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当時彼らが住んでいた家は二階建てで、階段を上がった東側と西側に1つずつ部屋があった。このとき三男は西側の子供部屋にいた。そこを出て階段から1階に降りようとしていたときに次男につかみかかられた。次男は右手で三男の髪の毛を掴んで下に引き下げ、右手でズボンのベルトあたりをもって東側の部屋に放り投げた。幼い頃のように階段の下に突き落とされるのかと思っていた三男には意外だった。東側の部屋で2回転ほど転げてしまった瞬間に手から離してしまった本を次男は拾いあげて三男に投げつける。「弱いくせに!」「偉そうにしやがって!」「ウジ虫のくせに!」といつものように歯を噛みしめたまま叫びながらだ。本を投げつけながらもなんとか立ち上がった三男に次男の前蹴りが入る。その頃の次男の身長は180㎝ほどあり、三男は160㎝ほどだった。蹴り下ろした次男の右足のかかとが三男の腹部にめり込んだ。もちろんその瞬間も次男は「弱いくせに!」と歯を噛みしめたまま叫んでいる。「うげ」と「うご」の中間音のような声が出たと同時に吐き気が三男を襲い、瞬時に口からは信じられない量のよだれというか水を吹き出してしまった。蹴られた腹部を押さえながら真後ろに叩きつけられた三男は受け身を取ることもできずに背中と後頭部をしこたま床に打ち付けた。そして身体全体が1度バウンドするのを感じた。そのとき口から出たよだれというか水が顔にかかり目にも入った。それでも三男は目を閉じなかった。次に次男が何をしてくるのかを見ておけば何らかの対策ができるからだ。暴力をふるわれているときは目を閉じない!長きにわたる次男からの迫害を受けてきた三男が身につけた自己防衛術のひとつだった。
2021.08.31
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1か月ほどの時間が過ぎて3月になった。三男は公立高校の入試の前日をむかえていた。中学校は明日の入試に備えて授業は午前中だけだった。三男はだれもいない家に帰ってきた。同じく公立高校2年生だった次男も入試の影響で午前中授業だったので帰宅してきた。三男は勉強をしていた。この日ばかりは何があっても家にいようと決めていた。私立入試のときのようなみじめな思いはしたくなかったからだ。机に向かっている三男の姿を見た次男はいつものように、そしてあのときのように「あちょぼ~、あちょぼ~」と言い出した。三男は「今日こそ家にいさせてくれ。」と言った。次男は「何や、弱いくせに。もういっぺん言うてみろ」とこたえた。三男は「今日くらいは家で勉強させてくれ。」と返した。この1か月ほどの期間に三男は散々次男の「あちょぼ~」につき合った。何らかのゲームで遊んでは負けて罵倒され、外でキャッチボール等をさせられた後は勉強もせずに遊んだとしつこく怒られてきた。それを続ければせめて公立高校入試日の前日くらいは見逃してくれるだろうと三男は考えていた。三男はこれまでに様々な迫害を受けてきたが、まだ次男のどこかにほんの少しでも人間性があると思っていたのだ。しかし、当然その考え自体が甘かった。次男は私立入試の前日とは違って、このときはいきなりかかってはこなかった。「お前、弱いくせにそんなこと俺に言うててええんか。」「俺に一人前の口をきいてええんか。」「どうなるか分かって言うてんのか。」などとしつこく言葉を続けた。うるさくて勉強ができなかったので、三男は何冊かの本と筆記用具をもって部屋を出ようとした。部屋に出入り口はひとつしかなく、三男は入り口付近にいる次男の横を通ろうとした。そのときだった。次男がいきなり三男につかみかかった。
2021.08.30
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夕方暗くなって帰宅した。日が沈んだ2月の屋外は寒さがさらに厳しかった。しかし三男は確実に母親が帰宅している時間をねらった。家に近づくと台所に電気がついていて換気扇も回っていた。母だ。彼は自転車をいつものところに止めた。思えば小学1年の夏にここで石を落とされて血だらけになってことを思い出した。玄関の鍵は開いていた。家に入るとすぐに次男が部屋から顔を出した。「この寒いのにどこ行っててん。明日の入試大丈夫か?」満面の笑みを浮かべながら次男は言った。暴力で攻撃することはできなかったが、入試の前日に寒空の中を薄着で家から追い出せたことに満足していたのだ。母親は次男のその言葉と三男の状況からだいたい何が起こったかを察した。このころにはもう母親も次男の異常性に気付いていた。長男が家を出て4年になろうとしていたので、次男は日常的に母にも突っかかっていくことが多くなっていた。さすがに異常者といえども母親に暴力をふるうことは無かった。しかし言葉の暴力は激しかった。母親は三男の姿を見てすぐに温かい飲み物を手渡しながら「すまんかったな。」と言った。でも三男には母親が悪いのではないことは重々承知していたので「いつものことやわ。」と返事をした。翌朝、いつもよりかなり早い時間に家を出る三男に次男は「おい、試験がんばってこいよ。」と声をかけた。三男は吐き気を覚えた。その10日後・・・私立高校から合格通知が届いた。母親は本当に喜んだ。次男は無言だった。不合格の三男を罵倒する機会を逸したからだ。
2021.08.29
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見つけたのは屋上遊園地に上がるための階段通路の横にあるベンチだった。普通屋上にあがるのにエレベーターを使う人がほとんどなので、この階段を使う人は少なかった。それでもやはり屋上に続く通路である。ときとして身を切るような寒い空気が吹き抜けた。その度に三男は身震いをした。それでも完全に屋外にいるよりはましだったし、何より暴力をふるわれる心配がない。その場で彼は4時間弱ほどの時間を過ごした。鉛筆も紙もない。漢字の書き方は指で自分の膝の上に字を書いて覚えた。そうしながらも彼はふと思った。今この時点で明日に入試を迎えた中3生の中で、家を追い出されて薄着で寒い場所でなけなしのお金でかった漢字の本で素手で勉強している人間はいうのだろうか・・・と。そんな思いが頭をよぎるたびに彼は「絶対自分だけではないはず」と考えることにした。もし自分だけだとしたら・・・こんな悲しいことはないからだ。
2021.08.28
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自転車に乗って家を出たがとにかく寒かった。だれか友達の家に行こうかとも思ったが、入試の前日の寒い日にこんな軽装で訪問するのもなんだが嫌な感じに思えたので、30分ほどかけて大型スーパーに向かった。寒いので速く自転車をこぐと風が身体に当たって寒い。かといってゆっくりこいでも寒い。寒さと戦いながらなんとか目的地に到着した。店内には入ったがやはり軽装過ぎてまわりの人たちから変な目で見られる。せっかく温かい暖房の効いた店内に入ったが、どこにも居場所がない。居場所もないがそれより明日の入試が気になる。数日前に担任の先生に「とにかくあの高校はしっかり漢字を書いてこい!漢字やで!」と言われたことを思いだし、ポケットに手を入れる。300円あった。書店に入り学習参考書のコーナーに行ってみた。300円で買えるような本はないか・・・としばらく探すと『高校入試の漢字』という小さな本を見つけた。290円だった。冷え切った身体に何か温かい飲み物を買いたい気持ちもあったが、迷わずその本を購入した。そして寒くなく人のいない場所を探した。
2021.08.27
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2月の第一週目の平日に三男は私立高校の入試をむかえていた。その前日、彼は学校からまっすぐ帰宅して家にいることにした。少しでも勉強をしておきたかったからだ。机に向かって間もなく次男も帰宅した。次男が翌日に入試が迫った三男をただで置いておくわけはなかった。早速「あちょぼ~、あちょぼ~」と言ってきた。しかしこの日だけはさすがに三男は、「明日が入試やから今日は自由にさせて」と言った。その言葉を聞いた次男は瞬時に怒りが心頭に発した。「なんやと!弱いくせに!偉そうに!このウジ虫が~!!」と大声を上げてむかってくる。三男はこの状況も想定して次男と距離をとって言ったので逃げる時間があり、脱出経路も確保していたので何とか家の外に退避できた。2月の寒い日に暖房の効いた部屋にいたままの軽装で外にでた三男が寒さでそのうち家に入ってくると踏んだ次男は玄関の鍵だけを開けて、他の入り口は施錠して、玄関付近で待ち構えている。「玄関しか開いてないからな~。お前はここから入ってくるしかないぞ~。覚悟しとけよ~。弱いくせに偉そうに言いやがって~ウジ虫が~!!」と声が聞こえているので間違いなかった。玄関には金属バットや父のゴルフクラブもあった。次男がそれを使って自分に容赦のない暴力をふるうことも間違いなかった。三男は自転車をみてみた。全ての自転車には鍵がかかっていたが、幸運なことに母の自転車だけには鍵がついていた。三男はその母の自転車に乗って家を離れることにした。
2021.08.26
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それから様々なことを経て、三男は中3生となった。部活も引退して受験生になってからがまた次男に無駄な時間を使わされる機会が多くなっていった。特に次男の部活がオフ期間となる冬場が地獄だった。部活がなくて早々に帰宅する次男の「あちょぼ~」がはじまる。何かして遊ばないと暴力をふるわれる。散々時間を費やされて遊び相手になったらなったで、遊びの後で「お前は受験生やのに遊びほうけて勉強をしなかった!」と長時間にわたる説教が待っている。どちらにしても三男には地獄であったが、とにかく暴力を回避することに徹していた彼は常に遊び相手になる方を選択した。外でキャッチボールや簡単な野球をして遊んだのであれば、身体を動かした爽快感から次男は暴力には走らなかった。家の中でゲーム等をしたときは、弟を負かして散々罵倒して侮辱することができるので、やはりその爽快感から暴力には走らなかった。そしてそのどちらであってもその後に説教で三男をさらに罵倒できるので、それに満足して暴力には走らなかった。三男はそんな生活に11月初めから翌年の2月初めまで耐えた。
2021.08.24
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何かされるより何か言われる方がましだと考えた三男の対処術は概ね成功した。その中で一番手を焼いたのは、次男の「あちょぼ~」だった。三男に遊んでほしいときは必ず「あちょぼ~、あちょぼ~」としつこく迫った。三男が同意するまで迫った。三男が同意すると、トランプでも将棋でもボードゲームでもとにかく勝敗のつくものを次男は選んだ。勝って三男を罵倒・侮辱するのが目的だ。ところが三男もまだ子供である。それが分かっていてときには本気を出して勝ってしまうこともあった。そのとき次男は「お願い、もう一回!」としつこく繰り返す。それを拒否し続けると結局暴力をふるわれてしまうので同意せざるを得ない。そして三男が負けるとやはり散々言葉で侮辱することを次男は楽しんだ。こんなことに時間をかけてはいられないと一度三男はさっさと負けてみた。が・・・彼の時間短縮作戦は失敗だった。短時間で三男を負かすことができた次男の喜びは想像以上で、遊びが短時間で済んだ分だけこんどは侮辱の時間が多くなるのであった。このような調子で次男の相手をしなければならない日々が何年も続くことになる。三男にとってこれ程苦痛に満ちた時間は無かった。人の苦痛の上に自らの楽しみを見い出す、、、人の不幸の上に自らの幸福を見い出す、、、クズ人間のテッパンだ。
2021.08.23
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それからしばらくは何とか次男の迫害を回避していた三男だったが、小学6年の春から生活が一変する。長男が進学のために上京しすして家を離れることになったのだ。次男は自分より強いものにはとことん弱い。なので5歳も年上の長男に逆らうことはしない。長男は自分の機嫌が悪いときは平気で三男を殴ることがあったが、もうそれは片手で数えることができる程の回数で、日ごろは陽気な人間だった。なので長男は次男が三男を迫害することを許さなかった。しかしその長男がいなくなるのだ。長男がいなくなることを次男は『天下』と呼んだ。長男が家を出た日から、三男の次男に対する警戒はそれまで以上に厳になった。とにかく自分がバカで弱くて何でも「はいはい」という事を聞いていれば次男はご機嫌だった。それで何とかやり過ごしてはいたので、物理的な直接打撃を与える機会が少なくなった次男は、言葉で三男を迫害して楽しんだ。これも例を挙げればキリがないので、次男の三男に対する呼び名だけ紹介しておく。『ウジ虫!』だ。三男はフジオという名前だった。『お前はウジオや!ウジ虫や!』と言って言葉での虐待を楽しんだ。そのうちそれに『弱いくせに!』が付随することになり、常日頃から『おいウジ虫!弱いくせに!!』と呼んだ。そう呼ぶとき次男は必ず歯を噛みしめた状態で発音した。単語だけでなくその発音でも三男を侮蔑するのだ。たとえば2人でテレビを見ていたとする。三男が笑って楽しんでいたら、必ずCMに入った時点で次男は『おいウジ虫!何笑ろてんねん!弱いくせに!』と歯を噛みしめた状態で侮蔑して悦に入る。もちろん親の前ではそんなことはしない。しかし2人でいる時間には、次男はこれでもかと三男を侮蔑することを常とした。
2021.08.22
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・・・とまあ、こんな感じだ。ひとつひとつのエピソードに触れていくと時間がかかる。だがせっかくなのでここで考えてほしい。もし三男が1年生のとき、あの持ち上げるのに苦労するほどの大きな石が頭に落ちてきて、打ち所が悪かったとしたら、、、もし三男が2年生のとき、池側に弾き飛ばされて二度と水面に上がってこかなったとしたら、、、完全に『事故死』だ。で、だれの責任になるかといえば、やはりまず親だ。そんな高いところに石を上げるのに気付かなかった親の責任。慣れない自転車で子供だけで池の周りを走らせた親の責任。または池の周りにガードレールを設置しなかった地方自治体の責任。そして絶対に責任を問われないのは次男だ。意図的に弟を抹殺しようとした次男は殺し得であり、弟は殺され損だ。子供だけがいる場所での事故死には大いなる闇がある。が、その領域にだれも大人は足を踏みこまない。いや、踏みこまないできた。そろそろ勇気をもってそこに大人の土足でズカズカと踏み込む時期が来ている。子供といえども、「そんなつもりはなかった」と言おうとも、殺人者は殺人者であり、殺人未遂者は殺人未遂者として扱うべきだ。
2021.08.21
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その年の秋だった。古墳の池の水位が異常に低くなっているときがあった。三男はあの連続カーブのある道に行って池の中を覗き込んだ。池の底が見えていた。思ったより深かった。ここに自転車ごと落ちていたら・・・それを考えたとき、はじめて死を身近なものに感じた。そしてあのまま自分がここで溺死していたら、どれほど母が悲しむだろうかとも考えた。自分か買い与えた自転車で子供のひとりが命を落とした・・・母親は一生自分を責めながら生きるだろう。それが悔しくてたまらなかった。そして次男は三男を葬った喜びと、その罪を隠しおおせた誇りと、自分を責めながら生きる母の姿を見る楽しみを得るだろう。それも悔しくてたまらなかった。だからと言って三男は今の自分に何もできないことも知っていた。彼に唯一できることは、次男に逆らわず、でも距離を置いて日々を過ごすことだけだった。
2021.08.20
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時間をかけて、血だらけになってなんとか有刺鉄線から逃れた三男は、自転車を押しながらとぼとぼと家に向かって歩いた。家までがこんなに遠く感じたことはなかった。このとき三男が怖かったのは、自転車で弾き飛ばされたことでも有刺鉄線で血だらけになったことでもなかった。もし弾かれたのが反対側だったら・・・と思うと怖かった。反対側であったら間違えなく池に落ちていた。日ごろザリガニや亀を探して池のまわりを探索してきたので、あのあたりの池がどうなっているかを熟知していた。あのあたりは完全に崖のようになっていて、道から水面までは1mほどあり、しかも水深がかなりある。もしあの勢いで池に飛び込んでいたら・・・まずもう自転車は引き上げられない。そして自分があの崖を這い上がれたかというとおそらく無理だ。もちろん次男が自分を引き上げてこれるのかというと、間違いなくNOだ。必死に這い上がろうとしてもできない様子を楽しんで見物しているだろう。または知らない顔をいて家に帰ってしまうことも十分に考えられる。親に、弟はどうしたかと聞かれると「知らない」とか「いつの間にかいなくなった」とか言ってしらないふりをするだろう。それが怖かったのだ。
2021.08.19
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そのまま三男は大きく右側に弾かれて、自転車諸共道の横にある2mほどの草むらを飛び越えて、その向こうにあるフェンスに頭から突っ込んだ。このフェンスの向こうは航空自衛隊の敷地内で、フェンスの金網は有刺鉄線だった。自転車は30~40㎝ほどの高さがある草に絡まってフェンスには届かなかったが、三男の体はまともに頭から有刺鉄線にぶつかった。気付くと三男は頭からの流血で顔が血だらけににっているたが、ある意味慣れていたので目に血が入ることがないように手で拭おうとした。だが手が思うように動かない。衣服にも皮膚にも有刺鉄線の針が突き刺さっていたからだ。三男は無数に自分に刺さっている針を取ろうとしたが思うようにはいかなかった。次男はその様子を手助けもしないで楽しそうに見物していた。もちろん見物だけでなく「のろま」だの「どんくさい」だの「弱いくせに・・・」だのと言って散々笑いものにしていた。
2021.08.18
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次男の自転車は最新のスポーツタイプで、かなりのドロップハンドルで5段の変速機もついていた。そのハンドルのおかげで両手はかなり低い位置にあるが、手動の変速機シフトレバーはハンドルとサドルをつなぐフレームの上・・・つまり運転姿勢の胸の位置にあった。そして前々から次男は自転車でカーブを曲がるのが苦手だった。苦手なカーブのその前後でハンドルから片手を話して変速機を操作するので、さらにカーブで次男はモタついて速度が落ちるのだ。三男が次男を追いかけたのは、その池の周りの道にある唯一の連続カーブがある場所にできるだけ早い速度で次男を追い込むためだった。カーブ入り口の速度が高ければ高いほど次男はビビッて必要以上に減速をする。そこで一気に前に出ようと三男は企んだ。三男の思惑通りに結構な速度を保ったままで連続カーブが迫ってきた。次男は三男の作戦に気付いたようで、しきりに後方を気にしながら自転車をこいだ。するとまだカーブから距離があるのに次男は急ブレーキをかけた。三男が真後ろに接近して必死に自転車をこいで加速していることを知って・・・だ。その予期せぬ次男の急ブレーキに反応できなかった三男の自転車の前タイヤは加速状態のまま、次男の後ろタイヤにぶつかった。
2021.08.17
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当時彼らが住んでいた家から自転車で3分もしない場所に大きな2つの古墳があった。そしてその間には航空自衛隊の学校があった。次男はその古墳の周りを走ろうと言った。古墳の周りは綺麗に舗装されていて走りやすい場所だった。三男は同意して家を出発した。夕方頃だった。しばらく機嫌よく自転車で走っていた2人であったが、先頭を走っていた次男が急にスピードを上げだした。古墳の周囲にめぐらされている大きな池の水面に映る夕日を見ていた三男はそれに気付くのがかなり遅れた。気付くとその距離はかなり離れていて、次男は振り返りながら大声で「や~い、アホやアホや~、遅い~弱い~アホや~」と楽しそうに言っている。ここ数日次男のこのような態度を無視し続けていた三男だったが、ここで怒りに火がついてしまった。ぞして全力で次男を追いかけた。体格差と自転車の性能差から追い抜くことはできなかった。「アホや~遅い~弱い~」と後方の三男に嬉しそうに言っている次男であったが、三男がその距離をつめると一気に加速してまた距離をとったかと思うと振り返ってまた「アホや~遅い~弱い~」と言って三男をバカにすることを楽しんだ。これを何度か懲り返しても追跡をやめない三男には、実はこのとき勝算があった。
2021.08.16
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次の年の夏休みに入ってすぐ、次男と三男は母に新しい自転車を買ってもらった。その前年は他県で入院した父側の祖母の看病のために母はほとんど家に居なかった。平日は次男と三男が下校後に留守番をした。・・・と母は思っていた。実際にほとんどの時間をひとりで留守番をしたのは三男で、次男は遅くまで学校にいてなかなか帰宅しなかった。それでも留守番のお礼といって母は自転車を買ってくれた。小学2年生の三男はやはり子供用の自転車を、そして4年生の次男は当時流行りのスポーツタイプの自転車を手に入れた。2年生にしては小柄な三男と4年生にしては大柄な次男の体格差に加えて自転車の性能差が加わり、一緒に自転車に乗っても、次男の方が断然速い。なので次男は「遅い~、弱い~、悔しかったら抜いて見ろ~」と三男を散々にバカにした。まあこんなことは日常茶飯事なので三男は相手にしていなかったが、あまりにしつこかったのでそのうち次男と一緒に自転車に乗らなくなった。それを察した次男はそのうち自転車に事では三男をバカにしなくなっていった。その状態が10日ほど続いた8月の最初に次男は三男に自転車で出かけないかと誘い出した。
2021.08.15
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三男にはその満面の笑みに見覚えがあった。三歳の時にスーパーの階段から突き落とされたときだった。あのときはこの笑顔を見さされた後、視界が赤くなったことを思いだした。このときもまた視界がすぐに赤くなった。石に押しつぶされた頭皮からの流血だった。しかしあのときと違ったのは次男の態度だった。あのとき次男は大声で泣き出したが、このときはここだけが違った。次男は塀の上から頭から血を流した三男を見下げながら、「アホや~、上に石があるの知ってて勝手にその下にいって石が落ちてきとんねん。アホが勝手にケガしとんねん。アホや~」と本当にうれしそうに言い放った。そういったかと思うと、塀の上から降りて、走って家に駆けこんだ。大声で、三男に聞こえるように、「おかあちゃ~ん、フジオ(三男)がアホやから自分で塀の上にあげた石が自分の頭に落ちてきてケガしよった~。」と言いながらだ。これには二つの目的がある。ひとつは、三男が勝手にケガをしたことという事実と異なる内容を親の先入観に植え付けること。もうひとつは、三男に自分が石を落としたことを親に言うとただでは済まさないぞ!という宣言。次男と日ごろ一緒に生活している三男にはそれが明確に分かった。そして彼らの家では次男の言うことが事実として確定するのだった。
2021.08.14
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ここでまた話を立ち止まらせる。小学1年と2年の夏の流血事件について触れておこう。数名の読者の方からリクエストメールがきだので・・・小学1年生のときは大きな石を落とされた。自宅と通りの間にコンクリートの塀があった。家の外壁と塀の間は狭く、当時の彼らの家庭ではそのスペースを自転車置き場に使っていた。夏休みに入ってすぐに次男が三男にそのスペースを使って秘密基地を作ろうと提案した。面白そうだったので三男は同意した。次男は自転車を出して屋根を作って雨が入らないようにしようといった。言葉通り自転車を出して拾ってきた段ボールで屋根を作った。風で飛ばないようにしようと次男が言って2人で重しにする大きな石を探した。運ぶのに苦労する重さだった。もちろん屋根にする段ボールの上に乗せるのにも苦労した。それでも二人で大汗をかいてやり遂げた。大きめの石を3つ、塀の上に乗せて段ボールを押さえた。すると次男は屋根の下に行くように三男に言った。三男は言われる通りに家の外壁と塀の間に入っていって屋根の段ボールの下に立った。それを確認した次男は楽しそうな声をあげて「地震や、地震や~」と屋根の段ボールをゆすった。すぐに3つの石が段ボールと一緒に落ちてきた。その中の1つが三男の頭を直撃した。ドウンと大きな鈍い音がした。三男は倒れそうになったが壁と塀の間は倒れ込むほどの広さはなく、三男は塀に支えられる形で立ったままだった。その弟の姿を見た次男は「痛かった?痛かった?」と楽しそうな声で満面の笑みを浮かべて聞いた。
2021.08.13
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これまで人が亡くなるような事件で実は子供が犯人であるようなものは皆無とは言い切れない。いや、この国では犯人が子供だと分かっていてもその犯人をこれでもかと擁護する。その犯人である子供の将来を考えて・・・とかいうのだが、もうそれはやめにしませんか?・・・さて、次兄に階段から突き落とされてもかろうじて生き延びた三男の彼は、もちろんそれからも様々な迫害を経験した。身体的なものもあれば精神的なものもあった。彼は小学2年生の夏から次男に完全に逆らわないように過ごすことにした。徹してそうした。命が大切さからだ。彼は小学1年生と2年生の夏休みに次男に頭部から流血するケガを負わされている。2年生の流血事件のとき彼は学んだ。次男を兄と思って心のどこかで信頼している自分に気付いたのだ。その信頼が甘えを生んで次男の術中にはまってしまう。その日から彼は次男を兄ではなく、しかたなく同居しなければならない狂人と認識することにした。絶対に信じない!これにも徹した。そのおかげでそれから彼が中学3年生のときに受けた次男からの最後の暴力の日まで、なんとか命をつなぐことができたのだ。
2021.08.12
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さて、今一度ここで立ち止まって考えてみたい。この事件が起きたのが50数年前でなく今現在であって、三男である彼の落下時の打ち所が悪く死亡したとすればどうだろう?とりあえず報道は、『三歳児が商業施設の階段から落ちて死亡』と伝えるだろう。それに乗じて知ったかぶりの司会者や何かの専門家や有識者が言い出す。「だれの責任か?」と。自分に責任がふりかからずに高見の見物ができる人間は、いとも簡単に『責任』を問題にする。まずは母親だろう。子供から目を離すとは何事か!・・・とか言うだろう。ということは子育て中の親はトイレにも行ってはいけないのだ。次は店だろう。階段の安全対策はどうなっていなのか!子供がその階段を使用する可能性があるのに何の対策もしてない!・・・とか言うだろう。そして親はSNSでリンチになって、店側は謝罪会見とうのが今の流れだ。つまりは、直接弟を突き落とした次男には何の責任も問われないのだ。あるいは防犯カメラで兄が弟を突き落とした映像があったとしよう。それでも次男は罪に問われないだろう。その理由はただただ「子供だから」「未成年だから」「責任能力がないから」「殺意がないから」とかいう憶測によるものだ。三男の彼は55歳になった今でも明言できる。あれは殺そうとしたのだ。弟の死を楽しもうとしたのだ。自分を突き落とすときのあの笑顔、自分が血まみれになっていく様子を見ていたときのあの笑顔と拍手が何よりの証拠だ。
2021.08.11
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間もなく母が現れた。トイレから出たら待たせているはずの子供がいないので探していたのだ。三男は母の顔を見た。自分の状態に驚いて泣くことすらできない。母とほぼ同時に数名の店員さんが駆け付けた。とにかく別室で手当てをすることになり、男性の店員さんが三男を抱きあげて連れていく。そのときには母の姿を見つけた次男も1階まで降りてきていた。次男はまだ大声で泣き叫んでいた。その次男を抱き上げて母が言った。「ああ、びっくりしたんやな。ごめん、ごめん、お母ちゃんがいてなくて。こわい思いさせたな。」次男はさらに大きな声で泣き出した。三男は店員さんに抱きかかえられて別室に連れていかれながらも、その光景を見ていた。幼い三男は悔しかった。自分を突き落としたのは次男であり自分にけがをさせたのは次男なのに、何やら自分も被害者かのように扱われている・・・それを言葉で説明できないもどかしさと、次男が自分を殺そうとした事実がその悔しさの原因だった。
2021.08.10
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背中向きに真後ろに突き飛ばされた彼は、最初に何段目かの階段の角で後頭部を強打したのは感じて取れたが、あとは何がどうなったか分からないまま1階まで転がり落ちた。回転しながら何回か視界に入った次男の顔に更なる笑みが浮かんでいたのは見えていたが、まだ自分に何が起きたか分からない。腹這いの状態で1階の廊下で停止した彼はそのまま起き上がろうと両手を床についた。すると何やら赤いものが床に流れ出した。間もなく床だけでなく視界も赤く染まりだした。それでも幼い彼には何が起きているかまだ理解できていない。何カ所かできた頭部の傷口から噴き出た血液が床に落ちて、目に入ったのだ。その赤い視界で彼は2階を見上げた。次男はこれでもかという笑顔で手を叩いて拍手をして喜んでいた。すると「ああっ!!」と大人の人の声がした。「どうしたの?血が出ているじゃない!大丈夫?」見知らぬ女性が彼に駆け寄って声をかけた。すぐに「どうした、どうした」「子供がけがをしているぞ」と言いながら大勢の大人が集まってきた。それでも彼は状況を把握できないままなので、黙って2階にいる次男を見上げていた。すると次男は・・・三度目の奇声を「ギャー」っと上げたかと思うと大声で泣きだした。突き落とされた彼にはその理由だけは明確に分かった。大人が集まってきたことに驚いて泣き出したのだ。
2021.08.09
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三男が記憶している次男からの暴力の最初は3歳のときだった。母親と次男と3人で3階建てのスーパーマーケットに行った。母親がトイレに入った。トイレの入り口で待っておくようにと母に言われた2人は言いつけ通りに待っていた。しかししばらくすると次男が歩き出した。それに三男もついていった。2階へと続く階段の前に立ったかと思えば、急に次男が「ギャー」っと奇声を上げながら階段を駆け上がった。置いて行かれてはまずいと三男も遅れて階段を駆け上がる。先に走り出した5歳にしては身体の大きな次男と後に走り出した3歳にしては身体の小さな三男との勝負は歴然で、次男の方が先に2階に到着した。次男は振り返って三男が上がってくるの様子をじっと見ていた。三男はその次男に向かってよたよたと階段を上がった。あと一歩で2階に上がるところまできたとき、その目の前に次男が立ちはだかった。次男は満面の笑みだった。・・・と思うとまた急に「ギャー」っと奇声をあげながら両手で思いっきり三男を階段の下に突き落とした。
2021.08.08
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話を本題に戻そう。三男の話である。先に紹介した彼が小学4年生のときに長男に暴力をふるわれたとき、次男は嬉々としていた。三男にはその理由が分かっていた。次男は「自分も三男にそこまでしていいのだ」という喜びだった。次男の暴力のはじまりは幼少期だ。三男の彼が記憶している最初の大きな暴力といったほうが正確であろう。それまでにも細かな暴力はあったかもしれない。しかし三男にはその最初の暴力の記憶があまりに鮮明なので、それが最初の暴力だと感じているのかもしれない。それは三男が3歳頃のことだった。次男は5歳。長男は10歳だ。そのころ長男は弟たちといるよりも同年代の友人と過ごす時間が多かった。次男はその頃から既に社交性の弱い子供で、通っていた幼稚園の友達と遊ぶことはほとんどなく幼稚園から帰ればだいたいずっと自宅にいた。三男はまだ未就学だったのでずっと家にいる。なので自動的に次男と三男が一緒にいる時間が多かった。そして不幸なことに、次男は三男に勝つことが好きだった。少しましな言葉で表現すると負けず嫌いといえるのであろうが、三男からいわせると弟である自分を押しのけて押さえつけて足蹴にして、弱い弟を嘲り笑うことが好きだったのだ。
2021.08.07
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またさらに話を本題からそれさせなければならない。今日のニュースだ。8月1日。小学1年生の女児がジャングルジムから転落した。通報したのは17歳の無職の兄だった。厳密に言うと兄は妹がジャングルジムから転落したと近所の人に助けを求めて通報してもらったとのことだ。女児の死因は内臓破裂の可能性が高い。ただ彼女の体の至ることころに皮下出血の跡があり、それは100カ所ほどもあったそうだ。女児に暴行を加えていたのは兄で場所は家庭内とのことだ。直接の死因となった内臓破裂も暴行によるもので、加害者は兄ということだ。兄弟間暴力が妹の命を奪ったのだ。つまり、17歳の兄が6歳の妹に度重なる暴行を加えた挙句に殺害した。その場で救急車を呼ぶことなく、事故死を装おうとした。近所の人に助けを求めることで、自分が殺していないことをアピールしたかったのだろう。自分に殺害の疑いがかからないように、悲劇の兄を演じていたのだろう。弟や妹に暴力をふるう者は、これほどご立派なお人達であるという顕著な実例のひとつといえる。
2021.08.06
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そんな長男が高校を卒業すると同時に上京した後の方が三男の彼にとっては地獄であった。次男の存在がその状況を生み出した。次男は長男が家を離れた後のことを「天下」と呼んでいた。次男は自分より強いものにはとことん弱く、自分より弱い者には非常なまでの迫害を加える人間だった。かといって次男は家の外でもそうかといえば違った。次男は身体が大きかったが、それを理由に幼少時はいじめを受けていた。いじめた相手に反撃も反論もすることなく帰宅して、自分のかわいそうな境遇をしっかり親に伝えることで親に守ってもらっていた。そんな次男の標的は、親の庇護を直接受けることができる家庭内にいる自分より弱い人間・・・つまり三男の彼だった。目に余る行為があった場合、長男がそれを咎めることもあった。長男は次男よりは身体は小さかったがパワーが違った。なので次男は長男には逆らわなかった。その長男が家からいなくなるのだ。次男にとっては言葉通りの「天下」となったのだ。次男の三男に対する迫害・暴力を全てここで紹介することはできない。それをしてしまえば、その内容だけで数年は書き続けることができるからだ。なのでここでは最初と最後の迫害・暴力だけを紹介する。それだけでもまあまあ長くなりそうなので、読者の皆様は少々を覚悟をしておいてほしい。
2021.08.05
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帰宅すると長男は相変わらずソファーに座っていた。弟が帰ると長男は湿布の入った紙袋とお釣りとレシートを黙って受け取り、中身を確認すると無言のまま顎で部屋から出ていけと弟に命令した。彼は黙って部屋を出た。2時間ほどで母親が帰宅した。腫れ上がった三男の頬を見て、驚きながら訳を聞いた。そして母は長男に詰め寄った。なぜ弟の顔がこんなになるまで暴力をふるったのかと。長男は「こいつが言われた通りのものを買ってけえへんからやんけ!」とまた声を荒げた。それでも母は長男に意見をしたが、最後には三男にも「言われた通りのものを買ってこなかったお前も悪い。」と言った。彼はここで湿布を買ってくるようにしか言われていないことはもう言わなかった。言った言わないの水掛け論になるとまた兄の怒りを買い、何をされるか分からないからだ。彼はこの年から学校でトランペットをはじめていた。この日から彼はトランペットに空気を吹き込むたびにあごの痛みと戦うことを余儀なくされた。小学校時代の彼を知る人の中には、彼がなぜ中学校でトランペットをやめたのかと不思議に思う人も多くいた。理由は簡単だ。もうあごの痛みに耐えられなくなったからだ。そんなことも知らずにこの長男は楽しい高校生活を謳歌した。幸せな話だ。
2021.08.04
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話を戻す。高校2年生の兄の全力の横振りの掌底をあごに喰らった小4の彼は痛みに泣き声を上げながら寒空の道を歩いて再び薬局を訪れた。さすがに泣き顔のまま店に入ることはまずいと思った彼は、しっかり涙を拭って店の戸を開けた。おばさんは「ごめんごめん、違ったんやね。違うのと交換したげるわ。」と歩み寄ってきたが、彼の異変にすぐに気づいた。今まで泣いていましたといわんばかりの赤い目と、腫れ上がった左の頬を見たからだ。「どないしたん?」と聞いてくれたおばさんに、彼は正直にいきさつを話した。だれかに聞いてほしかったのだ。おばさんは少し声を荒げて「なんや!その兄ちゃんは!おばさんが意見したるから、家に連れていき!」と言ってくれた。今まで一緒に生活をしてきた兄はちゃんと説明もしないのに買い物にいかせて、ほしいものではないものを買ってきたといとも簡単に暴力をふるう・・・一方見知らぬあばさんは自分の味方になろうとしてくれている・・・家族とか血のつながりというものは、いかにあてにならないものかを彼は小学4年生のときに思い知った。しかし彼はその申し出を丁重に断った。嬉しかったが断った。あの状態の兄は見知らぬおばさんにまで暴力をふるう可能性もあるし、たとえおばさんの前にはしおらしく兄がしたとしても、おばさんが帰ったあとにまた暴力にさらされることは確実だったからだ。それでもおばさんは「またどつかれたらまたここにおいで。お母さんが帰ってくるまでここにおったらええからな。」と彼の頭をなでてくれた。そして冷えるタイプの湿布を新しい袋に入れてくれた。冷えるタイプの湿布の方が若干高額であったが、おばさんはその差額をかれからとらなかった。彼が丁重にお礼を言うと、おばさんは「私がしてあげられるのは今はこれくらいや。」と悲しそうな眼をして言って彼を店から送り出した。店を出て200mくらい歩いた角を曲がれば、もう店は見えなくなる。彼はその角の手前で一度店の方を振り返った。おばさんはまだ店の前で彼を見送ってくれていた。そして両手を大きく振って「負けなや~」「がんばりや~」と言葉をかけた。
2021.08.03
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このとき彼が身につけたことのひとつは、暴力をふるわれるときは目を閉じないということだ。慣れないと怖くて目を閉じてしまう。ビンタやパンチ、またはケリが目に入ることを恐れることで目を閉じてしまうのだ。そこを開けるのだ。開ければ見える。見えれば対処もできる。よけることもできるし、ダメージの少ない角度や場所で暴力を受け止めることも可能だ。よければ兄たちは逆上することが多いので、一応ダメージを最小限にとどめて暴力を受けておおげさに転がり回って痛がって見せたほうが兄たちは満足するのだ。このころの彼は反撃したとしても身体の大きさと力の差から兄たちには敵(かな)わないことは重々承知していた。暴力を防ぐためにいくら日ごろから兄たちの機嫌をとって兄たちのいうことをきいていても無駄だ。彼のあずかり知らぬところで起きたことが原因で八つ当たり暴力が飛んでくることもある。というかほとんどがそれだ。なので兄たちの暴力ありきで日々の生活をしていた方が効率的なのだ。物理的に暴力が及ばない距離にいるとき以外は、いつも警戒して極力目を閉じないことを意識した彼の家庭での生活がここから始まった。
2021.08.02
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少し話はそれるが、暴力をふるうような連中はバカなので人にダメージを与える方法を知らない。知らないからその危険性も理解することは不可能だ。先にふれた、オリンピック開会式の音楽担当を辞退した人間も例外ではない。彼は学生の頃、クラスメイトのひとりを体育のマットです巻きにして暴力をふるったそうだ。その技が『ジャンピング・ニー・パッド』だと本人が言っていた音声記録が残っている。知っている人間なら分かる。そんなはずはない。おそらくは『ジャンピング・ニー・アタック』だ。このふたつの技の違いを知っていれば誰でもそう思う。彼の長男もそうだった。力いっぱい弟にビンタを入れたのだが、ビンタの仕方を知らない。自分の手のどの部分を、相手の顔のどの部分に当てるげきなのかを知らない。テレビや何かで見たシーンをそのままマネをしているのだ。テレビや映画のそれらは実際に打撃技を入れていない。入れているふりをしているだけだ。なので実際とはかなりの部分が細かく異なる。話を戻す。このとき長男は手の平の指の付け根部分を弟の顔に当てることを知らずに力任せに利き腕を振った。弟の顔をとらえたのは長男の手のひらの手首に近い部分だった。これは格闘技でいう『掌底』だ。これは素人が使ってもかなりの破壊力がある。実際このとき弟のあごに激痛が走っていた。彼は現在50歳台半ばだが、あごの異常といまだに戦っている。長男は現在60歳を数年過ぎて、子育ても終わり、毎晩機嫌よく晩酌をしている。弟がいまだにあごの痛みと戦っていることも知らずに・・・本当に幸せな話だ。あるいは長男は弟に暴力をふるったこと自体を覚えていない可能性もある・・・本当に幸せな話だ。
2021.08.01
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