この記述のポイントは、“イメージとして心に刻印づける”ことである。 つまり、アストラル体(イメージ)を活用して自我とエーテル体の連携を強化する、ということ。 ものを置くときに、このように思考する習慣が付くと、それだけでエーテル体(生命体)の力が呼び出されます。 ・・・(中略)・・・ 私たちは人智学(アントロポゾフィー)をとおして、「エーテル体はある意味で記憶の担い手である」と、学びました。(p.66) “生命力(エーテル体)は記憶の担い手である”といっているけれど、これは重要なポイント。 落胆し切った経験のある人はよく分かるだろうけれど、人生を投げてしまうと、気が散ずるから、生命力が弱まり、記憶力も無くなってしまうのである。だったら、逆に、記憶力を鍛えれば、生命力は向上し、肉体も強くなり、人生が輝くのである。 【もの忘れと病気の関係】 「人間がもの忘れをすることが少なくなると、多くの病気の発生は避けられる」と言うと、奇妙に聞こえるでしょうが、本当のことなのです。(p.64) ☆ ☆ ☆ 次に問題なのは、暗記至上主義により、知識を利己的に悪用しようとする姿勢が身につくことにある。例えば、上述のクラス換えに口出す母親が、「授業料」を拡大解釈し、自己の妄想に都合よく解釈している過ちなどである。 いま巷に話題の「従軍慰安婦」発言についても、発言者自身が、周囲や相手にどう受け取られるか、を考慮せずに、自己の価値観を盲目的に押し付けようとするのは、自分の立場を客観的に捉えられない認識不足を露呈している。 例えば、大坂市長は、「仕方がない」といったというが、自身が主張するように、もし、それが「仕方がない」のであるのなら、自身がそのために何かを犠牲にしたのだろうか? そのような体験を少しでもしたことがあるのだろうか? この場合、従軍慰安婦になるということだが、性差が違うので、無理があるだろうが、例えば、軍隊にも同姓愛者がいるだろうから、同姓愛の慰安になることもできるだろう。しかし、この場合でも自主的なので、強制的ではないから全く同じとはいえない。 そのような体験ももたずに、他者に対して、少なくとも、あれこれいう立場にはないだろう。もし、従軍慰安婦が「仕方のない」ものだとするのなら、自身が甘んじて、慰安婦になるべきである。そのような強制を受けた経験をもっていたら、あの発言は絶対に許されないことがわかるはずである。 しかも大坂市長といえば、市民の代表者であるのだから、様々な市民の気持ちが理解できないといけない立場にある。全くもって、あのような愚かな発言が出てくるのは、そのような立場に立っている自覚がないことを自ら実証しているわけである。 戦場でなくなった人の記録を少しでも調べたのだろうか? 「それをいっちゃおしまいよ」をいわせるほどの未熟な精神の持ち主になってはいけない。
2013年05月31日
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以前紹介したドリール著の「エメラルドタブレット」を改めて紹介したいので、それに最適なサイトに遭遇したので、以下に抜粋紹介する。 というのも、人生を勉強と考えていない人が多いからでもある。 ☆ ☆ ☆ 零画報 http://zerogahou.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-2904.html トートの書(エメラルド・タブレット) ミュリエル・ドーリル博士は、1925年、真正のエメラルド・タブレットを発見したと自称し注解を加えた「エメラルド・タブレット」を本にした。 先に出版されたものは最後のヘルメス(3度目の転生)が著したもので、ヘルメス文書の中でも、最も低級なものに属するそうであるが、それに比して、博士自身の発見した「エメラルド・タブレット」こそは、アトランティス文明の謎とビラミッドの秘密を解く至高のものだという。 (ヘルメスは少なくとも3人いたそうで、古代では、ヘルメスの教えを継承する人物は全てヘルメスと呼ばれ、ここでいう「先に出版されたもの」とは、ヘルメスの教えを継承した最後の人物が記したもので、先代のヘルメスから継承した分、コピーなので、形骸化されているという意味で低級といっているようだ。 なお、この教えを継承する者の呼び名は、いまでも、ジュニアとか、2世、3世という呼び方に現われている。だから、古代人が、寿命が長いのは、何人もいるから、誤って伝承されたためで、つまり、個人の寿命ではなく、教えが継承された期間を意味している。 ドリールによれば、ヘルメスの場合、3度転生したので、3を意味する「トート」と呼ばれたそうだ。) ドーリル博士の発見したタブレットの著者も、やはりビラミッドの祭司王トートであるが、このトートなる人物はアトランティス大陸が沈没する直前、エジプトに船(宇宙船)で逃れて上陸し、ピラミッドの建築法をエジプト人に教えた最初のヘルメスである。 (1度目の転生の人物という意味。ピラミッドも、エジプトのギザのではなく、アトランティス大陸にあったピラミッドのこと。なお、宇宙船を船と呼ぶのは、アトランティス時代の地球の大気が海のように水蒸気を多大に含んでいたためだったらしい。) 紀元前1300年に、トートの教えをうけた祭司が、エメラルド・タブレットを護持して南米に渡った。この祭司はかの地でアトランティス人の末裔であるマヤ民族に出合った。そしてマヤ文明とエジプト文明の祖先がアトランティス文明であることを確認した。 彼が持参した「エメラルド・タブレット」は、スペインのコルチス大佐のマヤ帝国征服の時、行方不明になった。ドーリル博士がユカタン半島のジャングルで発見したタブレットがこれのようで、現物は宝石のエメラルドの薄い板ではなく、エメラルド色の腐食しないように加工された特殊金属の十二枚の板である。この十二枚の板は、あたかも一冊の本のように金の蝶番でとめられている。 ドーリル博士の発見したトートの書(エメラルド・タブレット)によると、地球人は死後、星(最初は月)の世界に生まれ変わる。霊魂はこの世にある時、肉身として施した積善によって、金星から水星へ、そして太陽へと生まれ変わることができる。同じ惑星でも、地球からみて太陽より距離の遠い火星や木星は、地球人に生まれ変わる前の段階の劣等な霊魂の住んでいるところである。 (地球に悪い人間が多いのは、未発達な霊魂の持ち主の10番惑星から来た蛇人が転生しているのと、火星や木星、土星から転生してきた霊魂が多いからであるという。未発達な霊魂ほど征服欲が高いそうだ。ロスチャやロックをみれば自明ですがね。) しかし、今日のように地球の人口が急激に増加すると、輪廻転生中の地球上の死者の霊魂だけでは、霊魂の不足が発生するので、火星や木星から新霊魂が輸入されるが、霊魂の質が上等でないので、地球上の道徳的環境は悪化する一方である。 また、地底には悪魔の国があり、ここには蛇の頭で胴体は人間の蛇人間が住んでおり、これが地上に現れては人倫の破壊活動を行うが、地上に這い上がって来る過程で、蛇の頭が隠れて、人間の頭に変容するので、見た目にほ通常の人間とは変わらない。 彼らは、恐るべき生命力と魔力をもっており、多くは下層から出発して、凡ゆる非人間的手段を行使して、社会の上層部に這い上がっていく。そしてついには、樹木の頂上にとぐろを巻き、樹下の庶民の生き血を吸うようになる。 (蛇の紋章から実は明らかなのだが) ドーリル博士の注解によると、五万年前に沈没したアトランティスの文明は超高度に進歩しており、彼らは宇宙船もレーザー光線も保有していた。トートが単身でエジプトを征服し得たのも、レーザー銃のおかげであった。このSFのような話は博士を除いては誰も、エメラルド・タブレットに記されたアトランティス語を読むことができない。 ドーリル博士の酷評する最後のヘルメスの遺した 「エメラルド・タブレット」も、原文が何語か判明せず、アラビア語から転訳されたラテソ語の銘文しか伝えられていなかったので、長い間、13世紀の錬金術師トリテミウス・フォン・シュボンハイムのもっともらしい偽作ではないかと疑われていた。 ところが、1828年、エジプトのテーべの墳墓から発掘された一連の古文書、ライデン・パピルスの中に、エメラルド・タブレットのギリシア語の原文がまじっており、この発見でエメラルド・タブレットは、真正のもので、後世のトリテミウスの偽作ではないことが判明した。 ミュリエル・ドーリル ミュリエル・ドーリル(Muriel Doreal, 1902年 - 1963年11月23日) アメリカ合衆国の神智学者。第一次世界大戦後、チベットのダライ・ラマのもとで7年ないし8年間学んだと称している。ブラヴァツキー夫人と同様に神智学、特に地球空洞説と地底都市シャンバラ、人類の隠れた指導者であるグレート・ホワイト・ブラザーフッドの存在を主張している。1925年、メキシコのユカタン半島のピラミッドで12枚のエメラルド・タブレットを発見したという。(写しと翻訳後タブレットはピラミッドにもどしたという。) 1925年、メキシコのユカタン半島のピラミッドで12枚のエメラルド・タブレットを発見したという(写しと翻訳後タブレットはピラミッドにもどしたという)。前生ではチベットでイエス・キリストに会見したと主張していた。 1930年、コロラド州デンバーにブラザーフッド・オブ・ザ・ホワイト・テンプル・チャーチを創立。また後に通信教育大学ブラザーフッド・カレッジを開校した。 1939年、1948年に自ら発見翻訳したエメラルド・タブレットについての著作を出した。 1963年11月23日死去。死の原因には多くの憶測がなされていて、自殺説、意図的に物質体の放棄をした、などといわれているが今となってははっきりしたことは不明である。 (Wikipedia) ☆ ☆ ☆ このような書から、何のために教育があり、学問が必要とされるのかを考えてみてほしい。一言でいって、奴隷にならないためで、他者に洗脳され支配されずに、自ら自主的に選択し行動すること、つまり自由になるためであることが、熟考すればわかる。 私は、宗教は古代の宇宙論で、哲学は、高次世界に上昇するノウハウ論だと思っている。この我々の宇宙で自由な存在になるには、この我々の宇宙の仕組みを知らないと駄目で、その仕組みを知って、この宇宙から他の高次の宇宙に上昇し、この宇宙を外から客観視する必要がある。 中世では、哲学は、リベラルアーツ(自由になるための技芸)と呼ばれたが、それは、中世の人たちが、自分たちの世界だけでないことを知っていたからであろう。 以前、ウロボロスの蛇の図で説明したように、ミクロとマクロは虚空間でつながっていることがわかる。虚空間というのは、われわれの物質世界を基準にした観点にすぎないから、まず、その物質世界の観点を捨て去らない限り、この物質世界から抜け出すことは不可能である。 そのために、人生の学びがあるわけで、人生に囚われれば囚われるほど、抜け出せなくなり、輪廻転生を何万回も無間地獄の如く続けることになる。やられたらやりかえすという因縁を繰り返すだけ。 現代人はあまりにも浅はかなので、自分のことしか益々考えなくなっているが、その自分はといえば、洗脳された奴隷で、全くのニセモノであることすら気づいていない。 現代人は、叡智を忘れたので、同じ過ちの繰り返しを延々と続けるしかない奴隷である。
2013年05月30日
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提出してもらった希望は全て、この連続講義を進めていくなかで自然と消化していきたい。勿論、そのためには、重複もあるが、少なくとも、ある段階までには、全ての希望が叶うようにしたい。 その際の質問や回答を、基礎を作りあげる前に語るか、後に語るか、は非常に重要となる。従って、これからは、希望を見て気づいたことに配慮しながら、できるかぎり講義の基礎を作りあげたい。 最初の考察のために、骨-筋肉組織の形成と、その内部の作用のあらましを述べた。次に、おおよその病気の経過についての具体的な観察と必要な治療法へと進み、結核という1つの実例と、それに適した観察法を用いるために、心臓のなかの循環についての解説から出発した。 さて、これからは、治療法全般の可能性と、その本質や、深い人体観察から得られる見解について、その前提となる原則的な知識を、2、3述べておきたい。個別的な問題については、引き続き考察のなかで立ち入っていくが、まずは、この原則的な知識の説明を優先する。 そもそも今日(1920年)の医学研究の特性を考慮すると、少なくとも大筋において見受けられることは、病理学と並んで、治療法が出現してはいるが、両者の間を明確に見通せる関係が成立していないことにある。 とりわけ治療法においては、今日往々にして、経験的な手法の単なる独壇場となっている。治癒原理[etwas Rationelles]に基づく実践を通じて、実際に治癒効果を明らかにするようなものは、とりわけ治療法においてはほとんど見つけることができない。 (数理統計を用いて大まかに生存率等で解釈している現状である。治療理論がない。数理統計は、私見だが、詐欺に近いので、全く信用できない。物質には同じ状態が存在するが、生体には存在しないからである。) 周知のとおり、19世紀の医学的思考のなかの欠陥(唯物的思考)は、医学上の虚無主義にも伝播してしまった。この虚無主義は、全てを診断に基づいて、病気として識別できれば満足し、治癒原理(ラツィオ)[Ratio]等の法則に対しては全般的にまさしく懐疑的な態度をとった。 さて、医療制度に対して、いわば純粋に理に叶った要求をするなら、やはり本来、診断に関与した段階で、既に治療法を暗示する診断がなされなければならない。治療法と病理学との間に、単純な類似の外見的関係を保持するだけではダメである。 つまり病気の本質から、治癒経過についての見解をつくりだすような形で診断できなければならない。 (抽象的な病名をつけるだけの診断では全く意味がない。ただ単に難しく言い換えただけにすぎない。診断名から、治療法が連想できる病名でなければ意味がない。 例えば、ヒポクラテス式に命名するなら、「腫瘍」は、「黒胆汁過多」というような病名になるだろう。「黒胆汁過多」を減らすには、結核の症状と同じで、咳きをする、痩せる、疲労感を増す、関節痛などの症状を起こすことが挙げられる。 抗癌剤なども、細胞を分子レベルで破壊することで、実際は、結核の症状と似たような症状を引き起こしている。だからといって抗癌剤が最適であるとはいえない。癌細胞を破壊しても、新たな癌細胞が生じては意味がなく、根治にならない。患者が生活のなかから体質を自覚しないといけない。) 当然のことながら、治療法や治癒経過は、本質的に、自然の経過全体のなかに、どの程度まで存在するのか、という問いにつながる。 パラケルススの大変興味深い箴言、“医師は自然を通じて試行していかねばならない”(パラケルスス著「オプス・パラミールム」)は頻繁に引用されるが、パラケルススに関する最近(1920年)の文献は、このような箴言の意味を充分に理解できているとはいえない。 「自然の経過から、治癒経過を密かに学びとることを、医師は、どのみち目的とする他はない」という意味である。 確かに、自然自らでなんらかの治療を講じる必要があるような病気の経過が、自然のなかにあるのなら、医師は、自然が講じる、その治癒の経過に従って治療法を試行すればよい。 けれども、自然のなかの病気とは、自然のなかに既に損傷があり、自然自らが治療策を講じる場合、その治癒経過としての自然の成り行きを、特別な経過として観察することでわかるが、人間にとっての自然観察というのは、やはり正常な経過の観察しかない。 (自然のなかの何が正常で何が異常な成り行きなのかが人間には判別できない。) すると、次のような疑問が生じる。 「治癒経過についての見解を得る手懸かりを、自然のなかの正常な経過に観察できるのか?」という疑問である。 これまでの話からわかるだろうが、上記の疑問は、更に考慮を要する次の疑問につながる。自然のなかに病気の経過が正常な経過として存在する場合には、当然のことながら、正常な経過としての治癒経過も同時に観察できる。 すると、「一体、自然のなかに、自然が治療法を試行し、癒すことができるような、病気の経過があらかじめ存在しているのか?」という疑問が生じてくる。 この疑問に対しては勿論、この連続講義が進むにつれて完全な答えを与えるが、いまは、ほんの少しだけ、この疑問の答えに近づいてみるが、いま言えることは、この講義で提示する方法は、今日通用しているような自然科学に基づいた医学が広がることで覆われ、隠されてしまっている、ということである。 現在のような前提で、この講義に提示する方法を用いることは非常に困難である。というのも、大変奇妙なことに、他ならぬ19世紀にはじまった唯物論的傾向により、骨、筋肉、心臓に続いて、付け加えるべき組織、すなわち神経組織を、その本質的な機能において完全に誤解する事態を、現代人に招いてしまったからである。 いわゆる魂の機能全てを、神経組織に負わせ、人体に生じる、あらゆる霊魂的な現象を、神経組織のなかに同時進行で見つかる平行現象として解明することが、次第に一般的になってきたからである。 人智学徒には知られていることだが、この(魂の機能を神経組織の働きとみなす)ような類の自然観察に対して、私(シュタイナー)は「魂の謎」(1917 GA21)という著書のなかで、異議を申し立てた。 この著書において第一に示そうと試みたことは、この通常の自然観察でも、経験から、霊魂を実証するための証拠を数多く付け加えることが可能なことと、神経組織については、本質的に思考形成だけに関係し、感情形成は、直接には、人体の律動的現象に関係する、という事実である。 (端的にいえば、思考は神経組織に関係するが、感情は神経組織ではなく、心臓でおこる血流や心拍などの律動的現象に関係する。) 今日の自然科学者は一般的に、感情形成は、律動組織とは直接関係なく、律動組織を経由する神経組織に関係し、つまり、感情も、神経組織によって営まれる、と考えている。 以上のような現代人の間違った考えとは別に、人間の発する意志全般も、直接、新陳代謝組織に関係する事実を示した。つまり、意志形成に関しても、神経組織は、意志形成の「認識」以外には関与しない。 神経組織を通じて、意志が遂行されるのではなく、何らかの意志を通じて、人体内で生じていることが、神経組織に認識される、のである。 (だから、俗にいう痴呆は、霊魂の振る舞いに、神経が無反応で、認識できない状態といえる。だから、人体内と外界との区別がなくなり、記憶障害や、問題行動が現れる。幽霊が見えるなども、外界との区別がなくなったせいともいえる。) 以上のような事実全ては、それ相応の生物学上の経験則により、完璧に証明され得る真理だが、他方、人智学的な魂の見解とは全く正反対の魂の機能を、神経組織だけに限定する現代的な見解は、以上のような事実を証明できない。 いわゆる運動神経と呼ばれる神経を切断し、感覚神経と呼ばれる神経を切断して、両者をつなぎ合わせ、つなげた神経組織から、また均一の神経組織が生じる、という事実があるが、この事実と、感覚神経[sensitive Nerven]とは別に運動神経[motorische Nerven]がある、という現代的な見解とが、健全な理性から、どのように関係づけられるのか、甚だ疑問である。 感覚神経と運動神経といった分類は実は間違いで、運動神経と呼ばれている神経は、人体の四肢の運動、すなわち、(霊魂が)「意志」したときの四肢の新陳代謝において生じた過程を「認識」する感覚神経に他ならない。 つまり、「運動神経」とは実際のところ、人体内を認識する感覚神経で、通常呼ばれている「感覚神経」は、外界を知覚する神経組織なのである。 医学上、非常に重要な意味を持ち、事実をしっかりと見据えることではじめて正当に評価できる治療法は、以上のような見解の延長上にある。なぜなら、以前、結核の例を出発点とした病気の様々な症状についても、感覚神経と運動神経の区別だけで済ませるのは、実際困難だからである。 従って、自然を詳細に観察するなら、どの神経も、人体の周辺から内部へと、もしくは、その逆の方向へと伝わるだけでなく、周辺から内部の中心へ、もしくは逆に、内部の中心から周辺へも伝わる、という事実が受け容れられるだろう。 同様に、どの運動神経にも2つの回路があることがわかる。すなわち、神経組織から、不規則性を、例えば、ヒステリーを説明するなら、互いに真逆に流れている2つの回路の容認が必要になる。つまり、事実がわかると即座に、神経組織についての唯物論的な仮定に完全に矛盾する、上記のような神経の特性の容認が必要となる。 例えば、ヒステリーの場合に生じるような、人体のなかの、通常、神経組織だけに規定されている、「認識」という特性が、神経組織に関する唯物的な解釈を学んだことで全て隠れてしまった。 以前、例えば、結核の場合に生じ、神経に認識された不規則性を、新陳代謝上の事象で特徴づけた。このような経過こそ注目すべきなのに、代わりに神経組織の不規則性や伝播のなかにだけ、ヒステリーを探究し、全てを神経組織での障害に置き換えてしまった。 (シュタイナーは、ヒステリーの根本は、新陳代謝器官の異常にあるという。神経は、その異常を伝達しているにすぎないという。) 唯物論的な解釈により、また別の観点がもたらされた。とはいえ、ヒステリーの遠因のなかには、やはり精神的な原因があることも否定できない。心痛や失望感というような、何らかの内的な興奮が、ヒステリーという症状のなかに入り込んでいる。 けれども、神経組織以外の人体機能を、いわば魂から切り離し、神経組織だけに直接、関係づけたことで、全ての不規則性を神経組織だけに負わせている状況である。このような解釈から生じてきた見解は、第1に、事実とは無関係で、事実を裏付けせず、また第2に、人体にアプローチする手懸かりとして、魂を一切考慮しない見解となる。 魂の役割を、もっぱら、神経組織だけに与え、人体全体(4つの体)にアプローチしない。存在してもいない運動神経を考え出し、運動神経の機能から、伝播、循環他への影響を仮想することで、肉体全体にアプローチするぐらいで、この伝播、循環他への影響なども全くの仮説の域を出ない。
2013年05月30日
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巷では相変わらず、インチキ詐欺悪党軍団がなにやら洗脳を続けているようです。懲りないバカに、つける薬はありません。カルマを知らないのでしょうか? インチキ宗教に洗脳されているので、カルマも自分たちに都合よく解釈しているんでしょうね。大坂市長のようにね。 大坂市長をみればカルマに気づくはずで、かつては先頭にたってバッシングをして、人気で成り上がった冷血者が、いまや総スカンで、誰も見向きもしない、ただの冷血者に成り下がっています。 それもこれも、自分がしたことが、自分にかえってくるカルマを知らないからで、インチキ野郎もそろそろ悔い改める時期ではないでしょうか? そんなインチキ野郎に騙されてはたまりませんから、御馴染みのサイトから抜粋紹介します。 ☆ ☆ ☆ 7月21日の参院選挙と不正選挙阻止 夏の参院選の投開票日が7月21日(日)になったそうです。 参院選7月21日投開票へ 与党、会期延長しない方針 安倍政権は参院選の日程を7月4日公示、21日投開票とする方針を決めた。安倍晋三首相と公明党の山口那津男代表が24日の党首会談で、6月26日までの通常国会の会期を延長しないことを確認。会談に同席した両党の幹事長が27日、明らかにした。 公明党の井上義久幹事長は27日、大阪市内での講演で「参院選まで2カ月を切った。党首会談で参院選(の日程)は延長しないという合意がほぼできている」と明かした。自民党の石破茂幹事長も記者会見で「党首会談で『よほどのことがない限り会期延長はない』との合意があったことは事実だ」と語った。 公職選挙法では、参院選は「閉会日から24日以後30日以内に行う」と規定。会期を延長しなければ7月21日の投開票が確定する。 http://megalodon.jp/2013-0529-1225-32/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130527-00000027-asahi-pol さあ、いよいよです! 日本の支配層である、ユダヤ&朝鮮&同和&カルト&ホモ連合軍と我々日本国民レジスタンス軍との、ある意味天王山とも言える戦いの日程が決まりました。 敵軍は、マスコミ部隊を操り、時事報道のミスリードで真実を覆い隠し、AKBやEXILEなどのアイドルグループや野球やサッカー、お笑い番組などのエンターテイメントで、日本国民の脳に麻酔をかけ。 さらに、事態がマズくなると、誰かのちょっとしたスキャンダルを大きく取り上げたり、シャブ中のチンピラに猟奇的な事件を起こさせたりして騒ぎを捏造、結果、都合の悪い事を報道しないで済ませたりします。 それでも、ヤバイと良いタイミングで地震や異常気象が起きちゃうんですよね?(笑) そんなこんなで、マスコミ部隊と気象兵器部隊を使った陽動作戦で、B層の日本国民の注意を引きつけてる間に・・・ 現在もユダヤ連合工作員の安倍晋三偽総理が、まずは必死で円安誘導! そして、この円安でお買い得になった日本の株を、ユダヤ金融勢力が買い漁っています。 このところ、株が乱高下していますが、アベノミクスの株高はこんなところに理由があった訳です。 311の地震&津波テロや原発テロで、日本の価値が下がったよう見せかけて、円安に切り替えたところで、一気に買い叩く! つまり、アベノミクスとは、日本をユダ金に安く売り渡す総仕上げだという事です。 そう、まさに、サギノミクスです! サギノミクスの後は、TPPで日本政府を相手取った訴訟詐欺ビジネスを合法化。 ユダ金企業、それにつるんだ大企業が日本国民が支払った税金をゴッソリ横取り。 そして、インフレで資産を奪われ、払った税金までも奪われ、全てを失った日本国民。これで、許されるかと思いきや。 ちょっと待て!まだ、命があるじゃないか!借金だって出来るじゃないか! そうだなー、北朝鮮と韓国、中国、日本、奴隷同士で殺し合ってもらおうか? えっ?武器を買う金が無い? そんなの貸してやるよ! その代わり、かなり高いから、一生働いても返せないかもよん♪ ユダヤ&朝鮮&同和&カルト&ホモ連合軍が描いているシナリオは、だいたいこんな感じでしょうか?w 彼ら敵軍は、前回の衆議院選挙に続いて、今度の参議院選挙でも不正をはたらいて、衆院でも参院でも多数を占め、そんなイカれたシナリオを通そうと躍起になっています。 私達、日本国民は、7月21日(日)参議院選挙まで、敵軍の不正選挙を阻止すべく、各自がベストを尽くし、日々出来る事を続けて行きましょう! ☆ ☆ ☆ 憲法を守れない奴が、憲法をかえろという権利はありません。まず憲法を守って定数是正すべきでしょうが。地獄に堕ちろ! もう堕ちてるかな。
2013年05月30日
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シュタイナーの医術の講義を要約することから、ホメオパシーの原理に絡んで、天体と素粒子のマクロとミクロの関係を紹介した。 以前、「〇に・点」の思想を、「智慧の万華鏡」さまのブログから抜粋紹介したが、ここで改めて、その「〇に・点」の関係が、天体と素粒子に集約されていることがわかったので、改めて紹介したい。 つまり「〇に・点」の「〇」が天体の軌道で、「・点」が素粒子ということになる。 さて、この相関関係からわかることは、次のサイトに紹介されている「ウロボロスの図で見る物質世界」の話である。 ☆ ☆ ☆ その木に成って55 http://sonokininatte55.blog.fc2.com/blog-entry-149.html 人間から「ひと」へ! ウロボロスの図で見る物質世界とは? 前回に引き続いて「プランク長」と「ビッグバン」についてです。 宇宙の歴史は宇宙創生の瞬間にはじまった宇宙の膨張の歴史であり、同時に宇宙温度の低下の歴史でもあります。 そして、時間と空間の区別もない世界では、超ミクロな「時空」が生まれては消えていくということを繰り返していたということを前回書きました。 ところが、今からおよそ137億年も前のあるとき、その時空のうちの一つがプランク時間(10^-43秒)の間に、量子論的効果(トンネル効果)で宇宙として生まれました。 そのときの宇宙の大きさは、10^-33センチメートル(プランクの長さ)ほどで、今のところ知られているどのような素粒子よりも小さかったわけです。 宇宙は誕生してすぐ、1秒にも満たないとてつもなく短い一瞬に、「インフレーション」という想像を絶する猛烈な膨脹をはじめ、その終わりに熱エネルギーが解放されて、「ビッグバン」という超高温・超高密度の「火の玉宇宙」となって膨張を続けています。 前回は、上に書いたような内容でした。 しかし、今回は、「ウロボロスの図で見る物質世界~素粒子が宇宙の起源」について書いてみます。 下の図を見て下さい。 図3:ウロボロスの図の上に描いた物質世界の階層構造 驚いたことにこのスケッチは、ミクロを扱う素粒子物理学とマクロな宇宙論が融合して描かれている「宇宙の始原」の図です。 この図3は「ウロボロスの図の上に描いた物質世界の階層構造」という標題がついていますが、描かれている内容をよく見てください。 世界を創造したとされる蛇=ウロボロスがしっぼを喰わえている図です。 しかしよく見ると、この図には、物質としてはもっとも小さな極限の階層である「素粒子」が、逆にもっとも壮大な大きさの極限である宇宙の起源に関係していることを描いている図でもあるのです。 この図をじっくり観測すると、どこか異常な箇所に遭遇するはずです。 それは、見ての通り、ウロボロスが自分の「しっぽ」を飲み込んでいる場所に見ることが出来ます。 「しっぽ」の部分の「プランク長さ」と「頭」の部分の宇宙の果て(ビッグバンの特異点)が同じ位置に来ている所ですね。 宇宙の大きさは、10の-33乗センチと10の+30乗センチが「同一空間」になってしまっていますね。 当然なんでしょうが、137億年前に宇宙は突然「ビッグバン」によって創造されたことになっていますが、ウロボロスの「しっぽ」と「頭」は、同じ「虚の空間」に含まれてしまっています。 ウロボロスが投げかけた「謎」を解明することは、旧約聖書において、アダムが蛇の誘惑に負けて知恵の木の実を食べてしまい、エデンの園から追放されてしまったという話を思い出してしまいます。 アダムが知恵の木の実を食べたことで、ウロボロスの環から抜け出せなくなってしまったのでしょうか。 だとすると、人間は生と死の循環を永遠に繰り返さなくてはならない運命を背負わされていることなります。 現在、科学文明が非常に発達しているのですが、時空概念に関して、我々人類が認識出来ていることといえば、「実」空間の範囲以内であり、その中での文明を謳歌しているだけにしか過ぎません。 しかし、ウロボロスの環が指し示していることは、科学文明が発達すればするほど、「虚」の空間を認識しなければ、この環からは抜け出すことは不可能なことを指し示しているようです。 アダムの食べたという「知恵の木の実」は、人類に「虚空間」を認識させないための蛇の策略だったのではないでしょうか。 私たちは、今こそ、我々人類が認識している宇宙の時空構造に対して、「全て虚時間に始まり、虚時間に収縮する」ようにみえる「実空間(木の実の実?)というホログラム」を観せられているにしかすぎないということに気づかなくてはなりません。 この事こそが、本来の人間に与えられるべき「知恵」ではないでしょうか。 本当の「知恵」を獲得しましょう。 ☆ ☆ ☆ 以上に紹介したウロボロスの環が4次元の代表で、遠くにいくほど、つまりマクロに広がるほど、近く、つまりミクロに帰ってくる、というわけである。 マクロの天体とミクロの素粒子をつなげるこのウロボロスの環が、「〇に・点」の関係となっていることに気づく。この「〇に・点」の関係は、例えば、超弦理論では、双対性といわれるもので、さらに、超対称性を考慮すると、双対性に、正負の関係が加えられ、例えば、光子(フォトン)に対し、フォンティーノという粒子が想定される。 このフォトンとフォンティーノのような超対称性の関係は、このウロボロスの環を想定すると、フォトンが「・点」で、フォンティーノが「〇」で、フォンティーノは、天体の軌道に帰着するのではないか?と考えられる。 だから、こみいった話だが、例えば、小林-益川行列が、一般相対論の計量テンソルに関係してくるのではないか、と思うのだ。 このことは、例えば、力の統一理論を、余剰次元の問題に帰着させるADD模型などからも、このウロボロスの環の発想がみてとれるからである。 さて、シュタイナーは、物質界は、霊界からつくられるというような、更に飛躍したことを述べているが、このウロボロスの環を、超弦と考えると、あながち飛躍でもないことがわかる。例えば以下の図である。 このウロボロスの環は、人間の認識、心と、宇宙をつなげる弦でもある。 すると、天体の軌道は、素粒子の量子効果に現われ、その量子効果により人間は、宇宙を認識し、生命を営んでいることがわかる。 シュタイナーは、貝や花びらは、生命の銀河や宇宙への憧れの表現である、といっている。
2013年05月29日
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人体の二元性(陰陽)に対して、色々なアナロジーによる説明が考えられるが、次のようなアナロジーによって、人体の下部過程と上部過程の間の二元性の本質が、どんなものなのかを明確にできれば、理解できるかもしれない。或いは、もしかすると、何らかの偏見にぶちあたるかもしれないが、いまは、あえて、次のアナロジーを用いる。 どういうかたちであれ、目の前にある何らかの物質が、人体に効力を及ぼす際の特性を考えるなら、人体に吸収(消化)され、活動の一部として摂取された、消化後に生じる栄養物を考えるだろう。 さて、ここでホメオパシー(同種療法)を行うことができる。栄養として摂取された物質の集合性や潜在的な関係性(ポテンシャル)を止揚(免疫化)できる。栄養として摂取された物質を、何らかの方法で希釈すれば、いわゆるホメオパシーの極微量を用いれば、物質が本来もつ集合(結晶)性や潜在的関係性(量子効果)が生じる。 ホメオパシー的な極微量を用いるとき、いま(1920年)の自然科学全般では、まともに観察されていない事実が明らかになるが、現代人は全てを物質(3次元)的に観察することに慣れっこになってしまっている。 (宇宙からくる微量な天体の作用を知るには、物質の液体「波動」性に注目する必要がある。生命の受胎は実際に、この量子レベルで行われるようである。つまり量子効果が充分に利くメゾスコピック領域にまで、物質を還元する。 例えば、SQUIDと呼ばれる量子干渉計「トンネル効果を利用した電気回路」は有名である。現代でいうところのナノ「10のマイナス9乗」領域。 メゾスコピック領域 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BE%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF%E9%A0%98%E5%9F%9F 量子干渉計 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%85%E4%BC%9D%E5%B0%8E%E9%87%8F%E5%AD%90%E5%B9%B2%E6%B8%89%E8%A8%88 超伝導状態になると、電子がクーパー対をつくり、電子殻の束縛状態から抜け出し、1種の自由な波動をつくることがわかっている。 余談だが、ホメオパシーについても現代人は曲解している。ホメオパシーは、アロパシー「逆症療法」の反対の療法を意味する用語で、生体の陰と陽を理解できない人が、使うべき言葉ではない。そもそも、霊能力のない人には使用できない。 ホメオパシーの効果は重力を喩えにして考えるとよくわかる。例えば、重力子は、実験装置では非常に極微なので、観測されていないが、重力は存在している。 重力子は、そのマクロ性の無限遠への到達距離をもつために、数理的には、観測が困難で、量子場(量子)のように解釈し、ヒッグス場(粒子)という対称性の破れを用いて、質量を定義している。 これと同じように、ホメオパシーを定量化するのも困難で、要するに質的問題なのである。重力は、物質的空間の質に効いてくる作用で、ホメオパシーは、生命的空間の質に効いてくる作用と捉えるとわかる。数理的にいえば、いずれも幾何学的なベクトル(ファイバーバンドル)で考えるとよいだろう。 以下のウイキペディアの内容は、現代人の曲解から生まれている典型的な解説である。現代的解釈では捉えられない。 ホメオパシー http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%A1%E3%82%AA%E3%83%91%E3%82%B7%E3%83%BC ホメオパシーとは、現代科学でいうところの、極微の量子効果のことを述べている。生体内では、異物の免疫化のことに相当する。) 従って、現代人は、例えば、1つの光源があったら、光はあらゆる方面へ広がっていき、無限の彼方で消滅する」と考え、太陽光についても同じように考える。 以上のような、現代人の典型的で、抽象的な考えは、間違いである。太陽光の活動は、いかなる無限の彼方であっても消え去ることはなく、ある限界の範囲にまで達するだけで、その後、まるで弾力をもっているように、跳ね返ってくる。 たとえ、跳ね返る前の性質が、しばしば跳ね返った後の往路の性質とは異なるにしても、はね返ってくる(下図)。 自然のなかにはリズミカル(規則的)な経過があるだけで、無限の彼方に通じる経過は存在しない。リズミカルに再び、自身に跳ね返る存在だけがある。 (3次元空間で考えるのではなく、4次元で考えればよい。4次元とは、3次元でいうところの、例えば、左から進めば、右から帰ってくるような逆転の現象が起こる「場」である。空間というより位相といえる。メビウスの環などを考えるとよい。 だから、3次元で行った過去の行為は、未来の行為として現れるわけで、仏教の輪廻の教えにも合致する。つまり、現在の自分は、過去に行った自分の行為の反映であり、過去の行為が、逆になって、未来から現れてくる。 しかし、未来から現われる行為は、自分とは逆の立場になる。自分が過去にしたことを、今度は、相手にされることになる。だから、過去を悔いるのではなく、前向きに生きればよい。間違いかどうかはいずれ自分の身に降りかかることでわかるからだ。 ということは、自分の人生は自分でしか変えることはできない。) この宇宙の原則は、単なる量的な拡散にだけあてはまるのではなく、質的な拡散にもあてはまる。 例えば、ある物質を分解しはじめる際の最初の段階では、その物質の結晶(集合)体としての特性を持つ。この特性は、分解するに従い、無限に減っていくのではなく、ある限界点に至れば、必ず跳ね返ってきて、分解前とは質的に反対の特性をもつ。 (3次元のなかに4次元の質的な反転の効果があるのは、常に変動する時間からもわかる。だから、どんどん金持ちになるということは、いずれどんどん貧乏になるポテンシャルをもつ。 金持ちは物質的には恵まれているが、逆に自分で何1つつくりだせないから、精神的には怠惰になっているわけで、また間接的に多くの人の不幸をつくれば、今度は、多くの不幸を背負うことになる。) 人体の上部と下部の間の対比も、上記のような内的なリズムに基づいている。上部はホメオパシー的な下部の反射の原理にある。ある意味、上部は、通常の消化過程とは正反対で、下部の反対の機能、すなわちネガ(陰)を形成する。 (下部を陽とすれば、上部は陰、逆に、上部を陽とするなら、下部は陰となる。) 従って、ホメオパシーを用いる薬剤師はホメオパシーを用いた生体内希釈(量子効果の使用)[Verduennung]をおこなうことで、通常は人体の下部に関係する特性を、上部に関係する正反対の特性へと、実際に導くことができる。これは大変興味深い内的な関係である。この関係については次回以降、更に述べていく。 (ホメオパシーとは、生体内にSQIUDをつくり、量子干渉を用いていると思えばいい。シュタイナーによれば、量子効果は、天体の運動から生じるようで、まさにミクロ世界は、マクロの世界から生じるようである。 「下にあるものは上にもある」というオカルトの格言が思い浮かぶ。つまり、万物は素粒子からなるのではなく、マクロの天体の運動がミクロの量子を生み出すから、万物は天体の運動に帰着されるのである。 量子である素粒子は、天体の運動がコンパクト化されたものにすぎないと考えられる。だから素粒子論は、宇宙論に帰着する。例えば、粒子のスピンは、天体の自転に由来し、粒子の軌道角運動量は、公転に由来する。 また生体内の量子効果は例えば、神経細胞集団の同期発火、心筋細胞の同期拍動などからも想定できるし、生命現象では、蛍の集団発光現象などからも伺える。)
2013年05月29日
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治癒の第2の経過を導くには、防御のための症状を誘発するだけでなく、その症状ともいえる反応を、今度は終結させ、人体を再び正しい道に導く経過を引き起こす必要がある。 従って、例えば、結核の素因(結核に感染しやすい状態)に対して、自然、もしくは人為的に誘導した防御反応の咳への刺激、または喉の痛みなどが生じた際の背後にある人体下部の僅かに詰まった消化過程、いわゆる便秘を、再び秩序正しくなるように配慮しなくてはならない。 この便秘を、治癒の第2の経過の、すなわち下痢の一種に移行しなくてはならない。だから、咳や喉の痛み等の症状に続いて、下痢が生じることが治癒経過に必須となる。 以前述べた咳と下痢の対応関係から、人体上部に現われる症状のみを原因として観察するだけでなく、たとえ物質的な関与がなく、機能的な関与だけでも、下部の経過を通じて探究する必要が多々ある。この上部と下部の対応関係は何にもまして考慮すべき重要事項である。 疲労感の症状は、単なる主観的なものではなく、下部の新陳代謝の優越性に基づく組織的に生じた本質的な疲労感で、結核の場合、上部により新陳代謝が制御されない時に強く現われる、この疲労感が、実際に生じる必要があり、その後、適度な時点で、この疲労感が克服されなければならない。 詳細は省くが、食餌療法により、疲労感を克服するように、通常よりも消化が活発になるように、人体下部だけの安直な消費活動ではなく、全体を通じて、上部にも規則正しく消費されるような配慮が必要となる。 また痩せる症状も、器官組織への脂肪の蓄積を引き起こすような食餌療法などの配慮が必要となる。盗汗も、熟考などの知的な活動などに努めて、実際に発汗活動を試みることで、再び健康な(覚醒時の)発汗を促す必要がある。 咳⇒下痢 疲労感⇒消化活動を高める 痩せる⇒脂肪蓄積 盗汗⇒熟考などで発汗する。 心臓の活動を正しく把握することから、人体上部と下部の対応を理解し、神経衰弱やヒステリーといったような不規則な機能や、人智学でいうところのエーテルのなかに、病気の最初の微かな兆しを読み取れるようになったら、器官や物質体に刻印される不規則性への理解へと進むことができる。 以上のように、病気のなかの、互いに相関しあう外的な症状の研究によって、最初に起こる症状も含め、病気の経過全体を、時と場合により、強めたり弱めたりして、治癒の方向へと導き、適切な時期が到来すれば、経過全体を再び健康に誘導できる。 これまで特徴を少しばかり述べてきた治療法に対する最大の障壁は、言うまでもなく社会的な状況や事情である。従って、医学は、社会的な問題に帰するが、また他面において、最も強力な障壁を築いているのは患者自身でさえある。 患者は当然のことながら、何よりも、痛みを「取り除いて」ほしいと要求するからである。しかしながら、患者が持つ不規則性を、安易に直ぐに取り除いてしまうと、病気を更に悪化させてしまうという事態も容易に起こる。 患者の病状を、現状よりも更に深刻にしてしまうことも考慮する必要があるため、再び健康に回復できる状態になるまでは、原則として、適切な時期まで待たなくてはならない。けれども、大多数の人々が同意することだが、その時には、大抵の患者は医師から逃げ出してしまう。 治療全体に、本質的に、正しい価値を与えるなら、医師は治療後(予後)をも完全に掌握すべきで、予後の把握こそが、健康と病気の正しい観察の結果として帰着すべき目的となる。予後の把握を、まさに公然と目指すべきである。 現代のような権威信仰の時代においては、予後の把握というような運動が一端はじまったなら、その必要性の指摘などが困難であったりしてはならない。 しかしながら、言うまでもないが、病気を、本当の終末まで追求することを適切とみなさず、痛み等などをすぐに取り除くことで多少とも満足しているのは、患者や社会状況だけでなく、医師自身であることもよくみられる。 (痛みをただ取り除くだけなら、麻薬を与えるのと同じである。新興宗教の信者をつくるのと同じで地獄に誘導していることになる。) とはいえ、これまで述べてきたように、人体のなかでの心臓の位置づけを正しく追求することが、徐々に病気の本質へと導くことは理解できるだろう。 ただ、人体下部の様々な活動は、確かに、外(物質)的な化学活動を、ある程度克服するが、下部とは全く反対の上部の活動にも、何らかの形の類似(ネガ)の過程が生じるとき、これら(上下)の間に成立している徹底的な差異に注目すべきである。 人体における、この二元性[Dualismus](陰陽)を満たすような定義を与えることは非常に困難である。現代人の言語は、物質器官等に対立(相対)する存在の表現手段を全くもたないからである。 (古代では、この生命の二元性については、生命の樹の10のセフィロトやパス、つまりケテル等で表した。現代人のなかで、このセフィロトを言語として理解できるものはいない。)
2013年05月28日
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前回、抜粋紹介した話のなかの「カハール」について、あるサイトから抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ 超極秘組織ユダヤ・カハール(コピペ) 超極秘組織ユダヤ・カハール(コピペ)超極秘組織ユダヤカハール「この他にほとんど知られていないユダヤ人の組織はユダヤ・カハールである(注*カハールは正しくはケヒラと発音するのだが、訳者はカハールと覚えてしまったのでカハールで訳させていただく。カハールとも呼ばれている)。 このスーパー・シークレットな組織は300人委員会によってコントロールされている。彼らは定期的に集まってカハールの国際的な行動計画を画いている。この300人のユダヤ人が実際には世界のほとんどの国々の経済的、政治的、宗教的ブロバガンダを形成している。彼らは ・無制限の資金 ・あらゆるプロパガンダ ・高度に輻湊した組織 によってこれを行っている。ユダヤ・カハールは 国際的なユダヤネットワークであり、世界のほとんどの政治的命運を支配している。このサタン的なグルーブのトップには一人の人物が座っている。彼は世界のユダヤ人のリーダーであり「ユダヤ王」として知られている。 カハールの組織では、世界は東半球と西半球に分けられ、それぞれユダヤ王の下に二人の人物が指導している。東半球と西半球の指導者は「スポンサー」と呼ばれていて、この二人のサタン的指導者が、それぞれの半球を担当している。この二人のスポンサーの下に、7人の「アーク・センサー」(大監察官)と呼ばれるユダヤ人がいる。 この最初の階級はカハールの第七階級と呼ばれている。彼らはそれぞれ彼らの指導者と互いを知っている。また、この7人の下にそれぞれ7人の補佐官がいて、49人のサタニック・ユダヤで構成されている。この49人はカハールの第六階級で「ミニスター(大臣)」と呼ばれている。 この49人が、またそれぞれ7人の補佐官を持っていて、それは「ヘラルド(式部官)」と呼ばれ、カハールの第五階級である。この343人のへラルドの下にまたそれぞれ7人のメンバーがいてこれは「コーチャー(廷臣)」と呼ばれている。この2401人は第四階級である。 その下の第三階級1万6807人は「スクリヴナー(公証人)」、第二階級「オーディター(監査役)」は11万7649人、七番目の第一階級82万3543人は「ミュート」と呼ばれる。このように、それぞれの半球の96万800人のサタニック・ユダヤ、両半球の合計192万1600人がカハールを構成しユダヤ王によって世界を支配している。 ユダヤ・カハールは超極秘の組織であり、東西の名目上の君主を越えている。スポンサーは彼の下の7人を知っているが、その他のカハールメンパーを知らない。この高度に組織化された極秘のユダヤ人のネットワークは、この世界の全てのごく小さな行動方針まで連絡可能である。 東西それぞれの半球のカハール政府は、ほぽ100万人のユダヤ人に命今する事ができる。それぞれのメンパーはただ配下の7人に声を掛けるだけで、およそ数分で世界中のユダヤ人に伝達される。 カハールは、この地上に「蛇の末」の支配の促進のために、与えられた時間内にどんなことでもやってのける。ストライキ、革命、学生暴動、福祉への不満の暴動、あるいはこの世界の白人のクリスチャン国家である「女の末」の金やプロパガンダのコントロール、政治的、社会的支配を彼らの手に集中するために、命じられた行動を実行する」(訳注*蛇の末とはサタンの子、反キリストの事。女の末とはイエス・キリストの事。著者は白人のクリスチャン国家だけがキリスト教の継承者だと思っているらしい)カハールと言う名を知っていたらあなたは相当な陰謀研究家である。 『カハールこそ本当の世界政府』であると言っても過言ではない。 300人委員会、13ドルイドカウンセルは、ロスチャイルド家の下に位置しているが、実際には「カハールが彼らの決定を実行する。」カハールの意向無しでは300人委員会と言えども何も出来ないはずである。 ロスチャイルド家を頂点とするピラミッドは言わば裏の世界政府の表の顔である。あるいはロスチャイルドが王で、ロックフェラーが西半球のスポンサーかもしれない。そうすると東半球のスポンサーは誰なのだろう。わずか数分で世界中のユダヤ人に最高意志決定機関の行動方針を伝えることが出来るとすれば、我々の誰がこの組織から自由であり得ようか。 カハールとイルミナティの「シオンの長老」と言う組織がどういう関係にあるのか判らないが、いわゆるユダヤプロトコールがカハールの行動規範だとすると、「シオンの長老」とカハールはほとんど重複するものではないだろうか。言わばイルミナティの「シオンの長老」はカハールのイルミナティ内の窓目なのではなかろうか。 いずれにせよカハールこそ本当の世界征服の野望を抱いたユダヤ人の世界政府である。しかし、私はあえて言うが、神こそこの世の真の主権者である。カハールの実態はルシファーの軍団であるが、全能の神とイエス・キリストの軍団に決して勝つことは出来ない。「カハールの基本的な方針、すなわちユダヤ人によるこの世界の支配のアウトラインは『シオンの長老の議定書』に書かれている。 この文書はカハールの基礎的方針を示し、また読むものは誰でも今世紀の歴史がいかにこのユダヤブロトコール通りに実現してきたかを見る事が出来る。ユダヤプロトコールにおいてユダヤ人のシンポルである「蛇」が政治的なシオニズムとその一方のユダヤ教を表現している事に注意してほしい」 第三議定書に「………余すところの距離はわずかである。われわれがたどって来た道は、わが民族の象徴である神秘的な「蛇の輪」を結合しようとしている。この輪が結合されたその時、全欧州諸国は頑丈なタガでしめつけられたようになるだろう」とあるが、今や本当にそうなった。 「このルシファーの蛇の頭は世界のユダヤ人の頂点または頭として上げられた者たちを表している。彼らはそれとは知れないようにべールに包まれて、世界のユダヤ人という胴体と共に動いている。ユダヤ人が自分たちのシンボルに蛇を選んだと言う事は興味深い事ではなかろうか。よく聖書を勉強した者なら、この事を驚きはしない。 彼らは蛇の末であり、彼らの祖先をたどって行けばカインに至るからである。有名なユダヤ人、アバ・ヒレル・シメァルバーは1949年ユダヤ教の出版物『リベラル・ジュダイズム』の中で、新しく作られたイスラエル国家についてこう言っている。『カインの呪い、追放され、地上を放浪するものとされた呪いは取り除かれた』 ユダヤプロトコールが、タルムードと他のカバリスティックユダヤの書物と共にシオニズムと今日のユダヤ教双方の基礎である。 タルムードはかつて書かれたものの内で、もっとも反キリスト的であり、ルシファー的な書物である。それはイエス・キリストに向けて書かれている63章の卑猥で下品な話を含んでいる。政治としてのシオニズムと宗教としてのユダヤ教は旧約聖書ではなく、タルムードに基礎を置いているのである。 シオニズムは宗教であるユダヤ教の政治的顕現であり、両方ともルシファー自身によって生み出されたものである」カハールはこのように緻密で堅固な鉄の結束を保っているように見える。ところが我々キリスト者から見ると、このような組織と規律を作らねばならないと言う事は、逆に言えば弱みなのである。 キリスト教、特にプロテスタントは逆である。 そこには緻密な組織も厳密な規則もない。千差万別、支雛滅裂、勝手気ままな教派、教団があり、お互い何の連絡もなく好き勝手に動いている。何しろ一人一教派なんていうのさえあるのだ。しかし、それが神の秩序なのである。 この地上に降り積もる、おびただしい数の雪の結晶が、一つとして同じものがないように、神の秩序は多様性と独自性にあるのであって、ルシファーのように一つの統一したパターンの連続という没個性的、機械的な秩序ではない。 どこかの国や宗教のように一糸乱れぬマスゲームを見せて驚かそうというような、わざとらしい芝居や、人間性を無視した奴隷のような、あざとい秩序はそこにはない。果たしてカハールは本当にユダヤ人を掌握しているのだろうか。 賢明な民族なら、このような強迫、圧迫に従わないものだ。恐らくユダヤ人の多くは表の結束とは別に、裏ではせせら笑っているのが実情ではないのだろうか。ナチスのホロコーストを繰り返し見せつけるのもその結束を計る手段なのかも知れない。いや、ホロコーストそのものが実はユダヤ民族を結束する手段としてユダヤ人自身によって計画されたのだ。 ☆ ☆ ☆ 自称ユダヤ人は、実は偽ユダヤ人であることは以前紹介した。真のユダヤ人は、日々感謝を忘れない人である。
2013年05月28日
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マスゴミの流す情報は洗脳情報なので、その情報を元に思考しても土台から腐っているので無駄である。TVのコメンテイターなどは、自分が洗脳されていることにも気づいていないのか、あるいは割り切って金銭のために洗脳に加担しているのかのどちらかだろう。 例えば、米国と国連を一緒くたに語る洗脳が進行している。そこで、国連と米国を分けて考え、そのような洗脳から逃れるために興味深いサイトから、国連についての話を以前にも紹介したが再度抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ シオン長老会サンヘドリン http://ameblo.jp/uruseiblog/entry-11404581369.html ●国際連合に属する合衆国 われわれは、もはやアメリカ合衆国の市民ではない。 われわれは今や、他のすべての国々と同様、国際連合の市民である。 国連は、種々の国々のひと握りの連中によって、1945年にサンフランシスコで創設された国際組織である。 ロックフェラーとスタンダード石油の代理人たちが会議をアレンジしたが、ドイツとイタリアと日本の代表は出席しなかった。 このような超政府の典拠はどこにあるのだろうか? それは、約50年前に発行された記録集『シオン長老の議定書』にある。 プロトコールは、キリスト教世界の破壊と「長老」たちによって支配される世界政府創出のための計画を略述している。 「シオンの長老」とは誰なのだろうか? 彼らは、自称し、自任するサンヘドリンとして知られるユダヤ人たちのグループである。彼らは他のすべてのユダヤ人を支配していると主張し、世界を支配することを目的としている。現在、彼らは合衆国と大英帝国とロシアと征服したすべての国々を支配している。 2000年前、サンヘドリンはイエスに濡れ衣を着せ、ユダヤ人と異教徒の文明を破壊した。 50年後、サンヘドリンの犠牲になったユダヤ人たちが、ローマ軍によって滅亡させられた。 サンヘドリンはなぜイエスに濡れ衣を着せたのであろうか? それは彼が神とモーセの律法、制限法を擁護したからである。 制限法とは、モーセが旧約聖書のなかに記している法である(「レビ記」第25章)。 イエスは、文明を腐敗から救うために、過度の私有財産を制限しようとしたのである。 ラビたちは金融支配者たちに仕えていたために、旧約聖書を放棄した。 そして、制限法を除いたタルムードを著したのである。 その結果、文明は腐敗した。 ユダヤ人を支配していると自任していたサンヘドリンは、強欲な政治家と金融泥棒たちによって構成されていたからである。 イエスはまた、旧約聖書の「申命記」にあるように、私的債務の免除を唱えた。 モーセは、法律によって過度の私有財産を制限し、彼の時代の文明を救ったのである。 数百年後(紀元前900年頃)リクルゴスはスパルタで同じ法律をつくった。 紀元前500年頃ソロンはアテネで同じことを行ない、紀元前367年頃ローマでリキニウスがそれにならった。 これらの男たちは、当時の文明を救い、法律の施与者として知られている。 かつて存在したすべて国は、同じ方法、すなわち個人の努力を通して発展した。 富がひと握りの連中に集中しはじめたとき、法律によって富は制限され再分配されるか、もしくは破壊されたのである。 文明は地球を循環し、富の力が支配する。 その結果、われわれは二度の世界大戦を経験した。 もし過度の私有財産が法律によって制限されず、強欲が抑制されないかぎり、やがてすぐ三度目を経験することになるだろう。 金融泥棒とサンヘドリンは、手を組んだ同じ穴のムジナである。 金融泥棒は過度の富と権力を維持しようとし、サンヘドリンは支配しようとする。 国際連合とは、その結果できあがった機関なのである。 サンヘドリンの支配権は、パレスチナがユダヤ人国家となったときに認識されることになるだろう。 政治的シオニズムはこの目的を達成するための彼らの計画の重要な一部分である。 超政府は、徐々に確立されようとしている。 そのためのあらゆる準備的な段階がとられてきた。 その体制は、いわゆる国連の安全保障理事会がアメリカと大英帝国とロシアの原子爆弾と陸軍、海軍、空軍を管理するときに完成される。 スタンダード石油=サンヘドリン・グループが安全保障理事会を支配することになろう。彼らの科学者たちが原子爆弾を開発し、合衆国の陸軍と海軍、空軍を支配している。 アメリカ合衆国は、現在、国連の合衆国であり、超政府が存在するかぎり、その状態が続くであろう。 アメリカの自由のために戦い死んでいった人びとは、いたずらに戦い、ムダ死にしたのである。 サンヘドリンと金融泥棒は、国際連盟をとおして彼らから成果を取り上げようとしたが、失敗した。 彼らは国連を通じてそれに成功するであろう。 彼らの成功は、どれくらいの期間持続するのであろうか? 国民が、新聞とラジオがコントロールされているにもかかわらず目覚めるまで、それとも国民が奴隷にされ破壊されるまでか。 彼らは、金融支配者たちとサンヘドリンに仕える専門的な宣伝屋と雇われた報道の代理人たちによって、一杯喰わされ、ペテンにかけられてきたのだ。 プロトコール計画は、国民を奴隷にし、すべての国家を破産させ、世界の王座にダビデ王の子孫を就けることである。 これが行なわれるとき、サンヘドリンとして「シオンの長老たち」が世界の完全な支配権を握ることになるだろう。(了) ●「呪縛」から脱しないかぎり、ユダヤ人は悲惨な運命をたどることになる カハール(超極秘組織ユダヤカハール)はユダヤ人たちを伝統的で無知のままに保とうとするが、これはより簡単に怖がらせることができ、コントロールすることが容易になるからである。 彼らは、ユダヤ人たちが従順でありつづけ、命令されたまま服従することを欲しているのだ。 ところで、ユダヤ民族は徹底してコントロールされているが、しかしそれはなんのためなのだろうか? すべての国々において彼らに敵対する反撃が猛烈だったからである。 彼らは、今日も容認しているように独自の道を歩み、自薦した支配者たちの教義に服従しつづけるべきなのだろうか? それとも軛(くびき)から脱し、人種的・宗教的マインドコントロールからの自由を宣言すべきなのであろうか? 彼らが後者の道を採用しないかぎり、ユダヤ人は悲惨な運命をたどることになるだろう。 今日まで彼らのほとんどは、自発的な奴隷と見なされてきた。 彼らを無知と恐怖に縛りつづけるためのあらゆる種類の不正なプロパガンダで、彼らは飼育されてきたのである。 ユダヤ人を結集させ慣行を守らせるために有利な方法として、ユダヤ人とキリスト教徒は、人種的憎悪をかきたてるために利用されてきた。 プロトコールは次のように述べている。 「より偉大な成果を得るためには、たとえある部分を犠牲に供しようとも、わが同胞を結集するために反ユダヤ主義がわれわれには必要なのである」 いったい、誰のためのより偉大な成果なのか? 大衆としてのユダヤ民族のためか、それとも、単なるひと握りの、権力に狂ったサンヘドリンの連中のためにか? 確かなことは、大衆としてのユダヤ民族は、ひと握りの連中の計画についてなにも知らないということだ。 大多数のユダヤ人は、サンヘドリンがなにを行なっているか知らないのだ。 彼らが知っていることは、カハール、そしてコントロールされた報道機関とインチキな宣伝屋たちが彼らに言っていることなのだ。 ☆ ☆ ☆ カハールについては後に抜粋紹介するとして、以前にも紹介したイルミナティと外交問題評議会についての興味深い話を再度抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ イルミナティと外交問題評議会 http://www.millnm.net/qanda3/The_Illuminati_Agenda.htm 国連は、合衆国から主権を奪おうとする大きな陰謀と、アメリカ国民を国連の世界統一独裁体制の中で奴隷化しようとする企みの中心的存在である。この企みの方法と理由は、ほとんどのアメリカ国民の目から隠されている。 わが国(米国)と自由世界全体を脅かす、この恐るべき危機について、なぜ我々が無知であるのか、その理由は単純だ。マスコミ、とくにテレビ、ラジオ、報道機関、そしてハリウッドが、この陰謀の首謀者によってことごとく絶対的に支配されているからだ。 周知のように、国務省、国防総省、ホワイトハウスは、大胆にも「我々にはニュースを検閲し、真実ではなく、人々に信じさせたい内容を語る権利と権限がある」と宣言してきた。 彼らが、この権限を獲得できたのは、この大きな陰謀を実行する、彼らの親分がそのように命じたからであり、その目的は、人々を洗脳し、合衆国を、国連を中心とする世界統一政府という奴隷制度に組み込むことにある。 ☆ ☆ ☆ 次回に続く
2013年05月28日
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前回抜粋紹介した話のなかの古代日本の王「ニギハヤヒ(ミ)」について、古代ヘブライ語から色々こじつけて、意味を探ると面白いことがわかる。 「ニギ」は前回述べたが、「握る」の語源で、「指導者、統率者」という意味をもつらしい。 「ハヤヒ」については「早い日」、つまり「明け方」という意味よりも、「ハライソ(セ)」ととった方が意味が通じる気がする。 勿論、「ハヤヒ」でも、「ニギハヤヒ」を「夜明けの指導者」、つまり東方の王とも解釈できるが、「ハライソ(セ)」としても、古代ヘブライ語では、「楽園(パラダイス)」という意味をもつらしい。 つまり、東方のエデンの楽園の統率者になる。 ハライソ⇒ハラ(原)イソ(救い、癒し)⇒ファライス(救いの地)⇒パラダイス(楽園) というように、「原」は土地や源流を意味し、伊勢神宮がエデンの園ということになる。だから、伊勢神宮の統率者が「ニギハヤヒ」となる。 恐らく大和朝廷は、伊勢神宮を併合することで、日本にあった8つの古代の王国を統一したようである。それが、ヤマタノオロチ退治の伝説として語られたのだろう。8は、ハチで、原住民の海洋系民族の末裔をも意味する。 また、前回の話で、「サンカ」、「シノガラ」という言葉を、古代ヘブライ語でこじつけて解釈すると、「サンカ」の「サン」は、英語の敬称の「サー(Sir)」の語源で、「主権」を、「カ」は、「土台、架」を意味するそうで、サンカは、土台、架を主とするという意味になる。なにやらフリーメーソンの石工を彷彿とさせる。 サンカとは、東洋版メーソンなのではないのか? つまり、来るべき未来に、西と東のメーソンが統合されるのではないのか? とも思えてくる。 で、「シノガラ」というと、「シロハラ」とも読めるので、「シロ・ハラ」と古代ヘブライ語から解釈すると、「シロ」の「シ」は「星、天体」で、「ロ」は「属する」という意味をもつらしく、「シロ」は「天に属する」意味をもち、「天孫」のことに思われる。 だから、「シノガラ」は、天孫の地、源という意味になるから、源氏ともとれるし、天孫民族ということにもとれる。 さて、話は少し変わるが、「ユダヤ」の語源は、古代ヘブライ語では「ヤウーダ」で、「感謝、感恩、偲ぶ」という意味をもつらしい。だから、ユダヤ人は、感謝の絶えない人ということになる。また、「偲ぶ」は、侘びる、寂びるのワビサビに通じ、先祖の恩を感じることを意味する。 しかし、現在のユダヤ人とされている偽ユダヤ人は全く感謝の心が足りないばかりか、金儲けや他人を支配することばかり考えているようにみえる。つまり古代ヘブライ語から言ってもニセモノなのである。常に感謝し、お辞儀をする日本人(太陽を拝む人)こそ、真のユダヤ人といえるのではないか? また「イスラエル」もついでに古代ヘブライ語で読み解くと、「イセ・ラ・エル」から、「イセ(救い)」と「ラー(称える)」と「エル(神)」になるから、「救いを称える神」となるし、また「イセ・ラウス」と読めば、「ラウス」は、「太陽が昇る、目覚める、奮い立つ」という意味をもつそうで、「救いに目覚める」という意味になる。 だから、「ユダヤ-イスラエル」といえば、「先祖を思い、救いに目覚める」という意味にもなる。 ついでに、この古代ヘブライ語による連想を続けると、「ユダヤ」は、「ヤウーダ」で、例えば、「ヤタガラス」を、「ヤタ・カタス」と捉えると、「カタス」は、英語のカタストロフ(catastrophe)の語源のようで、「清算する、片付ける」という意味をもつらしい。 だから、「ヤタガラス」は、「先祖の思いを清算する、その思いに報いる」という意味になる。つまりカルマの清算を彷彿とさせる。 そこで、ヤタガラスから、三種の神器の八咫(ヤタ)の鏡を連想すれば、それは、「ヤウーダ(先祖の思い)」の鏡だから、先祖の思いが、子孫を誕生させるわけで、鏡をみれば、自分は、先祖の思いの生き写しであることに気づかせてくれる。 その八咫(ヤタ)の鏡には、「エヘイエ アシェル エヘイエ」と記述されているといわれ、これは、以前紹介したドリールによれば、「バランスによりバランスをもたらす」という意味で、上述の意味を加味すれば、自分の存在は、先祖の思いの生き写しなので、自分は、先祖の思いに報いる存在である、という意味にもなる。 だから、自分は、先祖の思いの生き写しだから、自分を救うことで、先祖を救うことにもなる。 それは、つまり、「自分を救うのは、自分である」ということで、キリストの説いた「天は、自ら助ける者を助ける」ということになる。 で、自分を救うにはどうしたらよいか、といえば、先祖に感謝し、恩を忘れないことであるから、先祖供養により、自分も救われる。 だからといって、金銭を介入させる俗世仏教に騙されないように注意すべきことはいうまでもない。自分で供養するから、自分が救われるわけで、他者を介在させれば、もはや自分の存在ではなくなるからだ! 仏教に洗脳されてはならない。
2013年05月24日
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インチキの構図がわかりやすくなってきた昨今といえるが、八切史観から、この国に住む人々の奴隷根性を紹介してきたが、インチキ総理絡みでネット検索しているうちに、新たに面白い話に遭遇したので、以下に抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ サンカ http://www.asyura2.com/10/nametoroku6/msg/1628.html 何度かは話題にしたことがあるが、このサンカの存在すら知らない人が多いと思う。また、本当のところを誰も明らかにしていない。「漂浪の民、サンカ」、と聞いた時にはなぜか大きなロマンを感じ、ネットや本でそれらを探したものである。結局、一番真実に近いと思えたのは八切止夫氏だった。 いったい彼等が発生した原点とはなんだったのか。八切氏によれば、百済が日本を支配した時、原住民やそれまでの支配者である新羅の人民は時の政府に服従することを拒否し、山へ逃れ、自由な生活を営むようになったと言う。従って、サンカの発生はおおむね7世紀あたりという事になる。 現代では部落問題のタブーと同一視され、大きな誤解をまねいているが、一番大きな違いはサンカの人間には戸籍がないことに尽きる。明治政府は徴兵制と税金の徴収のため、国民全員に戸籍を作ることにした。江戸末期まで弾左エ門配下のエタたちは戸籍に入っていなかった。政府は彼等にまともな戸籍を与える代わりに、彼等の独占的な職業特権を取り上げることにした。 この話はとても難しいのでこれ以上ここでは取り上げない。しかし、それでも戸籍に入ることを拒み、山や川で生活していた人民は相当な数に上ったはずだ。この時以降、サンカは不法無国籍人間になったのである。 さて、日本の歴史の中ですっぽり抜け落ちているこのサンカだが、八切さんによればシノガラという全国組織があるという。その親分は「大元さま」と呼ばれる。裏の天皇だと言う。 スイス銀行の個人口座には日本人の大口口座が三つあると言う。一つは天皇、そしてもう一つは某法華経宗教団体の代表、そして最後に大元様だという。 その組織は私の推測だが、高句麗出身者が多数を占めているはずだ。日本の支配階級はほとんどが百済と唐の出身で、一番多数を占める高句麗人は歴史からまったく抹殺されてしまった。私の知る限りでは秀吉、家康はサンカもしくはサンカ系である。二人は小牧・長久手の戦いで戦いながらお互いが同じ戦法を使うことに気付き仲間だった事を知った。だからそれ以降二度と戦う事をやめたのだ。 もう一人、利休だ。彼は信長の国家統一に協力するため全国のシノガラに声をかけた。なんと言っても竹製品を売るためには支配者に接近しなければいけない。利休は茶せんで大儲け、そして土師師の作る陶器で仲間の暮らしを応援した。 利休が秀吉に殺されたのは秀吉の出自を知りすぎていたからだろう。利休はシノガラを代表し秀吉にサンカへの援助を要請した。関白になり、天皇に成り代わろうとする秀吉がサンカとばれたら一大事。ということで、利休は殺された。 首相でシノガラだった人がいると聞く。私は疑問に思うが、そうなのかもしれない、公共投資は彼等を大いに潤すからだ。その点、小泉は正反対だな・・・・。 いまでもシノガラは表面にはでないが、絶大な力があると言われている。それを取り締まれないのは彼等が真実の歴史を知っているからで、現支配者階級の急所を握っているという事だ。さらに言うなら、今の政府が躍起になって戦っているのは、実はこの勢力なのだと考えると意外と世の中が見えてこないか? 私の研究している日本の歴史はまったく違うアプローチなのだが、最終的に登る道が違っていても到着する場所は同じところだ。そこへ到達すれば、部落問題の本質も、サンカの発生の歴史も、そして日本の成立の真実もはっきりするはずだ。根っこはわかっている、後はそれを展開して行くだけなのだ。 【八切史観】天皇とサンカの関係・アラブ世界とユダヤ、日本との関係 (日本には3名の「天皇」がいる) http://www.asyura2.com/0401/bd33/msg/567.html 宮崎駿は、八切史観を学んでいるようです。なかでも、極めつけは、この「千と千尋・・・」の最後で、千尋が、友達なった、龍の本当の名前を、「ニギハヤミ コハク(琥珀?)川」と、読んでいました。 小生は、ニギハヤヒとは、大和朝廷ができる以前、それも、応神天皇が来る以前の、縄文・海洋・騎馬などの各部族が、融合していた時の、冠位名としての「日本国王」のこと、と理解しています。 当時は、国境も確定されておらず、日本列島は自由な大地でした。特に、中国大陸で凄惨な戦力争いに苛まれたものいとっては、まさに、地上天国に映ったはずです。多くの部族が、平和共存いていたのではないでしょうか。「ニギル」とは、和睦する、約束するの意味ではないでしょうか。 当時は、まだ、日本列島には、所有権の設定もなく、また、 一家族の世襲財産も なかったでしょう。基本は、「物々交換」「原始交易」、そして「互助制度」です。 中国からの亡命者以外に、原始キリスト教徒や、ユダヤの失われた十支族も、このころは、自然に 融合したのではないでしょうか。(もし、日宮弊立や眞名井神社ついて、真実をお知りになっておられたら、何事であれ、御教授ください。パレスチナ問題解決の鍵になっています。) サンカは、こうした形態を、明治期まで残してきたのではないでしょうか。いま、ヨーロッパに倣って、アジアでも経済統合の動きが急です。 その主役は、華僑、なかでも客家です。この客家と、日本の天皇家の関係が重要です。 明治維新史の背景には、八切・鹿島・松重でも気付いていない もう一つ大切な事実があります。それは、昭和天皇の母の存在です。勿論、九条節子ではありません。宮中で、「さる方」と呼ばれ、1912年に、孫文が中華民国を建国した時に、日本で、三教会同を時の首相に開催させた人物です。名前は、朱貞明。 1860年生まれで、実は、明を建国した朱元璋の末裔です。 ボルネト島の現在のブルネイ近くに拠点を持っていましたが、禁門の変のあとに日本に亡命し、一旦は、孝明天皇に幼女に迎え入れられました。 しかし、維新の後、一旦は、中山忠能が預かり、この客家グループとの関係が必要な明治政府は、今度は、皇太子嘉仁の妃として、抱えなおします。よって、大正妃は、二人いることになります。昭和天皇の、中華民国に対する姿勢を考えますと、この貞明の影響があったとしか考えられません。ちなみに、大正妃は、生前から、貞明皇后と呼ばれていました。 自然のリズムを逸脱し、急激な収奪のみを加速した、明治以降の近代化は現在は完全に行きづまっており、これは、そのまま、信用創造を旨とする、資本主義の終わりとなります。それは、同時に、日本列島に限定した「大和」の終焉でもあると考えます。 3月20日からはじまった、イラク戦争の背景と行く末をお伝えします。私たち日本人に、人類史的意義をもつ、新らしい運命をもたらすことになるからです。 今戦争の本質は、世界の管理者(=王族会議)が、 アメリカ覇権を解体し、地球人類を一体化させるため、ブッシュ政権の背景、いわゆるネオ・コンサーバチブを分裂に追い込む狙いがあります。 ネオコンは、1993年にバチカンとサンヘドリン(ユダヤ)の和解を前提にしてできた力による世界の新支配連合(悪魔連合といってもいいです)ですが、その活動の中核は、本来なら、イスラエルの消滅を考える、共和党内でも、最も聖書に忠実なファンダメンタリスト(聖書原理主義者)のいる「スカル・アンド・ボーンズ」と、イスラエル国家存続の為の情報機関「モサド」の連合体です。 彼らが、ゴアでなく、ブッシュをインチキ選挙で登場させ、 アメリカ経済がITバブル崩壊で、市場メカニズムでは完全に壊滅的崩壊に行き着いてしまうので、それを強引に食い止める意味で、あの「911」を起こさせました。 しかし、その動きを、王族会議の意向を受けたBISはさらに利用し、「貧困こそ、テロの温床」という国際的共通認識を浸透させました。また、「911」について、フリーメーソンがその真犯人を示唆したのが、 事件後に世界中に飛び回った、[Q33NY]の暗号です。これは貴殿にお届けした「情報誌」にありましたよね。 さて、このネオコン。本来の目的は、イスラエルの国家存続とアメリカの覇権の存続ですが、今、世界中で、今回の戦闘に対し、民族と国家を超えて、反戦運動が高まっています。フセインは、逃げまくりますし、メディアを使った情報合戦と同時に、バクダッド制圧後は、 イラク国内やアメリカでも、米国系企業を狙って自爆テロが起きるでしょう。バクダッド制圧後の管理方法を巡って、アメリカ主導を目論むネオコンと国連を主体と考えるブレアの英国とで、早くも、英米は分裂の様相を見せ始めています。 そこに、自国民の被害が拡大していくとアメリカ国内では、遠からず、国民の声として、「撤退」が求められてくるでしょう。 その時が、問題です。 イスラエルは、四面楚歌になりますから、それをさせないために、ユダヤ系の資本が金融面からアメリカ政府を揺さぶるでしょう。しかし、それでも、アメリカが撤退となったとき、資金はアメリカから中国・日本に逃げるでしょう。それと同時に、ユダヤの中でも富裕層が、イスラエル、そしてアメリカから脱出します。 ネオコンの密約が壊れれば、元どうりの姿、この両者は、犬猿の仲にもどります。特に今回のイラク戦争のあと、アメリカ経済が壊れたら、ファンダメンタリストは、イスラエルにイスラムを装って核爆弾を炸裂させるかもしれません。 さあ、そこでです。 同じ被爆国の日本の出番です。いや、その前に大和朝廷ができる前に、日本に失われた十支族が来ていたという言説が多く日本国内で出始めるでしょう。 日本こそ、本物のエルサレム(=平安)だった、と。 日本が、彼らを抱えることで、世界が平和に、そして、日本経済も復興します。和田さんが、2011年まで、ハーグの国際司法裁判所の判事を勤められますので、この間に、相当大きな変化が出ます。 あと是非知っておいて貰いたいことですが日本に三名の「天皇」がいます。 一人は、表の象徴さん。現在は、明仁。次が、アマテラス(大和朝廷成立時)に位を譲ったニギハヤヒ系の子孫。玉置神社の奥の院です。 最後が、貴殿もご承知のサンラシノガラの資金を動かす大元様。これと日本国内の構造改革が連動しています。鴻池の秘密の秘密が分かれば解けます。 この3者の連絡係、そして皇室の監視役にヤタカラスがいます。 ヤタカラスは大和朝廷に屈服した8つの部族の裔であり、彼らが一つになった物語りがヤマタノオロチ伝説です。 スサノオは、京都の祇園祭りの八坂神社のご祭神。この大和朝廷成立時に、関東以西で最後まで抵抗した人たちの居住区(山陰・九州)で恭順の証の物語として、今でもオロチ退治の「神楽」が残されていると確信しています。 ☆ ☆ ☆ というような話のやりとりで、「ニギハヤミ」という名がでてくるが、「ニギ」は古代ヘブライ語では、「指導者、統率者」を意味するそうだ。
2013年05月24日
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大学に入れる知識もないほどバカで手を焼いたと、かつての家庭教師の平沢勝栄が告白した元KY総理がインチキで大学に入り、インチキで当選し、インチキ選挙で政権をとり、また現在、インチキでアベノミクスやTPPを推進し、ついにはグローバルという名の下に、植民地米語教育を強要しようとしている。 米語で演説したこともなく、しゃべれもしない日本語すら怪しいアホに、グローバルには米語が必要だといわれても全く説得力に欠くのだが、そんなことより、国際認識としての慰安婦発言をハシシタにおっ被せ、全く知らん振りを決め込む姿はなんともおぞましいハイパーKYぶり。 グローバルどころか、インチキばかりしてきたガラパゴス総理というべきだが、このインチキ洗脳ツールを使い魔の手が忍びよっていることには注意しなければいけない。 そこで毎度御馴染みのサイトから抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ ニュースの真相 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/ 橋下氏の慰安婦発言と飯島参与の訪朝と北朝鮮のミサイル発射 連休明けからこちら、気候は多少落ち着いたようですが、どうやら、他の方法で、裏社会がバタバタと足掻いているようです。 まずは、自民・公明の与党が、地方選で惨敗を続けています。 ユダヤ&朝鮮&部落連合軍配下のマスコミ部隊が、必死に高支持率を喧伝しますが、ご存知の通りすでにゴミ扱いw ▼内閣支持率70%と自公の地方選連敗 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130521/1369105777 やはり、不正選挙が実施できないような、小さな選挙区では、ユダヤ&朝鮮&部落連合軍配下の自民党や公明党はボロ負けしてしまう訳です。 「夏の参院選では、確実に不正選挙を決めなければ!」と敵軍は焦るのですが、ネット上には日本国民側のレジスタンスが多数存在して「不正選挙」を大拡散して、阻止しようとしています。 この辺が焦点になって、最近の情勢が展開しているようです。 安倍政権=自民・公明に少しでも人気を集めて、不正選挙の規模を縮小し、何とかバレずにやり過ごしたい!という事でしょうか?(笑) まずは、13日に維新の橋下徹ちゃんが風俗&慰安婦発言で、朝鮮半島あたりを刺激しながら上手に自爆! 橋下氏、米軍司令官に「風俗業活用を」 沖縄・普天間 日本維新の会の橋下徹共同代表は13日夕、今月初めに沖縄県の米軍普天間飛行場を訪問した際、司令官に「もっと風俗業を活用してほしい」と進言した、と明らかにした。大阪市役所で記者団に語った。 http://megalodon.jp/2013-0522-1101-37/www.asahi.com/politics/update/0513/OSK201305130050.html これで、とりあえず未覚醒のB層の票を自民に集めるように方向付けが出来た感じですか? そして次に、安倍政権の飯島参与が電撃的に里帰りしました。 訪朝の飯島参与 経由地の中国・北京に到着 14日から北朝鮮を訪れていた飯島内閣官房参与が17日夜、経由地の中国・北京に到着した。 「今回、訪問して、真摯(しんし)に長時間話し合うことができました」-飯島参与は日本時間17日午後7時過ぎ、北朝鮮・平壌から北京の空港に到着した。北朝鮮滞在中、飯島参与は、序列2位の金永南最高人民会議常任委員長や、外交責任者の一人である金永日書記らと会談した。拉致問題などで何らかの進展があったのかが注目される。飯島参与は18日に帰国して、官邸に報告するものとみられる。 http://news24.jp/articles/2013/05/17/10228788.html 拉致問題に進展は無かったと本人は言っていますが、これって、もちろん今すぐには進展が無いって事ですよね?(笑) そして、飯島参与が帰国した翌日から、今までミサイル発射を止めていた北朝鮮が毎日元気にミサイル発射! 3日連続でミサイル発射 北朝鮮、韓国に絞り圧力か 韓国国防省は20日、北朝鮮が同日、同国東部の日本海沿岸部で海に向け短距離ミサイル2発を発射したと明らかにした。18日に3発、19日に1発、短距離ミサイルを発射しており3日連続になる。韓国国防省は訓練か改良型ミサイルの実験の可能性が高いとみている。 北朝鮮の対韓国窓口機関、祖国平和統一委員会は20日午後、連日の発射は「通常の軍事訓練」だとして発射を批判する米韓を非難する談話を出した。北朝鮮が訓練目的のミサイル発射を認めるのは異例。正当性を主張したことで今後も続ける可能性がある。 18日以降に発射された計6発は全て射程約120キロの「KN02」か、その改良型とみられる。米国や日本に到達しない射程のミサイルを使うことで韓国に絞って圧力をかけ、緊張を持続させる思惑があるとみられる。20日は正午前(日本時間同)と夕方に分けて発射された。聯合ニュースによると、東部・元山付近の発射台付き車両から行われた。(共同) 2013.5.20 19:53 [核・ミサイル事情] http://megalodon.jp/2013-0522-1110-52/sankei.jp.msn.com/world/news/130520/kor13052019540007-n1.htm 金欠でミサイル発射も滞っていた北朝鮮とユダヤ戦争屋の皆さん、飯島参与から、お金を貢いでもらって嬉々としてミサイル発射! で、日本への見返りは何?って言うと、参院選直前の丁度良いタイミングで、何人か拉致された人が帰って来るって感じですか? つまり、今後の展開は・・・ ・自民・公明・みんなの党あたりに、B層の票を集中させる。 ・北朝鮮にパフォーマンスを続けさせ、注意を惹きつけながら極東を分断。 ・良き所で、北朝鮮から拉致被害者を帰国させ、政権の手柄にさせる。 こんな感じで、ユダヤ&朝鮮&部落連合軍が参院選を有利に戦おうとしてる!という感じでしょうか? ネット選挙解禁とサイバー防衛隊の新設 前回の投稿で、ユダヤ&朝鮮&部落&ホモ&カルトの裏社会連合軍が、参院選でどうにか不正選挙を成功させるべく、足掻いているという記事を書きました。 維新の会を、極東の火種に点火させながら自爆させる。 ↓ 北朝鮮に飯島参与が献金。 ↓ その金で、北朝鮮がミサイル発射パフォーマンス。 極東の火種に点火し、アベノミクス詐欺の発覚・不正選挙疑惑から注意をそらす。 ↓ 拉致被害者の帰国パフォーマンスを、参議院選の切り札にする。 さらに、敵軍はこんな手も打って来ています。 ネット選挙解禁 誹謗中傷→即時反論可能になりすまし→「本物」に認証バッチや証明シール ネット選挙が解禁されることで各党が最も恐れているのは、誹謗(ひぼう)中傷の拡大や候補者らの「なりすまし」だ。 「解禁により誹謗中傷が広まる恐れもある」 22日の衆院政治倫理・公選法改正特別委員会で、自民、公明、維新3党案の提案理由説明を行った自民党の逢沢一郎選挙制度調査会長はこう語り、ネット選挙解禁による懸念を認めた。 3党案は誹謗中傷対策として、政党と候補者に利用を限定した電子メールでは、送信者のメールアドレスと氏名の表示を義務付けた。違反した場合は禁錮1年または罰金30万円以下の罰則を設け、公民権の停止もある。「発信者」が明らかになることで誹謗中傷が抑制されるというものだ。 ただ、「何が誹謗中傷か」を判定することは難しい。そこで迅速に削除できる仕組みも強化した。 不本意な書き込みについて削除の要請を受けたプロバイダーが、情報発信者の同意がなくても削除できる期間を従来の7日間から2日間に短縮させた。それでも、攻撃的な書き込みが投票日直前に集中的に行われれば、対処に限界があるとの問題は残る。 自民党作成の「Q&A集」では、ネット選挙解禁により「今まで困難だった選挙期間中の反論や訂正をウェブで発信して対抗できる」との利点も強調する。これまで怪文書や口コミで不当と感じる情報が広まっても、候補者らが打ち消すのは困難だった。ネットを利用すれば、即座に対応が可能となるわけだ。 2013/03/25 08:02 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/640753/ 26日から、いよいよネット選挙が解禁されます。 上記の記事は、法制化されるまでの経緯なんですが・・・ 自民、公明、維新の裏社会連合が最も恐れているのは、誹謗中傷なんだそうです! つまり、ネットの遊軍の暴露攻撃が怖いって事ですね(笑) 本当の事をバラされるのが何よりも怖いので、プロバイダーに圧力をかけて、削除させる期間を7日から2日に短縮させた! そして、即時に反論が出来るようにした!との事です。 つまり・・・ 安倍晋三ちゃんの祖父である岸信介ちゃんは、田布施の朝鮮部落出身。 戦犯として巣鴨プリズンに収監されるも、ユダヤCIAのスパイとして、日本国民から収奪をする際の手先になる事を約束して釈放された。 その後、CIAの下部組織である統一協会を日本に根づかせたり、勝共連合の立ち上げに尽力したり、せっせとスパイ活動を行います。 そして、その後はご存知の通り、ユダヤCIAの手先としてスパイ総理大臣業務をこなしました。 で、孫の安倍晋三ちゃんもユダヤCIAの手先として立派に成長! 先の12.16の不正選挙で、晴れてニセ総理に就任した訳です。 なーんて、本当の事を書いてしまうと、2日で削除されてしまったり! 「デタラメを書くな!」なんて、速攻でウソの反論が出来ちゃうそうです(笑) これでも、安倍ちゃんたら、まだ安心出来なかったんでしょうか? ついに、こんな事を言い始めてしまいました。 自衛隊に「サイバー防衛隊」新設、首相「IT国家にふさわしい空間を」 政府の「情報セキュリティ政策会議」(議長・菅義偉官房長官)は21日午前、サイバー攻撃への対策強化を図る「サイバーセキュリティ戦略」の最終案をまとめた。自衛隊に「サイバー防衛隊」(仮称)を新設する。パブリックコメント(意見公募)を経て6月に正式決定する。 安倍晋三首相は会議で「安全保障の観点からだけでなく、経済発展のためにも速やかに対応する必要がある。世界最高水準のIT国家にふさわしい安全なサイバー空間の構築を目指す」と強調した。 最終案は平成27年度までに取り組む事項を列挙。外国政府の関与が疑われる国家レベルのサイバー攻撃対処では、自衛隊の能力や態勢の強化を掲げた。分析装置の機能向上、高度の専門性を持つ人材の確保も挙げた。 具体的には政府機関や重要インフラ分野の有害ソフトウエア感染率を改善。サイバー攻撃を受けたときに連携できる国を現在の80カ国以上から3割増にする。6千億~7千億円規模にとどまっている国内情報セキュリティ市場を32年までに倍増することも掲げた。また、関係事業者による通信記録の保存も検討。通信の秘密を侵害しないよう配慮しながら通信の解析が可能かどうか、関連制度の柔軟な運用を模索する。 情報保護の司令塔となる「内閣官房情報セキュリティセンター(NISC)」は27年度をめどに「サイバーセキュリティセンター」に改組して権限強化を図る。 2013.5.21 11:11 [自衛隊] http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130521/plc13052111130007-n1.htm ネットの遊軍=日本国民側のレジスタンスから裏社会を守るために、自衛隊を導入するそうです!(笑) でも、守ったり、取り締まったりするって事は、色んな記事や記録に目を通すって事だよね? 自衛隊の中に、覚醒者がゴッソリ出るだけなんじゃないの? それとも、特定のカルト宗教に属している確信犯だけで、サイバー防衛隊とやらを組織するのかな? ☆ ☆ ☆ そういえば、たしか歴史家の八切氏によると、岸はスイスに莫大な資産を保有していたという話を以前紹介しました。悪魔のような奴です。
2013年05月23日
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前回説明した結核への感染準備が整う、というような極めて特異な現象を手懸かりにして、人体構造上の不規則な経過から、更に、病気の本質を研究できる。 そこで、結核に感染しかかっている、つまり近い将来、結核に罹患する人に究めてよく見られる症状を取りあげる。 結核に感染しかかっているような人が咳をすること、また、喉や胸の痛み、もしくは四肢の痛みも感じていることに、おそらく気づくだろう。更には、ある種の疲労感、とりわけ盗汗(寝汗)に気づくだろう。 これらの症状の原因は一体何なのか? これらの症状を目の前にするとき、一体どのようにその原因が生じるのか? 今挙げた症状全ては、前回述べた人体の不規則な相互作用の結果として生じる。しかし、同時に、もっと深い根源に対する、人体のある種の闘いでもある。 人智学徒には既知のことだが、いかなる場合でも、咳(まずは単純な現象から、もっと複雑な現象に移っていく)を我慢することは、良くない。人体にとっては、咳を故意に引き起こすのが必要な場合もある。 人体の上部の機能が、下部を充分に制御できない場合、咳を引き起こすための刺激が現われるのは、咳をすることで、体内に侵入させない健全な反応なのである。従って、直ぐに咳を止めてしまうのは、場合によっては、有害になる。 咳をしないと、肉体が有害なものを受け入れてしまうからである。当人のその時点での体質では、有害なものに耐えられず、取り除こうと、咳をする。咳への刺激は、人体に何かが欠けているために、なかに侵入させない防御の必要性を示すものに他ならない。 咳以外に挙げた症状も、結核感染の素因となる、近づきつつある侵入者に対する防御や闘いなのである。喉の痛み、四肢の痛みはまさしく、人体上部の機能が制御できないような下部の不規則な過程が(上部に)誘発されないような防御を示している。 逆に、例えば、結核感染の素因に早期に気づいたら、咳への刺激を適度に誘発し(咳への刺激を起こさせる方法は、後に述べるが)、また特にある種の食餌療法によって疲労感の症状を誘発してでも、防御するのが良い場合もある。 更に例えば「痩せる」ことも、1つの防御手段になる。なぜなら、上部機能が制御できない下部の不規則な経過は、太る場合に生じる経過に他ならないので、痩せることで、制御できない不規則な経過が一時的にも生じないように、自らを守ることができるからである。 従って、例えば、痩せていく場合、太らせるような食餌療法を施すのではなく、痩せることで下部の不規則な過程を起こさせない防御機能などを個別的に研究することが非常に重要となる。痩せることが、人体に現れる様々な不規則な経過にとって、非常に良い効果をもたらす可能性もある。 そして、結核にはまだ感染していないが、結核に罹りそうな場合、とりわけ有効なのは盗汗である。なぜなら、盗汗は、睡眠中に実行される活動だが、本来なら、覚醒時に、霊的-心的な活動の下に完遂すべき活動だからである。 盗汗とは、本来ならば昼間の覚醒状態で行うべき活動が行われずに、夜の睡眠中になって行われた結果として現れる症状である。盗汗は、行為の結果として現れる現象だが同時に防御手段でもある。霊的な活動から、人体が解放されると、人体は盗汗として現われる活動を行う。 上述したような事実を完全に理解するには、発汗も含め、分泌現象全般が、霊-魂の日常の活動と密接に関係している事実について、少しばかり知る必要がある。 生命の本質的な構築過程とは、無意識(潜在意識)的な基盤をなすだけである。対照的に、覚醒時の魂の意識的な組織活動は、分泌過程を生じさせる。人間の思考も、脳の構築過程から生じるのではなく、分泌過程、すなわち分解過程から生じる。 盗汗という現象は、本来、通常の日常生活では、霊-魂の活動と平行して進行すべき分泌過程だが、人体上部と下部が正しい応対関係にないので、霊-魂の活動から人体が解放される夜まで持ち越される。 だから、病んでいる人体の成長や構築に関する現象を注意深く研究するなら、様々な病気の症状のなかに生じる相互作用全体にまで導かれることがわかる。 痩せるのは、病気にみられる症状だが、結核感染への素因との関係においては、下部の不規則な経過が、結核感染に向かって、僅かに活動し始めるなかで、様々な症状として現れる相互作用の1つである。 その様々な症状をみていくと、その根底に現われる相互作用全体から、観念上の人体とでも呼べるもの(エーテル)が成立しているのがわかる。そして、ある1つの症状は、ある意味、他の症状にも属している。 従って、結核の例にとどまるが、人体に、防御反応を引き起こす力がない場合、防御反応を他の条件から導くこと、つまり、例えば、咳の症状に痩せる症状が続くように誘導することは、全く理に叶う。 古代の医師たちは、上記のようなことを、医師のための、いわば意味深い教育原理として語ってきた。古代の医師たちは「医師のリスクとは、病気を取り除けるだけでなく、病気を引き起こせることだ」と語った。 つまり医師は、病気を治すのと全く同程度に、病気を引き起こせる、というわけである。遺伝的な霊能力により、このような関連に対して、多くのことを知っていた古代人たちは、医師が悪意を持てば、人々を健康にするだけでなく病気にもできる存在であることを想定していた。 しかし、医師が病気を治すのと同等に病気を引き起こすことは、他の病気の症状との間に正しい関係をもたらすために、あえて病気を引き起こす必然性と関係する。とはいえ、いずれにせよ、症状自体も、病気の1つであることは確かである。 咳、喉の痛み、胸の痛み、痩せる傾向、疲労感や、盗汗の症状等全ては、確かに病気の症状でもあるので、これらの症状を誘発しても、病気と捉えられる。 以上の症状を引き起こし、治癒半ばの時点で、病人を、その成り行きに委ねてしまうことはできないので、この時点で、治癒の第2の経過を導くべきことがわかる。
2013年05月23日
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さて、ヒステリーと呼べる機能的な不規則性を生じる現象が現われてこない場合を考えてみる。 このようなことも確かに起こる。不規則な経過を、エーテルがすぐに物質体に押しつけたため表面に現われてこないからである。だから下腹部の器官には明らかな疾患として現われずに、いわばヒステリーの刻印が内部に潜伏する。 物質的な器官(器質)に、エーテルの不規則性を、直に押しつけたことで、ヒステリーと呼べる精神的な現象としては前面に現われないが、かといって、厄介な病気、いわゆる器官的な疾患となるには、不規則性が充分強くない。 器官的な疾患になるには不十分だが、人体に働きかけるのには十分な不規則性を持つ場合、病気と健康の間を漂うというか、中途半端な不規則性が下部から上部へと作用を及ぼし、伝播し、上部での反作用、いわば「上部のネガ(陰)」として現われるような特殊な現象が起こる。 上部が一方的に、もしくは不規則になると、通常、神経衰弱を誘発する領域に、ヒステリーの最初の物質的な結果として現われる状態が出現し、結核への素因(結核菌に感染しやすい状態)をもたらす。 これは非常に興味深い関係である。結核への素因は、上述のように、下部の不規則な活動が上部に反映した反作用なのである。完全に下部では終わりきらない経過が、上部に反作用することで生じるような全く独特な相互作用が結核への素因をもたらす。 人体の原-素因[Ur-Anlage]とでも呼べる状態にまで追究しないと、結核を合理的に取り扱う術を見つけることができない。というのも、人体に寄生生物が蔓延するのは、今述べた原-素因の結果として生じる現象にすぎないからである。 上述のことは、必要な条件が揃えば結核のような病気に感染する、という事実に矛盾しない。勿論、感染には必要な条件が整う必要があるが、残念ながら、人体下部の器官活動の優越性は、今日の人類の極めて大多数に現われているので、実際、結核になりやすい素因は、今日驚くべき範囲に広がっている。 人智学的な探求で、原-素因を指摘できるとはいえ、「感染」という概念は、医学ではやはり有効な概念である。結核に酷く病んでいる人は、周囲の人々に不規則な作用を及ぼすからである。結核患者の体内で起こっている不規則性に曝されると、通常の単一な不規則な反応にすぎない経過が、今度は「感染」の原因となりえるからである。 病気の第一次発生(初発)と伝染(感染)との関係を、私(シュタイナー)は、1つの喩えとして、つまりアナロジーを用いて、常に明確に説明しようと心掛けているが、例えば、次の喩えがよいだろう。 普段それほど親しくない友人に道端で出会う場面を思い描いてみる。悲しそうな友人に出会い、その友人の悲しみの理由を聞くと、その友人の友人が死んだことを知る。 悲しんでいる友人に出会い、その友人が悲しみを告げることで、自分もその友人に共感し悲しくなる。友人は直接の原因から悲しみ、その悲しみを聞いた自分は、間接的な悲しさに共感することで悲しくなる。この場合、確かなことは、この感染の条件は、友人と自分との関係にある、ということである。 従って、初発と感染という概念は、特に結核においては極めて有効である。 ただ、初発と感染の双方の概念を、合理的な意味において、正しく用いなければならない。結核療養施設が他ならぬ人工の結核感染場と化していることが少なくない。結核患者を結核療養施設に詰めこめば、施設を何度も繰り返し取り壊して、別の施設に作り替えるようになる。 結局、一定期間の後に、結核療養施設を大衆から更に遠ざけるようになる。なぜなら奇妙なことに、結核患者自身が特に感染しやすい素質をもち、重篤な結核患者の近くにいなければ、改善している病気が一層深刻になってしまうからである。 さて、とりあえず、結核の本質を指摘するだけのつもりだったが、この結核を1例として、人体のなかの様々な過程(プロセス)が、互いに密接に関連し合っている事実が理解できる。 人体のなかの様々な過程を正しく洞察できれば、ポジ(陽)とネガ(陰)が互いに相対しながら対応し、人体の上部と下部を形作る、という事実を常に考慮すべきことがわかる。
2013年05月22日
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前回の抜粋紹介の続き。 ☆ ☆ ☆ 新しい田舎作り http://mikurifarm.exblog.jp/16915157/ 《部落民の棄民政策》 明治革命には、「ヤジの八」や「ウマの四」を動員したものの、あまりに日本原住民の部落民が多く、「棄民政策」と称して北海道樺太やフリッピンやブラジルヘ彼らを送りだして口減らしをした。 「サンダカン八番館」とか女不足のアメリカの「ガールハウス」へ次々と島原娘が身売りしていた。 が、まだ思いの他に原住民が多いのが判り狼狽。治安維持のため男は島流しみたいに労働者としてベンゲネットやボルネオ移民。女は性業婦とし輸出して外貨を稼がせ国益とした政策である。 国内で虐殺する代りに「生かして使え国の為」と居て貰いたくない原住民の追い出し策だった。 《戸籍は坊さんの私有財産》 江戸時代は大蔵省が国民皆税で片っ端から搾りとるような時代はかってなかったから、戸籍は坊さんの私有財産を守るための寺人別帳が主であり、町人別は銭さえ包めばすぐにも認めたから、紀州湯浅の居付地で、死なせてもよい奴隷水夫とし荒天の海へだす密柑船にのせられた。 紀伊国屋文左衛門らだけが、沈没しなかったため、船底に繋がれていた者共は命拾い。漂着した相州の浜で密柑を売り江戸へ出ると、同じ山者ゆえ各地の材木を後払いで集めたのが大火で大儲け。銭をだし町人別や寺人別も購い、ついでに限定収容で残っている湯浅の者もみな呼び寄せたから、「東京都江東区史」には「別所文左ヱ門」の名前で、はっきり今も残っているのである。 《歴史の誤り》 こうした複合民族の分類がまったく判らずじまいで、七世紀の良賎の大宝律令の儘で解明しようするから、まったく学校歴史は、「本当のことを言えば身も蓋もない」こととなってしまう。 彼ら歴史家は、崇神王朝系騎馬民族の「四つ」とよばれるのと、黒潮渡来の古代海人族の、「八つ」との区別もできず、10世紀に駿しく日本海を渡ってきた唐を滅ぼして取って換った契丹系。 が、「唐ない」ゆえに「十ない」であらうと指が八本との妄説までたてる。江戸時代の戯作者でさえも、「和藤内」とし国姓爺合戦に、清に滅ぼされた明の彼が台湾を基地に本国へ挑戦の話をかいているのに喜田貞吉らは気づかず、「特別部落とは杜会の落伍者と三韓征伐の時の捕虜」としてしまう。 《三韓征伐》 三韓征伐はまったく逆で馬韓・弁韓・辰韓が日本列爵を三分しコロニーの時代。特殊部落は酉暦六六三年に世変りした時に、仏教の宣教師坊主を真っ先に送りこみ徹底的に教化しようとしたのに、あくまで抵抗した連中が又しても収容されたのが、ゲットーの居付き部落と知らぬらしい。 《藤原王朝》 続いて藤原王朝が中華の風俗に馴染もうとせぬ日本原住民の、降参し奴隷にならぬ徒輩を橋のない川へ追いたて貝を食わせ尽きると自滅させた。日本後記や続日本記に記録されている。 《八つ》 八つはマレーシア経由の黒潮渡来族ゆえ、農耕漁業製塩をなし食糧増産奴隷とされ、東海地方三河の額田の王に率いられ、中大兄の韓国系に食糧確保の政策上から子をうまされたり、大海人皇子には政略結婚で妃にされたが、終りには岡山のゲットーへ収容、奴可郡の地名を今も残す。 《四つ》 四つは崇神御孫最行帝が八つの八坂姫にうませた日本武尊の死からは、共に反体制視される。彼らは韓国勢力大陸勢力に追われて山ガツ・餌取り・餌差しとされ、特殊部落民とされてゆく。 《木地師》 恐れ多くも陽成帝でさえ藤原基経に追われ山へ逃げて木地師とならせたまう。が11世紀は青眼の賊船が次々と来襲、山から原住民を人間狩りしてきて出征させたが、戻ってから叛むかぬよう片刃の刀をもたせた。 《刀イ(伊)」の乱》 一を唐語でイと呼ぶから「刀イ(伊)」の乱。この時、頼光四天王として坂田金時らも現われるが、唐語のブシン(不信)から出たのが武士ゆえ従五位下止りで昇殿は不許。 《北条政子》 ようやく文治革命で夷津の夷頭の北条政子の世になると、京を征伐し尊い方を隠岐や土佐へ流罪にし、御所への目付に六波羅探題をおくが、世変りして足利期になると新しく散所奉行ができ、北条氏の残党と共に足利創業に邪魔した南朝方の子孫をも特殊部落にしたから地名にも残る。 《散所を産所・千軒》 「天の古代史」「庶民日本史辞典」「野史辞典」の三冊をぜひとも順に読んで散所を産所と誤らぬ為にも真相を把握してほしい。またイザナギ、イザナミ二神が天の浮橋で互いに見染められたまい、「工た男」「工な女」と呼び合われた故事で、工民の多い処を工多とよぶのも語源。 また騎馬民族の蘇我の末裔が「吾こそミナモトの民」と呼ばわっていたのが、白旗の源氏である。先住民族のセンを千に換えて「千軒」と、ゲットーだった地域の押しこめ居付地を呼ぶのとこれまた同じである。 《非人とは騎馬民族の末孫》 俗にいう処の非人とは騎馬民族の末孫。農耕や漁業製塩をなす「塩尻」とよばれる八つの民が働くのに、彼ら四つの遊牧民族は違うからとの命名で藤原体制に、北方に追われキタともいう。 「ヤジ・ウマ(野次馬)」と庶民をよぶのは、八つと四つを合せた呼称だが、山野に音から自生の草木や土や石をきりだしたり、人や獣を扱うのが原住系の限定職種。それを加工するのが良の舶来職だった。 《除地》 「除地」として大名領でも天領でも年貢なしだったのが、明治新政府が収獲物にのみ対しではなく土地を私有化にして地租課税。よって河原や山頂を当てがわれた部落は納税の為に貧窮化した。 《八母音を使う名古屋弁》 八母音を使う名古屋弁のような太平津岸から日本列島に這い上って住みついたのが八つの民。今もイランのヤスドに祀られている天地水火を拝む祭壇があるゆえ、ヤー公とかヤジとよぶ。 《騎馬民族で四つ・秋田美人》 裏日本ヘベーリソグの寒流で入ってきたのが騎馬民族で四つと呼ぶゆえ、今いう白系ロシア人も入っていたので、新潟や秋田には白人の肌を今も伝える色白な美人も産出するのである。 《夷をもって夷を制す》 治安維持のため江戸期になっても、「夷をもって夷を制す」で八つと四つは交互に、互いに監視し牽制しあうように四つの弾左ヱ門家の下に、八つの車善七。その下に四谷者、又その下が谷津もの。とされていたのを、例の「ヤジキタ」もので共に仲よくしあって、世直しをと煽動された。 その結果、慕末からはポルノでもない東海道膝粟毛の貸本に影響され、キタの騎馬系の末孫の馬方が、八つの大井川の赤フンの川越人足のために「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と白フンドシを振りつつ、向うでは酒手をはずむようにと旅人に馬子唄ですすめもしたものである。 《伊勢神宮を北条政子と思いこんでいた大衆》 伊勢神宮を北条政子と思いこんでいた大衆へ、お札ふりの「ええじゃないか」の騒ぎといい、部落から脱出してきたものの裸一貫で馬方や車力人足をしていたのを、一つに結びつけさせての大衆動員の策は倒幕の大動力となった。頭の良い人が昔もいたものであると感心させられる。 己が家系のルーツ調べに学校歴史では納得できず、あれこれ本を読まれる人が多い。人情として美化したがるのなら別だが、もし真実をと想うなら道標は八切史観だけだろう。 ☆ ☆ ☆ 例えば、最近話題の慰安婦については、上述の八切史観の「部落民の棄民政策」であったことがわかる。
2013年05月22日
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昨今は忙しかったのでブログ更新を放置していたが、しばらくぶりに更新したい。さて、前回は、シュタイナーの4つの気質を再度紹介することで、この国に住む人の偏向ぶりを紹介した。 この国に住む人の傾向としては、難しいことは考えず、他の誰かに解決法を聞いて、それを鵜呑みにするか、先送りして、神様なる時間に解決してもらうことを優先する。だから、占い師や似非宗教家や仏教などが流行る。 その顕著な例を示しているのが、嘘だらけのマスゴミが流す情報への盲信ぶりにある。 特にそのことを示しているのが、架空の人物を、現存するものと信じる愚かさが挙げられる。歴史小説家の司馬氏は、軍人の現実感のなさが、無謀な戦争を招いたことを指摘しているが、歴史家の八切氏によれば、明治の軍人が、歴史といえば、講談の類しか読まなかったことを痛切に指摘している。 少なくとも過去のその場にいなかったのにも関わらず、まるで、その場にいたように語る講談などは、最も信頼性に欠ける情報なのに、鵜呑みにしてしまう愚かさに枚挙に暇がない。 この傾向は、現代のマスゴミの歴史検証のいい加減さにも現われている。 そこで、八切史観から改めて、歴史を自らの頭で再考するために、適切なサイトをみつけたので、以下に抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ 新しい田舎作り http://mikurifarm.exblog.jp/16915157/ 〔純正日本史案内〕八切止夫著 「三つ子の魂は百まで」というが、学校で教わった歴史は、ジソムスイセイ(神武・綏靖)と暗記ものだったゆえ私でさえ、いまだに頭の中に引っ掛かっている。どうしても先入感は強いものである。そこへもってきての、前人未踏の八切史観では、とまどわれるかもと知れぬと案じ、順をおって判りやすく解明してゆく為、前もって予告編みたいにアウトラインを古代史入門の一般的手引きにしておく。 《藤原鎌足は唐の郭務悰》 前書きをしてはやや重複をすこしするが、いきなり、ぶっつけに入ってゆくよりは読みやすい。 それに、どうしても古代史に入ってゆくにはタブー視の部落史とは切っても切れぬ問題がある。 なにしろ西暦六六三年に「郭務悰」が進駐してきて「藤原鎌足」と、日本名になり唐の大宝律令をそのままに輸入したのは「天の古代史研究」に詳しいが、天孫と称したカクさんの方は【良】で、それまでの縄文目本人原住民はみな【賎】にされた。二大別とされた賎とは太平洋沿岸に漂着の八のもの。 次に裏日本から親潮寒流で能登や新潟へ入ってきたのが、獣の四つ足から、【四つ】とよばれる。 源・平・藤・橘と四大分するが、藤は唐でカク(郭)さんの一万二千のグループ。橘は、その唐を中国大陸で滅ぼし取って変った契丹系ゆえ、大陸人でもトウ(唐)でナイゆえ、豪くみられず被差別とされる。 彼らは天神信仰だが、源は元ゆえ「白山さま」信仰。平は今のペルシアと同じで赤旗をふり「祇園、八坂信仰」で、宮島も紅殻の赤塗りである。藤は墨染の衣をきた坊主が宣教師で先にきたので、「黒住教」さえ残っていて、藤は唐で黒色。しかし四つの姓別は、最底四種以上の複合民族をさすが、勝てば官軍・負ければ賊で賎、黒の他は、次々と体制の変るたび限定居付部落へと追いこみ。 郭将軍に滅ぼされたものの、ナラ王朝と栄え桓武帝より良となったクダラ系は黄色である。しかしエタ非人と一つにしたりまた分類し、エツタ島(江田島)など海軍にそっくり召し上げられると、「江田島」と恰好良くなるのは、そうしたゲットーへ次々と敗戦捕虜が入れられ、混同している為だが、四大別ではなく、太古日本人は「エケセテネ」が姓の上に付く処の「雑色」の人々だろう。 「皮剥ぎ」も「皮細工」も四つと呼ばれる騎馬民族。判りやすく言えば、白筋の馬方は源氏だが、駕かき川越人足や雲助は、平家で八つとよぶ赤旗の拝火宗徒。トウナイは唐無いで契丹系の部落民と、はっきり種族別が分けられる。 喜田貞吉は他国の捕虜とか社会の落伍者ときめつけるが、藤原王朝時代に征伐された日本列島原住民。 足利時代は散所奉行が新設されて、南朝に味方した者らの反体制子孫を収容。これは「庶民日本史辞典」「野史辞典」「日本部落史料」で明白にされている。 戦国時代の始めの応仁の乱に、部落の者は山狩りで集められてきて足軽とよばれ楯の代りに、扱われ、生き残れたのが戦国武者や武将になれたが、世が泰平になると下克上は明治維新までのびた。 が、五代徳川綱吉が韓国済州島系で神仏混合令の法令を下し反仏派の原住民は宗門改めの寺杜奉行によって、浄土(上等)でない汚れた下等人だと差別され圧迫された。 太田亮の「姓氏辞典」では加賀に入った藤原氏と美化しているが、仏教は一向宗が入っただけ。 ナポレオンが勲章を発明するまで「賜姓」といって、藤原姓をエゾや反乱軍の純友にも与えた。 つまり実際、産所は足利慕府散所奉行で、反体制だった南朝方子孫を捕え収容したのが、同じ呼び方ゆえ産所と間違えられて伝わる。「山所」ともなり「山椒太夫」や「山椒魚」ともなる。 被差別の習憤が広まってしまった為でもあるが、喜田貞吉説も産所と文字通りにとって誤っている。 なにしろ唐語のブシン(不信)つまり信用できぬ輩とし召使われ、それが武力をもってついに公家を押さえつけ、公家対地下といったのが実力で逆転。下克上の時代と呼ばれたのが文治革命であったり、戦国時代以降となる。 かつては非人とか八部とよばれた蜂須賀小六も阿波の大名となる。傭兵が武力でクーデターを起し主権を奪ったのである。関白の一条兼良は足利末期の藤原系で仏派ゆえ、寺を荒す彼らを悪党と呼んでいる。 さて、藤原王朝は天孫民族なりというが、どうもこれは妄説である。藤原基経に廃帝にされた陽成さまの一族一門が山へ逃げこみ木地師となって、山がつになりたまいし事実もあるが、高貴の出で良であると証明したくて、白分らを放遂した藤の姓を勿体ぶって付けている。それゆえ、その姓を本物と思われてしまい誤られている。 《日本には正しい歴史なんかない》 日本には正しい歴史なんかないのだからと、他国のごとき歴史学博士の称号は不可と明治一八年の博士号設定の時リースに言われたごとく、恰好よく美化されているだけで、何も判っていない。 《部落とは》 部落とは騎馬民族が日本列島へ渡来時に古代海人族を収容し、藤原時代には「良」でない人口九割の「賎」の民をとじこめ、反仏派の北条期には「源氏の四つ」を始め赤系でない者を追いこんだ。 足利幕府になると今度は逆で、赤系の「砥の八つ」も反体制の南朝方と、橋のない川へ入れられたのが実際の処で、喜田博士は日本部落史研究の第一人者とされているが、何も全然ご存じない。 まだアイマイモコ(曖昧模糊)の喜田史観の聞違いだらけよりも、明石書店刊高柳金芳の「江戸時代被差別分層の生活史」の方が正確である。そこから逆にさかのぼってゆけば、九対一ぐらいの割合だった征服者と被征服者の悲劇。つまり吾々の先祖の虐げられてきた真相が判りうるといえる。 「良いことを言われると、ひとは悪い気がしたい」という人情のキビを巧く利用して、なんでも美化してしまい、敗戦民族を「国津神」などとしてしまうからして、それを文字通りで読まされては、喜田先生でも訳けが判らなくたる。仕方がないというか、まあ当り前みたいになっている。 《拝火宗で「砥」とよばれる八》 さて拝火宗で「砥」とよばれる「八」は、西南渡来系の日本原住民だし、「四つ」は騎馬民族で東北沿海州から日本海を親潮で流されてきた北方民族であるが、治安維持のため徳川時代には施政方針を「四つ」と「八つ」を交互にくりこんで互いに牽制しあわせて被差別。 「藤ナイ」は一〇世紀流入の契丹系をさす。契丹は唐を滅ぼし取って換った国ゆえ、大陸系でも御所からは賎民視されていたのである。だが、太平洋側に黒潮で這い上った「八つ」は八母音の原住民で農耕漁業製塩をしたから食用課役奴隷にされた。が、「四つ」は沿海州北鮮系で遊牧民族ゆえ、討伐されて捕えられる飼戸(しこ)。 《ショウモン》 石岡の部落にしても、「夷岡」とよばれ「ショウモン」と蔑まれ区別されていたというが契丹系で、天慶の乱とされた時の者らの押しこみ限定地。だが工の戸つまり江戸の以北はみな部落ゆえ、一緒くたにされて被差別され、すこしでも反抗すれば徹底的にこらしめて、オカミの言いなりになる奴隷人民に仕立てしまった。だから藤原王朝の鉄武器による権力はえらいものであった。「その筋の御達しにより喫煙は」と今も映画館にでている。消防とか警察といった危険を伴う仕事は「干金の子は撫賎に死せず」とか「良い人は兵にならぬ」といった唐の教え通り、藤原氏が日本へきても農耕をせぬ飼戸奴隷に施行。 なお足利時代に散所奉行が旧南朝方の子孫を部落の散所民にしたのが知られていないから、私の「特殊部落発生史」に順に詳しく書いておいた。 《千の宗易・相撲》 干の宗易こと俗にいう利休の自決後、その木像を八付にかけた後その一味のササラ衆を部落に追いこんだのが茶筅(賎)部落で、華やかな茶の湯とは裏はら。また普はハングリースポーツ興行だった角力はオドマ勧進の、勧進元で取り締まっては八百長で儲けていた。儲けるといえば、一番新しい宗派では、既存のダンナなどないからして、一向宗は部落に目をつけた。 《真言宗・一向宗》 悪人でも念仏を唱えれば善人に生れ変る。部落民でも、信心すれば次は常人に生れてくるのだと、真言宗の本願寺説教僧が信徒にして廻ったので寺人別の数は増えた。だが、彼らの殆どはあくまで反仏であった。 僧へ絶対に近かよらなかった原住民の全体は、この百倍以上が、実際はいた。今でも旧部落に金ピカの立派な仏壇があるのは、一向宗が利輸をとって売りつけていた名残りである。 《喜田貞吉博士》 さて大正八年秋に25銭(現在なら五百円)にて出された一号は、最後の六頁が発禁となったと喜田先生は最後だけ削除し、奥付を大正九年一月一日にして四倍に値上刊行し、第六版から二一版まで世に送りだしたのは、金あつめのための作為なのかとも感じられる。 なにしろ喜田貞吉博士はその大正八年には南北朝両統問題でリース直系の三上参次らに睨まれ国定教科書編集官を追われ、やむなく自費で、「民族と歴史」の第一号を出した時の事だから、どうも資金繰りで、発禁も値上げ操作のために、オカミに発禁にして貰った裏取引とも考えられる。 日本では歴史屋は真実追及よりも、どうも歴史をくいものにし、儲けたがる傾向があるみたいゆえである。 《部落問題・島崎藤村の破壊・住井すえの橋のない川》 部落問題は関西では捕虜奴隷として連行された末裔ゆえ被差別されて地域的だった。全国的に「解放」の美名で広めたのは、神武陵の守戸の子孫の丑松が教壇で告白する鳥崎藤村の「破戒」それと、この「民族と歴史」が、まったく何も知らぬ人々にまで、部落について初めて知らされる結果となり一般庶民が驚き仰天した。その結果の名残が、住井すえの「橋のない川」である。 《日本では「人の下に人を」》 せっかく親や祖父母も絶対に口にしないことを自分らもその出身者なのを、本で知らされ、そこでまだ残っている部落に対し本当の事は何も知らず、子供などは苛める対象にまでしてのけた。「天は人の上に人を作らず」といわれるが、日本では「人の下に人を」作ってきたのである。 《日本の弥生時代》 「天の古代史研究」の本さえ読めば、まったく事実はあべこべで、渡来した鉄剣部族が、それまでの先住縄文日本人を征服して、奴隷にして被差別した歴史が、日本の弥生時代だとはよく判る。 ☆ ☆ ☆ 日本史は奇想天外ですな。
2013年05月21日
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八切史観によると、「庶民」の「庶」は「庶子」の「庶」で、慰安婦(売春婦)の子という差別用語であったことがわかる。非常に驚きである。私も差別用語と知らずに「庶民」と使っていたから、洗脳されていたことになる。 米国でも、「売春婦の息子(サンオブビッチ)」という差別用語があるから、庶民という言葉は、売春婦の息子、娘ら、という意味になってしまう。 いまでもマスゴミは「庶民の懐」というように、知ってか知らずか、庶民を国民と同義で使っているから、いたるところ洗脳だらけである。 さて、少なからずコメントを戴いている忠武飛龍さまのブログに、シュタイナーの4つの気質を用いて、日本の教育について述べている文章をみつけたが、その文章は日本の教育が没個性的なことを、4つの気質で解説しようとしているのだが、いかんせん、シュタイナーの4つの気質の上辺しか捉えていないように思われるので、ここで、シュタイナーの4つの気質について、改めて紹介することで補足したい。 4つの気質とは、シュタイナーが考える人智学での、自我(火)、アストラル(風)、エーテル(水)、肉体(土)の働きのことで、4つの構成要素のなかで、どれが優位なのかで、気質が現われる、というもので、例えば自我だと胆汁質、アストラルだと多血質、エーテルだと粘液質、肉体だと憂鬱質という名称を与えている。 この人智学の用語に対して、例の日本の教育について述べた文章は、「日本人は、粘液質、憂鬱質が多く、それに見合った教育をしていない」という話だが、確かにその通りなのだが、では、なぜ、粘液質、憂鬱質が多いのか、またなぜ見合った教育ができないのか、の理由を説明できていない。 俗にいわれている日本人のなかにも、胆汁質、多血質がいるわけで、そのような人たちに注目することが重要で、また4つの構成要素がバランスをとりながら、4つが1つの四位一体となることが、この世での修行とオカルトではいわれている。 そこで、再度、シュタイナーの4つの気質を巧くまとめたサイトから抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ 『人間の四つの気質』 ルドルフ・シュタイナー http://blogs.yahoo.co.jp/chanchan_yanagi/52198526.html 『思考の両親』 人間は通常、自分の思考が事実に即さず、大部分が、思考という習慣の結果であることを知らない。 ・・・(中略)・・・ 例えば、物質のみを思考する習慣をもつ人は、その思考の結果に執着する。 今日では、人々の主張を導くのは、なんらかの合理的な理由ではない。その背後に、身に付けた思考の習癖があり、それが感情、感性全体に影響を及ぼしている。 そのような人々がなんらかの正当的な理由を述べるときは、自分の感情や感性以前に、思考の習癖という仮面を被せている。「願望が思考の父となる」だけでなく、「感情や思考の習癖」が「思考の両親」になっている。 人間生活をよく知る者は、論理的根拠によって、人々が納得することがいかに少ないか、を知っている。論理的根拠よりずっと深いものが、心魂のなかで決定権を持っているからである。 ☆ ☆ ☆ 日本は、古くから、支配者が、大陸の思想を輸入し、無理やり強制し、独自の考えをもつことを禁止してきた。俗に言う体制思想である。例えば、葬式に大金を費やす、というようなどこにもない仏教などが、その典型で、ガラパゴスといってよいだろう。権威に阿る体制思想を強要されてきた。 日本の支配者はグローバルを唱えながら、その実、日本でしか通用しない独自の支配ルールをつくりあげ、強制してきたから、不思議で意味不明なものができあがる。 極力考えないことを強要され、日本独自の意味不明なルールに従わされることが強要されてきた。そのルールとは大よそ、他人と同じでなければならない、上に歯向かってはいけない、自分の意見をもってはならない等々である。 このような没個性的なルールに従っているうちに、自分の頭で考えずに、身分が上とされる専門家の意見を聞き、盲目的に従い、問題が起こると、有耶無耶にするか、ただ他者の意見に従っただけで、自分は悪くない、という無責任な主張を通そうとすることが多い。 その典型的な例が、道徳上の罪を問い詰めると、自分だけでなく、他の人もやっている、という言い訳である。この国では、このような言い訳が氾濫し、子どものときから、使われている。判断能力のなさを問題にしない。頭を使おうとしない。 西欧では、一般的に、このような言い訳は、幼稚とみなされる。哲学がないと蔑視される。 国民の代表とされる大の大人の政治家が、このような発言をするから、しかも国際舞台でするから、日本はおかしい、と思われる。 その典型が、何か問題があると、日本の政治家は、米国もやっているよ、と言い訳をする。米国では、日本のやり方は米国のやり方とは全く違うと逆に反論、反発される。だから、米国は、日本を幼稚とみなしている。幼児は脅せば言うことを聞くからだ! 対外関係を損なうとわかっているのに、靖国神社に参拝し、対外的に不思議なルールとみなされている主張を押し通そうと弁明するのは、国際社会から、幼稚とみなされざるを得ないだろう。 グローバルというのは、そのような主張が通らないことを見通すことであって、なにも植民地語である米語を流暢に堪能に話せることではない。 この国では、怪しい仏教が人々を洗脳し、多くの人々を思考停止に陥らせてきたので、個人が冷静な判断によって自己主張することは、危険分子として処罰され、禁止されてきた。江戸時代となんら代わりがない。ただ米国の生産法を真似て、物質的に恵まれただけである。 反省した振りで、誰も責任とらないアホバカ政党の幼稚性にも呆れてしまう。原発事故で誰か牢獄にぶち込まれたのだろうか? 責任もとらずに反省など幼稚並みの精神である。
2013年05月15日
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以前、八切史観により、日本に住む人々の意識が2つに大別できることを紹介した。 大陸系の支配意識と、原住民系の被支配意識である。この意識の持ち主が、いまや各々A層、B層と呼ばれる人たちに伝播している。洗脳する層と洗脳される層である。 巷を賑わす差別発言が多いのは、勿論、大陸系の支配意識の賜物で、なんとかなるだろうと問題を先送りし、他に丸投げの奴隷根性は、支配されてきた原住民系の意識である。 俗的にいえば、SとMともいえる。 『日本が「世界一貧しい」国である件について』という本の著者は、日本の歴史が隠されてきたことを知らないから、日本に住む人がどうして奴隷のように働き社畜となるのか、人々が集まると何かにつけ伝統や家柄に拘るのか、自分の頭で考えようとせずに、自分の問題でさえも専門家に丸投げするのか、などの、とても先進国とは思えない不思議さがわからないのだろうが、八切史観から、その真相がわかってくる。 なので、以前紹介した八切史観から再度抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ さて原住民、原住民というとインディアンみたいですが、郭ムソウが最初は兵二千人軍夫四千を連れて、日本にきました。現代でしたらば、アメリカだったら奥さんのセックスのために慰安船をよこすでしょうが、当時は、まだディーゼル機関がなく西南の風が吹く年に一回しかこられないんですから、彼ら六千人は全部がチョンガーです。 それから西暦668年「吾にまた二千の兵を送る」との記録ではなってますが、ここでの吾が、さも日本へと誤っているが、進駐軍の吾のことで意味がまったく違ってくるんですよ。日本には百済王朝の男たちは全部が将軍かまたは将校になって、全部マザーランドの百済の救援に二万七千の原住民を引っ張って白村江へ行ったんだから、そんなにすぐ帰ってこられるわけは、とても当時ではありえぬ。 「今日も暮れゆく異国の丘に」という歌があったけど、あれは引揚げ船があったから、待てば八年か十年めに帰ってこられたが、当時は、そうは戻っては来られぬ、向こうで奴隷です。 さて進駐してきた郭将軍ら偉い人たちは百済系朝鮮美人を片っ端から現地ワイフ。かつて司葉子が代表的な朝鮮美人の典型だったのです。体がスラーッとしていて、毛の薄いのが特長。 まぁ軍人軍夫共で九千何百人、それから一旗組を入れると、約二万ぐらいの人間が、札チョンというという言葉があるが、原住民の日本人の女を全部現地妻にし、子どもを生ましたわけです。テレビの『ルーツ』で白人の旦那が奴隷の女に子どもを生まし半分は白人でも、やはり奴隷として売りにだす。あれと同じで生まれた子もその子も賎。つまり今の庶民の元祖となるのです。 さて海外旅行でもパック旅行なんかでは、みんな日本人から金もうけるかして非常に愛想がいい。ところが、われわれが個人で向こうへ行くと、面と向かってウップ、ウップと言う。ウップとは排泄物のこと。イエローです。ドイツでは面と向かって、スモールピープルだが、大体のところがウップ、ウップ。ところが、一番最大の蔑称は、バスタードつまり庶子と呼ばれること。 父親が認知するだけの子供、たとえばこの子は器量がいいから大きくなったら芸者に売れるとか、作男に使えるというのでタダで使うために庶子として認知するのゆえ、バスタードという言葉は最大の罵りなのに、日本人は平気で、われわれ庶民の生活はキツくなったなどと用いる。そして日本人の中に庶民と自称するのが八割五分から九割いるわけです。 それゆえに投票日がお天気ならば、自民党に投票すれば増税になるし、いつ徴兵制がしかれるかわからないのに、家族そろって全部がみな自民党に投票するケースが多い。まぁ義理を封筒に入れてもらっているせいがあるかもしれないけれど、まぁ伝統の奴隷根性です。 さて、ソ連だってソビエト連邦。なにしろ有色人種が人口の75パーセント占めてるからでありましょう。が、アメリカだって合衆国。超大国はみんな合衆国だとか連邦なのに、日本みたいに単一民俗だといって威張っているみたいなのは、なんだか時代遅れみたいで薄気味悪いです。 一般は弁髪人と、または百済人と原住日本人女性との間に生まれた子どもで、それがまた、ずーっと次々と続いてきてるわけだから、お上には絶対に服従です。『野史辞典』の中には、「八虐」という言葉が出てきますけれども、少しでも怠けると、田んぼへつるしたり、やりたい放題のことをやられても、お上に対しては絶対に忠実。オカミが自民党なら皆こぞって投票する。 だから、一般庶民は男は隔離され先住民ゆえセンズリで済まし、女は否応なく大陸系の子をうまされているから、今となっては、例外もありましょうが大半が混血の子孫なんです。ですから、おカミさまに対しては完全な奴隷です。だから世界歴史が始ってから異邦人に占領されて、アフガニスタンでさえも手製の銃でいまだ戦っているのに、一回のレジスタンスも起こさなかった。 とはいえ、日本も七世紀までは、一所懸命にレジスタンスをやった。ところが石の斧と貝の刀に鉄の刀ではかなわない。終われ追われて東北。例の岩手県みたいに一戸、二戸、三戸と九戸まで海岸近くまであるが「ノエ」というのはバリケードのこと。だから九戸まで追いつめられたから、あとは海に飛び込んで北海道に流れ着く。 そうすると、アイヌの毒矢でやられ北方四島へ行くしかない。さて、この時日本原住民の女達は次々と、はじめのうちこそ捕えられ、彼らのリオ・グランデの砦みたいなタウンの中へ入れられていたものの、全国制覇してくると進駐軍は面倒臭いから、女たちの部落を城外に次々と設けた。これをカイトという。 開戸とか皆戸とか当字はいっぱいある。問屋街へ行くと、エトワール・カイトというのがあり婦人服専門店で、漢字は全部が当字だから海渡となっているが、そこでは女性に選ぶ権利がないわけです。今度きた下女は上総とおおよろこび、というのが江戸時代の『末摘花』にあります。 要するに今度きた下女は千葉県の女だから、番頭から下は手代に至るまで、夜鷹なんか買いにいかなくても、順ぐりに押しかけて行けば、全部、誰でも致せるから大助かり、だという意味なんです。学校歴史屋さんは、千葉県は気候が温暖で女が早熟で好色なのは気候が温暖だから発育がはやいからだというのだが、日本で気候のあったかいところなど、いっぱいあって別に千葉県でなくてもよい。つまりは多賀城の勢力範囲内だからである。 かつてアルジェリアがフランス領だった時に、男はギヤルソン、女は全部が娼婦だったわけと同じです。反抗すれば、スカートを上げるのを嫌がったならば、殺されてもしょうがなかった時代が続いたのと同じです。 関西では生駒がそうです。生駒は、昔は夷の字があてられ夷駒でして騎馬民族の女たちです。いまでも流行歌で、生駒は悲しき女まち、などの歌がある。最も極端なのは京の桂女。御所の公家専門で三十歳を越すと、お褥辞退でムコをとってもいいけど、三十まではオカミ御用専門、要するにはじめて生理があると、アゲマキをつくってごあいさつに顔見世に伺候。いつでもお役に立っておったわけで、よく言えばオカミ専属のコールガール組織だった。 庶民は占領下の混血児子孫奴隷----さて、この時に日本人の中で本当の原住民の言葉を使うならば、女が進駐軍の自由にされるより前に男共に連れられて逃げた連中をさします。三角寛さんは朝日新聞のサツ廻りの記者で、警察情報をもとにし、後に内務省警保局の民族事業協和会の金で牛肉を馬車いっぱい持って行くのですが、シノガラといわれるサンカの連中は、絶対に彼らの方からは何にもいわないわけで、牛肉は腐るからと仕方なさそうに受取っても、渡した現金は返し、写真もうつさせません。 まぁ溶け込みになる前にセブリは目にみえて非常に減ったと、三角氏の本にはありますが、あの数は実数の十分の一以下です。いまサンカ「生活体験記」を書き出版したが、これ書くと自分の死んだ母親のこと書かなきゃならないので、だから書きにくくてしょうがなかった。 前述のごとく、散所奉行というのを、歴史屋さんは何を間違えたか、足利家の奥方さまが子どもをお産みになる時に、お産するところをつくる奉行と喜田貞吉もいうのだけれど、それだったらば、忙しい高名なエライ武将を使うことはない。 それに昔から取上げ婆さんはあるが、取上げ爺さんなどは聞いたこともない。真実は、要するに明国から例のインドのカースト制度が入ってきて、最初には前体制の北条氏の人間を入れ次には足利創業の時に刃向かった南朝方。 『野史辞典』には出てないけど、次の『庶民日本史辞典』にはあるが、「楠木合戦注文」といって湊川で楠木側についた人間の名が明細に出ているもの。歴史書には、さすがの足利方も楠木方の忠勇に感心し、その名前を書き留めたものというのだが、本当は今いう処の札持ちで、全国的な指名手配だから、数多く筆写されて今でも残っているのです。 例の紀伊国屋文左衛門みたいに出身は湯浅です。湯浅というのは居付地で楠木正成に味方をした湯浅定仏の残党の子孫が収容されていた限定地。山口瞳のテレビの『血族』に出てくる脇屋というのは、ただ母の里が女郎屋だというだけを秘密にしているがそうじゃない。 つまり脇屋というのは、脇屋義治の子孫が入れられていた居付地で、はっきり言えば特殊部落。新しく土地を開墾し新田だというけども、新しく土地を開墾するということは、旧幕時代は届け出ねば絶対に許されないこと。 荒地があるからとて、気侭に今みたいに勝手にできなかった。新田の名のつくのは全部が新田義貞の一族。だから尾張万歳なんかは、愛知県の今は名古屋市北区味ま町の楠木になるのです。つまり南朝方が足利の散所奉行によって、その子孫が次々と捕えられて特殊地へ入れられて非人とされたのが本当の処。つまり新田とか脇屋というのは幕末までは部落地名。 明治史学の目的は南朝を解明することであるといって、長慶天皇だけは引っ張り出しはしたが、その残党たちや子孫に対しては明治史学は解明も何もできなかった。徳川公爵家が華族会長となり学士会もその下に入ったから義理と人情をハカリにかけりゃ金を貰っていたせいか、それとも頭を押えられていたせいか‥‥徳川時代そのままの歴史となり今日になったといえる。 ☆ ☆ ☆ というように、日本女性は、古来、大陸からの進駐軍の従軍慰安婦だったわけです。先の大戦でも、GHQに多くの日本女性が公然と慰安婦にされたわけです。
2013年05月14日
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八切史観が興味深いのは、従来の通説とは全く逆の発想が思い浮かぶからである。特に戦国時代の三英傑とされてきた信長、秀吉、家康像が、従来とは全く異なってくる。 特に信長は圧巻なので、八切史観を抜粋紹介するので、従来の通説による洗脳を自らで解放してほしい。 ☆ ☆ ☆ 郭ムソウの率いる先発軍は白村江大勝の翌年五月に御所に入ってくる。それで則天字使用令、後に漢学といわれる唐の文字のことです。つまり唐の字と書くと、非常にあたりさわりがあるから、さかのぼって漢字といいます。そして縄文時代が弥生時代に変わるんです。 要するに石の斧と貝殻の刃物しかもってない日本原住民が鉄製の鉾とか青竜刀でアッサリやられちゃったからです。それで、これから鉄文化になるんです。岡山の方へ行くと、鉄がいくらかとれるというけど、いまだって戦前の八幡製鉄だって全部、大治鉱山から入れ、今の新日製鉄だってクズ鉄以外は全部が輸入でしょう。金はあったけれど昔から鉄資源はない。 だから足利時代というのは、金を輸出して、向こうから鐚銭(ビタセン)を同量もらっていた。表向きは二百万枚ですけど、大正時代の僕等の子どもの頃まで、あの穴あき銭は使ったんだから、その十倍か百倍ぐらいじゃなかろうか。それだけの金がみな向こうへ行ったわけです。だけど、日本では金はまったく使い道がなかったわけです。まだハングリーの時代だから金じゃ飾りだけで実用に何も作れなきゃ何も出来はしない。 さて、金がなくて倒産することがあるけど、金があって倒産するってことはない。処が大坂城は落城の時には天守閣には、竿金とか分銅金は山ほど天守閣が傾くぐらいにまで積まれたままで、あっさりと大坂城は金があったのに落城してます。 足利期からの蜷川体制で、幕末まで箱根以西では金はカネではなかった。後には三島を境にして、西は三島から全部が銀本位体制だから、西鶴ものや近松ものはみな銀何匁とでている。 信長殺しにしても本当の原因は、マカオ貿易のため金本位体制に変えようとした為で、蜷川道斎の姪が、謀反随一の斎藤内蔵介の女房で、やがて、その末娘が於福で後の徳川家春日局になる。 さて浪人を集めたものの、金があっても蜷川の権勢でカネに使えず、大坂城三の丸まで、かしまから四条にかけての遊女を二万人ぐらい収容。というのは、金もって表へ出て行って、金では何も通用しないということがわかると、浪人たちがみんなやめていく気遣いがあるから、大坂城の中で金が使えるようにしたのが大遊郭を作った理由で、大坂城は広いから出来たわけです。 が夏の陣では外濠内濠も埋められたから遊郭は廃止。それで落城。従来の日本史は肝心な貨幣制度をカネとは阿堵物とでも卑しめる精神からか無視してかかる。それゆえ判ってもよい事が、さっぱりわからない侭なのであります。----下克上のいわばピークに立ったのが織田信長とみれば、かなり荒っぽく、その既成の体制を破壊してますね。だから、藤原体制とか、御所の権力の側もかなり恐怖に陥ったでしょう。----信長は、天下布武を一つの旗印に富士王朝復活をイデオロギーに、近江王朝の昔に戻そうと安土城を建てたんでしょう。何も記録は残っていませんが、いまでも織田信長のことをみな前右府などとの言葉を使うけど、天正六年に内大臣をやめたあと、天正七年に右大臣にされたけれども、半年でこれもやめ、それ以降は藤原体制に反撥し無位無冠になっていたわけです。----信長は、律令体制の根幹というか土台をひっくりかえそうとする意図はあったんでしょうか。----これは『フロイス日本史』にも出ているように、安土から京都までは幅四間の12メートルの軍用道路をつくって、もし藤原体制が背反すれば三時間で京都へ入れるようにしていた。だから、山科言継の日記をみると、天正十年五月二十九日に京都へ信長が早駈してきて本能寺へ入ってくると、真っ先に疎開したのは、誰あろう御所の女御たちです。大変事が御所で起きるだろうと周章狼狽したのでしょう。女御たちが衣装を牛車に積んで次々と逃げだしたくらいだから、至上も遭難をなされる筈だったと想像できえます。 死ぬ前天正九年の馬くらべ、つまり今の観兵式が京で催された際、信長は鉄砲隊三百を率いて御所の門から入り、バンバン実砲を射ちまくって、御所の建物を穴だらけにしてしまった程の示威運動をやっているのです。 後に幕末の蛤御門の変の際、松平容保が御所を警備するために入ろうとした。彼は孝明天皇の非常に信任が厚い守護職。仙台というところは多賀城の後で中華系だから御所とは近い関係です。それでもなおかつ絶対に御所に実弾をもち込んじゃ困ると、公家衆はこぞって阻止したくらいです。当時の信長のデモは大変なものだったようです。----僕は八切先生の歴史学というのは、やっぱり戦国時代ですね。ここに狙いをつけたというのが、僕はすごいことだと思っているんですけれども、やはり当時来日していたイエズス派史料の裏付けがあったからですか?----日本史の裏づけになるものは魏史倭人伝に「契丹日本史」[日本シェル出版]と、戦国時代に日本へきていて本国へレポートを送りつづけていたイエズス派資料しかなく、「不可思議な国ジャポネ」で歴史学博士ケントの本を訳していますが、なにしろ錦県から引き上げてきた安土というところは当時は国鉄の駅があったけど、旅館がなかったんです。 そこで總見寺に泊めてもらったんです。約一ヵ月おったんです。そうすると、夜の明け方か夜中に、ドカッと本堂の方じゃなくて、僕の寝てるところの縁側へ大きな肉の固まり、当時は貴重品です。同じように銀シャリと呼ばれた白米がドカッと置いてあるんです。食料不足の終戦時ですから薄気味悪くて、ある時、目ざとく追っかけていったら相手は何も言わないんですよ。 それでも、次々と足音をききつけるたびに違った人だが、追いかけ五、六回めにやっとのことで何度も尋ねたら、信長さまがあんなお寺に祀られる筈はない。だから信長さまのお供えは、本堂へ出したくないから、彼処へみんなが置いてくるんだと、うつむいたまま早々に言い残して足早に立ち去った。 物資不足の折柄、有難い話だが気味が悪くなったものの、今考えてみれば反仏派の居付き部落からの密殺した牛や馬の肉で、米もそれとの交換品らしかった。まぁ信長教といったものが彼らには根強く残っているようだ。 前の戦争中に、またも負けたか三師団という言葉があった。名古屋の兵隊というのはあまり強くはないんです。名古屋や京都の兵隊は昔から弱い兵隊で‥‥永禄四年から永禄六年まで三年間も戦争をやっても、美濃が落とせなくて、奥さんの奇蝶の実父の故まむしの道三のお陰で、謀略戦術で美濃三人衆を帳略買収し占領したぐらいです。----近江の八田別所の出身で平氏であるから原住系であるとお書きになってる。あれはどういうことですか。普通われわれは越前の織田庄の出身だというふうに、普通の本には書いてありますけども。くい違っています。----それは勝手に書いているので「上織田」と、斯波家に仕えていた前からの織田が本家です。信長の方は父信秀も勝幡城の城番に登用された時は八田信秀で、織田姓になったのは賜姓です。八田というのは弁天涯の、あの一帯をいまでもあのへんに住んでる人のことをヤッタモンっていうんです。 安土城を作った弁天涯の絶壁八田なんです。越前から出るわけはなく下織田とよばれた信長は近江です。だから後に、信長が殺された後は、あそこの連中たちは追われて、近江乞食っていわれるんです。 太田亮の『姓氏辞典』なんかみると、加賀に入った藤原氏が加藤であるとか大真面目に書いていますが、京をかためるのに精一杯の進駐軍が、わざわざ雪深い加賀へはゆきません。浄土宗が加賀に入って一向宗道場を作った時の作り話です。 語源は簡単で仏教が浄土で上等なのに、反仏教徒のアウトローは下等の意味です。なにしろ漢字は郭の時代から、みな当て字で自由に勝手に付けているので、文字通りに読んでゆくと、日本の歴史は、まったく判らなくなってしまいます。 ☆ ☆ ☆ というように、以前にも紹介したが、信長は米国でいうなら、アメリカ先住民のジェロニモのような存在といえる。
2013年05月14日
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反省会を開いて反省した気になって反省の全く足りないゴミ党以上に、反省すらせず開き直っている大政翼賛党が調子にのってまた先の大戦と同じように売国活動を活発化しはじめています。 そこで大政翼賛党の洗脳詐欺に注意するために、御馴染みのサイトから抜粋紹介して処方箋としたい。 ☆ ☆ ☆ ニュースの真相 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130514/1368502275#seeall 自民党の参院選公約原案とTPP聖域のウソ 自民党の夏の参院選の公約が明らかになったそうです。 その内容は「原発再稼働」と「TPPで聖域を守る」だそうです。 自民公約に原発再稼働、TPP聖域にコメ・麦… 自民党が夏の参院選公約として掲げる「J―ファイル」の原案が11日、明らかになった。 原子力発電所再稼働について、原子力規制委員会が安全と判断した原発は「国が責任を持って再稼働を行う」と明記した。環太平洋経済連携協定(TPP)では、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物(サトウキビなど)の重要5項目を「聖域」と位置づけ、「国益にかなう最善の道を追求する」と強調した。 農林水産分野では、農業所得の倍増や、2020年までの農林水産物・食品の輸出倍増を目指すとした。党内に農家のための教育機関「農科大学院」を設置することも盛り込むなど記述を充実させており、TPPの交渉参加に反発する農家や農業団体に配慮した格好だ。 読売新聞 5月12日(日)12時54分配信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130511-00001308-yom-pol おやおや、自民党さん! わずか半年前の衆院選の公約、覚えてますか? 『脱原発?』『TPPの交渉参加に反対?』 安倍ちゃんと自民党のみなさーん、大人の世界では、ウソはいけないんでちゅよー! 分かってまちゅか? ボクちゃん達には、朝鮮統一教会がお金をくれるだとか、ユダヤCIAがついてる!なんて、そんなの関係ないんですよー(笑) ▼米国工作員の安倍偽首相、TPPの次の任務は96条改正 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130502/1367456815 ▼TPP参加表明の強行と田布施人脈と明治維新の真実 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130315/1363316406 ▼安倍晋三と岸信介と統一教会 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120927/1348754351 ▼米国のデフォルトと安倍首相の50兆円献金 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130114/1358161143 しかも! 今回の参院選公約の「コメ・麦などの聖域化」だっけ? コレも、ウソだよね? ホラッ! 「聖域」認められないと確信=山田元農水相【ワシントン時事】訪米中の山田正彦元農林水産相ら環太平洋連携協定(TPP)交渉参加に慎重な「TPPを考える国民会議」のメンバーが24日、ワシントン市内で米通商代表部(USTR)幹部らとの会談後、記者会見した。山田氏は「コメなど農産物の(関税撤廃からの)一切の除外というのはあり得ない(との確信に至った)」とした上で、「『聖域』は認められないことを、はっきりと国民に訴えていきたい」と語った。 時事通信 2013/4/25 12:36 http://megalodon.jp/2013-0514-1151-28/newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20130425-00000040-jijnb_st-nb 【TPP参加悲観論】訪米した山田元農相が語る安倍首相の大ウソ 米国のスタンスは「入りたいなら入れてやる」山田正彦元農相らTPP慎重派が先月末、訪米した。米国の国会議員やUSTRのカトラー代表補や業界関係者との面談を重ねたのだが、そこでハッキリ分かったことがある。日本のTPP報道がいかにデタラメか、ということだ。山田氏が語る。 「安倍総理は『コメや牛肉や豚肉などの重要5品目の聖域は認められ得る。認められなければ、撤退すればいい』と言いました。そこでカトラー代表補に『そうなのか』と確認すると、『コメにおいても例外は認められない。輸入を一定程度抑制するセーフガードや関税の長期間据え置き(段階的に廃止)はあり得るが』というのです。私は昨年1月にも訪米し、USTRの幹部に会った。その幹部も『米韓FTAを読んでください。それ以上のものをTPPで日本に求めます』と明言しました。コメが聖域なんて、とんでもないのです」 米韓FTAで韓国はコメを例外にしたと報じられたが、実際は違う。2014年からコメの関税を段階的に廃止することになっていた。日本にも同じ手法で関税撤廃を迫る。それも韓国をしのぐ期間でやらせる、ということだ。 コメすら例外(除外)にならないのだから、牛肉や豚肉など他の重要品目が聖域になるはずがない。自民党は「コメなど重要5品目は除外、関税は維持、(守れない場合は)脱退も辞さない」と決議文には明記した。しかし、到底、実現不可能だ。安倍首相は国民を騙(だま)しているに等しいのである。 「そこで、自民党の決議文を英訳して米国の国会議員に見せたんです。彼らは『こんな決議が出ていたのか。通商代表部に確認してみる』と驚いていました。基本的に米国は『日本はTPPに入りたくて入りたくてしようがない』と思っている。だから、交渉で譲歩して当然と思っている。日米ではまったく認識が違うのです」 山田氏が今回の訪米で驚いたのは、米国内にもTPP反対論が渦巻いていることだ。「自動車工業会会長は、日本の交渉参加に反対です。さらに米国の国会議員134人がTPP反対に署名をした。共和党はこれまで党員の63%が自由貿易推進だったが、今は63%が反対と逆転しています。世論調査でも、自由貿易への反対が10年前は68%だったが、昨年は78%になった。企業が政府を訴えられるISD条項にいたっては、米国の50州が反対です。米国はメキシコとカナダの北米自由協定(NAFTA)を経験している。その際、メキシコから600万人の不法な移民が入ってきて、最低基準より低い賃金で働かせられた。そうしたら、それに引きずられて米国人労働者の賃金も下がったのです。TPPに代表される自由貿易は1%の多国籍企業のプラスになっても、99%の国民にはマイナスになる。そうした認識が米国で広まっているのです」 何が「バラ色の未来だ」と言いたくなる。 http://gendai.net/articles/view/syakai/142314 「コメの聖域はありえない」とUSTR幹部。 「コメの聖域はありえない」とUSTR幹部。ありえないことを交渉すると強弁しているのが、安倍不正選挙統一教会隷属奴隷偽総理大臣。こいつは、TPP無条件参加を飲んで引責辞任すれば済むだけ。別の奴隷偽総理が出てきて、安倍以上の売国をする。もはや、この国に国民のための政治はない。人間のくずが国家を支配している。日本人は、ゴロツキによる国家乗っ取りを絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に許さない。 http://richardkoshimizu.at.webry.info/201305/article_91.html さてさて、ユダヤ米国&朝鮮統一工作員の安倍晋三ちゃんだっけ? 今度は、やる前からウソだってバレてる公約掲げて選挙するんだ? で、何でこんなバレバレなことするかというと、とりあえずTPPだけ強引にやって、騒ぎになった頃には「聖域は守れませんでした」「努力したのですが」とか言って辞めれば、後は別の工作員が引き継いでくれる訳ですね? で、いくら悪事がバレても、工作員政治家は不正選挙でいくらでも量産出来るって事でしょ? って事で、夏の参院選に向けて、『不正選挙』の4文字の拡散にますます励みましょう! ☆ ☆ ☆ 日本国民は嘘つきたちの奴隷ですな!
2013年05月14日
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前回は「日本が世界一貧しい国である件について」という本に触発されて、日本に住む人たちの洗脳られぶりを紹介してみたが、尻切れトンボに終わった感が否めないので、続けて、この本を題材にして、洗脳られぶりを紹介する。 この本をネット検索すると、様々な読後感想が書かれているが、とりあえずは非常にまとまっている書評を以下に抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ 書考空間 http://www.tfm.co.jp/timeline/smartphone/index.php?itemid=64731&catid=1485 『自分が日本でかかっていた洗脳。競争しなくてはいけない、家族や友より仕事、進歩は偉い、田舎はださい、自販機とコンビニは重要、電車とバスは定時でなければいけない、痩せてなければいけない、群れなければいけない、流行は追わないといけない。どれも自分を不幸にしていた。』 これは、「@May_Roma(メイロマ)」の名前で多くのフォロワーを抱える、ロンドン在住の元国連職員、谷本真由美さんの2739回リツイートされた、つぶやきです。これを含む、彼女のつぶやきのまとめは40万回も閲覧され、話題となりましたが、“なぜ40万回も閲覧されたのでしょうか”。 本書は、著者が抱いたこの疑問からスタートし、『日本は「本当に豊かな国」なのか?』『日本が本当は貧しい国である理由はなんなのか?』『貧しい国である根本的な原因はなんなのか?どうしたら豊かな国になることができるのか?』を明らかにするものです。 たとえば、日本の貧しさの根本的な原因の一つは、社畜的な働き方をやめないこと、という指摘。 無理な働き方をするため私生活がなくなり、家族と過ごす時間がなくなって家庭は崩壊し、精神や体を病む。 それでも多くの日本人は自分から何かを変えようとはせず、何かが変わることを他人に期待する。 自分では何も行動をとってこなかった日本人の態度や考え方に問題があるはず、と説いています。 つまり、重要なのは、「受け身ではなく、自発的に考え行動すること」。 これは、基本的なことではありますが、いきなり実行に移すことは難しいはず。ひとまず、社畜的な働き方によって育まれた、受け身の考え方を変え、自発的に考える癖をつける。このあたりから始めてみるのがいいのかもしれません。 ☆ ☆ ☆ というように、この本に書かれている日本人(日本人という言い方も1つの洗脳だが)の洗脳られぶりをみると、日本がいかに管理しやすい国であるか、が伺える。 日本人といわれる人たちの洗脳られぶりで、有名なのは、「他人と同じでないと不安になる」が第一に挙げられる。 この「他人と同じでないと不安になる」洗脳を利用して、日本の管理(支配)者は、社畜的な働き方を強要してきたことが挙げられる。 実は、この洗脳は、八切史観から探ると、仏教に起因することがわかる。大まかにいって、東西で生活様式が異なるのは、東が家康による薬師寺系の仏教、西が秀吉による浄土宗系の仏教に由来し依存してきたからである。神道は、薬師寺系に融合された。 仏教が日本社会で支配的なのは、八切史観によれば、大陸から輸入した律令制度にあるらしい。郭ムソウこと藤原鎌足が進駐してきて、日本の住民は捕虜となり、奴隷化されたそうだ。山に逃げ込んだ住民の末裔がサンカになったそうだ。 律令制度の思想が大陸からの仏教で、捕虜とされた人たちは、寺社に戸籍という身柄を拘束され土地を耕すことで年貢を納める農奴となり、仏教による農業支配の洗脳化が広がった。 郭ムソウこと藤原鎌足を中心とする藤原勢力に対して、それまでの神道を中心とする反藤原の動きもあり、戦国時代まで続いたが、徳川体制下では、仏教で統一をみたそうだ。生類憐れみの令などは、皮製品を取り扱っていた薬師寺系神道信徒への弾圧の法令だったようである。 さて、この歴史の流れをみれば、社畜的な働き方が、戦国大名に通じることが実感できるだろう。つまり、会社は、戦国大名家と考えるとわかりやすい。だからいまだに、信長、家康、秀吉という中世のメンタリティに憧れを抱いている日本人が多い。しかし、それらの像が、実は、仏教が流した虚像であることはあまり知られていない。 例えば、八切氏が指摘しているが、比叡山を焼き払いもし、反仏だった信長の墓が、仏教の寺にあるのはいかにもおかしく、史実的にも、信長の遺骸は残っていないはずで、銭稼ぎの見世物商売であることがわかる。 つまり、社畜的な働き方が、戦国大名のお家大事からきており、それは、中世では、輪廻転生が信じられていて、家系が存続していれば、輪廻転生が可能であることを仏教がウリにしていたせいである。だから、お家存続のために、自己犠牲が尊ばれ、家系を継がない者は坊主として出家に出された。 そして、生活万事に仏教や坊主が介入し、考えることや、仏教とは異なる思想は排除されてきた。だから、「日本が世界一貧しい国である件について」という本の著者が指摘しているように、「受け身ではなく、自発的に考え行動すること」ができないのである。 古来から、日本で暮らす人々は、思想の自由を奪われてきたから、洗脳されやすい。例えば、戒名などに大金をとられて、成仏できずに浮遊霊になってしまっても坊主は一切責任とらない。いまだに占いなどに依存している人も多く全くアホらしい。占いが当たるのなら、占い師は皆大金持ちで、占いなどで客をとらなくてもよいのではないのか、占い自体が商売になるのが洗脳である。 以上の奴隷根性の源流を探るのに、八切史観は非常によいので、以下に面白い話を抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ 一般庶民は奴隷 http://www.asyura2.com/11/bd60/msg/448.html 義理と人情とは----前人未到で、これまで何人もなしえなかった日本古代史への入門を、何の参考らしいものとてもなく、まったく自力で独特解明してこられたのは何故でしょう。まったく、これまでの日本史では例外ともいうべき納得できる真実で読めば合点でき、これが本当だなと判るのですが---- 民族の血の流れでしょう。誰もできなかったのは、日本という国は儲かることでなくてはしない。真実の歴史の解明なんか一銭にもならぬ。だから身銭をきってまで馬鹿なことをするようなのはなかっただけです。解明し後学のために書きあげた八切史観の初め五冊は、あんまり詳しく書くとわかりにくいから、 占領軍の方が、黒染の黒。要するによく外国で、宣教師を先に送っておいて、それで人民を手なづけてから占領軍が入ったみたいに墨染の衣を着た坊主を先に入れました。今でも岡山へ行くと、黒住教という宗教が残っています。それに対するに被占領軍の方は白となして、黒と白で八切史観はいってます。 しかし、本当はそれよりも、古代海人族は赤でその方が多いんです。これは神社で言いますと、白木造りの神社って申しますね。あれは白木じゃなくて新羅造りなんです。日本において、新羅の方が多くて、高麗(こま)は九州の薩摩だとか肥後もっこすが高麗ですが上州の方も強いんです。埼玉県には高麗神社がありますけれども、彼らはその氏子なんです。同じ騎馬民族として共闘したのですが、勢力が今の慶尚道の新羅の方が強く、やがて、その下に入ったものだから白木造りの神社の前には、必ず狛犬が置いてあります。ガードマンみたいに、左右に二匹ならんでいるのがそれです。 古代海人族の方は、原住民の立場でいいますと、馬方は、民族カラーの白いフンドシです。ところが、カゴカキだとか、それから蓮台渡しだとか、馬を使わない方の人足は全部が赤フンドシです。要するに、生魚をかじりながら日本へ流れついた連中ですから、私たちの子どもの時には、海で水泳する時には先生がみんな赤フンしめさせたもんです。僕は白いフンドシだと汚れるから赤いのかと思ったら、そうじゃないんです。海へ入るのだからです。 大体において、白と赤とは庶民の大半どころか殆どだということになるゆえ、紅白の水引とか紅白歌合戦だとか赤と白に限ってます。坊主相手のお葬式の時だけは白と黒になるわけです。 郭ムソウこと藤原鎌足が最初二千人連れて白村江の戦いに663年勝って日本に入ってきて、その次の664年の五月には御所へ入っています。で、日本の歴史年表をみると、郭ムソウが表函を進む、要するに進物をプレゼントするということになっているんです。 ところが、マッカーサーの時を思い出してもらうとわかるけど、第一生命ビルですから目の前の二重橋を渡れば入れるのにマッカーサーが宮城まで行って表敬訪問はしてないわけです。おそれ多くも天皇陛下の方でマッカーサーのところへ行き、腰かけてでも写真をとればいいものを、占領軍は立って写真をとるもんだから、情けない変な写真になり、申訳けなさに私は関東軍若手将校と共に付合いで、もちろん浅く切って左右へ知らず助かりましたが腹を切ってしまったんです。 私なんかは子どもの頃から天皇陛下万歳で育ってきたし、紀元節の時にはちゃんと紅白のマンジュウもらっていたから、マンジュウを頂いたための義理です。義理と人情をハカリにかけりゃ、義理が重たい男の世界って高倉健さんが歌うとカッコウいいけどね、義理というのは全部、物もらうとか金もらうことであります。人情からいえば、田中某は評判が悪いし悪い奴だけれども、しかし田中某のお陰で道路工事の仕事が回ってくるとか、田中の側に投票をすると幾らになるとか‥‥ (中略)----藤原というのは、結局、郭ムソウの流れということですね。----そうです。唐です。軍人は前後ともで四千人です。これをみな「防」というんです。これの隊長が「坊主」なのです。それがいつの間にか坊主になっちゃったから‥‥判らなくなる。----その藤原氏の流れが偽史シンジゲートといいますかね、日本の歴史偽造の‥‥----偽造じゃなくて、彼らの都合のいいように創作しただけの話です。偽史というと、何か正史があって偽史があるみたいだけども、創作史ですよ。勧学院というものができましたのが西暦八百年頃です。いまでいうと各種学校で、英語の学校ができるみたに各地に設立。----そうすると、藤原家の政権が確立されてから1300年ぐらいなりますか。この1300年間の日本の権力構造というのは、唐の占領軍ですね、大体多くみて二万人ぐらいですか‥‥----兵隊は合計で四千人ですが、軍人軍属が倍の約八千人それにくっついてきた一旗組がいっぱいいるわけです。だから武力で御所を押えてしまい、危なくなると百済系の天皇をもってきたり、これは吉川弘文館から出てた『和気清麿』をみてもよく判るけれど、この桓武天皇の皇后から、御所全部の監督する女官までがみな百済人です。ずっと代々にわたって八十年程は続く。 やがて、足利中期になってからだが、当時、はっきり言って、日本には山金がゴロゴロあった。南部馬追唄に、田舎なれども南部の里は黄金の山が何とかとか、それから会津磐梯山は、黄金の山よ、など、他に何も特産物はないけど山金だけはゴロゴロしておったんです。言うなれば黄金咲くみちのくですね。だが金というものは、結局、軟らかいだけで刃物にもならなきゃ鍋にもならないんです。だから金売り吉次が当時の消費都市である京都へもってゆき、金を売りに行ったわけですけども、当時、金歯もなけりゃ金時計もないし、うっかり装具に儀礼用はいいけど、実戦用に刀なんかにつけたらピカピカ光って敵にすぐ目をつけられてしまうから、さっぱり金は売れない。だから代わりに歩き連れていける人間をかっぱらっていったわけ、奴隷商というのが一番、当時はいい商売になったからです。 ☆ ☆ ☆ 坊主がいかに史実を美化しても、坊主の贅沢な格好や生活をみれば胡散臭さが伺える。
2013年05月13日
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日本の現在の習慣が江戸時代とほとんど変わらないこと、特に島国根性と呼ばれる奴隷意識が、八切史観による歴史解釈から現代の不可思議な因習のなかに伺えるが、その流れで、「日本が世界一貧しい国である件について」という本を読んだ。 この本の内容を一言でいうなら、日本人(日本社会で生活する人)は異なる価値観を認める許容力に乏しく、不自由な生活に不満をもっているが、耐えるのを好む傾向にある、というように解釈できる。 特に、海外と比較して、不平不満がありながら、自分でそれを解決する能力に乏しい、と書かれている。自分の問題なのに、自分はそれに対して何をするということもなく、「なんとかなるだろう」というの期待感が大方の日本人の真意を代弁しているという。困ったときの神頼みだが、日頃から神様に感謝している人は一体どれくらいいるのだろうか? この本は海外からみた日本を的確に表現しているようにみえるが、日本人(日本国籍をもつ人)を単一民族として捉えている点については多少誤った認識がある。だから、海外では通用しない日本独特の不可思議な思い込みや慣習とされていることの源流までは追求できていない。 だが、この本に書かれているような、例えば、日本人ほど、政府や公的機関を信じきっている国民もいない、というのは本当に思うし、だからこそ、教育は官僚養成機関化しているともいえる。 この本の著者によると、著者に、日本での生活について不満不平をぶつける日本人は沢山いるのだが、著者が、解決法を提案すると、その解決法に今度はあれこれ理由づけして、不満不平を述べるというから、もう精神が腐敗し、官僚の如くといえる。 つまり、国民を官僚化させる元凶が、日本の教育システムにあることは疑いの余地がない。総じて、日本人は、自分の問題を自分で解決しようとする意志に欠け、専門家に丸投げする傾向にある。なんでも与えられないとできないような未熟な精神の持ち主と、この本の著者も看破している。 この本では、更に日本ではいまグローバル化が叫ばれているが、叫べば叫ぶほど、海外からみれば、実は、益々ガラパゴス化、いわゆるローカル(局所)化しているのが日本の現状であるという。 例えば、グローバル化のキーワードとして国際語としての英語教育が取りざたされているが、日本人の話す英語が映画スターウォーズの悪役に使われるぐらいの偏狭さをもつほど非常に意味蒙昧なことは、枚挙に暇がない。 またとかく日本人(日本に住む人)は、皆が一律に行なっている風習に対してなんの疑問ももたずに文化として行なっているが、そのほとんどが過去の権力者による洗脳であることにきづいていない。 一例を挙げれば、戸籍に必ず本籍地を明記するのは、寺院が農奴を管理してきた名残であることなどである(農奴以外の貴族やサンカには戸籍がない)。葬式にカネがかかるのも日本独特の腐敗仏教のせいであることは以前紹介した。また例えば、その弊害は、冠婚葬祭時の礼を逸したファッションセンスのなさに端的に現われている。 最近はそうでもないらしいが、日本人のファッションはとかく個性がないとみられているが、その劣等感が、セレブ好き(追っかけ)、海外ブランド志向に走らせるのだろう。 何事にも秩序があり、ファッションにも暗黙糧にルールがあるのは勿論だが、大多数が行なえば、ルールを破ってもよい、と思っているところがある。赤信号皆で渡れば怖くないというわけである。 だから、大多数に属することが日本に住む重要なファクターとなっているようで、これがファッションセンスのなさに顕著に現われてくる。 ファッションは相手に与える印象に左右されるから、自分がどう見られるかの客観視が非常に重要となるが、日本では多数派に属する意見が権威として尊重されるので、個性をどう表現するかよりも、なるべく目立たない没個性を求めることになり、いかに多数派に属するかを表現し、人間性を追及するというよりも、結局、組織の歯車になる、というような没個性に陥る。 そのような自己矛盾に陥らないために、日本ではユニフォームが定着化し、権力者が服装にまで干渉してきた。実は、これは支配者にとっては管理するのに全く都合がよい。 だから、日本では大多数に属していても、海外では少数派ということがほとんどで、特にファッションは日々移り変わるのと、個性化を基点にしているので、大多数に属する、というのは結局、日本人自らが、日本人を特殊な環境に疎外し、集団化させることになる。だから、日本人は海外に出ると群れるといわれる。 結局、この大多数に属したいという意識は、ファッションでは没個性を生み出す。例えば、日本人の葬式は、一律黒服黒ネクタイとなるので、欧米では怪しいヤクザの集団にみられるようである。 やはり、日本人の没個性故の集団帰属性の元凶を、八切史観により日本の歴史から考察すれば、唐からの律令制度にあることは、現在の官僚をみれば一目瞭然といえる。大陸から進取の思想を取り込んで差別化を図ることが、古来から行なわれてきた。そのことは、いまのグローバルという名の下の官僚支配からも明らかである。 しかし、日本から一歩外に出れば、もはや日本の価値観は通用しないのが現実なのに、通用させたいので、海外でも同じ日本人を求め、集団化してしまうのだろう。 しかし集団化とはいっても、日本人は単一民族ではないので、日本人という言い方は適切ではなく、少なくとも大陸からの支配者の末裔系と、古くから住み、殖民支配された原住民の末裔系に大別できる。 大陸系(支配者)か、原住民系(被支配者)かである。 大陸系は、官僚的意識が強く(お高くとまっている)、原住民系は、被害者意識が強い(小市民的)といえる。この流れがA層、B層とも呼ばれる洗脳構造を生んでいる。
2013年05月10日
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前回、西郷について、虚像が一人歩きしている理由を、異端とされる歴史家の八切説や鹿島説から抜粋紹介した。 歴史は権力者により書き換えられてきたから、通説だけでは片手落ちで、むしろ異端とされる説のなかに、書き換えられた理由をみつけることができる。 つまり、権力者に都合の悪い話が、異端とされる説のなかに眠っている。 そこで、西郷とともに有名なのは、坂本龍馬だが、西郷が維新後に薩摩の権力を高めるのに利用されたのと同様に、坂本は土佐の権力を高めるのに利用された。 とかく信長の本能寺の変と、龍馬の暗殺は、日本史オタクのなかではよく語られる。八切氏の家康黒幕説(実行犯;斉藤利三)は、以前紹介したが、今度は、龍馬暗殺を考えてみたい。 残念ながら、八切氏は、龍馬暗殺についてはあまり調べていないようだが、坂本龍馬は本名ではなく、本名は、「才谷梅太郎」というようなことを述べているらしい。 ☆ ☆ ☆ 八切式姓の法則 http://www2.odn.ne.jp/~caj52560/seinohousoku.htm 先祖が伝えてきた「蔭性」 とはいうものの、中には、「姓といっても、幕末でさえ苗字を有していたのは士分(武士)以上の階級で、百姓町人といった一般庶民には無縁ではなかったか? なのに、その姓を先祖に遡って探究するのは、無理ではないか、おかしいのではないだろうか」 との疑問を持つ人もあるかもしれません。 しかし、「木枯らし紋次郎」のように放浪して歩く者の他は百姓町人でも家があり住まっていれば、神棚や仏壇のある場合は必ずそこに「蔭姓」というのが祀ってあったもので、「姓」はそれぞれ、いざという際に着用する紋付の紋と同じようにちゃんともっていたものなのです。 そして、「苗字帯刀御免」というように、町人などが苗字を名乗ることを許されたときなどに、この先祖伝来の「蔭姓」を復活させ公然と名乗ったのが実状です。 例えば、坂本竜馬にしても、これは土佐藩の手がのびるのを惧れての変名であって、本姓は、「才谷梅太郎」でした。しかし、彼の時代には、造り酒屋の商人であって表向きには苗字はなく、その「才谷」いうのも先祖伝来の「蔭姓」であったわけです。 また、天誅組の吉村寅太郎の場合も,生家は庄屋とはいえ百姓でその、「吉村姓」は先祖伝来の蔭姓で使わずに蔵ってあったものなのです。 もちろん、先祖伝来の姓のない流れ者とか水呑百姓や日雇をしていた者もいましたが、彼らの場合はみなその生まれ在所を上につけ、もって「何処の誰」と姓にしていたものです。 さて、土地というのは、幕末までは許可された旅行者、「道の者」と称される旅芸人や流れ職人の他は、限定居住であって、今日のように勝手に何処かに移り住んでもかまわないなどということはなくて、先祖伝来の決まった土地に住んでいなければならないのが決まりでした。 例えば、百姓などは、その自分の住んでいる土地から離れれば、これは「逃散の罪」に問われて、捕えられれば、討ち首、獄門とまでされていたのです。ですから、大体その土地柄がどこであるかということが判ると、その住んでいる人間の民族別先祖もまたはっきりしていたのです。 ですから今でも、この姓は何処々々に多いとか、ある地方にかたまっているとされているのも、やはりそれはこの限定地域居住によるからなのです。 秀吉に取りたてられ淡路島の洲本三万石になり、幕末まで続いた脇坂家の先祖で、賤ヶ岳七本槍の一人とされる脇坂安治にしても、その出身地の小谷東西別所は三千人もが、古来みな同じ脇坂姓だったというのもこのわけであります。 ☆ ☆ ☆ とあるので、この八切説によれば、土佐藩では、脱藩の才谷梅太郎は知っていても、坂本龍馬なる人物は不明だったはずで、才谷梅太郎=坂本龍馬であることは、本人にとっては知られてはいけないはずだが、通説では、いまや「坂本龍馬」が本名となっている。 では、なぜ、「坂本龍馬」の名が広まったのだろうか。調べてみれば、例えば、以下のようなサイトに遭遇する。 ☆ ☆ ☆ 坂本龍馬 http://www.denkiworld.com/ryoma.htm 坂本龍馬は明治維新の後、しばらく注目されることがなかったが、1883年に坂崎紫瀾が書いた伝記的小説「汗血千里駒」が、大評判となったことで、一躍その名が知られるようになった。 その後、日露戦争の時、再び龍馬ブームが起きた。 1904年、明治天皇の皇后・美子(はるこ)の夢枕に、坂本龍馬が立ち、「私が海軍軍人を守護いたします」と語ったとされる新聞記事が、世間をにぎわせた。 そして「現代的・龍馬像」を作り上げたのは、なんといっても司馬遼太郎である。 司馬遼太郎の長編小説「竜馬がゆく」は、一大龍馬ブームを巻き起こした。 「行動力」「情報収集力」「人脈形成術」「自由闊達(かったつ)さ」「進取の姿勢」「身分ではなく志の重視」「絶妙な危機管理」など、司馬遼太郎が生み出した「新しい龍馬像」は、「政治家」「経営者」などのリーダーシップの理想像とされ、「歴史雑誌」だけでなく「経済誌」などにも、たびたび取り上げられるようになった。 ☆ ☆ ☆ 以上のように、「坂本龍馬」という名を広めたのは、坂崎紫瀾に代表される、土佐藩の連中であることがわかる。 しかし、龍馬暗殺の黒幕説のなかには、土佐藩も挙げられているので、仮に黒幕が土佐藩だとしたら、暗殺した人物を英雄として祀りあげていることになる。当然、土佐藩に疑いの目が行かざるを得ない。 また、龍馬は、脱藩浪人なので、厳密にいえば、土佐とはつながりが切れているのに、土佐藩の権力強化に使ったわけで、土佐がやっていることはまさしく歴史の書き換えで、洗脳そのものといえる。 更にいえば、似たような境遇の中岡慎太郎という名が、龍馬に比べてあまり広まっていないことも不思議である。龍馬の名を広めるのに、中岡にはない有利な条件があったはずだ。 龍馬と中岡の違いは、グラバーや勝海舟-慶喜との接触の違いが第一に挙げられる。中岡は通説では、討幕派で、龍馬は、大政奉還派といわれている。鹿島説では、幕府側の勝-慶喜も、薩長も、南朝建立で思想的に一致をみている。その証拠が例のフルベッキ写真だ。 思想的に一致してはいるが、利権獲得となると、龍馬と中岡の間には大きな違いが生じる。通説では、龍馬は、幕府側にも加担し、中岡は、あくまで薩長に拘り、それゆえ、龍馬暗殺中岡説も出てくる。 つまり、幕府と薩長が割れたのは、南朝建立の際の利権獲得である。 龍馬暗殺後の利権の推移をみれば、薩長が龍馬亡き後の利権を獲得したことは明らかで、その理由から、龍馬暗殺黒幕薩長説が浮上する。 多くの異端説では、龍馬暗殺の黒幕は、薩長というのが主流である。薩摩なら西郷、長州なら桂である。 結果的にみれば、龍馬の亀山社中を手に入れた岩崎弥太郎の三菱といえるだろう。弥太郎と後藤象二郎で、やはり土佐藩が非常に怪しい。 しかも、三菱は、その後、戦時にアヘンを商売にして暴利を貪り、幕府側は、龍馬暗殺後、賊軍へと転落する。勝てば官軍負ければ賊軍である。 では、なぜ、土佐藩は、自分たちも暗殺に関わった龍馬を英雄に仕立てたのだろうか? ここからは推測の域を出ないが恐らく、長州が薩摩を追い落とし、陸軍を掌握するなかで、薩摩が海軍を砦とすることへの対抗手段にしたものと思われる。龍馬暗殺というアキレス腱を、土佐は、薩長揺さぶりのために利用したのではないだろうか? つまり、薩長の陰で、土佐が犠牲になっているという負い目を明らかにすることで、土佐の権力強化を図ったのではないかと思う。 現代でも、野球選手が政権の権力強化に使われるのと同じである。
2013年05月09日
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先日、「深い話」というタイトルの番組で、オカルト特集をやっていたのをみたが、どれもこれもネットでは全く当たり前の話だったので拍子抜けしてしまった。所詮マスゴミである。ぜんぜん深くないから、「浅い話」にすべきだ! とくに西郷の風貌について、有名な「フルベッキ写真」がでていたが、フルベッキが撮ったような紹介をしていたが、フルベッキが写っているのに、フルベッキが撮れるわけがなく、上野彦馬が長崎で撮ったものといわれている。 フルベッキ写真 この写真、鹿島昇説によれば、徳川慶喜が、上野彦馬に撮らせたものだという。この写真が表に出て拙いのは、明治天皇替玉説と関係し、その証拠といわれているからである。 フルベッキの左下の少年が明治天皇といわれている。 フルベッキ写真のなかで似ている人物を記した写真。 以前、このブログでも紹介したが、西郷の写真は、もう1枚ある。それは王政復古の写真であり、以下のものである。 八切氏によれば、西郷の写真がほとんど残っていないのは、「花の西郷隆盛」という書に『己の写真や肖像画の一切も焼きすてて、「サツマの為に」とハヤトとして出陣した。西郷軍政下に薩摩国は、独立した。』とあるように、西郷が、薩摩国を独立させるためであったという。 また、同書に『熊本城攻撃に敗れ田原坂で戦い三万の若者をなくし城山へ戻っても、まだ西郷隆盛は、「革命は最後まで死力つくすべきでごわす」と花々しく陣頭にたっていた。通俗史では、「東方に向かい頭を下げ切腹した」とする。実際は最後まで薩摩を守ろうと地元優先。桐野利秋、村田新八が倒れた後、腹と股を撃たれ別所晋介に肩をかり戦い、討死したのである。』とある。 花の西郷隆盛 http://www2.odn.ne.jp/~caj52560/saigou.htm 結局、薩摩は、長州にしてやられ、賊国の汚名を着せられたので、薩摩の生き残りが、薩摩を盛り立てるために、残っていた西郷の肖像を焼き、英雄像(偶像)をつくりあげたようである。そして、メーソン=長州に危険視された大久保も口封じのために消されたようである。 西郷は、本当の部落解放を行なおうとしたようで、長州が朝廷に成り代わり、身分制度を保ちたかった連中から嫌われたようである。
2013年05月08日
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GWは忙しくてブログをかまってられなかった。相も変わらずマスゴミは嘘情報を垂れ流しているので、時間ができたときに、御馴染みのサイトから抜粋紹介して、洗脳を解かないと危ういものである。 ☆ ☆ ☆ ニュースの真相 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130506/1367806150#seeall イスラエルのシリア空爆と天然ガスと米国の援護 イスラエル軍が、5月3日と5日の2度にわたって、シリアを空爆したそうです。 イスラエル軍、シリア再び空爆…ミサイル標的か 【カイロ=井上亜希子】AP通信など米欧の主要メディアは、イスラエル軍が5日未明、シリアのダマスカス郊外ジャムラーヤを空爆したと一斉に報じた。同通信は、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラ向けに搬送予定だった高性能地対地ミサイル「ファテフ110」が標的だったとしている。イスラエルは3日早朝にも同様の武器移送を空爆したとされ、シリア国内への直接軍事関与を強めている。シリアのズエビ情報相は5日、空爆を「侵略行為」と非難し、「あらゆる可能性の扉が開かれる」と報復を示唆する声明を出した。国営テレビは、攻撃されたのがジャムラーヤの軍研究施設だったとした上で、激しく炎上・爆発する同施設のものとする映像を伝えた。イスラエル軍は今年1月30日にもこの施設付近でロシア製の地対空ミサイルを空爆したとされる。 (2013年5月5日23時19分 読売新聞)http://megalodon.jp/2013-0506-1016-21/www.yomiuri.co.jp/world/news/20130505-OYT1T00534.htm ユダ公としては、どうあってもシリアの天然ガスが欲しいんでしょうね? ユダヤ本国のイスラエルで、シリアを直接攻撃! しかも、キノコ雲が上がったという話がネット上に上がっていますので、ただの空爆ではなく、小型核を使った可能性があるようです。 ▼中東唯一の核大国がシリアを爆撃。マイクロ・ニュークか? http://richardkoshimizu.at.webry.info/201305/article_36.html シリアの情報相も言ってるように、これは本当に単なる侵略なのですが、もっとハッキリ言えば、侵略戦の口実を得るための挑発です。 ロシアなどと協力して、慎重に対処したいところです。 そして、イスラエルのこの『天然ガス欲しさに、他国を爆撃する行為』に対して、ユダヤ米国のオバマ大統領は『正当な行為』と援護射撃! イスラエル空爆:米大統領「正当な行為」 【ワシントン白戸圭一】イスラエル軍が現地時間の2日から3日にかけてシリア領内を空爆したとの報道について、オバマ米大統領は4日、「イスラエルがヒズボラのようなテロ組織に最新兵器が渡ることを阻止するのは正当な行為だ」と述べ、イスラエルによる空爆は正当な自衛行為だとの認識を示した。スペイン語放送局テレムンドのインタビューに答えた。毎日新聞 2013年05月06日 00時15分(最終更新 05月06日 01時18分) http://megalodon.jp/2013-0506-1031-50/mainichi.jp/select/news/20130506k0000m030094000c.html さすが、黒いユダヤ人大統領、素敵なチームワークです(笑) ちなみに、日本ではこのユダヤ人達の工作員である安倍晋三ちゃんが、憲法96条を改正して、次に9条を改正して、国防軍を創設してなーんて、必死で日本を戦争できる国に変える任務に取り組んでいるところです。 この辺の事が分からない方は、下記を参照してください。 ▼米国工作員の安倍偽首相、TPPの次の任務は96条改正 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130502/1367456815 ▼TPP参加表明の強行と田布施人脈と明治維新の真実 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130315/1363316406 ▼安倍晋三と岸信介と統一教会 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120927/1348754351 ▼米国のデフォルトと安倍首相の50兆円献金 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130114/1358161143 万一、安倍ちゃんの工作が成功して、もし日本が戦争できる国になってしまったら、日本の若者がこんなユダ米だのイスラエルだのの、略奪団の仲間になってしまうって事ですよね? 何としても、安倍晋三偽総理の工作を阻止しなければなりません。 ☆ ☆ ☆ 悪魔がきたりて、安倍が吹くかな。
2013年05月08日
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GWで浮かれ気分のなか、悪魔は着々と手を打ってきているようです。御馴染みのサイトから抜粋紹介します。 ☆ ☆ ☆ 米国工作員の安倍偽首相、TPPの次の任務は96条改正 TPPやアベノミクス、そして不正選挙で正体が国民にバレてしまった安倍偽首相。 北方領土問題で国民の点数稼ぎをしたと思ったら、今度は96条改正で、戦争出来る国作りに邁進するそうです。 <首相>「参院選後に改憲勢力結集」 96条改正へ呼び掛け 【ジッダ影山哲也】安倍晋三首相は1日、訪問先のサウジアラビア西部・ジッダのホテルで記者団に対し、憲法改正の発議要件を定めた96条の見直しに改めて意欲を表明した。そのうえで首相は「(発議に必要な)3分の2の勢力を衆参(両院)で形成するよう努力していく」と述べ、夏の参院選後、96条改正に賛成する与野党の勢力結集を目指す考えを強調した。 日本維新の会やみんなの党などと憲法改正で連携する考えを改めて示した。一方で、与党の公明党内に96条の先行改正に慎重論があることについては「公明党の立場もよく理解している。誠意を持って議論を進めていきたい」と述べた。 96条改正で、発議要件を「衆参両院の総議員の過半数」とする引き下げを目指していることについて、首相は「(96条は)あくまでも国民投票に付すところに重点が置かれている。一般の法律と決定的な違いだ」と指摘。発議要件は「過半数」で十分との考えを強調した。改憲論議に中国、韓国から反発が予想されることに関しては、「影響しない。わが国の憲法だから、いちいち説明していく課題ではない」と述べた。 また、記者団が参院選に合わせて衆院選を実施する衆参同日選の可能性をただしたのに対し、首相は「いずれかの時点では国民に信を問わなければいけないので、適切なときに解散をしたい」と答えるにとどめた。 また、首相は4月29日の日露首脳会談を受けて「私とプーチン大統領が決断をしていかなければ進まないし、解決もしないという認識では一致している」と述べ、首相在任中の北方領土交渉の進展への決意を述べた。 毎日新聞 5月1日(水)21時20分配信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130501-00000094-mai-pol このブログをお読みの皆さんはすでにご存知かと思いますが、不正選挙で首相になりすましている安倍ちゃんは、もちろん米国の工作員です。 マイケル・グリーンの言いつけに従って、TPPで日本経済を破綻に導いて、米国ユダヤ系の皆さんの戦争ビジネスと金融ビジネスに協力するため、経済破綻の後、日本を戦争に導くのが任務になっています。 要は、今後の予定は・・・参院選で不正選挙→96条改正→9条改正→経済破綻→国防軍創設→日中戦争 この辺が確信出来ないという方は、下記を参照してみてください。 ▼軍事と金融とアメリカの本質 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120204/1328319655 ▼2つのタイプの略奪と2つのタイプの戦争 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120208/1328660976 ▼静かな戦争の戦い方! http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120210/1328832262 ▼憲法9条改正の強行と緊急時の国民の権利制限 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130312/1363050760 上記の創価学会付属毎日新聞ちゃんの他にも、読売CIAポダム新聞ちゃんも96条改正に援護射撃! 憲法96条、自・維・みんな9割超が改正に賛成 読売新聞社は、3日の憲法記念日を前に、憲法に関するアンケート調査を衆参両院の全国会議員を対象に実施した。 回答した議員のうち、改正の発議要件を定めた憲法96条について、自民党は96%、日本維新の会は98%、みんなの党は96%が「改正すべきだ」と答え、3党いずれも改正賛成が9割超に上った。一方、民主党は25%、公明党は11%にとどまり、政党間の違いが鮮明になった。調査では衆参両院の全議員716人(欠員5と参院山口選挙区補欠選挙当選者を除く)のうち、439人が回答した。回答率は61%。調査結果は、憲法改正を巡る各党の現状を反映しており、今後の与野党の論議や憲法改正の動きにも影響を与えそうだ。衆参各院の「3分の2以上」の賛成を必要とする96条の発議要件を巡っては、安倍首相(自民党総裁)や橋下徹・日本維新の会共同代表(大阪市長)らが過半数の賛成で発議できるよう改正を先行させる必要性を訴えている。 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130501-00001659-yom-pol ▼四大新聞社の裏側と実態!(まとめ) http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120117/1326761770 おやおや? マイケル・グリーンちゃん、かなりせっついてるようですね?(笑) ☆ ☆ ☆ 新聞やTVは連中の洗脳ツールですから、注意したいものですね。
2013年05月02日
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病気の最初の徴候の、「未対応な、変則的な過程」は、次のように生じる。 例えば、人体下部における、広義の意味での栄養摂取という消化機構により摂取された栄養物のなかの物質力が、化学的にも優勢である場合を考えてみる。 健康な人体では、実験室での食物分析などから得られる、食物に含まれる物質力全ては、上部組織の機能により克服され、さしたる問題とはならず、つまり、化学他の物質作用のいずれもが上部には現れず、下部の作用全てが、上部において完全に克服されている。 実際、人体上部が、下部を完全に掌握し、取り込んだ栄養物を完全に消化しつくし、人智学の厳密な表現でいうところの、「完全にエーテル化しつくす」なら、人体は健康な状態といえるが、例えば、下部の物質力に対して、上部の制御力が、不十分で、下部を克服できない事態も生じる。 その場合、通常は外界で起こり、本質的には人体に属さず、人体内では起こらない経過が優位に現れてくる。物質的身体(肉体)は、このような変則性を完全には克服できないので、このような変則的な経過は、機能的な経過であるエーテル、すなわちアルケウスのなかに、はじめに現れる。 (肉体よりも、先に、エーテル体、つまり漢方医学でいうところの「気」に現れる。) この特定の変則的な経過に副った慣用表現を選ぶなら、「ヒステリー」と名づけるのがよい。 ヒステリー http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AA%E3%83%BC 新陳代謝の不規則な経過が独立性を保持するようになる状態を表す用語として、「ヒステリー」を選びたい。後ほど、この表現がそれほど悪くないのがわかるはずである。本質的な狭義のヒステリーの現象とは、実際、上述した不規則(変則的)な新陳代謝が、頂点にまで達した状態に他ならない。 事実、器質的な症候にまで至るヒステリーの経過の本質とは、人体のなかに本来起こるべきでない、外界の経過が起こる、というような新陳代謝の不規則性に他ならない。このように、ヒステリーとは、下部で誤って起こる外界の経過を、上部があまりに弱すぎるので、克服(制御)できないことを意味する。 以上のような現象から、ヒステリーという、下部に対して上部が弱い状態を意味する、対極性の一方の極(陽性)が理解できる。 ヒステリーの特徴と共に、新陳代謝において不規則な経過が現れてくるときは、本来は外界にあるべき経過が、人体の下部において強くなりすぎていることがわかる。 しかし、また逆に、上部が正しく経過しないことで、例えば上部の活動があまりに強く、上部組織の機能等を酷使しすぎることなどによっても、同様の不規則な相互作用が生じる。 その場合は、下部が強くなりすぎるヒステリーの反対の、つまり下部優位のネガ(反対)となり、上部の経過が過度に進行する。このような上部の過度の進行は心臓によって下部に中継される前に終結させられる。 つまり、このような上部の霊(制御)的な経過があまりに強い状態は、「あまりに賢すぎる」と表現できる。このように上部のあまりに賢すぎる進行から、下部優位の変則性、つまり「ヒステリー」の他方の極となる「神経衰弱」が現われてくる。 下部が過多の進行―ヒステリー 上部が過多の進行―神経衰弱 以上のように、人体構造のなかに潜む2つの変則性に注目すべきである。上記の2つは上部や下部の機能に現われる欠陥といえる。そして、人体構造における対極性(陰陽)が、欠陥の基になる、という事実を、徐々に理解していくべきである。 つまり、神経衰弱は、上部の機能が過度に進行する結果、本来なら、上部から心臓で中継されて下部で生じるべき経過が、上部のみで起こり、その活動が心臓で堰き止められ、下部に流れ込まなくなるものである。 以上から、器官に生じた(解剖学的な)欠陥についての実見よりも、遙かに重要なのは、病気の実相(動力学)『Physiognomie』的な観察であることがわかる。 というのも欠陥を生じた器官が示す現象は単なる結果にすぎないからである。重要なことは、病気の全体像や包括的な描像に注目することである。 病気の実相学(動力学)は常に、一方(陰)か、他方(陽)か、の対極的な傾向を持つ、すなわち神経衰弱か、ヒステリーか、の傾向を持つ実相を提示できる。従って、神経衰弱や、ヒステリーのような表現を、日常の言葉として広めるべきである。 (神経衰弱やヒステリーなどの用語は、現代用語としても使われているが、まるで違った意味で使われてしまっている。そもそもは、陰性なのか、陽性なのか、という意味なのである。) さて、以上の上部と下部の相互作用について満足のいく実像(実相)が得られたなら、そこから出発して徐々に次のようなことが認識できる。 最初は機能的な不規則、つまり、人智学でいう、エーテルのなかで生じる作用が、いわば、凝集(蓄積)することで、下部の物質的な器官をとらえていき、最初は、ヒステリーの実相として起こる経過が、下腹部の様々な疾患のなかで、物質的な形態を取るようになっていく症候や、また他方では、神経衰弱が、上部の喉や頭部の病気のなかに、器質的な形態を取るようになっていく症候等についても指摘できる。 神経衰弱やヒステリーとして、当初は機能的に不規則な経過が、特定の器官の物質的現象として刻印(反映)されていく症候等に関する研究こそが、将来の医学にとって非常に重要である。ヒステリーが器質的になった結果として、消化過程全般、特に下腹部の経過全般に不規則性が生ずる。 以上のように特定の組織で起こることは、組織全体にも更に作用を及ぼす。機能上生じた不規則な経過が、更に組織全体にも作用を及ぼすことを見過ごしてはならない。
2013年05月01日
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