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「悪い事をしでかすことがわかっている人を助けるべきかどうか」という命題は、恐らく、医学についてまわる問題だろう。 勿論、この命題のような至極単純な現実に遭遇することはないが、助けた相手に殺されるような、他人の親切心に付け込んだ詐欺まがいの多くの事件が、巷を賑わせていることもまた現実である。 弱者救済の制度を、弱者のフリして悪用するケースが、昨今、巷を賑わせた。弱者になりすますことは、将来、もはや救われることのない本当の弱者になるカルマを生じさせる。弱者になりすますことで、救いが必要な本当の弱者がはじき出され、更には、制度自体の運用を妨害することになるのだから、その罪は何倍にも重いものとなる。 もし、この一件で、国民健康保険制度に歪が及べば、多くの弱者を路頭に迷わせることになるという現実を果たしてどれぐらい理解できているのだろうか? この例から考えれば、人を救えるのは、神のみだけである。悪人を改心させるのは、悪人その人の意志のみである。君子危うきに近寄らず。 さて、この命題について、1つの答えを与える話を、以前、紹介した「チベット永遠の書」のなかにみつけたので、以下に抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ 触媒 http://ameblo.jp/universal-mitamamigaki/entry-11040668487.html テオドール・イリオン著「チベット永遠の書」より2 以下に転載してある記述は地震の落石の際に他者(A)を助けようとして、自らが大怪我を負ってしまった若者(B)をチベットの聖者が超自然的ともいえる不思議な力で、応急処置を施し、苦痛に苦しんでいた患者が瞬く間に回復したという現場に居合わせたテオドール・イリオンと真の隠者との会話記録です。 以下 転載開始 他のチベット人たちは終始沈黙したままである。 聖人(真の隠者)をみつめるのがやっとの状態であった。 そして、彼(真の隠者)が別れの挨拶を告げると、誰もが身を震わせながらその場を立ち去った。 わたし(テオドール・イリオン)だけが、この奇跡的な治癒の現場に残った。 彼はやや歩み寄ってきた。 目はきらきらと美しく光輝いている。 その目をみつめていると、過去も未来も忘れ、わたしは「今」をはっきり意識するようになった。 「なかなかの名医ぶりではなかったかね?」と、彼はにこにこしながら話しかけてきた。 何ということだろう。 彼はわたしがほんの二、三秒前に心に思ったのと同じ言葉をかけてきたのだ。 「はい。」とわたしは答えた。 相手はこちらの思いを読み取れるのだ。もはや、耳の聞こえない真似をしている場合ではない。 「だが、わたしが人を癒すのは、ごく例外的な場合に限るのだ。」と彼は続けた。 「たとえば、食べ過ぎばかりしおって体を悪くした者を治して、どんな意味があるかね? まあ、チベットでは西洋の者たちほど食べ過ぎるということはないのだが」 こういいつつ、彼は意味ありげな眼差しをわたしに向けた。 わたしは、その場から逃げだしたい気持ちになった。 「心配はいらぬ」と彼はいった。 「おまえを人手に渡すようなことはせぬ。わしは誰も裏切らないから安心しなさい」 わたしはこの言葉を聞いて胸を撫でおろした。 「さて、わしが食べ過ぎで体を悪くした者を治すのは、その者が治されたときから、過食をしないようになると、判断したときのみなのだ。世の中には、さらに悪事を働き自分の哀れな体をもっと酷使するためにこのような助けを悪用する者たちもいる。だが、例外はある。わし自らが人を癒したことはおまえもみた通りじゃ」 「あなたが救われたのは若者(B)のほうです」とわたしはいった。 「彼(B)が救った男(A)の方を救うこともおできになったはずですが」 「友よ、わしが彼(A)を救うべきでなかったといっても、残酷に思わないでほしい」 「救うべきでなかったと?」 「いかにもその通り」 「それはいささか冷酷なのではありませんか?」 「確かに表面だけみればそう思えるかもしれぬ。だが、実際には違うのだ。われわれに降りかかる不運はすべて、身からでたさび、悪念と悪行の結果なのだ。 ”われわれは蒔いたものを刈り取るのだ。” 岩が落ちる定めにあった男は、今回は救われたが、早晩同じ状況に陥るだろう。もし今生でなくとも、来世には」 この聖人の言葉はよく理解できた。 わたしは一度の話で、二、三語以上の意味をつかみそこねることが間々あるのだが、このときにはすべての意味が了解できた。 「人は悪に対抗しない方がよいのでしょうか? 例えば戦争に対抗してはならないのでしょうか?」 「戦争は、人間の利己心、悪念の産物じゃ。多くの者は心の中で戦争を起こしている。彼らは絶えず色々な方法で隣人と戦いながら、同時に平和を語る。 戦争が怖いという理由で戦争に対抗するのであれば、そのような抵抗に何の価値があろうか。症状に立ち向かってはならない。 心を変化させることだ。」 どんな国であれ、このような人が理解される機会は、ほとんどないだろう、とわたしは思った。 チベット聖人たちの優しさは力ある優しさである。 多くの僧侶や巡礼者、いわゆる理想主義者たちをも含む他のチベット人の優しさが弱さからうまれたそれであるのに対し、聖人の優しさはもっとも広い意味での無私の優しさだ。 前者は近視眼的、自己中心的な優しさであり、悪しき結果を生むことのほうが多い。 なぜなら、それは症状を覆い隠し、このような症状の原因というべき、誤った生命観によって作り出された腐り切った中身を、忘れさせてしまうだけだからだ。 転載終了 ここを読んでいた時思ったのは、臨死体験談や、輪廻転生と同じ教えである、ということでした。 また「日月神示」にある「改心第一じゃ」という言葉の意味も、「症状に立ち向かってはならない、心を変化させることだ」というチベット聖者の言葉と同じことを言っているのではないか?と思いました。 以上であります。ありがとうございます。 ☆ ☆ ☆ 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」という諺があるように、悪人というのは、自尊心が高いので、助けられて当たり前と思っているはずである。 自尊心が高いかどうかは、その人の態度に表われるから、観察眼があればすぐにわかる。自尊心が高いのであれば、私は助ける必要はないと思う。というのは、見せかけであれ、その高い自尊心に泥を塗ることになるからである。 つまり、本当の自尊心とは、自身で解決すべき問題を解決した後にもたらされるものだからである。 だから、その見せ掛けの高い自尊心に取り入る必要はないように思う。医療を行なう者は、患者の自尊心、魂をみる必要があることだけは確かだろう。自身で解決すべき問題を他人が解決してやると、依存心が膨らみ、怠惰な自尊心や虚栄心が増長するだけだからだ。 しかし、病気に罹ったことで心を入れ替える兆しがあるのなら、是非進んで助けるべきである。 だが逆に治療を施したことで、かえって身体を酷使するようになるのなら、治療しないに越したことはない、というのが、この話の答えである。 助けることで、悪人が改心することが誰の目にも明らかであるのなら、助けるべきであろう。しかし、悪人というのは自身を自尊心でかため、悪人とはけっして思っていないから、悪人なのである。 巷の金持ちや権力者の自尊心ほど始末に負えないものはないだろう。そのような人物の多くが不治の病といわれる難病に罹っていることがよくある。他人より幸福でいたいという想念が、逆に反応して、自分だけが不幸であるという結果を生んでいる。 だから、本当の治療とは、魂の治癒でなければいけないようである。ソクラテスの魂の配慮を思わせる。
2013年06月28日
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オカルトでは、「必要な師は、本当に必要なときに現われる」といわれている。また、「絶望の淵に神が現われる」という格言もある。 つまり、神様が必要に思うとき、人は得てして、苦しいときに神頼みをするが、そういうときは、神からみれば、実は自力で解決すべき問題であることがわかる。そういうときに現われるのは神ではなく、悪魔であることが多い、ということなのだろう。 振り込め詐欺などのマッチポンプのやり方をみれば、このことがよくわかる。人は苦しいときには、より安楽の(安易な)方向を選択するという習性を用いたものである。 魂を堕落させる、この悪魔の法則を用いて、仏教などは金儲けをしてきた。特に新興宗教などは、勧誘に金銭などを与え、金銭中毒にして、金銭がないと何もできない不自由な身にしておいて、悪辣な商売に就かせ、次第にその何倍もの金銭を巻き上げ、死ぬまで、また死んでからも墓を作らせて、回収するように仕向けていく、だから、日本に住む魂を堕落させた多くは、仏教のせいでもある。 大体、釈尊が墓をつくれなどといったのか? はなはな疑問だが?? 禅の教えには、釈迦に会えば、釈迦を殺せというものがあるが、その教えが全く生かされてないのだから、ましてや禅宗の寺も賽銭を集う商売をしているわけだから、師に泥を塗っているわけで、呆れてしまう。 人の弱みに付け込む商売ほど碌なものはない。 人は生きるために、多くの自然破壊と、殺生をやらずにはいられないから、死んでからは、肉体ぐらいは自然に返すべきだろう。 霊魂が離れた肉体は単なる物質であることを理解していれば、古代エジプトのように、輪廻転生のためにミイラをつくり、先人の叡智を受け継がせるのならまだしも、墓など故人を偲ぶ機会をつくる以外は何の意味があるのだろうか? その故人を偲ぶというのも、過去の話ではなく、現在、故人と同じような死の苦しみに遭遇している人に対して、手を差し伸べなさい、という意味であり、弱者保護の必要性を説いたものであり、寺や坊主に金儲けさせるためではない。 このような曲解が巷に溢れてるから、末法の世といわれるわけだ。 さて、では、どのようなときに、本当の師が現われるのかを、あるサイトから抜粋紹介することで、少し明らかにしてみたい。 ☆ ☆ ☆ 生と死を超えた概念に不思議な転機が訪れる http://m-ken.blog.eonet.jp/weblog/2011/10/post-f69a.html 生と死を超えた概念に答えがある。 以前にも何度か書きましたが、UFOに搭乗した軌跡のりんごの木村秋則さんと、高橋稔さんには共通する点がある。 (略) これらの不可思議な共通点は生と死を超越した概念に、彼らの関与があったと言う事実だ!! これは、先般も書いた「光は自分の内に放て」イルミナティのキリストにも言えることだ。 これらの共通点は非常に重要なものである。 (略) それは追い詰められて自殺をしようとした時に、人生の転機が訪れたと言うことだ。 木村秋則さんが、不可能と言われた完全無農薬栽培でりんご生産した。 http://blogs.yahoo.co.jp/yuuhinooka2/23811925.htmlより ●●●●●●●●●●以下転記はじめ●●●●●●●●●● しかし、無農薬・無肥料のリンゴが出来るまで、虫と闘い、7年間一個もリンゴが採れずに壮絶な失敗を繰り返し、最後は首吊り自殺を決意し、ヒモを抱えてその木を見つける為、岩木山に登って行った。 そして、“この木で首を吊ろう”と綱を投げたが届かず、その綱を拾う為しゃがみ込んだ所にリンゴの木があった。 草がボウボウとしているにも拘わらず、「何故このリンゴの木は元気が良いのだ?」 木村さんは、「オヤッ、待てよ!」 「このリンゴの木は農薬を使っていないのに、虫もついていない・・? 病気にならず元気が良い・・? 土もフカフカしている・・? 何故だ?・・そうだ、これだ☆!」 木村さんはもう自殺を忘れ、転げ落ちるように山を駆け下りた。 その日から、木村さんの土作りが始まった。 無農薬・無肥料は当然であるが、雑草も刈らずに伸び放題にした。 やがて、色々の植物が芽を出し、生茂るようになった。 すると、植物多様性が次第に進み、虫の種類も増え、一つの害虫に偏って大発生することも無くなった。 その年、木村さんの広いリンゴ畑の一本の木に7つの花が咲き、二つの小さなリンゴが実った。実に8年目の出来事であった。 そして9年目、驚く事にリンゴ畑一面に真っ白な花が咲いた。 この時の感想を、木村さんは「友人からお前の畑一面に花が咲いているぞ・・と言われ、初めは信じられず、小屋の片隅から恐る恐る覗いた・・目の前に広がる光景に、足がすくんで、身動きできず、涙が止まらなかった」と語っている。 雑草の生茂る中で生まれた「奇跡のリンゴ」は、完全無農薬の自然栽培で生まれた軌跡のリンゴである。 ●●●●●●●●●●以上転記おわり●●●●●●●●●● そして、UFOに吸い上げれたと証言する四国の高橋稔さんも同じようにUFOに吸い上げれた体験を家族や友人や職場の方に話していた。しかし家族から精神病院に強制入院させら仕事をやめさせれ購入したばかりの持ち家の返済も出来ず路頭に迷い自殺をしょうとした時に、自宅にあった石に不思議な模様が浮き上がった。 その不思議な現象で「直感」で何かを感じた高橋さんは、取り付かれたように絵を描くようになる。そしてご本人の好きなビールを使い絵の具を溶き普通では表現できない色合いや光沢やビールの発砲による立体感のある絵を描き美術界で数々の賞を受賞して岡本画伯のように海外で認められるようになった。 ☆ ☆ ☆ 以上に抜粋した話を全て信じることはできないが、求めようとしても得られないことは、その極意を表現しているようにみえる。 マーフィの法則だったか、「みつけようとするほど、みつからない」ということをよく経験するだろうが、見つけ方の問題もあるだろうが、みつけようとする欲望そのものが問題であることを指摘しているように思える。 しかし、見つけようとしない限りは、みつからないのも、事実である。 つまり、師に教えを乞うのなら、その教えに、自身が相応しいかどうかは、師が決めることなのである。 師の教えを受けるのなら、「光は自分の内に放て」ということなのだろう。
2013年06月28日
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三次元思考から脱するには、エメラルドタブレットの内容が有益であることを、事あるごとに紹介してきた。例えば、以前、ニュートン訳のエメラルドタブレッドにもある「上にあるごとく、下にもある」という格言は非常に興味深い。 この「上にあるごとく、下にもある」という格言から思い浮かぶのは、三種の神器の勾玉である。 勾玉の形から、「稲穂(米のかたち)」を連想する人もいるだろうが、「稲穂」から更にまた、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という諺を思い浮かべる人もいるだろう。 この諺は、宇宙の摂理を解いているのではないか、と思われる。それは循環の原理である。 「上に行くほど、下に通じる」という意味である。つまり、「上にあるごとく下にもある」という格言の意味も含んでいる。 以前、自分の尻尾をかむ蛇の図(以下)を紹介したが、この図は、このエメラルドタブレットの内容を表している図のようにも思える。 上に行けば行くほど、下から返って来る、というように、それはまるで4次元の世界のようである。 つまり、この4次元の世界のなかに、循環の原理があり、上から下への陰陽の変換の働きのなかに、上と下をつなぐ神の存在があるように思える。 これと似たような話を、ネット検索していて、あるサイトの「チベット永遠の書」という本のなかにみつけたので、以下に抜粋紹介していく。 真(ホンモノ)と偽(ニセモノ)の判別のしかたについてである。 ☆ ☆ ☆ 触媒 http://ameblo.jp/universal-mitamamigaki/entry-11040633210.html テオドール・イリオン著「チベット永遠の書」より1 2011-10-07 12:45:21 「チベット永遠の書」より 内容の一部です。徳間書店より発刊されています。 大英博物館に50年も封印されていたという記録文献で、冒険の話も面白いのですが、霊的な事象に関する出来事が現代の日本社会でも通じることが書いてあり、とても興味深いです。 当時のチベットでは宗教が民衆支配の道具として利用されていて、(今でもそうだと思いますが、) いわゆるチベットの聖者として、高位とされる人の中には、2種類のタイプがいるようです。 A)真に霊性が高まり、世俗的、物質的なことに拘泥せずに、肉体的にも精神的にも釈尊の教えを体現している 真の隠者 このタイプは会いたくても会えないそうです。 なぜなら、彼らが誰と会い、何を話すかは、高次の霊的生命体によってコントロールされているようで、彼らが真に必要と認めた場合に限り、例外的に超自然的な力で他者のケガを癒したり、いわゆる奇跡的な活動が行われるということが、読んでいて伝わってきます。 B)いわゆる寺院の高僧とされるラマ僧たち 仏教の教えの本質を民衆に伝えるのではなく、外面的な修行、人に見せつけるための断食や、瞑想などを行い、他者の尊敬や、歓心を集めることを目的とし、世俗的な成功の手段として宗教や、霊的な行、寺院組織を利用している 偽隠者 このタイプがほとんどだそうで、紙芝居や、レイカカリ、悪魔払い、どちらともとれるような予言を行うなど、霊的な事象に関しては、このタイプのラマ僧と現代の金儲け目的の自称霊能力者も大差ないことが、読んでいて伝わってきます。 (日本の坊主もこの類。そもそも「坊主」という名称は進駐軍の頭という意味らしい。権力を笠にして金儲けをする罰当たりな連中ということである。神様を信じてないから、ああいう罰当たりができるのだろう。坊主なんかやめて、税金をしっかり払う真っ当な職業に就くべきである。皮肉ですが、連中は皆地獄に行くために修行しているようなもんです。) 日本のTVなどで氷点下の気温の中で水に濡れたタオルを体にかけて乾かすパフォーマンスをする人も偽隠者に含まれるでしょう。 (厳しい修行をすれば立派な教えが得られると錯覚している糞坊主のことで、苦行など意味がないことを、釈尊が既に説いている。) 偽隠者も寒さを克服し、極寒の中で裸でいられるといったある程度の肉体的な能力は修行によって開発しているようです。 しかしながらその能力を自身の霊性の高さの証明として利用することが目的になるようです。 (苦行した報いを求めるのは、利益のために苦行をしていることで、悪魔の働きである。) 他にも興味深いのは、フリーメーソンとか、イルミナティとの関連を連想させる秘密結社のような存在も書かれています。 ―― 転載開始 ―― ドイツ人探検家テオドール・イリオンは、まだチベットが外界と隔離されていた頃に、初めてこの神秘な国の奥深くにまで潜入した数少ない西洋人の一人である。 彼は流暢なチベット語を話せたが、当時チベット領内に外国人が入ることは違法とされていたため、放浪するチベット人巡礼者を装い、この地に入る決断をする。 1934年から1936年にわたり、生死を賭けた幾多の冒険と死からの奇跡的生還を経てドイツに帰国した。 本物の隠者たちは、精神集中をするために暗室の中に入るといった外面的修行に頼る必要がまったくないのだ。 彼らが隠遁するとすれば、それは好奇心だけの人間と接触しないためである。 ところで、真の隠者たち全員が、隠者とわかる姿をしているわけではない。 中には隠遁生活をまったくせずに、ごく普通の人間のようにみせかけ、隠者でなければその正体がわからないという者までいる。 こうした人々を識別するための「外部的なしるし」というものは何一つない。 チベット真の隠者たちが必要とあらば、不潔な生活習慣をとることさえ、いとわないのは興味深い。 このようなことは、例えば、偉人崇拝に傾く民衆の心を正そうとする場合に起こりうることである。 真の隠者の内には、チベットの僧院の中でラマ僧として、生活している者も少数ながらいる。 宗教をビジネスにしてしまっているラマ僧、何らかの報いを期待して「霊的」になろうとしている類のラマ僧たちには、このような隠者ラマがもつ真の霊性を見抜くことは決してできない。 あの僧院で私を救出してくれたラマは、この部類に属する人である。 真の隠者は人を恐れさせたり、人に自分の力を信じ込ませたりといったことを決してしないが、偽隠者はこれを行う。 真の隠者は人に与える物も、約束する物ももたない。 ただ近づく人にこう言うだけである。 『みなさい。世界は人間の無明によって、おぞましい喜劇と受難の場と化している。 誰もが自分本位に生きている。それは、利己主義が自分の幸福にとって必要だと、誤って考えているためだ。 他人の苦しみを犠牲にして幸福を追い求めることが、この世のすべての苦しみをつくりだしているのだ。 この瞬間にも世界のあちこちから響いてくる苦悩の叫びをすべてきくことができれば、あなたは決してそれに耐えることはできまい。 それほど悲痛な叫びなのだ。友よ、あなたがこのようなことを知っていれば、何もせずにいられるだろうか? 症状を和らげるのではなく、原因に直接向かうことだ。 あなたの心を変えることだ。 心が変われば、あなたは自分の教えに生き、その生きた実例によって、世界に影響を与えることだろう』 このように、真の隠者たちは、人生を変える原動力は内から湧き出てこなければならないと宣言する。 外面的な行を使って聖くなろうとするのは誤っている。 (坊主が黒衣を着るのは隠者と偽るための仮装なのだろう。恐らく、日本ではヤタガラスに起源があるのだろう。) このようなやり方は、人為的に作り出された「聖性」をひととき保たせ、本人の無情さを覆い隠す口実をつくるだけなのだ。 ――転載終了―― ☆ ☆ ☆ ほとんどがニセモノということである。真の聖者なら、必要なものはすでにあることがわかっているので、金銭などを受け取ることはない。第一、金銭を貰えば、今度は金銭を与えるカルマを生じるので、金銭を稼がないといけなくなり、その分、不自由になるわけである。 日本の仏教が金儲けに走っているかぎり、日本社会がよくなるわけがなかろう。
2013年06月27日
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この国の嘘つき政治家のモラルのなさには呆れてしまう。嘘をつきまくっているうちに、言いたい放題の習慣が身についてしまったのか、暴言を連発しているようである。 政治家ではないが、窮地に陥っている人を「自己責任」と見下し、権威におべんちゃら発言しイラク戦争に賛成していた某アナウンサーが、自分が窮地に陥ると、かつての「自己責任」発言を忘れ、莫大な税金を使って、救助をもとめ、昨今、巷を賑わせたと思ったら、今度は、慰安婦発言で、その人格の卑劣さを、海外まで知らしめた某知事が、また暴言を吐いたらしい。 同じような暴言を何度も繰り返すのは、反省が全くみられないか、モラル皆無の人格なのか、とにかく理解に苦しむが、そのような人物は一刻も早く公職から身を引くべきであろう。 どうも、このような暴言を繰り返す人物は、人気と金銭があればどうにでもなると錯覚しているようである。 人気も金銭も、相場で、上がることもあれば下がることもあることを理解していない。相場というのは一端下がり始めれば、ある意味歯止めがきかない。デフレ、インフレはそのために起こる。相場などに頼るから、世の中おかしくなる。 だから、モラルこそ、上がりもせず下がりもしない普遍的な基準となりえるものである。 この際、モラルのない暴言を吐いて何の反省もない人物を公職から追放すべきではなかろうか? 公職でなくとも、いくらでも民間で食べていけばよい。 選挙が近いので、できるだけ暴言をしない人物を選ぶための反面教師として、御馴染みのサイトから抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ 沖縄の女はレイプを食い止めるための防波堤 http://blog.shadowcity.jp/my/2013/06/post-3003.html#more ハシゲがまたしても大暴言なんだが、なんで何度も同じ間違いをしでかすのか、結局、コイツが「オンナは売り物」だと考えているのが、そもそもの認識の違いだろうね。人間の売買という仕組みを、文明論的に排除した西欧文明から見たら、こういう発言というのは、とんでもない時代錯誤の、非人道的な思想の表われでしかない。こうして政治家が人身売買を正当化するような発言を、何度も何度も確信犯的に繰り返すというのは、「お前、喧嘩売ってんのか?」としか見られない。つうか、安値で身体を売る売春婦がたくさんいるからこそ、逆にレイプは増える。売春婦ばかり見ていると、オンナはカネ欲しさに、誰にでも股を開く存在だと、海兵隊レベルの脳味噌ではそう認識してしまうからだ。道行くオンナが全て、売春婦に見えてくる。まぁ、根が飛田の守護神、強きを助け、弱きを挫く、女衒の味方でしかないので、こういう馬鹿が政治家になるのが間違いなんだがw 1 オシキャット(dion軍). 2013/06/26(水) 12:25:15.09 ID:R0NN1zcaP 慰霊の日に沖縄を訪れた日本維新の会の橋下代表は23日、浦添市で講演会に臨み「戦後、沖縄の女性が防波堤となり進駐軍のレイプを食い止めてくれていた」と発言しました。 橋下代表「(当時内務省は)特殊慰安施設協会を作って沖縄にも置いた沖縄県民の女性がその多くの女性や子供たちを守るために、まあある意味防波堤みたいな形になってそこで食い止めてくれる。(略) それを米軍が利用していたことも事実。」 橋下代表は慰安婦を正当化するつもりはないとした上で、他国の悪い歴史を指摘するくらいでないと交渉は進まないと持論を展開しました。 ☆ ☆ ☆ これでは、自らの過去の慰安婦発言を全く反省していないどころか、なぜ反省する必要があるのかと正当化しているようなものです。第一、発言そのものが矛盾し、「正当化するつもりはない」と前置きしておいて、正当化する発言をするのですから、ある意味、確信犯です。正当化するつもりがないなら、発言しなければいいのです。 「正当化するつもりはない」といったすぐその後に、正当化する発言を行なうわけですから、結局、自分は何も悪くない、悪いのは周囲なんだという無責任な態度を表明するようなものです。言語理解力が皆無なんでしょう。嘘の常習犯で、詐欺的な人格ということがわかります。前言を即座に否定する発言をする人物は、詐欺の手口なので、洗脳されないように注意しましょう。 こういうわからずやには何をいっても無駄でしょうし、こういう人物を公職に就けては、多くの人々を不幸にするので、いけません。
2013年06月27日
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俗に巷で「無駄な努力」といわれるものは、道徳性に当てはまらない努力のことをいう。エメラルドタブレットに書かれているように、道徳性に当てはまらない行動は、唯一神が認めないからである。 唯一神が受け入れないものは、自分で背負うしかないから、永遠と長い荷物を担ぐこと、つまり無駄な努力をし続けるしかなくなる。 エメラルドタブレットに書かれているように、唯一神の働きとは、陰と陽である異質な存在を互いにくっつけることであるから、例えば、男女をくっつける働きなどや、対立する者同士を、対面させる働きなどや、上にあるものと、下にあるものをつなげるのも、その働きに該当する。 ヘーゲルの弁証法でいうなら、アウフヘーベンに導くことにあたり、アリストテレスは、これを中庸の精神と呼んだ。 だから、どんなに悪に進もうが、必ずそれに見合うだけの善と対面する宿命にあり、最後には、唯一神により善導されてしまうわけなので、無駄な努力を続ければ続けるほど、無駄だとわかってくる。このことは親鸞の悪人正機説の根拠ともなっている。 また善に対しても、それに見合うだけの悪と対面するわけで、独善に至らないようになっている。 このようなわけなので、唯一神とはいっても、人間からの認識では、とても、唯一とは判別できないから、俗に巷の無学者の説く一神論も多神論も無意味で、一神=多神というように結びつけるイコール「=」こそが、エメラルドタブレットの説く唯一神というべきだろう。 ソクラテスは、唯一神のことを、人間にはわからない存在という意味の、いわゆる「無知の知」で表現した。唯一神の働きは「結びつける」ことなので、人間がそれを分けることはできないから、人間にはわからない存在というのは、もっともなことである。 人間が知識を獲得するには、対象を分けて、分解しないといけないから、人間にはわからない存在というわけである。 しかし、現代の哲学では、このソクラテスの無知の知でさえも、「自分が無知であることを自覚する」という意味に曲解されている。もしソクラテスが、そのことを聞けば、「それでは、そもそも自分とは何なのか、がわかっていないではないか? 自分がわからずに、自分の何がわからないのか、わからないではないか?」と問い返すだろう。 このように現代哲学の多くは、堂々巡りに至り、その言葉を置き換えているだけにすぎない。それは唯物論だから、モノをモノで交換するしかできないからである。思考の物々交換なのである。 第一、ソクラテスが、そんな浅薄なことをいうわけがない。現代哲学のその解釈に対しては、恐らくソクラテスは、本当の自分とは、苦境に遭遇したときに現われるというだろう。だから、現代の説く無知の知とは、苦境に遭遇したときの真価が問われることを指す。誰しも人生において困難に巡り合うわけで、それを解決することで、自分とは何なのかがわかってくる。苦境に追い込まれないうちは、自分などみえてくるわけがない。 他者に上から目線で自己責任と言いながら、自分が苦境に遭遇すると、全く他力本願だった愚者をみればわかる。 現代哲学のような洗脳思想、いわゆる思考の物々交換、いわゆる千日手の無間地獄に陥らないように、あるサイトから、エメラルドタブレットの内容を解説したものを抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ エメラルドタブレットについて http://freedom343.blog.fc2.com/blog-entry-31.html トス(ヘルメス)は寺院で厳しい修行のすえ、肉体を抜け出ることにより地球の高次元または低層階へ旅し、そこにいる大師とも接見していた魂で、宇宙や時空を超えたさまざまな境涯を見学し、人間の姿をしたマスターや、光の意識体のような自然霊からも叡知を授かっていたようです。 トス曰く、肉体での現実生活は、闇からの干渉により、さまざまな拘束、足枷、自由意志の侵害を受けることになり、訓練により肉体から魂が抜け出せないかぎり真の自由は得られないと語っています。 そして、高次元の世界においても、低次元の世界においても、闇からの干渉はついてまわるような感想が述べられています。それは私たちの物質現象界においても、高次元の想念の世界においても同様であることがわかります。 実際に私たちすべての生命体は、肉体の波動により過去の意識や経験を思いだせないでいますが、人間に宿る魂は恒久の年月により鉱物や水から植物、そして低次元の動物から霊的な成長を経てきているはずで、いわゆる万物の霊長であるようです。 物質界(私たちの自然環境や人々の意識による社会構築)とは、自分たちの次元より上の意識から降ろされてきたもであり、その想念が物質化しているにすぎないようです。 すべての意識体は、創造主の一部から分離したものであり、光と闇とは、一つの意識体の異なる側面(異なる性格)にほかならず、硬貨の裏と表のように二つで一つを成すようなものと定義できるかもしれません。 闇がないと、現実での生活ができないので、光のみを追求するのは肉体の破壊に導かれるようです。 ですが、闇の干渉のなかで太陽を象徴とする光の道を進むにはどうすればよいかを、次元上昇したトスが私たちのために残してくれたのがこのエメラルド・タブレットなのです。 万物の創造主は炎や太陽を意味しており、いつしかそこへ進むのがすべての魂の歩む道なのでしょう。 ☆ ☆ ☆ エメラルドタブレットを読み解くものは幸いなるかな。
2013年06月26日
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今回の考察により、治療法のなかに、従来とは異なる人体全体をみる病理学が浸透し、両者の間の橋渡しとなる霊的な領域へと、益々肉薄していくことで、いわば一種の理想的な治療法を示すことが可能でも、それをそのまま活用できないため、そのための知見を獲得することが必要となる。 しかし、それでも、患者の治療に際し、その霊的な領域から得られる事実を考慮し、概観するなら、個々の疾病から、様々な治癒法を引き出せ、断片的な診断結果からでも、少なくとも病因を知ることができる。 特に重要で不可欠なのは、非常に特殊な場合でも、治療に際しては、目の前にいる人間の全体像(人生)に目を向けることである。全体像(人生)を見定めるには、本質的に、人生のはじまりである誕生日まで遡るべきである。 医療関係者を信頼し、様々な話をするが、よく驚かされるのは、患者の年齢について、答えられない場合が多いことである。次回以降見ていくが、患者の年齢を、かなり正確に知ることは、治療の本質の1つである。というのも、治療(治癒)は、かなりの程度、患者の年齢に左右されるからである。 以前、ある病気に対して、ある場合には治癒が非常に良く、別の場合にはあまりよくない、という例が引用されたが、この例(ケースバイケース)の治癒度と、患者の年齢との関係に対する疑問は非常に似ている。年齢に対する治癒度については、治療にあたっては、何にも増して厳密に取りあげるべき重要事項である。 更に重要なのは、次のようなことである。患者の体格がどうか、つまり、背が低くて寸胴なのか、それとも背が高くて、細長いのか、というような体型を常に正確に見定めておく必要がある。人智学で呼ぶ「エーテル」の作用を、背が低くて寸胴と、背が高くて細長い体格から推定し、読み取ることが大きな意味を持つ。 「エーテル」などという命名は、やむを得ない表現で、もっと相応しい名称を、色々と考えるが、人体の実在の一部の表現に、「エーテル」云々といった使用を、望まない人もいるだろう。このような表現を、人智学徒ではない人々にとって、多少とも馴染み深い表現に言い換えることもできると思うが、当面は困難で、しかし、いずれは、そのようになるかもしれない。 今のところは、人智学の理解を深めるために、このような表現を用いる立場を堅持したい。さて、このエーテルの、いわゆる作用強度というようなものが、当人の体格から判定できる。 しかし、できる限り尋ね、確認すべき事項(先述したように、当人のそれまでの人生全てを尋ねるべきだが、端的に、情報が得られないため、全て考慮することは決して可能とは限らないが、できるだけ全てを知ることが望ましい)とは、当の患者が、幼い頃にゆっくり成長したか、比較的早く成長したか、つまり、長い間小さいままだったのか、幼い時期に比較的に背丈が伸びてしまい、その後の成長はゆっくりと行なわれたかどうか、ということである。 以上のような事項は、物質体に対する、エーテル、すなわち機能的発現との関係とでも呼べるような成長過程を示している。そして、この成長の強弱こそ、人体と薬剤との関係を知るために、考慮すべき事項である。 更に、必要なのは、物質体やエーテルよりも高次の構成要素との関係、すなわち、人智学で呼ぶ「アストラル」や、「自我[Ich]」という、本質的な霊魂との関係についての認識である。このような関係を、患者から読み取ることが必要である。 従って、例えば、夢をよく見るか、あまり見ないか、といった問診も吝かでない(すすんですべき)。例えば、ある患者が夢をよく見るのなら、患者の本質的な人体全体の構成にとっては非常に重要な意味をもつ。 なぜなら、夢をよく見るのは、アストラルと自我だけの活動を展開しやすい傾向を持ち、つまり、物質体に、あまり入り込まず、密接に関わらないため、霊魂的な形成力が、物質器官組織のなかに、それほど入り込んでいない状態を明示するからである。 (器官組織の再生力を奪い、霊魂にもたらす傾向が過多となっている。汗等の分泌を頻繁に行う傾向にあるともいえる。霊魂が、「与える」よりも、「奪う」ことが多い傾向をもつ。現代でいう、鬱「うつ」病である。) 更に確認すべきことは、あまり愉快でない質問かもしれないが、当人が活動的で勤勉なのか、それとも怠惰な傾向があるのか、という事項である。というのも、怠惰な傾向の人は、アストラルや自我において、内的な活動性をもつからである。 理屈に合わないように思えるのは、この内的活動性が、意識されず、無意識だからである。この内的活動性が意識されないため、当人は、意識においては、勤勉でなく、大体において、怠惰となる。 というのも、怠惰とは全く逆とみなせる勤勉は、当人の高次性をもって、低次性に介入していく能力、つまり、アストラルや自我から、物質体やエーテルへと活動力を、実際に導いていく能力だからである。怠惰な場合、この能力が非常に少ない。従って、怠惰な人とは、本質的には、人智学的に見れば、(意識の上で)眠っている人になる。 (指導力があるかないか、という感じらしい。) 続いて確認すべき事項は、患者が近視か遠視か、ということである。近視というのは、いずれにせよ、自我やアストラルが、物質体に対してある種抑制されている。近視とは、当人の霊魂が、肉体-物質体に介入しないことの、最重要な徴候の1つである。 (近視の人は、霊的に眠っている傾向をもつらしい。) 更に、将来、実現の可能性をもち、病気の治療にとって極めて重要に思われることを指摘しておきたい。このことは、個々の職業にも、道徳性が浸透していけば、実践できるように思える。 歯科医が、歯や消化等の組織に関する知識を、次のような方法で活用すれば、極めて意味をもつ。勿論、そのためには、患者の同意を得て、患者を味方にする必要があるが、道徳性があれば達成できる。 歯科医が治療の度毎に、患者に成長概略図をわたし、情報を活用できれば良い。その概略図には、歯の成長に関する全活動の記録と診断、例えば、早期に、齲(う)歯[Zahnkaries 齲触症、齲歯、虫歯]への傾向があるかどうか、比較的、高年齢まで歯が良く維持されたかどうか、といった記録や診断である。 これは、次回以降見ていくように、人体全体の判定に非常に意味をもつことである。そして個々の病気の症例から、治療を行う医師が、歯の成長図、いわゆる健康の指標を、歯の状態からでも読み取れるようになれば、重要な治療の指針となる。 さらには、患者の、いわゆる食事に対する嗜好についても知っておくことが非常に重要である。特に重要なのは、例えば、塩分を矢鱈と摂取したがるか、あるいは他のものを欲しがるかどうか、ということの確認である。 当の人物が、どのような食品を特に欲するか、聞き出しておくべきである。塩分全般を欲するなら、当人の自我やアストラルが、物質体やエーテルと強く結びつき、いわば霊魂と物質-肉体とが極めて強い親和性を示すことがわかる。 同様に、以上のような強い親和性を裏書きするものは、外(物質)的な機械的運動、例えば、身体を急速に回転させる等の、機械的な運動時に、眩暈などの発作を起こしやすいかどうかの確認である。 更に調べておくべきことは、恐らく一般的にかなりよく知られたことだが、分泌の障害、すなわち腺活動全般についての確認である。というのも、分泌障害がある処には常に、自我やアストラルと、エーテルや物質体との結合にも障害があるからである。 問診の重要項目 1.生年月日と年齢→治癒度 2.幼年次の成長力と体格→エーテルの作用強度 3.夢をみるかどうか→霊魂の内的活動性 4.怠惰か活動的か→霊魂の肉体介入力 5.近視か遠視か→霊魂の肉体介入力 6.塩分を好む等の食事の嗜好→霊魂と肉体の親和性 7.機械的運動に際し、眩暈を起こすか→霊魂と肉体の親和性 8.分泌の障害等→霊魂と物質体との結合障害 以上は、患者に対するときに、基本的に知っておくべき知見を、1つ1つ順次に挙げたものである。具体的に挙げたが、当の問診の項目が、人体構成に関わる限り、その構成自体が、どのような方向に進むのかが、読み取れる。 (このようなことから、例えば、織田信長が、京料理の薄味を嫌い、濃厚な塩分の料理を好んだというようなエピソードから、信長が、霊魂と肉体の強い親和性をもつ人物だったことがわかる。中世社会では、京や関西の薄味から、親和性が弱い人間が多く、信長のような人物が異端児であったことが、このようなエピソードからもわかる。)
2013年06月26日
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いま述べたいことは、次のようなことである。 特に比較的若い人に勧めるが、種別による腸全体の形態変化、言うなれば、魚類から両生類、爬虫類を経て鳥類に至る変化、とりわけ両生類と爬虫類の腸の形態の相違からくる関係性は究めて興味深く、また哺乳類、そして人間にまで至る腸の形態変化について、比較研究するなら、次のような事実に気づく。 「次第に器官に特殊な形態変化が起こり、例えば、盲腸ができてくる。」 人間では、後に盲腸が現れ、下等な哺乳動物や鳥類の組織から、何らかの器官が欠落し、盲腸の原基が現われる。いわば完全な秩序へと向かう進化の上昇を通じて、魚類には全く存在しない大腸(魚には、大腸はない)から、盲腸が複数生じ、人間には、盲腸が1つあるが、他の動物には盲腸を複数持つ種類もいる、というように、発生についての進化全体のなかに、独特の相互関係を見つけることができる。 このような比較研究から、厳密に、本質的な相互関係を指摘すべきである。単純に外見(物質)的に考えると、実際、次のような疑問が生じる。 「一体何のために、人間は、盲腸のような、外に向かって閉じた(消化)器官をもつのか」という疑問である。 上記のような疑問をよく質問されるが、このような質問は、通常、次のような事実を考慮しない。 実際、人間は二元性(陰陽)[Dualitaet]により自己を開示している、という事実である。 つまり、人体下部で形成される器官は、常に上部で形成される器官と平行器官[das Parallel organ]の関係にあり、下部において平行器官の関係にある器官が発達できなければ、上部の器官も発達できない、という事実を注視しない。 (陰陽の概念が基本である。) 動物の進化系列において、前脳が発達した形態を取るほど、例えば、人間の場合、後に発達させるが、前脳の発達に比例して、腸が食物を蓄積する方向へと形成される。腸の形成と脳の形成の間には密接な関係があり、動物の進化系列において、大腸、盲腸が出現しなかったら、その結果として、物質の原則から、人間は思考できなかっただろう。 なぜなら、人間が、脳という思考器官を持てるのは、全くもって、腸が物質的負担を担う、お陰だからである。腸は脳の忠実な裏面(ネガ;陰)である。つまり、思考のために、脳から物質的活動が免除され、大腸や膀胱を形成することで、代わりに腸に、物質的活動の負担を担わせなければならない。 (この事実から、腸の発達が弱い人は、思考能力に欠けるものと考えられる。現代人は腸の発達がよくないのかもしれない。) 以上のように、物質界に現れている、人間の最高の霊魂的活動は、完全な脳の形成と結びつくのと同時に、腸の形成とも結びついている。この関係は極めて重要であり、自然の創造全体に途方もなく多大な光を投げかける。 腸の不思議な話 http://www.nyu-sankin.net/intestinal/010400.html さて、幾分逆説的に聞こえるにしても、人間には、なぜ盲腸があるのか、という疑問に対しての回答、すなわち、「相応しい形で、人間が思考できるためにある。」と答えることができる。なぜなら、盲腸を形成することで、その平行器官として対置される脳を持てるからである。 一方にあるものは全て、他方にもあり、共に対応している。 (ひふみ神示というのがあるが、そこには、「天にあるもの地にも必ずあるのだぞ、天地合せ鏡と聞かしてあろうがな、天に太陽様ある様に地にも太陽様(おひさま)あるのだぞ」というのがあるが、まさしく、人間の脳と腸の関係にも、通じている。 ニュートンが訳したエメラルドタブレットの内容にも、「上にあるものは下にもある。下にあるものは、上にもある。」とあった。 ) 以上のような事実を、新しい認識方法で再び獲得しなければならない。勿論、遺伝的な霊能力に立脚していた古代の医師たちの治療方法を、今日そのまま模倣することはできない。模倣では得るところがほとんどないからである。 それでも、以上のような事実を再び獲得しなくてはならない。このような事実の獲得に際して、最初の障壁になっているのが、このような関係を本質的に探究しない純粋に唯物論的な医学教育である。今日の自然科学と医学にとって、脳は1つの内臓器官で、下腹部にある腸もまた別の1つの内臓器官という意味しかない。 唯物論的教育では、陽電子と電子は全く同じで、両方とも電子に変わりない、と考えるのと同じ誤謬を犯している事実に、気づいていない。陽電子と(陰)電子の間には、互いに均衡を求める緊張が生じるのと全く同じように、人体のなかでも上部と下部の間に絶えず緊張(均衡)が生じるからこそ、この誤謬に気づくことが、重要となる。 (宇宙では、負のエネルギーと正のエネルギーの均衡が働いている。オカルトでいえば、物質の概念で捉えられないから、負のエネルギーとは、精神世界のことで、霊界になる。ゼロとは、3次元と4次元の境界と考えられる。数学的にいえば、4次元以上の世界。) 医学分野において優先的に探究すべきことは、この緊張(均衡)の本質的な制御にある。今回は、この緊張(均衡)を暗示するだけだが、以後の考察で更に詳しく述べていく松果腺と、粘液腺の2つの器官に集中する作用のなかに、この緊張(均衡)が現れる。 松果腺 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%9E%9C%E4%BD%93 粘液腺 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%98%E6%B6%B2%E8%85%BA 松果腺において、上部全体の作用が現れ、下部に影響する粘液腺の作用や、脳下垂体[Hypophysis cerebri]の作用に対して緊張(均衡)関係を成す。この2つの器官のなかに、真の緊張(均衡)関係が成立する。この緊張(均衡)関係に関して、人体の全状態から(包括的に)見解を打ち立てるなら、治療に対する非常に良い基本原理が得られる。 この関係については次回から、もう少し述べていく。質問にも立ち入っていくつもりだが、既に述べたように、質問への回答のための基礎を作り上げなければならない。
2013年06月25日
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都議選の投票率のあまりの低さから、結果はみえていたといえる。投票率が低い場合、組織票が左右するからである。投票率があまりに低いのは政治に無関心で、民主主義とはいえない。平気で不正選挙操作をするのだから、投票率が下がるのも当然とはいえる。 しかし、悪者も笑うのはいまのうちであることを警告しておく。 悪が長期に渡って君臨することはないからである。悪は短期故に悪で、バブルなのである。 そのうち思い知るだろう。嘘つきの民主党がどうなったか、わかるだろう。詐欺師は、詐欺ゆえに、信用をなくすのだ! さて、警告は、真に耳を傾ける人にこそ、栄誉をもたらすので、続けて、警告をつづけていくために、御馴染みのサイトから抜粋紹介する。悪になびいてはならない。悪は、一時の権力を掌中にするだろうが、その権力こそニセモノだからである。 ☆ ☆ ☆ 都議選の自公圧勝と不正選挙 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/ 昨日の都議選で、自民・公明の候補者が全員当選、127議席中82議席を獲得し、圧勝しました。 この結果について、安倍首相は「半年間の政権の実績への評価」であるとのたまったそうです。 首相「半年の実績評価」…民主幹事長「厳しい」 安倍首相(自民党総裁)は23日夜、都議選の結果について、東京・富ヶ谷の私邸前で記者団に「半年間の政権の実績に一定の評価をいただいた。景気回復を実感していただけるように全力を尽くし、参院選勝利を目指す」と述べた。 各党が国政選挙並みの態勢で臨んだ今回の都議選で、自民党は首相や幹部らが街頭演説を行い、経済政策「アベノミクス」や政治の安定を訴えた。同党は、参院で与党が過半数に満たない「ねじれ国会」の解消を最大の目標とする参院選の勝利につなげたい考えだ。 公明党は、自民党との連立政権の実績や、民主党への批判などを展開し、支持を得た。山口代表は23日夜、党本部で記者団に、「政治の安定を求める有権者の思いは非常に強い。政治の安定の土俵をつくるため、参院で与党に過半数を与えるという選択をしていただけると思う」と語った。 前回都議選で初の都議会第1党となった民主党は、大きく後退し、昨年の衆院選惨敗後も続く低迷ぶりを改めて印象づける結果となった。細野幹事長は23日夜、NHKの番組で「厳しい結果と受け止めている。反省するところは反省し、参院選に備えていく」と述べた。同党は参院選に向け安倍政権の経済政策などへの批判を強める構えだが、党勢回復は容易ではなさそうだ。 「第3極」政党の維新の会は、都議選に候補を大量擁立し、東京で足場拡大を狙ったが振るわず、参院選に向けて課題を残した。同党との選挙協力を解消して都議選に臨み、健闘したみんなの党は、参院選でも独自色をアピールし、支持を広げたい考えだ。共産党は「自共対決こそ真の対立軸」(志位委員長)との訴えを強め、参院選でも議席増を目指す。 読売新聞 6月23日(日)23時33分配信 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130623-00000934-yom-pol さてさて、安倍ちゃんと言えば、日本の支配層であるユダヤ&朝鮮&同和連合軍の工作員。 安倍自民党の背後は統一教会、公明党の背後は創価学会で、この2つのカルト宗教は、CIAの下部組織のような役割をしている事は、多少政治をかじった人なら、もう基本中の基本ですよね? ▼統一教会と創価学会、そしてCIAの関係とは? http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120120/1327020002 ですから、安倍ちゃんが打ち出す政策は全て・・・ 被支配層である日本国民のためという名目で、実は日本国民からバレないように搾取を続ける!というのが基本になる訳です。 ▼安倍晋三と岸信介と統一教会 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120927/1348754351 ▼TPP参加表明の強行と田布施人脈と明治維新の真実 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130315/1363316406 ですから、言ってる事とかやってる事は・・・ 大増税とか、311の前例があるのに原発再稼働だとか、ユダヤ企業や大企業のためだけのTPP&アベノミクスだとか。 で、挙句の果ては、憲法9条改正だの国防軍だの、最後は核武装だっけ? ▼米国工作員の安倍偽首相、TPPの次の任務は96条改正 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130502/1367456815 ちなみに、日本国民の金のくすね方は、こんな感じ! ▼米国のデフォルトと安倍首相の50兆円献金 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130114/1358161143 ▼参院選と不正世論調査と年金積立金 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130620/1371689401 ▼為替介入(外国為替平衡操作)の本当の意味とは? http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20111206/1323132634 こんな感じで、半年間も日本の国民には、一切何のメリットもない事ばっかりやり続けた安倍ちゃんの実績を、国民が評価したんだそうです(笑) って事で。 ユダヤ米国と愉快な裏社会が、都議選でまたまた不正選挙をした! そして、安倍ちゃんが下痢を漏らしながら、「ボク、頑張った!」とのたまった!というニュースでした。 ☆ ☆ ☆ 戦前のように、国民奴隷化家畜化政策が進められています。バカに刃物(権力)をもたせると、何をするかわかりませんよ。アベは言っていることがヒトラーのようになってきました。 株価吊り上げ詐欺で、儲けたほんの少数派だけしか支持していません。他の大多数は、アベなどアホとみなしています。KYもここまでくると手のつけようがないです。 しかし、世の中は陰陽で動いているので、いま笑っている者はそのうち大泣きするでしょう。大多数が少しでも行動すれば大波のように動くのです。 富士山も世界遺産になったのに、国民全体で幸福になろうというのではなく、一部だけが、権力を握り、他を支配しようとする理想の低さ、愚かさに呆れてしまう。こんなことでは、日本人だけ、世界から置いてけぼりになるだろう。 自然を失うと人類は生きられないのだよ! 自然から大きな恩恵を受けておきながら、それを忘れ、ダメな政治家を選んでいる人々に、そのうち、しっぺ返しがくるだろう。
2013年06月25日
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嘘情報垂れ流しのマスゴミの元凶のナベツネの犬らしき人物が巷を賑わせているが、本当によくしゃべる犬である。弱い犬ほどよく吠える、という諺もあるようだが、マスゴミの端くれなら、権威に媚びずに、ペンで勝負すべきだろう。そもそも海保でなく、なぜ、海自なのか? 尖閣問題発言では、経済的損失を負わせておいて、自分の無謀な冒険のせいで、命だけは助かったのだから、この際、全財産を国家に寄贈すべきである。 さて、ネットでは、日本の支配層をつくっているのが、CIAであることは、お馴染みで、マスゴミを牛耳っている連中が、偽ユダヤのロスチャイルドやロックフェラーの原子力と関係があることも、正力のコードネームのポダムから明らかである。 田中角栄が原発を売ろうとして、ロックフェラーから圧力がかかって失脚したことも、その後のナカソネの暗躍から、ネットでは明らかになっている。そのナカソネはというと、山本五十六の情報を米軍に売った人物という噂もあり、また五十六自身も米軍のスパイという噂もある。 このような輩の暗躍のせいで、天皇も騙され、先の日米戦は帝国陸軍が仕掛けたように大多数が思わされているが、真珠湾攻撃をはじめたのは海軍で、航空機時代に、無謀な大型艦船をつくり莫大な予算を消費したのも海軍で、終いには、敗戦全てを陸軍の責任に押し付け、戦後は、「海軍は本当は戦争をやりたくなかった」の宣伝ばかりで、あまりに怪しすぎる。 なにより真珠湾攻撃をすれば日米開戦になることを、海軍上層部はわからなかったのだろうか? なんだか、ついこの間話題になった統一球問題の某コミッショナーのようである。 一体全体、日本人の思考力はどこに消えてしまったのか? 大本営報道を鵜呑みにしている日本人は、大切なものをなくしている。大本営報道を使って奴隷化を進めている洗脳者に気づいていない。人間は奴隷ではない。善悪の判断を取り戻さねばならない。 そこで、思考力を取り戻すためによい情報を、御馴染みのサイトから抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ ニュースの真相 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/ 日刊ゲンダイが、ついにリチャード・コシミズ氏と裏社会についての記事を掲載 表側メディアが、ついにネットジャーナトのリチャード・コシミズ氏と裏社会についての記事を掲載しました。 数少ないまともなメディアである日刊ゲンダイが、いよいよタブーに挑戦し始めたという事でしょうか? まさに、快挙です! 日刊ゲンダイの他にも、東京新聞・中日新聞などは、CIA電通の統制に沿わないまともな記事を書くため、頻繁にCIA配下の国税の長期にわたる税務調査などの嫌がらせを受けています。 このため、どうしても一線を守って踏み込めない感があったのですが、今回の記事は、このタブーを完全に打ち破っています。 ある意味、日刊ゲンダイが日本の支配層であるユダヤ&朝鮮&同和連合の裏社会に、宣戦布告したようなもの。 以下に、掲載記事全文の画像とリチャード・コシミズ氏のコメントを転載します。 ▼日刊ゲンダイ 12.16不正選挙記事全文 http://photozou.jp/photo/photo_only/196565/180551073 日刊ゲンダイさん、RKインタビュー記事を全面掲載いただき大変感謝します。 記者さんが書かれた記事は、実際に私RKが話したことをほぼ網羅しており、内容は簡潔で分かりやすく素晴らしいものでした。さすが「本職」と感嘆しました。311についてはたまたま私がほとんど触れなかったこともあり、記事にはなりませんでした。現時点ではむしろそのほうがよかったと感じております。 それにしても裏社会の構造を端的にあらわした文章が150万部を優に超える新聞の紙面に出されたことの意義は大きいと思います。これを機に日刊ゲンダイさんにはどんどんタブーに挑戦していただきたいと思います。 公称発行部数が168万2千部(東京版117.7万部、大阪版34.2万部、中部版16.3万部)の日刊ゲンダイ。東京都心部のサラリーマンが帰りの電車の中で読むタブロイド紙の筆頭です。一方、並んで売られている夕刊フジの方は、完全に裏社会直営のブラック・ジャーナリズムであり発行部数は公称100万部程度。勿論、フジサンケイの数字など全く信用に値しませんが。夕刊フジはそのままでは売れないので、ゲンダイよりも10円安くして売っている模様です。さて、記事で「オウムとCIA」に触れられていることは極めて重要であると思います。なぜなら、今、まさに「オウム事件の本番」が危惧されるからです。不正選挙追及で窮地に追いやられた裏社会は、「何もかもうやむやにする」テロをいまだ計画している恐れがあります。これを阻止しないことには、何も始まらない。今回の記事が「抑止策」として働くことを期待しています。 講談社には日刊ゲンダイがある一方で、「あの」週刊現代もあります。矛盾していると感じる方もいましょうが、別組織であり経営者も違う。社内でも異端的な日刊ゲンダイは稼ぎ頭であるがゆえに自由度が高い。過去には日刊ゲンダイのトップが功績を認められて講談社本社の社長になっている...といった事情があるようです。今の経営陣が変わらない限り、今後も期待できそうです。 この記事掲載でさらに衆目が「不正選挙」に集まり、裏社会が呪縛されることを確信しています。記事掲載にご尽力いただいたTさん、心から感謝します。 http://richardkoshimizu.at.webry.info/201306/article_144.html ☆ ☆ ☆ 日刊ゲンダイは、マスゴミの流す嘘情報のアンチテーゼにはなるだろうが、あくまでも、自分の頭で考えないといけない。
2013年06月22日
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前回の続き 前回は、ヘルメスのエメラルド板(緑玉板)の訳を、ネット検索から紹介したが、前々回から抜粋紹介している、あるサイトから続けて、その解説を加えるために、抜粋紹介するが、読みやすいように改変した。 ☆ ☆ ☆ TABULA SMARAGDINA HERMETIS by Jack Courtis http://www.crcsite.org/Tabula.htm 上の翻訳を紹介しているのが、前回から紹介した以下のサイト http://oka-jp.seesaa.net/article/223835727.html TABULA SMARAGDINA HERMETIS ヘルメスのエメラルド板(緑玉板) 上の図は、右脳の反応を刺激する意味で、ヘルメスのエメラルド板の最高の説明である。 右脳に、直感力、想像力、洞察力を引き起こす。 どんな言葉での説明も十分ではないが、この図は理解への出発点となる。 では、慎重に図を見てみよう。円の外側の縁にはラテン語が書かれてある。 このラテン語の意味は何か? 数世紀前、錬金術を学ぶある学徒が、彼の師のバシリウス・ヴァレンティヌスにこう尋ねた。 「錬金術の秘密とは何なのでしょうか?」と。 師バシリウス・ヴァレンティヌスはこう答えた。 「" VITRIOL " に答えがある」。 ここで上の図の周囲にあるラテン語を見てほしい。 Visita 訪ねる Interiora 内部 Terrae 地球の Rectificando 修正時の Invenies 発見する Occultum 隠されたもの Lapidem 石 このラテン語の頭文字。 V I T R I O L すなわち、「 VITRIOL 」。 これらの単語の羅列は何を意味するのだろうか。 この図から第1に気づくことは、上述のように7つのラテン語の記述があることである。 そして、錬金術においては、(下の)地に7つの金属(水銀、銅、銀、金、鉄、鉛、錫)がある。 また占星術においては、(上の)天に7つの惑星(月、金星、水星、太陽、火星、木星、土星)がある。 最後に、我々人間のなかには7つのチャクラ(認識を生む7つの基盤)がある。 あわせて考えると、下の7つの金属、上の7つの天体、中の7つのチャクラは、我々人間に内在する行動の7つの基準を指し示す。 (7の金属、7つの天体、7つのチャクラで、777の人間の進化段階が示される、ということ。ちなみに666の進化段階のときに、最も悪魔の誘惑を受けやすいとされる。) 第2に、「石」とは、賢者の石のことだが、しかし、注意して欲しいのは、この「石」は賢者の石と同じではない。 修正とは、一方(陽;プラス)を、他方(陰;マイナス)に変えることを意味する。 (賢者の石とは炭素のことだが、炭素がどのような構造に含まれるかで、泥黒い黒鉛、もしくはダイヤモンドのような輝きをもつわけで、同じ炭素といっても、黒鉛とダイヤモンドでは、大きく異なる。) 第3に、我々人間自身の存在は、地球の中心に導かれる。 我々人間の真の本性に向かって、我々の存在の基盤となっているものを修正(陰を陽に)していく必要がある。それは、瞑想(治癒)と可視化(霊視)についての出発点を与える。 次に、図に描かれているシンボルを見てみよう。 全体の形は「円」だ。 円は、統一性、完全性、完璧性、そして完全な唯一(不変)性を思い起こさせる。 それは修正(陰を陽に)された石である。 円内の左右両側には、内に向けて指差す手がある。この手は、両極性を意味し、それは錬金術の鍵である。我々人間は、「化学的結婚(プラスとマイナスの結合)」の中に、我々の存在のなかの二元性を1つにまとめなければならない。 2つの手の上には、7つの惑星が描かれている。 太陽と月が、自らの生命の実質を、聖杯に注いでいる。このように、太陽と月は、それぞれがもつ逆の性質のものを結びつける。 その聖杯は、「両性具有を意味する水星」で支えられている。 水星は男性と女性の両方の性質を持つ。 これも、また相反するものを結びつけることをあらわす。 「偉大な仕事」は、「水星」の支援のもとに「太陽」と「月」の統一からなる、という錬金術の格言を思い起こさせる。 さらに多くの瞑想のための材料がある その左には、火星と土星があり、右には、金星と木星がある。 これらの惑星は、バランスよく、両極性を加味した形で配置されている。 惑星の下に3つの楯があり、その楯は、錬金術の3つの原則を表している。 すなわち、硫黄(ライオン)、塩(7つの頂点を持つ星)、そして、水銀(鷲)である。 錬金術の水銀が、占星術の水星と関連があることに注意すべきだが、その2つは同じものではない。 見方を変えれば、聖杯を、水の元素として、ライオンを、火の元素として、鷲を、空気の元素として、星を、土の元素として考えることもできる(四大元素)。 最後に、「上」と「下」の両極性を強調する2つの球(天と地)が描かれているが、この2つも結合されなければならない。 この図の中央には、「大宇宙(マクロコスモス)」のなかの「小宇宙(ミクロコスモス)」を象徴するリングがある。 それは「下なるは上なるのごとし、上なるは下なるのごとし」の格言を思い起こさせてくれる。 まだ説明していないシンボルに気づいただろうか? 中央のリングの下と、星の楯の上の間に、錬金術のシンボル「VITRIOL」がある。 それは中央のリングから見ると、水星の反対側にある。 その意味とは何か? 隠された石は、これら2つの、つまり天にある両性具有の水星と、地にある「VITRIOL」の結合から生じる。 中央の、小宇宙(ミクロコスモス)を象徴するリングの中は空っぽだが、2つが、結合したとき、隠された石が、このリングの中央に浮き上がる。これが、我々の瞑想の焦点となる。 本当に、「VITRIOL」のなかに答えがある。 瞑想(治癒)と可視化(霊視)のためには、包括的な、全体図を用いるべきである。 全体図は、その主要な機能と、本当の価値を明らかにする方法を示す。 だからすぐに、ヘルメスのエメラルド板の内容をみよう。 ☆ ☆ ☆ ヘルメスのエメラルド板の内容は前回述べた。
2013年06月20日
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古代エジプトの最後の審判の壁画をみれば、心臓を天秤にかけ、人生の行いを審判している様子が伺える。 エジプトの「死者の書」 http://www.ican.zaq.ne.jp/rekishi/world_history06.html 天秤のもう一方の皿にのっている羽は、天使の翼であり、これが新しい認識、つまり四次元思考の象徴といえる。 つまり、審判を受ける死者の人生の行いが、新しい認識に相応しいものかどうか、というのが最後の審判なのである。だから、人生に求められるのは、道徳性である。 道徳性が低い人生を送ると、その人の心臓は輝くことなく、磨かれなかった炭素、つまり炭のようなどす黒く重いものとなる。そして、それは、上に紹介したサイトに「アメミットとよばれる怪物に食べられて、魂が破壊されてしまう。」とあるように、アメミットとは、物質悪魔のことで、シュタイナーがアーリマンと呼んでいる怪物に食べられ、簡単にいえば地獄に行ってしまう! 逆に道徳性の高い人生を送ると、その人の心臓は、光り輝くダイヤモンドのような炭素になる。ダイヤを美しく感じるのは、鏡のように、光が反射し、光そのもののように感じられるからである。反射とは、与えられた光をそのまま返すことでもある。 光から学び、自身を光として輝かせることが人生の目的でもある。 だから、天使の翼とは、自分で自分を持ち上げることなのだ。尻尾をくわえた蛇の図を、以前紹介したが、自分にかかる重さを、自分で持ち上げないと、空を飛べないから、翼は、「自分の行ないは自分で責任をもつ」という意味にもとれる。 さて、前回に続けて、エメラルドタブレットの解説を続ける。また例のサイトから抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ [地球の内なる太陽] Vol.3 - ヘルメスのエメラルド版(エメラルド・タブレット) http://oka-jp.seesaa.net/article/223835727.html 今回は海外の解説サイトを訳してみることにしました。 ・TABULA SMARAGDINA HERMETIS というページです。 この「タブラ・スマラグディナ・ヘルメティス」というのが、ヘルメスのエメラルド板(ヘルメスの緑玉板)の英語表記のようです。以前も紹介したことがありますが、イラストや内容について詳しい解説をしてくれています。 なお、どうしてこのヘルメスのエメラルド板のことをもう少しいろいろと知りたいと思うかというと、「何となく」なんですが、「ここには、太陽系(あるいは銀河系やその上の宇宙)と人類の体の対応に関する示唆が書かれてある」ような気がするのです。 最近、人間の細胞自体が「地球にそっくり」と思い始めて以来、いろいろと体の各部と宇宙の「形」の対応を考えることがあります。 下のイラストは科学雑誌ニュートンのサイト内「動物細胞(真核細胞)の全体像と,その中に含まれる細胞小器官について紹介しましょう」というページにあるものです。 なんか地球ですよね。 細胞が地球に見え始めて以来、人間の体のいろいろな部分を宇宙のいろいろなものと比較したりします。たとえば、細菌の類いからタンパク質やアミノ酸の類いと、超新星爆発とかブラックホールみたいなものとか、まあ宇宙の様々なものと人間とは「何となくいろいろと似ている」と感じるのですが、そういう曖昧な感覚的な部分とは別に、文字として、あるいは概念として類似のようなことを知ってみたいと思う部分があります。 最近思うのは、「ペアである自分」という日記の時からずっと書き続けているのは、「自分の中の宇宙」という概念であり、さらにいえば、「人間個人はひとつの宇宙である」ということを考えているのだとは思います。実際にそうであるかどうかは別としても、好きな考え方ではあります。 もちろん、仮に「自分もまたひとつの宇宙である」ということだったとしても、生活は今までと何も変わらないわけですが。 ☆ ☆ ☆ このエメラルド板に書かれてある文章の内容を、ネット検索していると、色々なサイトに遭遇する。そのうちのあるサイトを抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ 「エメラルド・タブレット」( Translation of Issac Newton c. 1680) It is true, certain, and without falsehood, that whatever is below is like that which is above; and that which is above is like that which is below: to accomplish the one wonderful work. 次の格言は、偽りなしの、確かな真実である。 唯一神(ホア)の奇跡のなせるわざとは、下なるものは上なるもののごとし、上なるものは下なるもののごとしである。 (下なる人間は、宇宙を統合する上なる唯一神の生き写しであり、また、上なる唯一神は、下なる人間の生き写しである。) As all things are derived from the One Only Thing, by the will and by the word of the One Only One who created it in His Mind, so all things owe their existence to this Unity by the order of Nature, and can be improved by Adaptation to that Mind. 万物は、唯一神(ホア)の心のなかでつくられる言葉や意志により、生じるので、万物は、自然の秩序により、この統一(上と下の連結)を為さんがために、唯一神(ホア)の存在に負い、唯一神のこころに見合う(叶う)ように改善される。 Its Father is the Sun; its Mother is the Moon; the Wind carries it in its womb; and its nurse is the Earth. 太陽は、唯一神(ホア)から生じる父であり、月は、その母である。そして、その母胎では、呼吸(霊)が生命を宿し、地球が、その生命を育む。 (人間の自我は、唯一神から生じる父であり、アストラルは、その母である。そして、エーテルは、唯一神の言葉を宿し、物質体が、その言葉を実現する。) This Thing is the Father of all perfect things in the world. 宇宙を完全にする父性は、この唯一神(ホア)の奇跡のなせるわざにある。 Its power is most perfect when it has again been changed into Earth. その父性の力は、地球のなかで、転換されるとき、完全となる。 Separate the Earth from the Fire, the subtle from the gross, but carefully and with great judgement and skill. エネルギー(マグマ)から、固体(大地)を生ましめ、粗雑な混沌としたものから、精妙で純粋なものを分離する。それは、偉大な熟練と判断により注意深くなされる。 It ascends from earth to heaven, and descends again, new born, to the earth, taking unto itself thereby the power of the Above and the Below その父性の力は、地から天に昇り、再び地に戻ると、新しく生まれかわり、上のものには下から力を、下のものには、上から力を与え、統一をなす。 Thus the splendor of the whole world will be thine, and all darkness shall flee from thee. だから、唯一神による(上にある)全世界の栄光は、あなたがた(下にある)人間に与えられる。それ故に、すべての闇は、あなたがた人間から消え去るであろう。 This is the strongest of all powers, the Force of all forces, for it overcometh all subtle things and can penetrate all that is solid. あなたがた人間から闇を取り去る力は、全ての力のうちで最大で、かつ最高である。それゆえ、いかなる霊的な実質をも従わせ、いかなる固体(物質)にも浸透できる。 For thus was the world created, and rare combinations, and wonders of many kinds are wrought. このようにして宇宙は創造された。有り得ない組み合わせと多種多様の奇跡が、唯一神により加えられた。 Hence I am called HERMES TRISMEGISTUS, having mastered the three parts of the wisdom of the whole world. 宇宙全体に浸透する叡智のうちの三界を修得したことによって、私はヘルメス・トリスメギストス(3度生まれ)と呼ばれる。 What I have to say about the masterpiece of the alchemical art, the Solar Work, is now ended. 錬金術と、父なる太陽の偉大な創造について、いま私が述べるべきことは以上である。 End ☆ ☆ ☆ 字数制限を越えるので次回に譲る。
2013年06月20日
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前回の続き 前回は、「1785年に発行された Geheime Figuren der Rosenkreuzer (薔薇十字の秘密のシンボル)というラテン語の古書」にある生命の樹に似た図を、あるサイトを通じて紹介した。 その続きで、あるサイトを抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ エメラルドタブレット(2): 1785年の「薔薇十字の秘密のシンボル」の冒頭に出てくる数字 http://oka-jp.seesaa.net/article/256643211.html さて、この古書。 最初の図説が出てくるのは6ページ目なのですが、それがこれです。 ELOHIM (エロヒム) IEHOVAH (エホバ) の文字で始まるこのページ、4のマークが4つの円を作っていて、そして、その「4同士が手を結んでいる」。私はこれを見て「4同士が手を・・・」と思わず絶句しました。そして、「4という数字」としての意味よりも「その形」としてのシンボルであるということがさらに興味を引いたのです。 何のことだかわからない方が多いかと思われるのですが、私は昨年、日記ブログの「クレアなひととき」で、かなり長い間に渡って、「数字の4」のことについて考えていました。最初に「この世の基本数は4に違いない」という結論があって、それはどうしてかということを考える旅だったのですが、途中でわからなくなり止まったままです。 「この世の基本数は4かもしれない」というのは、昨年の秋に交差点の信号でボーッと風景を見つめていた時に突如思い至ったのですが、まあ、そのあたりのことは長くなりますので、関係リンクを記させていただくにとどめておきます。 ・交差点での覚醒 - 基本数は「4」だった (2011.09.10) ・十字架がこの世にできた理由 (2011.09.12) ・「4」と同義語である「世界」 (2011.09.14) 今回の「薔薇十字の秘密のシンボル」は、その中にエメラルド・タブレットのことが書かれてあるものですが、その書の最初に「4」があるということにとても興味が湧きました。それで、上の図説の部分でわかる部分だけを日本語にして作り直してみようと思いました。 ラテン語ということもあり、「いい加減である」ということをご承知の上でご覧いただきたいです。 それが下のものです。 最初に エロヒム エホバ とあり、これは旧約聖書などでの、いわゆる「主」とか「神」とか、そういうものを表しているものの表記のように思いますが、ここでどういう意味で使われているのかはわかりません。 そして、円の中は、 天空の要素 父と母 小宇宙 動物 大地と野菜 鉱山と鉱物 硫黄、水銀、塩 などとあって、これは「天空」と書きましたが、要するに「宇宙の要素」ということだと思います。曖昧な部分もありますが、わりと意味のはっきりとした記述のように感じます。 そして、それを囲む4つ。 これの組み合わせはよくわかりません。 ただ、右側の カオス 普遍的な聖霊 世界中の魂 精子 は、「カオスと聖霊と魂と精子が同列」として書かれてあるということで興味深いです。 精子の動きがカオスであることは以前から感じていました。下のは顕微鏡で見た人間の精子ですが、これと「魂や聖霊」を同じグループにみなしているということも言えるのかもしれません。 このカオスな精子たちの動きに「秩序が生まれる」のはどうしてかということを考えると、何となく感慨深いものがあります。太陽と卵子の形が似ている道理も少しわかります。 いずれにしても、この「4の図」が最初にあったということは、少なくとも薔薇十字での考え方としては、「この4つによる世界が根本」というものがあるのかもしれません。 薔薇十字といえば、以前、クレアでいつもとてもわかりやすく西洋神秘学についてのコメントを下さっていた方がいて、彼は薔薇十字とシュタイナーの研究を続けている人ですが、最近、久しぶりにメールをいただきまして、そこにはこのようにありました。 それによると、薔薇十字的な解釈では、現代の秘儀には三つの段階があるのだそうです。 それは、 1. 聖杯 2. エメラルドタブレット 3. 賢者の石 と呼ばれているもので、 それぞれが、 1. アストラル体の変容 2. エーテル体の変容 3. 物質体の変容 を意味するのだそう。 さらに、彼は下のように記してくれていました。 このあたりは私には解説が無理ですので、そのまま転載させていただきます。 宇宙の思考を受け入れる杯としてアストラル体を新たな認識器官にする必要があります。またそれを自分のエーテル体(記憶)に書き込む必要があります。 そして最後に二酸化炭素を排除して自らの体をダイヤモンドにする必要があります。 いずれも鍵は、呼吸&血です。 心臓はそのための脳に代わる新しい器官です。 とありました。 今回は、「4」という数字にふたたび衝撃を受けた、ということで記事にしましたが、エメラルドタブレットの実際の翻訳にはもう少し時間がかかるかもしれません。 ☆ ☆ ☆ 以上の話ですが、シュタイナーの人智学の講義を学んでいる人ならある程度わかると思いますが、この図は、恐らく、人間の4つの体、つまり自我、アストラル、エーテル、肉体を意味するものと思われます。 エロヒム エホバ は「自我」を表し、4つの文字から表されるYHWH(テトラグラマトン)でもあり、人間の自我が、神々から生まれることを意味するものと思われる。 エロヒムが神々で複数、エホバが、主神で単数、つまり、神々が1つになることで、エホバにみえるということを意味するのだろう。エロヒムのエホバは、例えば人々を、人類と表記することにあたる。 エホバの下の第5の要素とは、恐らく、人智学でいわれる霊我(マナス)のことで、人類が次の進化段階に進むために必要な霊的器官のことで、いわゆる認識のことにあたり、精神的に向上しようとする意志、人間個人から、人類全体、果ては、神々の意識に近づく努力などを表すのだろう。 円のなかの、「天空の要素 父と母 小宇宙(人間) 動物 大地と野菜(植物) 鉱山と鉱物 硫黄、水銀、塩」は、陰と陽の両極性を表しているようにみえる。特に「硫黄、水銀、塩」は、錬金術の両極性の用語で、「硫黄」と「塩」を中和させるのが「水銀」で、「硫黄」は柔化、「塩」は硬化、「水銀」は、両者の釣り合いを意味する。 だから、円のなかの文字は、天空の要素の唯一神から父と母が生まれ、人間になり、その下に動物、植物、そして鉱物の大地の要素に至り、大地の要素は、錬金術の硫黄、水銀、塩の手続きを通じて、天空の要素と一体化する、といういわゆる曼荼羅を形作る。 右側の「カオス 普遍的な聖霊 世界中の魂 精子」は、霊的世界を表わし、アストラル界を意味するのだろう。カオスのアストラル界に自我が秩序を示すことで、人間の精神は形成される。そういう意味では、人間の精神は、カオスの縁にある。 左側が、エーテルを表わすことは、「時間、化学」などの言葉により容易にわかる。 そして下側は、肉体、つまり物質世界のことである。 さて、上で説明されている薔薇十字的な解釈でいう秘儀の三つの段階とは、1. 聖杯 2. エメラルドタブレット 3. 賢者の石で、それぞれが、1. アストラルの変容 2. エーテルの変容 3. 物質体の変容という意味をもつが、更に人智学用語でいうなら、 アストラルの変容が霊我(マナス)の獲得、エーテルの変容が霊生命(ブッディ)の獲得、そして物質体の変容が霊人間(アートマン)の獲得を意味する。 これは、剣、玉、鏡の、いわゆる3種の神器と呼ばれているものである。そして、次の言葉、 「宇宙の思考を受け入れる杯としてアストラル体を新たな認識器官にする必要があります。またそれを自分のエーテル体(記憶)に書き込む必要があります。 そして最後に二酸化炭素を排除して自らの体をダイヤモンドにする必要があります。 いずれも鍵は、呼吸&血です。 心臓はそのための脳に代わる新しい器官です。」 錬金術の奥義で、アストラルに聖杯(超感覚的認識)をつくり、エーテルにエメラルドタブレットの記録を書き込み、そして、物質体を、植物が行なう光合成の原理を用いて、炭素からなる輝くダイヤモンドにすることで、ダイヤモンドは、別名「金剛石」と呼ばれ、人体が金剛石になると、心臓は、脳に代わる新しい感覚器官になる、という意味を表わす。 シュタイナーは、心筋細胞が黄紋筋なのは、いずれ随意筋になる可能性を秘めているからである、と述べている。つまり、人体が金剛石になると、心筋は随意筋になる。だから、逆にいうなら、心筋が不随筋になっているのは、少々いいすぎかもしれないが、現代人の精神が堕落腐敗しているせいといえる。 現代人に心臓疾患が多いのは、精神が腐敗堕落しているせいで、自分で行動しようとする意志にかけ、誰かに頼んで楽をしようとする怠慢にある。例えば、エコノミー症候群を考えればよいが、移動を乗り物に頼っていると、呼吸と血の平衡状態が乱れ、血が堕落し、固まってしまうと考えられる。適度な運動が、呼吸と血に平衡状態をもたらし、長寿の鍵ともなる。 キリストが、天は、自ら助ける者を助けるというのは、この心臓の原理をも表わしている。 呼吸と血に平衡状態をもたらし、統合制御しているのは心臓で、心臓から感情が起きてくる。だから、悪しき感情をもっていると、心臓疾患になる。ちなみに賢者の石とは、シュタイナーによれば、炭素のことである。 ちなみに上に紹介した図の4つの手をつないでいる存在を、現代物理で解くなら、4つの力、つまり、重力、電磁気力、弱い力、強い力の源流と考えることもできる。そうすると、重力が肉体、電磁気力がエーテル、弱い力がアストラル、強い力が自我にあたるものと考えられる。 これは、重力統一理論の超弦理論が、原子核(強い力)モデルの弦理論から派生したことからもわかる。大宇宙と小宇宙の関係である。
2013年06月19日
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前回は我々が現在いる、この3次元世界だけが全てではないことを、ニュートンを持ち出して説明しているサイトを抜粋紹介した。 『ニュートンの研究の大半は今の時代でいえば「オカルト」に属するもので、ニュートンは、錬金術の研究、賢者の石の捜索、ヘルメスのエメラルド版の解析、そして、聖書の研究と、聖書の予言の解析などに人生を費やしていました。』と前回紹介したように、ニュートンは御馴染みの万有引力だけを研究していたわけではないことがわかる。 むしろ、万有引力の法則は、ニュートンにとっては、この3次元世界での生計を成り立たせるための単なる方便にすぎなかったと、彼の膨大な研究のほんのその1部が万有引力であったことから、私には思えてくる。 私も中学-高校時代に万有引力を習ったが、あまりに無機的で、機械的なのに失望した思いがある。高校時代にもしアインシュタインの相対論に出会わなかったら、宇宙論や物理などに興味を抱かなかっただろう。高校時代の物理は暗記中心で面白さに欠け、実際、零点をとったこともあった。 何がいいたいかというと、ニュートンの万有引力の法則は、いわゆるニュートン学の初歩にすぎないということで、俗に、ガリレオが提唱したとされる地動説も、3次元の世界観を土台にしたものにすぎないということである。 地動説についても以前紹介したが、太陽も銀河の中心を回っているわけで、銀河の中心からみれば、太陽も地球も回っているわけで、ことさら地球が太陽のまわりを回っていることを特別視する必要もない。だから地動説というのは、宇宙の一部の運動を特別視しているにすぎない。 対照的に、天動説は、地動説のように、なにも3次元世界の一部の運動を述べているのではなく、高次元世界もあわせて述べている。地球が3次元、月が4次元、金星が5次元、水星が6次元、太陽が7次元、火星が8次元、木星が9次元、土星が10次元という感じである。 だから、天動説では、天体を天使で表記する。このことをコペルニクスは第3法則で述べていたらしいのだが、弟子たちが曲解して後世に残したため、ガリレオの地動説となった。 宇宙を有限ととらえるビッグバン理論に代表される唯物論、つまり可視化できる部分だけをとらえて、線形的思考を駆使してつくりあげる論理体系は3次元思考の賜物であることを認識しないといけない。 つまり、宇宙をあまりにも安易に捉えすぎているから、3次元思考に埋没してしまう。 例えば、前回紹介したように、この3次元思考では、「健康で長生きすることは素晴らしい」というように洗脳されてしまう。 確かに、長生きすれば、この3次元世界で多くの経験を獲得できるが、その経験から、「自分たちの世界だけが全てではない」ということを学ばなければ、いかに長生きしようとも、何度も同じ経験を繰り返しているだけにすぎない。機械と同じである。 同じ作業を繰り返すばかりで、更にその作業が低レベルになってくると、終いにはわけがわからなくなってしまう。永遠と同じことを繰り返し、そこに向上がみられず、むしろ劣化してくるのでは、その単純繰り返し作業を終結させるための死が必要となることがわかる。過ちを改めないで永遠と繰り返すようでは、人間は機械になってしまうから、死が必要となる。 機械は同じことを繰り返すだけで、そこに善悪の判断や感情の入る余地はない。人間が感情をもつのは、自由を獲得するためである。自由を束縛されたら、誰しも気分が悪くなるが、だからといって自由がなんでも許されるか、といえば、一人の自由が、他の誰かの自由を奪うものであってはならないから、そこに善悪の判断が生まれる。 つまり、長生きすることで、悪や、失敗を改善させる機会が与えられることが重要なのであり、人間が、自由を獲得するための、罪滅ぼしのための猶予であることを自覚しないと、機械以下の奴隷の存在に埋没してしまう。 だから、中世ではリベラルアーツといわれる学芸が尊ばれた。 あえて、自由が制限されてしまう3次元空間で、高次元の自由を獲得するために、つまり3次元思考を脱するために、3次元空間で生活し、多くの失敗を改善することで、4次元思考に移行できる。自分の世界が全てだと思っている人には、3次元世界が非常に窮屈に感じるだろう。自分の世界とは全く反対の世界と遭遇するからである。 つまり、4次元世界の自由とは、3次元世界において相反(対立)する価値観を、融合(止揚)したものである。だから、3次元世界には両極性が常に存在する。ニュートンは、そのことを、作用反作用の法則で記述したが、作用反作用を生じさせる高次元の世界の真髄をエメラルドタブレットは記述している。 さて、エメラルドタブレットを前回紹介したサイトから続けて抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ エメラルドタブレット(2): 1785年の「薔薇十字の秘密のシンボル」の冒頭に出てくる数字 http://oka-jp.seesaa.net/article/256643211.html 過去記事の「[地球の内なる太陽] Vol.1 - その意味」の中に出てくる米国ウィスコンシン大学が所蔵する 1785年に発行された Geheime Figuren der Rosenkreuzer (薔薇十字の秘密のシンボル)というラテン語の古書があり、それの絵を見ていました。 そして、「どうも何だか物足りない」と思っていろいろと探してみると、ウィスコンシン大学がネットで公開しているのは、どうやら「薔薇十字団の秘密のシンボル」の内容の一部だったようで、今日、完全版を入手しました。 そこには下のような図なんかもあり、かなり興味深いものです。 これがあるのは、ドイツ語のサイトですが、「Die geheimen Figuren der Rosenkreuzer (薔薇十字の秘密のシンボル)」というページの一番下の Weblink というところからダウンロードできます。 PDF 書類で 50MB あります。 全部で約 100ページほどのものです。 この古書はラテン語なので正確に読むのは無理ですし、あと、私は「どんな文字でも筆記体みたいな西洋文字」のが読めないのですよ。 なので、図を眺めるのとゴシック文字で推察する程度なんですが、今回、この古書をここで取り上げたことには意味があります。 それはこの「薔薇十字の秘密」の最初の図説ページが「4」のマークで始まっていたからです。 錬金術の最初の図説に出てくる「4」 この「薔薇十字の秘密のシンボル」は 1785年から 1788年にかけて配布されたもので、後に、ルドルフ・シュタイナーが「封印されてきた薔薇十字の秘密のシンボルを解き明かすものだ」と述べたと上のサイトにはあります。 ☆ ☆ ☆ 上の図は、オカルティストが、一見すれば、生命の樹であることに気づく。詳細の解説については、シュタイナーが講演で述べたものが、「薔薇十字会の秘儀」というタイトルで本が出ていたと記憶している。 天動説の詳細な解説だった、と記憶している。 文字数制限を越えるので次回に譲る。
2013年06月19日
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グローバル化が盛んにいわれているのとは逆に、責任感に乏しい日本人が醜態を曝し続けている。日本人は、本当は、世界一無責任なのではないか、と思うようになってきている。なんらかの公的な責任をとって降格、もしくは辞職した人が世界一少ない、のではないだろうか? 特にスポーツ界に目立つ不祥事への無責任さは、若者への教育に悪しきものを与えるのではないだろうか? それもこれも、勉強しないのを、環境のせいにしている若者が頻繁に見受けられるからである。つい最近まで、なぜ勉強しなければいけないのかと屁理屈を述べる生徒がいたくらいである。世界には勉強の機会すら与えられない境遇の子どももいるのだ。 グローバル化というのなら、そういう反対の立場にも思いやれる気持ちをもてなければおかしい。大人の社会では、まずは実績や義務を果たしてから、自己主張や社会に対して要求すべきことはいうまでもない。 そもそも、勉強とは、キリストが悪魔からの誘惑と戦ったように、あらゆる誘惑と戦う忍耐力の養成にあると、私は思っているからである。 それを一言で、「環境が悪い」と環境のせいにしてしまえば、まるっきり忍耐力の養成が無に帰してしまうからである。 環境が悪いのなら、自分の責任は一体どこにあるのか? そのような環境を招いてしまった自分には責任がないのか? ゴミを散らかしたのは、散らかさせる環境のせい、などというような無責任な自覚のない輩は、果たして人間といえるのだろうか? このことは特にスポーツ界において見受けられる。 プロ野球の某コミュショナーは、これと似たような発言をしている。しかも大の大人で、指導的立場にある。 私にとってはもはやプロ野球などはどうでもいいが、この間のサッカー日本男子のブラジル戦は誠に不甲斐ない結果で呆れ果ててしまった。 W杯で優勝を狙う、と大言壮語したのとは、全くアベコベの、日本男子サッカーはぜんぜん進歩していないのではないか、と思われても仕方のないものだった。フリーキックとセットプレーが10年前より少し進歩しただけ、という感想をもった。 しかし、なぜ日本女子サッカーがW杯で優勝できたのか、を同時にわからせてくれるものだった。 女子サッカーができて、男子サッカーができないのは、忍耐力の欠如にあることがわかったからだ! 競技レベルが高い国際試合ほど、忍耐力が求められる。だからコーチは自然と精神論にならざるをえなくなる。むしろ、一流のレベルになれば、技術的なことは既に習得済みで、あと教えられるのは、精神しかないからだ。 練習も満足にできない環境でも、世界一になれることを、一時とはいえ、女子サッカーは証明した。環境が苛酷なほど、それを上回るために能力が向上する。ある女子サッカー選手は、肉体力では海外選手に劣る分、判断力で上回れるように心がけたといっていた。そして、自分を生かすために、周囲の選手のプレーを研究したといっている。 つまりこの女子選手の発言から、劣悪な環境により選手のプレーが下がるどころか、むしろ飛躍することがわかる。先を読む力、展開をつくる力をつければいい。劣悪を躍進に転じる。 そういう意味で、現在よりもドーハーの悲劇の日本男子代表の方が精神力は上なのではないか?と思う。というのも、当時の環境の方が、いまより遥かに劣悪だったからだ。 また、一流のスポーツ選手は挫折やスランプを乗り越えてはじめて一流といえるのだと思う。それほど高水準を求められない二、三流には挫折やスランプなどははじめからないからだ。 国際試合では1つのミスが大きな失点につながる。だから日頃からプレッシャーを与えられる過酷な練習をして忍耐力をつけていないと、ミスの連鎖がつづくと同時に絶えず相手にプレッシャーをかける姿勢が必要になる。 現在の日本代表は、数10年前よりも、海外でプレーできるほど遥かに環境に恵まれているが、残念ながら、その環境が生かされていないことがわかる。海外では、日本人選手の生かし方を知っている周囲の選手がレベルも高く、サポートしてくれるが、代表戦では、逆に、自分をサポ-トしてくれるように、周囲のプレーを勉強しないといけないからである。 つまり、男子日本人選手は自分さえよければいいというプレーが目立つ。勿論、自分のプレーを生かすのは重要だが、そのために周囲のサポートをいかに引き出すかがないのである。だから、海外の日本選手は代表で孤立してしまい、相手に潰される。それに代表戦とクラブ戦では戦いと見世物(興業)の違いがある。 ブラジルの環境といえば、日本に比べて、決して良いとはいえない。一流サッカー選手の多くが貧しい境遇から這い上がってきた。 ブラジルの選手はタフだが、日本の選手のプレーは、どこか自信のなさを感じさせる。自分で這い上がったのではなく、金銭でつくられた感じがした。サッカー環境が万全に整備されて、その上に乗っかっているだけの空虚さがある。サポートに依存する姿勢、他力本願の借り物なのだ。ましてやそれがダメマスコミの偽サポートである。 それが、自分の現在の水準の自覚もない世界一などという大言壮語につながったのだろう。その重みに潰されないことだけを願う。詐欺師になってはおしまいである。 スポーツとは、過酷な環境や条件を克服する能力を磨くためにあるのではないのか? それを環境のせいにしてしまうのなら、そもそもスポーツをやる意味がない。
2013年06月18日
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以前、八切史観を、このブログでも紹介したが、戦国時代、つまりこの国の中世の人たちは、どうやら輪廻転生を信じていたようである。 例えば、武家の「お家大事」というのは、家系さえ残っていれば、輪廻転生で再び生まれ変わってくることができるから、家系を遺すことや、お家を再興することが武家の面目となっていたことがわかる。そのために、武家は必ず、家系から家督を継がない次男などを、坊主に出家させていたのである。 この思想は、古代エジプトの肉体保存が、そのまま家系継承に代わったもので、輪廻転生の思想といえる。 だから、古代エジプトの思想で、肉体を家系、霊魂を仏と言い換えれば、古代エジプトの輪廻転生の思想がそのまま中世の日本に住む武家のモラル(秩序)に受け継がれていたことがわかる。 すると例えば、古代エジプトの祭祀王トートなどが、中世の天皇=アマテラスにあたるわけである。 だから、家名とは、祭祀王から与えられた職(この世での役割)などである。武士にとって、お家大事とは、祭祀王から与えられた職責を全うすることになる。 難儀なのは、祭祀王が天界と通じることがなくなって、堕落腐敗し、個人の人間となり、偶像崇拝に置き換わって、武士のモラルが崩れてきたことにある。仏教の腐敗は最たるものだろう。だから、あらゆる全ての仏教徒は容赦なく地獄に落とされるだろうから、かつて第6魔王の信長が行なった叡山焼き討ちの如く、覚悟すべきである。 もはや腐敗仏教が教えることは嘘が虚言、妄言ばかりの金儲けにしかすぎないで洗脳されないように相手にせずに、その誤った教えが拡げられることは地獄に道連れにされるので注意が必要でもあるが、とにもかくにも仏教の否定をしなければはじまらないことは確かだろう。 あまりに権威づけされたからである。だから仏陀に出会えば、仏陀を殺せ、といった禅宗は、その修行法の意味では正しい。 なぜ、いま仏教を否定すべきなのかは、3次元思考に洗脳している元凶だからである。 成仏に金銭がかかるなど、神を信仰するものの発言だろうか? 神など信仰していないからこそ、このような発言ができる。神が、人間に金銭など要求するのか? 全く戯けた輩であろう。そのような3次元思考から脱しないといけない。 3次元思考から脱するのによい教本とは、エメラルドタブレットであるが、特にドリールのは神智学の色合いがついているので、盲信するのはよろしくないが、盲信するのではなく、3次元思考からの脱出法として利用するのによい。書いてある内容が理解できればそのまま3次元思考の洗脳がとける。 だから、いま3次元思考を乗り越えて、4次元思考に移るときがきた、といえる。 4次元思考を一言でいえば、「自業自得」であろう。自分が行なったことが、自分に返ってくる。4次元の「左に行けば、右から帰ってくる性質」を考えればよい。つまり、4次元は、3次元の自他の空間をつなげているわけである。 例えば、左向きの人を、右向きの人につなげている。だから、3次元空間では、大まかにいえば、相手を受け入れて仲良くするか、相手と対立しケンカするか、しかない。 その相手も、過去か未来かの自分の姿の生き写しである。秘教的にいえば、霊魂が幼いか成熟しているかの違いといえる。 さて、そのような3次元思考から4次元思考に進むためによいサイトを以下に紹介していきたい。 ☆ ☆ ☆ エメラルド・タブレット 完全版(1) http://oka-jp.seesaa.net/article/255389368.html 夢が教えてくれた「宇宙有限理論は人類にとって有害」だという事実 前回の記事で「ニュートン」といういろいろな意味で有名な(有名すぎる) 17世紀の科学者のことについてふれましたが、この「ニュートンとの絡み」はしばらく続きそうな気がします。 前回の記事「土星を周回する「月の龍」」でこのように書きました。 ニュートンは自然科学者としてだけ教えられてきた私たちが受けてきた学校教育の価値観についての話です。 実際にはニュートンの研究の大半は今の時代でいえば「オカルト」に属するもので、ニュートンは、錬金術の研究、賢者の石の捜索、ヘルメスのエメラルド版の解析、そして、聖書の研究と、聖書の予言の解析などに人生を費やしていました。 どうして私たちの学習の歴史では「こちらが無視されてきたのか」ということは、科学史を考える上でかなり重要なことのように思います。 そして、少し前の「現代のジョルダーノ・ブルーノを作り出さないために(1)」という記事では、「進化論とビッグバン理論」が現在の科学の最大の阻害となっているかもしれないと書きました。 しかし、さらに言うと、上のうちの「ビッグバン理論」。 これが現代の科学だけではなく、「人類存在全体の概念の中で最も有害な概念かもしれない」ということにさきほど気づいたのです。宇宙論としての正否ではなく、「ビッグバン理論は、人類が持つすべての概念の中で最も有害かもしれない」という意味です。 そのことに気づきました。 まあ、また夢で見ただけですけど(自分の考えごときじゃ、私は何も気づきやしないです)。 でも、どうして「正否」を越えて「有害」なのか。 そのことをどう書くといいのか・・・。 でも、少し書いてみたいと思います。 私たちが「長生き」に価値を見いだすのはなぜか たとえば、うちの奥さんの実家などでは「介護」の問題などを抱えています。あるいは、今の時代では、親や兄弟の高齢化で、介護や、介護と類似した問題や困難を抱えている方々はたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。 もちろん、「介護」というのはひとつの例ですが、このような高齢問題がどうして生じるのかということには、次の2つのこれまでの人類の社会概念の流れがあります。 ・健康で長生きすることは素晴らしい という概念。 そして、さらに、 ・その「長生きすることは素晴らしい」ということに対しての、いかなる反対意見の存在も許されない。 という事実。 つまり、「長く生きることに意味はない」という意見は社会的に認められないということです。私も今の社会に生きる人間ですので、長寿の価値の意味はわかります。たとえば、「長く生きたい」とか、親や知り合いに「長く生きてほしい」とかの考え方はわかります。 しかし、では、高齢化社会と共にこれだけ問題が噴出しているのは、なぜなのか。 あれほど「長生きしたい」と思い、そして、周囲に「長生きしてください」と言い続けて、その結果、実際に今の世の中は長く生きる人がとても多いです。 その「実現した現在の長寿社会」は、果たして夢のようなパラダイスでしょうか。 この問題では、たまに経済状態の差のことが取り上げられます。つまり、「お金があれば・・・」という話です。 では、日本で最高の設備と医療施設を持つ老人ホームに入れられた本人は「幸せ」なのでしょうか。 そして、その「最高の」老人ホームに自分の親を入れることができた子どもたちは「幸せ」なのでしょうか。 難しい話だと思います。 しかし、なんとなく現在の私たちは「それは仕方ないことだから」というように思っていなかったでしょうか。 つまり、人間が年をとることによって起きる問題というのは「長生きした幸せに比較したら仕方がないことだ」と。 介護もアルツハイマーも老人性痴呆も「長生きしたのだから仕方ない」と。 「長く生きていること自体は幸せなことなのだから」と。 私はこのことがずっと疑問でした。 しかし、多分、この答えは出ないのだろうなと、あきらめていました。 「長生きの価値」を否定できることなどできるわけがないと。 しかし、昨日見た夢でそのことがわかったのです。 ビッグバン理論がこのすべての「諸悪の概念」を作り出していると。 ビッグバン理論というのは、「宇宙は有限である」という理論と言い換えてもいいと思います。どこかで宇宙が「できて」、宇宙は「成長し続けて」いるという理論であり、この理論では宇宙に「果て」があります。 つまり、ビッグバン理論では宇宙は有限なのです。 宇宙というのは私たちがいる場所です。 その「私たちがいる場所」というものが「有限だ」という根本概念。 それがそうではないとなった時、私たちの基本観念は大きく変わるかもしれないのです。 つまり、宇宙は「有限ではなく無限だ」とする。 すると「有限」という価値観に意味がなくなってくるわけです。 長生きというのがどういうことかというと、 ・生まれてから → 死ぬまで の物理的な時間の長さの長短を表します。 つまり、基本的に「人間も含めて、存在は有限である」というところに立脚した考え方のわけです。 もし、この「生まれてから → 死ぬまで」の間の時間というものの存在の意味がないとしたら。 あるいは、その時間軸の中に縦横無尽に存在している「瞬間」は、どれだけ集まっても「瞬間に過ぎない」ということであったら。 あるいは、上の「生まれてから → 死ぬまで」というものを含めた「あらゆる瞬間」というのはやはり「瞬間」なのだととらえられるようになれば。 観念的に聞こえるかもしれないですが、そうでもないと思いますよ。 いずれにしても、ビッグバン理論というのは、単なる宇宙理論ということだけではなく、これは、 ・私たちの存在している場所は「無限か有限か」ということを問う大変な問題 だということを、昨日の夢で変なジジイに教えてもらいました。 私もその夢のジイサンの言うことを聞いて、確かにそうだと思いました。 それで今書いています。 エメラルド・タブレットに書かれてあるかもしれない「この世の無限」 さて、タイトルに「エメラルド・タブレット」としたのに全然その話に入らないですが、自然科学の父であるニュートンが生涯を賭けて取り組んだ、その「エメラルド・タブレット」(ヘルメスのエメラルド盤)とはどんなものなのかを、もう一度考えてみたいと思います。 なぜなら、「エメラルド・タブレット」で描く「この世界」は「無限」であると思われるからです。 これはつまり、 ・エメラルド・タブレットとビックバン理論は対極にある ということです。 どちらが正しいのかというより、どちらが「素敵に感じるか」。 それを再確認してみたいと思います。 エメラルド・タブレットは過去記事に書いたこともありますが、もう一度訳し直します。 英語版の Wikipedia の Emerald Tablet には、 ・アラビア語訳版のエメラルド・タブレット ・アイザック・ニュートン訳のエメラルド・タブレット ・イタリア語版のエメラルド・タブレット ・ラテン語版のエメラルド・タブレット が掲載されています。 これをすべて訳してみます。 (中略) いちおう書いておきますが、「錬金術」という概念が大事なのではなく、 ・この世の存在は有限ではなく無限 ということを知りたいための作業です。 そして、その前提となっている私の感覚としては、「宇宙は絶対に無限だ」という、完全なる確信です。 ☆ ☆ ☆ ビッグバン理論は、物質宇宙しか説明できませんから、宇宙が物質だけでなく、実際、負のエネルギーの領域も発見されているように、この宇宙は、われわれの3次元宇宙だけではないのである。 勿論、3次元思考だけを優先している人間の世界では3次元世界だけだと思っているわけで、3次元で権威づけられるが、それは3次元の壁を自ら設け、3次元思考の奴隷となっているにすぎない。数学をすれば多少はその洗脳から逃れられるが…。
2013年06月18日
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薬剤と人体の器官との関係を明確にするなら、これまで展開してきた一般的な特質から、次回以降の講義で述べる個別的な特質の理解へと進んでいく必要がある。 つまり、植物化に対抗する闘いを、循環、もしくは律動過程のなかに発見することで、腸内の動物や植物を克服する過程についての理解へと進む必要があり、またその後、この律動機能による植物化克服の過程から出発し、神経-感覚機能の本質的な理解にも進む必要がある。 この神経-感覚機能は、人間の生活全体にとって、通常考えられているよりも遙かに重要である。科学が抽象化したため、次のような事実を適切な方法で考慮する可能性が全く失われてしまった。 「この神経-感覚機能を通じて、例えば、光や、光と結びついた熱が、入り込んでくるわけで、この神経-感覚機能は、人間の内面(精神)生活と非常に密接に関係する」、という事実である。 というのも、光と一緒に入り込んでくる測定不可能な霊的実質(以下、「霊質」とする)は、様々な器官において変容を要し、また、この測定不可能な霊質は、測定可能な物質領域と同様に、器官を形作るが、このような霊質を考慮する可能性が全く失われてしまったからである。 神経-感覚機能が人体の組織化にとって特別な意味を持つことが、抽象化した科学では、全く考慮に入れられていない。 更にまた、身体下部のなかに深く下降していく場合、腸内植物の再生力から、腸内動物の再生力へと下降し、逆に、身体上部へと上昇していく場合には、腸内植物についての克服(抑制)領域から、鉱物化、いわゆる硬化についての継続的な克服(抑制)領域へと上昇することになる。 外見的にも、人間の頭部の骨化が、他の組織より顕著であることから見ても、人間は上へ向かって進化するほど、器官を通じて、鉱物化する傾向が強まる、という事実が洞察できる。 この鉱物化は、人体全体にとっては非常に大きな意味をもつ。これは繰り返し注意すべきことだが、人間を、頭部、胸部、腹部-四肢の3つに大別するなら、これら3つの組織が、空間のなかに、外見のように並列的にあって、境界をもつように考えてはならない。 神経-感覚機能を、質的に捉えて区別するなら、当然の如く、頭部にあたる。質的にいえば、頭部に、神経-感覚機能の主要部があり、頭部から、全体へと拡がっている。循環(律動)機能や新陳代謝機能についても同様に、それぞれの主要部は、胸部、腹部にあり、常に全体へと拡がっている。 このため当然のことながら、頭部に本質的に存在すべき機能が、全体の組織にも、その性質をもって存在するので、この全体に拡がっている鉱物化の傾向を克服(抑制)しなければならない。 現代人が、古代の遺伝的な霊能力から導出された著作を読んでも、何も理解できないのは、上述の知見が理解できていないからである。結局、パラケルススの記した「塩過程」の項を読んでも(パラケルスス「オープス・パラミールム」参照)、その意味を読みとることは、現代人には無理である。 (以下は、非常にオカルト色が強い内容となっている。現代的解釈の典型である。) パラケルススと医学 http://www5e.biglobe.ne.jp/~occultyo/alcemy/parakerusuigaku.htm ところで、この「塩過程」というのは、ちょうど今特徴を述べている領域(神経‐感覚機能)にあたり、「硫黄過程」が、その前に述べた領域(新陳代謝機能)にあたる。 (塩過程とは、現代風にいうなら、人体内の硬化、あるいは加齢化のことである。硫黄過程とは、現代風にいうなら、肥大化、あるいは脂肪化、肥満化に近い。つまり、パラケルススは、人体の生命維持の経過を、自然の経過に準えて記述した。 現代人は、単純に、「塩」を物質の塩「NaCl」と、硫黄を、物質の硫黄「S」と捉えて曲解し、古代の医術は出鱈目といっているわけだが、出鱈目なのは、現代人の解釈にある。オカルト研究家の科学的知識のなさが、更に、出鱈目を飛躍させてしまっているので、問題なのだが…。) さて重要なことは、人体は、自らのなかに鉱物化の傾向をもつことである。ちょうど、動物-植物過程の基礎を成す再生力が、独立に起こり得るのと同様に、この鉱物化の傾向も、独立に起こる可能性がある。 (動脈硬化や、血栓などによるエコノミー症候群などである。) では、この鉱物化の傾向に対して、どのように対抗して働きかけるべきなのか? この鉱物化に対抗する働きかけは、この鉱物化の傾向を粉砕し、いわば、そのなかに楔を絶えず打ち込む以外にはない。鉱物化を阻止する治療法を探求するには、血清(動物)療法から、植物療法を経て、鉱物療法へと移行する必要がある。 鉱物療法なしでは、人体の鉱物化の阻止はできない。というのは、人体の鉱物化の傾向や、普遍的な硬化の傾向に対して闘うための支援となる治癒原理を獲得するには、外の自然のなかの鉱物の生成過程と、人体内の鉱物化の過程との間にある関係性の理解が必要だからである。 鉱物療法を用いる際、鉱物を、外の自然にある状態のまま、人体内に取り入れる方法では駄目である。人体内で、ホメオパシー(同症療法)原理が実現するように、なんらかの形で、外の鉱物界の活動的な経過に対置されるような反対(対極)の力を、鉱物界から探し出す必要があり、そのような反対(対極)の力を実現できる鉱物の薬剤を見つける必要がある。 (ここで用いられている「ホメオパシー」という言葉は、「同症療法」というより、陰陽の「中和作用」という意味に近い。) 次の事実はよく指摘されてきたことで、実際正しいが、治癒効果をもつ泉のなかの僅かなミネラル成分に注目すれば、この泉のなかでは、ホメオパシー原理に従う注目すべき経過が起こっている、のがわかる。 この治癒効果のある泉のなかの、ミネラル成分を生成する過程には、通常みられる外界の様々な力(結晶化など)から、(ミネラルとして)解放する、つまり結合力とは逆の力、つまり、ホメオパシー原理に従う、結晶化に対抗する力が現れている。 (外界のミネラル生成過程を、生体内で、ホメオパシー原理に基づいて、実現すれば、生体内の硬化作用を抑制できるようである。ただし、自然界と人間の生体は、ポジとネガの関係なので、陰陽を踏まえないと逆に作用してしまう恐れもあり、充分に注意すべきだろう。) けれど、ホメオパシーの原理については、別の章で述べたい。
2013年06月18日
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第10番惑星の末裔ニムロデの子孫たちが、悪あがきをしているそうである。以下に御馴染みのサイトから抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ ニュースの真相 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130614/1371180128#seeall 川崎重工のクーデターと解任劇の裏側 川崎重工の社長が、突然解任されたそうです。 川重、長谷川社長ら解任 「取締役会軽視」クーデター劇「(長谷川聡社長らが)取締役会を軽視した行動を続け、取締役として適性を欠くと判断した」。都内のホテルで開かれた緊急記者会見。“クーデター”で長谷川氏らを解任した村山滋社長は強い口調で語った。 午後3時からの臨時取締役会では、解任の緊急動議が出され、残る10人の取締役全員が一斉に賛成した。長谷川氏らは「統合交渉の定義について考え方が違った」などと釈明。だが、解任決定後は「淡々としていた」(村山氏)。取締役会は35分ほどで終了した。 解任のシナリオは、統合反対派の大橋忠晴会長らが書いたとされる。6月13日に統合交渉打ち切りを議題とする臨時取締役会が設定され、この日が「Xデー」になった。 統合交渉は長谷川氏らが水面下で進め、他の取締役が説明を受けたのは、報道される4月22日の1週間ほど前。他の取締役は統合に否定的で、6月下旬の株主総会前の5月23日の取締役会で是非を決めるべきだとの意見が出た。 だが、長谷川氏らは、5月23日の取締役会では議題にせずに、終了後の検討会議で協議した。取締役の多くが反対を表明したにもかかわらず、広畑昌彦常務は内容を議事録に記載せず、長谷川氏らは決定を株主総会後まで凍結したという。 村山氏は会見で「凍結するとしながら、資産査定は継続するメールを関係者に出していた。不信感をおぼえた」と強く批判した。 村山氏らが統合に反対したのは「不振の造船事業が主力の三井造船と、鉄道や航空機などが強みの川崎重工が統合してもメリットがない」(関係者)と判断したからだ。副社長に就任した松岡京平氏も「統合報道後の市場の反応は、(株価が下がり)企業価値向上につながらない、ということだった」と指摘する。 長谷川氏はワンマンタイプではなく、気配りの人という社内評価もあった。一方、村山氏は好調な航空宇宙部門の出身。「統合反対派のクーデター」との見方に村山氏は「(航空や造船など)すべてのカンパニーの総意だ」と語った。2013.6.14 01:31 http://megalodon.jp/2013-0614-1026-44/sankei.jp.msn.com/economy/news/130614/biz13061401360000-n1.htm 統一教会付属産経新聞ちゃんは、またまた「クーデター」だの「Xデー」だのと、衝撃的なキャッチコピーを付けて「解任の理由は三井造船との統合」なんて、得意のミスリードをかましているようです(笑) 川崎重工と言えば、麦藁を原料としてバイオエタノールを作る技術を開発したと5月末に発表したばかりの会社です。 しかも、そのコストがリッター40円だそうです。 川崎重工が稲わらからバイオエタノール製造 1リットル40円で川崎重工業は30日、利用されていない非食用の稲わらから低コストでバイオエタノールを製造する技術を確立したと発表した。食用のサトウキビなどを使う技術が普及しているが、食糧不足が問題になる中、非食用の植物を使う技術への期待は大きい。今後、南米や東南アジアで売り込みを図り、サトウキビの絞りかすを原料にする技術の開発なども進める。 農林水産省の公募事業で、2008年度から5年間、実証試験を行っていた。秋田県潟上市に日産200リットルの能力を持つプラントを建設。従来のように硫酸や酵素を使わず、熱水で稲わらの糖化処理を行う独自技術により、1リットルあたり40円でバイオエタノールが製造できるようになった。 2013.5.30 15:41 [エネルギー] http://megalodon.jp/2013-0614-1025-23/sankei.jp.msn.com/economy/news/130530/biz13053015430031-n1.htm 畑や田んぼのゴミが原料で、しかも、リッター40円のバイオエタノールが出回ったら、当然、ガソリンやガスが売れなくなりますよね? 川重がバイオ・エタノールを稲わらからリッター40円で生産する技術を開発した....。 13.6.2気仙沼講演で触れたんですが、これ、かなり画期的なんですね。 今まで燃やしていた稲わらがエネルギー源になる。農家の収入が増える。 サトウキビの搾りかすも使えそう。 困るのはユダ金支配下の石油メジャーです。「エネルギー独占による世界支配構造」が崩れます。 日本の法律ではなぜか3%の混入しか許されていない。メキシコでは85%混合が使われているというのに。 川重さん、ユダ金の妨害に気を付けてください。 http://richardkoshimizu.at.webry.info/201306/article_10.html ガソリンなどの天然資源を牛耳ってるのは、もちろん、ロックフェラーのおっさんをはじめとするユダ金です!キチガイですから、何をしてくるか分かりません。 何しろ、ライバル会社にマイクロ・ニュークで核攻撃を仕掛けて、平然としているような連中ですから。 ▼ボストン自作自演テロとテキサス肥料工場核ミサイル攻撃 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130423/1366697406 そこで、ネットジャーナリストのリチャード・コシミズ氏が、『川重さん、ユダ金の妨害に気を付けてください。』と警告していた訳です。 すると、そこへ今回の川崎重工のクーデター&解任劇が起こったという事。 要は、今回の川崎重工の突然の解任劇は・・・ 川崎重工が、ゴミから安価なエネルギーを作る技術を開発 ↓ エネルギーが売れなくなると、ユダ公が困る ↓ いつものように、ユダ公が奸計や陰謀を巡らせる ↓ 川崎重工のバイオ・エタノール推進派を一掃(クーデター&解任劇) ↓ ユダ公付属マスコミ部隊を使って、真相を隠す という事で、騒ぎの黒幕はまたまたユダ金ちゃんでしたw いいから、とっとと地球から出て行け! ☆ ☆ ☆ ホント罪つくりな奴らだ!
2013年06月17日
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人間と外界の太陽光線との間の相互の経過が正しく実現されないような影響下では、必要な脂肪を、肉体から取り出し、消耗し、痩せていくのと同じように、肉体から、変容光(霊光)が奪われる。 必要以上に、肉体から変容光が奪われる場合、人体上部が病むか、もしくは、上部にとって必要な経過を人体下部から引き出し、つまり下部から変容光を取り出し、下部が病むようなジレンマの前に人間は立たされる。 (外界の太陽光との均衡が巧く図れてない傾向をもつ現代人は、感染症に罹り易くなっている。太陽光線の振幅が強くなっている、という噂もあり、太陽光との均衡が益々図れなくなっている。恐竜が滅んだ理由も、太陽光線との均衡がとれずに、心筋梗塞等を起こし、滅んだ、という説もある。昨今の地震なども、太陽光線の強さに由来する、という説もある。) 以上の知見からわかるが、人体のために、外から摂取し変化させた測定可能な物質を(食料として)必要とするだけでなく、正しく観察すれば指摘できるが、人体のなかには、変容した形ではあっても、測定不可能な霊的な実質、いわゆるエーテル的な実質(霊光)も存在する。 以上の知見から看取して欲しいことは、太陽光線の内外の均衡の原理を通じて、太陽光線の治癒作用を引き出すための正しい見解を打ち立てることである。 例えば、周囲の太陽光線との相互関係において失われている秩序を回復させるために、外界の太陽光線に直接身体を曝すことや、もしくは、内外の均衡が崩れ、蓄積した変容光を取り出す際に生じた人体内の不規則性を調整するように、内から、光線に曝すことで、治療を行うことができる。 (内から光線に曝す治療が、以前、紹介したリッターの治療、いまでいう光線力学的療法である。) また、薬剤などの作用により、人体内の変容光の消耗を抑制することも考えられる。 以上のような知見から、人体内を霊視できる。 以上のような事実から、宇宙全般を観察できる人にとっては、次のような奇妙な感情が生じる。通常ではみられない表現というか、共感も反感も無い客観的な立場から、一見して、反駁可能な、奇妙な感情が生じる。この奇妙な感情とは、顕微鏡での観察、すなわち、微小世界の観察全般に対して、一種の激しい怒りを覚えるような感情である。 なぜなら、顕微鏡での観察は、生命の進化と退化とを、本質的に把握する可能性を導くどころか、逸脱させるものだからである。 というのも、健康、もしくは病気において本質的に関わってくる経過全般は、顕微鏡的な微小世界(ミクロ)というよりもむしろ、巨視世界(マクロ)において、遙かによく研究できるからである。つまり、マクロコスモス(大宇宙)のなかにこそ、生命現象を追求しなければならない。 (重力も、マクロ的視点からでないと理解できない。恐らく、生命も、マクロ的視点からでないと理解できないのだろう。道徳が、人間社会全体からでないと理解できないのと同じなのだろう。) また、鳥類は、膀胱と大腸の発達が不十分なため、摂取と排泄との間に、持続的な平衡状態を絶えず保たねばならない、という事実に注目すべきである。鳥は飛びながら排泄できる。鳥は食物を体内に貯蔵し蓄積することはない。 鳥は、食物を蓄積している暇はない。もし、鳥が食物を体内に蓄積したら、即座に病気になり、体を駄目にするだろう。鳥とは違う人間は、現代的な見解に沿って表現するなら、物質的には、鳥よりも進化したわけだが、より正確な表現を用いるなら、鳥よりも、地上に降下した、といえる。 実際、鳥は腸内植物に対して、激しい闘いを展開する必要もない。高等動物や人間に必要な腸内植物が、鳥の体内には無いからである。しかし、人間の高次な活動というか、例えば以前述べたエーテル(光)を変化させる活動、すなわち、光の変容を導く活動に関しては、人間も鳥と同じ立場にある。 人間は、物質的な膀胱や大腸をもつが、この物質的な器官に関わるエーテルに関しては、鳥と同じである。実際、エーテルのような霊的な器官は、宇宙のなかでは、地上(物質)的な意味では存在しない。エーテルとしての光を受け取り、直接加工し、即座に排出する。 もし、この光の平衡状態の持続に支障をきたすと、この支障に対処する器官をもたないため、人間は健康を損なう。 従って、小さな脳を備えた鳥の観察の際に、明確にすべきことは、霊魂においては、鳥は、マクロコスモス(大宇宙)の写像(複製)に相当する、ということである。 人間は、地上では、鳥よりも下降し、粗雑な(物質的)組織に模られた(写し取られた)存在だが、霊的な意味から研究するなら、地上よりも上位のマクロコスモス的な、鳥の世界の現象を探求しなければならない。 ただ、次のことを述べておきたい。このことは余談として述べるが、鳥類と比較して、人間が物質体において持つ性質を、エーテルでも持つなら、人間の生活は酷く悲しむべき状態になっていただろう。 なぜなら、物質体のようには、エーテルを、外界から遮断できないからである。エーテルを外界から遮断し、変容光を貯蔵できた場合、人間が、もし、変容光を感じとる臭覚器官をもったなら、人間の共同生活はかなり悲惨な状況に陥っていただろう。 つまり、羊を、死後解剖し、内部の匂いを嗅いだときの経験と同じ状況が生じる。 エーテルに関しては、人間は鳥類と同じ機能をもつので、例えば、腐肉を食する鳥でさえ、解剖時に、腸からの不快な臭いの発散がないので、不快にならないが、勿論、相対的な比較の意味での臭いだが、この鳥の腸と同じ臭いに喩えられるので、人間同士が実際に向き合っても、不快な臭いを感じなくてすむ。 鳥の腸の臭いは、特に、進化上、ようやく反芻動物の素質を持ち始めた、例えば馬(馬は厳密には反芻動物ではないが、反芻動物への素養をもつ)を、解剖する際に発散される腸の臭いと比較して、ほとんど臭わない。 つまり、外の植物と動物に起こる経過と、人体のなかの腸内の動物と植物で起こり、克服すべき経過との対応を調べていくことが重要である。
2013年06月17日
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http://freedom343.blog.fc2.com/ 音楽ネタを書くことはほとんどないのだが、改めていま日本の音楽を考えてみたい。以前、海外でウケる日本の音楽を、播州武侯さまのブログで少しコメントしたことがあり、そのときは、日本のアニメがウケているので、恐らく、きゃりーぱみゅぱみゅ、辺りではないのか、とあまり考えずにコメントしたが、最近、その、きゃりーぱみゅぱみゅ、のPVをみて、迂闊にも驚愕してしまった! 曲調は、YMOのテクノポップを引き継いだ感じなのだが、繰り返されるリフなどの旋律が、ハードロックやヘビメタの調子で、かつヴィジアル系の仮装も含み、更にパロディ化されたポップダンスな振り付けで踊り、PVのつくりは、ハービハンコックのロックイットやMTVがはじまったときのダイアーストレイツのマネーフォナッシングを彷彿とさせる衝撃さだった! 様々な音楽ジャンルの要素が、ちゃんこ鍋のように組み合わされ、全体的に、子どもの歌向けのわかりやすいアレンジに仕立てられている。 和製レディガガともいわれているらしいが、私見では、曲調はかなり異なるが、和製シンディーローパーというべきだろう。端的にいえばYMOとシンディローパーをあわせた感じにみえる。つまり、感覚的には早い話、音楽全体をアニメーション化にしたのが、きゃりーぱみゅぱみゅ、なのではないだろうか。 だから、その歌詞は、子どもが言葉を覚えていく過程で発するような擬態音からなるのが特徴である。つまり韻を踏んでいるところなどは、ラップに似ている。 クジラといえば、自己無責任の元日テレアナが無謀な冒険で遭難したのもクジラでしたね。原潜でなくて、クジラでよかったですな。原潜なら今頃、口封じで海の藻屑だったでしょう。なんだか、ハワイ沖で米原潜と接触し沈没した練習船の悲劇を思い起こさせます。 なにしろ米国は同盟国まで盗聴していたくせに、他の国もやっていると開き直り発言をするくらいですから、慰安婦発言の某問題知事と全く似たような卑劣さを撒き散らしているわけですから、呆れますね。
2013年06月14日
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人体内の腸内植物に並行して、外の自然のなかにある植物の成長力を生じる経過のなかに、人間が、腸内植物から取り出している再生力が潜んでいる。 戸外で、山や草原の植物を眺めるとき、本当は次のように考えるべきである。 この植物のなかには、人間の体験や感情のなかで生き、思考として発展する再生力が潜んでいる。 (人間は、外界の植物の再生力、いわば成長プログラムを取り出してきて、思考を行なっている。) 従って、人体の腸内植物は、外の植物とは異なる。外の植物からは再生力が取り出されていないからで、外の植物のなかにある思考(再生力)は、植物の茎、葉、花の内に潜んだままである。 以上のことから、花や葉のなかを支配する(再生)力と、人間が腸内植物を抑制する際に、自身のなかに取り出す(再生)力との親密性についての理解が得られる。人間は、腸内植物に再生力を委ねず、腸内植物から再生力を奪いとる。 腸内植物から、再生力を奪い取らなければ、人間は、思考できなかった。外の植物が持つ(再生)力を、人間は、自らの腸内植物から奪い取る。 動物においても事情は変わらない。これまで述べてきたような事実の洞察なくしては、人体と植物薬との関係に到達できないのと同様に、動物界のなかで様々な動物の形態を与えている力を、人間が、腸内動物から取り出す事実について認識できなければ、血清を治療に用いるための正しい理解に到達できない。 以上のことからわかるが、人間と環境との関係を真に見据えないことには、病気の治療についての原理を理解し、体系化することは不可能である。更にもう1つ、非常に重要なことを指摘したい。 少し前(1920年)、滑稽にも、唾を吐くことが至る所で禁止され、甚だ酷い状態になったが、その酷い体験をした人もいるかもしれないが、この唾吐きの禁止により、結核を撲滅しようとしたことがあった。 さて、この唾吐きの禁止が滑稽なのは、誰もが知るべきことだが、細菌や結核菌などは、至極ありきたりの太陽光の拡散により短時間で殺されてしまうので、適度な時間が経った後に、痰を調べれば、痰のなかの結核菌はすでに死滅しているはずである。 太陽光線は即座に、細菌を殺傷するので、医学上の通例が正しい場合でも、唾吐きの禁止は行き過ぎで非常に滑稽に思える。唾吐きの禁止は、せいぜい、一般的な衛生という面では意味もあるだろうが、広義の予防学にとっては全く意味のないことである。 けれども、事実を正しく評価するなら、太陽光線の殺菌力の話は非常に大きな意味を持つ。なぜなら、この話から、結核のような、動物ないし植物に属する、いわゆる細菌は太陽光線の下では自らの生命を維持できないことを示すからである。 細菌は太陽光線下では、自らを維持できない。太陽光線は、病原菌の生存には都合が悪い。 では、細菌が自らを維持できるのはどのような状況だろうか? それは、人体内にいるときである。ではなぜ、人体内でなら自らを維持できるのか? 細菌を、本質的に有害のように見なすのではなく、細菌が体内で活動する状況を探究すべきであり、その際、注意が払われていないものがある。人間は絶えず光に囲まれている。この光は、自然科学からの記憶では、外界の生物の発育にとって非常に大きな意味を持っている。 とりわけ、光は植物全体の発育にとって非常に大きな意味を持っている。人間は、この光に囲まれているが、人体と外界との境目において、この光、つまり人智学徒には純粋なエーテルに、非常に重要なことが生じている。 つまり、光が変化(変容)させられている。 人体内では、光が変化させられる必要がある。人体内で、植物化が阻止され、すなわち、植物化の経過がいわば中断され、炭酸の発生過程により植物化に抵抗する働きかけがなされるのと同じように、光のなかの殺傷力も、人間によって中断される。 従って、人体内の光を探究すれば、外の光とは別の、つまり変容した光があるに違いない。 人体という境界を、内に向かって超える瞬間、外の光の変容が見つかる。すなわち、人間は、通常、外で計測できる自然現象を変化させるだけでなく、計測できない光も、体内で変化させている。 人間は光を別のものに変える。太陽光線の下では直ぐに死んでしまう結核菌が、人体内ではよく生存することは、次のような事実を、正しく評価すれば、端的に証明できる。その事実とは、人体内に生じる変容光によりつくられるもののなかに、結核菌の生存因子(要素)があり、すなわち、結核菌が内部で増殖するときは、変容光になんらかの異常がある、ということである。 更に、体内の変容光から出発し、結核の原因を探れば、結核菌は常在するが、通常、人間は結核菌を体内に沢山取り込むことはないので、変容光について本来起こるべきでない異常が起こっている、という事実が理解できる。 実際、結核菌は常在する。ただ通常は十分な数でないというだけで、人間が結核に屈服すると夥しく増殖する。体内で変容した太陽光線に異常がない限り、通常、体内に結核菌が見つかるわけではない。 さて、またも、上述のような人体内での太陽光線の変容についての研究により、多数の学位論文等などが書けるが、そこから、実際の経験的な事実を集約することで、次のような知見を、比較的容易に引き出せるが、いまは、ただその観点を与えるだけにする。 「結核菌の増殖に適した状態とは、太陽光線を体内に十分に取り入れることができないか、もしくは生活習慣のために十分な太陽光線を得ていないため、体内に入ってきた太陽光線と、体内で加工し、変容させた太陽光線との間の均衡が崩れ、自分のなかに備蓄していた変容光から、貯えを引き出さざるを得ない場合が考えられる。」 是非とも考慮すべきことは、人間は、変容光(霊光)を、絶えず自らのうちに貯え持っている、という事実である。 太陽の変容光は、人体にとって必須である。 (キリストが、人間は神の子である、といったのは、太陽の子である、という意味でもある。勿論、父は、太陽である。)
2013年06月14日
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前回からの続き ☆ ☆ ☆6. 「白人」を語源辞典、医学用語辞典で引いて見るとコーケイジャン、コーカサス人と出てくる。現在チェチェンやアゼルバイジャン等の紛争の絶えない地域コーカサスが、白人という人種の源流、発祥の地である。 キリスト教の聖書の中に出てくるアダムとイヴが食べる禁断の木の実リンゴはこのコーカサスが原産であり、白人が世界に民族移動するに従ってリンゴも世界に広がって行った。 リンゴが重要なシンボルとして記載されているキリスト教最古の文献の1つシュメール語版聖書が示すように、シュメールの源流はこのコーカサス地方と関係があると思われる。(現在、考古学等ではシュメール文明の発祥地は特定できていない。) 紀元前5000年前後、コーカサスから欧州全域に徐々に移動を始めた白人(スキタイ民族)は現在のトルコにあったトロイ帝国に代表される国家、都市を各地で建設する。 さらに紀元前11世紀トロイのフランシオン王子率いるフランク族がドナウ川以西に移住、王子の名前フランシオンから後にフランス国家の名が取られる。 またもう一つのトロイ帝国を作る意図からシャンパーニュ地方にトロワ(トロイ)という町が作られ、トロイ王パリスの名を取り首都パリが建設される。 英国ロンドンも古くはニュー・トロイと呼ばれ、ベネチアもAD466年、コーカサスから移住してきたスキタイ人が入植、経済の実権を握って行く。 現在のドイツ地方にAD4世紀頃移住してきたスキタイ人は、自分達を「スキタイの純血種」=ジェヌイン・ワン=ゲルマンと呼び、異民族の排斥と親族間の結婚を厳守した。ナチス、ヒトラーのゲルマン主義、異民族虐殺はここから来ている。異民族排除はシュメール版聖書の示す通り、自分達を半神半人と考え、神の血の成分を薄めないために行われる。 神が宇宙から採取に来るとシュメール聖書に記載されている貴金属の収集への執着=金銭欲=銀行業を生業とする習性もここから来ている。デル・バンコ一族もこの部族だった。 この部族の特徴は、トロイあるいは聖書の中のエレサレム等、伝説や書物の中で聞かされてきた国家(都市国家)を再び現実世界の中で築こうとする所にある。(イスラエル建国とモルモン教)7. 1090年、現在のトルコ、トロイ帝国の跡地にスキタイ人が結集、トロイ帝国再建と聖書に記載されているエルサレム再建を誓いテンプル騎士団を結成する。 1126年、エノク書を信仰するテンプル騎士団はフランスのトロワ(新しいトロイ帝国)に結集、トロイ帝国再建を誓いエルサレム奪還のためイスラム教徒大量虐殺の十字軍に出発する。8. 現在、デル・バンコ一族はスコシア・モカッタ銀行の共同経営者となり、1948年、この銀行が経営するイスラエル・レウミ銀行がイスラエル建国資金の大部分を出資した。 スキタイはエノク書の指示通りエルサレム再建に成功した。続く事業はイスラエルを世界を支配する世界帝国に育成する事である。要は世界を動かすマネーの支配である。9. 現在デル・バンコ=モカッタ銀行は、ロンドンで金GOLDの取引を独占している。ロンドンの貴金属取引所ロンドン・メタル・エクスチェンジ(LME)の「黄金の間」と呼ばれる部屋では、毎日デル・バンコ一族を中心とした5つの銀行が国際的な金GOLD価格を独占的に決定している。 その決定に世界中の金融機関、貴金属購入者が黙って従っている。あらゆる商品の中でも最も重要で、しかも紙幣より信用のある決済手段である金GOLD価格が、たった5つの銀行により独裁的に決められている。 「価格は需要と供給の関係で決まる」という市場原理が全くの「作り話」である事が分かる。市場を成り立たせている根源にある金GOLDが、市場原理でなく独裁で決められている。10. 世界を支配するためには、抵抗する者の抵抗心を麻薬で失わせる「心理戦争」も重要になる。デル・バンコは、CIAそのものであるデューク一族の麻薬入りタバコ会社ブリティシュ・アメリカン・タバコ(BAT)の創立資金を出資する。 エノク書はイスラエル以外の全ての人種を絶滅させるよう指示している。全人類を絶滅させるまで絶え間ない戦争が必要とされる。 デル・バンコは戦争で使用する火薬を大量生産しているデュポン社を経営し、共同経営者であるランベール銀行はイスラエル建国資金を一部出資している。 デュポンが火薬生産を止めれば世界中の戦争が止まる。だがデル・バンコは火薬の大量生産を続ける。イスラエル以外の全人類を全滅させる事が「神が再臨」する条件だとエノク書が教えているからだ。 そしてランベールの経営する新聞エレサレム・ポストは、「有色人種を絶滅させよ」と叫び続けている。ランベールは世界最大のメディア企業AOLタイム・ワーナー、CNNTVを経営し「戦闘シーンをカッコ良く」放送している。 子供と若者が戦闘もののTVゲームをやるように喜んで本当の戦争に参加するように、そして人類の絶滅に貢献させるためだ。11. 悪質サラ金業者が「強盗でも何でもして金を持って来い」と怒鳴るように、借金だらけであったナチス・ヒトラーに対し厳しい取り立てを行い、窮地に陥ったヒトラーをユダヤ人の家全てに強盗に入らせ、ユダヤ人を大量虐殺し、奪った金で借金を返済させた国際決済銀行BIS。 このBISが自己資本規制を8%に上昇させた事で(銀行が金を貸し出さず自分で持っている事)、日本では資金不足で優良企業が次々に倒産、年間自殺者が3万人、15年間の不況で50万人が自殺する事態となった。 BIS規制を強化したBISの頭取ジャン・ゴドーは、エノク書を信仰するランベールの頭取である。ゴドーは「人類絶滅、有色人種絶滅は神の再臨への道」と考え、日本人50万人の大量虐殺を実行した。 イスラエルを中心とした「神の国」の再臨、それはイスラエルを中心とした世界統一政府による中央集権管理体制であり、その実験は現在EUによって行われている。 EUの本部はランベール銀行ブリュッセル支店の重役室の中にある。それはEU統一の実験の目的がどこにあるかを示している。EUと米国を動かしているのがイスラエル、ランベール(地下経済)とデル・バンコのオフショアであるという実像が浮かび上がって来る。 ☆ ☆ ☆ 悪魔の仮面が剥がされるときがくるのか?
2013年06月13日
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前回からの続き ☆ ☆ ☆ 使い捨てにされる国家アメリカ 英国スコットランド沖に浮かぶマン島、そしてイタリアのベネチア。オフショアと呼ばれるこの地域は、どこの国にも属さない「公国」、あるいは独自の法律、税法が許される「自治領」という無税地帯となっている。 世界のマネーの70%はこのオフショアにある。富(マネー)が権力を生み出し、マネーが世界を支配する。 それが現実なら70%という数字は、世界を支配しているのがオフショアであるという事実を示している。そして世界を支配しているのは米国、アメリカ帝国であるという考えが幻想であるという事実を示している。1. 1991年の湾岸戦争を起こした父ブッシュと米国国務長官ジェームズ・ベーカー。ブッシュは銀行ハリマンの経営一族であり、その子会社シティ・バンクの経営一族がベーカーである。現在のイラク戦争を起こしたのも子ブッシュであり、戦争に反対した独仏を戦争に協力するよう説得して回ったヨーロッパ特使がベーカーである。 常に戦争の実働部隊として世界を動かしてきた、この2つの一族の経営になる世界最大のシティ・バンクは、1991年倒産の危機に立たされた。その時、シティ・バンクが助けを求めた相手は、親会社のハリマンでも米国の中央銀行FRBでもなかった。シティ・バンクは英国の金融街、ロンバート街にある世界最古の植民地銀行スコットランド銀行に泣き付き資金を提供され助けられた。 現大統領ブッシュは、かつては酒びたりのアル中患者だった。我が子の醜態に苦悶する父ブッシュは、キリスト教原理主義の牧師パット・ロバートソンに泣き付いた。ロバートソンの説得とロバートソンの指示で24時間同居し、身心共に現大統領ブッシュの「ケア」を行った次期大統領候補コンドリーザ・ライスの努力で子ブッシュは立ち直った。(ライスは現大統領ブッシュの2人目の「妻」である。) このロバートソンはスコットランド銀行の米国代表だった。世界「最大」の銀行シティ・バンクと世界の「支配者」米国大統領が、公私ともに困った時に泣き付く相手が英国のロンバート街にある金融機関だったという事になり、本当の世界のボス、支配者は米国ではなくロンバート街にあったという事になる。2. ロンバート街にある世界最大手のスタンダード・チャータード銀行(以下SC)。英国王室の出す特許状(チャータード)により創立され、「世界をあまねく=スタンダード」「独占支配する=チャータード」という意味を持つ銀行。その米国における出先機関としてシティ・バンクは巨大化してきた。 SCは旧名ロード・ミルナー・セシル・ローズ銀行であり、ロード・ミルナー=ミルナー卿は世界各地でアヘン貿易を行い、有色人種の大量虐殺を行ってきた東インド会社の創立者である。またセシル・ローズは南アフリカで黒人を奴隷とし、金GOLDとダイヤモンド鉱山を開発し世界の金塊とダイヤモンドを独占してきたデビアス=アングロ・アメリカン社AAの創立者である。 そして黒人を奴隷とする事を定めた悪名高い南アフリカのアパルトヘイト法を起草したのがスコットランド銀行であった。 世界「最大」のシティ・バンクと米国大統領を救った実力はロンバート街の持つ南アの金塊とダイヤモンドの資力から来ていた。 現在、父ブッシュはAA社のカナダ支部バリック・ゴールド社の一役員である。同僚にはカナダの元首相マルルーニー、元ドイツ中央銀行総裁オットー・ベールが居る。AA社にとって中央銀行総裁も首相も合衆国大統領もマイナーな国の一支部の一役員、つまり「使い捨て可能」「取り替え可能」な一人の「使用人」にしか過ぎない事をこれは示している。3. SCにとって小さな島国の英国よりもヨーロッパ全体を対象にしたビジネスの方が本業であり、ロンバート街のSCは英国支店に過ぎない。そのSCの本店がイタリアのロンバルディアにある銀行スコシア・モカッタである。 19世紀、世界の覇権が英国に移ると、イタリアの金融街ロンバルディアにある銀行群は次々と英国に支店を開いた。 英国にはロンバルディアのコピーのような金融街が出来、ロンバルディア街、ロンバート街と呼ばれるようになった。米国のウォール街は英国のロンバート街に依存し、ロンバート街の本拠地はイタリア、ロンバルディアにあった。 しかしロンバルディアの銀行に資産を預ける資産家は、イタリア政府に従順に税金を納める事はしない。資産は当然、直近にある税金の課されないベネチアに置く。そのため金融街ロンバルディアの銀行は、皆、本店を税金の課されないベネチアに置く。つまりベネチアが世界の中心、世界の支配者であるという事になる。 ベネチアの金融界は狭いギルド社会であり、過去800年間ベネチア金融界を支配してきたのがデル・バンコ一族である。銀行=バンクの語源になっているこのデル・バンコ一族が世界の支配者ベネチアの中心に居る。 デル・バンコは課税を逃れるため、欧州では全く別名のウォーバーグ銀行を経営している。4. 1913年、米国に渡ったウォーバーグ一族の1人ポール・ウォーバーグは、米国のウォール街に指示し、米国の中央銀行FRBを創立し、ポール自身がFRB議長の席に座る。ポールはFRBの事務仕事、雑用をベネチアの支店の、そのまた支店である米国の世界「最大」の銀行シティ・バンクに担当させた。ブッシュ一族などデル・バンコにとって雑用係なのだ。 またウォーバーグ、デル・バンコはナチス、ヒトラーを全面的に支持、資金援助し人種差別によるユダヤ人大量虐殺を行わせた。 そしてポール・ウォーバーグは最大手銀行クーン・ローブ一族と婚姻し、その銀行を系列下に置いた。正式名リーマン・ブラザース・クーン・ローブ(ライブドアの親会社)の会長でブッシュのハリマン銀行の社長ハリマンに命じ、ブッシュ一族からヒトラーへの多額の資金援助をも行わせた。5. ヒトラー支援に見られるデル・バンコ一族の人種主義は、他民族、有色人種との結婚を厳禁し、一族の純血を守り、欧州全体に広がる親族間との結婚しか認めない所にも出ている。その白人至上、純血主義、異民族排外がヒトラーを政権に就けた。 ☆ ☆ ☆ 字数制限を越えるので次回に譲る。
2013年06月13日
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前回からの続き 【ロスチャイルドを奴隷として扱う一族】 ロスチャイルド一族が「ビッグ・ブラザー」となり、世界政府の樹立を謀っていると思っていたら、上には上がいて「ロスチャイルドを奴隷として扱う一族」がいたとは。 よく考えてみると、スイスという国の銀行へは、世界中の大富豪がお金を預けているのだ。皇室も預けていると聞いたことがある。エリザベス女王とか各国の王侯貴族も預けているのだと思う。(追加4月1日:12億人の信者を持つカトリック・バチカンも)。その莫大な資金は、どう運用されているのか。 (スイスの銀行に預けている有名どころは、統一教会の岸信介、宮内庁の現皇室、サンカのアミモトというネット内での噂) ロスチャイルドやロックフェラーは戦争を起こしては、敵対する両陣に金を貸し付けては儲けているが、その金を出す黒幕はスイスの銀行だったわけだ。ということは、世界中の戦争は、世界中の大富豪のお金で行われているということになる。スイスは永世中立国となっており、思考から外されてブラックボックスになっていたが、そのスイスの金融の支配者が、ユダヤ金融のボスだったというのは、言われてみれば、大いに納得がいく。 「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば、誰が法律を作ろうと、そんなことはどうでも良い。」というロスチャイルド財閥の祖マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドの言葉は、とてもよく知られている。インパクトが強く、その言葉で、ロスチャイルド家が金融で世界覇者になろうとしているという印象を刷り込まれていたのではないかと思う。私も含め、ロスチャイルドが世界のトップであると勘違いするのは、大方と思われる。 とすると、先日ご紹介した、ファラカーン氏の演説内容は、大いに賛同の拍手を送ったものだったが、黒幕を外し黒幕の手先のユダヤ金融を叩いただけの片手落ちだったといえる。 ファラカーン氏については、ソウルマンさんからコメントをいただいた。ファラカーン氏は、統一教会と親交があり、彼も統一教会の文鮮明氏も黒幕に使われているとの見方もありかもしれない。 ちなみに、文鮮明氏の思想は、↓。 1)民族の壁をなくすこと。生物学的に見ると、民族としての人間の違いは0.04%である。99.96%は同じである。 2)すべての宗教の壁を崩さねばならない。霊界でイエス、釈迦、マホメット、孔子が戦っていると思うか?戦っていない。全ての宗教は一つにならねばならない。 3)全ての国境をなくさねばならない。文師の教えは人の為に生きること、怨讐を愛することである。神様はアダムとエバを創造し彼らが理想的な家庭を築くことを願っておられた。私たちは理想的な家庭を築くために、子供達に結婚するまで純潔を守るように教育しなければならない。これらがこのマーチの目的である。 ようするに、宗教ワンワールド。「New World Order」なのだ。 さて、ロスチャイルドを奴隷として扱う人物であり、スイス金融界の「ドン」として君臨しているのが、スイスのシェルバーン伯爵。この人物について、「ロスチャイルド、ロックフェラーを奴隷として扱う ベネチア=スイス」(世界の真実の姿を求めて!様)から孫引きさせていただく。 ま、スイス金融は世界の富豪から資金を集め、ロスチャイルドを利用して領主や国家をそそのかせて戦争を起こし、両陣営に融資をしていた。勝っても負けても借金は返すしかなく、払えなければ土地を手放すことになるが、その土地をロスチャイルドが受け取り、スイス金融へ渡し、そこから資金提供者へ分配され、領土は切り分けられることになる。こうして、国家解体を行っているのが、スイス銀行とその資金提供者であるといえる。 スイスのシェルバーン伯爵が、その首謀者であるが、彼はどのような人物であるのか、どのような目的を持って、絶え間なく戦争が起こされているのか、またその歴史的背景について、以下をお読みいただきたい。 【ワン・ワールド陰謀、その首謀者の素顔】 これと関連して、フリーメーソンリーが果たしている極めて重要な役割を、もう一度見てみよう。アメリカのみならず、全世界で事件を生み出し、いわゆるワン・ワールド政府という社会を目指している。身分も高く「先祖伝来の遺産を継ぐ」立派なファミリーの心と意識と哲学を支配する、この陰謀の首謀者シェリバーン男爵とは、いったい何者だったのか。ボストン、ジュネーブ、ローザンヌ、ロンドン、ジェノバ、ベネチアなどに住み、アヘンと奴隷で信じられないほどの富を築いたファミリー、ウィリアム・ビット、マレット一族、シュルムベルガー一族のようなファミリーも含めて、シェルバーン伯爵は、その心と頭脳を支配しているのである。 (中略) シェリバーンは何よりもまず、スコティッシュ・ライトのフリーメーソンであり、イギリス、フランス、スイスのイエズス会と強いつながりを持っていた。イギリス首相ウィリアム・ビットを操っていた以外にも、ダントン、マラーといったテロリストや、アーロン・バーに率いられた東部エスタブリッシュメントの裏切り者たち、イギリス東インド会社のスパイから経済学者になったアダム・スミス、その嘘っぱちで西側経済を破滅させたマルセスまでもが、シェルバーンの支配下にあった。 このようにフリーメーソンのリーダーであったシェルバーンは、15世紀のルネッサンス以降に人類が享受した利益をすべて破壊し、キリストから授けられたキリスト教思想、合衆国憲法に示された社会政治理念や個人の自由という概念を裏切るのに、最も力を振るった人物であった。要するにシェルバーンはルネサンスを憎悪し、忌み嫌い、一般大衆は自分達の階級に仕える為に存在しているという、特権思想を固く信じていた。産業資本主義を憎み、封建制度を熱烈に支持していた。 さらに、同盟の父ウィリアム・ぺティ伯爵が創設したロンドンの英国学士院が前身となって、王立国際問題研究所(RIIA)が生まれた。ニューヨークにあってアメリカの外交問題を操る外交問題評議会(CFR)もここから生まれた。 (中略) フランス革命でのジャコバン党の悪行も同じようにシェルバーンが操っていた。 http://alternativereport1.seesaa.net/article/100576557.html#trackback ロスチャイルドのボス達 拙稿「ダイアナ元皇太子妃を殺害した一族」より続く。 13世紀のスイスの都市を研究しなければ、現代の事は分からない。 古代ローマ帝国と、その末裔であるハプスブルク帝国の皇帝の絶大な権力による支配は、その部下である貴族達に大きな不満をもたらした。人間、誰しも他人に支配等されたくはなかったのである。しかし、そこにはローマ・カトリックに対する、異端・キリスト教原理主義(その原型であるドルイド教)の教義、「人類絶滅を至上目的とする」が深く関与していた。 この異端を信奉する貴族達は軍事力を持ち、また領地で農民を働かせ、農産物を農民から暴力で奪い、その富を蓄積していた。金と軍隊を持ち、皇帝など居なくても「自分で独立できる」と考えたのである。 そこで、各地で皇帝に対する闘争・戦争を引き起こし、時には異民族であるトルコ軍を招き入れ、皇帝と戦争を行わせる。 この絶え間無い戦争は「人類絶滅」の目的に沿って実行された。 皇帝は戦争の費用で借金だらけになる。この金を皇帝に貸し付けたのがロスチャイルドである。 皇帝は担保として土地を差し出し、やがては借金が返済出来なくなり、担保の土地をロスチャイルドに取られてしまう。 そして、この銀行家ロスチャイルドの資金をロスチャイルドに与えていた預金者が、皇帝からの独立を狙う騎士・貴族達であった。 エッシェンバッハ一族、レーゲンスベルク一族、サヴォイ一族(ダイアナ元皇太子妃の暗殺犯)、キーブルク一族、フローブルク一族、ラッパースヴィル一族、トッゲンブルク一族と言った貴族達が、ロスチャイルドに資金を貸し、ロスチャイルドがその資金を皇帝に貸し付けていた。 ロスチャイルドは、こうした貴族の「使い走り」でしかなかった。 借金が払えなくなった皇帝からロスチャイルドが担保の土地を取り上げると、当然、その土地は、資金提供者であった貴族の所有物となる。 こうして皇帝の権限の届かない土地が貴族・騎士達によって、都市として独立する。 産業革命が起こる以前、農業以外の産業としては綿織物等の手工業が主流であった時代は、河の水流を使った水車が動力であった。この動力が得られる、スイスのような山間部が産業地帯となり、さらにスイスでは、現代の時計につながる鉄砲、刀等の精密機械業、金属加工業が発達し、山間部で火薬原料も採掘された。 産業と兵器が、スイスにあった。 綿花はインド製の物等がヴェネチアから荷揚げされスイスに届き、スイスとヴェネチアは姉妹都市であった。 やがて貿易で富を作ったヴェネチアの貿易業者=金融業者がスイスに移住する。 皇帝に反逆した貴族達は、兵器と富と産業を求め、スイスに結集した。これが、やがて現代の金融国家スイス、マネーロンダリング天国スイスを形成する。 こうして、西暦1200年以前に成立した、原初形態のスイスの都市国家は、わずかに35都市、その中で人口が2000人を上回るのは11都市に過ぎなかった。しかし、この都市が連合し、やがて国家を形成して行く。 これが現在の国家の出発点であり、国家とはローマ皇帝の「質流れ品の寄せ集め」であった。国家制度の起源は、ここにある。 西暦1200年という、現代から800年以上、時代を遡る事で、ロスチャイルドを支配し、その背後にいる一族達の姿が浮かび上がって来る。 http://alternativereport1.seesaa.net/article/150258057.html 世界最大の金融街、英国ロンドンのシティ。 ここが、ポルトガル貴族等によって支配されている事は、既報した。 昨年の、リーマン・ブラザース倒産に続いて世界中で拡大しつつある金融恐慌。その中で、経営危機に陥った欧米金融機関発行の債券・株式、欧米諸国発行の国債に対し、中国共産党が「事実上の最後の貸し手」として投資を継続し、「世界の金融王」として君臨し始めている。 これは、やがて欧米金融機関・国家の経済破綻による債務不履行=デフォルトに際し、中国が「一蓮托生」で滅びて行くか、あるいは逆上した中国と欧米諸国の間で、軍事紛争の引き金になり、米国の代理人である日本・台湾と中国との「戦争に発展する」、大きな火種となる。 とりあえず「最後の貸し手」となった中国共産党幹部達を、シティの「番人」ポルトガル貴族は、旧ポルトガル領マカオのギャンブル施設、サンズ・ホテル(近年、倒産)、ウィン・グループ、MGMミラージュに「招待」し、ポルトガル貴族=金融マフィアの母国ベネチアのベネチア・ホテルに「招待」する。 そこでは英国金融街シティの支配者からの豪華な接待が行われ、欧米の国債等々を購入してくれた返礼の「ワイロ」が手渡される。 このワイロは、そのままポルトガルの銀行、あるいはスイス、ケイマン諸島等々のオフショアの金融機関に預けられ、共産党幹部達の「個人資産」となり、やがて将来、中国共産党政府が崩壊し、中国が「純粋・資本主義国」となった暁に、元共産党幹部達が、「資本家として中国各地を割拠」し、分割支配する際の「資金源」となる。 こうして中国の「次の時代」が、準備されつつある。 http://alternativereport1.seesaa.net/article/49425520.html ☆ ☆ ☆ 字数制限を越えるので次回に譲る。
2013年06月13日
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「悪智恵のすすめ」という本を以前紹介したが、ライオンの正体を探る続きで、ネット検索しているうちに、面白い記事に遭遇したので以下に抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ ロスチャイルドのボスたち 投稿者:Legacy of Ashesの管理人 投稿日:2013年 5月24日(金)22時11分36秒 通報 返信・引用 編集済 戦争のカラクリ http://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-04de.html ヨーロッパにロスチャイルドという男がいて、「自分が金融を支配する限り、誰が王や統治者だろうがそんなことはどうでもよい」と言いました。 ロスチャイルドには息子が5人いました。 ロスチャイルドは息子たちをヨーロッパのさまざまな国に送りました。 1人はイギリスに、1人はフランスに、1人はイタリアに、1人はオーストリアに送られ、最後の1人はドイツの父のもとに残りました。 彼らは皆、ロスチャイルド家の一部になりましたが、しかし、金の陰謀によって、イギリスの息子が影響力を持つようになり、それがイギリス銀行になりました。 フランス銀行、イタリア銀行、オーストリア銀行、ドイツ銀行、これらは、この国々の家計を印刷する中央銀行でした。 これらが今、ある一族の手の中にあるのです。 この一族は、正しいことをするつもりであちこちに広がったのではなく、人々を操り世界の国々の運命を支配する意図を持っていたのです。 ヨーロッパでは多くの戦争がありました。 ロスチャイルド家は両陣営に融資しました。 あなた方がわかっていないのは、戦争とは金の陰謀だということです。 あなた方は民主主義のために戦っているつもりになっています。 これがすべての戦争を終わらせるための戦争だと思っています。 「平和を地上に君臨させてください」 これは、貧しい者と弱いものを罠にかけるために賢者と悪人が利用する悪賢い言葉です。 私の言うことを聞いていますか? ロスチャイルド家はあまりにも強くなったので、アメリカが確立した時、彼らはアメリカ内部の彼らの代理人を介して、中央銀行を支配し続けようとしました。 南北戦争についての記録を読むと心が痛みます。 南部の人々は誰も奴隷解放を望まなかった。 私が「ユダヤ人の75%が奴隷を所有していた」と言ったとき、それは中傷ではありません。 それを言ったのは私ではありません。 あなた方が自分の伝記の中に書き残しているのです。 あなた方が奴隷を所有しており、奴隷たちがあなた方の富の基礎であったならば、あなた方はアメリカが自由になるのを望まないでしょう。 多くの人間は過去も現在も南軍に属し南軍の旗を持っています。 アブラハム・リンカーンは単なる平和と戦争の問題よりずっと大きな問題に干渉していました。 ロスチャイルド家は、彼らのアメリカの代理人を介して北軍にも南軍にも融資しました。 理想家だった多くの貧しい人々が命を落としました。 彼らは尊い大義のために戦っているつもりだったのです。 そして、あなた方は金持ちをさらに金持ちにしました。 しかし、彼らはあなた方の血、あなた方の子供たちの血、あなた方の孫たちの血を犠牲にして金を儲けているのです。 兄弟姉妹よ、いいですか。 この国の多くの人々がこのことを知っています。 しかし、彼らは貧しい者の声を持ちません。 私にとって、このことを知り、口にすることは危険です。 私が貧しい者たちの声と耳を持つからです。 あなた方は真実を知ったら家に帰って寝るのが困難になります。 ですから、当然これを言う人間は大きな危険を冒すことになります。 アメリカはあなた方の背の上に建てられたからです。 もし、真実があなた方を動かしたら、誰かが地震を起こしたようなことになるでしょう。 美しい建物が見えますが、その下の地球が揺れたら、壁も倒れます。天井も落ちます。 ですから、指導者があなた方の味方で黒人の大衆に語りかけることが許されたことは決してないのです。 大衆に語りかける指導者をあなた方が持つたびに、その指導者は殺されました。 そのような指導者は殺されるのは、この国が貧しい者の背の上に建てられているからです。 貧しい白人の上に、貧しい黒人の上に、貧しいユダヤ人の上に建っているからです。 よく聞いてください。兄弟姉妹よ。1912年12月22日にアメリカの中央銀行はいくつかの一族の手に握られました。 通貨を発行する連邦準備銀行は政府に属してはいないのです。 政府の内部で裏切りが行われ、1912年に大統領になったウッドロウ・ウィルソンの下で、連邦準備制度が成立しました。 あなた方を知っていますか。 1912年にウッドロウ・ウィルソンが選出されたとき、アメリカの負債は約1兆ドルでした。 ウッドロウ・ウィルソンが大統領職を離れた時、1920年でしたが、負債は800倍に増えていました。 どのようにして、そのようなことが起こったのでしょうか? あなた方は言うでしょう。「1995年の自分に何の影響があるのか?」 少し時間をくれますか? 兄弟姉妹よ、よく聞いてください。 1912年、ウッドロウ・ウィルソンが選出され、1913年に、IRS(合衆国内国歳入庁)が設立されました。 税金はどのようにして作られたのでしょうか? なぜなら、通貨を支配する人々は、国の負債を増加させることを知っていました。 それで、負債を埋める方法を見つけねばならなかった。 この税金は収入に基づいた累進課税だとみなされていました。そのようにして議会に提示されました。 しかし、所得への累進課税はカール・マルクスの「共産党宣言」の二番目の案です。 共和党員が、「政府が徴収して国民に再び与える」というのをあなた方が聞くとき、それは政府が国を社会主義的な風潮に乗せて動かしていることを示しておます。 これは大変なことです。 ウッドロウ・ウィルソンが大統領になり、アメリカを戦争に参加させないはずでした。 戦争は1914年に始まりました。 ウッドロウ・ウィルソンの第二期は1916年、彼はアメリカを戦争に参加させないはずでした。そのように選挙運動で語っていたのです。 しかし黒幕がドアの後ろに隠れていて、その人々は、負債を増やす唯一の方法は、アメリカを1914年に始まった戦争に何らかの形で関わらせることだと知っていました。 それでルシタニアという船の火事の裏工作を行い、アメリカはドイツに宣戦布告しました。 1917年にアメリカの兵隊はヨーロッパへ戦争に行きました。 戦争をするためにアメリカは金を借りなければなりませんでした。 誰に金を借りますか? 国債を発行する人々からです。 彼らはアメリカが借りた分に利子を付加します。 そのため貧しい人々は利子を払うために税金を課されます。 さらに、1918年、ウッドロウ・ウィルソンは1920年に大統領職を離れ、彼が大統領になった時、アメリカの負債は1兆ドルでしたがそれが8兆ドルになっていました。負債は8倍に増えていました。 これはなんでしょうか。 利子はアメリカ国民が払います。 それは戦争で、最後の戦争になるはずでした。 この戦争には多くの黒人の同胞が、アメリカのために戦いたくて、互いに争いました。 この「偉大な」国のために。 全ては一握りの邪悪な人間に操作されているとも知らずに、 J・P・モルガン ロックフェラー家 ローブとクーン シフス ワーバーグ家 ロスチャイルド家 彼らはアングロサクソン人とユダヤ人です。 あるレベルに至るともうみんな同じです。民族性を求めません。金を求めます。 私の言うことがわかりますか。 第一次世界大戦は過ぎました。 ついてきていますか? ここまで来ました。 ヒットラーが現れ、カイザーが失い第一次大戦で奪われたものを取り戻そうとします。 ヒットラーはヨーロッパ内を侵攻し始めましたが、誰も何も言いません。 「ヒットラー、あなたはどこへ行くのか?」と。 ヒットラーは、自分が一種の救い主になったようなつもりでいました。 誰が彼に融資したか当ててごらんなさい。 わかりますね。それこそ彼らが語りがらないことです。 ユダヤ人のウォーバーグ家とロスチャイルド家です。 アメリカに、ヒットラーに融資した人がいるのです。 ウォーバーグ(ユダヤ人の)は戦争真っ最中ヨーロッパを旅行してよいホテルに眠ることができました。 ユダヤ人が焼却炉で焼かれている時に! 今、真の反ユダヤ主義者が姿を現しています。 イイですか、これはいくつかの集会では知られていることです。 若いユダヤ人の多くはこのことを全然知りません。 人々は若者にファラカーンは彼らの敵だと信じさせています。 ファラカーンはあなた方の敵ではありません。 あなたの民族は私を利用してあなた方から金を取ろうとしています。 よろしい、今夜は全て暴露しましょう。 彼らはあなた方にFBIは犯罪者を捕まえるために作られたといっています。 それは本当です。 FBIは犯罪組織ですから。 ああ、ファラカーン、よくそのようなことが言えるな、スプリングフィールドのような古い静かな町で。 ここはそういうことを言うのにうってつけの場所です。 スプリングフィールドのような古く静かな町は。 しかし、FBIは犯罪組織でした。 彼らは法律を何とも思いません。 黒人の指導者が出るたびに法律を破って攻撃しました。 白人の指導者に対しても同様です。彼らの邪魔をし不安定にし、貧しい人々を高揚させる可能性のあるすべての人間に、共産主義などあらゆるレッテルを貼って攻撃します。 よく聞いてください。 私たちに関係のあるFBIの話を知っていますね。 マーク・クラークやフレッド・ハンプトンは犯罪者ですか? 彼らはブラックパンサー等のメンバーでした。 マーカス・ガーヴィは犯罪者でしたか? ノーブル・ドリュー・アリは犯罪者でしたか? W・E・B・ドボイズは犯罪者でしたか? ポール・ロブソンは犯罪者でしたか? マーティン・ルーサー・キングは犯罪者でしたか? どのようにしてあなた方は通りの名前をマーティン;ルーサー・キング・ジュニアとつけることができるのですか。 あなた方偽善者は16番街にポスターを貼ってある人物を記念して祝おうという。 しかし、その人物のホテルはFBIに盗聴されていました。彼らは夜も昼もこの人物を害するために働いていたのです。 私はウソをついていますか? 彼らはキング博士を憎んでいたのです。 彼の暗殺の真実はいかなるものですか? 彼らはマルコムを憎んでいました。 彼らはエライジャ・ムハマドを憎んでいました。 彼らはNAACPとアーバンリーグを憎んでいました。彼らは黒人の組織の一つ一つを不安定にするために夜も昼も働いたのです。 私はウソをついていますか? 関連記事:フリーメーソンの歴史 http://6707.teacup.com/gamenotatsujinn/bbs/1767 http://fujifujinovember.cocolog-nifty.com/blog/2013/03/post-ac43.html ☆ ☆ ☆ 字数制限を越えるので次回に譲る。
2013年06月13日
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腸内、そして人体に現れる植物、更には、これから見ていくような微生物のなかに、病因を求めるなら、それは表面的な見方にすぎない。実際、恐るべきことだが、今日(1920年)の病理学の文献を調べてみると各章ごと新たに、この病気には、この細菌が、あの病気には、あの細菌が発見された云々の記述に遭遇する。 以上のような記述は全て、人体内の、いわゆる腸内植物学、腸内動物学にとっては非常に興味深い事実ではあるが、病気にとっては、せいぜい1つの指標以上の意味を持たない。 つまり、何らかの病気に相応しい状態が、人体の根底にあると、それに相応しい微小動物、もしくは微小植物に発達する機会を提供するが、そもそも微生物の生存環境に適さない場合には感染しない、というような指標でしかない。 (感染した細菌やウイルスに病因があるのではなく、感染の機会を与えた人体内の状態に病因がある。免疫防御が弱い。) この微小動物、もしくは植物の生育が、実際の病気に関与する割合は非常に低く、せいぜい間接的に関わるだけである。今日の医学のなかで展開されている論理は、非常に滑稽である。 少し考えてみればよい。良く飼育され、見事な雌牛が沢山いる土地を発見したとき、「この土地に沢山の雌牛がやってきて、感染したから、この土地には見事な雌牛が沢山いる」などと考えるだろうか。 (病因を、細菌やウイルス感染に求めるのは、細菌やウイルスが沢山やってきて、感染したから、病気になった、と考える。) 恐らく、以上のような考えはもたないだろう。このような考えよりも、この土地に、雌牛を飼育する勤勉な人たちがいる理由や、雌牛の飼育に適した土壌が、その土地にある理由を探すだろう。要するに、良く飼育された雌牛が、その土地にいる原因となり得る理由を探し、その根拠とするだろう。 まさか、この土地に見事な雌牛が沢山いるのは、この土地に、良く飼育された雌牛がやってきて、その土地に感染したからである、などとは考えないだろう。 しかし、今日の医学が、病因を、微生物等に求め、展開している論理は、以上のような馬鹿げた考えと少しも変わらない。人体に、微生物が実在するという事実からわかるのは、その場所に肥沃な土壌がある、という以上のものではなく、この土壌の観察こそが当然の如く配慮すべき問題なのである。 ただ、例えば、この地方には良く飼育された雌牛がいるので、何頭か譲ってやれば、もっと勤勉になろうと奮起する人もいる、というような間接的な影響が生じる可能性もある。このようなケースは無論、付随して起こる。 感染準備の行き届いた土壌が、細菌により刺激され、土壌全体が病気の経過に陥ってしまうことも当然起こり得るが、実際のところ、この細菌という生物の観察は、病気の本質的な観察とはほとんど関係がない。 健全な論理の育成に配慮するなら、公認された科学から発せられる思考などにより、健全な思考の荒廃を招くような事態などはそもそも起こり得ないはずである。 すなわち、病因として、考慮すべきことは、これまで述べてきた特徴、つまり、人体の上部と下部のある種の関係が誘因となって、上部と下部との正しい相互関係が成立しない可能性である。 人体の上部と下部の不規則な相互関係の結果、上部の、下部に対する反作用が弱いため、植物化の傾向を阻止する反植物経過というか、植物化の過程が阻止できずに、下部において、植物化が活性化する可能性が生じる。 下部において植物化の傾向が高まると、腸内の植物に、夥しく蔓延る機会を与え、すなわち、下腹部が正しい経過で働いていない事実を示す。 下部の活動水準に従って生じるべき上部の活動が下部で生じない場合、その活動が堰き止められ、上部へと押し戻されるような特殊な事態が生じる。つまり、下腹部で組織される特定の経過が生じない場合、下腹部で生じるべき経過が、上部へと押し戻される。 (ここで述べている「上部」、「下部」とは、心臓を基準として上を上部、下を下部と呼んでいる。) 以上のような表現は、いかにも素人臭いようにみえるだろうが、今日通用している病理学に見られる表現よりは少なくとも科学的である。 人体下部において、規定通りに生じるべき経過が、上部へと押し戻されるわけだが、肺での排出や、肋膜などのように、上部に配された器官組織での排出に関わる病因も、下腹部の排泄経過の正常、もしくは異常との関係を調べることから探求すべきである。 下腹部を通じて、上半身にむかって押し戻される人体の経過を、正確に見ていくことは究めて重要である。上半身で生じる病因の多くは、下腹部から押し戻された経過に他ならない。上部と下部との間に正しい関係が成立しないと、上下に属する本質的な経過は拒絶され、押し戻される。 さて、以上の事実に加えて、もう1つ注意して欲しいことがある。おそらく、日常経験から、次のような事実を理解しているだろうが、この事実についても十分に評価されず、将来の健全な科学では、この事実についての正しい評価が必須となるだろう。 それは、「ある特定の器官について考える瞬間、更に良い表現をするなら、ある特定の器官に関する思考を抱く瞬間、この器官に、ある種の活動が生じる」という事実である。 この事実についても、将来の学位請求論文になりえる、豊かな研究領域が隠されているが、人間のなかに沸き起こる考えと、唾液の分泌、腸内の粘液分泌、母乳の分泌、尿の分泌、精 液の分泌などとの関係を一度研究するとよい。これら人体の分泌現象と並行して現れる思考が、どのように生じ、どのようなものなのか、を研究して欲しい。 そこでいま、述べている事実とは、一体どのような性質をもつのか?という疑問が生じる。 霊魂に、特定の考えが生じると、その考えに並行して人体に分泌現象が生じる。この事実とは、一体、何なのか? 人間に生じる思考の素は、丸ごと器官のなかにある。つまり、人間が、ある考えを抱くと、その考えに並行して、何らかの腺分泌が生じるのは、思考の基礎になる活動を、腺を分泌させることで取り出している。 (下等生物の再生力を、人間は、思考として取り出し、分泌活動は、その証といえる。) 腺から再生活動を分離させ、思考として実行し、その後の活動を腺自身の運命に委ねると、腺は自身の活動に没頭して分泌をおこなう。この分泌を妨げることは、つまり妨げなければ、腺から除かれ、思考に結びつけられた再生力が、腺と結びついたままになる、ということになる。 以上のように、器官から再生力を思考のなかに取り込んだ事実を、器官に現れてくる分泌現象から、明白に理解できる。 「私が、そのように考えなければ、私の腺は分泌しなかっただろう」、と言うことができる。 すなわち、「私は腺から再生力を奪い、この再生力を、私の霊魂に移行させたからこそ、腺は、分泌した」、となる。 今までの考察で述べてきた知見の証明を、人体のなかに見つけることができる。つまり、霊魂の活動の結果として生じる体験は、人間の目の前にある自然の秩序のために分泌された再生力に他ならない、という証明を、人体内の分泌活動に見つけることができる。 (人間の体験は、再生力を器官から取り出すことで生じるという。再生力を失った器官は、分泌活動を行い、分泌した汗、涙等を、自然環境に与える。人間は、眼から再生力という感動を取り出し、眼は代わりに涙を流す。オカルトでは腸が第2の脳といわれるのは、腸から再生力を取り出し、思考しているからといえる。)
2013年06月13日
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「悪智恵のすすめ」という本は非常に面白い。現実逃避や妄想ではなく、現実をみないといけないことを教えてくれる。つい最近問題となった慰安婦発言も、いまだに、日本軍は負けていなかった、という現実逃避や妄想にとりつかれた発言であることは疑いの余地もない。 ポツダム宣言受諾したことを多くの政治家が直視できていないのが問題であることを、いつも訪問している播州武侯さまのブログのなかの、「鳩山由紀夫の考え」で気づかされた。 播州武侯祠遍照院 http://plaza.rakuten.co.jp/tanpakumeisi/diary/201306110003/ 日本の外交が対米追従にならざるをえないのは、ポツダム宣言を受諾したからで、それは愚かな日本軍が英米を中心とする連合軍に負けたせいであり、だから、昭和天皇が、GHQのマッカーサの配下に置かれ、日本の領土と統治は、米国政府の意向に従わざるを得ないことにある。 「悪智恵のすすめ」の表現を借りるなら、日本は米国というライオンの空腹を満たす羊肉にすぎない。ライオンの目の届く限りは、「いつでも食うぞ!」と脅かされるだけなのである。 だから総理大臣などは飾りでもなく、米国植民地の門番にすぎない。実際、大統領の飼い犬のような総理もいたが、門番は、米国のこれまたお飾りの大統領に対等につきあうことなどできない。日本の飾りは天皇であり、飾りは伝統があるから重宝されるわけで、飾りという意味では、天皇が大統領より上であるから、日本の国民には日本統治の実体が掴めない。 さて、では米国を牛耳っているのは何者なのかといえば、それは統計的に1%の金持ちたちであることが明らかで、連中に洗脳されているからこそ、米国人は金儲けしか頭にない。連中は金儲けを正当化するために、アメリカンドリームを虚飾化した。 太平洋戦争を研究すれば、米国を牛耳る輩が例えばヤコブ・シフという偽ユダヤであり、ロックフェラーであることも自明である。連中が世界中の人々を欺いて天文学的な資産を手にいれたから、わずか1%の人々が他を奴隷の如く支配しているわけである。ついでにいうなら、連中は第10番惑星からきたニムロデと呼ばれる混血の蛇人の末裔であるらしい。 歴史的にいえば、米国は、先住民を騙して土地を手にいれた盗人たちが、アフリカから奴隷をつれてきて土地を開拓してつくった国なので、これら1%の輩たちが米国を支配するのは間違いであることは疑いの余地がない。米国の建国は、少なくとも民主的ではなく、強奪的略奪的に行なわれた。このことはフリーメーソン-イルミナティ-サンヘドリンを研究すればわかる。黒人を奴隷から解放しようとした大統領は暗殺された。 米国は英国から独立したことになっているが、英国王室から名義を略奪したにすぎない。本当の独立であるなら、建国に関わった連中は、財産を全額米国社会に寄附して、すみやかに隠居するか、英国に帰るべきだろう。奪ったものは返すべきだからである。 だからといって、連中に帰れといっても、「われわれはいいこともした」とまるで日本の極右のような言い訳をして、過去の略奪を認めようとはしないだろう。一端、権力を手に入れた連中が権力を手放すはずはなく、世の中はそうそう理屈通りにいくものではないので、悪智恵が登場の番となる。 悪智恵とは、経験則を生かすことだ! 「悪智恵のすすめ」では、「ライオンと闘うには民主主義ではダメ」や、「ライオンの言う『おいしい話』を簡単に信じるな」などで、その例を挙げている。 ライオンに羊が抵抗するのはほぼ不可能である。米国の金融資本家から独立したいと、真剣に日本の未来を考える人々なら思うのは当然で、連中のために何百万という人たちが犠牲になってきたわけで、いまでも多くの人々が犠牲になっている。では、そのために新たな犠牲になるかといえば、嫌だと応える人がほとんどだろう。 鳩山が失敗したのは、この点にある。まず言いだしっぺが犠牲にならないと何を言っても口先だけの嘘つきである。沖縄の米軍基地移転が失敗したのは、沖縄に代わって犠牲になろうとする他県や場所がみつからないからである。 実際、ライオンの意向に逆らったために、しっぺ返しをくらったわけで、ライオンを罠に嵌めるには、鳩山はいかにも準備不足だったわけだ! 沖縄から米軍は撤退すべき、とほとんどの日本の人々は思っているが、沖縄の代わりに米軍を受け入れるのは嫌だ、というわけなのだ! 「悪智恵のすすめ」は、このように総論は賛成だが、自分がその犠牲になるのは御免というような虫の良い意見がほとんどであることを教えてくれる。 「独立のために戦え」と極右は叫ぶが、それなら、真っ先にお前が戦地に行け、といわれればグウの音もでまい。これからやるのではなく、少なくとも、これまで何をしてきたのか?が問われる。 裏を返せば、自分が犠牲になるくらいなら、独立しなくてもいい、と思っている人が大半なのである。だからライオンから、羊と呼ばれるのである。 そこで羊を演じている現総理の正体を、御馴染みのサイトから抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ ニュースの真相 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130612/1371007607#seeall 安倍政権がシリア直接支援を表明 安倍政権がシリアの反体制派を直接支援すると表明したそうです。 日本、シリア反体制派を直接支援 首相がG8で表明へ 安倍政権は内戦が続くシリアの反体制派に直接届く人道支援活動を始める方針を決め、岸田文雄外相が11日の会見で発表した。アサド政権による反体制派弾圧に国際社会の批判が強まっていることをふまえた。シリア問題も議題となる17日からの主要国首脳会議(G8サミット)で、安倍晋三首相が表明する方向だ。日本はシリア内戦で計約8千万ドルの人道支援をしてきたが、シリア政府との調整が必要で反政府勢力の支配地域に届きにくい。日本は反体制派の代表組織「シリア国民連合」をシリア国民の正当な代表だと昨年認めており、シリア政府を通さない支援を本格化する。今後、シリア国民連合やNGOと連携を強め、内戦の被害者への医療活動や薬の提供など保健分野での支援を中心に進める。反政府勢力を支援する米英仏などとの調整も検討中で、G8で支援をめぐる役割分担が議論される見通しだ。 http://megalodon.jp/2013-0612-1158-23/www.asahi.com/politics/update/0611/TKY201306110091.html このブログで、何度もお話していますが、シリア内戦の正体は、ユダヤ欧米がシリアの天然ガスを狙って、反体制派という名の傭兵を送り込んで進めている侵略戦争の事。 ▼シリア反体制派の正体と化学兵器の使用 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130321/1363793395 ▼シリア反体制派=米国傭兵部隊の自作自演と正規軍投入 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130326/1364229387 ▼イスラエルのシリア空爆と天然ガスと米国の援護 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130506/1367806150 ▼シリア政府軍のクサイル奪還とユダヤ仏国の発狂 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130606/1370480409 いっぽう、安倍ちゃんと言えば、日本の支配層である、ユダヤ&朝鮮&同和連合軍のサラブレット。 要は、ユダ公の丁稚というか、工作員という感じでしょうか? ▼米国工作員の安倍偽首相、TPPの次の任務は96条改正 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130502/1367456815 ▼TPP参加表明の強行と田布施人脈と明治維新の真実 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130315/1363316406 ▼安倍晋三と岸信介と統一教会 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120927/1348754351 ▼米国のデフォルトと安倍首相の50兆円献金 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130114/1358161143 という事で、上記のニュースの正しい解釈は・・・ ユダ公達は、天然ガス狙いでシリアの略奪をしたいけど、金欠で思うように事が進まない(ロシアの妨害もあるけど) そこで、日本に金を出させる事にした。 で、ユダ公達の工作員である安倍晋三ちゃんが、『人道支援の名のもとに、侵略軍の片棒担ぎます!』っと宣言したというお話。 さらに詳しい解説は下記を参照のこと。 ▼安倍馬鹿者のシリアCIA侵略軍支援 http://richardkoshimizu.at.webry.info/201306/article_59.html そして、こんな人として恥ずかしい事ばかりやってるから、安倍ちゃんはストレスで下痢が治らないというお話でしたーw ☆ ☆ ☆ 彷徨える子羊ですな。
2013年06月12日
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さて、今回は誰もがよく知る事実から始める。この事実は自然科学や、医学的思考との関連では全く正当に評価されていないが、人間と、外の自然との関係に対する判断の基礎を提供する。 それは、「人間が、3つに大別される人体の機能、すなわち、神経-感覚機能、循環、もしくは律動機能、新陳代謝機能からなり、新陳代謝機能においては、外の自然、例えば植物界のなかで生じる事象に対して、ネガ(陰)の関係をもつ」、という事実である。 更に、次のような事実を描出する。 さしあたり、外の自然のなかの植物界を観察すると、炭素が「植物」として集積し、炭素を基盤とする傾向が認められる。人間は、植物に囲まれることで、炭素に基づいた生命体に囲まれる。 (シュタイナーは、農業の著書で、「賢者の石」の正体が、炭素であることを明かしている。) 植物の基礎を成す炭素が、人体にも現れていることを思い出して欲しい。人間は、発生の初期の、いわゆる発生期状態[Status nascendi]という段階で、炭素を基にした植物の発生を止揚し、終結させ、代わりに、植物の生成とは反対(逆)の状態を取り入れた。 この初期過程の一端は、人体下部のなかに見つかる。人間は、炭素を沈殿(燃焼分離)させ、自らの力で植物の発生をはじめた後、この植物化の抑制(止揚)を、人体上部から誘導しなければならない。 人間は、炭素を燃焼させ、酸素と結合させることで、炭素を止揚し、つまり炭素を炭酸に加工することで、人体内の植物化に対抗する経過を誘導しなければならない。 外の自然とは正反対の経過をもつ人体内の経過に注意してほしい。というのも、自然とは真逆の人体内の生成過程に注意すれば、人体の本性を、次第に根本的に理解できるようになるからである。 「重量を測る」という表現は、物理学に準じた研究に対する象徴的な表現だが、例えば、体重を計っても、構造は理解できないが、次のような事実を考慮すれば、多少のことが即座に理解できる。 脳の重量は良く知られているように平均1300グラムだが、脳の下の面が圧迫されることはない。脳がもつ重量で、脳の下にある組織が圧迫されたなら、その領域に広がる繊細な血管が全て押しつぶされてしまう。 脳が自らの土台となる組織を圧迫する重量はせいぜい20グラムにすぎない。これは、脳水のなかに脳が浮かぶために、良く知られたアルキメデスの水圧の原理に従う浮力を得た結果、脳の重量の大部分が重力として作用せず、浮力により止揚されているからである。 脳水の浮力により、脳の重量が克服され、人体自らがもつ重量ではなく、その重量を破棄するなかの、いわゆる物質の重量とは反対の力のなかに、人間が生きていることは、人体の他の経過でも同様である。 実際、人間は、自然現象[Physis]が作り出す経過そのままに生きるのではなく、自然現象の経過を止揚したなかに生きる。 (自然を陽とするなら、人間は陰となる。) 実際、外の自然のなかの、例えば、植物界において最終過程に至る経過を、そっくりそのまま体現するなかに、人間は生きるのでなく、その植物化を止揚(克服)するなかに生きる。 以上は、病気に罹っている人体と植物薬との間に橋を架ければ、当然、本質的な問題となってくる事実である。 さて、以上のようなことは、いわばちょっとした短編小説風に叙述できる。人間を取り囲む、素晴らしい植物[Flora]の世界に眼差しを向ければ、当然のことながら、とても大きな歓びを感じる。けれども、羊を解剖し、解剖直後の、羊のなかの植物(腸内細菌)[Flora]を目にするときはそうではない。 羊の体内の植物相は、発生(生成)過程という点では、外の植物相の発生(生成)過程に類似するが、羊を死後に解剖し、この羊の体内の植物相(腸)から漂ってくる腐敗臭を感じれば、この腸内の植物相[Darmflora]に対して歓びを感じるどころではない。 このような差異に特に注目すべきである。なぜならば、外の自然では、植物を成長の軌道にのせる経過が、人体のなかでは、克服されねばならず、腸内に、植物が発生してはならないことが明白だからである。 外の植物と人体内の植物の違いのなかに、いまだ探求されていない広範な研究領域が拡がるので、比較的若い、勉学中の医学生の学位請求論文のために、この領域から多くを役立てることを勧めたい。 とりわけ、様々な動物から、哺乳動物を経て、人間に至るまでの腸内の形成についての比較研究から、多くの知見が得られる。この研究領域には、重要な知見が未研究なまま数多く残っているので、将来、非常に実り豊かな研究分野となるだろう。 とりわけ、羊を解剖すると、腸内の植物により、酷い腐敗臭が発散されるのに、鳥類の場合、腐肉を食する鳥の場合でも、腐敗臭はなく、解剖しても、比較的心地よいとさえ言える匂いが発せられるのはなぜなのか、一度、その隠れた事情を探究して欲しい。 以上のような事柄についての非常に多くが今日(1920年)まで、学問的にほとんど研究されていない。腸の構造の研究については特になされていない。少し考えれば、鳥類と、哺乳類、そして人類の本質的な差異が、腸の差異から示されることがわかる。 鳥類については、例えばパリの医師メチュニコフのような唯物論的な医師たちが、これまで述べてきた事実について、いわば最大の勘違いをしてきたわけだが、鳥類は、膀胱と大腸が、極めて未発達で、走禽類となってようやく、大腸、および膀胱の形態としての、ある種の膨隆[Ausbuchtungen]が見つけられる。 以上の差異から、重要な事実が示される。つまり、生体内に一定期間排泄物を貯蔵し、随意に排出することは、鳥にはなく、食物の摂取と排泄との間に継続的な平衡状態が成立する。 メチュニコフ Elias Metschnikoff 1845-1905 オデッサ大学で動物学教授、後にパリのパスツール研究所副所長。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%83%A4%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%81%E3%83%8B%E3%82%B3%E3%83%95
2013年06月11日
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「悪智恵のすすめ」という本を知って、少し読んだ。というのは、概して外交得意なフランスに比べて、日本が下手なのは、「哲学」がないからだという意見が、巷に多いからである。 「哲学」とは、ありていにいえば、智恵のことである。ひとえに智恵といっても、ただ少なくとも知識を鵜呑みにし、それを自慢することではない。 智恵がなんであるかは、非常に難しいが、この世を楽しく生きるための工夫というものだろうか? 勿論、楽しく生きる、といっても、独善では駄目で、皆が、全体が楽しくなるような工夫というものだろう。 良い智恵かどうかは、独善であるかないかで、悪い智恵は、独善的といえる。 古代では、「哲学」は、叡智のことで、神と会話するための言語だった。人間は、ただ叡智を神から預かり、活用しているにすぎない、と考えられ、その活用法が「智恵」になった。 だから、本質的にいえば、独善的で、利己的な悪智恵は、智恵ではない。公平な神は、特定の人物だけを優遇することはないからである。 悪智恵は、智恵のようなものだが、人間が神に離反して、勝手につくったものである。悪智恵が、この世に存在するのは、どうせ悪いものは長続きしないから、神が寛容にも認めているからだろう。 さて、この本によると、フランス人は、悪智恵に長けているそうだ。それは例えば、「騙すのと、騙されるのではどちらが悪いか」という単純な質問をすれば、日本では、騙すほうが悪いと応える人が多いだろうが、フランスでは、騙されるのも悪いと応える人も多いのではないだろうか? 騙されるのにも、欲があったとか、まるっきり他人任せだったとか、落ち度があるからで、自らの非を明らかにすることにもなる。 勿論、人を騙すのは悪いことである。しかし、騙すことを厳密に捉えるなら、映画や文学などは大半がフィクションで、虚構などは、成り立たないことになる。現実逃避ができるから、現実に向き合えるわけで、自由を楽しむことができる。 自由を手に入れるためには、騙されることも覚悟しないといけない。不自由な暮らしをするのなら、騙されたほうがマシと考え、だから、騙されないように、賢くなればいい、と哲学を学ぶのがフランスで生活する人の態度なのだろう。 対照的に、日本では、騙されることが酷く嫌われる。端的にいえば、安全が脅かされるからだが、かといって、不自由な暮らしが好きかといえば、そうでもない人が多いのだが、騙されることを極端に嫌うので、あえて集団で、不自由な生活を受け入れている人々が多い。 皆で不自由な生活をすればいい、という姿勢の人々が日本には多い。 騙される位なら、多少不自由でもいい、と考える人が日本には多い。だから、日本ではいたるところに、不自由な暗黙のルールが存在する。とかく外国人が、日本にきて驚くのは、この暗黙のルールだろう。 日本では、この暗黙のルール、通称「しきたり」といわれていることを守っているかどうかで、物事を判断し、騙されることを回避しょうとしている。「敬語」はその典型である。 だから、日本から外に出ると、「しきたり」はなくなるので、いわゆる免疫がなくなって、極端に騙されやすくなる。逆に日本では、「しきたり」が沢山あるが、それを守ることで、「私は怪しい者ではありません(あなたを騙しません)。」ということを表明していることになる。 だから、逆にいえば、奇妙にも、日本では、生活のいたるところに張り巡らされている「しきたり」さえ守れば、外国人でも、「日本人」として認められるというか、日本人を演じさせられる。 つまり、日本に「哲学」がないのは、暗黙のルールにしてしまったからで、暗黙のルールさえ守れば、生活上、相手を疑うことや、騙されることを考える必要がないからで、わざわざ判断を介入させることを省く便利さがあるが、それがかえって思考停止に陥らせ、暗黙のルールに対しての盲信や日本文化が一番という洗脳に陥らせている。確かに、日本で暮らすには、日本の「しきたり」が一番なのは当たり前である。 確かに日本で暮らす上には、自然と暗黙のルールを身につけてしまうので、いちいち考えずに便利といえるが、一歩、日本の外に出れば、不便極まりない。 問題は、いまでは多くの「しきたり」が形骸化していることと、外国人には、この日本独特の「しきたり」の説明が困難で、グローバル化を唱えるのなら、「しきたり」をなくす方法に向かうしかないことである。 日本では、悪智恵を生み出さないように「しきたり」が張り巡らされてきたが、グローバル化といえばいうほど、いわば、この結界が破られることになる。グローバル化ということは、つまり、日本もフランス並に、哲学を学んでいく必要が生じた、ということになる。 反面、これまでの伝統に従う必要がなく、自由になるわけで、騙される機会も多くなろう。 そこで、この本の内容は興味深く、以下に一部を紹介し、哲学なる悪智恵を学んでいこうというわけなのだ! 無知な友より、賢明な敵のほうがまし この本にも例として出されていたが、戦前の日本の軍部が、英米との衝突を避けていたことは有名だが、関東軍が暴走してしまい、結局、それにひきづられ英米と開戦し、大敗北を喫してしまった。つまり、身内(友)の無知さにより、身を滅ぼされる結果となった。 この話の教訓とは、賢さに勝るものはない、ということだろう。賢さとは、全体をみる能力といってよいだろう。緊張感を失うと、人は、えてして、目の前の目的だけしかみえなくなってしまう。自己に都合よく物事をみる傾向が生まれる。 とかく日本人は身内に甘く、仲間意識が強いといわれるが、それを逆手にとってみれば、身内の意見よりも、外様の、例えば敵と思える外国人の意見の方に耳を傾けたほうがいいことがわかる。関東軍の暴走を果断に処理していれば、国際連盟も脱退せずにすみ、英米開戦にはならなかった可能性が高い。
2013年06月10日
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巷ではインチキ長州政府の末裔が、インチキサギノミックスを掲げ、3本の矢だかなんだかにちなんで、インチキな3つの法螺を吹いたので、株価が総崩れの様相を呈してきたようである。 吉川と小早川とを併合した毛利の3本の矢の逸話が嘘であることはネットで調べればすぐにわかるが、インチキ3本の矢は、マスゴミが結託して洗脳しているから、いまだに騙されている人も多いようである。 そこで、以前紹介したブログから、洗脳を解くための話を抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ 「アベノミクスはアホノミクス その1」 http://angel.ap.teacup.com/gamenotatsujin/ 株高・円安は「景気回復」の結果ではない 管理人注:既報のように本年10月28日前後に米国で1/100のデノミが実施されると同時に世界中の取引所そのものが閉鎖(=廃止)され全世界で暴動(トルコやギリシャなどのやらせ暴動は地下鉄サリンと同じで次のより大きな暴動に備える)が起こり米国ではFEMA発動される。当然安倍内閣はこれに全力で従う。これは予想(よそう・うそよ)と笑っていられればいいのですが。ですから,下段にあるリンゼイ・ウイリアムズ氏の話をお読みください。世界統一政府に反対する指導者たちは次々に殺されています......カダフィー大佐,チャベスなどなど...........。 世界の陰謀にかけては達人さんの右に出る者はいない......と持ち上げていただきましたが (中略) ここにきて、むしろ長期金利の上昇が目立ってきましたね。安倍政権が最も避けたかった展開です。しかしながら、これは身から出たさび。ここまで株式市場や不動産市場にカネが引き寄せられるようなあおり方をすれば、収益性の低い国債から資金が逃げ出して、株や不動産に投資されるのは当然の成り行きです。 このままいけば、「国債神話」を彼らが自分たちの手で壊していくことになりかねません。「国債神話」とは、すなわち、「日本の国債はあらかた日本の投資家が持っている。日本の投資家は日本の国債を売らない。だから日本はギリシャ化しない」というあの論法です。 円安についても、すでに少々制御が効かなくなっている感があります。魔法のかけ方は知っているが、魔法の解き方はまだ身に付いていない。そんな「魔法使いの弟子」的なところが、早くも露呈しつつあると思います。(管理人注:それはファウスト博士か数学者ナッシュに聞いたほうが早いかも) (中略) 少なくとも、「あなたが常識だと思っている事は間違ってますよ」という事を言ってる部分と、1パーセントの人間のために99が犠牲になってる部分は真実だよ。 素晴らしい!!!!!全面的に支持します。 少しでも多くの人にこの情報を見て考えてもらえるように伝えたいと思います。そして意識上の自律を身の回りから飽和状態にして、 広げられるように行動することを楽しんでいきたいと思います。 過去にジョン・レノンが警告しています。 彼はすでに気づいていました。そして音楽を使いそれを伝えています。 全世界で10億枚以上のレコードまたはCDを販売したバンドです こんなバンドが存在し、しかも並外れたカリスマ性を持った人間が音楽を通してこのことを伝えている。 権力者にとって彼は非常に都合が悪い存在にまでなっていたのです。 権力者はこの危険性に気付き、ジョン・レノンは40歳という若さで殺されました。 非常にわかりやすい言葉にされています。 1分もない動画です是非見てほしい。 動画タイトル「ジョン・レノンのインタビュー―世界は狂人によって支配されている」 そして一部の権力者がテレビなどで放送することを規制するまでに至った楽曲がジョン・レノンの書いた「イマジン」です。僕らは考えることを止めてはならない。』 (中略) ――このところの株価の動きをどう見ますか? 来るべきものが、私でさえ予想外に早く来たという感じですね。当然の成り行きだったと思います。ここまで株価を押し上げて来た買い手筋の行動は、要するに「売るため」の買いだった。要は、買った瞬間から売るタイミングと売る材料を探していたわけです。 そして、ここに来て黒田日銀総裁発言やアジア景気の変調可能性報道などがあり、「そろそろお膳立てが整ったかな」と感じたところで、一気に動いたという感じでしょう。 「浦島太郎の経済学」を押し付けるな ??株価の乱高下もあり、いよいよ、アベノミクスのいわゆる3本目の矢だという位置づけの「成長戦略」に期待がかかっていますが、この成長戦略に関する考えは? 端的に言えば、この「3本目の矢」なるものこそ、最もいかがわしいというか、問題性が大きいテーマだと思います。「浦島太郎型成長至上主義」への執着によって何が得られるというのか。 浦島太郎は、長い間、竜宮城にいたために、地上に戻ってきて昔を忘れられません。彼らは、自民党が政権を握っていた高度経済成長時代の考え方からいつまでも脱却できず、「昔に戻りたい」とつねに考えているのだと思います。 ??今の日本に必要とされているのは、どんな戦略なのでしょう? そもそもこの間、日本に欠けていたのは成長ではありません。問題は「分配」です。過去の成長の果実として、日本はいまやとてつもない冨の蓄えを形成している。ところが、その富をうまく分かち合えていない。 だから、貧困問題が発生したり、非正規雇用者の痛みがあったり、ワーキングプワと呼ばれる状態に追い込まれる人々がいる。この豊かさの中の貧困問題こそ、今、政治と政策が考えるべきテーマです。 アベノミクスの人々には、その意味で政策の役割に関する誤解もありますね。政策の仕事は、強き者の味方をすることではない。成長産業を特別扱いすることではない。 彼ら(成長産業)は、放っておいても「市場」の中で自己展開のチャンスをつかんで行くわけです。政治と政策は、市場ができないことをするために存在する。 市場ができないこととは何か。それは弱者救済です。 弱者にも、当たり前のことですが、生きる権利がある。弱者にも、世の中における役割がある。強きも弱きも、老いも若きも、大きい者も小さい者も、みんなそれぞれのやり方で社会をつくり、社会を支える。 そのような土台のしっかりした経済社会が形成されるように目配り・気配りする。それが政治・政策・行政の仕事でしょう。 ??とはいえ、インフラ輸出などは積極的に進めていくべきでは? 何のため、誰のためのインフラ輸出なのかが問題ですね。インフラ輸出先のお役に立てるため??それとも日本が一番になるため??? ☆ ☆ ☆ 非常に長いのでここまでにします。とにかく弱者救済が経済の真髄ということをお忘れなく。
2013年06月06日
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前回の講義後の議論は、なるほど極めて興味深かったが、今、目にした質問との関連で、既にもう述べたことだが、再度、次のようなことを強調したい。 「個々の症状と治療薬との関係を見つけるのに充分な方法は、この講義のなかの考察で、前もって、ある種基礎的な問題を処理してからでないと獲得できない。」 ということである。 講義で述べる基礎的な問題により、外界から薬剤をみつけるのだが、外界との関係についての認識から、その適応範囲を推量できるようになる。とりわけ、個々の治療薬と様々な器官との関係を理解するには、基礎的問題の処理なしにはできない。 その理由は明白で、薬剤と器官との関係は単純ではなく、いささか複雑で、これから述べていく基礎的な問題を処理しないと、治療の本質的な意味を推量できないからである。その後続いて治療薬、とりわけ治療法と、個々の器官疾病との具体的な関係を実際に議論する。 今回、早速、前置きとして述べる知見を、とりあえずは吸収して欲しい。その知見から、ある種の光がみえることもある。というのも、これまで述べてきた知見は、現代人には当然のことながら、最初はショックを与えるものなので、これから述べる知見もショッキングな内容であることを先に強調しておきたい。 前回の講義の後に検討された関連性から、物事の別側面にも配慮してほしい。 治療の特性に関して、これまで非常に啓発される事例を数多く紹介できたことは、非常に満足のいくところだった。さて、これまで行われてきた試行錯誤的な経験的治療を、おそらく次第に無価値なものにしていく、至極単純な治療法を紹介する。 試行錯誤的で経験的な治療法が用いられないようにするために、勿論、場合により、そのような経験的な治療法を用いることも充分に考えられるが、とにかく次の治療法を紹介したい。 この治療法については、勿論、人智学の素養をもつ人智学徒にしか述べることができない。この方法とは、リッターの治療法を、普遍化した方法である。普遍化に際して、治療の成功を、1人の医師個人(の技能)に帰することを尊重するわけにはいかない。 確かに、医師個人として、次のようなことを意識している医師もいるかもしれない。つまり、大きな医師集団に対して、自分は1人の医師として、いわば闘っているが、リッターの治療法を大学で広めたら、非常に多くの、全てとはいわないが、病気が癒されるので、途端にその治療法に染まってしまい、もはや、その治療法の反対の立場には誰も立たず、自分の経験的な治療の成果が、著しく減少するように考える医師もいるかもしれない。 現実の生活においては、以上のような意識をもつ医師も存在する。つまり、現実は通常、想定しえる状況とは異なることが多い。医師個人としては、目の前の1人1人の治療が最大の関心事であるのは当然だが、現代の唯物論的な医学は、それどころかむしろ、1人1人の治療に挑戦することに、一種の法的根拠というか、治療法を求めてきた。 (世間一般に不治の病とか難病とか呼ばれている病気の治療に挑戦することに価値があると考えること。) リッターの治療法 「M・リッターの光線力学的治療の実践的応用のための手引き」(ミュンヘン、1913) 及び「神経-力学的治療法―蛍光素材及び発光(ルミネセンス)素材の細胞領域及び神経死に対する作用に関する研究と経験との関連で」(ライプツィヒ、1905) (原文を探すことはできていないが、恐らく、題名から推測すると、発光体を体内に取り込むことで、体内から光をあてて、生体の再生能を促す療法と考えられる。現代の放射線治療の前身のようなものだろう。 放射線ほど、波長の短い電磁波ではないと思われ、また体内から、発光させる点が、放射線治療と異なる。放射性物質を取り込む方法は、現代でもインビボ検査や、舌癌等などに放射性イリジウムを針のように埋め込む治療がある。 放射線治療では、漠然と、腫瘍化した細胞を殺傷することに重点が置かれているが、この光線力学的療法は、光の波長の制御により、人体の再生能を高めるものなのだろう。 リッターが、特に「神経死」を題名に取り上げているように、神経細胞に、ある波長の光をあてると再生するのかもしれない。もしくは、アポトーシスと呼ばれる遺伝子制御由来の細胞死が光の波長と関係があるのかもしれない。 ガン化については、シュタイナーは、人体は一種の発光体で、外からの太陽光を巧く光に変換できない部分が闇となり、体内に闇が生じた部位に、ガンが発生する、といっている。闇は、光を奪うので、体内のいわばブラックホールといえる。だから、ガン化した部分に、外から光を補うことは理に叶っている。 ネット検索すれば、いまでは、このリッターの治療法に類する多くの試みが行なわれているようである。 光線力学的療法 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E7%B7%9A%E5%8A%9B%E5%AD%A6%E7%99%82%E6%B3%95 http://www.m-clinic.jp/pdt.htm http://healthlife.xrea.jp/lungcancer/category3/entry9.html http://team.tokyo-med.ac.jp/nou/gakkai/kenkyu01.html 上記から抜粋。 光線力学的治療(PDT) PDTは、腫瘍組織や新生血管への集積性がある光感受性物質を患者に投与した後、組織にレーザ光を照射することにより光感受性物質に光化学反応を引き起こし、細胞を変性・壊死させる治療法である。この細胞の変性・壊死は、特定の波長のレーザ光と光感受性物質との光化学反応によって産生される一重項酸素(ROS:reactive oxygen species)の強い酸化作用によるものである。 PDTは、光感受性物質が存在し、レーザ光が照射された部位のみに光化学反応を起こさせ、細胞を変性・壊死させる局所的療法である。この作用の主役であるROSの寿命は0.04~4μ秒と短く、更にPDTで使用するレーザは一般的なレーザ治療に用いられる高出力のものとは全く異なり、出力が弱く、手をかざしてもほとんど熱さを感じない程度であり、反応が起こる範囲を光感受性物質が集積した病変部位へとだけにコントロールできることが特徴である。これらのことから、PDTは正常組織への侵襲性が少ない病変部位選択的な治療法として、様々な疾患領域において発展していくことが予想される。 放射線療法 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E7%B7%9A%E7%99%82%E6%B3%95 上の場合、問題とする標的のガン細胞などに、光感受の蛋白質等を代謝により吸収させ、外から、比較的波長の長い電磁波を照射して、標的の部位を発光させ、ガン化を抑制する方法のようである。) 実際、上述の法的根拠は、「そもそも病気などは(単独では)存在せず、病人として存在する」という観点にある。確かに、病気に罹った人を、外見そのままに周囲から切り離された存在としてみるなら、このような法的根拠も正当化される。 しかし実際に病気が生じると、病気に罹った人だけが、特定の病気として、周囲から切り離されるわけではなく、以前、E.博士(?)が言及したように、病気に罹る割合は、かなり広範囲にわたり、ある人を治しても、また別の人に病気をうつしただけかもしれず、決して特定の病気を個人に限定できない。 個々の疾病例を、その病気全体の経過のなかに置かないと、個別的には、はなはだ驚愕させられる現象にもみえる。だから、人類全体の治療ということで、全体から捉えるなら、やはり個別的な治療を、別の角度からも理解しなくてはならない。 以上のことから、一面(個別)的に、臨床的な方向づけをするだけでなく、完全な病理学を基にして治療法を引き出してくることが是非とも必要となる。この講義で述べる考察は、通常の経験-統計的な思考に対して、一種の原理[Ratio]をもたらすことを念頭においている。
2013年06月06日
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18、19世紀の唯物論的な時代の人々は、最も単純なものから、最も複雑なものへと、進化する進化論を考えるようになった。最初、下等生物に観察範囲を広げた後で、最も複雑な生物までの形態変化を研究し、更に生物ではない、例えば鉱物界に注目し、鉱物界は植物界よりも、どう見ても単純と考えた。 この考えは結果として、鉱物界からの生命の発生とか、単純な無機的集合体から複雑な有機的集合体へと物質が集合するための初期条件や初期状態といったようなことについて、あらゆる奇妙な問題を生み出すことになり、そして、いわゆる「自然発生説」[Generatio aequivoca]は多くの議論を喚起した。 自然発生説 一般には、神の創造行為によらない地球上の生命の発生に関する仮説。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%84%B6%E7%99%BA%E7%94%9F%E8%AA%AC けれども先入観をもたずに観察するなら、上述のような見解は全くの間違いであることが明らかになる。そして、次のように考えるべきである。 「そもそも、植物から動物を経て人間へと至る進化の方向が考えられるのと全く同様に、今度は逆に、生物から生命を取り去ることで、つまり、動物から、植物を経て鉱物へと至る逆の方向の進化も考えられる。」 (鉱物から生物そして人間と至るのが、なぜ進化の方向で、その逆が、退化の方向なのか? 人間が最終的存在と考えるのなら、人間はこれ以上進化しないことになる。つまり人間は進化のターミネーターというわけで、人間の知性の発展そのものに矛盾するし、また、なぜ、サルは人間に自然と進化しないのかが説明できない。) 先に述べたように、今回は、上の誤謬の暗示だけにとどめる。後の考察で更に明らかになる。 進化というものを、鉱物から始まって植物を経て、動物を通って人間に至る、という風に考えるのではなく、出発点を中間に取って、植物から始まり、動物を経て人間に至る一方の進化を考え、今度は逆に、鉱物へと下っていく、他方の進化を考えると、つまり出発点を鉱物に置かず、中間の植物に置いてみれば、一方は上昇する進化を通じて、他方は下降する進化を通じて現れてくる。 (進化も陰陽で考える。素粒子の世界も、陰陽を数理的に、鏡像「カイラル」対称性などで置き換え、場と粒子の交換などで表現している。現段階では、素粒子の生成、消滅を、数理的な演算子で行列表記しているが、そのうち、ファイバーバンドル「束、集合体」でつくられた流体のようなもので表記するようになるだろう。超弦理論は、その端緒にすぎない。) 以上のことから、次のようなことが洞察できる。 「植物から鉱物へ、特に、これから見ていくように、究めて意味深い鉱物の金属へと下降していく、下降する進化は、それと鏡像対称性をもつ(相反する)上昇する進化に対して、全く特別の関係を有する力を現出させる。」 という事実である。 (植物から鉱物への下降の進化では、再生力とは、対極の化石力が現れる。再生力は、数理的に、高次元力で、次元を増やし、化石「結晶」力は、低次元力で、次元を減らす。) とどのつまり、 「鉱物においては、どのような特別の力が存在するのか?」 という疑問に辿りつく。この特別な力を研究するには、下等生物において研究してきた再生力を、鉱物においても研究する必要がある。 鉱物の場合、この力は「結晶化」のなかに現れる。この結晶化が、非常に明確に示す事実は、下降する進化を観察するときに現われる力は、上昇する進化を観察するときに現われる再生力と関係するが、同じではないことである。 従って、鉱物のなかの力を、人体に供給する場合、新たな疑問が生じる。この疑問によく似た以前の疑問には、次のように答えることができた。 「霊魂により、人体から取り去られた再生力を、植物界、動物界から取り出して、人体に供給すると、人体の再生を助けることができる。」 しかし今度は、「下降する進化、すなわち鉱物界のなかに存在する別種の力を人体に供給すると、どのようなことが起こるのか?」 今回は、この疑問を挙げ、考察を進めながら詳細に答えていきたい。 しかし、これまでの考察の冒頭で出された疑問の「自然から治癒経過を密かに学びとれるか」という疑問に対して、自然から、何らかの治癒経過を取り出してきて、人体に供給し、正しい認識から、人体に役立たせるような治療法にはまだ到達していない。 上述のような疑問において、少なくとも大まかには、霊的な洞察力が獲得できるように述べてきたわけだが、重要なのは、正しい洞察力をもって、自然にアプローチすることである。自然にアプローチすることではじめて、出来事の本質が現われる。 さて、人体には2つの進化過程が存在し、この2つの進化過程は動物にも存在しているが、動物については、さしあたり重要ではないので省略するが、今までに獲得した知見から観察すると、この2つの進化の過程は、ある意味対立する過程として現れてくる。 この両者は完全に対立しているわけではないが、誤解しないように「」(括弧)で括るが、「かなりの程度まで」対立的な過程である。これらの対立する過程は、人体に、各々血液と乳汁の形成過程として現れる。 血液と乳汁という両者は、既に外観的な意味でも異なっている。血液は、いわば人体の隠れた中心へと強力に引き戻されているが、逆に、乳汁は、終いには、むしろ人体表面の皮膚に向かう傾向をもつ。 人体を観察すると、血液と乳汁の形成過程間の本質的な差異は、血液が、自身のなかに再生力を多くもつ点である。血液には実際、俗っぽい表現を用いるなら、人体全体の予算のなかに、多大の繰越金が割り当てられている。 つまり、ある意味、血液は、下等生物に認められる再生力をもち、この再生力を自らの内にもっている。ところで、近代科学が血液を観察するなら、非常に重要な事実を指摘できるが、結局、真の合理的な意味において、いまだ(1920年)、重要な事実を発見できていない。 近代科学は、血液の主成分は赤血球であり、赤血球は増殖能を持たない、つまり増殖力が無いという特性を指摘できる。増殖力が無い、という点は神経細胞と共通だが、共通の特性を強調する際に重要なのは、共通である理由が、両者とも同じなのかどうか、ということにある。 実は、増殖力がない理由は血液と神経では同じではない。というのも、神経細胞から取り去られたほどの再生力が、血液からは取り去られていないからである。 実際、イメージ体験の基礎を成す神経は、かなりの程度、再生力を欠いている。生後しばらくの間、人間の神経は、外界の形態に遙かに依存し、それを真似てつくられる。つまり、乳児では、もっぱら外的な影響に適応する能力に比べて、内的な形成力などが後退している。 しかし、血液では、事情は異なる。血液は、再生力を高度に保持する。この再生(形成)力は、生活上の経験からもわかるように、乳汁(ミルク)にも存在する。なぜなら、乳汁に再生(形成)力がなければ、乳児の健康に良い食品として、母乳を与えることなどできないからである。 乳児は母乳を必要とする。乳汁のなかには血液と似た再生(形成)力がある。従って、再生力という点においては、血液と乳汁の間には類似がある。 けれども少なからぬ違いもある。乳汁は確かに再生力をもつが、血液が、再生力の維持のために必須とされる要素を、乳汁は、ほんの僅かしかもたない。その要素とは鉄である。人体内で、鉄は、基本的に唯一の金属で、人体との結びつきにおいて、秩序だった結晶化の作用を示す。 従って、乳汁は、鉄の他にも金属を微量にもつが、血液は、自らの存続のためには、紛れもない鉄という金属を必要としている、という点に違いがある。乳汁も再生力をもつが、鉄を必要としない。 では、なぜ血液は鉄を必要とするのか? という疑問が生じる。 この疑問は結局、医学という学問全体の根本的な問題である。血液は特に鉄を必要とする。これまで触れてきた事実から、その疑問を解決できる判断材料が既に存在する。血液は人体においては、血液自身の本性により専ら病みがちで、絶えず、鉄により癒されるべき特性が確認できる。 乳汁の場合は、当てはまらない。乳汁が、血液と同じ意味で病みがちなら、乳児の成長のために、乳汁を与えることができないからである。 血液を観察すれば、常に幾らか病みがちな要素が観察できる。血液は本性により病みがちで、鉄の付与により絶えず治癒され続けなければならない。すなわち、血液のなかで生じる経過により、人間は、人体内に絶え間ない治癒経過をもつことになる。 (血液が絶えず病みがちな御蔭で、鉄による治癒力をもてる。) 医師が自然を通じて試行するなら、自然のなかで異常にみえる経過を第一に観察するのではなく、正常な経過を観察しなければならない。 血液の経過は確かに正常な経過なのだが、同時に、自然自体が絶えず治療し続ける必要のある経過で、自然が、金属の鉄を付与することで、絶えず治療し続ける必要性をもつ経過なのである。 そういうわけで、血液で起こっている経過を図で示すなら、次のようになる。血液が、鉄なしにもつ構成力は、下に向かう曲線、ないし直線で示され、最終的には、完全な分解に至る(下図、赤線の矢印)。一方、血液中で鉄が働きかける力(結晶化)は、常に上に向かい、絶えず、血液を癒す(下図、黄線の矢印)。 実際、上図に示した血液の治癒経過は、正常な経過であると同時に、再生力を与える治療法の基本となる。この基本を用いて、自然を通じて、実際に(治療法を)試行できる。 鉄による、血液の治癒経過から、外界にある金属を、人間に付与することで、自然が、いかに治癒経過を実行しているか、がわかる。 そして同時に、人体内にあくまでとどまろうとする血液は癒される必要をもち、人体外へと向かう乳汁は癒される必要がなく、乳汁は、ある程度の再生力をもち、その再生力を他の人体に与え、健全に導く事実も理解できる。 以上に述べた事実も両極(陰陽)性の類である。血液と乳汁とは完全な両極(陰陽)ではないが、この両極(陰陽)に目を向けなければならない。このような両極(陰陽)を手懸かりに、非常に多くのことが研究できる。次回以降、更に継続していく。 以上全てを、前もって述べたのは、質問を見て、返答のための概念や基礎知識があれば、まったく違った形で質問に答えられることがわかったからである。
2013年06月05日
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巷はいまだにサギノミックスにウツツを抜かしているが、あのようなインチキに騙される人の特徴を調べるほうがまだマシでさえある。 いまだに戦前、戦中に長州が撒き散らした皇国史観をひきづり、洗脳の餌食になっている犠牲者が多いのには呆れてしまう。恐らく皇国史観をもつ者は、現国民のなかでも1%にも満たないだろうが、その言動が狂信的なので、目立っているだけであろう。 別に共和制がいいというわけではないが、現にフランスにだっていまだに貴族がいるくらいだから、共和制という名目で、ロスチャやロックのような金庫番が成り上がって、金銭を介して陰の王に君臨するよりは、ほとんど書き換えられているとはいえ、昔ながらの化石のような血縁維持を行なう王政のほうが遥かにマシでさえある。 問題は、不公平と不公正をなくすために国と憲法があるわけで、もはや化石みたいな権威主義を振りかざして、権威に靡くことではなく、それでは奴隷になるだけだ。良いところの出自であっても駄目なものは駄目なんである。 現在の行いが悪ければ出自も、昔はどうあれ、いまは悪いとされるわけで、まさしく、生きているのは、「いまでしょ?」ということである。 「いま」の行いが悪ければ、先祖も浮かばれないわけで、先祖といっても、肉体を与えただけだから、霊魂の上で関係があるわけではなく、先祖がどうこうの話ではない。 だからして、とりあえず、現時点で、間違いを認めることが重要で、間違いを認めることから、人間は神様にむかって先に進むことができる。 というわけで、また御馴染みのサイトから、洗脳を解くためのツールというか、お話を抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ ニュースの真相 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20130604/1370311592#seeall NASAのインチキ火星探査のウソと捏造の証拠(まとめ) 以前、このブログでも記事を書いたと思いますがNASAのアポロ計画や月面着陸がウソだという事は、すでに世界中に知れ渡ってしまっていますw ▼アポロ計画の着陸地点を立入禁止? 嘘と捏造がバレてるのに今頃どうして? http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20111128/1322442521 ▼NASAが月の石を紛失? てか、捏造がバレるのを恐れ廃棄! http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20111212/1323649362 ▼アポロ計画のインチキ疑惑とNASAの焦燥 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120801/1343792245 それでも、懲りずにNASAちゃんたら、今度は火星に行って来たと言い出してしまいました。 ありゃりゃ~?なんて思っていたら、そこら中から出るわ出るわ! ウソと捏造の証拠がゴロゴロ出ちゃってますので、まとめてみましたー(笑) まずは、ナント! NASAちゃんの火星探査の映像に、トカゲが映り込んでいたそうです。 ▼偽宇宙探査:火星探査の映像に「トカゲ」。 http://richardkoshimizu.at.webry.info/201305/article_257.html そして、ナント! 火星には、リスさんまで居るんだそうですw ▼偽火星探査:な、なんと、火星にはリスまでいるそうです。 http://richardkoshimizu.at.webry.info/201305/article_258.html そして、さらに! 小鳥さんも、火星在住なんだそうですw ▼ユダヤ米国式偽宇宙探査:火星に棲む小鳥さん http://richardkoshimizu.at.webry.info/201305/article_259.html えっ? 火星って、もしかして空気も水も存在して、重力も地球と同じぐらいで、生物が棲んでいる事をNASAは隠してるの? いいえ! もちろん、今回もNASAちゃんは、火星になんか行ってない訳です。 地球上のどっかその辺で撮った映像だから、地球と同じ生物が映ってるんですよね?(笑) そこら辺で、テキトーに撮った安っぽいロケ映像で、ハイ火星に行って来ましたってウソをつき通せば、莫大な予算をガッポリ頂きのうえに、スゴイと尊敬されてしまう! ウソとインチキで金と尊敬を得ようとするって、なんともユダ公らしい考え方じゃないですか?(笑) ってな事で・・・。 テロとの戦争っていうウソとインチキで、莫大な軍事予算を得て、挙句の果ては、イラク戦争というビジネスと略奪に繋げたのが、ユダヤ式911テロ! 自分達の経済破綻を回避し、日中戦争ビジネスの布石にしようとしたのが、ユダヤ式311東北地方太平洋沖地震テロ! 日本とアメリカを中心に、太平洋の各国政府の税収を狙ってインチキ訴訟ビジネスのターゲットにしようとしているのが、ユダヤ式TPP! そして、日中戦争ビジネスとユダヤ式TPPを強引に日本に強制する間に、日本のB層へ向けのインチキ経済政策がアベノミクス! そして、今後もこれらのユダヤ&朝鮮&同和支配を続けるために、どうしても成功させたいのが、来る7月の参院選の不正選挙って事! でも、これだけ色んなインチキがバレてたら、不正選挙だって、もう無理なんじゃないの?(笑) ☆ ☆ ☆ 地球だけの宇宙ではないのだ!
2013年06月05日
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巷では、相変わらず洗脳祭りである。洗脳に罹る第一は、「現在(いま)」の否定にある。 「いまでしょ?」という宣伝で話題の塾講師が持てはやされているのに、「いま」を大事にしない人々が多すぎてお笑い草である。 確かに「いま」を大事にしていたら、モノは売れないし、悪い奴は金儲けもできない。 悪い奴は、自らの欲望を満たすためにカネが必要だからである。しかし、悪い奴は、地獄にいくだけだから、そのうち後悔する。後悔しても反省しないで、繰り返すだけだから、救いようがない、だから後の祭りである。 そんな悪い奴に洗脳されないために、人生はあるといってもよい。 人生とは、幸福をみつけるためにある。 幸福とは一体なんだろうか? それをみつけるために、興味深い話を、いつも訪問させていただいている播州武侯さまのブログから抜粋紹介させていただく。 ☆ ☆ ☆ 水瓶座時代 http://ameblo.jp/mademoiselle-ai/entry-11544001548.html 上記文抜粋 ・・・・・・・・・・・・ 伸びるもの、、、しぼむもの、、、 近欲と大欲とがある。目先の損得でものを考え行動するのが近欲。 近欲は損なことはしないがどこかで大損をするケースが出てくる。先が見えないからとりあえず、目の前の損得で物事を図り、行動する。 現代人に多いタイプかもしれない。時代が安定していて、未来が平行線上に見えている時は、近欲でもうまくいく。 一方、大欲は大きな意思や目的があるので、目先の少々の損にも我慢がきく。自分自身に投資していけば目先は損することが多くなる。だがいつか大きな花を咲かせることもある。 反対に自分が作る未来に信頼がなければ、今損するわけにはいかなくなるだろう。 このように目先の損得にこだわるのは、未来観の欠如が原因ともいえるし、直線的な未来を単純に描き、それだと将来いくら足りない、、、というような不足感が原因になっている。 これを踏まえて現在を見てみよう。これから伸びるものと、しぼむものが時代にはいつでもある。 現在の特徴は、あらゆるトレンドが大きな転換点に立っているということ。これまで延びていたものがこれからも伸びるとは限らない、、、むしろこれまで延びていたものは、すでにピークを打って下がりだすケースが多いと思われる。 反対にこれまで不利だと思われていたものが、意外にそうでもなくなっているケースがある。そうした現象が増えている。 これまで延びていたものとは、これなら安心だ、、、と人が思っているものと言ってもいい。 最大の安心感は親方日の丸。しかし、もっとも借金を背負っているのが国。いずれ行き詰まることは明白。なのに人は困難な時代だからこそ国に頼ろうとする。 このように感情と現実の不思議な乖離があり、この乖離が大きい人ほどこれから大変。 大企業も私はそうだと思う。実際に大企業のリストラは厳しく、すでに生涯の安心を与えてくれるものではない。中小企業はなおそうかもしれないので、企業自体が実は危ないところに来ている。 社員を奴隷化するようにしてしか利益を上げられない。すでに社会悪になりつつある企業も多い。 これまで多くの人が安心だと思っていたものが、これから急速にしぼみだす時代だと思う。なのでこちらサイドの意識を変えなければ訪れる未来はどうなるかわからない。 20代で就職して一日16時間も働かせられて将来があるわけがない。病気で倒れてしまう。何が安心か。 私たちは本気で考えなくてはいけないと思う。嘘の安心にしがみつけばきっと不幸がやってくる。要するに今はだましの時代である。 もっともらしいことを言う、権威や権力やマスコミ、企業などは、本物のうそつきだと思う。まじめな人がそれにひっかかる。なぜかというと、不安よりはいいからだ。 人は不幸よりも不安が怖いのだ。不安がごまかせれば不幸には耐えようとする。しかしそれにだって限度があるだろう。 サービス残業で会社に忠誠を誓っても未来の保障などどこにもない。あるように思わせられているだけの話しではないか。明日、首にならない、、、ただそれだけの安心ではないか。 まだ首になって、ゆっくりとこれまでの疲れを癒し、よく寝て、体に良い質素なものを食し、恋人や家族とたわいない時間を楽しむ、、、、その上で、さて、これからどうしようか、、、と考えた方が本当はうまくいくのに、多くの人はそんな風には決して思わない。 そうなったらおしまいだと思ってしまう。自分に与えられているプログラムに対する自信が持てないためだ。 生命維持の法則には、実は極めて精査な我々の考えの及ばない働きがある。会社を辞めたら辞めたら伸びるプログラムが隠されている。 命の危険を背負ってまで現状維持にしがみついているうちは、そのプログラムは開かない。あきらめて、運を天に任せて、その運命を楽しむ心境があると、隠れたプログラムが進行していく。 自分が焦ることはない。隠されたプログラムをあわてさせればいいのだ。人はまじめなので、自分が焦ってしまう。「ああ、明日からどうしよう、、どうやって生きていこう、、、」と。 「はい、何もないよ。何とかして」と、プログラムをあわてさせること。自分があわてないでもいいのだ。 すると、ふっとわいてくるものが出てくる。「そうだ、、、○○に電話しよう、、あってみよう。」 思ってもみなかった直感、、、そして行動。要するに不安からでない、初めて見る自己意識の中からの行動。 これが作用の力です。宇宙の法則は明日、お会いする予定の飯島秀行先生がおっしゃる、作用と反作用が本質。 アインシュタインもニュートンもはるかに超えた原理。作用と反作用。私たちが働きかければ、必ず、宇宙は反作用として応えます。 なので、無からどんな有でもつくることができる。安心神話にしがみついていると、それができないが、会社を辞めてしまった人にはそうしたチャンスが出てくる。 作用する人としての出発だ。あなたの中に眠るプログラムは私にもあなたにもわからない。しかし、それはある。 それを信頼せず、目に見える近欲な安心にすがった。そして不幸になった。安心がなくなった今、人は作用する人として生きていくしかない。 しかしそれが本当の宇宙の原理にかなっている。なのであなたに用意されていたプログラムが開いていく。 これから伸びるものはそれ以外にない。それ以外の誰かが作った、、誰かが支配している、、、誰かがもっている、、、、それらの関連からの安心はどんどんしぼんでいくでしょう。 作用する人。人は何かを働きかけなければ、単なる物体としてやがて時間の経過とともに引力にまけ、崩壊の過程に入りだす。 作用する人は反作用を受け取り、縁あるものを引き寄せる。作用、反作用は、小さな私と大きな宇宙とをつなぐ命綱なのです。 チューナーが優れている点は、もっとも根源な音を生み出す作用としてのグッズであることです。 楽器はまあ何でもそうですが、決められた音階など閉じ込められた中での作用。単純なチューナーは天使の棒振りのようなもので、きっといろいろなものを引っ張り出すことに ☆ ☆ ☆ この話から、私が感じた「幸福」とは不安感をもたないこと、である。逆説的にいえば、「現在(いま)」が充実していたら、不安感などない。 で、不安感はどこからくるのか、といえば、「自信」である。 自分に自信がないのは、自分を甘やかしてきたからで、自信とは、人生をうまくやっていくことから生まれる。 人生をうまくやるには経験が必要なのはいうまでもないことだが、人生で遭遇する問題はなるべく自分で解決することが重要である。でないと自信がつかないばかりか、その延長上の幸福を手に入れることはなお困難だからである。 そこで、例えば、人生をパソコン操作に置き換えてみる。 私は職業柄、パソコンの操作で他人に聞かれることが多いが、とにかくトラブルを解決しようとする意志にかける相談が多いのに閉口してしまう。他人任せなのである。他人任せで、パソコンを使っていたら、何かあればすぐ人に聞くようになるから、パソコンを使うのが不安で仕方がないはずだ! 不安があるなかで、使うというのは諸刃の剣で、いずれ大きなトラブルに遭遇し、木っ端微塵に自信を失うことになる。人生でいえば、自殺を選択してしまう。 実は、自殺する人の多くが、全てを他人任せにし、自分の不幸が、自分の不幸な見方にあることに気づいていないのだ! そして、常に、自分は不幸だ!を宗教のごとく唱えているのである。 パソコンの例でいえば、「パソコンはわからない。」を連発する輩である。はじめからパソコンをわかる奴などいない。みんな努力してわかるようになったのである。自分でできるだけやってみないと、具体的にどこがわからないのか、も見当がつかず、ましてや他者に説明することなどできない。 パソコンは使わなくても死に至ることはないから、使わなければいいだけだが、人生においては、そうはいかない。 人生において、自分のことを他人に相談することは、実は、それだけ自分を不安にさせていることになるのに、気がついていない。特に占いとか、宗教なんかがそうである。 ああいうものにすがると、自信がなくなり、ますます不安が増して、不幸になるだけなんである。 それと似たように、カネなどいくら貯めようが、益々減らないか不安になるだけだ! 物欲が増せば、今度は、それが失われないかの不安がそれと同じくらい増加する。つまり、物欲が増せば増すほど、不安が増し、不幸になる。だから、物質豊かな日本が、不幸でいっぱいの人々になる。 いかに外見の美を競おうと、それは一時の束の間でしかない。いつ失われていくか不安だけが増す。失われていくものを赦すことができなければ、不安感だけが後に残される。 幸福とは、不安と反対の安心感にあり、その安心感とは、自分のことはなんでも自分で解決できる能力をもつことだからである。 すると、人生に降りかかるどんな出来事にも幸福を感じられ、感謝するようになるだろう。 キリストが犬の死体に美を感じたように、どんな醜悪さにも、美を探すことができる。 幸福とは、自分の幸福をみつける能力のなかにあるのだ!
2013年06月04日
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偽ユダヤ人たちをどうやって破産に招くかが、いま人類の共通課題である。というのは、戦争ビジネスを行なってきたのは偽ユダヤ人たちだからである。連中は、キリストも十字架刑でこの世界から抹消したから、選民意識が非常に高い。 しかし、いくら選民だとしても、刑務所のなかの親分にすぎなく、似たり寄ったりの同じ穴の狢なのである。 さて、金持ちたちをどうやって改心させ、本当の幸福を導き、本当の認識を教えるのか、が次の課題である。 そこで、昨今、いわくつきのTPPについて、非常に面白い見方を、御馴染みのサイトから抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ ニュースの真相 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/ 中国がTPP交渉参加?そして、尖閣問題は棚上げ 7日からの米中首脳会談を控え、中国が様々な動きを見せているようです。 まずは、TPP交渉参加への可能性について、公表しています。 中国、TPP交渉参加の可能性検討へ=商務省[北京 30日 ロイター] - 中国商務省は30日、環太平洋連携協定(TPP)交渉参加の可能性について検討する方針を明らかにした。 商務省の報道官は同省のウェブサイトで「中国は、慎重な研究と平等・相互利益の原則に基づき、TPPの利点や問題点および参加の可能性について分析する」とするコメントを発表した。 さらに「交渉に関し、TPP参加国と情報や資料を交換していくことも望んでいる」と述べたほか、政府各省庁や業界からTPPについて意見を求めていることも明らかにした。 TPP交渉参加国は現在12カ国。日本の交渉参加は今年4月、TPP閣僚会合で承認された。 http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE94T08U20130530 さてさて、まずは中国ですが、共産主義国家という事で分かると思いますが、現在の北朝鮮や旧ソ連と同じく、元々は100%ユダ金の属国でした。(旧ソ連はロシアのプーチン政権になってから、ユダ金の属国から脱出しています。) ところが、様々な紆余曲折を経て、現在では反ユダ金の胡錦涛一派が実権を握りつつあります。 ▼胡錦涛主席の引退と今後の中国の政局 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120904/1346768718 ▼胡錦涛派と習近平派の暗闘 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120905/1346851637 一方、TPPと言えば、既にご存知のとおり、ユダ金企業による、各国政府を相手取った訴訟ビジネスです。 つまり、TPPに加盟した国家の財政は、ユダ金企業の財布と化す訳ですね。 日本は、完全にユダ金の属国ですので、工作員の安部ゲリ三ちゃんがTPPでユダ金に国を差し出してしまうのは分かるのですが、今や反ユダ金の中国が、どうしてわざわざTPP加盟を検討するのでしょうか? すると、そこへ、こんな記事が・・・ 尖閣「棚上げが賢明、次世代に解決を」…中国【シンガポール=竹内誠一郎】中国人民解放軍の戚建国副総参謀長は2日、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(英国際戦略研究所主催)で、沖縄県・尖閣諸島問題について「我々より知恵のある次世代の人に解決してもらうべきだ」と述べ、中国側が1970年代に日中の合意があったと主張する「棚上げ」状態に戻るべきだとの見解を示した。 過去の棚上げは「賢明な選択だった」とも指摘した。 中国脅威論に配慮し、アジア・太平洋地域の安全保障問題を協議する同会議で、協調姿勢をアピールする狙いとみられる。一方で戚氏は「対話と平和維持を強調しているが、無条件の妥協を意味するものでない」と語り、領土問題で譲歩しない意思を改めて示した。(2013年6月3日07時55分 読売新聞) http://megalodon.jp/2013-0603-1101-18/www.yomiuri.co.jp/world/news/20130602-OYT1T00523.htm 尖閣衝突は、日本の石原慎太郎&野田佳彦、そして、香港・台湾と習近平一派あたりの各国ユダヤCIA工作員が捏造したトラブルです。 ▼尖閣諸島と石原慎太郎とヘリテージ財団 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120418/1334711376 ▼尖閣問題の棚上げ合意と石原慎太郎と野田佳彦 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120926/1348672192 ▼尖閣諸島に上陸した香港活動家の正体 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120822/1345606821 ▼CIAが反日デモ&暴動を激化させる4つの理由 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/20120918/1347931417 ユダ公の目的は、もちろん戦争ビジネス。 つまり、尖閣衝突は、日中の分断と、日中戦争への布石って事ですよね? さてさて、結局何が言いたいのかというと・・・ ユダ公としては、日中戦争ビジネスを考える際に、元々は、日本の工作員安部ゲリ三ちゃんと中国の工作員習近平ちゃんを使えば、簡単に戦争が捏造出来た訳です。 ところが、習近平ちゃんは反ユダ金の胡錦涛一派に実権を奪われてしまって、ユダ金の戦争ビジネスに協力する力がない。 それでも、ユダ金はあきらめずにTPPで日本を経済破綻に導き、その上で、自由になる安部ちゃんなどの日本側の工作員を使って、何とか日本側から吹っかけさせようと策動している。 そこで、中国曰く・・・ 『だから、戦争はしねーって言ってるだろ!』 『あんまり、ゴチョゴチョやると、お前らの訴訟ビジネス邪魔するぞ!』 TPP交渉参加へのアピールは、もしかしてこんな感じだったりして?(笑) ☆ ☆ ☆ 戦争をしないための国連が戦争ばかりしてきた矛盾を考えるのも、この際必要ですな。米国と国連を結び付けているのは偽ユダヤのロックですから。そろそろ地獄に堕ちるときです。
2013年06月04日
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さて、人間では、「下等生物のような再生はあり得ない」、という思いを抱くだろう。実際、指や腕が切断されても、下等生物のように補充できたなら、とても素晴らしいだろうが、人間では不可能である。 そこで、次のような疑問が生じる。 「下等生物の成長を形成し、損傷を受けたときに顕著に現れる、この再生力は、人体では一体どうなってしまったのか? この再生力は、人間には失われてしまったのか? そもそも人間には全く存在していないのか?」 という疑問である。 事実に即して自然を観察し、人間における精神と物質との関係について、自然に即した見解に到達するには、本質的に、霊的な方法に通じて行くしかないことがわかる。 つまり、上述した「再生的な」というか、そのような生命創造としてはじめて遭遇する再生力、言い換えれば、リズミカル(波動的)な霊的な経過から、直接、形態を創出する力は、人間では、様々な器官や組織からすっかり取り出され、霊魂のなかにだけ存在している。 (下等生物の場合、器官そのものがいわば「思考し、感じている」と考えられる。) すなわち、人間の再生力は、霊魂のなかにある。 この再生力が、様々な器官や組織から取り出され、もはや器官や組織の再生力でなくなったことで、人間は、この力を特別な形で所有している。人間は、この力を、自らの霊魂の能力のなかにもっている。 だから、人間は、下等動物や植物界において造形的に働く再生力と同じ力で考え、感じる。 人間が、物質から引き出した再生力を使い、思い、感じ、意志できなければ、人間は知性をもたなかっただろう。従って下等生物を眺めれば、次のような答えを得る。 「この下等生物の内部に潜んでいる再生(造形)力と同じ力を、人間ももっている。けれども、人間は、この力を、物質器官から取り出し、自身のためだけに所有している。そして、外界の下等生物の世界では造形的に働く再生力を用いて、人間は思考し、感じ、意志する。」 今日のように、意味不明な言葉(用語)で心理学をつくるのではなく、人間自らの霊魂の能力で、つくるなら、思考、感情、意志の過程を、次のように本質的に追求しなくてはならない。 「下等生物では、形態(造形)のなかに現れている経過を、人間では、霊魂のなかの経過として、思考、感情、意志のなかに明確に示す必要がある。もはや人体ではできないことを、人間は、内部の魂の経過のなかに、いかに遂行しているか、を少しでも考えてみるとよい。」 人間は、忘れてしまった一連の思考を、他の媒体などから補充(再生)できる。記憶の補充(再生)方法は、以前、下等生物の再生に関して、傷口に直接隣接した部位ではなく、外界から離れた内側の奥から現れる、と説明した事実と非常に酷似している。 内的な魂の体験と、外界において形成される自然の様々な力や原理との間には、完全な平行現象が成立している。 内的な魂と外界の自然との間には、完全な平行現象が成立している。 この平行現象に注目すべきである。そして、外界において、根本的な治癒原理としてある再生力は、人間が霊魂の能力として、自身の人体から既に完全に取り出したもので、その結果、その再生力は、人体においてはもはや、物質や物質を構成する素粒子の基礎にはなっていない、という事実を示すべきである。 (人間は、自然の再生「治癒」力を、思考力として取り出した。) とはいえ、人間は、再生力を、人体全てから、同じ割合で取り出したわけではなく、取り出しかたはそれぞれ異なっている。いままで展開してきたような予備知識を、いわば身に備えている場合にのみ、人体に相応しい方法でアプローチできる。 とはいえ、神経系を構成する組織全般を観察すれば、次のような特徴に気づく。 通常、神経組織(Nervengewebe)と呼ばれる場所にある、神経細胞などは、原始的な形態をもち、比較的初期の進化段階にとどまり、それほど進化した細胞ではない。従って、このような原始の、いわゆる神経細胞は、原始的な細胞の初期の特徴を示すことが期待できる。 (つまり、再生力が旺盛であることが期待できる。) けれどもまた別の観点からみれば、この視点は全く異なる。というのも、例えば、神経細胞は増殖力を持たないからである。神経細胞は、血液細胞と同じく、形成された(分化した)時点で分割不能で、増殖できない。 つまり、人間の神経細胞から、下等生物の細胞に与えられた再生能力が、比較的、初期に奪われ、取り去られている。だから、神経細胞は、初期の進化段階にとどまり、この進化段階で、いわば麻痺(終結)させられている。 この神経細胞のなかで麻痺(終結)させられた再生力が、自らを霊魂として分離する。その結果、実際に、人間は、かつてもっていた器官再生力を、自らの霊魂の能力のなかにみつけるが、この霊魂の能力を獲得できたのは、初期段階で殺した、少なくとも麻痺(終結)させた神経細胞の性質の御蔭である。 (原始の細胞のなかで、再生力を殺し、麻痺させ、神経細胞として所持し、組織化したことから、人間の霊魂の能力が生まれた。聖書の記述だと、智恵の実を食べたことに相当する。) 以上のような事実から、神経の本質にアプローチできる。 (神経細胞は、初期の形態で麻痺させられ、原始細胞の形態をとりながらも、その再生能を、霊魂として抽出した。) 以上の事実から、この神経細胞が、一面では、かなり原始的な形態に類似し、発達(分化)した段階でさえも、原始的な形態をとどめているにも関わらず、人間では、通常、最高とされる精神活動に奉仕する、という特性を備える理由がわかる。 以下は、ちょっとした挿話で、考察の本筋ではないが、表面的に、人間の頭部を観察するだけでも、つまり、人間は、頭のなかに様々な神経細胞をもち、この細胞群が、いわば固い装甲のようなもので覆われているわけだが、この構造は、高度に進化した生物よりもむしろ下等生物を思い起こさせる。 (例えば昆虫など) 人間の頭部は、言うなれば有史以前の生物を想起させる。人間の頭部は、原始生物を少し変形させたようにみえる。下等生物の特徴について語るとき、現代では、通常、次のように述べる。 「下等生物は外骨格をもち、高等生物や人間は内骨格を有する。」 けれども、最高度に発達している人間の頭部だけは(下等生物と似た)外骨格をもっている。この事実は、少なくとも先に述べた最も原始的な形態が、最高度に進化した(精神の)活動に奉仕する、というような特性に対する一種の基本原則となり得る。 さて、少し考えれば、上述のように、人体から奪われてしまった再生力を、病気と称されるような状態を通じて(後に詳しく述べるが)、人体に補給するように働きかけるなら、つまり、外界の自然のなかに存在し、人間は霊魂の能力として使うため、人体からは奪われてしまった再生力を、植物などを薬剤として用いることで、人体に補給するなら、人体から奪われてしまった再生力を、再び喚起させることができる。 人間になったことで、霊魂として、人体から取り去られた再生力を、自然から、再度、人体に付与することで、人体の再生を支援できる。 以上から、さしあたり治癒経過と呼べる治癒原理の姿が仄かに見えてくることがわかる。つまり、治癒経過とは、人間が通常ではもたない外の自然のなかにある様々な再生力を、人体の支援に利用することであり、自身内部の再生力を通常よりも強めるために用いることができる。 (自然のなかにある再生力を、薬剤として利用し、人体内の防御力を高めることが治療原理である。) ここで、多少とも具体的な話をするために、とはいっても、ただ例として挙げるだけだが、人間の器官、例えば肺を取りあげてみる。 肺のような器官にも、霊魂の能力のために、再生力が取り除かれた形跡が判明する。肺から取り除かれた再生力を探求すると、植物界に辿り着き、肺に何らかの障害がある人に、植物界から、この再生力を付与すれば、肺の働きを助けることできる。 すると、次のような疑問が生じる。 「人間の様々な器官の基礎を成していたが、霊魂の活動のために取り除かれてしまった再生力に類似する力は、外の自然では、どのような力なのか?」 という疑問である。 このような疑問から、これまでの単なる試行錯誤による経験的な治療から、一種の治癒原理(ラツィオ[Ratio])に到達する方法が発見できる。 しかしながら、人体内に関して、現代人の多くが陥っている、神経についての誤謬と並んで、外の自然についても見過ごされてきた誤謬が存在する。 今回は、この誤謬の暗示だけにとどめ、後に、更に詳しく説明する。唯物論的な時代において、多くの人々は次第に、いわゆる最も単純なものから最も複雑なものへと、外の物質的存在の一種の進化論を考えるようになった。 (ダーウィンの進化論のこと。)
2013年06月04日
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ともかく、現在通用している医学という学問体系に代わり、自然観察からくる純粋な叡智の結集体として要約できる主題へと辿り着く。 医学生は通常、準備段階として自然科学の講義を聴き、それから、科学的知識を基礎にして、一般、および個別の病理学や、また一般治療学的な知見等を学習するが、いざ医学の講義が始まれば、講義で語られる知識や治療処置等と、外界の自然の経過との関係性については、ほとんど聞くことがない、という事態になる。 (時たまに、ヒポクラテスの樹の下でヒポクラテスが教えたというような自然と人間の関係性が語られる。それも、樹の下で授業をした史実の曲解だから、古代人にとってはお笑い草である。 既に何度も述べたが、ヒポクララテスの樹とは、人体の働きを、樹に模して図解した言語体系で、人間の霊魂「神経」の作用を説明したものである。 古代ユダヤ人は、この生命の樹を用いて、現代人の九九の算術のように、生命現象を言葉にし、認識したという。要するに、生命を記述する「あいうえお」である。) 今日の医学教育を受けてきた医師達は、この自然との関係に対する認識不足を、外(物質)的な知識の欠陥と感じるだけでなく、実際、病気の経過に介入し、何かを用いようとする際に沸き起こる感覚のなかで、ある種の不確実さの感情を、自らの心のなかに強く刻み込むだろう。 使用すべき薬剤と、人体のなかに実際に生じる経過との関係を真に認識する機会は稀である。従って、自然のなかの事物の本性から、医学という学問の改革の必要性を指摘することが重要である。 さて、今回はまず、人間の外の自然のなかの、ある種の経過を手懸かりに、この種の経過が、多くの点において人体内の経過(生命過程)とは異なる事実を明確にすることから始めたい。 まず、下等な動物や植物において観察できる自然の経過から始めて、更に、外界一般、つまり植物界、動物界、特に鉱物界から取り出される作用により、生命過程を引き起こす方法を見つけたい。 けれども、鉱物(物質)の特徴づけに純粋にアプローチすることは、自然科学的な基本イメージから出発して、更に、例えば、本来薬剤ではない砒素や鉛といった鉱物(物質)を人体のなかに摂取する際に生じる経過へと霊的に推考していくときに、はじめて可能となる。 まず指摘すべきことは、外界の存在の成長による変化が、人体内とは、全く異なるという事実である。 人体のなかの本質的な成長の原理、つまり人体内の成長原理と外界の存在の成長原理を、何らかの方法で考察すべきであるが、根本的な意味を持つのは、人体の内と外とで生じてくる差異である。 例えば非常に身近な、通称ニセアカシア[Robinia pseudakasia]を観察してみて欲しい。このニセアカシアの葉を切り取ると、興味深いことに、成長するにつれ、幾らか変形し、切り取られた葉からコブ状のものが生じ、葉の機能を受け継ぐという現象が起こる。 ニセアカシア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%82%BB%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%82%A2 このニセアカシアの葉の機能の継承に、とりあえず、「再生力」とでも呼べる経過が強く働いている、という仮説を立てる。この再生力は、植物全体のなかに潜み、植物が正常に形成した器官を特定の機能として用いるのを妨げた際に発現する力である。 以上のように、単純に成長する植物において非常にはっきりと現れている成長力の名残ともいうべき再生力が存在している、という事実は、人間の場合も、何らかの理由により、一方の腕、もしくは手を、特定の機能として用いるのを妨げられた人が、他方の腕、もしくは手を力強く形成し、物質的にも大きくなる、などといった事例で証明できる。 (左脳が破壊されると、左脳の言語中枢が、代わりに右脳に継承される事実からも証明できる。) 以上のような事柄を互いに結びつけなければならない。なぜなら、このような事実をつなげることが、治療法を獲得する手段となるからである。 さて、外の自然では、成長は非常に広範囲に渡っている。例えば、次のような事実が観察できる。山の斜面に生える植物を想像する。このような植物は、葉をなるべく形成しない形で特定の形態を成長させる。 葉をなるべく生やさずに、本来、葉となるべき要素は、湾曲して、茎として、全体を支える器官となる。葉の要素は萎縮し、湾曲し、全体を支える器官となる(下図)。 このような植物は、変形した葉を備え、すなわち葉が萎縮した植物なのである。植物が、環境により制限された生存様式に広範囲に適応できる事実は、植物のなかにある内的な再生(形成)力の存在を示している。 さて、この内部に働く力は、特に下等生物においては非常に興味深い形で現れてくる。 例えば、原腸胚の段階にまで進んだ胚を考察する。この原腸胚[Gastrula:原腸胚、嚢胚(卵発生における胞胚の次の段階)]を切断し、真ん中で切り離すと、切り離された2つの断片は再び丸くなり、各々が自らのなかに前腸、中腸、後腸という3つの形成能を育成する。 原腸胚 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E8%85%B8%E8%83%9A つまり原腸胚を切断すると、2つの断片は、それぞれ切断されない場合の胚全体と同じ成長を遂げるのがわかる。このような試みは、下等動物やミミズにまで広げることができる。何らかの下等動物の一部を切り取ると、切り取られた部分が、新たに補充(再生)される。 自らの内的な再生力から、切り取られたのと同じものが元通りに得られる。このような再生力は、現象に即して理解すべきである。仮想の物質(弾性)力などで理解するのではなく、現象に即して、再生力を認識すべきである。 なぜならば、その際実際に生じる再生を、正確に観察し、追求するなら、次のようなことがわかるからである。 例えば、非常に初期の発生段階にあるカエルの生体組織の一部を切り取ると、切り取られた組織とは別の組織が新たに再生してくる。唯物論的思考では、次のように考えるだろう。 「傷口に弾性力[Spannkraefte]があり、傷口の弾性力により、再生する。」 しかし、弾性力で再生することなどあり得ない。なぜなら、もし、ある組織の一部を切断し、この傷口から、弾性力により、新しい組織が生じるなら、生じる組織は、傷口のすぐ近くの部位、すなわち切り取る前では、傷口と直接、隣接していた部位になるはずだからである。 しかし、実際は、直接隣接する部位から生じるのではない。例えば、幼生のカエルの器官の一部を切り取ると、末端器官の尾や頭でも、他の動物では、触覚でも実際に再生する。つまり、傷口の隣接部ではなく、組織にとって、とりもなおさず必要な器官が再生する。 従って、組織に直に内在する弾性力による再生は不可能である。この再生に際して、弾性力ではなく、生体組織全体が、なんらかの形で、参加しているものと考える必要がある。 以上のように、下等生物において生じている再生力を、実際に追求できる。今日の文献に記述された経験的な治療法について、霊的な視野を拡張していくことで、再生力の探求方法を提示したわけだが、再生力についての知見には、この方法を通じてしか辿り着けないことを、様々な場面で確認できる。 (パラケルススの「ホムンクルス」とは、再生力のことに思われる。現代で言えば、幹細胞や特定の細胞、昨今流行のiPS細胞を駆使した再生医療のことになるが、古代の医療は、霊力、つまり天体の作用を加味していたので、細胞形成以前の量子レベルの話のことを説いていたようである。)
2013年06月03日
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巷ではグローバル化を唱えながら、ガラパゴス化している連中をみていて、精神の未熟さ、未発達さを感じざるをえない。 そもそもタレントのような人気しかない人物が政治などの国家の屋台骨を担うことが間違っている。かつてKYと呼ばれたお坊ちゃんが再度登場してくるような、この国の幼稚さには呆れて反吐が出る。 「日本を取り戻す(?)」と言い放つ阿呆に、理性は全く感じられない。まるでお笑い芸人のようだ。お笑い芸人は、お笑いの世界に生きるから意味をもつのであって、それを日常の真剣な世界に持ち込んでは、秩序が乱れてしまう。 お笑いというのは、秩序や常識があってはじめて意味がある。だから、反体制でなければおかしい。体制につくお笑いは、おべっかであって権力者の太鼓持ちであって、愚劣なものだ! ましてや、権力者自身がやるのは、見ていて見苦しい! 「日本をとりもどす」とアホはいうが、「日本をなくしたのは、あなたたちだろ!」といいたい。病院に逃げ込んだのはどこの誰だ! 米国とも対等につきあうことから逃げたのはどこの誰だ! 米国に言われたとおりやって正義から逃げ回っているのはどこの誰だ! 調子のいいことばかり言っているんじゃないよ。 インチキばかりやっているから、そのうち天罰が下るだろうよ! さて、その徴候が現われ始めていることを、御馴染みのサイトから抜粋紹介する。 ☆ ☆ ☆ ニュースの真相 http://d.hatena.ne.jp/rebel00/ 東京株全面安とアベノミクスの終焉 東京株に売りが殺到し、全面安となったそうです。 東京株737円安、今年2番目の下げ ヘッジファンド売却が主導 東京株式市場の動揺が収まらない。30日は東証1部の約96%が値下がりする全面安の展開となり、日経平均株価は3日ぶりに反落し、終値は前日比737円43銭安の1万3589円03銭と4月23日以来、約1カ月ぶりの安値水準となった。下げ幅は1143円安となった23日に次いで今年2番目の大きさ。安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」への期待から上昇を続けた相場は調整局面入りが鮮明となったものの、荒れる相場の終わりは見えず、政府が6月にまとめる成長戦略の内容と実行力を市場が問うことになりそうだ。 「また、ヘッジファンドの売りが出た」。相場の急落ぶりに市場関係者はため息をつく。この日、日経平均株価の将来の動きに連動する株価指数先物などに、外資系金融機関を通じた大口の売り注文が相次いだ。 昨秋から日本株に投資し、買越額が10兆円近いヘッジファンドなどの海外投資家は、売れば利益を確保できる日本株を大量に保有している。東京外国為替市場で円相場が一時、約3週間ぶりに1ドル=100円台半ばまで上昇したことや米金融緩和の縮小観測を契機に売却に動き、相場の下げを主導したもようだ。 東京証券取引所は30日、5月第4週(20~24日)の部門別売買動向を発表。23日の急落を主導したとみられる海外投資家は3週ぶりに売り越しに転じた。金額は44億円にとどまるが、週前半に大きく買い越していたため相殺されたとの見方が強い。残る海外投資家の買越額のうち6兆円程度がヘッジファンドとみられており、今後も利益確定売りが続き、株式市場が翻弄(ほんろう)される可能性がある。 急落にも関わらず、大きく下落して取引が中断する「ストップ安」となった銘柄は東証1部でゼロだった。三菱UFJモルガン・スタンレー証券の藤戸則弘投資情報部長は「個別銘柄というよりも東京市場全体から資金が引き揚げられた」と強調する。また、1000分の1秒単位で売買を繰り返して利ざやを狙う欧米企業の高速取引の影響を指摘する声もある。 アベノミクスへの市場の期待はしぼんだのか。野村証券の伊藤高志エクイティ・マーケット・ストラテジストは「政策が失敗したのなら失望売りも出るが、アベノミクスの真価が問われるのはこれから」と話す。 SMBC日興証券の吉野豊チーフテクニカルアナリストは「30日の下落で、これまでの急上昇の過熱感が解消された」とみる。一方で「当面、大荒れの相場が続く」(三菱モルガンの藤戸氏)との見方も交錯している。 http://megalodon.jp/2013-0531-1023-55/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130530-00000002-fsi-bus_all アベノミクス金融詐欺、どうやら参院選まで持ちそうもありませんw 見せかけの好景気で少しでも参院選を有利に戦おうと思っていたようですが、早くも化けの皮が剥がれてしまったようです。 このバカバカしい茶番劇に対して、小沢さんがピシャリ! 株価急落「当たり前」=生活・小沢氏 生活の党の小沢一郎代表は30日、東京都内での会合で、東京市場の株価急落に関し「アベノミクスは無理やりつくったマネーゲームなので、こうなるのは当たり前だ」と安倍政権の経済政策を批判した。その上で、「安倍政権が長く続くとは思わない」とも述べた。 時事通信 5月30日(木)21時0分配信 http://megalodon.jp/2013-0531-1047-32/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130530-00000182-jij-biz アベノミクスは、ユダヤ金融勢力と愉快な仲間達が無理やりつくったマネーゲーム。 こうなるのは、当たり前だそうです!(笑) ☆ ☆ ☆ 人気しかない奴は人気がなくなれば、人間以下の存在です。人気というのは、株と同じで上がったり下がったりするんだよね。所詮、中身がない、頭が空っぽ、ということだよ。 賢者は人気取りなんかにカネを使ったりしない。人気は虚だから、いずれなくなり消えてしまうものだ! だから赤字になる。本当のことをやっていれば、人気は必ず後からついてくるもので、だから賢者は人気などにかまっている暇はない。果報は寝て待て、である
2013年06月03日
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