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とかなんとか言っている間に12月6日に召集された臨時国会が終了した。文通費問題には何も手をつけないで終わった。まあ「もらって当たり前」の「得金」&「オイシイお金」だと思い込んでいる国会議員たちが本気で問題を解決しようとはサラサラ思っていない何よりの証明と言えるだろう。国民はアホやから大みそかとお正月過ぎたら文通費問題なんか忘れるやろう・・・くらいにしか思っていないのだ。本気で何とかする気があれば、もう遠の昔に文通費なんか無くなっているからだ。それとよく考えれば文通費を寄付するっていうのもおかしな話だ!
2021.12.29
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社長が言っていた「得金」とは、感謝の気持ちを持たないお金を意味していた。『悪銭身に付かず』という諺があるが、あれはお金が悪いというわけでは決してない。そのお金を手にしたときのその人の気持ちが、それを悪銭にしてしまうのだ。ではなぜお金に感謝の気持ちを持たなければならないのか!それはズバリ、お金というものは誰かの命の代償であるからだ。現在日本人の平均寿命は約85歳。85年きっちり生きたとして、、、85年を時間で表せば、74万4千600時間だ。つまり日本人は平均で74万4千600時間生きるのだ。日本の1時間当たりの最低賃金の平均は930円。考え易くするためにこれを1000円とすると、1000円というお金は誰かの命の74万4千600分の1となるのだ。誰かの命の長さの74万4千600分の1・・・これが1000円なのだ。だからお金とは誰かの命の代償であると言える。もちろん自分の命の代償でもある。それゆえ、お金の使い方をよく考えないといけないのだ。
2021.12.28
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そんな国会議員の中にも中には最初にこのお金を受け取るときに「ありがたい」と感じた人もいるだろう。しかし人間とは何事にも良くも悪くも慣れてしまう生き物だ。そのうちその「ありがたい」が「当たり前」になってしまって、「あって当然」「もらって当然」となり、挙句には「もらうのが当然の権利」となってしまうことによってその「ありがたさ」が消え去ってしまうのだ。何度も言うが「ありがたい」は「有難い」であって、「本来なら無いもの」「あることが難しいもの」なのだ。それらが「有る」ことへの感謝が「有難い」であって「ありがたい」なのだ。そして「あって当然」「もらって当然」「もらうのが当然の権利」となってしまうと、それが私が若かりし頃お世話になった社長のいうところの「得金」になってしまうのだ。この「得金」を私なりの言葉で表現させてもらうと「おいしいお金」となる。それおいしいわ!何の苦労もなく手に入るお金なんやから・・・。
2021.12.27
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もちろん政治にお金がかかることは重々承知之助だ!必要な費用もあるが、本来の政治を全うする過程では不必要なお金もある。前者は国民や住民のために必要なお金であり、後者は議員自身の保身のために必要なお金だ。そして問題なのは後者のお金には群がってくる連中が存在することだ。議員さん方よ!なんでそいつらとの縁が切らないのよ。理由はひとつでしょうよ。次の選挙に当選するため!でも違うでしょ!あなたが本気で国民や住民のためを思って日々身を粉にして東奔西走しているのであれば、次の選挙の心配なんか要らんのですよ。選挙に当選するための政治をしようとするから、つまりは自分の保身のために政治を利用するから、そんな不必要なお金が大量に必要になってくることぐらい分かるでしょうに!群がる方にとっても、群がられる方にとってもオイシイそのお金の源資をもう少し考えなさいよ。税金ですよ!税金!血税ですよ!血税!
2021.12.26
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「日割り」にして得られる効果は大きく2つある。ひとつは、議員どもへの有権者のバッシングが和らぐこと。もうひとつは、議員どもが今まで通りにオイシイお金にありつけることだ。だってそうでしょうよ!日割りにして減額されるのは、最初のひと月と最後のひと月だけやで。衆議院議員で解散がなく4年の任期を務めた者は48か月在任したことになる。そのうち少しでも減額される可能性があるのが2か月だ。たった2か月だ。あとの46か月は毎月100万円もらえるわけだ。つまりは総額4600万円ものお金を領収書も無くじゃぶじゃぶ使えるわけだ。言うとくけど我々の税金をだ!これが参議院議員になると6年続くのだ。参議院は解散がないから♪マルマルモリモリみんな食べるよ♪状態だ。言うとくけど我々の税金やで。6年は72か月。減額される可能性のあるのはたった2か月。つまりは70か月毎月100万円を何にでもジャブジャブ使えるのだ。総額は7000万円でっせ!源資は税金でっせ。それを領収書も無くガンガン使えるんでっせ。そら一般庶民がコロナで自粛・自粛いうて外に出なくなって、飲食店が軒並み閉店に追い込まれてても国会議員のエライさんたちは銀座のクラブで豪遊できるっちゅうねん!金と暇があんねんから。ほんで言い訳が「経済の実態調査です。」やて!もっかい言うで!こんなもんですわ!勉強できるアホいうのんは!残念やけどアホを治す薬はおまへんのやで!お前らに打つワクチンはあらへんねん。お前らはコロナより迷惑やねん。アホにつける薬はないねん。ついでに教えといたるわ!「アホは風邪をひかない」っていう言葉があるねん。あれはな!「アホはアホ過ぎて自分がアホや言うことが理解できへん」いう意味なんじゃ。覚えとけ!分かったらすぐに国会議員やめろ!・・・まあ辞めへんわな・・・お前らに正義なんてないからな。
2021.12.24
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またこの文通費問題に対して国会議員が真剣に話を進めているのが[日割り]案だ!これにも呆れ果てて開いた口が塞がらない。日割りにして何の問題が解決されるか!!だ。解決されるのは有権者からのバッシングで連中は今まで通りにこのオイシイお金を受け取り続けることができるという解決方法であり、つまりは国会議員目線の解決方法である。いや!ちゃうねんて!月の末日のたった1日でも国会議員として在職して、その職務遂行のためにかかった経費なんやったらちゃんと受け取ったらええねん。それが100万円でも200万円でも文句はないねん。領収書がかったら何の文句もないねん。・・・こんなことを言っても頭のいい国会議員の皆さんにはご理解いただけないのだ・・・・・・テストで点数だけとれるバカとはこんなもんだ・・・
2021.12.22
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ただ、国会議員の文通費は不要だと言っているわけではない!必要経費なのであれば私も含めた納税者のほとんどが納得するだろう。文通費(文書通信交通滞在費)の歴史は戦後の1947年から始まる。1947年に「通信費」として月額125円、滞在費として日額40円(月額にすると1200円)から始まり、その後の物価上昇に伴い支給額も増加していった・・・そして現在は月額100万円になっている・・・そこまではいいとしよう。ただ問題なのは、領収書の添付義務がないことだ!つまりは何に使ってもいいのだ。源資が税金なのにだ!次に問題なのは、どの国会議員もどの政党も「国民のために!」とか言っている裏で、国民の税金を喰いものにしてることだ!連中の言動の全ては「国民のため」ではなく「自分の利益のため」であることの何よりの証だ。そして最後に問題にしたいのは、なんで100万円なのか?という点だ。余ったお金は返還の義務がないそうだ。で、今回これが問題になって慌てて「余ったお金は寄付しました。」とかいう国会議員が多いが、我々国民は「どこに寄付したんだか・・・」と大いに疑っている。おそらくは自分または家族・親族が経営する会社とか、税金逃れに使用しているダミー会社とか、・・・あとは「寄付した」こと自体真っ赤なウソで生活費や遊興費に使っていることくらい国民は分かっているのだ。
2021.12.21
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『命の代償』である『お金』を支払ってまで、自分の会社が用意した品物やサービスを購入してくださるからこそ、お客様に感謝の気持ちが湧く・・・その気持ちがあるからこそ、またお客様に喜んでいただけるように仕事をさせてもらう・・・社長はこの循環こそ人の世の社会に必要不可欠なものであると考えていた。しかしながら税金というものはそれを支払ってくれた人たちの顔を思い浮かべるにはかなりの想像力が要るとも社長は考えていた。想像力も何も、道行く人たち全員が支払ってくれたお金だと思えば簡単なのだが、それに気づきもしない連中があまりに多いことを社長は常々嘆いていた。そしてそんな連中の頭にあるのは「ありがたい」でなく「当たり前」だとも言っていた。「ありがたい」を漢字で書くと「有難い」だ。つまりは「あることが難しい」「普通はないこと」に対して「ありがたい」と感じるのだ。が、それが一度でも「当たり前」と感じてしまうともう終わりだ。昨今の国会議員の文通費もまさにそれだ!「もらって当たり前」と思うからこそ何の疑問も浮かばないのだ。「もらって当たり前」=「当たり前に得をする」=「特権を得たことになる」=「その特権を得た状態(既得権益)を守るために政治をする」=「議員のための政治/議員のための国会/議員のための国」になってしまい、有権者なんてただの金ズルであり、金だけでなく選挙になれば票までもってくるバカな奴隷と思ってしまうのだ。
2021.12.20
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社長が言うところの『得金』には大きく分けて2つのお金が存在した。まずはその源資に少しでも税金が絡んでいる可能性があるお金。次は本来見極められるべき価値基準を曖昧に、または全く無力にしてしまう【接待】だった。前者については読んで字の如くだ。だれかの税金で私腹を肥やすことを社長は厳格に嫌った。それがたとえ1円であっても許さない。なぜなら社長は「お金とは何ぞや!」と知っていた人であるからだ。「お金」=「その人の命」・・・これが社長の持論だった。その人が持つ限りある命の時間を労働に費やした代償に得るものがお金なのだ。つまりは「お金」=「命の代償」なのだ。そして税金は、どこの誰だか分からない、顔も名前も知らない人の命の代償なのだ。それを自らの命の代償と等しく引き換えるならいい。ただそのバランスがほんの少しでも崩れていたり、どちらかが一方的に得だけをすることはあってはならないし、許されてはならない・・・これが社長の考えだった。
2021.12.19
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「得金(とくがね)の本質を見極めなさい。」「そして得金には手を付けてはいけません。」私が18のときに働いていた会社の社長がよく私に言ってくれた言葉のひとつだ。この頃の日本はいわゆる『バブル景気』に突入する直前で、世の中にはお金がわんさか出回っていた。そのおよそ10年ほど前から日本は『一億総中流』と言われて、日本国民1億人が自分は中流階級だとの意識をもつような時代に入っていたので、もう好景気の絶好調時代だった。銀行はどんな企業や個人事業主にも、お金を借りてくれ借りてくれと頭を下げて、多くの企業や個人事業主はいわれるままに巨額な資金を借りて、不動産を転がし、「接待」と称して娯楽にお金をまき散らすのが普通だった。夜の繁華街で石を投げれば社長に当たるといわれるほど社長が溢れかえり、やれ外車でないと車じゃないとか、やれゴルフはハワイでないとできないとか、やれブランド品でないと身につける価値はないとか言い出す連中がこれでもかという人数で肩で風を切って、またはホステスのねぇちゃんの肩を抱いて街を闊歩している時代だった。しかし、社長はこの頃の日本の状況を常に冷静に見つめていたのだった。
2021.12.18
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ここ最近・・・またまたというか、毎度のことというか、いろいろとお金に関する問題が浮上してきている。国会議員の文通費(文書通信交通滞在費)のことだったり、日本大学前理事長の背任だったり、、、だ。もう次の世代の皆さんにはこんなアホらしいことを見習ったり引き継いだりしないでもらいたい!『バカな世代のアホなオッサン・オバハンらの汚い社会』と見切りをつけて、よい社会を構築してもらいたい!今回はこの話題に徹したい。
2021.12.17
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「むかし、むかし、」のフレーズから、「法師」にまで話が発展(ある意味飛躍)してしまいましたが・・・このように自らの知識をつなげていろいろ考えると結構知識が深まります!こういうのを『独自の勉強』といいます。学校の課題や宿題で[自主勉強]なんてのが出ている学生諸君は、何か参考書やノートを写すだけでなく、このように知識をつなげて遊んでみてはどうでしょうか?なかなかハマるかもしれませんよ!
2021.12.16
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そしてさらに「法師」といえば、吉田兼好!三大随筆のひとつである『徒然草』の作者です。教科書によっては「吉田兼好」だったり「兼好法師」だったりと記載が2種類あり、中にはどちらでも良いとされている場合も多いです。吉田兼好は後に出家したことから兼好法師とも呼ばれるようになったのですが・・・実は吉田兼好と一般的に呼ばれるようになったのは、彼の死後かなり経った江戸時代以降だそうです。それまでの卜部兼好(うらべのかねよし)と本名で呼ばれていました。『徒然草』は現代を生きる我々の心にも突き刺さる鋭い論評を記しているのですが、なかなか彼の作品を認めない・・・って人たちがいたのも事実なんです。
2021.12.14
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もちろん諸説はあるのですが、ツクツクボウシは元々『法師蝉』と呼ばれていたそうです。あの独特の泣き声が、お経に聞こえるとか、この世の無常を嘆いているように聞こえるとかが原因でそう呼ばれるようになったらしいのです。なのでツクツクボウシに『法師』がつくのは、そのフォルムでなくその鳴き声が原因である可能性が大きいようですね。また『法師』といえば、たま~に学生諸君からある質問の中に、平清盛についてのものがあります。平清盛といえば、武士で唯一太政大臣になった人物として教科書に載っています。1167年のことだったので、覚え方として「平清盛、いい胸(1167)毛」というのが超有名です。で、良く受ける質問は「平清盛は武士なのに、なぜお坊さんの格好をしているのですか。」です。もちろん彼は武士です!いわば当時の武士の棟梁(トップ)です。なのに教科書にはなんか小倉百人一首にでも出てきそうな、しかも新庄 BIG BOSS ばりの高さの後ろ襟を立てた僧侶の格好をしている絵が記載されていることも少なくありません。答えは簡単なんです。あれはファッションです。おしゃれなんです。「もう政治の第一線を退きましたよ~」って意思表示でもあるのですが、実際はその実権を手中にいたままでしたしね。そしてあの服装にしてから、彼は「入道相国(にゅうどうしょうこく)」なんて呼ばれるようになったのです。
2021.12.13
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ちなみに『法師』といえば、ツクツクボウシ…日本では蝉(せみ)は普通「〜ゼミ」といったように最後に蝉がつきます!しかし、なぜツクツクボウシだけは『法師』なんでしょうか?もちろんあの蝉だけが人間のフォルムをしているわけではありません!
2021.12.10
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と、ツッコミを入れたことろで話を終わらせるといいのですが、ここからちょいと深堀りしていきますね。まず、「法師」です。もちろんざっくりと「お坊さん」を意味します。でもちょっと考えてみてください。「一寸法師」以外にも「法師」をつける言葉ってあります。たとえば「影法師」です。ただ「影」を言わないのは、その形を意味したいからなんです。「影法師」とは人間の影のことです。つまり「法師」は『人間の形』『人間の姿』を表現する単語でもあるのです。というわけで、厳密に言えば「一寸法師」は、「小さな人間」または「小さく人間の形をしたもの」という意味になりますね!ということは・・・一寸=約3㎝なので、スケールでいえば1/60くらいのプラモデルについているパイロットなんかのフィギアが一寸法師と同じということにまりますなぁ~、、、あれに針を持たせたら、刀でなく槍になるのでは、、、なんて考えるのは私だけでしょうかねぇ~。またあのサイズの人間がお椀を船にした場合・・・まわりの景色なんて見えませんなぁ~なんて考えるのも私だけでしょうかねぇ~。
2021.12.09
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「一寸」はええですわ!だいたい3㎝くらいです。小さな小人ですよね。まあおとぎ話なので小人もオッケーとしましょう。問題は「法師」ですわ。「法師」ってお坊さんですよね。でもどの絵本を見ても一寸法師は侍の格好をしてませんかい?
2021.12.08
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そして「むかし、むかし、」で始まるおとぎ話や説話について・・・野暮なツッコミをするのは興ざめだ・・・とは分かっていながらも、やはり私が気になるのは『一寸法師』であります。皆さん!何か気になりませんか?
2021.12.07
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また、昔話や説話は、読者に何かを訴えかける性質が多分に含まれています。子どもの頃には気付かなかったその深い含蓄に大人になってから気付く人も少なくまりません。その場合は、子どもの頃に知った物語のどこかがその人の心に引っかかっていて、人生でいろんな経験をしてく上で熟成されていった結果であると考える人もいます。私も同感です。中には人間の自分勝手さや残忍性を露わにしたものだって平気で存在します。子どもの頃にそれを心のどこかに引っ掛けておくことが大切だと古人(いにしえびと)が考えて、物語の中に残してくれたのです。しかし最近ではそれを「子供に読ませるには残酷だ」なんていって、物語の内容を変えてしまったり、物語自体を封印してしまう風潮もありますが、これには私も含めて多くの人が呆れ果てております。
2021.12.06
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「むかし、むかし、」この表現は古文では「今は昔、」とされることが多いです。物語や物語集、説話や説話集で用いられるあまりに有名な導入部分ですね!竹取物語なら、「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり・・・」で始まりますし、今昔物語集のなら、「今は昔、比叡山の西塔に実因僧都と云ふ人ありけり。小松の僧都とぞ云ける。」で始まりますよね。これを現代語訳すると「今となっては昔のことだが、」なんて訳されることも多いですが、別の解釈では「この物語の『今』は『昔』のことですよ、」とされることもあります。後者の意味は「今を生きているあなたも、この物語を読んでいるときは昔に身を置いた気持ちでいでくださいね。」となるとも言われ、読者に物語の中に入り込んでほしいとの思いが込められているなんて説もあります。どこかロマンを感じませんか?
2021.12.05
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[ Long time ago, ] から始まるおとぎ話もあるんですね~、これが。その場合は「これが事実になるように我々生きている人間は心掛けなければならない。」といった逆説的意味が含まれていることがあるのです。反対に、過去の事実を述べるのに[ Once upon a time, ] で始まる物語もあるんですよ!この場合は「今の世の中では考えられないけど、昔はこんなおとぎ話のような、あるいは信じられないことがあったのです。」といった意味を含ませるために用いられるのです。たとえば小説またはそれを原作とした映画があります。『Once upon a time in America』です。知っている人や聞いたことがある人もおわれることでしょう。一度読んでみてください。一度観賞してみてください。その意味を垣間見ることができると思いますよ。
2021.12.04
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調べてみたら、[ Long time ago ] は昔に起きた事実を述べるときに主に用いる表現で、[ Once upon a time ] は寓話というか説話というか、おとぎ話的なストーリーの導入部分に主に用いられるということだったのですが…これをさらに調べていくとおもしろい事実が顔を出して来ます!
2021.12.02
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「むかし、むかし、」と言えば中2の頃の英語の教科書に出てきた物語を思い出します。北斗七星がなぜできたか・・・という外国のお伽話でした。本文は [ Long, long, ago.] から始まっていました。もちろん当時の私と友人たちは「アントニオ猪木か!」とツッコんでいましたが!よく考えれば、映画『スターウォーズ』のオープニングテロップも [ Long, long, ago.] ではじまっていたので、あながちバカにできへんぞ・・・なんて騒いでいたことも懐かしい思い出です。教科書によっては [ Long time ago.] ではじまるバージョンも存在することを知ったのはそのかなり後でした。そして高校時代には [ Once upon a time.] なんて表現も出てきたので、なんかかっこええやん!と思った私でもあったのでした。
2021.12.01
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