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3月号の生活の発見誌に次のような記事があった。・現実的不安と神経症的不安を混同しない。これは森田理論学習の「不安と欲望」の単元を学習する前に理解しておいてほしいことだ。では現実的不安とは何か。例えば、不慮の事故に備えて生命保険に入っておく。自動車保険に入っておく。地震に備えて家具を固定しておく。耐震工事を施しておく。生活習慣病の結果を受けて、食生活の改善や運動に取り組む。神経質者はこのようにいくらでも取り越し苦労をする。その中でも手を出しておけば、将来大きな惨禍を免れる事はいくらでもある。このような不安は気づいたら直ちに手を出していくことが大切である。私は不安に学んで積極的に手を出さなければならないものは次の2点であると考えている。1つは積極的に手を出すことによって、人のために役に立つ行動である。少々うっとうしがられても、将来、あの人の一言が今の自分につながったと思われるような事は、積極的に手を出すべきである。もう一つは、今積極的に手を出していけば、将来大きな問題を回避することができる場合である。松下幸之助さんは、積極的に手を出さなければならないことは、不安全体から見れば1割から2割であると言われている。その1割から2割の部分に、手を出す人と手を出さない人は大きく差が開いてくると思われる。神経症的な不安は、手を出せば出すほど精神交互作用によって窮地に追い込まれるものである。これらは放っておけば、流動変化の中で、沸き起こっては消え、生まれてはなくなるものばかりである。きちんと森田理論学習を続けていけば、どのように取り扱っていけばよいか、自然に分かるようになる。・パニくったときはちょっと待つ。神経質性格の人は、ちょっと待つ、ちょっと耐える、ちょっと我慢するということが出来ない人である。不安、恐怖、違和感、不快感などに遭遇すると、すぐにそれらを取り除いて、すっきりしようとする。感情の法則1では、どんな感情も行き着くところまで行き着つくという。その途中では、人間の意志の力ではどうにもならない。登り切るところまで放任しておくのがよい。登り切ってしまうと、次第に下り坂に向かってくる。この世の中は諸行無常、流動変化している。その流れに乗って、無理に手を出さない方が、 1番理にかなったやり方である。森田理論学習で、感情の法則をよく学習するとともに、実際の生活で応用できるようになることが大切になる。
2018.03.31
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水谷啓二先生のお話です。神経症に悩む人々と毎日生活を共にしていると、「負け嫌い」の人がきわめて多いことに気がつく。この「負け嫌い」の現れ方には、大別して二通りある。その一つは「勝気」であり、もう一つは「負け惜しみ」である。その根本には、人々に負けることが嫌いであり、優越したい、という共通した性分があるのだが、その人が社会生活において攻撃的な生き方をしている場合には「勝気」となり、防衛的な生き方をしている場合には「負け惜しみ」となるのである。「勝気」の人は、外向的、積極的であって、人のアラ探しをし、他人を非難したり攻撃することによって、優越欲の満足を得ようとあせる。一方、「負け惜しみ」の人は、負けるのが嫌なために、競技とか遊戯とか、難しい仕事とかには手を出さず、引っ込み思案となる。あるいはまた、優等生であった学生は、成績が下がると、 学校に行くのが嫌になって休学したりする。(生活の発見誌 2018年3月号 11ページ引用)確かに神経質性格を持った人は勝ち負けにこだわる。その結果、人より優れていると思えば優越感に浸って有頂天になる。そして、劣っている人を見下して軽蔑したりする傾向がある。反対に、人より劣っていると思えば、劣等感にうちひしがれて自己否定で苦しむ。自分の長所を伸ばすことには目がいかなくなり、劣等感なくすることばかりに注意を集中する。その結果、精神交互作用によって神経症に陥ったりする。私の知っている営業マンで神経質性格を持った人がいた。その人は、優秀な営業マンとして会社から何度も表彰されていた。その人は、自分よりも営業成績で上にいる人をライバルとしてはっきりと認識していた。そして、営業成績でその人を追い抜くことを最大の目標としていた。毎週発表される営業成績を比較しては、自分を奮い立たせていた。彼の営業スタイルは、得意先から依頼されたどんな小さな依頼でもおろそかにせずに、丁寧に取り組むという方法であった。そして依頼されたことに、プラスアルファを付け加えて対応することを心がけていた。「得意先は10個役に立つことをしてあげても、 1個気に触ることがあればすぐに逃げていく」と言うのが口癖だった。神経質の小さなことが気になるという特徴を、最大限に活かした営業スタイルであった。そのやり方は、間もなく得意先の絶大な支持を得ることとなった。そのうち、同業他社は注文がもらえなくなり、彼の営業エリアからは実質撤退せざるをえなくなった。このようにして、彼は会社の中で優秀営業マンの10本の指に入るようになった。彼は神経質性格を持っていたが、生の欲望の発揮に邁進していたため、神経症とは無縁であった。森田理論で学んでいる通りの仕事ぶりであったのである。私は、彼の仕事ぶりを見ていて、神経質の性格の活用の仕方を学んだ。神経質性格者は、細かいことが気になるが、それを利点ととらえて、きちんと仕事に反映させること。また、負けず嫌いという性格も持ち合わせているので、ライバルをきちんと見定めて、それを目標として果敢に挑戦していく。このような気持ちで仕事に取り組めば、神経質性格を持っているこを心のそこから喜ぶことができる。水谷先生のいう負けず嫌いの人は、優れた人と自分の弱点を比較して、自己嫌悪や自己否定に走るといわれている。。私は、自分と他人を比較して、自分の現状、現実を知ることは大切なことだと思う。比較するのは大切だが、その結果から自己嫌悪や自己否定してはならないと思う。弱みや欠点は横に置いて、自分の強み、能力、長所をしっかりと認識することが大切であると思う。それが自覚できれば、現実にしっかりと根を張って、そこから一方目線をあげて、努力精進していけばよいのだ。過度な自己内省に陥り、自分を虐めたり、否定することからは将来につながるものは何も生み出すことはできない。
2018.03.30
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老人ホームへの慰問活動に新たに「腹話術」を取り入れることにした。男の子の人形が届いた。名前は、五郎ちゃんにした。眼と口がよく動く。一人二役のしゃべりと、人形を操るのでけっこう難しい。さっそく台本を作ってみた。お年寄り相手だから、健康で生きがいを持って生活すること。交通事故に遭わないために。オレオレ詐欺にあわないためになどがテーマだ。 私 皆さんこんにちは 今日は五郎ちゃんをつけてきました。五郎ちゃん 皆さんに挨拶してください。五郎 オス オス オス私 そんな挨拶はダメですよ。やり直し。五郎 こんにちは 五郎です。 私 はい、よくできました。今日は光清園という老人ホームにやって来ましたよ。今日集まってくださった皆さんは元気はつらつですね。 五郎 どれどれ (きょろきょろ) 元気のいい人はどこにもいないよ。 私 ここにもあそこにもいっぱいおられるじゃないの。 五郎 信じられない。お前の目は節穴か。 私 そんなこと言っちゃダメ。謝りなさい。五郎 ごめんなさい。私 皆さん苦労して素晴らしい日本を作ってくださった人ばかりですよ。 五郎 子供もたくさん作った。 私 そうそう、子供もたくさん作った。それで五郎ちゃんも生まれた。ところで五郎ちゃん、おばあちゃんの長生きの秘訣を知っていますか。 五郎 知らない。教えて。 私 それはね、朝起きて化粧を丁寧にするおばあちゃんですよ。 五郎 そうなの。知らなかった。じゃ、おじいさんは。 私 おじいちゃんは化粧をしないでしょ。化粧をすればおかまだよ。でも化粧をするおばあちゃんを追いかけまわすおじいちゃんも長生きするらしいよ。 五郎 ほんとなの。それはお前のことだろ。 私 まあ、なんてこと言うの。いつまでも異性に関心のあるおじいちゃんは長生きできできるという話だよ。 五郎 健康なら長生きしなくてもいい。 私 そうなの。健康に暮らすには何でもよく食べることも大切だよ。ところで五郎ちゃん、どんな食べものが好きなの。 五郎 お子様ランチ。 私 お子様ランチね。そのほかには。 五郎 鯛の刺身と日本酒。 私 子供はダメですよ。日本酒は。 五郎 もう一本つけてくれ。 私 馬鹿なこと言わないで。そういえば昔よくテレビに出ていた金さん銀さんは毎日タイの刺身を食べていたらしいね。五郎 やっぱり。そうだと思ってた。 私 健康のためにサプリメントを飲んでいるお年寄りも増えているよね。世田谷自然食品のコンドロイチンとヒヤルロンサン。八千草薫さんの皇潤も有名だよね。五郎ちゃんは何か知っている。五郎 知っているよ。命の母。おばあちゃんが飲んでいる。私 そのほかには。五郎 まむしドリンク。お父さんとお母さんが飲んでいる。私 五郎ちゃん。まむしドリンクは精力剤だよ。お父さんとお母さんは精力をつけて五郎ちゃんの弟や妹を作ろうとがんばっているのだよ。五郎 元気はつらつオロナミンC 私 長生きするためには毎日の運動も欠かせないよね。森光子さんは毎日スクワットで足腰を鍛えていたのだよ。五郎 スクワットは何。私 膝を曲げたり立ち上がったりを繰り返す運動だよ。五郎 簡単にできるよ。五郎もやってみたい。私 そうだね。それで足腰が丈夫になるのだったらいいね。森光子さんは90歳になってもでんぐり返しができていたね。五郎 そうなの。すごいね。お前もやれ。私 五郎ちゃん、ここでなぞなぞ問答をやってみようよ。五郎 やろ やろ 私 元気のよいおじいちゃん、おばあちゃんとかけてなんと解く。五郎 そうだな。切れなくなった包丁と解く。私 その心は。五郎 刃(歯)が弱っている。私 五郎ちゃんお見事。座布団2枚上げよう。五郎 こずかいのほうがいいよ。こんな調子で2本ぐらいは作りたい。あとは、集談会向けの台本も1本作りたい。腹話術をやっている人の話を聞くと、笑いの渦ができるそうだ。1年ぐらいで是非ものにしたい。日々練習をしている今日この頃です。
2018.03.29
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元聖マリアンナ医科大学精神神経科の教授であった岩井寛さんは、我々に森田理論の活かし方を教えてくださっている。岩井寛さんは、 1985年9月2日腸管膜S状結腸部にできた大きな腫瘍の摘出手術をされた。そのガンはすでに肝臓に転移しており、 12日後に肝臓がんの摘出手術も行っておられる。末期ガンで、余命は3ヶ月と診断された。その後岩井寛さんは、ガーンという激しい耳鳴りを伴う突発性難聴に苦しんでおられる。その後両眼が白濁して、眼が見えなくなった。その後襲ってくる激しい腹痛などの痛みは耐え難いものであったようだ。岩井寛さんは、ペインクリニックを受けられた。 エピドラカテーテルが脊椎に打ちこまれ、そこから局所麻酔剤マーカインが常時注入されることになった。これにより下半身の神経がブロックされ痛みはなくなったが、手足と頭以外の機能は失われた。このような壮絶な苦しみの中で、森田療法家としての岩井寛さんの真価が発揮されていった。入院前には、それまで指導していた若手の医師に自分の病気を伝えるとともに、一人一人に、今後の方向性についてアドバイスを与えておられた。そして自分が担当していた患者さんたちを、1日かけて他の医師に引き継いだ。8月18日には、かねてより依頼されていたモンテッソーリ学会での講演に出かけておられる。手術後、目が見えなくなってから口述により、 「色と形の深層心理」という本の校正に取り組んでおられる。それが終わると、 「森田療法」という本の執筆に取りかかっておられる。小康をえた 1986年3月17日、車椅子で聖マリアンナ医科大学病院に出向き、医師と看護婦30名を集めて40分ほどの最後の講義を行った。ガン細胞が脳細胞に及ぶのが時間の問題となったとき、岩井寛さんは次のように考えた。ボロボロに崩れていく肉体の中の精神がどこまで清明を保っていられるか、滅んでいく肉体を自分の精神がどのように受容していくのか、このさまを描写することができるならば、これは自分の生の意味を証す最後の仕事になるのではないか。そう考えて、かねてからの友人で、死生の問題についてよく語り合った評論家の松岡正剛さんにこれを依頼しようと心が動いた。その時の岩井寛さんの話は40時間を越えていたという。1986年5月22日ガンとの戦いを終えて岩井寛さんはついに旅だっていかれた。ガンの痛みに苦しみながらも、残った体の機能を使い、最後まで前向きに生きていかれたその姿勢は森田理論が目指している方向性そのものである。我々に大きな勇気を与えられている。岩井寛さんは次のように語られている。人間は苦悩存在と言われるように、生きている以上、何らかの苦悩を引き受けながら生きていかなければならない。また、人間は病むことなく生きるということもありえず、刻一刻と老いていく道を歩んでいるのであり、そして死に至る存在である。このような事実あるいは現象から人間が逃れ得ないとすれば、それをもあるがままに受容するしかない。そうしたことを受け入れればこそ、今ここに生きているという現実がより大切な時間・空間として我々の前に現出してくるのである。その時に、われわれは何らかの生きている意味を見つけ、人間として有意義な生き方をしようという目的本位の行動の重要さを自覚させられる。私は過去における自分自身のとらわれから脱しようと努めた体験と、あるがままの認識を通して、自己の欲望を真に活かし、目的本位の行動を曲がりなりにもとれるようになったことを、自己の人生の経験の中で非常に大切なことであったと信じている。(神経症の時代 、渡辺利夫 TBSブルタニカ 175ページから221ページ要旨引用)
2018.03.28
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私は以前、短縮版の「生き生きワークショップ」を受講したことがある。その時に、 「初一念ノート」について学んだ。これは、日々の生活の中で、直感、最初に浮かんだ感情などについてメモしていくことである。100円均一で買った小さなメモ帳に、意識して書いていくのである。私も早速この小さなメモ帳に沸き起こってきた感情をどんどんメモしていくようにした。腹が立った。恐ろしかった。心配だった。やる気が出ない。恥ずかしい。きまりが悪い。悲観的になった。ねたましかった。憂鬱だ。絶望的だ。傷ついた。惨めだった。等々の感情がわき起こったのを逃さずにメモしていった。これを10日ぐらい続けた。 50個ぐらいになった。理想を言えば、 1ヶ月とか、 3ヶ月に渡って継続すればよいのだが、なかなか難しい。それでも、時々思い出して、取り組んでみることが有効である。これは「純な心」を生活の中に定着させていくのに役立つと感じた。「純な心」とは、出来事に遭遇して最初に湧き上がってきた素直な感情のことである。ここから出発して行動すれば間違いが少ないといわれている。この感情は、ともすると瞬間的に沸き起こって直ぐに消えてしまう。そして、 「かくあるべし」で固められた初二念や初三念にとって変わる。これは素直な感情とは言い難い。常識、道徳、規範、ルール、先入観、決めつけ、言い訳、自己保身などが含まれている。森田理論では、最初に沸き起こってきた素直な感情をとても大事に扱うのである。でもその感情は、意識しないとすぐに消えてしまうのでキャッチすることはとても難しい。それを意識付けするのにこの「初一念ノート」が役に立つのである。それが経験的に分かってくれば、普段の生活の中で、初二念や初三念に振り回されそうになったとき、 「ちょっと待てよ、この場合の初一念は何だったのだろう」と立ち止まることができるようになる。これが「かくあるべし」を少なくして、事実本位の生活態度の養成に近づいてくるのである。例えば私がよく出す例で説明しよう。中学生の娘が家に連絡もせずに夜遅くになってもなかなか帰ってこない。親は何か事件にでも巻き込まれたのではないかととても心配になる。友達の家に電話をしたり、警察に届け出をしようかと考える。そのうち娘は何事もなかったように帰宅する。その娘に向かって親は、 「今何時だと思ってるんだ。いい加減にしろ」と怒りを爆発させる。こんな時、初一念を学習していれば、怒りが出てきたときに、 「ちょっと待て」と立ち止まることができる。そして、 「お父さんとお母さんはとても心配していたんだよ。でも無事に帰ってくれてとても嬉しい」などと、初一念の感情を思い出して対応することができるのである。この初一念の学習と実践は、 「かくあるべし」を少なくして、事実本位の態度を養成するためにとても大きな役割を果たしている
2018.03.27
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帯津良一さんの本の中に剣法について触れておられる。武術といえば、 「剣法」には、宮本武蔵に代表される「殺人刀」と、柳生新陰流の「活人剣」の2つの流れがあります。宮本武蔵は殺人の剣です。誰にも負けない自分になる。そのために、ひたすら自分を磨いて磨き抜き、向上していくのです。ある意味で自己中心的な「自力」の剣法です。そこへいくと、柳生のほうは「活人剣 」と言って、切り結びながら「場」を作っていく。その根底には、自分という存在は、相手があって自分がいる、という相対的な自己認識です。だから、相手を殺す事は自分をも殺すことと悟り、おのずと両者を活かす道を求めることになります。こうして自我をなくし、大いなる時空を超えたいのちの場に身を預けて初めて相手を生かす剣になります。これこそ「他力」の剣法です。 (楽々往生 帯津良一 ベスト新書 151頁より引用)宮本武蔵は自分1人の力で剣の道を極めて、どんな人と戦っても負けない技術を身につけました。そういう意味で克己の人だと思います。生の欲望をとことんまで突き進んでいった人です。これはこれで誰でもできることではありません。森田理論にかなった素晴らしい生き方です。柳生新陰流の剣法は、ライバルを想定し、日本一の剣の達人を目指すということとは違います。柳生新陰流は、自分と相手の関係があって剣法が成立しているといいます。この点この剣法の難しさを感じます。また奥深さも感じます。一人でいくら剣の道を究めたとしても、相手が自分よりも強ければ負けてしまいます。優劣や勝敗は相対関係の中でのみ決まるのだとみています。だから戦う相手を常に観察して分析することが欠かせないといいます。自分と相手の剣の技術、練習方法、体調、強み、弱みなどをあらゆる情報網を使って収集する必要があるのです。また自分と相手は時間の経過とともに、常に流動変化していることを忘れてはならない。今日の分析はもはや明日には役立たないとこころえるべきである。刻々と変化する自分と相手の状況をよく見定めて、その時の状況に対応した柔軟で最適な手段を用いることが重要である。そのためには事実に裏付けられていない先入観や決めつけを持たないことだ。 相手の動きをできる限り正確につかんで、千変万化する相手の変化に自分を対応していくというやり方である。敵をすくませて力ずくで相手を倒すのではなく、相手を動かせ、その動きに沿って無理なく対応するという方向を目指している。刻々と変化流動する流れに乗って、変化に素早く対応する生き方は、森田理論ととてもよく合致します。宮本武蔵の剣の道は「今日の自分に明日は克つ」という面が強く、新たな目標を設定して努力していく必要があります。どこまでいってもこれで十分だということはありません。かなりのエネルギーの持続が要求されます。下手をすると、思想の矛盾に陥ってしまう危険性をはらんでいると思われます。柳生新陰流の剣法は、変化を見極め、変化の流れに沿った方法を目指していますので、私たちにはなじみがある方向性を示しているものと思われます。私は宮本武蔵の生き方のみならず、柳生新陰流のような生き方も考慮しながら生きてゆきたいものだと考えています。
2018.03.26
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帯津良一さんのお話です。古代の人たちは航海をするとき、夜空にまたがる星を頼りに船を進めたといいます。そうは言っても、すべての星を把握していたわけではありません。大事な道標となる北極星やオリオン座といった星をきちんと心得ていて、それらを進路のたよりにしました。目印さえ失わなければ、目的地にたどり着けるということがちゃんとわかっていたのです。私たちの人生にもそうした目印となるような星が1つか2つ必要な気がします。これは出世したいとか、金持ちになりたいとかいった自己の欲が絡んだ目標ではなく、生きる根源にまでもっと深く貫かれた大きな志です。落語家の立川談志さんから、 「先生はどんな死に方が理想ですか」を聞かれたことがあります。私は自分自身が死ぬときのイメージをいくつか持ち合わせています。複数のイメージがあれば、心配も少ないというものです。そのうちの1つをご披露しました。「やはり私の場合は、谷中の居酒屋の前ですかね」と答えたら、さすが落語家さんですね。「それは、居酒屋に入る前ですか、それとも出てきたところですか」と身を乗り出して聞いてきた。思わず私はときめきながら死ぬなら、ちょうど居酒屋ののれんに手をかけて、いざ入ろうとするところがいいと思いました。これから美味い酒を飲むぞという時に、ちゃんと前のめりに倒れる 。これこそ理想だ、答えたら、談志さんもなるほど、と合点がいった顔をしてうなずいていました。一方、談志さんは、たとえどんなに深刻な病気を抱えていても、ふとした病で死にたいと言うのです。風邪をこじらせたとか、腹を壊したとか・ ・ ・あいつはバカだねぇ、を言われるような死に方。実に談志さんらしい。私たちもどうせなら、あいつらしいと言われる姿をイメージしてみたいものです。死生観を抱いていない医者に診てもらうことほど恐ろしい事はない。特に生死を分けるような病気にかかった場合などです。これはお医者さんである帯津さんの言われることだから間違いないと思います。死生観を持っているということは、人生観を持っているということです。人生観を持たないで患者をすぐに見離してしまう。あるいは患者を実験台として扱ってしまう。がんの医者は手術、放射線、抗がん剤の治療はする。しかし、それで治らなければホスピスに行くことを勧める。これでは命がいくらあっても足りない。最後まで患者の立場に立った医療を心がけるべきだと思います。(楽々往生 帯津良一 ベスト新書参照)この話を聞いて私の感想です。森田理論で1番大切な考え方は、「生の欲望の発揮」ということです。帯津さんもこのことを言われているのだと思います。終了間際まで「生の欲望」に沿って前向きに生きていく事はとても大事なことです。その際、夢や目標が達成できたかどうかという事は二の次のことだと思います。生きる事に未練をを持って、いまやりかけ中の仕事や目標などがきりがついてから死にたいと思っても自分の意思の自由にはなりません。むしろ未練を持ったまま往生していくのが普通です。このことを、帯津さんは、谷中の居酒屋の前で、死ぬのがいいといわれているのだと思います。帯津さんは、死んでも魂はそこで終わるのではないという死生観を持っておられます。やり残したことは次に生まれ変わったとき課題として引き継ぐのだという考え方のようです。私もこの考え方を支持したいと思います。神経質者の場合は、人生観の確立には森田理論学習がいちばんだと思います。年齢を重ねれば重ねるほど、味が出てくるのが森田先生の人生観です。一旦人生観が確立すれば、一生涯困らない訳ですから、生きているうちに少々苦労してでも、ぜひとも森田で人生観を獲得していただきたいと思います。そういう気持ちのある人にはできるだけ応援したくなるものです。
2018.03.25
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高良武久先生はヘビースモーカーであったらしい。 奥さんが何度もやめるように言ったが止めなかった。というよりも、止められなかったようだ。 高良先生は自伝で次のように告白している。 「私は、タバコは高校生時代から吸っていた。今から16年前にやめました。それはたばこの害がある程度はっきりデータが出たから、これではいけない、と決心して、一切やめましたけれども、やめた当座は、吸いたいという気持ちは抵抗し難く起こってきます。衝動的になります。ことに、条件反射といって、こういう場合にはタバコを吸ったという場面になると、ものすごく吸いたくなります。この吸いたいという気持ちは、どうすることもできない。不可抗力です」 結局高良先生がタバコをやめたのは、胃潰瘍の手術をして大変な目にあってからだった。「吸うか、吸わないかということは、我慢すれば吸わないでおられるものです。非常に我慢がいる。それを何日か続けていくうちに、1週間、2週間、1か月と経つうちにだんだん慣れてきて、吸わないで慣れてきて、吸わないことにも我慢しやすくなってきて、しまいにはタバコという観念が浮かんできても、吸いたいという気持ちは伴わなくなる。それで禁煙が成功したことになる」 これは強迫観念とよく似ている。強迫観念に伴って余計な行動をするのが強迫行為だが、強迫行為をしないということは、非常につらいことだけれども、我慢を続けていれば、しだいに強迫観念的な考えが浮かんできても、それを行動に移さないでも、つらくなくなってくる。そのような生活を続けていけば、強迫観念は単なる雑念に変わってしまうものだ。 (高良武久 森田療法完成への道 岸見勇美 元就出版社 196ページより引用) タバコは依存性がある。高良先生は胃潰瘍の手術がきっかけになったといわれている。 森田先生もタバコを止められたが、そのきっかけは、喘息で息ができなくなるという苦しみがあったからだといわれている。 私は以前パチンコ依存症になりかけたことがあった。お金をドブに捨てるようなものだというのは頭では分かっていた。でも欲望に負けてどうしても足がパチンコ屋に向いてしまっていた。それから抜け出たのは1日1000円しか持たしてもらえなくなってからである。禁断症状が出て苦しいが、これではどうしようもない。これを解決してくれたのは、時間の経過であった。1か月も経つとだいぶ落ち着いてきた。今では10年以上もパチンコをしていない。しようとも思わない。生活が破たんし、離婚して家族がバラバラになって初めてパチンコの弊害が身にしみてわかったという人もいる。何とかその前に抜け出す手立てが必要だと思う。 依存症から抜け出したい人は、自分はもう制御能力がなくなっていると白旗を上げることが大切だと思う。自力脱出はほとんど無理なことだ。白旗を上げたうえで、医療機関などの第3者に相談することだ。そして自助組織に参加して悩みを共有する人たちで助け合うことだと思う。アルコール、ネットゲーム、ギャンブル、買い物、セックス依存症など幅広い。痛い目に合わないと分からないという人もいるが、痛い目にあった後ではすでに時遅しという場合もあると思う。
2018.03.24
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私は田舎で育ちました。その田舎の山のアカマツが無残にもほとんど枯れてしまいました。マツノザイセンチュウやその運び屋とも言われている甲虫の仕業だと言われています。昔は松茸の名産地でしたが、今は見る影もありません。マツ枯れの山が拡がり、寒々とした光景が痛々しい限りです。マツノザイセンチュウはもともと山にたくさん生存していたそうです。ところが、人間が山に入って、手入れをしなくなったために猛威を振るうようになったのだそうです。また、マツやスギ、ヒノキの針葉樹による単植林になってしまったために大きな被害を出しているのです。スギ花粉症の被害のその一つです。私の田舎では、山の木を全部切り倒して、国の補助を受けて、ヒノキ林にする計画があります。こうしたやり方に警鐘を鳴らす人がいます。宮脇昭さんです。田舎の森を再生するには、現地の植生を調査することによって、土地の潜在自然植生を的確に把握し、その主木群を中心として、それを支えるできるだけ多くの亜高木、低木、できれば下草までを自然の森の掟に従って混植・ 密植します。つまり、その場にふさわしい多種多様な苗木や下草を混ぜて植樹するのです。このようにすれば、 3年も経てば管理費は不要になります。時間とともに確実に生育し、多彩な防災・環境保全機能を果たす土地本来の森になるのです。宮脇さんは、人間の都合によって、自然の植生を無視して、スギやヒノキの単植林にしてしまうと、永遠に管理費がかかるようになる。また生態系が狂って、自然災害によって地域住民の命を脅かすような原因を作ってしまうと指摘されています。そして現代の林野行政を見ていると、将来に不安があると言われている。人間にとって生きるための「最高条件」は「最適条件」を破壊すると警告されている。日本人は、飽食三昧の生活を送っている。贅沢の限りを尽くした生活を送っている。今や日本人は何不足のない「最高条件」のもとで我が世の春を謳歌している。しかし、植物の世界では「最高条件」に達すると、その状態は長続きせず、容易に衰退に追い込まれる。たとえば畑の雑草は301種類あるという。農家の人は、雑草退治に多くの労力を割いている。これを根絶させる唯一の方法は、草を取るのをやめることだそうです。草取りをやめ、耕作もやめると、雑草にとっては「最高の条件」になって一時的には大繁茂します。しかし、雑草にとって、人の手の入らない「最高の条件」のまま1年も放置すると、雑草よりも競争力が強く、草丈が高くなる2年生の雑草に置き換わってしまいます。さらに2年から3年たつと、それらの雑草もセイタカアワダチ草やススキなどなどに入れ替わってしまいます。こうして、あれほどしぶとく生育し続けて、農家の人をてこずらせていた耕地雑草は、見事に駆逐されてしまうのです。植物は「最高条件」の環境下に居続けると、やがて必ず自らの存続そのものが危ぶまれる事態に陥るということです。雑草からすると、自分たちが生き延び続けるためには、適度な人間の介入が不可欠で、そのことが生き延びるための「最適条件」となるわけです。これは動物の世界でもそうです。人間が渡り鳥などにエサをふんだんに与えると、飛ぶこともできなくなる。あるいはヒナが生まれても、育てようとしなくなる。そのうち絶滅していくのです。私たち人間にとっても、自分の欲望だけを満たす「最高条件」を追求するのではなく、多少我慢しながら他者と競争・共生できる「最適条件」が望ましいといえます。(4千万本の木を植えた男が残す言葉 宮脇昭 河出書房新社参照)人間の場合、ともすると欲望の暴走を招いてしまいます。人間の場合、自分たちの思い通りに他者や自然をコントロールしようとします。それが将来、天に唾するようなもので、自分たちに惨禍がブーメランのように降りかかってくる事は考えもしません。そんな不幸な歴史を繰り返してきたにもかかわらず、歴史に学ぶことをしません。森田理論では、生の欲望を無制限に追い求めてはならないと言っています。生の欲望は、不安や恐怖で適正に制御して、調和をはかる必要があると言っているのです。森田理論は現代の人間社会に大きな警鐘を鳴らしているのだと思われます。
2018.03.23
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北西憲二先生は、外来森田療法の中に日記療法を取り入れておられる。日記療法は、他者と対することで引き起こされる感情を恐れ、傷つきやすく、過剰に自分を守ってしまうために、周囲には自己愛的とみなされる人に最適な治療方法だと言われる。神経症で苦しむ人は、観念的で行動力に欠けている。その気づきを促すために、毎日夕方に仕事やプライベート、生活の中で実践したこと日記に書いてもらう。従来の日記療法では、日常生活でどんな行動したのかを中心に書いてもらっていました。北西先生が行っておられる日記療法では、 「何を感じたか」について自由に書くことを勧めておられる。主体的に自分の感情を見つめ、味わい、それを書き留め、その日記を通して治療者と対話していく。日記を通して自分の感情をありのままに受け止め、消化し、自分自身への理解を深めていくことが、自分らしさを見つけていくことにつながる。日記療法の効果について5点ほど挙げられておられる。1 、日記を通した緩やかな形で治療者がつながっていることで、患者の生活世界における問題解決の共同者として、悩む人を支えやすくなります。2 、患者にとっては、自分の感情を客観化し、それを包み込み、待つことができるようになります。3 、面接ではなかなか内面を率直に表現できないという患者にとって、日記は率直な自己開示の場となります。4 、治療者にとっても率直な自己開示の場になります。それが悩む人との人間的な交流を可能にするのです。5 、自分の経験を書く作業は、回復に向かって自分を物語ることともいえます。回復を自らのストーリーとして語ること・書く事は、患者の自己理解を深め、症状の再発を防止するために重要です。(はじめての森田療法 北西憲二 講談社 150ページから157ページより引用)生活の発見会の森田理論学習の中に、基準型学習会やオンライン学習会があります。基準型学習会は日記指導も含まれています。ここでは主に日常生活や仕事など、実際に実践したこと書いてもらいます。沸き起こってきた感情については日記には書きません。これは神経症で悩んでいる人は、もともと沸き起こってきた感情を問題にして、不安や悩みを深めているので問題にしないようにしているのです。それよりも、目の前の日常茶飯事や仕事などに目を向けて実践や行動を賦活させるように仕向けているのです。そういう癖をつけることが森田療法の眼目となっています。オンライン学習会では、少し違います。実践や行動以外にも、不安や恐怖、違和感や不快感などの感情についても書き込んでもらいます。日常生活や仕事の中で、どんな感情が沸き起こってきたのか赤裸々に書き込んでもらっています。それに対して、沸き起こってきた感情は極めて自然なもので、忌避し、回避しなくてもよいものだ。そのまま向き合い、とことんまで味わい尽くすことがよいのだということ書き込んでゆきます。こちらの方が北西先生が取り入れられている日記療法に近いかもしれません。ともあれ、日記療法は森田療法の方法の1つですから、できれば希望者がおられれば、可能な限り集談会で取り入れてみることも有効です。あるいは基準型学習会などに参加して経験してみるとよいと思います。オンライン学習会は参加すること自体が日記指導を受けているようなものです。
2018.03.22
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岡田尊司さんは、子供の特徴を3つに分けておられる。1つは、「視覚空間型」の子供である。このタイプの子供は、行動的で、手や体を動かした活動を好む。言葉で学ぶよりも、体で感覚的に覚える。じっと座って話を聞くのが苦手で、頭に入らない。理論や抽象的な事は苦手で、実践や応用に関心がある。講義型の授業には集中できない。 5教科では、成績不振に陥りやすい。2つ目は、「聴覚言語型」の子供である。このタイプの子供は、会話言語に強く、コミュニケーションが得意である。聞き取り能力に長けて、やりとりの機微を的確に把握できる。相手の気持ちや場の空気を察することに優れている。物事を論理ではなく、人間的な感情や物語で理解する。論理的な議論や記号を用いた抽象的な内容は苦手である。気分や感情に流されやすい。3つ目は、「視覚言語型」の子供である。文章言語や数字、記号を扱うのが得意である。具体的なものより抽象的な概念に強い。分析が得意で、物事を論理化、法則化、図式化して理解する。マイペースを好み、対人関係は不器用で消極的である。自分の趣味に熱中する一方で、それ以外のことには無関心である。細部へのこだわりや完璧志向が強い。理屈は得意だが、現実の問題解決や、身近な事は苦手である。社交性に乏しく、くだけた気のおけない会話ができない。感情的なニュアンスが読み取れず、無神経な発言をしてしまう。1度に2つのことができず、実践面では滞りやすい。道筋や理屈にこだわり、納得できないと頑なに抵抗する。このように分析した上で、今の学校教育に比較的適応できるのは3番目の「視覚言語型」の子供であると言われている。最も適応できにくいタイプが「視覚空間型」の子供であると指摘されている。こういう生徒は、学校教育になじめず、そのまま落ちこぼれとして放置される傾向が強い。現在の学校教育では、 753ということが言われている。小学校では、授業についていくことができる子供が7割、中学校では5割、高校では3割だと言われている。それは、タイプが違う子供が存在しているにもかかわらず、今の学校教育が、生徒を教室に集めて、先生が一方的に講義をするという教育制度にあると言われている。そして講義内容をペーパーテストで判定して優劣をつけてしまう。劣等と見なされた子供は、やる気を失い、そのはけ口を求めていじめや不登校・ひきこもりに陥ってしまう。これでは日本の子供たちの多くが自立できない。これは日本の教育がもともと日本を動かしていく官僚を養成するという目的のもとに推進されてきたことにあると言われる。そのために、子供たちを十把一絡げに分類し、その中から記憶力のよい子供、論理的、法則的、抽象的な思考に優れたトップクラスの学力のある子供を選抜することを目的としていたのである。こうした明治時代に作られた教育制度が、基本的には未だに踏襲されているのである。これは私たちは森田理論で学習している、「かくあるべし」を子供の教育に導入しているのではないでしょうか。子供にはいろんなタイプがいる。まずはそのタイプを見極めて、子供たちの特徴に合った教育をしていくべきではないのでしょうか。日本は今や学力の面ではかっての面影はない。他の国に大きく差を広げられている。岡田尊司さんは、オランダやフィンランド、ドイツ、イギリス、スイス、アメリカ、台湾、韓国などの教育制度のあり方を分析して、教育制度の改革を進めていく必要があると言われている。特にオランダやフィンランドのような、子供の特徴に見合った教育制度の改革をしなければ、日本の子供たちはますます不幸になるのではないかと警鐘を鳴らされている。(なぜ日本の若者は自立できないのか 岡田尊司 小学館 75頁より引用 )
2018.03.21
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北西憲二先生は、外来森田療法の治療前期として、変化を引き起こす事に力を入れられている。具体的には、 「ふくらます作業」と「削る作業」である。「ふくらます作業」とは、あれこれ考えすぎないで、行動を通して直接生活世界に踏み出し経験することから始まります。神経症に落ち込んでいる人は、注意や意識が症状にばかり向かっている。精神交互作用によってどんどん混迷の度合いを深めている。それを打ち破るためには、目の前の生活や仕事に目を向けて、行動することが何よりも大切になる。森田先生曰く。理屈でわかるよりも体験ができさえすれば治り、治りさえすれば、理論は容易に分かるようになるから、体験を先にする方が得策である。最初は、日常生活、仕事、人間関係、趣味、集談会などで実践課題の作り、意識的にそれに取り組んでみる。その結果を集談会で発表して先輩方からアドバイスをしてもらう。 1つでもできるようになれば、小さな前進である。それができるようになれば、ステップアップしていく。生活の中で、気がついたことをどんどんメモしていくのである。すぐにできないことでもどんどんメモしていく。やるべき課題や問題点のストックをできるだけ多く溜め込む。メモ用紙やカレンダー、スマートフォンなどに確実に記録として残す。そうすればメモしたことが気になるので少しずつ行動力が向上してくる。最初は10%でも20%でもこなすことができるようになればしめたものである。そのうちユーモア小話のネタや川柳などが思い浮かぶようになれば、症状に振り回される度合いはかなり少なくなる。北西先生は助言として、 「ぐるぐる回る思考を放っておくこと」 「不安を持ったまま行動する」 「待つこと、 一拍置く」ことなどを挙げられている。次に「削る作業」にも取り組んでいく。神経症に陥っている人は、 「かくあるべし」という自己が硬直化し肥大化している。これは、 「理想の自己」が硬直し、 「現実の自己」をがんじがらめに縛っている。繊細で傷つきやすい人の場合、また、家族の支えが不十分な場合は、その度合いはきつくなる。精神が安定した人でも、物事にとらわれ悩み始めると、 「理想の自己」は硬直化して、大きくなり、 「かくあらればならない」 「かくあってはならない」などと、 ○○すべきという「べき」思考で「現実の自己」を縛ってしまいます。そのような自己のあり方は、人生の変化に対する適応を困難にしてしまうのです。北西先生は、他者や現実世界を自分の思うがままにコントロールできないということを理解してもらう。そうしたら苦悩を目の敵にして、あってはならぬものと決めつけることから自由になることを目指します。それまでの価値づけそのものを否定し、 「べき」思考を放棄するように助言します。これは、このブログで再三取り上げていっているように、 「かくあるべし」的思考を少なくしていく方法です。できるだけ事実本位の生活態度を身につけていくやり方です。そのための手法として、すでに事実を4つに分ける方法について提案しました。次に、事実をよく観察する態度を身につける。そして、事実を赤裸々に具体的に相手に伝えていく。森田理論で学習した「純な心」「私にメッセージ」などを生活の中で活用していく。「かくあるべし」が出てくれば、 「ちょっと待て」と言い聞かせて、自分の素直な感情に立ち返って考えてみる。北西先生は、 「ふくらませる作業」と「削る作業」は、あざなえる縄のごとく同時進行的に取り組む必要があると言われている。つまり、「症状はそのままにしておいて、闇雲に行動すればよい」というだけでは不十分であると言われている。2つの作業が車の両輪のごとく、同じ大きさで回転をしていないと、決して前に進むことはできない。そのほうが神経症の治療にとっては効果が高いといわれているのだ。これは森田理論学習によって、神経質者の人生観の確立を促すという面から見ても、全くその通りであると思う。(はじめての森田療法 北西憲二 講談社 158ページより要旨引用)
2018.03.20
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森田先生のところに入院治療にやってきた人は、いずれもその後、地位や名誉を得た人が多い。形外先生言行録は森田先生のところで治療を受けた人が入院時の思い出話を語っている本である。これを見ると、大学の先生や医者が多い。その他、外交官になった人、検事になった人、陸軍大尉になった人、作家、会社を経営したり会社で出世した人などが目白押しである。考えてみると、今日のように、一般の人が森田療法にすがる事は極めて少なかったと思われる。これは初診料や入院費が自由診療で極めて高額であったというのが1つの原因であった。ですから森田先生の入院治療を受けるというのは、経済的にゆとりのある人ばかりであった。そういう人たちは、立身出世して故郷に錦を飾りたいという気持ちが強かったと考えられる。家柄、名誉、地位、役職などを得て、できれば故郷に銅像でも建ててもらいたい。ですから、神経症の悩みというのは、そういう欲望を達成できないときに発生する苦悩であった。そういう欲望の強い人は、熾烈な競争から落ちこぼれてしまうという事を恐れる。目の前の困難に対していつも軽々と乗り越えられると人間にならなければならないという気持ちが強かった。競争社会の中で、ライバル達から見下されるような人間に甘んじてしまう事は決して許されない。小さなことを気にする性格、女々しいことに振り回されるような人間であっては、立身出世や人の上に立つ大物になる事はできない。そういう欲望と不安・恐怖との戦いが、基本的なものであった。現代人で立身出世を目標としている人が多く存在しているとは考えにくい。現代人の欲望はその方面には向いていないように思う。それではどんな欲望を持っているのか、興味は尽きない。何もしないで楽をしたい。人生を楽しみたい。物質的には飽和状態にあるので、現状維持ができればそれで十分である。何も好き好んで、努力精進する必要があるのか。遺産相続、高額宝くじに当たる、株で大儲けをする。自分で運命を切り開くよりも、そのような空想的な世界に浸りきっているのである。自分では努力しないで他人に依存してのうのうと暮らすことを夢見ているのだ。毎日気の合う人と愉快に楽しく過ごすだけで十分ではないのか。等と考える人が大多数ではないのだろうか。そういう生き方のなかでどんな不安が出てくるのか。そういう人の悩みは社会から排除されることである。共同体の外に放り出される事は死ぬよりも辛いことだ。自分の属している集団から、無視される、拒否される、否定される、邪魔者扱いされることが1番の関心事になっているようだ。自分の運命を自ら切り開いていくという活力はなく、社会から無条件に庇護されることを求めている。それを脅かされることには、社会的には死んだも同然という考えに傾きやすい。そういう人の注意と意識は、いかにして他人に受け入れられるような自分を演じきることができるのかという一点に絞られているのである。現代人は本来外へ向かうべき注意や意識が内向化し、回避型、専守防衛に偏っているのである。現代の神経質者は生の欲望が希薄化するとともに、自己保身に偏っていることが生きづらさを加速させていいるものと思われる。その生きづらさを解消していくためには、気分本位の生活を改めて、生の欲望の賦活にエネルギーを注ぐことが何よりも大事になってくる。高良武久先生は、人間関係を良くしていくために、 1つの分野でその道の専門家を目指していく積極的行動が必要であると言われている。これこそ生の欲望の賦活につながるものであると思う。
2018.03.19
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玉野井幹雄さんは、人間関係について次の様に説明されている。人はだれでも、自分自身に対するように人にも対するものです。ですから、自分自身を大事にするのと同じ程度に、他人を大事にすることができる、ということになります。逆に言うと、自分自身を大事にすることのできない人は、他人を大事にすることができないということです。同じことですが、ありのままの自分を受け入れることができない人は、他人を受け入れることができないものです。また、自分の欠点を許すことができる人は、他人の欠点を許すことができますし、自分の欠点を許すことのできない人は、他人の欠点も許すことができないものです。ですから、人間関係を良くするためには、まず自分自身の中の折り合いをつけることが先決だと言うことができます。つまり自分の中が「現実の自分」と「それを批判している自分」に分かれて争っている状態の和解を図ることが先決だということです。そのためには、まず「現実の自分を受け入れる」ようになることが先決であると申しているのでありまして、それができるようになれば、無駄な抵抗をしなくなりますから、悩みも少なくなり、孤立感からも解放され、人間関係も良くなるのであります。(いかにして悩みを解決するか 、玉野井幹雄 自費出版 160頁より引用)玉野井さんによると、平気で他人を脅迫、無視、批判、否定するような人は、自分で自分のことを脅迫、無視、批判、否定するような人であると言われている。自分という1人の人間の中に、葛藤や悩みを抱えて苦しんでいる人間がいるのですが、それを見て軽蔑している別の人間が住みついているのです。力関係から言うと、批判や否定を繰り返している自分が常に主導権を持っており、葛藤や悩みを抱えながら、懸命に生きている自分はいつも服従させられているのです。このような力関係が継続していると、生きることに何の意味も見いだせず、生きること自体が苦悩となります。1人の自分の中にそのような対立関係を抱えていると、虐げられている自分はなんとかその苦しみを解消しようともがき苦しむことになります。 1つには本能的で刹那的な快楽を追い求めるようになります。もう一つは、自分よりも弱い他人をいじめることによって解消しようとします。自分と他人との間が対立関係になりますので、人間関係がうまく行かなくなるのです。いずれもストレスの発散の仕方としては決してほめられたものではありません。これを解消するには、 2つに分かれてる自分が1つになればよいわけです。実際には批判や否定を繰り返している自分が、そんなことをやめて、理不尽なことにさらされ、葛藤や悩みをの中で生きている自分に寄り添うようにすればよいわけです。そうなれば矛盾が解消され、葛藤や悩みはなくなるものと思います。これが森田理論で言うところの、事実本位の生き方ということになります。そのためにどうすればよいのか。「かくあるべし」 にがんじがらめになっている自分を自覚することから始めなければなりません。森田理論学習を継続している人は、そのことの弊害は頭の中で十分に理解されていることと思います。次に取り組むべき事は、実際の事実本位の生活態度の修養です。そのためには、まず先入観や決めつけを止めて、事実をよく観察するということです。そしてその事実を具体的に詳細に話したり書いたりすることです。簡単なことのようですが、大変むずかしいことです。これに徹するだけでもかなり違ってきます。事実を隠したりねじ曲げるようなことがあってはなりません。正直に赤裸々に公表することが大切です。次に、事実は両面観、多面的に見る必要があります。自分の都合の良いように片面から見た場合は、ほとんど間違っています。そこから安易な行動をとると、どんどん横道にずれていってしまいます。次に、森田理論の「純な心」や「私メッセージ」を体得する必要があります。私たちは「かくあるべし」 にどっぷりと浸かっている状態です。それを突破する入り口は、自分の素直な感情から出発する態度を身につけることです。純な心、私メッセージ、 win winの人間関係については何回も投稿していますので、過去の投稿をご覧ください。これらは事実本位の生活態度を養成するために私が取り組んでいる内容です。これ以外にも有効な方法があるかもしれません。もしその他の方法を実践しておられる方があれば、教えてほしいと思っています。
2018.03.18
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玉野井幹雄さんは、人をあえてその時の考え方で区別すると、 「積極的な考え方をする人」と「消極的な考え方をする人」と「事実本位の考え方をする人」に分けられると言われています。「積極的な考え方をする人」は、 「現状を善くするためには、 善い部分を増やせばいい」と考え、長所を見つけてそれを生かすように努力します。これに対して、 「消極的な考え方をする人」は、 「現状を善くするためには、悪い部分をなくすればいい」と考え、欠点を見つけてそれをなくそうと努力するのであります。神経症になっている人は、たいてい後者に属していると思われます。「積極的な考え方の人」は、 「善いものを手に入れるためなら苦労してもいい」を考えるのに対して、 「消極的な考え方の人」は、出来るだけ苦労しないで善いものを手に入れようとします。つまり苦労の出し惜しみをするのであります。そうして、 「善い結果が得られない」と言って文句を言っているのが「消極的な考え方の人」ではないかと思います。そういった傾向は、日常生活を送る上でいろんなところに現れてきて、 「不快感」をなくそうとするようになるのも、その現れだと思います。なぜ、そのような「消極的な考え方」をするようになるのかと申しますと、心の中で「不快感と真っ直ぐ向き合っていない」 「不快感をじっくり味わっていない」 「不快感から逃げている」ところに根本的な原因があると私は考えています。「不快感から逃げるようになる」原因を追求していきますと、困難な状況に遭遇したときに発生する本能的な「逃避欲求」に原因があります。その欲求に従っていったら、明らかに「生活が成り立たなくなる」であろう事は容易に想像がつくのであります。普通の人がいつも、 「不快感をじっくり味わって前向きに生きている」のに、 「消極的な考え方をする人」は、 「できるだけ不快感に出会わないような楽な道を選んで生きようとする」のであります。積極的な考え方に転換するためには、まず、感情を自分の思うようにしようとする「誤った願望や認識」を改めるとともに、辛くても不快感に真っ直ぐ向き合って、それをじっくり味わうようにしなければなりません。気分本位な態度で、回避行動をとりたくなった時に、 「ちょっと待て」と言い聞かせて、前向きな生き方を選択できるように自分を変えていく必要があります。このような態度になる「考え方」を、 「事実本位の考え方」というのであります。それは積極的とか消極的とかにこだわらず、ただその時の事実に基づいて最善の方法を考えるというものであります。私どもの現実は、その時の状況によって、 「積極的な考え方」をしたくても出来ない場合がありますし、 「消極的な考え方」をした方がよい場合もあるわけです。ですから、そういった「考え方」にこだわらないで、常にその時の事実に基づいて考えていくのが最も好ましいと言うことができます。(いかにして悩みを解決するか 、玉野井幹雄 自費出版 252頁より引用)
2018.03.17
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私は老人ホームの慰問活動などでアルトサックスの演奏をしている。人前で演奏するときに、演奏を間違ってはいけないというプレッシャーで押しつぶされそうになることがある。特に、指遣いの難しい場所は、いつも予期不安や予期恐怖が出てくる。その部分は、本番前に何回も指遣いを確認する。しかしそれはよし悪しである。その部分に注意や意識を過度に引きつけてしまうのである。その曲に入るまでに、リーダーが曲の紹介などをして時間があくと、指遣いを確認したりする。あるいは前頭葉がしゃしゃり出てきて、「お前は本当に間違えなしに演奏できるのか」などとささやいてくるのである。そうなれば、ちょっとした動揺が発生する。それが発展してパニックになれば、高い確率で間違えてしまう。この解決のヒントを、森田先生の「神経質の本態と療法」という本の中から見つけた。森田先生は、心悸亢進発作の患者に、次のように指示している。今夜寝るときに、発作が最も起こりやすいという横臥位をとり、自分から進んで、その発作を起こし、しかもその位置のままに苦痛を忍耐し、かつその発作の起こり方から、全経過を熱心に詳細に観察するようにしてください。そうすれば私は、あなたの体験によって、将来決して発作の起こらない方法をお教えする。もし今夜このために、どんなに激しい苦痛があって、徹夜するようなことがあったとしても、長い年数の苦痛と不安等取り去ることができれば、 十分忍耐する価値のあることである。その後私が再診したときには患者は、 「その夜、教えられたように実行したけれども、自分で発作を起こすことができないで、 5分ほども持たないうちに眠りに入り、翌朝まで知らなかった」との事であった。あなたはその時一晩中発作の苦痛を覚悟したのである。恐怖そのもののうちに突入したのである。この時は、発作があるいは起こりはしないかという疑念もなければ、また発作から逃れようとする卑怯な心があるのでもない。これこそ発作が起こって来なかった理由である。今までは知らず知らずの間に、発作の襲来を予期してこれを迎え、一方にはこれから逃れようとして心に惑いが生じ、いたずらに苦痛不安を増大させたのである。この患者は心悸亢進発作という予期不安や予期恐怖に対して、それを何とかして取り除こうとしているのですが、森田先生は反対に発作を積極的に起こしてみることを勧めている。医師がついていてあげるから、安心して発作を起こしてみるように勧めているのだ。普通一般的には、発作を起こさない方法をとるのだが、森田先生のやり方は逆説療法である。私の場合も、演奏を間違えたら、聞いている人からバカにされる。演奏仲間から軽蔑される。そのことばかりにとらわれているのである。この際、 「意識して間違えて、笑いのネタを提供してやろう」というやり方で取り組んでみようと思った。誰でも知っている歌謡曲を間違えるとみんながクスクスと笑う。普段みんなはよどみなく演奏される音楽ばかりを聞いているので、どっと笑いが取れる。私などはプロの演奏家ではないので、みんなを笑わせることに徹した方がいいのかもしれない。間違った部分も取り入れながら、全体としての出来栄えが80点ぐらいならば、観客に笑いと音楽の楽しみと両方を与えることができる。また、自分が間違えると同じサックスを吹いている仲間は、一瞬戸惑いとともに喜んだような顔を見せる。それは私が間違えると、相手は気分的には優位に立てるからだと思う。そうなれば、相手はますます自信を持って演奏してくる。普段よりパフォーマンスがよくなる。そんな時は、私のソロパートの部分にも演奏に加わってくれて助かることがある。一番問題なのは、予期不安のために、楽器の演奏を止めてしまうことである。先日テレビを見ていると、ピアノの演奏のプロの人がいかに正確に弾けるかの競争をしていた。100%正確に弾けている人は1人もいなかった。それが事実なのだ。事実を否定して、 「かくあるべし」ですべてを間違いなく演奏しなければならないと、自分を追い込んで苦しめることに何の意味があるのだろうかと思った。私は、練習の段階では120%の出来を目指して頑張ろうと思う。これが前提だ。しかし、練習で120%できたからといって、本番で完璧にできる保証は何もない。予期せぬ想定外のことが起きて、間違いはつきものだ。そんな時は、「間違がった演奏を提供して観客を喜ばすのも技術だ。間違えることによって、軽蔑する人も確かにいる。でも喜んで笑い転げる人も確かにいる。だから間違った演奏は悪いことばかりではないのだ。演奏仲間に優越感を持たせるというおまけまでついてくる」「今日も間違い演奏をして笑いをとるぞ」と言い聞かせながら慰問活動に出かける。
2018.03.16
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神経症の悩みを抱えた人の対処方法は2つに分かれます。1つは、その悩みをなくするためにどんな努力も惜しまない人です。神経科にかかる。様々な精神l療法を受ける。カウンセリングを受ける。心身を鍛える。やたらに動き回る。宗教に救いを求める。などなど様々あります。2つ目は、神経症の葛藤や悩みからすぐに逃げてしまう人です。金縛りに遭ったように固まってしまうのです。私の場合は、予期不安や予期恐怖が発生すると、すぐに逃げてしまうということが習慣化していました。今日の投稿では、葛藤や悩みから逃避してしまう場合について考えてみたいと思います。逃げてしまうと、一時的には楽になります。しかし、やるべきことや仕事や勉強などに手をつけないので、暇を持て余すようになります。そのうち「退屈だな」 「心のスキマ風を埋めるような楽しいことはないかな」と考えるようになります。そして刹那的な本能的な快楽を追い求めるようになります。次に逃避してしまうばかりの自分を否定するようになります。自分という1人の人間の中に、逃避することが習慣化している現実の自分とそれを雲の上から眺めて否定している自分がいるのです。本来は一体化して、外に向かうべき注意や意識が内輪もめを繰り返しているのです。完全に悪循環のスパイラルにはまり込んでしまって、自分の力ではもはやどうすることもできなくなっているのです。逃げてばかりの人は、森田理論では気分本位の人といいます。気分本位が継続してしまうと情けない人生で終わってしまいます。森田先生は、気分本位の人は生の欲望が弱く、神経質性格者ではなく、意志薄弱性の気質に分類されています。しかし、少しでも生の欲望がある人は、森田適応だと私は考えています。なお、森田先生は、意志薄弱性気質の人は、神経症治療の対象外されています。アメリカ精神医学会の人格障害の分類に、回避性人格障害があります。気分本位の人はこれに該当します。・他人からの批判、拒否、拒絶をあまりにも恐れるために、仕事上大切な人と会わなければならないような状況を避ける・好かれていると確信できなければ、人と関係を持ちたいと思わない。・恥をかかされること、馬鹿にされることを恐れるために、親密な間柄でも遠慮がちである。・社会的状況の中では批判されはしないだろうか、拒絶されはしないだろうかと心を奪われる。・自分は人と上手く付き合えないと感じるため、新しい人間関係を築けない。・自分は社会的に不適切な人間で、長所はなく、人より劣っていると思っている。・恥ずかしいことになるかもしれないという理由で、何かにチャレンジしたり、新しいことを始めたりすることに異常なほど消極的である。気分本位の人をよく見てみると、 2つの大きな特徴があります。嫌なこと、不快なことが予想されるとすぐに目を背けるという面があります。例えば、テレビの画面に蛇が出てくると、すぐに目をそらすなどです。プロ野球などでも贔屓のチームが負けるとすぐにチャンネルを変えてしまいます。もう一つは、自分の身体を使って動かなければならない時に、 「しんどそうだ」 「体が動かない」などと理由をつけて、何もしないで楽な方向を選択してしまうということです。なかには、自分は何もしないで、他人に依存してしまう人もいます。このうち、 2番目の方ですが、目の前のやるべきことに対して、何とか手を出す習慣を作りたいものです。誰でも最初は腰は重くて動くことが困難な場合でも、手をつけると弾みがついて、行動してよかったという経験には持っていると思います。そういう経験に思いを馳せると、最初は億劫だと思った事でも手を出したほうがよいのです。身近なところから、小さな欲求が起これば、積極的に手を出していくことです。これはいくら気分本位の人でも、比較的取り組みやすいことです。そのためには、普段から気のついたことを書き留めておくことが必要です。それを眺めていると、ついすっと身体が動いていくようになります。そういう習慣は誰でも身につけることができます。習慣が身についてくると気分本位の態度を修正することができるのです。嫌な事、不快なことが、過度の取越苦労、予期不安・予期恐怖となって手も足も出ない人もいます。こういうことが習慣化している人は、自分1人の力ではどうすることもできないと思います。そういう人は、集談会などに参加して、 人からの刺激を受けることが必要です。他人から、助言してもらい、素直に従うことです。森田を日常生活に応用している人の話を聞いていると自然に刺激を受けます。神経症から回復した人がやっていることを見てまねてみることも有効です。訪問営業などの仕事の場合でいえば、そういう人は 1人で仕事をするとどうしても逃げてしまいます。それを防ぐためには、同行営業をすることです。それも、相手が気分本位でない人を選ぶことが必要です。人の力を借りて気分本位の態度を払しょくすることがよいと思います。気分本位な態度を放置しておく事は、決して自分の為にはなりません。森田先生は、チャンスの神様はすぐにつかまらないと、すぐに逃げてしまうと言われています。皆さんもいろいろと工夫をしてみてください。以上述べたことは、うつ病の人には適応できません。うつ病の人は、エネルギーが枯渇している状態ですから、まずは医師の診断に従うことが必要です。うつから解放された後で森田に取り組みましょう。
2018.03.15
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ショッピングモールの歌姫といわれる人である。ある人からメールをもらいyou tubeで聞いてみるように言われた。教えてくれた人ありがとう。感謝です。泣かせる歌詞ばかりであった。森田でいえば、神経症で苦しんでいても、前を向いて生きていきましょうと励ましてくれている。唄を聞いているだけで、涙が出てくる歌は久しぶりだった。ほっと心が安らぐのは私だけではないようです。聞いてみてください。
2018.03.14
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生活の発見会の大先輩に、玉野井幹雄さんという方がおられる。この方は亡くなられる前に、 「いかにして神経症を克服するか」 「いかにして悩みを解決するか」という2冊の本を自費出版された。そして、希望者には無償で配布された。遺言のような形で、この本を神経症で悩んでいる人のために残されたのだと思う。その中に次のように書かれている。持って生まれた素質に反抗したり、それを変えようとする努力は一切無駄なことであり、早くそういった「はからい」ごとから足を洗って、与えられた素質の長所を生かすべく努力するようになれば、楽に生きられますし、それが人生を楽しくする秘訣でもあります。そういう私は、長い間自分の素質に反抗してきましたので、それまでの人生はあまり楽ではなかったように思います。私が森田理論を知ったのは23歳の頃です。その後の病歴としては、胃腸神経症で3年、対人恐怖症で30年、うつ病で10年間苦しみましたので、合計すると47年近く症状と格闘したことになります。現在では、それらの症状からすっかり開放されて幸せに生きています。「生きている」と言うよりも、 「生かされている」と言った方がぴったりしますが、だからといって別に社会的な地位や名誉があるわけではありません。ただ、主観的に自分でそう感じているというまでのことであります。現在の幸福は得られたのは、 「神経症」や「うつ病」のおかげであると思っています。それらのものに感謝しているのであります。私が「神経症」や「うつ病」にならなかったら、恐らく今の幸せは得られなかったであろうことが確信を持って言えるのであります。それは、今の幸せが、過去の苦しみや悲しみを埋めて、なおも余りあるものであると思っているからであります。それを教えてくれたのがほかならぬ森田理論であったわけです。(いかにして悩みを解決するか 玉野井幹雄 自費出版 40頁より要旨引用)私も対人恐怖症という神経症を発症したのは、中学生の頃です。中学や高校の頃は友達がいなかった。大学を卒業して、農業関係の大手出版社に入った。雑誌の記者として、全国を飛び回るような仕事がしたかったが、訪問営業の仕事に回されて、症状のために挫折した。次に京都に本社がある繊維業界の会社に就職した。ここでは窓口営業の仕事であった。そのうち中間管理職になり、対人恐怖症がもろに出てきて苦しかった。その頃から生活の発見会に入会し、集談会の人たちに助けられながら、何とか定年近くにまで仕事を続けることができた。こうしてみると、私の一生は、対人恐怖症で苦しむために生まれてきたようなものだった。「症状を抱えたままに、なすべきをなす」という教えのもとに、なんとか頑張ってきたが、他人の叱責や批判が怖い。予期不安や予期恐怖が消えることはなかった。毎日雨降りが続いているような重い気分であった。しかしそういう口では言い表せない症状を持っていたおかげで、森田理論に出会うことができたのである。神様は自分で解決できない試練は与えないと言われる。神様は私に神経症を克服することを人生の課題として与えてくれているのではないかと思うようになった。神経症を克服した後は、神経質性格を活かした生き方を模索するという課題も与えてくださっているように思う。末広がりという言葉があるが、幼少、青年期、成人期は苦しみのどん底であっても、老年期になって、 「まあまあの人生だった」と言えるようになればそれで十分ではないかと思う。それは30代からずっと森田理論とその学習仲間とかかわってきたおかげである。図らずも、偉大な大先輩である玉野井幹雄さんと同じ心境に至っているのである。
2018.03.14
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「目的本位」という言葉がある。この言葉は私が30年前に集談会に参加し始めた頃さかんに使われていた。神経症を克服する過程で、症状の有無とか、気分の善し悪しを重視するのではなく、目的を達成したかどうかを問題にしていたのである。内向き一辺倒の状態を、外向きに変えて、どんどん目の前の物事を処理していくのである。症状を抱えたまま、しっかりと目的・目標を持って、なすべきをなすという考え方だ。この範囲では、この言葉をキーワードにして、森田理論に取り組んでいくのは構わないと思う。いろいろな森田の本を読んでいると、 「目的本位」というキーワードをあげていることがある。しかし、この言葉は2つの意味で注意して使う必要がある。1つ目は、自分の症状を治すという目的を持った行動は、症状を治すのではなく、症状がどんどん悪化してくるという面があるということだ。例えば、トイレの掃除をすることを考えてみよう。トイレが汚れているので、いやいや仕方ながらも綺麗にしたいと思って掃除をすれば問題はない。しかし、トイレの掃除をすれば、神経症が治ると言われたので、思い切って掃除をしてみる、という態度では神経症は治らないのである。その時に注意や意識は、トイレにはない。神経症がよくなったかどうかにある。ここでの行動は、森田先生が言うところの、お使い根性の仕事になる。そうすれば、精神交互作用によってどんどん神経症は悪化してくる。この行為は、怪我をしてカサブタができたときに、そのカサブタを取り除いて、怪我の部分が治っているかどうかを確認しているようなものだ。あるいは、野菜の苗を植えて、しばらく経って引きあげて、根づいたかたかどうか確認するようなものである。ハツカネズミが糸車を回すような仕事ぶりでは神経症の克服には結びつかないのである。2つ目は、目的、目標達成至上主義に陥ってしまうことである。自分の立てた目的・目標に対して、何が何でも100%達成しなければならないという「かくあるべし」が出てきては、弊害の部分が大きい。理想や完全の状態から現実の自分を見て、批判し、否定するようになるのである。目標の大学に合格しなければならない。与えられたノルマは是が非でも達成しなければならない。このような目標を持って努力してみたところで、必ずしも目標が達成されるとは限らない。オリンピック選手でも、絶対にメダルを獲らないと、母国に帰ることができない。などという心境になれば、練習以上のパフォーマンスを上げる事は難しくなる。これでは逆に「目的本位」という言葉が、自分を苦しめてしまうのである。森田理論では、「努力即幸福」ということをいう。この場合は、自分の今の状態を基本にして、そこから達成可能な目標を立てて、精進していくという態度である。そこでは小さなできたことを喜び、また新たな次の目標を持って努力する。目標が達成できない場合は、その原因を追求して、次の成功に向かってさらに努力する。その試行錯誤しながら、行動していくという態度が生きがいそのものになっているのである。
2018.03.13
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田舎のお寺の住職さんが小学一年生の作文の話をしてくれました。森田理論に関係のある話です。 せんせいが、「きょうのしゅくだいは、だっこです。おうちのひとみんなにだっこしてもらってね」といいました。ぼくもみんなも「ええーっ」とびっくりしました。だって、だっこのしゅくだいなんて、はじめてだからです。なんかはずかしいとおもいました。でもうれしかったです。いそいでいえにかえりました。いえにかえってすぐ、おかあさんに、「だっこがしゅくだいにでたんよ。しゅくだいするけえ、だっこして」と小さいこえでいいました。おかあさんは、「へえ、だっこのしゅくだいでたん」とびっくりしていました。でも、すぐ「いいよ」とにっこりしていってくれました。おかあさんはすわってぼくをひざにのせて、りょう手でぎゅうとだきしめてくれました。おかあさんのからだはぬくかったです。だっこしてもらっていたら、ぼくのからだもぬくくなりました。ぼくが「おうちの人みんなにだっこしてもらわんといけん」といったら、おかあさんがちっちゃいばあちゃんに「だっこしてやって」といってくれました。ちっちゃいばあちゃんはわらって「おいで」といってだっこしてくれました。そして「大きゅうなったぇ」といってくれました。つぎは大きいばあちゃんにだっこしてもらいました。大きいばあちゃんはぼくをだっこして「おもとうなったのう」といってくれました。さいごはおとうさんでした。おとうさんはいきなりりょう手でぼくのからだをもちあげて、どうあげをしてくれました。ぼくのからだはくうちゅうにふわっとうかんで、きもちよかったです。おとうさんはぼくをゆっくりおろして、ぎっとだきしめてくれました。おとうさんのからだはぬくかったです。ぼくはまたしてもらいたいとおもいました。だっこのしゅくだいがでたから、かぞくみんなにだっこしてもらいました。さいしょははずかしかったけど、きもちよかったです。だっこのしゅくだい、またでたらいいなとおもいました。とても心温まる話だと思います。3歳までのスキンシップは、その後の人生に与える影響はとても大きなものがあるといいます。他の人間を信頼できるかどうかどうかは、その期間に決まってしまうからです。このことは十分に自覚しておく必要があると思います。最近はメールなどで直接会うことなく要件を済ますことが多くなっています。でもいつまでもそのパターンを繰り返すことは危険だと思います。たまには直接会って話をする。直接会って相手の顔を見る。相手の雰囲気を直接感じるということはとても大切です。森田では直接現地に出向いて、相手に直接会う。自分で実際に状況を掴むことをとても重視しています。実際に相手を見ないで、先入観で判断するということはいただけません。いつまでもそのパターンを繰り返すことは危険だとおもいます。
2018.03.12
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平昌オリンピックで高梨沙羅選手が銅メダルを獲得した。今現在の持てる力を存分に出し切っての結果であった。前回のソチ大会では金メダルの最有力選手であったにもかかわらず 4位に終わっていた。高梨選手はすでに53勝もしているが、最近は外国の女子選手のレベルが上がっており、なかなか勝てなくなってきた。その原因は、外国の選手との体重の差であるという。体重が軽いために、どうしても飛び立つまでにスピードが出ないのだという。そのために、前傾姿勢をとって、空気抵抗を少なくするしか方法がないという。試合後、目標がはっきりしたので、その目標を乗り越えられるように頑張りたいとコメントしていた。高梨沙羅選手は、元来負けず嫌いであり、今後もがむしゃらにその目標を目指していくことであろう。私たち神経質者も、高梨沙羅選手に学んで、常に夢や目標を持って生活して行きたいものである。水谷啓二先生は、次のように言われている。谷川にかかっている丸木橋を渡るとき、下の方を見たら、足がすくんでしまってとても渡れるものではない。こんなときどうすればよいだろうか。向こう岸の1点を見つめながら渡ると、案外すらすらと渡れるものである。サーカスの芸人が綱渡りをする時も、真向こうの1点に目標を定めている。身体はいろいろに動かしても、目だけは必ずその目標を見ているのである。このような場合、もし何か他のことに気を取られて目標から目をそらしたとしたら、たちまち身体のバランスを失い、つい落ちて大怪我をすることにもなる。我々の人生は、あたかも丸木橋渡りや綱渡りをやっているようなものである。神経質の症状のために職業放棄したりする人は、この綱渡りを怖がって家の中に引っ込んでいるようなものである。引っ込んでおれば危険は少ないかもしれないが、なんら社会のお役に立たず、一生を酔生夢死で終わることになる。一生を無意義に過ごすことが嫌であるならば、社会に出て綱渡りをやるほかはない。要は、上手に綱渡りができるようになる工夫をすればよいのである。綱渡りのコツは、目標をハッキリ定めて、それを見つめながら進むことである。われわれの日常生活においても然りで、目標がはっきり定まっておれば、自然のうちに、その人の行動がその目標達成の方向に動くことになる。もっとも、その場合の目標は、具体的で実現可能なものでなくてはならない。(生活の発見誌 2018年2月号 16頁より引用)最初のうちは、大きすぎる目標を持つ必要はない。むしろ日常生活の中で見つけた小さい課題や目標を数多く持つことが大切である。その中で関心や興味、工夫や発見なとが自然に出てくればよいのである。そのうち、それらのうちの一つから大きな夢や目標が見つかれば望外の喜びである。
2018.03.11
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水谷啓二先生のお話である。対人恐怖の人などは、目上の人の前でも平気でいられるようになることを治ることだと思っているが、とんでもないことである。目上の人の前でビクビクするのは当然の人情であって、その気持ちがあってこそ目上の人からも迷惑かられず、好意を寄せられ、引き立てられることができるのである。古語に「君主は親しんで狎れず」と言っているとおりである。私は青年時代、対人恐怖で苦しんでいた頃には、人前で恥ずかしいとか怖いとかいう感情を抹殺しようと思って、随分間違った修行をやったことがある。夏の暑い盛りに学生服の上から、ドテラを着込み、その姿のままで汽車に乗って旅行したことがある。なんのためにそんなことをしたくかといえば、 1つには暑さに耐える練習をすることであり、 1つには他人からジロジロ見られても平気でいられるように、自分を訓練するためであった。また自分のおどおどした、臆病な性格を叩き直そうと思って、わざわざヨタ者に喧嘩を売り、 10人くらいに袋叩きにされたこともある。しかし、年をとるにつれて、このような人前で平気になり、大胆になるための練習は無用、有害であることが分かってきた。私どもは常にビクビク、ハラハラしていることによって、初めて人に迷惑をかけずにすみ、また危険を未然に防ぎ失敗を免れることができるのである。 (生活の発見誌 2018年2月号 15頁より引用) このことに関して、帚木蓬生氏は次のように述べておられます。実生活での平常心とは、 「ハラハラドキドキ」したり、恐ろしがったり、悲しんだり、驚いたり、不安があったりするのが、「平常心の心」なのです。手をいくら延ばしても届かない「平常心」を目標にしていると、これまた毎日が「平常心」を入手するための練習に成り下がります。残るのは不全感と落胆のみです。「平常心」とは、そもそも、当然あるべきはずの心であって、普段の心です。寒かったり、暑がったり、雨の日を嫌だと思ったり、朝早くからの仕事をおっくうがったり、嫌な同僚と一緒の当直を気が重いと感じる心が平常心です。今現在のオロオロする心が「平常心」なのですから、 「不安常住」と「平常心」が同じ現象の表裏と考えても差し支えありません。「不安常住 」、言い換えれば、この平常心の上に立って、日々 「恐怖突入」していく。これが生活の実際です。いたずらに、架空の、ありえない「平常心」などを目指しては、毎日が徒労に終わります。「平常心」は足元にあります。不安の入り混じった「平常心」で、日々を過ごしていく。恐怖心が起これば、恐怖突入していく。この繰り返しが実生活なのです。6年間の臥床生活を強いられた正岡子規にとって、毎日は、いつ死が訪れるか恐れる日々だったに違いありません。死の恐怖の前でおろおろするばかりだったはずです。にもかかわらず、そのおろおろからなる平常心を糧にして、つまり「不安常住」の病床を自分の世界にして、 友人や門弟と会い、健康人にもできないような仕事をし続けたのです。「不安常住」こそ平常心であり、日々 、恐怖突入の連続が、人の真の生活です。(生きる力 森田正馬の15の提言 朝日新聞出版 152頁より引用)どんなに不安、苦痛、恐怖、違和感、不快感などの感情に襲われても、それらを取り除こうと悪戦苦闘することをやめる。また気分本位になってそれらを避けることやめる。そして目の前の仕事や家事などに目を向けて、嫌々仕方なく取り組んでいくという態度を習慣化していくことが大切なのだと思われます。
2018.03.10
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私の知り合いに癌にかかっている人がいる。外科手術で病巣を取り除いた後、現在は、抗がん剤治療を行っている。抗がん剤治療はとても辛い。頭の毛は抜け落ちたという。その人は、離婚しており、仕事をしながら 1人で子供を育てている。その子供も20才を過ぎているが、ずっと引きこもったままだという。まさに八方塞がりのような状態だ。そんな悩みを相談する場所がない。集談会では自分の苦しい胸の内を聞いてもらえるので、心のオアシスのようなものだと言われる。精神的には少し楽になると言われる。集談会には、 「心の安全基地」としての役割があるのだろう。我々はこのような場合気の利いたアドバイスはできないが、どうしたらよいものだろうかと、相手の話をじっと聞いていることが大切だと思う。そういえば正岡子規も脊髄カリエスで大変な日々を過ごしていた。脊髄カリエスとは結核菌が脊髄を蝕み、その膿が皮膚を突き破って出てくるのだという。子規と言う名前は、ホトトギスと言う意味があるそうだ。そのホトトギスは、血を吐くほど泣き続けるという。自分の身に重ね合わせてつけた名前のようだ。正岡子規は34歳で亡くなっているが、それは喀血してからわずか7年後のことだった。最後の3年間は寝たきりの状態であった。最後は寝返りも打てなくなり、体に巻きつけた紐を柱にかけてその紐を引っ張って寝返りをうつという状態であった。子規は痛みと喀血で絶望し、ときには自殺が頭をよぎることもあったが、死の間際まで俳句と随想の創作活動を続けた。ここが普通の人が真似ができないところだ。森田先生も喘息で肺結核だった。そのような状態の中、 57歳の時、九州医学会招待講演に出かけられている。京都の三聖病院に立ち寄った後、福岡、熊本、鹿児島を回っておられる。福岡の講演前は衰弱がはなはだしく、控室では横になって伏せておられたようだ。しかし、講演時間になると、毅然として立ち上がり、最後まで講話を続けられたという。この喘息というのは、息を吸い込んで肺に送ることができないので、すぐに死ぬのではないかという恐怖に陥るのだ。普通の人は病気に打ちひしがれて、講演などは取りやめてしまうだろう。私達は過酷な運命に遭遇すると、投げやりな気持ちになります。何も手につかなくなり、失意のうちに時を過ごすことになる。そんな時は、正岡子規や森田先生の取り組み方が参考になると思う。伊丹先生のところの生きがい療法のがん患者さんは、まさにそのやり方である。私の知っている人はスキルス性の胃ガンで幾つもの内臓を摘出された。マラソンに挑戦しながら生存の限界といわれた5年を通過して、元気に仕事をしておられる。その人以外にもガンを克服した人がいる。生きがいの力をまざまざと見せつけられる思いがする。
2018.03.09
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強迫観念を持ちながら、教師をしている人の話を聞いた。生徒とその親、校長や教頭先生、同僚教師との人間関係が難しいそうだ。もし生まれ変わっても、決して教師という職業は選択したくないといわれていた。私は、教師は専門教科の授業の研究を怠らなければ、勤まるのではないかと思っていた。そんな単純なものではないようだ。部活や生徒指導などの仕事もある。土曜日や日曜日は家でゆっくりしたいにもかかわらず、部活の指導に出なければならない。それよりも、生徒が自分のことをうっとうしいと思っているのではないかと気になる。実際に、生徒が反抗的な態度をとることもある。授業中でも騒いで授業の邪魔をする。自分のことを拒否、無視、否定しているように感じる。そのような生徒に対して、高圧的な態度で、叱りつける先生もいる。 自分にはそのような事は出来ない。そのような力もなく、おびえている。仮に力で押さえつけても、その場は収まるかもしれないが、根本的な解決策にはならないと思う。その後、注意することすらできなってくる。そのうち、問題のある行動に対して、見ざる、聞かざる、言わざるという態度をとるようになる。次第に生徒との人間関係がぎくしゃくしてくる。また校長や教頭先生から、 「生徒指導をきちんとしてください。大学出たての先生の方がまだマシだ」などと言われる。毎日針のむしろに座らされているような気持ちになる。今や袋小路に追い詰められて打開策が見出せない。退職したいがその後の生活のことを考えると決心できない。この問題を森田理論で考えてみよう。この先生は生徒を自由自在にコントロールできると考えているのではなかろうか。またしなければならないと考えているのではなかろうか。生徒の前ではいつも堂々としていなければならない。立派な先生だとみられなければならない。生徒になめられることがあってはならない。しかし現実は自分の思いとは反対のことばかり起こる。その結果、自分と生徒の関係が対立し、しかも意識や注意が自己内省的に働いて、やることなすことが、悪循環に陥っている。森田でいう思想の矛盾に陥っているのだ。森田理論はこの問題の解決策を提示できると思う。真剣に学習に取り組んでもらいたいものだ。「かくあるべし」で凝りかたまっている自分を自覚し、事実本位・物事本位の立場に立つ必要がある。森田理論学習を積み重ねて、生徒や親、管理職、同僚などとの人間関係に応用できるようにしてもらいたいものである。次に私の体験した話をしてみたい。それは教師としての自分の目標をはっきりとさせたほうがよいのではないかということだ。私が昔社会保険労務士を目指していた頃、専門学校に通った。そこに熱血教師がいた。70代の先生だったが、燃えるような情熱を持った先生であった。その先生は、毎年約30名の合格者を出すことを目標にしていた。その目的達成のためには、手段を選ばないというやり方だった。例えば、授業に集中していない受講者を見つけると、チョークを投げつける。テキスト破ったこともある。これは前回の講義のときに、テキストはバラバラにして2穴のファイルに閉じこんでくるように指示していたのに、その指示を無視した受講者に対して、とっさにとった行為であった。講義内容は、カセットテープに録音し、通勤途中は常にそれを聞くように指示されていた。また、自宅ファックスにたびたび問題を送り付けて、回答をさせられた。生活指導の面でも細かい注意点を常に指示されていた。爪をきちんと切っているかどうかまで点検していた。普通に考えれば、腹が立つほど理不尽なことを連発する先生だった。しかし不思議にも、その先生の指導に対して、反発する人は滅多にいなかった。その年も32名の合格者を出して、先生は合格者全員を「カニ通」に集めて自腹で祝賀会をしてくれた。その後、我々は感謝の意味を込めて、毎年1回は先生を呼んで親睦会を開いていた。この先生は、生徒と良好な人間関係を築くにはどうしたらよいかとは考えていないようだった。自分のはっきりとした目標を持って、それを達成するために、どのように受講者を鼓舞していったらよいのかを常に工夫をされていた。持てる情熱をすべて注ぎ込むつもりで指導に当たられていた。その態度は受講者の心に届いていたのだ。どんなに問題行動を起こそうと、その先生にどこまでもついていこうとという気持ちになっていた。森田先生は入院患者に神経症を治し、人生観を確立させてあげたいという強い目標を持っておられた。その目的のために、入院患者を叱責されたりすることは度々あったが、それが障害とはならなかった。むしろ退院した後、森田先生に叱られたことを懐かしく思い出している。ますます入院患者の先生に対する思慕の念は深まっていったのである。ここから学ぶべき点は多いと思う。
2018.03.08
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大原健士郎先生は神経症とうつ病の人の違いについて次のように説明されている。・診察の場面では、一般に神経症の人は自分の悩みや症状を話し出すと1時間でも2時間でも話し続ける。うつ病の人は青白い顔をして、質問に対しても、小声でぼそぼそと答える。神経症の人はエネルギーはたっぷりやるが、うつ病の人はエネルギーを消耗をし尽くしたような感じである。・神経症の人は元気が良いので、北海道や四国などといった遠方からでも浜松医科大学病院を訪れる。うつ病の人は消耗しきっているので、静岡あたりから訪れるのが限度である。・神経症の不眠は、その多くは入眠困難で、実際にはよく寝ている。夜眠れないからといって、昼寝をしたり、夕食を済ませるとすぐに寝床にもぐり込んだりする人がいる。うつ病になると、不眠は必発症状といってよいくらいよく見られる。不眠の型は早朝覚醒型で、 2 、 3時間もとろとろ眠ったかと思うと、夜中に目が覚めて、その後は一睡もできずに七転八倒の苦しみを味わう人が多い。神経症で、不眠の人は大騒ぎをして周囲の人を起こしにかかるが、うつ病で不眠になった人は周囲の人に迷惑がかからないようにそっと寝床から抜け出して、夜が明けるまで書斎で時を過ごしたりする。・神経症は訴えは多いが、病像はそれほど深刻ではなく、しばしば自殺を口にしても、実行に移す事は少ない。神経症の人は、死にたいなどと、本心から思っている人は極めて稀で、長生きしたくてジタバタしているのである。これに対してうつ病では、大騒ぎをしないで自殺に直行していく傾向がある。・神経症の人で食欲不振を訴えることがあるが、訴えほど体重の減少は認められない。よく注意して観察していると、食欲がないからといって、間食したりしていることが多い。うつ病の人は、食欲が著しく減退し、それとともに体重は1ヶ月で10キロも20キロも減少することがある。・うつ病の人は1日のうちに、気分はガラガラと変化する。これを気分の日内変動という。また、うつ病の人は自由浮動性の不安と言って、特別な理由もないのに急に不安感に襲われることもある。この状態は突然出現し、すぐに消えるが、 1日のうちにしばしば出現することがある。神経症の人はそのようなことはない。その代わりに、いつもカラッと晴れあがった気分にならず、常にうす雲が張っている感じである。・うつ病はしばしば再発を繰り返すことが多い。神経症はダラダラと長い経過をとる。・重症のうつ病になると、色々な妄想が起きてくる。妄想では、関係被害妄想、心気妄想、貧困妄想、罪責妄想などが見られる。神経症では妄想を示す事はない。・うつ病は悪くなると、思考も行動もテンポが鈍くなり、ちょっと見ると痴呆のような状態になることがある。症状はさらに悪くなると、昏迷状態といって、ただ横になっているだけの状態になることがある。神経症ではこのような状態になることはない。・うつ病には抗うつ剤が効果的である。神経症には抗うつ剤は無効である。不安の強い神経症には鎮静剤が効く場合がある。しかし、一般的に言って、うつ病の治療の主役は抗うつ剤であり、神経症では精神療法が中心になる。・神経症もうつ病も、性格はもともと真面目人間であることが多い。そのため、学校の成績も会社での勤務ぶりもよくて、病気にさえならなければ指導者的な立場になれる人が多い。ところが神経症は概して自己中心的で、自分本位である。それに比べるとうつ病は、概して自分を犠牲にしても他人に尽くすといった他人本位の性格が目立つ。そのため、周囲の人たちからは敬愛されている。同じ立場の神経症の人とうつ病の人が争いを起こすと、どちらかと言うと自己主張が強く、意地の悪い神経症は勝つことが多い。うつ病は自己主張せず、相手に譲る気持ちが強いのである。・素人目にみると、神経症もうつ病も同じように憂鬱そうに見えるが、客観的な尺度として心理テストを施行してみると、うつ病では情緒不安定が明らかに見られる。これに対して、神経症は訴えは多いが、抑うつも、気分易変も大したことがない場合が多い。うつ病の初期には、神経症と区別がつかない場合が少なからずある。その場合には、治療者はうつ病を想定しながら経過を見ていくのが普通である。そのほうが失敗が少ないからである。(不安と憂うつの精神病理 大原健士郎 講談社 35頁から40頁より引用)
2018.03.07
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水谷啓二先生は仕事の能率を上げるために最も重要なこととして、次のようなこと挙げられている。・すぐに手を出すこと。それも気楽にやれるやさしい仕事から始めること。目についたやるべきことを片っ端から尻軽に手を出していくのである。その際、普段から問題点や課題を見つけると、メモ帳やスマートフォンなどに記録しておくことが有効になる。できるだけ多くのストックをためるという意識を持っておくべきである。その他に川柳やユーモア小話のネタも書くようになればしめたものである。やるべき課題があらかじめ分かっていれば、行動しやすい。やりやすいものからどんどんかたずけていくのである。その際、100%完全は目指さないほうがよい。6割7割を目標にするぐらいがよい。・ 1つの仕事に疲れたら、仕事を転換することである。ひとつの仕事を長時間続けていると、疲れてくる。また緊張感がが薄れて集中力がなくなる。それを防ぐためには、 1つの仕事に長時間時間をかけないことである。例えば、時間を30分ごとに区切って次から次へと仕事を変えていくのである。新しい仕事に向かえば、緊張感が蘇り、疲れた部分を休ませることができる。頭を使う仕事が続けば、体を動かす仕事を取り入れるなどである。・同時に2つ、3つの仕事をすることである。我々の注意力は、その本来性として多角的に働くものであるから 、いくつかの仕事を同時に、いくつかの仕事を同時に、並行的に進めることができる。飯炊きをしながら本を読み、電気洗濯機をかけ、玄関にも注意するといった具合である。森田先生は夕食をとりながら話をし、新聞に目を通し、看護婦に指示をされるという風であった。観念的に考えると、1つのことに集中していたほうが仕事がはかどるように思いがちである。それは認識の誤りである。無所住心の態度で生活していると、周囲の目につくことが気になる。いわゆる雑念が発生する。雑念を取り去ろうと格闘を始めると神経症になる。雑念を受け入れながら、目の前の仕事に取り組むという姿勢を維持することが大切だといわれているのである。雑念を毛嫌いして、目の前の仕事に集中しなければならないと思うと思想の矛盾に陥るのだ。
2018.03.06
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森田先生は「煩悩即菩提」 「煩悩即涅槃」 「煩悩即離脱」 「雑念即無想」 「苦即楽」 「努力即幸福」 「幸即不幸」 「諸行無常即安心立命」などという言葉を使われました。ここで「即」という意味について考えてみたいと思います。「すぐに」とか「ただちに」とかいう言葉が思い浮かびます。それから発展して、 「とりもなおさず」という意味も持つようになりました。「とりもなおさず」は、 「それがそのまま」という意味です。数学で使う=の等号記号ともみなせます。これらの言葉は、まるっきり反対の言葉を並べて対比させています。反対語ですが、「即」という言葉によって、それらは反対ではなく同じことを意味していると言っているのです。ちょうどコインの表と裏のように、同一事象のことを見る角度を違えて表現しているのだといっているのです。でもそうは言われましても、どうも納得できないと思われる人が多いのではないでしょうか。具体的に「努力即幸福」という言葉について見てみましょう。努力して勉強するということは、しんどいことです。また新しい事に取り組んで、困難なことに挑戦することはエネルギーと勇気がいります。現状に特段不平不満がなければ、そんなことに手をつけないで、現状維持がよいように思います。また嫌なことが予想される場合も、何もしないことが幸福につながると考えがちです。しかし、この言葉は、努力すれば幸福になれる。努力を放棄すれば幸福になれないと言っているのです。気分本位にならず、目の前の課題に対してイヤイヤ仕方なしに手を付けていくことが、すなわち幸福なのだと言われているのです。努力するプロセスや過程が幸福な人生を送っているということなのです。森田理論でいう「生の欲望の発揮」に向かって努力している状態はとりもなおさず幸福な状態です。目標としているものが完成したとか、達成できたというのは二の次のことです。結果論です。結果が良かったから、今が幸せであるという考え方は短絡的です。努力している過程そのものが、すなわち幸福という状態です。次に「雑念即無想」という言葉について考えてみましょう。森田先生曰く。「僕は今君の診察をしている。一方では庭で作業している患者が見える。あの作業は間違っていないかということも気になる。机の上の雑誌も気になる。看護婦のことも気になる。少なくとも3つや4つのことを気にしながら君を診察しているのだ。これが雑念でなくて何なんだ。常に3つや4つのことに心が動いているのだ」森田先生は、雑念を邪魔者扱いされてはいないのだ。雑念を素直に受け入れて、多方面に神経が働き、流動・変化しているのである。これを森田では「無所住心」という。雑念にとらわれることなく、雑念が発生することを自然に受け入れるという態度になると、神経症的な悩みで苦しむということはなくなる。一つのことに注意が集中してしまうと、周囲のことがおろそかになる。一つのことに神経を集中させる方が、うまくいくように思うかもしれないが、実態は逆になってしまうのである。様々なことにとらわれながら、緊張状態や弛緩状態を繰り返しながら生きているというのが実態である。
2018.03.05
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子供が無理なダダッ子をいって泣く時に、どうすれば、これをやめさせることができるかと、判断ができず、見込みが立たないで、迷いながら見つめていると、いつの間にか子供が泣きやむ。こちらで解決の出来ぬうちに、子どもの方で自然に解決がつき、泣く時に対する最も正しき手段も、自らわかってくるのである。教育のない親、さては教育のありすぎる母など、でたらめにほめたり、叱ったりする。子どもは決して思う通りにならない。あまり自分の考えどおりにしようとするから、少しも子供の心理を観察することができないのである。(森田全集第5巻 323ページより引用)この間、 5つになる女の子熱海に連れて行ったが、感冒で熱が38度あまりも出たことがある。機嫌が悪くて、いろいろ駄々っ子をいう。寝ていなくてはならないといっても、 「抱っこ」と言って泣く。抱っこしてやれば、今度は、 「外へ行く、外へ行く」という。熱があって気持ちが悪いから、風に当たればよかろうと、子供ながらに考えるのでしょう。考えてみると、大人もこんな風で、いくらも違わないようだ。少し分けのわかった母親は、子供の駄々っ子は、いい加減にあしらって静かに寝かせておくが、気の軽い親は別に深い思慮も何もなく、子供のねだるままに、なんでもその思い通りにしてやって、決して病のためにはよくない。(森田全集第5巻 459ページより引用)これは子供が不快な気持ちを、親の力を借りてなんとかすぐにスッキリと解消したいのである。これは子供だけに限らず大人にもある。森田理論では気分本位な行動と言っている。不安、恐怖、違和感、不快感などが沸き起こってきたとき、それらを短絡的に取り除こうとするやり方である。気分本位が習慣化されると、イヤな気持ちを持ちこたえることができなくなってしまう。気分本位な人は、刹那的、本能的な欲望を見境なく追い求めるようになる。またしんどいことや面倒なこと、努力することを簡単に放棄して逃げてしまう。そして後で暇を持て余して、罪悪感や自己否定で何とも言えない気持ちになる。そういう行動パターンが習慣になってしまうと、目の前の問題や課題に目を向けることがなくなる。本来は、どうすることもできない不安や恐怖はそのまま抱えて、 「生の欲望の発揮」に注意や意識を向けていくことが大切なのだが、気分本位の行動の習慣化によって、その道が閉ざされてしまうのである。さて、子供や自分の周りの人が、気分本位な態度を見せたときはどうするのか。森田先生は子供の場合は、いい加減にあしらっておけばよいと言われている。気分本位な態度に同調したり、慰めて励ましたりなどしてはいけないのである。大人でも、気分本位になり、朝起きや気の進まない行動を起こすことをためらうことがある。そういう時に、「気分本位はダメです」とかくあるべしを押し付けたくなる。それは一害あって一利なしだ。ぐっと我慢することである。ましてや相手の態度に同情してはならない。気分本位な相手の態度を見て、どうしたらよいだろうかと工夫し気を揉んで、見守っていればよい。そうすれば時間が経過すると、気分本位の感情が流れて、相手のほうが勝手に折り合いをつけて収まってくることが多い。営業などの仕事をやっている人は、人が見ていないからといって仕事をサボることがある。気分本位な仕事ぶりである。そういう人は営業成績が振るわない。上司からガミガミ言われて、本人も相当苦しんでいるが、サボるのが習慣になっているために、自分ではどうすることもできないのである。私の経験からいっても、サボるのが習慣になってしまうと、自分1人の力ではどうすることもできない。この場合、気分本位はよくないと言って、本人にこんこんと説教したりして改善を求めても、気分本位が習慣になっているので何ら効果が発揮できない。そういう時は、私の経験からすれば、同行営業に切り替えてあげることが大切である。そうすれば他人の目があるので、サボることができなくなる。つまり、気分本位の行動が是正されてくるのである。これは説教するのではなく、相手に寄り添って一緒に仕事をしているだけである。その方が会社にとっても、本人にとってもメリットが大きい。とにかく気分本位の行動は、生の欲望の発揮を蚊帳の外に置いて、自分や相手の将来を閉塞させてしまうという自覚を持って生活することが大切だと思う。神経症の人も、気分本位な行動を繰り返す自分自身に対して愛想をつかしている人もいるだろう。そういう人は、まず気分本位な行動が習慣化しているのだと自覚する必要がある。それはもはや自分の力だけでは修正不可能な状態に陥っているのである。そういう場合は、集談会に参加する先輩会員の力を借りて少しずつ修正していくことが大切だと思う。アドバイスや日記指導をしてもらい、早く気分本位の習慣から抜け出すことが大事である。とくかく自分一人で孤立してしまうと、いつも気分に流されて生きづらさが拡大してしまう。
2018.03.04
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元浜松医科大学の大原健士郎先生は、ネオ・森田セラピーを提唱されていた。これは従来の森田療法に他の療法を組み合わせることによって、神経症の治療に当たる方法である。大原先生は、家族療法を組み合わされておられた。その他にも、絵画療法、音楽療法、レクリエーション療法、スポーツ療法、作業療法を拡大しての農園療法などがある。大原先生は精神分裂病、躁うつ病、アルコールや薬物依存者、臨死患者などの人たちに対して、森田療法が応用できるかどうかを模索してみたそうだ。これらの患者は、もちろん森田原法だけでは効果が期待できない。神経症の患者さんでも、最近は生の欲望があまり感じられない人が増えてきた。生命力が感じられない、あるいは自我の確立がなされていない人が増えてきた。こういう人たちに、いきなり森田療法を適用するよりも、他の療法と組み合わせたほうがよい効果を上げることができる。各種の薬剤や物理的療法を施行し、症状が沈静化してくると、意外に森田療法的アプローチが奏効するのである。(不安と憂うつの精神病理 大原健士郎 講談社 88ページより引用)現在ではマインドフルネス、内観療法、生きがい療法を森田療法に組み合わせている例もある。僧侶であり、臨床心理士の大住誠さんは、箱庭療法と森田療法を組み合わせて神経症、境界例、解離性障害などの治療に取り組まれている。大住さんは、瞑想的箱庭療法に取り組まれているのが特徴的である。箱庭療法とは1メートル四方の砂箱に人間、動物、空想上の怪物、家屋等ミニチュアのアイテムを用いて、患者が内的世界を自己表現することで、自然治癒力が高まり、症状が見直されていく遊戯療法です。瞑想的というのは、箱庭療法に取り組んでいる患者さんに深く入り込んで情緒的交流を持たないということです。そういうことをすると、ときには治療者と患者との間に依存関係が作られてしまいます。場合によっては支配的な関係にさえなります。その関係性が患者さんのパーソナリティーによっては、結果的に病の温床とすらなります。大住さんは、瞑想的箱庭療法は入院森田療法で行われる絶対臥褥療法的な意味があると言われる。箱庭療法を行うと、今まで症状を取り去ろうとしていた気持ちが薄れて、 「どうにでもなれ」という境地、 「治る。治らない」ということがどうでもよくなり、症状をそのままに放置できるようになります。そうすれば後は自然に身体が自由に動くようになります。言い換えれば、不安と共存することによって患者さん自身が「本当の自分」に出会っていくことができるようになります。自然治癒力が賦活化してくるのです。これは森田療法で言うあるがままの体得と生の欲望の発揮につながるものだと思われます。詳しい事は、「うつは、治す努力をやめれば治る」(箱庭療法と森田療法の併用の事例と実践)に7つの具体的事例とともに、理論が紹介されていますので、ご参照願います。
2018.03.03
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先日のプロフェッショナル仕事の流儀は、今年の干支にちなんで犬の話だった。その中で、中村信哉さんという犬の訓練士の人の話があった。以前は警察犬の訓練士をされていた。飼い主の元で飼われた犬が、飼い主を噛んだり、他の人が聞いたら虐待しているのではないかと思うような鳴き声をあげたり、大暴れする様になった犬を訓練して矯正させ、元の飼い主の元に送り届ける仕事をされている。もし中村さんのところへ行くことができないと、ほとんどの犬は殺処分として処理されているという。その数、年間4,000頭に上るという。問題行動を起こしている犬は、遺伝的なものもあるが、ほとんどは飼い主の飼い方にあるという。強いしつけをして、常に叱られて育った犬や誉めるばかりで過保護に育てられた犬などが問題を起こすようになる。つまり両極端に偏って育てられた犬である。人間もそうであるが、犬もいつも飼い主が犬に寄り添い、しつけをしたり誉めたりバランスのとれた育て方が必要なのである。そんな問題行動をする犬を常時100頭ぐらい受け入れて訓練をされている。朝は5時に起して運動と排便をさせる。規則正しい生活を身につけさせているのだ。8時から食事をとらせる。ここにやってきた犬はわがまま放題の犬である。特にその本能が掻き立てられ、押さえられないのが、この食事の時間である。この時に、我慢することと好き勝手をさせないというしつけを行う。これは徹底して訓練されている。餌を与える前に、 「伏せ」と指示して前足をひざまずかせる。それができるまでは餌を与えない。その時にギャンギャン吠えまくる犬は、竹の棒でで叩く。そのような訓練を1年余も続けていると、 8割の犬は飼い主の指示に従うようになる。でも2割の犬は社会復帰できず、訓練は断念することになる。しかし中村さんは、そういった犬を全て引き取って、亡くなるまで面倒をみているという。誰でも出来る事ではない。それだけの覚悟を持って取り組んでおられるのだ。私たちは森田理論によって欲望と不安のバランスを取ることの必要性を学んでいる。欲望の暴走も不安にとりつかれることも極端な方向に向かうことは破滅を招く。これは犬の育て方や子供の育て方にも言えることなのだということがよくわかる。次に、規則正しい生活を続けるということの重要性についても指摘されているような気がする。平凡な生活を毎日継続していくことが生きる土台となる。そして、神経症の蟻地獄に落ち込んだ場合でも、きちんとした森田療法によって克服できる。さらに森田理論の神経質性格の活かし方や人生観を確立していけば、再び社会に適応することができるようになるのである。神経質者は森田理論学習によって人生観を確立するようにしたほうがよい。
2018.03.02
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親鸞聖人の言葉に、 「善人なおもって往生をとぐ、いわんや悪人をや」というのがあります。悪人正機説と言われていますが、一般の人には何を言われているのか、ほとんどわかりません。私たちは悪人と言われると、重大な犯罪を犯したような人、私利私欲に駆られて人を蹴落としていくような人を連想するのではないでしょうか。一方、善人と言われると、自分のことは後回しにして、世のため人のために尽くすような人を思い浮かべるのではないでしょうか。親鸞さんが言われている、善人や悪人はそのような人を言うのではありません。親鸞さんの研究をされている山崎龍明さんは次のように言われています。 (親鸞!感動の人生学 山崎龍明 中経出版 104ページより引用)親鸞さんの言う善人とは、現代では、学歴や知識、教養、あるいは社会的地位などなどによって、この現実を生きようとしている人々のことです。自己の努力によって、つまり知識、教養、社会的地位、また金銭などによって人間は幸せになれる、と考えている人々を親鸞さんは善人と言っているようです。いわば、 自分の可能性を信じて、夢や目標の達成のために努力精進している人です。どんなにに困難な壁が立ち塞がろうとも、「自力」で運命を切り開いていく能力やエネルギーを持った人です。周りを見渡すと、世の中で成功した人たちは、みんなそのような人たちです。そのような人たちのことを親鸞聖人は善人、言い換えれば「自力の人」といわれています。一方悪人というのは、その日その日を生きていくことが精一杯で、大きな夢や目標を見失っているような人です。そういう人たちは、普段の生活の中で悩みや苦悩をたくさん抱えてのたうちまわっています。親鸞聖人は、仏様というのは、そういう人たちを救うために存在しているのだと言われています。善人は努力即幸福という生活態度が身に付いている。そういう人は、人生を謳歌しており、苦労はあっても、生きていることが楽しいし充実感を持っている。そういう人に対して、仏様としては何も救う必要はない。善人はその方向で生きていけばもともと救われる存在である。あえて言えば、欲望が暴走しないように、不安を活用して、欲望を制御しながら、生の欲望の発揮に邁進していけばよいのである。悪人の場合は、日々の生活の中で生きる意味や楽しみを見出すことができないでいる。仏様はそういう人にこそ焦点を当てて、なんとか救い出そうとされているのである。それでは悪人の場合はどうすれば、救われるのかと言えば、理想主義や完璧主義ではどうすることもできないと自覚することである。そしてどうにもならない現実に根を張って生きていくことである。森田で言うところの、理想主義、完全主義を放棄して、現実、現状、事実にしっかりと根を張って、事実本位・物事本位で生活していく事をすすめられているのである。くじけそうになったときは仏様にすがればよい。そうすれば必ず救ってあげますといわれている。そういう意味で運命を切り開いていくという自力思想ではなく、事実を重視する他力思想を説明されている。私はくじけそうになったときは、森田理論にすがればよいと考えています。「かくあるべし」を少なくして、事実本位に生きていくという意味では、森田理論と同じことの裏表を説明されているのだ。善人の生き方がよいとか、悪人の生き方がよいとかいう問題ではない。悪人の生き方をきちんと踏まえたうえで、善人のような生き方を目指すべきであると考える。私は森田理論を学習し、実践していけば、親鸞さんの言う善人にもなれるし、悪人にもなれると考える。つまり生の欲望の発揮を前面に押し出していけば善人になれる。事実本位・物事本位を徹底して実践すれば、悪人にもなれる。森田理論にすがっていけば、最終的にはそこに行き着く。それが実現できれば、味わい深い人生を全うすることができると考えているのである。
2018.03.01
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